魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
――時間は、入隊式から少し遡る。
「……おっそいなぁ」
赤毛の少年は、腕時計に眼を落として、ため息をつく。空港の喧騒が響く中、小さなキャリーバッグを手元で遊ばせる少年は、待ち合わせの最中だった。
「…………フェイトさんの頼みじゃなければ、ソッコーで置いてくんだけどな」
自販機で買ったジュースをちびちび飲みつつ、ひたすら時間を潰す。
…………と、目線を向けた先。
「…………」
「ねぇ君。お父さんとお母さんは? 一緒じゃないのかい?」
身なりの良い男性が、一人の少女に話しかけていた。
「…………」
目深に被った、民族衣装のようなフードから、桃色がかった頭髪が、僅かに覗く。
目立った荷物は、大事そうに手で抱えたバスケットのみ。
「うーん、困ったなぁ。……そうだ、それじゃ、迷子センターに行こうか? 着いておいで」
少女は、その男性に伴われ…………迷子センターとは逆方向へ、歩いていった。
「おいおい」
傍から見れば、違和感の無い光景だ。だが、少年は……その男性の目つきに、嫌というほどの既視感を感じていた。
「くそっ……面倒ごとはゴメンだってのに……」
見捨てたい気持ちも、多々あった。だが、それをすると………………彼にとって、いろいろと不都合な展開になる。
「あぁ、もう……」
少年は、彼の後を追った。
「ねぇ、ねぇねぇねぇ? おじさんのいうことが聞けないのかい?」
「………………」
人気の無い、搬入口の死角。そこで、男性は少女へ、畳み掛けるような脅しをかけていた。
「大人を怒らせるとどうなるのか、知らないわけじゃないよね?」
「…………ん」
ぽつりと、小声で返事を返す。
「じゃ、じゃあ、いうことを聞くんだ。………………さぁ、服を脱ぐんだ。一枚一枚……」
「テンプレ通りかつ予想通りだなぁ、オイ……」
「ひっ!?」
男は、飛び上がると同時に振り向く。だが、その声を発したのが、小さな子供であったことで、安堵のため息をついた。
「…………君には関係が無いことだよ? 向こうへ行っていなさい……!」
「ま、そうしたいのもヤマヤマなんだけど…………それはオレにとっても、不都合なんだよね」
人を食ったような言葉に、男の神経は逆なでされる。
「大人を怒らせるとどうなるか……!」
懐から、伸縮性の警棒のようなものを取り出す。スイッチを押すと、パリパリと、電流が流れ出した。……標的が抵抗した場合は、これを振るう予定だったのだろう。
「わかってるんだろうなぁ……!!」
引きつったような、下種な笑みを浮かべ、見せびらかすように警棒を揺らす。
「……」
癇に障ったのか、少年は顔をしかめた。
「……、」
少年が、仕掛けようとしたその時……
「うん、わかってるよ。さいしょは優しくせっして、じぶんの思い通りにならなかったら、ぼうりょくを振るうんだよね」
透き通るような少女の声が、しんとした空気を満たした。
「あ……あ……?」
男は、予想外の事態に、少年から、標的の少女へと視線を移した。
少女は俯いたまま、フードの隙間から声を漏らす。
「いつもそう。いっつもそう。いいひとづらした大人って、みんないっしょ。みんなおなじ」
「……! このガキィ!」
激昂した男が、少女の襟首を掴み上げようとする。
「…………フリード」
少女の持つバスケットの中から、高熱が発せられ……
「だらァっ!!」
少年の飛び膝蹴りが男の顔面を直撃するのと同時、少女のバスケットから飛び出した火焔が、天井を舐めた。
――――――ボゴォンッ!!!
炸裂した火焔は、天井を黒焦げにし、材質を熱で変形させた。
「熱っちぃ!!」
そして、その火焔は……少年が蹴り飛ばさなかったら、男の顔面を直撃していた。自己防衛にしても、明らかに過剰な威力だ。
「はずれた」
「外したんだよっ! オレが!」
少年のズボンの腿の辺りが、炭化して穴になっていた。
「おおきなおせわ」
「そうかよ……」
と、そのやりとりの影で、むくりと起き上がる影があった。
「……あ、が、ァあああああ!! こォの、クソガキィいいいいいっ!!」
直撃した膝蹴りだったが、ウェイトの足りない少年の攻撃では、意識を刈り取りきれなかったようだ。
「……しつこいんだよッ!!」
――バチィンッ!!
掬い上げるように、男の顎を蹴りぬいた。
「寝てろっ!」
男の警棒を取り上げ、延髄に押し当てスイッチオン。
「あばばばばばばばば」
ビクンビクンと気色悪く痙攣し、男は、今度こそ動かなくなった。
「はぁ~…………もう間に合わねぇぞ、これ……」
時計を見るが、既に時刻は、待ち合わせの時刻を20分以上オーバーしていた。
――ピピッ!!
