魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
フェイトは、経験したことの無い衝撃を受けていた。
「……とも、だち?」
確かめるように。自分の語彙にありその言葉と、照らし合わせる。
「ボクと、ともだち……?」
それは、母からの愛だけを求め、がむしゃらに戦ってきたフェイトにとって、最も縁遠い物であるはずだった。
『どうせ、誰もボクを好きになってくれない』
第一に、諦観があった。
まともに親の愛情を受けられなかったことへの、コンプレックス。
『好きになっても、すぐにボクのことなんて嫌いになる』
第二に、恐怖があった。
中途半端に母がまだ優しかった頃の記憶があるだけに。手のひらを返されることが、怖かった。
……だから、遠ざけた。
最初から敵として接すれば、下手な勘違いなどしないで済むと。敵意をぶつけて痛めつければ、最初から最後まで、嫌われたままで終わると。
なのに、フェイトの前に居る少女は……ありったけの敵意をぶつけ、痛めつけ……明確に、『敵』としてフェイトを認識していた少女は、確かに言った。
『友達になりたい』、と。
「馬鹿じゃ……ないの?」
心のどこかには、それを喜んでいる自分がいる。
「ボクは、キミのことなんて嫌いだ」
でも、出てくる言葉は、憎まれ口。
「うん、私もフェイトが嫌い」
では何故、そんなに穏やかな笑顔で言うのか。
「だったら……友達になんて、なれるわけ無いだろ」
「なれるよ」
ぎゅっと、握られた手から温もりが伝わってくる。
「本当の言葉ををぶつけあって……正直な気持ちを全部伝えあった私達は……きっと、友達になれる」
意味が分からない。嫌いなのに、友達?
「フェイト」
なのはは、フェイトの手を胸元に引き寄せ……もう一度、言った。
「私と、友達になろう」
そして、優しい笑顔を浮かべる。
その笑顔の、なんと眩しいことか。まるで、光を纏っているように。
そして、その光は確かに……フェイトの心に、届いた。
「ボクは……ボクは……」
――誰かを好きになっていいの?
ぐらりと、フェイトを縛り付けていた妄念が、揺らいだ。
◆ ◆ ◆ ◆
――バキンッ!
憤怒の形相でモニターを見ていたプレシアが、デバイスを力任せに机に叩き付けた。
「お人形の、分際で!」
真っ二つになった机が、プレシアが解放した魔力の余波で消し飛ぶ。
「お人形は、私の手の中で踊っていればいいのよ!!」
――ヴォン!
プレシアの脳がフル回転し、複雑極まりない数式を描いていく。
次元跳躍魔法。
プレシアを大魔導師たらしめる、神域の技法である。
――バチバチバチッ……!
「はあああああぁぁぁ……!」
魔法陣が、帯電する。行使される術式は、次元跳躍……攻撃魔法。
「ああああっ!!」
デバイスを、振り下ろす――!
◆ ◆ ◆ ◆
状況を見守っていたアースラ……そのモニターが、画面いっぱいに表示する。
『EMARGENCY』
それを確認し、原因を探る、それより早く。
――ズガガガガァン!!
アースラが、攻撃を受けた。
「きゃあああっ!?」
船体が、まるで何かに衝突したかのように激しく揺れる。クルーの何人かがシートから放り出され、床を転がった。
「原因は!?」
シートにふんばり、転倒を回避したリンディが声を張り上げる。
「艦載兵器? それともまさか……質量兵器?」
落ちたメガネを掛けなおした男性クルーは、モニターに表示されたことを読み上げる。
「いえ、極めて強力な、攻撃魔法……え!? 魔法!?」
そう。ここは、次元航行船をもってして。ようやく立ち入ることが出来る、準虚数空間。装置を解さない純粋な魔法は、発動すら出来ない。なら、なぜ攻撃が通ったのか。
リンディは、あらゆる可能性を思考し、一つの結論を得る。
「次元……跳躍魔法」
シン……と、あれだけ喧騒に包まれていたブリッジが、静まり返った。
それは、誰もが知っている事柄だった。
ミッド唯一の大魔導師にして、大科学者。富と名声を手にし……ある日忽然と姿を消した女性の、代名詞。
「あなただったのね」
魔力の固有パターンを解析し、データベースと照合。そして、リンディの予想通り、女性の写真が表示される。彼女の名は。
「プレシア・テスタロッサ!」
◆ ◆ ◆ ◆
何だ、これは……!!
