魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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A's編 第八十六話

 

「…………………………こんばんは、石田先生」

 どこか気まずそうに、バイクのシートに腰掛ける秀人。

「………………」

 探していたものの……いざ目の前に現れてしまうと、言葉に詰まってしまう。

「……あ、の」

「………………」

 秀人の表情は、硬い。

 それもそうだろう。あれだけ、手ひどく拒絶されたのだ。綺麗さっぱり忘れるような器用な真似、できるはずも無い。

「……………………ぶぇっくし!」

 ……緊張感をぶち壊すように、秀人がクシャミをした。

「……………………寒い」

 良く見れば、ガタガタと小刻みに震えていて、唇は青紫色だった。

「ちょっ……! 今真冬よ!? 何でバイクなの!?」

 気まずさを忘れ、慌てて駆け寄ってくる。

「あ、いえ………………その……先生のこと、待ってたんで」

「…………ここじゃ、寒いでしょう」

 そして、石田は秀人を伴って病院に戻る。

 当直室らしき部屋に入って、ストーブの前に陣取り……ようやく秀人は一息ついた。

「はぁ~~…………!! さ、寒かったぁ……!」

「……風邪をひいたらどうするつもりだったの」

 呆れたような石田の言葉。

 

「ひきませんよ。そういう身体です」

 

 だが秀人は、振り返らずそう言った。

「…………」

「別に、『怖がるな』とか『忘れろ』とか、そういう話をしに来たわけじゃありませんから」

 そして、もう一つのケーキの箱を取り出す。

「土産です」

 受け取り、箱を開ける石田。

「あ……ミルクレープ?」

 ミルクレープが三つ。その頬が綻ぶのを、秀人は見逃さなかった。

「先生、好きでしたよね」

「…………憶えててくれたの?」

 びっくりしたように、石田が目を剥く。

 好物の話をしたのは、秀人が入院していたころ…………もうかなり前だというのに。

「……まぁ、単に残り物買ってきただけですけどね」

 どう見ても照れ隠しで、そんなことを言う。

「それにしても、三つも…………」

 和やかな空気が流れる。だが……

「……ん?」

 秀人が、妙な魔力の気配を感じて、訝しんだのと同時……

 

――バタンッ!!

 

 唐突に、ドアが開き……数名の看護師が、駆け込んできた。

「いいい、石田先生! 柳瀬さんが……美香ちゃんが!」

 明らかに焦っている。

「落ち着いてください。どうしたんですか?」

「ま、窓から飛び降りて!」

「何ですって!?」

 石田も、椅子を蹴立てて飛び起きた。

「でも、下には何も……もしかしたら、外壁のどこかに引っかかってるのかも……!」

「!! 警察、消防にも電話して!」

 秀人を残し、廊下に飛び出して行く。

「…………美香って、」

 一応、面識がある。確か、はやてが妙に可愛がっていた少女だ。

「…………」

 秀人は、にわかに慌しくなる病院を抜け出した。

「さっきの魔力反応、もしかして」

 目を瞑り、広域に簡易サーチを発動する。

 するとやはり、飛行魔法の形跡と、今まさに移動する魔力反応があった。

『秀人くん、今いいかな?』

 秀人に、アースラからエイミィの通信が届く。

『なんか、秀人くんのすぐ近くで、登録の無いパターンの魔力反応があって』

 登録が無い。するとやはり、美香で間違いは無いだろう。

『速度そのものは遅いんだけど、海鳴第二小学校に一直線に向かってて……』

 はやてのいる場所だった。

「ああ、知ってる子だから大丈夫。一応、誘導と、現地の工作頼めるか?」

『了解。すぐにスタッフを向かわせるよ』

 警察や消防への電話を遮断し、代わりに、局員がそれに偽装し、事実の隠蔽を行う。健太のときにも、やった手段だった。

 

――ヴンッ!!

