魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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StrikerS編 第九話

 

「おらァアアアアアアアアアッ!!」

「ぃよいしょおーーーーっ!!」

 

――――バコォンッ!!

 

 ……晴天の広がる訓練場に、エリオと、スバルの雄たけびが木霊する。

「っしゃあああああああああっ!!」

「ぉおっとォ!!」

 

――ギュバッ!!

 

 エリオの薙ぎ払いを、マッハキャリバーの車輪を使い後退することで回避。そして、間髪いれずに突貫!

「させるかよォッ!!」

 エリオは……ストラーダを地面に突き刺し、柄をポールのように見立て、スバルの打撃を回避!

『spike !』

 エリオのブーツが、魔力光を纏ってスバルの顔面を狙う!

 

――ゴキィインッ!!

 

 スバルのリボルバーナックルと衝突し、火花を散らす。

「ッチィ! 防ぎやがった!」

「もらったァーーーー!!」

 

――――ズドォオオオオンッ!!

 

 ストラーダを引き戻す。スバルは、その引き戻しのタイミングに合わせ、近距離から砲撃を発射!

 

――――バシュウウウウウッ!!

 

「っしゃ!! これで一本!」

 射程が短いことが難点だが、その出力は、エリオの張れる魔力防御を貫通しうる。勝利を確信するスバルだったが。

 

「油断大敵だぜイノシシ女ァ!!」

 

 黒コゲになったジャケットをたなびかせ、エリオが粉塵の中から飛び出してきた!

「えええええええっ!? うっそォーーーーー!!?」

「今度こそもらったァああああああ!!」

 

――ズシャアアアアアアアアアッ!!

 

「きゃー!!!!」

 あたふたと慌てるスバルを、エリオのクリティカルヒットが吹っ飛ばす!

 

 

――――ブーーーーーーーーーーーーッ!!

 

 ……訓練終了のブザーが鳴った。

「俺の勝ちだな、スバル」

 ストラーダを肩に担ぎ、勝ち誇るエリオ。

「う、ううう~…………!」

 まさかの敗北に呻くスバル。

「でも、直撃コースだったのに……なんで……?」

 エリオが防げる出力ではなかった筈なのだが……

 

「シールドの形状よ」

 訓練服を煤で汚したティアナが、解説した。

「真正面に構える『壁』としてじゃなく、細く、狭く、体を横にして、ようやく入れる程度の極小面積に、シールドを最大出力で展開したの。硬く細いシールドで、アンタの砲撃を『裂いて』回避したのよ」

 見ていただけで、よくそこまで分かるものだと感心する。

 

『そういうことです』

 

 向こうにいたなのはもやってきて、今の模擬戦の感想を述べた。

『スバル。あなたの砲撃は、出力こそ高いのですが、収束が甘いのです』

 手元のコンソールを操作すると、敵を模したオブジェクトが出現し、エリオがやったのと同じように、シールドを展開した。

 なのはは、右手に魔力を集め……

 

――――ボシュッ!!

 

 スマッシャー……では無い程度の、収束を緩めた拡散砲を発射する。その拡散砲は、オブジェクトのシールドにぶつかり……

『――だから、裂ける』

 

――シュウウウッ……

 

 先ほどの再現になった。

『エリオ、いい防御でした』

「……どもッス」

 なのはの賞賛に……しかしエリオは、短く返答するのみ。

「すんません、俺、ちょっと抜けます」

 ストラーダを待機状態に戻し、インターバルを取りに行った。

「あはは、それじゃあ、私も~……」

 

――ぐわし。

 

 さりげなく逃げようとしたスバルの肩を、なのはが鷲摑み。

『おまえは補習です。ちょっとそこに直れ』

 怒りの『おまえ』呼ばわりモードであった。

「ひィ! でも私、たった今、激戦を繰り広げたばかりで……!!」

『何が激戦ですかこの未熟者めが。言い訳無用問答無用で、組手10本コースです』

「あ~~~!!」

 襟首を掴まれ、ズリズリと荷物のように引きずられていくスバルを、ティアナは他人事のように見送った。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

――クオォオオオオン…………

 

 訓練場の海域を飛翔するフリードを、主たるキャロは、いつものぼうっとした目で眺めていた。

「………………」

 近づいてきた足音が、背後で止まる。が、振り返らない。

「…………」

 ぼうっとした目で、フリードを眺めるまま、振り向かない。

「……ねぇ、エリオくん」

 振り向かずとも、誰かは分かる。芝を踏んだときの音。僅かに聞こえる息遣い。風に伝わる体温。土のにおい。

 だから、安心して、独白することが出来る。

「わたし、フリードを、ちゃんと飛ばせてあげられるようになった。わたしじしんも、ちょっとは強くなった。……おともだちもできた」

 キャロは、成長している。それは、誰の目からも、明らかだ。だが……

 

「でも、負けちゃった」

 

 先日の襲撃。何も出来ないまま、一瞬で蹴散らされてしまい…………

「エリオくんは、ころされそうになった」

 何とか、エリオの機転で切り抜けたものの、その後に現れたデルタという戦士には、例え万全であろうとも、自分たちでは歯が立たなかった。

 フェイトと、ヴィータが駆けつけるタイミングが、少しでもずれていたら……

「ねぇ、エリオくん」

 くるっと振り向いたキャロは、沈黙するエリオに問うた。

 

「どのくらい、つよくなればいいのかな? エリオくんを守れるくらい? フェイトさんにおいつけるくらい? それとも……

 

――――敵を徹底的に破壊して、二度と反撃する気なんて起きないくらい、グチャグチャに磨り潰してやれるくらい?」

 

 ……恐ろしく無垢な瞳で、そう問うてくるキャロに、エリオは……

 

――すぱんっ

 

 頭を平手ではたいた。

「いたい」

「痛くしてんだ、バカタレ」

 がしがしと頭をかき、腰を下ろす。キャロも、その横に座った。

「あんま物騒なこと言うんじゃねぇよ。おめーの場合、シャレになってねぇ」

 エリオの脳裏には、天を衝く黒龍の威容が焼きついている。

 

「――俺は負けた。キャロも負けた。フリードも負けた」

 

 それも、完膚なきまでに。

「だけど、俺たちは全員無事で、ここにいる。誰一人、欠けちゃいねぇ。負けはしたが、終わっちゃいねぇ」

 生還……それは、勝利と並んで、重要なことだ。

「死んでなきゃ、『次』に繋がる…………いや、繋げる。絶対に、繋げてみせる」

 飛翔するフリードが、二人の眼前に着地する。その巨体が、魔力光の球体……オーブへ変化し、エリオの掌に乗る。

 

――『竜魂憑依』。

 

 エリオが死中にて見出した、新たな力。

「強さってのは…………繋げてきた物を、途切れさせずに、また繋いでいくことだと、俺は思う」

 この力も、キャロが竜魂を安定させることができていなければ、オーブ化することもできなかった。いや、エリオとキャロが歩み寄っていなければ、その機会さえも、永久に訪れなかった。そうして繋いできた『強さ』が、全員の生還という結果をもたらしたのだ。

 

「ただデカいだけの力なんて、それを振り回すだけなんて、強さでも何でも無いんだよ」

 

 ……もし、前述の全てが為されておらず、キャロがパニックを起こし、ヴォルテールの召喚でも行っていようものなら、あの山は完全に崩落し、少なからず、誰かが欠けていただろう。

「……でも」

 尚も良い募るキャロに、エリオは珍しく、優しい表情を向ける。

「だから、デカい力でも、使いこなそうぜ」

 大きな力に、振り回されなければいい。

「つかいこなす……ヴォルテールも?」

 巫女という立場にあったキャロには、新鮮な意見だった。

「ああ。……なぁ、キャロ。ここには、誰がいる?」

「フェイトさん」

「それだけじゃない。高町教官も、シグナム教官も、ヴィータ教官も……クロノさんもいれば、八神部隊長だっている。俺たちからすれば、ずっと先の領域にいる人たちだ」

 この部隊は、確かに、落ちこぼれや奇人変人の掃き溜めなのかもしれない。しかし、底に集められた教官たちは、その奇人変人落ちこぼれを、全力で教え導いてくれるのだ。

「あれだけのエース級に、全力で指導してもらえることなんてまず無いぞ?」

 今、このときがチャンスなのだ。

「だからよ……死なない程度に、全力で無茶しようぜ」

 わしわしわし、と、キャロの髪をかき回す。

「うん、わかった。しなないていどに、むちゃをする」

「…………あと、隊舎をぶっ壊さない程度にな」

 キャロの無茶というのは、実はあまりシャレになっていない。

「うん。わかった。もどろう」

 そして、二人で訓練場へ戻っていった。

 

「…………あ」

 

 ……その道中。キャロが、何かを思いついたようだったが、エリオは気付かなかった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 ところ変わって。

「調子はどう? ウェンディちゃん」

 培養槽から出てきたウェンディに、着衣を手渡すクアットロ。相変わらずのバイザー姿だ。

「ん。問題ないッス」

 肩をぐりぐり回して、調子を確かめる。

「まったくもう…………メインフレームにクラックを入れるわ、完成したばかりの専用武装を木っ端微塵にするわ、その上、格下相手に負けるわ……」

「あーもー! お説教は聞き飽きたッスよ!」

 クアットロのお小言に、ウェンディは鬱陶しそうに耳を塞いだ。

「まー、カンベンしてやりなよ。ウェンディも理解してるだろうし、さ」

 二人の間に、ショートカットの少女が割って入った。ナンバーズ8……前回の脱出の立役者、セインだ。

「さ、ウェンディの全快を祝して、栄養補給といこうじゃないか」

 場を纏め、食堂へ。

 

「あ、クアットロだ!」

 ディエチが、口元にカレーをくっつけたまま、嬉しそうに駆け寄ってきた。

「クアットロー!」

 そして、子供のようにクアットロに抱きつく。

 

――めきめきめき。みしみしみし。

 

「ちょ、やめて、やめて……あなた力が強いから……ぎゅうーーーーー!」

「あははははー!」

 ベアハッグというか、鯖折りというか……ディエチが無邪気なので、邪険にすることもできないクアットロだった。

「ディエチ……あたしは二の次ッスか……」

 ウェンディが、がっくりと肩を落とす。

「仕方ないよ。クアットロは、ディエチの教育担当だし」

 基礎的な知識しか持たずに製造されるナンバーズたち。素のままでは実戦には耐えられないので、先行機のナンバーズが、指導を行う。なので、ある意味、本当の姉妹のようになるのだ。

「でも、悔しいッス!」

「はっはっは。では慰めてやろう!」

 セインは、ズバッ! と両腕を広げた。意図を察したウェンディも、同じように両腕を広げる。

 

「さぁ妹よ! おねえちゃんの胸に飛び込んでおいでー!」

「セインお姉ちゃーーーーーーーーん!!」

 

 …………ナンバーズ中、メンタル面では相性最高の二人だった。

 

