呀 暗黒騎士異聞(魔法少女まどか☆マギカ×呀 暗黒騎士鎧伝) 作:navaho
今回のお話ですが、かなり残酷な描写が多く人によっては不快な思いをさせてしまうかもしれませんので予め了承ください。
主役はさやかです。本編の主役とヒロインはちょい役(汗)
上条 恭介が柾尾 優太によってその腕を奪われる事件より数時間前……
火葬場より一人の男性が包を抱えて車に乗りこんだ。
男性の名は 暁美シンジ。中性的で整った顔立ちであり、少し癖のある長い髪をした今年で齢 40になるのだがまだまだ二十代に見える外見である。
赤みがかかった瞳は、優しげで頼りない印象を持つ貌にどこか近寄りがたい雰囲気を称えていた。普段は、人の良い弁護士で通っているが、自身の性格を彼はこう分析している
”自分は、決して人当たりの良い人間ではないし、皆が言うほど優しい人間でもない”と
普段の彼は、見た目と違い雰囲気が重く暗いのである。だが、そんな彼でも心を唯一寄せている存在が”家族”であった。そんな彼の最初の家族となってくれた恩人の忘れ形見を今、この包の中に収めていたのだ
”美国 光一”議員の娘 ”美国織莉子”の遺骨を引き取っていた。
本来ならば、重要な証拠として警察が抑えていなければならなかったものを暁美シンジは、あの場より持ち出していた。
そこには、撮影者 キリカ。撮影対象 暁美一家と美国織莉子が写されており、撮影日は・・・
「今から2週間後の日付・・・・・・なぜ、彼女はこれを持っていたのだろう。そして・・・」
荒れた屋敷のベッドには、既に息を引き取っていた彼女の遺体だけが残っていた。だが、その遺体は
「どういう訳か、14歳の少女ではなく80以上の老婆だった・・・・・・・」
その表情は、自分が今までに見たことがないほど、穏やかな死に顔だった。まるで、心から慕う誰かに見送られたかのように・・・・・・
何があったのか、彼には分からなかった。だが、見滝原を中心としたこの地域では不可解な現象が多く目撃されている。
特に行方不明者、自殺者が多い。だが自分が先ほどまで当たっていた現象は、その中でもかなり不可解だった。
14歳の少女が僅か数日で老婆になってしまうなど、ありえるだろうか?未来ある少女が突然、先が短い老婆にさせられたら、絶望しかないだろう。
だが、彼女は…………人生の意味を見つけたかのように安らかな笑みを浮かべ、穏やかな表情すら浮かべていたのだ。
彼女が持っていた写真を本来なら、共に火葬して持っていかせるべきであったが、
「ほんの少しの間でいい。僕の娘”ほむら”を探すためにこれを貸して欲しい」
14歳の少女が行方不明となっており、自分の知らないところで想像のつかない事を行っているのは明白であった………
巴マミは不思議な意識の中にいた。
自分が存在しているのは分かるのだが、自分と他人の境界線が酷く曖昧で何処までが自分で他人なのか分からない奇妙な感覚。まるで夢を見ているように感じられる。
”私は、今何処にいるの?それよりもどうして此処にいるのかしら?”
曖昧な自我に何かが自分に触れた。そこは現実感を失ったかのように浮遊している 佐倉 杏子の姿があった。
”アタシさ、つい最近魔法少女を始めたんだ”
彼女に触れるとこれまでの出来事が一気に流れ込んできた。彼女との出会い、触れ合い……
”マミさんとアタシって、最高のコンビだね”
いつまでもずっと二人でやっていけると信じていた、だけど……
”やっぱ、魔法は自分の為に使おうよ”
同じ信念を持っていると信じていたのに……どうして、そんな事をいうの?
ああ、私って本当に駄目だな。どうしてこんなことになっちゃうんだろう?
”ねえ、マミちゃん。私たち、親戚の所に来なさいよ”
”なぁ、遺産は全部、他人の弁護士が管理するのか!?”
”私達は、マミちゃんの親戚よ!!!どうして、アナタに何の権利があって!!!”
