魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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StrikerS編 第六話

 

「…………どうしよう」

 電気も点けず、自室で悶々と悩むティアナ。

 その悩みの種は……そう、言わずもがな。

「何でパクっちゃったのよ、こんなもん……」

 指で摘める程の、赤い魔力結晶である。一片の魔力も漏らさぬほど、厳重な封印が施されているおかげで、危険はほぼ、無いに等しいが……

「厳重注意……いや、営巣入り…………いやいや、業務上横領でフツーにムショ行き……」

『隊長どのに素直に詫びて、返上してきたらどうだ?』

 傍らのクロスミラージュが、適切なアドバイスをした。

「そう……よね、やっぱり。初犯だし、今ならまだ…………」

 だが、ばたばたばた……と、聞きなれた足音が接近するのを感じ、反射的にポケットに突っ込んでしまう。

「ティア、ご飯食べに行こー…………って何でこんな真っ暗なの?」

 ぱちっ、と照明が点く。

「…………なんでもない。ちょっと、居眠りしてただけ」

 訓練後に、疲れ切って一眠りしていたことも事実だ。

「そっかー……高町教官の訓練、キッツいもんねー」

 その割には、ぴんぴんしているように見えるスバル。

「…………馬鹿げた体力」

「ん? なんか言った?」

「なんでもないわよ」

 そしてまた、言い出すタイミングを逸することとなった。

 

 食堂では……席をキープしていたセリカと、最近はセットで見かけることの多い、エリオとキャロが待っていた。

 今夜の日替わりメニューは、牛肉のビール煮込みと、コールスローサラダのセットである。主食である白米は山盛りだが、日々の激務に追われる新人たちは、それさえもお代わりをして平らげていく。

「うめーな、相変わらず……」

「おいしいね」

「これでいて、体重はむしろ減っているのですから、恐ろしいですわね……」

「次は筋肉が増えて、重くなっていくんじゃない?」

「やーめーてー……」

 一体、自分たちはどれだけのカロリーを消費しているというのだろうか。

 そして、腹も落ち着けば、話は自然と、本日の訓練のことへと移っていった。

「最近は、ガジェット相手も減ってきたよね」

 あれだけ、これでもかと投入されていた訓練用ガジェットは、ぱたりと使用されなくなっていた。そして、ガジェットに代わる、相手とは…………

「…………高町教官、ありゃバケモンだ」

 なのはが、自身で新人たちの模擬戦の相手をしていることが、多くなってきていた。

「もののけのたぐいだよ」

「ありえませんわ」

「あの人の周りだけ、物理法則が乱れてる気がする」

 ここまで言わせる、なのはの訓練とは、一体…………

 

――ではここで、本日の模擬戦を振り返るとしよう。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 完全武装でなのはと相対する、フォワードチームたち。

『好きにかかってきなさい』

 安全のために刃を潰された、大して切れもしない、訓練用の駄剣一本。抜き身のそれだけを、右手にだらりと提げ、フォワードチームを眺める。構えてさえいない。

「……!」

 

――ドドドドドンッ!!

 

 キャロが、目視による合図のみで、ティアナと同時に射撃魔法を放った。直射だけではない。ティアナによる曲射誘導弾も織り交ぜた波状攻撃だ。

 飛び退るか、迎撃するか……逃げ道は、後方に限られる。

『…………』

 す……と、なのはが一歩、後ずさる。

 

「だあああああっ!!」

「うぉりゃああっ!!」

 

 それを合図に、左右から襲い掛かるエリオとスバル。

 なのはの得物は剣一本。しかも、訓練に際して、魔法の種類、使用回数、消費魔力量に、限度を設けている。回避か、防御か、迎撃。どの行動を取ろうとも、スバルとエリオの攻撃力ならば、魔力の上限いっぱいにまで防御魔法を展開しても、貫通してダメージを与えられるはず。

 

 …………が。

 

『作戦のつもりですか?』

 なのはは、駄剣を構え…………

 

――ヒュコンッ!!

 

 …………一言で説明するならば、そう。

剣の腹で魔力弾を『滑らせ』、エリオへと投げつけた。

「んなッ!?」

 

――ギャリンッ!!

 

 続いて、またしても意味不明な現象が起きた。

 なのはへ向かっていたはずのストラーダが、スバルの鼻っ面へといつの間にか突き出されていたのだ。

 

――めごしゃっ

 

「あぎゃっ!?」

 ……訓練用に、先端を柔らかい皮膜で防護しているとはいえ、直撃すれば、痛いでは済まない。

「ノぉおおおお……!」

 顔を覆ってのた打ち回るスバルだった。

 

――ドンッ!!

 

 その隙を狙った……と思しきティアナの射撃が、なのはの後頭部を襲う。

撃ったのは拡散弾。弾けば、至近距離で炸裂し、回避する素振りを見せれば、その場で遠隔起爆する。それを、別方向からの誘導も交えて、複数発。

『……悪くない選択です』

 ここで、なのはは初めて防御魔法を展開した。全身を覆うフィールドタイプだ。

 

――ズパパパパパパパパパンッ!!

 

 炸裂した魔力弾が、そのフィールドの表面を雨粒のように叩く。

 細かく砕けた魔力弾は、更に細かく、霧のように一帯を包み、視界を阻む。

 

――ブンッ……

 

 フィールドが、自動で消滅する。

「……!!」

 この中で、唯一フリー(かと思われる)エリオが、奇襲を掛ける。

『悪くはありません』

 

――ヒュンッ!!

 

 エリオの身体を、なのはの剣が切り裂き……同時に、エリオの姿が、霞のように掻き消えた。

『幻術』

「と、こっちも」

 幻術がなのはと接触した地点を座標に、煙幕の外から、キャロの射撃が迫る。

『弾速は合格点ですね』

 足運びでその直撃を回避する。

 

――ドッ!!

 

 またしても、エリオの奇襲。

『今度も幻術…………、と、見せかけた本物』

 

――がぎんッ!

 

 ストラーダと拮抗する。

『動きを一瞬、止め…………キャロによる断続的な射撃援護』

「げっ……!?」

 ストラーダを小突き回しながら、合間合間にキャロの射撃を撃墜する。

(このまま、押し切れば……!!)

 エリオが、更に高速の連続突きを繰り出し、拮抗を破ろうとしていた矢先。

 

――ひょいっ

 

 ……まるで、手荷物でも放るかのような仕草で、なのはが駄剣を宙に放った。そして、ぐっと腰を沈め……

 

――スパンッ!!

 

 拳が、エリオの顔面に吸い込まれるようにヒットした。

「ごッ……!?」

 鼻へのピンポイントな攻撃に、本能的に視界を塞いでしまうエリオ。

「くっ……!」

 ぱしっ、と、なのはは先ほど放った駄剣をキャッチする。

 だが、なのはがエリオに注視して(いるかのように見える)状況を、見逃す手は無い。

 

――ギャギャギャギャッッ!!

 

「ぅおおおおおおおおおおォォッッ!!」

 スバルが、マッハキャリバーの車輪を唸らせながら、必殺の一撃を繰り出す。

「だァああああああああああァッッ!!」

 エリオもまた、横凪ぎの一閃を放つ。

『なるほど。最初の陣形に集約しますか』

「たぁあああっ!!」

 キャロも、ここで最大弾数を撃ち放つ。

 

――……ガシィッ!!

 

 だが……まだ一手、届かない。

 なのはは、ストラーダを腋で挟み込み、エリオの身体を振り子のようにスイングし、スバルにブチ当てる。キャロの魔力弾も、駄剣で切り捨てて行く。

 視界の外からは、ティアナが速射を撃ってくる。が、軌道は単純で直線的だ。なのはは、剣先を砲口に見立て、射撃魔法を一個、そのティアナへ発射する。

『ふむ。やはり残像』

 そして……

 

――――シュパァンッ!!

 

 全く埒外の方角から、精密に側頭部を狙撃してきた攻撃を、防御魔法で防ぐ。

『…………』

 再び、剣先からの射撃を射る。狙撃してきたのは、おそらく、始めからあの場所に潜んでいたティアナだろうという予測を以って。だが。

 

――プシュッ……

 

『おや……?』

 またしても、幻術。そこで、思い至る。先ほど射抜いた残像の一体……消えるタイミングが、僅かに『遅かった』のではないか、と。

 

――パァアアアアアアアアアンッ!!

 

 ………………乾いた破裂音が、訓練場に響く。

「…………!」

 ……幻術を影に、ほぼ重なるようにして隠れていたティアナが、姿を現した。

 これだけの連携を駆使した。本気で、手加減ナシで挑んだ。果たして、その結果は。

 

『たいへん結構。合格です』

 

………………模擬戦において、初めて、なのはに『両腕』を使わせるという大変結構な偉業を残すに至るのだった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「………………魔力、オレの半分も使ってねーよ」

「いたいのいたいの、とんでけー」

「あーもう! それやめろっつってんだろ!」

 青タンをキャロに治癒してもらいながら、エリオ。

「攻撃も、わざわざ分かりやすく、ギリギリ私にも見えるくらいの速度だった……」

 直接、至近距離で相手をした二人は、どんよりと落ち込んでいた。

「ま……まぁまぁ、お二人とも……始めのように、『お粗末極まります。不合格です』とか何とか言われなくなっただけ、マシではありませんか」

 そう。一応……『合格』は、貰えているのだ。

「「「5回に2回くらいの割合でね…………」」」

「あ。でもさ、でもさ! 今度、最初の昇級試験を、受けさせて貰えるんだよ!」

 そう。本日の成果を以って、受験資格を得られたのだ。

「たぶん、試験ってことは……普段よりハードル高いんだろうな……」

エリオは牛肉をフォークでブッ刺し、口に運ぶ。

「あーもう、どーすっかなー……何が足りてねーんだ? 速度か? 威力か?」

「んー……威力自体は、訓練の中では、私たちが上だと思う。高町教官、抑えてくれてるし」

「魔力弾のはやさも、おなじくらい。フリードといっしょなら、数は上」

 そう。いくら訓練で、制限を目いっぱいに掛けているとはいえ、一応は、拮抗しているのだ。

「あとは……総合的な、技能でしょうか?」

 結局、答えは出ず……地道に基礎訓練と、反復練習と、実戦訓練を続けていくしかないのだ。

「……………………」

 もそもそと、食事開始時から、無言のティアナ。フォワードチームの、半ミーティング的な会話は殆ど断片的にしか耳に入っておらず、ただ頭の中で考えを巡らせていた。

(…………足りないものなんて、決まってるじゃない)

 ……しかも、かなりネガティブな思考だ。

(私の、威力不足の弾丸と、持続力不足の幻術よ)

 苛立ちを悟られないよう、口にメシを突っ込む。

 一応、相方のスバルは……人間離れした体力。それに、機人化という奥の手がある。エリオには、稀な魔力変換資質と、優れた武器戦闘の才能。キャロに至っては、竜という反則まで保持している。

 対して、自分にあるのは…………クロスミラージュ頼りの射撃魔法と、中途半端な幻術だけ。どれも、以前の実戦においても、日々の訓練においても、決定打となったことは絶無だ。

(戦術やテクニックなんて、小手先じゃない。結局、最後にモノを言うのは…………)

 ごくん、とほぼ丸呑みにして、ポツリと一言。

 

「……魔力量なのよ」

 

 かたん……と、フォークを盆に置く。

「ちょっと先、戻ってる……」

「ティア……?」

 怪訝そうな顔で見送る一同。

 ティアナは一人、自室へと戻っていった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 魔窟……改め、中庭の別棟に、なのはの姿があった。

『………………、』

 まじまじと、自身の左手を手袋越しに見やっては、にぎにぎと動かしている。

 相変わらずの無表情……なのだが、その足取りは、どこか……

『嬉しそうですね、マスター』

 

――うきうきと、弾んでいるように見えた

 

『――!! ソんなこと、』

 茶化すようなレイジングハートの指摘に、なのはは声を裏返して否定した。人口声帯が音を拾いきれず、キン、とハウリングを起こす。

『…………無いよ』

 むすっ、と無言になる。

 レイジングハートは反面、長文を喋る。

『全員まだまだですね。スバルは、マッハキャリバーと息を合わせてきているとはいえ、まだまだ猪突猛進なところがあります。エリオも、数秒ならマスターと拮抗できる程度に上達していますが大味で、変換資質を混戦の中で運用できているとは言えません。キャロも、援護以外に射撃を覚えていますが、攻撃がそれ一辺倒で、陣形の切り替えへの対応が一拍遅れがち』

 正確な分析。まだ、求められるレベルには、誰も達してはいない。

『ですが……』

 だが、一人。

 

『……ティアナは、凄いね』

 

 観念したように、なのはが口を開いた。

『スバルの影響で、ちょっと突撃思考だけど…場の流れを読む能力は、もう私以上だ』

しかも、かなり珍しいことに、素直な賞賛だった。

『射撃も、バリエーションが増えてきてるし……絡め手も覚えてきてる。幻術の精度にバラつきを与えて、撹乱に気を回すだけの冷静さもある』

 ティアナが、『小手先』と自虐していたものを、なのはは認めていたのだ。

『……それと、気付いてるよね?』

『ええ。威力や弾速こそ、僅かにマスターに及ばないものの、射撃の精度はそれ並。

……いえ、行動中の射撃であの正確さです。いざ狙撃をやらせてみたら、どうなるか』

『…………まさか、こんな早い段階で、左手を使うとは思わなかった』

 しばらくは、片手一本で足りるだろうというなのはの予測を、こうも上回ってきた。

『あれだけの人材を、魔力量が不足しているというだけで蹴ったのですから、空隊も士官学校も、いよいよ末期かもしれませんね』

『魔力量、ねぇ…………』

 何か、思うところがあるようだ。

『……ま、私が言っても嫌味にしかならないだろうね』

 自分で気付かなくちゃ、と付け足し、目的の部屋へと向かう。

『………………』

『やはり嬉しそうですね、マスター』

『だから、違うんだってば!』

 わたわたと必死に取り繕いながら、なのはは歩調を速める。

『それこそ、フォワードチームの指導に、ヴィータを迎えてみては? 特に、スバルなどには劇的な効果があるかと』

『え…………や、やだよ……』

『……教導隊に行く行かないの話で、喧嘩別れになったことですか?』

『だ、だって…………ヴィータなら、一緒に来てくれると思ってたのに…………』

『凶鳥部隊が解散になって、道を模索した結果でしょう』

『…………』

 

「お、なのは」

「おや、偶然ですね」

「こんにちは、なのはさん」

 

 すると、前方からはやてと、はやての車椅子を押すフィアット、傍に控えるリインフォースがやってきた。

『皆も、同じ用事だった?』

「ああ。…………相変わらず、よく寝てるよ」

 そして、挨拶もそこそこに……

 

「フォワードチームの教導に、ヴィータを召集したからな」

 

『………………………………はい?』

 実にタイムリーな決定を伝えたのだった。

『え、ちょ…………はやてぇ!? 何を勝手なことを!?』

「私の部隊だ。私が勝手をして何が悪い」

 ふふん、と、してやったりな笑みを浮かべるはやて。

「わぁ憎たらしい。死んでください部隊長」

「甘いわ」

 フィアットが振り下ろしたナイフを、慣れた様子で白羽取り。

「…………すまないな。着任は、一週間以内だ」

 そのナイフを塵に変えたリンフォースが、申し訳なさそうに頭を下げた。

 無茶苦茶な二人のお守りをしている所為か、疲れた様子だった。

「いい加減、ガキみたいな意地張ってないで、仲直りしろ」

『あ、あなたはそう、いつもいつも………………………………はぁ~…………わかったよ、もう』

 長く嘆息し……諦めたように、頷くのだった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

翌朝。

 

――――パリンッ!

