魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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StrikerS編 第一話

 

――それは、大きな変遷だった。

 

「…………生きてる?」

「…………」

 私は、何も答えることが出来なかった。

 頬についた、鉄錆のような臭いがたまらなく不快で……でも、それを拭うほどの気力は、残っていない。

 

――世界は優しさに満ちていて、安らいでいると、思っていた。

 

「…………間に合ったわけじゃ、ないんだね」

「…………」

 ただ、しゃがみこみ……私を抱きしめたまま硬直する姉の体温を感じていた。

 

――でも、それは違った。

 

「……それでも、無事で良かった」

「…………」

 ぎゅうっ、と、姉が少しだけ、身じろいだ。そして、感じる。姉の腕から感じる、異質な質感を。不自然なまでにゴツゴツと硬い、無機物の感触。でも、怖くは無かった。それは、私を守ったモノだから。

 

――世界は、優しくもなく、安らいでなんて、いなかった。

 

「…………強いんだね」

 長い沈黙の末、私の口を衝いて出たのは、そんな言葉だった。

「…………」

「あなたみたいに強かったら……こんなことには、ならなかったのかな」

 止まらない。きっと、感情を抑える弁が、バカになっている。

「…………それは、どうだろう」

 目の前の人は、少し困った風で、首をかしげた。

 

――世界は、汚いものに満ちている。

 

「…………じゃ。そろそろ、正規の部隊が到着する頃だから」

 すっくと立ち上がったその人の背丈は、思いのほか小さい。

 静かな無表情のその人は、怜悧で、鋭くて…………刃のような、印象だった。

 

――強くならなきゃ。

 

 忘我の中……私の胸には、その思いが、芽生え始めていた。

憧れとか、決意とか、希望とか…………そんな、前向きの気持ちじゃない。

言うなれば、それは、脅迫に近いものだった。

 

――もう二度と、こんなことが起きないように。

 

 こんなことになりたくなければ、強くなるしかないのだ。他人を頼らず……たった一人でも、情況を打破できるほどに。そのための力は、その素養は、既に備わっている。

 

――今度こそ、間違いを起こさないために。

 

「――」

 向こうのほうで上がった声に、その人は、ふと顔を上げた。

「……それじゃ」

 歩き去っていく。先ほどの呼び声の主は、せっかちな人なのか、部屋の入り口まで、既にやってきていた。

 

「帰るよ ……

 

 

――――――――――なのは。」

 

 

 ……なのは。

 それが、彼女の名前。

「カレン、うるさい…………すぐ行く」

 そして……彼女達は、自身らの痕跡を抹消し、去っていった。

 

「…………」

「人質、確保、――なんだ、これは……!?」

 …………遅れてやってきた、見慣れた制服の人たちに、私達は発見された。

 近くに落ちていた布で、姉の、無機物の腕を覆い隠す。それを、じろじろと見られるのは、何だか嫌だった。

でも……きっと、分かってしまうのだろう。その無機物の腕が、何を為したのか。

 もう、無かったことになんか、できない。

 だから。

 

 強くなろう。

 

――――もう二度と、姉に罪を犯させないために。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 そして……季節が何度か、過ぎ去った。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「はひー! はひー!!」

 

 ばたばたばたばた。

(い、急げ、急げー!! 遅れるぅううううう!!)

 ……さわやかな朝……とは、とても表せない。

 足は着慣れない制服を突っ張らせフル回転、額に髪の毛が汗でひっつき、口は全開で酸素を吸入する。

「もォおおおお!! なんで、しょっぱなからこーなるのォおおおお!?」

 朝、目覚まし時計が止まってるなんて……!

 大きな時計塔……あった、目印!! もう少し……!

 

――リーンゴーン。リーンゴーン。

 

 あああああ、でも鳴っちゃったぁ!!

 

「遅刻だぁああああああああああ!!」

 

『第四訓練校』。そう掲げられた門の中へ、全力で駆け込む。

 

 

――――私、スバル・ナカジマ。今日から、管理局員の…………端くれ。

 

 

『…………で、あるからして……』

 あああ、しまった……入隊式が始まっちゃった……

「……入るに、入れない…………」

 今更、この講堂のデカい門を開けたりしたら、間違いなく目立つ。悪目立ちというやつだ。

 でも、入らなかったら入らなかったで、入学早々、お説教が漏れなくついて来るだろう。

「あああああ……どうしよう……」

 うんうんと、究極の選択を迫られる私。

 

「邪魔よ」

 

 …………その私の尻を、何者かが蹴飛ばした。

「あいたっ!? …………だ、誰!?」

 ばっと後ろを振り向くと………………私と同じくらいの子が、私のことを睨んでいた。

 誰……だろう。先輩……という線は、無いと思う。訓練校の訓練生であるなら、三等陸士の階級章を着けている筈だ。

 ……ってことは、私と同じ、新入生? じゃあじゃあ、この子も、遅刻したのかな?

どうする……? 一緒に入ろうかな……?

……などなど、小ざかしくも責任の分散を試みる私をあざ笑うかのように、その子は、ずんずんと、私を押し退けるように門の前に立ち……

 

――どばーん。

 

「……………………へ?」

 両手で、思いっきり、全力で、手加減無しに…………両開きの扉を、全開にした。

 私も、その子も…………というか、私たち二人が、曝け出された。

『…………ゴホンッ』

 咳払いと共に…………講堂にいた総勢数百名の視線が、収束砲のように私たちを射抜く。

「あぅ、あぅ、あああ…………」

 ヤバい。ヤバい。ヤバい……!

「貴様らぁああああッッ! 入学早々遅刻とは、どういうつもりだぁああああああッ!!」

 ぎゃああああああ怒髪天を衝くムッキムキのマッチョが走ってきたぁああああああ!!

講堂とは逆方向へダッシュ!!

「違うんです! 違うんです!! このヒトが開けたんですぅううううううううッ!!」

 

「開けなかったらどうするつもりだったぁああああああああああああああああッ!!?」

 

「ごめんなさいごめんなさいわからないでありますぅううううううううううううっ!!」

 

「待たんか貴様ぁああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

――――スパァンッ!!

 

………………私の局員生活一日目は、革靴の硬さを頭で知ることから始まった。

 

「氏名、年齢ッ!!」

「スバル・ナカジマ……12歳、であります……」

 入学式が終わったのか、講堂から、続々と人が出てきて…………通路に正座した私を、じろじろと変な目で眺めていく。中には、『プー、クスクス』とか、思いっきりバカにしている人までいて………………な、泣かないもん…………

「年齢が若かろうが、訓練生は訓練生……特別扱いはせんッ!! 運動場へ駆け足ッ!!」

「は……はい、」

「声が小さいッ!!」

「はいっ!!」

 あああああ、なんでこうなっちゃうんだよおおおおお…………

 

 

「…………」「…………」

 あ。さっきの子だ。

 支給されたばかりの運動着に着替えて、横に並ぶ。当然ながら、運動場にいる訓練生は、私たち二人だけだった。

「ナカジマ、ランスター両名!」

「はいっ!」「……はい」

「貴様らがここにいるのは何故だっ!?」

「入隊式に、遅刻したからですっ!!」

「そうだ! ……特にランスター! 貴様、座学主席合格の身の上だろう!」

「えッ……」

 座学……主席?

 そうだ…………思い出した。試験の成績上位者の名前が、掲示されていて…………そのトップにあった名前が、確か……

「……ティアナ・ランスター?」

「…………」

 名前が聞こえたのか……ジロッ、と、妙に不機嫌な目を向けてきた。

「ナカジマぁ!! 誰が発言を許可した!!」

 うわぁ教官にも聞こえてたぁっ!?

「はいっ!! 失礼しました!!」

「貴様らには、反省が足りていないようだな…………」

 いやぁあああ…………!! やることなすことが、全部裏目に……?

「グラウンド100周! 腕立て100回!!」

「……」

 ええっ、と出かかった言葉を飲み込む。

 ぐるりと見回す。グラウンド一周……だいたい、400メートルくらいかな。

「始めぇっ!!」

「はい!」

 とにかく、走り始める。

「…………」

 ランスターさんは、すーーっごく不満そうな顔で、淡々と足を動かしていた。

「ざっけんじゃないわよ…………たかが遅刻くらいで…………ったく、やってられるかっつーのクソッタレが……」

 うわぁ…………ぶつぶつと、恨み言が聞こえる。

 少なくとも、走っている間は、教官のチェックも甘くなる。

「……で、でもさ、よかったじゃん」

 並走して、小声で話しかける。

「…………何が」

「100周だよ?」

「……だから、100周でしょうが」

 ……? なんだか、かみ合っているようで、かみ合っていない気がする。

「アンタ、何言って………………」

 

「たったの100周だよ?」

 

 教官も……初日だから、手加減してくれたのかなぁ?

「さすがに500周とか言われたら、ちょっと疲れちゃうけどね……」

 あはは、と愛想笑いをする私を、ランスターさんは、何とも言えない…………なんというか、珍獣でも見るような目で見ていた。

「アンタ…………ナカジマ、って言ったわよね」

「! ……うん、そうだよ!」

 やった! 名前、覚えてもらえた!

「…………………………あいつか」

「え? なに?」

 声が小さくて、聞こえなかった。

「なんでもないわよ。………………気が散るから、もう話しかけないで」

 ……それっきり、何か話しかけても、返事は返ってこなかった。

 ううう……嫌われたのかもしれない…………

 

「…………ぜー……はー……」

 …………あれ?

 ランスターさん…………どうしたんだろう。汗だくだくで、今にも地面にへばりつきそうだ。具合悪いのかな……?

「よろしい。では、午前中はここまで!」

 ほっ…………やっと、解放された。

 教官が見えなくなるまで、直立不動で見送って…………

「…………もうだめ」

 へっ?

 

――ぱたんっ。

 

 え、えええええええええっ!? ちょ、ランスターさん起きてっ!! まだ教官いるのに!!

「……む」

 あああああ、見つかったぁ……! もう駄目だぁ……!!

「………………」

 と、思ったら…………あれ? 何も言わないで、教務棟の方に行っちゃった。助かったみたいだ。

「どうしたの? 早く行こうよ」

 やっぱり、具合が悪かったらしい。

「うっさい、このバカ…………」

 がぁん…………バカって言われた…………でも、ほうっておくのも可哀想だし。

「よいしょ」

「な、あ、あんた、何やって……!」

「どうせなら、一緒に行こうよ。…………一人だと目立つし」

 いわゆる、道連れ。

「だいじょーぶだいじょーぶ! 寮までだから! そっからは別だから!」

 よーし、そうと決まれば行動開始!

 えっほえっほとランスターさんを背負って運ぶ。

 途中……やっぱり目立った。目線が痛い。

 でも、エントランスを抜けて、寮まで来れば、人通りは減った。

「降ろしなさい、もう歩けるわ……」

 意地を張っている風では無さそうだし…………ま、いっか。

「…………着替えて、シャワー浴びなきゃ…………」

 あー……確かに、かなり汗臭いかも。

 寮は二人部屋だけど……ルームメイトの人、使ってなきゃいいなぁ。

 ランスターさんも、部屋まで自力で歩いていくみたいだ。

 

 曲がり角を曲がって。階段を上がって。

「…………」「…………」

 ……同じ部屋の前で、立ち止まった。

「…………あの、ランスターさん」

 もしかするけど。

「…………何号室?」

 …………ですよねー。それじゃ、1、2の、3。

 

「 「 32号室 」 」

 

 …………なんということでしょう。

「同じ部屋かぁ…………」

「…………」

 ランスターさんは、無言で、部屋に入り…………がちゃっ。

「…………へ?」

 今の……『がちゃっ』て……!

「ちょっ……ランスターさん!! 私も入るんだけど!?」

 ああ、鍵かけられてる!?

 がちゃがちゃとドアノブを弄っていたら、ドアの向こうから、水音がしてきた。

「ああっ!? シャワー、何で独り占めしてんのー!」

『……うっさいわね。黙って待ってなさい』

 私だって、使いたいのにー!! ひどいっ! ひどいよー!!

 

――……結局、私が汗を流し終えたのは、午後の教練が開始される直前だった。

 

 ……午後。

「よーし、それでは、実習を始める」

 マッチョの教官の声に、教室がざわめく。

 実習…………つまりは、初めてデバイスを手にして、魔法を使う時間だ。

「ミッド式は杖、ベルカ式は槍、持参したものは装備の上で、訓練場に集合!」

 用意された支給品へ、クラスメイトたちがわらわらと群がっていく。

よーし、私も準備しなきゃ。

 よい、しょっと。

 

――ごっすん。

 

 コレと付き合い始めて、1年くらい経つけど……相変わらず、重いなぁ。

 ええっと、ランスターさんは……いた。支給品を取ることなく、自前の入れ物から取り出していた。

「わ、カッコイイ! 銃型だ!」

 中折れ式で……弾は、魔力カートリッジを二発、そのまま使うみたいだ。ガンベルトには、ホルスターが二つ。二丁拳銃だ!

「……アンタ、何それ」

 うるさそうに振り返ったランスターさんは、私の装備を見て、不思議そうにしていた。

「え? 私の装備だけど……」

 ローラーブーツを履いて、ナックルを右腕に填めて……

「……正気? シューティングアーツなんてイロモノで、局員やろうっての?」

がぁん。い、イロモノ…………

「……早く行くわよ」

「はーい。……ね、ランスターさんは、何で銃で……」「ナカジマ」「あ、はい?」

 あれ……遮られちゃった。

「仮コンビだか何だか知らないけど…………私は、他人と馴れ合う気は無いの。必要以外で、話しかけてこないで」

 …………そのまま、ランスターさんはツカツカと一人で歩いていってしまった。

「…………怒らせちゃった、かな」

 ちょっと、馴れ馴れしくしすぎたのかも…………

 私だけが一方的に気まずいまま、訓練が始まった。

 

 まずは……立てられたゴールマーカーまで、二人で一直線にダッシュする訓練。

 やっぱり、初日だけあって、かなり簡単だ。もしかしたら、オリエンテーリングも兼ねているのかもしれない。

「レディ、」

 教官の指示に従い、二人でクラウチングスタートの姿勢をとる。よーし……最速タイム、叩き出しちゃうぞ……!

「ゴーー!!」

 フルスロットル! よっし、いいスタート! これっぽっちの距離、一瞬だ!

「フラッグポイント確保!!」

 一瞬で、円筒状のゴールマーカーを通過!

 タイムは……よし、ベストスコア! ………………あれ? 何で、片方しか表示されてないんだろう? しかも、私のタイムが消えて、『error』……不可の文字が表示された。

「ナカジマぁあああああああああああああああああ!!」

 びっくぅ!!

「はィいいいいっ!!」

 飛び跳ねて180度回転して教官の正面に気をつけー!!

「何をやっとるか貴様ぁ!!」

 怒り狂う教官のすぐ傍には…………もうもうと立ち込めた土ぼこりを被る、ランスターさんの姿があった。

「コンビネーション不良! 腕立て20回、始めェッ!!」

 ひぇええええっ……!!

「………………!!!」

 ランスターさんの目が、『次トチったらコロス』と、明確に私に語りかけていた。

 

 聳え立つ壁を、先行した二人組みが協力して乗り越えていく。

「次、32番!」

「はいっ!」「……はい」

私は、ランスターさんを先に押し上げて、後から引き上げてもらうポジションらしい。

 

 よーし……名誉挽回!

