魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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StrikerS編 第十話

 あの、謎の少女を保護してから、三日ばかりが経過した。

 

 なのはは、はやてに呼び出されていた。執務室の中には、はやての他に、シャッハがいた。無言で会釈するシャッハに目礼を返す。

「おお、来たか。なのは」

『うん、来たよ。はやて』

 目を通していた書類をバサッと投げ、きいっ、と椅子を回転させてなのはに向き直るはやて。なのはの前とあって、上機嫌に見える。

「……今更だけど、何とかならんか? そのカッコ」

『何とか、って? ……別に、汚れてはいないけど』

臭くないよね……すんすん、と袖に鼻を近づけ、嗅ぐ。

 いつものミリタリーパンツに、ボロいスカジャン。髪もとりあえず結っただけ。靴はゴツい軍用ブーツ。その、あんまりにもあんまりな恰好のことを指摘したのだが、なのはには通じなかったようだ。

「……はぁ。まぁいいや。後で何着か見繕ってやる」

『それで、何の用?』

 と、雑談を終わらせ、本題に入る。

「まず、前回、お前が保護した児童だが……おい、シャッハ。説明しろ」

 そしてこの丸投げである。

「はい。それでは、僭越ながら」

 それに文句を言うでもなく、笑顔で応じるシャッハは寛容だ。フィアットだったら、舌打ちが飛んでいる。

「あの少女は、保護された時、魔力欠乏による意識混濁に陥っていました。栄養状態も芳しくなく、この3日間、昏睡状態が続いていました」

『…………』

 確かに、やたら軽かったなぁ……と思い出す。

「戦闘中、建造物を破壊したのは、あの子の魔力放出が原因で間違いはありません」

『末恐ろしいですね』

 術式すら載せていない、単純なエネルギー放出で、あの被害。ルーテシアの結界が無かったのなら、一体どれほど被害が広がっていたか。

「ええ。ですが、それほどの魔力を放出したのですから、自然回復は困難です」

 魔力は、休息を取れば徐々に回復していくのだが……さすがに、リンカーコアが干上がるほどの消耗から回復するのは、普通の手段では難しい。

「ただ、いつ回復し、また魔力が暴発するとも考えられませんので、監視が必須な状態です」

『ええ、それはわかりましたが……』

 なのはが、首を傾げる。

『あの子、あの子と呼ぶのも何ですが……彼女の名は? 身元くらいは、割り出せたのですか?』

 なのはは、彼女の名前すら知らないのだった。監視をするにしても、親がいるのなら、説明をした上で行うのが道理。事情聴取だって必要だ。

「はい……それ、なのですが……」

 ……しかし、途端にシャッハは口ごもる。

『出生検査で、魔力量くらいは記録があるでしょう。あれほどの魔力量の持ち主なら、尚のこと、リンカーコアの波形パターンなり、魔力光なり……』

 シャッハは、首を横に振った。

「やらなかったとでも思ってるのか? この私が?」

 はやてが、横から口を出した。

「――不明、だ。名前も、身元も……ミッドチルダどころか、管理世界全域の医療施設にも、あの子供のデータは無かった」

 なのはは、考える。

公に、一切の記録が無い子供。まともな境遇ではない。ならば……

『地下組織に、秘密裏に養育されていた、ということでしょうか?』

 あの魔力量だ。研究目的なり、兵力なり……必要としている組織は、それこそ山のようにあるだろう。そこから、脱出してきたというのなら、話は通る。

「ああ。多分な」

 

 さて……、では、はやての話の本題とは、何なのだろうか。また、シャッハが代弁する。

「この三日間、昏睡が続いていましたが……今朝方、目を覚ましました」

『それは良かった。外傷などは?』

「不思議なことに、目立つ外傷は、かすり傷ひとつありませんでした。ただ、体の動作は問題ないようなのですが、記憶が混乱している可能性があります」

 でなければ、名前くらいは知れている。

 

「それで、ウチで面倒を見ることになった」

 

『………………………………は?』

 ……二つ三つ、大事な話の過程が飛んでいる気がする。

「いつ暴走するかも分からん大魔力の持ち主。身元も不明、名前も不明。対処までを含めた監視が必要……しかも、ウチの管轄する事件の当事者ときた。これ以上に理由はいらんだろ」

『それだったら余所の部隊でもいい筈じゃないか』

 別に、事件の現場に居合わせたからといって、そこまでしなくても……というなのは。

「レジアス中将、直々の依頼だ」

『はやて。いくらレジアスさんに恩があるとはいっても、断るべき話ってもんがあると思うよ』

「……安請け合いはしていないつもりだ」

 渋い顔で反論する。

「ええと、それと……これが、もっとも大きな理由なのですが……」

 シャッハが、申し訳なさそうに話はじめ……

 

――こ、こら! 待たないか!

