魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
家に戻った秀人たち。
「……あーあ、俺たちが最後尾だったみたいだな」
「そうみたい」
部屋の中には、秀人となのは以外、全員が揃っていた。
「あーー! おそいぞ、ひでと、なのは! ボクがいちばんのりだったんだからなー!」
エプロンをつけ、ぷりぷりと怒っているフェイト。その傍らには…………
「…………オッサン、何やってんだ?」
…………上着を脱ぎ、Yシャツの袖を捲り、台所に立つレジアスの姿があった。
「お前たちの帰りが遅い、腹が減った腹が減ったと、そこの小娘がうるさくてな……」
手元では、驚くほど手馴れた手つきで、ハンバーグのタネとなるひき肉を捏ねている。
「……手馴れてますねー」
なのはも、感心した様子だった。
「野戦では、炊事も必須技能だ。…………テスタロッサ、もっと力強く捏ねろ。それでは、粘りが出んぞ」
「はぁい! えっほ、えっほ!」
……レジアス監修の元、フェイトも手伝いに余念がない。
「……クロノおまえ、何してんの」
「…………代わると言っても、聞いてくれなくてな…………」
「ううう……気まずい…………」
クロノとエイミィは、チマチマと付け合わせなどに使う野菜の皮を剥いていた。
直接ではないとはいえ、上官に食事の支度をさせるなど、本来なら言語道断だ。
「クロノ執務官。ニンジンの皮は捨てるなよ」
「りょ、了解!」
「あっ、クロノくん、ピーラーの向きが逆! それじゃ皮が分厚くなっちゃう!」
クロノは、エイミィに手ほどきを受けながら、その崇高な任務を遂行していた。
「あ、アルフ。油の温度、そろそろじゃないかな?」
「そうだね。んじゃ、揚げるか」
ユーノとアルフは、副菜となる揚げ物を。
「あ、ちびすけ。塩はそこまでなの。それ以上はバランスが崩れるの」
「いや、ここはもっと甘い方が…………っていうか、今度チビっつったらぶっ飛ばすぞ?」
アイとヴィータは、ハンバーグのソースを、それぞれ担当していた。
「んー……っと、」
レジアスの手元の肉は、解凍して間も無く。まだ、玉ねぎも入っていない。
「なのは、俺が玉ねぎ切るから、片っ端から炒めてくれ」
「ん、わかった」
包丁を取り出し、玉ねぎをみじん切りにしていく。
「む、小僧。目が粗いぞ。もっと細かく刻め」
レジアスが、目ざとくチェックしていた。
「あン? カレーじゃないんだから、これでいいんだよ」
「貴様の生き方のごとく大雑把な切り方だな」
「チマチマ細かくとか、年食ったオッサンらしくてぴったりじゃねーの?」
…………途端、口げんかを始める二人。
「はいはい、喧嘩しないの」
なのはが、団扇でパタパタと、玉ねぎを炒めた煙を二人の方に流す。
「ぐぉお、目に……!」
「し、沁みるぅ……!」
……仲良く揃って悶絶した。
「まるで親子のようじゃのう」
……と、新たに大家が、部屋にやってきた。
「…………」「…………」
レジアスと秀人は、目線を交わし……
「「ふんっ。」」
互いに、全く同じタイミングで逸らす。
「……そっくりじゃ」
「ほんとに」
大家もなのはも、苦笑していた。
「……ちょっと食いすぎたかな」
食後、片付けを名乗り出たクロノ達に任せ、秀人は外に出ていた。
「ヒデ坊」
「あ、爺さん」
大家が、草履をつっかけて出てきた。
「……行くんじゃな?」
「……ああ。明日だ」
――はやてを、助けに。
はやてを、本当の孫のように可愛がっていた大家にしてみても、他人事ではないだろう。
「……爺さんも来るか?」
この、人外級の達人の手が借りられれば……と、目論む。
「いや、ワシはやめとくよ」
だが、大家は乗り気ではないようだった。
「ワシは少々……歳を重ねすぎた」
どのような考えがあっての拒否かは、秀人には分からない。
「……もう、ワシは表に出るべきではないんじゃよ」
だが、その目元に深く刻まれた皺……その示すところだけは、伝わった。
「……ワシは、はやてを待つよ。ここでな」
小ぢんまりとしたアパートを見上げ……秀人に、向き直り、言った。
「だから……はやてを連れて、全員で帰って来い。任せたぞ…………秀人」
「!!」
秀人が、驚いた顔をする。
『ヒデ坊』……ではなく、『秀人』。それは、初めて大家が、秀人を認めた瞬間だった。
「ま、どちらか一方でもしくじったら、ヒデ坊に逆戻りかのう?」
かかか……と茶化す。
「ま、俺たちにドーンと任せとけって!」
秀人は、胸を叩いた。
――――翌日。
秀人たちは、アースラに集合していた。
