魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
――『試合』開始から、約30分。
「………………」
アースラ、ブリッジ内。
両名の壮絶な決闘を見届けたクルーたちは皆、言葉を失っていた。
「………………両者、意識混濁……戦闘終了」
エイミィが、半ば義務のように報告する。
「…………」
管理局員と、次元犯罪者…………その逮捕劇に、ではない。
吾妻秀人と、八神はやて。
Sランク魔導師による、死力を尽くした試合に、心奪われていた。
「アイ…………ううん、イモータルハートの力も、大概非常識だけど……」
「あんな小さなユニットで、魔力無効化フィールド……」
アルフの言葉を継ぐように、クロノが言った。
アースラに組み込まれたAMFの発生装置ですら、装置全体では、前世紀のコンピューターのような、部屋一つを占領するほどの巨大なものとなっている。
「『阻害』ではなくて、『還元』……あれじゃ、再結合も侭ならない」
ある意味、AMF……結合阻害とは別方向へと進化した力だ。
「それに、あのカートリッジ……逆転の発想だな。『汎用性を得る』んじゃなくて、『汎用性を切り捨てて、更に特化する』なんて……」
カートリッジシステムの情報提供者、ヴィータはそう評した。
「誰の影響だろうね、全く………………」
ユーノは、ちらっとレイジングハートに目を送る。
『誰の影響でしょうね。全く…………』
………………スターライトブレイカー+という前例を作り出した先駆者が、すっとぼけて何か言っていた。
「…………すげー!」
フェイトは、目を輝かせていた。
「……変な言葉を使うんじゃありません。女の子でしょ」
なのはが、それを嗜め……ようやく、余韻から醒める。
「でも、本当……凄かったね」
イモータルハートの常識外れの性能も、それを扱いこなした秀人も…………
「……………………八神」
……それに、真正面から挑み、引き分けたはやても。
「ああ。初対面とは、段違い……いや、別次元だ」
そう。
この場に満ちる感嘆とは、秀人よりも…………それに対抗し得た、はやてに対するものの方が大きいのだった。
――――ピーッ!!
その空気を切り裂くように、モニターから警告が鳴る。
「! 転移反応! 場所…………秀人くんの、すぐ近く!」
「――!! ジャミングの解除、任せる!」
間違いなく、グレアムの手の者だ。
両者が疲弊している今を狙って、漁夫の利を得る気に違いない。
「……………!!」
走り去っていったクロノ達を見送り……ブリッジにいたクルー達は、死に物狂いでコンソールを操作する。
彼らは、戦闘中も、わき目も振らずに解除に当たっていた。そして、ようやく…………
「……解除完了!」
同時に、転送装置に足を踏み入れたクロノ達を、間髪入れずに戦場へ送り出した。
◆ ◆ ◆ ◆
「おい、起きるの」
アイは、デバイス形態を解除。いつもの15歳程度の少女の姿となり、しゃがみこんでいた。
「起きるの。おーきーるーのー!」
べしべしと引っ叩くのは、当のマスターである秀人……………………ではなく。
「起きるの! この古本!!」
『ヤカマシイ! 誰ガ古本ダ、貴様!!』
