魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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A's編 第八十四話

「…………」

 何とも言い難い緊張感に包まれる、秀人の部屋。

 いや、緊張感というよりは…………

 

「…………狭い」

 

 ……八畳。

 秀人。なのは。ユーノ。フェイト。アルフ。ヴィータ。アイ。クロノ。……そして、レジアスの、計九名。

 一人一畳弱と思えるかもしれないが、車座で座るには、面積は全然足りていない。

「……………………せめてアースラか地球支部でよかったんじゃないか?」

 コロコロと転がってきたベアリングを遠くに放り投げつつ、もっともなことを言う。

「いや、ここなら盗聴の危険も無いと思ってな…………」

 じろりと部屋を見回し……

 

「小僧、ここは執務室か何かか?」

 

 心底不思議そうに、レジアスが聞いた。

「バリバリの生活拠点だ! 狭くて悪かったな!」

 ぐわーっ、と怒る。

「はいはい、お茶ですよ」

 そんなタイミングで、なのはがお茶を入れてきた。

「………………おう」

 すとん、と腰を下ろす。

 

「……んで、マジで何しに来たんだよ、オッサン」

 真正面に座るレジアスに、切り出した。

「…………うむ」

 レジアスは、湯呑みを置く。

「オレが拘束を解かれたのは、お前たちの捜査協力によるところが大きい」

 そして、ぐっと身体を屈め……

 

「感謝する」

 

 頭を下げた。

 秀人は、イメージとのギャップに驚き……

「………………何か変なものでも食ったのか?」

 と、非常に失礼なことを言った。

 だがレジアスは、怒るでもなく、ため息をついた。

「……娘に怒られてしまってな」

「つーかあんた所帯持ってたのかよ」

 むしろ、そっちに驚く秀人だった。

 

「それでは、本題に移ろう」

 クロノが仕切り、話題を移す。

「闇の書の主……八神はやてについて」

 途端、空気が重くなる。

「……レジアス少将。あなたが、彼女に生活の支援を行っていたというのは……」

「真実だ」

 そして、レジアスは話し始めた。

 

「オレは十年ほど前、陸戦魔導師として、あるロストロギアを持った次元犯罪者を追っていた」

(陸戦魔導師……?)

 事情を知らないなのはは、首をかしげた。

(……あまり魔力は感じないけど)

 リミッターを掛けているわけでも無さそうだ。

 

「オレはその事件の折、一切の魔力を喪失した」

 

