魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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StrikerS編 第三話

 

 

――――雪が降っていた。

 

 

「……、……、……!」

 肩に掛かる、今にも消え入りそうな体温。

『…………』

 沈黙した相棒を、文字通りの杖にして、進む。

 ずるずると、這うような行軍だった。

 

 目の前に広がる、一面の銀世界。進んでも、進んでも、変化の無い……いや、もしかしたら、進んでなどいなかったのかもしれない。ただ同じところを、ぐるぐると、迷い歩いていたのかもしれない。

 確かめる術などなかった。ただ、この体温だけを、決して零さないように……歩き続けるしかなかった。

「――……!」

 左目が、ずきん、と痛んだ。

 瞼は、開かない。鈍い違和感だけが、残っていた。

 ひやりとした感触が、瞼の上をなぞった。

「……あーあ……あんたの目、キレーだったのにね……」

(アーデルハイドかシャマルに治してもらうから、どうでもいい)

しかし、その声は出せず……ひゅう、という無意味な呼吸音だけが、漏れ出した。

 喉元に申し訳程度に貼り付けたパッチが、生暖かい血液に、じわりと濡れる。その僅かな熱すら、吹きつける雪が、容赦なく奪っていく。

「…………バカな子。無理に庇わなけりゃ、そんな有様になんてならずに済んだのに」

 その存在は、背負い続けるにはあまりにも重く……投げ捨てるには、たやすいほどに、軽すぎた。

「…………真っ白で、つまんないね。……おしゃべりでも、する?」

「…………」

「あんたと、あのタヌキがウチに来たのは……3年前だったっけ? 覚えてる?」

 

――やめてよ。なんで今、そんな話をするんだよ。

 

「……とにかく、クソ生意気なガキが来たもんだって思ったよ」

 初対面で、いきなり斬りかかって来た。

 もちろん、腰の二刀を抜き放って、即座に応戦して……決着は、一晩経っても着かなかった。

「年がら年中、鬱陶しいため息ついて、無愛想なしかめっ面晒して……あーあ、なんでこんな辛気臭いチビが、あの人の形見なんだろう、って思ってたよ」

 顔を合わせれば刀で斬りつけ合って、隙を見ては手裏剣や紙刃を投げつけ合って、ワイヤートラップとブービートラップが連日連夜、火を噴いて……

「……私にここまで張り合ってくるなんて、なんて骨のあるチビなんだ……って」

 

――――やめてよ。もう、喋るなよ。傷が開いたら、どうするんだよ。

 

「……二人で、いろんなトコに行かされたよね。炎の森。砂の城。木の迷宮。鉄の神殿。岩の古城」

 部隊長には、なぜか二人でワンセットみたいに扱われて、危険な任務に、放り出された。

何度も何度も、死ぬような思いをして。

 何度も何度も、喧嘩して。

 何度も何度も、絶交して。

 何度も何度も、無駄足を踏んで。

「――楽しかったよねぇ」

 

――まるで。まるで……

 

 何度も何度も、仲直りをして。

 何度も何度も、一緒に生還してきた。

 

「――――ごめんね。今回ばかりは、もう駄目だ」

 

――――まるで、お別れするみたいじゃないか。

 

カレン。

 

大事な、大事な………………私の、友達。

 

――雪が降っていた。

 

 残った右目に、罅だらけの相棒の発する僅かな光が届いた。……警戒色。

「――! ……ァ、ェ……!」

 敵の、増援だ。声は出せない。

 力を振り絞って、少しでも、遠くへ。

 大丈夫、きっと大丈夫だ。こんなの、今までだって、何度も乗り越えてきたじゃないか。

「………………、ァ、」

 足を、止める。いや……そうせざるを、得なかった。

「…………ツいてないときってのは、とことん、だね……」

 目の前には、切り立った崖が、大口を開けて、待ち構えていた。背後からは敵。

 がしゃがしゃと、不快な駆動音が迫ってきて……止まった。

 …………巨大な、蛇のような姿の、自動機械だ。

「……フゥッ……!」

 だったら……やることは、一つだけだ。

 体力の限界まで、敵を討ち続ける……!

 

「……だーめ」

 

 するっ……と、腰元が、僅かに軽くなる。

「……!?」

 死に体のカレンが、私の腰から、二刀の片割れを、抜き去った。

(返して)

 駄目だ。武器を握ったカレンが、どんな行動に出るのか……嫌でも、分かってしまう。

「とらないよ」

 自動機械の砲門に光が灯る。

「――」

 応じるような、カレンの短い詠唱。展開される魔方陣。

 止めないと。

カレン。

カレン。

カレンッ!

