魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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第十一話

 

フェイトは、経験したことの無い衝撃を受けていた。

「……とも、だち?」

 確かめるように。自分の語彙にありその言葉と、照らし合わせる。

「ボクと、ともだち……?」

 それは、母からの愛だけを求め、がむしゃらに戦ってきたフェイトにとって、最も縁遠い物であるはずだった。

『どうせ、誰もボクを好きになってくれない』

 第一に、諦観があった。

まともに親の愛情を受けられなかったことへの、コンプレックス。

『好きになっても、すぐにボクのことなんて嫌いになる』

第二に、恐怖があった。

中途半端に母がまだ優しかった頃の記憶があるだけに。手のひらを返されることが、怖かった。

……だから、遠ざけた。 

 最初から敵として接すれば、下手な勘違いなどしないで済むと。敵意をぶつけて痛めつければ、最初から最後まで、嫌われたままで終わると。

なのに、フェイトの前に居る少女は……ありったけの敵意をぶつけ、痛めつけ……明確に、『敵』としてフェイトを認識していた少女は、確かに言った。

 

『友達になりたい』、と。

 

「馬鹿じゃ……ないの?」

 心のどこかには、それを喜んでいる自分がいる。

「ボクは、キミのことなんて嫌いだ」

 でも、出てくる言葉は、憎まれ口。

「うん、私もフェイトが嫌い」

 では何故、そんなに穏やかな笑顔で言うのか。

「だったら……友達になんて、なれるわけ無いだろ」

「なれるよ」

 ぎゅっと、握られた手から温もりが伝わってくる。

「本当の言葉ををぶつけあって……正直な気持ちを全部伝えあった私達は……きっと、友達になれる」

 意味が分からない。嫌いなのに、友達?

「フェイト」

 なのはは、フェイトの手を胸元に引き寄せ……もう一度、言った。

「私と、友達になろう」

 そして、優しい笑顔を浮かべる。

その笑顔の、なんと眩しいことか。まるで、光を纏っているように。

そして、その光は確かに……フェイトの心に、届いた。

 

「ボクは……ボクは……」

 

――誰かを好きになっていいの?

 

 ぐらりと、フェイトを縛り付けていた妄念が、揺らいだ。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

――バキンッ!

 憤怒の形相でモニターを見ていたプレシアが、デバイスを力任せに机に叩き付けた。

「お人形の、分際で!」

 真っ二つになった机が、プレシアが解放した魔力の余波で消し飛ぶ。

「お人形は、私の手の中で踊っていればいいのよ!!」

――ヴォン!

プレシアの脳がフル回転し、複雑極まりない数式を描いていく。

 

 次元跳躍魔法。

 

プレシアを大魔導師たらしめる、神域の技法である。

――バチバチバチッ……!

「はあああああぁぁぁ……!」

 魔法陣が、帯電する。行使される術式は、次元跳躍……攻撃魔法。

「ああああっ!!」

 デバイスを、振り下ろす――!

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 状況を見守っていたアースラ……そのモニターが、画面いっぱいに表示する。

 

『EMARGENCY』

 

 それを確認し、原因を探る、それより早く。

 

――ズガガガガァン!!

 

 アースラが、攻撃を受けた。

「きゃあああっ!?」

 船体が、まるで何かに衝突したかのように激しく揺れる。クルーの何人かがシートから放り出され、床を転がった。

「原因は!?」

 シートにふんばり、転倒を回避したリンディが声を張り上げる。

「艦載兵器? それともまさか……質量兵器?」

落ちたメガネを掛けなおした男性クルーは、モニターに表示されたことを読み上げる。

「いえ、極めて強力な、攻撃魔法……え!? 魔法!?」

 そう。ここは、次元航行船をもってして。ようやく立ち入ることが出来る、準虚数空間。装置を解さない純粋な魔法は、発動すら出来ない。なら、なぜ攻撃が通ったのか。

リンディは、あらゆる可能性を思考し、一つの結論を得る。

 

「次元……跳躍魔法」

 

 シン……と、あれだけ喧騒に包まれていたブリッジが、静まり返った。

 それは、誰もが知っている事柄だった。

ミッド唯一の大魔導師にして、大科学者。富と名声を手にし……ある日忽然と姿を消した女性の、代名詞。

「あなただったのね」

 魔力の固有パターンを解析し、データベースと照合。そして、リンディの予想通り、女性の写真が表示される。彼女の名は。

 

「プレシア・テスタロッサ!」

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 何だ、これは……!! 

