魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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StrikerS編 第十二話『空、曇る頃に』

 

――――ォオオオオオオオン……!!

 

 郊外の山奥……かつては産業道路として活用されたが、今となっては通る者も少ない峠道を、一台のバイクが走り抜けていた。

 漆黒の車体は、街灯の少ない峠道を走ると、溶け込んだかのようになる。光源は、切れかけた街灯と、月明かりと、ヘッドライトのビームのみ。

『…………!!』

 胸元の相棒からは、路面状況が絶えず伝えられ、肉眼以上の認識が可能となる。

 路面上の僅かな凹凸や、ほんの少量の砂ですら、命取りになりかねない。

 

――――ファォオオオオオオンッ!!

 

 ギアを下げ、危なげなくコーナーをクリアしていく。

『………………』

 続くシケイン。これも、ギアを3速で固定し、重心移動のみでクリア。

 

 なのはがよく行うストレス解消法の一つだった。

 こうして、難所が続く峠道を、猛スピードで駆け抜けることで、意識を操縦にのみ集中し、無駄な雑念をそぎ落としていく。

しかし、ヘルメットの下にある顔は、苦りきったままだった。

 

 それは、ほんの三日前の………………

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「あの……なのは、さん……? いたいよ……?」

 

 なのはは、その声にハッとなり、掴んだままだったヴィヴィオの手を離した。

「なのはさん……?」

 そっとヴィヴィオが手を伸ばす。

『……ッ!!』

 なのはは、弾かれたように飛び退く。

 

『…………ありえ、ない。あるはずが……そんなこと…………』

 ぶつぶつと思考を垂れ流し……ヴィヴィオとの距離を離していく。

 

 その数時間後……ヴィヴィオは、なのはと二人で、中庭の特別棟へやって来ていた。

 人気のない特別棟の床が、かつかつ、と、硬く足音を響かさせる。

「…………」

 これには、ヴィヴィオも只ならぬものを感じたのか、押し黙ったまま、先を行くなのはの背を見たまま、無言で歩く。

『…………』

 なのはの背中は、ただ無言で、全ての干渉を遮断しており……刺々しい気配を発していた。ヴィヴィオは、何度も、何度も話しかけようとしては引っ込むことを繰り返し……やがて、目的地に到着してしまった。

 

――プシュウッ……

 

 ロックが解除され、扉が解放される。

 部屋の主……マリエルは、いつもなら、ゴミ屋敷のような部屋のどこかでいびきをかいているところなのだが……今日に限っては、神妙な顔で、二人を出迎えた。

「――準備は出来ている」

「あの……じゅんび、って……?」

 ヴィヴィオは、恐る恐る、なのはを見上げた。

『すぐに済みます』

 固く強張った返答に、びくっと身を竦ませる。

『…………ほんの、検査だけです。痛いことは、何もありません』

 さすがに罪悪感を覚えたのか、ぼそぼそと話す。

「……うん、わかった」

 ヴィヴィオは大人しく、マリエルと共に、奥の部屋へと向かう。

「…………」

 だがしかし、不安が残るのだろう。一度だけ、背後を振り向き…………

『…………あ』

 ……付いて行こうとでもしたのだろうか、中途半端に手を伸ばしているなのはと、目が合った。

「なのはさん、」

『! ……お、終わる頃に、迎えに来ます!』

 ……なのはは、手をと引っ込め、足早に退室していった。

 

 ヴィヴィオは、微量の血液と、頬の内側からDNAを採取された。検査と言っても、その程度のことだ。あとは、マリエルが秘密裏に保存する……『彼』のパーソナルデータと、照合するのみ。

 たったの数分でなのはは呼び戻され、なのはは、一旦ヴィヴィオと共に、隊舎へと戻って行った。

 

 検査結果が出たのは、その晩のことだった。

 マリエルであれば、即断で結果を伝えることもできたのだろうが……マリエルも、この件に関しては慎重にならざるを得なかった。あらゆるサンプルとの比較が行われ、検証され……結果は、なのはたち、『彼』の縁者にのみ、伝えられる極秘事項となった。

「結論から言おう」

 部隊長執務室に招聘されたマリエルは、厳かに口を開いた。

 固唾をのんで結果を待つ一同に、告げられた事実は…………

 

 

「ヴィヴィオは、ほぼ100パーセント……『彼』と、『高町なのは』の遺伝形質を引き継いだ子供だ」

 

 

 一同は……無意識で、なのはを見やる。

『………………』

 なのはは、耐え難い苦痛を抑えるように、顔を手で押さえ…………

 

――。

 

 …………へたりこんだ。

「なのは、……」

 しかし、掛けるべき言葉が見当たらず、黙り込む。

「………………………………問題は」

 務めて冷静に振る舞う、はやて。

「…………どこから、あのバカの遺伝子が漏れたのか、だ」

 眉間を指で押さえる。

「あのバカの能力を知っていて、尚且つ、その有用性を見出した、どこかの誰か」

 はやては、マリエルを見た。

「……一応、聞くが。」

 今現在、『彼』のパーソナルデータを最も綿密に所有しているのは、間違いなくマリエルだろう。

「――科学者の矜持に賭けて誓おう。ワタシではない」

 マリエルは、断言した。

「失言だったな。忘れろ」

 はやては、信じることにしたようだ。他にも、考えられる可能性は多々あったが……

 

「……あの子の肉体年齢から、少なくとも、5年前。その時のなのはは、まだ10歳。そして、その頃『彼』は既に…………だから、とてもじゃないが、……」

 

――まともな産まれ方をした子供ではない。

 

 はやては、その先の口をつぐんだ。フェイトに気を使ってのことだろう。

「あー。ボクやエリオみたいなかんじってこと? それなら、じゅうぶんありえるねー」

 ……あっけらかんと、本人が口にした。

「おい、……」

 シグナムが、慌てたようにフェイトを咎める。しかしフェイトは、苦笑いのみ。

「ボクへのえんりょはあとまわしでいいから」

 そして……スイッチが切り替わったかのように、すらすらと考えを述べるのだった。

「でも、へんだね。プロジェクトFは、あくまで、記憶転写クローンの製造技術だ。誰かとの遺伝子を掛け合わせて、しかも、特定の先天資質だけを表出させるなんて器用なこと、やれる人なんて、いた?」

 ……首を横に振った。が、一人だけ。

 

「――――心当たりがある」

 

 ……マリエルが、挙手した。

「確かに、プロジェクトFは、プレシアが主導して完成させた技術だ。しかし、全てを彼女が構築したわけではなく……その原型となる計画があった」

 手元の端末を操作し、空間上にディスプレイを投影する。

 いくつかの資料と……映像。

 映像には、病室のような無機質な部屋と……そこに集まる、15人ほどの、子供たちの姿。

「……!?」

 その中に……見知った子を見つけた。

「こいつは……」

 10歳程度の、長身で、ウェーブヘアの少女。

「まさか……アーデルハイド!?」

 凶鳥部隊の、一員。その、幼い姿だった。

 探すと……いた。

「これは、マリー……?」

 口をへの字に曲げた、不機嫌そうな……今と、背格好が変わらない少女。

「……ああ、ワタシだ」

 資料が前列に表示される。読み上げていく一同の顔が……例外なく、嫌悪を浮かべる。

 

――管理・管理外を問わず、優秀な遺伝子を収集。

 

――専用装置にて、理想的な塩基配列を構築。

 

 そこから先は、マリエル本人が、言葉にする。

「――長寿は望まず。数年サイクルでの『交換』を前提とされた、御しやすく、扱いやすい……歪な『天才』を製造する技術。

 

――プロジェクト・D」

 

 ただ沈黙し……マリエルの独白は、続く。

「開発者のDESIRE(欲望)を叶えるべく、DESIGN(設計)された……DESTINY(運命)を全うするためだけの、子供たち……デザイア・チルドレン。数万通りのサンプルの中から、自我を発生させられるだけに生育出来たのは 15人。ワタシも、アーデルハイドも、

 

――コイツも、その一人さ」

 

 一人の少年が、ズームされる。

 散切り頭の、不敵な顔をする少年。

 

「――――ジェイル・スカリエッティ」

 

 ……それこそが、マリエルの言う、『心当たり』だった。

「ワタシ、アーデルハイド、ジェイルの三人は、15人の中でも、突出した能力を示していたからな。3人で、チームのようなものを組まされていたのさ。そのリーダーだったのが、ジェイルだった」

 昔を懐かしむ目で、語る。

「ワタシたちが研究して……いや、させられていたモノ」

 ……最後の資料が、表示される。それは、資料というよりは、手記のようなものだった。

 そこに、記されていた言葉は……

 

 

「――不死生命の誕生を目的とした…………プロジェクトE(ETERNAL)

 

 Dと、Fを繋ぐもの。

 

――不死生命。

 

「――――!!」

 ……きっと、誰もが、『彼』を想起しただろう。

「――断言しよう。ヴィヴィオを『製造』したのは、ジェイルだ」

「でも、」

 そこで、ユーノが疑問を口にした。

「今……D計画の子供たちは、数年の命だって……いや、それを言うなら、マリー。君だって」

「ワタシたちの寿命を制限していたのは、人為的に短く設計されたテロメアだ」

 ハッ、と、ユーノが口を閉じる。

 

「――何で、ワタシたちがE計画なんてものに与したと思う?」

 

 E計画。不死生命。短命の子供たち。…………それだけのキーワードがあれば、自ずと見えてくる。

「不死生命を研究する上で、テロメアの研究は欠かせない要素だった。それに関しては、研究所の人間は、いくらでも資金を提供してくれた」

 ふっ……と、自嘲とも思える息を吐き出すマリエル。

 

「そりゃあ、必死にもなるさ。『君たちが研究を続けていれば、兄弟たちを死の運命から救える』なんて言われたらさ」

 

 つまりは、人質を取られていたのだ。自身と……兄弟たち14人を。

「自分たちの身体で実験しながら、死に物狂いで……テロメアの消耗を抑制する酵素を、開発した」

 それは、革命的な……それこそ、医学を根本から覆しかねない程の成果だった筈だ。

「――遅かった。遅かったんだよ」

 マリエルは、力なく首を横に振った。

「実験段階から酵素の試作品を使用していたワタシたち3人以外……もう、手の施しようがない程に、老化が進行してしまっていたんだ」

 ……手遅れ、だったのだろう。

「酵素は、D計画の被験者以外には、猛毒であることが判明し、目的を見失ったワタシたちは、居場所と存在意義を無くし…………E計画は、白紙となった」

 すべては、失敗に終わったのだ。

「残ったのは、人体実験の影響で、おかしくなってしまったワタシたち3人だけだった」

 

マリエルは、身体の成長が阻害された矮躯となり。

 

アーデルハイドは、精神の均衡を崩し。

 

ジェイルは……恐らく、妄執に取り憑かれた。

 

「アイツは恐らく、独自にE計画を再始動したのだろう」

 

 E計画。自身の存在の拠り所を。

「バカだよ、あいつは……頭がいいくせに、バカなんだ。……結局、自分も、D計画と同じことをしているに過ぎないってのに…………」

 目的達成のため……命を弄ぶ所業。

 

『ヴィヴィオは………………』

 俯いていたなのはが、顔を上げる。

これまでの話から……その、最悪の予想を、口にした。

『ヴィヴィオの命は、』

 D計画の被害者たちのように、数年で尽きてしまう物なのか。

「ああ、確認済みだ」

 マリエルは、随分と軽い口調で返した。

 軽く安堵する。

恐らく、そのあたりの問題はクリアされているに違いないと――――

 

 

 

 

「――――――――1年も保たないだろう」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

山間部を抜け……空白地帯にバイクを停めた。

『~~~~~…………はぁっ!!』

 長く止めていた息を吐き出す。

 ゴツンッ……と、タンクに頭をぶつけ、目を瞑る。

『………………』

ごちゃごちゃと、考えているのだろう。

『マスター。僭越ながら』

と、通常状態になったレイジングハートが、呼びかける。

『いかに、ヴィヴィオがあなたと彼の血を引いた存在であっても……ヴィヴィオは、ヴィヴィオでしかありません』

『…………うん、わかってる。わかってるんだよ………………』

『マリエルは、例の酵素の提供を約束してくれました。既にある物の改良ですから、ヴィヴィオに合わせての最適化も、そう難しくは無いでしょう。彼女の寿命について、変に気負う必要もありません』

 何が言いたいのかというと…………

 

『――避けないで、普通に接してあげましょう。可哀想ですよ』

 