 

 

「――借りておくだけだよ。いつか、――――――、」

 

 

――透き通るような笑みと共に、刀を振るった。

 

 

 地面の雪が、爆炎と共に巻き上げられ……深い谷底へ、落ちていく。――――カレンを巻き込んで。

落ちていく。奈落の底へ。

 もう、手は届かない。動けない。

 敵の最後の悪あがき。一条の閃光が左肩を貫いた。

 大事な友達は、暗闇の中に消えてしまった。

 私への脅威を道連れに。

私を守って。私なんかを守るために。

 また、置いていかれた。

 また、取り残された。

 

また、助けられてしまった。

 

私が。私だけが。私一人だけが。

 

私ひとりだけ、また、のうのうと。

 

 

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 助けて。誰か助けて。誰かカレンを助けて。なんでもします。何でも差し出します。何でも与します。だから助けて。お願いします。お願いします。神様でもなんでもいいから、誰か、誰か――

「――――ごふッ……」

 声の代わりに、鮮血が、迸った。

 

 

――雪が降っていた。

 

 

 音にさえならない叫びが、真紅が、消えていく。白く、塗りつぶされていく。

 

 

――全てを埋め尽くすような、白い雪が降っていた。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 簡素な部屋だった。

 あるのは、時計と、デスクと、本棚と、ベッドのみ。

 ベッドが、シーツの盛り上がり方で、主の所在を示していた。

「………………」

 そのシーツのふくらみが、のそりと、身を起こした。

「…………、」

 シーツを身体に巻きつけたまま、のっそりのっそりと、デスクの方へ移動していく。

 

――かちっ、かちっ。

 

 ほっそりとした首に、チョーカーのような機器を装着する。

『a,ア、ぁ、あー、……こんなものでしょうか』

 数回の調整の後、電子音声が、女性の声に固定される。

 

――ぱちんっ

 

 眼帯のバックルを留め、左目を覆う。

『おはようございます、マスター』

 赤い宝石が明滅し、音声を発する。

『おはよう、レイジングハート。今日の予定は?』

 レイジングハートへと投げかける声は、優しく柔和だ。

『AM8:30より、部隊結成式が行われます』

 時刻を確認する。まだ、6:40を少し回ったところだった。

『……』

 早く起き過ぎたらしい。さりとて、二度寝をするには、目が冴えすぎている。

『フェイトは?』

『シグナムと共に外出しています。AM7:30に、空港で担当する二名と合流。その後、隊舎へ戻るとのことです』

 もう一人は、言うに及ばず。

『……仕方ない。一人で食べるか』

 ふぅ、と物憂げな息をついて、適当に身支度をして、部屋を出た。

 まだ早いだけあって、誰の気配もしない。他人の視線が嫌いな彼女にとっては、好都合だった。

 食堂へ入る。まだ、時間的にも、職員が居るはずがなかったのだが…………

 

――しゃーこ。しゃーこ。

 

「ふふふ~ん、ん~、ふっふふ~ん……」

 何かいた。

 まだ新品であるはずの中華包丁を、鼻歌を歌いながら、研石で研磨する、禿頭の男性。

『おはようございます、エド料理長』

 驚くでもなく、彼の前のカウンターに座る。

「ふふふふ~ん、ふふふふ~ん、ふふふふふん、ふふふふん………………」

 どうやら、包丁を研ぐ方が大事で、コミュニケーションは置き去りにされているらしい。

『誰もいなかったら、自分で作ろうと思っていたので助かりました』

 ぴくりと、エド料理長が彼女の目を見る。

「ふふふふん、ふふふふん……」

 少し、鼻歌のトーンが下がる。気分を害したらしい。

「ふーん、ふーん、ふふんふんふんふん」

 

――ごとんっ

 

 唐突に目の前に、料理が配膳された。白米に味噌汁、漬物に卵焼き。

それはいいのだが……彼は、包丁を研ぎながら、どうやってこれを用意したのだろうか。

 いつ作った。いつ運んだ。というか材料は何処だ。

『いただきます』

 しかし気にすることは無く、行儀よく礼をして、食事を始めるのだった。

 食べられればいいのである。

 鼻歌と、包丁を研ぐ音をBGMに、ぱくぱくと食事を胃に収めていき……15分ほどで、食べ終えた。

『ごちそうさまでした。とても美味しかったです』

 トレーを返却台に置く。さて、朝食は済んだと、食堂を後にする。

 

 ……調理場の隅に寝袋があったような気がしたが、いくら料理人とはいえ、まさか調理場で寝泊りをするような者はいまい。

 

 さて、残り一時間ほどをどうするか……と、真新しい隊舎を歩く。

(嫌な夢だった)

 あの夢を見るなんて、ここ最近ではなかったのに。

『…………』

 しかめっ面を作ったと思ったら、懐をがさごそ長方形のケースを取り出した。

 その中身を取り出し、咥える。

『マスター』

 咎めるような、諌めるような、相棒の声。それに、バツが悪そうに苦笑いを返す。

『一本だけ、一本だけ…………ちょっと、『忘れる』だけだからさ。見逃してよ』

 そして、銀色のライターで、しゅぼっと火を点ける。

 先端がじりじりと焼けていき、1センチほど燃え尽きて……

 

『……………………………………………………っぷはぁ』

 

 …………もっくもくと、盛大に口から煙を吐き出した。

『嫌な夢は、忘れないとさ』

 ふよふよと肩口を浮遊して随伴する相棒に、言い訳を口にする。

 てくてく歩きながら、喫煙し……吸い終える頃には、隊舎のエントランスを抜けていた。

『………………はー、すっきりした』

 ちなみに、隊舎は全面禁煙の建前である。

 そして、先ほどから火災報知機がけたたましく鳴っているのだが、気にした気配も無く、隊舎を後にしていった。

 