さっきまで快晴だった空が、暗雲蠢く曇天へと変わっていく。

明らかに自然現象ではない。そして、その暗雲には、途方も無い密度の魔力が込められている!

「ユーノ! アルフ!」

 俺一人では、到底防げない。何より……

「おかーさん……?」

 フェイトが、茫然自失と空を見上げ、動こうとしない。

「なのは! フェイトを!」

「あ……うん!」

『protection !』

桜色のドームが、二人を覆う。そこへ更に、俺と、ユーノと、アルフのバリアを展開する。だが、薄い。四人分のバリアを張って尚、あの暗雲に込められた魔力には届かない。

 そして、暗雲が一際強く鳴動し、膨大な魔力が解放される!

(間に合えええええええええええっ!!)

 俺は、フェイトとなのはの上空に身を投げ出した。

 

――――――――ズガシャアアアアン!!

 

「……………………!!」

 声も出なかった。出せなかった。そこいらの暴走体なんかとは、桁が違った。体中に火箸を突っ込まれたみたいに、感覚が遠い。そのくせ、痛覚だけは通常の何倍にも鋭敏になっている。

「あ……」

 そんな一瞬にして永遠のような地獄の苦痛が、ようやく終わった。目を開けると、何故か視界が赤い。どうやら、眼球内の血管が破裂したらしい。全身も同様に、血が噴出し、焼け焦げている。

「……! ……さん!!」

 なのはが、俺を呼んでいる。

 なのは、と言おうとして、出てきたのはそんな意味の無い吐息。どうやら、本格的に失神しかけているらしい。

 そんなに、焦らなくて大丈夫……どうせ、目が覚めたら、治っているんだから。

 

――俺は、そういうふうに出来ている……『○○』なんだから。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「秀人さん!」

 私の腕の中で、秀人さんが目を閉じた。全身は黒焦げ。血が滲んでいない箇所なんて、一つもない。

「秀人!」

 ユーノくんが駆け寄ってきて、すぐに痛み止めの魔法を使う。怪我はいつも通り、見る見るうちに塞がっていく。でも……目の前で傷つく姿なんて見たくもない。

「う……」

 よほどのダメージだったのに違いない。意識を失っていても、時折苦痛で顔が歪む。

「高町なのは!」

 転移魔法の気配と共に、クロノが駆けてくる。そして、血まみれの秀人さんを見て、息を呑んだ。

「エイミィ! 救護班を用意! 嘱託魔導師が重症だ!」

『了解!』

 えっと……

(ユーノくん、話すべきかな?)

 秀人さんは、もう殆ど無傷。ダメージが抜けたら、すぐ復帰できる。

(いや、いいよ。話しても混乱するだろうし、秀人は、その……)

 

――自分の身体のこと、あまり好きじゃないから

 

 私は、無言で頷いた。

 

「そうだ、フェイトは!?」

 周囲をぐるりと見回す、が、姿は見えない。

「あの雷撃が収まってすぐ、アルフが転移魔法で……僕は止めたんだけど」

 ユーノくんがうな垂れる。

「フェイト、『おかーさん』って言ってた」

 母親からの命令で、ジュエルシードを集めていたフェイト。最初は……というか、今もあまり好きじゃない。でも、ジュエルシード集めに必死だったことは確かだ。

さっきの雷撃が、もしフェイトに直撃していたら……血まみれになっていたのは、フェイトだった。下手をすれば、死んでいた。

そんな攻撃を、明らかにフェイトを巻き込むと分かっていて撃つなんて……!

「許せない……!」

 ぎりっと拳を固める。

「なのは、戻ろう」

「……うん」

 今は、帰って休もう。

 

そして、今度こそ……フェイトと友達になるんだ。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「このッ! 役立たずがァッ!!」

――バチイイイィィィンッ!!

「あああああっ!!」

 磔にされ、激しく鞭打たれるフェイト。

「あれほどのッ!」

――バチンッ!!

