魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
――――同じ夢を、もう何度、見たのだろう。
「…………」
見渡す限りの草原に、丘陵。時折そよぐ風は、肌に心地よささえ感じさせるほど、リアルだ。
だけど、これが夢であるということは、わたし自身、よくわかっている。
なぜなら、これだけの草原だというのに、鳥の一羽はおろか、虫の一匹さえ、いないのだから。
――ちりん。
そして、いつもわたしは、丘陵へと向かって歩くのだ。
誰かが呼んでいる……と、いうわけではない。ただ、なんとなく、ぼんやりと……そこで、何かが待っているような気がするのだ。
――ちりん。
強烈に突き動かされるのではない。衝動に駆られるのでもない。
ただ……そこに行こうという、漠然とした指針が、わたしの中にあるのだ。
「…………」
さくさくと、足首あたりの高さの草を踏みしめながら、歩く。
――ちりん。
胸元に下げた首飾りが、足音に合わせて鳴る。
夢の中だというのに、これだけは、しっかりと現実と同じだ。
――ちりん。
そして……丘陵に着くと、そこにはいつも、純白のガーデンテーブルと、二つのチェアが置いてある。
これも、いつも通りのことだ。
「…………」
チェアの一つに、腰かける。
――この夢は、いつも『ここまで』だ。
椅子に座って、ただなんとなくぼんやりしていたり、景色を眺めているうちに、気付いたら朝になっていて、わたしは自室のベッドで目を覚ます。
「…………」
……あれ、おかしいぞ。
だいぶ経つのに、目が覚めない。
「?」
――ちりんっ。
ひときわ強く、首飾りが鳴る。そして。
「……っ!?」
びっくりしすぎて、のけ反ってしまった。
いつも空席の、向かいのチェアに、誰かが座っていた。
――……。
薄らぼんやりとした、光のモヤのような、ヒトの輪郭。女の子……だろうか。大きさは、わたしと同じくらい。
「……」
――……。
知らない子(?)だ。光のモヤの知り合いなんていない。オカルトもファンタジーも、漫画や小説の題材としては好きだけど、実在を信じているかどうかは別だ。
でも……何故だろう。親近感……? いや、それよりも、もっと、もっと近い……そう、敢えて言葉にするなら……
――肉親への、◆ ◆ ◆ ◆ 「……香。……美香」
「んぅ……?」
体を揺り動かされている。……うぅ、眠い。
「……」
お布団、あったかーい………………
――どむっ
「おぅっふ……!」
いきなり、頭がマットに着地。一気に目が覚めてしまった。
「え? ……え?」
寝起きで焦点の合わない目が……見知った顔と、なぜかその手にある枕に注がれる。
そうか、枕を引っこ抜いたのか。ひどいことをする。
「起きましたか、美香?」
いつもと変わらない、『くーる』な目と視線が合う。
「うー……起きたよぅ…………」
まったくもう……まだ七時半じゃないか。あと20分寝ていても、学校は八時半からだから、余裕で登校できるのに。
「おはようございます、美香」
第一ボタンまでしっかりと留められたブラウス。きちっと絞められたリボン。
寝癖まみれのわたしとは、えらい違いだ。
「おはよー……――シュテル」
私の一番の親友……シュテル・スタークス。名前の通り、日本人じゃないらしい。どこぞの国……ええと、オーストリアだか、リトアニアだか、そんな感じの国からの国費留学生。完全バイリンガル……じゃない、トライリンガルで、ものっそい頭のいい子です。
「でも、なんでシュテルが……? お姉ちゃんは?」
いつも私を起こしに来るのは、一周り以上、年の離れたお姉ちゃんのはず。
「美穂は早番です」
「そうだった……」
すっかり忘れてた。
「美穂がいなければ遅刻するでしょうから、鍵を預かっておいて正解でした」
「うん、ありがとー」
さて、準備準備―っと。ベッドのふちに足を下ろして……よい、しょっと。
よーし、ふらつかずに立てたぞ。
「…………」
いざという時のためなのか、傍でシュテルがスタンバイしていた。
「もう、だいじょーぶだってば。心配性だなぁ」
……うーん……いまいち現実感が無いんだけど、どうやら私は昔、足が不自由だったらしい。それはもう、動く動かないのレベルじゃなくて、感覚が死んでいるレベルで。
それが何故か、私には記憶が無く……でも、たまにバランスを崩して、何もないところで転ぶから、本当なのだと思う。
髪を櫛で整え、パジャマを脱ぎ、シュテルとおそろいのブラウスとリボンを着け、制服のスカートに足を通す。姿見で確認したけど、大丈夫。
「おまたせ!」
わたしの部屋は一階だから、部屋を出ればすぐにリビングだ。
「あ――おはよう、美香」
「おはよ、レヴィ!」
テーブルにお皿を並べていたレヴィ――――私の無二の親友、レヴィ・ラッセルが、美少女な笑みを浮かべる。うむ、カワイイ。さすが私の親友。
というか、レヴィまでいるということは、当然……
「あー、美香や。おはようさん」
台所に立っていた、エプロン姿のほんわかタヌキ……じゃなくって。
「ディアーチェ、朝ご飯作ってるの?」
私の大親友、ディアーチェ・K・クローディア。ミドルネームなんて、珍しいよね。
シュテル・レヴィと同じ国からの留学生だけど……なぜか、訛っている。『ニッポンに来る前に、がんばってお勉強したんよー』といって取り出したのは、お笑いDVD。なぜ止めなかった、シュテル。
「せやでー。今日のお味噌汁は、玉ねぎとトマトやー」
料理は、上手だけど独特だ。
四人でテーブルにつき、声を合わせて『いただきます』。
「お兄ちゃんは?」
「ヨシヒコさんなら、そろそろ」
――――ドルルル……キュッ。
噂をすれば、お兄ちゃんがバイクで帰ってきた。これまた一周りも年の離れた兄だ。
玄関先で、ヘルメットを置く音がして……お出迎えしようっと。
「ただいまー」
「おかえり、お兄ちゃん。あのね、今日、シュテルたちが来てるの」
作業着と空のお弁当箱を受け取る。作業着は洗濯機へ。空のお弁当箱を台所へ持っていく。
「……って、お前ら、来てたのか」
夜勤明けの、眠そうな顔だ。
「今日もお勤め、ご苦労様です」