 

 訓練場の一角に、ティアナの姿があった。

 クロスミラージュではなく、訓練校時代から愛用している実銃を手に、オーソドックスな9mm弾での訓練だ。

 

――――パリンッ!

 

周囲にランダム形成される標的を、的確に射抜いていく。

 無心に励み、やがて……

 

――パンッ……!

 

「あ!!」

 握力の限界から、拳銃がすっぽ抜けてしまった。

「………………ッ!! くそっ!!」

 がしっ、と地面を蹴り、毒づく。

『あんま、カッカするもんじゃないぜ。ここ最近、毎朝じゃねえか。それ以上は、体を壊す。やめとけ』

 スコアを計測していたクロスミラージュが、ティアナを窘める。

『実際、たいしたもんじゃねぇか。照準補正も無しに、よく中てるもんだと感心するぜ』

「こんな豆鉄砲、いくら中てたところで……!」

 ホルスターを掴み、地面に投げつける。

「高ランク魔導師のシールドは抜けないのよ」

 散らばった薬莢が、コロコロと転がる。

「でも私には、それを突破できるほどの出力の魔力砲は…………」

『なぁ、お嬢ちゃんよ』

 その激昂を、クロスミラージュが静かに遮った。

「なっ……何よ」

 たじろぐティアナに、クロスミラージュは続けた。

『お嬢ちゃんの強みってのは、何だと思う?』

「強み……なんて……」

 俯き、ボソボソと喋る。

『そうか。……だが、オレは知ってるぜ。お嬢ちゃんの強みを』

「え……?」

『それはな、』

 クロスミラージュが知る、ティアナの強みとは…………

 

 

――――ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!

 

 

「!?」

 鳴り響く、緊急招集。

「話はあと! 行くわよ!」

『フッ……そうだな』

 いそいそと拳銃を拾い上げ、隊舎へと走っていった。

 

 

「――――――今回の任務は、要人警護です」

 壇上で、『できるモード』のフィアットが作戦の説明をする。

 表示されたのは、湖畔に佇む、中規模のホテル。あまりメジャーな所ではない。

「現在、その施設内にて、管理局側の重要人物が極秘の会談を行っています。極秘ゆえ、護衛も最少人数のみに絞っていたため、救援要請が入りました」

 質問! と、部隊の一人が挙手する。

「要人って、誰ッスか?」

「――極秘です。要人についての情報は、分隊長以上の者にのみ伝達せよ、との部隊長のご命令です。ただ、将官クラスであることは、間違いありません」

 辺鄙な場所で、警護を減らしてまで内密に進めようとしている会談だ。おそらくは、今後の管理局の、ひいては次元世界の行く末を左右しかねない内容なのだろう。

「第27陸士部隊へと救援要請が入りましたが、作戦遂行は困難であると判断し、当部隊が引き受けました」

 今回は、自ら任務を請け負ったらしい。

「現在確認されている敵戦力は、ガジェットによる混成部隊のみ。ただ、出現の際の記録から、召喚術師が指揮を執っているものと思われます」

 ぴくりと反応したのは、キャロだった。

 ぱっ、ぱっ、とディスプレイが切り替わる。

 

「――キャロ・ル・ルシエ」

 

 やはり、名指しされたのはキャロだった。

「当部隊において、召喚術に最も長けているのはあなたです。敵の召喚を予知し、ロングアーチにまで情報をリアルタイムで送信してください」

「はい」

 軽く返事をしたキャロを、エリオが肘でつつく。

「おい、おめー……そんなことできんのかよ?」

「たぶん」

 ずりっ、とずっこけた。

「多分って、おい……」

「んー…………」

 うまく説明できるよう、しばし考えを咀嚼して、言葉を選ぶ。

「召喚って、なにもないばしょに、いきなりよべるわけじゃないの。あれこれ、うらわざもあるけど……きほんは、座標をえらんで、目印をつけて、とんねるをつくって、よびたいものをくぐらせる」

 ざっくりアバウトだが、感覚型のキャロにしては、うまく説明できている。

「めじるしは、そのまんま、術者の魔力の匂いがのこるから、そこをえらべばいい」

『あとは、わたくしが情報を転送すればいいだけです』

 ケリュケイオンが付け足し、説明を終えた。

「フォワードチームが前衛を勤め、敵召喚師を発見でき次第、後衛のシグナム中隊が前衛と合流。敵召喚師を捕獲します」

 毎度毎度、一番負担が掛かる場所に、フォワードチームを配置してくれる。

「作戦開始は15分後の08:00とします。では、解散」

 散っていき、各々装備を整える。

 

 15分後、集合した隊員たちが、整列した。

「今回は、現地に直接ポータルを開く。向こうに着いた途端、敵からの攻撃が飛んでくるものと思え」

 ヴァイスが転送装置の設定をしながら、言う。

「うっし……! おう、そんじゃ…………逝って来いや!」

 そして、転送が開始され…………

 

――――ドガガガガガガガガガガガガッ!!!!

 

 直後、攻撃が来た。

「うぉおおおおおおおおおおっ!?」

「やっぱ来たぁあああああああ!?」

 各々、回避や防御で直撃を避ける。

 

 周囲はまさに、戦場真っ只中だ。

 恐らく、護衛の者たちであろう局員たちが、息も絶え絶えにガジェットへの応戦を続けており、ホテルからは火の手が上がっている。

 

「慌てんじゃねぇ! こんなもん、シグナム教官の木刀に比べたらスポンジみてぇなモンだ!! おら、配置に着きやがれ!!」

 ガンガンガンッ!! と、手にした杖で敵の光弾を打ち払いながら、隊員たちに指示を飛ばすのは、なんとコリンだった。

「エリオやキャロが踏ん張ってんだ! 年上の俺らが、ケツ捲くって逃げてちゃ格好つかねぇぞ! ヤオは先に護衛してたヤツらを後ろに引っ込めろ! カトルとジンは俺と遊撃に出るぞ! リンは援護射撃!」

 次々に指示を出し、三人でガジェットの群れに突撃していった。

 

「……ほう、コリンの奴め」

 敵陣で母機を破壊しながら、シグナムがニヤリと笑う。

 シグナムが見込んでいただけあって、早くも才能の片鱗を覗かせていた。

「なるほど……教官というのも、悪くは無いな! ヴィータよ!」

 魔剣を振るいながら、笑みを零すのだった。

 

 

 

「だぁっ!!」

 

――ガシャアンッ!!

 

「母機を見つけるまでは、とにかく子機の数を減らすのよ!」

 ヴァリュアブルバレットを駆使し、子機を複数、纏めて射抜くティアナ。

 エリオやスバルも、堅実に敵の数を減らして行くが……

召喚術の前兆を察知するため、術者の魔力で周囲を塗りつぶしてしまう範囲攻撃……フリードのブレスや、エリオの雷撃などは、今は使用ができない状況だった。

 有効打を封じられている。

 特に、主に電撃でガジェット群に対処していたエリオなどは、調子が崩されている……

 

 

――――などということは、一切無かった。

 

 

「遮蔽物が無けりゃ、てめぇらはただの動く的だァッ!!」

 なのはとの訓練は、エリオの戦闘能力を、確実に向上させていた。

「数が一定数減れば、敵は補充をしてくるはず! サブの経路……母機を潰せば、敵が召喚術を使用する可能性も高まるわ!」

 通常なら……先ほどの護衛たちのように、ガジェットに対応できず、物量で押し切られてしまう。だが……フォワードチームは。機動六課には。その常套手段は、通用しない。

 ガジェット群が、AMFという絶対的優位を無視され、次々に撃破されていく。

 

「母機、発見!」

 子機達が覆い隠すようにしている母機を、発見した。

 入隊試験当初は、『荷が重い』とされた母機でさえ、今のスバルたちにとっては、なんとか倒せる程度の敵になっていた。

「!!」

 

――ゴンッ!!

 

 マニピュレータの変則的な攻撃を避け肉薄したスバルの初撃が、母機の体勢を大きく崩す。続く、エリオの斬撃が、マニピュレータを根元から切断する。

「……!!」

 一瞬で狙いを定めたティアナの、バリュアブルバレット。それは、吸い込まれるように、母機の急所……カメラレンズへ着弾する。

 

――……が。

 

――――ガギンッ!!

 

 弾丸が、弾かれる。

「そんなっ……!?」

 ……母機が、本来なら広く、薄く展開するAMFを、着弾の瞬間、カメラレンズ周囲に集中して展開し、致命傷を防いだのだ。

 本来なら、速やかに敵の反撃の備えるべき場面。

しかし…………

「あ、……?」

 がくん、と、唐突に膝から力が抜け落ちる。

 

 ……オーバーワークが、よりにもよってこんな時に、影響してしまった。

 

――バシュウッ!!!

 

 そして、母機の反撃。子機のものより、威力・弾速ともに数段上の光弾が、ティアナを襲う。直撃こそしなかったものの……よりにもよって、利き腕の肩を、焼いた。

「うあああああっ!!!」

 激痛に悲鳴を上げ、倒れこんでしまうティアナ。

「ティアぁっ!! ……、はぁあああああああああっ!!」

 

――――ズガッシャアアアアアアアアアアアンッ!!

 

 振動破砕拳により、母機は撃破されたが……ティアナの負傷は、深刻だ。

 

「く、ぅうううううう…………!!」

 激痛。そして……屈辱と、劣等感。

(何で…………なんで、私だけ…………ッ!!)

 なぜ、倒せない。なぜ、なぜ…………浮かんでは消える屈辱の言葉に、ティアナは、正常な思考を失っていた。

 

 うずくまるティアナに、皆が駆け寄る。

「まってて、いま、……っ!?」

「……るさいっ!!」

 治癒を掛けようとしたキャロを、ティアナは乱暴に振り払った。

「てぃ……ティア……?」

「今、すべきは…………」

 呆然とするスバルたちをキッとにらみつけ、無理やり立ち上がる。

 

「足手まといの介助じゃないでしょうがっ!!」

 

 ずきずきと疼痛を無視し、右手にクロスミラージュを構えなおす。

「おい……!!」

 その言葉に、エリオが激しそうになったその時…………

 

「! くるよ、てき」

キャロが、察知した。

「よりにもよって、こんなときに……」

 だがキャロとて、己に課せられた任務を、忘れたわけではない。

 敵の術者の痕跡を、探る。

ケリュケイオンが、広域探査の術式を詠唱する。

「? ……おかしい」

キャロが、怪訝そうに首をかしげる。

 そうこうしている間に、ガジェットの増援が現れた。

「キャロ、どこからだ!?」

「……おかしい。いるのに、いない」

 不可解なことを呟きつつ、射撃でガジェットを牽制する。

「どーいうこと!?」

「…………めじるしが、あちこちにばらまかれてる。たぶん、どこからでも召喚できるようにするため」

 だが……やはりそれは、召喚術士の定石には、反することだ。わざわざ、自らの居場所に繋がる目印を、大量にバラ撒くなど……

「でも、見えない。それが、なんなのかわからない」

ガジェットは既に、最初と同じ程度にまで数を回復してしまった。

「くそっ……とにかく、ロングアーチにデータを送れ。向こうでも、ある程度までなら解析できるはずだ」

「わかった。あと、ティアナのちりょうをする」

「いらない、っつってんでしょうが!!」

 尚も意固地な態度を取るティアナ。そして、あろうことか、大火傷を負った手で、再びクロスミラージュを構えようとする。

「バカか、お前! そんな状態で、マトモに撃てるワケねーだろ!」

「離しなさいよ!!」

 エリオが、ティアナを押さえつけるようにして止める。

 敵を前にして、この混乱。もはや、チームとしてすら、機能していない。

 ロングアーチにて、セリカは真剣に、フォワードチームの撤退を考え始めていた。

 だが……はたと、気付く。

 

――先ほどから、スバルが一言も、喋っていないのだ。

 

 いつもなら、真っ先に、ティアナの心配をしているはずの、スバルが。

「おい、おめーからも何か……」

「離しなさいよ! 私はやれる! 腕なら、まだ片方が……、」

 

 

「――――――ティアナ」

 

 

 ……静かな、染み入るような……低い声。

 それが、スバルの口から発せられたこと。そして……愛称の『ティア』ではなく、『ティアナ』と、呼んだことに……ぴたりと、騒音が止んだ。

「スバ、ル……?」

「……………………作戦が終わるまで……後ろに、下がっていて」

 振り向きもしない。

 思えば……スバルが、こんなにも冷たく突き放すような声を出すのは、付き合って、初めてだった。

「私は……私は!!」

 弁明するティアナを、振り返りもせず……

「ごめん。今のティアナには…………………背中は、預けられない」

「――!!」

 ショックを受け、固まるティアナ。

「――エリオ。警護対象が安全に撤退できるまで、時間を稼ぐよ。キャロは引き続き、解析を。……それでいいね、セリカ?」

『…………ええ、かまいませんわ。ティアナさん。一時撤退し、処置を受けなさい。本作戦への復帰は……認めるわけには、いきません』

「…………………………」

 ゆらゆらとした足取りで、ホテル側へと移動して行くティアナ。

「…………お、おい……いいのかよ……?」

 思わず、エリオも心配してしまう程だった。

「ただしいはんだん、だとおもう。あのままのこってても、もっとひどいけがをしてた」

「でもよ……」

「――おしゃべりは、ここまでにしよう。来るよ」

 それを遮り、構えるスバル。

 目の前には、膨大な数のガジェットが、今まさに仕掛けてくるところだった。

 

「――……はぁあああああああああああああああああっ!!」

 

――――ズガゴンッ!!