両親がもしもの為を思って、私に残してくれた物を”親戚”を称する獣達が浅ましく私に集ってきた……
目の前にある”美味しい物”に群がる獣の顔は、いつか何処かで見た女の子が大嫌いな”カエル”によく似ている。
何と浅ましく、醜いんだろうか?人間は……このおぞましく嫌な物を好む魔女は、人が生んだ”陰我”が生んだ歪みそのもの……
この時ほど”希望の光”である”ソウルジェム”が濁ったのを感じたことがなかった。
歪みを正すのが、私たち魔法少女……人々をこの歪みから守り抜くのが私たちの使命。その使命から決して背いてはならない。
”陰我”。確かキュウベえが危険だと言った”魔戒騎士”達が好んで使う言葉だ。この意味を深く理解は出来なかったが、一緒にやっていけると思った彼女が教えてくれた。
”人間は、善にも悪にもなれないんでしょうね。どちらかに踏み込んだら人間ではなくなってしまいます”
14歳の少女とは思えない程疲れきった表情で彼女 暁美ほむらは話してくれた。
”私が見てきた魔法少女達がそれでした。皆の為と願ったものの結局は誰にも感謝されずに破滅したり、見返りを求めたのにそれすら無かった”
虚しいものね。魔法少女は……私も誰にも感謝をされずに、独りで消えていくのかも知れないわね………
”別に大勢の人に感謝なんてされなくても良いと思います。ただ話を聞いてくれる人が一人でもいれば、それだけでも十分かもしれませんよ、巴さん”
なら、どうしてその人の所から離れたの?
”ふふ、そうですね……居たくてもいることが叶わなかったんですよ。彼女がそれを許してくれなかった……あの子に縋る以外に私は進むことが出来なかったんです”
彼女を憎んでいるの?
”どうでしょうか?色んな感情がぐちゃぐちゃになっているのは理解していますが、それ以上に彼女を否定することが何だか自分を否定しているようで、結局は自分が分からないんですよ”
羨ましいわね。あなたがそこまで思える存在がいるなんて……私は魔法少女であって人間じゃない……そうあんな醜く浅ましい獣であっては駄目なのだ……
良いわね……そういう人間は嫌いじゃないわ。貴女のような人間らしい人間は大歓迎よ。
”ただ最近はどんなに力を得ても姿を変えたとしても自分の本質は自分が自分である限りは変わらないと思います”
それはどういうことかしら?
”彼にしても私にしても、結局は自分の弱さに絶望し、憎悪して今があるんです。だからその弱い自分の延長線でしかないんですよね。現在も未来も……”
そう……でも、ほむらさんの願いも間違いじゃないと思うわよ。私は貴女の願いを詳しくは知らないけど、私はなんであれ、誰かの為に願ったのは間違いないのだから……
”私を買いかぶり過ぎですよ……私はただ自分自身の為に動いているだけです。願いに良いも悪いもないんですから”
時々だけどほむらさんは、少し歪に笑うことがある。いや笑うのではなく嗤う。その嗤いは14歳の少女とは思えないほど大人びていて……何処か暗い影を帯びている。
”私は弱い自分が許せなくて不甲斐ない自分を今も抹殺したくて仕方がないのですよ”
自分を哀れむのではなく、ただ事実を述べるだけのほむらさんの瞳は恐ろしく暗い。本来なら忌いすべきなのにその瞳をもっと見ていたい衝動に駆られるの……
”巴さん……あなたは少しばかり私に近すぎていますよ。私は貴女の考えるような存在ではないのですから…あのバラゴの同類でしかないんですから”
バラゴ?それは一体誰なのかしら?私の知らない誰かなの?
”……巴さん。貴女は既にバラゴを見ていますよ。ほら、あなたの忌み嫌う死の臭を最も強く放つあの闇色の狼ですよ”
その瞬間、ほむらさんの姿が少女のモノから狼を思わせる黒い獣の影へと変わっていった。気が付けば私が漂うこの奇妙な空間が一瞬にして闇に変わり、悲鳴を上げるまでもなく私 巴マミの意識は暗い闇の底へと沈んでいったのだった……
「アハハハハハハハハハハっ!!!やった、暁美だっ!!!とうとう僕の元に帰ってきてくれたんだっ!!!!」
右目が充血し、よろめきながら柾尾 優太は笑っていた。言うまでもなく今まで欲しくて欲しくて堪らなかった物が手に入ったからだ。
それこそが彼が唯一、絶対視する蓬莱暁美に関係する物だったのだ。喜びながら彼は、自身の部屋に駆け込んだ。
その際に上条恭介によって傷つけられた額より血が出ていたが、それを気にすることは無かった。
「やったよっ!!!やったよっ!!!!」
明らかに普段の彼とは違っていた。これが彼の本性、もしくは、彼の言うように自分に心が存在し、それが甦ったとも言うのだろうか?
