魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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A's編 第七十六話

 

 

 荒野の世界で、はやては何度目かの失神をしていた。

 

 見ているのは……あの少年の夢だった。

『…………おい、出ろ』

 無愛想な看守が、ベッドに座り、ボーッとテレビを見ている少年を呼んだ。

『……何?』

 看守の方も見ず、やや不機嫌に応じる。

 声変わりをしたのか、低い声色になっていた。腰掛けるベッドも、少し窮屈に見えるほど。前回見た時よりも、だいぶ経過した後らしい。

『施設長からの呼び出しだ。すぐに来い』

『いま、いいとこなんだけど』

 少年の目は、テレビに固定されていた。

『おい、いい加減に……!!』

 看守が怒り、声を荒げる。だが……

 

『…………うるさい』

 

 ゴソッ……と、少年が手をついた壁から、奇怪な音がした。

『見終わったら、顔を出してやる。黙って待ってろ』

 少年は、振り向きもせずに、右手に握ったものを、看守に投げつける。

 

――バサッ……

 

『……………………』

 頭から灰を被り、立ち尽くす看守。その灰の正体は……握りつぶされた、コンクリートだった。見れば、少年が手をつけていた壁の一角が、不自然に凹んでいた。

『チッ…………』

 口汚く、舌打ちをする。

 妙に、デジャブを感じる。そう思ったはやては…………自分自身のことだったと気付いた。

(……いや、私あんなに舌打ちとかしねーし!)

 微妙に同属嫌悪を感じるはやてだった。

 テレビを消し、くるっと看守のほうを向く。

 その顔は、幼かった少年から、あどけなさと、無邪気さを取り払ったかのような…………非常に見覚えのあるものだった。

 

(…………秀人、か)

 

 だがはやてに、驚いている様子は、それほど見られなかった。

(テンタトレス。なんで、秀人の過去が見えている? お前の仕業か?)

 真っ先に原因として思い浮かべたのは、目下はやてを苦しめている攻撃プログラム。もしやこれも、はやてを取り込む手段の一つなのだろうか。

(アノ忌マワシイ男ノ過去ナド、知リタクモ無イ……)

 だがテンタトレスは若干、辟易としているようだった。自身を封印した人物のことだ。それも仕方ないのかもしれない。

(我ヲ封印シタ時、彼奴ノりんかーこあノ断片ガ、我ニ備ワッタ機能ニ干渉シ、誤作動シテイルノダ)

 全くの誤算で、秀人の過去を知る羽目になるとは思わなかった。

(夢ハ、夢ダ。タダノ映像トシテ、傍観シテイルガイイ)

 どうやら、目が覚めるまでは見続ける必要があるようだ。

 

(チッ。あーあ……)

『チッ。あーあ……』

 

 …………綺麗にハモった。

(むっかつく! 秀人のくせに!)

 ぶんっ、と拳骨を落とそうとするが、夢うつつでは、それも叶わない。

 

 秀人は、無機質な廊下を闊歩し、施設長の部屋を目指す。

 すれ違う職員や、子供たち……その全てから、畏怖の視線を浴びながら。

 一体、どのような数年間だったのか……想像は容易かった。

 廊下を歩き続け……一際、無駄に豪奢な扉の前にたどり着いた。ノックも無しに開け放つと、デスクに腰掛けている人物がいた。

『呼んだか、施設長』

 ……数年前、秀人を虐待していた職員たちの主犯だった。

『い、いや……た、たいした時間は取らせないよ。だから、さ、最後まで、話を、聞いて欲しい…………』

 傲岸不遜に、秀人を痛めつけていた当時の見る影もない。びくびくと怯え、作り笑いをへらへらと浮かべていた。

『高卒認定試験、合格おめでとう…………』

(……へ? 高卒?)

 はやては、秀人の顔を見る。高校卒業の年齢……18には、とても見えない。

『君なら合格できると思ってたよ。何せ、全国模試では常に2桁台に……』

 どう見ても、中学生程度だ。だとしたら……

『わざわざ、年齢を弄ってまで?』

『……い、いや、手違いだったんだ。ハハ…………』

 ……年齢の改竄。

そんなリスクを犯してまで、秀人にその試験を受けさせた理由は……

『この施設の利用可能期間は……『自立可能な年齢に至っており、それに見合う能力を身に付けている』こと…………そして君は、高校を卒業し、企業に就職することが可能になった』

(……ああ、厄介払いか)

