やはりダンジョンに出会いを求める俺の青春ラブコメはまちがっているだろうか【まちガイル】 作:燻煙
拝啓、愛しのラブリーマイシスター小町様。桜花の候、貴方様はますますお元気でお過ごしのことと存じます。新春を迎え、一際美しくなる貴方様にとっては、私のような愚兄の時事などは取るに足りぬ些事でございましょうが、日頃お世話になっております貴方様へ御報告申し上げ奉ります。お兄ちゃんはダンジョンに潜って死ぬこととなりました。ひいてはお兄ちゃんの部屋の箪笥の底に保管してある数冊の本は決して中身を見ずに処分していただきたい。先立つ不幸をお許しください。お兄ちゃんはダメです。お兄ちゃんの将来が息しておりません。さようなら。いつかまた会えたなら、その時はまたお兄ちゃん、とその愛らしい声で呼んで下さい。では御達者で………………。敬具。
「平塚先生、入る時はノックをしてください。」
「ん?まぁいいだろう雪ノ下。そんな堅いことを言うな。」
日常の崩壊していく音をBGMにうっかり小町に宛てた遺書を書いていると、部屋の奥からよく通る、澄んだ声が聞こえてきた。
平塚先生に追随するように部屋の中へと一歩を踏み出して中を見渡してみる。
落ち着いた雰囲気の椅子や長机、会議用ホワイトボード、少し高級感のあるティーセットなど数少ない調度品の中、その声の主はある種の存在感を纏って座っていた。
流麗な黒髪は漆のようであり夜空のようでもあり、艶やかさと煌めきを放ち。
雪のように白い肌は生き物としての熱を持っているのだろうかと不安になってしまうほどであり。
真夜中の海を想わせるように深く、それでいて透き通った双眸には、研ぎ澄まされた剣尖のように鋭い意志が秘められており。
その下に存在する小さく整った筋の通った美しい鼻、白い肌の中でその存在を健気に主張する唇はポンパドゥール・ピンク。
銀の軽量なプレートアーマーに包まれた四肢は細く、触れてしまえば掻き消えてしまいそうに儚く。
おおよそ美しさという概念を収斂したかのような少女が、そこにはいた。
華、そんなようなものが彼女にはあった。いや、彼女そのものが『華』なのか。
(エイナさんも綺麗だが、綺麗さの勝負じゃ部が悪いといったところか。)
止まった思考の中で比企谷八幡はそんなことを考えていた。
でも。
(ま、俺には関係ないな。どうこうなれるはずもないし。)
こんな美少女とお近づきになれるだなんてそれこそ神の悪戯か何かだろう。そんなものは御免被る。たまったもんじゃない。それに、大体綺麗な花には棘があるものなのだ。完全に偏見ではあるが。ソースは平塚先生。棘っていうより熱と拳ですね。
いやでもエイナさんは普通にいい人だな。俺をちょっと顎で使う感はあるが全然許せる。あれ?かなりの優良物件では?
「紹介しよう。ここにいる腐った目と根性を持ったこの男は比企谷八幡。私が推薦した奉仕部のメンバーだ。」
平塚先生の後ろでぼへーっとしている間に俺の紹介が終わる。腐り具合について否定できないのが辛いところだ。
「比企谷、こっちは冒険者の雪ノ下雪乃。お前の上司にあたる。粗相のないようにな。」
うす、と軽く礼をするとあちらの紹介が行われる。ほうほう俺の上司とな?てか冒険者なの?冒険者をこんなバベルの上階に入れていいわけ?まぁ末端の俺も人のことは言えないが。で、結局何するの?何もしないことなら得意なんですけど。
雪ノ下雪乃と呼ばれたその少女は俺にその双眸を一瞬向けたと思いきや、すぐに平塚先生へと戻す。
「彼が、ですか?とても役に立ちそうには思えませんが。」
明らかな不快感が見てとれる反応どうもありがとうございます!ちょっと反応が正直すぎないこの娘?役に立つ自信もつもりもそんなにないから間違ってはいないんだが。
「まぁそう言うな雪ノ下。こいつはこう見えて中々やる男だぞ?目と根性は腐っているがな。」
「………先程からその中々やる男が自慢の腐った瞳で私に淫猥な視線を送ってきているのですが。非常に不快です。」
いや淫猥て。罵倒されたことよりもそのチョイスにびっくりだわ。てか別にそんなじろじろ見てないでしょ。見てないよね?嘘ですめっちゃ見て感想言ってましたすいません。
「悪いが、私はこれから諸用ですこし席を外す。雪ノ下、比企谷に説明を頼む。」
そう言って去ろうとする平塚先生。いやいやちょっとちょっと。このナイフみたいな女と2人きり?我々の業界でも御褒美じゃねぇよこんなの。つーか、
「いやいや待って下さいよ先生。ちょっと俺今迷子なんですけど。状況がさっぱりわからないんですけど。とりあえず一旦帰っていいですか?」
ここは決死の覚悟で逃亡だ。こんな厄介な事からは逃げるに限る。
「…………先生?」
俺が平塚先生を『先生』と呼ぶのに違和感を覚えたのか雪ノ下が呟くがそんなことはどうでもいい。今は逃げることだけを考えるのだ。頼むぞ平塚先生!君だけが頼りだ!捨てられた子犬の瞳で平塚先生を見つめる。クゥーン。
「………まったく比企谷、お前という奴は。今回の件でそれが少しは改善されるといいんだがな。おっと時間だ。雪ノ下、この男に今回の趣旨・任務を説明してやってくれ。ではな。」
や、ちょ、ええ?そんなアッサリ?子犬は?