足元は不安定であり、何処となく覚束なくなっていた。エレベーターは何故か今日に限って検査の為に動いていない。
階段を上がるのだが足元が不安定な為何度か踏み外し、その度に頭から、背中から落ちていくのだ。それでも彼は気にしていない。
普段以上に心が騒ぐのを感じるのだ。故に喜びのほうが勝り、自分自身の異常に気がついていなかった。明らかに普通ではなく、普段の彼を知る人ならば病院へ行くことを促していただろう。
最も彼に”親しい人”が居ればの話であるが……
『う~~~ん。やはり脳に異常が見られるようだね』
そんな柾尾 優太を見上げるようにしてキュウベえが足元おり彼は柾尾 優太の異変を察していた。少し前に上条恭介によって頭部を強く殴られた為に、脳に大きなダメージを受けていたのだ。
言動もおかしく、さらには足元まで覚束なく不安定なのは脳に深刻な……あるいは致命的なダメージを追ってしまったこと以外のなにものでもなかった。
『あの人形は、元から壊れていたけど、今回のことで修復不能なまでに壊れてしまったようだね』
自身の住まう階へ行ってしまった柾尾 優太と入れ違うように一つ下の階に住まう住人が一階のごみ処理場にゴミを捨てに出てきた。
キュウベえは興味が無かったので中身を知らなかったが、ゴミの内容は”古くなり四肢が捩れてしまい、修復が出来なくなった人形”であった……
上條恭介の自宅前は多くの人達でごった返していた。突然銃声が聞こえたという通報があったため救急、警察が現場に来ており、この事態に対して”何事かと”興味を持った野次馬で溢れかえっていたのだ。
その騒ぎの中心である少年 上條恭介は半狂乱に陥っていた
「ぎゃああああああああああああっ!!!!僕の腕が!!!!僕の手がぁああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
2階から落ち全身を強く打ったにも関わらず 上条恭介は手首先から吹き飛んでしまった自身の手に対して悲鳴を上げた。
元々事故で骨折していたにも関わらず彼は必死で自身の吹き飛んでしまった手首を探し始めた。
「何処だ!?!僕の手は!?!僕の手は!?!」
自身の手首を探そうにも……
「君!!!そんなことをしている場合じゃない!!!早く病院へ!!!!」
「その患者を取り押さえろ!!!!傷をそのままにしておいたら壊死を起こすぞ!!!!」
救急隊員が上條恭介を抑えるものの彼は、自身の現状に対し正気を失っていた。
「いやだ!!!僕の手はどこなんだ!!!!僕の手を元通りにしてよ!!!!」
かつては手が動かないだけならまだ希望が持てた。だが”手”そのものがなくなってしまってはどうしようもなかった。再び手を繋げるという選択肢もあるのだが、彼の手の所在が分からないためそれは叶わないだろう。
「恭介!!!落ち着いて!!!!」
取り押さえられる上條恭介の元に駆け寄ったのは、幼馴染のさやかだった。その光景を遠目ではあるが青ざめた表情で 仁美が見ていた。騒ぎは既に見滝原のニュースになっていたのだ。
「さやかっ!!!!」
彼女の姿を抑えた上條恭介は少年とは思えない力で救急隊員達の拘束から逃れ、彼女のもとへ駆け寄るやいなや
「さやかっ!!!早く、僕の手を戻してよ!!!!早く!!!!奇跡も魔法もあるんだろ!!!!早く手を!!!!僕の手を!!!!!!」
「きょ、恭介……」
血走った目でさやかにもう一度奇跡を起こすように詰め寄る。だが、
「無理だよ……もうアタシは……奇跡を願えないんだよ」
既に願ったと言っても上條恭介は聞く耳を持たないだろう。いや、現にさやかの話が聞こえていない。
「だったら、誰かに願わせてよ!!!僕の手を直してくれるように!!!!!!!仁美さん!!!誰でも良い!!!!僕の手を治してよ!!!!奇跡を願ってよ!!!!!」
正気を完全に失ったのか上條恭介は野次馬目掛けて駆け出すが、
「さやかちゃんの奇跡を否定する気はないが、君は少し落ち着くべきだ」
突然首元に衝撃を感じたと同時に上條恭介は倒れた。いつのまにか赤毛の男性こと バドが彼に当身を当てていたのだ。
大人しくなった上条恭介を救急隊員が救急車に載せたと同時にサイレンの音が見滝原の夕方に鳴り響いた……
「なんでこんなことに……恭介………」
さやかはその場に崩れ落ちた。気遣うようにバド 続くように杏子が駆け寄る。杏子はなんといって良いか分からなかった……
何を言ってもさやかには届かないし、何の慰めにもならないのだ。今のさやかの状況はかつて杏子が味わった出来事そのものだったからだ……
バドも同じであった。こういう時に気の利いた言葉を掛けられるのが理想の大人ではあるのだが、その理想の大人として振る舞えない自身に落胆する以外にできなかった。