 すでにこの施設では……秀人は、手に負えない存在となっていた。

『でも、よかっただろう? これで君は、晴れて一人前だ…………ひっ!?』

 へらへらとした、機嫌を取るための作り笑い。秀人が、その胸倉をつかみ上げる。

『気付いていないとでも、思ってたのか…………?』

 孤児や遺児たちを引き取り、維持コストのみを最小限に、自治体から得た補助金をピンハネするのが、この施設のやり口。

 だが今は、その金づるであるはずの子供一人に、支配される現状。

 常套手段の暴力は通じず、懐柔も出来ないとなれば……あとは、正式な手順に則り、合法的に追い出すまでだ。

 

『ああ、喜んで出て行ってやるよ』

 

 あっさりと言った。

『そうなると思って、試験を受けてやったんだ』

 追い出されることを見越して……取れるだけの資格を取ったのだと言う。

『そ、そうかい……!? は、はは、いやぁ、寂しくなるなぁ……』

 ほっ、と安堵する施設長。だが、次の瞬間……その笑顔は、凍りつくことになる。

 

 秀人は、施設長の胸倉を摑み上げたまま、ずかずかと歩き出したのだ。

『お、おい、何をする! やめろ!』

 引きずられる度に、調度や備品にぶつかり、悲鳴を上げる。

 悲鳴を意に介さず、廊下を通過。児童室を通過、食堂を通過し…………『職員室』というプレートの掛かった扉の前で、止まった。そしてそのまま……

 

――ドバンッ!!

 

 扉を蹴破り、ぎょっとする職員たちのど真ん中に、施設長を投げ込んだ。ヤニ臭い職員室は、僅かにざわつく。

『卒業ついでに…………』

 秀人の言葉に、ざわつきはぴたりと収まった。秀人の放逐については、職員全員が知るところだ。誰もが予想し、対策していたことだが…………

 

『お前ら全員っ! 叩きのめしてやるッ!!』

 

 ……あまりにも、遅すぎた。

(私といい勝負じゃん……)

 目の前で繰り広げられる蹂躙劇に、はやてはそんな感想を抱いた。

(ククク…………ダガ、ダレモ死ンデハイナイヨウダガ?)

(……うるせぇ)

 確かに……職員たちは、殴られ蹴られ投げられ踏まれ、散々な目に遭ってはいるが……恐らく、開放骨折かその程度で済んでいる様子だ。

 

――場面が切り替わる。

 

 秀人は、薄暗く、蒸し暑いトラックの荷台に詰め込まれていた。他にも人は詰め込まれていたが、秀人ほど若い者はいなかった。

『……おい、兄ちゃん』

 そのうち一人が、秀人に声を掛けた。

『若ぇのに、こんなコトしてるってこたぁ……相当なことしでかしたか?』

『……別に』

『へへっ……まぁ、仲良くしようぜ。どうせ、行く場所も、帰る場所も無ぇんだからよ……』

 ……やがて、トラックは止まった。

 下ろされたのは、山の合間……適当に整地された平地に、プレハブ小屋と重機が無造作に放置されている、そんな場所だった。

『オラ、並べ!』

 助手席に座っていた、スーツ姿の男が号令を掛ける。

『目の前の山ぁ掘り抜け! 工期は半年だ!』

 目の前の山……と言われ、全員がそちらを見る。

 ……どう見ても、ここにある重機や人数では、半年で穴を掘れるようなスケールではない。

『一日の作業時間は18時間、死んでも手ぇ休めるんじゃねぇぞ!』

 そんな絶望的な労働条件を突きつけられ、何人かの作業員たちは絶望し、しくしくと泣きだす者もいた。

『ヘッ……ありゃあ、ダメだな。真っ先に潰れるぜ』

 先ほどの男が、嘲笑った。

『なぁ、兄ちゃんよぉ…………早速なんだが、俺の担当箇所、手伝ってくれねぇか? な?』

 最初から、秀人を身代わりにする目的で近づいてきたのだろう。

『ここを生き残る処世術ってヤツだ。お前はおれに使われて……お前さんは、次に来る別便のヤツから適当に見繕って使えばいい』

 ……大方、自業自得がたたって、こんなタコ部屋に放り出されたに違いない。

 秀人は無言で、馴れ馴れしく肩を組んできた男の手を解き……もくもくと、作業を始めた。

『……シカトこいてんじゃねぇよぉおおおおおおおおおっ!!』

 

――バコンッ!!