 

 ガジェットを叩く音が……いつもより、重苦しく聞こえた。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「あ、いたいた。あのときのお姉さん。レリックは返してもらうからね」

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 救護班の車両の中、包帯を巻いた肩を抱き、ティアナが蹲っていた。

「…………」

 膝を抱え、すっかり小さくなってしまっている。

 敵に遅れを取ったことは勿論…………

 

――今のティアナには…………………背中は、預けられない

 

「…………!!」

 スバルの言葉が、効いていた。

「何よ……何よ……!! 私だって、好きで怪我したんじゃないのに……!!」

 クロスミラージュは、ただ沈黙する。

 おそらく、今のティアナには、何を言っても逆効果だと分かっているからだろう。

「どうせ……どうせ私には、アンタたちみたいな、優れた力は無いわよ……そんなこと、私が一番分かってるのよ……!! なら、少しくらい無理しても、鍛えるしかないじゃない……!!」

 焦りを感じていた。スバルが、自分を置いて行ってしまうのではないかと。それほどまでに、スバルの成長は目覚しい。

 ごそりと、ポケットをまさぐり……

「やっぱり……使うしか……」

 赤い魔力結晶を、取り出した。

 

 ……どさりと、車外で、人が倒れる音がした。

 

「……!?」

『嬢ちゃん!』

『わかってる!』

 念話で返し、クロスミラージュを、負傷していないほうの片腕で握る。

『死んじゃあいないが、救護班の連中はやられちまったらしい』

『敵は、ガジェット?』

 また、新型のガジェットでも現れたのだろうか。もしそれが、母機や、合体子機に相当する戦力だった場合は……

『……ダメだ。ジャミングされてやがる。通信が届かねえ』

 援軍は見込めない。

 ロングアーチが、不自然な状況に気付くまで……いや、もっとも。敵が、ティアナや、救護班の信号をも偽装している可能性もある。不用意に、飛び出すことはできない。じわじわと、圧迫感が押し寄せる。

 そして、車内に篭城すること五分。

 

――バコッ!!

 

 おもむろに、車両のドアが引き千切られる。

「このっ!」

 

――ドンッ!! ドンッ!!

 

 威力に重きを置いた射撃が、襲撃者の腕を弾く。

 

――バキィンッ!

 

 だが、攻撃は……襲撃者の腕を覆う甲皮に、跳ね返される。

『気を付けろ! アイツだ!』

 アイツ。それは、列車事件の際……スバルとティアナを強襲し、なのはによって退けられた……あの、昆虫のような怪人。

「最悪!!」

 どう考えても、自身の手に負える相手ではない。だが……この状況、撤退しようにも、これ以上は下がる余地は無く……また、後衛部隊の位置に出現したということは、敵は既に、かなり深くにまで食い込んできている。

……片腕のハンデと、彼我の実力差。

「やるわよ」

『……本気か?』

「私たちの任務は、警護対象を避難させること。もう、警護対象のところには、教官たちの誰かが向かっているはずよ。その時間まで、持ちこたえればいい」

 すぅ……と、頭を切り替える。

 怪人が、ゆらりとした足運びで、接近する。

 

「見てなさい。……吠え面かかせてやるんだから!!」

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「だぁー……キッツかったー!!」

 コリンが、ぐりぐりと肩を回す。

「おう、無事かおめーら!?」

 ぐるりと見回し……欠員がいないことに安堵する。

「まぁ、子機だけの部隊で助かったな」

「だね……母機がうじゃうじゃ出てきたら、大変なことになってたよ」

「召喚で敵の増援がくることも無かったし……」

「そういえば、そうだな……読み違えたのかな?」

 

――あれ、何か変だ。

 

 班員たちがそう感じるのに、時間は掛からなかった。

「全員、点呼を取れ!」

 アナログだが、確実な方法。各々、班員たちが確認していくさなか……一つの班だけが、見当たらなかった。

「!!! フォワードたちはどこだ!?」

 コリンが叫び、ロングアーチに照会する。

『……………………』

「さっさと答えろ!」

 苛立つコリン。

 

『――――――くすくすくす…………あーあ、気づかれちゃった』

 

 …………聞こえてきたのは、甘ったるい声だった。少なくとも、ロングアーチの誰でもない。

「おい……誰だ、てめぇ!?」

『さーぁ、誰でしょうねーぇ? あははははっ!』

「…………!」

 ギリリッ、と歯を食いしばる。

「通信には耳を傾けるな!! 第5班と第6班、シグナム教官に口頭で報告しに行け! オレの第1班、第2班はフォワードチームの捜索に出るぞ! 第3班と第4班は、ここに待機! あと救護班を呼んで来い!」

 今の今まで、フォワードたちが孤立させられていたことに気がつかなかったことに恥じ入りながらも、率先して指示を飛ばすコリン。

「ゼルビス! クルマ出せ!!」

『がんばってねぇ…………あっはっはっはっは!!』

 

 底意地の悪い声と共に…………進行方向に、雲霞の如く、ガジェットが湧き出ていた。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「っ! おおおっ!!」

 スバルは、数機目となる母機の残骸から腕を引き抜く。

「はっ、はっ……!」

 だがやはり……戦闘要員を一人欠いた状態では、負担が増加している。

「……」

 エリオも、疲労の色を隠せない。

「くっそ…………! 何だよ、今日の配置! 俺たちの周りにだけ、敵が湧きすぎじゃないのか!?」

 他の部隊も、際限なく湧き出るガジェットたちには、いい加減辟易としてきていた。

「おい、変だぞ。何で、まだ教官たちは対象に接触してねぇんだ!?」

『教官は現在、警護対象を捜索中です。引き続き、敵戦力の排除に当たってください』

「何を手間取ってやがるんだ……! んで、向かってる教官ってのはどこのどいつだ!?」

 

『テスタロッサ教官ですわ』

 

 ……エリオが、ぴたりと手を止めた。

「……なるほどね。ストラーダ、モードオフ」

『御意』

 武装を解除したエリオに、スバルとキャロが、ぎょっとする。

 

「撤退だ! ハメられた!!」

 

 言うが否や、高速移動の術式を詠唱する。

「ちょっ……エリオ!?」

『モンディアルさん!? どういうつもりですの!? まだ、撤退命令は出ていませんわ!』

「……………………あっ、そういうことか」

「だいたいわかった」

 スバルはキャロを抱え、マッハキャリバーで駆け出す。

「下調べが足りなかったみてぇだな。フェイトさんは、機動六課の『教官』じゃねぇ。『臨時特別顧問』だ」

『…………』

「それとな……セリカは、俺の事は『エリオさん』って呼ぶんだよ」

 不自然な沈黙が続き…………

 

『――やっぱり、即興じゃあ、うまく合わせられなかったみたいねぇ……』

 

 甘い童女のような声へと、豹変した。

「セリカなら、ここは戦術的撤退を選ぶ場面だよ。『原因は分からないけど、現状維持のためにとりあえず戦え』なんて指示は出さない」

『あーらあら、手厳しいわぁ。ま、楽しく遊べたから、いいけどぉ……』

 通信を切ろうにも、相手側からロックが掛けられているらしく、ただ聞き続けるしかできない。

「おい、ティアナのやつ、どこ行きやがった!?」

「多分、救護班の車両に向かったと思う!」

 戦線の最後尾。おそらく、その行動はデータ通信にかなり依存しているはず。敵に、その通信を掌握されているということは……完全に、孤立しているということだ。

「うしろには、シグナム教官たちがいる」

「まずい。はぐれた私たちを探して前線に出てきてるかも……」

 なんとか、引き返させて……救護班、ティアナの救援に向かわせなくては。

「シグナム教官の部隊…………コリンか!」

 エリオは、ようやく打開策を得たようだ。ズボンのポケットから引っ張り出したのは、数本の筒状の物体。

「なにそれ?」

「どっかの世界で使われてる、煙が出る筒だ」

 発炎筒だった。

「でも、そんなの、訓練の項目には…………」

「ああ、訓練じゃあな。暇つぶしに忍び込んだ資材倉庫にあったやつをガメだんだよ」

 ついでに、遊びがてら色の符丁も決めておいた。

「ちょっ……それ、おもいっきり違反―!?」

「ハッ! 営巣が怖くて、管理局員やれるかっつーの! 連帯責任だオラァ!!」「おらー」

 妙なキャロの合いの手と共に、シュボッ! と威勢よく着火させた発炎筒は、狙い通りにモクモクと緑色の煙を吐き出した。

 

 

 

「ゼルビス、止まれっ!!」

「うぉあっ!?」

 やや遠方に緑色の煙が見えた瞬間、コリンは車両のブレーキを、ゼルビスの足ごと踏み込んだ。

 

――ズキャキャキャキャッ!!

 

 車輪がロックし、リアを浮かせながら急停車する。

「あっぶねーな!! 何だよ、行けっつったのはおめーだろ!!」

 ゼルビスの抗議には耳を貸さず、遠方に見える煙を凝視する。

「…………緑、次に赤か。よし、このまま反転! 最後列まで後退するぞ!」

「あァ……?」

 不審そうなゼルビスだったが、コリンの妙に確信めいた表情を根拠に、反転することを決めた。

「いや、引き返そうったって、おめー……」

 ……前進するだけなら、とにかくクルマでガジェットを跳ね飛ばしながら強引に進むことができた。だが、引き返すとなると……追走してきた大量のガジェットの中を、もう一度、突き進まなければならない。

「ちぃと骨が折れるが、やるっきゃねーだろ! 援護すっから突っ込め!」

「お、おい!?」

 窓から身を乗り出すコリン。大量の照準が、コリンを捉えた。

 コリンへ集中している隙を突き、班員達が車両の後部から攻撃を加えるのだが……やはり、子機といえどAMFを使用するガジェットは厄介な敵だ。班員の中には、バリュアブルバレットを使用できる者はおらず、有効打にはならない。

「ええい、舌噛むんじゃねーぞ!」

 ゼルビスは、大型の車両を器用に操りながら、ガジェットからの攻撃を回避しつつ、うまく敵を分散させ、その隙間を縫うように後列へ向かう。

「どっせーい!!」

 

――ゴシャアッ!!

 

 子機を重量任せに轢き潰し、跳ね飛ばす。

 だが、いくら頑丈に装甲を施されているとはいえ、元は民間車両。そんな乱暴な扱いをしていれば、前面装甲にも限界が来る。既に装甲は大分ひしゃげ、エンジンルームが露出していた。

「なぁゼルビス、映画だとこういう場合ってよぉ!」

「俺のアトラスを特攻して爆発させるとか言いやがったら、この場で振り落とすぞ!!」

「くっそ! 第5班と第6班の連中はどこで道草食ってやがるんだ!?」

 下手をすれば、シグナムへ伝達する前に、ガジェットに囲まれて行き倒れたか。

「デジタルっつっても、いいことばかりじゃないねー……」

「おう、こういうときのための通信手段、考えとこうな。……無事に帰れたら」

「しくしく…………もう悪いことしないから、元の部隊に帰りたいよぅ……」

 そして、悪いことは重なるものだった。

 子機の更なる増援。あっという間に、周囲をガジェットに取り囲まれてしまった。

 

――ガゴンッ!!

 

 全方位からの攻撃に、ゼルビスはよく対応した。燃料タンクやエンジンへの着弾を、ハンドル捌きで回避し…………その結果、車軸や車輪の足回りを、粉砕されることになろうとも。

「…………あとは、シグナム教官に情報が届いているのを祈るっきゃねぇな」

 車両を背に、デバイスを構える班員たち。

 

――――ギチッ……ガキンッ、ガキンッ!!

 

 ……包囲網の中、数体のガジェットが合体した。

 ズシン……と、圧倒的な重量が、地響きのような足音を鳴らし、接近する。

「う……」

 怖気づく班員。コリンも表面上は平静を装っているものの、心臓は早鐘を鳴らしていた。

『はーい、ゲームオーバー! ざーんねーんでーしたー! 潰れてぺっちゃんこになっちゃえ、ばーかばーか!』

 通信が、ひどく耳障りだ。

「ふー……………………相手が、機械じゃなければなぁ……」

 そんな、意味深な言葉を呟き……コリンは、覚悟を決めた。

 息を整える。もうこうなれば、あとは、力の限り、時間稼ぎをするしかない。

「……全員、突っ込めぇ!!」

 ヤケクソ気味に、駆け出した、次の瞬間。

 

 

――――――バッゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!

 

 

 ………………突如として飛来した巨大な鉄球が、合体ガジェットを、一撃の下に粉砕した。

 

「――――無事か、お前ら?」

 

 そして、呆然と立ち尽くす班員たちの前に降り立ったのは……スバルらと同年代に見える、赤毛の少女だった。

 その身に纏うバリアジャケットも、頭髪と同色の赤。そして何より目に付くのは……

 

――少女の身の丈ほどもあろうかという、巨大な鉄槌。

 

 その特徴的な装いは、新人といえど、聞き覚えがあった。

「きょ……教導隊の、ヴィータ空尉!?」

 班員たちは皆、さっきまでの弱気も忘れて、ヴィータを凝視する。

 

「よく踏ん張ったな。はやてからの要請があって、急いで飛んできたんだ」

「あ、あいつら……無事なんスよね!?」

「ああ。全員無事だ。今、シグナムと合流して、後方へ向かってる」

 コリンが出した指示通り、シグナムへ伝達することができたようだ。

「と、いうわけだが…………おい、三下」

『…………何ですかぁ?』

 ヴィータは、にやりと、好戦的な笑みを浮かべ………………

 

「――これ以上、アタシの前で好き勝手できると思うなよ!」

 

――――ガキュンッ!!

 

 グラーフアイゼンが、呼応するかのように、火を吐いた。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

――シャキンッ!!

