魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
ざん……と、静かに波が打ち寄せる埠頭。
なのはと、ティアナ。二人揃って、足をぶらぶらさせながら、水平線に浮かぶ対岸の街明かりを、ぼうっと眺める。
「あの、なのはさん」
『何ですか?』
落ち着いた二人は、また、ぽつぽつと会話をしていた。
「その……昔の事、聞いてもいいですか?」
『――、』
ぴくっ、と、なのはが動きを止める。しばし、逡巡して……ポケットから、いつもの煙草を取り出した。だが、火は点けない。気分的に、落ち着くためらしい。
『答えられる範囲でしたら、答えましょう』
これまで、家族と友人以外の他人へ話したことは無いのだが……ティアナは、特別のようだ。
「あの、写真を見ました。昔のなのはさんや、部隊長が、一緒に写っている」
なのはは、黙考し……あぁ、と、思い出した。
『カメラ趣味のあった知人が、折角だからと、撮ってくれたんです』
「それで、あの……これが、『答えられる範囲』かどうかは、分からないんですが……」
『……言ってみなさい』
いやな予感でもしているのだろうか。少々、渋るような気配があった。
「真ん中に写っていた人は……誰なんでしょうか?」
『――――』
動きが止まった。
『………………………………………………………………』
長い、長い沈黙。答えるべきか、答えざるべきか。二つの選択の板ばさみで、身動きが取れなくなってしまったようだ。
『――マスター、お嫌でしたら、無理をなさらず』
見かねたレイジングハートが、助け舟を出した。
『――――いや、いいよ。ティアナになら、ちょっとだけなら、話しても』
しゅぼっ……と、煙草に火を点け、ふぅ……と少量の煙を吐く。
『どんな人だったか、と言いますと……』
宙を眺め、記憶のかけらを、手繰り寄せる。
『――――太陽のような人でした』
端的に……そして、的確に、『彼』を言い表した。
陽だまりの様に暖かく、ぽかぽかしていて……ずっとそこで、まどろんでいたくなる、そんな人。……そして、彼を中心にした周囲には、いつも誰かが、何かが、引き寄せられていた。そして、最期は……それこそ、恒星のように。
「……」
それ以上を詮索することは、ティアナには出来なかった。ただ、彼が……なのはにとって、唯一無二の存在であるということだけは、伝わった。
『彼』を語るなのはの表情は、相変わらずの無表情だったが……柔らかく、暖かい気配を漂わせていた。
『大事な人を失うのは、とても、とても辛いことですね』
「……はい」
太陽を失った惑星たちは……冷え切って、バラバラになってしまうのだ。下手をすれば、二度と、関わりあえなくなるほどに。
『だから、コンビパートナーが、どうでもいいなんて――そんな悲しいこと、言わないで下さい』
命令……ではない。一人の経験者としての、懇願だった。
「――はい」
ティアナは、神妙に頷いた。
『さ、戻りますよ』
ぱんぱん、とズボンをはたき、砂を落とし……拳銃に、ゴム弾を装填した。
『そこのお前たちも』
――パンッ!!
おもむろに、防砂林の一角へ向けて発砲した。
「うひゃっ!」「わっ、バカ!!」「押さないで下さいまし!」「むぎゅっ」
どてててっ……と、将棋倒しのように、フォワードチーム(と、セリカ)が、転げ出てきた。
「あ、アンタたちぃいいい……!!」
ティアナは、顔を真っ赤にして、ぷるぷると震える。
見られた。泣いているところも、なのはに抱きついているところも、全部。
『非殺傷設定ですよ』
さらっとアドバイスをした。
「わかりました!」
だが、それはつまり……死なない程度に、ボコボコにするということで…………
「きゃー!!」「ぎゃああああ!」「ひぇえええええっ!!」「あわわわわ」
「待てやオラァ!!」
…………鬼のような剣幕で追い立てる。
――きゃーきゃーと逃げ回るのも、それを追い掛け回すのも、同じチームの仲間たち。
『うん……うん……』
なのはは、ぼうっとした顔で、遠巻きにそれを眺め……
『――こういうのも、悪くないですね』
…………口元だけで、薄っすらと、微笑んでいた。
◆ ◆ ◆ ◆
それから数日間、比較的、平和な日常が戻った。
――海上保安局への謝罪と、破壊したブイの補填に忙殺されたフィアットが、アザラシのように廊下に打ち上げられていたが、誰も気にしなかった。
そして。
中庭の、特別棟。マリエルの研究室。
「お、お世話に、なりました…………」
その扉を開け、ゾンビのような歩みで、ティアナが数日振りに姿を見せた。
…………レリックの実戦使用のデータを、ティアナの身体から、事細かに採取していたらしい。
「や、やっと……寝られる…………」
……不眠不休だった。
「あ、ティア!!」
一般棟の廊下へ生還を果たしたティアナを、スバルが出迎えた。
「寝る……ロビーのベンチで……一番近い…………」
「ダメだよ!?」
ぐいっと引っ張られたティアナが、不機嫌そうに唸り声を上げた。
「もーちょっと頑張って! 部隊長が呼んでるんだって!」
「んえー……?」
「ほら歩いてー!」
途中、エリオたちとも合流し、半ばスバルに背負われるような形で連れて行かれた。
「ま、簡単に言うとだな……休暇をやる」
出揃ったフォワード陣に、はやてがさらっと言った。
「合格の褒美だ。次の任務まで、準備がしばらく掛かる。その間、自由に過ごせ」
「「「「「……………………」」」」」
フォワードたちは、最初、何を言われているのかガサッパリ分からず、互いに顔を見合わせて困惑していた。
「あ、あの、休暇って…………」
「次の任務まで、って……」
それだと、数日間は纏まった休みが取れる計算だ。
「――なんだ、いらんのか。じゃあ、シグナムかヴィータあたりに……」
「 「 「 「 「 い り ま す っ !! 」 」 」 」 」
と、早くも鬼のトレーニングを課そうとしてくるはやてに、全員で詰め寄った。
「よぉおおおおっし! 休暇だ!!」
……ティアナが、先ほどまでの眠気など何のその。2時間ほどの仮眠を摂っただけで、腕をグルグル回して、復活した。
「…………」
……が、スバルは、何かを考えている顔だった。
「スバル?」
ティアナに声を掛けられ、ハッと我に返る。
「……新しい靴でも買いに行こうかな。あそこ、新作のスニーカー出したんだよね」
「確か、郊外のモーテルに出店してたわよね」
大体、ここから60キロ程度の距離だった。
「久々に、バイクでも乗るか」
「あはっ、ほんと久しぶりだ」
あの夜、没収されて以来か。車両そのものは、機動六課が接収した、と報告を受けている。格納庫へ行けば、二台ともあるだろう。
――と、思っていたのだが。
「何で二台とも無いのよッ!?」
CBRも、スクーターも、綺麗サッパリ無くなっていた。
「遅かったな、ティアナ」
と、ヘリの整備をしていたヴァイスが、ぬっと顔を出した。
「ヴァイス! あんた、どっか隠したんじゃないでしょうね!?」
八つ当たりのようにヴァイスに詰め寄ったが、ヴァイスは首を横に振った。
「一時間くらい前、セリカがメット片手に持ってったぞ」
「――お前かぁああああああああああ!!」
……どうやら、先を越されてしまったらしい。
「あ、あの野郎……!! いつの間に合鍵なんて用意しやがった!」
「シエラが仮釈放されたんで、会いに行くんだとさ」