 

 秀人は、飛行魔法を発動し、飛び立った。

 飛び始めて間も無く、先行する頼りない紫色の魔力光が見えてきた。

「うーん……うーん……!!」

 

――バッサバッサバッサ……

 

 四苦八苦しながら、翼のようなものを羽ばたかせている。

 モーションばかりが大きく、ロクに進めていないが。

「おいこら、止まれ」

 すっと追い越し、横合いから手を伸ばし、止める。

「わっ、わっ、わっ……!!」

 驚いた美香は、ヘナヘナと失速し、あわや墜落しそうになった。

 

――ブゥウン……

 

 翼が変形し、二つの魔力スフィアになった。

 滞空では、この形態になるらしい。

「な、なんですか、もう! じゃましないで下さい!」

 若干ウェーブのかかった髪を夜風に揺らし、美香が秀人を睨みつける。

「無茶すんなよ。あのまま飛んでても、すぐ墜ちてたぞ」

 美香から感じる魔力は、それこそ、なのはに匹敵……むしろ、下手をすれば凌駕するほどの大きさだが、なにせ制御が出来ていない。

「ほっといてください……!」

 ではなぜ、美香をここまで駆り立てるのだろうか。

 

「姐さんを、たすけに行くんです!」

 

……やはり、思ったとおりだった。

「…………」

 無理だ、とは否定せず、とりあえず最後までは喋らせる。

「昨日、姐さんの魔力がいきなりふくれあがって……あれは、どう考えても普通じゃないです」

「気付いてたのか……すごいな」

 感心する秀人。だが、それを馬鹿にされたと感じたのか、美香がまた憤る。

「とにかく、どいてください!」

「できない。一応、俺も管理局員の端くれだし……石田先生にも、迷惑が掛かる」

「う……」

 見られたことを気付いていたのか、僅かに躊躇する。

「第一、 満足に飛ぶこともできないお前が、行ってどうするっていうんだ?」

「それは、……それは、」

追い討ちのような秀人の言葉に、諦めかける。だが。

「……でも、姐さんが、苦しんでいるんです!」

「……なに?」

「確かに、聞こえたんです。『助けて』って、言ってるのが!」

「……何だって?」

 抽象的な意味ではなく……本当に、聞こえたのだろうか。

 

――だとしたら。

 

「……美香、さっきのは訂正だ」

「ひぇっ……!?」

 美香の肩を摑み、ぐいっと引き寄せる。

「お前の力が必要だ。協力してくれ」

 はやての声が聞けるなら……美香は、救出作戦の鍵になる。

 美香は、少しだけ逡巡し……こくん、と頷いた。

(なんか、よくわかんないけど…………姐さんのためだもん)

「よし、そうと決まったら……戻るぞ」

 今頃、石田も気が気でないはずだ。

「…………わかりました」

 渋々、美香はUターンした。

「んっ、んっ……!」

 

――ばっさばっさばっさ

 

 ……やはり、遅いが。

「…………なのはとか、はやても、そうなんだけど」

「は、はい……?」

「フィーリングで魔法を使うタイプは、人に教えるのが苦手なんだよな。リーゼには習わなかったのか?」

「リーゼには防御と、結界までしか、教わっていません…………ひー、ひー……」

 まだ、教習途中だった。

「下を見るな。進みたい方向を見て、歩くようなイメージで魔力を動かしてみろ」

「……?」

 言われたとおりに、前を見て…………久しく忘れていた、『歩く』イメージを思い浮かべる。

 

――ヒュウゥッ……!!

 

「あ……?」

 本人が驚くほど、飛行がスムーズになった。

「な? うまくいったろ?」

 快活に笑う秀人。

 その笑顔と、ある人物のイメージがピタリと重なった。

(この人が、『アホ』のひと……)

 少々、美香が秀人に伝え損なっていたことがある。

(姐さんが、いつも話してたひと)

 いや、意図的に隠していた、というべきか。

(…………なんか、妬いちゃうかも)

 美香が聞いた、はやての声。それは、完全には…………

 

(――『助けて、秀人』……だもんなぁ)

 

 

 

