呀 暗黒騎士異聞(魔法少女まどか☆マギカ×呀 暗黒騎士鎧伝)   作:navaho

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遅くなりましたが、今年初の投稿です!!!
年末年始は、割と忙しかった・・・・・・
新たにタグに”何処かで見かけた人?”をいれようかと思いますがどうでしょうか?
唐揚ちきんさん、今回の件の了承ありがとうございます。



第十九話「悪夢(1)」

「このパイ。本当に美味しいわね」

 

マミはほむらが持ってきたアップルパイの味に満足したように微笑んでいた。

 

「貴女の手作りというだから、驚きだわ」

 

「はい。以前にお世話になった人に教わりました」

 

かつては、敵であった”彼女”に教わったが、あの味にはまだまだ近づけては居ない。

 

「私もまだまだですので、次はもっと美味しい物をお持ちします」

 

「えっ!?!これで、まだまだなの?じゃあ、楽しみにしてるわね」

 

カップを取ってを摘み、自身が淹れた紅茶を飲む。ほむらもマミに倣う様に紅茶を飲んだ。

 

アレから、二人はこのように雑談を交えて”お茶会”を開いていた。

 

「ワルプルギスの夜についてですが……」

 

「えぇ、あと二週間もないそうね。貴女の情報を見れば、ワルプルギスの夜には、準備をいくらしても足りないぐらいなわけね……」

 

少し前にほむらに見せて貰った”ワルプルギスの夜”の情報を察するに見滝原周辺の魔法少女をかき集めても倒すことは叶わない………

 

いや、ほとんどが縄張りを放棄して逃げ出す可能性が高い。

 

今までと違い、このように情報を惜しみなく提供するほむらは自分自身に驚きすら感じていた。

 

魔法により魔女の攻撃するスタイル、使役する使い魔等の映像を映し出すことでその脅威を見せていた。念のため、自分が時間遡行者であることを隠し、ワルプルギスの夜が現れたのは見滝原に良く似た町という事にしておいた。

 

一緒に戦った魔法少女などは極力映さずにしている。

 

これらの事が幸いしてか、マミはほむらを信じるようになっていた。

 

(ほむらさんがどれだけ辛い思いをしてきて、ここまで来たかは分からない。だからこそ、私はそれを手伝ってあげたい)

 

病院での一件で共闘をしたことと危機を助けられたことがほむらを信用する要因になっていた。

 

(そういえば、鹿目 まどかさん。あの子は、ほむらさんの事を知っていたりするのかしら?)

 

病院の一件で最も気になったのは、鹿目 まどかが、佐倉杏子を拘束したときに”ほむらちゃん”と叫んだのは気になっていた。

 

ここでその事を目の前のほむらに伝えようか悩んでしまった。”貴女は、鹿目 まどかを知っているか?”と……

 

もし、この場でその事を伝えれば何かが大きく変わったかもしれない。だが……

 

「ねえ、ほむらさん。魔法少女の願いってどういうふうに考えているのかしら?」

 

「……魔法少女の願いについてですか?私は、誰のせいにもすることができない。ある意味自業自得な存在だと思います」

 

ほむらは、マミの意図を察した。魔法少女を増やすべきかという……誰かに願いを叶えさせて、キュウベえと契約をさせるというもの。

 

これまでの”時間軸”のマミは、ある二人を積極的に魔法少女にしようとさえしていたが、それでも後悔がないようにとしっかり考えなければならないと釘を刺していた。

 

それを踏みにじるように軽はずみで契約を交わし、自分達の願いを自分達で裏切ってしまったのだ。ほむら自身も軽はずみで契約をしてしまったと自覚はしている。

 

マミ自身もそう自覚していた。どうしようもない状況で仕方がなかったといえばそうかもしれないが………

 

「私達の生き方は、ハッキリ言えば異常で本来ならあるはずのない存在のそれですから……」

 

「自業自得ね……それには私も同意するわ。それを改めて思うと、こういう生き方は私達だけで充分だし、増やしたくはないわね」

 

何時死ぬか分からない生き方など、今の世界では非常識であろう。特にこの国では……

 

「ですけれども、インキュベーターは魔法少女を増やそうとします」

 

「インキュベーター?もしかして、キュウベえのことかしら?」

 

”インキュベーター”という聞き慣れない言葉に対し、マミは疑問符を浮かべたのだ。

 