「なに馬鹿なことやってんの」

 ……と、ルーテシアが姿を見せた。

「姉妹のコミュニケーションさ」「ルーもやるッスか?」

「やらない。馬鹿馬鹿しい……」

 傍らには、いつもどおりのガリュー。

「もう大丈夫なのかしら?」

 が、ルーテシアはふるふると首を横に振った。

「まだ、甲皮の厚みが足りてない。たくさん栄養を取らなきゃ」

 貯蔵庫から、栄養ゼリーのようなパックを取り出す。

「でも、あといっかいくらい脱皮すれば、元通りだね」

 ガリューの横で、同じく栄養ゼリーのようなものを吸い込む。

 もくもくと、作業のように。じゅるじゅると。

「…………あのッスね、ルー」

 見かねたように、ウェンディが口を出す。

「それ、おいしいッスか?」

「? ……どういう意味?」

 質問の意図が理解できず、聞き返す。

「いや、だから……その単調な味のゼリー、おいしいッスか?」

「栄養においしいもまずいも無いよ。ウェンディたちも食べてるじゃない」

「めんどくせー時はそれ食うッスけど……ほら、貯蔵庫には、一応ドクター用に肉とか野菜だって……」

「栄養をバランスよく取れれば何でも良いんだよ」

 本気で、味に興味が無いらしい。

 ウェンディとセインは、顔を見合わせ…………

 

――むんず。

 

 ……ルーテシアの両脇を、抱えた。

「クアットロ。ちょっとルーのやつ借りてくッスよ」

「はいはーい、一名さまご案内ー」

「やめてはなしてなにするの」

 そのまま、ずりずりと。

「ガリューが万全になるまで、ルーはお休みッス!」

「おら、メシ食いに街まで繰り出すぞー!」

「いらないいらないはなして」

 …………ガリューはというと、ルーテシアたちのあとを、のそのそと着いていった。

 

「まぁ、ガリューが万全でないのなら、出しても無駄か」

 万全のパフォーマンスを発揮できるようになるまでは、休養でも良いだろう。敵方から得た情報によると、哨戒に当たっているのは、機動六課ではなく、現地の陸士108部隊。遭遇しないようなルート選びは、セインが把握していることだろう。

「……んー」

 脳内のToDoリストを確認したが、次の出撃が来るまでは、予定が空いていた。

「こうなると、私もヒマねぇ…………ディエチちゃんの訓練でも見ていてあげようかしら? それとも……」

 

『クアットロ。いるか?』

 

「あら、ドクター。今行きます」

 首魁……ジェイル・スカリエッティからの呼び出しが掛かった。

 ジェイルのラボに入ると、椅子を限界までリクライニングさせ、潰れるように体を預けていたジェイルが身を起こす。

「あぁ全く、どんな馬鹿力だよ、あの赤いお嬢ちゃんは…………」

 汚れでくすんだ金髪をがしがしと掻きながら、愚痴る。

「コレだよ、コレ」

 行儀悪く、顎で示した先には……デルタの武装一式。

「デルタギアが、どうかしました?」

「左上腕部のストリームが、基部から破損してやがったんだよ。いくらクリーンヒットっつっても、一発でここまでなるかぁ?」

 ヴィータの一撃による損傷が、かなり深かったらしい。

「『鉄槌』の二つ名は、伊達ではないということですね。改良案、纏めておきます」

「おう。あと……」

 ぽいっ、とぞんざいに放り渡されたデルタギアを、クアットロがキャッチする。

「オレは寝る。代わりに、デルタに届けといてくれ」

「わかりました」

 一礼し、退室。そして…………

「………………さっ、デルタに会いに行こうっと」

 ……まるで、年頃の少女のような表情を見せ、足取り軽く、小走りしていった。

 

 ナンバーズたちとは別のフロアで、クアットロは、素顔で佇む彼を見つけた。

「デルタ!」

 呼び止められた彼は、振り向く。無機質な、それこそ機械のような素顔に、僅かな揺らぎが生じる。

「……クアットロ。どうした」

 感情の抑制された声。

「どうした、じゃあ無いですー。はいコレ、ドクターからですよ」

「あぁ……そうだった。預けていたんだった」

「もう。あなたの大事な『仮面』なんだから、しっかりしてくださいよ」

「ああ。気を付けるよ」

 どこかとぼけた口調に、クアットロは可笑しそうに笑う。

 そして……デルタに寄り添いながら、二人で歩き出した。

 

「威力偵察の方は、どうなっている」

「こちらも、ちまちまと手を変え品を変え、何とか相手の戦力を引き出そうとしているのですが……手強いですね。敵の指揮官は有能」

 フォワードチームや他の新人の小隊で、上手くかわされてしまっているのが現状だ。

「もっと戦力を投入したらどうだ? 4型でも投入すれば、ラクに事を運べるだろう」

「それじゃあ、木っ端の部隊を半端に痛めつけるだけになって逆効果ですよ。こちらの戦力の情報まで漏れてしまいます」

「そうか。浅慮だったな」

「いえ」

 クアットロも、デルタに対しては非常に素直に振舞っている。バイザーの奥の素顔には、姉妹にさえ見せないような笑みが浮かんでいた。

「潜入させているドゥーエからのリークもありますので、問題は無いです」

 そして……

 

「『あの子』が、自発呼吸を開始しました」

 

 ……ぴたりと、足を止めた。

「現在、ポッドに入れ、こちらへ移送中です」

「…………そうか」

「『ゆりかご』『聖遺物』……そして、『聖王』。私たちの理想の成就に必要な要素は、揃いつつあります」

「………………」

 デルタは、先ほど受け取ったデルタギアを、装着する。

 

――シュイイイイン…………

 

 漆黒の甲冑は、デルタの体を、素顔を、再び覆い隠した。

「では、いよいよだ」

「ええ。我らが大望の狼煙に…………

 

――――一ヵ月後、全戦力を投入し、機動六課を強襲・殲滅します」

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「エリオくん、デートをしよう」

 

 

 …………食堂で、コリンらと昼食を摂っていたエリオの下へ一直線にやってきた、第一声がそれである。

「…………………………は?」

 エリオは、手に持っていたチキンを、皿に取り落とした。

 キャロは、聞こえていなかったのかと思い、より一層、エリオに接近し、再度言う。

 

「デートをしよう」

 

 凍りついていた空気が氷解し…………囃し立てるような歓声が、あちこちで上がった。

「は、あ、……あ!? おまっ……、」

「ヒュー!」

「うるせぇ!」

「グホぁっ……!」

 呂律が回っていないエリオは、とりあえず隣のうるさいコリンをぶん殴り……キャロの手を引いて、逃げるように食堂を後にした。

 中庭にまで逃げ……改めて、問いただした。

「どういうつもりだ?」

「? だから、デートをしようって……」

「何でだ」

「こんびぷれー」

「…………おう、それがどうした」

「……………………」

「説明終わりかよ!?」

 頭を抱える。まぁ確かに、これまでも二人で外出することはあったが……こうも明確に、『デート』という単語を出したことは無かったはずだ。無かったということは……

「…………誰にアドバイスされた?」

「フェイトさん」

 ……誰かに、妙なことを吹き込まれたか。

「………………あの人は」

 エリオの脳裏に、あの能天気で無責任な笑顔が浮かんだ。頭が上がらないだけに厄介だ。

「でもよ。休暇はまだ先だぞ。しばらくは待機シフトだ。外出許可を取り付けないと、部隊長に何言われるか」

「もらった」

「は?」

「きょか。部隊長にはなしたら、くれた」

「………………」

 エリオは、キャロがはやてに直談判した場面を想像し…………なんとなく、納得してしまった。

 無言で威圧するはやて。その威圧をぬぼーっとやり過ごすキャロ。その末、この調子だと訓練や任務にさえ影響を及ぼしかねないと判断して、渋々、許可を出したのだろう。話術や脅しが通用しないド天然が相手というのは、はやてにとって鬼門だ。

 まぁ無いだろうが、抑えつけた挙句、またしてもキャロが癇癪を起こし、隊舎を『蒸発』させてしまった日には…………

「でも、そのかわり、よるの哨戒任務を倍にするって」

「うげぇっ!?」

 ……はやてのことだ。ここでエリオが取り消しを求めたところで、認めないだろう。

 

「…………ふう。もういい。わかった。デートでもなんでも付き合ってやるよ」

「ほんと?」

「ああ」

 諦めの境地だった。キャロは、嬉しそうにして、はしゃぐ。

「エリオくんとデートだ。みんなにはないしょ」

「あー、あいつらは……まぁいいか」

 巻き込んでしまったことだけは、後で詫びておくことにした。

「んじゃ、支度してくるか。15分後に格納庫で集合だ」

「わかった!」

 たたたたたっ、と、フリードを頭に載せ、軽やかに駆けていく。

 その、去り際……キャロの無表情が、僅かに綻んだ……ように見えた。

「…………」

『どうした、我が担い手よ』

「ん? ……ああ、いや」

 エリオは、ようやく歩き出しながら、ストラーダへ胸中を呟く。

 

「――――あいつ、よく笑うようになったな……って思ってさ」

 

『……そうであろうか?』

 ストラーダは、半信半疑。というのも、アレは笑ったうちに入るのかどうか、といった些細な変化だ。殆ど気付かなかった。

「ああ? んだよオメー、鈍い野郎だな」

『すまんな』

「着替えて格納庫行こう。ティアナにバレるとうるせーからな」

 エリオ自身は、気付いているのだろうか。

 

――エリオも、よく笑うようになっていたということに。

 

 

 

 きっかり15分後。

「おまたせ」

 赤いワンピースに、白いボレロ。洒落た余所行きの服に着替えたキャロが、格納庫にやってきた。

「時間通りだ」

 エリオが、二人乗りスクーターを引いてやってくる。

「行こうぜ」

 跨り、タンデムシートを指し示す。

「………………」

 やや無言のキャロ。

「ああ、そういえば」

「…………」

「服、似合ってんじゃん?」

 エリオが、思い出したように言った。

「…………」

 先ほどとは、また違う沈黙を保ったまま、タンデムシートに腰を下ろす。

 発進するスクーターに振り落とされないよう、エリオの腰に強く掴まるキャロ。

「ひとまず、町まで出るか。行動ルートとか、決めてんのか?」

「…………」

「? おい……?」

 返事がないことを変に思うエリオだったが、まさか走行中に後ろを振り返るわけにも行かない。寝ているわけではないようだが……

 

「ほめられた。ほめられた。ほめられた。ほめられた…………」

 

 ……キャロは、エリオに聞き取れない程度の音量で、ずっとそうリピートしていた。

「決めてないなら、俺が適当に決めちまうからな」

「ほめられた……」

「?」

 怪訝に思いつつも、アクセルを捻り、スクーターは町まで進んでいった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「街ッス!!」「街だ!」「……なんでわたしが」

 流行のファッションに身を包んだウェンディとセイン。そして、半ば強引に着替えさせられたルーテシアが、繁華街にやってきていた。

「……やることいっぱいあるのに。新しい術式を組んだり召喚術に関するレポート纏めたり保護区の新種の観察だって」

 半ば、仕事のようなものである。ウェンディとセインは、はぁ~……と、わざとらしいにも程がある溜息をついた。

「……とにかく、たまには謎ゼリー以外の、おいしいものでも食べるッスよ!」

「まずはアレっしょ、アレ!」

 セインが指し示したのは、いわゆるクレープ屋。バナナやブルーベリーのようなフルーツから、ウインナーやケバブ風など、カップルの男女どちらでも満足できそうなラインナップが取り揃えられていた。