 …………戻ってきた美香を出迎えたのは、看護師・医師総出でのお説教だった。

「なんか忙しそうだから帰ろうと思って、そうしたら裏庭でうずくまってるの見つけました。腰抜かしてたそうです」

 …………原文そのままである。

 というか、よく納得したものだ。

 一通りお説教を終えた看護師たちは、ぞろぞろと所定の持ち場へと戻っていった。

 後日、親族にも連絡するそうである。

 

 残ったのは、秀人と、美香と、石田。

「……そういえば美香ちゃんも、あの力があったわね」

 運動会の日、石田や他の児童たちが避難した体育館に防壁を張っていたのは、美香だった。

「…………じゃあ、はやてちゃんも?」

「…………はい」

 秀人は、美香に説明する意味も含めて、話す事にした。

「あいつは、この力を利用されて……今、非常に危険な状態です」

「……!」

 息を呑む石田。

「でも、あと少しで、救出作戦が始まります」

「秀人くんも、それに……?」

「はい」

「あの……先生」

 そこで、美香が挙手した。

「私も、さんかするんです」

「なっ……!?」

 コレには、さすがの石田も難色を示した。

「駄目よ、そんなの! 美香ちゃんはもちろん……秀人くんだって! 二人とも、まだ子供なのよ!?」

 石田の言うことも、至極最もだ。

「…………美香は、前線には立ちません。あくまで安全地帯から、後方支援をしてもらうだけです」

 はやてのラインを利用し、あの闇のどこかにいる、はやての正確な位置を捕捉する。それが、美香の役割だ。アースラの機器を利用すれば、言った通り、安全地帯からでも可能なはず。

 秀人とて、なのはよりも年下の少女を、戦場に駆り立てるような真似はしない。

 だが、石田は……

「そういう問題じゃない! 何で、そんな命の危険があるようなことを、子供のあなた達がする必要があるの!?」

 美香が、何かを言おうとして……

 

「――大人が、助けてくれないからだろうがッ!!」

 

 ……苛立ちのままに。怒りのままに。言葉の刃を、叩き付けた。

「――――!!」

 ショックを受け、一瞬にして黙り込む。

「…………、あ」

 秀人は、今の言葉を後悔し……しかし、訂正することが、出来なかった。

 うつむき、目を逸らし……事務連絡のように、言った。

「…………最後の判断は、美香に任せます。美香、」

「……」

 美香は、重い雰囲気に耐えかねたのか、いっぱいいっぱいの様子だった。

 秀人は精一杯、優しい口調で、諭すように言った。

「……答えは、明日の昼にでもくれればいい。それまで、ちゃんと考えておいてくれ。誓って言うが、誰も強制なんてしないから」

「………………わかりました。先生も、おやすみなさい」

 そして、病室に戻っていった。

「先生」

 力なく椅子に座る石田に、秀人が話す。

「時間が経っても、変わらないものはあります。それは、本当です」

 かつて、石田が言ったことだ。

 それは、かつて石田と秀人が過ごした、穏やかな時間のことであったり、石田の、秀人を案ずる情愛であったり…………それらは、変わることは無いだろう。だが。

 

「でも……変わってしまうものの方が多いのも、本当なんです」

 

 ビクッ、と、石田の肩が震えた。

「今更、変えられないんです」

 たとえ、大切な家族に何度泣かれようと、怒られようと。

 正論で諭されようと。感情で詰め寄られようと。

 

――真っ先に、『命』というカードを切ってしまう暴挙は、止められない。

 

「……………………だから、ごめんなさい」

 秀人が、弱弱しい口調で……………………かつて、母親に何度となく伝えたように、意味の無い謝罪をした。

「ごめんなさい、先生」

 今一度、謝罪し……ふっと、椅子から腰を浮かせる。

「秀人くん、私は……私は……!」

 ふっと、石田が顔を上げる。一瞬だけ、目が合い………………

 

「さようなら」

 

 …………離れた。

 

