魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
秀人、はやてに手を貸した後、追跡者は帰還した。
「…………やぁ、待っていたよ」
その執務室へ繋がる廊下に……ギル・グレアムが待ち構えていた。
「……!!」
思わず、体を強張らせる。
「お帰り。さて…………
――――何か言い残すことはあるかね?」
その手には、追跡者を圧殺して余りある、殺意の塊のような魔力スフィアがセットされていた。
試作品段階のデュランダルを勝手に持ち出し、あまつさえはやてに延命を施した……明確な裏切りを受け、処分を決定した。
「わかっているね? ……君たちの生命力は、既に尽きかけている」
リーゼアリア・リーゼロッテの合体……それは、強力な戦闘力を発揮する代償として、確実に生命を削るものだった。
「ユニゾンデバイス研究の副産物とはいえ、些か無茶があったようだね?」
元より、それを覚悟した上での行動だ。
――シュウウッ……
一つの影は、二つに分かれる。
「「………………では、一つだけ」」
仮面の男……改め、リーゼアリア・リーゼロッテの姉妹は、想起する。
ただの小動物だった自分たちに、知性と魔力を与えてくれたあの日を。
幸せだった。今でこそ外道に堕ちたこの男も……かつては、理想に燃える男だった。時空管理局と、そこに所属する自分は、正義の代行者なのだと信じて疑わず、突き進んだ。
二人は、そんな理想に燃える『父親』が好きだった。
時に手を貸し、時に支え……その理想を、支え続けた。
その甲斐もあってか、男はいつしか、管理局の要職に就いていた。人望も厚く、歳を重ねたとしても、十分な実力。それは、男にとって誇りであった。
だが、ある時…………その理想は、歪んで行く。
切っ掛けは、一つの敗北だった。
部下として配属されてきた、若手の中の一人……クライド・ハラオウン。彼との、天覧試合での一戦。
老齢に差し掛かったグレアムと、今まさに全盛期のクライド。
下馬評を覆したのは、クライドだった。
それだけであれば、ただ、新鋭の若手が、大金星を挙げた……という話だ。
ただ、それだけの話。
――だが、グレアムの『誇り』はいつしか、理想を覆い隠す程に、肥大化してしまっていた。
グレアムは、変わった。
いや……もしかしたら、以前からその兆候はあったのかもしれない。
年老い、目に見えて衰える己の実力。次々に現れる次代のエリートたち。
『誇り』によって押しとどめられていたその負の感情は……皮肉にも、『誇り』が傷つけられた瞬間、一気に噴出してしまったのだ。
広げた人脈を手当たり次第に……それこそ、取り憑かれたように、かつての全盛期の力を取り戻す研究を始めた。
アリアとロッテは、そんな主を、何度も諌めた。だが、グレアムは……使い魔としての契約を悪用し、抵抗を禁じた。
唯一の歯止めを失った男は、とうとう…………クライドをも謀殺した。
――かつて理想に燃えていた男は、ここまで堕ち果てた。
そして今、幼い少女の家族を、平穏を奪い……生命までをも、奪おうとしている。
全ては……我欲のために。
アリアとロッテは、声を合わせ……かつての主に言い放った。
「「……………………この下衆野郎!」」
「そうか。では、死にたまえ」
グレアムは、眉一つ動かさず、魔力を放出した。
――――……ッドゴォオオオオオオオンッ!!
破壊力は、狭い通路を荒れ狂う。
逃げ場のない破壊に、反逆者は影もなく焼き尽くされる……筈だった。
「……む?」
だが……グレアムと同じく、シールドを展開した反応がある。
それはアリアでも、ロッテでも無く…………
「……そこまでだ」
漆黒の法衣。手にした杖は、S2U。
「「クロノ!?」」
クロノ・ハラオウンが……アルフを伴って、そこにいた。
「無事か? 二人とも」
二人を背に庇いながら、油断無くデバイスをグレアムに向ける。
「全く……とんだ変則コンビだよ」
愚痴りながらも、姉妹への防御を張り巡らせる。
「とんだ主もいたもんだね……使い魔との契約を、こんな目的に利用するなんて」
ぎろっ……と、グレアムを睨むアルフ。
同じ動物素体の使い魔として、感じるものがあるのだろう。
「ギル・グレアム提督。時空法・管理局法違反並びに…………殺人未遂の現行犯で、あなたを拘束する。武装を解除し、投降を」
そして提示される……数々の証拠。
「ふ…………はァははははははっ!」
それらを突きつけられ、グレアムは……嗤った。
「いや、実に惜しいねェ………………」
明確な余裕。
「何がだっ……!!」
クロノは、声を荒げる。
「いや、ね? もう少し早ければ…………コレが完成する前に、捕らえられただろう」
ポケットから、カード状のデバイスを取り出す。そして……
「セットアップ」
――――ガシュンッ……!
