魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
「…………………………こんばんは、石田先生」
どこか気まずそうに、バイクのシートに腰掛ける秀人。
「………………」
探していたものの……いざ目の前に現れてしまうと、言葉に詰まってしまう。
「……あ、の」
「………………」
秀人の表情は、硬い。
それもそうだろう。あれだけ、手ひどく拒絶されたのだ。綺麗さっぱり忘れるような器用な真似、できるはずも無い。
「……………………ぶぇっくし!」
……緊張感をぶち壊すように、秀人がクシャミをした。
「……………………寒い」
良く見れば、ガタガタと小刻みに震えていて、唇は青紫色だった。
「ちょっ……! 今真冬よ!? 何でバイクなの!?」
気まずさを忘れ、慌てて駆け寄ってくる。
「あ、いえ………………その……先生のこと、待ってたんで」
「…………ここじゃ、寒いでしょう」
そして、石田は秀人を伴って病院に戻る。
当直室らしき部屋に入って、ストーブの前に陣取り……ようやく秀人は一息ついた。
「はぁ~~…………!! さ、寒かったぁ……!」
「……風邪をひいたらどうするつもりだったの」
呆れたような石田の言葉。
「ひきませんよ。そういう身体です」
だが秀人は、振り返らずそう言った。
「…………」
「別に、『怖がるな』とか『忘れろ』とか、そういう話をしに来たわけじゃありませんから」
そして、もう一つのケーキの箱を取り出す。
「土産です」
受け取り、箱を開ける石田。
「あ……ミルクレープ?」
ミルクレープが三つ。その頬が綻ぶのを、秀人は見逃さなかった。
「先生、好きでしたよね」
「…………憶えててくれたの?」
びっくりしたように、石田が目を剥く。
好物の話をしたのは、秀人が入院していたころ…………もうかなり前だというのに。
「……まぁ、単に残り物買ってきただけですけどね」
どう見ても照れ隠しで、そんなことを言う。
「それにしても、三つも…………」
和やかな空気が流れる。だが……
「……ん?」
秀人が、妙な魔力の気配を感じて、訝しんだのと同時……
――バタンッ!!
唐突に、ドアが開き……数名の看護師が、駆け込んできた。
「いいい、石田先生! 柳瀬さんが……美香ちゃんが!」
明らかに焦っている。
「落ち着いてください。どうしたんですか?」
「ま、窓から飛び降りて!」
「何ですって!?」
石田も、椅子を蹴立てて飛び起きた。
「でも、下には何も……もしかしたら、外壁のどこかに引っかかってるのかも……!」
「!! 警察、消防にも電話して!」
秀人を残し、廊下に飛び出して行く。
「…………美香って、」
一応、面識がある。確か、はやてが妙に可愛がっていた少女だ。
「…………」
秀人は、にわかに慌しくなる病院を抜け出した。
「さっきの魔力反応、もしかして」
目を瞑り、広域に簡易サーチを発動する。
するとやはり、飛行魔法の形跡と、今まさに移動する魔力反応があった。
『秀人くん、今いいかな?』
秀人に、アースラからエイミィの通信が届く。
『なんか、秀人くんのすぐ近くで、登録の無いパターンの魔力反応があって』
登録が無い。するとやはり、美香で間違いは無いだろう。
『速度そのものは遅いんだけど、海鳴第二小学校に一直線に向かってて……』
はやてのいる場所だった。
「ああ、知ってる子だから大丈夫。一応、誘導と、現地の工作頼めるか?」
『了解。すぐにスタッフを向かわせるよ』
警察や消防への電話を遮断し、代わりに、局員がそれに偽装し、事実の隠蔽を行う。健太のときにも、やった手段だった。
――ヴンッ!!