「じゃ、行くよランスターさん!」

「………………」

 へ……返事くらい、してくれたっていいじゃん…………

 

 気を取り直して…………組んだ腕に、ランスターさんが足を乗せる。

 ここから、全力で――!

 

「――だぁらっしゃあああああああああああッ!!!」

 

 飛んでけぇえええええっ!!

「ひぇえっ!?」

 ふわりと、腕に掛かっていた体重が消える! よし、すっごく飛んだ!! これなら、壁なんて一ッ跳び……………………………………あ。

 

「ひゃぁあああああああああああああああああああああーーーー…………!!!」

 

(し……しまったぁああああああ!!)

高く上げすぎた! ランスターさんが墜落するぅうううううううっ!?

「馬鹿もん! ……オートバリア! ネット起動!!」

 教官が何かやってるけど、間に合いそうも無い! こーなったら……!

 

――ぎゅいいいいいいいいんっ……

 

 ブーツの底に装着された2対6輪のローラーが、モーターからの動力を受ける!

「行くぞォおおおおおおおおっ!!」

 

――――……ドヒュンッ!!

 

 一気に、フル加速!

 がっつんがっつんと、訓練場の不整地を踏み砕いて…………

「わぁああああっ!!!?」

ランスターさんを、キャッチ!!

 よーっし! 救助成功………………………………………………

 

「バカ! このバカ! 前、前――――――!!」

へ? 前?

 

――目の前に、校舎の壁がいっぱいに広がっていた。

 

(あはは…………ブレーキ、間に合いそうも無いや………………)

 

 

「 「 ふぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

 

――――ちゅどーん。

 

 

 

 ……………………………………

「………………あ、あの、ランスターさ、」

「黙れウスラトンカチ」

 ごろごろと、台車に石ころを満載して運ぶ。校舎の成れの果てだった。

 …………あのあと、校舎の壁を思いっきり殴りつけたおかげで、私達はかすり傷で済んだんだけど…………校舎の壁が。よりにもよって、授業中だった教室の壁が。見事なまでに粉々の瓦礫になってしまった。

 

 おかげで、教室は大混乱。

 突入してきた私たちを出迎えたのは、灰で真っ白になったまま仏の笑みを浮かべる教官たちだった。

「初日から、反省清掃どころか……何で、土木工事なんてしなきゃならないのよ……!!」

「ごめんなさい……私の責任なのに…………」

「連帯責任ってヤツ? ……くそっ、ふざけやがって……!!」

 あううぅ…………だからこうして、私が大きめの岩を運んでるじゃーん……

「…………やってられるか!」

 

――ガコンッ!!

 

 ランスターさんが、荷車を投げ捨てた。そのまま、ツカツカと私のほうへ歩いてきて、胸倉を掴み上げた。

 

「どこぞのお嬢様かは知らないけど…………お遊びでやってるなら、帰れっ!!」

 

 ……!

「遊びじゃない…………」

「あァ……?」

 それだけは……絶対に譲らない!

 

「私だって、遊びでやってるんじゃない!!」

 

「…………」

「…………」

 にらみ合いが、しばらく続き…………

「…………ふん」

 ランスターさんが私を突き飛ばして、終わった。

 

 …………

「…………」

 一日目を終えて、ベッドにもそもそと潜り込む。

 あれから、ランスターさんとは話せず仕舞いだ。

「…………」

 消灯時間を過ぎても、なかなか寝付けない。

 ……と、隣のベッドで、がさごそと動き回る音がした。ランスターさんも、寝られないのかな……?

(声、掛けてみようかな…………)

 もしかしたら、仲直りするチャンスかもしれないし…………

「……?」

 ランスターさんが、ドアの方へ歩いていく。そして、がちゃっ、と……

(えっ、えっ……? 駄目だよ、無断外出になっちゃうよ……?)

 消灯時間を過ぎての外出は、非常時をのぞいて、部屋の外も含めて厳禁。もし、教官に見つかったりしたら、放校処分だってありえる。

「ちょっ、ランスターさん!?」

 さすがに、これは見過ごせない。一応、ルームメイトだし。

「…………」

「……ありゃ?」

 ……隣のベッドでは、ランスターさんが普通に寝息を立てていた。

(気のせい……だったのかな?)

 まぁ、いるなら、いいや。私も、眠いし…………

 

……初日の夜は、更けていった。

 

 

 そして、一週間くらいが過ぎた。

 

 相変わらず、ランスターさんとは没交渉だ。朝は先に起きてどこかへ行ってしまい、夜は早々にベッドに入って寝てしまう。座学では、話しかけることは出来ないし、実技でも、必要最低限の事務的な伝達しかしてくれない。ほかの部屋の組は、打ち解けて、わいわいと楽しげに談笑しているのに。

 せっかく、同い年で、訓練校の最年少コンビなのに……

 こうして、朝食を共にしていても、ランスターさんは食器から顔も上げず、淡々と食事を進めている。

「ランスターさん、ニュース見た?」

「見てない」

 …………挫けそうだ。

「あの、最近問題になってる集団窃盗事件ね、犯人はまだ10歳前後の子供なんだって」

 そして、示し合わせたかのように、モニターにニュースが映し出された。

 

『追跡! 少年窃盗グループ! 犯人は富豪の子息!?』

 

 …………ちょっとアレなタイトルだけど、そう。この巷を賑わす物騒な事件の犯人は、とある富豪の御曹司と、同姓同名なのだ。ただ、その肝心の御曹司は既に故人であり、犯人ではありえない。

「でね、……あっ!」

 

――がしゃんっ!

 

 振り向きざまに、肘が誰かとぶつかった。しかも、運が悪いことに、ぶつかった相手は、食器を取り落としてしまって……中身が、制服に派手に降り注いだ。

「…………」

「ごごごごめんなさいっ!! すぐ拭きます!」

 やっちゃった、やっちゃった……!

 しかも相手は…………うわぁ!

「ごめんなさい、セリカさん!」

 セリカ・クラウンさん! 代々、将官クラスの高官を輩出してきた名家の出身で、本人も入隊試験トップクラスのエリート!

「ちょっと、どうしてくれるのよ!」「あー! ひっどーい!」「なんてことしてんのよ!」

 セリカさんの周りにいた人達からも、口々に非難される。

「この制服、特注なのだけど……どうしてくださるのかしら?」

 セリカさんは、口調は丁寧に…………でも、明らかに不機嫌に、聞いてきた。

 ……っていうか、制服を特注って…………家柄が良いと、そういう特権も許されてしまうのだろうか。

 でも、とにかく、悪いのは私なんだから、謝らないと…………

「…………スバル・ナカジマさん、だったかしら? 初日の訓練やその他、いろいろと問題のある方のようね?」

 周りの……なんというか、取り巻きの人達も口々に、「そうよそうよ!」「こっちはいい迷惑だわ!」と、囃し立てる。

 食堂の視線はこの場に集中していて、逃げ場も無い。

 

「――辞めてはいかがかしら?」

 

 ……………………何だって? 辞める? 辞めるって、この、訓練校を!?

「や、やですよ、そんなの!!」

 確かに、悪いとは思うけど……そこまで言われることじゃない!

「だって……あなた、皆さんの訓練の邪魔なんですもの」

「……!!」

 邪魔。その一言が、胸にぐさりと刺さった。

「いくら、入隊試験の実技成績が良かろうと……訓練内容も満足にこなせない。私生活も駄目。……一週間でこれでは、先行きは期待できないわ。だから、お辞めになったらいかが?」

「なんで、そんなことしなきゃ……!」

 反論すればするほど、取り巻きたちも、ますますヒートアップして…………

 

――ばしゃっ!!

 

 ……………………何が起きたのか、わからなかった。

「……な」「あ」「……え?」

 取り巻きたちも、呆気に取られて…………

 

――ぽたぽたと、顔から水滴を垂らすセリカさんと、空になったグラスを振りぬいた、ランスターさんを見つめていた。

 

「――揃いも揃って、ピーチク、パーチクと………………朝っぱらから、五月蝿いのよ」

 

 ぱきっ……と、野菜のスティックを噛み砕いて、心底煩わしそうに、言った。

「な、…………ああ、あなた! わたくしが誰か、わかっていらして!?」

 セリカさんが、激昂する。取り巻きたちも、やんややんやと、ランスターさんを攻め立てようとして…………続く言葉に、封殺された。

 

「知ってるわよ。座学で私に負けて、実技でそこのバカに負けた、

 

――総合次席の、セリカ・クラウンさんよね?」

 

(…………へ? 実技?)

 なんのこと? 成績、そんなに良くなかったと思うんだけど……

 ランスターさんは、「……本当に知らなかったのね」とでも言いたそうな顔だ。

「あんた、実技はトップ合格だったのよ」

 え。

え。

えええぇええええええ!? ま、マジで!?

 そういえば、合否通知だけ見てて、成績表までは、詳しく見てなかった!!

 

「言ったわね…………!」

 ……ぞわり。怖気が走った。

「言ってはならないことを、言ったわね…………!!!」

 セリカさんが、憎悪に満ちた顔で、ランスターさんと、私を睨んでいた。

 フォローを……フォローをしなければ!

「で、でも、次席なんて、すごいじゃないですか!!」 

 ぎろっ!

 怖い目が、私のほうを向いた! ひぇえ! まだフォローが足りない!?

 

「座学はランスターさんの次に良いってことですよね! いやぁ、すっごいなー!! 私なんて、体力しか取り柄が無いから、そんけーしちゃうなー! はは、……はは、は……」

 

 ひゅうううっ……と、薄ら寒い空気が、食堂に流れた。

「………………」

 セリカさん…………なんで、顔を真っ赤にして歯を食いしばって、ぎらぎらと血走った目を私に向けているのでしょうか……?

「………………、」

 ひゅっと、何かを口走ろうとするセリカさん。それに先んじて、ランスターさんが言葉を吐いた。

「顔でも拭いてきたら? 牛乳臭くなるわよ」

 

 

「ぷっ……!」

 

 

 そこ、吹き出しちゃ駄目だってば!!

「ぶっ……くっくっく……!!」「悲惨~!」「駄目だ、まだ笑うな……堪えるんだ……」「し、しかし……!」

 あああ、どんどん伝染していく!?

「…………!!!」

 つかつかと、取り巻きたちを突き飛ばしながら、セリカさんは食堂を出て行ってしまった。

 

「…………」

 ランスターさんは、邪魔者は去ったと言わんばかりに、食事を再開していた。

 でも、さっきのあれって……もしかしなくても。

「ありがとう、ランスターさん」

「…………早く食べなさい。もう時間無いわよ」

 そっぽを向いたランスターさん。

頬が、ちょっとだけ赤くなっていた。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 ……取り巻きを追い払い、一人になったセリカ・クラウン。

「次席……次席ですって? このわたしが……名門・クラウン家の出であるわたしが……!」

 親指の爪をガジガジと齧り、ぶつぶつと独白を続ける。

 ブチッ……!

 爪が割れ、血が滲む。痺れるような痛みが、じくじくと広がり…………受けた屈辱を、増大させる。

「……!!」

 

――バシャッ!!

 

 バケツに注いだ冷水を、頭から被る。

 

「…………このままじゃ…………済ませませんわよ…………!!」

 

 …………尊大なまでのプライドが、仄暗い思考を巡らせた。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 ……困ったことになった。

「……」「……」

 訓練場への移動中、ランスターさんと、それとなく目配せをする。

 決して振り向かず…………でも、背中に、視線を感じる。セリカさんだ。

まさか、背後から襲い掛かってきたりはしないだろうけど……この一ヶ月くらい、ずぅっと、見られている。

 

そうして、今日の訓練が始まった。

 コンビごとに、しっかり柔軟。準備運動を済ませて……いよいよ、本番。直立の姿勢で、教官の言葉を待つ。

「……さて、貴様達が入隊し、おおよそ一月が経過した。部隊での生活基礎及び、訓練の基礎中の基礎程度は、身に着いた頃だろう」

 ほかの皆も、今日はいっそう緊張していた。そう、今日は…………

 

「本日より、訓練科目『模擬戦』を開始する」

 

 …………魔法の対人使用の実技が始まる。

 嫌が応にも、緊張が高まる。そして何より、今までと違うのは、全て用意された教材……ミッドチルダ式だったら杖、ベルカ式だったら槍のみで、訓練を行うという点だった。

 私の使い慣れたナックルや、ランスターさんの銃は使えない。

 何人かと混じって、慣れない槍を取り出す。……と、誰かが、私が持った槍を間違えて、引っ張った。

「……? セリカさん?」

「あら、失礼」

 あれ? 何で、セリカさんがこっちにいるんだろう。

「こちらは、ベルカ式でしたわね。間違えてしまいました」

 セリカさんは、すぐに戻っていった。

 

「整列!」

 ランスターさんと並ぶ。相手は、完全にランダムみたいだ。

 模擬戦のルールは、至って簡単。

 教材デバイスに内蔵された、『シュート/スマッシュ』『シールド』『バインド』の三つの術式のみを使い、相手を自陣の決められた地点へ入れること。ミッド式は、『シュート』……遠隔攻撃が使えて、ベルカ式は、『スマッシュ』……近距離攻撃が使える。

 自陣の中には、相手の攻撃が無効化されるエリアがあって、そこに退避することも出来るけど、制限時間を過ぎたら、自動的に敗北になってしまう。

「よっし……!」

 気合を入れて、目指せ白星だ!

「…………」

 ランスターさんは、何かが気になる様子で、私の持った槍を凝視していた。

「どうかした?」

 聞いてみる。

「あのドリル髪……私の杖にも、不自然に触ってたのよ」

 え……? さっきの、ランスターさんも?

「…………気のせいなら、いいんだけど」

 でも、もう、『デバイスを交換してください』なんて言えるタイミングは、逸しちゃってるし……

 

「次、32番! 44番!」

 私達の相手は…………やはりというか、なんというか……セリカさんたちのペアだった。

「手加減はしませんわよ」

 ふふっ……と、余裕の笑みだ。

「小細工はするってこと?」

「………………さぁ、どうでしょう?」

 ランスターさんのカマ掛けも、いい成果は得られなかった。

 

「始めッ!!」

 教官の声と共に、走る!

「うりゃああああっ!!」

 槍を構えて、突進!

「くっ、相変わらず、猪みたいね! 、シールド!」

 セリカさんのペアの子が、シールドを展開する。

ランスターさんの言ったとおり、一人を二人掛かりで、各個に鎮圧。私が突っ込んでも、ランスターさんが遠距離攻撃でサポートしてくれるから、安心して、

 

「……! くそっ!!」

 

 …………あ?

 お、おかしい……一向に、支援が来ないぞ……? でも、多分何か、考えがあってのことだろうから……私は気にせず攻撃だ!

「スマッシュ!!」

 教わった通り、槍に魔力を通して、術式を発動…………………………しない。

「え!? うそっ!?」

 

――かんっ。

 

 攻撃の魔力を付与されていない槍は、あっさりと盾に弾かれる!

なんで!? どうして、発動しないの!? ちゃんと、教わったとおりにやったのに!

「シュート!」「シュート!」

 うわっ! 二人の攻撃魔法!

「……! ナカジマ、戻りなさい!!」

 ちょ、えええええっ!? 援護なし!?

 

――ドッ! ドウッ!!

