魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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A's編 第九十二話

 

「……ん?」

 ぱちっ……と、布団の中で、私は目を覚ました。

「ふぁあ…………!」

 思いっきり伸びをすると、背筋がぴんと伸びて、存外に気持ちがいい。

「……はぁー」

 傍らの携帯電話を手に取り、鳴るよりも早く、アラームを解除。

 まだ、布団に未練があるけど、起きないわけにも行かない。

 なにせ…………何せ………………

「あれ? 何だっけ……?」

 どうにも、寝ぼけているようだ。

 とにかく、起きようっと。

 ベッドサイドのリボンを手に取り、髪を一つに束ねる。

「……ん?」

 けど、そこにはまだ、もう一本のリボンがあった。私、ツインテールとかしないんだけどなぁ。

 

――ぴぴぴっ。

 

 ……あれ。

 切ったはずなのに、またアラームが鳴った。

 表示を見てみる。

「…………『お仕事 早番』……?」

 何のことだろう。仕事も早番も何も、私はまだ小学生で…………

「…………」

 頭になにか、引っ掛かりを感じつつも、アラームを切った。

 カーテンを開けて、朝日を部屋に取り入れ、階段を下りる。

 

――かちゃ、かちゃ……

 

 台所からは、食事の用意をする物音がする。

「……あ、なのは。おはよう」

 母さんが…………よく似ているとか周囲に言われるけど、決してそんなこと思えない若々しい美人なヒトが、菜箸を片手に振り向いた。

「おはよう、母さん」

 私も、いつもと同じ挨拶をする。

「…………『母さん』?」

 でも、母さんは何故か、不思議そうに私の顔を見返した。

「え……なに、母さん。私、何か変なこと言った……?」

「…………なのは、どうかしたの?」

 母さんの疑念は、深まるばかりだった。

 

「いつもは、『お母さん』って、呼んでるのに…………」

 

………………え、そうだっけ?

 正直、全く身に覚えが…………

「……まぁ、いいわ。ところで、恭也と美由希を呼んできてくれない? そろそろ、朝ごはんだから……」

「うん、わかった…………ところで、二人はどこにいるの?」

「道場で稽古をしているはずよ」

 ……そうだった。

 うーん……まだ、寝ぼけているんだろうか。

「……本当、どうしちゃったのかしら、あの子……」

 リビングを出た時、母さんが不思議そうに言っているのが聞こえた。

 

 道場への飛び石を踏み越える。

 

――パシッ……パシンッ!

 

「……お、やってるやってる」

 道場からは、乾いた快音が壁越しに聞こえてくる。

 引き戸を開ける。

「兄さん、姉さん。朝ごはんだって」

 声を掛けると……運動着に身を包んだ二人が振り向いた。

「『兄さん』……?」

「『姉さん』……?」

 またしても、母さんと同じように訝しげな顔をされた。

「…………っていうか、なのは。その髪型、どうかしたの?」

 姉さんが、私の頭を指差して、そう聞いてきた。

 どうしたのって……心外な。別におかしくないでしょ。

「いつもは、ツインテールにしてるのに」

「いや、してないしてない!」

 猛烈に否定する。

「あんな女の子女の子してる髪型、私には似合わないって!」

「でも、」

「あーーもう! とにかく、いいから朝ごはんだよ!」

 さくっと遮って、会話を切る。

「ほら、片付け片付け!」

「ああ、そうだな」

 兄さんが、手に持った木刀を棚に掛ける。

 置いてあった短い木刀を取って……………………ちょっと悪戯。

「すぅ…………」

 腰に構え、呼吸を整え……………………

「おい、なのは。何やって、」

 一息で、抜刀!

「……はっ!」

 

――――ヒュンッ!!

 

 空気を裂き、切っ先が流れる。

 その勢いに逆らわず、身体を回転させ……

 

――ヒュッ……ヒュオンッ!!