そして、狙ったように端末に通信が入る。居留守を使うわけにもいかず、通話に応じる。
『やっほー、エリオ! ボクだよー』
「はい、フェイトさん。お疲れ様です!」
いっそ、清清しいまでの豹変振りだった。
「フェイトさん……?」
その横で、少女が怪訝そうに首をかしげていた。
『それで、ボクはもうそろそろ着くけど……ちゃんと待ち合わせできた?』
「ああ、それが…………その……まだ」
ばつが悪そうに、言葉を濁す。
「ねぇ」
「すみません。ちゃんと、待ってたんですけど……何か手違いがあったみたいで」
『そっかー。それじゃ、ボクがそっち着いたら、いっしょにさがそ?』
「ねぇってば」
「! はい、お願いします!」
一緒に……の下りで、少年……エリオの顔に、喜色が浮かんだ。
「ちょっとかわって。かわってってば」
「…………、」
エリオは、端末の受話器を指で塞ぐ。
「邪魔だっ!」
どんっ、と、少女を突き飛ばした。
少女は、よたよたとバランスを崩した。
「なにをするの」
当然のように抗議する少女だが、エリオは見向きもしない。
エリオにとって、フェイトとの電話に勝る用件など、ありはしないのだった。
「わたしも、フェイトさんとはなしをする。かわって」
「……?」
何故、この少女がフェイトの名を口にしているのかは不明だが……フェイトとの会話の邪魔をする少女は、エリオにとって、邪魔でしかなかった。
「邪魔だって言ってるだろ!」
「かしてくれたっていいじゃない」
ぐいぐいと、もみ合う。いくらエリオといえども、同年代の少女に、まさか魔法など使う筈は無く、殴るはずは無く……ただ押し退ける。少女はまとわりつく。
その攻防を無為に続けている最中……
――――ぐいっ
偶然か、不幸か…………エリオの手が、少女の胸部を思いっきり鷲づかみにした。
「――――――、」
動きを止める少女。だがエリオにとって、その行動はあくまで、『邪魔者を排除する』という以上の意図は無く……ましてや、少女の羞恥心などというものに、気を回すわけは無かった。
「あ、すみませんフェイトさん。間違えちゃいました」
『そう? ならいいんだけど…………』
尻目に、端末をいじり、フェイトと接続。
「で、えーと……なんて名前でしたっけ? 待ち合わせの相手って」
『キャロ。キャロ・ル・ルシエっていう子だよ』
「うーん……名前だけじゃ、何とも…………何か、特徴は?」
『そーだなー。変わった服装で、大きなバスケットを抱えてるけど』
「え」
ぐりんっ……と、エリオは、先ほど自分が突き飛ばした少女へ、視線を向ける。
「――――――ぶっころす」
変わった服装で、大きなバスケットを抱えた少女が…………爬虫類のような生物を肩に乗せ、静かに怒っていた。。
「グルルルル…………!」
爬虫類の口内に、先ほどと同質の火焔が…………
「しね。せくはら電気うなぎ」
「ふざっけんなぁああああ!」
――――ドゴォオオオオンッ!!!!
『連続児童わいせつ男、空港で自爆!』
……その日の、新聞の三面記事だった。
◆ ◆ ◆ ◆
男子寮の一室にて、エリオはベッドに寝転び、一日を反芻していた。
「フォワードチーム、だって……?」
嫌そうな口調だ。事実、嫌なのだろう。だが……
「でも、フェイトさんにも、頼まれたからなぁ…………」
彼が唯一、全面的に信頼を置く人物。フェイト・テスタロッサ。
「ま、適当に過ごせばいいか……」
彼女の信頼を失わないよう、のらりくらりと過ごせばいいのだ。
「チーム……ねぇ」
ふっ、と蔑むように息が漏れる。
「馬鹿馬鹿しい…………そんなもん、どうせすぐ散り散りになっておしまいだ」
フォワードチームの面々の顔が浮かび……やはり、最も印象が強いのは、キャロだった。
「あのクソチビ……!」
あくまで彼にとっては、意味不明の逆恨みをぶつけてきたというイメージしかない。
だが、実際には、それは小さなもので……
「あんなやつが、もう一人の保護児童……!?」
…………フェイトの愛情を横から付けねらう、浅ましいガキ。そんなイメージだった。
「認めるかよ……! いつか、オレのフェイトさんから引き剥がしてやる……!!」
くつくつと、暗い笑みを漏らす。
…………この僅か一週間後に、隊舎が半壊するほどの事件が起ころうとは、誰一人として予想していなかったに違いない。
……記念すべき(?)結団式の翌日から、早速、訓練は始まった。
落ちこぼれ集団を指導するのは、シグナムやクロノといった、豪華な面子。
彼らも、さぞや効率的かつ現代的なトレーニングを期待していたに違いない。だが、実質は…………
「キリキリ走れ! とにかく走れ! ゲロを吐いても吐きながら走れ! 死んでも走り続けろ!!」
「 「 お、おーっす!! 」 」
…………鬼のシグナムによる、超スパルタ地獄が待っていた。
「ひー、ひー……! も、もう駄目だ……!!」
どうっ、と前のめりに倒れこむ。
ぜーはーと息をつきながらも……その顔には、『これで休める』という、甘い期待があった。のだが……
「戦場の敵は貴様の回復など待ってはくれんぞ!」
――ちきちきちき……!!