 

――やー!!

 

――そっちに入ったら駄目ですってばぁ! 大事な話をしているんですぅ!

 

――やー! もうまてないー!

 

 隣の部屋から、どったんばったん走り回る大小三つの足音が響いて来た。そして。

 

――ばーん!

 

「わーい!」

 扉が無遠慮に開かれ、小さな人影が飛び込んできた。そのまま一直線に、なのはの元へ。

『おおお……?』

 べしっ、と、その頭部を掌で受け止める、なのは。

「あうっ……!?」

 その小さな人影は、ようやく動きを止めた。

 明るい栗色の髪の毛が、心地よい手触りを伝えてくる。

「むがむが……」

『……おや?』

 顔を塞ぐ形になっていた手をどかすと、紅と碧の目が、なのはの隻眼と合わさった。

「!」

『うっ……』

 途端、にこーっ、と、子供特有の、特に理由のない満面の笑顔を浮かべる。反面、なのはは顔を引きつらせた。

『はやて。これは。何』

「その子供が、目を覚まして早々、お前を探して大騒ぎをしたそうだ」

「泣いて、暴れて、点滴を引っこ抜こうとして、大変だったんです……」

 疲労を滲ませるシャッハ。

「たいへんなのは、それを宥めすかして隊舎まで連れてきたわたしです! 労ってください!」

 クタクタになったフィアットが、声を高くした。

「あー、はいはい。ご苦労だったな。下がっていいぞ煩いから」

 しっしっ……と手を払う動作をするはやて。

「こ、このクサレ部隊長……!」

 懐に手をやり……しかし、子供の手前、それを歯ぎしりと共に自重した。

「はぁ、ふぅ……も、申し訳ありません、主……」

 息を乱したリーゼが、横に目をやると……

 

「……」

 額に当てられた手にしがみつき、抱きかかえようとする子供。

『……』

 困惑しながら、するすると腕を引き抜いて距離を取るなのは。

「……!」

 がっしりと袖をつかみ、強く引き寄せようとする子供。

『……!? ――……!?』

 見せたことも無いような弱気な顔をして、狼狽する。

 振り払えばいいのか、しかし子供相手にそれは如何なものか、しかし、しかし……と、思考が目に見えるようである。

 

 そして。

 

「あっ……!?」

『……!』

 

――しゅぱっ!!

 

『それでは訓練があるのでこれで』

 なのはは、タイミングを見計らって袖を引き抜き、執務室から脱兎のごとく逃げ出した。

「……逃げたな」

「……逃げましたね」

「……逃げましたねぇ」

「……逃げたようです」

 ……いちいち、状況を確認しあう一同。その四人の視線は、残された子供へと集まる。

 手がすっぽ抜けたままで固まり、なのはが逃げて行ったドアを呆然と眺め……

「…………ふぇ、」

 目の端に、ぷくりと涙が浮かぶ。そして……

 

「ふぇえええええええええええええんっ!!!!」

 

 ……子供特有の、遠慮呵責のない大泣きを始めるのだった。

「ぎゃー!! 何とかしろー!」

 はやてが悲鳴を上げ、シャッハが宥めにかかり、フィアットはソファにぐったりと倒れ、リーゼははやての近くでオロオロするばかり。

 実に混乱の様相を呈している執務室から、なのはは一目散に遠ざかるのだった。

 

 

「あの、教官」

 訓練の合間、スバルがなのはに話しかけた。

「今日の訓練は、ヴィータ教官が行う筈じゃ……」

『予定が変わっただけです』

「あー……それって、例の保護された子供がらみですか?」

『どこでその話を……』

 ギクッとするなのは。傍から、ティアナも交じる。

「今日は、その話で持ちきりですよ?」

「そうそう。なんか、教官にやたら懐いてるって」

『それは、危機的状況下での刷り込みです』

 スバルもまた、同じく危機的状況下で同様の経験をしているのだが……口には出さないでおいた。

「でも、懐かれてるんですよね?」

「なんで逃げちゃったんですか?」

「「構ってあげればいいのに」」

 こんな時にも息ピッタリの二人を前に、なのはは……観念したようだ。

『それは……それは……うぅむ……』

うんうんと唸り、言葉を選び……

 

『――――――私は、子供が苦手なんです』

 