秀人は、飛行魔法を発動し、飛び立った。
飛び始めて間も無く、先行する頼りない紫色の魔力光が見えてきた。
「うーん……うーん……!!」
――バッサバッサバッサ……
四苦八苦しながら、翼のようなものを羽ばたかせている。
モーションばかりが大きく、ロクに進めていないが。
「おいこら、止まれ」
すっと追い越し、横合いから手を伸ばし、止める。
「わっ、わっ、わっ……!!」
驚いた美香は、ヘナヘナと失速し、あわや墜落しそうになった。
――ブゥウン……
翼が変形し、二つの魔力スフィアになった。
滞空では、この形態になるらしい。
「な、なんですか、もう! じゃましないで下さい!」
若干ウェーブのかかった髪を夜風に揺らし、美香が秀人を睨みつける。
「無茶すんなよ。あのまま飛んでても、すぐ墜ちてたぞ」
美香から感じる魔力は、それこそ、なのはに匹敵……むしろ、下手をすれば凌駕するほどの大きさだが、なにせ制御が出来ていない。
「ほっといてください……!」
ではなぜ、美香をここまで駆り立てるのだろうか。
「姐さんを、たすけに行くんです!」
……やはり、思ったとおりだった。
「…………」
無理だ、とは否定せず、とりあえず最後までは喋らせる。
「昨日、姐さんの魔力がいきなりふくれあがって……あれは、どう考えても普通じゃないです」
「気付いてたのか……すごいな」
感心する秀人。だが、それを馬鹿にされたと感じたのか、美香がまた憤る。
「とにかく、どいてください!」
「できない。一応、俺も管理局員の端くれだし……石田先生にも、迷惑が掛かる」
「う……」
見られたことを気付いていたのか、僅かに躊躇する。
「第一、 満足に飛ぶこともできないお前が、行ってどうするっていうんだ?」
「それは、……それは、」
追い討ちのような秀人の言葉に、諦めかける。だが。
「……でも、姐さんが、苦しんでいるんです!」
「……なに?」
「確かに、聞こえたんです。『助けて』って、言ってるのが!」
「……何だって?」
抽象的な意味ではなく……本当に、聞こえたのだろうか。
――だとしたら。
「……美香、さっきのは訂正だ」
「ひぇっ……!?」
美香の肩を摑み、ぐいっと引き寄せる。
「お前の力が必要だ。協力してくれ」
はやての声が聞けるなら……美香は、救出作戦の鍵になる。
美香は、少しだけ逡巡し……こくん、と頷いた。
(なんか、よくわかんないけど…………姐さんのためだもん)
「よし、そうと決まったら……戻るぞ」
今頃、石田も気が気でないはずだ。
「…………わかりました」
渋々、美香はUターンした。
「んっ、んっ……!」
――ばっさばっさばっさ
……やはり、遅いが。
「…………なのはとか、はやても、そうなんだけど」
「は、はい……?」
「フィーリングで魔法を使うタイプは、人に教えるのが苦手なんだよな。リーゼには習わなかったのか?」
「リーゼには防御と、結界までしか、教わっていません…………ひー、ひー……」
まだ、教習途中だった。
「下を見るな。進みたい方向を見て、歩くようなイメージで魔力を動かしてみろ」
「……?」
言われたとおりに、前を見て…………久しく忘れていた、『歩く』イメージを思い浮かべる。
――ヒュウゥッ……!!
「あ……?」
本人が驚くほど、飛行がスムーズになった。
「な? うまくいったろ?」
快活に笑う秀人。
その笑顔と、ある人物のイメージがピタリと重なった。
(この人が、『アホ』のひと……)
少々、美香が秀人に伝え損なっていたことがある。
(姐さんが、いつも話してたひと)
いや、意図的に隠していた、というべきか。
(…………なんか、妬いちゃうかも)
美香が聞いた、はやての声。それは、完全には…………
(――『助けて、秀人』……だもんなぁ)
…………戻ってきた美香を出迎えたのは、看護師・医師総出でのお説教だった。
「なんか忙しそうだから帰ろうと思って、そうしたら裏庭でうずくまってるの見つけました。腰抜かしてたそうです」
…………原文そのままである。
というか、よく納得したものだ。
一通りお説教を終えた看護師たちは、ぞろぞろと所定の持ち場へと戻っていった。
後日、親族にも連絡するそうである。
残ったのは、秀人と、美香と、石田。
「……そういえば美香ちゃんも、あの力があったわね」
運動会の日、石田や他の児童たちが避難した体育館に防壁を張っていたのは、美香だった。
「…………じゃあ、はやてちゃんも?」
「…………はい」
秀人は、美香に説明する意味も含めて、話す事にした。
「あいつは、この力を利用されて……今、非常に危険な状態です」
「……!」
息を呑む石田。
「でも、あと少しで、救出作戦が始まります」
「秀人くんも、それに……?」
「はい」
「あの……先生」
そこで、美香が挙手した。
「私も、さんかするんです」
「なっ……!?」
コレには、さすがの石田も難色を示した。
「駄目よ、そんなの! 美香ちゃんはもちろん……秀人くんだって! 二人とも、まだ子供なのよ!?」
石田の言うことも、至極最もだ。
「…………美香は、前線には立ちません。あくまで安全地帯から、後方支援をしてもらうだけです」
はやてのラインを利用し、あの闇のどこかにいる、はやての正確な位置を捕捉する。それが、美香の役割だ。アースラの機器を利用すれば、言った通り、安全地帯からでも可能なはず。
秀人とて、なのはよりも年下の少女を、戦場に駆り立てるような真似はしない。
だが、石田は……
「そういう問題じゃない! 何で、そんな命の危険があるようなことを、子供のあなた達がする必要があるの!?」
美香が、何かを言おうとして……
「――大人が、助けてくれないからだろうがッ!!」
