魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
「……プレシア」
鼻をすすり、マリエルがモニターを見上げる。
『……あなたは、よくやったわ。足りない時間で、闇の書への対策と、秀人の依頼……その両方に、応えて見せたじゃないの』
「でもォ…………」
ぐしぐしと目元を擦る。
「散々、天才だとか自称しておいて……結局、出来上がったのはあんな自爆装置で……」
完全に自信を喪失してしまったのか、汚い床にペタンと座り込んでしまった。
「……まるで、『死んで来い』って言ってるようなものじゃないか…………」
「…………」
アイは、泣かせてしまった気まずさから沈黙する。
『ほら、まだアイに見せてない成果物があるでしょう? あれも出して御覧なさい』
プレシアが、見かねたように話の続きを促した。
「あ――ああ、そうだな。そうだったな……」
そして、ゴミの山をワサワサと掻き分け…………長細い容器を、ずるずると引きずりながら戻ってきた。
「……」
今度は不用意に使用せず……恐る恐る、その箱に触れる。合金製の、頑丈な容器だ。
留め金を解き、開封する。
――ゴロンッ。
そして、転がりだしてきたのは、直径15センチほどの球体だった。
「………………鉄球?」
随分と重量があるらしく、片手では持つのも一苦労。
「秀人から聞いたんだけどさ……あいつ、圧縮してエネルギーを取り出すのに、そこらへんの石ころとかでやってたらしいんだ」
依頼するにあたって、マリエルには秘蔵の切り札のことを話したらしい。
「でも、もちろんそれらは均一な形状をしていないし、エネルギーを取り出すにもロスが生じる」
時間が掛かる。それが、秀人が軽々しく戦闘で使用しなかった理由だった。
圧縮を使うのは、魔力が本当にエンプティに近づいた時のみ。そうでなければ、その時間で魔力を放出した方が早いからだ。
だが、この金属球は…………
『私が開発した、艦船の動力炉にも転用可能な魔導合金よ。質量は、黄金を軽く上回るわ』
「それを、ワタシが限りなく真球に近い形に仕上げた」
これならば、ほぼロス無く圧縮することができる。
「アイ。先の戦闘では、どこまで使った?」
「……第一形態までなの」
右半身を重点的に武装した、第一形態。
だがあれは、右手の魔力結晶を失ったことで、使用不可能になってしまった。
『アイ。確認するけれど……秀人はこの戦いで、どこまで使うと予想している?』
「……多分、次は第二……いや、第三までは間違いなく解放するの」
段階ごとに力を増していく、イモータルハート。
「……運用は、理論的には可能だろうな。一番の問題だったエネルギーは、解決の目処がついた」
だが、力を増すのに比例して、求められるエネルギーもまた、莫大になっていく。
有り得ない仮定だが、もし、秀人以外がイモータルハートを使用したら、起動の段階で魔力・生命力を枯渇させ、死亡してしまうだろう。
「第二なら、その球ひとつにつき、カウントは20秒。第三なら、その半分だ」
「……合計、100秒以下」
アイが、難しい顔をする。
いくら使えるようになったとはいえ、心許ない数字だ。
『とはいっても、それは全開駆動での話。秀人自身の魔力での運用であれば、第一と同じ要領で使える筈よ』
プレシアが、それに補足する。
「……そのための、ブラスター?」
あれだけ無茶苦茶な出力を可能にするシステム。
マリエルは嘆いたが、やはりそれは、イモータルハートを運用する上で、有用なものだった。
「……マリエル、ごめんなさいなの」
そうとは知らず当たり散らした自分を恥じ、マリエルに謝罪する。
「……いや、それでも駄目なものは駄目だ。わかるだろ? いくらアイツが死にづらい身体だとはいえ、その負荷は並大抵のものじゃない。使い手に必要以上の負担を強いるものなんて、失敗作なんだよ」
技術者として、譲れないらしい。
「負荷……」
だが、アイが気付いた。