 ……意外な弱点を露呈した。

 気恥ずかしさを隠すように、煙草を咥える。

『自分で言うのも何ですが、私は手の掛からない子供でしたし…………感情のままに振る舞う、といったことも、数えるほどしかありませんでした』

「……例えば?」

 ふぅ……と紫煙を吐き出す。

『肉親に広域衝撃波をぶつけた程度ですよ』

「………………」

 だめだ、何の参考にもならない……と諦める。

『……だから、子供の考えは分かりませんし、何を求めているのかも分からないんです』

 何を求められているのかわからない。しかし、寄ってくる。何を求められているのか、何をすればいいのか、見当がつかず……逃げた。

『適任のフェイトは、どこかへ出張していますし……はぁ……』

 気苦労をしていそうだった。

「なのはさん」

『帰りたくない……ガレージで寝ようかな……寝袋あるし』

「なのはさん、ってば」

『あ……はい、何ですかティアナ』

「あの子自身のことは、どう思っているんですか?」

 なのはは、漠然と、『子供は』苦手……と言った。しかし……あの子、個人のことについては、何も言っていない。なのはは、虚を突かれたように黙り込む。

『子供は、苦手、です。苦手、ですが……嫌い、というわけでは、ないのです』

 ぶつぶつと、考えをまとめながら、拙く話す。ここまで言いよどむなのはを見るのは、二人は初めてだった。

 

『好いてくれていることは……その…………正直、嬉しく思いますよ』

 

 一目で分かるほどに赤面し、照れ隠しにそっぽを向いた……

「ほうほう、そうかそうか」

 ……その先に、ニヤついたはやてと、その一味がいた。

『ぅぇげっ!?』

 変な悲鳴を人工声帯が広い、更に奇妙な悲鳴になった。

「ほれ……行って来い……」

 はやては、ストレスにひきつった笑みを浮かべ、女児を送り出す。

 

「みつけたー!」

『げっ……!?』

 その一団の中から、一際小さな少女が飛び出してきて、なのはに抱き着いた。今度は遮らず、抱き着かれるまま。少女は、頭をなのはの腹辺りに当て、ぐりぐりと押し付ける。

「あったかーい!」

 なのはは、諦めたようにため息をつき、生身の方の右腕で、少女の背中をぽんぽん、と叩く。

『はぁ……こんな女の、何が良いっていうんですか……?』

「こんな女、って……」

 スバルが、困惑を浮かべるのにも気づかない。

 

「かわった匂いがするー」

『あー……コレですか。……子供にはキツいですよね』

 なのはは、まだ8割がた残っていた煙草を、携帯灰皿に捨てた。

 ぱっと顔を挙げる少女。その打算の無い笑顔に、なのははつられて笑いそうになり、表情を引き締める。

 

「あなたは、『なのはさん』!!」

 

 どうやら、誰かから名前を聞いたらしい。大発見! とでも言いたげで、得意げだ。

『……はい、そうです。なのはさんですよ』

「なのはさん! やったー!」

 万歳、と手を大きく広げる。

『あなたの名前は?』

「え? なまえ? うーんとね……」

 背後の方で、はやてが、『それで分かったら苦労しねーよ』とでも言いたそうだ。

 しかし、栗毛の少女は、虚空を見据えて……

「えっと……お、リ、ヴィ……え……?」

 

――瞬間、シャッハが、驚愕に目を見開いた。

 

「いや、えっと……そうじゃなくて、り、ヴィ、オ……いや」

 しかし、少女の言い間違いだと分かり、平素に戻る。

「ヴィ、ヴィオ……うん! そうだ!」

 やがて、得心いったように、頷いた。

 

「わたしは、ヴィヴィオ!」

 

 ……少女は、そう名乗った。

『変わった名前ですね』

「そう? でも、ヴィヴィオだよ?」

『そうですね、ヴィヴィオ』

「そしてあなたは、なのはさん!」

 なのはは、ヴィヴィオの前にしゃがみ込み、目線の高さを合わせてやった。

『はい、二度目の正解です。ヴィヴィオはお利口ですね』

「おりこうさんなの!」

 その、成立しているのか、いないのかよく分からない会話を続けて……なのはは、ハッ! と背後から漂う気配を察知した。

 

 はやて、シャッハ、スバル、ティアナが……ニヤニヤニヤニヤと、とてもいやらしい笑みを浮かべていた。

『なっ……何を見ているのですか!!』

 またしても赤面してしまうなのは。

「お前、根本的に世話好きなんだよなぁ……」

「とても優しい顔をしていらっしゃいました」

 はやてとシャッハが、ウンウンと頷く。わざとやっているだろう。特にはやて。

 

 ぎゃーぎゃーとじゃれ始める三人を尻目に、ティアナとスバルは、訓練へと戻って行った。

「……うーん」

 そのさなか、スバルは首を傾げて何かを考えていた。

「……アンタまたくだらないこと考えてるんでしょう」

 付き合いも長くなってきたティアナは、それを察した。

「うーん…………」

「思いつきもいいけど、それで勝手に行動するのは勘弁してよね。フォローする私の身にもなってよ」

「うーん…………あ。」

「何よ」

 ぴこん、と閃いたっぽいスバル。ティアナは、諦め半分で聞き返す。

 

「ティア! ―――お風呂だよ!!」

 

 ……相変わらず、この相棒の考えは読めなかった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

――高町教官と、お風呂に入ろう!

