やはりダンジョンに出会いを求める俺の青春ラブコメはまちがっているだろうか【まちガイル】   作:燻煙

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※携帯の調子が悪かったのか、ところどころ抜けていた箇所を修正いたしました。誠に申し訳ございませんでした。(1/7 00:17)


比企谷八幡は腐っている。⑦

 

 

天に牙を突き立てるかのように聳え立つ白亜の巨塔、『バベル』。迷宮都市の中心にしてダンジョンの『蓋』とされる、ギルドが運営する管理機関本部。

 

ギルド本部最上階にある執務室で2人の人物が対峙していた。

 

壁一面を本で埋め尽くすその部屋は、豪奢を極めたかのように様々な趣向品で溢れかえっている。

 

 

そんな部屋の奥、書類の山が積み上げられた最高級のデスクの前に立つのは平塚静。元・冒険者にして現ギルド職員の統括主任を務める"若手"の女性である。漢らしい生来の気質に加え、整った容姿と体型から、ギルド職員の羨望の眼差しを一身に受ける人物である。

 

 

「これまた随分な勝手を働いてくれたな、平塚。」

 

 

そんな彼女と対峙するのは、対照的にでっぷりと太った『豚』のような人物だ。

 

 

腹や顎はもちろん、腕や足もぷっくりと膨らんで垂れている。

その癖無駄に豪奢な装飾品を身にまとっているため、豪商のお手本のように見える。

 

そんな彼こそ、知る人ぞ知るギルド長、ロイマン。ロイマン・マルディールである。管理機関の最終決定権を持つ、事実上ギルド最高権力者だ。

 

 

これでもエルフ族である。見る人が見ればむしろ平塚の方がよっぽどエルフに近いと言うに違いない。

 

(有能なのは確かなのだがね。)

 

 

無能なただの豚をギルドの頭に据えるほど、ギルドは落ちぶれてはいない。目の前の豚がここまで肥え太ったのも、また実力の内なのである。

 

「『主』から許可を得ているからといって、やっていいことと悪いことがあるだろう。」

 

 

「そりゃぁあるだろうさ。ただ、適切だと思ったからこその行動だよ。間違ったことはしていないと思うがね。」

 

 

「素性のわからない冒険者をバベルの上階に入れ、そして今度は末端までをも入れることの、何処が適切だというのだ!」

 

ロイマンの非難に対してどこ吹く風といった様子で答える平塚。

そんな態度が癪に障ったのか、ロイマンの語調が強くなる。その顔は、長年の執務仕事で溜まった鬱憤とイライラに満ちていた。

 

(あれだけの仕事量だからな。癇癪を起こしたくなるのもわからんでもない。)

 

 

「まぁそう怒るなロイマン。彼らは信用に足る人物だよ。私も、それに『主』も認めている。そして何より、今回の任務において最重要といっても過言ではないんだ。素性は明かせんがね。」

 

 

「だからそれが問題なのだ!いくら貴様が神々と繋がりがあるからといって、そう安易にバベルの上階に入れてもらっては困るのだ!そして挙句の果てにはあの部屋を使わせる?馬鹿も休み休み言いたまえよ!?」

 

 

「だがな、ロイマン。悪いが彼らの素性はあまり公にはし辛いんだよ。彼の方も、彼女の方もだ。部屋の貸し出しについては謝るさ。ついノリでな。」

 

 

ノリなどと適当なことをいう平塚に対し、これ以上話しても無駄だと言わんばかりに軽く舌を打つロイマン。

 

「………まぁいい。それで、要件は何だ?」

 

 

「ああ、その【奉仕部】について何だがな。まぁ色々あってボランティア活動をすることになったから、彼ら以外にも人が入るかもしれん。許せ。」

 

 

 

 

 

ロイマンの叫びがギルドに木霊した。

 

 

 

******************

 

 

 

 

 

 

「あなた、やっぱりギルド職員ではなかったのね。」

 

《ラ・フィーユ》を出てバベルを下る。

 