既に武装を完了し、作戦開始時刻まで待機している。
秀人が武装……イモータルハートをセットアップしていないのは、可能な限り、駆動時間を節約するためだ。
それを補うためか、腰には見慣れない物品がある。
長い銃身を持つ拳銃と、黒塗りの刀。
凶鳥部隊からの去り際、選別の品として贈られたものだ。
銃の訓練も、刀の訓練も、まだ十分とはいえないが………………あの凶鳥部隊が着いていると思えば、心強い。
「…………」
一人、見慣れない顔もある。
むっとしたようにもみえる緊張顔で、まっすぐ前に視線を固定している。
「美香、来てくれてありがとうな」
そう。美香だ。
闇の結界の中で、はやての正確な座標を割り出すには、彼女の協力が不可欠だった。
「別に、お兄さんのためじゃないよ。姐さんのため」
「……ま、それでもいいや」
妙に対抗意識を持たれているが。
「美香……申し訳ありません。わたしが、不甲斐ないばかりに」
その隣には、拘束を解除されたリーゼの姿があった。
「おめー、やっぱり…………」
ヴィータは何故か、胡散臭そうに見ていた。
更に言えば、クロノの両脇には、アリア・ロッテ姉妹の姿も。
『アースラの皆さん』
……と、スピーカー越しに、リンディの声が響いた。
全員、気を引き締める。
『……今回の任務の目的は、闇の書および、その主の拿捕・あるいは撃破…………』
にわかに、険しくなる艦内。
『ではなく』
……が、それは即座に覆された。
『本件の重要参考人並びに被害者、八神はやての救出と、闇の書との分断が、主となります』
少なからず、はやてと交流のあったアースラのクルーたちからしてみても、それが本命だった。
『スクライア司書からの情報は、既に皆さん知るところと思います。今更、私が言うまでも有りません。危険極まりない任務です』
「…………」
なのはは、回天桜花を握る手に、力が入る。
(魔力は……回復率、76パーセント。決して、低くはないけど……十全ともいえない)
多少、砲撃に制限が加わってしまう。
(……やらなきゃ、ちゃんと)
だが、勝利のビジョンは全く見えてこない。いや、それどころか…………
(…………また、レイジングハートがボロボロになっちゃうかも……)
守護騎士の襲来に、対処し切れなかった無力感が、今更になってぶり返してきた。
(大丈夫……大丈夫……ちゃんとやれる。そのために、訓練してきたんだ)
手にした、二振りの刀。開祖が遺した霊剣。そして、それを振るう技術。
(やれる…………やれるんだ……ッ!)
ぎゅうっ、と、歯を食いしばる。
『マスター』
……と、首もとのレイジングハートが、声を掛けた。
『そんなに、不安そうな顔をしないで下さい』
「……でも、」
『力及ばず、無力に嘆いたのは、マスターだけではありません』
……そう。主を守ることが存在理由であるデバイスが、主を守れなかったのだ。
それは既に、悔しさだとか、そのような安っぽい言葉では言い表せないほどの……いっそ、絶望と言ってもいいかもしれない。
『マスターは、そこから這い上がってきたではありませんか』
なのはの苦労。……そして、そこからの努力を。
血の滲むような特訓を。
『マスター。もし、自分が信じられないのなら…………』
それでも、自信がないと言うのなら。
手が、震えるというのなら。
『あなたが私を信じるのなら……私が信じるマスターを、信じてください』
相棒を、信じる。
『私では、頼りになりませんか?』
冗談めかして聞く。
その問いに、なのはは、
「ううん…………信じるよ。レイジングハートを…………レイジングハートが、信じる私を」
……もう、震えは止まった。
『総員、戦闘配備!』
リンディの号令と共に、ブリッジへ、管制室へ、駆動炉へ………………各々の戦場へ、向かって行った。
◆ ◆ ◆ ◆
――――夢を見ている。
今回は、誰のものでもない。
映像も、音声も、何も無い。
(ああ、そうか――)
……理解が及ぶ。
(これは…………私の夢か)
この、虚無の闇は、己の心象風景そのものなのだと。
(………………何も、ない)
ぼんやりと、意識がたゆたう。
ここにいるのは、ここにあるのは……己の存在のみ。
――――ブゥウウン…………
古いブラウン管が鳴るような音を立て、闇の世界に、自分以外の存在が現れる。
(お前は…………)
白銀の頭髪。白い装束。青い瞳。
色彩こそ反転しているものの……容姿は、リーゼの生き写し。
「…………テンタトレス?」
それは、かつての『夢』で見た、テンタトレスのものだった。
『…………闇の書、666頁の蒐集を完了した』