はやての胸に抱かれた、一冊の魔導書……闇の書。その意思、テンタトレスに対してだった。
「ふん。やーっと起きたの。もし起きなかったら、ブックセンターイ○ウに売り払ってやるところだったの」
『黙レ石コロ。砕クゾ』
……主たちを差し置いて、デバイス達が話し始めていた。
「ねぇ、この勝負…………」
『アア、コノ勝負…………』
当然、この勝負の結果についてだ。
「マスターの勝ちなの」
『我ガ契約者ノ勝利ダ』
……完全に、平行線だった。
「…………終始防戦で、マスターの構えに四苦八苦していたのはどこのどいつなの!? 法螺を吹くのも大概にするの!」
『馬鹿メ! 我ガ契約者ハ、ソレヲ破ッタノダ! 我ラノ勝チニ決マッテイヨウ!』
「破られていないの! アイたちの勝ちなの!」
『我ラノ勝利ダ!』
「ふん! そっちのガキンチョの方が、コンマ0.001秒、倒れるのが早かったの!」
『イイヤ! ソレヨリモ早ク、貴様ノ主ノ前髪ガ地ニ着イテイタ!』
口論は、段々と子供じみた口喧嘩へと退化し…………
「マスターのガッサガサの針金みたいな髪の毛、いつも尖がっているようなモンなんてノーカンなの!」
『ナラ、我ガ契約者ノ、常ニ砕ケテイルヨウナ貧弱極マリナイ足腰ナド無関係ダ!』
……互いに、己の主を罵倒するような内容になっていることには、気付かない。
「むーっーーーーーー!!」『ウゥー………………!!』
膨れるアイと、威嚇するように唸るテンタトレス。
だが……そのにらみ合いは、ふとした瞬間に終わりを告げた。
「おまえ…………どうして、自分の主を、殺戮に駆り立てるの?」
『…………ソレガ、我ノサガ故ニ』
「でも、へなちょこ司書に聞いたの。その機能は、後付けされたもので……」
『…………』
「やろうと思えば、今みたいにちゃんと、主と一緒に戦うことも出来るの。実際おまえ、すっごく強かったの。何度も、負けちゃうかと思ったの」
『…………』
「おまえだって、本当は………………」
黙りこむテンタトレスに、アイは核心に踏み込んだ。
――――――まっとうなデバイスとして、主と共に在りたかった筈じゃないの?
反応は、顕著だった。
『――――黙レッッ!!』
テンタトレスは、激情を露に、叫んだ。
そして……はやての体が、起き上がる。
その目は血色に染まり……頭髪は、灰色へと変化している。
身体の主導権を奪ったのだ。
「……! あうっ!」
伸びた影が、アイの首を締め上げる。
『黙レ……黙レ黙レ黙レ!』
「あ、ぐ……!」
苦痛に喘ぐアイ。
『貴様ニ、何ガ分カル……!!』
どろどろと……隠してきた己の心のうちを、吐き出す。
『貴様ニ、何ガ分カルッ!!』
ドンッ! と、地に叩き伏せられる。
『我ハ……テンタトレス。ソウ、闇ノ書ノ攻撃プログラム、呪ワレシ闇! テンタトレスナノダ!』
――テンタトレス。
それは、個体名という範疇を超えた…………忌み名。
いつしか、誰かが呼び始めた……『悪の誘惑者《テンタトレス》』。
『貴様ニ、分カルモノカ! 守ルベキ主ヲ、コノ手デ殺メナケレバナラナイ痛ミガ! 侮蔑ト共ニ、忌ミ名ヲ呼バレル屈辱ガ! 己ノ分身デアル守護騎士ニスラ恐レラレル虚シサが! 己ヲ止メルコトスラデキナイ無力ガ!
………………死ニ際ノ主ニ、憎悪サレル痛ミガ!』
――バンッ!!