「………それは貴女がそう望んでしまったからではないでしょうか?」
崩れ落ちたさやかの前に、志筑 仁美が怒りの声を静かに上げていた………
「こんなことって今までなかったのに……」
まどかは駅前のスクランブル交差点のエキシビジョンに映る見知った光景で起こった事件に対して驚愕していた。
(なんで上条君があんな目に遭っているの?どうして……さやかちゃんの願いが……こんなことになるなんて……)
「なんだ。まどかちゃんの知り合いなのか?」
付き添いで暁美ほむらの自宅からの帰りの道中で一緒になったジン が心配そうに彼女を見る。深くは聞かないが、彼の妹分である ”ほむら”を知る”まどか”はかなりの訳ありなのだ。
「はい。私の友達で…前に事故があって……それで………」
友達といってもさやかの知り合いなので。彼 上条 恭介とはそれほど親しい仲ではない。
「事故で手が動かなくなってヴァイオリンが弾けなくなってしまったんです。奇跡的に……動くようになったんですけど……」
上條恭介の真相が真相なだけにその事実をそのまま伝えるわけには行かなかった。だが……
「その奇跡ってのは、あの写真みたいにオレ達、一般人には想像もつかない現実が絡んでいるのかい?まどかちゃん」
”あの写真”とは、数時間前にまどかが訪れた暁美ほむらの両親から見せられた奇妙な写真のことである。それは突然死した美国織莉子が持っていたものであり日付は今から”二週間後”の日付で撮られたものだったのだ。
「はい。さやかちゃんは奇跡を願ったんです。でも、これってあんまりじゃないですか!!どうして、こんなことに!!!!」
まどかは居てもたっても居られなくなったのかさやかのもとへと駆け出そうとしたが、ジンに止められる。
「すぐに行ってやりたいのは分かるが、今はご両親のもとに戻るべきだ。上条君を傷つけた輩が何処に居るか分からない。だからオレが家まで送っていくよ」
「でも!!さやかちゃんの元に行ってあげないと!!!」
「確かに友達が心配なのはよくわかる。だけど自分を疎かにしていいという理由にはならない。だから、さやかちゃんから連絡があるのを今はご両親のもとで待つんだ」
まどかの友達思いには、少々残酷ではあるがここで彼女を行かせてしまったら取り返しのつかないことになりかねない。それに”ほむら”の友達である彼女に何かあったら、顔向けができないのだ。
「でも……「まどかッ!!!」
まどかの言葉を彼女にとって慣れ親しんだ声が挟んだ。
「ママッ!?!」
「何をしていたんだ!?こんな時間まで……それに今日、学校に行っていなかったっていうじゃないか!!」
時刻は既に日が沈み夜といっても良い時間なのだ。そんな中、身近な人間を傷つけた”危険人物”が近くを徘徊している。既に市の一部では厳戒態勢が取られており外出を控えるようにテロップさえ流れているのだ。
「それは…どうしても確かめなくちゃいけないことがあって………」
まどかはいつものように家を出たのだが、学校へは行かずに”ほむらの両親”の元を訪ねていたのだ。そこで彼女が知らなかった”ほむら”の過去の一端を知ることになった。
暁美ほむらは両親の特徴をそれぞれバランスよく受け継いでいる少女だった。かつての気弱な性格は母親である 暁美 レイ。誰も信じないと言って強気な自分を演じているさまは父親である 暁美 シンジ。
さらには彼女が知らない”時間軸”のことも。
「こんな時間まで出歩く必要があるのか?もう遅いんだ。頼むから明日の明るい時間にしてくれ」
親の立場なら学校へ行かなかったまどかを叱るべきだが、今は非常に危ない状況なので一刻も早く家に連れ帰らなければならなかった。
「そういうことだ。まどかちゃん。オレからも頼むよ。ほむらの兄貴としてな」
家に入るまで見届けないと何をするかわからないまどかに対してジンは少し悩んでいたが、親が出てきたことで彼女が無茶をすることはないだろうし、彼女の友達を思う気持ちには悪いが今は手を引いて欲しかった。
「それじゃあ、まどかちゃん。ほむらのことで何かあったら連絡するよ」
母親が迎えに来たことでジンも特にやれることはないだろうと思い、一応念のためではあるがタクシーを呼び止め彼女らの自宅までと伝えておいた。お釣りはいらないといって数千円程を手渡すことを忘れずに……
「タクシー代は自分が持ちますんで、それじゃあ失礼します」
「あ、アンタ。そこまでしなくても……」
詢子が呼び止めるまもなくジンはそのまま足早に去っていった。
「まどか…さっきの外人さんはどちらさまだい?」
「え~~と、ほむらちゃんのお兄さんなんだって…」