 

「うわっ……ひゃあっ!?」

 一発目を回避! 二発目は、槍でなんとか弾く!

 自陣へと戻り、ランスターさんと合流!

「ランスターさん、どうしたの!?」

 ランスターさんは、イラついた調子で、杖を地面にガンッ、と叩き付けた。

「……やられた! 術式が妨害されてる!」

「ええええっ! ランスターさんも?」

「『も』……ってことは、やっぱり…………あんたもか」

 これは、もしかしなくても……

 

「あら、どうしたのかしら? デバイスの調子が悪いのかしら?」

 ……!! やっぱり!

「くすくす…………」

 見学者の中の、セリカさんの取り巻き連中が意地の悪い笑みを浮かべていた。

「教官に……!」「やめなさい」

 ランスターさんは、それを制止した。

「私達は、局員になるためにここにいるのよ。この程度のトラブルで、教官に泣きつくなんて…………私のプライドが許さない」

「……!」

 ……そうだ。ここは、先生のいる学校じゃないんだ。一人前になるための、訓練部隊なんだ。

「ほら、出ていらっしゃい? それとも、降参する?」

 見せびらかすようにデバイスを私達に向け、セリカさんが勝ち誇っている。

 …………………………むかっ。

「私が時間を稼ぐ。ランスターさんは、プランを練って」

「そうね。そうしましょう」

 あのヘンテコなドリル髪に、やられっ放しでたまるか!!

 

「ようやく出てきましたわね……シュート!」

 セリカさんの攻撃が、私に向かう。

 よーく見ろ。当たったって、死にはしない。軌道を見極めて…………

「せりゃーっ!!」

 

――――パンッ!!

 

 槍をスイングして、迎撃!

「、やりますわね。でも……! シュート!」

「シュート!」

 

――ドンッ、ドンッ、ドンドンドンッ!!!

 

 二人掛かりで、連射してきた!

「はあああああっ!!」

 

 弾いて、避けて、受けて、また避ける!

「くっ……!!」

 槍から、手に衝撃が伝わってくる! でも……まだまだ!!

「粘りますわねぇ…………」

 でも、もうちょっと粘れば……!!

「見せてあげますわ……わたしの、実力を!」

「!!」

 セリカさんの周囲に…………五つほどの光弾が展開した。

 うそ……まだ、こんなの、習ってないのに!

「……シュートッ!!」

 五発、一斉に…………!!

 

――ドドドドドンッ!!!

 

 駄目だ……! 喰らう!!

「う、くっ……うぁあああああっ!!」

 二発までは、弾いた。でも、残りの三発…………胴体、右肩、腿に……直撃した。

「くぅうううううっ…………! いったぁあああああ……!!」

 痛い。痛い。でも…………まだ、動ける!

「……ふんっ!!」

 痛いけど、立つ!!

「耐えますわね……でも、ここまでですわっ!!」

 !! まずい、また、連射が来る!!

「さぁ……這いつくばりなさい!!」

 そして、発射――――――

 

「アンタがね」

 

――――ッパカァアアアアアンッ!!

 

「、、……、くぁっ!?」

 顔を押さえて、仰け反るセリカさん。

 ぜー、はー…………や、やばかった……

「ら、ランスターさん、ナイスタイミング……!!」

「よく耐えたわね。…………ちょっとだけ、見直してあげる」

「! うんっ!!」

 ふらふらと……セリカさんが、立ち上がる。

「な……何故っ……攻撃は、出来ないはず……!!」

 確かに。

 デバイスには、術式の発動を妨害する仕掛けがあるのに……というか、さっき、セリカさんの鼻っ面を直撃したのは、一体……?

 

「別に、『魔法はデバイスから発射しなければならない』なんてルールは、無かったわよね?」

 

――――じゃりっ。

 

 ランスターさんの手の中で……石ころが転がる。

 ……そうか。

 デバイスの処理機能を使わないで……中身の術式だけを、自力で発動させたんだ。

 弾殻形成は、さすがにプログラム無しでは出来ないから、石ころを代用にして……

「そんなの、反則……、!」

 言いかけて、口をつぐんだ。そりゃそうだろう。これで抗議をして、デバイスに細工をしたことがバレたら、セリカさんが困るんだもの。

 それに、教官は一向に止めないし、問題は無い……と思う。

 

 それじゃ、私も!

「でぇえええっ!!」

「バカね、その槍じゃ通らないのよ! ……シールド!」

 セリカさんのペアが、防御を展開する。……狙い通りだ!

「だぁあああああっ!!」

 槍を……思いっきり、防御魔法に叩きつける!!

 

――ベキンッ!!

 

 ……槍の先端が、柄から外れた。

「ハッ、言わんこっちゃ無い!」

 馬鹿にされたけど……これが、狙いだ!

「スマッシュ!!」

「えっ!?」

 

――ガンッ!!

 

 ……よし、思ったとおり!

「くっ……!? 嘘でしょ!?」

 相手も、驚いていた。

 外れた穂先を、ポケットに突っ込み……柄だけを、構える。

 

 この槍型デバイスは、穂先が核で、柄は導体。発動を阻害するなら……多分、その『継ぎ目』に仕掛けてくるはず。接合部を破壊してしまえば、術式は阻害されない。

 読みは当たった。

「もういっちょ、スマッシュ!!」

 

――ガィイインッ!!

 

 ……ま、壊した所為で、シールドとバインドが使えなくなっちゃったんだけどね。

「退避! 退避ですわっ!!」「は、はいっ!」

 セリカさんたちのペアが、無効化エリアへ入る。

「 「 !! 」 」

 ランスターさんと瞬時に目配せ。よし、考えてることは同じだ!

 私は柄を、ランスターさんは掌大の石を、思いっきり振りかぶって……!!

 

「!? ここは、無効化エリア…………!?」

 そこは、魔力無効化エリア。魔力以外は、無効化されない!

 

「スマーーーーッシュ!!」

「シューーーーートッ!!」

 

 セリカさん達に向けて、全力で投擲した!!

「ひぃいいっ!?」

「いやぁああああっ!?」

 

――ズガッ、ゴンッ!!

 

 …………直撃。

 セリカさんたちは気絶し…………無効化エリアの使用制限時間を超過したため、私達が勝利した。

 

 

「やった……やったよ、ランスターさん!!」

 ハイタッチしよう、ハイタッチ!!

「………………ま、あんたにしては、上出来よ」

 ランスターさんが、渋々、手を上げる。

 

――パンッ!!

 

 小気味のいい音が、掌で鳴った。

 

「…………納得いきませんわ!!」

 …………と、セリカさんが、取り繕う余裕も忘れ、噛み付いてきた。

「あんなの、魔法ではありません! 教官!!」

 確かに、裏技だったけど……元はといえば、セリカさんが…………

「……」

 言い返そうとした私の肩を、ランスターさんが押さえ、首を横に振った。

「……うわ」「ひっどい負け惜しみ…………」

 取り巻きたちが、明らかに引いていた。

セリカさんの抗議を受けた教官は、鷹揚に頷いた。

「ふむ。………………ティアナ・ランスター」

「はい」

 まずは、ランスターさん。

「デバイス不調の中、咄嗟の機転は見事だ」

「ありがとうございます」

「だが、この内容で単位を認めるわけにはいかん。今後は、デバイス不調の際は、即座に申し出るように」

「……了解」

 

「スバル・ナカジマ」

「はいっ」

「初歩的な阻害術式だったが、患部を的確に判断し、対処したのは見事だ」

 ……気付いて放置していたらしい。視界の隅で、セリカさんが顔を青くしていた。

「だが、ベルカ式の術者ともあろう者が、得物を放り投げるなど言語道断。現場では、通用せんぞ。…………よって、貴様にも単位を認めるわけにはいかん」

「……了解」

 …………いつもはナックルだから、槍の感覚が身についていなかった。

 

「セリカ・クラウン」

 

 …………セリカさん、かわいそうなほど小さくなっている。自業自得だけど……

「………………………………はい」

「一歩前へ出ろ」

 すっと、進み出たセリカさん。

 

――――バチィンッ!!

 

 教官が、その頬を思いっきり張った! 教官、容赦無い!

「……!」

 へたり込んで、茫然と……真っ赤になった頬を押さえる。

「貴様は、技術云々それ以前だッ! その腐りきった性根、叩き直してくれるッ!! この場で、腕立て100回、始めッ!!」

「なっ……!? 私は……!!」

 ……名家の出、とか、そういうことを言おうとしていたのかもしれない。

「どうした!! やれんというのなら、荷物を纏めて出て行けッ!!」

 再び、教官の怒声。

 取り巻きたちも……結局は、虎の意を借る狐。虎が張子と分かれば、早々に離れていく。

 きょろきょろと……それでもまだ、逃げ道を探すセリカさん。でも、誰も、手を差し伸べることはせず……

「…………1、……2、」

 のろのろと。

 その場に、誰よりも低く、頭を下げるようにして……

「……、」「やめなさい」

 何か、言おうとした私を、ランスターさんが小声で止めた。

 一回一回、数を数えるごとに、セリカさんの虚飾と……プライドが、がらがらと、崩れていく音が聞こえる気がした。

 ……そして、100を数え終えた頃。

「100、……ぅ………………ひっ、ひっく……」

 セリカさんは、へたり込んだまま、泣き出してしまった。

「…………あの子、終わりね」

 ランスターさんが、ぼそっと呟いた。

 そうだね…………もう、今までどおりの権力は、振るえなくなるだろうね。

 何ともいえない空気の中、教官は、セリカさんを一瞥し……

 

「貴様ら三人には、罰として一週間、訓練場の早朝清掃を命じる!!」

 

「え?」

「え?」

「「えええええええええええええええええっ!?」」

 な、何で私たちまで!?

「――連帯責任だ!!」

 …………伝家の宝刀、『連帯責任』。集団生活、おそろしや。

 

 数日後の、朝。

「んあ……ふぁあああああ……!!!」

 ベッドから起き出して、時刻を確認。よし……時間通り。それじゃ、今日も……

「ランスターさん! …………ランスターさんってば!!」

 隣のベッドで、未だにシーツに包まって動こうともしない同居人を、揺り動かす。

「起きて! 今日も清掃だよ!! おーきーてー!!」

 ……最近知ったことだけど…………ランスターさんは、すっごく寝起きが悪い。

いや、別にいつもはこうじゃないし、時間通りに起きてるんだけど……毎日きっかり、同じ時間に寝起きしないとスッキリ起きられないみたいで、こうした変な早起きは出来ないらしい。

「む……う、うぅん……………………もう、ちょっと……あと、半日……」

「どこが『ちょっと』だ!? 起きろーーーー!!」

 ああもう、毎朝大声を張り上げる私の身にもなってよー!!?

 

 

「…………」

 寝ぼけ気味のランスターさんの手を引いて、なんとか時間ぎりぎりに訓練場に到着する。

「お、おはよう! セリカさん!!」

「……」

 先に来ていたセリカさんは、私達の姿を確認すると、無言で用具室へ歩き出す。

 …………その足取りには、良くも悪くも、自信に満ちていた面影は見当たらない。

 聞いた話では、従えていた取り巻きたちから総すかんを喰らって、孤立しているそうだ。

 

 今日の訓練で使う用具を用意して、グラウンドをローラーで均して、消耗品をチェック。

 最後に、申し送りをチェックして…………

「よし、終わり。お疲れ様!」

「…………」

 ……く、暗い…………。セリカさんが、果てしなく暗い……!!

 チェックも終わったのに、ライン引きに使う粉の入ったズタ袋の紐を、結んで、解いて、結んで、解いて……

「あ、あのー……?」

「何ですの!?」

ひぇえっ!? おっかない!!

「なんといいますか、えーっと、そのー…………」

 いらいらしてる人との会話は苦手だよー……。

「お掃除終わったし、戻ろう?」

 ばちんっ、と、差し伸べた手が、弾かれる。

「セリカさん……」

「……皆して、わたしのことをバカにして……」

「ば、バカになんて…………」

 

――セリカさん、家柄抜きにしても、すごい人だと思うよ。実技でも、座学でも、高水準をキープしてるし……あの日の模擬戦で見せた技術だって、まだ、ランスターさんも出来ないことだもん。

 

 でも、それを口にしたら、もっとセリカさんを傷つけると思うと、何も言えなくて……

 

「バカにしてるんじゃなくて、家柄以外、誰もアンタに関心が無いだけよ」

 

 ………………。

 …………、

 ……ら、

「ランスターさんっ!!」

 どうしてそう、的確に人の心を抉るかなっ!?

「…………、うぁあああああっ!!」

 

――ばふんっ!!

 

「ぶわっ!?」

 な、何、いきなり、目の前が真っ白に!? あ、ライン引きの粉だ、これ……

 って、とにかく、止めさせないと!!

「セリカさん、ストップ、ストーップ!!」

「うるさい離せこのばかー!!」

 うおっ、っと、っと……案外、腕力もあるなこの人……!

「うあぁー!!」

 セリカさんは、空っぽになった袋を、めったくそに振り回して。

 

――――ずぼっ。

 

 …………私の頭から膝までをすっぽりと覆い隠ああ真っ暗だ見えない見えない何も見えない手を繋いでいた姉の手の感触が消えたこのひとわたしたちをどこにつれてアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 …………しん、と、静寂が降りていた。

 わめいていたセリカと、その両手を掴んだティアナ。そして…………頭からすっぽりと袋を被り、硬直したスバル。

「………………」

 膝までを覆い隠した姿は、正直、マヌケ極まる。

 だが……まるで石の彫像のように、身じろぎもせず…………

「……」

 ぶちっ……と、被さっていた袋を、中から引き裂いた。

「…………ナカジマ?」

 最初、異変を察知したのは、ティアナだった。

 深く俯いたスバルの表情は読み取れないが……感じる気配が、異なっていた。

 

――ちゅいいいん…………

 

「……?」

 ほんの微かな……機械の駆動音。

 それが、スバルの右腕あたりから聞こえていると、気付いた。そして……

 

――――……バシュンッ!!

 

 スバルの足元に、ミッド式でもベルカ式でもない……複数の円がギア状に運動する、奇怪な陣が浮かび上がった。

「な……なんですの、それは……?」

 セリカは、事態が飲み込めず、ぼうっとその場に立ち尽くす。

「……き……、ろ……」

 ぼそりと、俯きながら、スバルが言葉を発した。

「え……?」

 うまく聞き取れなかったのか、耳を傾けるセリカ。スバルが、じゃりっ、と、一歩を何気なく踏み出し…………

「!! 下がれ!」

「え、……ぎゃふっ!?」

 セリカの襟首を掴んで、後ろに跳んだ。

 

――――ズガァアアアアアアアアンッ!!!