シュテルが律儀に立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。
「ヨシヒコさん、ご飯はどうしますか?」
「まだいいや。シャワー浴びたいし」
きっと今日も、あちこちの現場に駆り出されてきたのだろう。職場にも寄らないで、まっすぐに帰ってきたようだ。
「さよかー。ほな、ちゃちゃっと浴びてサッパリしてきぃや。準備しとくで」
「悪いなー。助かるわ」
シュテルたちとの付き合いも長いから……お兄ちゃんにとっては、みんな妹みたいなものだ。
「ごちそうさま」
それじゃ、今日も学校へ行こうかな。
「お兄ちゃん、行ってくるねー!」
お風呂場から、おう、行ってこーい……と、やや適当な返事が返ってくるのを確認してから、家を出た。うちから中学校まで、徒歩で15分だ。
――にゃーご
あっ、そうだった。おまえもいたんだった。
真っ黒な毛並みの美しい、我が家の飼い猫。こうして毎朝、お見送りをしてくれる賢い仔だ。
「行ってきます――アーフィ」
「お嬢さんがた、おはよう」
…………凄まじく不審な風体の男が、朝日を浴びて佇んでいた。
白いスーツに蝶ネクタイ。白いシルクハット。手にはJ型ステッキ。口元には白いカイゼル髭。白いチャップリンみたい。
……やっぱり、浮いてる。霧の立ち込めるロンドンにでもいれば絵になるのだろうが、ここは日本の住宅街だ。
「あ、信吉さん。おはようございます」
レヴィの礼儀正しい挨拶に、相好を崩す。
周防信吉。通称、『信吉おじさん』。
――紳士である。
……だって、それ以外にどう言い表せばいいの。
「一応聞いておきますが、いつまでそうしているつもりですか?」
シュテルも、胡散臭そうにしていた。
「朝、学び舎へと向かう女児たちを見送ってから、下校する女児たちを見送るまでだが?」
――信吉おじさんは、末期のロリコンだった。
横断歩道を渡る女児あらば旗を持って誘導し、自主的に地域をパトロールをして防犯に努め(当然、本人が通報される)、区内の小学校を(アポ無しで)見学し、お巡りさんと熱い逃走劇を繰り広げる……一部では(どこのだろう)偉大なカリスマとして崇められている……というのを、小耳にはさんだことがある。
親御さんとお巡りさんから危険生物扱いされている一方、子供たちの間では、『愉快なおじさん』として有名だ。
「ふふ……安心するがいい。先達は、素晴らしい標語を残している。そう――
――YES! Lolita! NO touch!」
威風堂々と意味不明なことを宣言する信吉おじさん。
「あ。ちなみに君らは元々4年前の時点で範囲外なので、安心するように」
……年齢二けたは、既にアウトらしい。
――――ピー!!
「……!!」
係の吹いたホイッスルを合図に、クラウチングスタート。腕を振り、リズムに乗って、一歩一歩、確実に地面を蹴る!
「――……!」
100メートル、完走!
「レヴィ、タイムは?」
ストップウォッチを構えていたレヴィに確認。
「15.52秒、だよ」
「そっかー……」
まだ、14秒台は遠いなぁ。
ちなみにわたしとレヴィは、陸上部に所属している。
意外に思われるかもしれないが、わたしは、走ることが好きだ。
まともに歩くこともできなかった幼少期の反動……も、あるんだろうけど。
風を切って走ることは、単純に気持ちが良くて好きだった。
よく転ぶから、レヴィには心配かけちゃってるけど。転ぶせいで、まともに大会に出れないけど、それでも、トラックを使ってのびのび走れるこの部活は、私の性に合っていた。
よぅっし、あと一本!
…………。
「調子乗った結果がこれだよ……」
練習後、わたしは、保健室で膝の手当てを受けていた。すりむけはしなかったが、青く内出血をしている。
「ふぅ……柳瀬さん。あなたもすっかり常連さんねぇ」
保険医のおばちゃんとも、すっかり仲良し。
「美香、大丈夫?」
レヴィが、着替えを持ってきてくれた。
「大丈夫? 立てる?」
「あはは、大げさだなー。ちょっと転んだだけだって」
カーテンで仕切り、制服に着替える。
「石田先生の診察、次はいつだっけ?」
「んー……あ。明日だった!」
「忘れちゃだめだよー」
診察というよりは、茶飲み話みたいなもんだけどね。
おばちゃんにお礼を言い、校門の辺りまで行くと、シュテルとディアーチェが待っていてくれた。
「それでは、帰りましょうか。……おや」
シュテルが、めざとく私の膝へ視線を注ぐ。
「ご、ごめんなさい……私がついていながら……」
「レヴィの謝ることじゃないよー」
シュテルが、呆れた顔をする。
「まったく、美香は……腕白少年でもあるまいし、乙女が生傷ばかり作るものではありませんよ?」
「はぁい」
あーあ、またお説教されちゃった。
「ほな、痛いの痛いの、飛んでけー」
ディアーチェが、私の膝を優しく撫でさする。鈍い痛みが、徐々に引いていく……ような、気がした。
家の前でシュテルたちと別れ……家に入る。
「お姉ちゃん、ただいま」
お姉ちゃんは、リビングで夕ご飯の用意をしていた。
「お帰りなさい、美香。今朝はごめんなさいね」
「大丈夫。シュテルがちゃんと起こしてくれたよ。……あ。これ、新しい本?」
テーブルの上には、真新しい文庫本が何冊か置いてあった。
「読んでいい?」
「ええ、いいわよ。もうわたしは読み終わったから……」
さっすが、早いなぁ。
それじゃ、夕ご飯まで読んでいようかな。
制服をハンガーに掛け、部屋着に着替え……
「ただいま」
机の上に置いていた首飾りを、着ける。これが無いと落ち着かないけど……さすがに、学校には持っていけないもんね。
――ちりん。
首飾りとは、別の音。
見れば、いつの間にかアーフィが、椅子の足元に寄って来ていた。
……どうやってドア開けたんだろう。
「あなたもいっしょに読む?」
ぽんぽん、と膝をたたいてやると、アーフィは素直に飛び乗ってきた。
「…………」
膝の上で、ごろごろと喉を鳴らすアーフィが落ち着いてから、ページをめくる。
――ちりん。
私の、大事な首飾り。
「…………」
気付いた時には、傍らに在った。一対の翼が、紅い宝石の原石を囲い込むような形の、凝った細工の首飾り。
大事な、大事な……贈り物。
「……え?」
『贈り物』……?