 

 仮想の対象に、横薙ぎの連撃。

 くるんっ、と身体を一回転させ、鞘に収める。

 うん……今日もいい調子。

「あはっ……ごめんごめん。さ、ご飯食べよう」

 木刀を仕舞い、道場を後にする。

「………………」

「………………」

 兄さんと姉さんは、あんぐりと口を開けて、呆けていた。

 

「母さん、二人とも、そろそろ来るって」

「あら、ありがとう」

「何か手伝うよ」

 キッチンを見て、何かやれることを探す。

 お、ちょっとやりかけのサラダが。

 包丁を出し、パプリカをサクサクと千切りにして、プチトマトを半切りにして、レタスの上に乗っける。

「ちょっと彩りが寂しいかな……」

 冷蔵庫を開けて、中からミントの葉を探し当てた。これ使おうっと。

「よし、出来た」

 サラダボウルを持って、食卓へ運ぶ。

 さーて、使い終わったら洗い物しなくっちゃ。

「な……なのは、なのは? いいのよ、そこまでしなくても……」

 母さんが、おろおろとうろたえていた。

「あとはやるから、座っていなさい。ね?」

「? ……うん、わかった」

 何だろ……別に、いつもやってることなのに。

 

 いつも……………………

 

「……?」

 なんだろう、この違和感。

 私、いつも食事の用意してたよね……? 

「……あれ、変だ」

 母さんがいるのに……いつも、私より早起きして、ご飯を用意しているのに…………その母さんを差し置いて、私が日常的に朝食の準備をしているなんて、おかしい。

 なんだか釈然としないまま、席に着いた。

 兄さんと姉さんが、軽いシャワーを済ませてやってきた。

「……なぁ、なのは」

「なに?」

 兄さんが、まじめぶった顔で聞いてきた。

「さっきの……あの剣、誰に教わった……?」

 誰に、って……変な兄さん。

 

「兄さんからに決まってるでしょ?」

 

「恭ちゃん……!!」「待て! 俺は知らん!!」

 何故か姉さんが凄み、兄さんは弁明に忙しくなってしまった。

 えーっと……剣? あれは確かに、兄さんから…………あれ、でも…………何で、剣を習うことにしたんだっけ?

 ……というか、本当に頼んだっけ? あれ?

「…………?」

 まずい、私まで混乱してきた。

 兄さんと姉さんが、喧々諤々と言い合いをしていて、母さんはそれを諌めるのに忙しくて、私はまだ混乱が治らずにいて…………

 

「朝から、何の騒ぎだ?」

 

 ……………………あ。

「士郎さん、おはようございます」

「ああ、おはよう桃子。なのは」

 穏やかに笑って、母さんに挨拶を返したその人は…………見覚えは、ある。

 

「…………父さん?」

 

 ………………私の父親、高町士郎だった。父さん、だった。

「………………………………父さん?」

 もう一度、聞いてしまう。

 いつもいつも、顔を合わせているはずなのに。

 毎朝毎朝、食卓を囲んでいるというのに。

 なのに、なぜか………………驚愕と、懐かしさが、同時にこみ上げてきた。

「…………で、恭也と美由希は、何を言い争っている?」

 ちょっと怒った風な口調で、兄さんたちをじろっと見る。

「ちょっとお父さん聞いてよ! 恭ちゃんったら、なのはに御神流を……!」

「だから、教えていないと言っているだろう!」

 どうやら、さっき私が見せた動きが発端のようだった。

 でも……本当に、兄さんに教わったものだっただろうか? 何故か、その辺の記憶も曖昧だ。

「静かに。…………で、なのは」

「あ……はい、じゃなくて、うん」

いきなり話しかけられ、ドキッとしてしまった。

 何でだろう……? 一挙手一投足が、妙に新鮮というか…………よくわからない、違和感が付きまとう。

「良かったら、後で見せてくれないか?」

「…………いい、けど。じゃ、学校から帰ってきたら……」

「ああ、頼む」

 …………兄さんたちも、ようやく口げんかを止めてくれた。

 

「「「「いただきます」」」」「……ます」

 やっと朝食だ。

「……なのは、髪型を変えたのか?」

「……いや、別にいつも通り……」

「まぁ、似合ってるからいいんだけど」

 そして、ぽんぽん、と私の頭を軽く撫でて……ふと、食卓が目に入った。

 

