魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
『ハヒィ……ハヒィイイ……!!』
……海鳴市の路地裏を、ガサガサと蠢く、ちっぽけな害虫の姿があった。
『ハ、ハハハ……生きている……我はまだ、生きているぞォおおお……!! 最後に勝ったのは、この、グレアムだぁああああ……!!』
……グレアム。
アリアと、ロッテの決死の自爆は、完全には仕留め切れていなかったのだ。
『あのクソ猫どもめ……! 我が、精神のみを離脱させ、非常用の肉体へ精神を移したことになど、気づくまいて……!!』
――じゃらっ
損傷した肉塊の体を引きずり、彼自身が最も忌み嫌っていた虫けらのように、地面を這いまわり、生還の喜びに浸っていた。
『フゥ、フゥウウウ……!! 肉体を失ったのは痛いが……潜伏し、力を蓄え…………再び、舞い戻って……!』
――じゃらっ
…………全く反省することの無い、愚鈍な老人の思考だった。
『ハハ……ヒヒヒヒ………………ア?』
――じゃらっ
…………その逃走劇が、終わりを告げる。
路地の曲がり角から現れた、……………………無数のアクセサリーでジャラジャラと着飾った、派手な女が、行く手を阻んだのだ。
『…………』
グレアムは、息を殺した。
管理局の追っ手か? いや、それはない。目の前の人間から感じる魔力は、ほぼゼロなのだから。
(ふん。魔力を持たぬクズか)
侮蔑し………………そのクズから、小動物のように息を潜めて隠れている己の現状には、気づくことは無い。
「クズはお前だ」
……………………口に出していない、ただの思考に……その女は、返答した。
(!?)
「…………………………秀人はね、いつもいつも、無理して、空元気を張って…………必死に生きてる、まっすぐな子なんだ」
ぱちんっ……と、胸飾りの留め具を外す。かんざしも、ピアスも、ネックレスも、アンクレットも、チョーカーも…………じゃらじゃら、じゃらじゃらと…………銀細工を、取り外していく。
「………………あの子は、わたしと違って…………幸せにならなきゃ、いけない子だったんだ。それを……………………お前が、踏み躙ったッ…………!!」
じゃらんっ……と、むき出しの殺気を、晒し出す。
「今日だけ。今夜だけ。……今この時だけ、……………………おじいちゃんとの約束を、破る。悪い能力を、使う」
…………あの身に着けていた、多数の銀細工。あれは、己の危険な能力を、封印するためのものだったのだ。
『…………!? ヒィイイッ!!!』
その、魔力とも違う圧力に、グレアムが逃走する。
だが、その身が、地面を離れる。
「お前を、|殺す――!!」
手を振れずに、眼前にグレアムを吊るし上げる奈々。
そして……ガキッ!! と、グレアムの精神を、鷲掴みにする!!
『や、やめろっ……やめてくれぇえええっ!!』
ビキビキと、脆弱な精神に、亀裂が入っていく。そして。
「――死ねっ!!」
――――バキィイイイインッ!!!
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーッ!!!!』
精神を砕かれたグレアムが、断末魔の悲鳴を上げる。
ボトッ……と落ちる、かつてグレアムだったもの。もはや生きてすらいない腐肉に、路傍の虫けらが群がり、貪り始めていた。
「……………………」
グレアムを始末した奈々は…………喜びも達成感も感じさせない、のろのろとした動作で、銀細工……封印を身につける。その手は、疲労とは又別の意味で震えていた。
ずるずると、壁を擦るように力なく歩き………………
「奈々」
……己を呼び止める声に、立ち止まる。
「おじいちゃん…………」
…………大家だった。
「………………」
奈々は、約束を破った罪悪感から、涙目で項垂れている。
「奈々」
大家は、ゆっくりと、奈々の頭に手を伸ばす。奈々はビクッと目を瞑り…………
――ぽん
……と、優しい手の感触に、きょとん、とした顔をした。
「すまん。嫌な役を、押し付けてしまったのう……」
「おこって、ないの……? 奈々、約束やぶっちゃったんだよ……?」
「怒ることなど、一つも無いわい。もし、奈々より先に、見つけていたら…………」
――――ベゴンッ……!!!
「ワシが、この手で屠り去ってくれたわ……!!」
殴りつけられた電柱が、内部の鉄骨までを砕かれ、大きく折れていた。
「おじいちゃん、手……!」
……皮膚が破れた拳を、奈々は、持っていたハンカチで包んだ。
介抱されながら……大家は、ぽつりと漏らした。
「………………秀人は、帰っては来ないかの……?」
「……!!」
奈々は、能力の副産物により、…………秀人の反応が、唐突に途絶えたことを、悟っていた。
「…………………………『死』の反応じゃ、なかったよ。でも…………」
「…………そうか。ありがとう」
…………あの、豪放磊落の豪傑はどこへ行ったのか。まるで、一気に老け込んでしまったかのように、背中を丸めていた。
…………無理も無い。大家にとって、秀人は、息子も同然だったのだ。
「馬鹿者が……! おまえなんぞ、まだまだヒヨっこのヒデ坊じゃ……!!」
◆ ◆ ◆ ◆
――――――事件より、三週間が過ぎていた。
あの夜……秀人が消えてから、誰もその場を動かず、帰還を待ち続けていた。
ほぼ全員が、秀人に魔力を吸収されたことによる魔力欠乏で……見かねたリンディが、強制的にアースラへ転送していなかったら、一晩どころか、今日の今日まで、待ち続けていたことだろう。
リンディは何度も、本部へ、秀人の捜索の続行を申請した。だが、帰ってくるのは決まって、『事件は解決済み』という返答の、定型句だった。
そして、リンディは…………
「…………」
惰性のままに、表示された画面を、眺め続けていた。
『事件担当執務官クロノ・ハラオウン氏 特別勲章授与式』
…………個人の感情はさておき、とにかくクロノは、永きに渡る難事件の前線指揮官であり、唯一、あの中で正式に管理局に所属している管理局員だ。
『艦長……クロノです』
呼び出した時間ぴったりに、クロノが艦長室をノックした。
「入りなさい」
『失礼します』
やってきたクロノは……変わらず、濃い疲労の隈を浮かべていた。
