転生したら始祖で第一位とかどういうことですか   作:Cadenza

8 / 28
長くなりそうだったので二分割。次回がキスショット視点での優達とのバトル。
ちなみにアークライトとキスショットのfate風ステータスを考えてみたんですけど。要りますかね?
後、なるべく感想返しを頑張っていこうと思います。


進撃のヴァンパイア 前編

 アメリカ合衆国経済都市、ニューヨーク。その地下に第一位始祖アークライト=カイン・マクダウェルが治める都市、地下都市《アヴァロン》がある。

 

「ではエリアス。私が戻るまでの間、アヴァロンの全指揮をお前に任せた。頼んだぞ」

「はっ、全身全霊でお受けします。いってらっしゃいませ、我が主人(マイ・マスター)

 

 そのアヴァロンから繋がる航空機の発着場。

 軍用機へと最後に向かうのは、ここ地下都市アヴァロンの王、アークライト=カイン・マクダウェル。

 見送るのはアークライトの腹心、エリアス・アラバスター。

 エリアスは言葉通り、僅か六時間で全ての準備を終えた。そして今まさに、部隊を乗せた軍用機(C-5M)が飛び立たんとしているところである。

 

 アークライトが乗り込む。

 それを合図に徐々に動き出し、滑走路へ入る。そして加速しながら空へと離陸していった。

 向かうは日本。あの軍用機(C-5M)は、開発部の手によって魔術と科学の混合で改修されたハイブリッド機。そう時間はかからないだろう。

 

「ご武運を」

 

 離陸を見送ったエリアスは、踵を返して空港の建物へ向かう。

 建物内にはアヴァロンへの通路がある。そこから出入りしているのだ。

 

 通路を抜けた先にあるのは、かつて理想の都と呼ばれた街。第一位始祖が治める、吸血鬼と人間が共存する都市である。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 アヴァロンは他の吸血鬼が治める地下都市と比べ、何もかもが違っていた。

 

 まずはその歴史だ。数ある吸血鬼の地下都市の中でも最古の都市。アヴァロンの原型は十三世紀頃から存在している。

 アヴァロンとは、かつてアークライトが侯爵及び領主として治めていた街を人々が呼んだ名だ。

 かつて起きた十字軍と堕天の王によるアヴァロン侵攻。それによってアークライトが侯爵として治めていたアヴァロンは事実上崩壊し、街諸共歴史から姿を消した。

 だが実際には違う。アークライトが残った民と貴族達を率い、街の一部と共に移住したのだ。

 そう、地下に。空想具現化(マーブル・ファンタズム)で空間を形成し、影の転移魔法で移動する。

 一連の作業をアークライトは一瞬で終え、アヴァロンは地下都市となった。他から見れば街一つが一夜で消失したように思えただろう。

 その後も何度か移動を繰り返し、十六世紀頃にアメリカで安住。第一位始祖が治める都市として発展していったのである。

 

 アヴァロンが他の吸血鬼の地下都市と違う点。

 最たるのは、アヴァロンでは吸血鬼と人間とが共存しているところだろう。

 他では絶対にありえない、吸血鬼と人間の共存。それがアヴァロンでは、当たり前の風景として存在している。

 その理由は、世界滅亡前までのアヴァロンの住人の大半が、アークライトを吸血鬼と知りながらも共に歩む事を是とした者達、あるいはその子孫だからだ。

 それは吸血鬼にも言える。侯爵時代のアヴァロンの民とは、何も人間だけではなかった。

 アヴァロンの話を、と言うよりアークライトの話を聞きつけて吸血鬼も集まってきていたのだ。

 多くはないが、吸血鬼の中にも人間との共存を望む者もいる。だが吸血鬼の社会から見れば圧倒的に少数派であり、十三世紀当時の情勢もあって行き場をなくしつつあった。

 

 そこへ舞い込んできたのがアークライトとアヴァロンの存在。

 

 共存派の吸血鬼にとっては、まさに光明。

 アークライト自身も共存を望んでおり、それを実現出来るだけの実力と影響力を持っていた。

 自然と共存派の吸血鬼達はアヴァロンを目指す様になる。今思えばアークライトがアヴァロンを作ったのも、それを見越してなのかもしれない。

 