 

 ……そんなことを言い出したスバルを、ティアナは諦めを通り越した無我の境地で眺めていた。

「……一応聞くけど、何で?」

「よくぞ聞いてくれました!」「近い」

 ずずいっ、と顔を近づけてきたスバルを、無碍に押しのけるティアナ。それにめげず、頬を紅潮させながらべらべらとしゃべり始める。

「高町教官って、キレイな人だよね」

「そうね。顔の造りが良いってだけじゃないわ」

 煌びやかではないが、路傍の石とは比べるまでも無い。眼帯や傷痕があっても、損なわれない美しさがある。これは、男性、女性の隊士を問わず、共通の認識だ。

「姿勢だってシャンとしてるし」

「そうね。作法や立ち振る舞いも心得ているわ」

 無愛想ではあるが、ガサツなわけではない。背筋は常にピンと伸びていて、見苦しい動作を取っている姿など、見たことが無い。悪癖のタバコを吸う姿さえ、サマになっているほどだ。

「なのに……教官……」

 しゅん、と俯くスバル。その言わんとしていることは、ティアナも何となく分かった。

 

――『こんな私』が、どうこう言う問題でも無いでしょう

 

――『こんな女』の、何が良いって言うんですか

 

 

――――『こんな』

 

 

 ……それは、嫌味のような謙遜ではなく、心底、自分を卑下している言葉だ。

 なのはの自己評価の低さは、はっきりいって過小評価である。それを、改めさせたい……というのが、スバルの話らしかった。

「……で、出した結論が、『風呂』……?」

「うんっ!」

 なぜそこに飛んだ。スバルの発想は、たまにぶっ飛んでいる。

「……まぁ、教官が頷くとは思えないけど。誘ってみれば?」

 とりあえず、自分に被害は及ばないだろうと考えるティアナだったが、やはりそうはいかない。

「ティアからも誘ってよ」

「……おやすみ」

 ベッドにもぐりこみ、シャットアウトする。

「寝ないでよー!」

スバルは、馬鹿力でシーツを引っぺがす。

「何で私までつき合わされなくちゃいけないのよ! 一人で行って来い!」

「だ、だって、だってー!! ティアの方が教官と仲良いじゃん!! 名前で呼び合う仲でしょー!?」

 仲がいいのと、スバルの思いつきにつき合わされるのは、別問題だと思われる。

 

「一生のお願いだよ、ティア―!!」

 

「だから、お前は何度の『一生』を生きてるんだーっ!?」

 

 ……このやり取りも、何度目か。オチまで想像できてしまうティアナだった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

――コンコン

 

 21:00過ぎ。なのはの部屋のドアがノックされた。

『……む』

 ドアを開けると、やや緊張した表情のスバルと……なのはに対する申し訳なさ半分、スバルへの諦め半分といった顔のティアナが連れ立っていた。

「あれ……ヴィヴィオは?」

 ティアナが部屋を覗くが、例のヴィヴィオはいなかった。

『ああ。……一応、まだ検査が残っていますので、病院へ戻りました』

 駄々をこねて帰ろうとしなかったヴィヴィオだったが、なのはに説得され……『また今度遊びに来る』という条件で、渋々帰って行ったのだ。

 

『それで……二人とも、どうかしましたか?』

「…………」「…………」

 スバルは、ちらちらとティアナへと目配せをし、ティアナは、早くしろと言いたげに顎で指す。

「あ……あのっ、教官!」

『はい』

 スバルが、上ずった声でようやく言った。

「お、おおお、お、」

 緊張しすぎてどもっている。

『お?』

 怪訝な顔をする。

 

「お風呂っ! 一緒にっ! 入りませんかっ!?」

 

 腹から声を出し、明瞭に聞こえる声を上げた。

『…………』(どういうこと?)