「イチゴクリームチョコソース、一個よろしくッス!」

「んー、あたしはブルーベリーで」

 テロリストの癖に、手馴れていた。恐らく、何度もこうして遊びに出ているのだろう。

「…………おまかせで」

 すし屋ではない。

 とりあえず、とウェンディと同じものを注文し、ベンチに腰を下ろし、食べ始める。

「………………」もりもりもり。

 男らしく大口で、クレープにかぶりつくルーテシア。

「ルー、どうッスか?」

「………………」もっしゃもっしゃ。

 表情に変化がないので、分かりづらい事この上ない。そして、一個を食べたルーテシアは、おもむろに立ち上がり、カウンターで立ち止まり…………

「……照り焼きチキンサルサソースにベーコン2枚とウインナーをトッピングで」

 べらべらと長文を喋りだした。唖然とするウェンディ、セイン。店員は営業スマイルと共に、注文どおりの品を5分と待たせず提供した。プロである。

 ルーテシアは、逆再生のようにベンチに戻り、見るからに辛そうなソレを、もっしゃもっしゃと大口を開けて食べ始めた。

「ルー……おいしい、ッスか?」

「…………」もっしゃもっしゃもっしゃ。ぴたっ。

 食べる手を止めたルーテシアは、じっとウェンディの目を見て……

 

「――まぁまぁ」

 

 ……口の端にソースを付けた顔で、そう言った。ウェンディとセインは、顔を見合わせ……吹き出すように、笑った。

 

 吹っ切れたように、めぼしいものにグイグイと首を突っ込んでいくルーテシア。

「あれは何」

「これは何て名前」

「何に使う物なの」

 ……もともと、好奇心旺盛な性格だ。最初は笑顔で付き合っていたセイン、ウェンディも、次第にヘロヘロと困憊してきていた。

「ま、待つッス、待つッスよ、ルー……!」

「ちょっと、ちょっと休もう……! いや、休ませてください……!」

 ルーテシアは、むぅー……とだらしない二人に不満げな顔を見せ……

「あ。何あれ」

 ……本日、何度目か。

 すったかすったか進んでいく先にあったのは……派手な看板が目立つ、大型のゲームセンターだった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 スクーターを公共の駐車場に止めたエリオは、キャロを伴って、繁華街へ向かった。

「久々に来たなー……」

 明るい色のタイルで舗装され、歩道のスペースを広めにとったメインストリート。飲食店が立ち並ぶほか、屋台からは香ばしい匂いが立ちこめ、設置されたベンチには、カップルや親子、夫婦が腰を下ろし、思い思いにくつろいでいた。

「ふぅん……区画整理ついでの開発で、この辺も変わったもんだな」

「エリオくん、来たことあるの?」

 

「ああ。初めてフェイトさんに会った場所だ」

 

 数年前までは、非合法な物品の売買や、違法風俗店が乱立する、指折りに治安の悪い区画だった。ほんの数年前に就任した新市長による浄化作戦で、このような街並みに変化した。もとより、治安の悪かった区画だ。管理局は、執務官を投入する大盤振る舞いでこれを支援し……結果は、見ての通りだ。

「別に、感傷とかは無いんだけどな。居たくて居たわけじゃねーし。安心して町を歩けるってのは、いいことだ」

「へいわがいちばん」

 ほけーっとした口調で同意するキャロ。

「エリオくん。まずはごはんだよ、ごはん」

「あー……んじゃ、テキトーに軽いもん食うか」

 そして、二人は一路……クレープ屋へ。

 

「昼時だけあって混んでるな」

 クレープ屋は人気なのか、かなりの人だかりだ。エリオはキャロに席を確保させ、一人でカウンターへ。

「いらっしゃいませー!」

「グリルチキンバーベキューソースと、ストロベリースペシャルを一個ずつ」

 満面の営業スマイルで振り返った店員と、エリオの目が合い……

「……エリオちん?」

 クレープ屋の可愛らしい衣装に身を包んだ少女が、エリオと顔を合わせ、あんぐりと口をあけた。エリオは最初、怪訝そうにその顔を凝視していたが、正直、見覚えが無い。

 が、その特徴的な呼び名を使っていた知り合いは、いた。

「……おめー、ポルテか?」

 かつて、窃盗団のメンバーだった少女。どぎついメイクと馴れ馴れしい態度で、エリオなどは心の中で『山姥』などと蔑称していた輩だったが……素顔が、こんなにも整っているとは思わなかった。

「エリオちん! エリオちんじゃーーーん!!」

 ポルテは、カウンターを身軽に飛び越え、エリオにハグをした。

「だぁ! くっつくんじゃねー!」

この馴れ馴れしさが、エリオが彼女を敬遠していた理由の一つだった。

「あぁん、いけずぅ」

 くねるポルテにいやっそうな顔を向ける。

「ポルテ! 仕事中に遊んでんじゃないよ!」

 と、厨房と思しきスペースから、女性の声が飛んだ。

「はいっ! すみません!!」

 ポルテは、ビシッと直立不動となってそれに応じた。カウンターを再び乗り越え店舗に戻り、てきぱきと注文のクレープを作る。

「おめー、ここで働いてんの?」

「うん、そだよー。おかみさんが、声かけてくれたんだー」

 エリオと同じく、窃盗団のメンバーの大部分も逮捕されていたと聞いていたが……こうして更正して、まっとうに生きている者もいたようだ。

「でね、食べ物を扱う店だから、化粧は禁止、付け爪も禁止、ピアスも禁止、髪は一つに纏めろ、ってさ」

 やんなっちゃうよねー、などと言いながらも、実に楽しそうに仕事に励んでいるように見える。

「そうか? ぶっちゃけ、昔より今のほうがケバくなくて全然いいぞ。いっそそれで通せ」

「えー、やだー。かわいくなーい」

 けらけら笑うポルテ。はいよ、とクレープをエリオに渡す。

「んでさー、エリオちん」 

「あぁ?」

 ひょい、とエリオの背後を指さす。

 

「……それ、エリオちんのお知り合い?」

 

 ぎょっとして振り向く先。キャロが、いつもの無表情を少しばかり曇らせながら、無言で佇んでいた。

「ああ、どした? 待ちきれなかったか?」

「……そうじゃない」

 そして、エリオの手から、ストロベリースペシャルを受け取る。

「しりあい?」

「ああ」

 それがどうかした? と聞き返すが、キャロは黙り込み……ポルテを、上から下まで観察するような目を向ける。

 どうしたんだこいつ……と訝しむエリオを尻目に、ポルテは、『ははぁん……』と、得心したようだった。

「へぇーーー……かーわいい。なんて名前?」

 ……よりにもよって、エリオにそう聞いた。

「キャロ。職場の……あー、同僚だ」

「……ちがう。ちーむめいと。こんびぱーとなー」

 むっとしたキャロが、そう訂正する。

「? ……まぁ、そうとも言うけど」

「そうとしかいわない。だいじなこと」

 普通に昔馴染みと世間話をしているだけのつもりのエリオは、なぜキャロがこんなムキになっているのかが分からない。

「いこ。ばしょ、とられちゃう」

「あ。店のテラス席、ちょうど空いたんだけどな?」

「…………」

 歩道のベンチは、満席だった。

 

「ごゆっくりー」

 サービスのドリンクを置いて行ったポルテを見送る。

「あー、腹減った……」

 ボリュームのあるクレープにさっそく食いつくエリオ。反してキャロは、ストロベリースペシャルを、ちびちびと食べ進む。

「……つーか、どしたん?」

 漠然と聞くエリオ。

「…………なんでも、」

「なんでもない、って事は無いだろ。らしくねーぞ」

 炭酸飲料をグビグビと飲む。キャロは、カフェオレを飲む。

「あのひと……」

 だれ、と聞きかけたその時。

 

「おー。マジでエリオだ」

「うわ、オンナ連れてやがる」

「毛も生えてねーくせに」

 運送業の作業服や作業着に身を包んだ、ガラの悪そうな若者たちが、馴れ馴れしく近寄ってきた。

「あぁ? ……おいおい、今日は同窓会か?」

「ひゃひゃ。なわきゃねーだろ。 ポルテからメール入ったからよ、ツラ拝みに来てやったんだよ」

「おいポルテ! 何かサービスしろや!」

「するわけないっしょ! 金払いな!」

 前歯の欠けた青年が、変な声で笑った。

 通行人は、彼らのいる一角だけをそそくさと避けていく。が、その威圧感のある若者たちとため口で、馴れ馴れしく軽口を叩くエリオに、キャロは不思議がるように、首をかしげた。まぁ別に、キャロはキャロで、アホの集まり機動六課で、こうした手合いは毎日相手にしているわけで、慣れていたが。

 騒ぎすぎた彼らが、ポルテや店主に追い出され、笑いながら去って行った後。

「……」

 キャロは、落ち込んでいた。

「…………わたし、エリオくんのこと、なにもしらないんだなぁ」

 あんなに知り合いがいるなんて、知らなかった。機動六課に来る前、どこで何をしていたのか、知らなかった。チームなのに。コンビなのに。

「きゅ……」

 バスケットの中で、フリードが小さく鳴く。

「あ」

 と、キャロは気づいた。

「……わたしも、エリオくんに、むかしのことはなしてなかった」

 相手のことだけを知ろうだなんて、都合がよすぎるのではないか。よし、話そう。すぐに話そう。具体的には出生から部族壊滅のあたりまで……

 

「またトンチンカンなこと考えてるだろお前……」

 

 トレーを片付けてきたエリオが、その思考を遮った。

「知りたいなら歩きながら教えてやっから、出ようぜ」

「あ、うん」

 エリオの後を、カルガモのようについていく。

 

「ようポルテ。まぁまぁ美味かったぞ」

 まぁまぁって何よー、というポルテのぼやきを無視して出ていくエリオ。

「あ、キャロちん。ちょっと待って」

続こうとしたキャロは、なぜかポルテに呼び止められた。

「……」

キャロは、ポルテが嫌いだった。この短時間で、何を……と思われるかもしれないが、嫌いだった。自分でもなんだか理由が分からないけど、嫌いだった。なんだかむかつくのだ。

「……てみじかによろしく」

 とはいえ、エリオの昔馴染みを無碍にするのもどうかと思い、話だけは聞いてあげることにした。

 ポルテは、やや小声で話し始める。

 

「エリオちんはね、とっても気が強くて、つんけんしてるけど……実際は、人一倍寂しがり屋なんだ」

 

「――。」

 いきなりその事を言われるとは、思っていなかった。

「あたしらとも、一時はつるんでたけど……やっぱ、こんだけ年が離れちゃってるとさ」

 ポルテは……どう見ても、十代半ば。エリオとは、五つは年が違う。

「あいつ、気持ちだけはあたしらとタメなんだろうけど、実際はまだまだガキだし? かといって、いまさら同年代のガキんちょと一緒になっても、ビビられてソリが合わないだろうし」

 今でこそ、機動六課の空気に溶け込んではいるが……

「驚いたよ。あのエリオちんが、誰かと一緒に歩いてるんだもん」

 ……思えば、エリオが他人と関わり始めたのは、キャロとの大乱闘の後からだ。

「あいつ、照れ屋で意地っ張りでガキなところもあるから、自分の口からは言わないんだろうけど……キャロちんみたいな子、エリオちんはずっと欲していたんだよ」

 キャロにとってもそうだったように、同年代で……本気で本音を全力でぶつけても、同じだけ張り合ってきてくれる相手は、今までいなかった。

「あたしらじゃ、エリオちんのダチにはなれなかったからさ」

 と、前置きし……

 

「エリオちんと、ずっと仲良くしてあげてね」

 

 キャロと目線の高さを合わせ、手を握った。

「…………」

 無言のキャロに手を振って去って行ったポルテ。キャロの手には、手作り感溢れる割引クーポン券が数枚綴りで握られていた。

「…………」

 正直……ポルテのことは、まだよく分からない。でも、

(この店に、またクレープを食べに来よう)

 ……そう思った。

 

 エリオに追いつき、また町を歩く。腹も膨れたし、あとは散策だ。

「どーせなら、あんま入ったことない店入ろうぜ」

「うん」

 

――ふと。

 

 二人同時に、不自然に、足が止まった。

「?」「?」

 そして……何かに引き寄せられるように、横へ向くと……

 

「お? 見つけちゃったカナ?」

 

 ……じゃらじゃらと、過剰なまでにアクセサリーを付けた若い女性がにまっと笑った。

 赤に金糸のシートに座り、彼女の目の前には……売り物と思しき、シルバーアクセサリー。何て事は無い、ただの、どこにでもいる露天商。ただそれが、尋常でなく胡散臭いというだけで……

「…………」

 エリオは、足早にその場を離れようとした。

「……!? な、なんだこれ……!?」

 が、動かない。足が、進みたい方向とは真逆の……露天商のほうへ、勝手に歩いていく。キャロも、困惑しながら、ひょこひょこと。

「にーっひっひっひっひ。逃がさないヨ?」

(やべぇ。なんか、こいつやべぇ……!)