 

「きゃあああああっ!!」

 ……まるで、爆薬が破裂したかのような轟音に、悲鳴を上げるセリカ。

「……きえろ」

 土煙の中、冗談のように土中にめり込んだ腕をボコッと引き抜き、ようやく、スバルが顔を上げる。

「アンタ…………何、その目……?」

スバルの瞳は、見慣れた碧眼ではなかった。

 

禍々しいまでの――――黄金色に、輝いていた。

 

「…………消えろ」

 ゆらりと、幽鬼のような足取りで、ティアナたちとの距離を詰める。

 じりっと、それに合わせて一歩引く。

「……単元『被疑者の確保』、講義の、第四回」

「へ……? それが、今この情況と、何か関係ありますの?」

 冷や汗はとどまるところを知らない。

 今、背を向けて遁走しても、間違いなく追いつかれる。

 教官も手薄で、こちらにまで目は届いていないだろう。助けは期待できない。つまりは……

 

「『錯乱した被疑者への対応』……頭に入ってるわね?」

「え、ええ…………って、止める気ですの!? アレを!?」

 

 …………自力で対処する。

「教官を呼んだほうが……」

 渋るセリカ。

「ヘマの補習中に、またヘマやらかしたら……どんなペナルティになるかしらね? …………最悪、放校処分もありえるわ」

 それは、上を目指すティアナにも。

「家名にキズがついてしまいますわー!?」

 実家からのプレッシャーもあるセリカにとっても、何としてでも避けたい事態だった。

 

「…………行くわよ、没落エリート」「はいっ…………ってぇ、誰が没落ですのっ!?」

 

 まず二人は、残っていた粉の袋を、スバルめがけて投げつけた。

 

――パンッ!!

 

 当然のことながら、弾けて、中身の白い粉をぶちまける。

 ひとまず、目くらましだ。

「…………索敵・温度検知モード」

 きゅいっ……と、スバルの目が、別の対象へフォーカスされる。

 視界の中……赤い人影が二つ、左右からスバルを挟撃するつもりのようだった。

 だが、タイミングがずれている。同時にやれば、どちらか一方は届いただろうに……と、まずは片方へ向かって、凶手を繰り出す。

 

――ごしゃっ!!

 

 煙幕から飛び出してきた対象を、貫く感触。だがそれは、スバルが想定していたものではなかった。妙に無機質で、金属的な…………

「くっ……ぬっ……!!」

 セリカが、スバルの凶手を食い止めていた。

 もちろん、素手ではない。訓練などで、ゴールマークを表示するための円筒状の機器を、目の前に差し出して、盾としていた。金属のオブジェクトは、貫通されながらも、その形状を維持していた。

…………とはいえ、貫かれた穴から、放射状に亀裂が進行している。

 ぶるぶると、渾身の力で盾を維持する。

 スバルの指先が、みきっ……! と、金属を引きちぎり……貫通!

「まだですわっ!!」

 

――ベコンッ!!

 

 …………二つ目。

 打撃訓練にも使われる、丈夫なバリアミットを第二の盾とする。こちらは、スイッチをONにすれば、自動で軽い防護膜が形成される優れもので、『ある程度までの』衝撃を、無効化することが、

 

――――ズボォッ!!

 

「いーやーーーーーー!」

 バリアミットを貫通してきた凶手を、涙を浮かべて皮一枚で回避するセリカ。

「もう、もう限界ですわーーー!! 早くなんとかなさぁい!!!」

「叫ぶ元気があんなら、もうちょっと気張りなさい!」

 鬼畜な指示を飛ばした。

「ひィいいいいっ!! オニですわ、アクマですわー!」

 ずぼっ、ずぼっ……と、トウフのようにスバルの凶手に穴だらけにされるバリアミット。

 それでいて、セリカ本人はちゃっかりと無傷なところが、腐ってもエリートたる所以か。

「……!! 消えろっ……!!」

 苛立った調子で、スバルが吼える。

 

「――消えろォおおおおおおっ!!」

 

――――ギュリイイイイイイイイイイインッ……!!

 

 ……恐らくは、最大出力。

最大に高まった破壊力を凶手に乗せて、貫手として繰り出す!

 

「……!! 没落! 退避!!」

「一言余計ですわよっ!!」

 

 セリカは、バリアミットを、スバルのほうへ蹴りだす。

 

――……ゴバッ!!

 

 バリアミットは、粉々に四散した。

 そして、いよいよセリカと、佇むティアナへと視線をロックし…………

 

「……そこっ!!」

「!?」

 完全に、意識の外からの奇襲。

 目の前に、セリカも、ティアナもいる。では、これは……?

「……!?」

 ティアナの姿が、風景と滲むように、霞み……消える。

「なっ……!?」

 これには、セリカも驚愕していた。

 つい先ほどまで、傍にいたはずのティアナが……いつの間にか、スバルの背後に、回りこんでいるのだ。

「ショートジャンプ……!?」

 そんなの、超に超が二つか三つが付く、高等技法だ。

「……ハズレ。種明かしはしないわよ」

 びっしょりと額に汗を浮かべる。

 

――ギュルルルルルッ……!!

 

 捕縛訓練に使用されるロープ。そのロープに、訓練用デバイスに内蔵された『バインド』の術式を流し…………物理・魔法の二重で、スバルを拘束した。

「……う、うう……!!」

 スバルが足掻く。だが……最大出力を放出し、身体が伸びきった直後を拘束されてしまっては、思うような動作は出来ない。

 あとは、ロープか、術式が破壊されるまでの、僅かな時間で事足りる。

「没落! 撃てっ!!」

セリカは、訓練用デバイスを構え……お得意の、複数の魔力スフィアを三基、展開。

「……シュート!!」

 

――パンッ、パンッ、パンッ!!

 

 …………額と、顎と、こめかみを、正確無比に打ち抜いた。

「やった……!?」

 セリカは、気を抜いてしまった。

「く、う、…………うぉおおおおっ!!」

 脳震盪をおこし、ぐらつく中……セリカへと、最後の一撃を見舞おうとするスバル。

 セリカは、咄嗟の対処が遅れる。

 

「シュート」

 

 涼やかに響いた声と共に発射されたティアナの一撃が、スバルの額に、吸い込まれるようにヒットした。

 

 

「あーーーーーーーー………………………………しんど」

 ダウンしたスバルを前に、ぐったりと座り込むティアナ。

「ひー、ひー………死ぬかと思いましたわ……」

 セリカもまた、ぐにゃっと力なくもたれかかっていた。

「酷いですわっ!! わたくしを盾……いいえ、囮に使うなんてっ!」

「適材適所よ。 ………………まぁ無傷は想定外だけど」

「今、何かおっしゃいました!?」

 きぃっ! と、あまりの扱いの酷さに抗議する。

「さぁ?」と、すっとぼけるティアナ。

 

「う、うん……?」

 

「「!!!」」

 むっくりと上体を起こしたスバル。二人は、飛び上がって臨戦態勢を取った。

「んー……むー…………あ、あれ!? 私、なんで縛られてんの!?」

 ぎょっとした表情で、後ろ手に縛られ、膝や足首まで拘束された自身を見下ろす。

 その瞳は…………薄い碧眼へ、戻っていた。

「…………あんた、覚えてないわけ?」

 流石に、怪訝に感じたティアナが尋ねる。

「え……? ええっと、掃除当番で……ランスターさんが余計なことを言って、セリカさんが怒って、それで、………………………………」

 さーーーーーっ…………と、すさまじい勢いで、スバルの顔色が青ざめていく。

 そして、訓練場の惨状を見て、己の所業を悟った。

「ご、ごめっ…………ごめんなさいっ、ごめんなさいごめんなさい……!!」

 ……何だかんだで飄々としたところのあるスバルが、ここまで取り乱しているのは、コンビのティアナとて、初めて見た。

 

「貴様ら、何をしている!」

 

 …………と、ここで、教官が見回りに来た。

「どうしましょうっ!?」

 セリカが、あたりを見回す。

…………大穴の開いた地面。散乱する機器の残骸。粉だらけの訓練場。

「ま、マズイですわー!!」

 涙目になっていた。

 今から隠滅しようにも、既に教官は、こちらに駆けてきていて、間に合いそうになかった。

「黙ってなさい……! いい、一言も喋るんじゃないわよ!?」

 ティアナが、何かを詠唱し終えたのとほぼ同時、教官が踏み込んできた。

 

「む……? ランスター。訓練場の整備か?」

「はい、定時寸前まで時間を要してしまいましたが、たった今、完了しました」

 教官は、ぐるりと…………惨状がそのままの訓練場を見回し、頷いた。

「よろしい。整備は完了したようだな。一限目に遅れぬうちに戻れ」

「了解」

 そして、教官が歩き去っていくのを、休めの体勢で見送った。

 

「…………っぷは、」

 ようやく、緊張から解き放たれた。

「……あんたたち、もう喋ってもいいわよ」

 そして……縛られたままのスバルと、へたりこんだままのセリカへ、視線を向ける。

「ど……どういうことですの……? 教官は、この情況が見えて……?」

 確かに。

 破壊された機器と、訓練場を目にしたはずの教官は、何も咎めなかった。

 そう、まるで…………目に入っていないように。

 

「…………そう『見える』ように、したのよ」

 

 スバルの拘束を解く。

「ほら、とりあえず戻るわよ。…………没落、そっち持ちなさい」

「だから、一言余計ですわ! ええと、こっちですわね」

 二人で、スバルに肩を貸し、一旦は寮へと戻ることにした。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「欠席理由…………コンビパートナー、体調不良のため、と…………」

「…………何でわたくしまで……」

 私の部屋で……何故かセリカさんも含め、ベッドに腰掛けていた。

「……あーあ、皆勤賞逃しちゃったわ」

 ぼやくランスターさん。

ごめんなさい。その言葉さえ、出す気力が沸かなかった。

「さて…………説明してもらいますわよ?」

 セリカさんが、ずいっと顔を近づけてきた。

「………………………………」

 でも、何をどう説明していいかもわからない。

「……はぁ。んじゃ、順序立てて質問するわよ」

 ランスターさんが、人差し指を立てる。

「まず、訓練場に集まったことは、覚えてる?」

「……」

 頷いて、肯定。

「じゃあ、そこの没落エリートが癇癪起こしたことは、覚えてる?」

「……」

 再び、頷く。隣で、セリカさんがすっごく何かを言いたそうにしているけど、気にかけるほどの余裕が無い。

 

「そう。じゃ……………………私達に襲い掛かったことと、その切っ掛けは、覚えてる?」

 

 ………………覚えている。

 鮮明じゃないけど…………確かに、覚えている。

「…………セリカさんが、私に…………袋を被せたこと」

 あの瞬間……『あの情景』がフラッシュバックして、飲み込まれてしまった。

「……どうしてそれが、襲う切っ掛けになりますの?」

 …………正直言えば、話したくない。でも、…………迷惑をかけた以上は、説明をする義務が、私にはある。だから…………………………

 

「…………三年前に起きた、管理局員の子供が誘拐された事件は、知ってる?」

 

 ………………いま再び、あの記憶と、向き合おう。

「…………知ってるけど」

「確か、報道管制が敷かれて、概要程度しか世間には伝わっていませんわ」

 二人は…………何で私が、こんな話をし始めたのか…………その意図は、伝わった。

 

「あれね。…………私と、私のお姉ちゃんなんだ」

 

 …………二人が目をむくのが、はっきりと分かった。

「あの日…………夜遅くなった私を、お姉ちゃんが迎えに来てくれて…………」

 

――夜、街頭の下を歩く私達の横に、車が停車した。

 

「中から、何人も、出てきて………………」

 

――反射的に、姉の手を握ってしまった。そして、

 

「頭から、袋を被せられて…………そのまま、車に…………」

 

――私達は、誘拐された。その後…………その後…………

 

「…………だから、でしたのね」

 セリカさんが、沈痛な面持ちで、眉根を寄せていた。

 ランスターさんが、また一つ、指を立てる。

「質問、もう一つ。…………『アレ』は、何?」

 

――アレ。それが意味するのは、きっと…………

 

「…………多分、私と、お姉ちゃんが、誘拐された理由の一つ」

 ……見せたほうが、早い。

 

――きゅいいっ…………

 

 …………システムチェック。グリーン。起動。

 

「…………」

 目を開ける。きっと、二人には、黄金の瞳が見えているはずだ。

「…………これが、私の秘密」

 詳しくは…………私より、検査担当のマリエルさんのほうが、詳しいと思う。

「質量兵器とも、魔法とも違う……先天技能」

 でも、二人には伝わったようだ。

「その力で……誘拐犯を?」

 …………ランスターさんが、聞いてきた。

「…………違う」

 それには、NOと答えざるを得ない。

 確かに、三年前とはいえ、この力を使えれば…………大の男といえど、圧倒するのは、容易いはずだった。

 でも……私は、怖くて、動けなくて………………

 

「私を最初に助けてくれたのは………………姉さんなんだ」

 

――姉が、私を庇った。

 

『スバル、大丈夫よ』

 殴られ、蹴られ…………背中を、刃物で切り刻まれて。

『私が守るから』

 それでも……姉は、私を庇うことを、やめなかった。

『スバルは、私が守るから』

 悟ったような笑顔のまま…………左手の『武装』を、展開して。

 

――――男の胸を、貫いた。

 

「私は、」

 ひくっ、と、しゃっくりのようなものが出る。

「何も……できなかった。何も、しなかった……!」

 

――姉の『武装』は……倍近い体格差のある男の生命を、一撃の下に…………断ち切った。

 

 …………やっぱり、二人に話すべきではなかった。

 明らかに、戸惑っている。でも、仕方が無い。こんな話……されたところで、声など掛けられる筈も無いのに。

「でも、……犯人は、投降したって…………」

 セリカさんが言っているのは、操作された情報だ。実際は、違う。

「助けてくれたのは……姉さんと、あとは………………黒い服の人」

 

――一人目が倒れた直後、突入してきたのは、漆黒の装束に身を包んだ一団だった。彼ら彼女らは、疾風のように……その場にいた、私達以外の命を、刈り取っていった。その中で、唯一言葉を交わした………………

 

「『なのは』……っていう、女の子」

 

 私と、そう年の変わらない、綺麗な子だった。

「事件の後、お父さんに聞いても、『知らない』って……局員じゃ無かったのかもしれない」

「………………まさか……管理局が、そんな傭兵集団を雇う訳が……」

「…………でも、あの強さは、本物だった」

 何者をも寄せ付けない、圧倒的な力。

 それは、あの日あの場所で……何も出来なかった無力な私とは、対極にあるもので……

「だから…………私は、管理局に入るんだって…………」

 なのに、このザマは何だ。コンビパートナーに迷惑をかけて、同級生とイザコザを起こして……何が、『強くなる』だ。

 

「ごめんなさい……!」

 

 結局私は…………あの日から、何一つ、進歩しちゃいない。

「――――あんた、自信が欲しかったのね」

 ランスターさんが、私の志望動機を看破した。

「……ちょっと、」

 ランスターさんが、咎めるような、促すような視線を、セリカさんに向ける。

 セリカさんは、気まずそうに、髪を指先で弄る。

「…………わかってますわよ」

 そして、椅子から立って、私の正面に立ち…………

 

「――――すみませんでしたっ!!」

 

 ……謝罪した。

 でも正直、あの手のトラブルだったら、遅かれ早かれ、起こりうることだったし……

「いやあの、正直、私のほうがゴメンナサイっていうか、その…………ごめんなさいっ!」

 謝るべきは、私だし……………………っていうか!

 

「そもそも、ランスターさんがセリカさんを怒らせたんでしょ!?」

 あんな心を抉る一言を言わなけりゃ、セリカさんも怒らなかったのに!

「そうですわよ! 何食わぬ顔で無かった事にしないでいただけます!?」

「………………チッ、気付きやがった」

 舌打ちした!? ダメだこの人!