その背後に、訓練用と思しき自動機械が迫る。
――びりびりびりびり
「あぎゃああああああああああああああああああーーーー!!」
尻に電気ショックを受け、飛び上がる。
「ひ、ひィいいいいいいいいー!! 俺のケツがぁああああああ!!」
「ケツがどうした! ケツの一つや二つ無くても死にはせん! さぁ走れっ!」
げしっ! とケツを足蹴にされる。
「お、鬼―!」
…………まだまだ、限界ではなかったようだ。だばだばと、尻を庇いながら遁走していく。
「ガジェットドローン、追加投入!!」
……阿鼻叫喚とは、まさにこのこと。
「いやぁああああ!! わたし、オペレーター希望なんですぅ!! それでそれで、合コンしまくって、キャリアのエリート捕まえて除隊して、悠々自適に…………電気ショックはいやぁああ!!」
「オレは整備士志望なのになんでぇえええええ!? あっ、やめてやめてやめてくださいしんでしまいますやめてェええええええええ!!」
「ボクは後方の補給部隊に配属じゃなかったのかー!? ……うぎゃーーーーーー!?」「ウチなんて食堂のコック見習いだぞォおおおおお! いみわっかんねーし!! ……ひぎィいいいいいいいいいっ!!」
前線メンバーだけではなく、片っ端から強制参加らしい。
「こんなもの、基礎訓練の前段階、さらにそれ以前の段階だ! このシグナムが、機動六課心得を、弛んだ身体、甘ったれた性根! 心身に刻み込んでくれる!!!」
……刻まれるのは、間違いなくトラウマである。
「復唱せよ!!」
自身も 訓連用の模造刀を片手に部隊員たちを追い立てる。
「一つ! 自身を守れ!!」
「「「「「「一つ! 自身を守れ!!」」」」」」
「二つ! 仲間を守れ!」
「「「「「「二つ! 仲間を守れ!」」」」」」
「三つ! 誇りを守れ!」
「「「「「「三つ! 誇りを守れ!」」」」」」
「四つ! 信念を守れ!」
「「「「「「四つ! 信念を守れ!」」」」」」
「五つ! これらを片時も忘れること無かれ!」
「「「「「「五つ! これらを片時も忘れること無かれ!」」」」」」
「分かったところでもう30周だ!! さぁ走れ!!」
「「「「「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」」」」」」
「やっぱり、トンでもない部隊でしたわぁあああああああ…………!!」
何気に、セリカが先頭を独走していた。
「だ、大丈夫かな……? なんか、スゴいことになってるみたいだけど……」
その喧騒からだいぶ離れたところに、期待のフォワードチームがいた。
こちらはこちらで、少数で集中して鍛える方針のようだ。
本日の教官はというと…………
『では、こちらも始めます』
腰掛けていた物体から立ち上がる。
……左袖は、風にたなびいてはいなかった。
(? ……気のせいだったのかな)
スバルは、あの日の光景との差に疑問を感じたが、深く考えはしなかった。
『まずは、これです』
どすん、と手元に置いたのは、先ほどまで腰掛けに使用していた物体だった。
円筒状の、カプセルのような胴体に、触手のようなマニピュレータを備えた機械。
「…………」
スバルとティアナは、その物体に見覚えがあった。
あの入隊試験の際、山のように押し寄せてきた自動機械だ。
『これは、ここ最近、ミッドチルダ全域で存在が確認されている自動機械です。まぁ、管理局では『ガジェット』とか『ガジェットドローン』とか呼んでいます』
ごんごん、と金属の筐体を叩く。
『では、スバル・ナカジマ』
「はい!」
指し示されたスバルは、緊張しながら返事をする。
『このガジェットの特性を述べなさい』
「はいっ! …………たくさんいます!」
『…………』
「すごく硬いです!」
『…………、以上ですか?』
頬をひくつかせ、腰の刀へ手が伸びる。
「はい! 以上です!」
晴れ晴れとした顔で、『どうだ!』と言わんばかりのスバル。
――ガチーン!!