俺がレベルを告げた瞬間、由比ヶ浜が叫び声をあげたため急いで勘定を済ませてきた。そんな驚くことか?人は見かけによらないんだぞ?ちなみに都市伝説ではない。

 

「待て待て、俺は立派なギルド職員だ。勘違いされちゃ困る。」

 

「でもLv.4って凄いよ!ヒッキーもゆきのんも!」

 

「………聞きたいことがまた増えたわね。あなたがギルド職員だというのなら、一体いつレベルをあげたのかしら?」

 

「だから昔少しダンジョンに潜ってたって言ったはずだぞ?今となってはダンジョンなんてまっぴらごめんだがな。」

 

 

 

俺たちは今、バベル地下へと向かっている。そこからダンジョンに潜るためだ。ただ、今日はもう時間も時間であり、ハイペースで進めば行けんこともないだろうが『中層』に進むのはやめておく。

 

代わりに、当初の目的通り、『中層』へ潜る前にお互いの実力や連携の確認をするため、『上層』の10階層くらいまでを目処にダンジョンに潜ることになった。

 

『中層』の基準は、Lv.4が二人、Lv.2が一人と満たしてはいるものの、人数が心もとないので個々の連携が鍵となってくる。いかに高レベルといえど、モンスターの大群に襲われるとひとたまりもない。

 

そのため、お互いの技量やステイタス、戦闘スタイルを把握しておくことが望ましい。

 

 

 

しかし、これは同ファミリア内での定石である。

 

3人で話あった結果、明かすのは技量と戦闘スタイルに加え、一部のスキルや魔法の類、という範囲に収まった。説明がいらない、極力避けたいと思われるステイタスは秘匿することができる。

 

この関係はあくまでも一過性のものに過ぎない。自分のファミリアが不利になるような情報となり得る可能性がないわけでもないので、まぁ当然の措置であるだろう。俺も言いたくないことがあるしな。言いたいことは特にないが。

 

………てかぶっちゃけ俺は2人のステイタスを全くといっていいほど知らない。雪ノ下に至ってはファミリアすら不明である。なのに俺だけ《魔法》の説明を強要されるって理不尽じゃない?上司の命令に反射的に従ってしまうあたり、俺の社畜としての素養の高さが伺える。

 

 

ダンジョンの入り口近くは、現在が昼過ぎという冒険者の活動時間ど真ん中のため、普段は換金やらなんやらでごった返しているのに反して閑散としている。ギルド職員たちも出そうになる欠伸を噛み殺すので必死である。

 

 

そのまま左へ折りて地下へと向かう。迷宮への入り口は、相変わらず、というべきなのだろう。異様な雰囲気を纏っている。

 

「ヒッキー?どしたの?」

 

「あ…いや、すまん。なんでもない。」

 

入り口を見下ろしたまま動かない俺を心配そうに見つめる由比ヶ浜。

 

「………久々のダンジョンだからな。ちょっと。」

 

 

「あら?もしかして怖気づいたのかしらチキヶ谷くんは。」

 

「ばっかお前、これはその、なんだ、武者震いとかに決まってんだろ。とっとと行って帰ろう。」

 

なんなら行かずに帰ろう。

 

そう言って一歩足を踏み出す。翔龍のような螺旋階段をその尾に向けて進む。地上の光が徐々に弱まっていくにつれ、地下、すなわちダンジョンの光が強まっていく。

 

 

迷宮のその一階層はゲームでいうならばチュートリアル級のモンスターが主に生息している。通称、『始まりの道』。ゴブリン、コボルトなど恐らく迷宮に潜った者の大半が最初に相手をする、多くの人間に馴染み深いモンスターたちが出現する。

 

 

 

「私たちのレベルを考えると、1階層では恐らく連携の確認もできないでしょうし、個々の実力から示していきましょう。」

 

ダンジョンに入るなり雪ノ下がそう告げる。まぁ確かに、Lv.2の由比ヶ浜はともかく、恐らく俺たちだと遊び相手にもならん。一方的な虐殺と称する方が合っているかもしれない くらいだ。

 