『いい天気だなぁ』

 

 

――――高町なのは17歳。機動六課に着任して2週間の、嘱託魔導師である。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 そんなこんなで、結成式。開始時刻も近くなれば、それなりに人も集まり始め……その中に、スバルら三人の姿があった。

 つい先日、部隊長の課したテストに合格し、晴れて管理局員へと返り咲いたのだが……元気が無い。特にスバル。

(…………どういうことなんだろう)

 脳裏には、3年前の事件の際、助け出してくれた少女と……ついこの前の入隊試験の際、再びめぐり合えた恩人の姿が、ぐるぐると回転していた。

 同一人物だ……と、考えている。何せ、顔が似ていた。それでなくても、顔が似ていた。むしろ、顔が似ていた。とにかく、顔が似ていた。

「た、他人の、空似……? かな……?」

 

 正直、それだけだった。

 

「覚えてないって線は?」

 ティアナが、横から口を出す。

「うーん、うーん…………」

 正直、恩義を感じていたのが一方的なものだった……というのは、スバルにとっても不本意であり、否定したいところだった。

 

――嘱託魔導師・高町なのは。

 

 彼女は、そう名乗った。

 嘱託魔導師。正規の局員でないのであれば、3年前の事件の折、リストから名前が漏れていてもおかしくは無い。

 ただ、もう一つばかり気がかりなのは……

(あの、左腕……)

 

――ざわっ

 

 ざわめきに、思考から引き剥がされた。

「え、何、何……?」「……さぁ?」「どなたか、いらっしゃったようですね」

 人ごみの隙間から、覗き見る。

 陸士部隊の制服を、着てはいる。だが、階級章の類は見えず、実力者としての気負いも見えない。どこまでも自然体に、この異質な集団の中へ、入り込んできた。

 だが、隊士たちの誰もが、彼を凝視していた。

 

「――――クロノ・ハラオウン」

 

 ………………それが、彼の名。

「うそっ…………!?」

「なんでこんな場所に……!?」

 ミッド全域で、その名は良くも悪くも知れ渡っている。

 執務官試験・最年少合格者にして……勲章授与式という場で将官をタコ殴りにして全治十ヶ月の重症を負わせ、部下を扇動して式典をぶち壊しにして逮捕されるという、前代未聞の不祥事を引き起こして除籍された、いわくつきの人物である。

 6年間、全く表舞台に出てこなかった彼が、何故、今ここにいるのかと、誰もが疑問に感じていた。

 

「ま、俺らの『大先輩』だし、いいんじゃね?」

 

 誰かが、せせら笑うように言った一言から、忍び笑いが伝播していく。

「…………」

 嫌な空気だった。

へらへら笑っている者たちまで……見下しているようで、その実、何よりも自身を見下げ果てているような、自虐的な笑いの連鎖だった。

 

「何を騒いでいる」

 

 ……リーゼ曹長が、入室した。

「…………」

 静まり返る室内。リーゼ曹長の圧力。

「これより、結成式を始める。進行は私、リーゼ・アインス陸曹長が行う」

 そして、式が始まった。

 最初のうちは、つつがなく進行していった。だが……

「では、諸君らの直接の上官となる、教導官を、」

 

「あのぉ~、ちょっといいッスか?」

 

 リーゼの話に、不躾な声が横入りした。

「……何か」

 努めて理性的に対応するリーゼ。

声の主は、制服をだらしなく着崩した青年。

「いきなり連れてこられて、何の説明もされてねェけど? なんなんだよ、これ」

 とても、上官への口の利き方ではない。

 周囲も、止めるでもなく、囃し立てるでもなく、傍観もしくは、無関心。

「あ? 逮捕でも処罰でも何でもやってみろや。もう怖いもんなんて何も無ェんだよ!」

 リーゼの目が、やや釣りあがり……青年が更なる悪態をつこうとした、その時。

 

 

――――……ォオオオオオオオオンッ、……キュキキキキィッ!!

 

 ……隊舎の表から、けたたましいスキール音が聞こえ、続いて、どたばたどたばた、と、慌しく駆けて来る足音が聞こえてきた。間髪入れず、扉が乱暴に開いた。

 

「遅ればせながら、ボク、さんじょーう!」

 

 ずざざざざーっ。

 靴底から煙を上げながらブレーキング。綺麗なブロンドヘアが、翻った。

「ごめんっ! ちこくした!」

「…………いえ、まだ始まったばかりですので。それより、」

「ん?」

「……両脇に、」

「ん? ……あー、そうだったそうだった」

 ……彼女の両脇には、ぐったりした子供が二人、荷物のように抱えられていた。

「そこの!」

 びしっ、と目線をロックされたのは、スバル。

「え? ……は、はいっ!?」

「ぱすっ!」

 

――ぽいっ

 