 困惑は、危機感へ。

「おいっ、ストラーダ! 何やってんだよ早く解除しろ!」

 おそらく、何らかの魔法の類だ。しかし……

『いや、担い手よ……出来ぬ』

「はぁ!?」

『出来ぬのだ。なんだ、これは。魔力の欠片も感じぬぞ』

 意味が分からず……ただ、見えざる手に誘導されるがままに、露天商の女の前へ。

「どわっ……!?」

 女は、にまにまとエリオ、キャロを見渡す。

「んー、二人はデートかなぁ?」

「そうだよ」

 キャロが即答した。露天商の女……いや、田上奈々は、きょとんとして……楽しそうに笑い出した。

「あっはっは。いつの世も、女の子は肝が据わってるねぇ」

 エリオは、脱出を諦め、胡坐をかいて座りなおした。

 道端に座り込んでいるというのに、通行人の誰も、奈々たちを気にした様子はない。ごく自然に、そのへんのポールでも避けるように、逸れて歩いていく。

「……で? 何なんだよ、あんた」

「ただのアクセ売りだよん」

 ただのアクセ売りは世界を股にかけたりはしない。どうせ、『なんとなくできた』といったノリで、ミッドチルダにやってきたのだろう。

「奈々ちゃんは子供が大好きだから、サービスしてあげるヨ」

 不思議なことに、子供と呼ばれても、嫌な気分はしなかった。

「さ、まずはエリオ君だ。槍を見せてごらん?」

「お、おう……」

 ……よくよく考えてみれば、エリオは名を告げた覚えも、ストラーダのことを話した覚えもない。

 奈々は、エリオの腕を取り、待機状態だったストラーダに触れる。

「…………はいオッケー」

 ほんの数秒後、奈々はその手を離した。

「……何した?」

『不明だ。……フレーム強度、外殻強度、ソフトウェア、変更なし』

 ますます、意味が分からない。奈々は、ケラケラと笑いながら……

「霊媒としての属性を強化したんだヨ」

「れ……?」

「奈々ちゃんのスペシャルなパワーで、けっこう簡単だったヨー」

 意味不明な単語が飛び出し……それが毎度のことながら非常識な内容だった。

 

「キャロちゃん、おいでー」

「うん」

 素直に応じたキャロに、奈々は相好を崩した。そして、同じようにケリュケイオンに触れる。

「今度はカップ麺くらいの時間が掛かるから、おねーさんとお話し、しよっか?」

かっぷめんって何だろう……と首をかしげるキャロ。

 

「強い力を持っているせいで、人に畏れられるのって、どんな気分?」

 

「―――。」

 虚を突かれ、返答が一瞬遅れる。キャロは、その質問の意味を何とか理解し、返答する。

「―――いやだな、って、おもう」

 奈々は、安心させるようにからからと笑った。

「あっはっは。だよねー…………でも、そう思っているのは、キャロちゃんだけかな?」

「え?」

 奈々は……あの、全てを見透かしたような目で、キャロを見据えた。

「畏れ多くて、誰も名前を呼んでくれない。畏れ多くて、誰も近づいてきてくれない。いっつも一人で、待ちぼうけ。このかわいそうな子……だーれだ?」

 

「――――――ヴォルテール」

 

 どうして知っているのかは、正直分からなかった。しかし、彼女の言わんとしていることは、理解できた。

「おっと、ちょうど時間だネ! んじゃ、デートの続き、楽しんでおいで!」

 ケリュケイオンから手を離し、おどけてみせる。ぱっぱっと立ち上がり、エリオとキャロの手を取り、立ち上がらせ……

「そうそう、これはサービスの占いなんでけど……

 

――君たちにとって、意外な出会いが二つ。でも本当は、どちらも必然かもね?」

 

「……、え? それ、どういう………………いねーし!?」

「……きえた」

 振り向いたとき、そこには誰もいなかった。

 

 

 

「何なんだ今日って日は……」

 いきなりすぎる出来事の連続に、エリオはやや疲れ気味だった。

「……」

 キャロは思案顔だ。エリオや奈々の言葉が、気になっているのだろう。

『デカい力でも、使いこなそうぜ』

『いっつも一人で、待ちぼうけ』

「…………」

 ヴォルテールは、一族で信仰されてきた、いわゆるカミ。キャロは、そのカミと交感する能力を持った巫女。その関係に、疑いを抱くことは無かった。

 しかし、ヴォルテールはカミとはいえ、いかに絶大な力を持っているとはいえ、一個の意志ある生命だ。自分は、無意識のうちに、ヴォルテールとの間に、壁を作っていたのではないか。ヴォルテールと交感できたのは、初代のル・ルシエ以来、数百年ぶり。では、その間、ヴォルテールは……畏れられ、遠ざけられ、近づかれず……

 

「おい、」

 

 ぽん、とエリオに肩を叩かれ、はっとなる。どうやら、知らず知らずのうちに、俯いていたらしい。

「あ……ごめん……なんでもない」

しかし、浮かない顔は隠せない。

「なんでもない、って顔じゃねーだろ。ったく……」

 エリオは、キャロの手を引く。

 

「せっかくの休暇だ。パーッと遊ぼうぜ!」

 駆け出すエリオに手を引かれ……二人は、大型のゲームセンターに入って行った。

 

「はじめてはいった」

 興味深そうに辺りを見渡す。エリオは、キャロを対戦格闘ゲームの筐体の前に座らせた。

「やったことないよ?」

「いいんだよ。今はとにかく、夢中になってろ」

 簡単に操作をレクチャーだけして、あとはキャロのやりたいようにやらせた。

 キャラクター選択画面が表示されて……キャロは、緋色の槍使いを選択。

「? ……迷いなく選んだじゃん」

「いちばんエリオくんに似てたから」

 ……真顔ですっぱりと言い切った。

「……………………そうか」

「エリオくん、かお、あかいよ?」

「ああそうだな。画面の照り返しだ」

 キャロは、ぎこちない手つきで、スティックを握った。

 

――『Ready,,,Fight!!』

 

「わ。わ。」

 いきなり攻撃を仕掛けてきた敵に、キャロはスティックやボタンをやたら滅多にがちゃがちゃ動かし抵抗する。手を動かしながら、筐体に張り付けられたコマンド表を目で追い、がちゃがちゃがちゃがちゃ……

「ええっと、ぼうぎょ、ぼうぎょ……あああああ」

 ぼがーん、という気の抜ける音とともに、キャロの操る槍使いは画面の中で倒れ伏していた。

「エリオくんがしんじゃった」「俺じゃねーからな、それ」

 エリオは、コインをちゃりん、と投入し、コンテニューさせてやった。

「えい。えい。まいだすめっさー。しゅわるべふりーげん。」

「いや、技名ちげーから」

 ちゃりん、ちゃりん、とコインが定期的に投入されていく。

「奥義・暗黒吸魂輪掌波」

「もう原型ねぇじゃねーか……ヤだぞ俺、そんな技名叫ぶの」

 そして、キャロがガチャプレイながらもゲームに慣れ始めてきた時……

 

――New Challenger!!

 

 画面が突如として暗転し、そんな表記が現れた。

「? なにこれ」

「お、乱入か」

 対面の筐体から、対戦を申し込まれたようだ。筐体がやたらデカいため、相手の姿は見えない。

「よし、行けキャロ。ぶちのめしたれ」

「うん」

 相手のキャラクターは……全身を黒い装備で固めた忍者のようなものだった。

 

――『Ready,,,Fight!!』

 

 どうやら、相手もゲームにはそれほど慣れていないようだ。キャロと相手のキャラクターはどこか挙動不審でキモい動きをしているし、謎のゲージ消費技を繰り出したと思ったら、間合いのド真ん中でアピール行動を始めたりもする。

「えい。えい。」

 が、第二ラウンドから、変化が訪れた。

 ……敵の動きが、徐々に洗練されてきているのだ。中距離のクナイ攻撃や、変則軌道の手裏剣。近距離では忍者刀。ダメージは変わり身の術で無効化され、じわり、じわりと、槍使いの体力を削っていく。

「この。この。」

 が、キャロの吸収力も大したものだ。すっかり慣れた手つきでスティックを動かし、防御からのカウンター、投げ技を繰り出す。

 地味に着実にダメージを重ねてくる相手に、大振りだが重い一撃でゴッソリと削るキャロ。

 

――ピコン!

 

 ……そして、ほぼ同時に必殺技ゲージが溜まる。互いの体力ゲージは、2割前後。必殺技が繰り出されれば、防御をしていても、削りダメージで敗北することになるだろう。

「!!」

 躊躇いなく、必殺技のコマンドを入力するキャロ。しかし、対戦相手も同じ考えらしく……ほぼ同時に、必殺技が画面中央で衝突した。

 そして表示される、またしても謎のサイン。

「連打しろ連打!」

 エリオが急かす。どうやら、一定時間内に連打の数で勝ったプレイヤーの必殺技が優先されるシステムのようだ。

 

――ズダダダダダダダダダダダダダッ!!