特に異論もなかったため首肯する。前衛を雪ノ下、中衛を由比ヶ浜、殿を俺、という順に並んでダンジョンを進む。

 

編成の理由は、まず第一に俺にブランクがあるので先頭は無理。間違える可能性もあるし。第二にLv2とLv4では誰がどう考えても後者を先頭に据えるだろう。

 

 

いまのところ、ぶっちゃけ後方にさえ気をつけていれば、俺の仕事は跡を付けていくことだけである。楽ができて嬉しい。

 

おしゃべりな由比ヶ浜も、ダンジョン内ということもあってか、比較的静かにしている。

 

「あ!」

「来たわね。」

 

由比ヶ浜のペースに合わせながら進むと、前方の壁からコボルトが生まれ落ち、こちらに向かってきた。

 

このダンジョンでは、モンスターは『壁』から生まれ落ちる。幼体などではなく、全く完全な形で。理由は未だ分かっていない。『迷宮』そのものが生きているのではないか、など言う学者もいるらしい。

 

 

 

犬頭のそいつは、その赤い瞳を爛々と光らせながらこちらに向かって、自身の武器である爪を振りかぶり先頭の雪ノ下に襲いかかろうとする。

 

 

対し雪ノ下もまた、背中の鞘から自身の武器を抜く。

 

 

抜き放たれた武器は両刃の片手剣。だが特徴的なのはその刀身から掬、刃ですらも雪のように白い点だ。掬に光る紅い宝石がアクセントとなっており、シンプルな美しさがある。

 

 

「フッ!」

 

 

コボルトが近づくのを待たずに、雪ノ下が地面を蹴り飛ばしてコボルトに向かう。Lv.4の脚力によって蹴り飛ばされた地面は、5セルチほど抉られていた。俺の心といい、抉るのが得意なんだろうか。

 

 

弾丸のような速度でコボルトに肉薄し、コボルトの胸元、魔石部分を素早く一突きする雪ノ下。

 

モンスターの生命の結晶である魔石を一撃で砕かれたコボルトは即死、雪ノ下は刀身の血を振って飛ばし、両刃剣を背中の鞘に収める。

 

 

「おぉ〜!凄いねゆきのん!強い!」

 

「たかだかコボルト1匹でしょう?」

 

「でも凄かったよ!かっこいい!」

 

 

「こ、この程度で褒められても嬉しくないわ。すぐに次の階を目指しましょう。」

 

 

 

由比ヶ浜に褒められた為か少し顔を赤くする雪ノ下。褒められ慣れてないのだろう。それはかとなくチョロインの風体を感じる。

 

 

「次はあたしも頑張るからね!」

 

 

意気込む由比ヶ浜の願いはすぐには叶わず、その後は特にモンスターの群れに出会うことなく2階層へ。

 

モンスターに多数遭遇しない限り雪ノ下がその技法で悉く一突きにし屠っていくため、由比ヶ浜の出番もなく、魔石を回収する必要もない。

 

このペースだと中層まで行けたりするんじゃないだろうか。《月の石》は中層でさえあれば何処でだって採れるため、もしかしたら今日で依頼が終わる可能性もある。

 

「なんだかこのスピードなら、中層までいけちゃうかもね!」

 

「かもな。だが雪ノ下は大丈夫なのか?」

 

でもそれでは雪ノ下の負担が大きすぎるだろう。それはロボットのように正確無比にモンスターの胸を突いていく雪ノ下のスピードあってこその計算だ。

 

「あら?私の心配をしてくれているのかしら。」

 

ポーションに口を付けながら問う雪ノ下。やっぱ疲れてんじゃねぇか。

 

「流石に負担が大きすぎると思ってな。やばくなったら代わる………由比ヶ浜が。」

 

「あたしなんだ!?」

 

当然だろう。働きたくない。むしろ邪魔をしないように働かないのが俺の仕事と言っても過言ではない。

 

「全くこの男は………。女性に養って貰って、恥ずかしくないのかしら。」

 

「ばっかお前、世の中に男も女も関係ねぇだろ。男女平等だ。養ってもらうことに羞恥心を覚える理由がない。」

 

