魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
たったったったったっ……と、一定のペースで、早朝の町並みの中、足音が響く。
「ふっ、ふっ……」
規則正しい呼吸音。どうやら、ランニングをしているらしい。
年のころは、中学生か、高校生か。ジャージにスポーツシューズという、いかにもな運動部。
そして、走りきった彼が到着したのは、一軒の民家だった。
このとき、時刻は午前七時。彼にとっては、ごくいつもどおりの到着だった。
表札には、『八代』とあった。
――ピンポーン
インターホンを押す。どうやら、自宅ではないようだ。
『はーい』
押し主が誰なのか、完全に把握している口ぶりで、家人が応じる。
「おう、望! オレオレ!」
やや弾んだ息で、快活な声で告げる。
『ああ、健太か。入っていいよ』
「お邪魔しまーす!」
勝手知ったる……といった様子で、玄関を開け、家に上がる。
「おはよー」
台所から顔を出したのは、ボブカットの少女。制服の上にエプロンを着け、朝食の準備をしていたようだ。
そして二人は、慣れた様子で、リビングのテーブルで朝食を取る。
「……あんた、今更だけど良く食うわよね」
望は、目の前でがつがつと白米を掻き込む健太に目線を向け、そんなことを言った。
「だって、腹減るじゃん」
「ほんと、男の子って感じ」
小学生のころ、そんなに変わらなかった身長は、今や15センチも健太が上回っていた。
「俺らも、来年は受験なんだよなー……」
健太が、ぼそっと憂鬱そうに呟いた。
「何暢気なこと言ってんのよ。受験はもう始まってるようなモンでしょうが。中三よ、中三。部活だって引退間近でしょ」
「いや、いやいやいや……まだだ、まだ大丈夫……!」
……受験勉強という現実を受け入れようとしない幼馴染の少年に、望は呆れた視線を寄越す。
「あーあ、今回の試合、パッとしなかったからスポーツ推薦は難しいよなぁ……ま、イザとなったらフツーに勉強して……」
「あのね、結構偏差値高いのよ? あそこ。……ま、私は大丈夫だけど」
「うぐっ……」
志望校は、どうやら同じようだ。そして、その話の中……二人は、どうしても、彼女たちのことを思い出してしまう。
「高町と八神……いま、何してんだろうな」
……小学三年生の冬。忽然と姿を消した、二人の級友のこと。
「フェイトのやつは、外国で仕事に就いたとか言って、たまにメールもくれるけど」
「…………うん」
望は、漠然とだが、分かっていた。きっと……自分たちの日常とは、別の世界での出来事が原因だと。フェイトに尋ねても、うまくはぐらかされてしまう。
――――ヴーッ、ヴーッ……
……と、卓上に置かれた携帯電話が、メールの着信を告げる。
「あれ……? 知らないアドレスからだ」
そして、文面を開き………………………………
「……おい、望? どうした? 固まって」
「、! !」
望は口をパクパクさせ、開いた携帯電話を、健太の顔面に押し付けるように差し出した。
「うわ、おい、何だよ!?」
「メール! メールが!」
「いやだから落ち着けって!?」
ぱっと望から携帯電話を受け取り、文面を追う。そして………………
◆ ◆ ◆
――ピピピピピッ! ピピピピピッ!
もぞもぞ、と、ワンルームマンションの寝室で、携帯電話がアラームを鳴らす。
「ん、ん~……?」
ずぼっ、と布団から顔を出したのは、ボサボサ頭に寝ぼけ眼の女性。
「……もう、朝?」
にょきっと手が伸び、携帯電話を手に取り、アラームを解除する。
「……あら?」
同じく表示されていた、新着メールの表示。
「葉山君と、八代さん……?」
なんとも懐かしい相手からの連絡だった。
――ピピッ
その文面を開くよりも先に、またしても新着メール。今度は、見覚えの無いアドレスから。何の気の無い操作で、その文面を開き………………
――ドタンッ!!
……ベッドから転げ落ちた。
「え、え、うそ、うそ…………!?」
そして、神業のごとき速さで、電話帳を開き…………
「は、長谷川先生ーーー!! 私です、咲です、富山咲ですーーーー!!」
……朝っぱらから、恩師に電話攻撃を仕掛けた。
◆ ◆ ◆
海鳴市の一部分が、大騒ぎになる、その少し前。機動六課の部隊長室にて。
『何、はやて。こんな朝っぱらから』
日常生活用の義手を付け、訓練用の駄剣を一本ベルトに提げた姿で、なのはがやってきていた。
「おう、なのは。座れ座れ。アホも呼んである」
『……フェイトも? ま、いいけど』
どかっ、とソファに身を投げ出し、懐から煙草とライターを取り出す……が、ぱっとフィアットに取り上げられてしまう。
「なのはさぁん? ここは禁煙ですよぅ?」
『…………はーい』
渋々、今度は手持ち無沙汰にでもなったのか、卓上にあったカップケーキをつまみ始めるのだった。
「ごめーん、おそくなった!」
「だから、録画しておいて後で見ろと」
「だって、リアルタイムで見たいじゃん!」
「我慢しろ」
と、フェイトとシグナムが入室してくる。
『これで全員?』
ぽりぽりと煎餅をかじりながら、なのはが聞く。
「いや……あと一人だ」
そして……最後の一人が、ドアを開けて、入室する。
「失礼します」
入室してきたのは、中背の男性だった。薄茶色の髪の毛、柔和で中世的な顔立ち。
最初、なのはは、ぽけーっとその顔を眺めていて……やがて、得心したように、ぽん、と手を叩いた。
『………………あ、ユーノくんだ』
ユーノは、なのはを見やり……一瞬、悲しそうな表情をした。
「久しぶりだね、なのは。皆も」
『顔色悪いよ。ちゃんと寝てる? ちゃんと食べてる?』
「うん……まぁ、ぼちぼちってとこかな」
何の気の無い、家族の会話。しかしこれも、ほぼ数ヶ月ぶりの再会だった。
フェイトは事前に知らされていたのか、『やっほー』と、ひらひら手などを振っている。
『で、はやて。最初の質問に戻るけど…………何、朝っぱらから』
「んじゃ、説明すっかな」
よいしょ、と杖を突き、億劫そうに立ち上がる。
「まぁ、ぶっちゃけ言うとな。管理外世界へ、出張任務の依頼が来た」
――出張任務。
なのはの第六感が、警鐘を鳴らす。
『…………』
マズい。囲まれている……と。
「その近辺で、小規模ながら、レリックに近い魔力の反応が検知されたんだと。が、しかし小規模だ。正規の部隊が、無駄足に終わるかもしれない管理外世界への出張になんぞ、わざわざ労力を割けるか、っつー話だ」
レリックに近い反応、というのは、本当の話だ。
「んで、出張先は…………
――第97管理外世界『地球』・極東方面『日本』沿岸部……………………『海鳴市』、だ」
なのはは、脱兎のごとく駆け出――――
『あ、れ…………?』
――――せなかった。
かくん、と膝が抜け、視界がぐわんぐわんと歪む。
『なに、これ…………! くそっ……!』
立ち上がれず、もがくなのはの眼前に、はやてがしゃがみこむ。
「ひひひひひっ……マジでひっかかってやがんの」
――――底意地の悪い笑みを浮かべて。
ぐるりと室内を見渡すと、自分以外、割と平然とした顔だった。
つまり――――計画通り。
『い、いつの間に! ……って、アレしか無いじゃない!』
……先ほどまで、なのはが食べていたカップケーキだ。
「はい~。わたしの特製です~」
フィアットが、ニコニコ顔で語る。
「なのはさんは、煙草が切れると、手近なお菓子を摘む癖があるので~」
……煙草を取り上げた時点で、既に、ハメられていたのだ。
「本当は、部隊長に召し上がっていただいて、一刺ししようかと~。うふふ」
「うふふじゃねぇ……」
げんなりするはやてに、ニッコニコと、得意満面のフィアットである。
「これでも、元・諜報部所属なんですよ~?」
『は、図ったなぁあああああああああああ~!!?』
◆ ◆ ◆
てくてくと、六課の廊下を、スバルらフォワードチームとセリカが歩いている。
「管理外世界かぁ……誰か、行ったことある人、いる?」
が、当然、首を縦に振るものはいない。
「地球って、アレだろ? 高町教官と、八神部隊長の生まれ故郷」
「魔法は一般的には認知されていないけど、ミッドチルダとほぼ同等の文明レベル」
「でも、たまに、やたらまりょくのつよいひとがいる」
地球について、知っていることといえば、この程度だ。
「あと、アレよ。兄さんのバイクを取り寄せたトコ」
「…………ほほう?」
セリカが、目をギラリと怪しく輝かせる。
「………………私的物品の購入、誤魔化すにも限度があるんだからね」
ティアナが釘を刺すが、止める気はあまり無いようだ。
「『おーりんず』のサス、『まるけじーに』のホイール、『もりわき』のマフラー……!『すうぇっじらいん』のステンメッシュホースも……! タイヤも、パッドも、買い放題……!! シエラさんへのお土産も、たんまりと!」
「聞いちゃいねーよ、コイツ」
エリオが、夢見心地のセリカを突っつく。
「ね、エリオくんエリオくん。フェイトさんがね、おもしろいまんが、よませてくれるんだって」
「あー、そういや、そんなこと言ってたな。『絶対面白いから! 面白いから!』……って。ありゃ、話し相手が欲しいだけだな」
うんうん。と同意する一同。まぁ、なんというか……フェイトの感性は独特で、ついていけないことが、たまにある。
「そういえば、今回同行してくれる人……ええっと、誰だっけ?」
「無限書庫の司書長さん」
「……? 何で本屋が着いてくるのよ」
「現地での長期滞在経験があるんだと」
「なら別に、なのはさんでいいじゃない」
「ブリーフィングにもいなかった」
いつもなら、部屋の片隅で聴いているのだが…………とっくに現地に荷物のように輸送されていることなど、誰も知りはしない。
「は? オレが知るかよ」
「……最近、生意気すぎるわよアンタ」
ティアナが、エリオの頭を両の拳で挟み込む。
「あぃででででっ! 何しやがる!」
そんなこんなで、遊びながら……出張任務が開始された。
◆ ◆ ◆
――――薄暗い空間だった。
照明は灯っているのだが、光量は小さく、最低限。その代わりに、部屋中を埋め尽くさんばかりの大量のモニターが、何らかの数列やグラフを、絶え間なく更新し続けていた。
「んー、ふふーん、ふふーん」
その、大量のモニターの中心。簡素な椅子に座り、鍵盤のようにホログラフキーを叩く、一人の姿。
「ふふーん」
鼻歌のように漏れるのは、甘い、少女の声。
ボディスーツ状の衣服の表面には、配線のような幾何学模様。そして、その頭には、バイザーのようなヘッドギアを装着しているため、素顔は伺えない。
――ピッ
「……あら?」
新たにホップしたタブへ目をやり、ちょこん、と可愛らしく首を傾げる。
「思ったよりも早かったね」
そして、視線によるカーソルで、回線を繋ぐ。
「もしもしー?」
『……』
……繋がった気配はあるのだが、答えてくれる様子が無い。
「ああん、もう。お返事くらいいいじゃない。…………ルーテシア」
『こっちだって忙しいんだよ』
ようやく返ってきた答えは、無愛想でつっけんどんだった。
『それに、あんたの頼みは聞きたくない。ろくなことにならないし』
……あまり、信用はされていないようだった。
『どうしてもって言うから、このまえはガリューを出したのに…………結局失敗したじゃないか。ガリューは傷ついた』
「えーと、実は…………例の部隊が、」
『わかった。行こう』
「って、早ッ!?」
あまりの変わり身の早さに驚く。
『あいつらは許さない……ガリューの腕を斬ったあの野蛮人も…………レリックを使ったあいつも。絶対絶対、絶対に許さない…………!』
「て、手伝ってくれるなら、ありがとう…………?」
でろでろとした粘っこい悪意に、思わず腰が引けた。
「オホン。……えー、今、動かせるのは誰? ゼータあたりかしら?」
『ゼータは別任務。シータは調整中、ガンマは補給中』
「ふむ。となると……………………――――あっ」
……そして、はた、と動きを止める。
「……待って。ちょっと待ってルーテシア! やっぱナシ! お手伝いいらない!」
…………何故か必死に拒否する。が、ルーテシアは既に聞く耳を持っていない。
『ガリューと……『デルタ』を使う。任せて――――クアットロ』
「駄目ぇえええええええー!!!」
ぶちんっ、と回線が切られた。薄暗い部屋から転げ出る。
「だ、誰かー! 誰かいないのー!?」
廊下の角から、二人の少女がひょこっと顔を出す。
「あ、クアットロだ」「二日ぶりッスね」
そのうち一人……髪の一房だけを長く伸ばした少女が ぱっ、と顔を綻ばせ、とことこと駆け寄ってくる。
「ディエチちゃん! 丁度良いところに!」
「うん! 出撃だね!?」
「そうっ! 出撃よっ!」
「うんわかった! おっきいの、ぶっ放してくる!!」
――ガションッ
……身の丈ほどもある武装を、軽い調子で背負う。
「って、違う! 違うのよディエチちゃん!! まだなのよ!」
「ま、いいや! ぶっ放してくるね! いやっほぉおおおお!!」
「駄目ぇ! 駄目だってばぁ!」
ひょいっと武装を担ぎ上げ、軽快な足取りでポータルへ向かうディエチにしがみつき、ズリズリと引きずられる。
「ウェンディ! ディエチちゃんを止めてぇ!!」
「任せるッス!」
もう一人……ウェンディと呼ばれた少女は、――――何故か、クアットロ、ディエチ両名の身体を抱え上げ、ポータルへと乗り込んだ。
「私は行かないってばーーーー!!」
「えっ?」
既にポータルは起動済み、スイッチオン。
「あ、間違えたッス! あっはっは! どんまーい!」
「出撃―――ー!」
「もうバカばっかりで嫌ぁーーーー!!」
三人は、転送の光に消えていった。
◆ ◆ ◆
……視界が暗くなって、うとうとして…………
『………………むがっ!?』
……気付いたら、真っ暗闇の中だった。
『むー、むー!?』
……なのはは、簀巻きにされて、猿轡を噛まされて、目隠しと耳栓をされて、箱に入れられていた。
『ふむむむむぅ……!!』
後ろ手に縛られている中、手首を何とか、回転させる。
――シャキンッ!!
