呀 暗黒騎士異聞(魔法少女まどか☆マギカ×呀 暗黒騎士鎧伝) 作:navaho
今回はある詩集を参考のため、読んでいました。一応、概要の紹介だけ本編に記載しております。
詩そのものを載せるわけにはいかないので、機会があればぜひ手にとっていただきたいと思います。
後、今回は少し説教臭いかもしれません………
「おいおい、道寺はもっと飲めたぞ。しっかりせんかい」
夜が更けようとしている頃、二人の男が酒杯を交わしていた。かれこれ数時間も飲んでいる為か、二人とも顔は赤かった。
「そうですか……一応、これでも道寺の晩酌には付き合ってたんですが……」
師である道寺も大酒飲みであり、修行を終えた後、何度も晩酌に付き合わされたことがあった。
飲む酒は、阿門が好む”赤酒”のように強い酒であり、それを何杯も飲むのだ。初めて付き合わされた晩酌の翌日は、二日酔いで訓練はサッパリだったことを今でも憶えている。
日々、酒を飲むのが好きだった道寺は、銀牙と静香を引き取ってから一切酒を飲まなくなってしまった。
その訳を聞いたときは、”二人には、必要はないからな。これからの私にもな……”
あの時は訳が分からなかったが、今ではその理由もおぼろげながら理解している。少しでも長く二人と一緒に居たかったからこそ、身体に無理を強いる物を禁じたのだと。
魔戒騎士の生涯は、恨みと血に塗れた暗いものである、人々に憑依するホラーを狩り続けるだけ。人でありながら人の心を捨て去らなければならないとまで言われるほど苛烈な物であり、
魔戒騎士の家に生まれたことは運命として半ば、人としての生涯を諦め、名も知らぬ他人の為に刃を振り続ける。
自分自身も長い間、そのような生き方しか知らなかった為、それを疑問に思うこともなくなり、ただ刃を振り続けていた。ただ、心残りはあった。
あの夜に崩れ去った家族のことと忌まわしき魔戒騎士の家から出て行った”弟”の事が……
後ろめたいことはあったが、人々をホラーから護るという使命と風雲騎士 バドの称号を継ぐ者としてただ只管刃を振るった。
魔戒騎士の仕事に従事することに情熱は感じても、心のどこかは何かが足りないような空しさだけが何時までも残っていた。
弟と和解できればと足りない心をそれで補おうとさえもしたが、それを叶える事すらできなかった。そんな時に姪が孤児になったことと弟が一家心中で無くなったことを知ったのだった。
(結局のところ、俺は心の何処かにある空しさを杏子ちゃんで埋めようとしているだけなのだろうか?)
人が聞けば浅ましい欲求そのものである。もし、この事を杏子が知れば自分を罵るかもしれない。
だが、一人の肉親というのは余りにもおこがましいことだが、放っては置けなかった。自分は結局、結婚をせずに子供を成すこともなかった。
魔戒騎士の掟である”血を絶やすな”。その掟を全うできない自分は、魔戒騎士としては半端者かもしれない。これは、師である道寺も事あるごとに言っていたが、
”私は、生涯どうしても忘れられない人が居てね。それ以来、誰かと付き合うということを考えずにここまで来てしまったよ”
自嘲気味に笑いながら言っていたが、後悔だけは無かった。それを選んだのは自分自身だから、納得しているのだというのだ。
(そして……杏子ちゃんへの救い……魔法少女から人間にか……)
あの魔導具を使えば、杏子は人間に戻ることが出来る。ただ、それを行えば自分は世界という得体の知れないモノから制裁を受け、死んでしまう。
これは自分にとっての自己満足なのだろうか?彼女をまた一人にしてしまうようなことはあってはならない。
その疑問にバドは、答えが出せないことに苛立ったように酒を口にするのだった………
早朝、二人の男が床に横になっている……いや、倒れこんでいるといった方が良いだろう。
羽目を外して酒を飲みすぎて寝ている伯父に
「ったく・・・飲んだくれんなよ。伯父さんにおっさん」
そこらに転がっている酒瓶達を見ながら、杏子は溜息をつき、
(ぜって~、飲んだくれにはならないぞ。アタシは……)
滅多に見せない叔父の少しだらしない姿に呆れながらも甲斐甲斐しく世話ができることに少しだけ喜びを感じていた。
「昔は道寺と飲んでいたらしいからね。その代わりだったんだろうさ」
阿門もまたバド同様、邪美に世話をされるのだった………
「起こしたほうがいいかな?邪美……さん」
「邪美でいい。さん付けなんてむず痒いからさ」
「じゃあ、邪美。起こしたほうがいいのかな?」
「このままで叶わないさ。最近は色々と疲れているみたいだし……」
敬語を使うのが苦手な杏子に対し、
「そうだ、杏子。魔戒法師としての修行だけど、少しだけど見てあげようか?」