「えぇ、私達が死に掛けている間にそれを出汁に他の子に感けていた”ロクデナシ”です」

 

突然のほむらの発言にマミは思わず、

 

「ろ、ロクデナシ?キュウベえが?」

 

言われてみれば、今まで事情を知るものとして敢えて見ないようにしていたが、自分を出汁に鹿目 まどかに契約を持ちかけようとしているように見える場面があった。

 

「それ以上に何を言えばいいんですか?アイツ、魔女狩りが危険だと自分で言っておきながら一般人をそこに同行させたりしてたりしてたんです。魔法少女ツアーなんかを提案させて」

 

なるだけ魔法少女を増やしたくないという願いと裏腹に、増やそうとする動きのある時間軸にいつも苛立ちを覚えていた。

 

「そ、そんな事をしてたの?!?資質があるからと言って、危険な世界に誘い込むなんてキュウベえもそうだけれど、それに賛成する子も子よ!!!ほむらさんは、反対しなかったの!!?」

 

「はい。私は反対していましたが、そのことで”余計なお世話”と言われ、顰蹙を買い、一応は同行は許してもらえましたが……」

 

いつものことながら、最悪な空気だったのは良く覚えている。

 

「それは反対して当然よ!!!!何よっ!?!魔法少女ツアーって!!!!そのこたちは魔法少女を何だと思っているのよ!!!!遊びじゃないのよ!!!!」

 

”バンッ”とテーブルを叩くほどにマミは憤りを感じていた。自分も鹿目まどかに魔法少女の事を知ってもらおうとこの”時間軸”でも”魔法少女ツアー”をしていた事は、棚の遥か上においている。

 

「遊びではなく、ロクデナシに見出されたから無関係ではいられないという事で、一応はそのこたちの事を案じていたのですが…」

 

「甘いわよ!!!!そういう甘さがあるから、相手を付け上がらせるのよ!!!ほむらさんは!!!!反抗されるなら相手を引っ叩くぐらいはしないと!!!!」

 

”魔法少女ツアーと言い出したのは貴女です”と言いたかったが、言えるわけがなかった。一応は仲間だったのでフォローを入れるつもりが、マミの逆鱗に触れてしまったかもしれない。

 

(引っぱたくって……巴さん。貴女はそんな人でしたっけ?)

 

内心、マミに引きながらも忠告、威嚇は出来ても誰かを…特にかつての先輩、友人に手を上げることをほむらには出来なかった。

 

(……自分は良くても他人は許せない……そういう人でしたっけ?巴さん)

 

自分の事をはるか棚の上にあげているのではと勘ぐるほむらであった。

 

「それならば、関わらせない方がずっといいわよ。何時、死ぬか分からない生き方なんて……」

 

”あとでロクデナ…キュウベえにはきつく言っておかないと”と小声で呟きながら………しばらく無言だったが、スッと立ち上がり……

 

「ほむらさん。この後、予定もないんでしょう。だったら、魔女狩りに行きましょう。グリーフシード、集めなくちゃいけないんだし」

 

先ほどまでの悲壮感は打って変わり、改めて強い意思を滾らせて立ち上がったマミに対して、ほむらは呆然とし……

 

(あの時、一緒に戦うといったけど、仲間になるなんて…この流れだと、こうなってしまうのかしら?)

 

やはり自分はあの頃から、何も変わっていないかもしれない。ほむらはそう思うしかなかった。

 

(この日は、さやかが契約してしまうかもしれない。さやかの場合は……)

 

性格は自分と正反対であるが、何処かで似通っている友人に対し、ほむらはさやかを否定する気には慣れなかった。

 

自分と同じく”大切な人”に未来をと願った魔法少女。今回も恐らくは契約を交わしているかもしれない……

 

インキュベーターと彼女が接触した場合、必ず”契約”は交わされてしまうのだから…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インキュベーターと呼ばれる彼ら、いや彼と言うべきだろうか……

 

愛らしいぬいぐるみのような姿をした固体が白い空間に幾つも浮いており、現れたり、消えたりを常に繰り返していた。

 

一体だけが中央にある塔のような椅子に鎮座しており、その周辺を手鏡に似た奇妙な物体が浮遊し、鏡面には様々な国の人間達の姿が映っている

 

その中に彼、柾尾 優太の姿があった。モノクロに映し出されている光景は、動かなくなった包帯だらけの女性に背を向けて去っていった。

 

右端に文字が浮き上がる。

 

”QBさん。また、駄目だったよ”