……義手に仕込んでいた暗器の刃が飛び出し、両手首が自由になった。
拘束をぶちぶちと引き裂き、猿轡と目隠しをちぎり取る。
『ぶっはぁ!! はやて! 今日こそ息の根を止めてやるぅーーー!!』
……怨嗟に叫ぶなのは。
『レイジングハート! ……あっ、クソ。スリープにされてやがる! こらっ、起きなさい!!』
相棒にまで手を回されていた。
『……おはようございます、マスター。不覚です……おそらく、マリエルが一枚噛んでます』
『だろうね。…………おらぁっ!』
――ドカンッ!!
箱に蹴りを入れ、蓋を吹き飛ばす。
さぁ現在地からはやての居場所を探り当て成敗してやろう……と、身を乗り出した。
――…のだが。
『………………………………ええと、レイジングハート。ちなみに、現在地は?』
『…………海鳴市、三番通り、です』
――ざわざわ。「おい、いま、あの箱から……」ざわざわ。「何か出てきたわよ? なぁにアレ……」ざわざわ。「何かのイベント?」ざわざわ。
――おもっくそ注目の的になっていた。
『……………………』
なのはが固まっている中。観衆が、懐からスマートフォンだの何だのを取り出して……
「カァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアットォ!!」
…………いきなりの大声に、観衆がビクッと震えた。人ごみが割れ、一人の女性が、進み出てくる。
「カーット、カットカット!! だぁめだよ、そんな演技じゃ、イイ絵が撮れないヨー!?」
帽子にサングラス、手にはハンディカムと懐かしのカチンコ。
「さぁ、気を取り直して、テイク2! 大学の文化祭、間に合わせるヨー!」
……どうやら、大学の映画研究会の撮影……で、押し通してしまうつもりらしい。
彼女が、大げさに身振り、手振りをするたびに……
――首から提げた銀のネックレスが、ちゃりん、と鳴る。
『奈々、さん?』
錬金術師・田上奈々は、数年前と何一つ変わることの無い顔で、なのはに笑って頷いた。
「いざ、撤収ぅー!!」
呆気に取られるなのはを軽々と抱え上げ、スタコラサッサと駆け出した。
「んっふっふっふっふ」
お馴染みの裏路地までやってきて、奈々はようやく、なのはを下ろした。帽子とサングラスをゴミ箱に捨てると、脱色した長い金髪が広がる。
「7年と126日ぶりだネ! なのはちゃん!」
『……そんなに経ちましたか? いや、それよりも……』
何故、あそこに、あれだけ都合よく奈々がいたのか。さては、はやてが仕組んでいたのか……と思うなのはだったが、違う。はやてと奈々には、直接の交流は無いはずだ。
「おっきくなったネー?」
手で身長を比べるような仕草をし……唐突に、真顔に戻る。
「でも、ボロボロだね」
――奈々の手には、見覚えのある眼帯が握られていた。
『!? うそっ!?』
なのはは、慌てて左目を手で覆い隠す。…………あの日、光を永久に失い、白濁したままの、左目を。
『また、珍妙な技を…………』
「ううん、これは、ただの手品。意識誘導だよ。アポートも、使えないことも無いんだけどね」
あの、身長を比べるような手の動きに意識をひきつけ……その隙に、眼帯を掠め取っていたらしい。
「……………………ま、さておき」
そこで、ふっと、また道化の仮面を被る。
「久しぶりだネ! なのはちゃん!」
『あは、あはは…………そうですね……』
どうも、ペースを乱されっぱなしだ。
「そっちの赤い宝石の子も!」
『お久しぶりです。その節は、どうも』
レイジングハートも、この超能力者には何も隠せないと理解しているのか、ごく自然に挨拶を返した。
ちゃりっ……と、レイジングハートを提げるシルバーのチェーンを確かめる奈々。
「うん、『育って』るネ! お手入れもバッチリだ!」
そして、懐から、懐かしの品を取り出す。裏面が鏡面加工されたソレは、型遅れのスマートフォン……iphone3GS。
「あ、もしもし。おじいちゃん? うん、奈々だよ。 今からそっち行くからね」
奈々の素の声は、意外にも愛嬌があった。
「さ、帰ろっか!」
帰る、と言われ、真っ先に思いついたのは…………
『へっ? いやあの、心の準備が、心の準備が』
「もーまんたーい! っつーわけで、帰るヨ!」
『心の準備がー………………』
「どなどなどーなー、売られていくヨー♪」
持ち前の強引さで、なのはを引きずっていくのだった。
そして。
『…………帰ってきちゃった……こんなにあっさり……』
あれだけ、敬遠していたはずの我が家。
「おじいちゃん、ただいまー」
奈々が扉を開けると、のっそりと、一人の作務衣の老人がサンダルを履いて出てきた。
「おお、奈々か。おかえり」
そして、気まずそうに俯いているなのはに目をやって……
「ふむ…………長い家出じゃったのう?」
少し皺の増えた顔で笑い、迎えた。
『ご無沙汰……しています』
なのはも、怒られるとでも思っていたのか、ぎこちなく返事を返す。
大家は、なのはの左目と、左手、そして喉元に目をやる。
『…………落っことしちゃいました』
おどけるように言うなのはに、大家は、何も言うことはしなかった。
そして……自然と、自分の部屋……101号室へ、足を運ぶ。
ドアノブは、記憶にあるよりも下にあった。それだけ背丈が伸びるほど、帰ってきてはいなかったのだ。
『……………………ただいま』
ドアを、開ける。数年ぶりだというのに、埃っぽさは、無い。
「ひひひっ、奈々ちゃんが管理してやってたんだぜ」
『ありがとうございます。……でも、どうして奈々さんが?』
「だって奈々ちゃん、今は204号室の住人だもんね。信吉さんと朧ちゃんのお隣さんヨー」
『えっ……越してきたんですか?』
「そうヨー。4年くらい前」
『……ん? あれ、お店は……?』
確か、あの通りの片隅に、奈々の住居兼店舗があったはずだが……
「…………………………………………………………潰れちゃったのヨー」
『…………………………………………………………』
何も言えないなのはだった。
部屋の中身は、何一つ変わっていない。
部屋に反して、大き目の本棚には、少年漫画と、小説と、DVDと…………バイク雑誌の、バックナンバー。壁掛けには、ライダージャケットが掛けられていて、数個のヘルメットも、当時のまま。
『………………』
そのうち、一つ……一番大きなヘルメットを手に取る。あちこち、ヤレていて、細かなキズがたくさん付いていて…………
『………………』
――がちゃっ
と、ノックも無しにドアが開く。
『ひっ!?』
ビクっと体が動き、ヘルメットをお手玉してしまう。
『なななな何ですかノックも無しに!?』
気恥ずかしさから咎めるなのは。が。
「え? 別にいーじゃん。ボクん家なんだし」
『……フェイト?』
やってきたのは、フェイトだった。
「やー、帰ってきた帰ってきた! あー!」
靴を脱ぎ散らかし、手荷物を放り出し、クッションにぼふっと顔を埋める。
…………図体がでかくなった割に、何一つ変らない光景だった。
『こら、靴を揃えなさい! 荷物は片付ける! 上着を脱ぐ!』
「あとでするー」
『だらしないんだから、もー…………!』
とりあえず、放り出した手荷物を壁際に寄せる。そして、寝転がったままのフェイトの襟を掴む。
『ほら、バンザイしなさい』
「ばんざーい」
フェイトから上着を剥ぎ取り、壁掛けにハンガーで吊るす。
『それで、ユーノくんは一緒じゃないの?』
「うん。なんか、行くトコあるんだってさ」
『そう』
「それとさー、なのは」
『えっ、なに?』
「そろそろ、みんなを入れてあげたら?」
『みんな? ――――っ!?』
………………玄関先に視線を向けたなのはが、硬直する。
「「「「「……………………」」」」」
フォワードチーム(+セリカ)が、勢ぞろいしていた。
『ぎ』
ようやく我に返ったなのはが発したのは…………
『ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!』
…………羞恥の悲鳴だった。
『この任務、現地拠点はここだということは理解しました』
……なのはは、赤面を取り繕うように冷静な声で、事実を確認した。
「あの……高町教官」
『何ですか? スバル』
「『バンザイ』とは、どのような 『斬り捨てますよ』 嘘ですなんでもありませんごめんなさいごめんなさい」
畳に頭をこすり付けるスバル。
『…………ふー』
頭痛をこらえるように、額を抑える。
『近辺の地理を、身体で覚えていたほうが良いでしょう。食事をしたら、出かけますよ』
「えっ……食事? ここで、ですか?」
不思議がるティアナに、なのはは、当然のように返した。
『私が作ります。不満ですか?』
「ほら、キャロ。読んでみ!」
「んー……なんてよむの、これ」
フェイトに漫画を押し付けられたキャロが、首を傾げる。
「だいじょぶだいじょぶ! ケリュケイオンに翻訳機能あるから! ね!」
「すっげぇスペックの無駄遣い……」
キャロに漫画をゴリ押しするフェイトを尻目に、エリオは本棚から抜いた数冊を既に読み始めている。
流石の順応性を見せる年下組の傍ら、スバル、ティアナ、セリカは、落ち着かない。
そわそわ、もぞもぞと、目配せをして、立ったり座ったりを繰り返し…………
『出来ましたよ』
そして、ちゃぶ台の上に並べられる料理。
「うわ……美味しそう」
大喰らいのスバルと、男子のエリオに合わせてなのか、とにかく多い。一つの皿に、こんもりと料理の山が出来ている。バラ肉と茎ニンニクの炒め物をメインに、きんぴらごぼう、ほうれん草のお浸し、大根とワカメの味噌汁と、あの短時間で作ったとは思えないほどの品目がずらっと並んでいた。
『奈々さんと大家さんに材料を借りました。間に合わせですが』
なんてことは無い、という風に言う。
「なのはさん、料理できたんですか……」
『昔取った杵柄……というやつです。隊舎では、エドが作ってくれますからね。自分でする必要が、ありませんでした。それに…………いえ』
――作る相手もいませんし。
その一言は、飲み込んだ。
なべの蓋を開けると、白米が湯気を上げる。
『こちらのほうが、炊飯器より早く炊けますので』
人数分、食器に取り分ける。
「おい、キャロ。メシだメシ」
「んー……もうちょっと……キリのいいとこまで」
「バーカ、ンなもんメシの後にしろ」
エリオが、漫画をぱっと取り上げてしまう。
「しゃーまん……きんぐ? って読むのか、これ」
「うん。面白い。いま、しゃーまんふぁいとの試験がはじまった、すごくいいところだったのに……」
恨みがましく、エリオの手にある大判の漫画本を見つめる。
「いいところだったのに…………」
「駄目だ。メシん時はメシを食え」
が、それに絆されるほど、エリオは甘い性格ではなかった。
「おー……久しぶりに読むと、またしんせんなはっけんが……」
その背後でフェイトが漫画を読みふけっていたので、エリオは無言で漫画を取り上げた。
そして、食後……
「なのは、それじゃ打ち合わせどおり、ここからは別行動だね」
『いいでしょう。エリオ、キャロ。フェイトと行動しなさい』
「了解」「わかった」
年長組と別行動。
『フェイト。ちゃんと洗い物をするように。洗い流すだけじゃ駄目だよ。最期は布巾でちゃんと水気を、』
「わかってるってばー…………」
フェイトは、奥へ引っ込んでしまった。
『まったく、もう…………では、行きますよ』
身支度を整え、出発。なのはも、流石に迷彩服にミリタリーパンツは目立つと思ってか、ジーンズにパーカーという普段着だ。
『はやてから、連絡端末は受け取りましたか?』
頷く3人。念話も使えるが、万が一、念話が使えなくなったときの備えだ。
『まぁ、地理とはいっても、私も帰ってくるのは本当に久しぶりですからね。歩きながら見て回りましょう』
女四人。傍から見れば、同年代の少女たちの集団だ。
街中を歩くなのはは、6年前でも思い出しているのか、時折、郷愁するような雰囲気を出していた。
『……まぁ、レリック反応が出るまでは道草を食っていても良いでしょう。どこか、行きたい所はありますか?』
なのはの気遣いに、真っ先に挙手したのはセリカだった。
「教官っ! 『ぶれんぼ』と『おーりんず』と『まるけじーに』を売っているお店に行きたいですわ!」
元・名家の令嬢とは考えられない程に物欲丸出しだった。
『……スバル。ティアナ。そこでいいですか?』
なのはも、呆れながらもそれに沿う流れだ。
「是非っ!」
……ティアナ、物欲モードON。
そして、某大型バイク用品店に足を運ぶ一同。
客層は、成人男性でほぼ占められるこの店で、女子高生と言われれば通ってしまいそうな四人は、明らかに浮いていた。
と、いうより…………
「ブレンボ! ブレンボのラジアルマスターですわ! アントライオンのレバー!」「サスがこんなに……! ああもう、どれにすればいいのよ!?」「天井にマフラーが……はっ、あれはモリワキですの!? 二本出しGPマフラーですわ!!」
……セリカとティアナの、あまりにディープなはしゃぎっぷりに、自然と距離を置かれていた。
買い物籠が、あっという間に満杯になる。一体、どれほどの金額になるやら……
『……私の家の住所で構いませんから、無料発送サービスを利用しなさい。抱えて歩くわけにはいかないでしょう』
買い物籠の中身以外にも、マフラーだのヘルメットだのタイヤセットだの、大量である。
「 「 くださいっ! 」 」
レジに、ドコーン! とかごを置く二人。店員も、若干引き気味だったが、何も年齢制限があるわけでもない。
「えと……22万 3千円になります」