……鞘で、スバルの頭をブッ叩いた。
「おおお……! な、なんでぇ……?」
頭を抱えて蹲るスバル。
「ぷっ……」「…………ださ」
エリオは吹き出し、キャロは小ばかにしていた。
『ティアナ・ランスター』
「はい」
流石にティアナは、すらすらと回答できた。
「ごく短時間でこちらの動きを学習し、周辺の味方機と情報を共有。対処してきます」
『よろしい』
再び、刀をベルトに差す。
『では、その面倒な相手に、あなた方はどう対処しますか?』
なのはの目が最初に促したのは、エリオだった。
「オレ……ああ、いや、僕は。子機との消耗戦を避けつつ、敵の母機を探し出して叩きます」
「母機……?」
むくりと復活したスバルが、首をかしげた。
「それって、あの、合体するやつのこと?」
『いえ、それは子機の能力の一つですね。範囲内の子機の数が一定以下になると、残存した子機が合体し、戦闘力が上がります』
では、母機とは……? というスバルの疑問に、なのはが答える。
『レイジングハート。画像を』
『All right.』
ディスプレイに表示されたのは、ほぼ球状の機体だった。その横に、子機が並べられていて、母機の大きさが強調されている。
『母機の名の通り、周辺一帯の子機を統括制御する機体です。恐らくは、子機で得た情報を蓄積する、データベースのようなものも兼ねているのでしょう。速度こそ子機に大きく劣りますが、装甲は子機の数倍。しかも、単機でAMFを発生させる機能があります』
ちらっ、とティアナを見やる。ティアナも、言わんとしていることがわかったのか、不機嫌そうだ。
「……AMFは、私の弾丸じゃ通せない」
「でも、こんなのいたっけ……?」
見覚えが無かった。ティアナも、首を横に振る。
『荷が重かろうと、先に処分しておきましたので』
「 「 ………… 」 」
だが、子機だけを相手に窮地に陥っていたことは事実である。
『部隊長より、あなた方に適正な環境での試験を、との要請がありましたので』
「僕は倒しましたけど?」
エリオが、いらぬ茶々を入れる。
「ぐ」「む」
エリオを悔しげに睨むが、本人はそ知らぬ顔だ。
『静かに。……キャロ・ル・ルシエ。あなたは?』
見た目には、このチームで最年少のキャロへ聞く。キャロは、肩に乗せたフリードと目をあわせ……
「やきつくす」
抑揚の乏しい声で即答した。
「やきつくす」
『………………、』
「やきつくす」
なのはは、頭痛を堪えているような顔をした。
「そのトカゲじゃなくて、おめーはどう対処するんだって聞かれてんだよ」
フェイトの前で無いからか、素の口調で難癖をつけるエリオ。
「とかげじゃない。フリード」
「で、そのフリードとやらがいなきゃ、おめーはガジェットにどう対処するんだ。あァ? 隅っこで膝抱えてマスとか言うんじゃねぇだろうな、オイ」
「……やなやつ。ほんとに、やなやつ」
キャロは、怒りにぷるぷると震える。
「ぐるるるる……!!!」
フリードも、赤い目を爛々と輝かせ、牙の隙間から、ちょろちょろと炎を覗かせていた。
『そこまでにしておきなさい』
なのはがその場を収め、説明を続ける。
『話を戻します。ガジェットは、こちらの動きを学習する。ただ学習とは言いますが、実際には行動ルーチンの蓄積に過ぎません。Aという行動にはBという対処を、といった、実はごく単純なものなのです』
「コンビネーションは、いくつも試してみたんです。最初はうまくできても、片っ端から学習されたら……」
『ふむ……では、そのコンビネーションの説明をしてみなさい』
スバルは、入隊試験で使用したコンビネーションの動きを、仔細に説明。時にティアナと実演も見せた。
『それはコンビネーションではなく、ただの『パターン』です』
が、なのははそれを、ばっさりと切り捨てた。
「……じゃあ、手本を見せて下さいよ!!」
ティアナが、それに思いっきり噛み付いた。
三人の努力を、根こそぎ否定された感覚なのだろう。
『いいでしょう』
だが、なのはは軽く言い、訓練場へ降りていく。
『フィアット。ちょっといい?』
砕けた口調で、フィアットを呼ぶ。
『はぁい、なのはさん。なんですか?』
間延びした返事が返ってきた。
『ガジェットを投入して。……ああ、ただし』
前置きし……
『新人にも見えるレベルの動作で、ゆっくり動くから、それに合わせた設定をお願い』
…………そして、なのはの『手本』が、示された。
ガジェットは、訓練場の中、場所も数もランダムで出現するよう設定されている。
「一人で……?」
その不利な条件で、何をしようというのだろうか。
『ああ、あなたたち』
と、通信の向こうから、フィアットが四人に呼びかける。
『よく見ておきなさい。あれが、あなた達の教官…………高町なのはです』
――――ガギュッ!!
……その、アルミ缶を潰したような音に、四人は訓練場に目を向ける。
なのはが片手だけで振った、何の変哲も無い実体剣が、ガジェットを両断していた。
続いて、複数の集団だ。先ほどと同じ動作で、刀を振るう。当然、学習されているので、回避される。そう思った新人達だったが……
――ギンッ!!
剣先は、ガジェットを捉えた。
「えっ、……えっ!? なんで!?」
理解不能に陥るスバルに、エリオが面倒くさそうに説明する。
「最初のときと同じ動作。でも、より深く踏み込んで、間合いを縮めてるんだよ」
エリオには、見えているらしい。
「…………でも、一撃目の動作と、モーションにズレが無い。オレにだってできねぇよ、あんなの」
三体目。なのはは、やはり初撃は斬撃だ。
今度は、ガジェットは回避した。……いや、むしろ、わざと外したように見える。
距離が出来たガジェットが、光線を発射する。それを回避し、指鉄砲の形にした手から、ティアナのものとほぼ同威力の魔力弾を発射する。
「これ……もしかして、私たちのコンビネーション……?」
接近戦、射撃、射撃、接近戦……内容こそ違えど、それは、試験の際に使用したものだった。
それを幾度か繰り返すにつれて、ガジェットは、確実にその動作に対応しつつあった。
「ほら、やっぱり……」
ティアナがそんなことを呟く。だが……
――ガシュッ!!