 

その文字に応えるように新たな分が浮かび上がる。

 

”………君は、もう少し行動を起こす前にワンクッション置くべきだと思うよ。その軽はずみな欲求で首を絞めるのは君自身だからね”

 

人間で言う呆れたというように首を振るが、本当に呆れているかさえ怪しいものである。

 

”構わないよ。僕はどうしても知りたいんだ。何で、彼女達はあんななのに、僕はあんな風じゃないってことが…”

 

切実に訴えて居るようであるが、キュウベえは

 

”それが人間で言う個性というものじゃないかな?君がその人になり変わるか、なるなんて絶対にできないよ”

 

”厳しいな、QBさんは……じゃあ、僕は用事があるからこの辺で切りますね”

 

鏡面に映っている柾尾優太は、スマートフォンを操作していた。対するキュウベえは視線を動かし

 

”こんな事をいうのもなんだけれど、あまり人には迷惑を掛けないことを祈るよ”

 

キュウベえは直ぐに別の鏡面を近くに引き寄せた。そこには、肩を落として歩く鹿目 まどかの姿があり、その近くに柾尾 優太の姿を確認していた。

 

「………やれやれ、彼は少しばかり度が過ぎるね。今まで、警察組織に関わっておきながら何もないのは、どうしたものだろうか?」

 

さらには、マミ、ほむらの姿も映し出されていた。ほむらを押し倒しているという光景である。

 

「マミもマミで持ち直してくれたようだけど、困るんだよね……イレギュラーと関わるのは」

 

無機質な感情を伴わない声色であるが、何処となく人間臭く見えるのは何故だろうか?

 

画面の向こうに見えるほむらに対して、警戒の色を赤い目に浮かべる。さらには、キュウベえ自身の触手に似た物がさやかの胸に突き立てられた光景に目をむけ……

 

「美樹さやか。少しばかり抑えの利かない犬の躾をお願いできるかな?」

 

まるで期待をするような視線を”魔法少女”となったさやかに向けるのだった。さらには、少し厳しい視線をまどかの後に続く柾尾 優太に……

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日のQBさんは、何だか怒っているように見えたな」

 

内心”変なの”と感想を述べる柾尾優太であった。普段のQBは、柾尾優太の所業に関しては割りと寛大で認めてくれさえもしてくれた。

 

QB本人曰く”感情はある種の病気”と言っているのだが、先ほどのやり取りを見ていると少しばかり感情が入っているのではとさえ勘ぐってしまうのだ。

 

柾尾にとって、QBと名乗る人物はとても魅力的であり、親愛に似た情を抱いていた。

 

やり取りの切欠は、中学の頃に自身が良く行く”怪しいサイト”で何となく知り合い、そのままネットワークを通じてやり取りを行う仲になったのである。

 

QBは、接客業をしているとのことで割りと忙しく、一言、二言交わしただけで会話は終わってしまう。柾尾優太個人としては直に会って見たいという人物であるが、QBは仕事を理由に会うことを拒んでいる。

 

柾尾優太の年齢は二十歳であり、フリーのルポライターとして小銭を稼いで生計を立てていた。QBとのやり取りの始まりは、柾尾優太が中学生の頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃の柾尾優太は、特に特徴もない一人の少年だった。少し違うことを言うなれば、彼は普通の人間が感じるであろう”感情”を認識することがないということである。

 

例えるならば、人を慈しんでもその人を愛しいと思えず、誰かを傷つけても罪悪感を感じず、かつての親友のようにそれを快楽に感じることもできない。

 

幼い頃に自分を慈しんでくれた母を亡くし、慕ってくれていた猫のスイミーを親友だった少年に殺され、理不尽な罰を受けた事により、彼は人が感じるはずの”それ”を認識できなくなっていた。

 

それを悲しいとも寂しいとも辛いとも思わず、日々をただ、ぼんやりと生きていき、自分がどうなろうと興味は無く、故に誰とも関わりを持とうとしなかった。

 

この頃は、父親も亡くなり、その傾向は益々加速していった。

 

周りの人間からは陰気な人間として認識され、関わりを持った人間は誰も居なかった。そんな彼にも転機が訪れる。

 

『優太君って、何だか放っておけないと言うか?色々と人生を損しているんじゃってね』

 

三つ編みをしていて、大人しそうに見えてじつは活発な”蓬莱 暁美”との出会いと………

 