 

 キャロも相手も、一心不乱にボタンを連打する。

「ぐぬぬぬぬ。」

 が、連打数は拮抗し、拮抗し……

「むぅううううう。」

 

 

――――ズダダダダダダダダダダダダダッ…………ばきょっ。

 

 

 

………………そんな、破滅的な音とともに、ボタンが異常に陥没し、画面が消えた。

「 「 「 「 「 あ 」 」 」 」 」

 エリオ、キャロ……そして、対戦相手の声が重なる。

「元々、疲労してたんだろ……たぶん」

 エリオは素知らぬ顔で、キャロを連れて撤収の準備に入っていた……のだが。

 

「いやー、惜しかったッスねー」

 

 向こうから赤毛の少女がフレンドリーに話しかけてきた。

「ああ全く。いい勝負だったのになぁ」

 エリオも気分よくそれに応じる。相手の少女は、エリオの年恰好に少し驚いたようだったが、変に偉ぶることも無く、気さくに話している。

「……つか、逃げた方が良くね? 弁償騒ぎにでもなったら面倒だぞ」

「そうッスね。店員が来る前に逃げるッス」

 

「んじゃ、またな。俺、エリオっていうんだ。こっちはキャロ」

 

「またッス! あたしはウェンディ、んでこっちが、ウチのお嬢……、

 

――ルーテシア!」

 

 

 ………………………………………………………………………………………………エリオとルーテシアは、互いの顔を瞬時に認識し、一瞬だけ戸惑い、一瞬で理解し……

 

 

――――一瞬で、戦闘に入った。

 

 

「強装結界――!!」「フラッシュグレネード!!」

 

――バキィイインッ!!

 

――ボゥンッ!!

 

 ルーテシアがエリオたちを封じ込めるのと、エリオの閃光弾が弾けるのは、同時だった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

――ここは、どこだろう。

 

 気付いた『彼女』は、まず第一に、そう思った。

 

――これは、なんだろう。

 

 自由になる体を使って、手を伸ばしてみた。ひたり、ひたりと、触れる。

 

――……?

 

腕が届く範囲には、冷たく、固く、艶のある壁があった。そしてそれが、ぐるりと、自分を覆う筒である、ということが分かった。呼吸をすると、ごぼりと、口元が泡立ったから、液体の中にいるということが分かった。その液体の中で、さらさらと体をなでるのが、自身の毛髪であるということが分かった。口元に充てられている機器から酸素が供給され、呼吸ができているということが分かった。自身の体が液体に満たされた円筒状の容器の中で人工的に呼吸をさせられ時折ガタンと揺れることからこの自身の入った容器が凹凸のある路面を原動機によって稼働する車輪を持つ機械によって運搬され目覚めてから運搬されて距離が500メートル程度この後もしばらくは同じような状況の中ひたすら運搬されどこかへ運び込まれ自身の持つ先天資質を起動の鍵とする古代遺産へと利用され玉座という名の制御装置へ据えられこの僅かな自我さえ奪われ肉体が限界を迎えるまで時間にして43800時間の耐久限界まで酷使され廃棄されるだけの消耗部品であるということが

 

 

 

 

―――――わかった。

 

 

 

 

(いや、だ……)

 それが、明確に思い浮かべた、初めての言葉だった。

(いやだ、いやだ、いやだ! 嫌だ! 消えたくない! 消されたくない!)

 喪失への恐怖が、次々に言葉となる。

(気づいて! 誰か、私に気づいて!! 気付いて! 気付いて!)

自身の存在が、誰からも祝福されず、名さえ与えられず、何一つ得る物も無く、誰にも知られぬまま葬られるものだということが、堪らなく耐え難く……

(私は。 私は!!)

 瞼が――開く。

 

「私は、ここにいるんだ!!」

 

初めての、声帯を震わせての発生。それが、彼女の産声だった。

 伸ばした手を、冷たい壁に押し当て―――

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 この商業ビル一つ分。

「くそっ……!」

 強装結界。本来ならば、複数の術者によって展開される、戦術魔法だ。主に、敵の逃亡を阻止するため、もしくは被害を最小限に留めるため……要は、『敵を逃がさない』ことに特化した結界魔法である。エリオが知る限りだけでも、通信阻害、転移阻害、結界内部を恒常索敵……と、厄介この上ない。

「複数の術者で、って前提が既に無くなってるじゃねーか……!」

 エリオは最短経路で、フロアーを移動していた。だが、敵には居場所が筒抜けだ。

「……エリオくん! した!」

「!!」

 下……床からの奇襲など、通常ならば考えづらい。だがエリオは、迷うことなくキャロを抱えて跳ぶ。

 

――ズボッ!!

 

 ただの地面を、まるで液体のように透過し、ガジェットのマニピュレーターが突き出した。

「あれ、外しちゃったよ」

 意外そうに言う。セインが、ガジェットを一体、小脇に引き連れ、上半身を覗かせていた。

「!!」

 

――バシュンッ!!

 

 エリオの射撃がセインを狙う。しかし、セインは再び地面を潜航し、射撃はむなしく地面で弾ける。

「あいつ……多分、教官の言ってた奴だ! 地面に自在に潜る奴!」

 

「じゃあ、ウチのことは知ってるッスかー?」

 ……エリオが、その顔面狙いの手刀を防げたのは、殆どまぐれだった。

「っく!」

 苦し紛れに薙ぎ払うが、当たるはずもない。

「……ああ、知ってるよ。なんでも速く動かす奴だ」

 そして、ルーテシアがいる。

 不幸中の幸いは、敵の中にガジェットは一体のみ、という点だけだ。物量が強みのガジェットだが、敵も結界内部に持ち込むのは、あの一瞬では一体が限度だったのだろう。

「んっふ。情報にはなかったッスけど、うれしい偶然ッスね」

「情報……?」

 ……ウェンディの言葉に、ピクリと反応する。

「あ、バカっ……!」

 セインが慌てるが……

「……なるほど。スパイか」

 腑に落ちた、という感じで、エリオが呟いた。

 

「……あーーー! なし! 今のなしッス!!」

「今更ナシもカカシも無いだろバカー!!」

 セインがウェンディの特徴的な頭をひっぱたく。そして、ギロッとエリオたちを睨んだ。

「……猶更、帰すわけにはいかなくなった」

 ガジェットを引き連れる。

「怪我をして無理やり拉致されるか、大人しく無傷で投降するか、選びな」

 状況は、圧倒的に不利だ。恐らく、敵にはこちらの戦力は全て知れ渡っている。対してこちらは、相手の情報が圧倒的に不足している。

 

だが。

 

「脅迫の現行犯だ」

「たいほできるね」

 ここで無傷を選ぶほど、賢しらではなかった。

「……賢くないねっ!!」

 ガジェットからの射撃と同時、セインが潜航。

 

――ビシュッ!!

 

 ウェンディが投擲したコインが、銃弾にも等しい速度で迫る!

 

――パキィイインッ!!

 

(報告じゃ、厄介な武装はティアナがブッ壊してくれたらしいな)

 ならばウェンディは、速度に優れた『だけ』の敵。問題は、自在に障害物を潜航するセインと……未だ動きを見せない、ルーテシアだ。

「キャロ、あのライダーもどきは」

「いないみたい」

 一番の懸念だったガリューは、今回は連れていないようだ。

ルーテシアは、推定Sランク級の魔導師だ。魔力量も、相当なものだろう。だが、この結界は、いかに魔力量が多かろうと、一人でそう易々と維持できる代物ではない。結界の維持で手一杯か……それでなくとも、召喚術での増援という可能性は、低く見積もっても大丈夫なはずだ。

 

「――――おい」

 

 ……ウェンディが、醒めた顔で、エリオを見ていた。

「――今、アタシのこと……速いだけの奴とか思ってただろ?」

 砕けた口調ではない。己の優先順位が、最下層に判断されたことを察していたのか……いつものお気楽さは鳴りを潜め……冷たく冴えた目で、エリオを補足していた。

「……」

 はったりではない。エリオは、ストラーダを構え、迎え撃つ構えだ。

「IS・『エリアルレイヴ』」

 ……投擲でも、体術でもない。

「……う、っぐ、ぅううううううう…………!!!」

 突如として、苦しむ素振りを見せる。

 ストラーダが分析する。

『体温、異常に上昇。……推定45度。生身の人体に耐えられる体温ではないぞ』

 ウェンディが何をしようとしているのか……

「体温……それに、加速……? …………! おい、まさか」

『ああ、そのようだ。奴は……

 

――――己の血流を、『加速』させている」

 

 ウェンディが、ガジェットのパーツと思しき武装を振りかぶり……

「……覚悟しろよ、このクソガキィいいいいいいいいいいいいいっ!!」

 

――ガゴぉオオオオオンッ!!

 

「うぐぁああああっ……!!」

 エリオを、ストラーダごと押し潰さんばかりの重撃を放った。

「我が騎士に、鋼の加護を……!」

 キャロが、エリオへ強化を施そうとする。しかし……

 

――『Banish』

 

 ……不発。

「! また、」

 今回は、己に逆流してくるようなことは無かったが……やはり、ルーテシアが術をかき消してしまう。

「…………あいつだ」

 以前……何も出来ないまま、無力化された時と同じ。

「……ケリュケイオン」

『ええ、御意に』

 ならば、闘い方を変えるのだ。

「エリオくん、ぷらんBだよ!」

 そう言い残し……キャロは、フロア出口へ、一目散に駆け出した。

「Bって……え、B!? 」

 ぎょっとするエリオ。

 プランBとは……二人の間だけで決めていた符丁で……二人で共同で戦闘するのではなく……互いに相手を分断し、各個撃破するというものだ。ただし、これは訓練でガジェットを相手にする際の作戦であって、初戦の、機械ではない生身の相手に試すのは初めてだった。しかも、かつて相手にしたことのない極めて奇異な能力者。後衛向きで直接的な戦闘能力の低いキャロでは、危険にもほどがある。しかもこの狭い空間では、フリードを竜魂召喚することも困難だから、猶更だ。

「フリードは、エリオくんにあずける」

 ……正真正銘、一人で相手にする気のようだ。

「大丈夫なんだな!?」

 ウェンディと鍔迫り合うエリオが、確認のため声を張り上げる。

「へっ、泣かせるねぇ! 足手まといにはなりたくないってか!」

 ウェンディが、茶化すように言う。

 キャロは、くるりと振り返り。

 

「かてるから、だいじょうぶ」

 

 ……当然、といった顔でそう言い残し、駆けていった。

 

「逃げるなってーの!!」

 階段の下。段差の隙間。横合いの壁。天井。

 セインは次々に出現地点を変え、キャロを翻弄する。

「しばれ」

『Bind』

 捕縛のため、バインドを発動させる。

「んー。だめだ」

 しかし、無効化。

「ちょこまかと!」

 

――ビュウンッ!!

 

 ガジェットのマニピュレーターが、鞭のようにキャロを絡め捕らんと迫るが、それを機敏な動作で回避する。

「そのうごき、もうあきた」

 ……訓練で、連日連夜、嫌というほどのガジェットを相手にしている。今更、一体程度、どうということは無い。

「でも、魔法を封じられたあんたじゃ、何もできないだろ!」

「そうかもね。でも、もういっかい」

『shot!』

 試すように、探るように、何度も、何種類もの魔法を試す。しかしそれは、片っ端から無効化されていくが……

(どう、ケリュケイオン)

『8割がた、割り出せました』

 それこそが、キャロの狙いだった。

(ルーテシアのばしょさえわかれば、それでいい)

 ……キャロはすでに、セインなど通過点程度にしか見ていなかった。

『割り出せました。5F、アミューズメントホールです』

「ありがと。――――それじゃ、やろう」

 ずるっ、と、セインがキャロの真下から現れる。

「何度も何度も……何がしたいわけ!?」

 

「おまえ、ようずみ」

 

――どげしっ!