「うんっ!!!叔父さんも色々と教えてくれるけど、魔戒法師に教えてくれたことってなかったよ」
「じゃあ、そこまで一緒に行こうか」
二人は、そのまま森の奥へと向かっていった。残された男二人は、未だ夢の中である。
早朝の森は空気が澄んでおり、霧が掛かった木々の間を抜け、二人は森の中心で対峙していた。
「さて……杏子。アンタは、どうして強くなりたいんだい?」
邪美は杏子が何故、魔戒法師として強くなりたいかを尋ねた。
「そりゃあ、この業界でやって行くからって決めてるんだけど……それよりもアタシは、叔父さんの信念が正しいってことをアタシ自身が証明したいんだ」
魔道に堕ちた魔戒騎士は斬らなければならない。だが伯父はそのような考えは少し行き過ぎだと言った。
”必要の無い人間など居ない。それに間違いを犯し、償うことが許されないなんて、少し悲しすぎるんじゃないかな”
だからこそ、あの恐ろしい暗黒騎士をもう一度道に引き戻そうとしているのだ。第三者が聞けば”馬鹿なこと”と嘲笑うだろう。
やりもしないで何もしないで伯父を馬鹿にしないで欲しい。だからこそ、杏子は強くなりたかった。
風雲騎士の血を受け継ぐものではなく、彼の姪として……
暗黒騎士に負けないようにと伯父の信念が決して間違いじゃないと胸を張れるようになりたい、それが杏子の信念である。
「信念か……自分はこうありたいと思っても斜め横から見たら間違いだって事もあるかもしれない」
「それでもだっ!!!アタシは前に進みたい!!!いつかは胸を張って言えるように!!!!」
「だったら強くなりな!!アタシよりも……そこらの魔戒騎士に遅れを取らないぐらいに!!!」
邪美は勢い良く駆け出したと同時に杏子との組み手が始まった。大人と少女の体格差により邪美が有利であり杏子は押されるが、邪美にカウンターを浴びせる。
「っ!?!」
杏子の切り返しの速さに驚いた。殆どの魔戒法師、騎士見習いは、そのまま尻餅を付き地に付してしまうのだが、杏子は自分に反撃をしてきた。
さらに組み手じゃ生ぬるいといわんばかりに飛び上がり
「たぁあああああああああっ!!!!」
魔導筆まで取り出し、咄嗟に邪美も自身の魔導筆を構えることで術を防ぐ。威力も申し分ない……
(凄いね。直に実戦に行けるレベルだよ)
彼女の力量は、その内に流れる血の影響か、はたまた才能によるかは分からない。自分がこの頃、ここまでの力量があったかと言われると当時の自分では今の杏子には及ばない。
邪美は知らないが、杏子は魔法少女としてはかなり高い力量を持ち、多くの魔女との戦闘経験が生きているのだ。さらに、伯父からも訓練を施されている為、杏子の力量は平均の魔戒法師よりも高い。
故に楽しみになった。この少女が将来どれほどの魔戒法師になるか楽しみだった。
元々邪美は、閑岱で魔戒法師の育成を行っている。故に目の前にいる原石を熱いうちに鍛えておきたかった。邪美による応酬が激しくなり、杏子もそれに応じる訓練という名の激闘が続くのだった。
既に日は高く上っており、二人がいた森は明るくなっていた。
「はぁ、はぁ、邪美ってさ。結構スパルタだよな」
いつの間にか、肩を並べて杏子は邪美と近くの木の根元に座っていた。
「そうだな。魔戒騎士、法師の修行は厳しいものさ。その為か、皆頑なになってしまう」
「へぇ~~、伯父さんも割りと厳しいけど邪美程じゃなかったな」
「生意気な口を利くのは、誰に似たのかね」
「イテテテテっ!!!抓んなって」
頬を抓られ杏子は涙目に抗議するが、邪美はその手を緩めることはなかった。
「一人、男勝りの弟子が一人いるけど杏子とは気が合うかも知れないね」
魔戒法師としては、最上級の強さと素質を持ったあの少女は、今も修行の旅をしている。一人で強くなる、誰にも頼らずにという決意を持って……
「これを言うのは二人目だけど、一人で強くなる法師も騎士は居ないんだよ」
心配ではあるが、いつか彼女は自分が知る黄金騎士と出会うかもしれない、その時、彼女は大切な何かを得るかもしれないのだ。
「良いこと言ってんのは、分かってんだけど……この手を何とかしてくれよ!!!」
抓られる杏子は抗議の声を上げるが、
「その生意気な口を直したら、考えなくは無いね」
少し意地が悪そうに笑う邪美に対し、杏子は再び抗議の声を上げるのだった。
「それとさ……ホラー退治は初めてじゃないだろ?」
邪美の手には、いつの間にか指令書が握られていた。その指令書を杏子は抓られ、赤くなった頬を摩るのだった。
バドは身体にけだるさを感じながら思い瞼を開けた。気がつけば毛布が自分に掛けられている。