――朝起きたら、母さんが朝食を用意していて、

 

――兄さんと姉さんに、おはようが言えて、

 

――父さんが起きていて、

 

――家族の皆で、食卓を囲めている。

 

 そんなの、当たり前だ。

 当たり前の、当然の、ありきたりな…………

 

――ずっと求めていた、日常だ。

 

「…………、」

 じわーっ、と、視界が滲む。

「ちょ……なのは!?」

 いけない。止めなきゃ。止めなくちゃ。

 姉さんが、心配している。

「…………、う、」

 俯いて……唇を噛んで、涙を止めようと頑張った。でも、止まらなくて、どうしようもなくなって…………

「――!!」

 ただ、ぽろぽろと涙を流すことしか、できなかった。

 

「…………ごめん、騒がせた」

 しばらくして、ようやく私の涙は止まり……腫れぼったい瞼だけが残った。

 なんて恥ずかしい…………

「…………」

 そして気まずい。

 ちらっとい時計を見ると、既に8時を回っていて、登校時間だった。

「行ってきます!」

 逃げるように、椅子を蹴立てて走り出す。

「あ、なのは! 何で私服で――!?」

 母さんが私を呼び止めているような気がしたが、まずは逃げたかった。

 

「……………………馬鹿だ、私」

 飛び出してきてから、気がついた。

 背中にはランドセル。うん、これは別にいい。

問題なのは……

 

「…………制服、着てない」

 

 ……私が通う、私立聖祥大付属小学校の制服ではなく、ジーンズにシャツと、思いっきり私服だった。

「……っていうか、通学路も違うし――!!」

 学校とは、完全に正反対。

このまま歩いていったら、学区内にある公立小学校だ。

「うー…………どうしよう、どうしよう……」

 でも、今更家に戻って着換えるのも気まずいし、かといって、私服で登校したら先生も怒るし…………

「…………」

 諦めた。そして携帯電話をコール。

 

――prrrr、がちゃっ。

 

『なのは? どうしたのよ。バスの停留所にいなかったじゃない』

「アリサごめん、ちょっと今日は休むって、富山先生に伝えておいて」

『…………『アリサ』?』

 ああ、まただ。

普段どおりに名前を呼んでいるつもりなのに、何故か不思議がられる。

『っていうか、富山先生って誰よ? 担任は、水島先生でしょ?』

あ、あっれぇ……? またボケてた……?

「……ええっと、とにかくよろしくっ! すずかにも謝っておいて!!』

『だからあんた、いつからわたしのこと呼び捨てになったの ――――――ブツンッ。

 通話を断ち切る。

 

 ……でもこれで、家に戻ることも、学校へ行くことも出来なくなった。

 さて、どうするか…………こういうときは、いつも、

 

――――いつも、何だっけ?

 

「………………そうだ、図書館」

 いつも、図書館に行っていたような気がする。

 でも、おかしい。

 私は、そんなに学校をサボるような生徒ではなかった筈だ。なのに、なぜ……校外での、時間の潰し方なんてものを、知っているのだろう。

 図書館の利用カードを見るため、ポケットのパスケースを取り出す。

 そこには、利用カードは無く……代わりに、スクールバスに乗るための、学生証が入っていた。

そこに写っている私は、髪の毛を二つ結びにしたツインテールで…………私があまりしないような顔をしている。

「……これ、私?」

 自分の顔。そのはずなのに…………、

 

――ピィイイイッ!

 

「……!?」

 いきなり思考に割り込んできたその音に、ビクッと強張る。

 きょろきょろと、その音の発生源を探す。

「…………鳥?」

 カーブミラーの上に…………見たことも無い、鮮やかな蒼い羽根の色をした鳥が止まっていて…………どうやら、あれが鳴いたらしい。

 

――ピィイイイッ!!

 

 その鳥は、私に向かってもう一啼きして……ばさばさと、飛んで行った。

「――っ!!」

 私は……その鳥を、追いかける。

 ああ、馬鹿なことをしている。追いかけたところで、何になる。捕まえたところで、どうなるっていうんだろう。

この違和感が。このモヤモヤが。この齟齬が。

 たかが鳥を一羽捕まえたところで、解決するものか。

「はぁっ、はぁっ……!!」

 でも、そうと分かっていても……追いかけずには、いられなかった。

「まぁてぇえええええ……!!」

 は、早すぎるけどねっ……!!