「26万5千円になります」
………………なんという大人買いか。
「カードで!」「支払いますわ!」
ズバッ! と、現地通貨に自動で振り替えてくれるキャッシュカードを取り出した。
「 「 毎度ありがとうございましたー 」 」
…………店の噂になっていないかどうか、なのはは胃が痛くなった。
――ピリリリリリリッ
と、なのはの携帯が着信音を鳴らした。ディスプレイに表示された名前は……
『……はやて?』
かぱっと携帯を開き、耳に当てる。
『何よ。 ――え? うん、知ってるけど……え? は? なに、それ。勝手に決めないでよ。あんたはそうやっていっつもいっつも……って、くそっ。切りやがった』
忌々しげに舌打ちを一つ。
『……予定変更です。付いてきなさい』
三人を連れてやってきたのは、一見の喫茶店だった。入り口で名前を告げると、空きテーブルへ案内される。
『ふん……』
どかっ、と腰掛ける。
「あの……部隊長は、何と?」
『緊急ミーティングをするから、ここに来いと…………全く、ちゃらんぽらんな……』
ぶつくさぼやき、運ばれてきたコーヒーを飲む。
「あの、教官」
『何ですか?』
「教官と部隊長は、こちらの出身なんですよね」
『そうですよ』
「魔法への認識が無いこの世界で、どういう経緯で管理局へ?」
『ふむ…………』
なのはは、コーヒーカップを置き、沈黙。話すべきか、否か…………
『まぁ、別にいいでしょう』
「はいっ!」
スバル達は、興味深々に耳を傾ける。
『私が魔法と関わったこと、管理局に関わったこと、それは』
「「「それは!?」」」
ずずいっ……と身を乗り出す。
『――成り行きです』
三人は、盛大にずっこけた。
「教官~!」
『いや、ですが……それ以外に説明のしようが無く』
と、スバルたちは、なのはが背を向ける入り口から、スーツ姿の女性が入ってきたのを見た。女性は、20代後半か、30代に差し掛かったころに見える。きょろきょろと、誰かを探すような動作で、店内を見渡し………
――まっすぐ、こちらへ歩いてきた。
えっ……と思うスバル達であったが、女性は、口元に人差し指を立て、『静かに』、と。
『だいたい、私は帰ってくるつもりなんて無かったんですよ。私は、6年も前に、こちらでの交流を絶っているんですから』
「それは、聞き捨てならないわね。絶たれたつもりなんて、毛頭ないのだけれど」
……なのはの背後をとった女性が、発言する。なのはは、不機嫌に振り返った。
『は? 誰ですかコノヤロウ』
そして……女性と、ニッコリと笑顔を浮かべる女性と、目が合った瞬間…………
『、、、、え、ああああああ、う、、、えあ、』
混乱しすぎて変な声を上げた。がこんっ、と、椅子からずり落ちる。起き上がることも忘れ、アワアワと、女性を指差し……
『せ、せ、せん、せんせっ……?』
「久しぶりね、なのはさん」
年月を経ても、一発で分かった。
『富山、先生っ!?』
――なのはの、小学校時代の担任……咲だった。
『なんで、ここに……っ!?』
「八神さんから今朝、メールをもらってね」
『またあのタヌキかっ!』
「さて……………………………………なのはさん?」
がしっ……と、なのはを席に座らせ、真正面から見据える。
『な、なにっ、先生……』
「ちょーーーーーーーーーーーーーーーーっとだけ、先生とお話をしましょう?」
『うそだっ! ちょっとじゃない! 絶対ちょっとじゃない!』
が、あまり本気で抵抗する気は無いらしく…………
『ゴホン………………仕事中なので、手短に』
スバル達の手前、あまり見苦しいところも見せられない。格好つけては見たものの……
「初めまして。なのはさんの元担任の、富山と言います」
『先生ェ……』
咲は、スバル達と話し始めてしまった。
「は、初めまして……」
どこか、緊張した面持ちのスバル。
「あの……富山さんは、どちらの所属で……?」
「所属……と言うと……そうね、海鳴第二小学校、だけど…………?」
「ショウガッコウ、というのは、どのような機関なのでしょうか……?」
「? 学校は、学校よ。教育機関」
「なるほど…………新兵の養成機関ですか」
「新兵……?」
……どうにも、話がかみ合っていない。
『先生、先生、そのくらいで…………』
止めようとするなのはを、咲は笑みで制する。
……そして、咲が、小学校とは、教育機関とは……と、懇切丁寧に説明した結果。
「 「 「 ええええええええええええええええええっ!? 」 」 」
三人は、驚愕の叫びをあげた。
「嘘ッ!? 高町教官が、普通の学生だった!?」
「しかも普通校!?」
「といいますか、文系!?」
「「「ありえないっ!!」」」
……そう思うのも、無理は無い。
『お前たちは私を何だと思っていたのですか!?』
ばんっ! とテーブルを叩く。
「紛争地域を渡り歩いてきた傭兵かと思ってました!」
「歴代の特殊部隊を遍歴してきた筋金入りの兵士だと思ってました!」
「Japanese NINJAの血を引いてると思ってましたわ!」
――だいたい全部合っていた。
『この三馬鹿どもッ!! うぎゅっ!?』
……拳を振り上げたなのはを、咲がテーブルに押し付ける。
「ごめんなさいねぇ。なのはさんってば無口な上に口下手で、誤解を受けやすくて……昔っからあちこちでトラブルを」
『先生っ! その先は、その先は!!』
「もう、しょっちゅうサボるし、学校に来ても二時間目からとか、四時間目には帰っちゃったりとか、気付いたら図書室に隠れてたり仮病で保健室で寝てたり」
『きゃー! きゃああああああ!!』
咲の口を塞ごうとするが、咲にはひょいひょいと避けられてしまう。
「教官…………私が寝坊で5分遅れたとき、スクワット200回って…………」
恨みがましい声を出すスバル。
「お友達なんて、最初は一人もいなくって。聞いてみたら『一人の方がラク。足手まといはいらない』なーんて悪ぶった強がりを」
「なのはさん…………『コンビパートナーを大事にしろ』って…………」
「本当は得意なのに、数学も理科も、居眠りをするわテストを白紙提出するわ」
「教官…………『読解力を磨くのも、地理学を学ぶのも、オペレーターには必要なことです』と……」
幼少の頃の恥部を暴露され……三馬鹿からじとーーーっとした目を向けられ、さすがのなのはも、涙目だった。
『も、もういいでしょうっ!? 先生の意地悪っ!!』
ばしんっ、とテーブルを叩く。
『うー…………!!』
がりがり、とストローを噛む。
実はこれ、かつて、なのはが咲と和解した際、学年主任であり咲の恩師でもある長谷川教諭が行った状況と同じなのだが。
収まりが付かない様子で…………いつもの癖で。つい、いつもの癖で。家では匂いがつくからと我慢していたから。コーヒーといえば、コレだから。苛々したら、これだから。
――タバコを咥え、ライターを取り出し、着火。
『…………はふー』
もくもくと、煙が。呆然とした咲にまで漂い…………
『――――――――――――――――――――――――――あ。』
……なのはは、自分のうっかりに気が付いた。ここは、ミッドチルダではない。
「な、」
『ひ』
……神業のごとき素早さでタバコの火を義手で握り消し、ケースに仕舞い。
「な、」
『……!』
椅子を蹴立てて、入り口へ。
「なのはさんっ!!」
『ひやぁーーーーーーー!!』
――捕まった。
――――がみがみがみ。(※要約・煙草は身体に悪いのです)
――――くどくどくど。(※要約・未成年者の飲酒喫煙は法律で禁止されています)
――――ぶちぶちぶち。(※要約・女性が喫煙するのは、将来に悪影響を及ぼします)
――――………………。(※要約・だからあなたには煙草を吸って欲しくありません)
「なのはさんっ! 分かりましたか!?」
……実に数十分。煙草に関するデメリット。未成年者の飲酒・喫煙。女性の身体に与える影響。その他もろもろの社会道徳を、みっちりと叩き込まれ……なのはは、ぶすぅーーーーーーーーっとした顔で、そっぽを向いていた。
「出しなさい」
『……! えっ、やだよっ! せっかく持ってきたのに!』
「な・の・は・さん?」
咲が、青筋が浮かばんばかりになのはを睨みつけ…………
『……………………わかりましたぁ』
超不機嫌に差し出された煙草とライター。
『…………』――ふん、帰ったらまたマリーに作ってもらうもんね。
…………と、開き直っていたなのはだったが…………
咲は、残っていた数本の煙草を一気に口に咥え、一気に着火した。
「ふっ、むごっ…………すはー……げっほ、げほっ!! すはー!!」
『きゃー!! 先生―――――!?』
咲は、涙目になりながらも、全ての煙草をフィルターまで灰にした。
「わ、がりまじたがぁ、なのはざん……だ、煙草は、オエッ……やめないと…………何度でも、同じように、没収…………げほっげほっ……しまずがらねぇ…………」
教え子へ、身体を張った説得だった。
『わかった、わかったから……あんまり無茶なことしないで、先生……』
なのはは、同じく涙目になりながら、咲の口に甘ったるいカフェオレのストローを差し込む。
「ぎぼぢわるい…………なにコレぇ……苦味が取れないぃ…………」
『…………』
実は、煙草ですらないということは秘密である。
騒いでいるうちに、また、一組の学生と思しき男女が。
「お、おおおおおっ! なのはだ! ホントになのはだーーーーー!!」
「お、おおおおおっ! 高町だ! 高町じゃねーかーーーーー!!!!」
『のっ……望!? 葉山君まで!?』
「ちぇすとー!!」
『ぐぇッ――!』
望は、出会い頭に、なのはにラリアットを喰らわせた。
「何で連絡の一つも寄越さず消えたっ!?」
『だ、だって! 私にだって、色々と都合が! 都合が!』
「知るかー! わたしが、ど、どれだけっ…………!」
途端、涙目になる望に、なのはも気まずそうにする。
「なのは、わたしのことなんて、忘れちゃったのかって…………!」
「あーホラ、ストップストップ」
健太が、望をなのはから引き剥がす。
「よッス。なんか、グダグダだけど…………久しぶりだな、高町」
『葉山君…………うん、久しぶり』
「まぁ、こいつが癇癪起こすのも無理ないっつーか……うん。マジで心配してた」
咎めるような口調ではないが、言葉の端端から、心配を掛けていたことを察した。
『……………………ごめん』
……望は、もう一度だけなのはの頭をコツン、と叩き、席に座った。
「つか、その子たち誰なんだ?」
と、置いてけぼりになっていたスバル、ティアナ、セリカの三人に目が向く。ほぼ同年代のようにも見えるが……なのはに対して、遠慮というか、腰が引けているようにも見える。
『私の教え子だよ』
……事も無げにさらっと言うなのはだったが、咲、望、健太の三人は、開いた口が塞がらなかった。
◆ ◆ ◆
――カランカラン。
ドアベルが鳴り、来客を告げる。
「………………」
杖を突いたはやてが、店内に足を踏み入れる。珍しいことに、フィアットもリーゼも、傍らにはいない。
アルバイトであろう、見知らぬ店員に案内され、テラス席へ。
そこには、フェイトとはまた違った質感の金髪の少女と、漆器のような黒髪の少女が待っていた。
二人は、はやてと顔を合わせ……数年越しに、はやてと再会を果した。
「よう、久しぶりだな。
――――アリサ。すずか」
数年ぶりだというのに、軽い挨拶だった。だが、これでいいのだろう。
「はやて――!」「はやてちゃん!」
駆け寄ろうとしてくる二人を制し……杖を椅子に立てかけ、座る。
「やめろやめろ。感動の再会とか、背筋が寒くなるわ」
運ばれてきたアイスレモンティーを、ストローを使わず直飲みで飲み干す。
「……というか、お前たちには時々連絡をしていたんから、別にいいだろう」
「いいわけあるかっ!」
尤もである。
「それで…………まだ、見つからない?」
「ああ。影も形も、だ」
定期的に連絡を取り合っているのも、それが目的なのだが……今日は、少し違った。
「連絡したとおりだ。今、なのはをこっちに連れて来ている」
「7年ぶり……よね」
「うん。あのクリスマスから、ずっとだもんね」
なのはが、こちらでの暮らしの全てを捨て、凶鳥部隊へ参入し……既に6年。
「今は、一人ひとり……な。次は、お前たち二人。そんで最期に、アイツの肉親だ」
アイスレモンティーが、再び空になる。
「もしかして、ここまで手を回してまで、はやてがやろうとしてるのって…………」
はやては、ああ、と頷く。
「里帰りだ」
フライドポテトをバリバリと口に放り込み、苦笑する。
「あー、でもな。仕事絡み、ってのも本当だぞ?」
微小ながら、レリック反応があったということは、嘘ではない。誤反応か、別の痕跡か。……はたまた、アタリか。
「それにしたって……公私混同もいいとこね」
「うん。……大丈夫なの?」
はやては、けたけたと笑う。
「いや、いいわけ無ぇよ。ぶっちゃけ、この先の面倒ごとの3、4は押し付けられても文句言えねーし」
ある程度、自由裁量で部隊を運営しているとはいえ、はやても巨大な組織の一員だ。
「――あいつは、頭が良い癖にアンポンタンでな。……一つの目的に没頭しすぎて、本当に、こっちでの人間付き合いを忘れ去りかねん」
だから、騙してでも、力ずくに訴えてでも、引きずってきたのだ。
「へぇ……」
「ふぅん……」
「な……何だよ……」
二人の生暖かい視線に晒されたはやては、少しムッとした顔を作り、ぼそっと呟いた。
「……しゃーないじゃん。あいつは、私の友達なんだから」
――――和やかな時間が終わる。その時は、一瞬だった。
――――――――ズガァアアアアアンッ!!!!