おそらくは杏子、もしくは邪美に掛けられたのだろう。向かいには阿門法師が鼾をかいている。この光景は修行時代に何度も見た。
修行、ホラー狩りが終わって師 道寺の付き合いで晩酌をしていて、意識を失い、覚めたときに大抵向かい側で眠っていたのだ。
ハッキリ言えば、師 道寺は少し破天荒な人物だった。大の酒好きであり、さらには異国の文化特にスペインという国を愛していた。
若かりし頃にフラメンコに魅せられ、それ以来彼はその文化をこよなく愛するようになったのだ。
彼らの文化は”生と死”が身近に存在している。特に闘牛等は命がけの催しである。魔戒騎士としての彼は、命がけの何時死ぬか分からぬ戦いに怯むどころかそれすら楽しんでいたのではないかと思うときがあった。
結局、彼に勧められるままにロルカの唄を読まされたが、これが中々難しく、その意味を理解するのは相当骨が折れた。
ロルカの唄とは、フェデリコ ガルシア ロルカというスペインの古都グラナダ生まれの詩人であり、38という若さでこの世を去った優れた芸術家である。
彼の歌は”私のロルカ”とスペインに住む人たちにとってはとても馴染みが深く、単に読まれるだけではなく場合によっては歌われる。
道寺が謳った唄で特に印象的なのは「愛の記憶のガセーラ」
最初に聞いたときは何となく意味は分かるが、実を言えばサッパリというのが正直、彼の趣味は単に聞き流す程度に齧っていて、その意味を今も理解できたとは思えないのがバドの感想である。
「ワシはいずれ死ぬ。どういう最後になるかは分からぬが、自分の伝えられることはしっかりと伝えるつもりだ」
「そもそも明日生きられるという保証など無いさ。だからこそ、ワシはこの唄をいつも口ずさんでいる」
「………良く分かりませんね。相反する物が一緒になって、何故そこが良いというのが……」
「そこがお主の悪いところだ。死は確かに恐ろしい、今ある想いは居なくなってしまったら消えてしまうのだ。だが、それ故にいま生きているこの想いの何と素晴らしいか分かるだろう」
死を身近に感じるからこそ、今の生が何と美しいことか……ただ、長く生きることがそんなにも尊いだろうか?今、生きることに怠惰になっていることのほうが愚かではないか……
師 道寺の下で修行を積み、他の称号持ちよりも少し遅く自分は 風雲騎士 バドの称号を受け継いだのだ。
魔戒騎士の務めの傍ら、何度か飲み仲間として顔を出していたが、道寺は病に伏した。彼は病で亡くならず、暗黒騎士の手により殺されてしまった。
それを息子である銀牙の心に大きな傷を齎したのは言うまでもなく、あの生と死を楽しんでいた彼が死に急ぐことを息子に望むことは無い。
「愛の記憶 それだけはおいていけか……僕の胸に……」
どういう意味であろうか?バドにとっては、居なくなってしまった人に対し、後に残った者にとってその人との記憶こそが大切なものではないだろうか。
死んだら関係がないというのはあまりに残酷だ。自分がもし、杏子の為にこの命を投げ捨て、犠牲にしたら、杏子はそれこそ大きな絶望と心に傷を負ってしまう。
弟弟子には偉そうなことを言っておきながら、自分がこのざまなのは情けない。
「まぁ、お前さんがあの子を独りにしてしまうことを気に病んで居るようだが、如何にしてあの子にお前さんの全てを伝えるという事が大事だろう」
いつの間にか阿門は起きており、目覚めの一杯と言わんばかりに酒を杯に注いでいた。
「ワシのザルバ、大河はそうやって鋼牙と向き合っておったよ」
「大河がですか……」
バドは大河とは何度か共に戦った事があった。彼は立派な黄金騎士だった。アレほどまでに心身共に強靭な騎士は自分は数えるほどしか知らない。
その彼は、息子を庇って亡くなった。心無い者は無駄死にと嘲笑ったが、彼は自分の護るべき者の為に戦ったのだ。
それは誇るべきことなのだ。
「人はいずれ死ぬ……それが数年後、数日後、数時間後、数秒後とも限らない。それでも生きなければならん」
「……そうですか。後に残される者達は……どうすれば……」
「そうだな。だからこそ、問題は後回しにしてはならん。今、行わなければならないことを行っておけば、残された者も納得はするだろう」
「そこに一人、それを行わずに後悔した者が今もそこにおる」
阿門が視線を向ける先には一振りの剣が鎮座していた。それは、古い剣なのか所々に錆が付いている。
「この剣は、ある男が自分の行いに後悔した男が残された者に唯一残せた物だ」
一瞬ではあるが、魔戒騎士特有の黒いコートを羽織った男の幻影が過ぎったが、その男は何かを悔い嘆いているようだった。
「これだけしか残せなかったのだ。本来、役目を終えたものが後の者に残すものはこういう形があるモノだけではないはずだ」