 …………実に普通の感想だった。

『ですが、あの懐きようも納得ですね』

 刷り込みどころか、遺伝子的にはなのはの娘と言えるのだ。

『でも、でも……いきなりすぎて、わけわかんない』

 なのはは、まだ未成年なのだ。いきなり目の前に、娘です、と現れても、はいそうですか、と受け入れられるほど柔軟な思考はしていない。

『さすがに、今日明日で、人の親としての自覚を求めるのは無理がありますから、強制はしません。ですが……幼い彼女にとって、マスターが拠り所となっていることは、理解してあげてもいいのではないでしょうか?』

『…………………………』

 考え込み、考え込み………………僅かに、頷いた。

 

 

 

 隊舎へと戻り、格納庫へバイクを仕舞う。

(今日は暑かったな……結構、汗かいちゃった)

 大浴場は21:00で終了してしまうが、シャワールームなら24時間、開いているはずだ。

 隊員たちも、22:00の消灯に合わせて部屋にいるためか、通路の人通りもまばらだ。

 人気のない廊下を歩いていると、鍛えられた五感が、背後に視線を感じた。小さな足音もセットだ。と、いうことは。

『………………ヴィヴィオ』

 通路の角から、こちらを伺っているヴィヴィオを見つけた。

「あっ、あう、あう……………………おかえりなさい」

 見つかったことで慌てて……観念したように、なのはの元へ歩いてやってきた。

 しゃがんで、目線の高さを合わせてやる。

『ただいま。ですが、子供が起きていていい時間ではありませんよ』

「ごめんなさい……でも、さいきん、おこってたから。ヴィヴィオ、何かしちゃったかな、って……」

『怒って――――……ああ、そういうことですか』

 気まずくて避けていたことを、そう解釈してしまったらしい。

『怒ってなどいませんよ。ちょっと、その…………忙しかっただけです』

「なのはさん、いそがしかったの?」

『ええ。寂しかったですか?』

「うん……きらわれちゃったかと思ったよ」

『ごめんなさい。でも、それは無いので安心しなさい』

 なのはは、自分がシャワールームに行こうとしていたことを思い出した。

『せっかくですから、一緒に行きますか?』

「うんっ!」

 自然に義手の左手を握ってくるヴィヴィオに戸惑いつつ、なのはは、ヴィヴィオを伴ってシャワーを浴びに行った。

 

 義手をアタッチメントから外す際、少し気を使ったが……ヴィヴィオはむしろ、興味津々で見ていたので、普通に外した。人工声帯は、つい先日、防水防湿仕様がメーカーより届けられたので、そのままだ。

『目を瞑りなさい』

「んー……」

 少し温めの湯を、頭から流していく。器用に片手でシャンプーを取り、泡立てる。

 平均よりやや細い、艶々した髪の毛。

 どこか懐かしい感触に、それが自分の子供の時のことだと思い至る。

『…………血の繋がり、か』

「え? なぁにー?」

『何でもありません』

 ほとんど、汚れらしい汚れも出なかった。

 下を向くと、何やらヴィヴィオが、シャンプーをたっぷりと手に持っており……

「なのはさん、しゃがんでください」

『…………』

 だいたいの意図を察したなのはが、しゃがむ。ひんやりとしたシャンプーの感触があり、やがて、頼りない力で泡立てられていく。

「よいしょ、よいしょ……かゆいところはありませんかー?」

『……やや泡が多い気がしますが、大丈夫です』

 まぁ、傷んで困る髪でもないし、好きにさせようと決めた。

 

 シャワーを終え、ヴィヴィオを自室まで送り届け……なのはは、奇妙に充足した気持ちで就寝したのだった。

 

 翌朝。

『…………』

 身支度を終え、廊下に出ると。

「なのはさん、おはよう」

 少し寝癖のあるヴィヴィオが、出迎えた。

『おはようございます。早いですね』

 時計は、まだ午前七時。隊員たちは、さすがに起きているだろうが……

「おなかすいたよ」

『食べに行きましょうか』

「うんっ」

 そしてまた、ヴィヴィオは、なのはの手を取る。

『……』

 振り払う理由は無いので、そのままだった。

『…………』

「はふっ、はふっ……あつっ、」

 ヴィヴィオは、味噌汁をスプーンで苦労して口に運ぶ。

 なのはも、自分の分を食べようとするのだが……目の前のヴィヴィオが危なっかしくて、それどころじゃない。

『もう少し落ち着いて食べなさい。ああ、一回の量が多すぎるんですよ。ほら、垂れてる垂れてる…………』

 ナプキンでこぼれた分をぬぐってやり、口元を拭いてやり……

「おいしかった。ごちそうさまでした」

『……私、まだ半分も食べていないんですが……』

 やや急いで食事を食べ終え、教導へ向かった。

 

 ギンガとシャッハを交えた訓練の最中。

『あ』

 なのはは、あることに思い至った。

「もらった……!」

 

――ガキィンッ!

 

 シャッハのトンファーによる一撃。なのはは、片手に持った訓練用の駄剣で弾く。

『しまった、私としたことが……』

 訓練中に気を抜いたこと……ではないだろう。

『ちょっと早めに切り上げますよ』

「へ?」

 なのはの剣が、霞むように掻き消え……

 

――ガキン ガキョッ ベキメキャッ ゴスッゴスッ………………

 

「………………」ちーん。

 ……やる気を出したなのはに秒殺された。

「シャッハさーん!?」

 スバルが悲鳴を上げる。

『クロノ。とりあえず後を任せたからね』

 しゅたっ、と手を挙げて訓練場を去るなのは。

 

 なのはは、風のように隊舎へと帰還し……

『ヴィヴィオ。お買い物に行きますよ』

「…………えっ」

 フェイトがストックしていた漫画を読んでいたヴィヴィオを捕獲。

『よく考えたら、あなたの生活用品を全く用意していませんでした』

「えっ。」

 米俵のようにヴィヴィオを担ぎ、足早に格納庫へ向かう。

『ネット注文では、届くのは最短でも明日になってしまいます。今行きましょう。さぁ行きましょう』

「えっ。えっ。」

 格納庫でサボッていたゼルビスをシバき倒しながら、トラックの助手席へヴィヴィオを放り込む。

「なのは! ボクも! ボクもいくー!」

『いいよ、乗って』

 ……恐らく書類仕事に追われていたであろうフェイトが、トラックの荷台に飛び込んだ。

 さすが、慣れている。

 

――ブルンッ……ドルドルドルドルッ……!

 

「れっつごー!」

 荷台から身を乗り出すフェイトが、号令をかけ……暖気もそこそこに、飛び出した。

 

「――――――――えぇえええええええええええええっ!!?」

 

 ヴィヴィオの悲鳴が、尾を引きながら、遠ざかって行った。

 

『レイジングハートよ』

『何でしょう、バルディッシュ』

『アレは、意識的なものか?』

『いえ、恐らく無意識かと』

『…………』『…………』

 愛機たちも、沈黙した。

 

 洒落たストリートに、無骨なトラックは全く溶け込んでいなかった。尚且つ、そこから出てきた人物も、また同じく。

『まずは衣服でしょう』

 ……ファッションではなく、ガチのミリタリー服でそのようなことを申されても。

 その恰好のまま、ノシノシと店内へ踏み込んでいく。フェイトは、楽しそうにそのあとを付いて行った。

「いらっしゃいま…………あの、何か事件でも……?」

 フェイトの執務官服を見た店員が、顔をひくつかせる。

「え? ちがうちがう! この子のふくをかいにきたんだよ」

 店員に見送られながら、子供服のコーナーへ。

「……わー。ふくがいっぱい」

 ヴィヴィオは、目を見開いていた。

『何着か、欲しいものを選びなさい』

「うん。えっとえっと……」

 きょろきょろと、ハンガーに掛けられているものや、マネキンが着ているものを見て回る。しかし、やはり選ぶのが難しいのか、助けを求めるような視線を、なのはに向けてきた。

『? どうかしましたか?』

「えっと、えっとね……」

『?』

 その意図を察することができないなのはに、フェイトが助け舟を出した。

「なのは。いっしょにえらんであげたら?」

『……そういうことか』

 なのはは、適当に見繕い、ヴィヴィオに見せる。

『どちらがいいですか?』

 シンプルなズボンと、フリルのついたスカート。

「こっち」

 ヴィヴィオは、スカートを選んだ。

『では、こちらとこちらは?』

 キャラクター柄のTシャツと、薄いピンクのブラウス。

「こっち」

 ブラウスを選んだ。

『ふむ……だいたいわかりました』

 どうやら、可愛らしい感じの服が好みのようだ。

「なのはとは反対だねー」

 フェイトが、面白そうに言う。

 確かに、なのははどちらかというと、シンプルな服装を好んでいた。

 

 そんな感じで、何着かを購入。

 その他もろもろの生活用品も購入し、トラックへと詰め込んだ。

 

「ヴィヴィオ、こっちおいでよ!」

 帰り道。フェイトが、荷台にヴィヴィオを誘う。一応、乗れなくはないのだが……

『……転げ落ちないでね』

 なのはは、心配だった。

 

 後方の窓からは、楽しげなフェイトの歓声と、ヴィヴィオのはしゃぐ声が聞こえる。

『………………』

『昔を思い出しますね』

『…………うん』

 思えば……今日の行程は、自分がかつて、経験したものと同じ。

 自分も、あのようにはしゃいでいただろうか?

 

――いや、違った。

 

 適当な丼勘定でポンポン買おうとする『彼』を止め、手ごろな値段で済むものに誘導し、意見を交わしながら購入していた。

 

――やはり、違う。

 

 ヴィヴィオは、なのはとは違う人間なのだ。

『…………』

 そう思うと、心が軽くなる気がした。

 

――ごろごろごろ

 

「うわー!?」「きゃー!」

 …………

 

『――少し落ち着きなさい!』

 情緒もへったくれも無い。

 

 

 隊舎へ戻ると、フェイトは、満面の笑みを浮かべたシグナムに首根っこを掴まれて連行されていった。

「……どしたの?」

『……お仕事ですよ』

 ……変な影響を受けなければいいが。

 

 時刻は、17:00を回ったところだ。夕飯には、まだ少し早い。

 そして。

 

『……なぜこうなるのでしょうか』

「なのはさん、つぎのページ、つぎのページ!」

 ……なのはは、膝にヴィヴィオを載せて、本を読んでいた。

 最初は、ヴィヴィオが本を読んでいる傍ら、刀の手入れをしていたのだが……

「これ、なんてよむの?」

「これ、どういういみ?」

「これ、どういうこと?」

 何かにつけて聞きに来るので、もういっそ一緒に読んでやろう……と思ったらコレである。

 今日、立ち寄った本屋で買ってきた、児童書の一冊だった。

 ぱら、とページをめくり、朗読する。

 

『その鳥の身体は、熱い炎で出来ていました。

親鳥も、兄弟も、仲間も、その鳥に近づくことができません。

大人になっても、鳥は、一人ぼっちのままでした。

炎の鳥は、いつか、空に浮かぶ紅い星にあこがれるようになりました。

あの紅い星には、自分の仲間が……火の鳥の仲間がいるはずだ。だから自分は、一人ぼっちじゃない。毎日毎日、紅い星を見上げます。真っ赤に燃えている紅い星は、鳥にとって、一番大事なお友達でした。

 

ある日、お友達が消えてしまいました。見上げても、そこには真っ黒な空しかありません。

 

次の日も、次の日も、お友達はいませんでした。雪が降り始め、寒くて寒くて、羽毛が凍えてしまいそうです。

鳥は、お友達を探しに行くことにしました。大きく大きく羽ばたいて、紅い星を目指します。

寒い世界を飛び続け、やがて、紅い星にたどり着きます。

そこは、寂しい星でした。誰もいません。何もありません。炎もほとんど消えてしまっていて、ただ、一握りの炎だけが、寂しく揺れていました。

 鳥は、お友達を待ち続けます。

 ですが、待てども待てども、お友達は帰ってきません。

 吹き付ける風が、最後の炎を消してしまいそうです。

 

 鳥は、自分の身体を、炎にくべてしまいまいました。

 

 炎の羽毛が、辺りに散らばり、瞬く間に燃え上がります。凍りついた大地も、吹き付ける風も、紅く、紅く、燃え上がります。

 

 そして、紅い星は、よみがえりました』

 

 ……読み終えたなのはが視線を落とすと、ヴィヴィオは、なのはの胸元に頭を預け、寝息を立てていた。

 ヴィヴィオをベッドに寝かせている間、メッセージを受信した。

『……シャッハ?』

 畏まった文体で、日時の指定があった。どうやら、シャッハもまた、誰かからの伝言を預かっていたようだ。内容は……

 

管理局理事官――カリム・グラシア少将からの、出頭要請だった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 特段、従う義理も無かったが……カリムは、はやての部隊設立の協力者。無碍にする理由も特にない。