外人さんことジンは本人曰く 日独中三カ国友好の象徴だと言っていたので混血児なので見た目は日本人のそれではなかった。ほむらとは幼少の頃からの付き合いであり、彼女の兄貴分というのが彼の言い分であった………
「ふぅ~~ん。そのほむらちゃんって子も色々あるんだね」
まどかも色々な出会いがあるものだと詢子は思うのだが、彼の好意を無碍にすることはできないためそのままタクシーに乗り込み、帰路に就くのだった………
「アハハハハハハハハッ!!!!!アハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!」
普段からは考えられないほど彼 柾尾 優太は笑っていた。傍から見れば狂ってしまったかにしかみえない光景であるが彼はそうとは思わなかった。
「僕は今の今まで何も感じなかったんだ!!!だけど、君が弾いてくれたヴァイオリンの音が僕をもう一度人間にしてくれたんだ!!!!」
かつて蓬莱 明美は自分に音楽とは”自身の感情の高鳴りそのもの”であることを教えてくれた。感情に問いかけ、震わせてくれるものと。
彼女が初めて聞かせてくれた音楽に彼は安らぎを感じたことは今も覚えている。だが彼女がいなくなってから何もかもが色褪せ、自分自身の欠けた何か……失ってしまったものを取り戻そうと足掻いたのだった。
気まぐれにヴァイオリンを弾く女性、もしくは知人と付き合うこともあったがそれらが弾く音色は柾尾 優太に何も与えなかった……彼に齎したのは不愉快という気持ちだったのだ……
「君以外に僕を僕として認めてくれる人はいなかった。君が居ないとダメだったんだ。あぁ、どうして魔法少女なんかになってしまったんだい?どうして君だったんだい?」
やがて視線は物言わずに横たわっている巴マミに映った。彼女の体は本来人が持つ温もりがなかった……
「なんでこんなモノが存在するんだ?人間じゃないくせに、人間のフリをして……なぁ、何か言ったらどうなんだよっ!!!!!」
理不尽な八つ当たりに似た感情とともに柾尾 優太はマミの体に蹴りを入れた。本来ならば痛がって飛び起きるのだが、そのなな床にバウンドし沈黙するだけだった。これまでも同じように扱った”連中”は痛がったのに……
「お前さぁ、僕を冷たい目で見ておいて…おまえが冷たいじゃないか…どうしたんだよ……何かしてみろよ……まるで魂が抜けたみたいじゃないか?死んでるのに、どうして生きてるんだよ?なぁっ!!!」
意識を失った少女 意識がない少女に対して柾尾 優太はさらに追い打ちをかけるように近くに落ちていた刃物を手繰り寄せて更なる痛みをマミに与えようとした。
「アハハハハハハっ!!!!血が出てるのにこんなに刺さってるのに起きない!!!お前は何も感じない!!!そんな奴は人間じゃない!!!!人形だ!!!!僕は人間で!!!おまえが人形だっ!!!!!!」
狂って笑う柾尾 優太の姿を傍から冷めた視線で見ている存在が居ることに彼は気がつかなかった………
「あれじゃあ、あの絵本の人形そのものじゃないか。確かあの絵本の人形は自分が人間だと思い込んでいて、やたら人間を傷つけて、それでいて人間じゃありえない振る舞いや反応だったからね」
キュゥべえがかつて見た絵本の中に出てくる自分を人間だと思い込んだ人形の話はこういう話だった……
ある所に小さな雑貨屋さんがありました。そのお店には様々な物が売られていました。
家具、衣服、お菓子、玩具、本とたくさんのモノを取り扱っていて、そのお店の奥の棚に一体の人形が置かれていることに誰も気がつきませんでした。
その人形はこのお店の主人も覚えていないぐらい昔からあり、誰もそれを手に取ろうとする者も居ませんでした。
子供達により残酷な悪戯の為、棚の上から落とされたり、酷い言葉を掛けられていました。
売り物であるはずなのに、時々衣装を着せられて人形劇に出されても悪い役ばかりをさせられ、その時もやはり子供から酷い言葉を掛けられていました。
その人形はあってもなくてもどうでも良い存在でした。いつかは、何処かで処分をされてしまう筈でしたが………
ある日、その人形を買っていった少女が居ました。少女はこの人形の友達になりたいと思い、あってもなくてもどうでもよかった人形に価値ができました。
その日から、人形はいつも少女と居ました。少女の生活を見守り、応えることはできませんでしたが、その話を熱心に聞いていました……
ですがある日、少女は家に帰ってきませんでした。何日も人形は待ち続けましたが、それでも少女は帰ってきませんでした……
ある夜、動くはずのない人形が動き始めました。居なくなってしまった少女を探しに家を飛び出したのです……
そこで人形は知ることになりました。少女は魔法使いであり、人々の為に戦っていた”戦士”だったのです。