 八年前に世界が滅亡した今でもその共存関係は変わっていない。

 破滅の爆心地は日本だが、ウィルスの脅威は全世界を平等に襲った。

 爆心地だった日本は、《鬼呪》と呼ばれる吸血鬼への対抗手段の応用によって被害を食い止める事が出来た。

 だがそんな手段は皆無だった諸外国。受けたダメージは甚大である。

 アメリカも例外ではない。世界トップの経済大国であったが故に魔術的な発展には乏しく、あるにはあるが全く対抗出来なかった。

 

 そんなアメリカが全滅だけは逃れたのは、単にアークライトによるものだ。正確にはアークライトの血と、アヴァロン独自に発達していた魔法技術によってだ。

 アークライトは、六体の原初の始祖の唯一の生き残りにして、最強の吸血鬼と呼ばれる埒外の存在。

 その血一滴、髪の毛一本にもとてつもない力を内包している。もしアークライトの血の結晶があれば、それは賢者の石と呼ばれるだろう。一昔前なら国同士が戦争して奪い合う程の代物だ。

 

 ともかく、アークライトの血とアヴァロンの魔法技術。この二つによって生み出された魔法薬で全滅だけはギリギリ回避した。ちなみに人間の吸血鬼化や眷属化にも血が密接に関わってくるのだが、これは後に語るとしよう。

 それでも生き残ったのが大人より子供の方が多かったのは否めない。

 ヨハネの四騎士の発生で地上は危険地帯となった為、容易に生活するのは困難となった。さすがにそのままとはいかないので、ただ、アークライトやエリアスが受け入れ体制を整えるのに苦労したと言っておく。

 最初の頃は吸血鬼という御伽の存在に戸惑いや怖れなどが見られたが、今になってはそれもない。

 見た目は普通の人間であり、アヴァロンの吸血鬼は人に近い感情を持っている。アークライトという存在や、人間と共にアヴァロンで長年共存しているのが影響しているのだろう。

 

 そうした経緯で吸血鬼と人間が共存する都市、アヴァロンは誕生したのだ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 アークライトを見送ったエリアスは、東南メインストリートを歩いていた。露店の店員などが挨拶をしてくる。

 ちなみに服装はいつもの燕尾服ではなく、都市守護隊の白服と言われる制服だ。

 見れば同じ制服を着た隊員がチラホラと歩いている。その隊員がエリアスを見つけるとビシッと敬礼をして通り過ぎていった。

 他との相違点は腕の腕章。それは総隊長を表すものである。

 エリアスはメイド長でありながら、都市守護隊の総隊長も兼任しているのだ。他にも財務総括、経営担当、アークライトファンクラブ会長など。

 万能スーパーメイドの名は伊達ではない。尚、所属隊員達からは鬼教官と恐れられ慕われている。

 

 エリアスが目指している場所は、アークライトが居城《レーベンスシュルト》だ。このまま真っ直ぐ行けば着く。

 

 周りに視線を巡らせれば、様々な光景が入ってきた。

 吸血鬼の女性と人間の男性が隣り合い、仲睦まじく歩く姿。またはその逆。吸血鬼の主婦らしき女性が店主相手に値切り合戦をしている姿。ハーフの少年と人間の子供達が一緒に遊ぶ姿。同僚らしい人間と吸血鬼の二人が愚痴り合う姿。

 他の国の人間や吸血鬼が見れば目を剥くであろうこの光景も、エリアスにとっては別段珍しくない。見慣れたものだ。それこそ何百年も前から。

 

 人間と吸血鬼が入り混じり、共存する都市。ここが地下都市《アヴァロン》である。

 

 アヴァロンの構造は、レーベンスシュルト城を中心に八方向へ八本のメインストリートが伸びる形となっている。見た目的にはレトロなヨーロッパ風の雰囲気だ。

 その見た目に違わずアヴァロンの体制も中世に近い。法律のようなルールは最低限。生活も科学的なものより魔術を発展させたアイテム、もしくはハイブリッドが大半だ。

 それでも十分に便利なので皆文句はないが。むしろ今の方がいいと感じる者も多い。

 

(本当に畏れ入ります。こんな都市などアークライト様以外には思いつかないでしょう。さすがは我が王です)

 

 本人の知らぬところでエリアスの好感度and忠誠心が上がる。元々どちらも振り切っているのだが。

 

 そんな時、ふと目に入った。前方から籠を抱える少年が来るのが。急いでいるのか小走りだ。

 籠の中身は様々な果物。お遣いらしい。

 しかし、大丈夫だろうか?