「これは……」
促されるままに、その画面を見せられたクロノは、はっきりと嫌悪の表情を見せた。
「辞退させて頂きます」
きっぱりと告げるクロノ。だがリンディは、首を縦に振らなかった。
「……それはできないわ」
画面をスクロールさせ、そのふざけた案内状を寄越した人物の名を、表示させる。
「デイリン・グレンジャー中将……ですか」
中将。管理局の中でも、有数の実力者であり……将官の中でも、指折りに評判の悪い男だ。
だが、中将からの招待状。一執務官が、その招待を断れば……一体、どこへ飛び火するのかも分からない以上、出るしかないのだ。
「…………了解、しました」
それだけを言い残し、クロノは退室した。
一人残されたリンディは、一人、深く深く、ため息をついた。
「…………苦労ばかり、掛けてしまうわね」
提督としての実績を積み、発言力も得て、…………だが、結局は組織の中の一個人。それを、今更ながら自覚し、無力感を感じていた。
「……あなたは、あの子の劣等感を拭ってくれたわね…………」
思い浮かべるのは、件の人物。
「ねぇ、秀人くん………………あなただったら、どうしてた……?」
――――答える声は、無かった。
そして、授与式当日…………待合室でクロノは、儀礼用の礼服の袖に、久方ぶりに腕を通していた。
「クロノくん、袖のボタン外れてるよ」
「…………ああ、すまないエイミィ」
クロノはどこか、上の空。
「さ、……行こう」
「……ああ、そうだな」
そして、待合室を出た。
廊下を歩いていると、通路の壁に、一人の青年が立っていた。
その青年は、クロノと目が合うと、馴れ馴れしく近づいてきた。
「やーァやぁやぁ、クロノ。壮健そうで何よりだね、うん?」
……派手な金髪。やや自己主張が強いが、決して醜男ではない…………いや、十分にハンサムで通用する容貌。
「……キーア。お前か」
キーア・ソナタ。
士官学校時代の同期であり………………今に至るまで、親しい間柄ではない。
士官学校卒業時、クロノが主席で、キーアが次席。
ライバル……といえば聞こえはいいが、その影で、何人もの級友を陥れ、失脚させることで成績を維持してきたそのやりかたに、クロノは心底、辟易としていたし、キーアはキーアで、馬鹿正直に、正攻法で…………常に自分の上にいるクロノのことを、疎ましく思っていた。
極め付けに、クロノが最年少執務官として合格した翌年、キーアもまた、執務官試験に合格。
互いに、決して相容れない存在だった。
「何の用だ」
そんな彼が、わざわざこんな場所にいる理由は……
「おやおや、つれないなぁ。勲章を受けるキミを、祝福しにきたに決まっているだろう?」
気障ったらしく前髪をかき上げながら、キーア。
無論、額面どおりに受け取るような言葉ではない。意気消沈したクロノを、見物に来たのだろう。
「……ご苦労なことだ」
「おや?」
キーアは、意外そうな顔をする。クロノはこれまで、キーアの戯言に、揺さぶられることなど、無かったのだから。
「あれあれ? ご機嫌ナナメだね、クロノ?」
「こんな場所で油を売っていないで、一つでも事件を追ったらどうなんだ。事件の解決率が、また落ちるぞ」
「………………あ?」
キーアが、余裕の態度を一転。頬を引きつらせ、クロノを睨む。
「またデイリン中将に泣きついて、ラクな事件を斡旋してもらうか?」
キーアは最早、憎しみに歪んだ顔を、隠そうともしなかった。
「精進しろよ、《万年二位》」
……………………
「クロノ君……良かったの?」
同伴するエイミィが、ひそひそと耳打ちする。
「キーアに、アレ言っちゃって……」
…………それは、あのプライドが山ほど高いキーアにとっては、禁句もいいところだ。
「…………正直、反省している」
クロノにしては珍しく、敵意を持って、相手を皮肉った。その行為そのことに関しては、クロノは自責していた。
「奴に関してはどうとも思わないが、な」
重苦しい気分のまま、参列する。
両脇を、デイリンお付の局員たちがズラッと並び……その先に、デイリン中将がいた。
でっぷりと太った身体。脂ぎった顔。薄い頭髪。目は濁っており、既に、その志も怪しいところだ。
エイミィたちアースラのスタッフたちもまた、端のほうで参列していた。
「――これより、難事件を解決へと導いた誉れある執務官……クロノ・ハラオウンへの、勲章授与式を始める!」
――ワァッ……!!
両脇の局員たちが、わざとらしい歓声と拍手を上げる。
「クロノ・ハラオウン、前へ!」
それを、どこか遠くの出来事のように聞きながら、クロノは、礼節に則った動作で、歩を進める。
デイリンの目の前まで歩くと、歓声と拍手は最高潮に達し…………デイリンの合図によって、ぴたりと止む。
そして、デイリンが、文を読み上げる。
「クロノ・ハラオウン執務官! 貴官は、永きに渡る難事件を、短期で決着させた! その功績を称え、ここに勲章を授与する!!」
壇に置かれていた、豪奢な箱。その中から、これまた趣味の悪いギラギラした勲章を取り出し、クロノの首に掛けようとする。
それと似たような勲章は、デイリンの胸にいくつも着いていた。
(……同類、か)
こうして、自分もまた理想を見失い、目の前のデイリンのように、醜く変わっていくのだろう。ふっ、と、クロノは自嘲する。
それを、隠し切れない喜びが滲み出したものだと勘違いしたデイリンが、能天気に笑っていた。
「いやぁ、さすがは最年少執務官だ!」
そして………………デイリンは。
「『最小限の犠牲』で、よくぞ事件を解決した!」
――――――言ってはならないことを、口にした。
勲章を受け取りかけていたクロノは、動きを止める。
「最小限…………」
「うむ?」
ぼそっと呟いた言葉を、デイリンが、訝しむ。
「最小限とは…………どのような、意味でしょうか?」
理性を総動員して……爆発を押さえ込む。
デイリンは……その機微にすら気づかず、べらべらと喋り切った。
「歴代の中で最小人数、そして、たかが現地民の嘱託魔導師ひとり、という意味だが? どうかしたのか?」
クロノは、ゆっくりと、デイリンの汚い手を除ける。そして…………………………
「――…………ふざっけんなぁあああああああああああああああああああ!!!!」
――メゴンッ!!