そのことを知ったとき、人形は初めて願い始めたのです。
”人間になりたい”
人間になるために人形は、心を学ぼうとしましたが……食事、遊戯、睡眠等と人間の真似を行いましたが、
”どうしてだろう……何も感じない”
木で作られた人形は、物を食べてもそれを取り込むことはできない、遊んでもそれを楽しいとも思えず、睡眠も行うことなどできませんでした。
やがて人形は、人の暗い部分を知り、それの意味も分からずに真似を行うようになったのです。
人を騙し、モノを盗み、さらには人の命を奪うようになりました…死んだ人を見て
”僕と同じだ。僕は最初から人間だったんだ”
不思議そうに眺めていて、人形は自分を”人間”であったと思うようになりました。自分は人間であると思い込んだ人形は、人間達の中で暮らし始めました……
人形は人間と同じであると言いながらも彼は殴られても決して傷つかず、血を流すことなく、加減を知らず、自分の思うままに人々を傷つけることに喜びを感じていたのです。
時には、小さな子供の手を取ってはその腕をへし折り、悲鳴を上げる様を見ては喜色の声あげ、大人に対しては、痛みを感じない身体を良いことに殴りつけ、その人が持っているモノを取り上げました。
家、服、お金、家族、命と大切なモノを奪ってきていました。最初は”人形だ”と言えば、人形は激怒し、”僕は人間だ!!!人間だ!!!”と叫びながら暴れ、人々を傷つけ、傷つけられることを恐れて、人々は人形を人間と思うことにしたのです。
痛みを知らない人形は例え腕が取れても直ぐに治ってしまい、斧で切りつけても人のように死なず、痛がることもなかったのです。
綺麗な服を纏い、宝石を木の指に散りばめさせ、食べ物を悪戯に振り回し、綺麗な女の子がいれば、恋人として扱い、あきれば捨てました。
人形にとっては幸せな、人間にとっては地獄のような日々が続いていました。
「確かあの本の結末は………」
キュゥべえは絵本の最後も人形がどのような結末を思い浮かべた………
「人形の元に購入者の妹が現れるんだよね…現れた理由が………」
さやかは真っ直ぐに柾尾 優太の自宅があるマンションへと走っていた。その表情は怒りに染まっており、彼女は既に魔法少女に変身していた。
「なんで、こんなことになるのよ!!!!アタシはこんなことを望んでいたわけじゃない!!!!アタシは恭介のヴァイオリンがもう一度聞きたくて!!!!弾かせてあげたかっただけなんだからっ!!!!!!」
まるで誰かに弁明するように叫でいた。そうあの後、志筑 仁美より言われたあの言葉が彼女の胸に深く突き刺さっていたのだ。
”貴女がこれを望んだからではないですか!!!!”
”貴女が上条君のことを信じないで!!!!彼にあんなことを押し付けたから!!!!!”
”全ては貴女が望んだからこうなったのです!!!!!!あなたのせいです!!!!!!あなたのせいです!!!!!!”
「うるさあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
気が付けば仁美の体は大きく飛んでいてコンクリートの壁面に頭を打ち付けて血を流していた。仁美の元に駆け寄った杏子らを背にさやかはその場を飛び出していった。
「アタシが悪いっていうの!!!アタシは恭介の為に!!!!あいつを救いたかっただけなのに!!!!!誰かを救いたかっただけなのにどうしてこんな目にあわなければならないのよ!!!!!!」
やり場のない怒りが最初に向かったのは親友である仁美であった。仁美の姿を見たさやかは何がなんなのか分からなくなってその場を逃げ出したのだった。
だがすぐに彼女はこの怒りと憎悪を叩きつける相手の下へ向かったのだ。これを行ったのは間違いなく”あいつ”だ。あいつ以外に考えられない。
自分が行わなければならないのはあいつをこの手で痛めつけ、恭介の味わった絶望を思い知らせてやらなければならないのだ。かつて父が忌々しげに眺めていたマンションの一室のバルコニーを飛び越え窓を突き破ってさやかは部屋に飛び込むのだった。
「現れた理由が恋人の腕を斧で人形が切り落としてその復讐のためにでてきたんだよね」
突如 窓ガラスが割れ音と共に何かが部屋に飛び込んできたことに柾尾 優太は
「何だい?何が起こったんだ?」
少し驚きながら確かめるべくその部屋に足を進め飛び込んできたと同時に鋭い痛みが彼の顔に走った。
「っ!!!?!!!!!」
視線を向けると自分を疎んじていたあの刑事 美樹 総一朗の娘…明美の周りに図々しくも居座っていた少女 美樹 さやかがサーベルを自分に向かって振り下ろしたのだった。