誰から……? お兄ちゃん? お姉ちゃん?
……違う。じゃあ、シュテルたち? ……いや、違う。――違う!
――――にゃーご!
アーフィが強く鳴いているけど、今はそれどころじゃない!
「……!」
頭の中、記憶の奥底。
そうだ、そうだった。これは、贈り物だった。誰から……いや、違う。知っている。知っているのに、思い出せない!
「う……!!」
ずきん……と、頭痛に似た痛みと共に……一つのイメージが、脳裏に浮かんだ。ノイズだらけの……断片的な、イメージ。
夕焼け。小さな私に、首飾りを掛けてくれた、優しい両手。そして……
――すべて、忘れなさい。×のことも、××のことも
別離の、言葉。
「い、た……!」
忘れたくない。忘れたなかった筈だ。なのに……思い出せない。
――××××の名のもとに、汝に、輝く未来を――――
その思い出が……『痛かった』ことだけが、はっきりと……
――ちりんっ。
鈴の音のような首飾りの音。
「…………え?」
痛みが、嘘のように消え去り……私は、意識を失った。
◆ ◆ ◆ ◆
ロングコートのような衣服をまとった男性が、丘から町を見下ろしていた。
「――あのあたりか?」
『ああ、間違いない』『少なくとも、AAAクラスの反応だった』
彼にしか聞こえない返答を、確かめる。
「魔法知識ゼロの、高魔力保持者……クスリで洗脳するなり、売り飛ばすなり……クク、美味しい商売だ」
卑しい笑みを浮かべる男。
彼らは、こうした『商売』を常習的に行う、非合法の魔導師集団だった。
その彼らは先ほど、『狩場』としていた町に、高い魔力反応が検出されたことを知った。
「結構は迅速に。退却は速やかに」
『ラジャ』『行くぜ』
一人売り飛ばせば……尚且つ、それが『女』だった場合は……
「クククッ……」
相手は、無知で無力な小鹿。対して彼らは、無敵のライオン。
失敗などあり得ない。隠密性を重視した結界を展開し、自らもまた、その中に紛れる。
「クク……おい。味見でもしてみるか?」
『おっ、いいねぇ。丁度、ご無沙汰だったところだ』
「未開の土人が相手ってのも何だが……まぁ、我慢してやろうぜ?」
『ははっ。違いねぇ! なぁオイ、お前も黙ってないで調教プラン出せよ。……あ、でも、前みたいなのはナシな!』
「前ってぇと……ああ、アレか。無理やりブチ込んだら、加減間違えて裂けちまったやつ! たしかにありゃあカンベンだな! 使いもんにならねぇ!」
『ぎゃはははは! ……なぁオイ。 …………オイ?』
「? ……どうしたんだ、あいつ」
三人目が、会話から消えた。
「……ま、通信範囲から抜けちまったんだろ。目標地点は通達してあるし、先に行こうぜ」
家々の屋根を無音で飛び伝いながら……先ほどの高魔力反応を示した民家へ。
着地をしようと、足を
――――――ズシャッ!
「あぐっ!?」
無様に転ぶ。
「くそっ、何だ……!?」
術式の制御は完璧だったはずだと、男が何の気なしに、自分の足元を確認……できなかった。
――己の両足。その、ふくらはぎから下が、ブスブスと煙を上げ、炭化していた。
「…………。――――ヒッ!?」
思考が、現実に追いついた。
「あ、ああああああーーーーー!! あああああー! あああああああーーーーー!!」
遅れてやってきた、痛み。地面を這い回り、絶叫を繰り返す。
「――――――――」
シュテルの……月よりも怜悧な、一切の慈悲を感じさせない蒼い瞳が、男を見下ろしていた。
「がぁああああああ! うがぁああああああああ……、、!!」
這い回る男に、シュテルは、砲口を向ける。
「――――『ルベライト』」
淡々とした指示。男の四肢を、赤熱した鋼のような魔力の輪が締め上げる。
――ジュウウウウウウウウウウウッ…………!!!!!
火炎の属性を伴った拘束魔法は、男の四肢を、容赦のない高温で焼いていく。
「…………!!!」
あまりの苦痛に、声さえ枯れ果て、白目をむいて失禁する男。
――――バスッ!!
射撃魔法が、男の両目、両耳、鼻を抉る。四肢は付け根まで炭化し、傷口は焼き潰されているため、失血死さえ許されない。
「奪う価値も無い命だけは預けましょう。寛大なる我が王に、感謝なさい」
――――グシャッ!!
「…………ォぐ!」
苦悶ではない。ただの反射として、声が出る。
「グゥーーーーーー……! ウムゥーーーーーーーーーーー……!!!」
……血だまりの中、辛うじてヒト型の体裁を保っている男が、呻く。
しかし、四肢は既に関節を幾重にも増設され、胴体は裂果したトマトのように裂け、顔面は潰れ、眼球が飛び出していた。
「次は、上空25メートルです」
ゴミのように片手で男の首を掴み、浮上するレヴィ。
言葉通り、上空25メートルでぴたりと静止。そして……ぱっ、と、手を離す。
――ドチャッ……!!