 プレシアの振るう鞭が、帯電している。怒気を越え、殺気にも達する剣幕と共に、フェイトの身体を痛めつける。

「あれほどの好機を前にしてェッ!!」

 そして、また鞭を振り上げる。

「やめろおぉッ!!」

 その鞭を、乱入したアルフが受け止める。狙いを逸れた鞭は、床を抉るに留まった。

「くっ……この、犬畜生が!」

『Barrett』

 射撃魔法を行使。だが、それはアルフのシールドに呆気なく弾かれる。プレシアは、自分の身体が予想以上に言うことを聞かない事実に苛立つ。本来の威力であれば、シールドごと貫くはずだった。

「いい加減にしろよ! お前は、フェイトの母親だろ!」

「母親……?」

 プレシアは最初、きょとんとした顔を。そして次の瞬間には、嘲笑を浮かべた。

「ははっ、あははははっ……!! 母親! そう、母親!」

 愉快な喜劇をみたかのように、心底可笑しそうに笑う。

「何がおかしい……! フェイトを離せ!」

 アルフが飛び掛かり、フェイトを拘束するバインドを破壊する。それを、特に阻止することはしなかった。

「くっくっく……ああ、可笑しい」

 邪悪な笑みと共に、今度は本気で攻撃魔法を放つ。

『Photon Bullet』

 何の変哲も無い、初歩の攻撃魔法。だが単純故に、使用者の力がダイレクトに現れる。大魔導師の称号は、伊達や酔狂で授けられるほど軽くは無い。

――ズバァンッ!!

「あぐっ……!!」

 今度こそ、アルフのシールドを粉々に叩き割り、その背中に突き刺さる。

「フェイト……!」

 覆いかぶさるように、フェイトの身体をかばうアルフ。その背中に、容赦なく攻撃魔法が叩き込まれる。

『Bullet』

『Bullet』

『Bullet』

『Bullet』

『Bullet』

『Bullet』

 執拗に。何度も。いたぶる為だけに威力を落とし、じわじわとアルフの魔力値を削っていく。

 シールドを破られては再構成し、また破られては再構成し……苦痛に耐えるアルフの頬に、フェイトが手を添えた。

「駄目だよ、おかーさんは、ボクのために……」

 しどろもどろに、希望的観測を口にする。

――ごんっ!

 アルフはたまらず、フェイトに頭突きをかます。

「……アルフ?」

 半ば呆然と、フェイトは呟く。

「目を覚ませ! あのババァは、フェイトを殺そうとしたんだ!」

 フェイトは、目を伏せる。かつてのフェイトであれば、それを聞こうともしなかっただろう。だが、なのはとの出会いは、少しだが……確実に、フェイトの心に変化をもたらしていた。

そう。

『Photon Burst』

 本当に自分を愛している母親が……

「消えなさい」

 殺傷設定の魔法を娘に躊躇無く放つことなど、ありえないと気付く位には……!

「アルフッ!!」

 高速機動魔法を発動し、アルフと共に間一髪の所で射線上から退避する。

アルフは、残り少ない気力を振り絞り、次元転移魔法を発動する。座標をいちいち指定しているヒマは無い。目の前では、プレシアが再び魔力のチャージを行っている。かつて使用した座標をランダムに指定し……

 

――ギュンッ!

 

 プレシアの魔法が着弾する寸前に、転移に成功した。

 

「チッ……まぁいい」

 忌々しげに舌打ちしたプレシアは、デバイスを待機させる。

「せいぜい、ジュエルシードの撒き餌になればいいわ」

 プレシアは、既にフェイトに大した利用価値を見出してはいなかった。

せいぜい、あの白いバリアジャケットの少女と戦わせて、ジュエルシードを一箇所に集中させて……自分の手で奪えばいい。

 

 

 

――ドサッ

 

「うっ……」

 フェイトは、身体を投げ出されたショックで目を覚ました。

「アルフ……? どこ……?」

 一緒に脱出したはずのアルフの姿が見えない。まさか、転移途中ではぐれてしまったのか。リンクは、復帰するのを忘れていた。今度こそ本当に、一人きりだった。

「おかーさん……」

 疑念は、強まっている。

『目を覚ませ! あのババァは、フェイトを殺そうとしたんだ!』

アルフが言ったとおりだと認める自分もいて。

『○○○○、お誕生日のプレゼントは、何がいい?』

でも、まだ母を信じている自分も居て。

 ごちゃごちゃと、頭の中を渦巻く。

「……面倒、くさい」

 考えるのは、苦手だ。

フェイトは、まずは現在位置を確認する。四方を壁に覆われているから、恐らくはどこかの庭だろう。民家と、古風な造りの道場があり……

「あれ?」

 フェイトにとっては、一度だけ目にした光景だった。

「……ここ、確か」

 ガラッ、と縁側の窓が開き……

「……あれ、あんた」

 三つ編みの少女……高町美由紀が、顔をのぞかせた。

 そして、庭先に横たわるフェイトの、惨い傷を目にした。

「どうしたの、その怪我!」

 素足のまま庭に駆け出し、フェイトを抱え上げる。

「お母さん! 恭ちゃん! ちょっと来て!」

 そして、フェイトは奇妙な縁により、再び高町家へと身を寄せることとなった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「アリサちゃん」