 

――ピィッ!!

 

 あ! あんちくしょう振り返りやがった!

馬鹿にしてるよ! ぜったい、私のこと馬鹿にしてるよ!

「焼き鳥にしてやるうううううっ!!」

 

――ピィイイッ!

 

 あざ笑うように、飛行速度を上げた。

 走る私と、飛ぶ鳥。

 何故か長時間全力疾走しても大丈夫な自分の体力に驚くヒマもなく、追い続ける。

 でも、その速度差は歴然だ。何かないか、何か………………

 

――ブィイイイイインッ……

 

 いたぁあああああっ!!

「ストォオオオオオオオップ!!」

 対向車線を走ってきたスクーターの前に飛び出し、両手を広げて進路を妨害。

 

――キキキキキッ!!

 

「ひぇえええええっ!!」

 スクーターは急ブレーキをかけて止まり、乗っていた人が転げ落ちそうになった。

「な、な、何なのよーー!! 危ないじゃないのーーー!!」

 っていうか、超見覚えがある人だ!!

 

「富山先生、ナイスタイミング!」

 

 富山先生だった。

 ………………何で見覚えがあるんだ、とか、そういう突っ込みはもういいや!

「は、えぇっと…………どなた?」

 案の定、向こうは私に見覚えなんて無いみたいだけどね!

「先生、降りて! 降りないと、人身事故を起こしそうになったって、長谷川先生に言っちゃうから! さぁ降りる! 今すぐ降りる! さっさと降りる! Right now! Hurry up!」

「は、はいっ!!」

 まくし立ててパニックを煽り、スクーターから降ろす。間髪入れずにスクーターに跨り…………

 

――――ビィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!

 

 フルスロットル!

 バイクの運転はしたこと無いけど…………いつも見てたような気がするから、多分できるはず!

「……はっ!? こらー!! 待ちなさーーい!! わたしのベスパ返してぇええええええっ!!」

先生、ごめーん!

「後で学校に届けておくからー!」

「だぁめぇえええええ………………………………

 先生はミラーの点になった。

 

 鳥は……いた! 前方120メートル!

 差はどんどん縮まって行く。

 うん……やっぱり、バイクは素晴らしい! 高校生になったら、絶対に中免取ろう!

 

――ピィイッ……

 

 しばらく走り……鳥は、またカーブミラーの上に止まり、私を見下ろしていた。

「…………? もう、逃げないんだ」

 その鳥と視線を交わし、じっと見つめあう。

 

――タタン、タタン、タタン、タタン…………

 

 スクーターの規則的なアイドリング音をBGMに、見つめあう。

「あなたは…………私に、何を伝えようとしているの……?」

 

――……ピィッ。

 

 鳥は、最後に小さく啼いて…………ふっと、残り火のように、掻き消えた。

「え、ちょ……」

 ……消えちゃった。

 この場所で…………この、見通しの悪いT字路で。

「!!」

 ばちっ、と、稲妻のように、何かのイメージが流れ込んできた。

 そうだ、ここだ。この道で………………

 

――――誰かと、ぶつかったんだ。

 

 誰かって……誰?

 多分………………感じている違和感の、大部分。

 

 

「――――――――――――――――そうだ、私は」

 

 スクーターを第二小学校へコッソリ返却し、生家に立ち寄った私は……道場にいた。

 両開きの大きな鏡の前に、正座する。

 鏡像へ向かって、独白する。

「…………最初から、おかしいことに気付くべきだったんだ」

 我ながら、鈍いことだ。

 

「私が朝起きるのは、この家じゃない」

 

――十畳あるかないかの、アパートの一間だ。

 

「朝食の準備をするのは、母さんじゃない」

 

――私が、下ごしらえからやっている。

 

「兄さんと姉さんは、朝から家にはいない」

 

――学校へ行く前に、翠屋の仕込みの手伝いをしている。

 