……先ほどと同じコンビネーション。だが、ガジェットをまた一体、破壊する。
「何で!? 同じ動きじゃない!?」
目を凝らしていたスバルが、説明する。
「ギリギリ、見えたけど…………振り下ろした刀を、返す刀で切り上げて、連撃に繋げたみたいだ」
振り下ろす、で終わりではない。振り下ろす、切り上げる、の連撃に、ガジェットの蓄積したルーチンでは対応できなかったのだ。
スバル達が考えた、最も単純なコンビネーション。
ただそれだけを、無限とも思える展開で昇華し、大量のガジェットを掃討してのけた教官に、口答えをする気など、微塵も残りはしなかった。
『手本を見せました』
戻ってきたなのはは、息一つ乱していない。
抜き身の刀を、真一文字に振るう。
『ここから、幾通りかの攻撃を展開できます』
右に流れた刃を、切り下ろしに変化させる。
『ここからも』
切り上げる。突く。削ぐ。凪ぐ。
流れるように、攻撃を変化させていく。さながら、演舞のように。
『攻撃は、一撃打てば終わりではありません。一撃を、どう次へ繋げるか。その場に応じて、自在な攻撃が出来なければなりません』
ぱちんっ、と刀を納める。
『ですが、それにもやはり、限界があります』
「えっ……?」
スバルは、疑問に思った。
あれだけ自在な戦法を持ちながらも、限界があるとは信じがたかった。
『それは、あくまで私は、『個人』であるということです。一人でいかに100通りの戦術を持とうが、1000の戦術を持つ相手には、上を行かれます』
「…………」
その100にさえ、遠く及ばない自分達は、どうすればいいのか。
『あなたがたは、そのための『チーム』なのです』
なのはの声に、顔を上げる。
『一人が10通りしか戦えなくても、二人ならば10×10で100通り。四人なら、10×10×10×10で、10000通りにもなります』
ぱぁっ、と気分が上を向く。
『あなたがたは、今のところ“1 ”ですが、ね。何人いても同じです』
「うぐ」
上げてから落とすのは、基本である。
『というわけで、まずは攻撃を覚えることから始めましょうか。ガジェットを100体くらい出しますから、夕方までに好きなやり方で撃破しなさい』
「「うげっ!?」」
…………スパルタは、こちらも同じようだ。
だが、エリオがひょいと挙手した。
「一人で、向こうでやらせてもらっていいですか? キッチリ100体、ノルマはこなしますんで」
「ちょっ、ちょっと!?」
さっきの話を聞いてなかったのか。
「オレは、二人で100になるよか、一人で100になった方がいいんで」
そして、返事も待たずにすたすたと行ってしまった。
「……仕方ない。三人で、」
ティアナは、キャロを交えた三人で、訓練を開始しようとするが……
「ひとりがいい」
…………キャロもまた、ぱたぱたとどこかへ歩いていってしまった。
『…………。始めますよ、二人とも』
なのはは、しばらく何かを思案し、思い出したかのように訓練を再開させた。
そして、日が暮れる頃……
『お疲れ様でした』
ボロ雑巾のような状態のスバルとティアナに、義務的に労いの言葉をかけた。
『今日のデータを、明日の訓練用ガジェットに反映しておきますね。では解散』
…………今日の戦略は、もう明日には通じなくなるようだった。
「「………………」」
――ばたんっ。
二人は死んだ。
オフィスへと戻ったなのはは、フィアットの元を尋ねていた。
『フィアット。エリオとキャロのことなんだけど』
「はい。どうされますか?」
四人のチームとして召集したのに、アレではコンビが一組と、個人が二人いるだけだ。
『一人だけいれば、マイナスはマイナス。でも、二人いれば、さ』
…………転じて、プラスとなる。
「了解しましたー。では、そのように」
長い付き合いのフィアットには、なのはの意図と希望が理解できたらしい。
『いつもごめんね。今日、一緒にご飯食べる? おごるよ』
「はいっ! ………………と言いたい所なんですが……すみません。今夜は、部隊長の食事を用意してあげる日なんです」
『……よく続くね』
はたから聞けば、微笑ましい会話なのだが……フィアットとはやての関係をよく知っているなのはからすれば、呆れる材料にしかならない。
「はいっ! 生きがいですから!」
ごろっ……と袖口から転げ出た小瓶には、見るも禍々しい色合いの液体が満ちていた。
「あっ、いけないいけない。大事な隠し味が」
何を隠すというのか。
『…………………………それじゃ、お願いね』
……ウキウキした様子のフィアットを残し、去っていく。
「あっ! なのはー!!」
食堂へと向かう道すがら、フェイトに会った。
開けっぴろげな笑顔。ぶんぶんと手を振る、子供っぽい仕草。いつものフェイトだった。
『フェイト。どうしたの?』
「どうしたじゃないだろー? いっしょにごはん食べよっ!」
『うん。いいよ』
そして、食堂へ行く。
「ふんふふーん。ふんふふーん……」