 ウェーブした黒髪の少女、月村すずかは、隣に座る金髪の少女……アリサ・バニングスに話しかけた。

「何、すずか」

「マルスね、もう歩けるようになったよ」

「……そう」

 マルス。あの、大怪我をした子猫。

「……………………」

 アリサは、難しい顔をして黙り込む。きっと、考えていることは……

「高町さんのこと?」

「ぅえっ!? ち、違うわよ!」

 図星を言い当てられ、慌てふためくアリサ。

「アリサちゃん、本当はもう気付いてるんじゃない?」

 アリサは、また下を向いてしまう。

「あの状況じゃあ、確かに高町さんがやったって考えてもおかしくないけど……」

 アリサは、流れる窓の外の風景を見ながら、搾り出すように言った。

「アイツは……そんなことするヤツじゃない」

「そうだよね」

 すずかは、トレードマークのヘアバンドを外す。

「ね、憶えてる?」

「……わざと聞いてる?」

「うん☆」

 実に清々しい笑顔だった。

「…………」

 アリサは、げっそりとした顔になる。

「憶えてるわよ」

 

 それは、今から二年前のことだった。

 当時のアリサとすずかの関係は、今のように仲の良い友達同士ではなく……いじめっ子と、いじめられっ子だった。

 我の強かったアリサと、引っ込み思案だったすずか。相性は、まさに最悪だった。そしてある日、昼休みの屋上で、アリサはすずかのヘアバンドを奪い、いじめていた。

『返して』と追いすがるすずかを面白がり、ヘアバンドを放ったり、高く掲げてみたりと……傍から見れば、ただの子供の悪戯だが、やられる側は堪ったものではない。

 そして、とうとうすずかの涙腺が涙でいっぱいになった時……屋上に居合わせていた高町なのはがベンチから腰を上げ……

 

――ばきっ

 

アリサの頬を、グーで殴った。

『痛い? ……痛いよね』

 そして、尻餅をついたアリサの手からヘアバンドをむしり取る。

『あなたは楽しいのかもしれないけど……やられた子は、今のあなたみたいに、痛い思いをしているんだよ』

 諭すように、非難するように言い、すずかにヘアバンドを返して去っていった。

『……っていうか、目の前で胸糞悪い』

『う……』

 アリサはようやく、頬の痛みを知覚し……

『うえええええぇぇぇん……!』

 号泣した。そもそもがお嬢様育ち。誰かに暴力を振るわれることになど、慣れてはいなかった。おろおろとアリサを泣き止ませるすずかと、泣き続けるアリサ。騒ぎはあっという間に広まり……数日後。高町なのはは、転校していった。

最初は、父親が手を回したのかと思った。だが、聞いてもきょとんとするばかりで、そんなことをした憶えは無いと言い……それどころか、すずかに対して行っていた娘の所業に、大いに怒った。すずかに謝罪するまでは帰ってくるなとアリサを放り出し、門扉を閉めた程だ。そしてその日が、アリサとすずかが友達になった日になるのだが……どこか、胸にしこりを残す日でもあった。

 

「謝らないと、ね?」

 すずかの言葉に、アリサはうん、と頷き……

「ッ、鮫島! 車止めて!」

 

――キキイィッ!

 

 優秀な運転手は、すぐさま実行する。

「ど、どうしたの!?」

 目を白黒させるすずかを余所に、アリサが車から駆け出す。

 そして、アリサが見つけたのは、大きな獣だった。

「それ、犬?」

「……多分」

 体毛は、茜色。首の周りには獅子のような鬣があり、一見、犬には見えない。その上、額には粒状の宝石が埋まっているのだ。

 

「とにかく、運ぼう! 怪我してる!」

 そして、運転手の鮫島に抱きかかえられた獣は……アルフは、バニングス邸へと運ばれていった。

 

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