「知るかっ! ……っつーか、もう一台は!?」
もう一台……大体、二人乗り専用になっていたスクーターは。
「エリオとキャロが街まで遊びに行くと」
「――お前らもかぁああああああああああああっ!!?」
「いや、というか、エリオって無免許……」
仲が良いのは結構なことだが……
聞けば、ゼルビスやコリン、ヤオといった年長組も、クルマを使って出かけてしまったらしい。
「あー、くそっ! アシが無いんじゃどこにも行けないっつーの!」
ガシガシと頭をかくティアナ。……と、突然に。
『――ティアナ、スバル?』
「 「 はいっ! 」 」
……条件反射で、直立不動で返事をしてから気付いた。
「あ……なのはさん」「教官? 何でドッグに……」
言いかけて、なのはの服装が、いつもと違うことに気付いた。いつもは、上下の迷彩服にベスト、ブーツという装いなのだが、今日は、地味な紺色の作業ツナギを着ている。ホルスターに収まっているのも、拳銃ではなくスパナとレンチだ。
『困っているのですね?』
「……はい」
困っているといえば、困っている。だが、それを教官に言ったところで……と、二人は思った。だが……
『困っているのですね?』
……何故、二度聞いた。こくん、と頷く二人。
『よろしい。では行きましょう』
――がしっ。ぐいぐい
…………ティアナとスバルの手を掴み、ずんずんと歩き出した。
「えっ、えっ……」
迷い無く、二人を引っ張っていく。それも、異様なハイペースで。
『行きますよ。ほら急いで。さぁ急いで』
――ぐいぐい。ずりずり。ずりずりずり。
やがて、二人はなのはに引きずられ始めた。
「ちょ、なのはさんっ!?」
「歩けます! 自分で歩けますってばあああぁぁ……………………
――ずりずりずりずりずり。
…………強引に、隣の格納庫へと拉致されていった。
「………………」
それを、傍を通りがかったクロノとヴィータが見て、何ともいえない表情をしていた。
「…………似てきたなぁ」
「…………ああ。似てきた」
どこぞの誰かに。
……どどん、と目の前に鎮座する、巨大な漆黒の車体。
「………………」
呆気にとられたように、車体を食い入るように見つめる二人。
「あの、これは…………」
「ん」
期待半分に、恐る恐る聞くティアナに、なのはは、すっとキーを差し出した。
『…………特別ですよ?』
………………その本当の意味が分かる者が、果たしてどれだけ居ただろうか。このバイクは……なのはの友、カレンの愛機にして、形見。CBR1100XXなのだ。
それを、貸し与えるあたり……なのはが、いかにティアナたちへ心を開いたかが分かる。
『マフラーを替えたんですが、試乗する時間が無いので、あなた達に試験運転を任せます。あ、でも、転ばないでくださいね。そこまで頑丈には出来ていませんので』
あれやこれやと、照れ隠しのように説明するなのは。
「は……はいっ! ありがとうございます!!」
まさか、あの教官がここまでしてくれるとは。
ぐるっと中を見回せば、あるわあるわ、バイクが山ほど。
「(CBR600RR……色違いが二台、GPz900r、V-MAX、RVF……)」
ジャンルもちぐはぐな、バイクの山。
『…………私のは、一台もありませんよ』
その視線に気付いたのか、なのはは、遠い目をした。
『全部大切な、預かり物です』
……一番奥。布を掛けられた一台に目をやりながら、そう言った。僅かに露出したサイドカバーから……『ZZ-R』という掠れた文字が、物悲しげに、覗いていた。
――――キュルルッ、キュルルッ…………
「……あれ?」
セルスターターを回すが、回るだけで、エンジンが掛かる気配がしない。
『お前は、エンジンの掛け方も知らないのですか……』
困惑する二人に、なのはは、呆れて助言をした。
『チョークを引いて、スロットルをほんの少し開けながらセルを回しなさい』
「チョー……ク?」
謎の装置の説明をされた。
『左スイッチボックスにレバーがあるでしょう? それです』
言われたとおり、レバーを目いっぱい引いて……アクセルを、目分量で『かぱっ』と開けながら、セルスイッチを押し込む。
――――キュルッ、バォオオオオオオオンッ!!
「うわァあっ!?」「ひゃあっ!?」
耳を劈く轟音に、びくっと身を竦ませる二人。
『馬鹿。アクセル開けすぎです。チョークを戻しなさい』
あたふたと言われたとおりにすると、轟音は収まり、ドッドドドッ……という、不安定なアイドリングへと変化する。
『安定するまでは、そのままにしておきなさい。止まりそうになったら、軽く煽ってやるといいでしょう』
言われたとおり……一分もすると、アイドリングは綺麗に安定した。
『では、行ってらっしゃい』
なのはは、いつもの、何を考えているのかいまいち分からない顔で、ひらひらと手を振った。
「 「 行ってきます! 」 」
敷地の外へ出て、幹線道路へと差し掛かる。
バイクは、重低音を鳴らしながら、驚くほどスムーズにその巨体を走らせていた。
「…………」
跨っているのは、未知のバイク。目の前には開けたストレート。遮蔽物、無し。
「………………」
……うずうずしてきた。飛ばしたい。アクセルをガバッと開けてみたい。
「………………ちょっとだけ、なら」
どこまでも誘惑に弱い奴だった。
そして……………………ぐいっ。と、アクセルをラフに開け…………
――――………………ファォオオオオオオオオッッッ!!!
「うァぎゃあああああああああああああああああッッ!!?」
ガクンッ……と、強烈な加速に、前輪がポンッとパワーリフトし、振り落とされそうになる。しがみつくと同時、前輪が着地。猛烈な加速が、ティアナを襲った。
――――ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
「何じゃこりゃああああああああああ!!?」
自身のCBRと同じ車名を冠しているとは思えない。一定の回転数から、まるでロケットのように蹴りだされる感覚は、まさに異次元。
「あーーーーはははははははははははは!! さいっこー!!!」
タンデムシートの上で、スバルがケラケラと笑いこけている。アトラクションか何かと勘違いしているのではなかろうか。
「、! ……!!」
冗談ではない。ティアナはアクセルを緩め、断続ブレーキで、緩やかに減速させた。
「ひー、ひー……!!」
「えー、もう終わり?」
息も絶え絶えなティアナに、スバルが物足りなさそうに言う。
「ふ、ふざっけんな! 何よコレ!?」
ピーキーすぎてお前にゃ無理だよとか、そういう次元の話じゃない。
「乗り辛いの?」
「あーもう、死ぬかと思った…………」
速度表示は、アナログメーターで160kmを維持している。その速度でいて尚、ハンドルには些かのブレは無い。……セリカに強奪された方のCBRには、やや大振りながらも電子制御式ステアリングダンパーが装備されているというのに。高速域での安定性は、同等以上だ。
「すげーわ、これ。アナログが極まっちゃってる。……これが、一切の電子操作補助が備わっていない旧式の性能? あの人の出身世界、どーなってんのよ」
そして、のんびりと走る……のだが。
――――ファンファンファン!!
その『のんびり』は、制限速度など軽くチギッてしまっていた。
「!? ヤバいっ!!」
背後に赤色灯が迫る。警邏隊だ。速度超過の罰は…………最悪で、車両没収!