出迎えるのは、いつもの鼻歌と、しょりしょりと包丁を研ぐ音。
「エド! ボク、ハンバーグがいいなっ!」
「………………。ふふふふーん」
ごとんっ、と、二人の前に料理が配膳される。なのはの前には、今日のオススメ、豚のしょうが焼き定食が。フェイトの前には、リクエストどおりのハンバーグプレートが。
……後にも先にも、エドに料理をリクエストできたのは、フェイトだけである。
「それにしても、すくないねー」
確かに。既に18:00を回り、夕食には丁度良い時間となっているのだが、食堂はガラガラだった。
『新人達は、今日が訓練初日だから』
「あー……だからか」
今頃、訓練場で死屍累々の様相を呈しているに違いない。食事が摂れるまで回復するのは、いつになるやら。コリンなどは、意地で食堂に着いたようだが……カレーライスに突っ伏して寝息を立てていた。
『ねぇ、フェイト。今日の訓練のことなんだけど…………』
「エリオとキャロのこと?」
話すまでも無く、筒抜けだった。
「さっき、フィアットから連絡があったから、そうじゃないかなーって」
『ごめん……ほぼ独断で進めちゃって』
「あっはっは。いいって、いいって。ボクもそうした方がいいと思うし」
付け合せのパスタをずるずると食べる。
「まぁ、いまごろ、すごい騒ぎになってるだろうけど………………」
◆ ◆ ◆ ◆
「なんっでオレが、お前と相部屋なんだよっ!!」
「わたしだってききたいよ」
個室に戻ったのが10分前。食事を摂る気にもならず、部屋に入ったエリオを……ルームメイトのコリンの満面の笑みが出迎えた。
「おめーの席、ねーから!」
………………殴り倒して肘関節を極めてチョークスリーパーで沈めて、総務に問い合わせたところ、部屋の再編があったらしい。そして、新たに割り振られた部屋に入るとそこには…………
「くそっ、なんてこった…………」
「しじをだしたのはだれだろう。おしおき」
キャロが居た、ということだ。
「てか、なんでベッドが一つしかねーんだよ!?」
「わたしのベッドしかない」
さりげなく所有権を主張するキャロだった。
だが、やはり寝なければ翌日に備えられない。
仕方なく、ベッドにもぐりこんだのだが……
「こっちこないで」
「おめーがこっちに寄ってきてんだろ!」
また新たな問題が発生した。
ぎゃーぎゃー騒いでいるうちに、すっかり寝る時間を逃してしまった。
翌日。
「………………エリオ、キャロ、大丈夫?」
スバルが思わず声をかけてしまうほど、二人は目の下にくっきりした隈を浮かべていた。
「うるせー眠ィんだ話しかけんな……」
不機嫌丸出しである。
「ん…………んくっ」
キャロは、立ったまま舟を漕いでいる。
『では、本日の訓練を始めます』
なのはがやってきた。
「………………すぴー」
キャロは、眠気に負け立ったまま寝ていた。
「おい、教官来てんぞ! おい!」
キャロの頭をべしべし叩き、起こそうとするエリオ。キャロは、ゆっくりと目を開け…………
「…………はっ。フリード」
「きしゃー!!」
……寝ぼけて、フリードへ攻撃の指示を出してしまった。
――――ぼぅんっ!!
「あぎゃーー!!! 熱っちィいいいいいいいいいいいいいい!!」
エリオに、思いっきり火焔を吐き付けた。
「きゃーー!!?」「消火器! 消火器―!」
エリオは消火のため、溜池に飛び込んだ。
「あ」
目覚めたときには、もう遅い。
「『あ』じゃねーだろうがよォ…………!」
溜池から這い出てきたエリオは、訓練服は煤まみれになっているわ、濡れ鼠だわ、酷い有様だった。
「まちがえた。ごめ、」
「大概にしとけよ、この野郎!」
謝罪を口にするよりも早く、エリオは激昂した。
「ペット一匹管理できねぇのか! 飼いきれないなら、どっかの野生保護区にでも捨てて来い!」
「ペットじゃない。フリードは、わたしのかぞく……」
「ちょっと……やめなよ二人とも!!」
互いに鬱憤も溜まっていたのだろう。スバルの静止も聞かず、口論は激しくなっていく。
「やってられっか!!」
そしてエリオは、治療を名目に、訓練を放棄して、隊舎に戻っていってしまった。
「…………しらない!」
キャロも、フリードを抱え、どこかへ走り去っていく。
「二人とも……!」
「やめておきなさい」
追おうとするスバルを、ティアナが止める。
「今は、自分達の訓練が優先よ。個人間のやりとりは、当人同士で解決するしかないの」
「でも……」
『訓練を始めます。……それとも、あなたも投げ出しますか?』
「……! いえ、やります!」
ティアナのいうとおり……今のスバルに出来ることは、何も無いのだから。
医務室で軽い手当てを受けたエリオは、元の自室であるコリンの部屋に居た。コリンはまだ戻ってきてはいないし、問題は無いだろう。
不貞寝しているうちに、日没を迎えていた。まだコリンは帰ってきていない。恐らく、シグナムのしごきに耐えられず、訓練場でのびているのだろう。