「…………」

 カツカツと、病院の廊下を進む秀人。その足取りに、迷いは無い。しかし……

「…………仲直り、出来なかったな」

 寂しそうに、呟いた。

『秀人くん』

 ……エイミィが、見かねたように声を掛ける。

 まだ、通信は切れていなかったらしい。

「……盗み聞きか? 趣味悪いぞ」

『ごめん。でも、あのね…………』

「わかってるよ」

 何かを言おうとしたエイミィを、秀人は遮った。

「全部の大人が、助けてくれないわけじゃない。エイミィも、リンディさんも、レジアスのオッサンも……いい大人だって、たくさんいる」

 そこまで、秀人も馬鹿ではない。だが……

 

「でも、最後に届くのは、きっと………………同じ高さの、子供の手なんだ」

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 地球支部を尋ねてきたアイ。マイペースに白衣を揺らし、秀人に買ってもらったスニーカーを鳴らし、廊下を歩く。

 その傍を、局員たちが慌しく駆けていく。

「……」

 珍しく、アイの表情は硬い。

「マリエル」

 そして、マリエルのラボへ。

「んー……」

 かちゃかちゃと、ひっきりなしにコンソールを叩きながら、それを出迎えるマリエル。

「マスターのぼけなす、右手のアレを人にあげちゃったの」

 ……アイを十全に機能させるに当たって、あの魔力結晶は必要不可欠なものだった。

「代わりになるプログラムかブツ、なんか寄越すの」

「…………」

 マリエルは、コンソールをポンッ、と叩き……排出された記録媒体を、アイに手渡した。

「ほらよ、持っていきな」

「…………驚きなの」

 見透かしていたようなタイミングに、アイが驚く。

 その記録媒体をロードし…………愕然とする。

「マリエル…………何なの、コレは!?」

 憤り、マリエルの肩を摑んで真正面を向かせる。

「答えるの! どういうつもりなの!? こんな、解決にもならないようなモノ……!」

 だがマリエルは、淡々と答える。

 

「魔力強化・限界突破………………ブラスターシステムだ」

 淡々と、事実を述べる。

「それを使えば、最低でも240パーセントの出力向上が見込める。…………代償に、術者の生命を削るがな。なぁに、それだけの強化にしてみれば、安い代しょ……」

 

――パンッ!!

 

 記録媒体が、マリエルの顔に叩きつけられた。

「使わないの…………!」

 ぎゅっと拳を握り締める。

「こんなもの、絶対に使わないの! 使わせないの! アイが隠匿すれば、マスターはコレの存在を知らないで済むの……!」

「無理だよ。だって………………」

 記録媒体を持ち上げ、椅子に身を投げ出す。そして……

 

「これは……秀人に頼まれて、作ったものなんだから」

 

 ……と、アイにとっては衝撃の事実を、言った。

「…………マス、ター……」

 アイは、へたりこんだ。

「……マスター……どうして……どうして…………」

「……仕方ない、じゃないか」

 マリエルも、力なく項垂れている。

「これから相手にするのは、人外の……それこそ、伝説級のバケモノだ。常識の範囲内の、生半可な武装や理屈じゃ、抗うことはできないんだ」

 非常識には、非常識。

 

――化け物には、バケモノを。

 

「…………」

「だったら…………だったら、さぁ……!」

 その声が、湿る。

「アイツを信じて……言うとおりにしてやるしか、無いじゃないかよォ……!」

 滂沱と、涙を流した。

 

「くそぉ……何でだよ……何でワタシは、こんなもんしか作れなかったんだよ……!!」

 

 …………マリエル自身も、冷静な部分で驚いていた。

 まさか、自分が他人のために、こうも泣ける人間だったとは……全くの、予想外だった。

 アイも、かける言葉が見つからず、立ち尽くすしかなかった。

 

『……そんなに、自分を責めるものではないわ』

 

 ……二人しかいない部屋に、声が響いた。

 顔を上げたアイが見たのは、奇妙なウインドウと……そこに映る、黒髪の女性。

「………………プレシア?」

 

――プレシア・テスタロッサだった。

 

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