「ランスターさん!!」

「チッ……あー、はいはい」

 もう……なんでふて腐れるの。

 

「悪かったわよ、没落エリート。興味が無いっていうのは、訂正するわ」

「だからその没落と言うのを止めなさいですわー!!」

 …………何だか少し、明るくなった?

 むしろ、堕ちるところまで堕ちて、開き直っちゃったのかも。

 

「で、わたくしの疑問なのですが…………ティアナさん」

「……」

「先ほどの、不可解な現象についてですが」

 不可解な…………ああ、なんとなく、分かった。出たり消えたり、教官を誤魔化したりした、あのことだろう。

「ショートジャンプではない、と、おっしゃいましたね?」

 ランスターさんは、特に否定も肯定もせず、セリカさんが正解にたどり着くのを待っているようだ。

 

「恐らくは、視界を誤認させる…………幻術の類でしょうか?」

 

 ランスターさんは、降参したように、両手を上げた。

「――正解」

 少ない情報から、そんなどマイナーなジャンルへと考えが及んだセリカさんは、やっぱり優秀な人だ。

「それにしても、幻術とは…………何故、そのような分野を?」

「あー……私というか、お兄ちゃ…………兄が、」

 

――今、『お兄ちゃん』って言いかけた?

 

 セリカさんと顔を見合わせる。

「…………『兄』が! 護身用にって教えてくれたのよ!!」

 ……頬を赤らめ、力強く言い切った。

 

「『お兄ちゃん』が、教えてくれましたのね?」

「ぐっ……」

 逆襲のチャンスを得たセリカさんが、ニマニマと笑う。

「魔法の練習をしてくれるなんて、素敵な『お兄ちゃん』ですわね。あーあ、わたくしも、そんな『お兄ちゃん』の方が良かったですわー」

「ぐぬ…………!!」

 

 …………どっちもどっちだ。

「セリカさんにも、お兄さんが?」

 さっきの口ぶりからすると、そんな気がした。

「…………」

 セリカさんは、しばし黙考して…………

「…………現役執務官ですわ」

 ……微妙そうな表情で、そう言った。

「執務官……!? すごっ……!」

 管理局の中でも、エリートじゃないか!

…………中には、すんごいアウトローな人もいるみたいだけど。

 

――メディアにもよく露出する高官を殴り倒して引退した人とか。

 

 最近では、五度も試験に落ちて、六度目でお情けで合格をもらった『ゴローさん』とかが有名だ。

 とにかく、時空管理局という組織の、花形であることは事実だ。

「どんな人?」

「…………出世のために、直属の上司に養子縁組までしたような男ですわ。今は、ソナタ性を名乗っておりますので…………わたくしの家とは、無関係です」

 …………あまり詮索しないでおこう。

「あ、ランスターさんのお兄さんは?」

 話題を変えようっと。

「航空隊で、執務官になったばっかりだったわ」

 ……何故に過去形?

 

「ああ……3年前、任務中に失踪したから」

 

もっとヘビーだった。

「……ティーダ・ランスター?」

 …………セリカさんが、思い出したかのように口にした。

「ええ。…………3年前の、大規模制圧の任務に就いて、そのまま……」

 3年前の……って、え!?

「ランスターさんのお兄さんも……?」

「『も』……って?」

「うちのお母さん、その任務に参加してた…………」

 違法研究施設への、強制捜査という名の武力制圧が行われた。

 私達が誘拐した犯人達の残した情報から、証拠が出て…………うちのお母さんも、前線へ向かった。そして……………………

 

「……………………クライスラー事件」

 

 セリカさんが、話し始める。

「事件の名は、現場となった生命工学研究所の名からですわね。

 作戦総指揮官・デイリン・グレンジャー中将。

ティーダ・ランスター、キーア・ソナタの執務官2名、陸士108部隊を一個大隊投入しての、大規模な制圧戦。

 研究所が違法な研究を行い、未知の戦力を保持している可能性が極めて高かったため、それだけの局員が動員されましたの。

 いくら相手が戦力を保持しているとはいえ、安全マージンを超えた、過投入だったのではないか、という意見もありましたが……結果は……」

 ふ、と、一息をおいて……

「その作戦は、安全マージンどころか、一度は戦線が瓦解しかけるほどの打撃を受けて……幾多の犠牲を払った末、研究所の自爆という結末で、幕を閉じましたわ」

 多くの真相は、炎の中に消え……情報は、公には遮断された。でも、一部には知れ渡ってしまった。

 

 なぜなら……明確な犠牲者が、いたからだ。

 前線指揮官の一人、ティーダ・ランスター執務官のMIAを筆頭に、実力のあった局員達も、何人も犠牲になった。

 

――――私のお母さん。クイント・ナカジマも、その一人だった。

 

 …………失踪ではない。ほかの誰でもない…………陸士108部隊の部隊長、そして、クイント・ナカジマの夫、ゲンヤ・ナカジマは、クイントの遺体を、その手で収容したのだから。

 

「では……ランスターさんが、管理局を志したのは…………」

 ランスターさんが、膝の上で、拳を固く握り締める。

 

「…………兄さんを、探し出すためよ」

 

 …………やっぱり。でも、わかる気がする。私だって、お母さんがMIAだったら、生存の可能性を信じるもん。

「だから…………一日でも早く、上へ、上へ行って…………事件が風化する前に、あの事件の真相を、突き止めるのよ」

 

私は…………私も、知りたい。あの日、あの場所で……お母さんに、何があったのか。

 

 全ての始まり。

 あの誘拐事件に端を発する、クライスラー事件の真相を。

 

 ……でも。

 私達はまだ、12そこそこの子供で……訓練課程を終えて、正式に管理局に所属するまで、数年は掛かる。

「……先は長いねぇ」

 ふぅ、とため息が出る。

「………………」

 ランスターさんは、あごに手をやり、おもむろに言った。

 

 

「――――あんた達、ちょっと付き合いなさい」

 

 

 

 

 

――三日後。

 

訓練を終えた、夜。

 消灯時間が近くなり、ロビーの人影がまばらになる。

 そして……21時。ぱっ、と、メインの証明が消え、薄緑の予備照明に切り替わる。

 もうこの時点で、ロビーには私達以外に人はいない。

「ほ、本当に、大丈夫ですわよね……?」

 おどおどと、セリカさんが息を潜めながら言う。

「シッ! 見回りに見つかるでしょ」

 ランスターさんが、あたりを警戒していた。

一人なら余裕だけど、今日は二人多いからね……

「……でもでも、ルームメイトに不在を気付かれたら……」

「大丈夫よ。ベッドで寝てるアンタを幻術で設置しておいたから」

ちなみに。今までも週に2回くらいの頻度で、無断外出していたらしい。

あの不可解な現象は、そういうことのようだ。

 

かつ、かつ……と、見回りの教官の足音が、徐々に近づいてくる。

 

「「「…………」」」

 き、緊張する……!!

「…………、」

 教官は、あたりをぐるりと一瞥し、施錠のための暗証番号を入力。

「……見える?」

「ん。ちょっと待って」

 かしゃっ、と視界が切り替わる。薄緑の風景……ナイトスコープだ。まさか、こんなことに能力を使うことになるとは思わなかった。

「22・32・46」

「よし……」

 教官は、最後にIDカードをかざし、施錠をして立ち去っていった。

 

 ランスターさんのハンドサインに従って、すり足で通用口まで移動。

 正面入り口は、教官のIDカードと暗証番号が無ければ開かないけれど、物資の搬入に使われる通用口は、六桁の暗証番号のみ。

「いつもはどうしてるの?」

「迷彩して至近距離まで近づいて覗き見」

「そんなことをしていましたのね……」

 セリカさんと一緒にあきれてしまった。

 

 カチッ……という開錠音がした。

「…………」

 慌てず、騒がず…………するすると、移動。

 侵入者検知のレーダーがあるところを匍匐前進して……壁を背に横歩きして……門扉を三人で協力して乗り越える。

「「「ふぅ…………」」」

 ひんやりとした外気が、私達を出迎えた。

「ほ、本当に、無断外出しちゃった……!!」

「ああ、どうしましょう……? わたくし、こんな悪いこと初めてですわ……!」

「こっちよ」

 ランスターさんに促されるまま、人気の無い夜道を進む。

 しばらくして着いたのは、小さな照明に照らされた、窓の無い建物だった。ドアの替わりに等間隔に並んでいるのは、横長のシャッター。ガレージ……だろうか。

 懐から取り出したカードを照合し、開ける。

「入んなさい」

 言われるままに、中に入る。

 ぱっと点いた照明に照らし出されたその内装は、やはり、ガレージだった。

 やや手狭な室内に、インテリアはほぼ無し。キャスターつきの工具箱と、書籍、スプレー缶やオイル缶がある程度で…………その敷地の大部分を、たった二台が占領していた。

 一台は、よく街中を走っている、オートマチック二輪車。

 そして、もう一台は…………

「うわぁ……! カッコイイ……!!」

 なんというか、そう形容する以外に無い……圧倒的な存在感を放つ、まさかのマニュアルシフト二輪車!

「まあ……!」

 セリカさんも、目を輝かせ、その車体に見入っている。

 車体を包むフルカウルの色は、ランスターさんの魔力光と同じオレンジ。

 でも、企業広告でも、こんな形の二輪は見たことが無いけど……?

 僅かに露出したエンジンには、……見たことの無い文字が、刻印されている。

「輸入車!?」

 輸入。文字通り、このミッドチルダ以外の世界から、納品されてきた物品。

「すごっ……!」

 なんというか……移動手段に過ぎないと思っていた二輪という乗り物の概念を、根底から覆された気分だ。

「でも、乗れないと思うんだけど……」

 私達は、運転免許が取れる年齢には達していない。

「? 乗れるわよ。そっちのオートマなら」

「いや、無理だよ。私たち、まだ12じゃん」

「操作は簡単よ? 足も届くわ」

「いや、そーじゃなくって…………免許が」

「何よあんな紙切れ一枚。動かせりゃ動かしていいのよ」

 …………ランスターさんは、絶対の自信を持ってそう言っているようだから、これ以上は言わないようにしよう。

「それにセリカは16だから、訓練課程で特殊二輪免許、取ってるでしょ」

「まだ、教習段階ですわ。それに、こういった形状のものには……」

「変速操作が出来りゃ乗れるわよ」

 特殊二輪……ここでは、マニュアルシフト二輪車のことを指す。陸士隊の備品には、不整地での走行並びに情報収集を目的にした二輪車があるから、取得は必須となっている。

 

「……………………………………あ。そっか。セリカさん、年上だったんだ」

 

「今更っ!?」

 がびーん、と驚愕する。

確かに、背丈は私達より頭一つほど大きい。

「あっ……すみません!」

 しまった……失言だった!

「あの、あまり年齢差を感じないというか、目線の高さが同じというか、ええっと……とにかく、年上には見えなくって! ええ、まったくこれっぽっちも!」

 ………………セリカさん、茫然としてしまった。

 ぽん、と、私の肩を、ランスターさんの手が叩いた。

「…………よーく分かったわ。あんた、悪気無くやってたのね」

「何が!?」

私、セリカさんにちゃんと説明というか、フォローしようとしただけなのに!

 

「さて……遊んでる時間は無さそうね」

 壁掛け時計を見ると、既に時刻は、日付が変わる一時間前だ。

「ほれ」

 ぽんっ、と投げ渡されたのは、正面に風防の付いた、二輪用のヘルメット。被れば、顔を見られる心配は無さそうだ。

「セリカも」

「っていうかナチュラルに呼び捨てですのね…………敬われていませんのね……………………ぶつぶつ……」

 不満そうなセリカさんには、頭をすっぽりと覆う形状のヘルメットを渡す。

 

 続いて、壁に据えられた、収納扉を開ける。そこには、何かを貯蔵しているらしい、円筒状のタンク。印字されているのは……明らかに、『危険物』を示すマークだ。

 オレンジ色の二輪を、そのタンクに近づけると、車体上部。ヒンジ式のキャップを開かせる。そこに、タンクから伸ばしたホース先端のノズルを差し込んだ。

 じゅああああああ……と、勢い良く液体が流れ出し、注ぎ込まれていく。

 でも、おかしいな……? 二輪は電力で動くから、基本はバッテリーに充電するコネクターがあるはずだ。『液体』を注ぐ必要なんて、どこに……?

「? ……くんくん。なんですの、この臭い」

 言われてみれば……鼻の奥に浸透するような、嗅いだことの無いような臭いがする。

「……………………まさか、」

 セリカさんが、戦慄と、それ以上の好奇心と共に、そのオレンジの車体を凝視する。

 

「内燃機関……!?」

 

 …………歴史の教科書で、その存在は知っている。

液状の化石燃料から精製した揮発性油を、文字通り装置の中で燃焼させて、動力を得る装置のことだ。今では、旧式どころか、骨董品に足を突っ込む部類。

管理世界は、文化保存指定世界でもなければ、バッテリー式が普及する決まりになっている。なら、これはその、文化保存指定世界から……?

 いや、それはおかしい。

 後退的な内燃機関を搭載してはいるものの、外観は、ミッドチルダ現行の物に近い。

 個人でカスタムもしくはビルドしたのならともかく、フレームには機械によってプレスされた際の『バリ』が残っているし、溶接も、ズレ無く綺麗に仕上がっている。

 コレは間違いなく、機械によって量産されている物の筈だ。

 

 うーん、うーん…………じゃあ、どこから取り寄せた物なんだ……?

 文化保存指定でもなく。

管理世界でもなく。個人製造でもなく………………………………………………

「 「 あ 」 」

 セリカさんも、同時に声を上げた。

 ある。一つだけ、その全てを満たすものが、ある。それは…………

「管理外世界からの、持込み……」

「……バレたか」

 ランスターさんは、悪びれる様子も無く、舌を出した。

「兄さんが、執務官になった記念に、無理して取り寄せたのよ。……ま、殆ど乗らないうちに、どっか行っちゃったけどね」

 セリカさんは、ちらちらと、異世界の二輪車へと目線を送っている。

「乗っていいわよ」

「いいんですのっ!?」

「転かしたらブッ飛ばすからね」

「大丈夫ですわ!」

 セリカさんは、ぱぁっと顔を輝かせ、いそいそとヘルメットを被る。

 

 ランスターさんがオートマの方を始動させ、跨る。

 私もヘルメットを被り、ランスターさんの後ろへ。

今更だけど、大丈夫なんだろうか?

「目的地まで先導するから、着いてきなさいよ」

 後ろのセリカさんへ声をかけ、一息して、発進。

 セリカさんは、待ちきれない様子で、アナログなキーを指し込んだ。直後。

 

――――キュルッ………………ヴォオンッ!!

 

 うわっ……すごい音!

 

――――ヴォンッ……ヴォオオオオオオオオオオオンッ!!

 

 速っ!!

 あっという間に、追い抜かれちゃった!!