 

 突如、激昂した男がスコップを振り上げ、秀人の頭をぶん殴った。

『あぁ!? ナメてんのかコラ! 人が折角、世の中ってモンを教えてやってるってのによぉ! あーあ、つっかえねーなぁ!! オラァ!』

 されるがままに、殴打される。周囲でも、同じような弱肉強食の潰しあいが始まっていた。

(……サイッテー)

(ソウカ? 寝ル時間ガアルダケ、良心的デハナイカ)

 吐き捨てるはやてに、テンタトレスは律儀に相槌を打った。

 

 滅多打ちにされている秀人だったが……やはり、平然と起き上がる。

『へ……?』

 スコップを一瞬で奪い……見せ付けるように、握りつぶす。

『……邪魔すんなよ』

 変形したスコップを、へたりこんだ男に投げつける。

 そして再び、黙々と作業を続けた。

 

 数日が過ぎた。

秀人の仕事はどうやら、重機が通る足場作りが主なようだった。

一抱えはありそうなものから、果ては身長ほどもある巨岩を、人力で移動させ、なんとか整地らしきものを作っていく。

 やがて、目に付く岩は取り除かれ、重機が通りだす。

 

 そして……最初の事故が起こった。

 

『おい、なんだこのショベル! しゃ、車軸が歪んで……! おい、どけええええええええっ!!』

 ……予算をケチって、程度の悪いスクラップ同然の重機しか揃えていなかったのだろう。

 常識的な整備の行き届いた重機に慣れていた運転手は、操りきれず、規定のルートを外れ…………作業員たちの列に、ノーブレーキで突っ込んだ。

『ひいいいいいいいいっ!!』

 ……逃げ遅れたのは、あの、秀人をスコップで滅多打ちにした男だった。

 腰を抜かし、助けを求めるように、きょろきょろと周囲を見る。だが……このような場所で、他人のために動く者などいるはずも無い。

 そして、暴力的な質量が男をひき潰そうとした時……

『……ッ!』

 秀人が、動いた。

 男と重機の間に、身体を捻じ込み…………

 

――グ……オンッ!!

 

 重機を、持ち上げた。

 地面から離れ、動力を伝えられなくなった重機は、キャタピラを空回りさせ、静止する。

『ど、け……!!』

 歯を食いしばり、言葉を発する秀人。

『はひ……?』

『……どけっつってんだろ!』

『ひ、ひいいいいいっ!!』

 男が退避したことを確認し、重機を放り出した。

 ずずん……という重い音を立て、重機が着地する。

『……』

 ……いくら、一人乗りの重機とはいえ、その重量は1トンや2トンではきかない。

 それを、完全にリフトした秀人に、注目が集まる。

『わ、悪い! 助かった!!』

 重機を操縦していた作業員が、秀人に駆け寄ってきた。

『兄ちゃん、すげぇなオイ!』

 この場所とは似合わない、快活な笑顔でばしん、と背をはたいた。

『……別に』

 無愛想にそっぽを向く秀人。

『別に、じゃねぇって! ウルトラマンみてーだ!』

『…………仮面ライダーの方が好きだ』

 秀人の返事に、周囲を取り囲んでいた男たちは、最初きょとん、として…………………………どっ、と、笑いが起こった。

 

『何してんだゴルァアアアアアアッ!!』

 

 見張り役の男から、怒声が飛ぶ。

 作業員たちは散り散りになり、持ち場へ戻っていった。

 いよいよ不動となった重機を、他の重機にくくり付け、トンネルから運ぶ出す秀人と運転手だった男。

『ふーぅ…………なぁ兄ちゃん』

 タオルで汗を拭った男性が、秀人を呼んだ。

『ん……? 何?』

『名前、なんて言うんだ? 俺は向井。向井鉄郎だ』

 …………現在の上司、カントクの本名だった。

『……俺は、――――

 

 

 その先を見ることは無く、はやての意識が、徐々に浮上していく。

(あ…………これ、)

 それは、夢から醒める前兆だった。それにしては、随分と急だ。

(……敵ダ。アノ男ガ、近ヅイテキテイル)

(秀人が……?)

 自分を追い詰めてきたのか……と理解する。

 

(潰セ! 潰スノダッ!!)

 

 戦意が、テンタトレスに増幅される。

「うぁあああああああああああああああああっ!!」

 痛みと共に、覚醒する。

 ほぼ完全に、テンタトレスに飲み込まれてしまった心。だが…………

 

「待ってたよ、秀人………………!!」

 

――――好敵手を迎える喜びが、笑みとなり。

 

「さぁ…………決着を、付けよう!!」

 

――――二度と戻れない日々への郷愁が、涙となって、浮かんでいた。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 奈々を送り、翌日。秀人の部屋に集合する一同。

 クロノと、エイミィと、ユーノ。三人の顔は……暗い。昨夜、クロノは二人を呼び出し……『ある作戦』の決行を、告げていた。

 

――――ピッ!