 荷物のように抱えられていた二人は、これまた荷物のように放り投げられた。

「へ? え!? えぇっ!? ……とぅっ!」

 スバルは両腕を広げ、何とか二人をキャッチすることに成功した。

「よーし、ナイスキャッチだ!」

「は……はは…………」

 びしっ、と、開けっぴろげな笑みでサムズアップする女性に、スバルも曖昧な笑いで返す。

「………………」

「………………」

 投げられた二人は、特に不満を訴えるでもなく、平然としていた。こういう扱いに、慣れているのかもしれない。

 そして、いきなり現れた金髪の少女は。

「あの人……!」「いやいやいや、変だろ。そっくりさんだろ」「いやいやいや、そっちのがねーよ!」「でもさ、あの人ならやりかねない」

 クロノ以上の衝撃だ。彼女の名は……

 

「 「 「 「 「 ゴロー《五浪》さん!?  」 」 」 」 」

 

 そう。

 五度も執務官試験に落ち続け、あまりに落ち続けるものだから、逆に世間の注目を浴びてしまったという、悲運の執務官ゴロー…………

 

「うがー!! ゴローっていうな! ぶっとばすぞーーーーー!

 

――ボクは、フェイト・テスタロッサだーー!!」

 

 ……………………改め、フェイト・テスタロッサ執務官。

「うわーん! マークシートなんぞなくなってしまえー!!」

 …………マークシートを一列間違えて塗りつぶしてしまったために、3度目の試験を落としたトラウマが呼び起こされたらしい。頭を抱え、床をゴロンゴロンと転げまわる。綺麗なブロンドが、ヨレた執務官服が、埃まみれになっていた。

「落ち着け。どちらにせよ落ちていた」

 その彼女の脳天に、容赦の無いチョップを落とす美丈夫。

「あいてっ! なにすんだよシグナムのばか! のーさいぼうがへったらどーすんだ!」

「馬鹿とはなんだ馬鹿とは。馬鹿というほうが馬鹿なのだ。この馬鹿め」

「ばっ……!?」

 がびーん、と、本気でショックを受けている。

「ばかっていったほうがばか…………って、えーと、えーと………………シグナムの秀才! この才媛! かんぺきな記憶力め! きみが執務官だったらよかったのに!」

「もっと言っていいぞ」

「ばつぐんの行動力! さえわたる剣技! くーる・あんど・くればー!」

「もっとだ」

「シグナムすごい! カッコイー!

 ………………あれ、何でボク、シグナムのことほめてるんだっけ?」

「気にするな。些細なことだ」

「そだね。まぁいっか!」

 

 

「「「「「………………………………………………………………………………………………………………………………………………」」」」」

 

 誰もが思った。

 

『駄目だコイツ』

 

 ……と。

「……………………ああ、で、何の用だったか?」

「あー……どーでもいいわ……」

 毒気を抜かれた男性が、隊列に戻った。

「……では、教導官の紹介へ移る。本日一名、別件にて欠席だが、以下の四名が、諸君らの上官だ」

 前に進み出る。

 

「クロノ・ハラオウン特別講師。フェイト・テスタロッサ執務官・機動六課特別顧問。シグナム一等空尉。…………?」

 きょろきょろと、隊士たちの合間へ、視線を巡らせる。残る一人が、見当たらないのだ。

「………………」

 リーゼのポーカーフェイスに、焦りが浮かぶ。

 

「ああ、先ほど、メールが時限送信されてきましたね。『天気がいいから、ちょっとそこまで』とのことです」

 

 のほほん、とした声がした。

 フェイト乱入で開けっ放しになっていたドアから、どこか抜けた印象の女性局員が入ってきた。数名が、その出で立ちに違和感を感じ……それが彼女が、型遅れの佐官の制服を着ていることだと気付いた。だが、階級章は准尉。

「少々遅れてしまったようですねぇ。すみません」

 …………隊士たちは、無言だ。だが、それは、この抜けた女性局員ではなく……

 

――彼女が押す車椅子と、それに身を預けた少女へと目が注がれたからだ。

 

「…………誰?」

 見た目、ずいぶんと小柄な少女だ。陸士部隊の制服を着てはいる。そして、首もとの階級章へ、目が注がれたとき……その沈黙が、戦慄へ変わった。

 

「准将……!?」

 

 …………外見年齢とは、あまりにもかけ離れた階級。それが示すことは、つまり……

 誰もが固唾を呑んで見守る中、少女は、車椅子に据え付けていた杖を手に取り、ゆっくりと、立ち上がった。

 かつんっ、と杖を鳴らしながら、演台へと上る。

 やはり、彼女が………………いや、しかし。

 誰もが、アンバランスな少女へのもやもやとした不審を感じる中、少女は、堂々とした態度で、隊士たちを見下ろす。そして、第一声は…………

 

 

「――――――よう、ゴミクズども」

 

 

――――――――………………!!