……その杖は、試作品とは大きく違っていた。
「…………嘘だ」
クロノが、呆然と呟く。
その杖には、見覚えがあった。
それは、自分の手に握られたものと、非常に良く似ていた。
それは、映像記録で、写真で、何度も目にした形だった。
それは……
「懐かしいだろう? ……………………父親との、再会だ」
――それは、クライド・ハラオウンのデバイスだった。
「――貴様ァああああああああああああああああああああっ!!」
かつて無いほどの激情を露にし…………複数の誘導弾を、一気に射出した!
――――ドガガガガガガガガガガガガガガンッ!!
連続する破裂音。
だが、その向こうで……グレアムが、余裕で笑みを浮かべている。
着弾したかに見える誘導弾は、その実……片っ端から、魔力結合を分断され、無効化されている。
「ははは……さすがは、クライドの武装だね。デュランダルが、よく馴染む」
分断の杖、デュランダル。その本質は、外殻に非ず……むしろ、その内に秘められたプログラムと、それを奔らせるシステムだ。
「ほら、もっと撃ってきなさい。ははははは…………!」
それを、わざわざクライドの武装の外殻を流用するなど……悪趣味ここに極まれり、だ。
「貴様が……貴様が、父さんをっ!!」
「ああ、そうだとも! 生意気なガキだったなァ!! ガキの分際で、私に土を付けてくれたわァっ!!」
――キュドンッ!!
デュランダルから発射された魔力弾が、散弾のように撒き散らされる。
「!」
防壁を展開する。だが……
「ハハハ! 無駄だァっ!!」
――ズ……ボッ!!
発射された魔力弾は、防壁をすり抜け、クロノの身体を強かに打ち据えた。
「ぐぁあっ……!!」
バリアジャケットで受けたとはいえ、その衝撃に喘ぐ。
「ははは…………そうだ、やはり間違いだったのだ! クライドごときに、私が負けるわけが無かったのだ!」
――ガキィイインッ!!
「ほうら、見ろ! ヤツのガキも、この力の前では無力だっ!!」
振り下ろされた魔力刃を、S2Uの柄で受ける。
だが……
――パキィンッ……!!
実用品として、一線級の強度を持つはずのS2Uの外装が、まるでガラス細工のように砕け散る。
――ザンッ!!
回避したかに見えた。だが……
「……ぐっ!!」
腕を切り裂かれ、派手に出血してしまった。
「どんなものかね!? 父親の形見に刻まれる……という気分は!? ハハハ、愉快痛快!」
これは揺さぶりだ。自分を動揺させるための策略だ。そう頭で理解してはいても……感情は、割り切れない。
「ぐ、ぎ……!! あの野郎ォ……!!」
それを見ていたアルフは……獰猛な怒りを、何とか押さえ込みながら、リーゼの警護を続ける。目は獣の状態となり、牙が大きく突き出した。
「「…………」」
アリアとロッテは、顔を見合わせる。そして……
「エンチャントパワー・フルブースト!」
アリアが、アルフの身に強化魔法を施した。
「え……え?」
戸惑うアルフに、目を向ける。
「わたしたちは直接、グレアムに逆らうことはできない。でも……自分の身くらいは守れるわ」
ロッテは懐から、試作品のデュランダルを取り出し、アルフに握らせる。
「……これを。あの制式仕様には、出力で若干劣るけど……あの分断効果を、かなりのレベルで相殺できるはずだよ」
デバイスモードに変形させるアルフ。
それを目にしたグレアムは、ハッと余裕を忘れた。
「貴様らぁあああああああああああっ!!」
グレアムが、魔力刃を振りかぶり…………
「うらァああああああああああああああああああああああああっ!!」
――――ベキィイイイッ!!
怒りの鉄拳が、グレアムの頬を殴り飛ばした!!
「がっ……! い、犬畜生がァッ……!!」
「クロノォオオオオオオオオッ!!」
アルフは、試作デュランダルを、クロノに向かって投擲する!
「おおおおっ……!」
「させるかァああああっ!!」
クロノが、グレアムが、同時に手を伸ばす!
(貰った!)
このままでは、リーチの差で、グレアムの勝ちだ。いくら魔法を放とうとも、分断効果で無意味に終わる。
そう、グレアムは油断した。そう…………油断した、のである。
クロノは、背筋を限界まで引き絞り……
「だらぁああああああああああああっ!!」
――ゴォッキィイインッ!!
渾身のヘッドバットをかました!
「ぶべェッ!?」
まさかの肉体攻撃に、グレアムは反応が遅れ、鼻っ柱を潰された。
「ご、ごのがぎがァ……!!」
曲がった鼻で、無様な濁声を呟く。
「あいつ曰く、僕の頭は岩をも砕く石頭らしいからな!!」
その目の前で、クロノは試作デュランダルを摑み取る。
「お前の罪を、」
――ジャコンッ!!
S2U、試作デュランダルの二刀流!
『Stinger Snipe!』『Blaze Cannon !』『Ballet ! 』
複数の術式を、一気に読み込み……!!
「数えろォおおおおおおおおおおおっ!!」
一斉に、発射!!
――――ズゴガガガガガガガガガガァンッッ!!
分断効果を中和し、一気に魔法で畳み掛ける!