 適当に身支度をして、出発しようとしたのだが……

『……?』

 何故か、視界の片隅で、ちらちらと……

『ヴィヴィオ。どうかしましたか?』

 先ほど、部屋で絵本を読んでいたような気がするのだが……

「…………んーん。なんでもない……」

 大判の絵本を胸に抱いて、明らかに何でもなくは無い顔だ。

 なのはは膝を折り、ヴィヴィオと目線の高さを合わせる。

『先ほども言いましたが、私はお仕事に行かなくてはなりません』

「……うん」

 しゅんとした様子で、項垂れながらも返事をするヴィヴィオ。

『何か困ったことがあったら、――――…………あ』

 途中まで言いかけて……強烈な既視感を覚えた。

 

――――『お母さんは、お仕事だから――』

 

(…………そうだ。確か、あの時の私も……こんな風に)

 幼少時の記憶が、呼び起された。

聡明だったなのはは、聞き分けのいい子として、自分のわがままを、年相応のわがままを押し殺して……

「……うん、だいじょうぶ。ちゃんと、おるすばん…………」

『あの……やっぱり、一緒に行きますか?』

「……え?」

 きょとん、とするヴィヴィオを前に、かりかりと頬を掻きながら、言う。

『別に、一人で来いとは言われていませんから……あなたさえ、良ければ……一緒に』

「――うんっ!」

 ぱぁっと表情を輝かせたヴィヴィオを見て、なのはは、自分の発想が間違いでないことに安堵した。

 

 

「わー! はやい、はやーい!!」

 ヘルメット越しに、ヴィヴィオのはしゃぐ声が聞こえる。

『ちゃんと掴まっていてくださいね』

 なのはは、GL1800の巨体を操りながら、背後を心配していた。

 今日に限って、車両もヘリも、すべて出払ってしまっていて……送迎を付けるほどの身分でもないので、私物のバイクで移動するしかなかった。

 しかし、結果的には良かったようだ。さすがに、車種は安全重視のクルーザーだが。

 時刻を確認する。

『……流石に、このペースでは間に合いませんか』

 いつものCBRで一人であれば、鼻歌交じりに余裕の現着をしているだろうが、安全重視のタンデムでは厳しい。

『少し、スピードを上げますよ。ちゃんと掴まっていなさい』

 くい、とアクセルを多少開ける。スムーズに加速していく様に、ヴィヴィオは大はしゃぎだ。

 

 現地に到着し、駐車場にバイクを停める。

「あー、たのしかったー!」

 癖のついた、自分と同色の髪の毛を整えてやる。

『……ふふ』

 なのはにしては、滅多に無いことだが……笑みが零れた。

 

受付で名を告げると、すぐに通された。

 が、部屋の手前まで来ると、職員は困ったような顔でヴィヴィオを見た。

『……』

 おそらく、話とはヴィヴィオのことなのだろう。それも、聞かせることが躊躇われるような内容の。

『ヴィヴィオ。ちょっと大事なお話をしてきます。この人と一緒に待てますか?』

「んー……わかった。まってる」

『いい子です。すぐに終わりますからね。帰りは、どこかでご飯を食べていきましょう』

「ほんとっ!?」

『ええ。約束です』

 案内してくれた職員に手を引かれながら、何度もこちらを振り向くヴィヴィオを見送る。

 

「お待ちしていました」

 管理局の制服ではなく、修道服のような衣服に身を包んだ女性が、なのはを出迎えた。

「管理局理事官の、カリム・グラシアと申します。以後、お見知りおきを」

『少将どのが、何のご用向きで?』

 来客用ソファにどかっと座る。

「お疲れでしょう? お茶でもいかがです?」

 カリムはほほ笑み、用意されていたティーカップに茶を注いだ。が、白磁のティーカップに注がれるのは、実に馴染みのある緑茶。

「リンディ提督から、聞き及んでおります。貴女の出身地域では、ごくポピュラーな飲み物だと」

 まぁ、茶の一杯くらい別にいいか……と安心していた矢先、カリムは、流れるような動作で角砂糖を――

『待て待て待てちょっと待て!』

 腰を浮かせて暴挙を阻止する。

「はい? ミルクとお砂糖を入れて飲むのが『ニホン式』だと」

『あーそうだった思い出した。あの人の脳内ジャパンはそういう世界だった』

「巷では『ジャパニーズティー』としてメニューに取り入れている店も……」

『そんなもん真に受けないでください!』

 自国の文化が湾曲されて伝わっていた。

 

『……で、話とは?』

「機動六課で保護された、ヴィヴィオという少女についてです」

 やはりか、と納得する。

「あの少女が保護された際、自身のことを『オリヴィエ』と名乗った……というのは、真実でしょうか?」

『……ええ』

 確かに、ヴィヴィオは最初、『オリヴィエ』と名乗りかけ、直後に訂正していた。

 シャッハがその名に過敏に反応していたから、そこ経由で伝わったのだろう。

『ですが、それが何か?』

「わたしは、管理局少将の身であると同時に、聖王教会の騎士団長を務めております」

 だから修道服なのか……と納得だ。

「聖王教会、その信仰対象である『聖王』。絶大な力を以て、大戦を終結へと導いた英雄。その人物名こそ……『オリヴィエ』であったと言われております」

 ミッド世界では、割と信徒の多い宗教だと記憶している。

『それが、何か? 子供ですから、何らかの物語から影響を受けていたのかもしれませんよ?』

 ヴィヴィオを連れて立ち寄った本屋の児童書コーナーにも、聖王に関するおとぎ話が多く並んでいた。

『名乗ったから……まさか、ヴィヴィオが聖王その人であるとでも? さすがに強引すぎるのでは?』

 胡散臭そうに指摘するなのは。しかしカリムは、何らかの確証を掴んでいるようだった。

「――一説に、聖王は、先天性の虹彩異色症であったと伝えられています。わが教会が保管する『聖王の瞳』は、その色を、ルビーとサファイアという形で遺しています」

 ヴィヴィオの特徴的な瞳。翠と、紅。

『……こじつけもいいところですね。珍しくはありますが、唯一絶対のものでは無いでしょうに』

 こんな与太話を聞きに来たわけではない、と退室の準備を始めるなのはを、カリムが止める。

「――あの少女の遺伝子の件です」

『――…………!』

 なのはの頭は、一瞬、真っ白になり……直後、真っ赤な怒りに染まった。

「ご安心ください。触り程度のことで、中身まで詳しく伝わったわけではありません」

『…………っぐ』

 マリエルや、はやてが言い触らす訳がない。一番、分かっている筈だったのだが、少し恥じ入る。

「あの少女の遺伝子には、かつて教会が所有していた聖遺物……『聖骸布』に付着していたDNAのデータと、一致する部分が多々見られました」

 なのはと、『彼』の遺伝子の他、もう一つ。

 マリエルは確かに、『「ほぼ」100パーセント』という表現をしていた。

 おそらくは、なのはと、『彼』ではなく…………聖王が女性だったということならば、『彼』と聖王の遺伝子の『合の子』のようなものが製造され、それが、なのはのDNDと掛け合わされて、ヴィヴィオは生まれたのだろう。

「およそ15年前に、厳重に保管されていた聖骸布は、盗み出されてしまったのです。金銭や、宝石、黄金などの高価な装身具などには、一切手を触れず。不可解でしたが……納得しました」

最初から、聖王のDNAが目的だったというわけだ。

「……捜査協力という形ですが、こちらが当時、聖遺物の管理を任されていた枢機卿です」

 写真には、何らかの祭典の最中、人のよさそうな禿頭の男性が写っていた。

 聖王のDNAを横流しをしたとなれば、一連の事件の犯人とも、何らかの繋がりが持てるかもしれない。

『ちなみに、この人物は?』

「行方不明です。聖骸布が盗み出された晩に、忽然と消えてしまったのです」

『……怪しすぎて、逆に勘繰りたくなってきますね』

 全身で『わたしが犯人です』と主張しているようなものだ。そこまで怪しい行動など、そうそう取れるものだろうか?

『まぁ、とりあえずは受け取っておきましょうか』

半ば外部の人物であるなのはに渡したということは、はやてには直接渡したらまずいモノということだろう。

 その写真を、懐にしまう寸前…………

 

(――――ん?)

 

 ……なのはは、写真に、ありえないものを発見してしまった。が、気取られるとまずい。

 再び、写真を懐に仕舞う。

「それと、もう一件。あの少女について、」

『ヴィヴィオ、です』

「――え?」

 なのはは、明らかに不機嫌な顔で、話を遮った。

 

『あの子には、『ヴィヴィオ』という名前があるのです。モノ扱いされているようで……正直、不快です』

 

 カリムは、意外な方向に噴出した怒りに戸惑った。

「――それは、失礼しました」

 情報では、ヴィヴィオは機動六課に保護されている少女……というだけだったが、どうやら、違ったようだ。

「現在、ヴィヴィオさんは機動六課で保護、という形となっています。仮預かりのままにしておくよりは、提案という形なのですが……当教会の系列施設で、」

 

『――論外ですね』

 

 なのはは、またしても遮った。

「あの、何か誤解をされているようですが、」

『誤解もクソもありません』

「く、クソ……?」

『あなた個人が、百歩譲って、完全な好意でヴィヴィオを迎え入れようとしているとして…………周囲は、どうなのですか』

「…………」

『聖王の遺伝形質を色濃く残す少女。彼女を教会の施設に入れる。さぁ、これで『保護』という目的だけで納得する者が、どれだけいますか。信仰対象に祀り上げようとする狂信者が、ウジのように沸いて出るのが目に見えています』

 なのはは、刀の鯉口を切り、言い放つ。

『もし、そうした目的で、ヴィヴィオに指一本でも触れたら…………枢機卿だろうと教皇だろうと神だろうとなんだろうと――――――斬り殺しますよ』

 ……完全に本気の目だった。

「失礼、しました。忘れてください」

 気圧され、発言を撤回した。

『……情報提供、感謝します』

 なのはは、今度こそ部屋を出て行った。

 

――ぱらぱらぱら……

 

 ……デスクに置かれていた、古びた木箱が蓋を開け……中身の、これまた古びた紙片が、魔力光を帯びながら浮遊する。

「…………」

 紙片は、一枚の頁となって、カリムの手に収まる。

 

「対なる翼、久遠の闇に分かたれし時――

 

 死せる王、悠久の柩より目覚め――

 

 常世の光、永久の影へと消えん――」

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

『ヴィヴィオ、帰りますよ』

 なのはは、待合室にいたヴィヴィオに声をかける。

「………………」

 が、無反応だ。どうやら、絵本に夢中になっているらしい。苦笑しながら近づいていくと、呼んでいる絵本のタイトルが見えた。

 

――――かなしいおうさま

 

 ……なんだ、この不吉なタイトルは……と、近くにいた職員を睨む。

 途端に狼狽しだす職員を見て、自分が大層、苛立っていることに気づいた。

 どうやら、先ほどのカリムの話を真に受けて、必要以上に神経質になっていたようだ。

(宗教かぶれの言うことなど、気にする価値も無い)

 さっさと忘却することにして、今はヴィヴィオとの約束だ。

『ヴィヴィオ』

 ぽん、と背を撫でると、はっとしたように顔を上げた。

「あっ……え、もうおわったの?」

『ええ。終わりましたよ』

 ヴィヴィオは、絵本と、なのはの顔を見比べる。どうやら、借り物の本を返さなければならないが、続きが気になるようだ。

『こちら、永遠にお借りしても?』

「ど、どうぞ……!」

 ありがたく受け取り、さっさと建物を後にする。

 本を荷室へと仕舞い、バイクで走り出した。

「ねー、なのはさん。なんの話してたの?」

『つまらないお話でした。もう忘れてしまいましたね』

「そっかー、つまらなかったんだー。……さっきの本、すっごく面白いんだよ!」

『……アレがですか?』

「うんっ! 王さまのお城に、旅のひとがやってきてね、よそのくにの王子さまと、しょうぶを――」

 楽しそうに本の内容を伝えてくれるヴィヴィオを連れて、走る。

『どうしますか? 何か、食べてから帰りますか?』

 ヴィヴィオは結局、早く続きを読みたいらしく、機動六課への帰宅を望んだ。

 まぁ、エドが作るのより美味な食事など、そうそうありはしないので、正解と言えば正解だ。

 

 隊舎に着き、手を繋いで食堂へ行く。

 ヴィヴィオくらいの年の子は、ほんの一瞬目を離した隙にどこへ行ってしまうか分からないから……というのが、なのはの言い分なのだが、それだけではないこともまた、明らかだった。

「あー、ようやく終わった…………」

 と、そこへティアナたちがぞろぞろと連れ立ってやってきた。

 今日の訓練を終えたのだろう。

『…………今日は、セリカは一緒ではないのですね』

「セリカなら、まだ管制室にいるって言ってましたよ」

『…………そうですか』

 折角なので、フォワード陣も同席して、食事にすることになった。

 