それが、『使い手』に負担を強いるのが、失敗作だというのなら……
「――その負荷、アイが受け止めるの」
……機材が受け止めればいい、と。
「『え……?』」
始めキョトンとしていた二人だったが、アイの提案を受け、可能性を見出だした。
「確かに、それなら、秀人への負担は最小限にできる」
『……肝心なことを見落としていたわね。デバイスの本分は、むしろそちらだもの』
使い手への負担を軽減する。
それは、デバイスの本領だ。
あまりにもアイが人間くさいものだから、すっかり忘れていた。
しかし……
「……でも、いいのか?」
マリエルが、不安げに聞いた。
『……並大抵じゃないわよ。下手をしたら、あなたの本体が破損する恐れが……』
アイの身を案ずる二人。
だが、アイは真球を、ためらい無く自らの内に収めた。
「マスターを支えるのが、アイの存在理由なの」
そして、胸を張り……
「アイを……自分達の子供を、信じるの」
……二人の産みの親に、そう言った。
「……わかった。すぐに取り掛かろう」
『期限は、明日まで……ギリギリね』
マリエルとプレシアは、機材を立ち上げる。
完全にスイッチが入った二人を見て、アイは静かに部屋を出ていった。
『……驚きね。まさか、アイがあんなことを』
「……」
マリエルは沈黙したまま、答えない。
『マリエル?』
ふと、我に返った。
「……あぁ、いや。ワタシに、明確な親はいないからなぁ」
ポロッ、と、自らの出自を口にした。
「いつぞやの、いずこかの、優秀な遺伝子同士を掛け合わせて『製造』されたのが、ワタシたち」
『プロジェクトF……!?』
その、他人事とは思えない話に、プレシアは一瞬、手を止めた。
「いや、違うよ。そもそも、年代が噛み合わないだろう」
『あ』
プロジェクトFが発足したのは、十年以内の出来事だ。
「もっと高度で、もっと確実で……もっと、外道なものさ」
歪な……異形の、ヒトクローン製造技術。
「デザイア・|チルドレン」
それが、名だった。
「とはいえ、製造された15体のうち、10年以上の生存が確認されたのは、僅か三体。
その三体にも、深刻な人格破綻が認められ、『規格を満たしていない』として、払い下げられた」
『……』
「あぁ、別に、辛気臭くなる必要は無いぞ。二人とも、とりあえず生きてる」
『そう……』
「ワタシは、機械工学。一人は生物工学。もう一人は……まぁ、それはさておき。
一応、全員きょうだいに当たるのかな。母系か父系か、どっちかの遺伝子は共通だし」
『……名前は、何と言うの?』
複雑な、親愛の情を覗かせ……
「――アーデルハイド・アーバイン。
――ジェイル・スカリエッティ」
『ジェ、ジェイル……ッ!?』
名を聞いたプレシアは、椅子からずり落ちた。
◆ ◆ ◆ ◆
「……お邪魔して、悪かったかな?」
アリサの邸宅は、明日からのクリスマスパーティを控え、準備が進められていた。
「別にいいわよ。丁度いい息抜きだわ」
ソファに座り、紅茶を一服する。
「秀人さんは、いないんだ?」
その隣には、すずかもいた。
「うん。でも、後で迎えに来てくれるって」
すずかの家の方は、家族と親しい友人のみで慎ましく行うらしく、準備も早く済んだようだ。
「……それで、用事って?」
折を見て、アリサが切り出した。
「……うぅんと、特に、用事っていうほどの用事じゃ、ないかもだけど」
言っていて、変なことを話している、という自覚はあった。
いきなり電話して、自宅に押しかけて、特に用は無いなどと……
「……いや、ううん。大事な用事だ。アリサとすずかに、会いに来たんだ」
「何よ、それ」
アリサは、ふっと笑う。
だが、すずかは……じっと、なのはの目を覗き込んだ。
「……なのはちゃん」
「な……なに?」
若干、腰が引ける。
「……どこにも、行かないよね?」
そんなことを、聞いた。
「……?」
意味が分からず、首を傾げる。
「……うぅん、ごめん。何でもない」
首を振り、その疑念を払う。