「なのはさんに殺されるっ!!」
捕まったところで、痛くもかゆくも無いが……なのはの怒りを買えば、どうなるか。身をもって知っているティアナは、生命の危機を感じた。こうなれば、道は一つしかない。
「スバル! ナンバー取って! まだギリで撮影はされてない!」
「お、おっけー!」
べきょっ……と、ナンバープレートを折り取る。それを、ジャケットの胸元へ仕舞いこむ。ヘルメットは、二人ともフルフェイス。ミラーシールドだ。
『前のバイク、止まりなさいッ!!』
警邏車両のスピーカーから、女性と思われる怒声が聞こえる。しかし、はいそうですかと止まれば、自分はなのはに殺されることになる。
「……あれ? この声……」
「――――振り切るッ!!」
意を決して、アクセルを開けるのだった。
――――ファォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!
速度計の針が、ばね仕掛けのように、あり得ない勢いで上昇する。
ぴったりとタンクに伏せ、身体を、車体のウインドプロテクションの内側にコンパクトに畳む。
「ひぃいいいいっ!!」
5秒もせずに時速250kmを易々と突破!
「ま、まだ加速するってぇええええええ!?」
そして、とうとう…………
「さ、300km!!」
前方。小さな黒い点のようなものが、あっという間に視界に広がる。それは、遥か前方を走っていた一台の貨物車両だった。
「やっ……やばっ!!」
相手方も、80kmやそこらで、そこそこ高速で走ってはいるのだが……こちらは300kmを超えようとしている。簡単に計算すると、220kmで静止物に突撃している格好になる。
「ブレーキは……、」
……この速度域でフルブレーキを掛けると、どうなるか。それが分からないティアナではない。まぁ実際は、この車種特有の連動ブレーキで、ある程度は安全に減速が出来るのだが、知る由もなかった。
「このォっ!!」
ぐりっ! と体重を移動させ、車線の変更を試みる。
――くいっ
…………が、何とも意外なことに、車体は拍子抜けするほどにスムーズに曲がり、前方車両を回避してのけた。この車格、この速度で、このハンドリング。
「あ、ありえないぃいいいーーーーー!?」
背後の警邏車両は、追跡を諦めたらしく、遠ざかっていった。
◆ ◆ ◆ ◆
……路肩へ停車した警邏車両から、二人の女性局員が降り立った。
「……今の……スバル?」
真夏でも長袖。腰までのロングヘアがトレードマーク。
「………………これは、困りましたね」
そしてもう一人は、対照的にショートヘア。
…………ギンガ・ナカジマと、シャッハ・ヌエラ、だった。
◆ ◆ ◆ ◆
「うひー……」
「なんとか……撒いたみたいね」
買い物はキャンセルし、主要な道路を迂回し、コソコソと幻術で身を隠しながら帰ってきたのは、日が沈んでからだった。
――ドロロロロ……
心なしか、バイクの排気音も、どこかお疲れ気味の様子だ。
『おかえりなさい』
格納庫では、いつもの迷彩服に着替えたなのはが出迎えた。
「た、ただいま戻りました……」
二人とも、ヘロヘロだった。
『随分、走り回ってきたようですね』
トリップメーターの距離を見たなのはが、そう言った。
『楽しかったですか?』
上機嫌だ。
「え、ええ…………とっても刺激的でした…………」
『そうでしょう、そうでしょう』
うんうん、と頷く。
『機会があれば、また別のにも乗せてあげますよ。V-MAXの加速は、また違う趣がありましてね。GPzの、大雑把なエンジンの回り方もまた良いものです』
(……いえ……もう……カンベンしてください……)
……などと、上機嫌ななのはに、言えるはずも無く。
「はい……機会があったら……」
……と、お茶を濁すのだった。
その後、インプレを述べたりした後、部屋に戻った。
「ぐぅ…………」
疲れが溜まったのか、泥のように眠るティアナ。
スバルは、ベッドに腰掛け、右手を握ったり、開いたり……
『どうした?』
マッハキャリバーが、気になったのか話しかけてきた。
「いや……あのね、ちょっと、愚痴になっちゃうんだけど……」
『構わぬ。話してみるがいい』
「今日、さ。久しぶりの、休暇だったじゃん」
『うむ』
「訓練中、いつも、考えてたんだ。ああ、休みたいな、って。遊びに行きたいな、って」
『……』
その願いは、図らずも、叶ってしまったのだが……
「正直、あんまり楽しくなかったんだよね」
きっと、無事に買い物を済ませていたとしても、同じだっただろう。
「あの、試験の日のことが、ずーっと頭にあって」
本気のなのはと対峙し……完封され、完敗した。
「このままじゃいけない、って。でも、どうしたらいいんだろうか、って」
最も得意とする分野の白兵戦で、その分野の専門でもないなのはに、一蹴された屈辱。
「…………どうしようかな、私」
『鍛錬しか無かろう?』
……が、マッハキャリバーからの返答は、至極簡潔なものだった。
『幸いにも、しばらくは休暇、つまり、通常の訓練時間の全てを、己の鍛錬に費やせるであろう』
武の道に休み無し。……その言葉で締めくくったマッハキャリバーを手に、格納庫へと向かう。
「んじゃあ、えーっと……白い煙が位置の確認、黄色い煙が、作戦開始。赤い煙が、救援要請、黒い煙が、作戦失敗につき即撤退……で、いいんだよな?」
「いいんじゃね? あんま増やしても覚えきれねーし」
遊びに出ていたはずのコリンたちが、前に言っていた、電子通信に頼らない通信方法の話し合いをしていて、ゼルビスは地道に車両の改修を行っている。ヤオもデバイスを分解し、丁寧に整備をしている。他を見渡しても、遊び呆けているものは、いなかった。
「高町教官」
『おや……スバルですか』
人伝いに居場所を探し当て、なのはを見つける。なのはは、芝生に腰を下ろし、訓練場をぼうっと見下ろしていた。無人……ではない。ヴィータが、新人の何人かへ、説明を行っていた。
『休暇だというのに、ヴィータに訓練を志願したそうですよ』
「…………」
『まったく、物好きな……』
そうは言うものの、口調は優しい。自分だけではなかったのだ。そのことに少し、安心感を覚え……なのはに、向かい合う。
「あの……高町教官!」
『はい?』
「あの『技』を……私に、教えてください!」
なのはは、ぱちくりと、一つきりの目を瞬かせ、聞き返した。
『あの技……とは』
「あの……カウンター技です」
試験の際……自分を一瞬で戦闘不能にした、あの奥義。あれを極めれば……とは言わないが、それでも、戦い方の幅が広がることは、間違いない。なのはは、しばし目を閉じて黙考し……
『――駄目です』
熟考の末、拒否した。
『危険すぎます。あれは、ただ、カウンターを連続で放っているだけではないのです』
その原理でさえ、下手に教えてしまうわけにも行かない。あの技の発案者にだからこそ、身一つで使いこなすことが出来たのだ。その彼もまた、不用意な使用は極力控えていたほどの、自爆技。なのはでさえ、レイジングハートの助けを借りて、機械の左腕をフル活用し、ようやく再現できる程度なのだ。
「じゃ、じゃあ!」
ほぼ真正面から密着するほど、身を乗り出す。
『う……近い、近いです』
両手を突き出し、距離をとる。
「せめて、教官のいる領域にまで、連れて行って下さい!」
その技を抜きにしても、なのはは、スバルの遥か先を行っている。教わることは、それこそ山のようにあるだろう。
「お願いします、教官!」
『……』
ぐいぐい、押せ押せ……と、なのはの手を取って懇願しだした。
『……分かりました。稽古を付けてあげますから、手を離してください。リアルに腕がすっぽ抜けてしまいます』
根負けしたなのはが、羽織っていたベストと迷彩服を脱いだ。
『一つ、技を教えてあげます』
「はいっ! よろしくお願いします!」
なのはは、半身に構え……何の変哲も無い、ストレートを繰り出した。それも、ひどく低速の、スローパンチ。それは、スバルの胸に、軽く、とんっ……と押し当てられる。
「……?」
これが、技……? と、首を傾げた……次の瞬間。
――――ドンッ――!