「おうチビすけ。どこ行ってきたんだよ?」

 エリオが、ヴィヴィオの頭をグリグリとかき回しながら聞いた。

「んっとね、んっとね……えっと……どこだっけ?」

『教会区にある支部ですよ』

「そうそう! あのね、なのはさんのバイク、すっごいはやいんだよ! びゅーん、って!」

 その後も、興奮気味に今日の出来事を伝えるヴィヴィオ。食堂の皆も、誰一人として迷惑そうな顔をすることも無く、聞いていた。

 やがて、エドが作った料理が配膳され、ヴィヴィオが大口を開けてかぶりつく。

『ああ、もう朝も言ったでしょう。一回一回が多すぎます。せめてナプキンでも着けなさいというのに……』

 自分の食事をそっちのけでヴィヴィオの世話を焼くなのは。

 

――つい、こういった言葉が口をついてしまうのは、不可抗力だろう。責められる理由など、ありはしない。『その言葉』が、なのはにとっては、禁句であろうと。

 

 

 

「――――まるで、親子(・・)みたいですね」 

 

 

 

『…………………………』

 かしゃんっ……と、フォークが卓に落ち、軽い音を立てた。

『おや、こ…………?』

 強張った、なのはの声。しかし、周囲に、その変化に気づく者はおらず……不運なことに、なのはをよく知る人物も、いなかった。

「話のタネになってますよ。もう、どっからどう見ても親子にしか見えない、って」

『……………………』

 なのはの顔が、次第に、青ざめていく。指先が、かたかたと震え出す。

『………………おやこ……おや、こ……』

 俯いて小声で話す様に、周囲は、なのはが照れているものだと勘違いをする。

『……………………っ!』

「なのはさん……!?」

 真っ青な顔で、苦悶の表情を浮かべるなのはの異常に、唯一、ヴィヴィオだけが気付いていた。なのはは、立ち上がろうとして……

 

――――ガタンッ!!

 

 椅子に躓いて、大きく倒れ込んだ。

「!? なのはさんっ!!」

 スバルたちが、慌てて駆け寄る。

『…………、い、たい……! いたい……!!』

 なのはは、頭を抱え込むようにして丸くなり、完全に硬直してしまっていた。

「おい、どうした……!?」

 食堂に居合わせたほかの隊員たちも、駆け寄ってくる。

 しかし、なのはは、まるでひきつけを起こしたような状態のままだ。

 

『Emergency! Self Support Mode!』

 レイジングハートが、人型躯体を構築する。

 なのはのポケットから、常用している煙草を取り出す。ガチガチに噛み締められた歯をこじ開け、咥えさせ、着火。ひゅう、ひゅう、と上ずった呼吸と共に、吸引されていく。

 強張っていた四肢が弛緩したことで、一応の落ち着きは取り戻したのだが、まだ、安定とは言えない。

 介抱するレイジングハートの傍らに、ヴィヴィオが座り込む。

「なのはさん、だいじょうぶ……?」

 頭を撫でようとでもしているのか、手を差し出すヴィヴィオ。純粋な好意の現われである。しかし、正常な判断力を失ったなのはは……

 

――ぱしっ。

 

……ヴィヴィオの手を、力なく、しかし、払いのけた。

「――……え?」

 払いのけられた手を、呆然と押さえ……なのはを、縋るような目で見やる。

『あ…………』

 なのはもまた、自分の行いに、愕然としたように声を漏らした。

『……ちがう……ちがうんです……ごめんなさい……ごめんなさい……』

 弱弱しく、釈明をする。

「な、なのはさん……なのはさん、」

 何かの間違いであってほしいと、再び手を伸ばす。

 

『――来ないでっ!!』

 

 鋭い声に、びくっと身を竦ませる。

『……お願い……今は……私に、近づかないで……』

 なのはは、俯いたまま、懇願するように言った。

『……明日には……ちゃんと、いつも通りになるから……だから、いま、は………………』

 プツン、と、糸が切れたように倒れ込んでしまう。

 

「……………………………………」

 

 手を押さえたまま、呆然と座り込むヴィヴィオ。

「………………」

 頬を、涙が伝う。

「……?」

 不思議そうに、それを拭う。拭う。拭う。

 しかし、拭っても、拭っても、涙は止めどなく流れ……やがて、目の前が見えない程に、視界が滲む。涙に浸食されるように……理解を拒んでいた事実が、突きつけられる。

 

 

――――自分は、拒絶されたのだと。

 

 

 理解してしまった途端……今度こそ、本当に……嗚咽が漏れだした。

「…………っ!!」

 ヴィヴィオはただ、涙を流すことしか、できなかった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「細工は流々…………では、イッてみましょう♪」

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

――――ピリリリリリリリリリリリリッ!!!!

 

 

 その静寂を引き裂くように、警報が鳴り響く。

「レイジングハート! なのはさんのこと、任せたわよ!」

 ティアナは、判断に迷うフォワード陣を引き連れ、出動の準備へと向かう。

 

 準備もそこそこに、緊急の説明が行われる。

「現在、ミッド首都に向かって、ガジェットが進行しつつあります」

 示される図には、四方八方から首都へ迫るアイコンが、無数に表示されていた。

 その、かつて無い数にどよめく隊員たち。

「今回の任務は、地上部隊・航空隊との共同任務になります。我々の任務は、……」

 地上にも、アイコンが表示される。

「ガジェットを先導していると思われる、敵戦力の進行の阻止、あるいは、撃破です」

 

 ピッ、と新たな画像が表示される。

 そこには、迫りくるガジェットを率いるようにしている、少女たち。

「……っ! コイツら……!」

 ウェンディ、セイン…………

「コイツも……!!」

 ルーテシアと……ガリューの姿まで見える。

「総戦力をぶつけてきやがったのか……?」

 かつて無い数。戦力未知数の敵軍。

 

「――大丈夫ですわ」

 ティアナの肩を、セリカが叩いた。

「みなさんなら、きっと大丈夫です!」

 その自信満々に言い切る姿に、ティアナはあきれつつも、感謝をした。

「……根拠のない励ましをアリガトウ」

「こ、根拠ならありますわよっ!!」

 ふくれっ面になるセリカに、皆が笑った。

 

「――では、解散!」

 

 滑走路に並ぶヘリや車両に、続々と乗り込んでいく隊員たち。

「スバルッ!」

 別々の車両となったギンガが、スバルを呼び止めた。

「あっ、ギン姉……え、あ、ちょっ!? なに、ナニ!?」

 近くまで来たギンガは、スバルの身体のあちこちを触る。

「……変に強張ってはいないようね」

「だ、大丈夫だって! 心配性だなぁ、もう!」

 恥ずかしいやら照れくさいやら、頬を赤らめるスバルに、ギンガは真剣そのものの表情で、言った。

「――大規模な作戦は、混戦になりやすいわ。決して、単独行動はしないこと。必ず、チームの誰かと一緒に行動すること。勝てないと思ったら、退くことも大事な決断よ」

「……ギン姉」

 二人が思い浮かべるのは、当然……母の事だろう。クイントは、まさに、こうした大規模な作戦の最中、命を落としたのだから。

「ギンガ、そろそろ行きますよ」

 シャッハが呼びに来て、ギンガは最後に、スバルの手をぎゅっと握った。

「……私たち第3班は、フォワードチームの隣の区画に配置される予定よ。いつでも合流できるわ」

「うん! ギン姉が危なくなったら、飛んで助けに行くから!」

「――――、」

 まさか助けられる側だとは思わず、呆気にとられた。

 シャッハに手を引かれて、車両へ乗りこんでいく。

「――武運を!」

「シャッハさん、ギン姉をよろしく!」

 別々の車両に乗り込み……出撃となった。

 

 

「…………なぁ、コリンよ」

「あぁ?」

 こちらは、また別の車両。

 操縦を務めるゼルビスが、隣席のコリンにふと尋ねた。

「今回、マジでオレ達だけなんだよな」

「んだよ、今更……シグナムさんは、フェイトさんと航空戦力の駆逐に行ったぜ」

「おぅ……」

 お調子者のゼルビスが、いやに低い声で言う。

「オメー、まさかビビッてんのか?」

「……! ンなわけ、」

 激しかけ……しかし、ため息をついた。

「……ああ。正直、ビビってるよ。今度こそ、正真正銘、オレたちだけの任務だ」

 思えば、これまでの任務では、行動範囲内にはシグナムの姿があった。それが、自身や安心感につながっていた。

「けどよ、」

 ぎゅっとステアリングを握る手に、力が入る。

「ここで、オレらがバシッとカンペキに任務をやり遂げたらよ……少しは、ヒヨッ子返上できるんじゃねぇかと思うと……緊張しちまって」

 きょとん、と聞いていたコリンは……げらげらと笑いながら、ゼルビスの肩をバシバシと叩いた。

「バッ……バカヤロウ! 笑うんじゃねえ!」

 顔を真っ赤にして怒るゼルビス。

「悪い、悪い……」

 デバイスを撫でながら……自信に満ちた顔をするコリン。

「どうせなら、もっと派手に行こうじゃねぇか」

 荷室から、ほかのメンバーも顔を覗かせる。

「任務をやり遂げるだけじゃねえ。ガジェットも、敵も、片っ端から、オレら機動六課で、食い止めてやるんだよ」

 いつもの……エリオとつるんで、悪巧みをする時と、同じような顔で。

「エリートの皆さんを差し置いて、オレらが大活躍! してやると、どうだ? オレらを無能の落ちこぼれ扱いしやがったセンコーだ、スカシ面のジジババ共は赤っ恥だ!

 

 

――マジでサイコーにスカッとするじゃん!」

 

 

 班員たちは、コリンの語った夢想じみた言葉に笑った。

「――っし。んじゃあ、いっちょやってやるかぁ!」

「ついでに特別休暇もゲットして、本局職員たちと合コンだぁ!」

「ヤオは負傷して療養になりそうよね」

「ちょっ……やめてよ! 洒落になんない!」

 笑って、笑って……決意も新たに、踏み出した。

 

 

「うわー、いっぱいいるねー」

 ヘリから身を乗り出すようにして、雲霞の如き飛行ガジェットの群れを眺めるフェイト。

「目的は何だと思う?」

「陽動だろうな」

 シグナムとクロノは、入念にデバイスをチェックしながら話し合う。

「カリムの予言があっただろう? 恐らくは、これを機に地上本部の戦力を手薄にして、一挙に攻め入るつもりなのだろう」

「豪華なものだな。航空部隊が3個大隊、地上部隊は2個大隊」

「首都へ攻め入ったのが運の尽き、我らが力を思い知れ……ってな」

 皮肉に言い放つクロノ。

「まぁ、民間人保護を最優先にすることに異議は無いさ」

「我々は我々で、王の命を果たすとしようか」

 操舵室のヴァイスから、連絡が入る。

『間もなく接敵します』

 ヘリが180度回頭する。

「では、やるとしようか……レヴァンティン」

『ja』

 

――バグンッ

 

 ヘリのハッチが開く。丁度、敵の飛行部隊に向かい合う形だ。

『Bogenform zwei』

 レヴァンティンが、狙撃弓に変形する。これは確か、シグナムにとっては、奥の手のようなものだった筈なのだが……

 怪訝な目をするクロノに、シグナムが言う。

「もう、粗方のデータは敵に渡っているからな。隠す必要もないだろう?」

 

――――キリキリキリ……!!

 

 弓を番え、引き絞る。

「……エクスプロージョン・カートリッジ……ロード」

 鏃に、カートリッジの魔力が充填される。

 

――エクスプロージョン・カートリッジ。

 

汎用のものではなく、『炸裂させる』ことに特化させた専用カートリッジだ。高密度に圧縮された魔力の破壊力は極めて高いが……破壊力が高い故に、使用には制限があり、起動にも、『炎熱』の魔力変換資質を必要としていることから、ほぼ戦略兵器のような扱いを受ける代物である。

 

 

「――翔けよ、飛燕!!」

 

 

――――――ギュイイイイイイイイイインッ!!!!!

 

 

 甲高い弦の音と共に、赤熱する矢が飛翔する。

 

――――ズババババババババババババババッ!!

 

 矢が、幾重にも枝分かれを起こし……無数の弾頭となり、ガジェット群の中心部へ作悦する!

 

 

――――――ズガァアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!

 

 

『……パねぇ』

 ヴァイスが呟いた。

「では、俺たちも行くか」

「うん!」

 

 ヘリから飛び出し、ガジェットの掃討へ向かう。

「レーダーが乱れるから気象操作はするなよ」

「えー、アレが一番簡単なのにー……」

 ぶつくさ言いながらも、魔力刃を展開する。

「よっしゃー! かかってこーい!」

 

――――ピピピッ。

 

 ガジェットの照準が、フェイトを捉える。

「んー……」

 

――バシュッ!