「……飯でも食いに行くか」
よく考えたら、昨日の晩から何も食べていない。ポケットをまさぐるが……
「……くそっ。パスカード、向こうの部屋だ」
取りに行くしかないようだ。
静まり返った隊舎を歩く。
ロビーでは、グダグダになった新人達が多数、力尽きていた。昨日に比べたら、隊舎に戻ってくるだけマシかもしれない。
そして、相部屋へと戻ったエリオだったのだが…………偶然というか、必然というか。
「…………」
ベッドに座り、俯くキャロがいた。
「…………」
無言で、机の上に置いてあったパスカードを取ろうとする。
踵を返し、立ち去ろうとするエリオだったが……キャロが、いきなり言った。
「フェイトさんは、もっとやさしくしてくれた」
……何故エリオはそうじゃないのか、と言いたいらしい。
「だろうな。オレにも優しかったよ」
対してエリオは、冷たく言い放つ。『お前だけが特別じゃない』……と。
「フェイトさんは、いっしょにおかいものにいってくれた」
「ああ。オレも連れて行かれたよ」
「えいが、みせてくれた」
「そうかそうか。オレも見たよ」
小ばかにしたように、突きつける。
「フェイトさんは、」
「フェイトさんの一番は、お前じゃない」
…………決定的な一言だった。
数分の沈黙。そして睨み合い…………導き出された結論は。
「おまえなんか、いらない……!」
「――――表に出ろ」
目の前に居るのは、排除すべき敵である、ということだった。
夜の訓練場は、静まり返り…………二人と一匹の息遣いだけが、よく聞こえた。
訓練服に、長槍を携えたエリオ。
民族衣装のような服のキャロと、肩に乗るフリード。
「………………邪魔なんだよ」
「…………」
「オレの思い通りにならないものは、全て……!!」
互いに、決定的な敵意と共に、睨み合っている。
「――ブラストフレ、」
始めに仕掛けたのは、キャロ。現時点での、フリードに出せる最大火力で、目の前のエリオを焼き払おうとした。だが。
「――おせぇよ」
繰り出された長槍が、キャロの帽子を刺し貫いた。
勢いで倒れたキャロを、エリオが余裕で見下す。
「……あんまりオレを舐めるんじゃねぇぞ」
――パリッ……パリパリパリッ……!!
槍が電熱で白熱し、帽子を焼き尽くす。
「お前の実力はこの程度……ってことで、いいのか?」
「――!!」
がばっと立ち上がり、躊躇無く命令を下す。
「ブラストフレア!」
――――ボォオオオオオッ!!!!
火炎放射器もかくやという攻撃。だがその攻撃は、エリオの影すら、捉えることが出来なかった。
「おせぇ、おせぇ、おせぇ!! 遅すぎて眠くなってくるぜ!!」
「くっ……」
「オラ背中がガラ空きだァッ!!」
――ズンッ!
「あうっ……!」
槍の石突で、キャロの背を思いっきり突く。
「戦力は全部ペット頼みの雑魚が!」
「――!! アルケミックチェーン!」
――ギャリリリリッ!!
鋼鉄の鎖が、エリオの足に絡みつく。
「フリード、やれっ!」
今度こそ……と、火焔を発射する。
「ハッ!!」
だがエリオは、余裕の表情で、槍を振るう。
――バギンッ!!
強化しているとはいえ、ただの一振りで鋼鉄の鎖を断ち切り、脱出した。
「フェイト、さんは……!」
攻撃魔法で、エリオを撃つ。
「はんっ……!」
「フェイトさんは……わたしの、いばしょだっ……!」
「っ! ……何がっ!!」
だが、いくら気張って見せたところで、所詮は少女。
エリオの槍術に、いいように翻弄され、削られ…………
「う…………」「きゅ、く……」
フリードともどもボロボロにされ、倒れ伏すのに、そう時間は掛からなかった。
「は、は…………オレの、勝ちだ……!」
じゃきっ……と、キャロの喉元に槍を突きつける。その姿も、キャロの必死の抵抗もあり、ボロボロの様相を呈していた。
「さァ、いえよ。フェイトさんとは、もう関わらないって……!!」
「………………いやだ」
勝者は、エリオだ。それは、疑いようも無い。だというのに………………
「……やっとできた、わたしのいばしょだ。だれにもあげるもんか」
「言えよォッ……!! う……くっ…………!」
――なぜエリオは、泣いているのだろう。
「何でだよ……何で邪魔するんだよ……お前がいなければ……全部、全部うまくいったのに……!!」
見当違いの恨み言を口にする。
「フェイトさんは…………!!」
そして……涙に濡れた、狂気じみた顔で、叫んだ。
「――――オレの母親になってくれるかもしれない人なんだっ!!」
槍を更に、近づける。
「消えろよっ……お前の居場所なんか、あるもんかっ!!」
そして……キャロは。
「………………わ、ないで」
――ドクンッ…………
「うっ……!?」
ぞわぁっ……と、総毛立ち……かつてないほどの危機感を感じたエリオは、キャロから飛びのいた。
「なんだ、これは……!?」
キャロが、フリードを抱え、幽鬼のように立ち上がる。足元には…………巨大な、菱形の魔方陣!