巨大な炸裂音と共に、町の一角で火の手が上がった。
◆ ◆ ◆
「ええっとぉ……」
降り立った海鳴市の一角で、クアットロは佇んでいた。流石に、バイザーはあまりにも目立つので、シンプルにサングラスでの変装だ。敵方の位置でも知ろうかとしていたのだが……
「うわー! 何アレ何アレー!? いいにおーい!」
「『くれぇぷ』って書いてあるッスよー! 何だか知らないけど美味そうッス!! 買うッスー!」
……完全なおのぼりさんと化したディエチとウェンディが、真横で大騒ぎしていた。
「ああ、こら! 駄目よ勝手に行ったら! 待って! ストォオオオオップ!!」
襟首を掴んで引き止める。
「もう! 何をしに来たのか、忘れちゃったの!?」
「? 任務だよ?」「そのお供ッス」
「分かってるんじゃないの……」
「だがしかし――」「――いつから任務開始だとは明言されていないッス!」
「よって、これは正当な準備時間である!!」「で、あーるッス!!」
……まんま子供の屁理屈だった。
「…………はぁ。わかった。わかりました。一個だけよ?」
が、折れてやることにしたようだ。
「むぐむぐ……あまーい!」「そして、うまーいッス!」
三人、クレープを食べながら歩く姿は、とても工作員には見えない。
「んで、どこでブッ放せばいいの?」
「ぶっ放しません。……ええっとぉ」
顎に手をやり、首を傾げるクアットロ。
「……あら? あらあら? ……因果かしらねぇ?」
サーチャーに引っかかった、とある反応に、笑みを深くする。そのまま、通信回線を開き……
「あ、ルーテシア? クアットロちゃんでーす。なーんとなんとぉ、レリック反応が検出されましたぁ。……あ、更に気合入っちゃった感じぃ? くすくす」
妹たちに振り回されていた姉の姿は、そこには無く……
「――それじゃあ、食べ終わったら、始めましょうか?」
……狡猾な策士が、そこにいた。
――そして。
「おいおい、ツイてんじゃんヒトシー!」
「すっげ! マジすっげー!」
……裏路地を闊歩する若者たち。その一組が、道端に座り込み、大騒ぎをしていた。足元には……無骨なハードケースのようなもの。おそらく、金目のものだと勘違いしたのだろう。無警戒に開封し、中身を…………レリックを、弄んでいた。
「やっりぃー! 質屋に売りに行こうぜ! ぜってー金になるって!」
「マジで!? うっひょー! 何買う何買う!?」
拾得物横領などという言葉を彼らが知るはずも無い。
「はぁい、こーんにーちはー♪」
……と、裏路地には似つかわしくない、愛想に溢れた声がする。
「あァ?」
振り向いた先にいたのは……三人の少女たち。
「キレイですねー。ちょーこっと、見せてもらえませんかー?」
「は? お、おい……誰だテメ」
すたすたと、おくびも無く距離をつめたクアットロは、彼の手のレリックを間近に検分する。
「はーい、ナンバー3……というわけで、残念。大ハズレでした」
『……ふん。違うならいいや。好きに使いなよ』
「はいはーい」
ルーテシアと通信越しに会話をしつつ、ぱっとレリックを取り上げる。
「は!? おいゴラァ!」
途端、逆上する若者たち。
――ゴキンッ!
その鼻っ面を、ディエチの振るった武装が叩き伏せた。
「ゴぁっ!?」
身の丈を超える程の、金属製の筒状の武装だ。振るうだけでも、脅威の膂力だが……それをモロに喰らったのでは、堪ったものではない。
「ありゃ、予想以上に弱っちぃ」
「こらこら、殺したら後が面倒ッスよー」
けろっとした調子で言うディエチとウェンディ。
「あ、アタマおかしいんじゃねーの……!?」
難を逃れた一人が、恐怖のままに逃げ去っていった。
「あーあ、逃げちゃった。……追うッスかー?」
「うーん……そうねぇ。騒がれると面倒だし、軽くプチッとしちゃって頂戴」
「あいよーッス!」
ウェンディは、スキップするような足取りで……しかし、恐ろしい速さで、もう一人を追跡に走った。
「さぁてと、」
クアットロが、懐から、腕輪のような装置を取り出す。台座のところには、丁度、『何か』を据えるアタッチメントがある。
「ここに、レリックちゃんを、ぱちっとな」
クアットロが、『ハズレ』と称したレリック3番。腕輪の中で、凶暴な、赤黒い輝きを放ち……
「撒き餌の役目を、命の限り果たしなさぁい」
――ガチンッ。
……腕輪が、装着された。
◆ ◆ ◆ ◆
――――――――ズガァアアアアアンッ!!!!
唐突に鳴り響いた爆音に、店内は騒然となった。
『異常なエネルギー反応を検知』
レイジングハートの警報が鳴ると同時、なのはは、神経を切り替える。
『行きますよ』
そして、咲たちには目もくれず、店から飛び出す。スバル達三人も。
「えっ……」
完全に置いてけぼりを食らった咲に対して、望と健太は、察した風に、爆音とは反対方向へ、咲を連れて避難を始めた。
「教官。西南の方角、現在地より3kmの方角ですわ」
『通信範囲内ですね。セリカ。指示するポイントで認識阻害結界を展開しなさい』
「了解ですわ!」
セリカのみ、別方向へ。フェイトたちとの中継の役目も果すためだ。
『スバル。それまで、マッハキャリバーでの移動は控えなさい。アレは目立ちすぎます』
「了解! 走ります!」
たかが3km、走れば10分も掛からない。
『ティアナ。認識阻害結界が展開するまで、発砲は可能な限り控えなさい』
「はいっ!」
ここが、魔法への認識が無い、管理外世界ということは理解しているようだ。
――ドガゴンッ! バゴンッ!!
現場の方からは、断続的に爆音が響いている。
『…………急ぎましょう』
「……? はいっ!」
その声に、僅かな焦燥を感じるが、今は聞き返している時ではない。
そして、現場に到着した。
『民間人への被害は』
『現時点では、ゼロですわ! ですが……』
『……ええ。把握しています』
――腕を金属状の組織に融合された若者が、正気を失った目で、破壊を撒き散らしていた。
「うgeあaaaaaaaaaaaaaa!!」
おぞましい金属腕を、振り払うように振り回す。その度に……内部で赤い光が明滅し、余波が破壊力として撒き散らされているのだ。
『制圧目標を確認』
セリカの管制の声が届く。
『右腕内部に、レリックの反応を検知しました。恐らく内部に、接続機器のようなものがあるはずですわ』
『一番手っ取り早いのは、右腕を切り落とすことですが』
『純然たる被害者に、それは酷というものです、マスター』
『言ってみただけです。さて……スバル』
「はいっ!」
『打撃ダメージでのノックアウトが望ましい以上、適任はあなたです。前衛は任せます』
「はいっ! スバル、行きますッ!!」
『教官! 東南の方角に1.5km、また別個の反応!』
『脅威度は』
『データベースに照合……該当無し! 未知の体系です! 出力をランクに換算して……B+~A相当!』
『わかりました。ティアナを向かわせます』
「!」
『ティアナ。できますね?』
なのはは、一定の信頼を以って部下を蹴り出す。
「……了解!」
そして、ティアナは単独で別方向へ。
『セリカ。フェイトたちをティアナの元へ向かわせなさい』
『了解ですわ』
『……』
こうして後衛に付くと、良く分かる。
「だぁっ!!」
――ガスンッ!!
「お、ゴaaaaaaaaaa……!」
懐に潜り込んでからの、体重の載った正拳。
「guあァあああッ!!」
無造作に突き出された金属腕に合わせた、カウンター。
「shあああああああああああああ!!」
――バガガガガガガンッッ!!
吐き出される衝撃波を、流れに逆らわず、背後に跳び、回避。
『(いい仕上がりです)』
スバルは、確実に進歩している。あの、真正面に突撃するしか脳の無かった頃とは大違いだ。
『(とはいえ、まぁまぁかな)』
そのタイミングを取りやすいように、後方からそれとなく射撃で暴走体の体勢を崩したり、逸らしたりしているのだが……鎮圧は、時間の問題だった。
◆ ◆ ◆
路地の一角……先ほどの若者たちの片割れが、息も絶え絶えに逃げていた。
「はーっ、はーっ……! ここまで、来れば……!」
「逃げられるとでも思ってたッスかー?」
ヌッ、と至近距離で覗き込む、顔。
「ひィっ!?」
貫き手を、躊躇無く水月へ繰り出す。
「そんじゃあー、ほい。プチっと――――っ!?」
――ガキィンッ!!
貫く寸前、ウェンディの側頭部へ弾丸が迫り、辛うじて迎撃。
「っとっとっとぉ! ……何ッスかー?」
気だるげに振り返ったウェンディと、銃を構えるティアナの視線がぶつかる。
「管理局機動六課です。管理外世界での、」
「うざいッスよー」
――バシュッ!
瞬間移動のように、ティアナの側面に回ったウェンディが手刀を振るう。が、ティアナの身体に触れた瞬間……
――ギュルルルルルッ
ティアナの姿が宙に解け、ウェンディの身体を縛り上げるバインドが発動した。
「お、お……?」
「随分、せっかちね。文言くらい、最後まで言わせなさいよ」
物陰から、またティアナが出てくる。
「罪状は…………あー、公務執行妨害でいっか」
「何スか、こんなもん」
――シュウウッ……
バインドが、不自然な解け方をする。持続時間はまだ余裕があるというのに、まるで、それが早まったように。
「そいやっ、ッス!」
また貫き手……と見せかけて、手元の『何か』を、ティアナに向けて投擲した。
――バチィンッ!!
回避が間に合わない程の速度で、ティアナを貫く。そして、また……
「同じ手ばっかりじゃ、つまんないッスよー?」
バインドの圏内から、数歩後ずさって回避。
「そうかしら?」
――ドンッ!!
「っとォ!?」
バインドの術式の影から、直射の射撃が飛び出した。数は、3。
身を逸らすウェンディの足首に……
――ギュルルルッ!!
バインドではない、実体のワイヤーが絡まる。
「ぬっ、おっ……?」
今回は、何故か解かない。解かないまま……
「ぉわたぁっ!?」
……ずべしゃっ、と、顔から地面に倒れこんだ。
「や……やりやがったッスねぇ~!?」
顔に付いた土ぼこりを拭い取り、立ち上がる。
「だったら何よ?」
再び、ティアナが姿を見せる。
が、ウェンディはそれに仕掛けることはせず、不敵な笑みを浮かべた。
「ふふーん! もうオマエの手品は見破ったッスもんねー!」
「そう。それは残念だわ」
ウェンディは、ティアナの横を走りぬけ、その先にいたティアナ…………も、通り過ぎる。
「こっちと、こっちは偽者ッス! そんでぇ……!」
更に、その先。ミッド式魔方陣を展開していた、三人目のティアナを補足。
「オマエが本物ッスー!!」
――ビュゴッ!!
旋風が起きるほどの高速でキックを繰り出した!
――ゴィイイイイ~~ン…………
…………非常に間抜けな音が響く。
「馬鹿ね。わざと見破りやすいようにしておいたのよ」
本物だと思っていたティアナの姿がまたもや消え……そこにあったのは、金属製のポールだった。ウェンディの足の形に、ベッコリと凹んでいる。
――ドゴッ!!