 

 光弾が発射された時、フェイトは既に、ガジェットの背に取りついていた。

「よけいなおせわかもしれないんだけどさぁ」

 

――ガギンッ!!

 

 光刃を深く突き入れ、一機を撃破。

「その攻撃の前、きゅいーんっ、て音がするから、発射タイミングがバレバレだよ?」

 

――ザンッ! ガギュンッ!!

 

得意の範囲殲滅を使えずとも、フェイトは、ガジェット如きに後れを取ることは無い。

「……んぇ?」

しかし、遠方……老朽化し、鉄骨だけがむき出しになっているような廃ビルの頂上で、何かの光が瞬き……

 

 

――ズゴォオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 

 

「のわぁああああああああああっ!?」

 凄まじい威力の魔力砲が、味方のガジェットをも巻き込みながら、フェイトのマントを掠った。

「あ、あっぶねー!!」

 しかし、妙だ。あれだけの大威力。エネルギーを収束している間に、察知することができる筈なのだが……

「……阿呆。データにもあっただろう。敵の攪乱技術だ」

 近寄ってきたシグナムが助言する。

「だれがアホだよ!?」

「いいから周囲に注意を払え。死ぬぞ」

 

――――ズドォオオオオオオオンッ!!

 

「! ……とォうっ!」

 今度は、危なげなく回避に成功する。しかし……

 

――ドゴォオオオオオオンッ!!

 

 ……どこぞの地上部隊の一角に着弾。

 バリケードを築き、ガジェットに備えていたその一段は、ただの一撃で撃破されてしまった。

「うっそ!? 発射地点あそこでしょ!? 何であんな場所に届くんだよ!?」

「……これは無かったな」

 

 ガジェットだけならまだしも……感知不可能、軌道予測不可能の大威力砲撃までセットとなると……

「……おもしろいじゃん!」

 フェイトは、ニッと笑って、バルディッシュを構えなおした。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

――ガキンッ!!

 

「ふんふふーん、ふんふふーん」

 バレルを交換し、次弾を装填するディエチ。

「何人やったらー、クアットロはほめてくれるかなー……っと!」

 

――ゴゥンッ!

 

 巨大な砲身を、プラスチックか何かのように軽々と振り回す。

 

――ズパンッ!!

 

 敵が撃ったと思しき射撃魔法が、遥か彼方の廃ビルへ着弾する。

「あはははは! ハッズレー!」

 

――ズドォオオオオオオオオオンッ!!

 

 第二射が、地上部隊の一角を消し飛ばした。

「あはははは!」

 そしてまた、全く見当違いの方向へ飛んでいく攻撃。

「だーかーら、そっちじゃないんだよー!」

 

 ディエチが腰を据える発射地点の周囲は、鏡のような力場で覆われていた。

 クアットロより渡された、新型の装置である。鏡のような力場は、その見た目の通り、対象物の姿を、別の地点に鏡像として投影できる。

「あはははは! そーれ!」

 

――ドゴォオオオオオオンッ!!

 

 ……それどころか、細かく調整すれば、大威力の砲撃であろうとも、屈折させ、本来であれば在りえない軌道で撃ち出すことも可能だ。

「もういっちょー!」

 

――ズドォオオオオオオオオオオンッ!!

 

「あはは、……あり?」

 次の砲撃を撃とうとしたが、どうやら、エネルギーが切れてしまったらしい。

「えーっと……こんなこともあろうかと……あった!」

 

 懐から取り出したのは、古めかしいランプだった。……いや、問題はランプではない。その中で揺れる……漆黒の炎だ。

「えいやっ!」

 パリンッ、とランプが割れて……

 

――ボウッ……

 

 ディエチの身体を、漆黒の炎が取り巻く。

「ん、んー……!!」

 苦しむ様子も無く……むしろ、その炎を受け入れる。

 

「――みなぎってきたー!!」

 

 エネルギー、回復。懐には、同様の装置があと2つもある。

 ディエチは、優位を確信し、嬉々として砲撃を乱射するのだった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

『………………』

「おう、起きたか」

 目を覚ましたなのはは、覗き込んでくるはやてと目を合わせた。

「気分はどうだ?」

 だが、なのはは、返事もせず周囲をきょろきょろと見渡す。

『ヴィヴィオは……』

「フィアットに預けている」

 はやても、恐らくだいたいの事情を知ったのだろう。

 

『……! そうだ、さっき……!!』

 倒れる寸前、警報を聞いた記憶がある。

「あぁ。異常な数のガジェットと……敵の兵士が、ミッド首都に攻め込んできている」

『だったら、なんでこんなトコにいるの!?』

 はやては、部隊長だ。こんなところで油を売っている暇など、在るはずが無いというのに。

「指揮はリーゼに任せてある」

『でも、』

 身を乗り出すなのは。

「――あんな状態のお前を、放っておけるわけ無いだろ」

 とんっ、と肩を押され、ベッドに倒れ込んでしまう。

「……でもまぁ、意識はしっかりしてるようだな。違和感を感じるところは?」

『んっと……』

 一通り、体を動かしてみて……異常がないことを確認する。

『大丈夫』

 

 そして、通路に出ると……やはり、人気が無い。

 かなりの人員を、現場に割いているのだろう。

 敵の狙いは、恐らくは地上本部か……もしくは、他の行政施設。

 だが、なのはは、どこか引っかかるものを感じていた。

 

『……はやて、これを見てほしい』

 

 なのはが、懐から取り出したのは……先日、カリムから預かった写真だ。

「おう。……ん? おい、何だこれ」

 はやても目を剥いた。写っている枢機卿…………ではなく、その傍らに付き従う、一人の修道女に。

「日付は…………15年前? いや、しかし……」

 修道服のおかげで体型は判別しづらく、被った頭巾も、頭髪の露出を抑えてしまっている。だが、しかし……そこに映っている素顔は、紛れもなく…………

 

 

「――――――――セリカ……なのか?」

 

 

 ……機動六課の新人オペレーター、セリカ・クラウンと、同一のものだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

出撃の準備をするなのは。はやてもまた、現場での指揮を執る事が決まったらしく、準備をしていた。

「なのはさ~ん!」

 と、格納庫の入り口に、フィアットが現れた。

「………………」

 

――緊張した面持ちの、ヴィヴィオを伴って。

 

『………………』

 なのはは、準備の手を止める。

 ヴィヴィオを連れてきたのは、フィアットの仕業のようだ。

 じりじりと、距離を詰めていく。だが、ヴィヴィオは、いつものように駆け寄って来てはくれない。当然だ……と、なのはは自戒した。

 ……と、ヴィヴィオが、何かを手に抱えていることに気が付いた。

『……絵本、ですか?』

 それは、カリムのところから借りてきた、例の絵本だった。

「……ん」

 こくん、と頷いて、なのはの目を見るヴィヴィオ。

「あの……よめない字が、あって…………でも、つづき、よみたくて…………その……」

『………………』

 なのはは、ヴィヴィオの目の前にしゃがみ……拒絶されるのも覚悟の上で、手を伸ばした。

「……………………」

 幸いなことに、拒絶はされなかった。

 しかし……開いてしまった距離感は、そう簡単には戻らない。

『………………』

「………………」

『……ヴィヴィオ』

「……はい」

『……この任務が終わって……帰ってきたら……』

 

――もう一度、話をしましょう。

 

 ……その一言を、どうしても、口にすることが出来なかった。

『…………! で、出ます!』

 なのはは、逃げるようにバイクに跨り、アクセルを吹かした。

「……大丈夫よ、ヴィヴィオ。なのはさんは、照れ屋さんなだけだからね」

 フィアットが、ヴィヴィオを慰めながら、手を引く。それに素直に従いながらも……遠ざかっていくなのはの背中を、見えなくなるまで、見つめていた。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 スバルたちフォワードチームは、指定されたポイントで降車し、遊撃に打って出た。

「…………来る!」

 

――ギャゴァアアアアアアアアアアアッ!!

 

 異形の二輪車が、地を踏み砕き蹂躙しながら、ティアナを完全に轢き殺す軌道で疾走した。スバルに抱えられ、マッハキャリバーの機動力によって回避する。

 

――ゴガガガガガッ!!

 

 フルロックターン。

「ハッハァー! ツインテに赤毛チビ!

いつぞやの借り、利子つけて返すッスよォーーーーー!!」

 操縦するのは、ウェンディだ。

「ふん……木端微塵にしてやったのに、また作りやがったわね」

「性懲りもなく……」

「うるさいッス! リベンジッスよー!」

 どうやら、ティアナとエリオは勝手にライバル認定されてしまったらしい。

「出るッスよ、《ツインブレイズ》!!」

 

――ヴィイイインッ!!

 

 ウェンディの手に、二本の光剣が出現する。

「新武装ッス! 聞いて驚くがいいッス! これは――!」

 

「 「 『なんでも切れる剣』だろ?/でしょ?  」 」

 

「なんでも、……………………えっ」

 瞬時に看破され、出鼻を挫かれた。

「見りゃわかるわよ、そんなもん」

 新武装を『そんなもん』扱いされ、ウェンディは釈明のように……

「い――いや、それだけじゃ……それだけじゃなくって!! この剣は、なんと……!」

 

「どこまでも伸びるんだろ?」

 

「どこまでも、――――――、」

 ……もともと、魔力刃の扱いに関しては、エリオは専門のようなもの。分からない筈もない。

「そ、それと、それとッスね、えーとえーと……!」

 

「あとアレじゃね? 磁双刀みたいに二本が同期してて、片方を投げても戻ってくるとか」

「ラケルタみたいに繋げてツインサーベルにできるとか」

「実は飛び道具になるとか」

 

 ……順を追って開帳して、『まさか、そんな――!』と、二人を驚かせる計画を全て粉々の木端微塵にされたウェンディは………………

 

「――――――うぇええええええん! おまえら、嫌いッスーーーー!!!」

 

 ……破れかぶれのように、切りかかるのだった。

 

 

「久しぶりだねぇ、おチビちゃん」

「………………?」

 一方、ガジェットの上に座るセインは、キャロと対峙していた。

「あたしの『ディープダイバー』を、あんなやり方で攻略されるとは思わなかったよ」

「………………?」

「けど、おんなじ手はもう二度と食わないよ。油断も遠慮もしないで……確実に葬っ、」

 

「………………だれだっけ?」

 

 ………………ビキリと、空気が凍てついた。

「…………え? いや、ホラ……この前、ゲーセンで」

 おろおろと、律儀に説明するセイン。

「……そうか」

 ぽん、と手を打つ。ほっと安心するセインだったが……

 

「――ルーテシアを助けに来た、ムキムキマッチョだ」

 

 盛大に勘違いをしていた!

「違うわぁあああああああああああああああああああああっ!!」

 よりにもよって、ゼータと勘違いされたセインがブチ切れる!

「誰が、いつ、あんなガチムチになったよ、ええ!?」

 キャロは、腕を組んで考え込み……

「そういえば――ちがうかも」

 何かを思い出す。

「だろ!?」

 喜色を浮かべるセイン。しかし……

 

「――仮面をつけてない」

 

「仮面の有る無しの問題じゃねぇえええええええええええええええええっ!!」

 だんだん、と地面を踏んで抗議する。

「どう考えても違うだろ!? ホラ! 背丈! スタイル! よく見てから判断しろよ!」

 ビシッ、とポージングを取ってアピールする。しかし、キャロは全然まったく何にも覚えていないらしい。

「んー……いたっけ、こんなの……」

「え、ナニコレ。あまりの瞬殺っぷりに、記憶に残ってない系……? 泣いていいの……?」

 まぁ確かに、ずっと地面に潜っていたし、倒され方も、顔面を踏みつけた上での音響手榴弾。しかもその後にルーテシアとの対決と、顔など覚えてはいないだろう。

「くっ……! でも、今日のセインさんは一味もふた味も違うんだからね!」

 構えた右手に、エネルギーが収束していく!

 

「《レイストーム》!!」

 

――ズパァアアアアアアアアアアアアッ!!

 

 光線が煌めくと同時、キャロを抱え、全力でその場を退避するスバル。ほんの数瞬前まで居た場所を、鋭利な光線が切り裂いた。

「は、速っ……!?」

 速度だけで見れば、なのはの射撃や、実弾銃よりも速い。

 しかも……

 

――ズヴィイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!

 

 光線は途切れず……さながらレーザーのように、振り回される!

 

――ズィイイインッ!!