『優太君って、自分の事に興味がないっていうか、色々と諦めていて……もう少しだけ周りに期待を持っても構わないんじゃないのかな』

 

彼女は、空っぽな自分に色々とお世話を焼いてくれていた。

 

『こっち、こっち!!!』

 

『優太君って、人に懐かない黒猫のイメージがありますね』

 

様々なことを教えてくれた。だが、自分は彼女にしっかり応えられただろうかと人並み程度に悩みもした。自分は誰にも気にも留められない空気以下の人間と違って、クラスメイトの誰からも好かれている蓬莱 暁美と自分がお付き合いをしている事など……

 

最初に告白をしたのは自分だった。この胸に抱いた”感情”を知りたかったことと彼女の傍に居たいという欲求があったからだ……

 

しかし、彼女はある日を境に居なくなってしまった。突然、失踪をしたのだ。彼は居てもたっても居られずに探した。彼女を……

 

だが、彼女は彼に大きな秘密を持っていた。一般の人間の生活から大きく逸脱した活動を行っていたことを………

 

再会した時、彼にとっては残酷で、彼女にとっては当たり前の結末があった。

 

『暁美っ!!!何が、どうなっているんだっ!?!』

 

珍しいほど彼は動揺していた。様々なことに興味も関心を寄せない少年が血塗れになった少女に縋りついていた。蓬莱暁美は、見たこともない衣装を纏っていた。

 

特に右手には何かを埋め込んだような後があり、そこからの出血が特に酷かった。

 

『優太君……ごめん。私、貴方を置いていって……でも、これって私の自業自得……魔女よりも怖かったのは……人間……でも、人間に希望を……』

 

その瞬間、弾けたように彼女の身体が倒れてしまった。衣装も消え、見慣れた制服へと変わった。

 

『アレ?魔法少女っていうからさ…もう少し丈夫かと思ったんだけれど』

 

そこに居たのは、かつて自分の猫の友達であるスイミーを殺し、裏切ったかつての親友だった少年。

 

『あぁ、君だったんだ。その子の彼って……他の子は僕に靡いてくれたのに、そのこは僕を拒んだんだよ?』

 

『色々とやってくれたよ、僕が信用できないって、自分から悪者になって仲間をまとめようとしたけど、まあ無駄だったけど』

 

少年が手で弄んでいるのは、見た事のない割れた宝石であった。この瞬間、柾尾優太の中で何かが切れた。

 

その感覚は、幼少の頃に感じて以来だったのだ。

 

『アレっ?僕をまた殴るの?君、それで居場所を失くしたのに?どうせ君の事を信じる人なんて居ないのに?大した価値もない、生きているだけ無駄な消耗品の分際で?』

 

自分の事などもとより興味はなかったのだが、

 

『あの女も大した価値がなかったのに、僕のような人間の価値が分からないなんて……ほんとに無駄で価値のない……』

 

その瞬間、少年の意識が飛んでしまった。気がつかなかったがいつの間にか持っていたシャープペンの切っ先を彼の喉元に突きたてていた。

 

これが柾尾 優太が最初に起こした殺人であった……

 

何故、このような行動を起こしたのかは彼にはわからなかった。耳障りな呼吸音が響くが、彼はそれを見ても何も感じることが出来なかった。

 

”罪悪感””後悔”といったそういうモノが感じられないのだ。

 

『暁美……おかしいよ。ねえ、君が死んだら、普通は悲しく思うよね?何でだろ?何も感じないし、何とも思わないんだ』

 

同じく、付き合っていた少女。愛しいと思えるはずなのにどうして彼女が居なくなったのに何も感じないのだ。

 

普通ならば、泣くかもしれない。もしくは、感情の赴くままに叫ぶ筈なのだが……そうすることができないのだ……

 

気がつけば、彼は自らの手で表情を作ろうとしていた。だが、顔のパーツを弄ってみても何も変わることはなかった………

 

耳障りな音を出すかつて親友だった少年を痛めつけても何も感じられず、彼は迷子になったかのようにボンヤリとしていた………

 

 

 

 

 

 

 

 

それからの柾尾 優太の生活は、蓬莱暁美が居なくなっただけで、彼自身が何も変わることはなかったのだ……

 

その心もただ何もない空虚な穴が開いているだけで、そこが埋まることもなかった。

 

何処から始まったかは定かではないが、空気以下の人間と評価されていた彼は、進んで人付き合いを行うようになった。そう、まるでお節介焼きの蓬莱暁美のように………

 