 簡潔に述べられた言葉に、言葉を失う。

「次元空間にも歪みが生じたらしく、管理局との交信も途絶し……まぁ、ありていに言えば、遭難したのだ」

「まさか、その場所って……」

 秀人の呟きに、レジアスは頷いた。

「第九十七管理外世界『地球』、極東方面『日本』、その西部だった」

 どうやら、関西地方のことらしい。

「……傷を負っていたオレを助け、救援が来るまで世話をしてくれたのが、八神伊吹と、八神火乃香だった」

 思い出すように、遠くを見る。

「……管理局に戻ったオレは文官となり、ある程度疎遠にはなっていたが、子供が生まれたことは知っていた」

 ……苦々しく、声を低くする。

「だから…………オレは、耳を疑ったよ。伊吹たちが、航空機事故に巻き込まれてしまったなど…………」

 そして、その詳細も、余さず知ることとなった。

「……それも、魔力の暴発が原因とは。…………|因果とは、|皮肉なものだ」

「…………? それって、どういう……?」

 若干、その言葉に違和感を感じた秀人。だが、踏み込んでもいい話ではないと、疑問を飲み込む。

「あの子だけは……いや、あの子だけが、生還したと知った。そして、その要因が、あの子に宿った闇の書の力であるということも」

 ふぅ……と、疲れたように、息を吐く。

「…………管理局員としては、即座に部隊を動かし、あの子を確保するのが正解だったのだろうな」

 だが……出来なかった。

 恩人の…………友人の、忘れ形見。それを、ただ無情に処理することなど、できるだろうか。

「……出来ることなら、直接オレのところに引き取りたかった。だが……オレは管理局の人間で、あの子は管理外世界の人間。それは、叶わなかった」

 そして何より、闇の書の主であるということが露見してしまえば、命は無い。

「だからオレは……この管理外世界で、あの子を援助することにした」

 名前も伝えず、現地協力者の助けを得て、法的に後見人となった。

「オレは独自に、闇の書を摘出する手段を探っていたが……運の悪いことに、あのグレアムもまた、闇の書の所在に気付いてしまっていた」

 チッ……と、舌打ちをする。

「幸いなのは、ヤツが手を出すより早く、あの子が力を手に入れたことだ。…………………………その過程は、報告を聞いて……胸糞悪いを通り越して殺意が湧いたが、な」

 その対象は既に、リーゼによって抹殺されている。

「……さて、オレからの話は以上だ」

「ありがとうございます、少将」

 クロノが礼を言い、議題を進める。

「では……ユーノ。テンタトレスが言った、『ベツレヘムの星』という名称と、あの校舎を覆う闇について、報告を」

「わかった」

 ユーノが発言する。

 

「まず、あの闇だけど…………あれは、『ベツレヘムの星』発動の、第一段階」

 ぴっ、と指を一本立てる。

「あの中は、文字通りの『闇』だ。一切の干渉を遮断し、内部に入り込めば、そのまま取り込まれてしまう」

「干渉を遮断…………魔法なの、それ。いくらなんでも反則じゃない」

 なのはの言葉も、最もだった。

「……戦乱の次代に生み出された、オーバーテクノロジーの産物だからね。詳しい原理も、分かっていない。あの、影を操る魔法があっただろう?」

 なのはが何度か、目にしたものだ。

「あれを、途方もなく強力にしたものが、あの闇だ」

 と、ヴィータがそこで、口を開く。

「幸いなのは、こっちから手を出せねぇ代わりに、あっちも逆に、こっちに手を出せないってことだ」

 確かに……広がる速度も、普通に逃げられる程度だった。

「………………厄介なのは、第二段階」

 ユーノが、二本目の指を立てる。

「危険域に入るのは、展開からおよそ24時間後…………あの闇は、周辺の質量を無尽蔵に吸収しながら、密度を増していく。魔力だけじゃない。人も、物も、大地も……文字通り、『なにもかも』、を」

 ヴィータが、ぽつりと呟いた。

「あたしも、そこまでしか立ち会ったことは無い」

 その第二段階において、ヴィータもまた、吸収されてしまっていたのだろう。

 沈黙する中……ユーノは、三本目の指を立てる。

「そして、めぼしい質量を全て吸収し終えた後…………いよいよ、発動するんだ」

 僅かに逡巡し……言う。

 

「――――対界殲滅魔法・『ベツレヘムの星』が」

 

広域を超え……対界。

 クロノが、口を開く。

「10年前の事件では、そこまでは発動しなかった。闇が成長し切るより前に…………闇の書を、破損させることに成功した」

 十年前の事件というと、クロノの父、クライドが携わった事件。

「グレアムの使い魔たちから、詳細な情報を得られた」

 彼女たちの協力もあってこそ、ここまで真相に迫れた。

「……十年前の、闇の書の主は…………

 

 

――――――|ルカ・コルデーロ。

 

フィアット・コルデーロの、母親だ」

「!! うそ…………!」

 なのはが、驚愕を露にする。

「闇の書を育てる『苗床』として…………どういう方法を使ったのかは不明だが、グレアムによって、意図的に転生先に指定されてしまったんだ」

 陸戦AAAランク魔導師。

 紛う事なき、エース級。

 闇の書の主としては、十分以上の資質を持っていると言える。

「……じゃあ、なに? グレアムは、フィアットのお母さんを利用して、殺して…………今度は、フィアットを利用したってこと…………!?」

 なのはの怒りは、最もだった。

 いや、なのはだけではない。そこにいた誰もが、グレアムの所業に憤怒を感じていた。

 