さっきまで快晴だった空が、暗雲蠢く曇天へと変わっていく。
明らかに自然現象ではない。そして、その暗雲には、途方も無い密度の魔力が込められている!
「ユーノ! アルフ!」
俺一人では、到底防げない。何より……
「おかーさん……?」
フェイトが、茫然自失と空を見上げ、動こうとしない。
「なのは! フェイトを!」
「あ……うん!」
『protection !』
桜色のドームが、二人を覆う。そこへ更に、俺と、ユーノと、アルフのバリアを展開する。だが、薄い。四人分のバリアを張って尚、あの暗雲に込められた魔力には届かない。
そして、暗雲が一際強く鳴動し、膨大な魔力が解放される!
(間に合えええええええええええっ!!)
俺は、フェイトとなのはの上空に身を投げ出した。
――――――――ズガシャアアアアン!!
「……………………!!」
声も出なかった。出せなかった。そこいらの暴走体なんかとは、桁が違った。体中に火箸を突っ込まれたみたいに、感覚が遠い。そのくせ、痛覚だけは通常の何倍にも鋭敏になっている。
「あ……」
そんな一瞬にして永遠のような地獄の苦痛が、ようやく終わった。目を開けると、何故か視界が赤い。どうやら、眼球内の血管が破裂したらしい。全身も同様に、血が噴出し、焼け焦げている。
「……! ……さん!!」
なのはが、俺を呼んでいる。
なのは、と言おうとして、出てきたのはそんな意味の無い吐息。どうやら、本格的に失神しかけているらしい。
そんなに、焦らなくて大丈夫……どうせ、目が覚めたら、治っているんだから。
――俺は、そういうふうに出来ている……『○○』なんだから。
◆ ◆ ◆ ◆
「秀人さん!」
私の腕の中で、秀人さんが目を閉じた。全身は黒焦げ。血が滲んでいない箇所なんて、一つもない。
「秀人!」
ユーノくんが駆け寄ってきて、すぐに痛み止めの魔法を使う。怪我はいつも通り、見る見るうちに塞がっていく。でも……目の前で傷つく姿なんて見たくもない。
「う……」
よほどのダメージだったのに違いない。意識を失っていても、時折苦痛で顔が歪む。
「高町なのは!」
転移魔法の気配と共に、クロノが駆けてくる。そして、血まみれの秀人さんを見て、息を呑んだ。
「エイミィ! 救護班を用意! 嘱託魔導師が重症だ!」
『了解!』
えっと……
(ユーノくん、話すべきかな?)
秀人さんは、もう殆ど無傷。ダメージが抜けたら、すぐ復帰できる。
(いや、いいよ。話しても混乱するだろうし、秀人は、その……)
――自分の身体のこと、あまり好きじゃないから
私は、無言で頷いた。
「そうだ、フェイトは!?」
周囲をぐるりと見回す、が、姿は見えない。
「あの雷撃が収まってすぐ、アルフが転移魔法で……僕は止めたんだけど」
ユーノくんがうな垂れる。
「フェイト、『おかーさん』って言ってた」
母親からの命令で、ジュエルシードを集めていたフェイト。最初は……というか、今もあまり好きじゃない。でも、ジュエルシード集めに必死だったことは確かだ。
さっきの雷撃が、もしフェイトに直撃していたら……血まみれになっていたのは、フェイトだった。下手をすれば、死んでいた。
そんな攻撃を、明らかにフェイトを巻き込むと分かっていて撃つなんて……!
「許せない……!」
ぎりっと拳を固める。
「なのは、戻ろう」
「……うん」
今は、帰って休もう。
そして、今度こそ……フェイトと友達になるんだ。
◆ ◆ ◆ ◆
「このッ! 役立たずがァッ!!」
――バチイイイィィィンッ!!
「あああああっ!!」
磔にされ、激しく鞭打たれるフェイト。
「あれほどのッ!」
――バチンッ!!