そうすれば、何かを感じることが出来るようになるのではという淡い希望を持ってのことだったが……

 

結局は何も変わらず、何となく付き合うように恋人を作っては別れ、ある時は、それを壊したりもした。何時から人を壊すようになったかは分からないが、そうすることで自分の中に在るかもしれない心に呼びかけたかった……

 

ただ、それだけのことであった。QBと知り合ったのは、充てにならないであろうネットの怪しい相談サイトでのやり取りからだった………

 

数日前から気になっていた巴マミの姿……アレは、かつての蓬莱暁美に良く似ていたと思う。だからこそ、気になり、観察をしているのだ。

 

前に居るであろう中学生の少女は、何かを知っている。それを本能的に察して彼も歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に日が落ちた見滝原の町を仁美は彷徨っていた。その様子は気落ちしていて、他のことなど知らないといわんばかりの様子だった……

 

持っている携帯電話には随時着信の振動が来ている。今日は、習い事がありそれに出なければならなかったのだが、それに出ることはなかった。

 

「またですの?私の事を放って置いて欲しいのに……なんで、ですの」

 

 鞄から携帯電話を取り出し、忌々しそうに視線を向けた。

 

 数時間前、病院に電話を掛けて彼女は知ってしまったのだ。自分には決して叶えられない奇跡が起こったことを……

 

それは喜ばしいことなのに、そう思うことが出来ない……

 

”凄いよ!!さやかが言った通りかもしれない!!奇跡も魔法もあるんだ!!!”

 

 嬉しそうに喜ぶ彼は、”またヴァイオリンが出来る”と普段の落ち着いた雰囲気からは考えられないほどはしゃいでいた。

 

 現在の医療では決して治すことの叶わない”傷”が治ったのだ。この件は病院側も驚き、緊急の検査が明日には入る予定である。

 

さやか程の頻度ではないが、仁美もまた上条 恭介を気に掛け、見舞っていたのだ。数日前にも見舞ったが、落ち込んでいた恭介により面会を拒絶されている。

 

(一目惚れとはあのことだったのです。上条恭介さんと出会ったときから、ずっと恋焦がれていました。

 

 彼は、私の家の者からも覚えが良く、将来を約束されたヴァイオリンリストでありましたから……

 

 過去形なのは、今のあの方は約束された将来を断たれてしまったのですから……

 

 何故、あの方があんな目に合わなければならなかったのでしょうか?聞けばアレは信号を無視した違反車両によるものでした。

 

 その方は特に怪我はなかったのですが、ですが恭介さんは……恭介さんは……腕を、その将来さえも奪われてしまいました。

 

 あまりにも理不尽です。輝ける将来を約束されたあの方が怪我を負い、これと言った将来もない方が何もないなんて……

 

 あぁ、私はあの方の力に成れなかった。それどころか、手を差し伸べることさえも……

 

 家の人達は、将来性のなくなった上条さんに対して見切りを付けてしまいました。今までそれとなく話題としていたのに、それすらしなくなりました。

 

 周りも同じで、学校の教師も…一緒に頑張ったであろう方達もです……

 

 何とか力になろうと願っていた時に”魔法少女”という物を知りました。ですが、私にはその資格はなく、願いを叶えられないと……

 

 私は叶えられないのに、さやかさん、まどかさんは叶えられる。あまりにも理不尽ではないでしょうか?同じ人間なのに、どうしてこんなにも扱いに差があるのですか?)

 

そう思うと同時に仁美の中のさやかを滅茶苦茶にしたいという欲求が生まれた。

 

「どうして、さやかさん何ですか!!!!!どうして私じゃないんですの!!!!!」

 

あまりの理不尽さに八つ当たりをする様に仁美は携帯電話を舗装されたアスファルトに叩き付けた。周りの人間は、一旦何事かと思ったが、直ぐに気にすることなく思い思いに歩いていく。

 

”ずるい”、”悔しい”、”妬ましい”、”不幸”、”なんでさやかさんだけ”等と様々な感情が入り乱れる。

 

「……さやかさんはずるいですわ。魔法少女にはならないっておっしゃってたのに……どうしてっ!!!」

 

佐倉杏子から釘を刺されているのに、何故、それすらも護らなかった。

 

「理不尽ですわ……この世の中は、どうして私が欲しいと思った物を他の方が簡単に手に入れられて、私はそれを手にすることはできないのですか……」

 