 籠は抱きつくように持っており、少年からは足元があまり見えていない。

 このまま行けば……

 

「あっ」

 

 案の定、少年が地面に躓いた。

 持っていた籠は投げ出され、少年は地面に向かって倒れていく。

 このままでは割と大変な事になるだろう。

 

 その前にエリアスが動いた。現場に向かって軽く跳ぶ。

 まず散らばるように投げ出された果物を空中で掴み、優しく素早く籠へ戻していく。終われば籠を左手でキャッチ。

 そして着地と同時に右手を伸ばして少年の胸を支え、転倒を防いだ。

 鮮やかな動作に周りからおお〜と歓声が上がる。

 

「気をつけなさい。躓いたら危ないわ」

「あ、ありがとうございます、エリアス様」

 

 頭を下げて籠を受け取り、お礼を言って去っていった少年。

 エリアスは下に視線を落とし、トントンと軽く地面を蹴った。

 

(そろそろアヴァロン全体を整備した方がいいかもしれないわね。整備不足で被害が出てはいけないわ)

 

 歩みを再開する。

 そして今回の件について考えを巡らせた。

 

 上位始祖会で挙がった日本の組織による《終わりのセラフ》の兵器化。日本帝鬼軍と呼ばれる組織の殲滅。

 件の日本帝鬼軍をアークライトはそれほど重要視していないだろう。

 

(なら何を?)

 

 決まっている。《終わりのセラフ》だ。

 

 《終わりのセラフ》は吸血鬼からも禁忌とされており、エリアスもその詳細を知らない。

 だが思い当たる節はある。

 エリアスにとって忌まわしき存在。アークライトが地上から姿を消すきっかけとなった出来事。

 《堕天の王》と、それに唆された十字軍によるアヴァロン侵攻だ。

 もし《堕天の王》と同レベルの天使が降臨すれば手が出せない。たとえ上位始祖でもだ。

 それを兵器化したというなら、それこそアークライト以外に対処出来ないだろう。

 

(でもあくまでそれは日本。たとえ本当に兵器化に成功したとしても、ここに攻めて来るのには時間がかかる。こちらが対策と準備を整えるには十分。ならアークライト様自身が行く必要はないはず)

 

 上位始祖会でそういう話になるならともかく、今回はアークライトから言い出したこと。

 何せアークライトがアヴァロンから離れるのは稀なのだ。

 アークライトの存在は、いるだけで一つの抑止力となる。吸血鬼の貴族同士の争いが表面化しないのもアークライトの存在が大きい。

 本人は大した事ではないと謙虚に言っている。しかしエリアスはそう思わない。アークライトがいるからこそバランスが保てているのだ。

 そんなアークライトが、アヴァロンを離れて直接動く。

 

(今回がそれほどの事態ということ?)

 

 アークライトは自ら戦いを起こす好戦的な性格ではない。むしろその気質は穏和だ。民を慕い、民から慕われ、戦いを好まない王。

 1500年ほど前は違ったらしいが、少なくとも今はそうだ。

 だが臆病な平和主義というわけではない。

 彼にとって大切なのは民と身内。それに危機が迫ろうものなら、彼は天災へと変貌する。

 

 何が起こるのだろう。彼の気質が反転したとき。

 エリアスは知っている。

 残った者達も吸血鬼と同じ神の敵として殺そうとした十字軍。その十字軍が、天から墜ちてきた星によって大多数を滅却された事を。

 

 それはこの世の天変地異。アークライトの怒りは世界の怒りと言うべきほどだ。

 それを一番よく理解しているのは、他ならぬアークライト自身。

 だからアークライトは戦いを好まない。戦えば世界が終わりかねないから。戦うことが何を意味するのか誰よりも理解しているから。

 

 そんなアークライトが全力を出す可能性がある今回。それが意味するのは……

 

(つまり、日本だけではなくアヴァロンにも……もしくは世界に影響が出かねないということ?)