 

『…………』

 怪人の腕のブレードが、ティアナの胴体を切り裂き…………同時、その姿が掻き消えた。

「はー……!! はー……!!」

『…………』

 幻術が、怪人を取り囲む。その全てが、銃口を怪人へと向けていた。

「……! シュー、トッ……!!」

 

――ドンッ! ドドドドドンッ!!

 

 誘導弾も交えた射撃。だが、怪人はロクな構えを取ることなく、鬱陶しそうにブレードや拳で魔力弾を打ち払う。そして、作業のように、ティアナの幻術を切り裂く。

「はー……あ、はー…………!!」

 一見、膠着状態にも見えるが……ティアナは既に、疲労困憊だった。

 元からの疲労に加え、圧倒的に格上である怪人のプレッシャー。そして、それを相手にするための、クロスミラージュの全開駆動による幻術の行使……既に、体力も魔力も、ギリギリだった。

 だが……どうやら、幸いなことに、敵怪人には、ティアナの幻術を見破ることはできていないようだ。このまま持久戦に持ち込めば、勝てはしなくとも、持ちこたえられる………………と、思っていた矢先。

 

『ガリュー、目を閉じなさい』

 

「!?」

 復旧し次第連絡が取れるようオンのままにしていた広帯域の通信網が、何者かの念話をキャッチした。やや硬質で鋭い、少女の声。

(まっず……!?)

 ……その指示を傍受できたことは、ティアナにとって、限りない幸運だった。

 ガリューと呼ばれた怪人が指示の通りにまぶたを閉じ、他の感覚器でティアナの姿を捉え攻撃してきたのと同時、ティアナは全ての幻術の維持を放棄し、見栄えもクソも無く全力でヘッドスライディングをしてそれを回避した。

「う、く……!!」

 だが、寝ている暇は無い。ガリューはすぐさま、ティアナへ追撃を仕掛けた。

 

――ガキィンッ!!

 

 ティアナの頭のあった場所へ、ガリューの拳が突き刺さった。

「このォっ!!」

 

――パンッ!!

 

 実銃による射撃。虚を突いた……のではなく、単純に、底を突きかけている魔力を温存する選択の結果だ。だが、それは予想外の効果をもたらした。

 

――――パキッ……!

 

 ……欠けたのだ。僅かだが、甲皮の一片が。ガリュー自身さえも気付かないレベルで、だが、確かに。

 なのはの刀でも、あの甲皮を切り裂いていた。ではあれは、なのはの技術、ただそれだけではなかったということか。

(硬度そのものは……9mm弾でどうにかなるレベル……? じゃあ、あの防御力の正体は、特性は…………魔力分解!?)

 要は、AMFとほぼ同等の効果を持つ甲皮なのだ。

 ならば…………と、実銃を構え……、

「、……!」

 しかし、それをホルスターに戻す。確かに、それは弱点になりえる情報だ。だが、今、それを敵に悟られたら……今後、対策されてしまうかもしれない。今は只、がむしゃらに魔力攻撃を続け、愚鈍を演じるのが……

 

――――ザシュッ!!

 

「くぁッ……!?」

 とうとう、ブレードがティアナを捉えた。幸いにも……というべきか。元より負傷していた方の腕だったおかげで、動きに制限は加わらない。だが……

「やば……!!」

 ぐっと身を固めるより、僅かに早く。

 

――ドズゥッ!!

 

 ガリューの蹴りが、脇腹を直撃した。

「あ、!」

 凄まじい威力に、ティアナは壁まで飛ばされた。背を強かに壁に打ちつけ……更に、肋骨にもダメージがいったのだろう。呼吸が、うまく行えない。

「……か、はっ……!!」

『お嬢ちゃん!』

 クロスミラージュの声も、うまく聞き取れない。

『ま、ガリュー相手に、よく粘った方じゃないかな? うん……それじゃ、レリックごと、お姉さんを回収しよっか?』

ただ、霞がかったような頭で、敵の言葉を、聞いていた。

『でも、なんでドクターは、『こんなの』を回収しろ、だなんて指示出したのかな』

 ぴくりと、ティアナが、反応した。眠りかけていた意識が、徐々に、明晰になっていく。そして。

 

『あの4人の中じゃ…………一番弱くて、取り柄の無い人材にしか思えないんだけどなぁ』

 

――――今のティアナには…………………背中は、預けられない

 

 スバルの声が、オーバーラップし…………

「――……ふ、ざ、けんなぁアああああああああああああああああッッ!!!」

 砲声を上げ、立ち上がった。

「誰が、弱いですってぇ……!? 背中を預けられないですってぇ……!?」

 ポケットに、手を突っ込み……赤い魔力結晶を、取り出す!

『! それ!?』

 敵の驚いた声にも、耳を貸さず……

 

「どいつもこいつも……私を、ナメ腐りやがってぇええええええ!!」

 

――バシュウウウウウウウウウウウウッ…………!!!

 

 その封印を、自力で解除する!

 

 ほんの一片……しかしそれでも、莫大な量の魔力が、あふれ出す。

「証明してやる……!!」

『Absorb!』

 クロスミラージュの、初めから空だった弾倉に、その魔力を、押し込めて行く。

「私の……ランスターの、弾丸は!!」

 あふれ出る魔力に、空気が焼き焦がされる。

『ガリュー! そいつを止めて! レリックが!! レリックがぁ!!』

 敵が、初めて恐慌した。

 ガリューが羽を振動させ、突撃を仕掛けるも……もう、遅い。

『Overload Shooting !』

「どんな敵だって!!」

 暴発寸前の、高圧魔力弾が形成される。そして。

 

 

「……撃ち抜けるんだァあああああああああああああ!!」『Fire!!』

 

 

――トリガーを、引く!!

 

 

――――ガォオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!!!!

 

 

『!!!』

 あまりにも凄まじい弾丸に目を剥くガリュー。

 既に突撃の姿勢に入っていたガリューは、回避叶わず……

 

――――バギィイイイイイイインッ!!

 

 片方の羽を、根元から粉砕させられた。

『――!!』

 

――グシャッ!!

 

 姿勢制御に異常をきたしたガリューは、突進の勢いそのままに、自ら柱へと衝突していった。

「――……」

『System freeze … … … … … … 』

 ……そして、キャパシティを遥かに超える魔法を行使したティアナは、クロスミラージュ共々、今度こそ、倒れ付した。

『ああああああああ!! レリックが!! わたしの、母さんのレリックがぁああ!!』

 敵は、随分とレリックに固執しているようだった。

『……もう、つかえない!! もしかしたら、それが11番だったかもしれないのに!!』

 ガリューが、ふらふらとした足取りで立ち上がる。

『もう、おまえなんかいらない……!! ドクターがなにをいっても、しるもんか!! ガリュー!! やっちゃえ!!』

 

――ジャキンッ!!

 

 ガリューが、腕のブレードを構える。

勝負は決した。

 ガリューは、片羽を捥がれただけ。そう………………

 

 

「――――――――――――――飛竜一閃」

 

――――勝負は、決しているのだ。

 

『――!!』

 突如として飛来した熱波の砲撃に、それこそ羽虫のように吹き飛ばされるガリュー。

「ふん……今のが、避けられない攻撃か?」

 ジャリッ……と、焦げた地面を踏みしめ、シグナムが現れた。

 

「無事か、ティアナ!?」

「って、うお!? 救護班も全員やられてるじゃねーか!?」

 後続の班員たちに救助される。

 

 これで……多対一だ。

『Sランクがでてきた……!』

 シグナムには届いていないものの、相当、想定外だったらしい。

 果敢に構えを取るガリュー。だがシグナムは、魔剣をだらりと提げたまま、睥睨する。

「機動力が半減した状態で……俺の相手ができると。

 

――本気で思っているわけではあるまいな……?」

 

 ゴウッ……と、圧力さえも伴った視線が、ガリューを叩く。

『くっ…………戻りなさい、ガリュー!』

 

――ブゥウウウウンッ……!!

 

 敵の判断は、迅速だった。ガリューは、敵の召喚師によって離脱させられ……ガジェットの追撃の気配も無い。

 

――一応、『勝利』と言えるだけの体裁は、整っていた。

 

 

 

 少しして、通信も復旧した。

 どうやら、向こうも相当、手古摺っていたらしく……復旧するや否や、互いの情報が錯綜し、パニック状態となっていた程だった。

 まず第一は、負傷者の収容。

 ひとますはそう結論し、復旧したばかりのポータルへ、ティアナを筆頭に続々と担ぎ込まれていった。

「ティアッ…………」

 それを見送る、現場処理班として残された、そこそこ無事な隊員たち。その中に、スバルの姿もあった。

 思わず追おうとしたスバルを、エリオが止める。

「おめーは事後処理が残ってんだろーが。ティアナも、別に死んだわけじゃねーよ」

「う…………ごめん。でも、心配で」

「しんぱいは、じぶんのしごとがおわってから」

「仰るとおりです……」

 キャロにまで窘められてしまった。

 

 だが、その二人の心中も、決して穏やかなわけではなかった。

 エリオは、ティアナの危機には、結局間に合うことはできなかった。

 キャロは、敵の召喚師の痕跡すら見つけることはできなかった。

「ね、エリオくん」

「何だ、キャロ」

「どうして、もっとうまくできなかったのかな」

「……」

 エリオの手が、ぴたりと止まる。

「どううごけば、よかったのかな」

「……わっかんねーよ、そんなの」

 今回の作戦。エリオたちは、限られた条件の中、奇跡的なまでに健闘した。

 コリンとの連携を筆頭に、僥倖にも等しい要素が重なり、どうにか、誰一人として犠牲者を出すことなく、任務を終えられた。

 だが……それでも。

「もっと、つよくなりたい」

「ああ、そうだな」

「もっともっと、つよくなりたい」

「ああ、俺もだ」

「がんばる。わたし、がんばるからね」

「ああ、頑張れ」

 年少組は、決意を新たにした。

 

 そして、事後処理がだいぶ済んだ頃……

『皆さん、お疲れ様です』

 セリカからの通信が入った。

「あ、ニセモノだ」

「パチモンか」

「ばったもん」

『ニセモノでもパチモノでもバッタモノでもありませんわー!』

 ああ、本物だ……と、変なやり方で納得する三人。

『敵によるハッキングの痕跡を洗い出しているのですが、証拠に繋がるほどの痕跡は、見つかりませんでしたわ』

 やはりそこは、敵も徹底しているのだが……

『ただ、ソースコードに、署名を残していましたの』

 よほど、特定されない自信があるのか……それとも、ただのバカなのか、もしくはその両方か。

『人名か、何かのコードネームか不明ですが……

 

――――『QUATTRO』、と』

 

 詳しくは不明だが……一連のガジェット事件における、実行犯の一味であることは間違いない。

 

微かだが、ようやく掴んだ、手がかりだった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 いつかの記憶。

 

『じゃあ行ってくるよ、ティア』

 

 愛称で呼ぶ、優しい声。仕事に行くときは、いつもこうして、頭を撫でてくれていた。

『今度の仕事は、少し長くなるかもしれない』

『どれくらい?』

 幼い声が、舌足らずに聞く。

『明日には、かえってこれる?』

『あ、明日かい……?』

『じゃあ、あさって?』

『う、うーん……』

 こうして彼を困らせるのも、いつものことだった。

『…………また、魔法、おしえてくれるっていったのに』

 声が、泣きそうに湿る。それに、彼はあたふたと慌てた。

 そして、すっと小指を差し出した。

『それじゃ……約束だ、ティア』

『やくそく……?』

『ああ。この仕事が終わったら、目いっぱい休暇を取るから。そうしたら、また魔法を教えてあげるよ』

 ……正直言えば、魔法など、ただの口実だった。彼と関わりが持てるなら、一緒にいられるなら、何でも良かった。

幸い、自分には、それなりの資質があった。『それなり』というのは、彼が、飛びぬけて優秀だったからで、単に比較しての話だったのだが。

 兄は、危険でない程度の、害の少ない魔法を教えてくれた。姿を隠したり、別のものに見せたりする、地味で、ぱっとしない魔法を。

 彼を喜ばせるために、一生懸命、一人でも練習をした。自分だけの工夫を凝らして、上達させて……

 

――いつか、彼に、『すごいな』、と言わせたかった。

 

 小さな指が、絡まる。

『ぜったいだよ。ぜったい、やくそくだからね?』

『もちろん。僕が、ティアとの約束を破ったことなんて……………あー……』

 ……明言が出来ないところが、また彼らしかった。

『それじゃ、行ってきます』

 手を振って、玄関を出る彼。

『お兄ちゃん、…………』

『……ティア?』

『……ううん、行ってらっしゃい』

 このときの選択を、この先、ずっと後悔することになる。

 行かせるべきではなかった。

 二度と会えなくなると、分かっていたのならば。

 

 そして、ドアを開けて、彼が出て行く。出て行ってしまう。

 手を伸ばしても……もう、届かない。

『お兄ちゃん……………………お兄ちゃんっ!!』

 

 

 

 

 

 

「…………行かないで、お兄ちゃん」

 自身の声で、目が覚めた。

 重い瞼を開けると、六課の医務室の天井が見えた。

 首を回すと、ベッドは満席。床にまで怪我人が転がされていた。

「ああ、起きたかい?」

 デスクで書類を書いていた男性……オペル医務官が、振り返る。

「……はい」

 まさか、聞かれてはいないだろうと思うが……

「もうしばらく、安静にしているといい」

「……はい」

 だいぶ、手ひどくやられたらしい。

 包帯でグルグル巻きにされた腕が、それを物語っていた。

「熱傷の治癒にはまだ掛かるが、裂傷の方は処置済みだ。幸い、腱には達していなかったからね」

「そうですか……」

 ポケットを探す……が、相棒の手触りは、無かった。

「デバイスなら、マリエル技官のところだよ」

「……!」

 ぎくりとする。もしや、魔力結晶を使用したことがバレてしまったのではないか、と。

「貴重なデータだからね。フリーズから復旧させてる」

 だが、杞憂のようだ。

「それよりも……不可解なのは、キミの方だ」

 ぱらりと、カルテをめくる。

 

「魔力量が、不自然に上昇している」

 

 考えられる原因は、一つしかない。

 あの、レリックだ。使いきりの物品かと思っていたら、どうやら、違ったらしい。

「……………………………………なぜでしょうか」

 あえてすっとぼける。

「魔力量というものは、大なり小なり、変動するものだけど……ここまで極端な上昇は珍しい」

「あの……」

「ん?」

「このことは、高町教官には、内密にお願いします。訓練に、支障が出てしまいますので……」

 オペルは、やや悩むような素振りを見せ……渋々といった様子で、頷いた。

「…………うん、いいだろう。ただし、少しでも異常を感じたら、すぐに来なさい」

「はい。ありがとうございます」

 ほっと一息つき……痛む腕を持ち上げ、三角巾で吊る。

そして、神妙なツラを作り、医務室を出て…………ひっそりと、無人の訓練場へと、足を向けた。

 あんな激務の直後だ。ロングアーチも、わざわざ訓練場へカメラを繋いではいないだろうし、人目も皆無だ。データという形で記録されてしまうクロスミラージュも、今は無い。

 ティアナは、知らず、ごくりとのどを鳴らした。

(リンカーコアを起動)

 慣れ親しんだ、呼吸のように行える動作。しかし……

 

――ドクンッ!!