「オオオオオオオオオオオッ!!」
だが、グレアムのしぶとさも大概だ。
伸張した魔力刃を構え、突撃してくる。狙いは、試作デュランダル!
「……モードリリース!」
クロノは、二機のデバイスを解除。
「……っ!?」
破壊対象を失った制式デュランダルは、空振りに終わる。
クロノは間合いを一気に縮め……!
「だァあああああっ!!」
――ぶォんっ!!
グレアムの胸倉を摑み上げ、背負い投げた!
「ナイスパス!」
アルフは、その着地地点に先回りし、そして……
――ガゴンッッ!!
上段蹴りを、脳天に叩き込む!
「ぐぁあああっ!?」
――――ゴキャアアアアッ!!
クロノのドロップキック……そして、アルフのアッパーが、グレアムへ連続ヒット!
「お、ごォおおお……!! ば、ばがな……! この力を以ってして、圧される筈がぁあっ……!?」
分断の力を過信し、冷静な判断を失ったグレアムは、大いに取り乱す。
「何だ、その戦い方はァっ!! こんなもの、教えた覚えは……」
――ギャリリリリリリリリッッ!!
チェーンバインド、リングバインド、レストリクトロックが、グレアムを雁字搦めに縛り上げて行く!
「グレアムゥウウウウウウウウウウッ!!」
「ヒィッ!! く、来るなァあああああああああああああっ!!」
バインドを端から解除して行くが……どうやっても、間に合わない。
ありったけの防壁を築く。
クロノは、術式を拳に絡め……!
「インパクトォオオオオオオオオオオッッ!!」
――――ドパァアアアアアアアアアアアアアアンッ…………!!
「お……、ォおおおおお……!!」
胴体に、マトモに直撃し……臓腑を撒き散らされるような衝撃に、グレアムが倒れ付す。
「はァ、はァっ…………!!」
額にびっしょりと汗を浮かべ、クロノが息を荒げる。
終盤こそ圧倒したものの……薄氷の勝利だ。
もしあそこで、アルフが試作デュランダルをクロノに渡せていなかったら……結果は、逆になっていたに違いない。
「おおおお…………! おのれ、おのれ、おのれおのれおのれェええええええ……!!」
吐瀉物を吐き散らし……白目を剥いて怨嗟を叫ぶその姿に、かつての執務官長の面影は無い。そこにいるのは、ただ我欲に取り付かれた、醜い老人だった。
「…………」
クロノは、グレアムを拘束するため、再びS2Uを向ける。
だが……その直前、グレアムの身体が、ビクッと痙攣した。
『……ギル・グレアム』
その空間に、直接響くような声が聞こえた。
念話……とも、また違った。
「か……カスパール議員!」
グレアムの顔が、喜悦に歪む。
「わ、わたしに、今一度のチャンスを!」
「! この……まだ!」
クロノが、いよいよその身を捕縛しようとする。だが……
『貴様への融資は、現時刻を以って停止とする』
……援軍、では無かった。
「……………………は? な、何故!?」
『用済み、と言ったのだ。所詮貴様は、完全なる魔導に到達できる器では、なかったのだ』
「お、お待ち下さい! 私には、まだ秘策が……! 闇の書さえ、我が物にできれば、必ずや……!! あと一歩、あと一歩なのです! どうか、今一度のチャンスをォおおおおおおおおおおおおお!!」
『………………』
カスパールと呼ばれた声の主は、僅かに思考するような間を持たせ……
『……いいだろう。利息分くらいは、援助してやる』
「おお……!」
――ドクンッ……!!
……制式デュランダルが、邪悪に鳴動する。
「!? こ、これは……!?」
グレアムの肉体が、徐々に、徐々に…………異常なまでに、容積を増していく。
「や、やめろ、やめろ………………!」
べこ、べこん……と、その形が、人間から遠ざかって行く。
「うっ……!」
クロノ達ですら、思わず目を逸らす。
ただ耳には、ぐちゅぐちゅと血肉のうごめく音と、グレアムの悲鳴が届けられる。
『エクリプス………………強制発動』
「お、お、おおおおああああああ、GI….GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
――ブチュンッ!
………………まるで、己の圧力に耐え切れなくなったかのように……その姿が、収束した。
歪な……一抱えほどの、肉塊へと。
「う、うげェっ……!!」
クロノは、嘔吐した。
「何だ……貴様は、何をした!?」
だが、答える声は、既に無く……
――ぎゅろんっ!
肉塊に現れた、デタラメな配置の眼球が、クロノ達を睨む。
「……pigyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
ガラスを引っかくような、不快な悲鳴とも、怒声とも付かない声を上げる。
そして……
――ギュウウウウウウウウウウンッ……!!
転送魔法……のような術式に覆われ、この場から消えていった。
「くそっ……取り逃がしたか…………!!」
歯噛みする。
「大至急、アースラへ帰還する。アリア、ロッテ。……きみたちにも、話を聞かせてもらうぞ」
「…………ああ」
「…………今更、隠し立てなんかしないよ」
二人はそれぞれ、アルフとクロノに支えられ、その場を後にした。