…………渾身の怒りをもって、デイリンの脂ぎった顔を、全力で殴り飛ばした!
「ぶべェッ!」
吹き飛び、壇を巻き込み、無様に倒れこむ。
シン……と、唐突な事態に静まり返る式場。
「き、きさま、気でも狂った グぇッ!?」
「ふざけるな…………ふざけんなよ、てめぇえええええええええ!!」
――ベキッ! バゴッ!!
デイリンに馬乗りになり、延々と殴り続ける。
「オ……おごォっ!?」
転がっていた勲章を、デイリンの口の中に押し込む、そして、また殴る。
返り血が飛び散り、式場は一転、修羅場と化した。
「立てよオラァ!!」
胸倉を掴んで引き起こし、壁際に押し付け、更に殴る。
――ゴンッ!! ガンッ!!
殴る、殴る…………まるで、これまで理性で押さえつけていた怒りを、吐き出すように。
ずるずるとダウンしかけたデイリン。それを、更に、ひときわ大きく拳を振り上げ…………
「お前が、……お前なんぞが!!」
……………………………………
「俺の親友を、知ったかぶってんじゃねぇえええええええっ!!」
――ゴギンッ!!
吹き飛んだデイリンが、配下の列に吹き飛んだ。
「と……取り押さえろ!! 執務官が乱心した!!」
ようやくその行動に移り始めた頃には、既にデイリンはボロボロ。歯が折れてマヌケな顔になり、泡を吹いている始末だった。
――バンッ!!
式場の扉が開き、キーアを先頭にした治安部隊が雪崩れ込んできた。
「クロノ・ハラオウン! 将官暴行の現行犯で逮捕する!!」
その顔は、優越感と、カタルシスで嬉々としていた。
取り押さえられ……地面に組み敷かれるクロノ。その顔を、キーアが踏みつける。
「ははは! 君もこれで終わりだな ……ぎゃっ!?」
デバイスを構えたキーアだったが、予想だにしない方角から後頭部を殴打され、更に足を払われ転倒した。
「な、な……!?」
振り返った先…………端のほうに参列してた、アースラのスタッフたちが、これまた鬼のような形相で、デイリンやキーアたちに襲い掛かってきていた。
「このヤロォオオオオオ!!」「ふざけんじゃねぇぞおおおおおお!!」「秀人くんのこと、なんにも知らないくせにっ!!」「ぶちのめしたらぁあああああああ!!」
血の気の多い武装局員どころか、エイミィらオペレーター、老け顔の医務官までもが、その辺にあったビンやら燭台やら椅子やらを手に、治安部隊や、デイリンの配下を滅多打ちにしていく。
「……ば、馬鹿じゃないのか、こいつら!!」
キーアは何とか立ち直り、バインドでアースラのスタッフたちを拘束しようと……
「ふんっ!!」
――――めごしゃっ
「ゥヴァッ!?」
先ほどの返礼とばかりに、顔面をしこたま殴られるキーア。
「おおお…………!! く、クロノ……!?」
「…………祝いの酒だ。お前にも、分けてやるよ」
どぷどぷと、高価そうな酒瓶の中身が、キーアに振りかけられる。そして……
「火を放て」
「「「「「 了解!! 」」」」」
…………どう見ても、本気だった。
「ちょ、待、やめァアアアアアアアアアアアアアアーーーーー!!」
…………蝋燭の火が、振りかけられたアルコールに引火した。
「き、貴様…………これだけのことをして、ただで済むと思っているのか……!? 今後、管理局での立場がどうなるか……!!」
デイリンが、尻餅をついたまま、みっともなく後ずさりをする。
その前に立ったクロノは…………
――――ブチッ。
士官服に着けていた、執務官の階級バッジを引きちぎった。
「知らねぇよ」
それを、デイリンの足元に放る。
「たかがそんなもんのために、自分の理想を、信念を汚されるくらいなら…………こっちから願い下げだ」
士官服さえも脱ぎ捨て、身軽になる。
ちっぽけなバッジ。そんなもののために、自分は、今まで何をやってきたのだろう。
唯一の親友。今更ながら、彼の破天荒な行動の意味が、分かった気がした。
――己の信念を貫き、古いしがらみに真っ向から立ち向かう。
彼の生き様こそが、本来、自分の進む道だったのだと、今気づいた。
「『俺』は、管理局を去る」
……一人称の変化は、何を意味するのだろうか。
空しさを胸に、下らない儀礼の会場を立ち去るクロノ達。
――――この日、時空管理局史上最年少執務官・クロノ・ハラオウンは、将官暴行及び、施設損壊の現行犯で逮捕され、執務官資格を剥奪。その後、拘留中に作成した除隊願いが受理され、クロノ・ハラオウンの名は、管理局から除名されることとなった。
◆ ◆ ◆ ◆
「…………馬鹿だな、あいつ」
そのニュースを聞いたユーノは、そう言いながらも、どこか納得していた。
「…………レジアス少……あ、いえ、失礼しました、中将」
「構わん。内定しただけで、まだオレは少将の身だ」
レジアスと、ユーノ。なぜこんな凸凹な二人が、揃って歩いているのかというと…………
「…………よ、おじさん。ユーノ」
身を起こしたはやてが、リーゼに支えられながら、ベッドから降りるところだった。
その肩の辺りに、30センチほどに縮んだ、待機モードのアーフィエルもいる。
「……魔力が一時的に足りなくなってな。ヴィータとレヴィを除く七星騎士たちも、今はコアの状態で休眠しておるわ」
はやてのひざの上に置かれた、至天の書。確かに、その中から気配がする。
「主、歩けますか?」
「ああ、問題ないよ。……んじゃ、行くとするか」
………………はやてには、いくつか、残された『用事』があった。それを済ませるために、保護者のレジアスと、なんか手持ち無沙汰になっていたユーノが、借り出されたのだ。
「……お前には、監視員が着くことになった」
……さすがに、無罪放免とは行かない。
「安心しろ。ある程度までなら、お前の選択に任せられる。何人かをリストアップするうち、一人を選べ。一人ずつ面接をしても構わん」
「過保護だねぇ……」
あきれたようなはやての言葉。
「ああ、娘にもよく言われる」
「えっ………………あんたに、娘!?」
あまりにもぎょっとした顔をするものだから、レジアスも苦笑してしまった。
「オーリスという。今、士官学校の二年目でな………………時間が合えば、会わせてやる」
――――!! ――!