なのはの足が、地面に深くめり込み……押し当てられた拳が、グンッ!! とスバルの身体を吹き飛ばした!
「!? わぁっ!?」
どてんっ……と後ろに転ぶ。
「え……? 今、拳、完全に止まってて…………え?」
目を回している。
『接触面に打撃を発生させました』
なんでもないことのように説明するが、スバルには全く意味が分からない。
『全体的に、打撃系格闘技の弱点は、密着状態からの有効打が繰り出せない、ということがあります』
確かに……スバルの使う格闘技の源流である、管理世界で広く使用されているストライクアーツにおける密着技というと、それは次の打撃へと繋げるため、もしくは脱出用……、要はオマケの扱いだ。完全に絞め技が決まってしまえば、それでほぼ勝負あり……ということも、珍しくは無い。
『今の技なら、拳といわず、密着した箇所であれば、どこからでも全力の打撃と同程度の威力を出すことが出来ます。今は加減しましたが、多分、あなたの膂力で行えば、雑魚ガジェットくらいなら簡単に抜けますよ』
ファンタジー世界の中国拳法で言うところの、発勁だ。
「す……すごい!」
月並みな感想を口にし、目を輝かせる。
「どうやるんですか!?」
これを覚えることが出来れば、地味だが着実な進歩になる。
『…………さぁ』
「さぁ、って…………」
……本気で、分かっていないようだった。多分、『やっているうちに覚えた』という類の、参考にもならない言葉が出てくるに違いない。
『ま、身体で覚えればいいでしょう』
「…………えっ」
じりっ、と後ずさるスバル。それを、ちょとウキウキした様子のなのはがガッチリと確保する。
『さ。始めましょうか?』
「いえ、いいです! やっぱりいいです! 何でちょっと楽しそうなんですか!? いやぁあああー!!」
またしてもずりずりと、病院を怖がる飼い犬のごとく、なのはに引きずられていった。
――ブロロロロロッ
ある昼下がり。真っ白い軽トラックが、敷地内にやってきた。
「? なんだありゃ」
好奇の目が集まる中、がちゃっとドアを開けて出てきたのは……
「たっだいまー!」
いつも適当に脱ぎ散らかしているであろう、皺の寄った執務官服の、フェイトだった。そういえば、出張中という話だった。
「あのー……フェイトさん」
ボブカットの少女……ヤオが、フェイトが乗り付けてきた軽トラックを指差した。
「…………何ですか、その変なクルマ」
「へ……」
フェイトは、笑顔を凍りつかせ、慌ててヤオに詰め寄った。
「ヘン!? ヘンって、ボクのサンバーが!?」
「はい……すごく、変です」
「がーん…………」
……どうやら、ガチで愛車らしい。騒いでいたからか、他の隊員たちも、わらわらと集まってきた。
「ちっせー」
「頭つっかえそう」
「うわ、鉄板むき出しだぜ、これ」
「ぜってー安全基準クリアできてねーだろ」
散々な言われように、フェイトは、開き直って、得意げに無駄に大きな胸を張った。
「ふふーん。のったことないキミらには、わっかんないもんねー!」
――――イラッ
…………そのとき、隊員たちの心は一つになった。
『ウゼェ』……と。
「おいおい、何の騒ぎだよ」
……と、狙い済ましたかのように、六課のドライバー、ゼルビスがやってきた。
「おっ、ゼルビス。いいとこに来た」
「あれ見てよあれ」「あぁ? ……なんだ、あのちんちくりんは」
「そうそう。あのちんちくりんをさぁ……」「ほうほう」「……な?」「……楽しそうじゃん?」
後ろを向き、クケケケケ……と、邪悪な企みをする。
まずは、癖毛の女性局員……セラがフェイトの気を引く。
だが、相手は腐っても執務官。簡単な陽動には…………
「フェイトさーん! クッキー焼いたんですけど、食べますかー!?」
「え、ホントー!? わーい! たべるたべるー!」
何の疑いも無く、たたたたーっ……とセラに走り寄っていった。
…………現役執務官である。管理局の人手不足は、深刻かもしれない。
……フェイトを菓子で釣り、気を引いている隙に、ゼルビスが、窃盗団もかくやという素早さで、軽トラに乗り込む。そして、付けっぱなしだったキーを捻り、イグニッション。
――シュルルルルッ……ボウッ!
「はーいフェイトさん、チョコチップですよー?」
「わーい!」
――――ブロロロロロロォッ……
「…………って、ぁああぁああああぁあああああああーーーーーー!!!?」
クッキーを口いっぱいに頬張るフェイトが気付いたのは、軽トラが奪取された後だった。
ブホッ……と、クッキーの欠片を口から噴射しつつ、叫ぶ。
「か、かえしてー! ボクのサンバーかえしてよーー!!」
……まるっきり、オモチャを取り上げられたいじめられっ子だった。
で、そのオモチャを奪った張本人……ゼルビスはというと。
「おおぉっ! なんだよこれ、チョー楽しくね!?」
ヘコヘコに軽いクラッチ。すぐに吹け上がってしまうローギアードなエンジン。クルクルとハンドルに追従する足回り。正直言って、低性能だ。だが、ガチャコン、とラフにギアを入れても、ガフガフ言いながらエンストもせずに繋がるミッションを操りながら、エンジンを上限まで吹かし切る、扱いきるのは、大型車や高性能車では味わえない、新鮮な楽しさがあった。
――グァアアアアアアッ!!
「ひゃっほー!!」
調子に乗って、その場でスピンターンなども披露してのけ、隊員たちの喝采を浴びる。
やがて、馬鹿どもは調子に乗り、助手席に箱乗りするわ、荷台に乗るわ、やりたい放題。
「ぎゃはははは! サイコーだぜサイコー!!」
「おう、飛ばせ飛ばせー!」
「ひゃっはー!!」
――ガコンッ!!
「おわっ!?」
突然、何かに衝突したように、車体が揺れた。
「なんだなんだ…………ウゲッ!?」
その先には……
「……がるるるる! ふしゃー!!」
…………猛獣のように怒り狂う、バリアジャケットを装着し、稲妻を纏うフェイトがいた。
「フゥー! フゥーーー!! アンギャーーーーーー!!」
――ばちばちばちばち!!
「 「 「 「 「 ぎゃあああああ!! 」 」 」 」 」
馬鹿どもは、フェイトのアホみたいな威力の雷撃の直撃を喰らい、車から弾き飛ばされる。まさに雷神。たった一人残されたゼルビスは、ビビりまくっていた。
「サーセン! マジサーセンっしたァ!!」
平身低頭するゼルビス。だが、フェイトはゼルビスを運転席から引きずり出した。
「うぅるヴぁぎゃがぎゃぎゃ、ふんぎゃーーーーーーー!!!!」
「うぎゃぁあああああああああ!!」
フェイトの怒りの咆哮と、ゼルビスの悲鳴が響く。
――――ばきっ、ぼこっ、めごっ、ぐしゃっ、がりがりっ、めきゃっ。…………。ぽいっ。
ぼろ雑巾になったゼルビスを投げ捨てた
「………………」
しーん……と、さきほどまでの馬鹿騒ぎはどこへやら。
静まり返り……ササササー……と、ゴキブリのように音も無く避難を始める。
「にげんなー!! ボクをバカにしやがってー!!」
――バリバリバリッ……!! ズガシャーン!!