「あ痛ぁっ!」
……二人目のティアナが撃った射撃が、ウェンディの後頭部にヒットする。
ウェンディは、涙目でいずこかへ叫ぶ。
「話が違うじゃないッスかこのへっぽこ指揮官! シャンとするッス!!」
「指揮官……?」
ティアナが訝しみ……ウェンディは、ハッ、と失態に気付いた。
「あっ、違う! 違うッスよ!?」
が、もう遅い。
『セリカ、探して。別働隊がいるはずよ』
『了解ですわ』
「違うって言ってんのにー!」
『…………馬鹿で助かった、けど』
ウェンディに、先ほどの射撃のダメージは見受けられない。結構、本気で撃ったのに。べっこり凹んだポールのこともある。
「身体能力と頑丈さは、人間の比じゃないわね」
『もちっと出力上げとくか?』
相棒からの提案に、しかし首を横に振る。
「このまま突っつき回してれば、勝手に自滅するわよ」
……ティアナは、ウェンディをそう評した。
◆ ◆ ◆
『話が違うじゃないッスかこのへっぽこ指揮官! シャンとするッス!!』
独自の回線で安全に情報交換ができるというのに、よりにもよって口に出して敵に情報を漏らしたウェンディ。
「あ、ああ、あの、お馬鹿……!!」
クアットロは、怒りのあまり呂律が回っていなかった。
「~~!! 後で、こってりとおしおきよ!」
今は、戦闘に集中するべきである。
気持ちを切り替え、自分の仕事に戻るクアットロ。
「フェイト・テスタロッサと……ジャリが二匹。到着まで、あと数分ってところかしら? 認識阻害結界が展開するまで、空も飛んじゃいけないなんて……お役所って不自由ねぇ?」
「ねぇねぇ、クアットロ。わたしの出番まだー?」
退屈をもてあましたディエチが、クアットロのコートの袖を引く。
「はいはい、引っ張らないの。撒き餌クンは、もうちょっとは 持ちそうかしら?」
「んー……っと」
ディエチが、じっと目を凝らす。
「もうそろそろっぽいよ」
この距離で、見えているらしい。
「ルーテシア、そちらの準備は?」
『いつでもいいよ。というか待たせすぎ』
「はいはい……」
『ぎにゃー! また引っかかったッスー!』
……ウェンディは、いいようにティアナに遊ばれているようだ。
「あの子は武装が無いんじゃ、能力を存分に引き出せないからねぇ……」
ぱちぱち、とホログラフキーを叩き…………
「よし、準備終わり」
仕掛けが整った。
「ディエチちゃーん」
「はーい!」
「三点同時に、物理破壊設定でぶっ放しちゃって頂戴」
なのは、ティアナ、フェイト……それぞれの三地点。
「オッケー! IS・《へヴィバレル》!」
ディエチの持つ巨大な砲が、起動する。単一の砲だったそれは、砲身部分で分離。三つ首の、異形の砲となった。
「ふんふんふふーん♪ ぶっ放すのは、楽しいな~っと!」
――ロック。
――ロック。
――ロック。
引き金に、指が重なる。
「ファイヤーーーーー!!」
――――――三方向へ、驚異的な殺傷力を誇る砲撃が発射された。
◆ ◆ ◆
――――ビーーーーーー!!!
セリカの管制システムに、真っ赤な警告が表示される。
「物理破壊……殺傷可能設定!?」
しかも、発射地点は認識阻害結界の範囲外だ。
「皆さん! 可能な限り民間人を保護し、その場から退避! 砲撃が来ます!!」
その通信を受け取った六課のメンバーたちは、その場を各々、離脱した。
そして、次の瞬間…………
――――――グゴォオオオオオオオオオオオオオオオオンッ…………!!
街中のど真ん中に、着弾!
「お構いなしにも程がありますわッ! 被害状況は……!」
表示される情報群。幸いにも、民間人に死傷者は出ていないようだった。
「教官っ! フェイトさんっ! ……ティアナさんッ!!」
仲間の安否を探る。マーカーは消えていないが……着弾時に何らかの細工がされたのか、通信が届きにくくなっている。更に、そのマーカーの反応が、点滅する。
「転移反応! これは……例の敵召喚師!? いけませんわっ! 分断されるっ!!」
砲撃は、あくまでこの準備。倒せるなら善し、倒せなくとも、戦力を分断できる。
「――!! 繋がって下さいませ!」
受け取っていた通信端末を取り出し、コール。例え現地の回線が民間人によるパニックで混雑していても、衛星回線を用いるこの端末なら繋がるはずだ。
――prrr,
たったの1コールで繋がった。
「お三方! 転移反応が検出されています! 戦力の分断が目的と予想!」
『了、』『了解!』『りょーかい!』
マーカーが、完全に消える。何とか、伝えることは出来た。あとは、どこへ飛ばされたのかを検出しなければならない。
が、見つからない。執拗なまでに妨害工作がされており、三組の行方どころか、敵の所在すら掴めない。
「…………!!」
指先が霞んで見えるほどの高速タイプで、妨害工作を潜り抜けようとするも、敵方の方が優勢。一向に、回復しない。
「…………! どうすればっ……! このままじゃ……!!」
こちらは碌な管制も無い状況で、敵は万全の備えをしているだろう。なのは、フェイトのようなベテランなら、潜り抜けることが出来るのだろうが……フォワードチームを抱えた状態で、戦力の構成も未知数な敵を相手に、無事で済むかどうか。
不安に押しつぶされそうになっても、手は休めることは出来ない。泥沼のような敵の仕掛けを、一刻も早く攻略しなければ…………
「――お待たせ。一人でよく頑張ったね」
……セリカの肩を、誰かが叩く。
「――――ユーノ、さん……?」
「うん。ごめんね、遅くなって」
柔和な笑みを浮かべながら、ミッド式魔方陣を展開。
「認識阻害結界、展開継続。爆心地の鎮火と避難誘導は……うん、現地スタッフが向かってる」
セリカの負担分を、軽く引き受けた。
「セリカさんは、なのはたちの捜索を継続してくれるかな?」
が、セリカは弱音を漏らした。
「まだ、全然出来ておりませんわ……! 敵の妨害を、全然解決できていなくて――!」
……ソレに対するユーノの返答は、驚くべきものだった。
「――解決しなくて良いんだよ」
……セリカは、開いた口が塞がらなかった。
「トチ狂いましたのッ!?」
ユーノは、「逆に発想してごらん」、と促し……
「君が、敵を分断するような罠に嵌めるとき、どういう手を使う?」
セリカは、その意味を考え…………
「――、あっ!?」
納得したように、手を打った。
「相手が用意した問題に、馬鹿丁寧に答えてやる必要なんて無い。自分なら、どうするかを考えてごらん」
セリカは、とっくに答えを得ているようだった。
「一番、来られては困る場所を、一番厳重に妨害しますの!」
正解、とユーノは頷いた。そうと決まれば、話は早い。
「全帯域に、短波を発信。徐々に、波の強度を上げていって……」
「最期まで反応が返ってこなかった所を、上から順に総当りですわっ!」
セリカは、早速取り掛かる。発見は時間の問題だろう。
「ユーノさん……司書である貴方が、何故こんな」
職業柄と、全く一致していないようにも思える。ユーノは……
「場数は、嫌って言うほど踏んできたからね」
……柔和な笑みの奥に、なのはと同質の、強い自負を見せた。
「それに、スバルさんたちは大丈夫だよ」
セリカの懸念も口にする。
「なのはの、情け容赦の無い地獄の訓練に今日まで付いて来れたんだ。こんなの、いつもの訓練の半日程度さ」
セリカの肩から、余分な力が抜けていく。
「さぁ、探そうか」
「――はいっ!!」
セリカは、再びキーを叩く。
◆ ◆ ◆
ティアナが飛ばされたのは、巨大な空洞のような空間だった。とにかく、広いという印象しか与えない。天井を支える柱も、また巨大で…………
「座標は?」
『さっきの町から、北西に45kmってとこだな。まだ地球だぜ』
「他の連中は?」
『……駄目だ。通信が届かねえ』
「敵の常套手段ね……」
油断無く相棒を構える。
「――――――――どォおりゃああああああああああああああああああああ、ッス!!」
空間内に反響するような雄叫びと共に、『何か』が突っ込んできた。
「うわぁ!?」
地面に這いつくばって回避する。ビュゴッ! と、風圧が背を撫でるほどの距離だ。
「ハッハァー! この……『トルネイダー』と!!」
エンジンのような駆動音に、顔を上げれば…………ウェンディが、ローターを縦に二つ並べたサーフボードような、奇妙な形状の浮遊機械の上で立っているのが見えた。
――ヒュイイイイイイイン……!
揚力を生み出していると思しき二つのローターは、青白く発光しながら、高速で回転を続けている。
「何でも速く動かすうちのIS・《エリアルレイヴ》が合わされば! うちは無敵ッスー!!」
速く動かす……加速させる。あの、不自然に速い貫き手や手刀などの攻撃も、バインドが設定時間より早く解除されたのも、この能力を対象に使用したからなのだろう。
「(…………やっぱりバカだ、あいつ)」
よりにもよって敵に向かって、自分の能力の秘密をペラペラと勝手に披露して…………何がしたいのだろう、あの敵は。
呆れるティアナを知ってか知らずか、ウェンディは、ティアナをビシッ! と指差した。
「オマエは、罠に嵌ったネズミちゃんッス!! 大人しく屠られるッスよー!」
――ビュゴォオッ!!
そして、再び突撃!
――ドンッ!!
正面からの射撃。回避は、相対速度的にも不可能。しかし……
「避ける必要なんて微塵も無いッス!!」
――バチィンッ!!
浮遊機械……『トルネイダー』の正面に、力場が発生。ティアナの弾丸を、蹴散らしてしまう。
「くぁっ……!」
回避が遅れ……衝撃波に揉まれるも、その背後に向かって射撃を連射。
「遅いッス!」
……が、発射された射撃が、『トルネイダー』の速度に追いつけていない。標的を外れた射撃は、壁に命中するに終わった。
「ヴァリュアブルバレット……外殻強度で、あの力場を抜ける?」
『……難しいだろうな。弾ごと消し飛ばされて終わりだ』
「それじゃ……作戦変更よ」
――ヴゥウウウンッ……
幻術で、ティアナのシルエットが増える。
「一つ覚えの手品なんて、こうッス!!」
――ビュゴォオオオオオッ!!
低空を滑空してきたウェンディと『トルネイダー』が、複数のシルエットを纏めて消し飛ばした。
「ありゃ、本体は……」
……幻術を囮にしたティアナは、柱の影に隠れていた。
「…………」
じっと目を瞑り、鼓動を落ち着かせる。
「……よし」
――作戦は、決まった。
柱の影から……今度は、本物のティアナが出てくる。……コレを成功させるには、幻術を介しての遠隔操作では無理だ。
「お? よーやく観念したッスか?」
「さぁ、どうかしらね」
煙に巻くティアナに、ウェンディは『トルネイダー』の先端を向ける。
「こんな閉所じゃあ、幻術を囮にして逃げることも出来ないッスもんね!!」
――ゴウッ!!
突貫を避け、通り過ぎるギリギリのタイミングで、射撃を発射。
――バチンッ!!
が、それは力場にはじかれる。
「あっはっは! 無駄ッスよー!」
再び天井近くにまで上昇。空戦能力の無いティアナでは、手が出せない。ヒットアンドアウェイで、じわじわと削っていくのだろう。
――突貫。回避。射撃。無効。
――突貫。回避。射撃。無効。
――突貫。回避。射撃。無効。
――――――。
幾度繰り返した頃か。ティアナの魔力量が、半分を割った頃……
『見えたわね、クロスミラージュ』
確かな情報を得ていた。
『ああ。全長3900mm、全幅1100mm全高310mmのうち、力場で覆われているのは前方2500mmまでだ。最高速度は……この空間に限っての計測だが、時速400kmってとこだな。奴さんも、壁にぶつかりたくは無いんだろう』
すれ違うのは、一瞬。2500mmを過ぎたところで、『トルネイダー』に正確に命中させる必要がある。
「やるわよ。一泡吹かせてやるんだから」
『おう。やっちまいな』
そして……クロスミラージュに、虎の子のチャージング・カートリッジを装填した。
「年貢の納め時ッスーー!!」
――ゴォオオオオッ!!
文字通りの旋風と化して、ティアナへ突っ込む『トルネイダー』。
ティアナは、その鼻先……ではなく、地面に向けて、一発目を発射する。
――ボフンッ……!!
吐き出されたのは、漆黒の煙幕。
「邪魔ッス!!」
吹き散らされる煙幕……そして。
――グイイイッ!!
「おわぁっ!?」
唐突に、後ろのローターに違和感。見れば、ガリガリと……鈍色の鎖……錬鉄が、ローターに絡まり速度を下げていた。
「こんなもんーー!!」
ウェンディは、強引に出力を上昇。
――バキンッ!!
錬鉄が砕かれ、宙に消える。
「あっはっは! 秘策は不発だったみたいッスね!?」
安全域に再度上昇したウェンディが高笑いをする。見下ろす先、ティアナは煙幕の位置から一歩も動かず、相棒を手放して転がっていた。
「そんじゃあ……次こそ、プチっと潰れるッスー!!」
今度こそ、無防備……と、ウェンディは最大速度での突貫。
――――ガヒュウウウウウウウウウウウウウウウウウウンッ!!