「私立小学校は、転校した」

 

――公立の小学校が、私の母校だ。

 

 そして……そして。

 最大の違和感。

 絶対にあり得ないこと。

 

「父さんは、まだ起きていない」

 

――――私の父親は、今も昏睡している。

 

 だから、この都合の良すぎる世界はきっと…………

 

「これは、夢なんだよね」

 

 目の前にある、私の口の動きをトレースするほか無い鏡像は……

 

『――――――ええ、その通りです』

 

 …………鏡の中から、出てきた。

『――ですが、存外に早く、自我を取り戻しましたね』

 その姿は、一つまばたきをした瞬間、私の容姿とは少々変化していた。

 栗毛はショートカットになり、着ているのが、黒いバリアジャケットのようなものに。

 瞳は、見覚えのある蒼。

 改めて、私の目の前に正座するその子は、凛とした佇まいで、私の目を見つめた。

「うん。…………あの子が、」

 道場の外を指差した先……

 

――ピィイッ

 

 枝に、あの蒼い鳥がいた。

「――秀人さんの、蒼炎の欠片。あの戦いで、八神は体内に取り込んでいた」

 あれがきっと、私を導いてくれた。

「今更かもだけど……あなたは、誰なの?」

 見たところ、私がモチーフになっているようだけれど……

『名乗るほどの名は持ち合わせていませんが…………蒐集したあなたのリンカーコアをベースに、守護騎士システムを用いて生み出された、守護騎士が一体……『殲滅者』です』

 なんつー物騒な名前だろうか……

 でも、私のリンカーコアがこうなっているのを見ると……なんというか、妙に感慨深い。

『思考パターンも、全てとはいえませんが……大なり小なり、あなたのそれに準じています。なので…………』

 なので?

 

『私が王を想う気持ちも、元は貴方のものなのですよ。ナノハ』

 

 …………

「……そっか」

 今更、否定することも無いよね。こうして……私の分身にも等しい彼女が、そう言っているんだから。

 

『……この先に、我が王がおられます』

 

 その子が出てきた鏡が、真っ黒に染まっていた。そしてそれは、硬く冷たく、閉ざされている。

 ……この先に、八神がいる。

『貴方の魔力を、お返しします』

『殲滅者』の身体が、魔力に還元され……私の中に、入り込んできた。

消え行く身体で、深々と頭を下げ…………

 

『どうか、我が王をお救い下さい』

 

 ……そう、言い残した。

 

 すぐには行かず……少しだけ、待つ。

 待ち人は、すぐに来た。

 

「――なのは」

 

 ……父さんが、道場に上がってきた。

 そして、私の前に立つ。

「――」

 その目は……もう、気付いているんだね。

「――これは、なのはの夢なのかい?」

「うん。父さんは……本当は、ずっと眠っているの」

「そうか………………やっぱりなぁ」

 困ったように、頭をかく。

 そして、真剣な顔になり……

 

「…………すまなかった。父親らしいこと、何もしてやることが出来なかった」

 

 私の返事も、既に決まっている。

「いいよ。もう、怒ってないから」

 私はもう、一人ぼっちじゃないから。

 寂しくなんて、無いんだから。

「…………」

 父さんが私の手を開かせて………………

「……レイジングハート」

『お久しぶりです、マスター』

 大事な相棒を、渡してくれた。

「……セットアップ」

 父さんに、見せてあげよう。

 もう、大丈夫と。

 ちゃんと一人でもやれるってところを。

 

『Stand by ready , Set Up』

 

 白いバリアジャケット。

 腰には、回天桜花。手には杖。

私の、戦装束だ。

 背筋を伸ばして。胸を張って。一言一句、意思を込めて。

「行ってきます!」

 役目を果たしたように、父さんの身体が、光に解けていく。

 

「なのは………………今度は、現実で…………

 

 ……父さんの残影は、消えた。

『魔力最大値・回復量100%。フルドライブが可能です』

「うん……行こう!」

『Exelion Mode』

 

――ガキュンッ!!