晴天の隊舎に、怒りの落雷が降り注ぐ。
………………フェイトにボコボコにされた隊員たちには、休暇明けまでの絶対安静が課せられた。自業自得である。
そして、休暇明けの前日のこと。
いつもの一日が始まるはずだった。隊員たちは、翌日からの訓練を思い出してか、憂鬱そうな顔で過ごしていたのだが……
――――キュキキキキィィッ!!
……玄関先に、機動六課のものではない警邏車両が急停車した。
ロビーにいた隊員たちが、怪訝そうな顔をするのと同時……
――――ドガシャァアアンッ!!
玄関の、強化ガラス製の自動ドアが、ハリウッド映画の飴細工のように、粉々に砕け散った。
――突き破ったのは、小振りな拳。
「…………」
ロングストレートヘアを翻し、陸士隊の制服をピシッと着込んだ女性が、ロビーに足を踏み入れる。綺麗な女性だ。
「――――妹を返しなさいッ!!」
綺麗な相貌を怒りに染め……ギンガ・ナカジマは開口一番、そう憤激するのだった。
「………………おう、今度は誰だ」
が、こういった事態には慣れっこな隊員たちは、立ち直りも早かった。
「昨日はコリンとエリオだったよな」
「スクーターに2ケツしてぶっ飛んでやがった」
「バカだよな、あいつら」
そんな隊員たちには目もくれず、ずんずんとロビーを闊歩して行く。
警邏車両から、お付きのように、シャッハが慌てて飛び出してきた。
「ちょっ…………ギンガ! 何をしているのですか、あなたは!?」
腕を取り、拘束する。
「放してよっ! いつもいつも、邪魔ばっかりして!」
「邪魔ではありません!」
今にも殴りあいに発展しそうな混乱の中、人ごみから、フィアットの押す車椅子に乗ってはやてが現れた。
「誰だ、お前? 人ん家の庭で騒ぎやがって」
制服の階級章を目にしたシャッハが、慌てて敬礼をする。
「失礼しました! 陸士108部隊に出向中、聖王教会所属・シャッハ・ヌエラです!
……ほら、ギンガも!」
「誘拐犯に名乗る名なんて無いッ!!」
ばしっ、とシャッハの手を払いのけ、はやてを睨みつける。
「誘拐犯……? それに、ギンガ…………ああ、お前、スバルの姉か」
得心したように呟くはやて。そして、スバルの名を聞いた途端、はやてに詰め寄る。
「いるのね!? スバルはどこっ!? 勝手に訓練校を辞めて、姿をくらましたと思ったら……こんな頭のおかしい部隊に隠れてたのねっ!?」
外野が、ざわめきたてる。
はやてにこんな口を利いて、無事で済んだ者は居ない。
「ああ、あああああ~…………も、申し訳ございません~!!」
再びギンガを床に組み敷いて、鏡餅のようにはやてに頭を下げる。
「ふぅん……?」
はやては、気分を害した様子も無く、ギンガを眺めていた。
「んで、お前……スバルに会って、どうすんだ?」
「決まっているでしょう! 連れ戻すのよ!! 今度こそ、絶対に逃がさないんだから!」
「ふむ。おい、フィアット」「はい?」
ぽわん、とした調子のフィアットに、命令する。
「スバルの居る場所まで案内してやれ」
「承知しました」
あっさりとしたものである。
「こちらへどうぞ」
からから、と車椅子を押しながら、フィアットが歩き出す。
ギンガは迷うことなくその後を追い、シャッハもその後に続く。
「今日こそ……何が何でも、連れ戻すんだから……」
ギンガは、血走った目で、ぶつぶつと呟きながら歩いている。
ほんの少しだけ歩き……着いた先は、運動場だった。
休暇中だけあって、人は少ない。ヴィータやクロノと訓練をしている者、何故か器具を用いて筋トレをしているもの等等。
その中に、スバルが居た。なのはと一緒で、何かの訓練中のようだ。
「スバルっ……!」
――次の瞬間、スバルはなのはにぶっ飛ばされた。
「………………!!!」
……ギンガの目が、一瞬で黄金色に変化する。
「――――うるさいぞ。ちと黙れ」
――ゴウンッ……!!
……はやてが、ほぼノーモーションで、ギンガの影を縛った。
「あぐっ!?」
……口の動きをも封じられる。
「あ、暗黒魔法……!? それも、かなり高度な……!」
はやてが得意とする、影を操る魔法の一種……影縫いだった。
「おい、なのは。ちょっとこっち来い」
『? 何?』
ノビたスバルを放置し、やってくる。
「コレ、見覚えあるか?」
親指でちょいちょい、と、彫像と化したギンガを指す。
『………………………………………………………………………………………………………………………………………………あ。大体分かりました』
……思い出したらしい。ついでに、はやての意図も察したようだ。
「んじゃ、任せる。お前の教え子のことだ」
『教え子…………』
じっくりと、その言葉をかみ締め……少し嬉しそうに、何度か頷いた。
『うん、うん……スバルは、私の教え子……教え子ですもんね……』
……『教え子』というフレーズに、何か憧憬でもあるのだろうか。
「う、ううん……?」
……ぶっ飛ばされていたスバルが、目を覚ました。そして、なのはの不在に気付き、見回す。そして。
「姉、さん…………!?」
『ああ、気付きましたか』
「……! 、!」
……何かを言おうとしているのだが、はやての影縫いが持続している所為で、何も喋れない。
『…………』
なのはは、面倒くさそうに刀を一閃。口元の影だけを、器用に切断した。
「ぶはっ! …………スバルに、何をしているの!?」
『鍛錬です』
「ふざけないでっ! スバルは私が守るんだから、そんなことしなくてもいいのよっ!!」
「……!」
スバルが、ぎゅっと目を閉じて俯く。なのはは、無表情の中…………若干、イラッとした成分を混ぜる。
『その程度の魔法に引っかかっている貴方が、何をどう守るというのですか?』
……凄まじく率直に、辛辣な言葉を投げつけた。
「!!」
ギンガは、怒りのあまり歯をかちかち鳴らし打ち震える。
『察するに、貴方は、スバルを連れ戻しに来たのですね?』
「そうよっ!」
何を当然のことを、と言わんばかり。
『いいでしょう』
……対する返答は、予想外のものだった。
スバルも、シャッハも、硬直している。
付き合いの長いはやてとフィアットは、苦笑いでそれを見ていた。
『ただし――――スバルに勝てたら、ですがね』
◆ ◆ ◆ ◆
「ああ、あああああ~……!! どうすんだよー……! 教官のばかー……!」
更衣室のベンチに座り、悶々と頭を抱えるスバル。その中は、当然、姉のことだ。まさか、ここにまで出没するとは、思ってもいなかった。
スバルをがんじがらめに束縛しようとするのも相変わらずだが、なのはの言動は、予想外だった。庇ってくれるとは思っていなかったが……まさか、あんなことを言い出すとは。
『勝てばいいんですよ。勝てば』
「簡単に言うなよ~!!」
言うに事欠いて、あのモンスターに、喧嘩で勝てと言う。思い出す、ほんの数ヶ月前のこと。繁華街に誘い出され、まさかの人前でサンドバッグにされ、情け無くもティアナに庇ってもらった、あの事件。
あの拳の硬さと痛さを知っている。
ギンガとの対決を10分後に控えた今だって、足が竦んで、膝が笑って、立ち上がることすら困難なのだ。
だが……それでは、あの日と何も変わらないのも、事実で…………
「――――ええい、くそ!! なるように、なれ!」
膝を叩いて、意地で立ち上がった。
『ほう、逃げぬのか?』
マッハキャリバーが、試すように聞く。
「……正直、逃げたいよ。投げ出したいよ」
今は、相棒しか聞いていない。思うだけの弱音を、正直に吐き出す。
「でも……それってつまり、ティアナを、チームの皆を捨てるってことだ。皆を捨てて、自分だけ安全な場所に逃げ隠れる……卑怯なことだ」
はぁ……と、深呼吸をし……顔を上げた。
「私……甘ったれで、弱虫かもしれないけど……卑怯者にだけは、なりたくないんだ」
……試合会場は、先ほどの運動場だ。
教官だけではない。フォワードチームの皆、六課の同期の面々が、示し合わせたわけでもないのに、見届けに来ていた。
ざっ……と、足場の砂利を踏みしめる。マッハキャリバーは、待機状態のまま、首に提げている。
「――スバル」
ギンガは、動きやすい訓練服に着替えた状態で待っていた。
「ねぇ、お願いがあるの。スバル」
「奇遇だね。私も、姉さんにお願いがあるんだ」
毅然と、ギンガを真正面から睨み返すスバル。多少、ギンガも面食らった様子だった。
「大人しく、私のところに戻ってきなさい」
「もう、私を子ども扱いするのをやめて」
…………真っ向からぶつかる、互いの願い。
「…………」
「…………」
静かな緊迫。
睨み合い……そして、互いに譲る気が無いことを察した。
「だったら私は、」
「だったら私は、」
互いに、構える。……似通った構え。まだ、仲の良い姉妹だった二人が、最愛の母から授かったもの。
「あなたを倒して、連れ戻す――!」
「姉さんを倒して、認めさせてやる――!」
スバルの拳と、ギンガの肘撃ちが衝突する!