 

 築いていたバリケードを両断する。

「はっはっは。どーよ!? 後期型機体のために開発された新技術の味は!」

 自慢げに力をひけらかすセイン。ウェンディも、既に専用武装でティアナやエリオを翻弄していた。

 ここが踏ん張り時。ここを抑えず、どこをやらと、気合も新たに、戦闘へ突入しようとして……………………………………

 

 

 

「――――ちょっと待って」

 

 ……ティアナが、仲間たちを制した。

「エリオ。あの青毛の女、確か、『何にでも潜る』能力で……赤毛は、『何でも速く動かす』能力なのよね?」

「あ、ああ……そうだけど」

「じゃあなんで、さっきから能力を使ってない?」

「……あ!?」

 二人をスキャンをしても、異常はない。

 だが…………

 

――――二人には、『影』が、存在しなかった。

 

「――! クソッ!」

 突然の舌打ち。踵を返し、呆気にとられる仲間たちへ指示を飛ばす。

「――――撤退! この場から、全力で――――!!」

派手な登場も、新武装も、全て――――

 

 

「――――いい勘してるけど、もう遅い」

 

――ただの囮!

 

 高空より下される宣告。見上げる先……ルーテシアは既に、詠唱を終えていた。

「やれ――――地雷王」

 

――――ゴズズズズズズズンッ…………!!

 

 ティアナたちが立つ道路に、激震が走り……

 

――ボゴォンッ!!

 

 突如、巨大な洞が口を開け、スバルたちを飲み込んだ!

「っ!!」

 落ちてゆく中で……ウェンディとセインの姿に、ノイズが走り、消えていく様を見る。

 最初から、ホログラム。

 あまりにも多数だったガジェットにも、虚像が織り込まれているに違いない。

 敵は、まんまと、管理局に過剰な戦力を放出させることを成功させたのだ。

 

――陽動だと、分かっていた筈なのに。

 

ティアナは唇を噛み締めながら、確かに、その言葉を聞いた。

 

「今日は、ウチの勝ちッスよ」

 

「――――……ちっくしょォおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ティアナは……悔しさに、吠えた。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

――落ちている。

 

 このままでは、地面に叩きつけられて、良くて重症、悪くて死だ。

「――! マッハキャリバー!」

『委細承知よ!』

 空中で姿勢を整え、心を静める。

「ひっさびさのォ……ウイングロードッ!!」

 

――ザァアアアアアアアアアアアッ!!

 

 蒼い絨毯が、ティアナの落下ポイントへ先回りをする。ティアナは、フローターを発動し、最低限の衝撃で着地に成功した。

「あぶない、あぶない……」

『クエー……』

 キャロは、フリードを超スピード召喚しており……

「あ、あっぶねー……!」

 その嘴の先に、エリオをぶら下げていた。

「このまま上昇…………は、無理そうね」

 上空に開いた穴は、残っているが……ノコノコ顔を出したら、即座にガジェットに狙い撃ちされてしまうだろう。

「一旦、降下。地下通路を抜けて、再度地上へ戻るわよ!」

「通信は…………うん、生きてる!」

 幾度となく妨害された結果なのか、このような状況でも問題なく通信が届いた。

『みなさん、ご無事で!?』

 セリカの慌ただしい声に従って、地下通路を進めば、地上との連絡口に出られるだろう。

 例のクアットロが通信を偽装していないかどうか、念のため符丁で確認し、安全を確かめる。

 地下には、敵戦力は無いらしく……拍子抜けするほどスムーズに、進行できた。

 その先の、曲がり角に差し掛かり……

『その『T字路』を右へ』

「――え?」

 T字路? いや、それはおかしかった。目の前にあるのは、唯の曲がり角で…………

「……」

 右手の壁に手を触れる。すると……

 

――――ジジジッ……!

 

 ……映し出されていた虚像の壁に、手が潜りこむ!

「――戻、!」

 

――ズパァンッ!!

 

 ……壁を突き抜けてきた光弾が、ティアナの側頭部を直撃した。

「――――、」

 音も無く倒れるティアナ。

「ティアッ!!?」

「…………かべのむこう! フリード!」

『グァアアアアアッ!!』

 

――ボゴォッ!!

 

 偽装された壁ごと、フリードの火焔が焼き払う!

 しかし……

「……だめ、もういない」

 既に、射手は脱出した後だった。

 

「――くっそ……!」

 迂闊であった。敵の姿が無かった事に油断し、敵の偽装を見抜けなかった。

 しかも、その偽装の手段というのが、よりにもよって……

「……ティアと同じ、幻術」

 魔力探査に引っかかりづらい、幻術魔法だった。使い手は、少数とはいえ、ティアナ一人だけではないというのに。

「……! セリカ! ティアが負傷した!」

『状況は!?』

「狙撃されてる! でも、探査には引っかからない!」

 

 ……と、スバルの肩に、フリードが乗った。

「……? フリード、どうしたの?」

 フリードは、まるで置物のように、じっと佇み……

(……あれ? 何でフリード、小さく……)

 

「――――スバル! ちがう!」

 

 キャロの一声に振り向くと、そこには召喚されたフリードが在った。

「……!」

 ぱきりと、偽のフリードの身体に亀裂が入り……

 

――――ドゴンッ!!!

 

 炸裂。

「がぁ……っ! あ、……!」

 至近距離での炸裂の衝撃波を喰らい、よろめくスバル。

 生身の人間ではないことが幸いした。軽い脳震盪程度で済んだらしい。

「う、ぐっ……!! これも、幻術……!?」

 狙撃手と思わせての、この一撃。

 しかも、今の衝撃で、鼓膜こそ破れなかったものの、聴覚が一時的に停止したらしい。

 キャロやエリオが何を言っているのかがわからない。

 

――ズパァンッ!!

 

 音ではない。空気の破裂する衝撃波を察知し、倒れ込むように回避する。

「うぐっ……!!」

 何とか立ち上がる。しかし、またしても敵の気配は忽然と消えてしまった。

 

「うぅっ……!!」

 ティアナが、キャロのヒーリングを受け、どうにか意識を取り戻した。

 しかし、センサーには、仲間のもの以外の反応は示されない。ひとまずは、キャロの張った防御結界に退避する。幸いにも、敵の攻撃力は、それほど高くは無いらしい。

 ……とはいえ、ああも見事にヘッドショットを決める敵だ。殺傷設定など使われていたら、自分はあの瞬間、死んでいた。

 その事実に、今更ながら震えが走る。

「――! くそっ! 不甲斐ないわね……!」

 しかし、こうも短時間で回復できたのは僥倖だ。

「スバル、闇雲に動くな。センサー類、全てカット」

「……うん!」

 落ち着きを取り戻す。

 そうだ。いくらセンサーに反応しないとはいっても、存在しないわけじゃない。

「(――落ち着け。こういう場合の対処も、なのはさんは、ちゃんと教えてくれた)」

 エリオと目配せをする。

 

「――……ふー」

 探知も、セリカからのバックアップも、自身の念話さえも切断し目を閉じ、ただ、己の4感のみで、気配を探る。

「(見えざる敵に相対せし時……)」

「(……全身を目として探るべし)」

 安易にセンサーや視界に頼るのは、敵の思う壺。

 神経を研ぎ澄まし…………僅かな変化を、感じ取る。

 外界の雑音を、完全に遮断し……自身の心音のみとなった世界。

 どくん、どくんという規則正しい音。そこへ割り込む雑音のみ、感じ取るのだ。

 時間が延長されているような感覚。途切れそうになる集中。

 

『――これを、最低でも作戦行動中に持続できるようになれば、まぁ一人前でしょうね』

 

 なのはが言っていた理由が、やっと分かった。

――こんな極限状態、5分も持続させるだけで精いっぱいだ。

 それを、なのはは平然と長時間持続させられるのだ。改めて、驚愕する。

 その、永遠とも思える瞬間が、終わる。

 

 

――――コツッ……

 

 

「――! そこだァああっ!!」

 エリオは、全身の発条を一気に伸縮させ、ストラーダを投擲! 

「ぅおりゃああああああっ!!」

 マッハキャリバーの推進力を解放し、スバルが突進する!

 

 二人の攻撃は……壁にしか見えない空間を透過し……!

 

――――ズゴシャァアアアアアアアアアアアアッ!!!

 

 その向こう、潜んでいた敵を、強烈に打ち据えた!!

 

「……………………」

 吹き飛ばされ……否、後方へ跳び、衝撃を殺したらしい。だが……

「――そこっ!!」

 ティアナの弾丸が通るまでは、隙が出来る!!

 

――パカァンッ!!

 

 直撃はせず……敵兵の装着していた、『γ』と刻印の入った仮面を、破壊する終わった。

「くそっ、浅かったか! ――――!?!!」

 千載一遇の好機を逃した。いや――それどころでは、無い。

「……………………………………………………………………」

「ティア。……ティアってば!!」

 仲間たちからの呼びかけにも、反応できず…………ガンマの素顔を、凝視する。

 

 

 

「――――――――――――――――――――――お兄、ちゃん?」

 

 

 

 ……と、ティアナが不可解なことを言うと同時……

 

――ヴ……ゥンッ……

 

「え……?」

 敵兵は、再び幻術を使用し……今度こそ完全に、姿を消してしまった。

「逃げた……?」

 追うべきか……と、逡巡していた、その矢先のことだった。

 

 

『――――第3班、交信途絶!!』

 

 

第3班。そこは…………

 

――私たち第3班は、フォワードチームの隣の区画に配置される予定よ。

 

 ……ギンガたちの所属する班。

「――――…………!!! ギン姉っ!!」

 スバルたちは、ギンガたちの救助へと向かう!

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「ここッスか?」

「ああ、間違いない」

「てっとり早くブッ壊しちゃわない?」

 虚像ではなく実体のウェンディ、セイン、ディエチは、無人となった機動六課の隊舎を抜け……中庭。特別棟の前に立っていた。

「スマートに行くべきだよ。……IS《ディープダイバー》」

 セインとくっつくようにして、特別棟へ侵入した。

 

 途端、襲ってくる違和感。

「……忌避結界ッスね」

 忌避結界。本能的に、その場に対する嫌悪感を呼び起こす、不可視の結界。

 これが、常時発動しているのが、特別棟の特徴だった。

「装置基部はどこッスかね?」

「んー……」

 セインが、辺りを見回す。

「地下だね。ディエチ」

「あいあいさー!!」

 セインが指示したポイントへ、ディエチが砲を向ける。そして……

 

――――ズゴォオオオオンッ!!

 

 ……装置基部を、ピンポイントで狙撃した。

「あーて、装置は破壊したし、さっさと目標を確保して、――――――」

 と、廊下の奥から……何者かが、歩み出てきた。

 

「――――……」

 

 ……それは、薄汚れた白衣を着た、小柄な少年にも見える人物だった。くすんだ金髪は、天然なのか無精なのか、くるっとカールし、黒縁の丸メガネが内気そうな印象を与える。

「お、誰ッスかね」

「さぁ……? 何かの技術スタッフじゃないの?」

「よわっちそー」

 好き好きに言い合う三人。脅威度は低い、と判断したようだ。

 

 少年は、雷に打たれたかのように、三人の方を凝視したまま、硬直していた。

「あら、ブルっちゃって、

 

「――――ロボっ娘」

 

「――――は?」

 

 ……ボソリと、何やら意味不明の呟きを漏らす少年。

「ろ、ロボっ娘……! まさに、ロボっ娘……!!」

 ちゅいいいん……と、どうやらデバイスだったらしい眼鏡が輝く。

 

「――!! た、タンパク質の肉体に、軽金属フレーム……!? リンカーコア……いや、小型動力炉!! 心臓は……ある! 人体と、機甲化技術の、ハイブリッド……だとォ!?」

 

――――!!

 

「こ、このガキ――!」

「わたしらの身体を、解析……!?」

 ばばっ……! と、身構える三人。

 

「ロボ……否、温かみのある無機物(・・・・・・・・・)ッ!?

 

うォおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!! 求め続けて幾星霜!! 我が理想が眼前にィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」

 

 ル○ンダイブで飛びかかってきた!!

 

「「「ぎゃあアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」」」

 

 生理的嫌悪感という、感じたことのない感情が、芽生えた。

 

――ちゅどんっ

 

 ディエチが砲撃を発射してしまうのも、無理は無い。

「――――し、死んだッスか!?」

「た、多分……!!」

 

――むくり。

 

 生きていた!!

 

「「ひィいいいいいっ!!!!」」

「クハハハハ!! 我がロボ愛の前にそのような砲撃など雨粒ほどにも感じぬッ!!」

 カサカサカサ……と、黒いあんちくしょうにソックリの動きで、三人に這い寄る!!

 

「大人しくボクの……ケイ・M・オーターのコレクションに加われぇええええいッ!!!」

 

 

――――――気持ち悪い!!

 

 

 ……三人の心は、今、一つになった。

「ぎゃー! ぎゃーーーー!! ギャーーーーー!!」

 

――ベキバコボコバキバキ!