その道中…………通路の向こうから、ヒステリックな叫び声が聞こえてきていた。
「主!」
リーゼの静止を振り切り……その方向へ。
「返して! 返してよぉっ!!」
「こ、こら! 大人しくしないか!」
手枷を填められ、牽引される女性。
「大人しくしろ! ……フィアット・コルデーロ!!」
…………グレアムとの密通の罪で逮捕された、フィアットだった。
なぜ、彼女がこんなにも、恐慌に駆られているのか…………それは。
「これは、証拠物件だ! 貴様に所有権は既に無い!!」
…………押収された、フィアットの私物類だ。
そのうちの一つ…………衣服が収まっているであろう箱から、ほつれたセーターや、型遅れの左官服が、僅かに覗いていた。
「……………………あの子は?」
どこか、確信を持ちながらも、そう聞く。
「……フィアット・コルデーロ。アースラの元スタッフで、…………はやて。君を抹殺するために、グレアムに情報を横流しにしていた」
「…………動機は?」
「…………」
躊躇うユーノを、目で促す。
「…………前回の、闇の書事件の遺族。お母さんが、闇の書の主だったんだって…………」
リーゼとアーフィエルは、沈痛な面持ちで、その話を聞いていた。
「…………………………」
瞑目し、考えるはやて。
「返して! 返してぇっ……!!」
そのさなか、とうとうフィアットが、衣服から引き離され………………
「おかぁさんをかえしてよっ!!」
…………悲痛な叫びを、口にした。
「あ、はやて!?」
追おうとしたユーノを、レジアスが押しとどめ、首を横に振った。
ここは……はやての選択に、任せることにしたようだ。
「……………………どけ」
「は? ……ぐァっ!?」
はやては、衣類を持っていた局員を昏倒させ、荷物を奪った。
それを、フィアットの目の前に放る。
「あ、……」
衣類を掻き抱くフィアット。だが、はやてを見ようとも、一向に何のアクションも起こさなかった。
「…………」
心が、完全に折れている。復讐心だけを支えに、これまでを歩んできたフィアットにとって、それはまさに、魂を抜かれたようなものだろう。
「…………………………私が憎いか」
はやての問いかけに、ぼそりと反応する。
「……………………憎い」
「そうか」
はやては、手元に魔剣を召喚し、振り上げる。のろのろとした動作で、それを目で追うフィアット。
――――キンッ……!!
……一閃。フィアットの手枷を、破壊する。
「!」
これには、流石にレジアスも目をむいた。自身へ復讐心を持つ相手を、みすみす解き放つとは。
――ガランッ。
更に、魔剣をその足元に放る。
一体、何を考えているのか…………はやては、こう言い放った。
「――――私を、殺してみろ」
フィアットの目が、魔剣と、はやてを、行き来する。
そして…………母の遺物を目にした瞬間、それが一直線につながった。
魔剣を、掴み取り…………
「……ぅうあぁああああああああああああああああっ!!」
大上段からの振り下ろし。一切躊躇の無い攻撃。
だが………………
――ぱしんっ
……白羽取りされた魔剣が、空しく止まる。
「……この程度か?」
「く、ぁあああああっ……!!」
意地のように、魔剣を押し込む。
――――パンッ!!
「あっ……!!」
軽い動作での、右ストレートが、フィアットの頬を打ち抜く。
「……!!」
転がったフィアットの足元に、またしても、魔剣が放られる。
「そら、もう一度だ」
「このぉおおおおっ!!」
「こんなものか、お前の憎しみは!」
また、失敗。
「弱い! それで仇を討とうなど、百年早いわ!」
また、失敗。
何度も、何度も、はやてに立ち向かうたび……死んでいたフィアットの目が、爛々と、輝き始め……
「お前の母は、犬死にかっ!!」
……その言葉に、かっ、と、ひときわ大きく、輝いた。
「――――殺してやるッ!! 八神はやてッ!!」
…………とうとう、その名を呼んだとき……はやてが、にやりと笑った。
「……」
「うあああああああああっ!!」
無言で、左腕を差し出す。
――ザシュッ!!
「、く……!!」
魔剣はとうとう、はやての腕を貫いた。
「主!!」
「来るなッ!!」
駆け寄るリーゼを制する。
――スパンッ!!
再び、右ストレートでフィアットを倒す。
うめくフィアット。
ユーノが、慌てて止血を施し、処置した。
「……………………おじさん」
レジアスを呼ぶ。
「私の監視員…………こいつがいい。こいつにする」
「!! 正気か!!」
目をひん剥くレジアス。
「都合してくれるって、言ったよね?」
「…………言った。確かに言った。だが……」
さすがに、これには渋るレジアス。だが、はやてが本気で言っているのだと悟り…………あきらめた様に、「いいだろう」と、呟いた。
フィアットに歩み寄り、顔をぐいっと近づけ…………その目を睨みつけた。
「私を全力で殺しに来い、フィアット・コルデーロ。
いつでも、どこであろうと………………受けて立ってやる」
フィアットは…………滾る復讐心を目に浮かべ、はやてを睨み返した。
「必ず…………何年かかっても、貴様を殺してやるッ!!」
「…………ああ。気長にやればいい」
フィアットは…………生きる気力を、取り戻した。
◆ ◆ ◆ ◆
拘留の後……人気の少ないアースラを、軽装で歩くクロノの姿があった。
人気が少ない理由は…………あの日、騒動を起こした局員たちが、片っ端から拘束され、シフトを外れ…………結果、アースラの機能がマヒしているからだ。
リンディは、監督責任を追及され、閑職へ左遷されることが決まった。
リンディは、クロノを一切責めることは無かった。それどころか、デイリン中将の発言を、公の場で非難し、最後っ屁までかましていた。
「…………ここを歩くのも、今日で最後か」
クロノは、自分の私物を整理しにやってきた。……殆ど全てを捨てることになるのだろうが。