バドは阿門の言葉に何かを思ったのか、これまでに短かったが杏子と一緒に家族をしていた光景が浮かんだ。いや、今でも家族である。
”幸せになることを考えろ。関わった人の事を忘れてはならない”と、伝えた後、見滝原に家を買った。そこで二人で暮らし始めたのだ。
最初はぎこちなかったが、手探りでお互いの事を理解しようと務め、その過程で、魔戒法師としての訓練をはじめ、杏子は自分の進む道を見出そうとしていた。
道寺の言葉すら浮かぶ。かつての異国で暮らす人達は、明日も知れぬ命だった。その中で人々は生きていた。その一瞬、一瞬に向かい合ってきたのだ。
今の自分に出来ることは、大いなる計画とはいえないが杏子と共に今の生活を真剣に向き合うことだろう。
これから先、喧嘩をしたり、あるいはお互いに嫌な部分を見るかもしれない、そしてその先で過ぎ去った日々を笑いあうだろう……どこまで約束されているか分からないが、自分のできる事は……
「ありがとうございます。法師。決心がつきました」
迷うことは無い。大河も道を踏み外した弟子を救うことが出来なかったことを悔いていたが、それ以上に自分が過ごす時間に向き合っていた。
大きな問題を人は抱えてしまうが、それを理由に今の生きている時間を無駄にしてはならない。自分達の時間はそれほど多くは無いが、多くの事を伝えられるはずである。
「お前さんも良い顔をするようになったな。ついこの間までは優柔不断な男だったのに」
「人は変わるものですよ。そして変わらない物もあります」
コートを羽織、二振りの風雲剣を携えてバドは戸口へと向かっていく。
「もう行くのか?」
「ええ、早く杏子ちゃんの顔が見たいんですよ。そして、少しでも長く一緒に居てあげたい」
「達者でな。お前さんのこれからの行いは間違いではないぞ。それだけは、言っておくよ」
「ミスター阿門の言うとおり。今の君を否定など誰もできないさ」
「ナダサ。お前、今まで喋らなかったのか?」
「HAHA。ミーも空気ぐらい読むさ。ここから先は気楽に、いや、変にプレッシャーを感じるのはよそう」
「こいつは、餞別だ。使うか使うまいはお前さん次第だよ」
例の魔導具を受け取り、足早に出て行ったバドに対し、阿門は振り返り自分と向かい合う半透明の神父の手前に酌をし、
「そのような姿になってお前さんもようやく兄の事が家族の事を認められるようになったのか」
神父は少し気恥ずかしそうに頭をかくが、直に笑顔を浮かべたと同時に幻のように消えていった………
ポートシティ郊外
杏子と邪美の二人は、ポートシティの都市部の一角に来ていた。
時刻はまだ日が暮れたばかりであるが、都市は様々な人達の活気が溢れている一方で、二人がいる周辺は別世界のように寂れていた。
時折、路上生活者の影とゴミをあさるネズミの気配が疎らにその存在を主張している。
二人が向かっているのは、つい最近ここで起った行方不明事件の現場である。
「ふ~~ん。この辺ってさ、幽霊が出るって噂だけれど実際のところどうなんだろ?」
杏子はスマートフォンの画面に映る都市伝説を扱うサイトの記事に目を通していた。
噂はこうである。
『 数年前に都市の一角に一軒の教会があった。そこに一人の少女が亡くなった両親に代わって祈りを捧げていたが、少女はある日、暴漢により殺害された。
人々に笑われながらも健気に神に祈りを捧げていたが、その代償が暴漢による殺害であった。その為か少女は神を呪い、悪魔と契約し甦り、人々を呪いながら今もその教会に居るというのだ』
「けっ、胸糞悪い話だ」
杏子は乱暴にサイトのページを閉じ、強引にポケットの中にスマートフォンを仕舞い込んだ。
妙に身に憶えのありすぎる話なのだ。ただ一人だけ残された少女。悪魔と契約し、人々を呪う件にどうしても自分を重ねてしまうのだ。
「杏子。所詮は噂だよ。あまり自意識過剰にならないように…」
少しばかり精神を乱している杏子に邪美は気をしっかり持つように伝える。目的地に居るのはホラーである。そのホラーを前に気を乱してしまえば、付け込まれる隙になってしまう。
「分かってるよ…アタシだって伊達に修羅場を潜ってきたわけじゃないんだ。ただ……特別にむかっ腹が立つんだよ」
「噂は所詮噂だよ。女の子は確かに殺されたけど、女の子を利用して人々を喰らっているのは、亡霊じゃなくてホラーだよ」
「えっ?じゃあ、死体にホラーが取り付いたって?」
ホラーは森羅万象に存在する闇 陰我から現れる。それは、主に人間の持つ負の感情、邪心や欲望である。
「多分、そこには女の子が健気に祈るぐらい荒れていたんだろうね。そこから現れたホラー ルドーシャがその死体を身体に使っているのさ」