「まさか本の通りになるとは……これも君のシナリオなのかい?カヲル」
「そういうことだよキュゥべえ。僕はね、こういう人の感情は常常面白いものだと思うよ。実益と娯楽を兼ねていてね」
キュゥべえの前にもう一匹の全く同じ生き物が姿を現した。キュゥべえと違い、カヲルは何処かニヤついた笑みを浮かべていた。
「そうそう。そろそろマミを元通りにしてあげないと…楽しみだな…起きた時の反応が……こんな面白い場面を見たらどんな感情を表すのかな~~」
カヲルは嬉々としていつのまにか回収していたマミの”ソウルジェム”を傷だらけになったマミの体の元へと近づけるのだった。
「やあ、マミ。気分はどうだい?」
目覚めたというよりも彼女が感じたのは意識がいきなり覚醒したというのが正しい感覚だった。
「……っ!?!」
いつものようにキュゥべえに声を掛けようとするものの”ヒューヒュー”と空気が抜ける耳障りな音が響くだけだった。
「あぁ、マミ。体を魔法を使って回復したほうがいいよ。君の体は……今はちょっとばかり怪我してるんだよね」
やけにキュゥべえが感情的というか妙に馴れ馴れしい感じがする。それに体の感覚が怠いというよりも異様な痛みを感じる体に力が入らない……まるで”あの時”の感覚によく似ているのだ。
”あの時”…かつて両親を亡くした事故の際に体中が傷つき、痛みの感覚が通り過ぎて何とも言えないあの気怠いような冷たく鈍い感覚だった。
腕も動かすと鈍い痛みが走る。薄暗い部屋であるため全体は掴めないが自分の腕が刃物で傷つけられ、血まみれになっているのだった。
「っ!!?!!!」
空気が抜ける音がするのは自身の喉元からだった。触れると生肉を素手で触れたあの感覚がそのままマミに伝わり、自分の喉が切り裂かれているのだった!!!
「っ!!?!!おぇっ!!!こ、こんなっ!!!」
真っ先に自身の切り裂かれた喉を魔法で回復というよりも修復し、近くにあった姿見で自身の体をマミは見た。
「っああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!」
そこには見慣れた自分ではなく死体そのものと言って良い状態の血まみれの異様なまでに青白い顔をした変わり果てた姿だった。
「おぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!」
マミの悲鳴に呼応するように耳障りな聞き覚えのある悲鳴が響いた。そう、確かあの声はあの青年の……
足も切り裂かれていて覚束無いが悲鳴をあげているのならばなにか恐ろしい目にあったのではと考え、マミはその隣の部屋に向かった。
そこで繰り広げられていたのは魔法少女による一般人への一方的な”暴力”だった………
部屋に入ったと同時に鼻腔に飛び込んできたのは”血の匂い”であり、肉を恐ろしい力で殴りさらにはそこに突き立てられる刃物の音が響き、それを行っていたのはつい先日魔法少女になった美樹さやかだった。
「おぎゃあっ!!!!あああっ!!!!」
「アンタの声って気持ちわるいんだよね…黙ってよ」
サーベルで勢いよく切り裂き夥しい出血がさやかに降り注ぐがお構いなしだった。そのまま拳を握って顔に一発、さらに腹に蹴りをと加えていった。
出血量は夥しいのだが柾尾 優太はそれでも死ななかったが虫の息であった。
「あははは、なんであんたみたいなのが生きてたんだろうね。あんた元々、生きてるんだか死んでるのか分からない奴だったよね」
かつて父 総一朗より教えられた柾尾 優太のこと。居ても居なくてもどうでも良い存在であり、誰も気にしないし構う価値もない存在だと……
「ほらほら~~はやく起きなさいよっ!!!!」
さやかは勢いよく柾尾 優太を蹴り飛ばし、彼はそのまま備え付けのキッチンへと大きく打ち付けられてしまった。声を上げることができずに蹲っており、適切な処置を施さなければ命すら危うい状態であった。
その光景にマミは
「やめなさいっ!!!美樹さん!!!!魔法少女がすることではないわ!!!!!」
普段ならば変身をして魔法少女の凶行を止めるのだが、そんな考えすらというよりも体の修復が完全ではなかったためそのままさやかに対して声を荒げるしかなかった。
「……三年生。こんな時まで……って、あんたっ!!!?!」
苛立ちながらさやかはマミに視線を向けるが、マミの姿を見て目を驚愕に見開いた。マミの状態ははっきり言って生きているはずのない姿だったのだ。まるで墓穴から死者が飛び出したとでも言わんばかりの……
「どうしたのっ!?!その身体!!なんで、あんたそんな状態で生きてるのよ!!!?!」
「私のことよりも魔法少女がこんなことをして良いわけないじゃない!!!!貴女は希望である魔法少女をなんだと思ってるの!!!!」