その、駆動音が…………異常な高鳴りをする。
「なっ!? ……何ッスか!? どうしたッスかー!?」
有り余る出力は、コントロールを不能にし、空中で無様なダンスを踊る。必死に制御しようとするも、暴走したエンジンは、更に出力を上げていく。力場はその形を失い、掻き消える。
「くそっ! いつッスか! いつ……!」
忌々しげに、地上のティアナを見下ろす。その視線を受けたティアナは……
「………………ばーか」
会心の笑みで、中指を立てていた。
「あ、……あの時かぁあああああーーーーーー!?」
一瞬、速度が落ちたあの瞬間……その、一瞬の狭間で、力場を回避した一撃を食らわせていたのだ。恐らくは……カートリッジ内に込められていた、強化魔法に類するものを。カリカリにチューニングされているであろう『トルネイダー』は、それで呆気なく機体バランスを失い、暴走した。
ぐんっ、と、無軌道に飛び回っていた『トルネイダー』が、一つの方向へ向きを定める。力場を失った穂先には、壁と一直線に繋がる……オレンジ色のチェーンが伸びていて。
「くっそォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
――――――バッゴォオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
巨大な空洞に、爆音が……決着のゴングのように鳴り渡った。
「ぅぐぁ…………………………」
ぱらぱらと、破片まみれになったウェンディが呻く。
いかに頑丈な肉体といえども、時速数百キロで壁に衝突すれば、甚大なダメージを負う筈だ。衝突の寸前、自ら『トルネイダー』を捨てたおかげで、即死は免れたようだが……
「…………」
こちらはこちらで疲労困憊のティアナが、銃口をウェンディに向ける。
――パンッ!!
着弾した弾丸が破裂し、ウェンディを、トリモチ状の組織が拘束する。
「確保、完了…………」
『よくやったな、ティアナ』
相棒の労いの言葉に、笑みを返す。
「アンタと……あいつらのおかげよ」
弾倉から、使用済みのチャージング・カートリッジを取り出す。
煙幕弾は自前だが……錬鉄はキャロ、強化魔法はエリオに、事前に込めてもらっていたものだ。何より……
「真正面から突っ込んでくるのは、スバルの相手で慣れてるからね」
普通、アレだけの勢いで突撃されたら、一瞬体が硬直してしまうものなのだが……スバル相手に訓練をしていたおかげか、それは起きなかった。
「ひとまず、これで…………」
「一件落着、ってか?」
「!?」
クロスミラージュを手に、飛び起きる。
「いやー、惜しかった惜しかった。あたしがいなかったら、文句なしにきみの勝ちだったんだけど……」
索敵に、反応なし。
「お姉ちゃん的に、みすみす敵に妹を渡すわけにはいかないんだよねぇ」
トリモチで拘束しているはずのウェンディが……ずぶずぶと、地面に沈んでいく!
「!!?」
『下かっ!?』
まるで……地面が、液体になったかのように。
何は無くとも、ひとまずその周辺へ射撃を撃ってみるが……弾丸は、地面に跳ね返されるだけ。ウェンディは、そのまま……地面の中に、姿を消してしまった。
「はい、回収完了―。んじゃあついでに……
――きみにも来てもらおうかなー!?」
地面を介して……気配が迫る!!
「――――火炎城壁」
――――ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!
地面に突き立てられた、一振りの剣。その剣を媒介に……ティアナの周囲を、円状に囲い込む炎の壁が屹立する!!
「あぢゃぢゃぢゃぢゃーーーー!?」
炎の壁は、地面の下にも延びていたらしく、悲鳴が上がった
レヴァンティンの柄に軽く手を置き、炎の壁を維持しながら、ティアナの救出にやってくる。
「あづっ、あづっ……!! や、火傷しちゃったじゃん!! 何すんだよ乙女の柔肌に!」
「おい、木っ端」
……酷い呼び名である。
「見逃してやる。失せろ」
……………………
……敵の気配が、消える。逃げたようだ。
「無事か」
「……はい。それと、申し訳ありません。一度は、確保したのですが」
ウェンディを、取り逃してしまった。
「構わん。あの能力を予想しろというのも、無理な話だ」
レヴァンティンを鞘に収める。
「さて……他の連中。うまくやれよ」
シグナムの呟きに、ティアナは、こくん、と頷いた。
◆ ◆ ◆
「うおっと!!」
「きゃー」
エリオとキャロは、フェイトとは別々に転送されてしまったようだ。
「フェイトさんは!?」
「んー……だめ、つうじない」
周りは、ティアナが飛ばされたのとは別の場所だった。辺りは、経年劣化したコンクリートで囲まれた、トンネルの中だ。苔むしていて、長いこと手入れもされていない廃洞だろう。この閉鎖空間では、フリードの空戦能力を活かすことは難しい。下手をすれば、崩落に巻き込まれかねない。
「おい、キャロ」
「うん。…………いる」
辺り一帯から、例の召喚師と同じ魔力の気配が濃密に漂っている。聞こえるのは、虫の羽音。エリオは、油断無く周囲を警戒し…………
――――バォンッ!!!
瞬間移動をするように現れた、人型昆虫・ガリューの蹴りを辛くも回避する。
「何だ、コイツ!?」
ストラーダを繰り出し、応戦。リーチでは、ストラーダが上だが……ガリューは易々と間合いを縮め、打撃を放つ。
「これでも……喰らえッ!」
――――バリバリバリッッ!!
打ち合ったストラーダから、電撃が迸る。
「……!!」
ガリューは、身体を仰け反らせ、慌てるように距離を取った。
「キャロ、フリード。適当に援護しろ」
「わかった」
電撃が有効なことが分かっただけでも大収穫だ。打ち合いながら、隙を見て電撃をお見舞いして……と、計算していた矢先。
『electricity sealing』
……不意打ちの魔力弾が、エリオに直撃した。
「がはっ……!!」
「……! フリード、あそこ!!」
その発射地点へ、フリードの火球を発射。
――バシュッ……
ガリューにあっさりと弾かれるが、距離を取ることはできた。
「くっそ、油断した……!」
ダメージはあるものの、自力で立ち上がることは出来るようだ。
『使い手よ。少々厄介なことになった』
「あァ? んだよ、この程度のダメージで」
『違う』
ストラーダが、事態を知らせる。
『今の一撃で、汝の雷が封じられた』
「何っ!?」
エリオは、確認するため、放電を試みるが……
「……マジだ。魔力が、変換されない」
ただ、素の魔力が流れるだけで、1ボルトの電気も発生しない。
「これでもう鬱陶しい電撃は使えないね」
ガリューが守っていた術者が、姿を見せた。
「……女?」
女……いや、少女だ。外見的には、キャロやエリオと同年代か。
「そっちだってかたほうは女じゃない」
こちらを見下すような、変化の無い表情で淡々と喋る。
「大人しく投降すれば殺さないであげるよ」
やる気の無い、降伏勧告。言わされている感が、満々だった。
「はぁ。ランダム転送だったとはいえあの野蛮人に当たらないとは不幸ね」
本命は、なのは。だから、エリオたちはオマケ程度で、本気を出していないのだろう。
無言でストラーダを構えるエリオに、ルーテシアは…………
「抵抗したら殺すって意味が分からなかったのかな」
あっさりと、ガリューをけしかけた。
フリードの召喚と、有効な電撃が封じられている以上、エリオ、キャロ、二人の通常魔力と、フリードの火炎。ストラーダによる物理攻撃で倒さなければならない。2対3という点では、有利といえるのだが――――ガリューだ。
なのはは、腕の一本を切り落とすことが出来たが、それはなのはだから出来た芸当だ。まだ未熟なエリオの槍術では…………
――ドスッ!!
「ッ――!!」
軽く振るったような一撃は、しかし、エリオにとって痛恨の打撃だ。
キャロが隙を見ては射撃や、フリードの火焔をぶつけようとするのだが、ガリューの甲皮は魔力ダメージを相殺し、火炎は簡単に対処されてしまう。
「ッのやろォおおおおおっ!!」
『…………』
――ガキィンッ!!
エリオの一撃を、甲皮に生えた棘の部分で、軽く受け止める。
(駄目だ……! レベルが違いすぎる!!)
手を抜いた教官にさえ歯が立たない自分が……本気の教官と、近接戦で張り合うような手練と、張り合える道理など無い。
――ドカッ!
直蹴り。ストラーダの柄で受けることには成功したが、衝撃は胴体にまで伝わった。
「ぐ、ぅ……っ!!」
追撃の踵落とし。
「錬鉄……召喚っ!!」
――ギャリリリリリリリッ!!!
キャロの、魔力では無駄と知っての、錬鉄の鎖。蹴り足を縛り上げ…………
『varnishing』
――パリィンッ!!
召喚魔方陣が、ガラスのように砕け散り……錬鉄の鎖も、解けるように、消えてしまった。
『bind』
フリードも、口と翼を、強固なバインドで縛られる。
「――2対2、なんだよ?」
杖状のデバイスから、紫色の魔力光を立ち上らせ……ルーテシアが、酷薄に告げる。
行き場を失った自身の魔力の逆流は、ケリュケイオンの安全弁に塞き止められたが……その、一瞬。キャロは、魔法を発動できなくなり。
――ドスッ
「――――、ぁ」
ルーテシアが放った魔力弾を喰らい、倒れた。
「一人終了。ガリュー、そっちも、、……」終わらせなさい。
言いかけたルーテシア。が。
「――――――――……どけぇえぇえぇえぇえぇええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!!!」
――――斬ッッ!!!!!!
「…………!!!」
……ガリューの右腕が、飛ぶ。
「な――――」
つい先日なのはに断たれ、再生したばかり。確かに、強度としては、低下していたのだろう。しかし……カートリッジも、強化魔法も……使っていない状況で。
「どけっつってんだろォーーーーーーーーッ!!!」
――バキンッ!! バリィンッ!!
交差する連撃に、ガリューの胸部甲皮までもが砕かれる!
『lancer barret !!』
――キュドドドドドッ!!!!
至近距離から、その甲皮の罅に射撃を乱打。勢いのまま、ルーテシアをも薙ぎ払う!
「…………!!!」
ガリューは腕を捨てて下がり、ルーテシアに迫る弾を防御した。
「はァー……!!」
エリオは、排熱するように息を吐き……冷静さを、取り戻した。
敵は、エリオの爆発力を警戒しているのか、ガリューの治癒を優先しているのか、仕掛けては来ない。
「キャロ! フリード!!」
「、…………エリオ、くん…………」
キャロのバリアジャケットには…………じわりと、赤い染みが浮いていた。殺傷可能設定の一撃を、喰らったのだ。
「くそっ……! ケリュケイオン! 起きてるか!?」
『f,,ふ……カく、です。術シキ、を、……はカイ、され、……ぎゃく、流すル、魔力に、てき、の、魔力、ガ……うわ、の、se…………しすテム、ga、おーばー、ロー、do…………』
弱弱しく明滅する、ケリュケイオンのコア。自力での復旧は、この環境では無理だ。
「俺と……お前だけか、フリード」
『グルル…………!』
バインドは、ストラーダで解除が出来た。……が、本来の出力が望めない以上、フリードの戦力は微々たるもの。
「…………やるっきゃ、ねぇんだよ」
唯一の希望は、別の地点に飛ばされているであろうフェイトだが……そう都合よく、駆けつけてくるようなことは無いだろう。
敵は、既にガリューの治癒を終えようとしている。今度は、ルーテシアもエリオを標的にしてくるだろう。近接に特化しているとはいえ、まだまだ未熟なエリオに、幼体のフリードだけで、実力で上回るガリュー、その手の内すら読めていないルーテシアの二人は、荷が重いどころか、勝てる可能性が限りなく低い相手だ。
『騎士と、その槍よ……』
と、ケリュケイオンがエリオたちを呼んだ。
『我が操者より、先刻、秘策有りと…………』
飛ばされてくる一瞬前に、やり取りをしていたらしい。
「言ってみろ」
『わたしの、半身を、その腕に』
今は、何でも試してみるほか無い。
言われるままに、ケリュケイオンの左を、装着。その手を介して、デバイス同士で、何らかの情報をやり取りして……
ストラーダから、その情報が開示される。それに眼を通し……驚愕に眼を見開き……フリードと顔を見合わせ……
「――やるぞ」『グァアッ!!』
――覚悟を、固めた。
ガリューの腕は、接合が完了していた。
「もうふいうちは喰らわない」
ルーテシアは杖を構え、エリオを、完全な敵として認識していた。
「ああ、別に良いぜ」
エリオは、肩にフリードを乗せ……しかし、構えていない。
「別に無抵抗でも殺すから無駄だよ」
ガリューが、構えを取る。
それに呼応するように、エリオも……
「行くぞ、フリード!!」
ケリュケイオンを装着した手で、フリードに触れた。フリードの小さな体躯が、薄青色に発光し――同色の光玉……オーブへと変化する。
「召喚術の、中途段階で……あいまいな状態で、留めている……? 相方のデバイスに入っていた召喚術式を使っているんだろうけど、何でそんな、意味の無いことを……?」
ルーテシアには、その意図が読めない。読めないが……排除することに、躊躇は無い。しかし、エリオは更に、ルーテシアの予想を超える行動に移った。
――エリオは、フリードが変じたオーブを
――自身の身体に、押し込んだ。
「ぐっ……」
呆気に取られるルーテシア。一瞬、苦しそうに呻いたエリオは…………
「――――ぅおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーッッッ!!!」
…………野獣のような、咆哮を上げた。
「――――――――」
ルーテシアは、目の前で起きている事態を理解しようと、必死に考えている。
「使い魔の竜……召喚術……あいまいな状態での、オーブ化…………自分の、肉体……………………、まさか、」
答えを得たルーテシアは、驚愕に鉄面皮を崩した。
「自身を依り代に…………自分に、竜を憑依させた――!?」
「大、正解だ…………!!」
――知らない。聞いたことも無い。召喚術は世に数多くあれども、人に竜を憑依させるなど…………
必死に、頭の中のデータベースを探る。探って、探って……………………たった一冊の古文書。たった数行の記述が、該当した。
「――ル・ルシエの、未完の秘術――――!!」
――実現叶わず。そう絞められていた、あの秘術だ。
「そうか、あの女……ル・ルシエの一族!」
が、それでもまだ、疑問は残る。
「――無理な話。一つの体に、二つの魂は同居できない。勝手に自滅するのが道理」
それは、絶対の絶対。大原則のはず。
……が、エリオには、それとなく察しがついていた。
「――Fの遺産、か」
エリオの身体は、プロジェクトFの技術により、精製されたもの。その、何故か高い魔力が備わる性質について、どこぞの偏屈学者が、言っていたではないか。
『オリジナルと、肉体の持ち主……二つの魂が、合わさっているからだ』
……と。
エリオの身体はそもそも……『複数の魂を受け入れ得る』性質を、備えていたのだ。
――『器の騎士』。ケリュケイオンが言っていたのは、この事だった。
「生まれて始めて――――俺の出自に、感謝するぜ……!」
不規則な明滅も収まり……白銀の光が、エリオを包み込んでいく。
が、それでも…………
「――死ぬよ。死なないにしても寿命を縮める」
無茶であることは、変わらない。
「なんだ、心配してくれるのか?」
エリオの軽口に、ルーテシアは……白い肌を、真っ赤に染めた。
「ち、がうっ!! 違うっ! 違うもんっ!」
(……わっかりやす)
その様子に、エリオは苦笑いするしかない。
(殺すだのなんだの、物騒な言葉使っちゃいるが……根っこは善人だな、こいつ)
あくまで、根っこに限っての話だが。やっていることは普通に犯罪で、エリオたちは現在進行形で命の危機だ。
「安心しな。死ぬのは二度目だ。それに……」
エリオには、小さいけれども、重い、厄介な、手の掛かる、世話の焼ける、とことん面倒な………………
「――――……『死んでも守る』って、決めてんだよ!!」
――背負うべきものが、あるのだから!