本当誰か、俺を養ってくれ。ギルドでは事務をやっていたが、ぶっちゃけ何もしないことには勝てないのだ。

 

「ヒッキー養って貰いたいの?」

 

「まぁな。第一希望は専業主婦だ。」

 

「貴方の場合、それは『ヒモ』と言うのよ。」

 

「いや俺はヒモにはならん。ちゃんと毎日奥さんを労ってやるし家事もするつもりだから。ヒモはヒモでも良いヒモだ。」

 

「ヒッキー料理できるんだ!なんか、負けた気分………。」

 

「一応、それなりにはな。」

 

 

 

そうやって他愛もない話をしながら2階、3階層と進んでいく。結局雪ノ下は俺たちと交代することなく、その攻撃でもってモンスターの核を切り裂く。

 

 

4階層を進む。この階で徐々にモンスターの数が増えてきた感じだ。雪ノ下と共に由比ヶ浜も応戦している。

 

 

「えい!えい!」

 

 

 

可愛らしい掛け声と共に両手で構えた中サイズのハンマーでモンスター殴打する由比ヶ浜。

 

 

武器は自作なのだろう。俺の《デコポン》と同じように華美な装飾がされている。目に悪い。

 

 

Lv.2の膂力で大きなハンマーを振る様はさながらどこかの撲殺天使のよう。

 

由比ヶ浜の技量はお世辞にも良いとは言えず、危なっかしいものの、一撃も受けることなく雪ノ下と共に敵を倒していく。

 

俺も見ているだけではなく、由比ヶ浜たちの後ろに迫ったモンスターを《デコポン》で切り飛ばしながらせこせこと魔石を回収。俺の貧乏根性が仕事をしている。

 

てか《デコポン》やっぱりいいな。軽い上に攻撃力もある。でも見た目がなぁ………。

 

《デコポン》の見た目とそれに反して良い性能に複雑な思いを抱いていると、どうやら先頭の戦闘も終わったようだ。シャレではない。

 

遠目から見る限りでは、雪ノ下と由比ヶ浜の連携はちゃんと取れているように思える。連携というよりは、雪ノ下が由比ヶ浜のフォローをしているような形だが。由比ヶ浜の背後に迫る敵を倒したり、由比ヶ浜にも返り血がかからないようにしたりと。親子みたいだ。あれ?八幡ったらいらない子?

 

 

「そろそろ5階層ね。この調子でいきましょうか。」

 

ポーションを飲み干し、雪ノ下がそう言う。やはり疲労が大きいのだろう。八幡ちょっと罪悪感。

 

 

「うん!頑張ろうね!」

 

 

まだ潜ってから1時間も経っていない。このペースだとマジに中層行きかもしれない。

 

 

今のところダンジョン内に目立ったイレギュラーもない。無くて結構なのだが。

 

 

5階層へと降り、ダンジョン内を進んでいく俺たち。先ほどまで薄青い色をしていたダンジョンの壁は、少し緑が入っている。5階層の証拠だ。

 

「ここからは少しだけ慎重に進みましょうか。」

 

5階層からは今までの1〜4階層と違い、「キラーアント」など少し厄介なモンスターが登場してくる。Lv.2の由比ヶ浜のことを考慮した提案だろう。

 

「比企谷くん、先頭を任せるわ。貴方の戦と………技量を把握したいの。」

 

 

ちっ、気づいたか雪ノ下。

 

 

「ああ、わかった。」

 

内心を隠しながら了承する。流石に雪ノ下に任せすぎだろう。かといって由比ヶ浜を先頭に出すわけにもいかんし。

 

 

雪ノ下とポジションを入れ替え、前衛へ。

 

ペースを心持ち落として進む。

 

先ほどまでは彼女たちの背中を追っているだけだったが、こうして先頭に立ちダンジョンを見ると昔のことを思い出しそうになる。

 

暗く果てしない道程。何が原因で命を落とすことになるのか神にもわからない化物の坩堝。

 

自然と腰に下げた華美な刀に手がいく。冒険者って本当に底辺職すぎるでしょ。何が楽しいのん?