 

 加速能力で百烈拳を打ち込み。

 

「来るな、来るなぁあああああ!!」

 

――ズバババババッ!

 

 レイストームの光線を雨あられと浴びせ。

 

「やだっ! やだぁあああっ! クアットロ、助けて! クアットローーーーーーー!!」

 

――ゴンッ! ゴンッ!! ゴンッ!!!

 

 ディエチは泣き叫びながら、砲身でケイを殴打した。

 

 

――――…………5分後。

 

「ロ、ロボ、こォおおおおおおお…………!!」

 ……黒焦げ肉団子となったケイが、ようやく力尽きた。

 

「はー……! はー……!! な、何だったんスか、こいつは……!!」

 恐怖に戦くウェンディ。

「ほーら、怖くなーい、怖くなーい……」

「ひっぐ、ひっぐ…………!!」

 セインに慰められるディエチ。

 

「とにかく、移動するッスよ……!」

 ……倒れ伏したケイの半径5メートルには、決して入らず……任務を遂行する三人。

「とっとと目標の……ええと、『マリエル・アテンザ』を確保するよ!」

 この三人、任務はどうやら、マリエルの拉致であるらしい。

 

――――。

 

「……今、何か聞こえたッスか?」

「あー……うん。聞こえたね」

「……はなうた、みたい」

 

 

――――ふんふんふふーん、ふんふんふーん。

 

 

 そして……

「お、おおお……何ッスか、この、得も言われぬ芳しい香りは……!」

「なんて、美味しそうな匂い……!」

「おなかすいた……!」

 ……三人は、匂いにつられ、食堂らしき場所へと誘導されていった。

 

 

「はぐっ、はぐっ」

「もぐっ、もぐっ」

「はふっ、はふっ」

 

 ……三人は、テーブル一杯に広げられた料理を、口に、胃に詰め込んでいた。

 

 

――――美味しい!!

 

 

 ……三人の頭にあるのは、その感情のみである。

「うまい……うまいッスーー!!」

「こっちも……あれも、これも、ウマーイ!!」

「おかわり、いっぱい……! おいしい、しあわせー!!」

 

 

『――――何をやってるのアナタ達はぁああああああっ!!』

 

 

「 「 「 はっ!? 」 」 」

 

 通信で飛んできたクアットロの叱声に、ようやく我に返った。

「こ、これは一体……!?」

『バカやってないで、いいからそのメシを置きなさい!!』

 ウェンディは、両手に持ったチキンを、苦渋の表情でテーブルに置こうとして……

「わ、わかってるッス……わかってるんス!! でも、でも…………ウマー!!」

 ……我慢できず、かぶりついた。

『セイン、ディエチちゃん! ウェンディの阿呆をなんとかしてー!』

「わ、わかった……コレ食べてから……!! モグモグ」

「あと一口……あと一口だけ食べてから……!! ムシャムシャ」

 美味い。しかし、任務が。しかい、美味い。が、任務が…………

 

――――飯か、任務か。飯か、任務か………………

 

「うっ……うォおおおおおおお!!!!」

「ク、クアットロが呼んでるゥうううううう……!!」

 ……セインとディエチは、鋼の精神力で、エドの料理から逃れることに成功した。

 

『何なの一体コレはーーー!?』

 ヒステリーを起こすクアットロ。

 

 

「――――吾輩の料理は、美味い」

 

 

 鼻歌がぴたりと止み……機動六課・料理長――エド・ダッジラムが、言葉を口にした。

「吾輩の料理は、美味い。……美味くて、美味くて…………あまりの美味さに、満腹中枢が麻痺し、無限に美味を甘受したいと、本能が欲する程に!!」

 

――エド・ダッジラム。

 

 彼のもといた部隊は、末端はおろか部隊長までもが職務を放棄し、24時間、食堂から一歩も出られず……排泄物さえも垂れ流しながら、エドの料理を恍惚の表情で頬張っていたという。

 対BC兵器装備に身を固めた特殊部隊に救出された際、隊員たちは、重度の肥満と成人病を患っており、今も闘病生活を送っている……

 

「――故に、全力での調理を、部隊長に禁じられていた……神聖なる厨房で歌いたくもない鼻歌を歌い、目の前の食材から目を背け、遊びながらの調理……!! 屈辱……! なんたる屈辱……!!  しかァしッ!!」

 

――ダンッ!!

 

 テーブルに、新たな料理が補充され……セインは、狂ったように頬張り始めた。

 

「――部隊長は仰った! 外部からの侵入者……『お客様』に限り、全力調理を解禁する、と!! 嗚呼、料理人冥利に尽きるとはまさにこのことッ……!!」

 

――ゴゴゴゴゴゴッ……!!

 

 エドの背中から、千手観音のオーラが立ち上る!

「フォオオオオオオ……!! 今、解放せん……我が秘奥義!!」

 

――42本の腕に黄金に光り輝く調理器具を携え……1000品の料理を以て救いを成す、食の守護神!!!!

 

「固有結界……『この世全ての食卓(いらっしゃいませお客様)』ァあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

「あ、あああああ……ウェンディの腹が、あんなに……!」

「胃腸の限界をも超越するっていうの…………!?」

 ……クアットロの指示により、ウェンディを見捨て、退却するセインとディエチ。

「惜しい奴を亡くしたね……」

「あんなにイイ奴だったのに……」

 ……既に故人扱いであった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

大破した車両を背に、ギンガ、シャッハは、第3班を壊滅させた、恐るべき敵と対峙していた。

 

「――――……」

 

 顔は、『θ』と刻まれた仮面に隠しているが、体型からして女だ。

「ったぁ……! シャッハ、動ける……?」

「…………無事です。ですが、」

 

 地雷王の広範囲攻撃は、スバルたちだけではなく、隣接していたギンガたちのいたエリアまでも崩落させていた。

 車両ごと落下した結果、隊員たちは咄嗟に、車両へフローターを発動し…………その隙に、壁面から飛び出してきたこの女に、撃破されてしまった。

 ギンガとシャッハのみ、シータの一撃を防御できたのだが……

「素手、よね……」

「ええ、恐らくは……」

 ギンガの、左のリボルバーナックル。シャッハのトンファー。 共に、強度には定評のあるベルカのアームドデバイス。そのデバイスの一角が、抉られ、削り取られていた。

 見たところ、外部武装は装着していないが……

「解析しようにも、デバイスが無いんじゃ仕方がないわ」

「本当、そこは互いの弱点ですね」

 ギンガ、シャッハ、共に、アームドデバイスの機能は、『収納・展開』のみであり、AIも積んでいなければ、術式も最低限だ。

「まぁ、関係ないわね」

 ジャリッ……と、地面を踏みしめ、突撃の構えを取る。

「やることなんて、たった一つ…………」

 

――ダンッ!!

 

「殴り倒して、制圧するだけよ――!!」

「――」

 ギンガの突撃。対するシータは、軽く腕を上げ半身になり……アーツの基本の構えを取った。

「だぁあああっ!!」

「せァあああっ!!」

 シャッハも、波状攻撃を仕掛けた。

 ギンガの拳に、シャッハのトンファーによる挟撃。だが、シータは……

 

――パンッ!!

 

 ……シャッハのトンファーを、膝と肘で挟み潰し。

 

――ガシィンッ!!

 

 ギンガのリボルバーナックルを、掌で受け止めた!!

 

「――ッぐ!?」

 回避、防御……あるいは反撃を予想していた二人は、面食らう。

 いくらなんでも、ただ受け止めた、とは考え難い。

 シャッハのトンファーの側面……その最も有効な作用点を膝と肘で抑え、シャッハそのものを、ギンガの拳を受け止める支えとしたのだろう。

 純粋な、しかし、研ぎ澄まされた体術の成せる業だ。

「でも――失策ね!」

 だがこれは、ギンガの目論見だった。

 シータは、攻撃を見事なまでに受け止めて見せたが……裏を返せば、二人に『捕まっている』状態だ。

「――ロード!」

 

――ガキィンッッ!!

 

 ギンガは、カートリッジをロード。瞬間的に得られた魔力を、至近距離からシータにブチ込む算段だ。

 

――ギャリリリリリリッ!!

 

 タービンが火花を上げて回転する。

「――……」

 

――チュイィイイイイインッ……

 

 シータの装着した、細身の手甲。その甲部に据えられている小ぶりな金属球が振動する。

 

「――――ソニックバスター」

 

――――――――――…………ヂィイイイイイイイイイイインッ!!!

 

「なっ……!?」

「こ、これは……!!?」

 ギンガのリボルバーナックル、そして、シャッハのトンファーに、金属球からの、猛烈な振動が伝播する!!

 

――――バキィイイイイイイイイインッ!!!

 

 そして、砕ける!!

「――――……!」

 タービンが破損。トンファーに至っては、片方が真っ二つだ。

 

――ドズンッ!!

 

 その隙を見逃さず、シータの拳が、蹴りが、二人に突き刺さる!

「ぐはっ……!!」

 ……何と重い一撃か。

「……! でも、見切ったわよ、その技!」

 ミッド式で言うところの、『ブレイクインパルス』だ。接触した対象に、強烈な振動波を流し込み、破壊する。しかし、『接触しなければならない』という条件があるおかげで、ミッド式の魔導師たちからは敬遠されている。かといって、ベルカ式はどうかというと、打撃は『瞬間』の接触でしかない故に、組みつかなければ効果を発揮できないという、どの系統に関しても、扱いづらい術式だ。

「正体が分かれば、こっちのものよ!!」

 

――パキィイイイインッ!!

 

 デバイスの応急修復を完了させ、再度構える。

「いっくわよぉ!!」

「待って、ギンガ!」

「お、おお――!? ちょっと、何よ!?」

 が、シャッハが、飛び込んでいこうとするギンガを止めた。

「――――私が探る。ギンガ、フォローお願い!」

「え!? ちょっと、シャッハ!」

 今度は、シャッハが前衛。

 

「……!!」

 打ち下ろす!

 

――ガキキキィンッ!!

 

 接触は最低限に、手数を稼ぐ!!

「――――……」

 シータは、トンファーを捕獲しようと……

 

――ドシンッ!!

 

 が、ギンガの拳を阻むことを優先。

「はァあああああっ!!」

 ここで、シャッハはさらに手数を増やし、ギンガと共に、シータを潰しにかかる!

「――――。」

 しかし、シータはまるで機械のように、淡々と防御動作を行う。

「――……! 何で、通らない……!?」

「一発も……!!?」

 シータが行っているのは、何も奇抜な動作でも何でもない。むしろ、入門したその日に倣うような、基本の構え。基本の防御。基本の攻撃。ただ、それだけだ。

 

――だが、通らない。

 

 無理な動きは何もない。一撃ずつを、正確に捌いていく。

「こんのぉおおおおっ!!」

「ギンガ! 熱くなりすぎないで!」

「わかってる!! くそっ、こいつ……!!」

 

――『基本』っていうのはね、突き詰めれば、『究極』の型なのよ。

 

「……!」

 ギンガの脳裏に、その言葉がよぎった。

「――違うっ!!」

 あの日々の言葉が……こんなテロリストを肯定している筈が無い。

「違う、違う、違う……!!」

「ギンガ!?」

 がむしゃらに飛び出したギンガに、ぎょっとする。

「お前が、」

 

――ガシンッ……

 

 ……内部機構を解放。

「お前なんかが……!!」

 

――ギャリッ……ギャリギャリギャリッ!!!

 

 ギンガ貫き手に揃えた手首が、人体の構造を無視し、高速回転を始める!

 

「――母さんの言葉を体現するなァあああああああアアアアァァァッッ!!」

 

 殺害も厭わない禁断の奥の手が……シータの顔面を狙う!!

「――――――――――――『母さん?』」

 シータは、ぽつりと呟いた。そして……

 

 

――すぱんっ。

 

――と、軽い音を立てて。

 

 

 

 

――――――――――ギンガの左手首が、消えた。

 

 

 

 

 くるくる、くるくると。

「――――――――あ、」

 宙を飛び。

「あ、あ……!!」

 

――べしゃっ。

 

 ……目の前に、落下する。己の、手首だったもの。

 

「――――――――あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 その意味を察するよりも早く、激痛が全身を支配した。

「ギンガァあああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 シャッハの悲鳴も、シータの攻撃に中断される。

 

「――――『母さん』『母さん』『母さん』」

 

 ぶつぶつと、機械のようにその単語を繰り返すシータ。

 

――ヴィイイイイイイイイイイ……

 

 ……その右肘から生えている、全長80cm程のモノ。

「仕込み刃、ですって……!?」

 

 振動波を纏った、高周波ブレード。

 

 ……それは、武道家として、あってはならない事。

 しかし……シータは、武道家ではない。一介の、テロリストでしかない。

 その事実を見誤った二人の……敗北だった。

 

――ピシッ…………

 

 ……シータの仮面に、亀裂が入る。どうやら、ギンガの一撃は、僅かながら達していたようだ。

 

――――ピキッ、パシッ…………パキンッ。

 

 ……ぱらぱらと、仮面が砕け落ちる。

「――――――――」

 シータの素顔が、晒される。

「………………」

 ギンガは、痛みに呻きながらも……その顔を、はっきりと認識した。

 

 

「――――――――――――――――――――――うそだ」

 

 

 漏れたのは、たった一言の呟き。ただそれだけだった。

「――――――」

 シャッハも同様に、言葉を失い……ただ茫然と、シータの素顔を凝視する。

「――――、」

 シータは、ブレードを収納し……つかつかと、歩いてくる。

 

 

 

――――姉、ギン姉……………………!!