俺の決死の抵抗を素気無く袖にし、背中を向け手を振り去っていく平塚先生。靡く白衣が最高にクールでイカしてる(昭和感)
ヤンキーみたいだから子犬で堕ちると思ったのに………。
「…………」
平塚先生が去り、閑散とした部屋に静けさが戻る。遺憾ではあるがとりあえず説明を受けるかと思い、雪ノ下からなるべく遠く、それでいて会話が成立するくらいの距離の椅子を選んで座る。
ともかく説明を受けないことには状況が
パリワカである(さっぱりわからないの略)。覚悟を決めろ比企谷八幡!
向かいの少女の圧に負けないようにフシューッとした視線を向ける。フシューッ!
「………とりあえず、その下卑た視線をやめてもらえるかしら。気分も気持ちも悪いわ。」
小町よ、お兄ちゃんのメンタルはもう0だわ。え、てか気持ち悪いって何?俺の目のこと?そりゃそうか。
うっかりすいませんでしたと言いそうになるのを堪えつつ睨むのをやめる。べ、別に負けたわけじゃないんだからねっ!
「先生から頼まれたのだし、遺憾ではあるけど、とりあえず説明に入りましょうか。」
遺憾なのかよ。気が合うな、マイナス方向に。
平塚先生からの依頼のために渋々、といった調子で雪ノ下は話を続ける。
「多少は平塚先生から聞いているとは思うのだけれど。私たちの任務はこの度新設されることになったバベル直属極秘暗部、通称【奉仕部】として冒険者に扮し、ダンジョン内外のイレギュラーに秘密裏に対応・調査することよ。」
ーーーダンジョン。
その忌まわしい単語は聞くだけで嫌になるが、奉仕部の活動は概ね予想通りだ。最悪すぎる仕事内容だが。
俺の反応を見て問題ないと悟ったのか雪ノ下が続ける。
「ただし、極秘暗部というくらいですからそんな単純なものではないわ。重要なのは『秘密裏に』調査することよ。冒険者や街の人々に悟られてはいけないの。」
「………つまり一介の冒険者に扮して冒険者としてダンジョンを進み生活し、それでいてダンジョン内でのイレギュラーや状態を肉眼で見て確認してこなきゃならないわけか。」
これはもしかしたらどころか予想以上に最悪な仕事かもしれない。まずダンジョンというだけで俺の評価はダダ下がりなのだが。
「あら、会話が成立するのね。驚いたわ。」
「いやさっき普通に平塚先生と会話してたよね?なんでそんな驚いてるの?」
いちいち罵声を交えないと会話が成立しないのか雪ノ下。こっちがびっくりだ。
「ごめんなさいね。さっきのは私の概念では普通とは呼ばないの。」
気を取り直して、といった体で雪ノ下が話を戻す。
「さらに重要なのは【奉仕部】という名前よ。私たちは冒険者やその他の人々が平穏無事に過ごすため、彼らに、社会に奉仕をしなければならないわ。モンスターを上手く狩れない者にヴァリスを施すのではなくその技術を教えること。持つ者が持たざる者に慈悲の心を持って与えること。人はそれをボランティアと呼ぶわ。困っている人に救いの手を差し伸べることもまた、【奉仕部】の活動となるの。」
「つーことはつまり冒険者として振舞うと同時に万屋みたいな物でもあるわけか。そして主目的がダンジョン内外のイレギュラー調査と。」
うへぇ、ちょっと仕事が多すぎない?マルチタスクとかそんな意識高い発想俺にはないんですけど。エイナさんのところが早くも恋しい。
「そういうことよ。脳の方はまだ腐っていないようね。ところで………あなたに聞きたいことがあるのだけれど。」
自分で言っててげんなりとする俺なんぞ視界に入っていないと言わんばかりのマイペースっぷりを発揮しつつ雪ノ下が続ける。今後も腐る予定はねぇよ。
「何だ?」
「あなた、さっき平塚先生のことを『先生』と呼んでいたと思うのだけれど。一体どういう関係なのかしら?」
「別に大した関係じゃない。昔色々教えてもらったことがあるってだけだ。その名残でな。」
なんだそんなことか、と内心ホッとする。今までに食べたパンの枚数とか聞いてくるかと思ったわ。
「お前も先生って呼んでるってことは、そうなのか?」
「………ええ。あなたと同じ、とは言いたくないのだけれど、似たような物だと思うわ。昔色々と教えてもらったのよ。」
そう言って少しだけ懐かしむような眼をする雪ノ下の瞳の奥には、懐かしさや寂しさといった感情以外の感情が含まれているように感じられる。
何か昔にあったのか?とも思うが、プライベートな事だしな。聞かないほうがいいだろう。
「ちょうど終わったようだな」
会話が途切れ、再び2人を包んだ静寂が長く続くことはなく、突如現れた平塚先生の声によって破られる。
え?いつからいたの?扉の開く音は聞こえなかったと思うんだが。公議隠密か何かなの?