――ガスンッ!!
「くっ……!」
拳と、肘。真正面からぶつけた拳が、やや押し負けた。
「あはっ……!」
狂的な笑みと共に、追撃の拳が、スバルの顔面を狙う。
――ジッ!!
掠めた頬が、僅かに焦げる。
「うぅっ……!」
側腕で受け流し、バックステップで距離を取る。だが、ギンガはそれにタイミングをぴったり合わせ、突撃していた。
「はぁっ!」
回し蹴り! スバルは、受けたものの、大きく蹴り飛ばされた。しかも、攻撃はそこで終わりではない。回転の勢いを殺さないまま、しかし鋭く、左の手刀が飛んでくる!
「……ぅああッ!!」
スバルも、やられっぱなしというわけでもない。その手刀を掴み取り、勢いのまま背負い投げた!
「ぉ……!?」
だが、投げの途中、ギンガはつかまれた手を振りほどき、難なく着地する。
「あ、しまっ……!」
ギンガは、長い髪を翻し、がら空きになったスバルのボディへ、痛烈な左フックをぶち込む!
――ズドンッ!!
「ごふっ……!!」
吹っ飛ばされ、地面を滑る。
……奇妙だった。観戦している六課の面々も、違和感を感じていた。
――スバルは、こんなに弱かったか?
…………いつもスバルへ体罰を加えていたギンガ。スバルへ拳を振るうことは、慣れてしまっている。対してスバルは、いつもは殴られっぱなしの側。そういう要素もあるのだろうが……やはり、肝心要のところで、スバルはまだ、ギンガの精神的重圧から、逃れられていないのだ。
「くぅっ……!」
ギンガは、余裕の表情で、構えを取っている。
「――――ねぇ、スバル。もういいんじゃない?」
…………ギンガは、すっとその構えを解き……不気味に優しい声で、スバルに話しかけた。
「――よく頑張ったわ。そこそこ動きもサマになっているし、一生懸命、訓練したのねぇ」
ギャラリーも、ざわめいている。
「――あなたの気持ちは、よぉく分かったわ。……だから、もう、スバルも意地を張るのはやめにしましょう? 姉さんも、あなたに手を上げるのは、気が重いのよ」
……気遣うような素振りを見せ、篭絡をしに掛かる。気が重い、というのは、恐ろしいことに、本気なのだろう。
「もう、子ども扱いするのは、やめてあげる」
――ぴく、と、スバルの身体が、動いた。
よろ、と立ち上がったスバルは…………一歩、二歩……ギンガの元へ、歩み寄った。
「そうよ、スバル。それでいいのよ」
ギンガは、両腕を広げて、スバルを受け入れる。
スバルは……すっぽりと、ギンガの腕の中に、納まった。
「いい子ね、スバル……、」
「姉さん」
……スバルが、いやにキッパリした声を出す。
「?」
「調子に、」
とん、と。スバルの拳が、ギンガの胸に軽く当てられる。そして
「――……乗るなァッ!!」
スバルの足が、地面を捉える!!
――――――ドズンッッ!!!
なのは直伝の、ゼロ距離打撃が炸裂した!!
「ごはぁァッ……!!?」
未知の攻撃をモロに食らい、ギンガが吹き飛ぶ!
『見事です……!』
人知れず……なのはが、ぐっと拳を握り、小さくガッツポーズを取っていた。
「……ったく、心配かけさせるんじゃないわよ。あの馬鹿」
ティアナは……ギンガの額へ向けていた銃口を、そっと下ろした。
「こ、こんな技……! 母さんからは、教わって……!?」
「私だって、成長してるんだ!!」
まさかの反撃に、狼狽し、混乱するギンガ。それでも、鋭い突きを繰り出す。
スバルは、また、側腕で……
――くんっ。
スバルは、その腕を、拳の進行方向へ、コロのように回転させ、威力をほぼ完璧に受け流す。……化勁だ。
「なにっ!?」
「はァあああっ!!」
そして、正拳突き!
「! これなら!」
何の変哲もない、ただの直線突きだ。ギンガは、腕をクロスさせ、受け止める構えを取る。
――ガシィッ!!
「! 重っ……!?」
スバルの本来の拳は、ギンガのガードを、真正面から貫き通す!
「うンッ……!!」
インパクトの瞬間、スバルは、全身を鋼鉄のごとく引き締め、硬直させる!
――――ドゴンッ!!
「が、ぁうっ……!!」
鉄球が炸裂したかのような衝撃!
「『剛体術』、っていうんだよ!」
……それもまた、なのはがスバルに授けた技だ。
スバルの追撃を振り切り、間合いを取る……つもりが。
「フッ!!」
全くの同時に行動したスバルが追いつき、『真正面からの奇襲』という、奇天烈な攻撃をする。
――パァンッ!!
「あぅっ!」
顔面に掌打を喰らい、仰け反る。
「『無拍子』! これも、なのはさんが教えてくれた!」
「うああああっ!!」
最早、最初の余裕など毛ほども残ってはいない。がむしゃらに手足を動かし、スバルに打撃の雨を浴びせる。
「駄目……駄目、駄目、駄目よっ! ねぇ、スバル! どうして分かってくれないの!?」
鬼神のような連撃。
「ぐ、ぅっ……!!」
化勁の防御力を上回る手数で、スバルに打撃を当ててくる。
「スバルを守ってあげられるのは、私だけなんだァッ!!」
――ドンッ!!
……遂に防御が押し開かれ、胸部に一撃を喰らう。
「このォっ!!」
スバルは、その腕を取り、再び背負い投げる!
――ドバンッ!!
今度こそ、地面に背中を打ち付けられるかと思いきや、ブリッジのような体勢で、足の関節で衝撃を吸収。反動をバネに飛び起きる!
「 「 うおおおおっ!! 」 」
――ゴキィッ!!
クロスカウンターで、互いの顔面を打ち抜く!