此処にいるホラー討伐の指令はこうである。
”夜の闇に潜む影 ルドーシャを討伐せよ。ルドーシャは実体を持たないホラーである”
「ホラーの中には、死体を寄り代にして覚醒する奴もいるけど、ルドーシャは性質の悪いことに死体から死体へと憑依を繰り返すのさ」
正体は影とも言われるが、これを見た魔戒騎士、法師は数少ない。
「気持ち悪いホラーだな……アタシも色々とグロイのは見てきたけど、ソイツはアタシとしてはアウトだよ」
昨日、会ったばかりの変な魔導具のような口調で杏子はルドーシャに対し嫌悪感を露にしていた。口調をおどけさせないとやっていられないのだ。
キュウベえと契約を交わし、魔法少女として様々なタイプの魔女と戦ってきた。魔女という名に反して、そのほとんどが怪物のような姿をしていた。
「そうなのかい?杏子は、あの風雲騎士に引き取られる前に、アタシ達みたいなことをしているって阿門法師から聞いたけど」
「あぁ、魔法少女ってのをやってた。って、今もやってるか」
杏子はソウルジェムを指輪の状態から卵型の宝石の姿へと変え、邪美に見せた。赤く爛々と輝くそれは杏子の性格をそのまま現しているように見えた。
「こいつが忌々しいことに魔法少女の契約の証で、アタシが馬鹿な事をやっちまった証だったりするんだ」
ソウルジェムに対し、邪美は眉を寄せてみていた。杏子は”ソウルジェムって割と珍しい物なのかね”と考えていたが、邪美は、目の前のそれの輝きがあるモノとダブって見えた。
「前までは、どうとも思わなかったけど最近になってこいつを見ていると、アタシの中で何かが足りなくなっているように思えてくるんだよね」
”おかしいだろ”と語るが、邪美は
「………そうだね。そいつは、なるだけ大事にしておいた方が良い。特にこれから遭う奴の前では絶対に手放しちゃいけないよ」
邪美の態度を怪訝に思いながら杏子はその後に続くのだった。ソウルジェムを指輪の状態に戻し、それを何となく眺めたが、直に気にしても仕方がないと言わんばかりに杏子は考えを止めるのだった。
そのソウルジェムに対し、彼女の叔父が今も悩んでいるのをこの時点で彼女が知ることは無かった………
廃墟と化した教会の扉に手を掛けた瞬間、誰もいない中から人々のざわめきが聞こえてきた。さらには、建物から灯りさえ漏れてきたのだ。
「……なあ、邪美……これって」
「ルドーシャの奴、アタシ達に感づいているみたいだ」
魔導筆を取り出し、邪美は戦闘態勢に入る。彼女に応じるように杏子も魔導筆を手に取った。
「殴りこみか。シンプルで良いね」
ホラー狩りの場合、人間に憑依するため、それを見極めるために色々と面倒なことをしなければならない。だが、今回は最初から分かっているので、面倒を掛けることは無い。
杏子はその労を厭わないが、シンプルな話はありがたかった。
互いに頷きあった後、二人は頑丈な作りの扉を蹴り破り、中に飛び込んだ。
飛び込んだ教会内には、様々な年齢の人々が壇上に立つ一人の少女の説教を聞いていた。飛びこんできた二人など気にしていないのか、あるいは取るに足らないのか、人々は一心不乱に説教を聞いている。
『主は、私達に問いました。死は終わりではなく、始まりであると……肉体に宿る時間は一瞬の幻であり、皆、何もない虚無へと還っていくのです』
オレンジ色に輝く灯りに照らされているが、人々の表情は影になっていて良く分からない。邪美はホラーである少女に視線を向ける。
少女は青みが掛かった髪の色で、可愛らしい顔立ちをしているが、その表情に年齢特有の無邪気さは無く、無機質な……人ではない何かを思わせる目の輝きがあった。
正面に立っている二人の魔戒法師達に対し、少女の目にホラー独特の”魔戒文字”が浮かび上がったと同時に教会内の明かりが消え、一般的だった教会の内装は瞬く間に廃屋と化し、
席についていた人々が一斉に二人に頭を向けた。その表情は生気のない青白い顔をしており、所々に皹が浮かんでいた。
その光景に杏子は妙に胸のうちがざわめき、苛立つのを感じた。
(何なんだよ?こいつら……胸糞の悪いホラーの手下って奴か?何だよ……どうしてアタシはこいつ等のことがこんなにムカつくんだ?)
指輪の状態であるソウルジェムと交互にホラーとその手下に視線を向けるたびに怒りがこみ上げてくるのだ。
「邪美…アイツがルドーシャか」
「そうさ。あの少女が本体みたいだ」
ホラーの本体がこの中のどれかは邪美にも分からなかった。ルドーシャは実体を持たないホラーと言われており、その正確な姿を知る者は少ないからだ。
「じゃあ、アタシが先に行く!!!」
いきなり駆け出した杏子に対し、邪美は
「杏子、待ちな!!!!」