 

 ……無言の空気が、明らかに、敵意へと変わった。

「ゴミはゴミでも、一応は私の部下どもだ。形式上は歓迎しよう」

 それを意に介さず、演説を続ける。

「そんじゃまずは、何故、新兵でもない、落ちこぼれの貴様らをこの部隊に招いたかというと、だ……

 

――簡単に言えば、廃品のリサイクルってとこだな」

 

「ふざけんな!!」「黙って聞いてれば……!!」

 心底見下げ果てたような視線で、隊士たちを逆なでする。

「あ? 何だ貴様ら。半人前以下の分際で、この私に楯突こうってのか?」

 隊士たちの敵意は、既に臨界寸前だ。

 先ほど、いの一番にリーゼに突っかかっていった、コリンという名の隊士が口火を切った。

「ッだこらァ!! ナメやがってこのクソガ  

 

――――ドボッ

 

 ぁひゅっ……」

 

 …………何時の間に間合いを詰めたのか。

 杖で身体を支えたまま、片腕の動作のみで放ったボディブローが、コリンの意識を刈り取った。ずるずると崩れ落ちるコリンを、群集の真っ只中に放り返す。

「………………」

 沈黙。また、沈黙。

それは、決定的に臨界を越えてしまった、隊士らの怒りを表していた。

「コリンくんに何してくれちゃってんのコイツ……」「……限界だわ。やってやんよ」「コリンの言うとおりだ。もう、何も怖いもんなんて無ェ……!」「ナメやがって……!」「やってやる」「ブッ潰してやる……!」

 ざわざわざわ……と、敵意が渦を巻く。

「………………はぁ、面倒だ」

 ぽりぽり、と部隊長は頭をかく部隊長。

「おいおい貴様ら、その行動の意味は分かっているのか? この階級章は伊達じゃないんだぞ?」

 ちらちら、と襟元を扇ぐ。逆らえば重罪。大きなハードルだが……隊士の誰もが、階級だの権力だの、そのような『瑣末なこと』を気にしてはいなかった。

 

――そんな人材ばかりが、集められていた。

 

「そうか、それでも、やるか。だったら…………」

くっくっくっ……と、俯いて低く笑う。そして、

 

――くわっ、と、獰猛な笑みを浮かべ。

 

 

「――――――――全員、かかって来いやあああああああああああああああああ!!」

 

 

――――ゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!

 

 

 …………………………大乱闘が始まった。

 

「死ね部隊長っ!」

 准尉が、嬉々として拳銃で部隊長を狙撃しているのだが、誰も気にしていなかった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 唐突に始まった大乱闘により、ロビーはちょっとした戦場という有様だった。

 あちこちで怒号と罵声と悲鳴が飛び交い、ソファがカウンターが椅子がテーブルがポンポン宙を飛び交い……

 

――――ドゴォオオンッ!!

 

 …………地響き。そして轟音。

「ま、魔法、使ったぁあ!?」「倫理も何もあったもんじゃない!」「まったくですわ!」

 …………散々、倫理を破ってきた彼女らに言えた事ではなかったが、とにかく、熱狂した隊士たちの悪ふざけは度を過ぎている。一人を切っ掛けに、魔力弾まで飛び交い始めた。

さすが落ちこぼれ。失うものが何も無い者は、ある意味、無敵だった。

 

「スバルさん、ティアナさん、こちらですわ」

 這うようにして、割れた窓ガラスから脱出に成功。余波を避けるため、安全地帯と思しき中庭まで移動する。

「助かったぁ……」

 一息ついて、喉がカラカラだと今更気付いた。丁度いいことに、中庭には自販機があった。購入し、ベンチに座る。

 

――みゃーお……

 

先客の黒猫が、不機嫌そうに一鳴きして、どこぞへ立ち去っていった。

「さて」

 ティアナが、現状を説明する。

「まず、この部隊だけど…………部隊長が言っていたことは、間違いなく、本当だと思う」

 訓練課程を脱落した落ちこぼれをかき集めた、と言っていた。スバルたちも事実その通りだし、間違ってはいないだろう。だが……

「どうにも、他に目的があるような気がするのよね」

 先ほどの部隊長の行動は、いくらなんでも、わざとらしかった。

「それに、『廃品回収』に、あんな人材が集まるわけ無いし」

「えっ……でも、フェイト・テスタロッサって……」

「馬鹿。メディアじゃあんな扱いされてるけど、無能に空戦Sランクなんて取れっこないでしょ。実力は本物よ」

「担当しているのは、小さな事件が主ですが……解決率は、ほぼ100%を維持していますわ」

「その失敗っていうのも、普通なら事故死するような状況の局員を守ったからだし……次の事件に関わっていた首謀者は、きっちり逮捕してるからね」

 メディアに報道された、コミカルな部分しか見ていなかったスバルは、赤面した。

「更に言えば、シグナム一等空尉よ。フェイト・テスタロッサの右腕にして左腕にして右足にして左足にして頭脳」

「それって全部じゃないかな?」

「そうとも言うわね」

「彼が居なかったら、解決率は15%ほどになりますわ」

「だいたいシグナムさんのおかげなんだ……」

 ……………………だが、フェイトの扱いは、こんなもんである。

「彼自身、Sランクで、執務官試験を受ければほぼ確実に合格するって言われてるほどの実力者よ」

 

「極めつけは、クロノ・ハラオウン」

「執務官資格は剥奪されていますが、その力は未だ一線級ですわ。民間に下り、フリーランスの魔導師として、単身で解決した事件も少なくありません」

その誰にせよ、ここが本当に、廃品部隊なら、配属されるわけなど無いほどの、掛け値なしの人材だ。

 