……苛立ちのままに。怒りのままに。言葉の刃を、叩き付けた。
「――――!!」
ショックを受け、一瞬にして黙り込む。
「…………、あ」
秀人は、今の言葉を後悔し……しかし、訂正することが、出来なかった。
うつむき、目を逸らし……事務連絡のように、言った。
「…………最後の判断は、美香に任せます。美香、」
「……」
美香は、重い雰囲気に耐えかねたのか、いっぱいいっぱいの様子だった。
秀人は精一杯、優しい口調で、諭すように言った。
「……答えは、明日の昼にでもくれればいい。それまで、ちゃんと考えておいてくれ。誓って言うが、誰も強制なんてしないから」
「………………わかりました。先生も、おやすみなさい」
そして、病室に戻っていった。
「先生」
力なく椅子に座る石田に、秀人が話す。
「時間が経っても、変わらないものはあります。それは、本当です」
かつて、石田が言ったことだ。
それは、かつて石田と秀人が過ごした、穏やかな時間のことであったり、石田の、秀人を案ずる情愛であったり…………それらは、変わることは無いだろう。だが。
「でも……変わってしまうものの方が多いのも、本当なんです」
ビクッ、と、石田の肩が震えた。
「今更、変えられないんです」
たとえ、大切な家族に何度泣かれようと、怒られようと。
正論で諭されようと。感情で詰め寄られようと。
――真っ先に、『命』というカードを切ってしまう暴挙は、止められない。
「……………………だから、ごめんなさい」
秀人が、弱弱しい口調で……………………かつて、母親に何度となく伝えたように、意味の無い謝罪をした。
「ごめんなさい、先生」
今一度、謝罪し……ふっと、椅子から腰を浮かせる。
「秀人くん、私は……私は……!」
ふっと、石田が顔を上げる。一瞬だけ、目が合い………………
「さようなら」
…………離れた。
「…………」
カツカツと、病院の廊下を進む秀人。その足取りに、迷いは無い。しかし……
「…………仲直り、出来なかったな」
寂しそうに、呟いた。
『秀人くん』
……エイミィが、見かねたように声を掛ける。
まだ、通信は切れていなかったらしい。
「……盗み聞きか? 趣味悪いぞ」
『ごめん。でも、あのね…………』
「わかってるよ」
何かを言おうとしたエイミィを、秀人は遮った。
「全部の大人が、助けてくれないわけじゃない。エイミィも、リンディさんも、レジアスのオッサンも……いい大人だって、たくさんいる」
そこまで、秀人も馬鹿ではない。だが……
「でも、最後に届くのは、きっと………………同じ高さの、子供の手なんだ」
◆ ◆ ◆ ◆
地球支部を尋ねてきたアイ。マイペースに白衣を揺らし、秀人に買ってもらったスニーカーを鳴らし、廊下を歩く。
その傍を、局員たちが慌しく駆けていく。
「……」
珍しく、アイの表情は硬い。
「マリエル」
そして、マリエルのラボへ。
「んー……」
かちゃかちゃと、ひっきりなしにコンソールを叩きながら、それを出迎えるマリエル。
「マスターのぼけなす、右手のアレを人にあげちゃったの」
……アイを十全に機能させるに当たって、あの魔力結晶は必要不可欠なものだった。
「代わりになるプログラムかブツ、なんか寄越すの」
「…………」
マリエルは、コンソールをポンッ、と叩き……排出された記録媒体を、アイに手渡した。
「ほらよ、持っていきな」
「…………驚きなの」
見透かしていたようなタイミングに、アイが驚く。
その記録媒体をロードし…………愕然とする。
「マリエル…………何なの、コレは!?」
憤り、マリエルの肩を摑んで真正面を向かせる。
「答えるの! どういうつもりなの!? こんな、解決にもならないようなモノ……!」
だがマリエルは、淡々と答える。
「魔力強化・限界突破………………ブラスターシステムだ」
淡々と、事実を述べる。
「それを使えば、最低でも240パーセントの出力向上が見込める。…………代償に、術者の生命を削るがな。なぁに、それだけの強化にしてみれば、安い代しょ……」
――パンッ!!
記録媒体が、マリエルの顔に叩きつけられた。
「使わないの…………!」
ぎゅっと拳を握り締める。
「こんなもの、絶対に使わないの! 使わせないの! アイが隠匿すれば、マスターはコレの存在を知らないで済むの……!」
「無理だよ。だって………………」
記録媒体を持ち上げ、椅子に身を投げ出す。そして……
「これは……秀人に頼まれて、作ったものなんだから」
……と、アイにとっては衝撃の事実を、言った。
「…………マス、ター……」
アイは、へたりこんだ。
「……マスター……どうして……どうして…………」
「……仕方ない、じゃないか」
マリエルも、力なく項垂れている。
「これから相手にするのは、人外の……それこそ、伝説級のバケモノだ。常識の範囲内の、生半可な武装や理屈じゃ、抗うことはできないんだ」
非常識には、非常識。
――化け物には、バケモノを。
「…………」
「だったら…………だったら、さぁ……!」
その声が、湿る。
「アイツを信じて……言うとおりにしてやるしか、無いじゃないかよォ……!」
滂沱と、涙を流した。
「くそぉ……何でだよ……何でワタシは、こんなもんしか作れなかったんだよ……!!」
…………マリエル自身も、冷静な部分で驚いていた。
まさか、自分が他人のために、こうも泣ける人間だったとは……全くの、予想外だった。
アイも、かける言葉が見つからず、立ち尽くすしかなかった。
『……そんなに、自分を責めるものではないわ』
……二人しかいない部屋に、声が響いた。
顔を上げたアイが見たのは、奇妙なウインドウと……そこに映る、黒髪の女性。
「………………プレシア?」
――プレシア・テスタロッサだった。