 

 ……その鼻っ面に、ブーツの底が食い込んだ。

「ぶぁっ!?」

真下から現れるという奇襲に、通常なら身を竦ませるか、反射的に飛び退くところだ。……そのタイミングに合わせて、正確にカウンターを合わせるあたり、機動六課は、確実にキャロを成長させていた。

「もぐったまま、うまってて」

 ジャケットの懐から、手のひら大の、マグカップ程の……その、何というか、どう見ても『手榴弾』っぽいものを……、ぽいっと。セインが潜った直後、波紋のように揺らめく力場へ。

 

 

――――…………ゴゴォオンッ!!!

 

 

 …………セインが潜った地面の『中』で、凄まじい音が響いた。

 魔法が使えないのなら……魔法以外の手段で、打倒すればいいのだ。

「いほう……ぶっ……ぴん…………」

 絞り出すような抗議とともに、セインが、よろよろと、地面から這い出てきて……右腕が出たところで、ぱたりと、力尽きた。

 

「音響弾だから、せーふ」

 

 勝利のピースサイン。

 

 

――セイン、撃沈。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「…………!!」

 クアットロが、いつになく焦った様子で通路を走っていた。

「なんであのタイミングで遭遇するのよ! よりにもよって、『あの子』も近くにいるって、どういう確率よ!」

『おいクアットロ。どういう状況だ』

 スカリエッティまでも、この騒ぎに目を覚ましたらしい。

「どうもこうもありませんよドクター! 『あの子』が……極秘で運搬中だった『あの子』が、何を寝ぼけたのか目を覚ましてしまったんです!!」

『……ああ、まずいな……今、最高評議会から、問い合わせが雨あられ……おっと、評議会、自ら回収するとさ』

「ンなっ……! 何を勝手な!!」

『評議会に今『アレ』を渡すのは、まずいな……』

「事態の収拾は、お任せを! 良くはなりませんが、これ以上悪くもしませんので!」

『そうか、頼んだ』

 クアットロは、それきり通信を切った。

 

――ばんっ!

 

「今いるのは誰!?」

 待機室を見回す。いたのは、デルタと同型の仮面を装着した男女。

「! ゼータ、シータ! 丁度いいわ! 出撃よ!」

「いいでしょう」

 シータというらしい人物は、感情の抑えられた平坦な声で応答した。

「武装は解禁しても?」

「構わないわ! とにかく、覚醒した『あの子』の傍で魔法戦闘を行うのは危険よ! ルーテシアたちの回収に専念しなさい!」

「いいでしょう。では、出ます。……ゼータ、よろしいですか?」

「構わん」

 ゼータは寡黙に、ぼそりと応答し、シータとともに、格納庫へと向かった。

 

「……」

 きち、きち……と、バイザーの装置を操作することで、戦況を確認する。

 三つのうち、一つ……セインを示すアイコンが、ぱたりと途絶えた。

「!! ディエチちゃん! 行くわよ!」

 そしてクアットロは、自身も出撃の準備をする。ディエチを呼び出し、トランスポーターを使用して現地へ飛んだ。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

――――――…………ゴゴォオンッ!!!

 

 天井から、その爆音が轟き……

「セイン!?」

 ウェンディは、セインが敗れたことを悟った。

「…………やりやがった」

 エリオは、打撲や裂傷だらけになった体で、笑みを浮かべる。

「あとは、ルーテシアをどうにかして終了、ってな!」

「はァ!? なに勝った気になってんだよ!!」

 

――ガゴンッ!!

 

 ウェンディの棍を、ストラーダの柄でどうにか受ける。

「ぐぅっ……!!」

 が、一撃は重く、エリオの体は大きく流される。体格でも、膂力でも、今のウェンディはエリオを上回っていた。

 

――ゴォウッ!!

 

「あっち!! ……ああクソ、鬱陶しい!!」

 追撃は、フリードが火炎で牽制してくれるとはいえ……こちらは、有効打を与えられずにいた。

「はァ、はァ……!」

 しかし、ウェンディもまた消耗が激しい。やはり、あの能力の使用方法は、かなりの消耗を強いられるようだ。このまま防戦に徹して、時間切れを待つのも手だが……やはり、ルーテシアの相手をキャロ一人にさせておくわけにもいかない。竜魂憑依は、最後の最後まで温存していたいが……

「ォおおおおおおおおおっ!!」

 消耗をものともしない気迫で、棍を振るうウェンディ。

「しゃらくせぇええええええ!!」

 とうとう火炎を無視し、熱傷覚悟で突き破ってきた。

 ストラーダを構え……

 

――ビシィッ……、!!

 

 ……肘に、ウェンディが死角から放ったコインが命中する。当然、能力により加速されたそれは、一瞬、腕の動きを麻痺させる。エリオは、衝撃を覚悟し……

 

――ドズッ……!!

 

「クァアッ……!!」

 ……しかし、その衝撃を受けたのは、エリオではなく……その直前、身を挺したフリードだった。

「フリード!! ……ンなろォおおおおおおっ!!」

 

――バチィイイッツ!!

 

 魔法は打ち消されてしまうとはいえ、魔力までは消すことはできない。エリオは魔力を放出し、一時的な電撃でウェンディへ攻撃を加えた。

 距離を取り……負傷したフリードを、腕の中に庇う。

「……一応、忠告しておいてやるよ」

 ウェンディが、エリオの意図を察して言う。

「確かにその魔法なら、ルーは無効化できない。発動可能だ。だけど、発動したが最後、残り体力を搾り取られて、お前は終わる」

 竜魂憑依は、非常に体力・精神力を消耗する。前回は、デルタの黒炎に強制解除されたが……今回は、暴走だけで済むかどうか。

「…………」

 ぎち……と、ストラーダの柄を強く握る。

『担い手よ』

 ストラーダが、エリオに呼びかける。

 

『――できるな?』

 

 その一言に込められた意図を知り、エリオは……力強く、頷いた。

「――フリード、行くぞ!!」

 フリードの体が発光し、オーブヘと変わる。

「竜魂――憑依!!」

 

――ドクンッ!!

 

 フリードの鼓動と、自らの鼓動が重なる。

「…………!」

 

――制御するのではない。

 

――掌握するのではない。

 

――支配するのではない。

 

――――二つの意志を、重ね合わせる。

 

『Silvery Dragoon Arms!!』

 

 目を開ける。

「…………」

 竜を甲冑としていた前回とは違い、エリオの変化は、ジャケットが翼状に変化しただけだ。

「……ストラーダ?」

『Armamentではなく、Arms、か』

 しかし、ストラーダが違っていた。柄は両手で持てる程度にまで短縮され、穂先には、白銀色の魔力で形成された刃が備わった――大剣へと、変化していた。

 

「フリード、ストラーダ……行くぜっ!」

 

 翼を撓ませ……一息に、跳ぶ!!

 

「……! 速っ……!?」

 加速能力を使用しているウェンディでさえ、目を見張るような速度。その瞬発力、もはやフェイトを超えかねない程だった。棍でなんとか受け流しながら、回避する。

「う、っく……!! お前、槍使いなんじゃなかったの!?」

 情報では、エリオがそれ以外の武器を使用することは無かったはずだ。

「ははは! 誰が教えるかっ!」

「ムカつくー!!」

 一合、二合と打ち合う度に、ウェンディの頑強なはずのフレームに衝撃が響く。

 しかし……エリオの剣術は、にわか仕込みではなかった。基本の型に忠実でありながら、枠には囚われない自由な動き。そして、その斬撃の鋭さは、単に竜魂憑依で強化されただけでは実現できない。

 

――ガキィンッ!!

 

 間合いが、一時的に離れる。ウェンディは、エリオが更に間合いを詰めてくるものと想定し、地面にコインをバラ撒く。踏み込んできた瞬間、エリオ目がけ、炸裂させる。ダメージにはならないだろうが、セインを回収ののち、撤退するだけの時間は稼げる。

(お前との勝負、ここまでッス!!)

 ……が。

「フリード!」

 大剣が、薄く輝き……

「――――伸びろォッ!!」

 

――バシュゥウウウウウウッ!!!

 

 刀身が瞬時に、何倍にも伸長!!

「んなーーーーーーーー!!?」

 咄嗟に棍を盾にするウェンディ。

 

――バキンッ……!!

 

「うっそ……!?」

 ウェンディの棍が、耐えかねてへし折れる。

「魔力刃だぜ!? 長さなんざ、いくらでも変えられるのさ!!」

「くそ!」

 棍を捨てる。が、ウェンディは未だ、自己ブーストを継続させている。

「ついでにお前の能力、弱点発見だ!」

自身を対象に発動した場合、一定時間は解除が不可能なのだろう。

 エリオは、大剣を振りかぶり……剣の腹で、ウェンディをブッ叩くモーションに入った。

「――――――!!」

 ウェンディが、敗北を悟り、身を強張らせる。

「おりゃああああああああ!!」

 フルスイングされる大剣。致命傷にはならないだろうが、骨の何本かは貰っていく程には力を込めた一撃。

 

 

――――ガギギィイイイイインッ……!!

 

 

 しかし、それは、大剣がウェンディの体を打ち据える音ではなく……

「…………」

 

――豪壮な薙刀が、大剣を真っ向から受け止める音だった。

 

「…………」

 仮面姿の大男が、忽然と、二人の間に割って入っていた。拮抗する、大剣と薙刀。恐ろしいことにこの男、竜魂を宿した状態のエリオと、互角の膂力だ。

「チッ……!」

 

――バンッ!!

 

 拮抗していたのでは、埒が明かない。エリオは後退し、大剣を正眼に構え直す。

「……ゼータ、っ」

「……」

 ゼータと呼ばれたその巨漢は、薙刀を胸の付近まで持ち上げる。すると……

 

――――ボウッ……

 

 ……薙刀の穂先に、あの、解呪の黒炎が宿った。

「……!」

 身構えるエリオ。しかしゼータは、その黒炎を、ウェンディへと向けた。

 

――ボウッ!!

 

 黒炎は、身を竦ませたウェンディの体を包み……加速状態を、強制的に解除させた。

 そのまま、ウェンディの体を抱え上げる。

「逃がすか、」

『担い手よ!』「っ!?」

 追撃の直前、ストラーダからの警告。即座に耐ショック姿勢を取る。その、ほんの数瞬の後……

 

――――――…………バゴォオオンッ!!!

 

「ぅおおおおおおおっ!?」

 凄まじい威力の魔力の旋風が、エリオたちのいるフロアを、階下から吹き上げた!

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 セインをあっさり撃破した後、キャロは単身、5Fのアミューズメントホールへと向かっていた。結界の維持に専念しているからなのか、ガジェットによる妨害がなかったのは行幸だった。

 

――ギィッ……

 

 重い防音扉を押し開く。

「あ、きた」

 部屋の中央、隠れるでもなく、堂々と姿を晒していたルーテシアが、キャロを眼中に捉える。

「ひとり?」

 まるで世間話のように、軽く話しかけるキャロ。

「うん。あなたも?」

 それに、同じく応じるルーテシア。

「うん。フリードはエリオくんに預けてきた」

「ふぅん。じゃあ、やろっか」

 地面に突き刺していた杖を引き抜き、構える。

「うん。やろう」

 キャロも、ケリュケイオンを装着した手を握る。

「けっかい、いじできるの?」

「注いだだけの魔力分は稼働するよ。それを過ぎたら解除される」

「どのくらい?」

「15分くらいかな」

「ながい」

「そうだね」

 

――それまでに、決着がついてしまう

 

 二人とも、そう言っているようだ。

「まずは様子見」『Shot』

 

――バシュンッ!!