「ねぇ、なのはちゃん……はやてちゃん、今どうしてるか知らない?」
「――っ、げほっ!」
紅茶を喉にひっかけ、咳込んだ。
「げほっ、げほっ……!ご、ごめ……!」
「あーもう、何やってんのよあんたは……」
アリサが呆れ、口元を拭ってやった。
「その反応……さては、はやてに何かあったのね?」
「それで、それを解決しようとしていて……」
「覚悟のために、わたしたちに会いに来た、と」
……全部、言い当てられた。
「……はい」
がっくりとうなだれる。
「わたしたちに、出来ることは?」
協力を申し出る。
だが、民間人の彼女達に、直接協力できることは無い。
あるとすれば……
「……八神を、受け入れてあげて。何があっても」
はやてを、待っていることだ。
「……」
その言葉に込められた重みに、気付いたかどうかはわからない。
だが二人は、しっかりと頷いてくれた。
「……うん、ありがと」
笑顔で礼を言い、立ち上がる。
「夕飯、食べて行かない?」
「ごめん、みんな待ってるから……」
アリサの誘いに、申し訳無さそうに断りを入れた。
「あんたって、ほんと……家族大好きよね」
「うん。みんな大好きだから……」
そこに、珍しく、すずかが意地悪く聞いた。
「じゃ、秀人さんは?」
――大好き。家族なのだから。
「……」
だが、答えるべき声は無い。
『好き』という言葉が、なんというか……しっくりこない。
「……?」
嫌いな訳が無い。
それは、天地に誓って言える。
だが、そう。しっくりこない。もやもやする。
「…………あぅ?」
やや短気ではあるものの、聡明ななのはにしては珍しく、混乱していた。
「秀人さんは……秀人さんは…………好き……だよ? ううん、好きじゃない、いや、好き……好きだけど、好きじゃ…………あああああ?」
ぷしゅー、と、今にも頭から煙を吹きそうだった。
すずかも、まさかこれ程とは思わず、慌てて話題を切り替えた。
「あぁ、ごめんごめん……じゃ、最後に一つだけ」
最後の問いは……
「なのはちゃんにとって、はやてちゃんは、どんな人?」
それに答えようとした時……なのはの携帯電話が、けたたましく鳴った。
「わっ!……あぁ、秀人さんだ。じゃ、ごめんね二人とも」
携帯電話片手に、その場を後にする。
「……あぁ、そのこと?
だって、秀人さんがクビになっちゃったら大変じゃ……」
「……ねぇ、すずか」
なのはが見えなくなった頃……アリサが、隣のすずかを呼んだ。
「……うん」
「……アレ、さぁ……どう考えても……」
「……ガチだね」
二人は、何かに納得していた。
◆ ◆ ◆ ◆
アースラの艦長室の前に、クロノの姿があった。
「艦長、クロノです」
『入りなさい』
促され、入室する。
部屋の中には、リンディの他、エイミィの姿もあった。
「…………艦長、」
「今だけは、『母さん』でいいわ」
言いかけるクロノに、リンディはそう言った。
「……母さん、これを」
懐から取り出したのは、S2Uとは別の、二機のデバイス。
――キンッ
試作デュランダルと………………制式デュランダル。
クライドの、形見だった。
「…………」
それを目の前にしたリンディは、何を思っているのだろうか。
「……クロノくん」「ああ」
エイミィがクロノの手を引く。
クロノは、それに逆らうことなく、エイミィと共にドアを目指した。
「…………時間が来たら、呼んでください」
「では、艦長。また後で」
――プシュッ。
ドアのエアロックが掛かり……室内の様子を、うかがい知ることは出来なくなった。
「…………クロノくんのお父さんって、さ」
「…………」
「あの、クライド・ハラオウンなんだよね」
「……何を今更。訓練校時代に、何度も聞いたことだろう」
かつて、訓練校時代…………孤独に訓練を重ねるクロノの元に、何かとチョコマカやってきては、『クライド・ハラオウン伝記』を聞かせろ、とねだっていた。
「うん。本当は、全部知ってたんだけどね」
これには、クロノも足を止めざるを得なかった。