「それに、気付いてた? 管制……ロングアーチのスタッフ、大半が『アースラ』のクルーだったわ」

「えっ……!?」

 その名を聞いて、仰天するスバル。

「アースラって、破壊不可能のロストロギアを、一隻の戦力だけで完全消滅させたっていう……あのアースラ!?」

 クロノ・ハラオウンの乗艦として、良くも悪くも有名な艦船。

 

……現在は運用不能の粗大ゴミとして、本局のドッグを一つ占拠している艦船である。

 

暴動に加担した乗組員らを処分し、別の部隊が運用を引き継ぐ予定だったアースラを、とある技術者の細工により、完全封印されてしまうという事件があった。

 コントロール系システムなどのソフトウェアはもちろん、メンテナンス用のハッチや、装甲板といったハードウェアまでも物理的に封印され、解体も不可能という有様だった。首謀者である技術者は雲隠れしてしまい、今に至っても所在は確認されていない。

 

「じゃあ、本当に、私たち以外は、超一流の人材が集められてるの……?」

「…………まぁ、そうでしょうね」

 だが、ティアナはそこで、言いよどんだ。

「でも、あの『高町なのは』っていう人は、全く分からない。セリカが調べられる範囲のデータベースにも、一切の情報が載ってないのよ」

 超一流の人材の中に、ぽつんと紛れ込んだ異分子。

 

「詮索するようなことじゃねぇよ」

 

 ぬっ、と姿を現したのは、パイロット服に身を包んだ青年だった。

 これといった特徴も無く、最初、誰かと訝しんだティアナたちだったが……数瞬の後。

「てめっ…………ボルボ!?」

「そいつは潜入用の偽名。ヴァイスだ」

「何でアンタがここにいるのよ!? っていうかあのゴテゴテしたタトゥーと色黒はどこ行った!?」

 ティアナは、敵愾心もあらわに食って掛かる。

「何でって…………オレも、この部隊の隊士だからだよ」

「アンタは公安でしょうが!」

「ところがどっこい。今は機動六課のヘリパイロットなんだな、これが」

 ひょい、と差し出したIDカードには、確かに、そう記されていた。

「…………ほんとですわ」

 またしても、今度はこちらに潜入したらしい。

「部隊長は、あんたの所属のことは……」

「ああ、全部バレてるだろうよ。知ってて泳がされてる」

 

「あの、ヴァイスさん。詮索するな、って…………」

「んー…………例えて言うなら、だ。スバル。お前さん、誘拐事件やクライスラー事件のこと、母親のこと、他人にあれこれ詮索されて、いい気分するか?」

「…………いえ」

 思わず、目を伏せる。

「そーいうこった。他人の背景を詮索するのは、オレの仕事だ」

 そこで、タイミングよく、ヴァイスの手元のデバイスがアラームを鳴らした。

「おっ。『歓迎会』が終わったみたいだぜ。戻れってよ」

「終わったって…………んな馬鹿な」

 あれだけの人数が暴れる乱闘が、あの短時間で終わるはずが無い。

 半信半疑で、ロビーに戻ると…………

 

「おう、遅かったな」

 

 …………死屍累々。

 タワーのように積み重ねられた新人達の上に、傲岸不遜に座する、部隊長の姿があった。

(マジだった……)

「んじゃ、手っ取り早く説明すっぞ。

スバル・ナカジマ。

ティアナ・ランスター。

エリオ・モンディアル。

キャロ・ル・ルシエ。

以上の四名を、機動六課・フォワードチームとする」

「「「えっ」」」

 スバルたち三人の声が、重なる。

「あの……それは、どのような基準で……?」

 セリカが……唯一、三人から省かれたセリカが、戸惑うように問うた。

「――引き離されるのが辛いか?」

 ズバリ核心を突く。

「…………」

 沈黙は、そのまま答だ。

「お前は、何をしたいんだ。仲良しこよしの友情ゴッコか? 楽しいクラブ活動か?」

「…………! わたしは!」

 かっと怒り……だが、握った拳を解き、俯く。

「わかり、ましたわ。フォワードチーム以外の所属で、お二人とは、別の部署へ…………あいたっ」

 べしっ、とセリカの頭を軽くはたく。

「あーもう、めんどくせぇなお前…………話は最後まで聞けっつうの」

 よっこいせ、と腰を上げる。

「セリカ・クラウン。お前を、ロングアーチのスタッフとして、フォワードチームのオペレーターに任命する」

「!」

 ロングアーチ。しかも、部隊の指揮系統を一つ任せるという、大抜擢だ。

「試験の内容を見る限り、お前は指揮に適性があると見た」

「えっ……?」

「部隊長……内容にまで、目を通していたんですか?」

 スバルはてっきり、試験管が見極めを行い、部隊長はそれに判を押すだけ、と思い込んでいた。

「ああ、それがどうかしたか?」

 もしや……とティアナは、聞いてみることにした。

「えーと……じゃあ、あのコリンは?」

 暴動の切っ掛けとなった……ここへ放逐されてきた経緯が丸分かりな彼は。

「風紀を乱す指示は無視する勢いで突っ走る猪突猛進の馬鹿だが、突破力には目を見張るものがあるな。とはいえ、まだまだ実力不足だから、シグナムの指揮下に置いて鍛えさせるさ」