プレシアの振るう鞭が、帯電している。怒気を越え、殺気にも達する剣幕と共に、フェイトの身体を痛めつける。
「あれほどの好機を前にしてェッ!!」
そして、また鞭を振り上げる。
「やめろおぉッ!!」
その鞭を、乱入したアルフが受け止める。狙いを逸れた鞭は、床を抉るに留まった。
「くっ……この、犬畜生が!」
『Barrett』
射撃魔法を行使。だが、それはアルフのシールドに呆気なく弾かれる。プレシアは、自分の身体が予想以上に言うことを聞かない事実に苛立つ。本来の威力であれば、シールドごと貫くはずだった。
「いい加減にしろよ! お前は、フェイトの母親だろ!」
「母親……?」
プレシアは最初、きょとんとした顔を。そして次の瞬間には、嘲笑を浮かべた。
「ははっ、あははははっ……!! 母親! そう、母親!」
愉快な喜劇をみたかのように、心底可笑しそうに笑う。
「何がおかしい……! フェイトを離せ!」
アルフが飛び掛かり、フェイトを拘束するバインドを破壊する。それを、特に阻止することはしなかった。
「くっくっく……ああ、可笑しい」
邪悪な笑みと共に、今度は本気で攻撃魔法を放つ。
『Photon Bullet』
何の変哲も無い、初歩の攻撃魔法。だが単純故に、使用者の力がダイレクトに現れる。大魔導師の称号は、伊達や酔狂で授けられるほど軽くは無い。
――ズバァンッ!!
「あぐっ……!!」
今度こそ、アルフのシールドを粉々に叩き割り、その背中に突き刺さる。
「フェイト……!」
覆いかぶさるように、フェイトの身体をかばうアルフ。その背中に、容赦なく攻撃魔法が叩き込まれる。
『Bullet』
『Bullet』
『Bullet』
『Bullet』
『Bullet』
『Bullet』
執拗に。何度も。いたぶる為だけに威力を落とし、じわじわとアルフの魔力値を削っていく。
シールドを破られては再構成し、また破られては再構成し……苦痛に耐えるアルフの頬に、フェイトが手を添えた。
「駄目だよ、おかーさんは、ボクのために……」
しどろもどろに、希望的観測を口にする。
――ごんっ!
アルフはたまらず、フェイトに頭突きをかます。
「……アルフ?」
半ば呆然と、フェイトは呟く。
「目を覚ませ! あのババァは、フェイトを殺そうとしたんだ!」
フェイトは、目を伏せる。かつてのフェイトであれば、それを聞こうともしなかっただろう。だが、なのはとの出会いは、少しだが……確実に、フェイトの心に変化をもたらしていた。
そう。
『Photon Burst』
本当に自分を愛している母親が……
「消えなさい」
殺傷設定の魔法を娘に躊躇無く放つことなど、ありえないと気付く位には……!
「アルフッ!!」
高速機動魔法を発動し、アルフと共に間一髪の所で射線上から退避する。
アルフは、残り少ない気力を振り絞り、次元転移魔法を発動する。座標をいちいち指定しているヒマは無い。目の前では、プレシアが再び魔力のチャージを行っている。かつて使用した座標をランダムに指定し……
――ギュンッ!
プレシアの魔法が着弾する寸前に、転移に成功した。
「チッ……まぁいい」
忌々しげに舌打ちしたプレシアは、デバイスを待機させる。
「せいぜい、ジュエルシードの撒き餌になればいいわ」
プレシアは、既にフェイトに大した利用価値を見出してはいなかった。
せいぜい、あの白いバリアジャケットの少女と戦わせて、ジュエルシードを一箇所に集中させて……自分の手で奪えばいい。
――ドサッ
「うっ……」
フェイトは、身体を投げ出されたショックで目を覚ました。
「アルフ……? どこ……?」
一緒に脱出したはずのアルフの姿が見えない。まさか、転移途中ではぐれてしまったのか。リンクは、復帰するのを忘れていた。今度こそ本当に、一人きりだった。
「おかーさん……」
疑念は、強まっている。
『目を覚ませ! あのババァは、フェイトを殺そうとしたんだ!』
アルフが言ったとおりだと認める自分もいて。
『○○○○、お誕生日のプレゼントは、何がいい?』
でも、まだ母を信じている自分も居て。
ごちゃごちゃと、頭の中を渦巻く。
「……面倒、くさい」
考えるのは、苦手だ。