下唇を噛み、彼女は願った。

 

「こんな理不尽な世の中に救いなんてあるわけないですわ」

 

”じゃあ、だったら嫌な世の中から出て行こうか”

 

それは突然、彼女に話しかけてきた。不鮮明であるが誰かが自分に手を伸ばしている。

 

この手には覚えがあるが、そんな事は今はどうでも良かった。

 

「えぇ……連れて行っていただけますか?」

 

その手に仁美は手を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まどかは意気消沈した面持ちで街を彷徨っていた。理由は、言うまでもなく”魔法少女”にしてはいけない”美樹さやか”がそれになってしまた為である。

 

(はぁ~~。私って、どうしてこんなにも駄目なんだろう………この先の事を知っているのに……)

 

彼女の脳裏に、これまでの”時間軸”で、自分の運命を変えようと必死になって進み続ける彼女の姿をいつも夢に見る。

 

最初の頃は、別の自分の亡骸を抱きしめ、後悔の言葉を吐く彼女……

 

全てを自分の弱さのせいにして、結局誰にもその”罪”を押し付けることはしなかった。

 

高圧的に周りに接するのは、誰よりも弱い彼女の虚勢。そうすることで自分の心を護り続けている。そして、悲鳴を上げるはずの心は、それすら上げることがなくなってしまった。

 

時を巻き戻し、”力”を得れば、未来を変える事はできるのだろうか?

 

まどかが知っている古い映画では、過去に行くことで現在の状況が前よりもよくなっていたという内容のモノがあった。

 

しかしながら、彼女の場合はそうは行かず、必ずと言って良いほど、トラブル、イレギュラーに巻き込まれてしまうのだ。

 

魔法の件もそうだが、最初の時間軸には居なかった魔法少女、魔女。さらには、魔法少女に関する”残酷な真実”……

 

それらを訴えても結局は、誰も信じなかった。耳を傾けようともしなかったのだ……

 

勢いに任せて契約した”自分”達は、その事実に今更ながら後悔し、周りに罰を”呪い”を求めてしまった……

 

(……どうして、皆。都合の良いことばかり考えるんだろう……そもそもキュウベえを怪しいって思わなかったのかな)

 

事の元凶であろうキュウベえは、様々な場面に現れて契約を持ち掛ける。その際には、願いを叶えた等価で戦うというモノは納得がいくだろう……

 

だが、結局それは”茶番”でしかなかったキュウベえにとっては……自分達が見た夢や希望は、キュウベえにとって取るに足らず、契約のための足がかりでしかないのだ。

 

(……ほむらちゃんは、どうして戦うの?私なんかの為に……私だって、貴女を傷つけたのに……嫌いになれば、自由にだってなれたんだよ)

 

まどかは、自分を助けようとしているほむらが契約し、未だに戦い続けていることに対して”申し訳なさ”と”怒り”に似た感情を抱いていた。

 

最初の”鹿目さん”から”まどか”までの間は、ほむらが”出会いをやり直したかった鹿目 まどか”だったのだろう……

 

それ以降の鹿目 まどかは、”出会いをやり直したかった鹿目 まどか”とは大きく違ってきている。少し調子に乗った自信をもった魔法少女ではなく、自信のないオドオドとした平凡な少女でしかなかった……

 

結局一人を救うために、他を切り捨てなければならないほど追い込まれてしまったほむらを駆り立てている自分とその自分ではない”曖昧な鹿目 まどか”に縋るほむらに身勝手な怒りを少しだけ感じるが……

 

(でも……やっぱり私は、ほむらちゃんを怒る事はできない。どんな自分でも結局は私なんだね……)

 

ある”時間軸”でほむらは、自分のやっていることに疑問を感じて、意気消沈してしまったことがあった。その時に、彼女とかつての時間軸で敵対した魔法少女が奮い立たせたのだった。

 

まさかあの魔法少女がと……

 

(キツイ…お仕置きも頂きまして、耳が痛い限りだったね)

 

その時間軸では、自分は魔法少女だった。やはり、調子に乗っていた………

 

(ここの私も少し、調子に乗っていたのかな……)

 

ある事情で自分は、”未来”を知る事ができた。それを変えようと自分は必死になって見たが、独りよがりな部分があり、巧く行っているとは言いがたい。

 

(今日は、さやかちゃんが魔法少女になったんなら、あの魔女がでてくるかもしれない)

 