「…………」(すみません。ホントーにすみません)

 なのはとティアナは、アイコンタクトで意思の疎通を図った。

 その間、スバルは直立不動でなのはの返答を待っていた。

 

『残念ですが、それはできません』

 

 返ってきたのは、断りの言葉だった。当然と言えば、当然である。

「え、えええ~……」

 スバルは、決死の誘いが断られ、二の句が継げない。

 そんなスバルに、なのはは仕方がなさそうに説明を始めた。

『私の身体のことは、ある程度は知っていますね?』

「……はい」

 左半身に残る、痛々しい傷痕。

『生活用の義手は防水仕様ですが、精密機器ですので、蒸気が入り込むと不具合が起きる可能性があります。なので、入浴の際には……どうしても、義手を取り外す必要があるのです』

「は、はい……」

 部屋に備え付けのユニットバスならば、別段問題は無いのだが……他人の目のある大浴場では、そうはいかない。

 無神経すぎた……と、自省しようとするスバルだったのだが……

 

『――好き好んで、そんな無様な姿を見せたがる者は無いでしょう』

 

 その一言に、プッツンと――切れた。

「無様なんかじゃありません!」

『…………』

 呆気にとられるなのはの左手を、スバルは思いっきり掴んだ。

「腕の一本が作り物だろうと、生身だろうと……なのはさんは、なのはさんです! 無様とか、そんなのはウソです!」

『……』

 場の勢いで、スバルも『なのはさん』呼びになっていたのだが……誰も気づかない。

「腕の一本や二本が何ですか! なのはさんは、私とギン姉の命の恩人で……大事な教官なんです!」

 あの薄暗がりを切り裂いた、白銀の光。それを携えた女性は、スバルにとっては、恩人であり、憧れであり……目標だ。

 その目標が、不当に卑下されているなどと……それがたとえ、その本人自身によるものだとしても、許せる筈が無かった。

『一本や二本て……そんなこと言って、見たら絶対に後悔しますよ!? ドン引きですよ!? 生身からアタッチメントが生えてるんですよ!?』

「そんなこと言ったら、全身サイボーグな私やギン姉はどうなるっていうんですか!? ギン姉なんか、腕がドリルなんですよ、ドリル! それに比べたら可愛いもんです!」

 ……放っておいてやれ。

『そ、それとこれとは話が……ティアナ、ティアナ! 何とかしなさい!』

 ここは、コンビパートナーのティアナの役割。そう思い声をかけたのだが……

「……それじゃ、行きましょうかなのはさん。大浴場へ」

『ティアナ、なぜ!?』

 ……実は、なのはを慕っているティアナである。スバル同様……自分を卑下するなのはには……正直。

「あのー……正直、イラッとしました。なのはさんみたいな美人が、自分を『無様』とか……え、なに、世の女性の大半にケンカ売ってるの? みたいな……うん。許せませんね。というわけで風呂です」

 ……更に、なのはに追い打ちをかける事態が。

ざわざわと、騒ぎを聞きつけた女性局員たちが、部屋から顔を覗かせてきた。

「あら? どうかしまして?」

 その中には、セリカも含まれている。

「ああセリカ、丁度いいわ。……今からなのはさんと大浴場に行くから、着いて来て」

 セリカは、目を輝かせた。

「まぁ、教官と、裸の付き合いですのね!? 是非是非、お供させていただきますわ!」

「あ、あたしも!」「うちも!」

 そんなセリカに同調するように、他にも幾人かの局員たちが、同伴を求めた。

 

『ひぃーーーーー!!?』

 

 迫りくる恐怖に、引きつった悲鳴を上げるなのは。戦闘以外のアクシデントに、からっきし弱いという弱点は、克服できていないようだった。

 

――そして。

 

「はぁい、なのはさん、そろそろ諦めてくださいねぇ」

 ……騒ぎを納めにやってきたフィアットまでもが同調し、率先して場を取り仕切り始めたあたりで、なのはは諦めた。

 更衣室には、今やなのはとフィアットのみ。浴場からは、スバルたちの楽しげな会話が、浴室のタイルに反響して聞こえていた。

 人口声帯――実は精密機器――を外し、眼帯を外し……

「……」

 

――かち、かちゃ……かしゃん

 

 義手のラチェットを解除し、外した。

「うん……特に破損は無いようですねぇ。表面に保護クリームを塗るくらいでしょうか?」

フィアットが、義手を専用のケースに入れ、大事に棚に置く。

 

これで……、鎖で下げたレイジングハートと、頼りないバスタオルを纏うのみとなった。

「さ、入りますよ~、なのはさぁん」

「…………」ぐい。

 フィアットが手を引き、なのはが抵抗する。しかし、それは、本気で嫌がっているというよりは、むしろ……

「もう、拗ねなくたっていいじゃないですかぁ。スバルたちだって、何も憎くてやっているわけではないでしょうし」

 なのはは、抗議を目で訴えながらも……フィアットに手をひかれるまま、浴室へと入った。涙目である。

 