「気付いたときには、もう…………発動段階に入っていた。きっかけは……先ほど、レジアス少将が仰った、次元犯罪者の持っていたロストロギアだった」

 それが切っ掛けということは、前回の闇の書は……この地球の宙域で、発動したということになる。

「……展開された闇は、次元航行艦エスティアに充満し、コントロールの大部分を奪った」

 密室では、逃れるすべはない。

 クロノは、意図的に感情を殺したような声で、淡々と続ける。

「…………艦長である、クライド・ハラオウンは、」

 息が詰まらないよう、必死に話を続ける。

「吸収される寸前…………艦載魔導砲を、エスティアの至近距離で炸裂させ…………闇の書にダメージを与え、機能を一時停止させることに成功した」

 話し切った。

「……闇の書は、エスティアと共に、空間の坩堝の向こうへ消えたものと思われていた」

 だが、今こうして……再び、発動してしまった。

「……文献を当たってみると、詳細が載っていたよ」

 手元に写本を出し、ぱらぱらと捲る。

「吸収した大質量を魔力で圧縮。擬似的な縮退エネルギー炉を生成。

(圧縮…………縮退…………おいおい、それ、まるで…………)

 秀人が、愕然とする。

 そう。質量を圧縮し、エネルギー化するのは…………秀人が奥の手として、習得した技法なのだ。

「…………」

 何とも言えず沈黙する秀人。

幸いにも、ここにその秘密を知るものはいない。

 

「――……」

 ただ、アイだけが、静かな目で秀人を見ていた。

 

「それを人間サイズの駆体の心臓とし、主の意思のままに、破壊を行う。

人間サイズのまま、巨大なエネルギーの塊が動き回るんだ。それはまぁ……無敵だよ。魔導師なんて概念には収まらない。人知を超えた存在になるだろう。それが、長年の間に曲解されて…………完全な魔導を得られる、なんて話になってしまったんだろうね」

 口ぶりからすると、まだその先があるようだ。

「そして……その縮退エネルギー炉はやがて、臨界に達する。そして…………」

 高まりすぎたエネルギーは、やがて…………

 

「――ブラックホールと成る」

 

 …………ブラックホール。

 それは、万物を引きずりこむ……光さえ逃れることの出来ない、永劫の暗闇。

「………………」

 ……まさに、対界殲滅魔法。

「歴代の主で、ここまでその発現に近づいたのは……はやてが初めてだろうね」

 代を……呪いを重ねるごとに、力を増していく闇の書。

 はやては……その、申し子。

「起きたことが無い事象に関しては……無限書庫にも、知識は無い」

 対処の手段を、一から考案しなければならない。

 

 闇の状態のまま滅ぼすには、艦載魔導砲レベルの武装が必要で……だが、今回は地上故に、使用は難しい。吸収が始まってからも同様。

 

 駆体を破壊しようにも、そのサイズから艦載魔導砲を命中させるのは困難であり、対処に当たれるのは、同じく人間サイズの魔導師。だが、魔導師では、たとえSランクが束になっても叶わない。

 

 そして、臨界に達してしまえば…………もはや、対処云々の次元ではない。

 

 この難問を……あと、24時間以内に出さなければならない。

「…………ひとまず、解散しよう」

 重く沈殿した空気を入れ替えるように、クロノはそう締めくくった。

 だが、それでこの空気が変わるわけもなく…………

 

「ふぁああ…………むずかしいはなし、もうおわった~……?」

 

………………間抜けな大あくびが、逆の意味で空気を凍らせた。

「……寝てた、の……?」

「え~? うん、そだよ? ボク、ねむくってさ……ふぁあ」

 なのはの問いに、フェイトがのほほん、と答える。

 アイが、半眼でフェイトを見眇める。

「始まって五分で、脳からアルファー波が出始めていたの。こいつ、戦闘のとき以外、脳みそ殆ど使ってないの」

 ……おバカ認定を下した。

 

「ね、寝てた………………」「こんな大事な話をしている間に…………」「堂々と…………」

 

 ……あの、仏頂面のレジアスまで、信じられないと言わんばかりの表情で、フェイトを見て、そして…………

「……く、くくく…………」

 肩を震わせ……

「はぁっはっはっはっはっはっはっはっは!! そ、そうか、寝ていたか! ははははは!」

 愉快そうに、大笑いをし始めた。

「ぶっ……!! くくく……おま、おまえは、もう……!」

「…………、っ、き、君というやつは…………! ぷっ……」

 秀人も…………なんと、あのクロノまでもが、笑いを漏らしていた。

 

 あれだけ重苦しかった空気が一転。

『何とかなるさ』と誰かが言い出しそうなほど、気楽な雰囲気が出来上がってしまった。

 