 

 鋭い電子音声のような警告音が鳴ると同時、エイミィ、クロノは顔を引き締めた。

『お話中、失礼します! こちらアースラ、フィアット陸曹です!』

「どうした……?」

『闇の書の主らしき反応を、補足しました! 座標を、執務官のデバイスに転送します! 中庭にポータルを開きますので、直行して下さい!』

「……了解」

 クロノは、通信を終わらせ…………エイミィに目配せをした。

「…………わかってる。大丈夫だから」

 エイミィは、苦渋を押し殺した顔をして、敬礼する。

 

 

「………………ヒデ坊」

 大家が、秀人を呼び止めた。

「何だよ、まさか爺さんも来るつもりか?」

 確かに、この妖怪じみた達人の手があれば、雑魚騎士や守護騎士に対する、いい戦力になるだろうが……

「いや、ワシはここで待つ」

 違ったようだ。

「帰ってきた時、誰もおらんかったら寂しかろうて」

「…………え?」

はやてと、リーゼのことだろう。大家は、二人を待つ……そう言った。

「あの子は、一線を越えてはいるが………………根っからの悪魔ではない。そのことを、ゆめゆめ忘れるでないぞ」

「……ああ。忘れたことなんて、一度もね―よ」

 性根がひん曲がっていようと、手が掛かろうと…………殺人者であろうと。

 

「あいつは、ここに連れ戻す」

 

 

……中庭に開いたポータルを前に、クロノ達は集まった。

「……座標入力」

 ヴン……と、ポータルが力強く輝く。だがクロノは、すぐにそこへ飛び込まず、何故かS2Uを起動した。

「おいクロノ、何やってんだ? ポータルはこっちだろ」

 発動するのは、これまた何故か次元転送。

 そちらへも、先ほどの座標を入力する。

 ポータルと自前の魔法を見比べ……

「……やはり」

 何かを悟ったかのように、頷いた。

「クロノ?」

「よし秀人、ちょっとこっちに来い」

「……ったく何だよ」

 秀人を手招きする。秀人は、ホイホイとそれに応じ…………

 

「そら、行ってこい」

 

――げしっ。

 

 ……クロノの魔方陣の中に、蹴り込まれた。

「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……………………!!」

 びゅーん……と、いずこかへ飛ばされてしまった。

「……世話の焼けるぼけなすなの。とうっ」

 アイは、そちらのポータルが閉じる寸前、自ら飛び込み、秀人の後を追った。

 

 

「クロノォおおおおおおおおおおおおおおおお! あなた一体何を血迷ったことしてるのよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 半狂乱で摑みかかるなのは。

「なのはちゃん待って! わけがあるの! だから刀を仕舞ってー!!」

 エイミィに羽交い絞めにされ、振り上げた刀はぶんぶんと無為に空を切る。

「秀人は、はやてのもとへ向かってもらった」

「……へ?」

 刀を中途半端に振り上げたまま、なのはが固まる。

「でも……八神は、こっちの先に……?」

「…………もう、話してもいいだろうな」

 クロノは、三人を代表して、『ある作戦』の内容を、説明しだした。

 それを聞いた全員の顔が、一様に強張る。その内容とは――――

 

 

 

(…………ふぅ)

 アースラのオペレーター席に座る女性は、周囲に聞こえないよう、一息ついた。

(提督の指定した座標を伝えた。これで、あの厄介な集団を隔離しておける)

 表示されたデータとは、コンマいくつかという微妙なだけ、違う座標。闇の書の主と、吾妻秀人の接触は避け……孤立した闇の書の主を捕獲する、というのが、グレアムからの通達だった。

(………………もうすぐです)

 ぎゅっ、と。いつもの癖で、制服の胸元を握り締める。

(もうすぐですからね…………おかあさん)

 憎き闇の書……その主に、積年の復讐を遂げられる。その昏い喜びに、女性は、笑みを零さないように口元を押さえた。

「座標は、通達できたのかしら?」

 リンディが、確認する。

「はい、問題ありません」

「そう…………………………では、」

 リンディは、手元でコンソールを操作する。

 

――パシュッ……

 

 ……ブリッジのエアロックが解除される。

 そして、入ってきたのは………………

「…………何故」

 偽造の座標に無駄足を踏んで、ここにはいないはず…………

 

――――パキンッ。

 

 瞬時に形成されたバインドが、両腕を封じる。

 そしてクロノは…………告げた。

 

「…………フィアット・コルデーロ特務三尉。機密情報漏洩・捜査妨害・次元法違反の容疑で……あなたを、拘束する」

 

両手に枷をされた女性…………フィアットは、虚飾を取り払った、忌々しそうな目で、クロノを見返した。

 

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