それよりも…………もっと、大事な用事のために。
「…………フィアット」
「あ…………クロノさん」
閑散としたホールの中、フィアットが、ベンチに座っていた。
「こんなところに呼び出して、何の用ですかぁ……?」
フィアットもまた、オペレーターの任を解かれ、ある人物の監視下に置かれることが決まっていた。
保護観察処分とはいえ、彼女は現役の局員。
しかも、勤務先は未公開ときている。
今日、この日を逃せば、話が出来る日が来るとは限らない。
「…………きみの母、ルカ・コルデーロは、十年前、闇の書の主となった」
「はい、知っています」
「……………………僕の父、クライド・ハラオウンもまた、航行艦エスティアで、運命を共にした」
「はい、知っています」
「…………正確には、君の母と共に、小型艇に乗り込み…………エスティアのアルカンシェルに、撃沈された」
「………………………………グレアムに、闇の書を渡さないために、ですね」
グレアムの所業を知り、10年前の真相も、大部分は掴んでいた。
…………その察しのいいところは、よく似ている。
「そうだ。君の母を、渡さないために」
それが、クライドの下した決断。
「そして………………孤独のうちに、逝くことがないように」
「……?」
フィアットはそれに、僅かな引っ掛かりを感じた。
「……クライド艦長が、責任感が強い人物であったことは伺っています。ですが、いち局員のため、家族を残してまで、命を投げ出す理由が、あったのでしょうか?」
「いち局員ではなく…………愛した女性なら、十分にありえるだろう?」
「…………!!」
フィアットが、目をむいて絶句する。
「…………母さんには、まだ話せないよな、こんな話」
…………間違いなく、墓石を蹴り壊し、怒り狂う。そして泣く。思い出してはさめざめと、延々と泣き続けるだろう。
「チッ…………あの色ボケ親父め…………!」
がりがりと頭を掻き、苛立たしげに舌打ちをした。
「お、おかあさんは……おとうさんは、いないって…………」
フィアットは、おろおろと狼狽した。嘘じゃなかろうか、と。だが、クロノの苦い表情と………………面立ちや、髪質を見て、静かになった。想像だにしていなかったとはいえ、何故、今の今まで気づかなかったのか。
言葉に詰まるフィアットに、クロノは、滔々と、言葉をかけた。
「もし、いつか……互いに、落ち着ける日が来たら。……そのときは、ゆっくりと話をしよう」
今はまだ、落ち着ける状況ではない。
それは、『いつか』の話だ。
だが、それを、伝えることが出来れば。
「いいだろう? ………………………………姉さん」
クロノの腹違いの姉、フィアット・コルデーロに、天涯孤独では無いのだと。
「……………………………………………………………………うん。クロノ」
フィアットは、泣いているような、笑っているような…………ぎこちない笑みを、浮かべた。
…………それは、失って久しかった、フィアット自身の、笑顔だった。
◆ ◆ ◆ ◆
「なぁ、汝……」
弱気な声を出すアーフィエル。はやては、それをくすっと笑った。
「……良かったのか? あやつの母親を殺したのは、我……」
「お前の罪は、私の罪だ」
転送ポートを経てやってきたのは…………白亜の建物。美香が入院する、病院だった。
「さて…………悪いけど、ここからは本当に、私一人の問題だ」
建物の中は、閑散としていた。それというのも、三週間前の事件の際に避難した患者たちが、まだ半分も戻ってきていないからだ。
中庭のベンチに座り、少し待つと、からからと、車輪が回る音がした。
「姐さん!」
姉の美穂が押していた車椅子を、自分で漕いで、はやての隣までやってくる。
「よっ」
「はやてちゃん、久しぶり」
美穂がニコリと笑った。
「いきなりメールをもらって、驚いちゃったわ」
美穂にメールをして、会う時間を作ってもらったのだ。
「そうそう、今日は、弟のヨシヒコも呼んだの。なんだか、会社で一人欠員が出て、その枠に正社員として内定をもらったみたいで……」
うわさをすれば何とやら。
中庭にやってきたそのヨシヒコとやらは、丁度影に入っていて、はやての目には見えなかった。
「うーッス。なんだよ姉貴」
「なんだ、じゃないでしょう? 前から言ってた、美香がお世話になってる…………」
「ああ、そーいや……」
(ん……?)
どうにも、聞き覚えのある声だった。そして。
「どーも。美香の兄貴でヨシヒコって言いま………………」
建物の影から、彼が出てきて………………
「 「 あー!! 」 」
互いを指差し、驚愕していた。
「びっくりしちゃった。お兄ちゃんと姐さん、知り合いだったんだね」
輪の中の美香が、そんなことを言っていた。
「あ、ああ……まぁ、な」
「つーか、お前だったのかよ」
「…………似てねー兄貴だな」
「ほっとけ。……お前、ちゃんとマトモなメシ食ってんのか?」
「食ってるよ。……たまにそれ以外も食うけどな」
けらけらと笑い合う。
そんな会話の中……
「もう酒には懲りたか?」
ヨシヒコが、バラした。
「お、お前! ここでバラすことじゃねーだろ!」
「あ、ヤベっ」
二人して口を塞ぐが…………
「酒…………?」
美穂の気配が、はっきりと変わった。
「じゅーすだとおもってれじにもっていきました。よしひこくんはとめませんでした」
棒読みである。
「ちょ、おまっ……馬鹿、」
……全てをヨシヒコに押し付けた。
「………………ヨシヒコ!!」
呼びつけられたヨシヒコが、背筋を伸ばして目をそらした。
「は、はいっ!? 何も知りませんッ!!」
「嘘おっしゃい!! ちょっとこっち来なさい!!」
「あ、あでででで!! 姉貴、耳、耳がぁああ………………」
…………ヨシヒコは、美穂に引きずられて行ってしまった。
「…………」「…………」
二人になってしまうと、少しだけ、さびしく感じる。
「あ。姐さん姐さん! わたしね、姐さんがいなくても、ちゃんと魔法の練習してたよ!!」