 

「うっ……!?」

 脈動の大きさが、段違いだった。

 これで、最大出力を試したらどうなるか、試してみたくはあったが……それで自滅すれば、世話が無い。なので、最小の、ごく初歩の魔法で、試験する。

「……シュート」

 

――――――キュドンッ!!

 

 予想を遥かに上回る反動に、仰け反るように尻餅を突いた。

「うひゃっ!?」

 

――――ゴゥンッ……!!

 

 発射された、ごく初歩であるはずの魔力弾は……それこそ、数倍の威力となってコントロールさえ拒み、地面へと着弾した。

「……………………うそ」

 魔力量という、最大のコンプレックスが、たった一晩の間に解消されてしまったことを、ようやく実感した。

 はっと我に返ると同時、今の音を聞きつけた誰かに発見されないよう、全力で宿舎へと駆け戻った。

 

「あ」

「あ」

 そして……スバルら、フォワードチームの面々と、廊下でばったりと再会した。

「もう出歩いていいのか?」

「一応。痛いけどね」

 言葉もそこそこに、その横を通り過ぎようとする。

「ティア、」

「次の週明け」

 スバルが、口を開くが……ティアナは、聞く耳は無いようだ。

「高町教官のテストだから。それまでは、コンビでいましょう」

『それまでは』……では、それからは。スバルは、何も言えなくなったように、黙ってしまう。

(…………もう、あんたなんかに、背中を守ってもらわなくたっていいわよ)

 今までは、半人前だったから、二人一組だった。だが、今のティアナはそれこそ、桁違いの魔力量を保有している。今までできなかったことが、容易に行えるようになるだろう。もう、細かな魔力消費を気にすることも無いだろう。戦術の幅も、大幅に広がるだろう。

 

――……そしてそれが全て、一人で行えるようになるだろう。

 

(私は、一人でやっていく)

 

 ……それが、ティアナの出した結論だった。

 

 その日からは、任務明けの訓練休暇となり、隊員たちは、疲労を存分すぎるほどに癒していた。ロビーでゲームに興じるもの、図書室で漫画を読みふけるもの、ひたすら自室で惰眠を貪るもの、そして。

 

――パリンッ!!

 

 一人で、修練を積むもの。

「……次!」

 出現する、大量の標的。それらを照準し、多数の魔力弾を掃射する。

 

――カ、カカンッ!!

 

 ……標的は一つとして割れない。そもそも、一発一発の威力が、非常に低い。実用に耐える威力の魔力弾の生成数の上限を上回っているのだ。

 だがそれは、ティアナがあえてそうしている結果だった。

 あまり、不自然に高威力の魔法を使っていては、訝しむ者も出てくるだろう。教官にでも見つかれば、一発で、レリックを不正に使用したことが露呈する。今はこうして、使用時のシミュレートをし、来る試験に備えているのだ。

 

――パン、パパパンッ!

 

「!?」

 ティアナが撃つ筈だった標的を、横合いから何者かが打ち砕いた。

「! 誰っ!?」

 集中を乱され、怒りの形相で振り向く。

「よう、ティアナ」

 ひょい、と軽く手を挙げる彼は……

「……ヴァイス?」

 公安からのスパイ、ヴァイス陸曹だった。

「なっちゃいねぇな」

 開口一番、ティアナへのダメだしである。

 反論して噛み付こうとしたティアナだったが、今の訓練の意図を悟られるわけにはいかず、ぐっと口ごもる。

「……お前さん、ここのところ、ずーっと一人で訓練してるな」

「そうよ。悪い?」

 きっと睨み付けるが、ヴァイスは余裕の態度で肩をすくめる。

「いや、個別練習も悪くはねぇよ。だが、オーバーワークだ」

「…………」

 それは、図星だった。ろくな休憩も取らずに、朝から晩まで、シミュレーションを繰り返しているのだ。魔力量が増えたとはいえ、体力までもが増加するわけではない。

「こちとら、人の倍の訓練で、ようやく人並みなのよ。……凡人なもんで」

「凡人、ねぇ……」

 思わせぶりな言葉。そして……

 

「そいつは、ティーダと比較しての話か?」

 

 兄の名を、あっさりと、口にした。

「!?」

「やっぱりか……そりゃあ、確かにティーダのやつは優秀な執務官だったがな……」

 目を剥くティアナに、ヴァイスは、ため息をついた。

「兄さんを、知っているの?」

 ああ、と、こともなげに頷く。

「……だったら、分かるでしょ。私は、一日でも早く執務官になって……兄さんの汚名を、濯がなきゃいけないのよ」

 あの、心無い将官が言い放った、『役立たず』という汚名。それを払拭することが、ティアナの悲願だ。

「執務官になろうってやつが、いつまでも、半人前でコンビごっこなんてやってるわけには行かないのよ!!」

 そして再び、標的を出現させる。もう邪魔をするなと、背中でそう言っていた。

「……」

 ヴァイスは、何か言いたげにしていたものの……結局、何も言わずに戻っていった。

 

 

 起きては訓練、食事は外、シャワーを浴びたらすぐに寝る。スバルたちとの会話は、ほぼ無かった。週明け前日に、クロスミラージュを受領。

 

――そして、翌日。試験の日がやってきた。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 ぱちっ、と、定刻どおりに目を覚ます。

 起き上がり、いつものように、チョーカー型の器具……人工声帯と、眼帯を装着。

『おはよう、レイジングハート』

『おはようございます、マスター。いよいよ、今日ですね』

『うん』

 レイジングハートを首から提げ、壁に掛けた刀を……訓練では使っていなかった、とっておきの一振りを腰に差す。

『…………今日はやめとこ』

 習慣であった、朝の一服も、今日は控える。

 ディスプレイを開き、試験の要項を今一度確認し、部屋を出た。

 かつ、かつと、床を蹴るブーツの音も、高鳴っている。

『マスター、楽しそうですね』

 いつかと同じような問いかけ。しかし今回は、返答が違っていた。

『うん。あれから、どれだけ成長したのか、しっかり見定めてあげないと』

『はい』

 教官として……教え子の成長に、期待に胸を膨らませていた。

 

 訓練場は、今日ばかりは試験場となる。いつもと同じように足を踏み入れ……待ち構えていた二人の姿を、見定める。

『おはようございます』

「 「 おはようございます! 」 」

 スバルと、ティアナ。二人は、挑むような目で、なのはの目を真っ直ぐに捉える。

『試験内容は、頭に入っていますね?』

 今回の試験の内容は、これまでの訓練の総合判断だ。

 フィールドの中、なのはが、『大量のガジェットを操る違法魔術師』という設定で、ティアナたちを攻める。二人は、ガジェットを突破し、時間内に有効打を一撃でもなのはに加えることができれば合格という、シンプルなものだ。

『質問は…………無いようですね。では、配置につきなさい』

 すたすたと歩き去っていくなのは。

 残された二人は…………

「……スバル」

「……なに?」

 実に久しぶりとなる会話を交わしていた。

「いつも通りよ。アンタは、いつも通りに、動きなさい」

「? ……うん、そのつもりだけど」

 変な欲を出して、無茶をすると怪我をする…………それも、この機動六課で学んだ教訓だった。それは、口に出さずとも分かっているはずなのに、それをわざわざ言い含めるティアナに、違和感を覚えたが……気のせいと思い、配置へ着いた。

 

 

 

 そして、試験が始まった。

 なのはは、いつもの鉄面皮の外面で、手元のコンソールを操作する。訓練と違うところは、ガジェットは自己のAIではなく、なのはの指揮で行動する、という点だ。

『まぁ、私に部隊指揮の才能はありませんが…………』

 判断できて、精々が数人規模が手一杯。こんなにも大量のガジェットを操作できるのは、一重に、マリエルの作成した、操作ツールの恩恵だ。とはいえ。

『才能の無い、私程度の指揮で動くガジェット群程度は、突破してもらわなくては』

 そこらへんの野良犯罪者がガジェットを操作して、騒動を起こしたのと同じ程度の難易度には、設定できるはず。

 そして、配置していたガジェットの第一群が、二人と接触したことを告げていた。

 

 

――ガゴッ!

 

 ガジェットを易々と撃破するスバル。よほど大量に湧いていない限り、子機では最早、スバルの相手にはならない。マッハキャリバーの速度を緩めることなく、直進する。

 

――ガンッ!

 

 ティアナが撃った魔力弾が、同じくガジェットを貫く。威力は、平常どおり。

 努めてそのように抑えているのだが……やはり、燃費を意識して、少ない魔力をカツカツでやりくりするのと、かなりのマージンを維持しておけるのとでは、気の持ちようも変わってくる。

「次、右だね」

「そうね」

 変に落ち着いた意識のまま、淡々と試験の工程を進めて行く。

 

 

『……?』

 なのはが、ふとした違和感に首をかしげる。

 善い意味で、いつもどおりの二人……だと思ったのだが、どこか、違和感……そう、違和感を感じた。

『気のせいでしょうか……』

 気になったなのはは、ガジェット群のフォーメーションを変更し、けしかける。

 

 

――ゴバッ!!

 

「!?」

 横合いの壁を破壊し、ガジェットが雪崩れ込んできた。

 こういった場合、防御力に優れたスバルが前に立ち、ティアナが誘導弾で狙い撃つ……というのが、いつもの動作なのだが…………

「……」

 

――ドンドンドンッ!!

 

 ティアナは、スバルが前に立つよりも早く、バリュアブルバレットを発射。

 

――バゴンッ!!

 

 ガジェットは、問題なく撃破されたのだが……

「……ティア?」

「何よ?」

 らしくない。言ってしまえば、それだけだ。あんな強引な正面突破は、するような場面ではなかったはずだ。スバルが怪訝な顔をするのも、無理はない。

「…………」

「行くわよ」

 違和感を残しながらも、試験は続行される。

 

『……やはり、おかしい』

 その後も、試してみたのだが……やはり、そうだった。

 これまで、スバルが受け持っていたポジションを、ティアナが先行して奪ってしまっている。その結果ティアナは、フロントアタッカーのようなポジションで、魔力を浪費していた。

『試験を中止しますか?』

 レイジングハートの言葉に、しかしなのはは首を横に振った。

『いや……。もしかしたら、何か考えがあってのことかも……それに、まだ、止めるような状況にはなっていない』

 なのはは、試験を続行することにしたようだ。

『………………』

 一抹の不安を残しながら。

 

 

 スバルは、ティアナの様子に戸惑いながらも、しっかり動きを合わせて、ガジェットを撃破していく。そして……

「見えたッ!」

 ガジェット群の向こうに、ビルの屋上に、なのはの姿を見つけた。

 ウイングロードの展開も考えたが、一撃で撃墜される未来しか予想ができなかったため、地道に屋内の階段を駆け上っていく。そこで現れたガジェットたち。だが、またしてもティアナが先制攻撃で撃破した。

「ティア、ちょっと……! 大丈夫なの!?」

 コレには、さすがにスバルも苦言を呈した。

 これまでに使用した魔法の、総魔力量から計算すると、ティアナの残り魔力は、既に半分を割っている。これから、なのはに挑むというのに、それでは心許ない。

「問題ないわ。いいわねスバル。『いつも通り』よ」

「………………う、ん」

 再度、繰り返される確認。だが、ここまできて、今更試験を中止するわけにも行かず……結局、頷く。

 

――バガンッ!!

 

 屋上へ続くドアと、その真正面で待ち伏せていたガジェットをスバルが殴り飛ばし、屋上に足を踏み入れる。

『ああ、思ったよりも早かったですね』

 なのはは、二人を出迎えた。

『……では、始めましょう』

 なのはは、刀を右手一本で抜刀し……

 

――ダンッ!!

 

 ひと跳びで、スバルの間合いへと進入した。

「……!」

 バリアでは切り裂かれる。となると、硬く弾くシールドだ。

 

――ガィインッ!!

 

 展開と同時、後方へ跳ぶ。そして、マッハキャリバーの車輪がグリップし、従来ではあり得ない軌道で、なのはの追撃を回避する。

『……』

 本来なら、ここで、ティアナの射撃が入る筈だ。この場面ならば、直射と誘導弾の混成だろう。なのはは、グローブをした左手に、シールドの展開準備をする。

 

――ドンッ!!

 

 予想は、的中した。直射を回避し、誘導弾をシールドに当て、弾く。

「はぁあああああっ!!」

 気合一閃。スバルのパンチが、なのはのシールドを破る。そして、その衝撃に一瞬、姿勢を崩すなのは。

『……なかなか』

 ぼそりと言い、襲い来るティアナの魔力弾を斬り捨てる。

 

――やはり、杞憂だったのだ。

 

 スバルも、ティアナも、入隊当初のような無謀な突撃はしない。状況に応じて的確に、冷静に戦えている。その中には、自分が教えてきたことが確実に反映されており、笑みがこぼれそうになる。

 続く連撃。ティアナの魔力弾からの撹乱、スバルの近接……いや、違う。ティアナの攻撃が、いつもよりも長い。スバルはというと……

「マッハキャリバー!」

 ミッド式魔方陣。そして、魔力の収束リングが、展開している!

『!!』

「うぉりゃああああああ!!」

 

――ドゴォオオンッ!!

 

 まさかの、砲撃!