独断で先行する杏子に対し、邪美は声を上げるがそれを阻むようにルドーシャの手下達が様々な木材などを持って暴徒さながらに襲ってきた。
攻撃は単調で数は多いが、邪美にとってはさほど大したことではなかった。拳、蹴り、手刀で応戦し、魔導筆による術で数体の手下を一気に吹き飛ばした。
杏子は魔導筆を取り出して、憶えた攻撃用の術を少女の姿をしたホラーに対して放つ。だが少女はこれを避けることなくそのまま首が離れ、倒れこんでしまった。
「えっ!?!」
本体のホラーならば、もっと戦闘には通じているはずである。それなのに呆気なさ過ぎるのだ。
「杏子!!!ルドーシャが実体を持たないホラーだって事を忘れるな!!!!」
邪美も言葉に今回のホラーが一筋縄ではいかないかも知れないことを思い出し、周囲を警戒するが、杏子の背後から一体の影が浮かび上がり爪を立てて攻撃を始めたのだ。
「っ!!?!!」
その影は腕をゴムのように伸ばし、杏子の首を掴んだ。そのまま大きく腕を振るわせて壁面目掛けて叩き付けたのだ。
石造り独特の壁の感触を衝撃と共に感じながら杏子は、痛みに声を上げたかったが、それを持ち前の気の強さで我慢し、顔を上げる。
いつの間にか目の前に首を長く伸ばし自分を凝視していた。影にそのまま目が付いた不気味な顔であり、淀んだ生々しい視線を向けている。
「この野郎っ!!!」
拳を振り上げるが首は難なくそれを避け、胴体がそのまま首の元へやってきた。正面に立ったルドーシャに対し杏子は接近戦を仕掛ける。
ゴムのように身体を伸縮させるルドーシャに杏子の拳が当たる事はなかった。
「……お前は何だ?今までに見たことが無い」
杏子に対し、ルドーシャは大きく興味を抱いているのか問い掛けた。それに対し、杏子はホラー独特の訳の分からない妄言だと思ったが……
「不思議だ?私の手下同様の匂いを感じるが、そうではない、何かを感じる」
「ホラーの寝言に付き合うほど暇じゃねえ」
ホラーの言う事に耳を傾けるな。叔父にそう教えられ、杏子はそれを耳にすることは無かった。ルドーシャは少女の正体が気になったが、それを易々とは聞けそうにはないと察した。
「杏子!!!!」
ルドーシャの背後より邪美が術による一撃を放った。それを察した杏子はその場から離脱した。ホラー ルドーシャの影が一撃により霧散する。
影が消えても手下達が健在であり、迫ってきていた。
「ったく、本体は何処に居やがるんだ?」
「焦るな。奴はアタシ達の近くにいるよ」
迫る集団と潜んでいるであろうルドーシャに対し、周囲を警戒する。ルドーシャは二人の直近くにいた。そう、頭上の影より迫ってきていた。
ルドーシャは杏子を興味深そうに観察していた。魂があるべきところに無い少女を。だが、それを確かめる方法はないのだ。だからこそ、ルドーシャはこの二人を喰らうことにした。
杏子が自分たちを見て少し苛立った様子だった。だからこそ、揺さぶりを掛けるべく……
彼女の心の奥にあるであろう忌まわしい記憶を呼び起こすことにした。直接触れなくとも、このルドーシャにはそれを具現化する能力を備えている。
これを駆使して、獲物である人間を捉えてきたのだから………
『魔女め!!!』
突然、教会内に響いた聞き覚えのある声に対し、杏子は身が震えるのを感じた。彼女にとっては、苦い記憶である………
「どういうことだ?何で、父さんの……」
正面にはいつの間にか青白い顔をした”父”が立っていたのだ。恨めしそうに自分を睨みつけている。
『お前にそう呼ばれる筋合いは無い!!よくも私の思いを踏みにじったな!!!!私の救済を無価値にしてくれたな!!!!」
その声は嫌に心のうちに響いてくる。ホラーによる揺さぶりだと心に言い聞かせて魔導筆を取るが……
『あの家の忌まわしい血だ!!!人々を問答無用で殺す野蛮な殺し屋!!!!お前も、あの男も!!!!』
揺さぶりだと頭で分かっていても、隣の邪美の叱咤を耳にしてもどうすることもできなかった。
『お前のような殺し屋が生き残って、私達が死ななければならない!!!!生きることなど!!!許されないのに!!!!』
呪いの声を上げる父の姿に杏子は、忘れていた……整理したはずの亡くしてしまった家族への罪悪感、後悔が大きく膨れ上がってしまった。
(そ、そうなのか……やっぱり。アタシは……弱気になっちゃ行けない……でも……)
肩をつかんで邪美が何かを叫んでいるが、遠い世界の住人のように言葉が聞きえてこない……
邪美は、杏子の様子がただ事ではないと察し、庇うように頭上から迫っているルドーシャの気配目掛けて一撃を放った。
ルドーシャは手下の波の中に着地し、その中から二人を眺める。このまま押し切ってしまえば、二人はただでは済まされない。逃がすつもりなど無いのだ。