……眼下の血溜まりの中へ、再度落下する。裂けた胴体からは内臓がはみ出し、新たな血溜まりを生む。
「では次は30メートル……さすがに死にますか? ……ああ、殺したら駄目なんでした。命拾いしましたね?」
「――――何しようとしてたん?」
ディアーチェが、ゴムボールのようなものを手で弄びながら、磔になった男に、聞いた。
「――――やめ、 ――返……」
「質問には答えんとアカンなぁ?」
――ぎゅむっ。
その赤黒いゴムボールのようなものを握る。
「アンタら……うちの可愛い可愛い美香に、何しようとしてたん? えぇ?」
「――――――!!!」
男は、打ち上げられた魚のように口をパクパクと開ける。
「なんや、答えん気かいな? 強情やねぇ……ならエイッ、や」
――――さくっ
「ゴぉォおおおおおおおおおおーーーーーーーー…………!!」
……磔にされた男の胴体から、青黒っぽい塊を切り取った。
「これで、残っとるんは肺と、肝臓の半分、それに膵臓かいな? ……はよ答えんと、大変なことになってまうで? ん?」
――ぎゅむっ。ぎゅむっ。
ディアーチェが手にしたモノを握るたび、男の身体が、面白いように痙攣する。
「、え、ひて……ひゅ……、か、え、ひて…………、かえして……」
「だーかーら、アンタらが美香に何しようとしてたんか、答えてくれんと返せへんって」
――――男の心臓を弄びながら、ディアーチェは張り付いた笑みを見せていた。
「…………もうええわ。バイバーイ、やね」
――ぎゅうううううううっ……!
心臓を握る手に、力を込める。
ぶしゃあぁっ……と、男が小便を吹き出す。
心臓が、握りつぶされる寸前……
「………………なんてな」
ぱっ……と離す。
「んー……止血は完璧やね」
がらんどうになった男の胴体。しかし、心臓は弱弱しくも鼓動を刻んでいた。
「よし、殺しとらへん! お姉ぇとの約束、ばっちり守ったで!」
「――んで、こいつらこれだけなん?」
集合した三人が、半死人を前に話し合う。
「吐かせた限りの仲間の所在は、ここにいるだけだったよ」
「ええ。武装の規模からいって、少人数のブローカーでしょう。……ただ、最近、こういった手合いが異常に多いのが気になりますね」
今月に入って、既に4回目。毎回毎回、こういった小物たちだけとはいえ、こうも続くと、何かの意図を感じざるを得ない。
小規模な結界を展開し、三人を纏めてその中へ……と、その最中。
「――――だめや。生ぬるいで」
ディアーチェが突如、半死人たちの前へ歩み出る。
「そろそろ、うっとうしいゴミどもには、見せしめが必要や。どうせなら……とびっきり、上等なカカシになってもらわんとなぁ?」
槍を振りかぶり、術式を……
「――――とりあえず、心筋を『随意筋』に変換したろ」
えげつない追い打ちを加えようとするディアーチェ。
十字槍を中心に、術式が展開し……
――すこんっ
そんな軽い音と共に、術式が消滅した。
ディアーチェが十字槍を確認すると、そこには、銀色のクナイのようなものが刺さっていた。
「……アンタかいな」
煩わしげに振り返る。
「やっほー。いい夜だネ?」
じゃらっ……と、アクセサリーを鳴らしながら、暗闇から現れる。
「奈々。ずっと監視していたのですか?」
「うんにゃ。美香っちの方で『予兆』があったから、様子見に。こっちはオマケだよん」
道化じみた立ち振る舞い。しかし……隙が無い。
「…………」
光刃を構えるレヴィ。
「やめておきなさい。勝てる相手ではありません」
シュテルの断言により、退いた。
「んん、さっすがシュテルん。話が分かるゥー!」
ぴょんっ、と半死人たちの前にしゃがみ込む。
「えー、ここにありますのは何の変哲のないマントでござーい」
銀色の……恐らくは、銀繊維を織り込んでいる布を、被せる。
「はい、それではご唱和ください。あ、ワン、ツー……スリー!!」
ばさっ、と布をはぎ取ると……
「あ、あれ……?」
三人の男たちは、五体満足で目をぱちくりとさせていた。
まるで、夢から醒めたように。
「な――」
これには、さすがのシュテルも目を剥く。
唯一、気付けたのはディアーチェだけだった。
「い、因果律操作……!? マジモンの『魔法』やないか……!」
「んっふっふ。だーかーら、『手品』だってば」
銀のマントで作った不可視領域を疑似的な『世界』と定義して、その領域内でのみ、『世界の管理者=神』としての権能を行使する。奈々が行ったのは、そうした『手品』だった。
……『魔法』に見せかけるという意味では、それは正しく『手品』なのだろう。
「た、助かっ――!?」
「――――た、とでも思った?」
奈々の手から、銀色の栞が飛び、男たちの額に張り付いた。
「あ――」
ぐりんっ……と目を剥いて痙攣し始めた。口の端からはだらだらと涎が垂れ、白痴の様相。
「――何をしたのですか?」
諦観と共に聞いてくるレヴィ。聞くだけ無駄かと思うが……
「『嘘をつけない正直者』にしてあげたんだヨ。何でもおしゃべりしてくれるヨー?」
……何らかの精神操作を行ったらしい。きっと、死ぬまで解けない類の。
「生ぬるい言うとるやろ! ジャマすんなや!」
ディアーチェが、シュテルの静止を振り切って十字槍を振りかぶる。
「奈々ちゃんは、子供が大好きだけど……」
――むんずっ。
「ぁひぃっ……!?」
……ディアーチェを、いつのまにか背後から抱きすくめる奈々。
「――乱暴者は、キライだヨー?」
すすすっ……と、顎のラインを奈々の冷たい手がなぞる。
――――勝てない。
シュテル、レヴィは、戦慄と共に、悟った。
「お? ……お? ディアーチェ、ちょっとおっぱいおっきくなった?」
「んなーーーーーーーーーーー!?」
「にょほほほほ……! よいではないかよいではないかー!」
「あー! やめぇーーー!!」
……セクハラ三昧だが。
「奈々、美香の方は」
「悪くは無いんだけど、よくも無く……うゥむ、中卒奈々ちゃんの語彙では、説明が難しいヨー」
とにかく、美香の身に、好ましくない事態が起きたらしい。
「――いや、喜ばしいって言った方が、近いかもしれないヨ」
「……?」
奈々の思考は独特すぎて、理解が難しい。
しかし……アーフィエルが着いているのなら、問題は無いだろう。
『それじゃ、おうちで待ってるよーん』
奈々がそう言い残し現場を去り、管理局がやってくること察知した三人は、家路についていた。
「ひっく、ひっく……もうお嫁さん行けへん……」
さめざめと涙を流すディアーチェを、慰めながら。
この上官は、なぜこうも締まらないのだろう……と心中でぼやいているうちに、三人は拠点……二階建てアパートの一室に、たどり着いた。
――するり、と。
闇夜の中から、青白い人影が出現した。
「…………」
病的に白い肌。膝までありそうな、絹糸のような黒髪。
白いワンピースに身を包んだ女性は、茫洋とした目で、シュテルたちを捉えた。
「……………………」
「ふ、ふぇーん! 朧ぉー!!」
ディアーチェが、ワンピースの女性――どうやら、朧というらしい――の胸に、まっすぐに飛び込んでいった。
「……?」
――どうしたの、言ってごらん?