『――――Silvery Dragoon Armaments !!』
白銀色の光が、エリオの身体に収束する!!
――――――バシュンッ!!!
……一条の閃光が、ガリューの側面を貫いた。
「…………、ッ!?」
方向転換……しかし、横転。
――ガリューの左足が、消失していた。
「…………ふゥーーーー」
槍を振りぬいた姿勢で、残心する…………
――鱗状の白銀の魔力光を纏い、フリードのような両翼を展開した、エリオだった。
どさっ……と、ガリューの左足、その残骸が地面に落ちたところで、ルーテシアは我に返った。
「!!」
ルーテシアが、砲撃でエリオを狙い打つ。しかし……
――バァンッ!!
羽ばたきの一つで、砲撃はかき消され……バインドも、妨害魔法も……掠りもしない。
「疾、すぎる――!!」
ガリューの複眼を以ってしても、その挙動を捉えることが出来ない。軌道を予知し、必殺の拳を、蹴りを、叩き込もうと……
――――ヴァオンッ!!!!
その腕が、足が、ズタズタに切り裂かれていく!
甲皮の硬度を強化しようと、速度を上乗せしようと、お構い無しに削り取る!
「ぐゥアあアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
咆哮。フリードの竜魂に、意識を翻弄されている。
暴走状態……その言葉を、ルーテシアは思い浮かべた。
「あ、あああ…………ガリュー、ガリュー……!!」
ルーテシアは、幼子のように、使い魔の名を呼ぶ。
「やめて……」
――――バシィッ!!
……ガリューの甲皮が、崩れる。
「やめて……!」
――ゴリッ……!!
防御した腕が、半分も抉り取られる。
「やめて、やめて、やめて……!! ガリューが、死んじゃう!!」
都合が良いことを、と、責めることも出来るだろう。しかし、今のエリオに、その言葉は届かない。
「ぐルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
魔力の限界まで、目の前の敵を滅ぼすまで…………止まらない。
「助けて、……助けて!!」
ルーテシアは、杖を抱き寄せ…………最後の切り札を、召喚する。
「デルタ―――――――――ッ!!!!!!!」
――――――――――ゴォオオオオオゥッ…………!!!!
ストラーダの切っ先が、ガリューの心臓を貫く……寸前。
――漆黒の炎が、エリオの身体を呑み込んだ。
「――――ぐはァっ……!!」『ゴフッ……』
竜魂憑依が、ただの一撃で解除され……エリオとフリードは、別々に地面に転がった。
その、黒炎を放った……ルーテシアが、『デルタ』と呼んだ者が、姿を見せた。
「ッ! ガリューが、もう一体……!?」
倒れたままのエリオが、驚愕する。
現れたのは……ボディスーツにヘルメット、金属のような、プラスチックのような、不可思議な質感の全身プロテクターを装着した男だった。見ようによっては、確かに、ガリューのようにも見える。
――――シュイイイイインッ…………
そのボディスーツからプロテクター、更にはヘルメットまでを、発光するラインが走り、暗闇のトンネルの中を、照らしていた。
「……………………」
ヘルメットの複眼が、エリオを、続いて、ガリューを捉える。四肢を損傷し、また甚大なダメージから、立ち上がることの出来ないガリューを……肩を貸すように抱え上げ、ルーテシアの前で下ろしてやった。
「あ……ありがとう、デルタ……」
続いて、その複眼で……………………エリオたちを、見る。
ルーテシアに確認は取らず、大股で、近づいてくる。回収する気なのか……もしくは。
「――させるかよォッッ!!」「――だァらっしゃぁああああああああああああああああああっ!!」
鉄球と、稲妻が飛来する!!
――――ゴッ! バヂィイイイインッ!!
巨大な鉄槌に強かに打ち据えられ、オマケとばかりに電撃を喰らい、デルタはトンネル内をバウンドしながら、大きく後退した。
「フェイトさん……ヴィータ教官……」
待ち望んでいた救援がやってきた。しかも、これ以上無いタイミングで!
「――ボク、さんじょう! ごめんな、ふたりとも! たすけにきたぞ!」
フェイトは、エリオとキャロの元へ。
『殺傷可能設定での攻撃を被弾したようです。怪我の程度は……外傷は、裂傷・打撲。微量に混入された敵の魔力が原因で、昏倒しているようです』
直ちに命の危険は無いと知り、安堵の息を吐く。
「……すみません、フェイトさん……俺は……」
結局は、助けられてしまった無力感をかみ締めるエリオに、フェイトは笑みを見せる。
「――よくやった、エリオ。ちゃんと……ちゃんと、見てたぞ。すごいじゃないか」
現場映像を見ながら飛んできたフェイトは、エリオの精一杯を、見届けていた。
「さすが、男の子だ。ちゃんとキャロを守ったな。えらいぞ」
エリオは……黒炎のことを告げると、安心したのか、意識を失った。
「おい……フェイト」
と、警戒にあたっていたヴィータが、戦慄したようにうめく声が聞こえた。
見れば……ヴィータ本気の一撃を喰らったはずのデルタが、ケロッとした調子で、立ち上がっていた。
「ふせいだのかな」
「いや、それはねぇ。あのプロテクターがどんだけ硬いのかは知らねぇが……確かに、骨を砕く感触があったんだ」
が、デルタは、平然と立っており……その動きに、庇うような動作は、無い。
「がまんしてるだけかもよ?」
「だといいが……」
警戒を緩めない。敵の魔導師と思しき少女は、ケープのようなもので素顔を隠しており……その腕に、丸い、卵のようなものを抱いている。
「ねぇ」
……と、その少女が、話しかけてきた。
「……なんだい?」
フェイトが応じると、彼女は……場にそぐわない、なんというか……『もじもじ』という形容が似合いそうな態度で、聞いてきた。
「そいつらの名前なんていうの」
常識で考えれば、答える必要はないどころか、答えてはいけない類の質問。当然、ヴィータは沈黙していたのだが……
「男の子は、エリオ・モンディアル。女の子は、キャロ・ル・ルシエ。そんでこっちの竜がフリードリヒだよ」
……フェイトは、気軽に答えてしまっていた。ずっこけるヴィータをよそに、話は進む。
「……わたしは、ルーテシア。ルーテシア・アルピーノ」
「うん、ルーテシアだね。ちゃんと伝えておくよ」
デルタは、そんなルーテシアの話が終わるまで、構えるでも、仕掛けるでも無く………………
「よかったら、いっしょにこない?」
が、懐柔とも取れる言葉が発せられた瞬間……
「……………………………………………………………………………………3821」
……ぼそりと、機械処理された声で、謎の数字を呟く。
は? と、ヴィータが訝しんだ、瞬間…………
――――――――――ドゴォオオオンッ!!
土砂で封鎖されていた出口を強引に突破し、『ソレ』は現れた。
――――――ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォッッ……!!
形状的には……緩やかな円錐状の、ロケットか。その背部には、トンネル内を蒸し焼きにしかねんばかりの熱を排気する、コーン状のノズルがくつも連なる。そして、最大の特徴…………底部には、巨大重機のような巨大なタイヤが二本、装着されている。それは、言い表すなら………………
――――二輪の怪物……だった。
「…………」
デルタは、ルーテシアを抱え、そのコックピットと思しきスペースに乗り込んだ。
手元の、巨大なレバーのような装置を、右に軽く捻り…………
――――――ゴヴァアアウッ!! ゴヴァアアアアアアアアウッ!!!
…………ブリッピングなどという、生易しいものではない。背部ノズルからは、火炎放射のような高温の炎が吐き出され、トンネルの中は、その熱で一気に気温が上昇する。
「………………」
手元のコンソールを操作する。
――――ガシャコガシャコガシャコンッ……!!
前面装甲が展開し、…………どう見ても、『ミサイル』としか形容の出来ない代物が、せり出してくるに至って。
「「…………!!!」」
フェイトとヴィータは、エリオ、キャロ、フリードを抱え、自分たちが突入してきた、トンネルの反対側に向かって、一目散に逃げ出した。
――――ズドドドドドドドドドドドドドンッ!!!!
背後で、ミサイルが一斉に発射され……精密に誘導されたそれらが、背中に触れるほどに迫り……
「――どっせぇええええええええええいっ!!」
ヴィータが咄嗟にバラ撒いた、鉄球群に衝突。そして……
――――――――――――!!!!!
……最早、音ですらない衝撃波が、朽ちたトンネル内を蹂躙する。
フェイトたちが、進入口を突破できたのは、ギリギリのタイミングだった。
――ズズズズズズズズ…………!!
山全体が鳴動し、鳥獣などが逃げ出して行く。
内部のトンネルは、完全に埋もれたものと見て、間違いない。
「あ、あぶなかった……!! ほんとーに、あぶなかった!!」
「危うく生き埋めになるとこだったぞオイ……! なんてクレイジーな野郎だ……!!」
が、得られた情報も多い。
敵魔導師……ルーテシア・アルピーノという名前と、エリオが戦闘を介して得た、様々なデータ。これらは、一連の事件について、大きなヒントになるに違いない。
「さ、もどろ。ティアナんとこにはシグナムがいってるからだいじょーぶ」
「残りは…………ああ、何の問題もないわ」
◆ ◆ ◆ ◆
各所に飛ばされたフォワードチームたち。しかし意外なことに、スバルとなのはは、海鳴市に残されていた。だが……
『制圧目標、ロスト』
レリック暴走体とは、大きく引き離されていた。
『エリアサーチ、使用不能』
『ふむ……スバル。同じ状況ですか?』
以前の任務で、偽のセリカに隔離されていた時。自力でのサーチを行えなくなっていた。
「はい。ほぼ同じ状況です」
『ですが、今回はこちらにも準備があります』
海鳴市は、なのはにとってホームグラウンド。
一度は切れてしまった衛星携帯電話を取り出し……セリカではなく、はやてにコールする。
『待ってたぞ。今、町の各所の監視カメラの映像を送る』
はやては、なのはの意図を汲んでいたかのように、実行。実は高性能だった衛星携帯電話のディスプレイに、画素は荒いものの、各所の映像が映し出される。
『いましたね。場所は、…………………………………………』
……なぜか、固まった。食い入るように、ディスプレイを覗き込む。
『スバル。マッハキャリバーでの移動を許可します。先に行っていなさい』
認識阻害結界は、既に展開されている。問題は無い。
「はいっ! ですが、その……教官は!?」
流石に、背負っての移動は時間のロスだ。
なのはは、横目に、避難する民間人と、それを誘導する警察官を見やり…………
『何とでもします。先に行きなさい』
「はいっ!」
スバルを先行させたなのはは、避難誘導をしていた白バイ警官の背後を音も無く通過し…………
――――窃盗団もかくやという素早さで接近。搭乗。スタンドを払いギアをローに。
滅多にエンジンを切らないという習慣が仇となった。
「!? 君、何をしているッ!?」
見咎める警官に、一言。
『借ります』
まさかの白バイ泥棒。目的のためならば、いかなる手段であろうと躊躇いというものが微塵も無い。
――リュイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!!!
カムギアトレーンの音を唸らせながら、現地へ直行する。
途中、スバルとも合流。スバルは、なのはが突如として乗り付けてきた謎のバイクにぎょっとしながらも、シングルシートの後部に無理やり飛び移る。
「どうしたんですか、これ!?」
『親切な方に借りてきました』
――ピー。ガガガッ。 ――――、、、方面へ逃走中。繰り返す。警察車両窃盗犯の女、青いズボンに緑の上着、脱色した髪の毛。現在も窃盗した車両で逃走中! 周辺の部隊、現場に急行されたし!