「…………」

 浴室の、洗い場へと案内される。

「あの……なのはさん、さっきは、その……」

 冷静になって、先ほどの行いを今更ながら自覚したのか、申し訳なさそうにスバルが寄ってきた。

「…………」

 なのはは、じろりと一瞥し……何かに気づいた。

 そう。人口声帯を外しているため、返事ができないのだ。

『いえ、構いませんよ』

 代弁したのは、レイジングハートだった。

『self‐support mode』

 

――ポウッ……、

 

 レイジングハートが、桜色に輝き……

『機能正常。』

 

――――そこに、成人女性が一人、忽然と姿を現していた。

 

 どこか作り物めいた美しさの、白磁の肌。金髪に、赤み掛かった色の瞳。

 白、金、赤……そのパーソナルカラーから連想されるのは、どう考えても……

「あ、レイジングハート」

 フィアットが、あっさりとその名を告げ……

 

「 「 「 「 「 「 え 」 」 」 」 」 」

 

 初めて対面する面々は、驚きに目を見開いて絶句した。

『お初にお目にかかります……というのも、奇妙なものですね』

 整った顔で、口だけが動いているような……表情筋の存在が感じられない動作で話す……レイジングハート。

 

『この姿では、初めまして。レイジングハートです』

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

『この形態は、戦闘以外のマスターの行動を補助するためのものです。なので、戦闘能力は皆無に等しい。処理能力を、義体の操作に充てているわけですからね』

 

 なのはの身体を、ボディソープを泡立たせたタオルで洗いながら、興味津々のスバルたちへ説明する。

「へぇー。でも、容量が圧迫されちゃうんじゃないの? インテリジェント型は、ただでさえAIの比率が大きいのに」

 ティアナの指摘に、レイジングハートが答える。

『一般的なデバイスと比べ、データ容量が大きく、かなりの余裕があるのです。なので、このような無茶ができます』

「なのはさんのお世話って、例えばどんな?」

『そうですね……こういった生活の補助や、デスクワークの補助を』

 スバルたちは、その姿を想像し……少し、笑った。

「でも、すごい発想だよね。デバイスが、人間の姿になって所有者を助けるなんて」

『先ほども申し上げましたが、私には、それが可能な能力がありましたし……何より』

「何より?」

 

『……あの大馬鹿野郎に、この手で、直に制裁を下したい、と考えました』

 

 ぐぐっ……と、憤然とした様子で拳を固めた。

( ( ( ( ( ( …………誰? ) ) ) ) ) )

 しかし、それを聞ける雰囲気でなかった。

「あのさー、レイジングハートのしゃべり方って、教官を参考にしてんのー?」

 局員の一人が、誰かが気にしていたことを聞いた。確かに、なのはの話し方と、レイジングハートの話し方はよく似ている。

 別に、マネをしているわけではないのだが……と、困惑する二人。

「あぁ、それはですねぇ~……」

フィアットが、のほほん、と間に入った。

「実は逆で、なのはさんが、知らず知らずのうちに、レイジングハートの口調に似てしまったんですよ」

 話す間も、レイジングハートは献身的に、なのはの身体を洗う。桶に張った湯で、石鹸を洗い流す。なのはの肌が、露わになった。

「…………」「……」「……」「……」

 それを、何故か凝視する部下たち。

「……?」

 何だろう、と思うなのは。最初に口火を切ったのは、やはりというか、スバルだった。

 

「なのはさん……やっぱり綺麗だな~」

 

「……ッ!?」

 ぎょっとした顔で、足元を滑らせるなのは。

『マスター。お気を付けて』

 危なげなくフォローするレイジングハート。念話で、なのはが通訳を命じる。

『……「何が綺麗なんだ」、と仰っています』

「え? いや、だって……均整取れてるし、肌もつやつやだし……」

『「傷痕だらけで、何が綺麗なものですか」……あの、マスター。通訳しておいて言うのも変ですが、そういった発言は……』

 なのはを諌めるレイジングハート。しかし……

 

「桜吹雪のようですわね」

 

 続くはセリカは、なんと、傷痕そのものを美しいと言ってのけた。

「サクラって、なに?」

「なのはさんの出身国では、ごくポピュラーな花ですの。春先に咲く、薄桃色の花で……風に舞う花弁を、『桜吹雪』と呼ぶんですのよ」

 細かな金属片が突き刺さった無数の傷痕は……確かに、見ようによってはそう見える。

 なのは本人が言うほど、醜いものではなかった。

「ああ~……分かる気がする」

 全員の視線を受け、レイジングハートの後ろに隠れるなのは。

『「見るな見るな見るな見るな」……マスター、落ち着いて』

 ……混乱しているようだった。

「それに、髪もサラサラだし」

「その髪色、天然ですよね? いいなぁ」

「ちょっと洗わせてくださいよ」

「あ。それならあたしも」

 何を思ったのか、自前のシャンプーを手に、なのはへと殺到した。

「シャンプーはこれ使いましょうよ。最近のお勧めで……」

「これなんてどう?」「んじゃ、こっちも」

 四方八方から、手が伸びてきて……

 