「奈々が、奈々がぁ……!」
「……。 ……。」
――そう、奈々がそんなことを。ひどいわね
「朧からも怒ったってぇな!」
「…………。」
――大丈夫よ。奈々にはキツく言っておくから。
「ほんまに? 頼むで?」
「……。 …………。」
――ええ。さぁ、顔を拭いて。可愛い顔が台無しだわ
すっと差し出された絹のハンカチでぐしぐしと顔を拭く。
「……」
ちなみにこの間、朧は一言も言語を発していない。
ディーアチェなど、一部、波長の合う物だけが、朧の意思を汲み取れるようだ。
……心優しい女性であることは、間違いないのだが。
◆ ◆ ◆ ◆
気付いたら、地平線まで続く草原に倒れ伏していた。
ああ、ここが天国か……
「…………!」
――じゃ、なくて!
またあの夢の続きだ。
わたしは、ちくちくとした草の感触を確かめながら、顔を上げる。
今日は……最初から、丘陵……?
初めてだ、こんなこと。愛用のチェアに腰かけ……
『…………………………』
……そして、向かいのチェアに腰かける少女と、顔を突き合わせる。
この間より、さらに輪郭がはっきりとしていて……もう、普通の人間と変わらない。
髪質は、ふわふわのウェーブヘア。髪も、瞳も、薄い金色。綺麗だけど、ありえない色。
でも。
――その子は、わたしとよく『似ていた』。
瓜二つ、というわけでもない。私の髪質は直毛で、黒髪だ。瞳も黒い。
純日本人の私と、目の前のエキゾチックな女の子は、似ても似つかない。
だけど……もっと深い、深層の部分で、私たちは、『似ていた』。
『…………………………』
「あなたは………………」
黄金の瞳が、わたしを見据えて――――――
◆ ◆ ◆ ◆
あの後わたしは、机に突っ伏したままの姿でお姉ちゃんに発見され、大いに心配された。
「美香、大丈夫? 部活の練習、そんなに厳しいの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……疲れてるのかなぁ……?」
朝食のパンをもそもそと食べながら、首を傾げる。
「今日は、石田先生の診察日でしょう? 話、聞いてもらったら?」
「うん……そうするね」
石田先生と会うのも、一か月ぶりだ。
部活を終えてから、市内の病院へ足を進める。
「…………」
足。私の、足。
今もこうして、しっかりと地面を踏みしめて、前に進めている。
「…………」
感触も、ちゃんとある。ジャンプだってできる。
これが、昔はピクリとも動かなかっただなんて、嘘みたいだ。
――――汝に、輝く未来を――
「…………!?」
ぶんぶん、とかぶりを振る。
最近、おかしい。ずっと、ずっと昔……『誰か』から聞いた言葉が……いや、その『誰か』のことが、気になって、気になって……
――がしゃんっ
「――え?」
ぱちくりと、目を瞬かせる。
え……え? なに、これ…………?
見慣れているはずの、病院への通り道。
桜の街路樹、緑色のガードレール、赤いレンガ調の舗装……
――その全部が、めちゃくちゃに荒れ果てていた。
「え……? え……!?」
歩みは、自然と小走りに……そして、全力疾走へと変わった。
おかしい。
すべてが、おかしかった。
まるで戦争があったみたいに荒廃していることもそうだけど……でも、もっとおかしいのは。
「何で……誰もいないの!?」
こんなにも大変なことになっているというのに、悲鳴はおろか、足音ひとつ聞こえないなんて!
――ガゴッ……!!
「きゃっ……!」
目の前のブロック塀が倒れて、立ち止まらざるを得なかった。
「……!?」
いや……進路がふさがれた、だけじゃない。
『ゴルルルル……!!!』
――機械造りの、巨大な四足歩行の怪物が、赤い瞳をわたしに向けていた。
もう、頭はパンク寸前だ。
『ゴ、グルルル……!!』
がしゃん、と、重厚な足音が、近づいてくる。
口から覗くのは……鋭利な牙。
機械みたいな外見のくせに、荒い息遣いまで聞こえてきそうだった。
走る。引き返してでも、迂回してでも……とにかく、走る!
――ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ……!!
後ろから、獣の足音が追尾してくる。
速度を緩めるわけにはいかない。
十字路。ミラーで確認する。当然、ついてきている。
「……」
タイミングを、見計らう。獣がカーブを曲がる、その瞬間に合わせて。いち、にの……!