 

 初歩の射撃魔法。以前は、不用意な防御魔法に付け入られ、一瞬で戦闘不能に陥ったが……今回は。

 

――とん、とんっ。

 

 軽くステップを踏み、体捌きのみで回避した。一応、防御魔法にも対策を施してはいるが、避けられるのなら避けてしまった方が早い。そして……

 

「――――」

 

 ……そのステップのまま、唐突にルーテシアの至近距離にまで踏み込んだ。

「――…………!?」

 ぎょっと目を剥くルーテシア。察知ができなかった。移動速度を強化する魔法を使用した気配もない。だというのに。

 

――ドスッ!!

 

 ケリュケイオンが、ルーテシアの腹部を強烈に打ち据えた。

「こふっ……!」

 せき込む程度で済んだのは、やはりキャロが、打撃戦に慣れていないこともあるのだろうが……それでも、有効打だ。

「……今の何」

 無拍子……キャロが、はやてから学んだ古武術の歩法だ。打撃は、スバルのを見よう見真似。

「ひみつ」

 が、それを教える意味は無い。

ようやく一矢報いた、といったところだろうか。

「……そう」

 ルーテシアも、様子見を止めたようだ。

『impact』

 

――ドンッ!!

 

 衝撃波でキャロを吹き飛ばす。

「卑怯とか言わないでよね」

 その周囲に展開される、攻撃魔法の魔力スフィア。

 キャロを近づけず、遠距離から弾幕で押し潰すつもりらしい。

「……」

 ケリュケイオンを、拳ごと握りしめる。

 ルーテシアは、召喚魔法と、無効化魔法という特殊な魔法を得意とするが……それだけでは無い。膨大な魔力量と、極めて高い出力、明晰な頭脳を誇る、生粋の『魔導師』だ。弱いわけがない。容易い筈が無い。魔力量、出力、術式のバリエーション……およそ、魔導師として求められる実力は、圧倒的にルーテシアが上。

 なら、賢い判断をするべきだろうか。相手は格上だ。諦めるか……逃走するか……

「このことばのいみ、わかる?」

 キャロは、戦闘中に、唐突にそんな質問をする。

 

「――『自分より強い相手に勝つためには、相手よりも自分の方が強くないといけない』」

 

 それは、訓練の合間……なのはが、フォワードチーム全員に出した質問だった。正直、それは当然のこと過ぎて、、質問する意味があるのか、とも思っていた。チームで最も聡明なティアナでさえ、首を傾げていたほどだ。その言葉は結局、単純に、強敵を相手にした場合を想定して、常日頃から訓練に励め、という意味だ……と、全員が思っていた。

「……前準備をしていれば負けなかったっていう負け惜しみに聞こえるけど」

 ルーテシアも、ほぼ同様の見解だ。

「――ちがうよ」

だが、否。今なら、明確に答えを出すことができる。

「私は、あなたより弱い」

「……今更?」

「でもね。

 

――あなたには、まけない」

 

 

――決して誰にも負けるまいと、磨き上げた己が力を信じ、貫き通すのだ

 

 

「――――我、請うは其の猛きカイナなり」

 

 

 ならば、行使するのは……召喚魔法に他ならない。

「そんなもの、消してやる」

 ルーテシアは、得意の無効化術式を発動。キャロの発動した召喚魔法へ、割り込みを駆けようとする。割り込んだ後は、魔力を逆流させてリンカーコアを機能不全に陥らせて……

「出来ない……?」

 が、それは叶わなかった。キャロは、ルーテシアの魔法を、あの日以来、徹底的に研究し、対策し……そして、何よりも。

 

「むだ。この経路は、わたしたちだけのもの」

 

 他者が入り込む余地など、ありはしない。

「なら、術者を先に消す」

『Buster』

 

――ゴッ!!

 

 ルーテシアは、キャロへ砲撃を発射する。殺傷設定。十分な出力。召喚術をキャンセルして防御を展開する間もないほどの速度。

 

――ズバシャアアッ!!!

 

 そして、炸裂。

「…………」

 直撃した感触があった。倒した。

 

 

「――――来たれ、真龍の剛腕!!」

 

 

 しかし響く、キャロの詠唱。

「!!」

 

――グォンッ!!

 

 魔力の余波を吹き散らし、現れたのは。

「うで……!?」

 

 黒曜石の輝きを放つ鱗。赤熱した鋼鉄の如き肌。そして……万物を砕く鉤爪。

 

――ヴォルテールの、右腕だ。

 

 空中から出現した巨大な右腕が、キャロを守護していた。

 

「はぁああああああっ!!」

 

 驚愕するルーテシアに向け……裂帛の気合いとともに、剛腕を振るう。片腕とはいえ、真龍。生半可な防御は、容易く粉砕されてしまう。

「う、ぁあああああっ……!!」

 見栄もへったくれも無く、床に転がり、射程の外へ逃げる。

 

――ズゴッシャアアアアアアア!!

 

 

 ……合金の構造体を、床から壁から上階まで、スポンジのように根こそぎ抉り取る、馬鹿げた威力。ただの一振りで、この様だ。

「あ……ありえない! 真龍クラスを、そんなやり方で……!!」

 キャロが、ル・ルシエ一族の出身であることは知っていた。そして、その一族に信仰されていた真龍のことも、文献から知っていた。

 しかし……その真龍を使役するには、キャロの力量は足りていない筈だった。それを、片腕に限定することで使役を可能にするなど、思いもよらなかった。

「はぁ、はぁっ……!! まだ、まだぁ……!!」

 滝のような汗を浮かべ、懸命に剛腕を振るう。防御は間に合わず、仮に間に合ったとしても、あっさりと砕かれてしまう。逃げようにも、自分で張った強装結界の持続時間がまだ残っている。解除するわずかな時間さえ、キャロは見逃さない。

「……失敗した」

 諦めと共に、そう呟く。眼前には、既に剛腕が迫っていて……

 

――――ズガシャアッ!!

 

「っ……!!」

 しかし、その衝撃はルーテシアには届かなかった。

「……?」

 自分を抱え、攻撃の軌道から退避させた、誰かがいた。

「……シータ」

 デルタと共通の仮面を装着した、女性。ブーツ型武装からは、ローラー状のエネルギーが渦巻いている。手には、華奢な身体とは不釣り合いな、無骨な手甲。

「――ご無事で?」

 かくん、と傾けた仮面の奥から、淡々と聞いてくる。

「一応。でも逃げる」

「いいでしょう。セインとウェンディは、ゼータが回収に向かいました」

 仲間は確保済み。ゼータほどの実力があれば、エリオに拮抗できるはず。

ただ、そう易々と脱出できるとは思えないが……

「――させないっ!!」

 キャロの追撃。シータは、胸元に手を当てるような動作をする。

 

――ボウッ……!!

 

 その手に、漆黒の炎が宿る。炎は、手甲を取り巻き、渦を巻き……

 

――ドガゴォンッ!!

 

 ……ヴォルテールの剛腕を、相殺した。

「……!」

 目を見張るキャロ。ヴォルテールに拮抗できる実力か? いや……

「馬鹿。それを使ったら……!」

「一度だけですから、問題ありません。二度は無理ですが」

 慌てるルーテシアと、シータの受け答えから……おそらく、あの黒炎には限りがある、ということが分かった。事実、腕の黒炎は既に消えている。

 以前、デルタという戦士がエリオに使ったのと、おそらくは同一のものだろう。しかし、竜魂憑依を強制解除させるほど強力な解呪にも使えて、ヴォルテールに拮抗するほどの強化を与えるとは、驚愕の汎用性の高さだ。

 

『ルーテシア!』

 

 このタイミングで、クアットロからの通信が入った。恐らく、増援をよこしてくれたのも彼女だろう。

「クアットロ、ちょうどいい。撤退するから……」

 

 

『――――――逃げて!!!!』

 

 

 は? ……と、首を傾げた直後……

 

――階下から吹き上がってきた高密度魔力の乱気流が、ルーテシアとキャロを飲み込んだ。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

――ずる、ずる

 

「はぁ、はぁ」

 名も無い彼女は、歩いていた。記憶の中には無いが、『歩く』という動作は、既に身体にインプットされていた。

 

 その背後では、内部から破壊された容器と、その中身だった液体……そして、それらを運搬していた自動車両が大破し、炎上していた。

「ここに、いるよ……」

 うわごとのように呟き……液体に浸り、重くなったボロ布のような衣服を引き摺る。

 周囲に照明は無い。あるのは、遥か天井に走った亀裂から差し込む、僅かな光だけだ。

 だが、分かる。

「あっち……あっちに、だれかがいる……」

 目では見えない。しかし、『視える』もの。心臓のように脈動し、色も、形も、大きさもまちまちで、ゆらゆらと輝く……魔力の光を目指して、暗がりを一人、歩いていく。

 

「あ……」

 歩いて、歩いて……その、真下まで来た。

 真下……しかし、そこを上る手段は、無い。

「あ、あ、あ……!」

 手を伸ばす。届くことのない、手を伸ばす。

「だれか、だれか……」

 声を出す。届くことのない、声を出す。

 

――ゴッ……!

 

暗闇を、黄金色の輝きが照らし出す。少女の頭髪が、黄金色に輝いていた。

「――――」

 手を伸ばす。届け、届けと……必死に、懸命に。そして……

「誰か……誰か、気付いてよぉ!!」

 

――黄金の輝きは、虹色と変わり……天高く、吹き上がった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「……!」

 エリオは目を覚まし……ようやく、自分が失神していたことに思い至った。

「くそっ……!! なんだってンだ!」

 傍らを見ると、力を使い果たしたフリードがぐったりとしており、ストラーダも、通常の長槍へと戻ってしまっていた。

 先ほどまでいた、ゼータという巨漢も、ウェンディも、姿が見えない。

「…………」

 逃がしてしまった悔しさもあるが……それ以上に。

「……ゼータ、とか言ったな」

 ゼータ。前回は、デルタ。明らかに、何らかのコードネームだ。その正体など、知る由もない。しかし……

「……」

 ストラーダを、一振り。手に残った、剣戟の感触。僅かな痺れ。それが、強烈なデジャビュとなって、エリオに問いかける。

 

――本当に、心当たりがないか?