「………………そうか」
美香の頭を撫でる。
「これでまた一歩、一人前の魔法使いに…………」
「美香。あいつらは、大事?」
「……え?」
その唐突な問いかけに、きょとん、とした表情を見せる。
「お姉ちゃんと、お兄ちゃんは、大事?」
「あ………………うん。大事、だよ」
「そうか」
はやては、勢いをつけて、ベンチから立ち上がる。
「遅くなったけど…………美香、プレゼントをあげる」
「え、ホント!?」
ぱっと、うれしそうに顔を綻ばせる。
はやても、つられる様に笑顔になり…………懐から、木箱を取り出した。わくわくした顔の美香に、それを渡す。
促し、開けさせる。
「……わぁ! 綺麗!!」
…………木箱の中に入っていたのは、ペンダント。毎度おなじみ……奈々謹製の、銀細工である。
一対の翼が、カットされていない、宝石の原石を囲い来むような形状。原石は敢えて固定されておらず、翼の中を、からからと動き回る。
「気に入った?」
「うん! ありがとう!! …………姐さん?」
美香は……はやてが、何故か、寂しそうな顔をしているのを、見てしまった。
奈々の、銀細工…………それは、依頼人の願いを、込めることができるというもの。
では、はやてが託した願いとは。
「おいで。かけてあげる」
箱から取り出したペンダントを、美香の首に掛ける。そして…………
「美香。あなたはもう、何にも脅かされない」
ぐいっと美香を抱きよせ……言葉を続ける。
「世の理不尽も、他人も、自分も…………その全ては、あなたのために回り始める」
美香は、家族の愛情を受け、これからもまっすぐに成長していく。
その中に……自分のような咎人は、居てはならないのだ。
「でも、……でも、魔法が、無かったら…………」
歩けない。その不安に、はやてが答える。
「美香の足が動かないのは、」
先日、アースラの検査で発覚した事実。
「お前の中に、二つのリンカーコアがあるからだ」
身体機能と、密接な関係にあるリンカーコア。まだ未発達な幼少期であれば、共存も可能だったのだろうが……心身の成長に合わせ、リンカーコアもまた大きくなり、身体機能に齟齬が生じてしまったのだろう。
だがそもそも、何故、美香は二つのリンカーコアを持って産まれて来たのか。これは、見立てだが…………
「多分、お前はもともと、双子として生まれてくる筈だったんだ」
稀にだが、胎児の状態の双子が融合し、片方に吸収され、一人として産まれてくる事例が存在する。
美香は、それだったのだ。
「だから…………そのリンカーコアの魔力を、別の場所に逃がすことが出来れば、自然に良くなるさ」
ペンダントが、その依り代となる。
「誰だって、きょうだいを傷つけたくなんて、無い筈だからな」
「で、でも、私、また歩けるのか、わかんない……自信ないよ…………歩けるまで、傍にいてよ……姐さん!」
はやては、寂しそうに笑い……首を横に振った。
「もう、『姐さん』はおしまい。」
「……!!」
今日、この日が……別離の日なのだと、気づいてしまった。
「嫌だ……嫌だよ……!!」
力いっぱい、はやてにしがみつき…………はやては、仕方がなさそうに、頭を撫でる。
そして…………
「私の擬似魔力神経を……美香にあげる」
……はやての下肢は、事故以来、機能を失っている。それを稼動させていたのは、魔力による恒常的な身体操作。今や、通常の神経と同じように、思考のままスムーズに動かすことが出来ている…………それを、美香に譲り渡すということは。
「ま、なんとかするさ。…………そうじゃないと、あの馬鹿に笑われちまう。……『なんだ、進歩が無いな』……って」
ぐずぐずと洟をすする美香。
「これが、最後の贈り物だよ」
手元の、至天の書を記述する。書き記されたのは、僅かな数行。その程度の術式であれば、わざわざ『魔導創造』を用いなくとも、既存の組み合わせで作成できたはず。それをしなかったのは、きっと…………はやてなりの、美香への心尽くし。
それを、ペンダントに使用する。
「――――全てを、忘れなさい。魔法のことも――私のことも。これで……契約、完了だ」
美香の頭に添えた手から、じんわりと、暖かで静かな…………夜のような、優しい魔力が、注がれる。
「至天の王の名の下に、汝に輝く未来を贈る」
そして……別れの言葉を、トリガーボイスとして、発動。
――――――――――――さようなら、美香
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…………………………………………………………………
……………………………………………………………
………………………………
「…………あれ?」
柳瀬美香は、入院している病院の中庭に、ぽつんと……
――立ち尽くしていた。
頬が、不自然に濡れている。
ごしごしと拭っても、それが何だったのか、わからない。
その視界の隅に…………誰かが、車椅子で去っていく姿が、映った。
「――――あ、」
誰なのかは知らない。分からない。
だが…………何故か、たまらなく、追いかけたくなった。
二本の足で、元気に駆け寄って…………
「んー……あれ? どうして、ヨシヒコにお説教してたんだっけ……?」
「マジ勘弁してくれよ、姉貴…………流石に泣くぞ、オレ」
聞こえてきた、愛しい家族の声。美香は、そちらを振り向くことを、選択した。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん」
出迎えた美香の姿を見て、二人は………………
◆ ◆ ◆ ◆
――――……!!!
向こうから、悲鳴とも、歓声ともつかない声が聞こえてくる。
からからと、車椅子を押し、その場を離れるはやて。
「…………」
…………反応の無くなった足の感覚も、どこか懐かしい。
レジアスらが待つ場所まで、車輪を回す。
――がつっ!