投げ飛ばされ、地を跳ねる。
『サァ、『不滅ノ心』ヨ…………貴様モ我ガ名ヲ呼ブガイイ。
『テンタトレス』ト…………侮蔑ト敵意ト恐怖ト憐憫ヲ込メテ、我ガ名ヲ呼ブガイイ!!』
猛る闇。
それは、再びアイを摑み上げ、放り投げる。
「……!」
ぎゅっと目を瞑り、痛みを予想するアイ。
――どさっ。
……だが、その痛みはやってこなかった。
「…………」
「…………マスター!?」
墜落寸前に、主によって受け止められていた。
秀人は、はやてへ……その胸に抱かれた魔導書へ、悟った目を向け……
「……――。おまえは、自分を止めたいんだな」
……その願望を、看破した。
『…………!!』
図星を突かれ、息を詰まらせる。
「……やっと、お前を理解できた気がするよ」
『理解ダト……? 貴様風情ガ、我ヲ理解シタト……? 笑ワセルナ!』
「…………ああ。確かに、全部が全部、理解できるわけじゃない」
『ハハッ……!』
せせら笑うテンタトレス。
「でも……お前のすぐ傍に、いるじゃないか。一番の理解者が」
すぐ傍……と言われ、テンタトレスは、己が身を見下ろした。
『……………………』
「お前を受け入れて……お前を従えて、こんな辺鄙な場所までついてきてくれた、お前の主だ」
悪態をつきながらも。
その素性や正体が判明しようとも。
決して己を無視することなく、言葉を交わしてくれた少女。
『……………………ヤガミ、ハヤテ……』
……そういう、名だった。
「…………あと、どのくらいだ」
『……?』
その問いの意味を理解できず、首を傾げる。
「あとどのくらい……破壊衝動を抑えられる」
改悪されたプログラムの、行き着く果て。
『――――――――――ベツレヘムの星』
それが、闇の書に記された…………蓄えた魔力と、主の生命を贄として発動する、最凶最悪の殲滅魔法。
『………………順延スルコトモ、不可能デハナイ』
「……そうなのか?」
『ダガ、ソレハツマリ、魔力ヲ得ラレナイトイウコトダ。我ハ、主ノ肉体トリンクシテイル。外部ヨリ魔力ヲ得ラレナケレバ……………………』
「……内部。はやてのリンカーコアから、魔力を吸い尽くしてしまう」
それが、所有者の魔力を極大まで増幅させる代償。
命を喰らう、異形の本能。
秀人はしばし何分か、瞑目して考え込み……
「……分かった。魔力があればいいんだな?」
ちゃきっ、と、はやての手から零れた魔剣を拾い上げ、右手に当てる。そして……
――ズシュッ……!!
……右手の甲に、魔剣を突き立てた。
「マスター……!」
あいが声を上げる。
だが、秀人とて、何も自棄になって自傷に走ったわけではない。
「う……くっ!」
ずるっ……と、抉り出した。
――――右手の、魔力結晶。
「アイ。アクセルカートリッジ、残り三発」
「……………………わかったの」
嫌々ながら、それに従った。
その内部の魔力を全て、魔力結晶に籠める。
「…………」
カートリッジが輝きを失い……全て、魔力結晶に移動する。
「………駄目か」
だがその結晶は、すぐに秀人の右手と、融合を始めてしまう。
この魔力結晶は、取り込んだ際、秀人と魔力のラインが繋がってしまっている。ある意味、秀人の体の一部なのだ。切り取ったからといって、他人へ譲渡ができるはずもない。
「………………くそっ!」
悔しさを滲ませる秀人。
――その背後に、転移してきた気配を感じた。
「――!!」
秀人は、反射的に振り向き、構えた。
そこに現れていたのは……
「……お前か」
無機質な仮面を被った、長身の男性。
「………………」
変わらぬ無言。
だが、常とは異なった点がある。それは…………
「…………何だ、その杖?」
……右手に握られた、鳥の嘴を連想させる奇妙な杖だった。
「……」
仮面の男は、無言で秀人の右手と、魔力結晶に杖を向ける。
「…………デュランダル」
『OK,』
合成音声のような声を出す。どうやら、デバイスであるらしい。
「おまえ、マスターになにする気なの!?」
「…………」
身構えるアイ。だが、仮面の男は敵意を示さず、無言で秀人を促した。
「アイ。いい、下がれ」
「………………了解。だけど、マスターに何か変なことしたらぶっころすの」
渋々、秀人の後ろに下がった。
秀人は、右手を上げる。仮面の男は、杖を右手に触れさせ……
「……分断せよ」
『…Divilde!』
――――バチンッ!!!