 これには、なのはも目を剥いた。空いている左手で、バリアを展開し防ぐ。

『むっ……!!』

 中々の威力だ。単純な威力だけで言えば、AAランクの砲撃相当か。

 一瞬の拮抗。なのはが、対処を判断するよりも早く……

「――ブレイクッ!!」

 

――バシュウウンッ!!

 

 収束リングが消失し、砲撃として束ねられていた魔力が、蒸気のように撒き散らされる。

『やや無駄遣いではありますが……いい判断です』

 視界が晴れたとき、なのはの周囲には、銃口をこちらへ向けるティアナの幻像が複数体おり、スバルの姿は見えなかった。

『これは、ティアナの幻術ですか……』

 本当に、毎度毎度、驚かされる。引き合いに出すのが、いつも教導隊の面々というのが癪だが……ここまで、完璧に姿を隠蔽してのける技術など、とても新人のレベルではない。

 そして、幻像からの射撃を掻い潜りながら、一体ずつ処理して行く。

 

――ドンッ!!

 

『これで最後』

 最後の一発を刀の側面で弾く。

 

――ギャリィイイイインッ!!

 

『!?』

 が、異変。突然、刀を持つほうの手が、何かに引っ張られる。

 見るとそれは、魔力で編んだ鎖。

『射撃に見せかけた、チェーンバインドですか!』

『はぁっ!!』

「ぐっ……!」

 力任せにバインドを引き千切り……ティアナの本体に、射撃をお見舞いする。幻術の展開中は、動きが極端に鈍くなる……そして、ティアナと、なのはを直接接触させているチェーンバインドを通じて、居場所を特定したのだ。

 短時間で破れる。だが、その僅かな時間を作ることが、目的だった。

 

「――――うぉおおおおおおっ!!」

 

 スバルは、真上!!

 ウイングロードで一気に駆け上がり……直後、重力をも見味方に、急降下!!

『……! 面白いっ!』

 なのはは………………『両手』で、刀を握った! 本気の、一撃!

「 『 はぁあああああああああああああっ!!! 』 」

 マッハキャリバーと、なのはの刀が、激突する――――

 

 

――――――――その、直前のことだった。

 

 

「―――――――――――――――――――――……バースト・ショット」

 

 

 不吉な発生トリガーと共に……凶悪なまでに高威力の散弾砲が、二人を飲み込んだのは。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 多少、訝しまれはしただろう。だが、試験が中断されていないところを見ると、どうにか誤魔化せているようだ。

 多少、いつもより魔力弾を消費しているような気もするが……だが、些細なことだ。

 

――何せ、自分はもう、魔力量を気にする必要がないのだから。

 

 傍らのスバルが、心配そうに自分を見ていることが、ひどく滑稽に思えた。もう、スバルに劣等感など微塵も感じない。それどころか、教官が相手であろうとも、互角に立ち回れるに決まっている。魔力量だ。全ては、魔力量で決まるのだから。

 

 そして、教官との戦闘が始まった。

 今更、必要とも思えない、日々の訓練の成果とやらを出して、スバルを適度に援護してやりつつ、機会を伺う。教官は、相変わらずの無表情だ。無表情のまま、自分たちを、値踏みするような目で眺めている。だが、構わない。そうやって、こちらを侮っているがいい。足元を掬ってやったときが、見ものだ。

 

 そして、きた。

 

 適当に転がされた自分の前で、スバルと、教官が、真正面から激突しようとしている。おそらく、自分の援護射撃も、想定の範囲内だろう。…………それが、従来の威力の、射撃ならば。

 

絶好の機会だ。

 

「封印、解放……!!」

『Break release』

 圧倒的な魔力が、リンカーコアに滾る。そうだ。これだ。この力さえあれば……もう、コンビなど組む必要はない。自分ひとりの力で、十分にやっていける。

 

――だからこれを、弱かった自分との、頼らざるを得なかった自分との、決別の一撃にしよう。

 

 トリガーボイスは、躊躇い無く発声できた。

 

「―――――――――――――――――――――……バースト・ショット」

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「えっ!?」

「はぁ!?」

「な、何が……!?」

 試験を見守っていた、エリオ、キャロ、セリカが、突然の事態に、唖然とする。

 

 ついさっきまでは、抜群に良い試合だった。加減しているとはいえ、なのはの意表を突き、有効打を与える直前の状況を、引きずり出してみせた。

 だが……その最中。ティアナの魔力が、爆発的に膨れ上がって……明らかに危険と分かる攻撃魔法を、あろうことか、スバルをも巻き込む軌道で、撃ち込んだのだ。

「おいっ……やべぇだろ、これ!!」

「見えてんだろ、ロングアーチのやつ! 何やってんだよ!」

 観客からも、どよめきが上がる。

 

『――――緊急事態発生! 緊急事態発生!』

 

 今更な警報だったが……誰もが、モニターに釘付けだ。

 一体、何がどうなっているのか………………そして、ようやく、粉塵が晴れた。

 スバルは、なのはは、ティアナは無事なのか………………

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

『――――――――何を……しているのですか…………?』

 

 

 なのはの、呆然とした声。

「え……え……?」

 同じく、事態が把握できていないスバルの声も、確認できた。

 

 なのはは………………咄嗟に刀を捨て、右手でスバルのナックルを。

 

――そして左手で、ティアナの魔力弾を、直に受け止めていた。

 

『ティアナ……あなたは、何を……………………』

 そして、受け止めたままの魔力弾を……その、魔力光を、確認した。

その色は……ティアナの、オレンジの魔力光は…………

 

――赤黒い魔力に、汚染され、塗りつぶされていた。

 

『……………………………………レリックを、使ったのですか……?』

 

 

 だが…………ティアナは、その言葉に返答しなかった。

「…………………………」

 その目が……凝視している。

 

――なのはの、中途で折れたように欠けた、一滴の血も流れない左手を。

 

 思い返せば、どこかおかしかった。猛暑の中でも長袖のジャケットに、決して外さない手袋。訓練でも、滅多に使わない左腕。

 

「――――――義手……?」

 

 …………そう。あの日、スバルが見た光景は…………風に揺れる、空っぽの左袖は、見間違いなどではなかったのだ。

 

 

――なのはの左手は、肩から先が、欠損していた。

 

 

「あ……え……?」

 未だ事態を飲み込めないスバル。そして、その拳が、なのはの生身の方の掌へ突き刺さり……赤い染みを地面に作っていることに気付くことで、ようやく、我に帰ることができた。

「きょ…………教官っ!?」

 慌ててナックルを引っ込める。

 しかしなのはの一つだけの目は、スバルを一顧だにせず……呆然と、ティアナへと向けられていた。

『ティアナ………………あなたは、何を………………』

「ひっ…………!!」

 繰り返される言葉に……そして、予想を超える事態に恐慌したのか、ティアナが後ずさる。

 

「私は……強くならなきゃいけないんだっ!!」

 

 張り上げる大声は、虚勢か。

「こんな、訓練だけしてたって! 強くなんてなってないじゃないか!!」

『、……』

 ティアナが、心のうちに溜め込んでいたことを、ぶちまける。

「身体鍛えたって、射撃の精度を上げたって……唯一の取り柄の幻術を磨いたって!! 全部、全部……!!

 

――魔力量が少ない所為で、何にも実ってないじゃないかぁっ!!」

 

 

 かたかたと震える手で、銃口を、なのはに向ける。

「だから、アレを使ったのよ……! お、おかげで、もう、魔力量なんて、気にするのも馬鹿馬鹿しいわ……!」

 

『――――何のために』

 

「は――?」

『――何のための、魔力量ですか? 何のための、力ですか? あなたは、その得た力で、何がしたいのですか……?』

 一言一言、言い含めるように……ティアナへ、投げかけていく。それに、ティアナは……やけっぱちな笑顔と共に、震える声で、答える。

 

「もっともっと、上に行って…………私を……馬鹿にした奴らを、跪かせてやるためよっ!!」

 

『――――――』

 すーっ………………と、なのはの目が、据わっていく。

『……………………コンビパートナーを、犠牲にしてでも?』

 これが、最後のチャンスだったのだろう。せめて、これで、言葉に詰まるなりすれば…………

 

 

「――――――――そんなの、私には関係ないっ!」

 

 

 ………………この瞬間。ティアナ・ランスターは、なのはにとって、明確な『敵』となる。

 くつくつ、と、奇妙な息遣い。

それが…………俯いたなのはが発する、笑い声だと気付いた、瞬間……………………

 

 

『――――ああ、もう、いいや』

 

 

 凄まじい殺気が、ティアナを叩いた。

『レイジングハート………………』

 胸元に下がる相棒を、呼ぶ。レイジングハートもまた……主の意向を、全力で汲む。

 

『――セットアップ』

『…Assault Combat Mode』

 

 噴き上がる……くすんだ桜色の、乱気流。

「…………!!」

 ティアナは、今更に、振り返る。自分は、とんでもないことをしてしまったのではないか、と。

 

――眠れる暴竜の逆鱗に、触れてしまったのではないか、と。

 

 ……そして、その考えは、的中していた。

 

『……………………ティアナ・ランスター』

 

 両腰に下がる、二振りの刀。

ホルスターには、大型拳銃と、ベルトのように巻きつけた無数の弾倉。

 デバイスであろう、黄金色の浮遊砲座を従え……

 

――――左腕には、鋭利な鉤爪やブレードを備えた、鈍色の戦闘用マニピュレーターが装着される。

 

――漆黒の、バリアジャケット。完全武装した、本気の姿。

 

『お前を…………処分します』

「なにがぁっ!!」

 銃口から、またしても凶悪な威力の魔力弾が発射……

『遅いんですよ』

 

――ゴギッ!!

 

 滑り込むように間合いを詰めたなのはが、鋼鉄の左腕で、ティアナの顔面を、容赦なくブン殴った!

「がふぁっ……!」

 もんどりを打って吹き飛ぶ。

「こ、のォ……!」

『だから、遅いと言っています。寝転がったまま何がしたいんですか。えぇ?』

 

――ドズッ!!

 

 ……今度は、容赦の無い蹴りが、ティアナの腹にめり込んだ。

「がはっ……、!」

『ほら、自慢の魔力で、射撃でも撃ってみなさい。ほら。どうしたんですか?』

 

――ガスッ!

 

硬いブーツの靴底で、ティアナの頭を、容赦なくストンピングし、髪の毛を掴んで引き起こし、またしても腹に膝をブチ込む。

「……!」

 暴力。まさに、暴力だ。

『こんな一辺倒な射撃が、通るはずが無いでしょう。誘導弾、幻術、狙撃。それらを駆使するのがお前だったはずです』

 

――ドフッ!!

 

 呼吸が止まり……それでも、銃口を至近距離でなのはに押し付ける。

『……ふん』

 

――――ズバンッ!!

 

 取った。これだけの至近距離、これだけの威力。確信したティアナだったが……

『なんですか、これは? ドライヤーですか?』

 ……銃口を、鋼鉄の左手で塞いで、ノーダメージだった。

「はな、せぇっ!!」

 

――ズバンッ!! バシュンッ!!

 

 左手で塞がれたまま、尚も連射。なのはは、酷薄な目で、それを見る。そして。

『……銃身で加速もせず、炸薬で押し出しただけの弾丸が何になるというのですか?』

「くぅううううっ!!」

 振りほどこうとするも、万力のような握力で握り潰され、脱出は叶わない。

 

『――――ナパームファング』

 

――ゴバァアアアアアアアッ!!

 

 強烈な爆炎が、ティアナを吹き飛ばした。

「………………」

『ふん……ヴェイロンの作ったガキの玩具が、そんなに効きますか?』

 かちゃかちゃ、と指を鳴らす。

『………………』

 おもむろに、腰の刀を抜く。

「教官っ、何を!?」

 スバルが、ぎょっとして叫ぶ。

『……黙って、よく見ていなさい』

 制裁は、まだ終わっていない。

「やめてください、教官……!!」

 スバルは……震える膝を押さえて、立ち上がった。

『…………』

 そして……なのはに向けて、構えを取った。

 ティアナも、意地で立ち上がる。

鼻血を出し、歯が折れたのか唇が切れたのか、口唇からも血が流れ、目は晴れ上がり、酷い有様だ。だが、レリックの効果は未だ健在。負傷などお構い無しに、膨大な魔力を、ティアナに与え続けている。……リンカーコアが機能不全を起こすまで、そう遠くはないだろう。

『……いいでしょう』

 なのはは、刀を納め……

 

――右手を腰溜めに、左手を緩やかに挙げた、奇妙な構えを取った。

 

「!!」

 なのはが、構える…………それは、訓練ではあり得なかったことだ。

 ティアナは、ただ魔力任せに撃つことしかしないだろう。スバルが、合わせるしかない。

 ……幸いにも、ティアナの攻撃は、その前兆からしてあからさまで、分かりやすい。徹底して、敵の隙を突き、精密に狙い打っていた方が、よほど見極めづらかった。

「ぁああああっ!!」

「!」

 きた。ティアナが、高密度の魔力弾を無造作に、一直線に放つ。スバルはマッハキャリバーで駆け出し……その魔力弾の後に追走する。魔力弾へ対処している間に、スバルがどうにか、なのはへ一撃を加え、下がらせるつもりのようだ。

 魔力弾は、あっという間に、なのはへと着弾し………………

「おりゃあああああああああっ!!!」

 スバルは、拳を全力で振るう。

 

『……』

 

 魔力弾が、なのはの制空権に触れるのと同時……

 

――バチィンッ!!

 

 魔力を集中させた掌打で、魔力弾を、あっさりと弾き飛ばした。

 威力の大部分を削ぎ落とし、危険でないレベルにまで威力を弱めた……それでも、スバルにとっては脅威の魔力弾が迫る。

「!?」

 だが、既に拳を止められる体勢ではない。

「うわああああっ!!」

 振り抜くのみ。

 

『――インパクト』

 

 だが、それすらも届かない。

 衝撃波に、突進の威力があっさり押し負け、吹き飛ばされる。

 更に。

『――バスター』

 

――ズドォオオオオオンッ!!!

 

 …………浮遊砲座からの、ダメ押しの砲撃。

 シン……と、見学者たちも、静まり返る。

「……これが……教官の、実力……」

 エリオは、あまりにも隔絶した実力差に、茫然自失としていた。

 

 

 スバル、戦闘不能。だが……

「あ、あああああああああ!!!」

 

――ズォオオオオオオオッ!!!