その手には、禍々しい波動を発する、黒い書物。
……完成した、闇の書だ。
『汝は、これより……闇の書の力を以って、全てを喰らう存在となる』
「……そう」
だがはやては、食い殺されるという恐怖は見られない。
『……怖くはないのか。汝が、別の存在へと変貌してしまうのだぞ』
「いいよ、もう」
はやては、自暴自棄ではなく、悟っていた。
「私には、もう……………………帰るところなんて、あるわけないんだから」
………………己の、永久の孤独を。
「…………」
テンタトレスの手から、闇の書が離れ…………はやての手に、渡った。
「…………第二段階へ移行」
己の口が、意思とは別のところで、そのワードを紡いだ。
――。
……と、胸が痛んだ。
「………………罪深き者たちよ。我への供物を捧げよ。汝らよりも尚、業深き闇統べる王へ、その身を捧げ、大いなる骸を為せ」
――ずきん、ずきん……と、身の内を刺激する。
精神と肉体の境目が曖昧なこの場において、胸を刺す痛みは…………一体、どこから来たものなのか。
――――。
「決して沈まぬ昏き星、暗黒の太陽よ」
……無の空間が、らせん状に回転する。そして。
「世界を、闇の底へ沈めよ――――!!」
――――ギュゴォアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
………………無の螺旋が、現実世界への壁を突き破った。
――――――――――――――――秀人。
呼んだ名は…………どこへ、届いたのだろうか。
◆ ◆ ◆ ◆
――ピッ!
リンディの横についた美香とリーゼの前に、モニターが表示される。
そこには、闇の結界に包まれた校舎が見えていた。
ユーノ、アルフ……アリア・ロッテ姉妹が、その四方へ陣取っている。
「美香、わかりますか」
「うん…………大丈夫。まだ、姐さんだよ!」
その言葉に……はやてはまだ、完全に変貌していないと理解する。
だが、それと同時に…………
――――ギュゴォアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
霧のように漂うだけであった闇が、巨大な螺旋を描き出した!
「! あそこっ!!」
美香が、螺旋の激流の中から、一点を指し示した。
「ユーノくん!」
エイミィが、神業のような手際で、その座標を特定。
ユーノの元へ、それを転送した。
「皆、準備はいいかい!?」
「おうよ!」
「「了解!」」
――キィイインッ!!
それぞれの足元に、ミッドチルダ式魔法陣が、それぞれ展開する。
その込められた意味は…………
「――長距離転送!!」
「目標――――!!」
声を揃え……中心部を、抉り出す!!
「 「 「 「 |アースラ!!! 」 」 」 」
『――――来ますッ!』
「――!!」
短い報告。それを聞いた秀人たちは、武装隊の面々と、目を交わす。
「――フィールド、展開ッ!!」
――ヴォオオオオンッ!!
…………秀人たちは、先ほどとは違う景色の中にいた。
――青い空。
――一面の海。
――散逸する、水没したビル郡。
………………それはかつて、なのはとフェイト。二人の決戦に使用された、戦闘用の仮想空間だった。
『アースラの出力、お前らに預けるぞッ!!』
機関室の技官長から、檄が飛ぶ。
「全て、仮想空間の維持に充てる!」
――――ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!
そして……螺旋の中心部が、仮想空間内部に出現した!
「強装結界、展開!!」
クロノの号令に従い……武装隊が、強装結界を展開する。
『ベツレヘムの星』第二段階。
それは、周囲にある質量を、駆体の完成に必要なだけ、無差別に吸収するというものだ。
それこそ、無尽蔵に。
だが…………あの闇が、餌としての質を見分けられるかといえば、それはNOだ。
「くっ…………!! なんて、食欲だ!!」
空に浮かぶ雲。
打ち寄せる海水。
ビル郡。
それらが、片っ端から、螺旋の中へ吸収されていく。
アースラの膨大な出力と、強装結界に二重に覆われていて尚、吸収力は衰えを知らない。
だが……
「いいぞ、そのまま…………好きなだけ、食わせてやれっ!!」
ここは、あくまでも仮想空間であり…………全ての質量は、魔力でエミュレートされた、仮初の質量でしかないのだ。
――――実体はスカスカの仮想物質で、腹を満たしたと誤認させてしまえばいい
……それが、この作戦だった。
――ゴリッ……ゴリゴリボリボリ…………ッ!!