かつて袂を分かった佐倉杏子が”自分のために魔法を使おう”と持ちかけたが、これはあまりにも度が過ぎていた。こんなことは許せるわけがなかった。
「その希望さえもアタシは奪われたんだ!!!!だから、希望を奪ったあいつを!!!!!あの人形みたいなロクデナシに制裁を加えてやるんだ!!!!!!」
勢い余って親友を傷つけ、そのざまを慕う杏子にすら見せてしまった。もう自分は真っ当な魔法少女にはなれない。だったら、せめて自分のこの”怒り”をぶつけるまでだった。
「だからって……美樹さん後ろっ!!!」
いつの間にか柾尾 優太が立ち上がっていた。顔は無残にもぐちゃぐちゃに変形しており、さやかに痛めつけられたのか足元は覚束なかった。だが、そんな状態とは逆に彼はあらん限りの声を上げた。
「ウルサイっ!!!!ダマレっ!!!!ボクはニンギョウじゃない!!!!ニンギョウじゃない!!!!ニンゲンだ!!!!!」
背中のベルトに差し込んでいた拳銃をさやかとマミに向ける。自分が人形と言われることが我慢ならないのか怒りの声を上げていた。
「こんのっ!!!!」
拳銃を撃つ前にマミは柾尾 優太を拘束しようと魔法でリボンを出そうとするが何故か出てきてしまったのはマスケット銃であった。自身の魔法はリボンからマスケット銃にするのが手順であるはずなのにそれを飛び越えてしまうとは……
さやかが撃たれてしまう前に柾尾 優太を何とかしなければと彼の肩 目掛けてマスケット銃が火を噴いた。
マミのマスケット銃の威力は本来ならば人間に向けるものではない為、その威力は人にとって重い衝撃となって彼を再び吹き飛ばしたのだった。右肩が吹き飛び再びキッチンのガステーブル付近に叩きつけられたと同時にガスホースが外れ勢いよくガスが
吹き出し、吹き飛ばされた腕の神経は反射的に反応、指が引き金を引くと同時にガスが引火し轟音が室内に響き爆ぜた………
「あの人形は最終的に切り刻まれて二度と動くことがないように焼かれたんだったよね」
火の手が上がり室内が大きく燃え上がる見据えながらインキュベーターはそのまま部屋を後にするのだった。魔法少女達は爆発も間近に居たのだが、マミが咄嗟に魔法で防御壁を作り上げることによって回避しそのままさやかを伴ってマンションを出て行った。
もしもこの時、さやかとマミが残っていたら炎に焼かれる柾尾 優太に起こった異変を目撃しただろう……
それは彼に絡みついていた怨念であった……これまでに彼が自身の快楽のために犠牲にしてきた人たちの暗い恨みの感情がそれを彼の元に呼び寄せた……
無数の怨念の影が形となり、それはゆっくりと彼の眼前に立った……
「陰我もないのに何故、陰我が……これは面白い……」
西洋の悪魔を思わせる黒い異形の影は焼かれる柾尾 優太の前に現れ……影と柾尾 優太が重なったと同時にそれは声を上げた。
「おぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
次回予告
キュゥべえ、アナタ!!!私達を騙していたの!!!どうしてそれを言わなかったの!!!!魔法少女が希望だといったのはウソだったの!!!!!
全ては私たちが抱いた身勝手な幻想だった。この魔法に意味はない。ただ私達が勝手に思い込んでいただけなのだ。
これまで積み上げてきたものが崩壊していく……だけど意味がないことを自覚せず、意味があると思い込んだ”悪意”があの炎の中で生まれていたことを私は知らなかった。
呀 暗黒騎士異聞 第弐拾四話「顔 無 」
それに顔はない……あるのは、自らの悪意と人の忌むべき記憶だけ………
去年の終わりにはこういう感じで終わらせたかったのですが、やっとのこさ書けたといった感じでした(汗)
別のタイトルだと 柾尾 優太覚醒!!こうかくと何だか格好よくなった感じになりますが実際は化けただけだったり……
ある程度話に区切りが付きましたら各キャラクターの紹介とレビューをしたいと思います。
今回の仁美ちゃんについてですが、さやかを詰りすぎてさやかが逆切れして魔法少女の腕力で突き飛ばして怪我をさせられというかさやかがやらかしてしまいました。
杏子とバド伯父様につきましては犯人が誰なのかがわからなかったため現場に行くことができませんでした……
さやかはこういうことをするのはあいつ以外にないと確信していました。
次回は、魔法少女の秘密が大暴露されます。
ちなみにほむらが合流するのはもう少し先の予定。
間にまどかのほむらちゃんのご自宅訪問もやりたいと思います。
柾尾 優太さんがラスボスみたいですが実際は中ボスなので勘違いしないように(笑)
もう少しペースを上げていきたいと思う次第です。