フェイトは、まずは現在位置を確認する。四方を壁に覆われているから、恐らくはどこかの庭だろう。民家と、古風な造りの道場があり……
「あれ?」
フェイトにとっては、一度だけ目にした光景だった。
「……ここ、確か」
ガラッ、と縁側の窓が開き……
「……あれ、あんた」
三つ編みの少女……高町美由紀が、顔をのぞかせた。
そして、庭先に横たわるフェイトの、惨い傷を目にした。
「どうしたの、その怪我!」
素足のまま庭に駆け出し、フェイトを抱え上げる。
「お母さん! 恭ちゃん! ちょっと来て!」
そして、フェイトは奇妙な縁により、再び高町家へと身を寄せることとなった。
◆ ◆ ◆ ◆
「アリサちゃん」
ウェーブした黒髪の少女、月村すずかは、隣に座る金髪の少女……アリサ・バニングスに話しかけた。
「何、すずか」
「マルスね、もう歩けるようになったよ」
「……そう」
マルス。あの、大怪我をした子猫。
「……………………」
アリサは、難しい顔をして黙り込む。きっと、考えていることは……
「高町さんのこと?」
「ぅえっ!? ち、違うわよ!」
図星を言い当てられ、慌てふためくアリサ。
「アリサちゃん、本当はもう気付いてるんじゃない?」
アリサは、また下を向いてしまう。
「あの状況じゃあ、確かに高町さんがやったって考えてもおかしくないけど……」
アリサは、流れる窓の外の風景を見ながら、搾り出すように言った。
「アイツは……そんなことするヤツじゃない」
「そうだよね」
すずかは、トレードマークのヘアバンドを外す。
「ね、憶えてる?」
「……わざと聞いてる?」
「うん☆」
実に清々しい笑顔だった。
「…………」
アリサは、げっそりとした顔になる。
「憶えてるわよ」
それは、今から二年前のことだった。
当時のアリサとすずかの関係は、今のように仲の良い友達同士ではなく……いじめっ子と、いじめられっ子だった。
我の強かったアリサと、引っ込み思案だったすずか。相性は、まさに最悪だった。そしてある日、昼休みの屋上で、アリサはすずかのヘアバンドを奪い、いじめていた。
『返して』と追いすがるすずかを面白がり、ヘアバンドを放ったり、高く掲げてみたりと……傍から見れば、ただの子供の悪戯だが、やられる側は堪ったものではない。
そして、とうとうすずかの涙腺が涙でいっぱいになった時……屋上に居合わせていた高町なのはがベンチから腰を上げ……
――ばきっ
アリサの頬を、グーで殴った。
『痛い? ……痛いよね』
そして、尻餅をついたアリサの手からヘアバンドをむしり取る。
『あなたは楽しいのかもしれないけど……やられた子は、今のあなたみたいに、痛い思いをしているんだよ』
諭すように、非難するように言い、すずかにヘアバンドを返して去っていった。
『……っていうか、目の前で胸糞悪い』
『う……』
アリサはようやく、頬の痛みを知覚し……
『うえええええぇぇぇん……!』
号泣した。そもそもがお嬢様育ち。誰かに暴力を振るわれることになど、慣れてはいなかった。おろおろとアリサを泣き止ませるすずかと、泣き続けるアリサ。騒ぎはあっという間に広まり……数日後。高町なのはは、転校していった。
最初は、父親が手を回したのかと思った。だが、聞いてもきょとんとするばかりで、そんなことをした憶えは無いと言い……それどころか、すずかに対して行っていた娘の所業に、大いに怒った。すずかに謝罪するまでは帰ってくるなとアリサを放り出し、門扉を閉めた程だ。そしてその日が、アリサとすずかが友達になった日になるのだが……どこか、胸にしこりを残す日でもあった。
「謝らないと、ね?」
すずかの言葉に、アリサはうん、と頷き……
「ッ、鮫島! 車止めて!」
――キキイィッ!
優秀な運転手は、すぐさま実行する。
「ど、どうしたの!?」
目を白黒させるすずかを余所に、アリサが車から駆け出す。
そして、アリサが見つけたのは、大きな獣だった。
「それ、犬?」
「……多分」
体毛は、茜色。首の周りには獅子のような鬣があり、一見、犬には見えない。その上、額には粒状の宝石が埋まっているのだ。
「とにかく、運ぼう! 怪我してる!」
そして、運転手の鮫島に抱きかかえられた獣は……アルフは、バニングス邸へと運ばれていった。