 

 ……レリックは、容赦なく、魔力を注ぎ込み続ける。

 それに耐えているのは、ティアナの意地でもあるのだろうが……流石にもう、限界だ。

 

『……………………腕の一本で、手打ちにしましょう』

 

 恐ろしい言葉を呟き……二刀を、両手で抜く。

『痛くないよう、斬り落としてあげます。感謝しなさい』

 やる気だ。本気で、言葉通りに、実行する気だ。

「おい、誰か止めろよ!」「はァ!? 誰が止めるんだよアレを!」「シグナム教官かフェイトさん呼んで来い!」「二人とも今日は出張でいないじゃん!」「んじゃ部隊長でいいから!」「間に合わねぇっつーの!」「んじゃあの人でいいから、ええと」「やべぇ、マジやべぇよ……!!」

 なのはは、刀を振り上げ…………何の躊躇いも無く――振り下ろした。

 

 

――――――……ガキィイイイインッ!

 

 ……誰もが、惨状に目を瞑る中……聞こえたのは、肉と骨を切断する音ではなかった。

 

「そこまでにしておけ」

 

 刀と、ティアナの間に割り込んだのは……円環に、翼を象ったデバイス。

 

『――――クロノ?』

 

 …………クロノ・ハラオウンの、S2Uだった。

「やりすぎだ」

 なのはを窘める。だが、なのはの怒りは収まらず、再度、刀を振り上げようとする。

『どいて』

 威圧され……クロノは、ふぅ、と溜息をつき……

「…………ヴィータ、頼む」

「あいよ。任された」

 躊躇うことなく、増援を呼んだ。

『…………ヴィータ』

 実に数ヶ月ぶりとなる、ヴィータとの対面。だが、今は状況が状況だ。

 怒り狂ったなのはにとって、いかに身内の二人であろうとも、目の前に立つのなら、排除の対象だ。

『…………二人とも、邪魔する気?』

「ああ」

 ブンッ、とグラーフアイゼンを振る。

『ちびの癖に、私に勝てると思ってるの?』

「あァ? もう5センチも変わんねーだろ」

『……………………』

「……………………」

 火花を散らすにらみ合いが、しばらく続き…………不意に、なのはがふっと脱力した。

『……もういいよ、私、帰るか―――

 

―――らッ!!』

 

 振り向き様の不意打ち!

「っとォ!?」

 アイゼンの柄で辛くもガード!

『ちっ、惜しい』

「こ……こォの野郎! 汚ぇ真似しやがって!!」

 こうなると、ヒートアップするのはヴィータもだ。

「その曲がった根性、叩きなおしてやる!!」

『前々から気に入らなかったのよ!』

 場外乱闘が始まり、外野にまで魔力弾やら実弾やらが飛び火し、更なる悲鳴を上げる。

「うわァー!? ダメだあの二人―!!」「逃げろー!!」

 

 

 

 …………だがこれで、ようやくなのはの意識が、ティアナから外れた。

「……危ないところだったな」

 ティアナに向き直るクロノ。

「なにがっ……!」

 ティアナは、クロノに敵愾心に満ちた目を向ける。

「……そういえば君は、執務官志望だったな」

 どこか懐かしそうに、目を細める。

「うるさいっ! アンタなんかに、分かってたまるか!」

 ティアナにとって……執務官という、理想の立場にありながら、自らその地位を捨てたクロノという人物は、理解不能で……妬ましい存在だった。

「わかるよ。俺も、資質のことでは随分と悩んだ」

 どこか、懐かしむような顔だった。

「…………!!」

 一歩踏み出したクロノに警戒し、後ずさる。

「その所為で、らしくもない無茶もした。仲間にも迷惑を掛けた…………だが、止めてくれた奴がいた」

「はぁ!? あなた、さっきから何を……!」

 ビシッ、とS2Uを突きつける。

 

「――お前は、俺が止めてやる」

 

 その表情には……自信に満ちていた。

「やれるもんならっ…………!!」

 ゴウッ……! と、更に高まった魔力が、吹き上がる。

「やってみろォおおおっ!!」

 

――ガォオオンッ!!

 

 迫り来る巨大な誘導弾。だが、クロノは……一歩、二歩と、左右に歩くだけで、それを回避した。

「――スナイプ」

『Stinger Snipe』

そして、手に持ったS2Uから、同じく誘導弾を発射。

「こんなものっ!」

 ティアナは、これまた巨大なシールドを展開し、それを防御する。

 

「――スナイプ」

『Stinger Snipe』

 そして、また、誘導弾。

「チマチマ、チマチマと!!」

 バリアタイプの防御で、纏めて遮断。そして、魔力弾で反撃する。

 余裕の動きで、回避され…………

「――スナイプ」

『Stinger Snipe』

 リピート再生のような、同様の攻撃。

「しつっこい…………っ!?」

 だが、今度は足元を這うような、低い一撃だ。

 咄嗟に跳んで回避したが、そこはやはり誘導弾。

 

――パシンッ!

 

「あっ……!!」

 ……足首のあたりにヒットし、転倒させる。

「畜生!」

 反撃……だが、狙いが大雑把すぎて、やはり当たりはしない。

 

「――スナイプ」

『Stinger Snipe』

 …………………………ここでようやく、頭に血が上ったティアナも気付いた。

「さっきから、おんなじ攻撃……! それにあいつは確か、空戦魔導師のはず……!」

 たった一つも魔法だけで……しかも、それほど威力を出してもいない攻撃で、ティアナを翻弄している。

「嘘よ……何かのペテンだわっ!!」

 

 苦し紛れに、魔力弾を連射するも、それが一発も、かすりもしない。

「大威力と、高速処理は両立できない。基本だろう」

 涼しい顔で、ティアナの攻撃を避けながら。

「そもそも君の魔法は、効率化と、処理速度に重きを置いている。そこに、唐突に大量の魔力を上乗せしたところで、威力が上がること以外、メリットは無い。むしろ、コントロール性の低下や、命中精度の低下など、デメリットの方が上回る」

「うるさい……」

「ただ大きな魔力を振り回せるというだけでエース級になれるのなら、誰も苦労はしない。……ティーダの奴だって、そんな魔力任せの戦い方はしていなかったぞ」

 兄の名を出された途端、ティアナは一瞬、躊躇うような素振りを見せた。

「大事なのは、自分の特技を極めることだ。君の特技は……大威力の攻撃魔法か? 違う筈だ」

 ティアナの特技は……幻術と、射撃。

「でもっ、そんな、小手先のテクニックだけで、どうこうなる問題じゃあ……!!」

 やはり、コンプレックスは根強いようだ。クロノは、ふと笑い……再び、S2Uを構えた。

「なら、よく見ているといい。……『小手先』の技が、どこまで通じるのかを、な」

 

――避けられる。

 

 何度撃っても……さほど速くも動いていないはずのクロノに、かすりもしない。それどころか、クロノが単調に繰り返しているだけにも見える誘導弾は、的確に、ティアナを追い詰めて行く。避ければ、避けた先に別の攻撃が。防げば、防御を潜り抜ける一撃が。一発一発は、ゴムボールが当たった程度のダメージにしかならないというのに、確実に、ティアナを消耗させていく。いや……攻撃に、防御に、必要以上の魔力を注いでいるティアナが、『勝手に疲れている』のだ。

 

「――スナイプ」

『Stinger Snipe』

 そして、また。

「………………私は、私はぁっ…………!!」

 迎撃を試みて……そこで、ティアナの腕は、上がらなくなっていた。

 

――トンッ

 

 軽く、身体に当たった魔力弾が解け、リング状に変形する。バインドだ。

「――封印」

『Sealing』

そして、バインドを介して、封印が施され…………

 

――キンッ……

 

 ティアナから、レリックが分離し、摘出された。

「、……」

 その反動から、ふらっと力無く倒れるティアナ。

「さて、と」

 ひょい、と米袋を担ぐように、ティアナを運ぶ。

 下に降り……スバルと共に、救護班に預ける。

「クロノさん」

 ……と、ヴァイスが、済まなさそうにやってきた。

「すんません、助かりました」

 ヴァイスにしては珍しく、下手に出ている。

「……ティーダに、コイツのこと頼まれてたんで」

 どうやらヴァイスも、ティーダの顔見知りだったらしい。

「まぁ、俺もティーダは知らない仲ではないからな」

「つーか……相変わらず、お見事ですね」

「ああ、バカ魔力を振り回すバカが、身近にいたからな。慣れている」

 ……ヴァイスは、知っている。このクロノが、『バカ』だの『アホ』だのと形容するのは、決まって、心を許した友人だけなのだと。

 と、見物人の新人たちが、自分に注視していることに、今更ながら気付いた。

「……どうした?」

「あっ……いえ、何でもないッス! クロノさん!」「お疲れ様です! クロノさん!」

 …………ぶっちゃけ、クロノのことを舐めきっていた新人たちにも、今回のことはいい薬になったようだ。

 

 

『この薄情者!』

「何だよひねくれ者!」

 …………遠方では、まだあの二人が喧嘩をしていた。

「向こうの収拾をつけるほうが大仕事だな…………」

「…………お疲れ様です」

 げんなりとするクロノに、敬礼するのだった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 さて、大騒動のあった試験から、数時間が経過した。

『………………』

 なのはは、部屋の片隅で、ぶっすぅ~……と不機嫌そうに三角座りをしている。

「おう、なのは。こっち向けこのタコ」

 はやてが、苛立たしげに机を叩く。

 

『…………私、悪くないもん』

 

 度を越した体罰。無許可での私闘。職務放棄。

「悪くない要素がどこにあるッ!?」

 これには、はやても怒る。

「まぁまぁ、部隊長~、なのはさんだって、いろいろと考えてですねぇ」

 フィアットが、やんわりと諌めるのだが、逆効果だった。

「だ・か・ら! 何でお前は、なのはにだけ甘いんだよっ! 私の書類のことは、重箱の隅をつつくみたいにネチネチ粘着するくせに! ……あーもう、それよりも!」

「はい、スバルとティアナの容態ですねぇ」

 そこはぬかり無く、用意した資料を出す。

「スバルの方は、もう問題ありませんね。目立った外傷も無く、すぐにでも退院できます」

 気になるのは、もう片方だが…………

「ティアナは~……レリックの影響が懸念されるので、もうしばらくは入院ですねぇ。マリエルさんが、詳しいデータを取りたい、って言ってました」

 管理局では初の事例となる、魔導師によるレリックの実戦使用。データを録らない手は無い。そういった意味では、ある意味、収穫があった。

「と、言いますか~…………ぶっちゃけ、なのはさんにボコボコにされた外傷の方が、重症ですねぇ」

『うっ…………』

 びくりと、反応する。

「ダメですよ、なのはさぁん。オンナノコの顔面をタコ殴りにしちゃ……」

 それはもう、力いっぱい殴った。親の敵のように踏みつけた。

「眼底骨折寸前だったそうですよぉ? 肋骨は完全骨折二か所、内臓にもダメージがあって、歯は三本も折れて……」

 …………ボコボコところか、半殺しである。

「さぁて……どうしてくれようか……」

 はやてが、じっくりと処分を検討し始めたあたりで…………

 

 

――――ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!

 

 

 …………緊急の警報が鳴った。

『あっ、任務だ』

 ……なのはは、華麗な身のこなしで脱出した。

「…………フィアット」

「…………はい~」

 ぴくぴくと額へ青筋を浮かべるはやて。

「………………アイツを適当に空輸して、現場に放り捨てて来い」

「了解です~」

 ピッ、と端末を取り出し、ヴァイスへその旨を伝えた。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

『何よ、何よ……皆して……はやても、クロノも、ヴィータも……』

ヘリで行く道すがら、なのはは、不機嫌のまま、吸殻を堆く積み上げて行く。

 今回ばかりは、ヴァイスも文句を言い出せない雰囲気だった。

「えーーー………………間もなく現場上空。お降りのお客様は、お忘れ物の無いよう、お手回り品をお確かめ下さいー……」

『わかっていますッ!!』

「うへっ……」

 八つ当たりでヴァイスに当り散らし、なのはは降下の準備をしていく。

 乱暴に支度を整える。

『降りますッ!!』

 ハッチを蹴破るように、降下した。

 

 

 目の前には、雲霞の如く群れるガジェット。このルートを直進させては、市街地へ出てしまうだろう。

『あなたたち、運が無いですね……』

『set up』

 

――ガキンッ。

 

 降下から、即、滑空に入り……背負ったブツを、構える。

 

――――80mm榴弾砲。37mm機関砲。

 

 ………………大地に据える等をして運用する筈の、あからさまに過剰かつ違法な破壊兵器。それを、フローターフィールドで重量を軽減し、その身に装備していた。

『今日の私は、……機嫌が悪いッ!!』

 榴弾・装填。照準。そして……

 

――――――……………………ズドォオオオオオオンッ!!

 

 着弾。敵の一軍は、瞬く間も無く、鉄屑となり、海洋へ没した。

『……!!』

 強大な反動を、スラスターによる神業的な姿勢制御で相殺。そして、砲身の温存のため、もう片方……37mm機関砲を、薙ぎ払った。

 

――――――ド、ド、ドォオオオオンッ!!!

 

 一撃、一撃が、山なりの軌跡を描きながら、敵機を粉砕していく。空対空戦闘であるからこその、容赦の無さであった。

『まだまだぁあああああああああっ!!』

 

――――――ドガガガガガガガガガガァーーーーーーッ!!