 

 

「ヒッキー、あれ!」

 

 

 

己を守るために冒険者を心中で貶していると、奥の側壁に亀裂が入る。

 

俺たちの目の前で生まれ落ちたのは3体のウォーシャドウ。

 

主に6階層に出現する黒一色の人型モンスターであり、武器はそのひょろ長い腕の先についた3本の鋭利な指。

 

ナイフのようなその鋭い指をもった奴らは純粋な戦闘力だけで言えば間違いなく6階層随一である。

 

 

ウォーシャドウがこちらに気づき、向かってくる。ウォーシャドウに挟まれる形になるのは由比ヶ浜が危険だ。

 

俺はそう判断し、まず優先的に先頭の2体を目標に定める。

 

「シッ!」

 

ダッシュと共に《デコポン》を握り、目の前に迫った左側にいるウォーシャドウ目掛けて一閃。

 

左下からの切り上げにより魔石を砕かれたウォーシャドウは霧散し、その黒い身体を消していく。

 

 

その勢いを殺さずに身体を回すことによって、隣にいたもう一体のウォーシャドウの鉤爪を躱し、その振り下ろされた腕を上段斬りで吹き飛ばすことに成功する。よし。

 

 

「ヒッキー!」

 

「うぉっ!」

 

 

由比ヶ浜の声と同時にバックステップし、正面に迫った3体目の攻撃を避ける。

今のはちょっと危なかった。由比ヶ浜に感謝だな。

 

ウォーシャドウ程度の攻撃をLv.4の俺が受けたところで大したダメージにはならないだろうが、それでも痛いのは嫌だ。

 

 

右腕を伸ばして飛び込んでくる3体目のウォーシャドウを待ち構え、その右腕をウォーシャドウの身体の下に潜るようにして屈んで避ける。

 

さらに、屈むと同時に片脚に体重をのせ、その脚を軸に身体を反転。

 

「フッ!」

 

肩に乗せた《デコポン》を真上に飛んでいる3体目のウォーシャドウの腹を斬るように振り下ろす。

 

自身の推進力と相まって綺麗に通った刃はそのまま股下から頭にかけてを斬り裂き、魔石を砕く。

 

 

昔平塚先生に教えて貰った『背負い投げ』という極東の技をアレンジした技だ。無刀の状態でやるソレも教わっているがモンスター相手では余り使ったことがない。

 

 

3体目のウォーシャドウを倒して立ち上がると、ちょうど片腕を失ったウォーシャドウを由比ヶ浜と雪ノ下が倒したところだった。

 

由比ヶ浜もダメージを貰っている様子はなく、3人共無事である。

 

「ヒッキーお疲れ様!なんか、その、か、かか、かっこよかった………かも。」

 

「え、お、おう。」

 

かもってなんだよ、と口に出すつもりが全然言葉にならない。

 

 

危ない危ない。昔の俺だったら好きになってるところだ。ぼっち界のスーパーエリートであるところの今の俺には通用しないが。

 

「比企谷くん、さっきの技は平塚先生に教わった物ね?」

 

 

変な空気を壊すかのように雪ノ下の冷えた声が刺さる。ありがたい。

 

 

「ああ。雪ノ下も平塚先生から教わったのか?」

 

「ええ。本当に平塚先生に教わっていたのね。」

 

「いやちょっと?今まで疑ってたってこと?」

 

「そうよ?」

 

さも当然と言わんばかりに言う雪ノ下。ちょっと!その首をコテン、と傾げる動作やめて!可愛い顔とのギャップで余計に傷つくから。

 

「平塚先生?」

 

「こっちの話よ、由比ヶ浜さん。そろそろ行きましょうか。」

 

知らない名前が出てきたためだろう。由比ヶ浜が不思議そうな顔をする。

 

懐かしい。俺も昔周りの会話の中に知らない単語が出るとそれを聞くことで会話に入ろうとかしたもんだ。でも結局無視されるか「秘密ぅー!」とか言われてすげー凹むんだよな。あいつらだけは許さねぇ。

 