 

 カートリッジをロード。

 その魔力を使用し……レイジングハートが、変形する。

 鋭角的なフォルムの、突撃槍へ。

「八神」

 

――――ギュイイイイイイイイインッ……!!

 

 先端に、魔力スフィアを生成。

 それを、目の前の壁に向け…………

「……今、行くから!!」

 

――――ズドォオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!

 

 発射された砲撃は、閉ざされた壁を、粉々に打ち砕いた。

 

 

 

 闇の中を、歩いた先に。

「…………八神。見つけたよ」

 八神が、いた。

「高町…………なんで、ここに……?」

 何も無い闇の中に浮かび…………呆然と、私を見ていた。

 その傍らには、リーゼとそっくりな、色彩が反転したような女性がいた。

 もしかして……

「……あなたが、テンタトレス?」

『……いかにも』

 鷹揚に頷いた。

『貴様をここへ誘ったのは、我だ』

「どういうつもりだ、テンタトレス……!」

 八神が、怒りの表情を浮かべる。

 だけど、テンタトレスはそれに答えることは無い。

『……しばし、席を外すとしよう』

 そのまま、闇の向こうへ消えてしまった。

「……八神」

「………………………………」

 呼びかけには、答えない。なら……勝手に、話させてもらおう。

「迎えに来たよ。出よう」

「………………………………嫌だ。出ない」

「八神……」

「…………嫌だ」

「や、 

 

「嫌だっつってんだろ!!」

 

 八神は、激昂した。

「私は出ない! 出たって…………もう、私の居場所なんて、どこにもありはしないんだ!!」

「――!」

 

――パンッ!

 

 頬をたたく音が、暗闇に響いた。

 でも……叩かずには、いられなかった。

「じゃあ、どうするの。ずっとここに閉じこもってるの?」

「……ハッ。お前に言えたことかよ」

 八神は、あざけるように言う。

……どういうこと?

「さっきの、あの世界…………あれは、お前の理想を具現化したものなんだよ」

 …………理想を、具現化。さっきの世界は…………何も起こらない、平穏な世界だった。

 それは、つまり…………

 

「変化を拒んでいるのは……お前だって、同じじゃないか」

 

 …………事故さえ起こらなければ。

 そういうことは、何度も考えた。でも、起こってしまったことだからと……何度もそのたびに、諦めていた。

「……………………そうだね。否定はしないよ」

 たしかにあそこは……理想の世界だった。

 何も起こらず……変化も無い。ずっと、ずっと平穏なまま、ただ穏やかに時間だけが過ぎて行く。

「――でも、それは受け入れられない」

「…………」

「変化しないなんて……そんなの、死んでいるのと同じだから」

「……!」

 私を殴ろうと、振るった腕を掴み……引き寄せて、言ってやる。

 

「変わらなくちゃいけないんだ。私も……八神も」

 

 ばっ、と腕を振り払われる。

「出て行け……!!」

「! 八神!」

 その手に、何らかの術式が発現した!

 とにかく、防御だ……!!

 

「私の中から……出て行けぇえええええええっ!!」

 

――――バシュウウウウウウウウウッ!!

 

「きゃあっ!!」

 開放されたのは……黒い渦。

 それは、あっというまに私を飲み込んで……

「八神! 待って!!」

 その距離が、一気に開く!

 

――バシュンッ!!

 

「…………!! 八神!」

 ようやく、目を開けられた。そこは……巨大な魔力スフィアが浮かぶ洋上。

「……外まで、はじき出された」

「なのは!」

 秀人さんが、駆け寄ってきた。

「はやては……」

 …………私は、黙って首を振ることしか、できなかった。

「そうか……」

 くそ、情けない…………任せてもらったことを、成し遂げられないなんて。

 

「じゃあ…………一人で無理なら、複数で行くぞ」

「え!?」

 でも、さっきまでは全員で……

『ついさっき、固定化が成功したの』

 ついさっき……って、もしかして、あの壁をぶち抜いた時……?

「無駄にはなってない。安心しろ」

 秀人さんが、励ますように肩を叩いてくれた。

「それじゃあ、みんなで行くぞ!!」

 そして、全員が答えを返すより先に…………

 

《そォはいかないんだよなァああああああああああああああああっ!!》

 

 ……!!