「……なに?」
「だって、クロノくんってば……あの頃、『近づくな』オーラをバリッバリに出していたじゃん?」
「…………あれは、」
最年少であり、座学・実技、共に主席。父はかの伝説の局員であり、母は現役にして数少ない、女性の現役提督。
やっかまれない訳が無かった。
だが、クロノにはそういった人間関係全てが煩わしく、そんな些事に対応するヒマがあったら、力を磨くことを選択していた。
気付けば、相部屋が基本であるはずの訓練校で個室を与えられ、教官ですらクロノを腫れ物に触るかのように接し、ますます孤立を深めるばかり。
そんな頃だった。
「第一声は……『きみ、クライド・ハラオウンの息子なんでしょ?』……だったか」
「うん。生意気ながきんちょを、更正させてやろうかと思って」
誰もが知っていながら、半ばタブーであるかのように触れなかった話題に、無遠慮かつ強引に突っ込んだのだ。
「……僕の部屋が、雑誌やら雑貨やら生活用品やら、とにかく雑然となっていったっけな……」
「あはは……ごめんね、あれは素だから」
学長に強引に頼み込み、クロノの部屋に転がり込み、ずかずかと押し入ってきた。
「おかげで、教官や級友たちからは冷やかされるわ、いつの間にかコンビ扱いされるわ、何故か見習い先が一緒だわ、気付けば執務官と補佐だわ…………やっと一人前になれたと思ったら、やっぱり配属先が一緒だわ…………」
「でも、さ」
エイミィが、その愚痴を切り……
「私が一緒で、楽しかったでしょ?」
……傲慢でもなく、自然な確認として、そう聞いた。
「…………ヴェロッサのヤツが、一番悪乗りしていたな」
教官や級友たちとは、冷やかされながらも会話をするようになった。『クライドの息子』ではなく、『クロノ・ハラオウン』として、見てくれるようになった。
「……あんな軽薄な服装、今だったら恥ずかしくて出来ないな」
休日には、街まで遊びに連れ出してくれた。
「君が測位を間違えて、僕は僕で敵に嵌められて……初めての任務が、あんなにハードだとは思わなかったよ」
見習い先では、初めて一つの案件を解決した。
「ちょっとでも無理をしようとすると、ベッドに引きずり込んでくれたな」
試験勉強の傍らでは、食事やスケジュール調整のおかげで、身体を壊さずいられた。
「しかも、ちゃっかりと資格を取っていて……」
その傍ら、オペレーターとして、一人前のスキルを身に付けていた。
「腐れ縁も、ここまで来れば大したものだ」
そして、同じ艦に配属され…………今もこうして、隣にいる。
「ああ。君と一緒にいられて、僕は幸せだった」
紛れも無い感謝を、エイミィに伝えた。
「…………照れちゃうな」
顔を赤らめ、ぽりぽりと頬をかく。
「クロノくん。君のそーいうところ、要注意だからね」
「…………何のことだ?」
きょとん、と。素で不思議がるクロノに、エイミィは苦笑する。
「………………昔から、どれだけ私が苦労してきたことやら」
「さっきから君は、何を言っているんだ?」
「ふーんだ。教えてあげない」
「……?」
一周している間に、艦長室の前まで、戻ってきていた。
もう、大分時間も過ぎた。
――プシュッ。
ドアが開く。
入室したクロノ達に、赤くなった目を向けるリンディ。
「……デュランダル、確かに確認しました。これは、あなたが現場で運用した方が有用です」
そして、クロノに二機が渡される。
「確かに、拝領しました」
これで、この二機は正式に、クロノのデバイスだ。
「…………作戦開始まで、あと少しね」
ちらっ、と時計を見て…………
「……そろそろ、約束の時間でしょう?」
なのは達との食事まで、あと三十分を切っていた。
「行ってらっしゃい、クロノ、エイミィ」
「はい、母さん」「行ってきます、艦長!」
作戦開始までの、穏やかな時間はこれで最後だ。
だから、リンディは願うのだ。
(どうか、これからも………………あの子たちが、共に歩んでいけますように)
……作戦開始まで、あと、20時間のことだった。