「……えぇいっ!!」
――バスンッ!!
顔目がけて、鞄を投げつける!!
『ゴフッ! グガぁアアアアアッ!!』
よっしゃ、うまいこと顔に被さった!
「……!」
間髪入れず、ゴミ箱と電柱の陰に逃げ込み、息をひそめる。
獣は、視界を塞いだ鞄をずたずたに引き裂いて、視界を取り戻した。
『ご……、、グ……』
きょろきょろと、辺りを見回して……その先へ、去って行った。
「…………ふぅ~~……!!」
大きく、大きく息をつく。
当面の危機は去ったけど……また、いつ戻ってくるのかは分からない。とにかく、どこか……警察……で、いいのかどうかわからないけど、安全な場所に避難しないと。
「…………」
鞄が無くなって身軽になっただけ、走りやすい。
町には、相変わらず人気が無い。本当に、いったい、どうしたんだろう。
黙々と走っている間、まだ、あまり破壊されていない区画へたどり着いた。まだ、ここにはあの獣はやって来ていないようだ。でも、あまり土地勘のない地域だから、早く抜けないと……
「…………」
「え!?」
ちょ、人、いるじゃん!?
駐車場の前で、ぼーっと突っ立ってる女の人、発見!
「おおお、おばさん! 何やってんの!?」
「……………………」
40代……くらい? の、疲れた雰囲気のおばさんは、私を、焦点の合っていない目でぼうっと見つめた。
「……家を、探していたの」
はい? 家?
「……そこ、駐車場だよ?」
おばさんが『家』と言ったのは、舗装された駐車場だった。
「……家を、探していたの」
おばさんは、そう繰り返す。
……ちょっとおかしい人だろうか?
「……はっ!? じゃなくて! 逃げよう!?」
ぼうっとしている場合じゃなかった。
見捨ててはおけない。おばさんの細い腕を引っ張り……
「…………当然よ。……、何を、今更……」
「ああもう! 自分で走ってよー!」
なんとかおばさんを引き摺りながら、住宅街を抜ける。
――ドンッ!!!
「――――――うっ……!?」
引きつった声が出る。
『グルルルルル…………』
見つかった……!!
『モクヒョウ……ホソク…………!!』
喋った!? 目標って……やっぱり、わたし!?
――ガシャンッ。
――バシュンッ。
『モクヒョウ、ホソク』『モクヒョウ……ホソク』
まだ、……一体じゃ、なかった……?
まだ、どこか冷静な部分で、観察する。
四足歩行の獣。
のたうつ大蛇。
忍び寄る蠍。
三体の、機械造りの怪物が、敵意に満ちた目を向けていた。
「……いいのよ、別に」
ちょっ……! 何で手ぇ放してんの!?
「……」
おばさんは、怪物たちに向かって、ふらふらと近づいて……
『グゴぁアアアアアアアアアア!!』
「ああもう馬鹿ぁああああああ!!」
おばさんを思いっきり引き倒し……目の前には、怪物の牙!!
お姉ちゃん、お兄ちゃん……シュテル、レヴィ、ディアーチェ……石田先生、保健室のおばちゃん。
……次々と、近しい人の顔が浮かんでは消える。ああ、これが走馬灯か……
(今回だけは、もう駄目かも……)
牙が迫る。スローモーションのように。
――――目を瞑るな。
「!?」
回避できたのは、奇跡だろうか。
――ズシャアッ!!
獣の突進は空を切り……地面を抉るに終わった。
「え……わたし、いま」
『グォオオッ!!』
――――目を瞑るな。見続けろ。瞼を閉じる力があるなら、体を動かせ
「くぅっ……!!」
蠍の尾の一撃を、半身を逸らして避ける!
――――突っ込んでくるだけの攻撃なんて、いくらでも避けられる
「あ、れ……?」
わたし……避けられてる?
――――避けられないのは、死への恐怖に吞まれているからだ
蛇の、頭上からの押し潰し。しかし、空を切る。
ちりちりと。
くすぶる記憶。
――――恐怖に吞まれるな。しかし、恐怖を忘れるな。
覚えている。
失っても……覚えている!!
――――恐怖の感情を、意志の力で支配しろ
怖い。
でも…………でも!!
『――――――!!!』
――――立ち向かえ!!
◆ ◆ ◆ ◆
「美香……無事でいなさい……!!」
シュテルたち三人は、隔離結界へと向かい、全力で飛翔していた。
いつもはぽやんとしているディアーチェも、今は余裕が無い。
レヴィに至っては既に隔離結界に到達し、結界破壊の光刃を幾度も叩きつけていた。
「ん…………んん……? 何だこりゃ」
その脳裏。
魔力を持たないというのに、平然と念話を行う奈々が、言いよどむ。
「何や、勿体ぶらずに言うてみぃ!?」
「――美香の中の、『あの子』が目覚めようとしている」
「……確かなのですか?」
「シュテルん達だって、ほんとは気づいてたんでしょ?」
「…………薄々、ですが…………」
そうだ。気付いていない筈が無い。毎日一緒にいるのだ。
「あの首飾りは、美香の持つ膨大な魔力の逃げ口として機能しています。ですが、それが何か…………、ッ!? まさか!」
正確には、無尽蔵に魔力を吸収する特性のある魔力結晶へ、奈々の銀細工を経路に、流し込んでいる。
では、もし……所有者のリンカーコアの魔力を吸収し続けた首飾りが、何らかのアーティファクト的な物体――所有者の魔力を媒介するモノ――
――そう、言うなれば……『デバイス』へと変容したとして。
――――デバイスのAIに相当するものは。
◆ ◆ ◆ ◆
気が付いたら、あの草原にいた。
『ずっと眠っているつもりでした』
唐突に、女の子がしゃべりだした。鈴を転がすような、軽やかで、涼しい声。
黙って、声に耳を傾ける。
『眠っているつもり――だったんです』
困ったように俯いてしまった。
『私は、生まれることのできなかった、もう一人のあなた』
「……」
『魂だけの、虚ろな存在。名も無い魂。だから……この世に生を受けたあなたが、羨ましかった』
……何で、この子の言うことが分かるんだろう。
『手を伸ばして……でも、その手が、あなたの生命を蝕んでしまった』
もしかして……わたしの、昔のこと……?