覚えている限りでは、あの魔女は人の嫌な記憶に踏み込むのだ。他の時間軸では、マミを見殺しにしてしまったという罪悪感で心が押しつぶされそうになった。

 

今の自分は、あの魔女と接触したらどうなってしまうのだろうか?そのことを考えると背筋が寒くなってきた………

 

「そろそろ戻らないと……」

 

気がつけば、時刻は家に戻らなければならない門限の時刻が近づいていた。

 

「さやかちゃん……どうして契約をしてしまったの?」

 

今日の件は、これからの事を考えると自分にとっても彼女にとっても嫌な運命であることは間違いないのである。

 

何故か早い段階から居る杏子の影響で魔法少女への契約はしないだろうという淡い希望を持っていたのだが………

 

「ほむらちゃんは、さやかちゃんの事も助けたかったのにね……どうして………みんな分かろうとしないんだろう」

 

結局誰も話を聞かずに最終的に自滅に近い形で絶望していく自分達の中で唯一、話を聞いてあげられたのは………

 

「杏子ちゃんだけなんだよね……しっかりしてて、話を聞いてあげられたのは……」

 

ほむらがまどか以外で最も信頼していたのは、杏子だった。杏子はこの”時間軸”では、魔戒騎士の家系の少女である。

 

「私には結局、何も話してはくれなくなった」

 

これまでの時間軸での自分のあり方に疑問を考えていた。鹿目 まどかを契約をさせるわけには行かないというのは、自分自身が一つの大きな”絶望の卵”そのものなのではと感じていた。

 

ほむらは見たのかもしれない。自分が巨大な絶望となって全てを滅茶苦茶にしていく光景を……

 

そんな未来……自分が恐ろしい怪物になっていく未来………

 

「……話せるわけなんてないんだよね……そんな恐ろしい未来」

 

身震いをしながら、急いで帰宅しようとまどかは足早に歩いたが……

 

「ひ、仁美ちゃん!?!」

 

目の前の十字路を見覚えのある人物が歩いていたのだ。

 

まどかにはこの光景に覚えが会った。そう、この光景は魔女が現れる前兆である。

 

「仁美ちゃん!!!何処に行くつもりなの!?!」

 

「あら……まどかさんじゃないですか?これから、優しい世界へ行こうかと」

 

穏やかに笑みを浮かべるが、瞳は虚ろであり正気とは思えなかった。

 

「駄目だよ!!!そこには、魔女が居るんだよ!!!!!行っちゃだめ!!!!!」

 

「………何を仰っていますの?貴女は、資格があるからこそ、この世界に理不尽を覚えないんです」

 

仁美の表情は、まるで般若を思わせるほど険しい物になっていた。柔和な表情を普段からしている彼女とは大きくかけ離れていた。

 

「魔法少女は、仁美ちゃんが思っているほど良いものじゃないんだよ」

 

「それでも、あの方を救うことは出来ますわ!!!貴女は、資格があるのに!!!」

 

強引に突き飛ばされ、まどかは尻餅を付いてしまった。

 

「妬ましいですわ。資格を得てしまったさやかさんが!!!あの方を救ったことが!!!」

 

”どうして自分ではない”と仁美は自分自身を嘆き、世界に絶望すら感じていた。

 

「でも、それは……「だったら、僕もそこに連れて行ってもらえるかな?」

 

気がつくとまどかのすぐ傍に柾尾優太が立っていた。”なにか面白いことがあるなら、一枚かませてよ”と言わんばかりに……

 

「あなたは、誰?」

 

まどかは、柾尾優太を見て酷く動揺していた。今までの”時間軸”にこんな青年は居なかったし、こういう場での接触もなかったと……

 

しかし、青年の言葉は聞き捨てならないものだった……

 

「駄目だよ!!!!あそこには行っちゃ行けない!!!!行ったら「行ったら、何だったりするんだい?」

 

柾尾優太は、まどかに顔を近づけ

 

「彼女を行かせたくない理由は何だというんだい?君は、この先にあるモノを知っているんだよね、じゃあ、教えてよ。それは僕にちゃんと”教えてくれるんだ”ね」

 

青年の不気味な言動と彼の目の感じに覚えがあった。綺麗なガラス細工をそのまま眼球にしたような”何も映っていない”目は……

 

”僕と契約して魔法少女になってよ”

 

「なに?あなた……なにを言って……っ!?!」

 