「ゼルビスは?」

「筋力自慢だが、動きの瞬発力は無い。前線には向かない。後方の補給部隊にでも入れて、補給車両の一台でも与えてやるかな」

 その後、幾人かランダムに聞いてみたが、誰に関しても、はっきりとした回答が返ってきた。

「……もういいか? どうせこいつらも、しばらく起きられないだろうからな。

…………おいコラ、起きろフィアット」

 ……その辺にのびていた准尉の襟を掴んで引き起こす。

「………………ちっ、まだ生きてやがりますか。死ねばいいのに」

「えっ……?」

 聞き間違いかな……と耳を疑った。

「そう簡単に殺されやしねぇよ。……ほら、行くぞ」

 車椅子を取り出し、腰掛け、ハンドルをフィアットのほうへ差し出した。それを、自然な動作で握るフィアット。

「リーゼ」

「はい、ここに」

 リーゼ曹長が、進み出る。

「フォワードチーム以外は、解散でいい。どうせ、起きられやしないだろうからな。」

「了解しました」

 敬礼し、下がる。

「まだ名乗ってなかったな。ヒヨッコども」

 じろりとスバル達を睥睨する、未熟な体躯とは対照的な、凄みを湛える瞳。気圧され、思わず一歩、後ずさる。

部隊長はこの日、初めて名乗った。

「時空管理局・特殊案件処理専門・独自権限保有『機動六課』部隊長……

 

――八神はやて准将だ」

 

 スバル達が、ビシッと敬礼する。

「リーゼ。フォワードチームに説明しといてやれ」

「了解」

「運動したら腹減ったな……」

「ホウ酸団子などはいかがですか? むしろ食べてください。そしてそのまま死んでください」

「食わねぇよバーカ。……エドに何か作らせるか」

 ……とても、准将と准尉とは思えぬ内容の会話をしつつ、通路の角に消えていった。

 

 その後、リーゼ曹長による簡単な施設案内を受けた後、解散となった。

 教導官たちも各々解散していく。

「んじゃ、エリオ、キャロ。なかよくするんだぞ」

 フェイトは、二人の目線の高さに腰を下ろして言った。

 エリオ、キャロ、と呼ばれた二人は、一瞬だけ顔を見合わせる。

「はいっ、大丈夫です!」

「だいじょうぶ」

 満面の笑みだった。……むしろ、わざとらしいまでに。

「よーし。そんじゃ、あしたからがんばろーな!」

 はいっ! と、5人でフェイトを見送る。

「…………」

 

 改めて、五人で顔を合わせる。

(……ちっさ)

 ティアナが、エリオとキャロを見て、今更ながら、そんな感想を漏らした。

「今日は、残りは自由時間ということですし……よろしかったらこの後、お茶でもいかがでしょうか?」

 セリカが早速、チームの交流を図る。スバルもティアナも、問題は無いのだが……

「――あぁ、僕はいいです」

 エリオが、さくっと拒否した。

「あら……遠慮することなんて、ありませんのよ?」

 セリカはてっきり、女性陣に囲まれて、居心地が悪いのか……と思った。

 

「トカゲ女と茶なんぞ飲めるかっつぅの」

 

「えっ……?」

 トカゲ女って、誰……?

 だが、それを問い正すより早く、キャロが口を開いた。

 

「こっちのせりふよ。このセクハラ電気うなぎ」

 

 抑揚の無い平坦な声だった。

「あ? ……やんのかコラ。貧相な身体しやがって」

 どこからともなく、長槍を取り出す。

「空港のつづき、する? いいよ。いつでも、どこでも…………今でも、ここでも」

 キャロが大事に抱えていたバスケットから、グルルル……と、うなり声が鳴る。

 エリオの周囲が、バチチッ……と帯電する。

 

「――――刻むぞ?」

 

「――――灼くよ?」

 

 …………一触即発。子供とは思えぬ怒気を放出し合う二人に、セリカたちはうろたえる。

「無し、無し! 刻むのも灼くのも無し!!」

 スバルがブレークをかけるも、二人のボルテージは限界近くにまで高まっており……

 

「フェイトさんに言うわよ」

 

 ……ティアナの一言に、一気に鎮火した。

「………………嫌だなぁ、冗談ですよ、冗談」

「………………いっつあめりかんじょーく」

 ぷいっ、と互いにそっぽを向き、エリオは男子寮、キャロは女子寮へと歩く。

 そして、二人同時に、ティアナへと振り返り……

 

「 「 ――言ったら殺す 」 」

 

 …………子供そのものの無邪気な笑みを作り、そう言った。

 茫然と見送る、スバル、セリカ。早々に二人の猫かぶりを見抜いたティアナですら、冷や汗を隠しえなかった。

 半日近くが突然の休暇になったにも関わらず、喜ぶ気にもなれない。

 

――ぐぅ。

 

 ……スバルの胃が、色気もへったくれも無い声を上げた。

「……まずはゴハンにしよっか」

「…………賛成」「…………ですわ」

 げんなりとしたまま、食堂へ向かった。

 

「ふーんふーんふふふふーん、ふふふふーん、ふーん」

 