「う、あ……!!」
強装結界が、仮想空間が、軋みを上げる。
やはり、無理があったのか。
あの無の螺旋を、押さえ込むことなど出来ないのだろうか。
――――否。
「――来いっ!!」
螺旋を押し戻しながら、クロノが叫ぶ。
呼ぶのは……作戦の、勝利の鍵!
「――秀人ッ!!」
「了解!! …………行くぞ、野郎どもッ!!」
――バシュウウウウウウウウウウウウウウッッ!!!!!
秀人が、魔力のラインを限界まで伸ばし…………
「うおおおおおおおおおっ!!」
「すっげぇえええええええええええええっ!」
「これなら……!!」
「押し返せぇえええええええええええええええええっ!!」
強装結界を、纏めて結合させた!!
――ギリリリリ……ギ、ギギギギ…………!!
螺旋の動きが、徐々に、徐々に…………そして。
――――ギ……ギッ。…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
…………膨張を、停止した。
「やっ…………た…………」
「やったぞ! 停止した!!」
「気を抜くな! まだ、吸収は続いている!!」
吸収は、続きこそすれど…………規模を拡大することは、無くなった。
その螺旋は、半径1km以下という極小の面積に閉じ込められ…………その、ちっぽけな餌場を喰らい尽くしたところで、完全に停止した。
『…………駆体の総エネルギー、想定の12分の1以下! 成功だ!!』
エイミィが、作戦の成功を告げる。
「……ぜー、ぜー……や、やったな、クロノ!」
「……はぁ、はぁ…………と、当然だ……!!」
呼吸を荒げながら、とりあえずの作戦の成功を喜ぶ。
『後は、駆体を……………………え、な、なに、これ……………………!?』
だが……エイミィの声が、戦慄に震える。
「エイミィ、何が……!!」
『クロノくん、みんな! 気をつけ、』
て、を言う前に、変化はあった。
「…………ぐぼァ…………ッ!!」
強装結界を展開していた武装隊。そのうち一人の胸部に…………
――――腕が、突き立てられていた。
「……!! あ、た、たいちょ…………!!」
救いを求めるように、クロノへ手を伸ばし…………
――バキュンッ……!!
…………粒子となって、掻き消えた。
「…………」「…………」
秀人も、クロノも、呆然とするしかない。
隊員が消えた後…………その影から。
《はぁはははは!! 脆い! 脆すぎるぞ!!》
銀髪の、
均整の取れた肉体。最適なバランスの筋肉。端麗な容姿。
………………そして、どこかで見たことのある、下種な笑み。
《しゃアアアアアアッ!!》
「なんだ、こいつは……!! ぐわっ!!」「は、速すぎるっ……!! うわァッ!!」
…………あっという間の出来事だった。
秀人たちが、殴り倒すよりも早く……その男は、武装隊の全員を撃破………………否。
――|蒐集、してしまった。
「…………お前は、まさか……!!」
その容姿にこそ、心覚えは無いが…………その、下種な笑みには、心覚えがあった。
じゃきっ、と、S2Uを向け……
『Snipe Shot!』
――ドドドドドッ!!
射撃を発射。だが……それらは、直撃したにもかかわらず、全くのノーダメージ。肩を叩かれた程度の衝撃しか、与えることはできなかった。
《ああ、この芥子粒のような魔力………………かつて我は、このようなものに手こずっていたというのか!!》
「まだ、生きていたのか…………」
《ふふゥん…………? ようやく、気付いたかね?》
ニタニタと余裕ぶる、その顔は…………
「……ギル・グレアムッ!!」
……肉解となって、テンタトレスに潰されたはずの、グレアムだったのだ。
《ははははは! 取り戻した…………ついに我は、力を取り戻したのだァああああああああああああああああああああああっ!! おお、若さとは素晴らしい!! 力が……力が…………漲るゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!》
…………考えられるのは、ただ一つ。
かつて、はやてをグレアムの肉塊が襲撃した際、深く食い込んだ触手。
その断片が、はやての闇を苗床に、駆体を乗っ取ったのだ。
《駆体を弱小化しようなど、ザコのおまえが考えそうなことだなァ……? ぎゃはははは! だが、どうだ! オレのこの、溢れる魔力はァあああああああああああ 「………………………………おい」 アアアアア……?》
ぐるんっ、と、背後を振り返るグレアム。
その、醜い顔面に…………
――――…………ジュゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
……蒼炎の火炎放射が、至近距離で叩き込まれた。