『でも……あの人が、私に温かい夜の帳をくれた。あなたを脅かさない、ずっと眠り続けるための、揺籃を』
――ちりん。
……首飾りが、風に吹かれ、鳴る。
『でも、もうわたしは、眠り続けることができなくなってしまった』
悲しそうに、瞼を伏せる。
『――なぜ、立ち向かおうとするのです』
悲しげに、目を伏せる。
『闇の三騎士は、あなたを守護してくれます。それでいいではありませんか。この揺籃のように、いつまでも、安寧な温もりを…………』
「――違うよ」
『……?』
今なら……はっきりと、言い返せる。
「わたし……みんなが好き。お姉ちゃんも、お兄ちゃんも……シュテルも、レヴィも、ディアーチェも。石田先生も、保健室のおばちゃんだって、みんな、みんな好き」
『では…………』
なぜ、戦おうとするのか。そう聞きたいんだね。
「与えられるばかりのものが、宝物なわけがない」
みんなと過ごす時間は、一分一秒が、何にも代えがたい、わたしの宝物。でも……
「自分の宝物は…………自分で守りたいんだ」
『……勝手です。彼女たちは、それを望まないでしょう』
「だろうね」
みんな、わたしをとても大事に思ってくれている。わたしが怪我をするようなことがあれば、それだけでおろおろと狼狽えるほどに。でも。
「――わたし、これでも結構、ワガママなんだ」
言葉を失う『彼女』に、一歩近づく。
「それに――」
小さい体躯。消え入りそうなほど、儚い気配。ああ、違う。違うな。
「あなたは、『もう一人のわたし』なんかじゃない」
『!!』
ショックを受けたように、固まった。
その頬に、触れる。
……ああ、触れられた。
「ここにいる。あなたも、わたしも…………ここにいる。だから、同じなんかじゃない」
彼女は一歩、後ずさる。
「……なぜこの世界は、こんなにも青空が広がっているんだと思う?」
『…………』
夜の帳。揺籃。確か、そう言った。
「……あなたに、この『夜の帳』をくれた人はね。ただ眠っていろ、なんて、言う人じゃなかったはずだよ」
――思い出せた。ほんの、ほんの少しだけ。
――ぶっきらぼうで、いつも眉間に皺が寄っていて……
――意地悪で、厳しくて……
――誰よりも、優しいあの人。
揺籃……ゆりかご。
それの、持つ意味は…………
「――あなたが、いつか巣立つ日のために」
親鳥の元で、雛が育つように。
献身的な、わが身さえ厭わない、献身を以て。でも、それは全て……やがて来る、その日のために。
「あの人は、そう願いを込めて、あなたに揺籃を贈ったんだよ」
きっとそう。
「あなたは、もう一人の私じゃない。
でも、だから…………あなたは、一人じゃない」
同じじゃない。誰も、きっと。だから……孤独じゃない。繋がっていられる。
自分を、『名も無い魂』と名乗ったこの子も、きっと。
『ですが……わたしは……』
困り果て……でも、素直に言い出せない。
ならば……ならば。ここは、『あの人』に、倣おう。
「――――あなたに、名前をあげる」
――『あの人』なら、きっと、こうしただろうから。
『もう一人のわたし』でなくなるために。
ただ一人の存在となるために。
いまこそ、揺籃を巣立つために。
「――悠久の千里を超え……地平を越え、大空を往く翼。
――――
草原の世界に、強く、強く――一陣の風が、吹き抜けた。
◆ ◆ ◆ ◆
――――ビュゴぉオオオオオウッ!!!!
『グアァアアアアアアアアアアアッ!!?』
猛烈な突風が、目の前に迫っていた怪物たちを、吹き散らす。
そして……身体の奥底から湧き上がる、それこそ、無限の力!
「悠里!!」
『――『エグザミア』、起動!!』
胸元の首飾りから……軽やかな、悠里の声。それに呼応するように、赤い結晶が、輝く。
――――ゴヒュウウウウウウッ……!!!
結晶へ、周囲に満ちていた魔力が、吸収されていく。
『黄昏を、夜天を越え――』「――紫天を往く、我が翼よ』
悠里の声に、重ね、詠唱する。
『――我は虚無より出でし者!』「――我は虚無をも満たす者!」
二つの、暖かな炎が、背に灯り……
――バサァッ……!!
魂魄の翼……魄翼となる!
ああ……郷愁が、胸を満たす。
知っている。わたしは……この力を、知っているんだ!!
魄翼が、わたしを包み込み……纏っていく!!
『 「 ――――我、砕け得ぬ意思、貫く者なり!! 」 』
――――バォオオオオオッ!!!
フレアパターンの入った、袴装束。
右手には、『エグザミア』の核たる魔力結晶を納めた手甲。
長く伸びた髪の毛が、悠里と同じ、黄金色に輝いている。
「いくよっ! 悠里!」
『いこうっ! 美香!』
――構える!!
大蛇が、バクンッ、と大顎を開け……!
『ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
魔力の砲撃を、撃ち放つ!
えっと……どうする!?
『――雲散霧消の型!』
悠里の声と一緒に……動きのイメージが、流れ込んでくる。
「――わかった!」
手甲をした右手を、開いて突き出す!
――――パァンッ!!
魔力の砲撃は、弾け飛び……エグザミアへ、吸収!
次は……!
『炎剣咬鎖の型!』
「おっけー!!」
魄翼から、双剣を現出! 左右から、挟み込むように……!!
――ザシュンッ!!
硬質な鱗を持つ大蛇を……中途から、分断!
『ギ、ァ、…………! ギシャアアアアアアアアアアアアッ!!!!!』
――ズガァアアアアアアアアアンッ!!!