 凄まじく不快な念話が、割り込んできた。

「今の……グレアム!?」

 フェイトとの戦闘空域には、まだ残っている。あそこから、直接の手出しは出来ないはず…………だけど。

 あいつには、闇の書の写本がある。

 遠隔から、何をしてくるのか……!!

《ぎゃはははは! まさか、あのガキがそこまで深い闇にいたとは、まさに好都合!》

「何を……!!」

《突入されたときは少し焦ったが…………始めから、こうすればよかったのだ! 始めから…………あのガキ自身に、守らせていればなァ!!》

 もし、はやてに抗う意思があれば…………でも、それに殉じると分かってしまえば……!!

 

――グゥウウウッ……!!

 

 魔力スフィアが、収縮していく!

「あ、だめっ!!」

 折角開いた穴も、ふさがって…………

『……!! 物質化します!!』

 バリンッ! と、魔力スフィアが割れた。

 そして、そこから現れたのは………………現れた、のは…………

 

――――ァアアアアアアアアアアアアアア…………!!

 

 全ての魔力を、闇を、呪いを…………一身に凝縮したかのような、巨大な魔獣だった。

「………………そんな、」

 レイジングハートを取り落としそうになるのを、何とか防ぐ。

 でも、全員、言葉を失っていた。

 その、巨大な魔獣の頭部には………………

 

――――八神が、埋まっていた。

 

「何をした…………」

 怒りに……レイジングハートを握る手が、ガタガタと震える。

「何をした……!」

 遠方のグレアムと……はっきりと、目が合った。

「八神に、何をしたぁあああああああああああああっ!!」

《ぎゃははははははは!!》

 その不愉快な哄笑………………二度と出せないようにしてやるっ!!

 レイジングハートを、長距離砲撃モードに……

 

《そして………………さあ、これもサービスだっ!!》

 

「!?」

 まだ、何か……!!

『あ、あああ……うそ、うそ…………!!』

 エイミィが、冷静さを失っていた。

「エイミィ、どうした! 状況を報告しろ!!」

 クロノの喝に……エイミィは、震える声で、言った。

 

『市街地に…………結界外の、市街地に………………魔力反応、多数、出現…………』

 

 結界外!?

「民間人は!? 隔離できないの!?」

『してるよぉ!! でも、でも、範囲が広すぎて………………全部は、』

「カバーできない範囲はどこ!? 私が行く!」

『なのはちゃんの、小学校を中心に……半径数キロ、まだ拡大中!』

 

《我の因子を組み込んだ騎士団だ! 命無き進軍、止められるかァ!?》

 

 モニターには……おびただしい数の雑魚騎士たちが、市街地を埋め尽くそうとしていた。

 とにかく、そこへ向かうしか……!!

『駄目! その魔獣も、市街地に向かってる! どっちも、戦力を分散したら食い止められない!!』

 …………冷たい空気が、体中に染み込んできた。

 

《どうだね、絶望の味は? ……さぞや美味かろう? ハハハハハハハ!!》

 

「…………まだだ」

 そうだ。こんなことで、負けるものか!

「まだだっ!!」

『応援を要請して、市民の被害を食い止めるのよ!!』

リンディさんの指示に、グレアムが言った。

 

《いいのかァ!? 管理外世界での魔法技術の露見は重罪だぞォ!?》

 

『人命には、変えられない!!』

《だが残念…………管理局は、増援など出さない!!》

『――!!』

 いったとおり…………応援要請への返事は、拒否ばかりのようだった。

 

《管理世界の魔法技術という利権を…………わざわざ、土人どもに渡したがる者がいるものかっ!!》

 

 ……腐っている。

 でも……応援要請の拒否が、その言葉を裏付けてしまう。

《クククッ……! まぁ、たかが数万人の命のために重罪を犯す者はおらんわ!

ハーッハッハッハッハッハッハッハ!!》

『たかが』…………? 数万人を、『たかが』……!?

 ……全てのカートリッジを費やして……どちらか片方、止められるかどうかだ。でも…………今は、動くしかない!!