 

 《終わりのセラフ》とはそれほどのものなのか。

 いや、アークライトの事だ。他にも何か思惑があるのだろう。

 

(私がどうこう考えても仕方がない。この一件はアークライト様が対処する。私は私が任された事を全力ですればいい。でも…………)

 

 理解していても、つい思ってしまう。

 

(アークライト様。また貴方は一人でやるつもりなのですね)

 

 本音を言うなら自分も共に行きたかった。片時も離れたくなかった。

 

 だが不満はない。

 

 主人は任せると言った。イヴを残していく事なく、自分に任せると。

 

(《終わりのセラフ》であろうと関係ない)

 

 主人は戻るまでとも言った。なら不安などあるものか。

 心配するほうが不敬である。

 主人がそう言うのならそうなのだ。

 

(いつまでもお待ちしております。必ずお戻りになってください)

 

 主人が死ねと言うなら、この命を捧げよう。生きろと言うなら、全ての障害を撃滅し生き残ろう。

 元より救われた命。主人の為に使わずしてなんとする。

 血の一滴、髪の毛一本、魂にいたるまで……

 

(我が永遠の王よ)

 

 我が全てを、貴方に捧げよう。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「……⁉︎」

「む? どうかしたのかアーク?」

「……いや、なんでもない」

 

 なんだ? 気のせいか?

 なんか病みのような気配を感じたんだけど。勘が鋭過ぎるのも困りものだ。

 

 今俺たちは日本に向かって移動中である。

 窓の外に目を向ければ空と雲とがまるで早回しのように過ぎ去っていく。

 やっぱ速いな。さすが開発部作。このサイズでこのスピードとか凄い。

 

 はてさて、アヴァロンを出発して四時間。あと二時間くらいか。

 久しぶりにアヴァロンを離れたけど、あっちは大丈夫だろうか。俺がアヴァロンから動くのは滅多にない。

 いやさ、引き篭もりじゃないよ? ただゆっくり平穏に過ごしたいだけだから。

 元より俺はインドア派。一箇所に留まりたい派である。

 戦闘だってホントはあんまりやりたくない。

 

 全力を出せないことに不満? 力を使う機会がないことにストレス?

 

 ないない。どこの獣殿だ。

 ここまで生きて肩書きとか凄くなってるけど、元々一般の凡人だから。

 使わずに済むなら使わないで一生を終えたい。キスショットとアヴァロンで平和に自堕落に過ごしたい。

 これからどんだけ生きるか知らんけど。

 俺って面倒くさがりなんだよ。ただ面倒な事を放っておくと、後で更に面倒になる事が嫌なだけで。

 だから面倒な事はさっさと片付けるに限る。

 今回、アヴァロンを離れて日本に行くのも同じ。《終わりのセラフ》とか絶対に面倒くさい事になる。ならとっとと片付ければいい。厄介事は勘弁だよ。

 本当は俺一人でも良かったんだけど、それ言ったらキスショットが拗ねるし。俺一人だとやっぱり体面的にも悪いから部隊も連れて来た。

 アヴァロンはエリアスに任せたから心配ない。俺が武力チートならエリアスは内政チートだから。

 

 ここだけの話、アヴァロンを作った理由も最初はしょうもないものだ。ただネギまのヘラス帝国とかアリアドネー風の街を再現できないかな〜、と思っただけである。ただしメガロメセンブリア、お前はダメだ。クルトさんとか割といい人だけど、上は真っ黒。あんなのモデルにしたくない。

 割と上手くいってるんじゃないかな。さすがに魔導精霊艦とか無理だけど。今度、精霊魔法を教える学校でも作ってみるか。エリアスに要相談だな。

 古龍・龍樹は……やっぱり無理か。神代の頃に一匹くらい捕まえとけば良かったな。

 ちなみに空飛ぶ箒は作れた。さすがエヴァンジェリン。ダイオラマ魔法球を作ったりしてたから、マジックアイテムを製作する方面の才能もあったのだろう。ホント助かる。

 

 ん? 待てよ。ダイオラマ魔法球に入っていた時間も含めると、俺って何歳になるんだ?

 

 ………まぁいいか。ここまで生きると歳関係ないし。吸血鬼に歳関係ないし!