「あのバカ、先導するっつったのに……」

「あはは……目的地の位置情報、セリカさんに送っておくね」

 走行中に片手を離すのは怖かったけど、ほぼ一本道だし、急激なコーナーが無ければ操作できそうだ。

 返事は、当然のことながら返ってこない。

 きっと今頃、街道をウォンウォン言わせながら爆走してるんだろうなぁ……警邏隊に捕まらなきゃいいけど。

 

 平和にトコトコと舗装路をしばらく走り……きゅっ、と止まる。

「ここよ」

「え……ここ?」

 目の前にあるのは、廃棄都市区画と、郊外の境目に立つ、廃工場群。

 離れたところから、歓声や怒声、濁った音が聞こえている。

無人では無さそうだけど……なんというか、あんまり、近づいちゃいけない類の場所のような気が……

 ランスターさんは、表からは見えない場所に二輪車を停める。

 また少し待っていると、遠くから、ウォオオン、と、内燃機関の音。

 セリカさんが、ようやく追いついてきたらしい。まったく、どれだけ遠回りをしてきたのやら。

「遅いわよ」

「あら、失礼。あまりにも素晴らしいものですから、つい……」

 さて、三人が揃ったところで、また行動開始だ。

「そろそろ、教えていただけませんこと? 一体このような場所に、どのような用が?」

 うん……そろそろ、私も聞きたいと思っていたところだ。

「情報収集よ」

 ランスターさんは、端的に答えた。

「メディアや、ネットでも表に出ない情報っていうのも、結構あってね…………ここにいる人間から、そういう裏の情報を買うのよ」

 

 買うって、

「いくらくらいで……?」

『情報屋』なんて、フィクションの存在だと思っていた。

「あいつ……情報屋が求めるのは、金銭じゃないわ」

 金銭じゃない対価?

「そう」

 歩いているうちに、一番大きな倉庫の前にやってくる。

 

「あいつの求める対価は、唯一つ。

 

――『力を示すこと』」

 

 

 …………扉が、両手で押し開かれた。そして、次の瞬間……

 

――――……ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!

 

 巨大な歓声が、私達を打ち据えた。

 

 カジノがあった。

 闘技場があった。

 ナイフがあった。

 拳銃があった。

 札束があった。

 

――――おおよそ、『欲望』に関わる物が、溢れかえっていた。

 

 それらに各々、黒山の人だかりが出来ていて……剥き出しの感情を、欲望を……ギラギラと、輝かせていた。

 ディーラーの配ったカードを前に天を仰ぎ見る人。

 スロットマシンへ血走った目を向ける人。

 有刺鉄線のリングロープの中で、素手で殴りあう人。

 壁際でアルコールを呷る人。

 

 …………あまりにも非現実的な光景に、立ちくらみがする。

「う…………」

 ……育ちのいいセリカさんは、顔面蒼白だ。

 

「――よう、ティアナ」

 ずいっと人垣を割ってやってきたのは、大柄で、浅黒い肌をした男の人だった。

 腕といわず胸板といわず、あちこちに、派手な刺青をしている。

「……今日は、オトモダチが一緒か?」

 ジロリと、値踏みするような視線が、私達を捉える。

「手ぇ出したら撃つわよ」

「出さねぇよ。ガキは好みじゃないんでね」

 肩をすくめる。

「……この人?」

「いや。こいつ……ボルボは、ただの用心棒よ」

 遥かに年下のランスターさんに『こいつ』呼ばわりされても怒らないあたり、見た目以上に理性的な人のようだ。

「では、どなたがその『情報屋』なんですの?」

「えっと…………」

 ランスターさんが、説明に困っているうちに、例のボルボさんとやらが歩き出してしまう。

「オウ、てめーら!! ティアナのヤツが来やがったぞ!!」

 野太い声に、拳銃を置いたテーブルにいた何人かが、一様に振り向いた。

 全員が全員…………なんというか、嫌な記憶を想起させる容貌をしている。

「おおっ、やーっと来たな! ったく、三日も待たせやがって!!」

「ハイスコア、アタシがとっくに更新しちゃったわよ!?」

「今日もいいブツがあるぜ! 『とかれふ』っつー異世界の禁制品だ!!」

 ランスターさんは、ふぅ、とため息をついて、たじろぐことなく、その一団へと混じっていった。

 いえー! とか、妙に陽気なノリで歓迎される。

 はぐれないように、ランスターさんの後をちょこちょこと付いて行く。

「なんだ、ガキじゃねえか! オラ、ジュースかミルクでも持ってきてやんな!!」

「あ、ども……お構いなく……」

 …………できるだけ、ランスターさんとはぐれないようにしなきゃ。

 隣では、セリカさんが絡まれていた。

「ハンッ……育ちの良さそうなお嬢様だこと。赤い靴でも履いて舞踏会へ行って来たら?」

「いえ、舞踏会の予定はしばらくはございませんわ。サロンなら、来週末に予定されております」

「………………」

 …………赤い髪の女の人は、憮然とグラスの中身を飲み干した。

 

 ここで、いままで黙っていた、カウンターの向こうにいるバーテンダーのような男性が口を開いた。

「なぁ、ティアナよ。いくらなんでも、場違いがすぎるんじゃねぇか? ここは公園の砂場とは違うんだぜ?」

 ランスターさんは、無言で席を立ち……テーブルにゴトンと鎮座していた、無骨な拳銃を手にする。

 50メートルほど向こう。

 無造作に設置された、人型の板へと、銃口を向けて……

 

――――ぱんっ!!

 

 ……軽く乾いた破裂音。そして残る、火薬の匂い。

 首元を打ち抜かれた人型は、ぷらぷらと揺れていた。それに向けて、再び……

 

――ぱんッ! ぱんッ!!

 

 二度、三度……肩と腹を撃ち抜かれ、飛散した。

「――」

 ……バーテンダーへ、意味深な目を向ける。

翻訳するなら、『ああなりたくなかったら黙ってろ』……みたいな感じだろう。

「……合計50ポイント。おらよ」

 バーテンダーは、仏頂面のまま、ランスターさんにコインを手渡す。

「これは?」

 通貨では無いみたいだけど……

「…………この場所での通貨がわりのメダルよ。あそこ」

 くいっと顎で示された先を見ると、壁には、大きなボードが吊るされている。

 上から、AからFまで順番に記号が並び……その横には、何らかの数字が示されていた。

「AからFまで、管理局のスキャンダルからトップモデルの下着の色まで、重要度の順に情報が並んでて……横に書かれた数字分、このメダルを支払えば、情報を得られるって仕組み」

 なるほど。

 さっき、ランスターさんが射撃を行い、点数分のメダルを稼いだように……

『優秀な能力』を披露すればするほど、重要な情報へ近づけるってことか。

 管理局が揉み消した様な、都合の悪い情報が含まれていても、おかしくはない。

 でも、それ相応に、要求されるメダルの総額も桁違い。

「稼いだメダルを、モノと交換することも出来るわ…………禁制品でもね」

 私達を呼んだのって、もしかして……

「一人じゃ、稼ぎにも限界があるのよ」

 最高額の情報を購入するための、お手伝い……

「あはは……ええっと、なんといいますか……少々、ご遠慮させていただこうかと……」

 

――がっき。

 

 逃げようとする私の肩を、ランスターさんが思いっきり掴んだ。

「ここまで知っておいて、今更、逃げられるとでも…………?」

 ひぃいいいっ……! この人、最初からそのつもりだったんだぁああああ……!!

「いーから黙って働きなさい!! アンタの馬鹿力はこの日のために授かったものなのよ!! おら、向こうで重量上げなりアームレスリングなりしてきなさい!!」

「いやぁー!!」

 周りの人達も、笑って見てないで助けてぇ!!

 

 セリカさん、…………?

「ちょっと待った…………セリカさんは!?」

 ついさっきまで横にいたはずのセリカさんと……絡んでいた赤毛のお姉さんの姿も無い。

 

――おい、なんかシエラがやるつもりらしいぜ!!

 

――新入りにヤキ入れるんだとさ

 

「「!!」」

 ヤバい!!

 

 倉庫の外に飛び出る。

 大勢の観客が、既に群れを成していて……その隙間を、ランスターさんの手を引きながら、無理やり最前列まで出る。

「セリカさんっ!!」

 まさか、殴り合いにでもなっていたら…………というのは、杞憂に終わった。

 でも、それ以上に予想外の事態だった。

 

 真っ赤なバイクに跨ったシエラさんの隣で…………セリカさんもまた、オレンジのバイクに跨っていた。

「ボルボ!! どういうことよ!?」

 ランスターさんが、ボルボさんに噛み付く。

 でもボルボさんは、肩をすくめた。

「断ることも出来たんだぜ? 退かなかったのは、おめーのダチだ。オレはただ、舞台を整えてやるだけさ」

 ランスターさんは、ギリッと歯を食いしばる。

「…………セリカ!! こーなったら、絶対勝ちなさい!! ……あと、転かしたらぶっ飛ばすわよ!」

 振り返ったセリカさんは、呑気に手を振っていた。

「大丈夫ですわー」

 そして、二人同時に、エンジンを始動させる。

 

――シュインッ、シュイイイイイインッッ!!

 

 どうやら、シエラさんのバイクは、普通にミッド産の物のようだ。。

「0-400でいいな? ……勝ったほうには、1000ポイントくれてやる」

 おおおっ! と、観客が色めき立つ。

 1000。ランスターさんが稼いだ分の、20倍!

「シエラ! おめぇに賭けたんだからな!! 負けんじゃねぇぞ!!」

「よう新入り!! そのCBR、慣らし終わってんのかー!?」

「シャレで100ばかり賭けてやるぞー!!」

 …………レースはそのまま、周囲も巻き込んだ賭博になっている。

「カウント10でスタートだ。10,9,8……」

 ボルボさんがカウントするごとに、周囲の熱も高まっていく。

「セリカさーーん!! ファイトー!!」

 ええい、もうこーなったら、乗るだけ乗ってやる!!

「3、2、1、……GO!!」

 

――ウォンッ!!

 

 弾かれるようにスタートした二台は、あっという間に遠ざかっていく。

 展開されたモニターに、二人を映す。

 最初は並んでいた二人も、今では、シエラさんが僅かにリードしている。

 差は縮まらないまま……あっという間に、半分を駆け抜けた。

「くそっ……電気じゃないんだ。ただギア上げて回せばいいってわけじゃ……!!」

 まどろっこしそうに、ランスターさんがぼやく。

「このままじゃ……」

負ける。

 そう、思っていた矢先のことだった。

 

『――ああ、こうすればいいんですのね?』

 

 モニターの中。

セリカさんが左足で、シフトペダルを二回ほど下に蹴り入れて……

 

――ヴァォオオオオオオオンッ!!!

 

 途端、回転が猛烈に上昇した!

 ぐんぐんと差を縮めていく!

『……! クソッ、どうなってやがる!』

 シエラさんが毒づくも、既にトップギア、フルスロットル。

 完全に、並んだ!

 セリカさんが今度は、シフトアップ!

 

――ヴォオオオオオオンッ!!

 

 さっきと同じギアなのに、段違いの速度だ!

 そして…………

 

「――抜いたぁッ!!」

 

 観客の誰かが、歓声を上げる。

 モニターの中……セリカさんは、頭一つ分も速く、ゴールを通り抜けた。

 

――ギュギュギュギュギュッ…………!!

 

 車体を斜めに向け、フルブレーキで停車。

「ふぅ…………くたびれましたわー……」

 …………僅かな間を置いて。

 

――――ワァアアアアアアアアアアアアッ!!!

 

 大歓声が上がった。

「イェエエエエエッ!! 大穴だぜェええええええい!!」

「おいおいおい、マジで勝っちまったよ!!」

「100の12倍で…………うォおおおおおおおおおおおよっしゃあああああああっ!!」

 セリカさんに賭けていた僅かな人達が、腕を突き上げて喜ぶ。

 

「冷や冷やさせるんじゃないわよ、全く…………でも、よく乗り方がわかったわね」

 ランスターさんが言うには、内燃機関と、電気駆動の違いは、そのパワーカーブだという。電気は、それこそスイッチのように、スロットルを開けて電流を増せば、増した分だけ豊かなトルクで加速できる。

 だが、内燃機関はそうではないのだと。各ギアごとに、最適な回転数というものがあって、それに合っていなければ、出るパワーも出せない、と。セリカさんは、最初、電気駆動車のように、発進からすぐにトップギアまでシフトアップしてアクセルを開けたが、当然、回転が付いて来なくて、もたついてしまったらしい。なので、一度シフトダウンし、最大出力を発揮できる回転数へ上昇させ、再度シフトアップすることで速度を乗せる。運転暦三ヶ月未満のセリカさんにしては、いささか高度な技術だと思う。

 セリカさんは、人差し指を顎に当てて、言った。

「んー……なんとなく、ですわ」

 なんとなく、って……

 

「チックショー……負けたぁ……」

 シエラさんが、悔しそうにタンクに突っ伏す。

 ばっ、とバイクから降り……セリカさんに、キーを渡す。

「……ほらよ。約束どおり、このマシンはアンタのもんだ」

 えええええっ!? まさか、お互いのバイク賭けてたの!?

「セーリーカー……?」

 ランスターさんが、恐ろしい笑顔でセリカさんににじり寄っていく。

「勝ったのですから、問題ないでしょう?」

「そーいう問題と違うわー!!」

 ぎゃーすかと言い合う二人。

 あのー……シエラさんが、さっきから所在無さそうにしてるよ?

「ほら、あんたのもんだ」

「……受け取れませんわ」

 差し出されたキーを、そっと押し戻した。

「どうしてだい? 勝った方が、負けた方のマシンを好きにするって話じゃ……」

「もちろん、タダで返すわけではありませんわ。一つ、約束して欲しいんですの」

「……なんだい?」

「また、わたくしと走っていただけますか?」

 

 シエラさんは、最初、ぽかーんと呆けて…………思い出したかのように、吹き出した。

「――ああ、わかったよ。約束だ」

「約束ですわよ?」

 わぁっ、と、また周囲が囃し立てる。

 

「おう、新入り。名は?」

 ボルボさんが、メダルが詰まった袋を手にやってきた。

「セリカと申します」

「セリカ、こいつはおめェのもんだ。受け取りな」

 ぽんっ、と放られたそれを受け取る。

「ティアナさん、どうぞ」

 ……と思ったら、そのままトスしてランスターさんに渡してしまった。

「セリカさん、いいの?」

「ティアナさんには、必要なものでしょう?」

 ランスターさんは、かりかりと頭をかいて、照れ隠しをしている。

「あー……ありがと」

 これで、1050ポイントか。

 Aランクの情報に必要なのは……100万くらい、だったかな。

「数年計画になりそうだねぇ」

 聞けば、ランスターさん一人のときは、一晩粘っても200ポイントがいいとこだったらしい。

「………………」

 セリカさんは、ちゃんと成果を出した。

なら、私も!

 

 

――……

 

 私は……有刺鉄線で囲われた闘技場の中にいた。

 アームレスリングより、ベンチプレスより、得られるメダルの額が多い。

 私は初参加で、女子供。誰も私に賭けないことは、確信していた。

 オッズは……10。

 それも当然。相手は、現在5連勝中だ。

「おいおい、出る場所間違えてねぇか?」

「手加減してやれよー」

「殺すんじゃねえぞ!」

 げらげらと、野次が飛んでくる。相手も、にやにやと私を眺めている。

 

 リングサイドでは、ランスターさんとセリカさんが、固唾を飲んで見守っている。

 今日の稼ぎを、全額私に賭けたんだ。

 負けるわけにはいかない。

「……退くなら今のうちだぞ」

 ボルボさんが、最後の忠告をした。

 それを振り切って、試合に合意する。

 

――うォおおおおおおおおおおおおっ!!

 

 盛り上がる中……

 

――カァンッ!!