堪らず、揃ってダウンする。
「どうして…………わかってくれないの、スバル……」
ふらふらと立ち上がった二人。先に口を開いたのは、ギンガだった。
「どうして、守らせてくれないの……?」
俯いた表情は、前髪に隠れて見えない。
「頼まれたんだよ……? 母さんに、『スバルを守ってあげて』、って…………」
……亡き母との、約束があった。ほんの3つ違うだけの姉に託された、約束が。
「母さんとの約束、守らなきゃ…………そうじゃなきゃ……」
だが……二つの事件が、それを歪ませてしまった。
スバルを守る。ただそれだけが、大きく大きく、膨れ上がり……
「私がいる意味、無いじゃないっ!!」
――その『約束』そのものが、存在意義となってしまった。
「!!」
止めなければならない。その過ちを、正さなければならない。
――彼女の、家族として。
その、重い、重い拳を受け止める。
「そんなこと……言ったら、駄目だ。姉さん……!」
「……!!」
ギリ、ギリ……と、押し戻す。
「もういっこだけ……ずっと、言いたかったことがあるんだ……!」
左ストレートを、額で止める!
「私は、もう、大丈夫…………! 守ってもらわなくても、大丈夫だから!」
「……!」
ギンガは、それを否定する言葉が無かった。
「自分の道を、進んで欲しいんだ! ねぇ、――」
至近距離……スバルの右拳が握られ、ギンガの、左拳が固められる。
「ギン姉ッッ!!」
――――――決着。
スバルの拳は、ギンガの顎を、真下から掬い上げるように打ち抜いた。
「………………、」
ぱちり、と開いた目には、真っ白い天井と、傍のスツールへと腰を下ろし、林檎などをショリショリ剥いているシャッハが写った。
「気付きましたか?」
……散々に手を焼かせているというのに、このシスターは、いささかもブレない。
「………………」
しかし、ギンガは……シーツを手繰り寄せ、頭から被ってしまう。
「…………………………………………」
…………どよぉん……と、擬音が聞こえてきそうなほどに暗い。
「その様子だと、ちゃんと覚えているようですね」
シャッハは、シーツの隙間に、ウサギ型に剥いた林檎を差し入れる。
しゃくしゃく……と、シーツの中で、林檎を咀嚼する音が聞こえる。
「……………………自分の道って、何」
反抗し、拗ねる声。
「私はずっと、スバルを守るために生きてきたのよ。今更、他の生き方なんて……わからないよ、そんなの」
シャッハは……そんな拗ねた声ながらも、どこか、憑き物が落ちた印象を受けた。
「で、どうするんですか、貴方は?」
「――スバルを守るわ」
ずでん、とシャッハはずっこけた。
「でも、スバルに負けた私が言うのは、おこがましいわよね」
『守る』というのは、はっきりとした力量差が無ければ実現しないのだ。
「当面の間、鍛え直すわ」
シーツの下から伸びた手が、林檎を丸のまま引っ掴んでいった。がりごり。ぼりぼり。
「このままじゃ、スバルに守られてしまうもの。それじゃあ、本末転倒だわ」
「――そうですか。それと、一つだけ通達が」
「?」
「――ギンガ・ナカジマ陸曹。本日付で、陸士108部隊より、機動六課への出向とする」
……極上の笑顔で、死刑宣告をかました。
「―――――――――――――――――――――――――――――――え?」
スーツがはらりと落ち……ギンガは、シャッハの顔を見た。
「…………そろそろ私も、貴方にお灸を据えてやらねば、と思っていたところです」
ニッコニコ……と、不気味なまでに満面の笑み。だが、その額には、隠しきれない青筋が浮いていた。
「そんな馬鹿な話、通るわけ無いでしょう!?」
「――通るんだなぁ。通っちゃうんだなぁ、コレが」
いきなり、医務室のドアが開き、車椅子をフィアットに押させて、リーゼを従えた……いつものはやてが入室してくる。
「ぶ、部隊長……!?」
はやては、凄まじく意地の悪い笑みを浮かべ……ギンガの肩に、馴れ馴れしく手を回す。
「おうコラ。頭おかしいだの何だの、随分とナメた口利いてくれたじゃねぇか。あァ?」
……そう。あの、蛇よりも執念深く、根に持つタイプのはやてが、ギンガの暴言を、大人の態度でスルーなど、してくれる訳は無かったのだ。
「あ。おじさまの許可は取り付けてありますよ?」
……相手方の部隊長にも、話がついているようだ。これは、つまり……
「そ……そんな…………」
……頭がおかしい呼ばわりした部隊に、まさかの栄転だった。
はやては……ニタァ、と、心底邪悪な笑顔を、ギンガの至近距離にまで近づける。そして…………
「――――ようこそ、地獄の一丁目へ」
「ぃいやぁああああああああああああああぁああああァあぁぁあああああ………!!」
…………ギンガの悲鳴が、隊舎に轟いた。
◆ ◆ ◆ ◆
――ぃいやぁああああああああああああああぁああああァあぁぁあああああ………!!
……ギンガの悲痛な叫びは、廊下にまで突き抜けていた。
「…………」
菓子や軽食を積んだバスケットを胸に、スバルが突っ立っていた。
入るに、入るタイミングを逸してしまっていたのだろう。
『おい、スバル。ンなとこ突っ立ってないで入って来い』
「!? は、はい!」
筒抜けだった。おずおずと、バスケットを抱えながら、医務室に入る。
「あは、あはは~……あのー……お邪魔します~」
「あ、え……スバルッ!?」
ギンガが、赤面して姿勢を正す。
「うっし、スバルとギンガ以外、撤収!」
……はやての号令に、マジで退室して行く一同。
「えっ? えっ!?」
去り際、シャッハがスバルの肩をポン、と叩き、意味深なウインクをする。
さて、いよいよ二人きりになってしまった。
「これ、差し入れ」
バスケットをギンガに渡すと、やることが無くなってしまい、所在無くなってしまった。
「で、その……私が聞くのも、変なんだけどさ…………大丈夫?」
「…………正直、まだちょっと痛いわ」
さすさす、と撫でる腕には、打撲痕がいくつか。
「ごめん……」
「気にすることじゃないわ。そういう勝負だったでしょう?」
「うん。でも、ごめん」
ギンガは、ベッドにごろん、と身を投げ出す。
「ギン姉」
……その、久しぶりとなる呼称に、驚くギンガ。
「――――、なぁに、スバル?」
「今度……また今度、オフの日に…………遊びに行かない?」
「…………構わないわよ」
「その時、さ…………みんなのこと、紹介したいな」
「みんな……?」
「うん。……私の、仲間たちのこと」
…………あの日の、やり直しだ。あの日は、和解の意思さえ無く、散々に終わってしまった。だが今は……
「――――ええ、楽しみにしているわ」
ギンガは、優しい笑みと共に頷くのだった。
――。
扉の向こうでは、おそらく、和解が成されていることだろう。
はやてたちは、各々の持ち場へと戻ろうとしている。
「きょうだいとは、良い物ですね」
シャッハは、若干の憧憬を感じさせることを言った。外面モードのフィアットが、ぽややん、とした顔で話に加わる。
「シャッハさん、一人っ子ですかー?」
「弟、のようなモノは、居るには居るのですが………………なにぶん、手が掛かる奴でして」
「わかります、わかりますー。私にも、実は弟的な人がいるんですよー」
弟的……というか、半分は血が繋がった実弟だ。
「でもその子、手が掛からなさ過ぎて、ちょっと寂しいんですよー」
「その弟さんの半分でも、あやつに真面目さがあれば…………」
やいのやいのと、楽しそうに会話をする二人。