「あっ、」
車輪が、路上の石ころに乗り上げ、バランスを崩す。がしゃんっ、と大きな音を立て、身を投げ出された。
「う……」
からからと、掴む地面を見失った車輪が、空しく回る。
「はやて!」「主!」
レジアスやユーノが、駆け寄ってこようとする。
「来るなッ!!」
はやては、それを鋭い声で制止した。
「自分で、立てるから…………!!」
腕の力で、車椅子を支えにして…………動こうともしない足を、叱咤する。
…………ぴくり、と。はやての錯覚でなければ、僅かな反応が、返ってきた。そして。
「……ぅああああっ!!」
ほぼ、腕の力。車椅子を支えにしなければ、崩れ落ちてしまうような、頼りなさ。だが、確かに……はやては、自分の足で、立ち上がった。
「…………くそっ……くそっくそっくそぉっ……!!」
だというのに、はやては、大粒の涙を流しながら、毒づいていた。
「誰よりも、一番に…………アイツに見せたかったのに…………自慢してやりたかったのに……………………褒めて、欲しかったのに…………!!」
…………一番に認めてほしい相手は、もう……いない。
「ちくしょぉおおおおおおおっ――――!!!」
……冬晴れの空に、叫びが空しく響いた。
◆ ◆ ◆ ◆
――海鳴市に、雪が降っていた。
ざくざくと、新雪を踏みしめて、フェイトが歩く。
その後ろを、プレシア、アルフ…………それに、何故かレヴィが、ついてきていた。
「もうちょっとだよー」
フェイトは、声だけは明るく、先頭をずんずんと進んでいく。
どうみても空元気。だが、この場にいる皆が、同じ状態なため……指摘するものは、いなかった。
四人は……海鳴市の小高い丘へ向かって、歩いていた。
そして、丘の展望台まで来たところで……その歩みを止めた。
『あ…………来てくれたんだ』
一本の木の下で、頼りなく揺れる、水色の炎の影を見つけた。
「や。……アリシア」
手を上げて挨拶するフェイト。それに応じるアリシアの手が、霞み、消えかける。
『いやー、間に合って良かった良かった』
「……リンディにはもう、頭が上がらないわね」
…………プレシアを再び連れ出すのに、八方手を尽くしてくれたリンディ。前回は、戦闘データ収集。そして、今回は…………
「レヴィの、自立行動のための魔力供給……だったかしら」
……よくもまぁ、あれこれ思いつくものである。
『ほんと、いいタイミングで来てくれたねぇ。…………もって、あと1時間ってとこだったよ』
「ッ……!」
元々、このアリシア自身……秀人の蒼炎によって、アリシアの残留思念が形を得たものだ。むしろ、今日この日まで保てたことが、奇跡のようなものだった。
『残った時間で…………何をしようか?』
「…………」
何がしたいのか……いや、やりたいことが多すぎて、一つを選べないでいる。
だが、悩んでいる時間も、既に惜しく…………
「ゆきがっせん、やりたい!!」
…………フェイトの鶴の一声で、そう決まった。
なんで雪合戦なんだアリシアは雪玉握れないだろうつーかなんで雪合戦だよ……と無粋なツッコミをするものはいない。
『よし、じゃ、チーム分けだね!』
まぁ、アリシアが楽しそうだし、よしとすることにした。
「くらえーっ!!」「きゃっ!」
フェイトの放った雪玉が、プレシアの顔面を捉えた。
「ふふーんだ、しょーぶににくしんのじょうはかんけいないのだ!!」
「やったわねぇ……このっ!!」
プレシアが投げ返した雪玉は、何故か大暴投。
「ぎゃっ!? ぺっぺっ……! プ、プレシアぁああ!」
「ご、ごめんなさーい!!」
同じ組であるはずのアルフを直撃していた。
「あっはっは! ……ほら、レヴィもなげるなげる!!」
「えっ、あっ、はい姉さん………………せやっ!!」
レヴィの一投は、ふよふよと浮いていたアリシアにヒット。雪は瞬時に蒸発したのだが……
『きゃー! つめたーい!!』
「「「嘘こけ!!」」」
茶目っ気のあるアリシアのリアクションに、総ツッコミが入った。
そのやりとりがおかしく、面白く…………自然と、全員が笑顔で、他愛の無い遊びに没頭していった。
「はー、はー……もーだめ。もーうごけない……」
「……なんだか、童心に返れたわ」
「ううう…………負けたぁ……」
「……勝ち負けがあったのでしょうか?」
『あー、楽しかった』
その辺にへたりこみ、座り込み、荒い息をつく一家。
目が合うと、自然に笑顔になれて…………いつまでも、この時間が続いてくれればいいと、誰もがそう願う。だが……
『じゃ……………………そろそろ、行くね』
…………アリシアの言葉が、思い出させる。
「…………ヤだ」
「フェイト、」
駄々をこねるフェイトを、プレシアが諌める。
「ヤだったらヤだぁ!」
………………耐えていたのだろう。
兄のように慕っていた秀人が消えて…………何も感じていないはずが、無かったのだ。
「ぅええええん……!!」
泣き出してしまうフェイトを、アリシアが、仕方なさそうな顔で見つめていた。
『フェイト』
目の高さを、フェイトに合わせる。
『……夢が、できたんでしょ?』
「……」
ぴくん、と、フェイトの肩が震える。
「あ……でも、あれは……ほんのおもいつきだから……」
『泣き虫のままじゃ、どんな夢も叶えられないぞ。大人にならなきゃ』
そして、僅かに目を伏せ……
『――大人になれなかった、私の分まで』
「……!!」
……そう。アリシアとて、別れたくないのだ。この、奇跡の様な時間が、いつまでも、いつまでも続いて欲しいと願っているのは……ほかでもない、アリシアなのだから。
『アルフ』
「なんだい?」
『これからも、フェイトを守ってあげてね』
「当然だろ。あたしの使命だ」
『でも、甘やかさないように。食べた後には、ちゃんと歯を磨かせること。夜更かしをさせないこと。……いい?』
「…………肝に銘じます」
……以前、フェイトを虫歯だらけにした経験から、神妙に頷いた。
『レヴィ』
「はい。…………というか、私はこの場にいてもいいのでしょうか……?」
当惑した様子のレヴィに、アリシアは、どこか怒ったような目を向ける。
『あなたは、私とフェイトの妹で……うちの末っ子。そうに決まってるじゃない』
「……はい」
『あなたの魔力光はね、私とお揃いなんだよ。上手に使って、大事な人を守ってね』
「はい、アリシア姉さん」
……そして、最後は…………
『ママ』
「アリシア」
『…………』「…………」
無言で、見つめあう。アリシアは、慎重に、言葉を選び………………何度もそれを呑み込み、ようやく、口に出来た。
『私のこと…………忘れないでね』
「アリシアッ……!!」
プレシアは、アリシアの炎を抱きしめる。
『…………ママ、ずっとずっと、言えなかったよね』
プレシアと抱き合いながら、アリシアが言う。
『誕生日プレゼント、ありがとう』