 

 ……おほん。それは置いといて。

 それにしても《終わりのセラフ》か。また堕天のクソ野郎みたいなのは勘弁して欲しい。

 出てきたら、即刻『月落とし(ブルート・デァ・シェヴァスタァ)』ブッパである。……語呂悪ッ。

 

 ちょっとキスショットと相談した方がいいな。

 そう決めて、《終わりのセラフ》について話そうと念話を繋げた。

 この中で知ってるのはキスショットだけで、上位始祖のみに許されている内容だからだ。ここ個室だけど一応ね。

 

『キスショット』

『うむ? どうしたのじゃ、アーク』

『今回の《終わりのセラフ》についてなんだけど。どう思う?』

『解せん、じゃな』

『だよな〜』

 

 《終わりのセラフ》には降ろす為の依り代が必要になる。

 そしてその依り代は普通の人間では耐えられない。神秘がまだ濃かった昔でさえそうなのだから、現代なら尚更だ。

 

『依り代に最適なのは『神の子(ミカエラ)』じゃ。しかし今の世では絶対数が少なく、いても純度が低いじゃろう』

『見つけたとしても純度が低くて降ろせない。なら降ろせるようにするしかない。日本の組織が本当に成功したのなら、絶対に真っ当な手段じゃないよな』

『確実に手を加えているじゃろうな。もしくは普通の人間を無理矢理依り代にするか、じゃな』

『人体実験、か。もしかしたらあのウィルス、それに失敗した結果なのかもな』

 

 でもそうなると疑問が残るな。

 あのウィルスが失敗した結果なら、世界滅亡前から実験をしてた事になる。

 なぜわざわざそんな事を?

 

『わしはそれよりも日本の組織、《日本某》とやらが気になるの』

『《日本帝鬼軍》な』

 

 相変わらず興味のないものの名前は覚えないのね。

 

『それじゃそれ。その日本帝鬼軍は日本の吸血鬼と敵対している組織らしいの。確か《鬼呪》じゃったか? それがわしには解せん』

『あ〜、なるほど』

 

 つまりキスショットはこう言いたいわけだ。

 《鬼呪》とか鬼を宿す武器が出す、文字通り鬼の呪い。吸血鬼の再生能力を阻害する効果はあると言う。

 そしてこの《鬼呪》、送られたデータによると世界滅亡直後から日本の人間達の手にあって、抵抗してきたらしい。

 そんなものが短期間で作れるとは思えない。時間と高い技術力、更に鬼についての情報や数多の犠牲が必要だろう。

 

 だがそうなると、この《鬼呪》も世界滅亡以前から作られていた事になる。

 これに依り代の実験を合わせると──

 

『誰かが世界滅亡を予見していて、それに備えて《終わりのセラフ》の実験や《鬼呪》の開発をしていた、って事になるな』

『それだけではない。クルル・ツェペシは日本の組織を殲滅しようとしておる。じゃが、黙って殲滅されるほど日本帝鬼軍とやらは潔くないじゃろう』

 

 確かに。そんなに潔かったら、上位始祖が率いる吸血鬼にここまで抵抗してみせないだろう。

 

『アーク。此度の殲滅作戦、日本の組織が対抗出来るとしたらどんな手段がある?』

『奇襲で最大戦力である貴族をなるべく減らす、かな。《終わりのセラフ》が切り札なら、囮で一箇所に集めて一網打尽ってのもありだ。あるいは両方』

 

 基本的に下位でも貴族の能力は相当高い。いくら吸血鬼を殺せる手段を持っていても正面からぶつかるのは得策じゃない。

 なら吸血鬼特有の弱点である人間に対する驕りや侮りを突いて、奇襲によって大人数で囲んで倒す。

 これが最善だ。だけど、

 

『それって吸血鬼側の情報を詳しく知ってないと出来ないよね』

『うむ。奇襲を仕掛けてくるのならば、《鬼呪》しかり《終わりのセラフ》しかり、こちら側の情報を流しておる輩がいるのではないかの?』

『裏切り者がいるって事か……』

 

 本当にいるとしたら上層部だろう。

 一般の吸血鬼じゃ知り得ない情報まで流れてるから。

 

『吸血鬼側でも何か企んでるヤツがいるのか。ホントに世知辛いな』

『仕方なかろう。わしらはアヴァロンの暮らしに慣れておるからの』

 