「杏子ちゃん、再開した時に言ったろ。その人のことを忘れないでいることが大事だと・・・それに、俺も弟といつまでもこじれたままじゃない」
ルドーシャは背後より、男の声が聞こえてきた。そこに立っていたのは赤い髪の魔戒騎士であった。
「何を言う?貴様の弟は、その娘が殺したも同然。殺された者の無念が、恨みが消えるとでも?」
バドの言葉にルドーシャは嘲りの言葉を返すが、バドの表情はそれに動じること無く、魔戒騎士の強靭な脚力で飛翔し、杏子、邪美の前に立った。。
「この仕事に恨みは付き物だ。弟と杏子ちゃんのすれ違いはあまりにも大きすぎた。だが、ここに来る前、弟に見送られた」
阿門法師の家を離れれる時、自分を法師と共に懐かしい視線を見送ってくれた。アレは、間違いなく杏子の父だった。
「杏子ちゃん。いつまでもそこで立ち止まってはいけない。魔戒法師として歩むのならなおさらだ」
厳しい伯父の言葉に体を震わせる。彼を自分の傲慢な願いで傷つけ、命さえも奪ってしまうようなことを仕出かしてしまったのに、今更”自分が幸せになる”とは余りにおこがましかった。
「弟は素直じゃなかったが、他の人の不幸を自分のことのように悲しむことができる優しい心の持ち主だった。だから、その弟がずっと杏子ちゃんを恨み続けることはない」
だからこそ、許すことが出来ないのではと思う。それを確認したくても居なくなってしまった者に尋ねることはできないのだ。
「杏子ちゃんも罪深いと自分を卑下して、弟を怨霊にしないでくれ。そんな事をして、ずっとお互いに傷つけあうようなことは悲しいじゃないか」
二振りの風雲剣を構え、ルドーシャとその従者達とバドは対峙する。
「フフフフフ。魔戒騎士の家系は呪われているも同然。我らホラーに最も近いのに、何故、我らに付きまとう?」
ルドーシャのおぞましい思考がそのまま形になったような巨大な影が教会全体を覆う。道具としていた死体達が集まっていき、黒い影に取り込まれていく。
「そうだな、殆どの騎士たちが心の奥底でこう願っているだろう。普通の人間としての生を送れたらと……」
自分もその例に漏れなかった。もし、自分たち家族が魔戒騎士の家系でなかったら、あのようなことにはならなかったのではと……
だが、それは叶わない願望なのだ。どんなに手を尽くしても過去は変えられない。自分には時間を遡ることなど出来ないからだ。
崩壊してしまった家族は二度戻らないが、弟は新たな家族を築いた。そこで新たな生活を始めたのだ。
魔戒騎士の家の因縁か定かではないが、杏子は偶然にも闇の世界へと足を踏み入れてしまい、そこで杏子は家族を失ってしまった。
それぞれの道を歩んでいた伯父と少女は再会し、”家族”となったのだ。
「だがな。魔戒騎士として生きるのも苦痛ばかりではなく、意外と悪くないと思うときもある」
迫る影の手を刃で払いながら、バドはルドーシャの問いに笑って応えた。
「本当にそう思えるのか?お前たち人間は朽ちていく詰まらぬ器でしかない。その希望とやらも朽ちていく器がみる一瞬の幻でしかないであろうに」
巨大な影が大きく嗤うが、バドはその問い掛けに怯むことなく果敢に向かっていく。
「人間がそういう生き物だからだ。無駄と分かっていても、無謀だとしても目の前の壁に向かっていくのが人間だ。お前たちホラーのようにただ無駄に永遠を生きることなどないからな!!!」
それが悪なのか善なのかは分からないが、バドにとっては醜いところも美しいところもあってこその人間であると……どちらかが欠けてしまったら人は人ではなくなってしまう。
「それに弟の娘。俺にとっては可愛い姪が生まれてくれた。彼女に会えただけでも、俺の魔戒騎士人生はそう捨てた物ではないということだ」
バドは無数に分裂する影たちを往なし、放電を起こす術を組み合わせて応戦するのだった。
伯父の戦いと彼の言った自分の父がどのような人物だったかを杏子は今この場で思い出さなくてはならなかった。
本来ならば、時間をじっくりかけて考えなければならないのに余りに急なことに杏子は焦りさえも感じていたが、焦っては結局何も解決はしないことは良く分かっていた。
思い返せば、自分は父の助けになりたいと常に願い、焦るあまりに道を踏み外してしまった。神の奇跡に反する魔法に縋ってしまったのだ。
あの時の父の鬼のような表情は今でも覚えている。アレは、今思い返してみれば”魔戒騎士”の事情を知っていたことと”魔法少女”の事情を知らなかったことの行き違いから発生した。
何処でボタンを付け間違えたのかは分からない。だが、あの父がいつまでも人を恨むような卑屈な人物だっただろうか?