 

 

 ゴングが鳴って、

「ふンッ!」

踏み込んで渾身のボディブローを肝臓の辺りにぶち込んだ。

「ごぅふっ……」

対戦相手が泡を吹いて白目を剥いて倒れこんだ。

 

 

「「「「「「「「「「 ……………………………………えっ? 」」」」」」」」」」

 

 

――カンカンカンッ!!

 

試合開始13秒。

 10カウントを検知したゴングが、高らかに鳴った。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 ランスターさんの手に、山のように盛り上がったメダルが収まっていた。

 10500ポイント。それが、今日の稼ぎの全額だった。

「いちまん、ごひゃく……」

 ランスターさんも、手にした巨額に、思考が追いついていないようだ。

 一日で一万なら、目標までは100日……とはいかない。

 これで、私や、セリカさんのオッズはがくんと下がるだろうし、相手が都合よく油断してくれるとも限らなくなった。

 野次馬達をやり過ごして、三人で固まる。

「……まるで、『覇王』だな」

 ボルボさんが、変な名前を言った。

 覇王。

 私達には、割と馴染みのある名前だけど……

「もちろん、御伽噺の古代ベルカ王のことじゃねぇが……まぁ、べらぼうに強い女だった、ってことよ。年のころも、おめぇらと同じくらいだった」

 ボルボさんは、タバコに火を点け、燻らせる。

「ふらっと栗毛の小せぇガキがやってきたと思ったら、当時のトップランカーをなぎ倒して、王者を下して…………情報だけ得たら、とっとと消えちまった」

 

――インパクトだけなら、おめぇらも負けてねぇけどな。

 

 そう言い残して、ボルボさんは倉庫の中に戻っていった。

「覇王…………覇王、かぁ……」

 …………言葉の響きに、その凄みに、胸が高まる。

 覇王。闘技場の王者をも屠る、強き王。

 それを、堂々と名乗れるくらい、強くなれば…………

 

――――ファンファンファンファン……!!

 

 うるさいサイレンだなぁ。人がせっかく……

「手入れだー!! 散れーーー!!」

 ボルボさんの号令に、集まった人達が散り散りに逃げ去っていく……ってぇ、呑気に見てる場合じゃない!!

「スバル、セリカ! 逃げるわよ!!」

「は、はいぃッ!!」

「うんっ!! …………あれ、ランスターさん、今……?」

 

――名前で呼んだ……?

 

 聞き返そうとも思ったが、そんな暇は無さそうだ。

 

「スバルさん、こっちですわ!」

 セリカさんのバイクのリアシートに飛び乗る。

「二手に分かれて、ガレージに集合!!」

 

「気をつけてね、…………」

 少し迷うけど……ドサクサ紛れで、呼んじゃおう。

 

「――『ティア』!!」

 

 

「……あんたもね、スバル!」

 そう言い残して…… 警邏隊のパトライトから逃げるように、アクセルを吹かした。

 

 

 

 

 ……ふぅ。何とか、見つからずに済んだみたいだ。

「…………ズルいですわ」

「え、何が?」

 ハンドルを握るセリカさんが、ぼそっと言った。

「ティアナさんたら、スバルさんのことばっかり……」

 もしかして……別れ際、私のことしか呼ばなかったことで…………拗ねてる?

「ま、まぁまぁ、セリカさん、」

 

「――セリカ」

 

「はい?」

「『さん』は、なんだか余所余所しくってイヤですわ。ティアナさんと同じように、セリカと呼び捨てになさって」

「え、ええ~……? それは、ちょっと……」

 一応、年上だし…………

「呼んでくれなきゃ、このまま隊舎に突撃しますわよっ!!」

 ぐりんぐりんと、左右に舵を切って蛇行し始めた!

「うわっ、ちょっ……ぎゃー!?」

 目が、目がぁ~!?

「ほら、呼ぶんですの!? 呼ばないんですの!?」

 このお嬢様、はっちゃけすぎでしょ!?

 わかった、わかったから!!

 

「――セリカ、やめてぇえええええええ!!」

 

 

 

「無事だったみたいね、二人と………………いや、セリカ。スバルどーした?」

「さぁ? 酔ったのではなくて?」

 …………ガレージに到着する頃には、視界がぐわんぐわんと歪んでいた。おえっぷ……

「……んじゃ、また迷彩して部屋に戻るわよ……」

 ランスター……じゃなくて、ティアも、疲労の色が隠せない。

 今日が休暇日で、本当に良かった……

 

 ベッドに倒れこみ…………泥のように、ずぶずぶと眠りに埋没していった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 そして、一年が過ぎた。

 

 

 

 

「ティア、お願いがあるんだけど」

 

一年を共に潜り抜けてきた頼もしいパートナーに、私は話を切り出した。

 

「いや」

「聞いてよぅ!」

 

一年を共に潜り抜けてきた頼もしいパートナーは、つれなかった。

 ……ぐいっと腕を引っ張って、ようやくティアは手元で分解整備していた銃から目を向けてくれた。

「……何よ。言っておくけど、私は銃のメンテとバイクの調整に忙しいんだからね」

 私を悩ます原因…………一通のメールを、ティアにも見えるように開封する。

「? 何よコレ。差出人は、ギンガ・ナカジマ…………アンタの姉さん?」

「そーなんだよ……」

「で、コレが何よ?」

 ぱんっ、と両手を合わせ、拝む。

「――お願い! 一緒に来て!」

「嫌よ」

「即答!?」

 もうちょっと考えてくれてもいいじゃん!

「何であんたら姉妹の水入らずに混ざらなきゃいけないのよ。行けばいいじゃない、一人で」

 うー……知ってるくせに。

「姉さんは、私が管理局に入るの……というか、一人暮らしに、最後の最後まで反対してて……」

「最後は夜逃げ同然に家を飛び出して、バレて追いかけられて、夜行バスの屋根にしがみついて逃げ切った……でしょ?」

「そう、その姉さんから…………1年ぶりの、呼び出しメール…………」

 意外にも、訓練校に入ってからは音沙汰無かったというのに……

「セリカに頼んだら? あいつなら、アンタの姉さんと同年代だし」

「そう思ったんだけど……セリカ、今度はヘリの免許取るんだって、教習に通い詰めてて忙しそうだし……」

「またぁ!?あいつこの前、特殊装甲車の免許取ったばっかりじゃない! その前は……」

「大型自動車。大型特殊自動車。船舶2級、クレーンオペレーター、……あと、重機もいくつか」

 去年以来……セリカは、乗り物全般に抜群の適性を示し、年齢の許す限り、ありとあらゆる運転免許を取りまくっている。

「それと、オペレーター資格も取るんだって」

 更に言えば、セリカは機械全般にも強いことが判明し、前線指揮官志望だったのがオペレーター志望に方向転換。

「だから、ひと段落するまでは、忙しいと思う」

 もちろん、言えば着いて来てくれるのは分かるんだけど……大事な時期だし。

「……はぁ」

 ティアは、額に手をやり天を仰いだ。

「パフェ奢るから!」

「…………」

「ドーナツ奢るから!」

「…………」

「アイス奢るから!」

「…………」

「クレープもつけるから~!! 一生のお願いだよティア~!!」

「アンタにはいくつの『一生』があるんだ!? あとアンタじゃあるまいしそんなに食えるかっ!!」

「あうっ」

 どげしっ……と、ベッドに蹴り込まれた。

「ああもう、うっさいわね!! わかったわよ!! 付き合えばいいんでしょ、付き合えば!!」

 悪態をつきながらも、最後は付き合ってくれるのがティアのいいところだ。

「ティア、ありがと~!!」

「その代わり、来週はいつもより多く稼ぐのよ!?」

「わかってるって!」

 これで、プレッシャーが半分だ!

 

 よーし、姉さんでもなんでも、ドンと来ーい!

 

………………………………

 …………………………

……………………

………………

…………

……

「で」

「……………………」

「どこなのよ、アンタの姉さんは」

「…………」

 駅のターミナルで、姉さんを待つ。

 季節は夏に近づいているのか、じりじりと日差しは暑く、湿度も高くてむわっとしている。喫茶店では、テラス席に日よけのパラソルが開いている店も多い。アイス屋は大繁盛。ミント、チョコ、ストロベリー、二段重ね三段重ね…………ああ、美味しそう……

 

 ……と、周囲の空気が、僅かに変わった。

 具体的には…………男性達の目線が、一点に…………具体的には、改札を抜けてきた一人の女性に、集中した。

 恋人連れの男性の何人かが、恋人に頬をつねられて物陰に連行されていった。

「…………えらい美人ね」

 隣のランスターさんが、そう評した。

 青みがかった腰までのロングヘア、理知的な双眸、すっと通った鼻梁……オマケに、白いワンピースに藍色のカーディガンが、オーダーメイドのようにハマっている。傍目に見ても、近くに寄っても、完全無欠に美人の類だ。

「ん……あれ? なんか、こっち来た」

 

――そして私が、この世で最も恐れる微笑を浮かべていた。

 

 女性は、私達の前ですっと立ち止まった。

 ティアは、ここにきて、目の前の美人が誰なのかを悟ったようだ。

 

「――――スバル、久しぶりね」

 

「――――姉さん、久しぶり」

 

 私の姉……ギンガ・ナカジマは、実姉ながら見とれるような笑みで、私の手を取った。

 

「スバル、こちらの方は?」

 すっとスライドした視線が、ティアを捉える。

「あー……ども。ティアナ・ランスター……訓練校で、スバル……さんの、ルームメイトをしています」

 ティアが、珍しくかしこまった調子で挨拶をした。が……

 

「――スバル、こちらの方は?」

 

 …………レコーダーのように、同じ声色で、同じ口調で、同じ質問を繰り返した。

「……?」

 ティアも、一発で違和感を感じ取ったようだった。

「ティアナ・ランスターさん。訓練校でのルームメイトだよ……聞いてなかったの?」

 

「聞いていたわ。でも、スバルを脅して無理やり着いて来た人かもしれないでしょう?」

 

「……………………」

 おかしい。何かがおかしい。

 ティアの感じている違和感は、増すばかりだろう。

「ティアに失礼なこと言わないで。無理を言ったのは、私のほうなんだから」

 姉さんはその後、実に20秒にも渡って、私の目をじっと見つめた。

「…………………………………………そう」

 ふっと視線が外れる。

 納得したようだ。

「――初めまして。ギンガ・ナカジマです。スバルがいつもお世話になっています」

 …………最初にこう言えていれば、まともな応答だったのに。

「ここじゃ暑いから、どこかお店に入りましょう?」

 そして、私の手を握ったまま、軽い足取りで歩き出す。

 

 ティアの怪訝な目は、やがて、納得へと変わった。

 姉さんは、出会ってから、店に入り、席に座るまで…………一向に、私の手を離そうとしなかったのだから。

「今日は暑いわね」

 冷たくて甘いジュースが、人数分運ばれてくる。

 ストローで何口か飲んだ後、私達の向かいに座る姉さんが、口を開いた。

「訓練校での生活は、どう?」

 ……てっきり、帰宅の催促かと思っていた私は、面食らってしまった。

「え、……あ、うん。キツいけど、成長してる実感はある……かな」

「そう。訓練校では、ティアナさんとコンビを?」

「うん。今年で、二年目になるかな」

「ダッジ教官はお元気?」

 ダッジ教官…………初日に私に革靴ストライクを決めた、マッチョな男性教官。

「あの教官、私が第二訓練校にいた時、出向で一月ほど勤められていたの」

「へぇ」

「訓練生への罰が、決まってグラウンド何週、とか、腕立て何回、とかの肉体系で……」

「あ、そうそう! それで、何故か…………」

「 「 教官も一緒にやる!! 」 」

 くすくすくす……と、姉さんが愉快そうに笑う。

 あれ……? 意外なほどに、普通に会話ができている……?

「ティアナさん、訓練校でのスバルは、どんな調子? 転んで怪我とか、していない?」

 驚いたことに、自ら進んで、ティアへ話しかけていた。

「え……ああ、まぁ、よくぶっ飛んだ行動をとっては、教官に注意を受けていますね」

「ちょっ……!」

 ティア、そんなこと姉さんに言ったら、怒り狂って実家に連れ戻そうと……!!

 

「ああ、そんな気はしていたのよねぇ……昔から、せっかちで考えよりも先に身体が動いて、痛い目を見るのよ、この子は」

 

………………しない。

 それどころか、話に乗ってさえいる。

「馬力が有り余っているんだと思います。なので、フィジカル系の訓練はいつも滅茶苦茶にやってますね」

「まぁ。……それじゃあ、コンビを組んでいるティアナさんも大変でしょう? この子の体力について行くのは」

「厳しいときもありますけど……ペースに乗せられるのか、一人のときよりもいい結果が出たりします」

 どうしたことだろう。

 もしかして姉さん、私が見ていない間に、大幅に軌道修正ができたのだろうか。

「ま、座学では私が教えながらやっていますから、持ちつ持たれつ、ですね」

「この子は、やればお勉強も人並み以上にできるのよねぇ……食指が動かなければ、自分ではやらない子だから、助かるわ」

「訓練校では、最年少組ですけど…………この前は、成績で総合3位にも入りました」

「あら……すごいじゃない、スバル」

 身を乗り出して、私の頭を撫でる。

「……ふふ。それじゃあ、ご褒美をあげないとね」

 姉さんが席を立ち…………相変わらず私の手を取ったまま、店を出る。

 

――それから夕方まで、嘘のように穏やかな時間が流れた。

 

――アイスを買い食いしながら町を歩いて。

 

――途中、変なお姉さんが開いている露天でアクセサリーを買ってもらって。

 

――ゲームセンターでゲームをして。

 

――商店を冷やかして。

 

――途中、ああでもない、こうでもないと、下らなくも楽しい会話をしながら。

 

 …………杞憂、だったのだろう。

 一年ぶりの呼び出しに、勝手に気負って、不安がっていただけだったんだ。

 姉さんはただ、私を心配して、会いに来てくれただけ。

 ……そうとわかったら、もっと早く、一緒に楽しめたのに。

「はー……遊んだ遊んだ」

 最初に入った喫茶店に、また立ち寄った。

「楽しかったわねぇ」

「うん」

 まるで、昔に戻ったみたいに、屈託無く笑える。

「ランスターさん、疲れなかった? ごめんなさいね。つい、私達のペースになっちゃって」

「いえ……」

「暑いわねー……」

「上着、預かりましょうか?」

「…………大丈夫よ。冗談だから」

 ティアにも、普通に話せている。

 もう、気負うのはやめにしてもいいかもしれない。

 昔みたいに、『姉さん』、じゃなくて…………

「スバル」

「……、えっ、ごめん、何?」

 はっと気付くと……姉さんが、相変わらず微笑して、私のことを見ていた。

「もう、一年経ったのね」

「? ……うん」

 今日で、私が訓練校に入って、だいたい丸一年だ。

「一年間、楽しかった?」

「……うん」

 ティアや、セリカに会って、…………あんまり公言はできないけど、ボルボさんやシエラさんたちとも出会って。

 この一年は、間違いなく、充実していたと、楽しかったと、声を大にして言える。

 叶うのなら、次の一年は、姉さんも………………

 

 

 

「――――――――で、いつ辞めるの?」

 

 

 

 ……………………………………えっ?