大蛇、撃破!!
『シュ、シュシュシュシュ……!! ギ、シュウッ……!!』
がさがさと這い回る蠍が、尾の先に当然のように備えた毒針で刺突する!
――ガキぃンッ!!
手にした双剣で、いなす。
「こんな、直線的な脆い刃が! 通ると思ってるのか!」
『円月光牙の型! 続けて、魔拳剛打の型!』
――ヴゥンッ!!
左手に、魔力の刃を形成して……回し受けと同時に、毒針を刈り取る!!
――バキィイイインッ!!
『ギャアアアアアアッ!!!』
まだ、ここで終わりじゃない!!
エグザミアに吸収した、大蛇の砲撃の魔力を……そのまま、打撃力に変換!!
回転運動の慣性を、解放!
「でいやぁああああああああああああああっ!!!」
――ドゴァアアアアアアアアアアアンッ!!
蠍の胴体へ、ボディブローを叩き込み、爆散させる!!
『ガルルルルゥ……!! ウォオオオオオオオオオオオンッ!!!』
最後に残った獣が、咆哮する。爆散し、散乱していた大蛇、蠍のパーツが、獣の身体へ吸収される!
獅子の身体に、蠍の尾。蛇の骨格と表皮を用いた翼をもつ、キマイラに変身した!
『ガゥアアアアアアアッ!!!』
――速い!!
右……いや、左!?
『大丈夫!』
――ガシィイイインッ!!!
……身体を中心に展開された魔力の防護壁が、波紋を作り……たったそれだけで、獣の爪の一撃を、完全に遮断した。
『あの程度の攻撃は、いくらでも防げる! 思うように、戦って!』
ああ、なんて頼もしいことを言ってくれるんだろう、この子は!
――ガシッ!!
振り回された尾を、ふん捕まえる!!
「いぃいいい……よいしょぉおおおおおおおおおおっ!!」
一本背負いだぁああああああああ!!
――ズシィイイイイイイインッ!!
巨体が、まともに地面に衝突して、轟音を響かせる!
『ガ……グ、ググ…………!! ゴぁアアアアアアアアッ!!』
あれ、意外と平気!?
『分厚い外殻が、衝撃を半減させて……あと、ダメージは自己修復したんだと思う』
じゃあ、これまでの斬撃や打撃は、通っても回復されちゃう。
『――大丈夫。魔力波形も、個体振動数も……』
脳裏に、悠里が語りかけてくる。
『もう、充分に――――――『蒐集』できている』
流れ込んできたイメージは………………………………
『 「 ――――絶招・
――パキィイイイイイインッ!!
掌に、半透明の両刃の長剣が精製される。
『ゴファア…………グルァアアアアアアアアアアッ!!!』
――ズドォオオオオオオオオオオオンッ!!!!
獣が、さっきの何倍も強烈な砲撃を発射してきた!
手にした長剣を、投擲!
――ズパァアアアアッ…………!!
砲撃を切り裂きながら、直進し……
――ドシュウッ!!
『ガアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
獣の巨体を、貫く! でも、まだ勢いは止まらない!
そのまま、上空へ吹き飛ばす!
「いっけぇええええええええええええええっ!!」
魄翼を全開し……勢いのまま、獣に突き立った長剣の石突を蹴り抜いた!!
『ゴ、ガ………………――――――――――――』
長い、長い沈黙の後……
――――――――――バキィイイイイイイイインッ
長剣が……そして、それを突き立てられていた獣が、砕け散る。
ぱらぱら、ぱらぱら……一体何で出来ていたのもわからない獣の残骸が、粉吹雪のように、舞い落ちていく。
「お……終わった?」
傍らで、悠里が頷く気配。
『…………あ』
何かに気づいたようで、わたしの意識もそちらを向く。
ええっと………………何か、やたら速い飛行物体が三つ、こっちに近づいて来てるんですけど…………?
敵じゃ、なさそう。
よしよし、見えてきたぞ。えーっと……。なんだ、レヴィたちか。
「……………………………………って、ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!?」
何で!?
「美香! 大丈夫だった!?」
「お怪我はありませんか?」
「ちょ、ちょっと出遅れてもうたでー……」
わらわらと、当然のように空を飛んでわたしに抱き着いてくる。
何で……何でみんな……!
「何で、そんなカッコしてんの!?」
「そこかいっ!?」
ズビシ! と、ディアーチェが突っ込んできた。
色々なことが起こりすぎて、頭がヘンになりそうだった。
「……とりあえず、降りましょうか」
シュテルが場を仕切り、みんなで降下する。
さっきまでボロッボロになっていた街並みも、すっかり元通りになっていた。
どういう原理か、サッパリわからない。
「……美香。」
シュテルの呼びかけに、振り返る。
「――――、うん、大丈夫」
……理解はできないけど、何故か、分かった。
私の、この『力』の意味。
「……ほんっと、好き勝手してくれちゃったなぁ、あの人ってば!」
……ほんのちょっとした怒りと……その何倍もの郷愁が、胸を満たす。
「忘れられるわけ、無いでしょうがっ!!」
私は……あの人が、好きで、好きで、好きで……大好きだったんだ。いっそのこと、最後まで巻き込んでくれた方がどれだけよかったか!
いきなりすっとんで行って、文句の一つでもつけてやりたい!
「――――でも、まだ、なんだよね」
……胸の銀細工が、そう告げている気がした。
今は、まだ。まだまだ、力が足りない。今のままでは、あの人の隣に立つだけの力量が無い。だから。
「シュテル! レヴィ! ディアーチェ!」
三人へ、胸を張って宣言する!
「――こうなったら、トコトン強くなってやるんだから!! キッチリ、最後まで、付き合ってよね!!」
◆ ◆ ◆ ◆
沸き立つ少女たち。それを眺めながら……救助された民間人の女性は、うつろな目で、茫洋とした心で…………己の罪を、呟く。
「―――――――――――――
………………運命の歯車が、回り出す。