…………あの、最後の日……プレシアへとねだった、誕生日プレゼント。それは……『妹が欲しい』という、他愛の無いもの。
『でも、それは向こうへは持っていけないの。だから…………ママに、預けておくね』
「預ける……?」
そう、と、アリシアが頷く。
『大事にしてね。……いつかまた、託せるひとに会えるまで』
……託せるひと。そんな心当たり、一人しかいない。
「……秀人が? でも、彼は……」
『私は、あの人の蒼炎で、形作られた。その勘だけど…………
…………あの人は、まだ生きている』
「「「!!」」」
沈殿していた諦めが、僅かに晴れ……希望が、芽生えた。
『――――――――『さよなら』は、寂しすぎるよね』
……残らず、頷いた。
そして、相応しい別れの言葉も。
それは…………
――――またね。
たとえ、それが果たせずとも…………誓うことに、意味はある。
――――家族が見送る中、アリシアは、天へと還った。
「…………おかーさん」
丘を下る、帰り道。
「…………なに?」
「あのね、さっき、アリシアがいってた………………ボクの、ゆめ」
「……興味あるわ。教えてくれるの?」
「うん。………………わらわないでね?」
少し不安そうなフェイトに、プレシアが吹き出す。
「笑うわけ無いでしょう? さ、教えて頂戴」
「うん………………」
そして、少しもじもじとしながら………………
「ボク、執務官になりたい」
…………プレシアたちは、目を見開いて驚いた。
「クロノには、むずかしいってきいてるし…………ボクが、そんなにあたまよくないのはわかってる。でも…………なりたいんだ」
言葉から、生半可な決意でないことが伝わってくる。
「………………もう、だれも、……とりこぼさないために」
「そう…………」
プレシアは、フェイトの夢を知り…………
「なれるわ。私の娘だもの」
彼女なりの。激励をかけた。
◆ ◆ ◆ ◆
高町なのは。
彼女はこの春、一人の少年と出会った。
彼は、強く、優しく…………彼女の孤独を、埋めてくれた。
彼に、父や兄を投影していたことは、彼女自身、否定はしない。
彼と出会ったその日…………紅い宝石と、奇妙な小動物と出会った。
……そして彼女は、『力』を手にした。
力を手にしてから、いくつもの出会いや、変化があった。
それは、環境であったり、心境であったり…………強敵との邂逅であったりした。
孤独だった彼女の周りには、いつしか、大事な人が増えていった。
こうして、自分は、彼や、大事な人たちと共に、毎日を楽しく過ごしていけるのだと、思っていた。
だが、それは違った。
時が過ぎても変わらないものなど、ありはしなかった。
「………………」
がらんとした部屋の中、なのはは佇んでいた。
部屋の主である彼は、もういない。たった一人がいないだけで、この部屋は、こんなにも寒々しく、がらんどうになってしまった。
部屋に残っているのは……彼と共に過ごした、日常の残滓。
「!!」
彼女は、腰に提げていた二刀を抜刀し…………彼と共に買った本が詰まった本棚を、切り捨てた。
――彼が使っていた座布団を切り捨てた。
――彼が購読していた雑誌を切り捨てた。
――彼が遊んでいたゲーム機を切り捨てた。
――そして、彼が、彼女のために選んでくれた、星の散りばめられたマグカップを……
「……、く、…………」
…………切り捨て、られなかった。
彼が使っていたジャケットも、彼が買ってくれたヘルメットも………………
「う、ぁああああ………………!!」
………………彼の残滓を、消すことが出来なかった。
一通り、泣いて、泣きはらして………………
「………………行くよ、レイジングハート」
彼女は、その部屋を後にした。
「……よう」
…………彼女を出迎えたのは、車椅子に乗った少女と、それを押す、赤毛の少女だった。
「アイツを探しに、か?」
「……」
図星を突かれる。
「無理だよ。もう、管理局はあの事件を、終わったものとして処理している。今更、協力は取り付けられないさ」
「…………、それでも、行く。邪魔しないで」
横を通り過ぎようとした。だが、車椅子の少女が、行く手を阻んだ。
「…………なに」
「あの事件は、解決済み…………表向きは、な」
表向きは……その言葉に、何かを感じた。
「探すなら、『裏』からだ」
そして取り出したのは、一枚の黒いカード。
「凶鳥部隊への、連絡手段だ」
管理局の暗部…………極め付きの、『裏』。
「…………頂戴」
「駄目だ。お前は、一人だとありえん無茶をする」
ひょい、とカードを仕舞う。
「『一人だと』、な」
そして……車椅子の少女もまた、決意を見せる。
「一緒に行くぞ」
…………共に、闇に潜ると、そう言った。
「秀人が帰ってくるまで……私が、お前を支えてやる」
「……どうして」
どこに、そのような義理があるというのか。
「……」
少女は、やれやれ、といった風な顔で………………
「――――――――――友達だろ」
彼女たちは、歩き出した。
「ふん…………私、はやてに支えられるほど、落ちぶれてないもん」
「へっ…………だったら、おめーも私を支えろよ。なのは」
憎まれ口を叩きあいながらも、明るく、楽しげに、歩いていく。
その先が、無限の闇であることなど、一顧だにせず。
…………車椅子を押していた、赤毛の少女は、内心呆れ返っていた。
――――『ほんっと、似たもの同士だよな、こいつら』…………と。
彼女は……この後、表舞台より姿を消すことになる。
――皆は、歩き出した。
――それぞれの道を。それぞれの未来へ向かって。
――その先が、何に繋がっているのかは
――――――神のみぞ知る
◆ ◆ ◆ ◆ 何時でも無い何時か。何処でもない何処か ◆ ◆ ◆ ◆
――ぼけなす。おまえは、本当にどーしようもないぼけなすなの。
――…………
――意識はあるの? まぁ、どっちでもいいの。
――おまえの肉体は、あの虚空の中、消滅することなく残ったの。
――いくらおまえの身体でも、あの虚空に呑まれれば、癒す間もなく消滅していたの。
――誰のおかげかって? そんなの、このアイのおかげにきまっているの。
――感謝するがいいの。ふふん。
――…………はぁ。張り合いが無いの。
――いつまで、死んだ振りをしているつもりなの?
――…………まぁ、アイも、ちょっと寝るの。
――肉体を恒常的に保護するために、思考を凍結して、処理をそっちに回すの。
――それはもう、死にたくなるほど退屈な時間なの。
――でも、いいの。
――おまえは、だらしなくって、ふがいなくて……愛おしい、アイのマスターだから。
――アイは、おまえを愛するために、産まれてきたのだから。
――おまえはきっと、ここを出るときがくるの。
――それまでは…………
――アイが、ずっと傍にいてやるの。
――――――ほら、聞くの。向こうから、おまえを呼ぶ声が―――――――――