 やっぱアヴァロンで平穏に暮らしていたい。でもそういうわけにもいかないんだよ、これが。

 思惑はどうあれ、世界が本当に滅んでしまったら困る。今の暮らしには満足してるし。

 

『面倒くさいけど、やるしかないな。ならまずは敵陣視察と行きますか』

 

 思い立ったが吉日とばかりに立ち上がろうとし……

 

『いや待たぬかたわけ』

『ぐふっ』

 

 たところで、キスショットから肘鉄を喰らって強制停止させられる。

 ご丁寧に周りに気付かれず無音かつ神速でだ。

 

 てか、キスショットさん? あなたのパワー、俺と同等なんですからね? やろうと思えば大陸砕けるからね?

 感情が表情に出難い身体で良かった。

 

『痛いぞキスショット』

『何が痛いぞ、じゃ。うぬが行ってどうする。動きを知られれば、裏切り者が何を仕掛けてくるか分からんじゃろうが』

 

 うぐっ、そう言われると反論出来ない。

 確かに俺って目立つし。容姿的に。勘のいい奴だとアリストテレスとしての気配が察知されてしまう。

 

『わしが行く。わしなら適任じゃ』

『え? マジで?』

 

 確かにキスショットの隠蔽スキルはすこぶる高い。

 この敵陣視察には適任だろう。

 

『だけどなキスショット。タイムリミットは二時間……いや万全を期すなら一時間だ。たったそれだけで敵陣を視察し、戻ってこれるか?』

『愚問じゃな。わしを誰だと思っておる。うぬの眷属じゃぞ? 偶にはわしに任せい』

『……分かった。なら頼む』

 

 そう言うや否や、キスショットは立ち上がる。

 だがそれを俺が止めた。

 

「ちょっとストップ」

「なんじゃ。時間は刻一刻と過ぎておるぞ」

「せめて俺の影の転移魔法で送らせろ。何もしないのはちょっと癪だ」

「素直にわしが心配だと言えばよかろうに」

 

 うるさいやい。

 転移魔法を発動させると俺の影が広がり、キスショットの足下まで飲み込む。

 そうするとキスショットの身体が影に沈み始めた。

 

「何度経験しようとこれは慣れんの」

「言うな」

 

 何も知らずにこれ使うと大抵が叫ぶ。まぁ怖いよな。初めては俺もそうだったし。

 

 そうしている内にキスショットは完全に影へ沈み込んだ。

 転移先は機外にあるほんの少しの影。

 影があるなら何処でも転移可能だ。今回は日本にいきなり送ると何があるか分からないから、機体の外にしたけど。

 乗ってる皆にも要らぬ心配かけないようにこっそりやりたいから。

 最後の確認の為にもう一度キスショットに念話を繋げた。

 

『確認だ。目的は敵陣視察。もし本当に奇襲作戦を企てているのなら、人間達は貴族が合流する前に実行したいはずだ。ならおそらく名古屋に入る前辺りにいるだろうと思う』

 

 日本の吸血鬼の本拠地は、京都地下にあるサングィネム。本隊が名古屋の貴族と合流してしまえば手が付けられない。

 ならまだ分散している名古屋の貴族を狙うだろう。

 

『もしかしたら《終わりのセラフ》の依り代も日本帝鬼軍の中にいるかもしれない。木を隠すなら森の中と言うからな』

『分かっておる。確認は以上じゃな。ならば行くぞ』

『ああ。気を付けてな』

 

 機体に張り付いていたキスショットが空に身を投げ出す。

 バサッ、と大きく空いたドレスの背中から蝙蝠のような黒い翼が飛び出した。

 翼を羽ばたかせると一気に加速し一筋の光となり、この魔術と科学のハイブリッド機であるC-M5すらも置き去りにする。

 ほんの一瞬でキスショットの姿は消えた。

 

 見送った俺は椅子に座り直す。

 

「………」

 

 さて、一時間何してよう。

 

 




エリアスさんは少し病み気味。ただし本当に死ねと言われたら、アークライトが本物かどうか疑うくらいには普通(?)
キスショット相手だと勘違い要素は皆無となります。ここんとこよろしく。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。