 …………何かいた。

 食堂の厨房に、一人でいた。

 張り付いたような満面の笑みを浮かべ、中華包丁をショリショリと研ぐ、中年のコック。

「………………さて、今日のメニューは、と」

 素っ気無い書体の、日替わりメニューを見る。

 焼き魚がメインの、ヘルシーな献立だった。

 スバルがそれを見て、一人ごちる。

「魚かぁ……悪くないんだけど、肉が食べた 

 

――――すこんっ。

 

「…………………………………………えっ」

 …………メニュー表に、小振りな包丁が、ダーツのように突き立っていた。

 いやいや、まさか…………笑い飛ばそうとするスバルだったが……

 

――――すこかかかかかかかんっ

 

 連続して飛来した包丁の群れが、メニューを穴だらけにした。

「ひぃっ!?」

 ぐりんっ、と厨房へ目を向ける。だが、コックは、こちらを見てすらいない。

「………………スバル、これ」

「な……何……?」

 ティアナが、ちょんちょん、とメニューを指差す。

 槍衾のように突き刺さった包丁たち。それらは、一見無造作に突き刺されているように見えたが…………一つの単語となっていた。それは……

 

『 オ ス ス メ 』

 

――ゴトンッ

 

 ……解読するのと同時、三つの膳が、テーブル席に配膳された。

「………………イタダキマス」

「いただきます………………」

「……………いただきますわ」

 

………………ちなみに、味は最高だった。

 

 

 

――――ガシーン、ガシーン…………

 

 

「ねぇティア、セリカ。私の目の故障じゃなければ、全長5メートルの機械人形が歩いているように見えるんだけど」

「…………奇遇ね。私もいま、それを聞こうとしたところよ」

「………………おっきいですわー」

 ……機械の巨人は、スバルたちの目の前で立ち止まった。

 そして、その背の操縦席のようなところから、ひょこっと少年が顔を出す。

 軽くカールした、薄茶色の髪の毛の少年だ。年齢的には、スバルたちのいくつか下、その程度。背中には、工具や機器の満載されたバックパックを背負う。

「あっ……すみません、邪魔でしたか……?」

 弱弱しい声。気弱そうな外見そのままの態度だった。

「すみません……研究成果を、試してみたくて……つい……」

 ……どうやら、人格的にはマトモらしい。ほっと安堵するスバルたち。

「あの……ぼく……機械が好きで……」

「へぇ」

 男子なら、メカに興味があってもおかしくはない。

「人間より、機械が……ロボットが好きで……」

 会話の切れ目の分かり辛い話し方をする少年だった。

「でも……そのせいで…………人間と関わるのが、面倒くさくなってしまって……」

 ……会話が、不穏な気配をかもし始めた。

「…………現実の女の子より、機械の女の子のほうがいいなぁ、って………………」

「「「……………………」」」

 …………機械の、女の子。なんだ、それ。

 

「は~あ…………人間サイズで、人間と同じように思考し、行動する、完全ロボっ娘がいたらなぁ……もし、いたら……………………ドゥフフッ……ぼく自身の外部メディアを……コポォ……!」

 

「ねぇ何でティアは私の背中をぐいぐい押すのかな!? やめてよ! やめてよぉ!」

 

 …………さりげなく実物を押し付けているティアナだった。

 スバルは、半泣きだった。

「あ…………すみません……足止めをしてしまいました…………」

 操縦桿を握り、機械巨人が再び歩き出す。

「あの……ぼく…………ケイ、っていいます……それじゃ…………」

 …………業の深い少年だった。

 

――――延々と自動販売機を分解しては組み直すことを繰り返す女がいた。

 

――――輝くような笑顔で植木を剪定する男がいた。

 

――――両手のパペットで一人芝居を続ける覆面の男がいた。

 

――――魚のマスクを被って池を眺める男がいた。

 

――――恍惚の表情でエアギターをかき鳴らす女がいた。

 

 …………奇人変人変態の襲撃を凌ぎ切り、ようやく安息の地………………女子寮の部屋に戻ってこられた。

「……………………」ちーん。

「……………………」ちーん。

「……………………」ちーん。

 ……お通夜状態だった。

「………………纏めるわ」

 ティアナが、気力を振り絞って、ミーティングを始める。

「この部隊にいるのは…………」

 目で促されたセリカが、言葉を継ぐ。

「技術のある変態」

「行動力のある奇人」

「体力の有り余る問題児」

 ……よくもここまで、厄介者を集めたものである。

「…………あの子供らも、相当な火種よ」

 エリオと、キャロ。あそこでティアナが収めなければ、どうなっていたことやら。

 問題は山積み……どころか、問題しかない状況。

 ツッコミどころ満載の部隊で、この先やっていけるのかどうか…………

「…………………………疲れたわ」

 ティアナの声を切っ掛けに、バタバタと、ベッドの中に倒れこむ三人。

 体力というか気力精神力は、底をついていた。

 

「…………がんばろーね、ティア、セリカ」

 

 ……スバルの言葉に、返事はあったのか。

 

 

――――だが三人は、近い将来、知ることとなる。

 

 

 

――――この初日が、いかに安穏とした、穏やかな一日だったのかを。

 

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