よもや、その『弟』的な二人が、同級生で顔見知りで友人同士……ということは、まだばれていないようだった。
「……妹、かぁ」
はやての、ぼそっと漏らした言葉。
「気になりますか? 主」
リーゼが気遣う。無論、連想したのは…………あの少女のこと。
「――――いや。あの子はもう、『こっち』のこととは、無関係なんだ。あの子にはあの子の日常がある」
そういうはやてだったが、強がりだということは、明らかだった。
「――――あ、部隊長。メールです」
と、フィアットの端末が着信を知らせる。
「誰からだ?」
「レジアス・ゲイズ中将です」
「……………………」
ぱっ、とフィアットの手から端末を奪い取り、そわそわした様子で画面をスクロールさせる。
「フィアット。明日一日、私の予定を全てキャンセルだ」
「……はぁ。本部との折衝はどうなさるおつもりで?」
心底あきれた風に、フィアットが溜息をつく。シャッハが、その越権にも等しい行為に、ぎょっと目を剥いた。
「自分の予定を優先するのは結構ですが、まずは義務を果たしませんと」
「ンなもんテキトーにはぐらかしとけ」
「チッ……死ねばいいのに」
……真正面から毒づくフィアット。シャッハはもう唖然として、言葉を失っている。
――――はたから見れば異常でも、機動六課では日常の光景だった。
……そして、翌日。ターミナルとは反対側の、比較的人気の少ない路地。
「………………」
一軒の飲食店の脇で、一人の小柄な女性が、壁にもたれていた。キュロットパンツに編み上げのブーツ。七部袖のストライプシャツにデニムベスト。オレンジ色のサングラスに、キャスケット帽を被る。傍らには対照的に、ジーンズにスニーカー、黒いパーカーと、シンプルな装いの女性。
……はやてと、リーゼである。
「…………約束の時間までは、ええっと……」
「12分45秒です。その質問は5回目ですね」
……はやてにしては珍しく、そわそわした様子だった。
「いや……だってよ……久々じゃん?」
「およそ半年振りです」
「やっべーよ……なんも連絡してなかったし…………ぜってー何か言われる」
この傲岸不遜が服を着て歩いているようなはやてにも、苦手な人物がいようとは。
がりがりと爪を噛み、『やべェ……やべェよ……』とごちる。
「主」
「……」
「主」
「あーっもう、何だよ。聞いてるっつーの」
「後ろに、」
……と、リーゼが全てを言い切るよりも早く……
「は~や~て~~~~~~~~♪」
………………猫なで声とともに、はやての首に両腕を回して抱きつく者が居た。
「うぎゃァあああああぁああああああああああああ!!?」
背中に氷を入れられたようなリアクションで跳ね上がる。
「はやて、はやて、はやて~♪ 久しぶりね~♪」
「ひっ、おっ、おまっ…………
――――オーリス!?」
彼女こそ、至天の王・八神はやての天敵………………オーリス・ゲイズである。
「あら、少し背が伸びたのね~?」
なでなでなでなで………………と、無限の愛情を体現したような撫で回しが炸裂し、はやてを更なる恐慌に陥れる。
「バカヤロー! 削れて縮むだろうがッ!!」
「縮んだはやても可愛いわっ!! ああ、可愛いっ!!」
「う、おっ、やめっ、…………リーゼ! リーゼぇええええ!!」
みっともなく従僕に救援を求める。リーゼは、やれやれといった様子で、オーリスを引き離す。
「ああん、もう。もうちょっとくらい、いいじゃないの…………」
至極残念そうに指をくわえるオーリス。
「ふ、ふざけんなー! なんでお前がここにいるんだぁー!!?」
リーゼの背に隠れ、ふしゃー……と、威嚇する。オーリスは、しれっとした顔で……
「だって私、父さんの秘書官だもの♪」
……と、開き直った。
「オーリス、急ぎすぎだ…………………………遅かったようだな」
遅れてやってきた、ポロシャツ姿のレジアスは、オーリスに絡まれるはやての痴態を見て、目を覆った。
飲食店の座敷に案内された4人は、各々席に着く。
はやてはリーゼにひっついていたのだが、オーリスがそれを引っぺがし、自分の隣に座らせた。
さて、こうして、非公式の場で会ったわけだが。
「元気にしていたか?」
…………それもそのはず。ただのプライベートなのだから。
「おじさん、そればっか」
ふっ、と笑うはやて。
「当然だ。半年間、連絡も寄越さずに……全く」
「悪かったよ。つい、忙しくてさ」
注文した料理をモリモリと食べながら、他愛の無い会話をする。
「そうよ、もうちょっと、会ってくれたっていいのに……」
「おめーとだけは本気で会いたくなかったんだよっ!」
「あら、いけず……でも、そんなところも……!」
「もうこいつヤダー!」
…………数年前。レジアスが、約束どおりにオーリスとはやてを会わせたことがある。
母親は既に亡く、兄弟もおらず、父親であるレジアスは多忙の身。決して愛情を注いでこなかったわけではなかったが、それでも、幼少期のオーリスは、やや淡白で、そっけない子に育っていた。
それを心配して、はやてと合わせてみたのだが………………
「――どうしてこうなった」
目の前で、はやてに抱きつく……というか、鯖折りをかますオーリスの姿を見て、つくづく思った。
「で、どうなの? またあの性悪ババァにいじめられてない?」
「……そりゃフィアットのことか」
「ええ、そうよ! こんなに可愛いはやてを虐めるなんて許せない!」
納得ずくの関係なのだが、オーリスには許せないらしい。
「ああ、口惜しい! どうしてあのババァがはやての隣にいられるのよ! わたしに譲りなさいよ!」
「抱きつくんじゃねー!!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ二人。リーゼはいつものことと、傍観の構えだ。
「――さて……はやて」
「おう……」
はやては体力を使い果たし、オーリスの膝の上に載せられていた。オーリスは、はやてをエネルギー源に体力を回復できるため、未だツヤツヤしている。まさに天敵。
「早速だが、機動六課に新たな任務だ」
すっ、と渡された資料を受け取り、目を通す。
「――――――――――えっ」
レジアスの顔を見る。だがそこには、大真面目な顔があるだけ。
「おじさん…………これ、マジ?」
「ああ。紛う事無く、真実だ」
「……………………うわー」
と、リーゼに資料を手渡す。
「………………。おや、これは」
リーゼも、意外そうに目を剥いた。
「――わかった。受けるよ、この任務」
はやては、特に嫌がる素振りを見せず頷いた。
「さーて、そんじゃあ準備があるから……」
そそくさと逃げようとするはやてを、オーリスが捕獲する。
「――リーゼ。はやての今日の予定は?」
「(リーゼ! ごまかせ! 絶対にごまかせ!)」
はやてからのアイコンタクトを受け取ったリーゼは、すらすらと虚偽報告をする。
「午後から、部隊内での教導を査察する予定で、」
「嘘ね」
…………あっさりと、オーリスに看破される。
「………………」
唖然とするリーゼを尻目に、いずこかへ通信を繋げる。繋いだ先は……
「時空管理局本部・情報統括室所属オーリス・ゲイズです。本日、機動六課の部隊長は」
『あ~、オーリスさんですか。部隊長は、本日いっぱい、非番の予定ですねぇ』
…………一日、時間を空けていたのが仇になった。
「さァ……は・や・て~~♪」
「ひぃいいいっ……!」
――――結局この日。はやては10時間以上、オーリスに連れ回されたのだった。