 

 

……敵機が有人機ではなかったことが、幸いである。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「うっ……」

 ティアナは、目を覚ました。

「あっ……ティア、起きた?」

 隣のベッドでは、身を起こしたスバルがこちらを覗いていた。

「気分どう?」

「……………………最悪よ。言わせないで」

「そう……」

 だが、こうして悪態がつけるなら、マシなのかもしれない。

「えーっと……それと、さ…………これ、伝言なんだけど……」

「…………」

 言いよどむスバル。ティアナは、その伝言の内容に、心当たりがあった。

「…………処分の件?」

「…………うん。起きたら、二人そろって、部隊長室に集合、だってさ」

 部隊長直々の呼び出しである。

「………………はぁ。行くか」

「でも、まだ痛むなら…………」

「え? 何が。」

ほら、と、スバルが、部屋に据え付けられていた鏡を指し示す。顔を向けたティアナは。

 

「なっ…………なんじゃこりゃああああああ!!?」

 

 …………顔の半分を包帯でグルグル巻きにされた、スプラッタな姿に悲鳴を上げた。

「い、いたた……! 口の中、痛い……!」

「ああもう、だから言ったのに……歯が折れて、口の中裂けてるんだから」

「お、思い出したら……顔全体と……あと、お腹も痛いわ……」

「えーっと……い、医務官呼ぼうか?」

 今更になって、ダメージを認識したらしい。

 しばらく痛みにあえいだ後……

 

「……………………スバル、」

 

 相棒の名を呼んだ。

「なに?」

 きょとん、と聞き返してくるスバルに、ティアナは。

 

「――――――ごめんなさい」

 

 深々と、頭を下げた。

「――――――うん、いいよ」

 スバルは、からっと笑い……それを、受け入れた。

 

 二人は、揃って病室を出て、部隊長の部屋へ向かった。

「あ! おい、大丈夫か!?」

「ひどいかお」

「なんだか語弊がありますわね…………」

 途中、エリオ、キャロ、セリカの三人が、二人を見て駆け寄ってきた。

「もしかして……みんなも?」

 三人、頷く。どうやら、呼び出されたのは、フォワードチーム全員らしい。

「あとでなおしてあげるね」

「…………ありがと。お願いするわ」

 この顔のまま、出歩くのは厳しい。

「んで、大丈夫なのか?」

 エリオが、ぶっきらぼうにスバルへと聞く。

「あはは。もーぜんぜんオッケー。ありがと」

「うわっ、おい、やめろって!」

 スバルは、そんなエリオの髪の毛をもみくちゃにする。

「なんだか、こういうのも久しぶりですわねぇ……」

 ほんの一週間程度だったはず。だがそれでも、こうして和気藹々としているのが、随分久しぶりのことのように思えた。

 

 

「おう、来たか」

 部隊長の執務室に入った5人を出迎えたのは、はやて、フィアット、それに、ヴィータだった。

「あ……ヴィータ教導官。先日はお世話になりました」

 セリカが、ぺこっと頭を下げる。

「いや、こっちこそ。敵のジャミングに気付かなかったら、全滅してたぜ」

 どうやら、何かの縁があったようだ。

 

 促され、座る。

「……それでは、始めます」

 フィアットが口火を切った。

 

「――高町教官について、あなた方は、どう認識していますか?」

「どう、とは……?」

「正直な感想で構いません」

 そう言われ……

「厳しい人」「怖い人」「おっかない人」「じんがい」

 …………最後の一言は、聞かなかったことにするが、ほぼ共通の認識だ。

「あー……やっぱそういう認識なんだな」

 ヴィータは、あきれ半分、納得半分の様子だ。

「あんなんだから、教導隊の連中も、放っておけなかったんだろうなぁ」

「え? でも、高町教官は……」

 教導隊に馴染めず、出奔したと言っていたが……

「逆だ、逆。全員が全員、なのはに構いすぎるもんだから、逃げちまったんだよ」

 実は、可愛がられていたらしい。

「アタシは最後まで、残るように進めたんだけど……最後は、喧嘩になっちまってなぁ」

 ばつが悪そうに、頭を掻いた。

「誤解されることもありますが、なのはさんは、とても優しい方なんですよ」

 フィアットが、その言葉を継ぐ。

「……だから、厳しくなってしまうんです」

 ちら、とはやてを見て……頷くのを了承と取り、話をする。

 

「――なのはさんは、二度、大切な人を亡くしています」

 

「!?」

 目を剥いた。

「詳しくは話せませんが……その過程で、左腕と、左目と、声帯を損傷し………………所属していた部隊の仲間を、多く失いました」

 ヴィータが、辛そうに俯いた。

「アタシも、はやても、フィアットも、その部隊に所属していた。……縁あって、アタシは教導隊に、はやてたちは陸士108部隊に拾われて、馴染めたけど……なのはにとって、教導隊は、居場所じゃあなかったんだろうな」

 重大な後遺症。確かに、訓練中も眼帯をしていたり、それどころか、大威力の魔法も、使う場面を見たことが無かった。

「本来なら、現役を退くどころか、長期療養をしなければならない状態なんです。……もちろん、今現在も」

「いま、も……」

 では、なぜ、今も現役を貫くのか。なぜ、そんな身体を酷使してまで、教官として在るのか。

「私が誘った、っていうのも、確かにある。だけど、拒否することもできたんだが……あいつ、お前らの入隊試験を見て、なんて言ったと思う?」

 あの時、なのはが何を思っていたのか……

 

 

「――『心配だったから』、だとさ」

 

 

「……!」

 危なっかしいスバルたちに、かつての仲間を重ねたのだろうか。

「特に……ティアナ。あなたのことを、とても気にかけていましたよ。どう伸ばせばいいのか、わたしにまで相談をして……嫌々ながら、教導隊にも意見を仰いだり、マリエルと、デバイスの設定のことで深夜まで議論したり……自分の技能を、現時点で、どこまで教えておくべきか、真剣に悩んでいました」

 恥じ入るように下を向くティアナ。

 見下されてなど、いなかった。ただの、ティアナの被害妄想だったのだ。それどころか、誰よりも、想われていたのだ。

「…………」

 視界がぼやける。気丈に、零さないようにしていた涙が、溢れてきてしまう。

「いいもん見せてやるよ」

 と、はやてが、パスケースの裏に、大事そうに仕舞っていた写真を取り出す。

 いまどき珍しい、印刷された実体の写真だ。

 そこには、見知った顔と、見知らぬ顔が、入り混じっていた。

「あれ……? これ、アルフじゃね?」

「ってことは、となりのばかっぽい女の子…………フェイトさん?」

「これ、ちっさいクロノさん!?」

「よく見れば、こちらはリイン曹長ですわね」

「…………あのー、では、こちらの車椅子の方は、」

「私だ」

「へ、へー……」

 この、睨まれたら石化しそうなほど凄まじい目つきの悪さ。確かに、はやてだ。

「真ん中のそいつ」

 真ん中を見る。そこには、やや筋肉質な青年が、からっと笑っていた。……黒髪の少女が、肩車のようにしがみついているのが気になった。

「……の、右横」

 つつ、と視線を移動させる。そこには、その青年の手を握り寄り添う、栗毛の、可憐な少女が写っていた。緊張気味なのか、ぎゅっと彼の袖を握っている姿が、また愛らしい。

「うわぁ…………かわいい……」

 スバルは、頬を紅潮させて見とれている。

 

「それ、なのはだぞ」

 

「「「「「 えっ!? 」」」」」

 この、可憐な少女が……あの、スレた感じの鬼教官……?

 正直、髪の色くらいしか、共通点が見つからない。

「うっそだぁ。だって、私、今よりちょっと前のなのはさんに会ったことあるけど、こんな雰囲気じゃ……」

「……ああ、そういやそうだったな」

「…………(あれ?)」

 そこで、何かが繋がりかける。

 

 なのは。

 

大事な人を『二度』亡くした。

 

 前に所属していた部隊。

 

 と、いうことは。あの、カレンという少女は…………

 

 

――ピピピッ

 

「――――あら?」

 と、フィアットの手元に、連絡が入り、スバルの思考は中断された。

「海洋保安局からですねぇ。えっと…………………………あのー、部隊長」

 困ったように眉根を寄せた。

「どうした?」

「…………なのはさんと思しき人物が、ブイを次々に破壊していると」

「何をやっとるんだあいつは…………」

 

「あ、あのっ!」

 

 ティアナは、椅子を蹴立てて立ち上がる。そして……

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

――パァンッ!!

 

『うー……うー……!!』

 

 埠頭に座り、足をぶらぶらさせながら、拳銃を乱射するなのはの姿があった。

 苛立たしげに……というか、癇癪を起こした幼児のように、がちゃがちゃと乱暴に拳銃をリロードする。

『何よ、何よっ! ティアナの馬鹿! バカッ! ばーか!』

 

――パンッ! パンッ! パンッ! スコンッ!

 

 …………近く見積もっても、150メートルは離れたブイを、ただの9mm拳銃で的確に沈めるのは脅威の腕前だが……どう考えても使い道を間違えている。だが今は、相棒も何も言わず、見守っている。

『人の気も知らないで……! ああもうムカつくー!』

 乱暴に煙草をくわえ、乱暴に着火する。もくもくと紫煙が立ち込める。

『このっ、このっ!』

 

――パンッ! パンッ!

 

 そしてまた、弾倉をリロードしようとして、既にポケットが空なことに気付いた。

 

 

――パァンッ!!

 

 

『!?』

 予想外の方向から聞こえた銃声に、びくっと振り向く。そこには……

『……ティアナ』

「……」

同じく拳銃を構える、ティアナの姿があった。

『――何か用ですか? 私はあなたと話すことなんて、何もありませんが』

「……………………別に、何も」

 そう言いながらも、なのはの隣に腰を下ろす。

『な、何ですか……』

 だが、退いては負けるとでも思ったのか、その場に留まる。

「これ、今更ですけど、いい銃ですよね」

『はい……?』

「実包も撃てて、魔力弾も撃てて、集弾性も良くて……」

『それは、そうでしょう……マリエルが、作ったものですから』

 

「――――でもこれ、教官の設計ですよね?」

 

 シン……と、なのはが沈黙した。

『……何のことでしょうか』

「まぁ、AIとか、デバイスとしてのソフト面は、マリエルさんでしょうけど……銃そのものは、どう考えても」

『……』

「しいて言えば、勘ですけど。この銃にだけは、教官の面影を感じました」

『…………だったら、何ですか』

 嘘がばれた子供のように、唇を尖らせるなのは。

 

「――ありがとうございます」

 

 なのはに、深々と頭を下げた。

 なのはは呆気にとられ、ぽろっと煙草を取り落とした。

『なにを……』

「あと、ごめんなさい。教官の、昔の事……部隊長から、聞きました」

『………………』

 ぴたり、と固まった。

「……私の兄、ティーダ・ランスターは、3年前の事件で、失踪しました」

 ぽつぽつと、語りだす。

「自慢の兄だったんです。両親の代わりに、育ててくれて……その傍ら、執務官試験にも合格して……いくつもの事件を解決して、表彰される兄は、私のヒーローだったんです」

 

「でも…………クライスラー事件で失踪した兄を、当時の指揮官が、こう罵ったんです。

 

――『現場から失踪するような腰抜けに、事件を任せるべきではなかった』……と」

 

 ……それから。

「悔しくて、悔しくて……兄は、腰抜けなんかじゃない、って、馬鹿にする奴らを、見返してやるんだ、って…………でも、私には、兄ほど優れた才能は無くて、歯痒くて……」

 そして、手軽に達成感を味わえる、あの情報屋の倉庫へ、入り浸るようになったのだ。

「――でも、今回のことで、気付きました」

 なのはは、じっとティアナの顔を見ている。

 

「私は、超一流の、万能無敵のエースにはなれません」

 

 ともすれば、諦めにも思える言葉。だが。

 

「だから、私は…………自分の得意分野だけは、誰にも負けないよう、伸ばすことに決めました」

 

 誰よりも優れたナンバーワンではなく……一つのことを極める、オンリーワンになる。

 それが、ティアナの出した答えだった。

「だから――」

 決意を滲ませ、なのはの目を、まっすぐに見返す。

 

「――もう一度、チャンスを下さい。私に、もっともっと、射撃を、戦い方を教えてください。お願いします」

 

 もう一度、頭を下げた。

 一分、二分……と、時間が過ぎていく。

 

――ことんっ

 

 ……と、ティアナの前に、何かのケースが置かれた。

「……?」

『開けてみなさい』

 言われたとおり、開けてみると…………

「これ……カートリッジ?」

 そこには、見慣れない形のカートリッジが六発、丁度、クロスミラージュの弾倉と同じ数、並んでいた。

『新型の、チャージング・カートリッジです』

「チャージング……?」

『事前に、任意の魔法を込めて、発砲の際、開封して使うことが出来ます』

 感慨深そうに、指でつつく。

『…………随分と進歩しました。試作型は、どれか一つしか、使えませんでしたから』

 しかも、エース級の魔導師にとっては、無用の武装だ。いちいち事前に準備をせずとも、その場で、タスクの一つを、その魔法に割けばいいだけなのだから。

 つまりこれは…………魔力の最大値が低く、タスクも多くない……そう、ティアナのような魔導師にこそ、最大の効果を発揮する装備なのだ。

 

『……試験に合格したら、これを渡すと決めていました』

 

「教官っ――!」

 ティアナは、感極まって、なのはを抱きしめた。

『え。うわ。おい。こら。やめ』

 もぞもぞと身をよじる。ぱたぱたと振れていた手は、やがて、諦めたように、ティアナの背に回される。

『――励みなさい』

 シンプルに、一言。

「はい、教官――!」

『そ、それと……』

 くいっと離れる。なのはは、不自然なほど沖合いへ顔を向け、揃えた膝に、顔を埋める。

 

『わ、私のことは…………『なのは』、と、呼んでも、いいんです……よ?』

 

 ……………………埋められた顔は、見たことが無いほど、真っ赤だった。

「………………」

『………………』

「………………な、」

『………………やっぱりナシです』

「えぇっ!?」

 梯子を外され、ティアナが素っ頓狂な声を上げる。

『……ダメです。ナシです。無かったことにしてください』

「いいえっ! こうなったら、意地でも呼ばせて頂きます!」

『だ、ダメと言っているでしょうに!』

「ダメっていうのがダメです!」

『何ですかその理屈は!』

 互いに真っ赤になりながら……どこか、じゃれるように、がなり合う。

『聴きません! 何も聴こえません!』

 耳を塞いでうずくまる。なんとも珍妙な姿だった。

「大人しくしてください!」

 そんななのはの両手を掴み、引き起こすティアナ。

『ひぃっ…………』

 最早、逃げ場は無く……

 

「――なのはさんっ!」

 

『は、はいっ!』

 びっくりしすぎて、思わず素で返事をしてしまった。

「――これからも、よろしくお願いしますっ!」

 ティアナの、全力の挨拶に、なのはは……根負けした。

 

『――――頑張ろうね、ティアナ』

 

 ……それは、なのはが初めて、敬語の防壁を、取り去った会話だった。

 

 

 

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