「くすくす………………ああ、もう! 寝てた罰だよ! スーパー行って、夕食の材料、買ってきなさい!」

 笑顔を必死に抑えながら、フェイトを叱るなのは。

 夕飯の材料のメモ用紙を渡す。

「ちぇっ。は~い……」

 渋々といった様子で、家計用の財布とエコバッグを持ち、玄関を出て行った。

「アタシも行くよ」

 吾妻家・お買い物係であるヴィータも、その後に続く。

 

「知人にも、挨拶は済ませておけ」

 笑いの発作から回復したレジアスが、真面目な顔で言う。

「何だよそれ。遺言でも遺せってことか?」

 

「そうだ」

 

「!」

 ズバッと聞いた問いに、これまたザクッと答えが返ってきた。

「……これだけ、危険な任務だ。死の危険も、大いにありうる。オレも、娘に言葉を託してきた」

 沈黙する秀人を、レジアスは鼻で笑った。

「ふん、嫌なら尻尾を巻いて逃げるんだな。オレの部隊を動かせば、貴様の抜けた穴くらいどうとでもなるぞ」

 

――死にたくないなら、降りてもいい。フォローもしてやる。

 

そう言っている、ということに、秀人は気付いた。

(ほんっと、口の悪いオッサンだな……)

 だから秀人も……それに乗った。

「……上等だ! 戻ってくるのがこっ恥ずかしくなるくらいの感動的な遺言バラまいてきてやらぁ!」

 その傍に控えるなのはも、瞳に同じ意思を宿していた。

「いよっしゃ! 行くぞ、なのは!」

「はいっ!」

 秀人となのはは、互いにヘルメットを手に、駐輪場へダッシュした。

 

「…………アタシも、一応」

「ぼくも、族長に一文添えておこうかな」

 アルフとユーノも、玄関を出る。

 

「…………あ。アイもマリエルに用事があったの。おい、ちびすけ。さっさと戻るの」

「誰がちびすけか。 ……はぁ。 では、少将。一旦帰還いたしましょう」

「うむ。…………一旦?」

 返事の後、くるっと振り向く。

「ええ。……なのはが、『よかったら、食べていってください』と、今」

 秀人と飛び出していって……途中で気がつき、念話を飛ばしてきたらしい。

「………………うむ。甘えるとしよう」

 レジアスは、苦笑いでそれに答えた。

 

 

「おっかいーものー、おっかいーものー」

「…………」

 ぱたぱたと、スーパーへの道を歩く、フェイトとヴィータ。

「こーんやーは、にこみはーんばーぐー………………っと」

「………………」

そして、そこそこ歩いたところで…………

「なぁ、フェイト」

「ん? なぁに?」

 ヴィータが、フェイトを呼ぶ。そして……

 

「…………わざとだろ?」

 

 …………と、聞いた。

 フェイトは、ぴたっと足を止め……

 

「………………くふふっ」

 

 ……と、返事ともつかない笑みを見せた。

「ボクは、できるけどやらないだけだからね」

(……たいした奴だよ、お前)

 ヴィータは、敢えてそれ以上を追求せず、その後を追う。

 

 夕闇に染まる道。

 等間隔に並べられた街灯が、ヴィータと、フェイトと…………………

「……!? ん!?」

 

――――フェイトの影の隣に、もう一つの影が、寄り添っていた。

 

 もう一つの影。

 それは、フェイトの頭に手を伸ばし、撫でているようにも見えた。

「…………!?」

 ごしごしと目をこする。

「……ヴィータ、どうしたの? さむいんだから、はやくかってかえろーよ」

「あ、ああ……」

 もう一度見ると、影は消えていた。

 

「おつりでポテチかってこーっと!」

 しゅたたた、と俊敏に走り出すフェイト。

「あ、コラ待て! お釣りでそーいうのは買っちゃ駄目だ!」

「へっへーんだ!」

「待てー!!」

 スーパーまでの鬼ごっこになってしまった。

 

 フェイト達が、走り去っていった後。

 

 

――――…………。ちゃんと、がんばってるね。えらいよ

 

 ジジッ、ジジッ、と鳴る街灯の下、小柄な影が、地面に落ちていた。

 

――――…………。どのくらい、持つかなぁ……?

 

 ぷつんっ、と街灯と、影が消え。

 

 

 

――――蒼い燐光が、宙に溶けるように消えた。

 

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