その瞬間、まどかの口元に白いハンカチが当てられた。妙な臭いと共に意識が遠のいてしまった……白いハンカチにクロロホルムがしみこまされていた……

 

気絶したまどかを柾尾優太は荷物を持つように担ぎ

 

「ねえ、僕も一緒に行って良いかな?」

 

「えぇ、歓迎しますわ」

 

差し出された柾尾優太の手を仁美は握り返した………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほむらがバラゴ達と一緒に居る屋敷の一室

 

 血が染みこんだ包帯とシーツをエルダは見ていた。少し前までに此処に寝ていた少女についてだった。

 

青白く無表情な貌は何を思っているのか、誰にも察することはできない。

 

表情を動かすことのないまま、血の染みこんだ包帯を手にしたと同時にある光景が脳裏に浮かぶ。

 

「鹿目まどかめ……随分と余計なことをしてくれるようだな」

 

見えた光景は彼女にとっても、仕えるべき主人にとっても好ましいとはいえない。

 

故に此処は、自分が動くべきである……自身が動くことに僅かであるが、戸惑いを感じていた。なぜならば……

 

「今、私が動けばほむらは傷ついてしまうか……」

 

少女の身を案じているわけではない。少女を傷つけることにないようにそう主であるバラゴに命ぜられているだけである。

 

自分には、この感覚は忘れていたモノである。全てを呪って闇に堕ちた自分が……

 

主が都合よく物事を進めるのならば、あの少女を自分と同じように”下僕”にすれば良いのだ。

 

それをせずに、少女の行動に手綱を取るということもしない。ただ傍に居て、見守っているように見える。

 

いやそうではない。自分の主人である”バラゴ”にそのような人間的な温かみと呼べるものは既に存在してはいないだろう。

 

あの少女の姿が彼にとっては、決して汚してはならず、冒してはならない神聖なモノであるからだ。

 

主 バラゴの抱える歪んだ心の闇の奥にあるであろう神聖な祭壇に祀られた女神の姿は、彼を唯一愛してくれた”母”の姿……

 

そして今現在、傍らに置いている少女と瓜二つの姿………

 

「道具には、道具のあり方がある。私は、あの方に未来を伝えることでその役割を果たす。そしてお前は……ただあのお方の心を慰めればよいだけだ」

 

道具にはそれぞれの役割がある。エルダとほむらでは、バラゴにとってその役割と価値が異なるだけである………

 

誰かが彼女に囁くだろう。あの小娘が妬ましくないかと……それはエルダにとっては、何の意味もない囁きである。

 

自分とあの少女とで役割が違うだけ………だからこそ、自分はその役割を果たすだけである。

 

屋敷を後にし、エルダは見滝原の大都市へと向かった。自身の役割を果たすために……

 

「………貴様も私達が気になるか?インキュベーター。そうだろうな、お前達にとって私やバラゴ様、ほむらは邪魔でしかないのだからな」

 

森の木々の間に一対の赤い光がエルダを頭上から伺っていた……それは猫に似た奇妙な小動物だった………

 

その小動物に聞こえては居ないが、そう話し掛けるエルダの頬が僅かに歪んだ………

 

「それとも今は、イレギュラーの手を借りなければならないのか?」

 

 

 

 




あとがきというのなの言い訳

キュゥべえは、感情がないと言うので結構それ故に感情によって痛い目にあうというSSはよく見かけるのですが、

キュゥべえは割と人間をかなり研究していて、無作為に観察してたりするんじゃないかと思います。

柾尾もキュゥべえに観察兼監視される対象です。余程のことがない限りキュゥべえは直接、手を下すことは無いというのが持論です。

契約に関しても自分から促すことは合っても、そういう状況を強引に作り出すこともそうそう無いのではと……

ただイレギュラーに関しては、割と積極的に排除に乗り出します。

ロクデナシはある時間軸で奇妙な共闘関係を結んでいた”彼女”がそう呼んでいたので……

次回は、バラゴ様のご活躍ではなく…エルダ姐さん。ほむらの一応の師匠?が出張ります。



柾尾の過去の魔法少女のメンバーを名前だけ紹介しますと

蓬莱 暁美

麻須美 巴

萱 美樹

円 要

杏 櫻

分かる人は分かるアナグラムです。ネタバレになるかもしれませんが、この魔法少女達の件でキュゥべえは一般人の協力者を持っていましたが、意外と扱いにくくエネルギーも回収できなかったという苦い経験があります。


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