「先生、ですからノックをお願いします。」
「まぁいいじゃないか。君たちしかおらんのだし。」
そう言って平塚先生は愉快そうに笑うと俺と雪ノ下の間にある椅子に腰掛け話始める。
「さて比企谷、今回の極秘ミッションの大筋はわかったな?」
「まぁだいたい。でもちょっといいですか?」
「何だね?」
「2人だけですか?」
「今のところ増員の予定はないな。不安か?」
「流石に2人でダンジョンに潜るのは危険でしょう。低階層ならともかく。」
「私はこの男と2人という状況に耐えられるか不安なのですが。身の危険を感じます。」
そこ主張いりますか雪ノ下さん。
心配しなくても誰も襲わねえよ。
「まぁ私もそんな無謀なことをしろとは言ってないさ。秘密さえばれなければいいのだ。君たちは一般の冒険者として生活する上で、他派閥とチームを組むなり傭兵を雇うなりしてくれ。」
「わかりました。ではもう一つ。
………この仕事、何時まで続くんですか?給料とか出るんですか?」
ここが一番肝要なところだ。ダンジョンなんてやってられっか!俺は働かないぞ!
「無論、全ての謎が解けるまで、だな。君の給料の方は安心しろ。妹さんに届く手筈になっている。出所不明のヴァリスが定期的に手に入っている冒険者というのも不自然だろう?」
「いやそれ全然安心じゃないんですけど。え、じゃあ俺の生活ってどうなるんですか?」
給料問題は死活問題だ。手元に一切入ってこないとなると人生詰みだ。今までの給料は確かに小町が管理してたが、Income/zeroとなると話は変わってくる。
「何を狼狽えることがある?君は今日から冒険者だ。自分の食いぶちは自分で稼げ。」
ピシャーンッ!と俺の後ろで雷が鳴る。おいおいマジか。ダンジョン生活が始まってのたれ死ぬのか。死んじゃうのかよ。
「任務はすぐにでも開始してほしいが、その前に君たちはチームでありライバルだ。切磋琢磨して成長していってほしい。とりあえずは連携の確認がてら、気楽に上層に潜ってくるのがいいんじゃないか?期待しているぞ。」
気楽に、ねぇ。その言葉に若干の不満を抱きつつも渋々うなづく。連携は確かに大事だ。連携一つで生死がわかれることなんてダンジョンではザラにある。
つーかダンジョンに潜ることをアッサリ肯定してしまいそうになる自分がいる。落ち着け八幡!ダンジョンなんてクソだぞ!冒険者なんて職業としては最底辺だろう!騙されるな!
あれ、これよくよく考えたら給料安定平穏無事の公務員から一気に最底辺に没落してるんじゃ………。ギルドにいれば安全だと思ったのに!よくも騙したァァァァ!!
「確かにそうですね。では早速、ダンジョンに潜ってくることにします。そこのひき………ひき……ヒキガエル君?ダンジョンに向かうわよ。」
「なんでお前俺のガキの頃のあだ名知ってんの?人のトラウマほじくり返すのやめてくれない?比企谷だ比企谷。」
このあだ名のせいで友達が一切できなかったんだからな!人の目をキモいだのなんだのと………。あだ名全然関係なかった。
「ってちょっと待て雪ノ下。いきなりダンジョンとかは無理がある。」
そんな喫茶店感覚でダンジョンなんか潜れるか。
「?何を言ってるの?1〜2階層で連携を確認するだけの簡単な作業でしょう?」
雪ノ下が怪訝な顔をして問い返してくる。首をちょっとコテンと倒す仕草がちょっと可愛いとか思ってしまった。
「まさか………ルーキー?極秘任務に抜擢されるのだからそれなりの実力があるものと推測していたのだけれど…。」
雪ノ下がそう言って平塚先生と俺に抗議の視線を送る。
まぁそうなるわな。気持ちはわからんでもない。
だがちょっと違う。
「あー雪ノ下、こいつはな。冒険者じゃなくてギルド職員なんだよ。」
平塚先生の言葉に目を見開く雪ノ下の顔は、人間であることを再確認させてくれるほど、親近感の湧く驚き方だった。
ゆきのん登場回でした。ポンパドゥール・ピンクは言いたかっただけです。次回はダンジョンに潜れるかな?八幡やゆきのんの過去はおいおい明らかになっていく予定です。ガハマちゃんの出番もそろそろかも!ベルくんの登場もすぐそこ!かも!
予定の多い作者でございます。
何の予定もなく気ままに書いているので今後どうするかも殆ど決まっておりません。キャラブレが酷いことになるかもしれないとは思いますが、暖かい目で見守ってやってください。ゆっくりゆっくりやっていく方針です。