「――――奪わないで……」
――――ゴ、ゴゴゴゴ…………!!
徐々に姿を現す……巨大な影。
「あ…………あ…………」
「私の居場所を…………!!」
戦意を喪失……いや、逃げるという思考すら、恐怖のあまり停止する。
「奪わないでぇええええええええええええっ!!」
…………感情の蓋を突き破ったのは……狂おしい程の、悲哀の叫びだった。
「――――――、そっか」
エリオは、何かを悟ったように……静かな表情となっていた。
長槍をぶらりと下げ、キャロを見遣る。
「――――――……ヴォルテーーーーーーーーーーーール!!」
――――グゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!
二対四枚の翼が、天を覆う。
いよいよ全容を現したのは、巨大な、途方もないほどに巨大な、漆黒の召喚獣だった。
「そうだったんだな……お前も」
だが……その姿を前にしても、エリオは動かなかった。
「ああああああっ…………ああああああっ!!」
頭を抱え、制御不能の感情に翻弄されるキャロ。
――――ギュオオオオオオオオオオオオオオオッ……!!!
ヴォルテールの口内に…………フリードなど、火種の一つにすら及ばないほどの、絶大な火焔の魔力が収束していく。
「お前も…………オレと、同じだったんだな」
これだけ離れていても、ジリジリと前髪を焦がすほどの熱気だ。直撃すれば、エリオなど欠片も残らないだろう。
いよいよ、照準がエリオに合わせられる。そして…………
「きえちゃえぇええええええええええええええええっ!!」
―――ゴバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!
迫る熱波。
だがエリオは……その先の、キャロのことだけを見ていた。そして……心を満たしてた、たった一言が、自然と口をついて出た。
「――――――――ごめんな、キャロ」
「――――――ッ!」
……結果から言うと……ヴォルテールの火焔は、外れた。
いや。直前で制御を取り戻したキャロが、ギリギリのところで、照準を逸らすことに成功した。
「――!!! だめっ! だめ、だめっ!!」
だが……そらした先が、まずかった。エリオを逸れた火焔は、機動六課の隊舎へ、直進していた。
「だめっ……!!」
そして。
――――ズドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!
火焔が炸裂し……莫大な熱量が、空間を歪ませた。
「あ。あ、あ…………!」
隊舎は、もう残っていないだろう。
「あああああ…………!!」
まただ。また、同じ過ちを繰り返してしまった。
後悔が、キャロをじわじわと侵していく。
「ごめんなさい……ごめんなさい…………!!」
突っ伏し……許しを請う。
「――――謝るくらいなら、さいしょからやるなっ!!」
…………あるはずのない叱責が響く。
「……っ!!」
顔を上げた先…………隊舎は、一部というか、半分ほどが消し飛んでいるものの、ほぼ健在だった。
その直前に展開されているのは、黄金色の魔力シールド。
部隊長ら教官陣の魔力光も見える。
「………………フェイト、さん…………!」
ギリギリのところで、間に合ったようだ。
「なかのひとたちは、」
車椅子に乗った部隊長が答える。
「幸いにも人的被害はゼロだ。新人どもは、揃いも揃ってロビーにぶっ倒れてやがったからな。ヤツらの未熟さに、今度ばかりは助けられた」
「……よかった」
「よくない!」
フェイトが、肩を怒らせながらずんずんと歩み寄ってくる。そして……
――――べしんっ!!!
「あうっ……!」
平手で、キャロの頭を引っぱたいた。
「心配させるなっ! ばか!」
そして、エリオともども、抱きしめる。
「フェイトさん、苦しい、苦しい……!! オレ、マジで死に掛けたんですよ……!?」
「ボクだって心配で死ぬかと思ったもん!!」
「ぐえぇー……!!」
そんなやり取りを見ていた、キャロは…………
「――――ねぇ、あなた」
初めて、自発的に……フェイト以外の人間に、話しかけた。
「あン? ――って、オレ?」
自分を指差すエリオに、こくん、と頷き返す。
「あなたの、なまえは?」
――それは、小さな一歩。
「知らなかったのかよ…………」
げんなりするエリオ。
「うん。きょうみなかったから。…………でも、いまはしりたいの。きょうみがあるから」
「…………そうか」
照れくさそうに、頬を掻きながら……
「エリオ・モンディアルだ」
「――『はじめまして』。わたしは、キャロ。キャロ・ル・ルシエ。こっちは、フリードリヒ」
――――これがきっと、本当の初対面。本当の、二人の始まり。
「よろしくね。…………エリオくん」
「ああ、よろしくな……キャロ」
――小さく、しかし、確実に……エリオとキャロは、距離を縮めていく。