 

 ……と。実際、思い至る理由は……あった。それと同時、それはありえないことだ、と否定する自分もいた。

「……違う。アンタじゃない。アンタである筈が無い」

 かつて、フェイトと共に、自分を救ってくれた恩人で……槍の手ほどきをしてくれた、最初の師匠。彼は……

 

「……アンタは、死んだんだ。

 

――――ゼスト」

 

 ……クライスラー事件で命を落とした、ゼスト・グランガイツである筈が無かった。

 

 

 

「……というか、何があった」

 ……ゲームセンターのフロアで戦っていたはずが、気付けば周囲が瓦礫の山、廃墟のような有様になっていた。

『発生地点は……丁度、この建物の真下だな。地下室よりも深い。恐らく、下水道だ』

「レリックが暴発したのか?」

『可能性は高い』

 

――ぼごっ

 

 ……と、エリオの正面を塞いでいた瓦礫の山が……異様に巨大な腕によって、端に除けられた。一瞬、警戒するエリオだったが、その腕を観察した途端、警戒を解いた。

 

「エリオくん、やっほー」

 

 ……疲れは見えるが、ピンピンしたキャロが現れた。

「やっほーじゃねぇだろ……」

 キャロに付き従う剛腕が、魔方陣ごと消えるのを見て、エリオはだいたい理解した。

「勝ったよ」

「だろうな……」

 当然のようにそう言うキャロに、エリオは頷く。

「……こんなもん相手にさせられたのか、ルーテシアは」

 ルーテシアに、同情を禁じ得ないといった様子のエリオ。キャロは、むっとした(無表情だが)顔で、つかつかとエリオに歩み寄り……

 

「ルーテシア、じゃなくて、わたしは?」

 

 ……若干、気分が高揚しているのか、せがむようにそう繰り返す。

「あーーーーー…………よくやった。偉い偉い」

 帽子ごと頭を撫でた。

「……よし」

 ガッツポーズで喜ぶキャロ。これで良かったらしい。

 

「さて……」

 ぐるりと辺りを見回す。どうやら、強装結界は消えたらしい。通信は、あっさりと繋がった。

「こちらエリオ。……休暇中に敵と遭遇。どうぞ」

『エリオさん!? ご無事ですのね!』

 セリカだ。

『現在、わたくしたちも現場へ向かっています』

「そりゃ心強い」

 時間を確認すると、戦闘が開始されてから、まだ40分も経っていない。エリオは、何かを思案した後……

「なぁセリカ。さっきの、真下から吹き上げてきた魔力は、一体何だ?」

『……現在のところ、不明です。レリックの暴発にしては、出力が低すぎました。それに……』

 確かに。レリックが暴発したのなら、恐らく……この繁華街が、丸ごと崩壊していてもおかしくは無い。

『どうやらあの魔力は、人間のリンカーコアに精製された物のようです』

「敵の魔導師か?」

『いえ。術式はありませんでしたので……攻撃ではなく、単に魔力が放出されただけのようです。発生場所は……地下、下水道です。エリオさん、キャロさんは、そこで待機を。その消耗で踏み込むのは危険です』

「……ああ、了解」「わかった」

 確かに……エリオも、キャロも、相当に消耗している。敵の罠だという可能性も、ゼロではない。自分たちだけが無茶をしなくても……

 

「エリオ、キャロ、大丈夫!?」

 

 ……こうして、駆けつけてくれる仲間がいる。

『休暇中に災難でしたね』

 飄々としたなのはが、二人を労った。

『敵の魔力の残滓は、現在、フェイトとシグナムが追っています。地下道へは、私たちが向かいます』

 私たち……と言われ、気付いたが……スバル、ティアナは当然として、何故か。

 

「……ギンガさん、何でいるんスか?」

 

 左のリボルバーナックルを装着した、やる気満々のギンガがスタンバイしていたのだった。

「えっ? だって、スバルが行くのでしょう? なら、わたしも行かないと」

「いらない、って言ったじゃん! 強引に着いてきて、もー!!」

「あら、スバルひどいわ。だって、閉所での戦闘は、わたしたちの分野じゃない?」

 ……確かに。この崩落の規模では、地下道も無事ではないだろう。悪路で最大の機動力を発揮するのは、飛行魔法ではなく、フットワークだ。尚且つ、障害を強行突破するだけの能力も必要だ。

「うるさいシャッハは、部隊長に随伴して教会へ行っているし……まぁ、居たら居たで、便利なんだけどね、あの子」

 ……ひどい扱いである。

 

『ティアナ。地上から誘導弾で追従しなさい』

「了解!」

 機動力で一歩劣るティアナは、連れてはいかないようだ。

『では、行きます』

 戦闘用義手に、軍刀。ガンベルトにはリボルバー式拳銃と、一応のフル装備で、薄暗いマンホールへと降りていった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

――ズシャアッ!!

 

 なのはの刀が、さっそく現れたガジェットを両断する。

『……早速ですか』

前衛をスバル、ギンガが務め、殲滅ではなく、突破を主眼に置いたフォーメーションを組む。

 

――グシャベキバキッ!!

 

 ……やはり目を見張るのは、スバル、ギンガの突破力だ。怒涛の勢いで、群れるガジェットたちをなぎ倒していく。

『……おかしいですね』

 しかし、なのはは、どうも違和感を感じていた。

 ガジェットの注意が……なのはたちへ、向いていないのだ。接敵して、初めてこちらへ気づき、応戦……それが間に合わず、スバルたちにあっという間に撃破されていっている。

『……急ぎましょう。ガジェットは、魔力の放出元の人物を狙っている可能性が高い』

「了解!!」

 そして……ある地点を境に、奇妙な光景が広がっていた。

『これは……』

 そこかしこに、内部から炸裂させたような、ガジェットの残骸が散乱していた。

「……誰かが先行してるのかな?」

「いえ、私たちが一番乗りの筈よ」

 だとすると……

『……』

 なのは達は、歩を進めることにした。

 

 やはり、行く先々で、ガジェットの残骸が転がっている。点々と……道しるべのように。

 そして、気付く。最初に見つけたのは、動力反応も消え去った、文字通りの残骸だが……進むごとに、ガジェットの壊れ具合が変わってきていた。

 

――ギ、ギギッ……

 

 いまだ、動力部も生きているガジェットさえ現れ始めた、その先。いよいよ、照明すら無くなった、暗黒の先。

 

――――――敵が、現れた。

 

『……………………………………』

 なのはは……唯一の左目を、限界まで見開き、その『敵』の姿を認めた。

 

――金属の蛇。

 

 そうとしか形容のできない、闇の中に佇む、異質な姿。これまでのガジェットとは、明らかに違う。ただ、その蛇は、全長にして5メートルほどもあり……

『あ……あいつ、は……!!』

 

――5年前のあの日……雪山で遭遇したのと、同型の機体だった。

 

 その蛇が、こちらではなく、その先へ意識を向けている。その、赤く輝く目線の先には……

「こないで……こないで……!!」

 暗くてよく見えないが……間違いなく、幼子の声。

「…………!!」

 躊躇なく、眼帯を取り払う。失明した眼球に埋め込んだ高性能カメラが、熱源を映し出す。

『…………!!』

「教官!?」

 スバルが驚くのにも構わず、義手のギミックを展開。蛇のほうへ、狙いを定め……

 

『アンカークロー!』『Fire!!』

 

――ドシュウッ!!

 

 手首から先のマニピュレーターが、猛烈な勢いで射出される!!

 

――ガギンッ!!

 

 蛇の頭部へ……鉤爪が、深々と食い込み……ギチギチと、締め上げる!

『グアッ……!?』

 その衝撃に、蛇が呻くにも関わらず……

 

――ギャリギャリギャリッ!!!

 

 猛烈なトルクで、マニピュレーターを巻き取る!!

『スバル! ギンガ!』

「はいっ!!」

 スバルとギンガは、その意図を察し、拳を構え、そして……

 

――――バガァアアアアアアアンッ!!!

 

 蛇の胴体を、猛烈に打ち据えた!!

『……ギ、ゴ……、!!』

 そこを、更にワイヤーで巻き取り……!

 

――ゴギュッ!! メギメギメギ……!!

 

 マニピュレーターを、体内へより深く突き入れる!!

『ガグァ、ガガガ、ガ……、!!』

『砕け……散れぇえええええええええええええッッ!!』『Napalm Fang!!』

 

 

――ゴパァアアアアアアアアアアンッ!!!!!

 

 ……ナパームファング。マニピュレータ内部に充填された液化爆薬を解放・着火させ、至近距離に爆裂させる、対人での使用を躊躇わせる攻撃が、蛇を粉々に爆砕した。

 

 そして……

 

『……要救助者、確保』

 なのはは、蛇が狙っていたと思しき少女のもとへ向かう。

「…………」

 少女は、度重なるショックからなのか、意識を失いかけていた。だが……無事だ。目立つ外傷も無い。

『…………よかった』

 ぽつりと……穏やかな安堵の声が、漏れる。

……その言葉に込められた意味を知る者は、この場にはいなかった。

『……もう大丈夫です。今、安全なところに連れて行ってあげますからね』

 少女を、両手で抱え上げる。その身体の、なんと軽いことか。

「…………」

 すぅ……っと開いた両目が、なのはを見上げる。

「…………あ、」

 絞り出すようなか細い声に、なのはが耳を傾ける。

 

――パチッ……!

 

撒き散らされた機械油が赤々と燃え……暗闇を灯した。

「……あり、が、とう……」

『……お礼が言えるのですか。偉いですね』

 

 スバルたちと共に、通ってきた道を戻る中で、なのはは、ハッと気付いたように、眼帯を装着した。

『……!』

「……? どうして、かくすの?」

 ……彼女は、そう聞いてきた。

 

『気持ち悪いでしょう? こんな顔……』

 

なのはの顔には、左目を袈裟懸けにする傷と、機能をほぼ失い、白濁した眼球がある。

何も知らない幼子が目の当たりにするのは、ショッキングなものだろうと、なのははそれを隠したのだ。

「……!」

 そんなことない。スバルは、そう反論しようとしたが、今は任務中。警戒を怠るわけにはいかない。口をつぐんだ。しかし……

 

「――ううん。きれいだよ」

 

 ……彼女は、真剣な様子で、そう言い切った。

『…………え』

 なのはは、ぴたりと足を止める。

 

「しろくて、雪みたいで……すっごく、きれいだよ」

 

『…………』

「…………」

 

 やがて、地上が近くなり……ようやく、互いの顔が認識できるようになった。なのはは、自然と、腕の中の少女と顔を見合わせた。

 

 

――――エメラルドの右目。ルビーの左目。そして、流れるような……『栗色の髪』。

 

 

 美しい少女だった。『人形のような』という表現が、そのまま当てはまりそうな。

「……みせて」

 少女の手が、なのはの眼帯を、そっと取った。諦めたように、なのははその素顔を晒す。

『…………』

 

――怖いだろう。おぞましいだろう。きれいだなどと世迷言は、二度と言えまい。

 

 そう心中で呟くなのは。しかし……

「……やっぱり、きれいだ」

『…………!!』

 ……少女は、微笑みながら、やはりそう言うのだ。

『やめて、ください。調子が狂う……!』

 ……赤面し、眼帯で顔の半分を覆ってしまう。少女はやがて、なのはの腕の中で、すぅ……と寝息を立て始めた。

 

 こうして……エリオの休暇に端を発する小事件は、一応の幕を引き。なのはは、この、奇妙な既視感を感じさせる少女を、機動六課へと搬送し、任務を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「……あーあ、結局、こうなっちゃった」

 アジトでモニターを眺めるクアットロは、安堵半分、諦め半分といった様子で、そう言った。

「ま、評議会に渡すよりは、まだマシってところかしらね」

 本当に、タッチの差だったのだ。スバルたちを、最短のルートで『あの子』の元へと導き、厄介な機械人形を処分させるのは。おかげで、手元からは離れてしまった。計画にも、若干の遅延が出るだろう。

「あはっ……イイこと、思いついちゃった……♪」

しかし……この事態は、クアットロの嗜虐心を、大いに刺激するものだった。

「今は、預けておいてあげる。……その子と、仲良くしてあげてね? 

 

――――『なのはお姉さま』ぁ? あっはっはっはっは……!!!」

 

 モニターの光が不気味に照らす部屋で、クアットロは一人、空虚に笑い続けた。

 

 

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