――ぶちっ。
……青いジーンズに緑色のパーカーを着た、栗色の髪の毛のなのはは、白バイの無線機の電源を無言で切った。
「教官、教官……! これ……!?」
『借・り・て・き・ま・し・た。はい、リピートアフタミー』
「……カリテキマシタ……ナンノ、モンダイモ、アリマセン…………」
『グッド』
……時に、目的というものは倫理を超越するものである。
――ガリガリガリッ!
バンパーで路面を削りながら、ハングオンで交差点を抜ける。完全にルートを把握している動きだ。
「あっ……車が……!」
前方、逃げる車で、渋滞が起きていた。
『問題ありません』
なのはは、車体に後付されているスイッチをONにする。
――――ファンファンファンファンファン!!
回りだす赤色灯。唸るサイレン。
『緊急車両通過します。緊急車両通過します』
堂に入ったニセ白バイっぷりだった。
ギリギリの隙間を、ミラー一つ削らず通過し……
『発見』
レリック暴走体を、発見した。
『……進行していますね』
侵食は、既に胸部にまで進んでいた。そして、意識は完全に無く…………
「いやぁああああああっ!!」
一人の民間人へ、今まさに、その金属腕を振り下ろそうとしていた。
なのはは、瞬時に判断した。
――――――グワシャアッ!!!!
……スバルと共に白バイを捨て、暴走体に突撃させた。
暴走体は、バイクともみくちゃになりながら滑っていき……大通りのど真ん中で、止まった。民間人を逃がし……暴走体の元へ。
『スバル』
後は、先ほどの再現だ。スバルが、着実に暴走体にダメージを蓄積させ…………
『封印です』
なのはは、スバルのリボルバーナックルに、封印魔法を付与。
――パキィイイイイイイインッ…………!!
若者に巣食っていたレリックは、切り離され、封印された。
「任務、完了っ!」
なのはも、そのレリックを回収しようとしたのだが……
「はっはっは! 隙ありィーー!!」
ズボッ! と、地面から突き出た手が、レリックを鷲摑みした!
『!!』
――シュコォンッ!!
投擲された棒手裏剣が、コンマの差で、その腕をとり逃す。
『不覚。地面に潜む敵がいましたか』
『データベースに照合しましたが……エネルギーの内容的には、先ほどの砲撃と近いものです』
未知の技術体系を使用する、テロリスト集団。
――ガガッ…………
……と、街頭に設置されていた、時報などを告げるスピーカーが、不自然にハウリングする。
『これにて! 威力偵察しゅーりょー!!』
ラジオDJのように、軽い口調だった。そしてそれが、敵からのメッセージであることも、明白だった。
『んっふふふふ! あー、楽しかったぁ!!』
相手はスピーカー。こちらから返事をしても、向こうへは届かない。
『今回のレリック争奪戦はぁ……戦力的には削がれちゃったけど、レリックをゲットしたのはこっちだからぁ…………ざぁーんねん! あなたがたの負ぁーけ!』
実にイラつかせる喋り方だった。
『次は、もっと、もぉーーーーっと、強いメンバーで行くから、待っててねぇー!? それじゃ、またね
――――バキンッ!!
…………なのはは、手裏剣でスピーカーを破壊した。
そして、通信妨害も解除され……セリカから、全員の無事が知らされた。
『状況、レッドからイエローに移行』
ほぼ、状況終了である。
『スバル行きますよ。急いで』
「え、あ、はい……」
しかし、なのはは……目深にフードを被り、一目散にこの場所を離れようと…………
「………………なのは? なのはか!?」
…………足を止めず、足早に逃げ出そうとしたところ、腕をつかまれ、振り向かされる。
端正な顔立ちの青年が、立っていた。
『だから……嫌だったのに…………』
パラ、とフードが落ち…………なのはの素顔と、隻眼が、露になった。
息を呑む青年に、なのはは……気まずそうに、言った。
『……兄さん、ただいま』
◆ ◆ ◆ ◆
喫茶翠屋。今日の騒ぎもあり、早めの店じまいをした店内に、なのはと……その関係者一同が、集まっていた。
結果的に売れ残ってしまったケーキなどを放出し、茶などを淹れ、ちょっとしたパーティになる中……なのはは、浮かない顔で、隅っこの席に座っていた。
「いいかしら?」
と、その4人がけの席に、なのはとよく似た美人が座る。
『…………母さん』
気まずい親子の再会だった。
「…………連絡くらいは、寄越すものよ?」
よりにもよって、5年も音信不通だった。
「はやてちゃんから、連絡がなければ……こっちに戻ってきていることも、分からなかったのよ?」
責めている……というよりは、心配していたのだろう。
『……ごめん、母さん』
なのはは、しおらしい。
「その目は……どうしたの?」
切り傷がつき、白濁した左目。
『…………事故。でも、見えてないわけじゃないから』
「……そういう問題じゃ、ないでしょう?」
『………………』
美由希が運んできた茶を啜る。
「……でも、久しぶりに会えて、良かったわ。のんびりできるの?」
『……3日くらいしたら、戻る』
まだ、会話はぎこちないままだが……その姿は、親子のものだった。
そんな中……恭也が、なのはにぼそりと告げる。
――今夜、実家の道場に来い
……と。
◆ ◆ ◆ ◆
解散し、スバル達をアパートに送り届けた後……なのはは、生家へとやってきた。
久々に足を踏み入れる道場の板張りは、冷たく、きしっ、と鳴った。
「……待っていた」「なのは……」
恭也と美由希が、正座し…………木刀を携えた姿で、迎え入れる。
『一応、聞くけど……………何の用?』
道場の中に、人工声帯を介した声が、反響する。
「今、お前がいる場所が、どういう場所なのか…………大体だが、想像がつく」
『…………そう』
左目の事も……左腕のことも、恐らく、既に分かってしまっている。
「もう……『彼』のことは、諦めろ」
話の核心に、触れた。
「きっと、手がかりの一つも得られていないのだろう?」
尚も、続ける。
「彼は、確かに大事な恩人だ。俺たちにとっても……もちろん、なのはにとっても。だが……だからといって…………お前が、そんなにまでなって、どうするんだ……!?」
まだ未成年のなのはの体には、無数の傷跡が刻まれている。
『―――――あの人がいない世界なんて、いらない』
なのはは、言い切った。歪なほどに、純粋な想いを。
「なのは………………お姉ちゃんから、お願い。……もう、無茶はやめて、帰ってきて」
美由希の懇願に、しかし、なのはは首を横に振る。
「……そうか」
――恭也と美由希が、木刀を手に立ち上がる。
「なら……仕方ない」
力尽くで……捻じ伏せる。二人は、木刀を構え…………
――ふぅ
……と、緊迫とは縁遠い溜息が、なのはの口から毀れた。
『兄さん、姉さん……』
なのはは、ゆっくりと、顔を上げ………………
『――――兄さんたち風情が、私に勝てると。――本気で思っているの……?』
――――左右から、なのはの延髄に挟撃。『神速』をも利用した、刹那の一撃。
――――それを、眼で追ったなのはは素手で掴み取り、木刀を強奪。
――――残る一本を構える……遥か前。なのはの木刀の柄が、美由希の水月を抉り昏倒。
――――恭也の振り下ろし。木刀で受ける。
――――『徹』。間接を通じ足元に逃がし無力化。
――――なのは、木刀を投擲。恭也、回避。
――――身軽になったまま、より深く懐へ。
――――無手。正中線・三連撃。顔面を掴み、回転の勢いを殺さぬまま、壁際へ、………
――――――――ドガンッ!!!
…………ずる、と、恭也が崩れ落ちる。
『……こういうこと』
体術だけで、二人をあしらったなのはは、息も乱さず言う。
『もう、邪魔をしないで。お願い…………』
なのはは、道場を出て行った。
◆ ◆ ◆ ◆
――――三日後。
アリサ、すずか、望、健太、咲…………大家に奈々、高町家の面々。
なのはの関係者が勢ぞろいして、なのはを見送りに来ていた。
この三日間……敵の襲撃は無かったものの、連日のようにアパートに彼女らが襲来し、なのはを引きずり回して、とにかく(主になのはが)疲れる三日間だった。
「望さん! 健太さん! また試合しましょうね!」
「おお、またやろうぜ! チョー楽しかったし!」
「お弁当、いっぱい作らなきゃね」
スバルは、健太の草サッカー試合の助っ人として大活躍し。
「…………これで勝ったと思わないことね」
「…………いつでも受けてたつわよ」
……格ゲー、音ゲー、クレーンゲームですら決着がつかず、バニングス家のリビングにて耐久スマブラをしていたティアナとアリサが、隈を浮かべた顔を突き合わせていた。ちなみに、決着は互いの寝オチで勝負無しである。
「すずかさん。すばらしい時間をありがとうございました」
「いやー、こっちとしても助かったよー。またお願いして良いかな?」
「万難を排して駆けつけますわ!!」
月村家のテストコースにて、GPマシンの試作機や、市販予定車のコンセプトモデルを、テストライダーという名目で散々に乗り回したセリカが、すずかと固い握手を交わす。
――そして。
「なのは。これ、道中、皆さんに召し上がってもらいなさい」
なのはは、桃子から山のような菓子を受け取っていた。
『母さん、ありがとう』
恭也は。
「…………まだ、お前を連れ戻すには、鍛錬が足りなかった」
……と、苦渋の面で言い……
「『もうちょっとだけ、好きにしてて良い』……って、言いたいみたいだよ?」
美由希が、それをフォローする。
『兄さん、姉さん…………その…………ごめん……つい、イラッとして』
イラッとしたから達人をボコボコにされても困るのだが。
「たまには、顔を見せに来い」
『わかった』
出発の時間。ひとまずは電車で郊外まで。そこから、ミッドチルダまで転送の予定だ。
――こうして海鳴市での出張任務は、平穏無事とはいかなかったものの……なんとか、達成されたのだった。
「ただいまー」
クアットロが、アジトへ帰投する。
「ウェンディちゃん、大丈夫?」
横でディエチに抱えられている半死半生のウェンディが、ぷるぷると指を動かし……
「……駄目、って…………まぁ、ドクターとウーノ姉さまに頼んで、治してもらいましょ」
「まーーったく、せっかく出来上がったばかりの専用武装を木っ端微塵にしちまうんだもんなー」
水色っぽい色彩のショートヘアの少女が、呆れながら、ウェンディのわき腹をつつく。
「セインちゃんもありがとうねぇ。あのままだったらこのお馬鹿さん、管理局に捕まっちゃってたわぁ」
「はっはっは。もっと褒めてくれてもいいぞ」
レリックを確保したのも、彼女の功績である。
「ねーねー、わたしは、わたしは?」
髪の一房が、犬の尻尾のように揺れていたので、クアットロは頭を撫でてやることにした。ディエチは満足そうに笑っていたから、これでよかったらしい。
途中、ガリューの卵を抱えたルーテシアとも合流。
「あ、クアットロ」
「げ」
また文句を言われるんじゃないか……と腰が引けるクアットロに、ルーテシアは……
「培養槽貸して。ガリューがこのままだと窮屈だ」
……特に文句を言うことはなかった。いや、それどころか…………
「あれ、ルー。なんかいいことあったの?」
セインの言うように、いつもの無表情ながら、少し様子が違った。
「うん。気になる子がいるの」
…………たったった。小走りに去っていくルーテシアを、呆然と見送った。
「あああ相手は誰!? ルーテシアを誑かしたのはどこの馬の骨!?」
セインの首をがっくんがっくんと揺さぶるクアットロ。
「知らないよ! 知るわけ無いだろー!?」
「ルーテシアが……私の大事なオモチャが汚されたああああああ……!!」
クアットロは、バイザーごと頭を抱えた。
◆ ◆ ◆ ◆
煌々と明かりの灯る研究室。紙の資料はファイリングされ、そのファイルも色分け、サイズ分けがされ、この部屋の主の几帳面さが窺えた。
――こつんっ
その部屋に、来客。
ボディスーツ、ヘルメット、プロテクター。デルタだ。
「おぉ、帰ったのか」
奥の一室から、研究者のような風体の、若い男が出てくる。ボサボサに乱れ、くすんだ金髪に、赤い瞳。小脇には、また別の資料ファイルが抱えられている。
「オマエから見て、後発ナンバーのガキどもの仕上がりは、どんなもんだった」
「……まだまだ、ボディの調整が必要だと思う。武装にも荒が多い」
「だろうなァ……」
ボリボリと頭をかきながら、言う。
「ま、本格始動はもうちょい先だ。それでには、後発ナンバーどものボディも、武装も、完璧に揃えてやるぜ」
「…………調整を頼む。ストリームの一つが、破損してしまった」
ベルトのアタッチメントから、機器を取り外す。
――シュイイイイインッ…………
…………ヘルメットを含むプロテクターは、光に解けるように消えてしまった。
「頼むよ。――――ジェイル」
アンダースーツ姿の、素顔のデルタが、部屋を出て行く。
ジェイル…………ジェイル・スカリエッティは、残されたデルタギアを受け取り……早速、作業台にて分解整備を行う。
「――――」
真剣そのものの表情で、特殊精密工具を手に、デルタギアの分解を行う。
正面のカバーを外すと、中には、機械回路に、発振装置…………そして。
――――漆黒のクリスタルが、コアとして据えられていた。