「…………痛っ!?」
一瞬の痛みと共に……魔力結晶が、右手からポロッと落ちる。
「……これで、問題ない筈だ」
「お、おお……? ……マジかよ」
完全に癒着していたはずの魔力結晶が、完全に切り離されていた。
「その杖の力?」
「ああ……デュランダルの、分断の力だ」
グレアムが、切り札として開発していた特殊なデバイス。どうやら、一応の完成を見たらしい。
『フン……大方、我ヲ契約者カラ切リ離スタメノモノダロウ』
「否定はしない」
瞬時に、剣呑な気配となる。
「……可否で論ずるならば、可能だ。分断した後……その子は死ぬだろうが」
『……!』
ざわざわと、影がざわつく。
「でも、するつもりも無いんだろ?」
「…………」
「第一、するつもりならとっくにやってるさ」
戦闘終了後、二人の意識は途絶え、完全に無防備だったのだ。
それに、わざわざこうして姿を現す必要も無い。
「…………」
沈黙は、肯定。
「…………なぁ。なんであんたは、グレアムに従ってるんだ?」
ごく自然に……その名を出した。
「わざわざ、そんな大仰なものを取り出して来たのだって、はやてのためだろ? 本来の用途を無視してまで…………あんただって、本当は、グレアムが間違ってるって、」
「言うな」
仮面の男は、それを遮った。
「………………それでもあの方は、我らの父親なのだ」
ほぼ罪状が割れてしまっている以上、隠す意味も無い。そういうつもりだろうか。
「……」
再び無言となった仮面の男。
秀人は、はやての手に魔力結晶を握らせる。
「これで、どのくらい持つ?」
テンタトレスはそれを、手の上でころころと遊ばせる。
『…………オヨソ、二日ダ』
「……二日」
これでも、相当な量の魔力を籠めた筈なのだが……
その疑問には、仮面の男が答えた。
「……その子は、テンタトレスが再起動して以来、リンカーコアを蒐集していない。差し引きして、プラスになっただけ運がいい」
頭の中で、カレンダーを確認する。あまりに多くのことが立て続けに起こりすぎて、すっかり忘れていた。
二日後とは……
「…………クリスマス、か」
奇しくも、聖夜。
そして…………はやてが、両親を永遠に失った日であった。
「……これで、最後だ」
仮面の男は役目を終え、踵を返す。
「…………次に会う時は、敵同士か?」
秀人の……若干、寂しそうな声に、立ち止まる。
「…………」
だが、仮面の男は何も言わず、歩き去っていった。
――ドクンッ。
脈動するような音と共に、テンタトレスが魔力結晶を飲み込む。
一時的とはいえ、はやての体には、活動には過不足無い程度の魔力が補充された。
『……………………少シ、眠ル』
「大丈夫か?」
疲弊した様子だ。心配した秀人が気遣うも……テンタトレスは、はやての目で、じろっと秀人を睨んだ。
『貴様ニ殴打サレタ身体ガ痛ムノダ。トニカク、我ノ自前ノ魔力デ回復サセルタメニモ、睡眠ガ必要ダ』
「…………正直すまんかった」
だが、良いのだろうか。このまま管理局に拿捕されてしまえば、それこそ、はやてがどうなるか分からない。
『問題ナイ。人間風情ガ、我ヲ縛レル道理ガ無イカラナ』
拘束は無意味。
テンタトレスは、何のためらいも無く、そのまま休眠へ入った。
――どさっ。
倒れこむはやての身体を抱きとめ、背負う。
「…………あと二日間、か」
たったの二日と考えるべきか。
それとも、二日も猶予を得たという事実を喜ぶべきか。
――――ブゥウウン……!
少し離れた先に、アースラの転送ポートが現れる。
そこから、真っ先に飛び出してくる、二つの人影。
「……秀人さんっ!」「ひでとっ!」
なのはとフェイト。
二人へは、無事を伝えながらも……秀人は、重い気分で歩を進めるのだった。