ほれみろ、由比ヶ浜さんもちょっとご不満なご様子だ。俺と雪ノ下を交互に見ては「2人の………やっぱり……」とか呟いてる。

 

「あー由比ヶ浜、平塚先生ってのは雪ノ下と共通の知り合いの人だ。昔ちょっと戦闘技術を教えて貰ってな。そんな感じだ。」

 

 

何が「そんな感じ」なのかは自分でもよくわからないがとりあえずフォローを入れておくことにする。疎外感って辛いからな。マジで。

 

 

「そーなんだ。ちょっと会ってみたいかも。」

 

 

自信がなかったがどうやらフォローに成功したらしい。フォローするような間柄になったことすら少ないため、失敗したことないんだけどな。

 

 

 

「ーー!!!」

 

 

会うのは止めとけ、と言おうとした刹那、異様な雰囲気が辺りを包む。

 

変な空気だ。明らかな違和感。俺と雪ノ下は当然のこと、由比ヶ浜も感じとっている様子。

 

いざ歩き出そうとしていた足を止め、ダンジョンの奥を見つめる。

 

 

 

何か、いる。ブランクはあるものの、俺の勘がそう告げている。

 

 

 

ズゴン!

 

 

違和感は徐々にその凄味を増していき、底冷えのするような音が反響して聞こえてくる。

 

「行きましょう。」

 

唐突に雪ノ下が言う。

 

「ここで待っていても駄目よ。こちらから出向きましょう。何かがこの5階層にいるわ。」

 

「待て、雪ノ下。ここは引き返すべきだ。由比ヶ浜もいる。」

 

 

行く、という雪ノ下を少し強めに制する。おそらく俺たちの主目的であるダンジョン調査のことを考えての発言だろう。だがそれはマズイ。

 

ダンジョン内でのイレギュラーはそのレベルや装備に関わらず、冒険者たちを翻弄する。俺と雪ノ下の2人ならともかく、ここは逃げの一手だろう。

 

 

 

「………そうね、ごめんなさい由比ヶ浜さん。引き返しましょうか。」

 

ちょっと低い声を出したからだろうか。雪ノ下が発言を撤回する。いやでもあれ?謝る人違うくない?あれ?

 

「う、うん、そうだね。なんか怖いし、帰ろっか!」

 

たははーと由比ヶ浜が笑いながら元気に言う。怖いのだろう、少し無理しているのがわかる。

 

 

元来た道を引き返そうと背を向けた、その瞬間。

 

 

 

ズドドドドド!

 

 

 

けたたましい音が鳴り響く。何かが壁を壊しながら走る音だ。近い。

 

 

向けた背を戻し、音の方角へ目を向ける。

 

音が近づき、空気の震えが伝わってくる。

 

 

「う、うそ………」

 

「こいつは………!」

 

「何故………」

 

 

 

三者三様、十字路に立ちすくみ驚く俺たちの目の前に現れた、それ。

 

 

5階層では出現するはずのないモンスター。主な出現階層は15階層。

 

2Mを超す赤茶色の体毛に覆われた巨体。

 

その頭部に備わる、そのモンスター最大の特徴とも言われる2本の鋭い角。

 

紅く光る獰猛さを秘めた双眸を持つ、『雄牛の化物』。

 

 

 

ルーキー殺しとも言われる眼前の大型モンスターの名は、『ミノタウロス』。

 

 

「ヴモォォォォォォォオッッ!!!!」

 

 

 

牛頭人体の巨躯を振り乱し多くの冒険者を死に追いやってきたそいつら(・・・・)

 

 

 

 

 

Lv.2〜3が数人がかりで狩るのが適性とされる雄牛が2匹(・・)、こちらに迫ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで遂にダンジョン回でございました。次回はおそらくあの子やあの子やあの子たちが登場します。多分。

今回は説明口調になりすぎだった気がします。もっと上手く書けるように精進いたします。次回は恐らくダンまちのあのシーンになるかと。

更新ペースが遅くなり申し訳ありませんが、今後よりゆっくりになっていくと思われます。読んでいただき、ありがとうございました。

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