「――――――!!!」

 

 なのはは、声にならない悲鳴を上げた。

 

 

 両脇をフィアット、レイジングハートを置きガードを固めながら、なのはが湯船につかった。丹念に丹念に丹念にそれはもうクドいまでに丹念に手入れをされた髪の毛は、天使の輪が出来るほどに輝いている。

「…………………………………………………………………………………………………………………………」

 ……反面、なのは自身はぐったりと憔悴していた。

「おつかれさまでしたー」

 にこにこと、どこか嬉しそうなフィアット。

「スバルも、なのはさんを連れ出してくれて、ありがとうございます~」

『できるモード』ではなく、『のほほんモード』のフィアットだと、いい上下間の緩衝剤になる。

「ね? 誰も気にしてませんって」

「…………」

 スバルが、なのはの左半身を見て、言う。

 肩関節に、ボールジョイントのように接合されているアタッチメントは、確かに目立つ。

 しかし、そこは六課の面々である。

「ロケットパンチとかできるんですか?」

 ……目を輝かせてそんなことを聞いてくるのだ。

 実際、出来てしまうのだが。ワイヤーで射出して、巻き戻せる便利仕様で。

「機械整備用のマニピュレーターとかあるんですか? 無限関節レンチとか、無限関節ドライバーとか」

 ある。

「サバイバル用十徳義手とか言って、ナイフ、シャベル、バーナーとか」

 ある。

「応急医療用とか」

 ある。

 

「 「 「 すごーい! 」 」 」

 

 ……感性のズレた女子たちであった。

 なのはも、まさかウケるとは思っていなかったらしい。

「ああ、確か~……ほんの少しだけ、違和感があるんでしたっけ?」

 声帯を取り外したなのはに代わり、レイジングハートが代弁する。

『ええ。微妙にですが……左右のバランスが崩れている、と。摩耗した部品は、チェックした限りではありませんでした』

「う~ん……民生品ですし、そういった微妙なトラブルは…………、――――あ」

 と、何かに気付いたようだ。

 なのはと目線を合わせ、手で何かを測るように……

 

「――なのはさん、すこぉしだけ、背が伸びましたね」

 

 ……違和感の正体は、それだった。身長が伸びれば、手足の長さも変化する。生身と違い、自然に変化することのない義手が取り残され、違和感を発していたのだ。

「ふふ。そろそろ、背丈も抜かれてしまいますねぇ」

『……盲点でした』

「いえいえ~。なのはさんの成長を見守るのは、私の生きがいですから~」

 まるで母親である。

「あ、それ聞きたいと思ってたんです!」

 途端、またしてもなのはが取り囲まれる。

「小さい時のなのはさんって、すっごい可愛かったってホントですか!?」

 スバルかティアナが、はやての写真のことを言いふらしたらしい。

「いえいえ、今でもすっごい可愛いですよ~。9歳からですから……もう7年くらいでしょうか~?」

 なのはは、もう好きにしろ……とでも言うように目を閉じていた。

「昔から、わたしをあっちこっちに引っ張りまわして、連れまわして……大変でしたが、とても楽しい日々でした~」

「え、引っ張りまわすって……」「なのはさん、何歳の時……?」

 ……連れまわしていたというか、はやてとくっついていない時のフィアットがあまりにも頼りないので、手綱を握ってやっていたという方が正解なのだが。

「人見知りで、ぶっきらぼうな態度が誤解されちゃうのも、なのはさんの損なところですよ~」

「うん、わかるわかる」

「丁寧語だと、逆に怖いよね」

 自分についてあれやこれやと談義され、なのはは、照れくさいやら恥ずかしいやら。

が、不思議と、この場から抜け出そうとは思わず……

 

――ざぶんっ!