「アタシは家族に申し訳ないことをしたけど、父さんは誰かを恨むよりも、傷ついた人の為に涙を流して、少ない生活費をそのまま寄付してしまうようなお人よしだったじゃないか」
だったら、自分が父に対して卑屈になってしまっては、その父をさらに傷つけてしまう。父のことは自分がよく知っている。そんな彼の背中を見てきたから……
「父さん。苦笑いするかもしれないけど、アタシは叔父さんと同じ道を行くよ。だから、小言はアタシが役目を終えるまで勘弁ね」
”・・・・・・私の説教は長いぞ”
「それだけ長いのを聞くだけのことをした。だから、長いのを考えろよ、親父」
”暫く、口をきいていなかったら随分と悪くなったようだね。まったくどうして、そういう所は兄さんに似たんだろうね”
懐かしい父の声がしたようだが、それは今も父が自分を、叔父と自分達を見守ってくれているのだろう……そう信じた杏子はバドの元へと駆け出すのだった。
父は伯父を”あの人”ではなく”兄さん”と呼んだのだから………
駆け出した杏子は、魔法少女の姿に変身し普段は一振りの槍を出現させるのだが、今回はそれぞれの手に槍を出現させている。
二刀流ならぬ二槍流である。駆けでして行く姿はあの風雲騎士 バドを思わせるものだった。
「おらっ!!罰当たりホラー!!!」
バドを取り囲む黒い腕達を切り裂くように杏子は槍を分割させ、蛇のように槍の刃を操った。トランプのダイヤの絵柄を髣髴とさせる刃が獰猛な蛇を思わせる荒々しさで腕達を全て切り裂いた。
切り裂かれた腕達は霧消していく。
「伯父さん。アタシも戦うよ!!!こいつだけはどうしても許せない!!!」
「そうだな。確かに杏子ちゃんを随分と虐めてくれたみたいだから、魔戒法師流のお礼を返してあげるよ」
鎧を召還するための構えを取るバドに対し、杏子も二振りの槍を構えて
「へっ、そいつはいいや♪」
大きく振るわれる槍の刃と鎖は独特の金属音を響かせながらルドーシャの黒い影拘束していく。影であるルドーシャに実体は無いと聞いているが……
「ISee……そういう事ね。杏子、そのままルドーシャを拘束だよ!!」
中途半端に外国語と日本語を織り交ぜた口調のナダサはルドーシャの正体を看破したように声を荒げた。
傍で戦いを見守っている邪美もルドーシャの正体を察したのか、巨大な影のある一点に視線を向ける。
突破口を見出したのか、バドは鎧を纏ったと同時に一気に飛翔した。
頭部に強力な拳を当てたと同時にルドーシャの身体は教会の屋根を突き破り、そのまま外へと飛び出してしまった。
鎧独特の金属音を立てながらバドは二振りの風雷剣を交互に振るい、その身体を切り裂く。先ほどよりも素早く、思い一撃が影を切り裂き、その中にから死体独特の青白い顔が浮かび上がってきた。
綻びを暴くようにバドはさらに鋭い一閃を放った。そこから暴かれたのは、いくつものかつては温度を持った温かい人の身体だったものを合わせて作られたおぞましいオブジェだった。
ホラー ルドーシャによって命を絶たれ、もしくは、その死後、辱められた人々の身体。一人一人に夢があり、絆があり、生活があった。それを突然、奪われ、死後、その魂は弄ばれてきた。
人間で言う心臓がある部分に黒い水晶が草の根のような触手を張っている。それこそがホラー ルドーシャの本体であった。
「お前もいずれ、死ぬ。死に向かって歩むお前達が何故、それを否定し、生に執着するのだ?」
おぞましい腕を振り上げるがバドはそれを刃で切り裂かず、避け、本体である黒い水晶目掛けてその刃を付きたてた。
「そうだな。その死が感じられるからこそ、今、生きていることが尊く思えるんだ。お前たちホラーには永遠に分からないことだろうよ」
罅割れた黒い水晶は断末魔の声を上げずに消滅した。教会に立ち込めていた邪気が消えていく。
「くたばりやがったぜ。あの罰当たりホラー!!!」
拳を握って杏子は叔父の勝利に喜びを上げ。彼を労うために空けられた屋根の大穴に飛翔する。
この時、杏子は気づかなかったが教会の至る所から青白い輝きを持った無数の蝶が現れ、教会の入り口から出て行ったのを……
無数の蝶は、ホラー ルドーシャによって弄ばれた人々の残留思念であり、ルドーシャの邪気に囚われていたが、倒されたことにより開放されたのだ。
それらの蝶に続くように邪美も教会を後にするのだった。
「杏子、また会おう」
教会の屋根の上で勝利を祝っている彼女に対し邪美は、別れを告げて去っていった。いつかまた出会うその時を邪美は楽しみに思うのだった。
その邪美に続くように笑みを浮かべた半透明の神父もまた教会を後にした事を誰も知る由は無かった。
「邪美、もう帰ったのかよ?別れの挨拶ぐらい言わないのか……」
「魔戒騎士、法師の出会いは一度きりじゃないさ。いつかまた、出会うさ。だから別れの言葉はいらないんだよ」
不満を口にする杏子にバドは苦笑しながら応える。
「そうか……じゃあ、また会える日までって奴か」
まだ、夜が更け始めたばかりの海沿いの町は眠りの中にあった。
徐々に明るくなっていく景色に杏子は、今の自分はあの明るい場所へ向かうのだという希望に満ち溢れていた。
「伯父さん。アタシ、叔父さんと父さんの家に行きたい!!」
「そうだね。暫く帰っていなかったから、偶には帰らないとな」
「ソーソー、他の人に管理を任せっぱなしというのもどうかと思うしね」
その後、杏子は自身のルーツである風雲騎士の屋敷を訪れ、ここで一日をすごした後、見滝原へと伯父と共に戻っていくのだった……
見滝原に訪れる運命をまだ、杏子が知る由もなかった………
だが、その運命を前にしても杏子の胸にはこれから先の”未来”に対しての希望が輝いていた…………
道寺のキャラクターですが、少しエキセントリックな人物に設定しました。
彼を描写した小説、SSも無いので私なりに解釈して断片的にバドに回想させました。
酒好きでスペインという国が大好き。結婚をしなかったのは、生涯一人の女性を思い続けてのことというのが 呀 暗黒騎士異聞の道寺です。
次からは、本編もそうですが、入れ替わりで見滝原を離れたほむらとバラゴの番外編の執筆を頑張りたいと思います。
それでは、では!!!!!