《それこそ……よっぽどの馬鹿か、無法者でもなければ…………》

 無法者。そんな人たちが、いるはずが………………

 

 

 

「そうかそうか。それじゃあ………………天に仇為す無法者が、出張るとしよう」

 

 

 

――――――……ズッゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!

 

 

 

《……………………ハ?》

「……………………え?」

『……………………あ?』

 グレアムも、私たちも、アースラも………………同時に、言葉を失って放心した。

 雑魚騎士たちのいた、市街地の一角。そこに…………

 

――――ビルほどもある鉄塊が、屹立していた。

 

 蟻のように纏めて押しつぶされる、雑魚騎士達。

《ア、 アアアアア……》

 生き残った一部の雑魚騎士は、尚も市街地へ進行を続け………………

 

――――…………ヴァアララララララララララララララララッッ!!

 

「あーーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっは!! 死んじゃえ死んじゃえぇええええええええええええええっ!!」

 

「ええええええええええええええええええええええんっ!! 死ね、死ね、早く死ねぇええええええええええええええっ!!」

 

『ギ、ギャアアアアアッ!!』

 重機関銃が火を噴き、片っ端から蜂の巣にされる。

 

――――……ゾゾゾゾゾゾゾゾッ…………!!

 

「んーっふっふっふ…………さぁ、もがき苦しみなさぁい……!!」

 

『ヒ、ヒィイイイッ……!! グェエエエッ……!!』

 逃げ出した一団が、突如、首を押さえて悶絶し……そのまま、動かなくなる。

 

 

――――ザンッ! ザシュンッ!!

 

「秀君の邪魔はさせないよッ!!」

 

 黒塗りの刀で、片っ端から手当たり次第に、首を刈り取って行く。

「…………おい、ウソだろ」

 秀人さんが、呆然と呟く。

 まさか…………彼女たちは……!!

 

《……上官に楯突くか、カラス風情がぁあああああああっ!!》

 

 グレアムの怒りの咆哮に……鉄塊が、重火器が、呪術が、刀が、返答として振るわれる。

「ふぅん……? ま、どーでもいいや。だってウチら、上官の顔なんて知らねーし」

「……そういえばそうだったな」

 秀人さんが納得している。

 

『…………生きているか、青二才ども』

「レジアスのオッサン! まさか、あんたが……!!」

 そうだ……グレアムと同等の権限を持っている人といったら……この人がいた。

『グレアムの陣営が手薄になった隙を見計らって、あの部隊の指揮権限を奪い取ってやったぞ』

『感謝します……!!』

 本当、いいタイミング…………

 

「ヒデくぅううううん! コレ終わったら、子作りしようねーー!!」

 

「こんな場面で何を言ってるんだお前はぁあああああああっ!?」

 あの黒髪のお姉さんの言うことの真偽はあとでしっかり問いただすことにしようそうしよう今決めた。

 

「 「 お兄ちゃーん! ししょー!! 久しぶりー!! 」 」

 重火器の姉妹は、ユーノくんへ親しげに手を振る。

「……『師匠』?」

「……ぼくのことらしい」

 アルフの呟きに、ユーノくんが答える。

 

『アーデルハイド……!? きみなのか!?』

「あらぁ? 懐かしいと思ったら、マリエルじゃないの。相変わらずちっちゃいわねぇ。2メートルくらいにまで骨延長してあげようかしら?」

『改造手術が必要なほどちっちゃくねぇよ!!』

 ……あの危険な呪術の使い手は、マリーの既知らしい。

《クッソがぁああああ……!! 今更、正義の味方気取りかァ!?》

 

「管理局に与するわけではない。……無論、正義に殉じるわけでもない」

 

 ぎりぎりと顔を歪ませるグレアムを、リーダー格の女性が、無機質な目で見る。

 完全に、排除すべき汚物を見る目だった。

「家族が一人、吾妻秀人を助けるため」

ブォンッ……と、剣のような鉄塊を向け…………言い放つ。

 

 

「――――凶鳥部隊、推して参る」

 

 

 凄まじく頼もしい増援が、反撃の狼煙を上げた。

 

 

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