「姉さん……いま、なんて……?」

 聞き間違い……だよね。

 いつ辞めるの、なんて……………………姉さんの口から、出る訳が、

 

「いつ辞めるの? 今日? 明日? 明後日? 明々後日?」

 

「――――――――――――――」

 

 頭が、フリーズして……………………解けるに従って、徐々に、理解が及ぶ。

「来週? 再来週? 来月? 再来月? …………来年なんてことは、無いわよね?」

「辞めない…………辞めないよっ!!」

「この一年は、父さんとシャッハがどうしてもって言うから、引きずり戻したいのを我慢したのよ? もう一年は待てないわ。もう、十分に楽しんだでしょう?」

「姉さん、聞いてよ、私は……!」

「そうね、じゃ、来週にしましょう。それまでに、教官や、お世話になった人達に挨拶しておくのよ?」

「姉さん!」

 やっぱり……最初から、この話をするつもりで……!!

「――――ふぅ」

 姉さんは、ため息をつく。

 ……わかって、くれた?

 

「――ねぇスバル。あなたは何が不満なの?」

 

――――ぎりりりりっ……!!

 

「かはっ……!!」

 く、苦し…………襟首、締め上げられて……!!

「そんなに姉さんが嫌い? もう、昔みたいに呼びたくないくらい嫌い?」

「あ、ぐっ……う、」

 

「私と一緒に帰るなら、自由ならいくらでもあげるわ。私の目の届く範囲にいてくれるなら、今まで許してなかったことも許してあげる。

 

一人で家の中を歩かせてあげる。

一人で食事を食べさせてあげる。

一人でベッドに入らせてあげる。

一人で湯船に浸からせてあげる。

一人でトイレに行かせてあげる。

一人で服を着替えさせてあげる。

 

――私が外出している間、ホームカメラの前に座っていなくてもいいわ。

 

 どう? これ以上の自由は無いでしょう? 何が不満なの?」

 

「ウ、グ……!!」

 ティア……助けて……!!

「ちょっと……あんた、おかしいんじゃないの!?」

 ティアが、姉さんの肩に手をかけて……ずるっと、カーディガンが脱げた。

「!!」

 ティアが目を剥く。

 姉さんの背中から、二の腕にかけて。

 夏でも、長袖を脱げない理由。

 

――4年前、私を庇ったとき、切り刻まれた背中。

 

 刃物に付着した雑菌が入り込み、幾筋もの裂傷の痕が消しきれず、今も傷跡が残っている。

「欲しいものでもあるの? 漫画? ゲーム? おもちゃ? お洋服? いくらでも買ってあげるわよ?」

 

――ガシャンッ!

 

 息苦しさから暴れた拍子に、足がテーブルに当たり、倒れる。

 店内の空気が、一気に緊迫したものへと変わる。

「放しなさい! あんた、それでもスバルの姉!?」

「――――うるさい」

 

――ゴッ!!

 

「ぐっ!」

 無造作に振るわれた腕が、ティアを吹き飛ばす。

「――あなたに何が分かるの。たった一年一緒にいたくらいで、もう身内気取り?」

「こちとら、コンビパートナーなもんでっ!!」

 

――ゴガッ!!

 

 ティアの振り下ろした椅子が、姉さんの裏拳に粉砕された。

 店内は一気に恐慌状態になり、客や従業員が逃げていく。

「……一体何から、そいつを守るっていうのよ!? そいつは、ガキの分際で管理局に入って! 毎日毎日、朝から晩まで訓練漬けになって! …………誰のためだと思ってるのよ!?」

「誰の、ため……?」

「もう、姉さんに頼りきりなのはイヤだって…………胸を張って、あんたに『もう大丈夫』って証明したくて……!!」

 

「何でスバルが強くなる必要があるの?」

 

――本気でわけが分からない。そんな顔だった。

 

ティアの必死の説得は、その切っ先も、姉さんに届いてはいなかった。

 私の気持ちも…………何もかも、無視して、包み込んで、覆い隠して…………

「その分、スバルの分も、私が強くなればいいじゃない」

 暴力的な、一方的な善意で、私を閉じ込める。

「スバルは一生、私に守られながら生きていけばいいのよ」

 ティアの顔が、苦痛とは違う意味で、青ざめる。

 

「あんた、狂ってる……!!」

 

「――――」

 ……返事は、無かった。

 代わりに……ようやく、私の首から、姉さんの手が外れた。

「もう誰にもスバルを傷つけさせない」

 殴りかかる。打ち払われる。

「もう誰もスバルに触れさせない」

 つかみ掛かる。蹴り飛ばされる。

「もう誰の目にも、スバルを映させない!」

 殴り飛ばされる。吹き飛ぶ。

「スバルは、一生私が守るんだッ!! お前じゃない! 私が守るんだ!!

 

 

――――母さんの分まで!!」

 

 

――姉さんをこんなにしたのは、私のせいだ。

 

 私が弱かったから。

 私が背負えなかったから。

 姉さんは、私の分の苦痛も背負って、飲み込んで、受け入れて――――壊れてしまった。

 

「消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ」

 

――――ギチッ。ギチチチチッ……!! ガチンッ!!

 

「!! 姉さん、駄目!!」

 姉さんの左腕が……歪な駆動音を鳴らす。

 手刀の形に揃えた五指が、ラチェットであるかのように固定される!

 

――ギィイイイイイインッ……!!

 

 円状のフィールドが展開され……姉さんの瞳が、ぎらぎらと黄金色に輝いた!

「ティ、ア…………逃げて……!! 逃げてぇッ!!」

 姉さんは、本気だ!! 本気で、ティアを……!!

「姉さん、止めてぇッ!!」

 しがみついた。

 けど、姉さんは、恐ろしい膂力で、ぐいぐいと歩を進める。

「言うとおりにするから!! もう出て行かないから!!

ティアには手を出さないでぇえええええっ!!」

 駄目だ、駄目だ…………もう、耳に届いていない!!

「私とスバルと以外…………みんな、みんなみんな……!」

「ティアぁああああああああああああああああああああああっ!!」

「――――消えちゃえッ!!」

 凶手が、繰り出される!!

 せめて、私の身体をティアの楯に……!!

 

 

――――――――ガキィイイイイイイインッ…………!!!

 

 

 …………硬質な音は、姉さんの凶手がティアを貫いた音でも、私を貫いた音でもなかった。

「……、……、、、!!」

 姉さんの全力の膂力を食い止めたのは…………ハサミのように交差された、ニ振りの、平たい刃。

「…………そこまでです、ギンガ!!」

 短く切り揃えられた髪。

 身を包むのは、聖堂教会の、修道服。

 

「……………………シャッハ!! 邪魔をしないでっ!!」

 

――――シャッハ・ヌエラ。

 

「スバルさん、ティアナさんっ!!」

「「セリカ!?」」

 どうしてここに!?

「道すがら、彼女に引き止められまして!! ……大丈夫ですか!?」

 セリカが……シャッハさんを、連れてきてくれたんだ。

「あんまり……! げほっ、げほっ……!!」

「……とんでもない姉妹ね、あんたらは」

ティア!

「大丈夫!?」

「全身痛くて死にそうよ……」

 でも、無事でよかった……!!

 

「――ギンガ! 隊舎にも家にもいないと、おじさまから連絡が入ったと思ったら……案の定ですか!!」

「うるさい、うるさぁああああいっ!! そこをどけぇっ!!」

「生憎ですが……あなたの保護監察官、兼友人として、出来かねます!!」

 シャッハさんは、姉さんの首筋、うなじの中央に、掌を当てる。

 意図を察知した姉さんが、脱出を図る。

身体能力では上回るはずの姉さん。でも、シャッハさんは、難なく再び姉さんを組み敷いて……。

 

――バチィッ……!!

 

 魔法……恐らくは、暴徒鎮圧用のスタンショットを、至近距離から叩き込んだ。

「あっっ……!! ス、バ……………………――」

 びくん、と大きく痙攣し………………ぱたりと、そのまま床に倒れこむ。

 

 

 近づいてくるサイレンの音を、どこか遠くに聞いていた。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 外出先で騒ぎを起こしたことを咎められ、私とティアは、一週間の謹慎を頂戴し、またしても不名誉な噂が増えることになった。

 

 謹慎が明けてからは、ひたすら情報屋の倉庫に通い詰め……ただひたすら、対戦相手をぶちのめした。

 

「――、だぁっ!!」

「ぐえっ!!」

 また一人。

 鼻っ面に拳がめり込み、ダウンする。

「――――そろそろ止めておきなさい」

「―……わかった」

 ティアに促されて、リングを降りる。

 オッズは、連勝を重ねすぎた所為で、1.1にまで下がってしまっていた。これじゃあ、いくら勝っても、はした金にしかならない。

「…………」

 勝った後は、うきうきするほどの高揚感があったはずだ。

 またひとつ、強くなった実感があって……それが楽しみで、このリングに立っているはずなのに。

「……」

……原因は、もう分かっている。

 あの日……姉さんに萎縮して、身動きが取れなかった。

 一年をかけて積み上げてきたはずの自信は、ぐらついて、揺らいで……保てなくなってしまった。

 

――空しい。

 

 どんな大男に勝つことができても、どれだけ勝利を重ねても…………姉さんの前でみっともなく萎縮して、ティアを危険に晒してしまった。

 こんなことなら、訓練校になんか、

 

――ぴたっ

 

「ひゃっ!」

 つめたっ!?

「なに暗―い顔してんのよ」

 ティアが、ジュースの缶を差し出してきた。

 ううう……また気を遣わせちゃった……

 

「おう……ティアナ、スバル」

 と、いつもの射撃のブースで休んでいたら、ボルボさんがやってきた。

「こんにちは」

「何か用?」

 ボルボさんは、私の隣にどっかりと座り……押し殺した声で、ささやくように言った。

 

「どうにも最近、見ねぇ顔が混ざってやがるんだ」

 

 ……見ない、顔?

「新参じゃなくて?」

「ああ。…………ありゃあ、ここを探ってやがるな」

 探る…………って、ここを内偵している、ってこと?

「…………どうすんの?」

 非合法な集会だから、調査されたら、色々と都合が悪いに決まっている。

 叩けば埃どころか、証拠物件のオンパレードだ。

「お前らは少しの間、身を隠しておけ」

 そうだよね……そうなるよね。

 目標額の100万には、あと40万ほど足りないけど…………その前に、この集会が摘発されたら終わりだもんね。

「わかったわよ。セリカにも伝えておく」

 そうと決まれば、撤収撤収。

 と、席を立った私達に、ボルボさんが何の気なしに投げかけた言葉は……私達を、射すくめるには十分だった。

 

「――――お前らだって、『お仲間』の御用にはなりたくねぇだろうからな」

 

「 「 ――!! 」 」

 …………ティアと目配せをして、互いに首を横に振る。

 

――私達が管理局員だということは、ここの誰にも教えていない筈だ。

 

 セリカは軽はずみに口を滑らせるような子じゃあない。

 だったら…………

「……いつから?」

 いつから、気付いていたんだろうか。

「去年だ」

 最初から……

「まぁ、最初は内偵かとも思ったが……それにしては、マヌケが過ぎるからな」

 疑いは晴れているようだった。

「最低、半年だ」

 半年、か………それまでは、この集会に顔を出すのはやめにしておこう。

 訓練校卒業までは、あと一年と少し。

 なんとか、本格的に管理局に組み込まれるより先に、情報を得ておきたい。

 

「……悪いことは言わねぇ。ここらで、おまえらは手を引きな」

 ボルボさんは、うっとうしそうに席を立った。

 

 ティアの後ろに乗り、いつものように夜道を走る。

「半年かぁ……長いね」

「ま、いい骨休めになるでしょ」

「……そうだね」

 …………姉さんとの一件もあったし、ここで少し、のんびりしておこうかな。

 ……ボルボさんが言ったように、手を引く気なんて、毛頭無いけど。

 

 その翌日。

 休暇日のロビーは、がやがやと賑やかな空気だった。

 離れた席に陣取り、セリカと待ち合わせる。

 半年間、集会が無いことを伝えると、セリカはあからさまにがっかりとしていた。

「つまりませんわー……ああ、わたくしのCBR……」

「私のだっ!」

「ちっ」

「ちっ、じゃない!! アホみたいに走りまくって……もうタイヤ何セット目よ!?」

「たったの7セットですわ!」

「ちっとも『たった』じゃねーっつーの!! 輸入車はブレーキパッドひとつだって希少品なのよ!」

「だって、シエラさんったらモーターをパワーアップしたんですのよ!? あんな希少なキットを組んでくるなんて、予想外ですわ! せめて足回りで対抗しませんと!」

「そう言ってこの間、軽量マグ履かせたばっかりでしょうが! お陰で可処分所得がスッカラカンだわ!」

「ティアナさんだって銃を新調したじゃありませんの! アンカーやら何やら、豪華仕様で!」

 ちょ、二人とも静かに静かに……!

 なんか、ちらほらとこっち見てるって!

 

 ……少しして。

「とにかく、半年はお休みですのね?」

「うん、そうみたい」

「ま、仕方がありませんわね。今は、訓練に集中するタイミングなのかもしれませんわ」

 学ぶことは、まだまだ、たくさんある。

 

――一月め。セリカが、ヘリのライセンスを取った。

 

――二月め。世間を騒がせていた、少年窃盗団が一斉検挙された。

 

――三月め。辺境の部隊の隊舎が、謎の全壊をした。

 

――四月め。前月の事件の犯人が、部族出身の年若い召喚師であることが判明した。

 

――五月め。私達コンビの名前が、成績最上位者の欄に書き込まれた。

 

 

そして、六月め。

 

 

――――――私達は、管理局に逮捕された。

 

 

 

 

 

 訓練では何度も触った手枷。

 でも、今……手に填められた手枷は、まったく異質の重量と圧迫感があった。

 腕が重く、頭まで、つられて下がっていってしまうような感覚がする。

「スバル・ナカジマ二等陸士。ティアナ・ランスターニ等陸士。違法物品取引並びに、違法決闘の罪で、あなたがたを逮捕します」

 執務官の黒制服を着た男性局員が、罪状を読み上げる。

「執務官。主犯の『情報屋』を除く側近、集会の参加者たちを拘束しました」

「ありがとうございます」

 事務的にそう言い、私たちを連行するよう、指示を出す。

 警邏車へ、連行されていく私たちへ……一人の男性が、声をかけた。

 

「……だから、やめとけっつったんだ」

 

 …………今回の、一斉摘発の立役者。

 

「ボルボさん…………なんで、ですか」

 

 ティアも、愕然としたような……彼女にしては珍しく、呆けたような顔で、ボルボさんのことを見ていた。

「自己紹介が、まだだったな」

 集会の取り仕切り役でもあった彼は、管理局員の制服姿で、捜査陣の中に、立っていた。

 

「次空管理局、機密捜査公安部所属…………ヴァイス・|グランセニックだ」

 

――そこから先は、あまり覚えていない。

 

 ただ、警邏車に揺られて行く先が、陽の当たる場所でないということだけは、理解できた。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

――新暦73年。

 

――第四訓練校所属訓練生、スバル・ナカジマ二等陸士、ティアナ・ランスターニ等陸士の両名を、違法行為の常習犯として逮捕・拘束。また、同集会での目撃例のあるセリカ・クラウンを、被疑者として拘束。

 

――これを、再犯の可能性が高いものとして認識する。

 

――管理局法、訓練校行動規範のもと、上記三名の階級・魔導師ランクを凍結するものとする。

 

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