 

 ……照れ隠し代わりに、フィアットを湯船に蹴り込むのだった。

「あばばばばば……! ひ、ひどいですよぉ! なのはさぁん!」

 顔に張り付いた長い髪の毛をかき分け、抗議するフィアット。そっぽを向いて黙殺するなのは。

 完成された寸劇のようなやり取りに……陽気な笑いが起きる。

 

『はぁ……何年経っても、変わりませんね』

 

 レイジングハートは、『どこぞの誰か』とそっくりな……呆れた表情を浮かべた。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

翌日。今日も今日で、訓練である。

 昨日のリベンジなのか何なのか、なのはは、スバルとティアナにだけ、妙に意地の悪い課題を出し、締めの手合せで二人を纏めてボコっていた。

 ガッツンガッツンと容赦なく鉄拳を振り下ろす姿に、修羅を見た。

「容赦ねーな……」

 エリオは、引いていた。

「いーな、いーなー……昨日、たのしかったんだろーなー……ボクも混ざりたかったなー」

 指をくわえていじけるフェイトが、傍らのシグナムにチョップを喰らっていた。

 

 隊舎から、フィアットに車椅子を押され、はやてが出てきた。

 休憩も兼ねて集まるフォワードチーム。特に通達があるでもなく、単に気分転換で出てきただけのようだ。

 

――きっ。

 

 と、施設正門に、変哲のない乗用車が停まる。運転席を開けて出てきたのは、シャッハだ。後部座席からギンガが、続いて、ギンガに手を引かれるのは……

「あ、ヴィヴィオだ」

 スバルの言うとおり、ヴィヴィオだった。

『…………』

 なのはが、ヴィヴィオと目を合わせた途端、ヴィヴィオはギンガの手を振り切って、全速力で駆け寄ってきた。

「なのはさ~ん!!」

『そんなに急ぐと、転びますよ』

 忠告は、耳に入っていないようだ。そして、やはりというか、何というか。

 

――ずべっ。

 

 芝に足を取られ、盛大に顔面からスっ転んだ。

『……言わんこっちゃない』

 呆れ、全員で駆け寄る。

「いたたたた……!」

 ヴィヴィオが押さえた膝頭から……つうっ、と、真っ赤な血が滴る。ぎょっとして傷口を見ると、薄透明な、ガラス片のようなものが突き刺さっていた。

『昨日の清掃担当はどこの班ですか……!』

 悪態をつきながら、傷口を看る。

 大した怪我ではないとはいえ、結構な出血だ。適切に治療すれば、傷口も残らない程度だろう。しかし、子供のヴィヴィオには、いささか刺激が強い。

ああ、泣くだろうな……と、誰もが思っていたのだが……

「ん。だいじょーぶだいじょーぶ」

 ヴィヴィオは、あっけらかんとした表情だった。

 

 なのはが、怪我を甘く見るなと、それとなく注意しようとした。

 フェイトが、救急箱から消毒液とガーゼを取り出した。

 はやてが、フィアットに言って医務室に連絡させようとした。

 

 

――――その目の前で起きた現象は、信じ難く。

 

 

 

――――また、見慣れたモノだった。

 

 

 

傷口が、裂けた皮膚と肉が……能動的にガラス片を排出する。

『――――!!?』

「え……!?」「おい、これは……!?」

 フェイト、はやても、驚愕に固まる。

「だいじょーぶ、だいじょーぶなんだよ」

 

――――『ああ、大丈夫、大丈夫。このくらい』

 

 なのはの脳裏に、在りし日の『彼』の言葉が……最後の最後まで、改められることの無かった悪癖が、思い浮かべられる。

 

 ヴィヴィオに対して感じた、強烈な既視感。

 

――似ている。確かに、似ているのだ。

 

 異色の瞳にばかり気を取られていたが……顔立ち、鼻筋、目尻。

『彼』を思わせる要素が、そこかしこに見られた。

そして……なぜ、何故気が付かなかったのか。『彼』だけでは、無い。

 

 

 

――ヴィヴィオの、栗色の頭髪は……高町なのはと、同じ色だった。

 

 

 

「このくらい、ほっといても、すぐになおっちゃうんだ」

 組織が、互いを引き寄せ合うように、合わさり……傷口を、塞ぐ。

出血は、既に無い。それどころか、傷口の痕跡さえ、見いだせない。

 

 

 

――――『こんなもん、放っておけば治るから』

 

――笑い話でもするかのように、軽々しく、軽薄に。笑みさえ浮かべながら。

 

 その、自身をどこまでも、どこまでも軽率に。

傷を、痛みを……生命そのものを、冒涜的なまでに軽んじる言葉。

 聞きたくは無かった。口にして欲しくもなかった。

 

――だが、彼は繰り返すのだ。その言葉を、行為を。

 

 

「ヴィヴィオはね、」

 

 

――『俺は』

 

 

「――――――そういうふうに、できてるんだ」

 

『――――――そういう風に、出来てるんだ』

 

 

 

 なのはは、ヴィヴィオの肩を掴んだまま……凝視することしか、できなかった。

 

 

 

 

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