 

 

 聞き慣れた声が、近づいてくる。

「ス、バル…………!」

 ギンガが、我に返った。

待ちに待った、救援だ。激痛を発する手首を押さえつけ……声を張り上げる。

 

 

 

「――――スバル!! 来ては駄目!!」

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「ギン姉……シャッハさん……!!」

 スバルは、マッハキャリバーを猛烈に稼働させながら、3班が配置されていたであろうエリアへ向け、地下道を爆走していた。

「バカスバル!! 突っ走るなっつってんでしょ!?」

 後を追うティアナたちは、フリードの背に乗り、追う。

 しかし、フリードがいかに飛翔速度に秀でていようとも、やはり閉所では思うように速度が出せず……スバルの独走を、許してしまっていた。

 エリオ単体であれば、追走も可能だが……それ以上に、危惧することがあった。

「デルタ、ゼータ…………」

 おそらくは、コードネームだろうが……決して、彼らだけではない。他にも、同様の強者が敵の配下についている。

 ティアナとキャロ、二人だけにした瞬間、未知の戦力に襲撃されたら……と、離れることが出来ないでいた。

 

――――そして、事実。

 

『――担い手よ!!』

「――ああ!」

 凄まじい圧力が、後方に降り立った!

 

「――――……」

『ζ』と刻まれた仮面を装着した、筋骨隆々の偉丈夫。

未知の戦力ではなかったが……それでも、勝てるかどうか。

「……!! 先に行け!!」

「エリオくん!?」

「止まるな! 行け!!」

 フリードを止めようとするキャロだったが、エリオの指示に従った。

「コイツの手の内は、多分……だいたい知ってる!!」

 

 苦渋に満ちた表情で、その場に一人残る。

「――――……」

 無言で、槍を構えるゼータ。

「……いつまで、だんまり決め込んでるつもりだよ」

 同じく、構えを取るエリオ。

 

――――二人の構えは、鏡写しのように、同じものだった。

 

「――!!」

 先に仕掛けたのは、エリオだった。

「らァあああああっ!!」

 

――ガキィイイイインッ!!

 

 エリオの槍を、軽く受け止め……返礼の一撃。

 

――ヴォンッ!!

 

 魔力刃が宙を薙ぐ。エリオは、身長差を利用し、屈んで回避した。

「せァああああっ!!」

 そして……足元から、掬うような一撃。

「――……」

 ゼータは、手甲で受ける。

 

――ブンッ!!

 

 胴体狙いの、刺突。

 しかし、エリオはそれを回避する。

 

――ガシィッ!!

 

 エリオの柄による一撃を、掴み止めた。

「…………!!」

 

――バリバリバリバリッッ!!!

 

 柄を通しての電撃が、ゼータの身体を直撃…………否。

「――――……」

 手甲の掌は、絶縁体で覆われていた。電撃は……通らない。

「考えてあるっての!!」

 エリオは、空になった左手に魔力を集中。

 

――――ズバンッ!!!

 

 ゼータの胴体へ、魔力の衝撃波を叩きこむ!

「――――……」

 ストラーダを解放し、後退するゼータ。

 しかし、ダメージなどまるで受けていないかのように、再び構えを取る。

「――――」

「はっ……はっ……!」

 しかし、エリオは何故……こうも、実力差のあるゼータを相手に、食い下がれるのか。

「クソッ……クソッ、クソッたれがっ……!!」

 善戦しているはずのエリオが、毒づいた。

 

「――何で、否定してくれないっ!? 

得意げに正体分かった風になってるオレが、馬鹿だったみたいに、否定してくれよッ!!」

 

 ゼータは、ただ槍を構える。無言で……ただ、無言で。

「なぁ! 違うんだろ!? もう、死んだはずだろ!? 違うって……違うって、言えよ!! 言ってくれよ!!」

「――――……」

 

――――ヴォンッ!!

 

 ゼータの一撃。エリオであれば、回避できる一撃。しかし……

「おぉおおおおおっ!!」

『担い手!?』

 エリオは、避けなかった。

 

――ガシィイイイイッ!!

 

 バリアジャケットの一点に、魔力を収束し、魔力刃を直接受け止める!

「――――ァグ…………!!」

 衝撃に呻きながらも……ゼータの槍を、捕獲する!!

「……スト、ラーダァあああああああああああっ!!」

『!』

 

――――ザシュンッ!!

 

 エリオの意思に応じ、鋭く伸長した魔力刃が、ゼータの仮面を真っ二つに切り裂いた!!

「ぜー……ぜー……!! い、痛ってぇ……!!」

 しかし……ダメージの代償は。

 

――カランッ……

 

 仮面の残骸が、転がる。

「――――――!!」

 エリオは……半ば予想していたとはいえ、驚愕した。

『担い手、…………担い手?』

 ストラーダの声も、耳に入らない。

 

「――何で、アンタなんだよ……」

 

 最悪の予想が的中した悔しさに、嘆く。

「――何でアンタが、『そっち側』にいるんだよ……!!」

 固い髪質。厳つい顔。頬に入った古傷も。その全てが……エリオの知る物だった。

 

 

「――――――――ゼスト・グランガイツ……!!」

 

 

 かつての師は……感情の無い瞳で、エリオを見下ろしていた。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 ギンガの元へ急ぐスバル。

 幸いにも、同中にガジェットはおらず……最短距離を疾走することが出来た。

『…………』

 日頃は厳しいマッハキャリバーも、今はスバルのしたいようにさせていた。

 

 崩れた瓦礫の山が、道を塞ぐ。

「――邪魔だァああああああっ!!」

 

――バゴォオンッ!!

 

 蹴散らし、進む!

 

「ギン姉……!」

 間もなく、3班のいたエリアだ。

「ギン姉ぇええええええええ!」

 

「――スバル!!」

 

 聞こえた!

「今行くから、」

 目の前には、最後の壁。

 

「――――来ては駄目!!」

 

 

――――……その声は、スバルが壁を破壊する轟音にかき消され、届かなかった。

 

 

「――――――」

 

 スバルは最初、その光景の意味が、理解することが出来なかった。

「スバル……駄目…………」

 大量に出血し、ボロボロになったギンガ。

「………………」

 限界まで粘ったのだろう。シータに掴み上げられ、だらりと弛緩したシャッハ。

 大事な人が、ボロボロに踏み躙られた姿に、スバルは……

 

「――――お前ぇええええええええええええええええええっ!!!!!!」

 

 何の躊躇いもなく、瞳を黄金色に輝かせ……

「――――っ!!!」

背を向けるシータに突貫………………

「――――――…………」

 ……できなかった。いや、出来る筈も無かった。

 

「――――――」

 

――――スバルは、その顔を知っていた。

 

――――姉に引き継がれた髪色も。

 

――――己に引き継がれた碧眼も。

 

――――意志の強さを感じさせる太い眉も。

 

――――全て、知っているものだった。

 

――――敵兵……テロリストであるはずのシータは。

 

 

 

「――――――――――――母さん?」

 

 

 

 ……クイント・ナカジマ。その人だったのだ。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

――時同じくして、機動六課。

 

 

 喧騒に包まれる管制室。各オペレーターは、受け持ちの班へ指示を飛ばし、刻一刻と変化する戦況を観測する。

「……………………」

 セリカ・クラウンも、その中の一人だった。

「3班、交信途絶!!」

 フォワードチームへ、救援の指示を…………

 

 

――――ザザザザザッ…………

 

 

「…………!!! 来やがりましたわね!!」

 即座に、対ハッキング用のプログラムを走らせる。

「敵端末への逆探知を!!」

 臨時で司令を務めるリーゼが、指示を出す。オペレーター、観測班たちは、班への指示を一時遮断した。これで、現場の隊員たちへも意図が伝わったはずだ。

「今まで、さんざんコケにしてくれた報い……今こそ受けてもらいますわよ!!」

 ホログラフキーを、高速で叩くオペレーター達。

「……!」

 ……セリカのみ、他のオペレーターとは異なる動作を行う。この、管制室の内部に、逆探知を仕掛けたのだ。

 

――――この中に、スパイがいる。

 

 ……それは、フォワードチームから得られた、有力な情報だった。

(みつからない筈ですわ。いくら『外』を探したって…………『中』にいる敵なんて、分かりっこありませんもの!)

 今こそ、敵に通じていたスパイを炙り出して……

 

 

――――……………………バツンッ。

 

 

――――管制室の全電源が、落ちた。

 

 

「――――え?」

 セリカは、己の手元を見て、間抜けに声を漏らした。

「――――わたくし、何を」

 唯一、本体電源のみで稼働している、己の端末。その画面には、組んだ覚えのない……しかし、己の痕跡が残るプログラム。

 

「――――全システム・隔壁装置・警報装置……停止」

 

 セリカは、そのプログラムの起動を承認していた。

「え……? え……?」

 己の手を見つめる。

「――――わたくし、は」

 自分は今、何をやったというのだ……?

 

――――ゴゴォオンッ!!

 

 次の瞬間。隊舎に、激震が走った。

「――!! 総員、現管制室を放棄!! 『艦橋』へ移動せよ!!」

 リーゼの指示に従い、駆け出す。

 

――――ジッ

 

 ……セリカの思考に、ノイズが走る。

「あ――」

 

――ジ、ジジジッ…………!

 

「あぅっ……!!」

 痛みは無い。しかし……己の存在が希薄になっていく感覚に、セリカは、恐怖を覚えた。

「わたくしは……わたくしは…………!!」

 脳裏に、記憶が浮かぶ。

 

 

――――交わした、他愛のない会話。

 

――――機動六課へやってきた日。

 

――――訓練校での日々。

 

――――スバル、ティアナとの出会い。

 

――――訓練校への入校。

 

 ログを読み返すように、記憶を遡っていく。だが…………

「…………どこから、やってきたというの……?」

 

――――――……訓練校への入校。それ以前の記憶が……どうしても、思い出せなかった。

 

「――!! そ、そんなはず……! わたくしは、クラウン家の娘で……お父様と、お母様が……」

 

 記憶の中を探しても……それは、『知識』としてしか、見当たらない。

「お父様……お母様……!!」

両親の顔が……思い出せくなっていた。

 

 

 

「――それはそうさ。偽の記憶なんだから」

 

 

 

 へたりこんでいたセリカの耳に、聞き覚えのある声が届いた。

「――!!!」

 この、気障ったらしい声は……

「お兄様……!?」

「やぁ、久しいね」

 ……キーア・ソナタ執務官。

 デイリン中将の腹心にして……セリカの、兄。

 

 だがそこで、セリカは、その違和感を感じた。

(なぜ、……お父様とお母様の顔が思い出せないのに……この男のことを、こうもはっきりと……!?)

 父、母のことは、思い出せない。だというのに……なぜ、この『兄』のことだけは。

 

「それはそうさ。だって……キミにその記憶を植え付けたのは、この僕だからね」

 

「記憶を……?」

 キーアは、道化師のバトンのようなデバイスを掲げ…………

「――『傀儡よ、追憶せよ』」

 ……コマンドを、告げた。途端…………

 

――――端末を操作している自分。

 

――――敵のハッキングの痕跡を、根こそぎ消去している自分。

 

――――暗号通信を、いずこかへ送る自分。

 

「…………嘘」

 覚えにない……しかし、はっきりとした記憶が、蘇ってきた。

「嘘、嘘……そんなの、嘘ですわッ!!」

「いや、嘘じゃない。

 

――――君が、スパイだったんだよ」

 

 …………身内に潜りこんだ、獅子身中の虫。必ず見つけ出してやると。

「――――」

 

――セリカ自身だったのだ。

 

「さらに、種明かしをすると、だ。クラウン家は、我々のパトロンで協力者。当然、君との血縁なんてものはありはしない」

 こつ、こつと……高級ブランドの革靴が、床を蹴る。

「訓練校への入校も……スバル・ナカジマ。ティアナ・ランスターとの出会いと、衝突と、和解も……機動六課への推薦も」

 とん、と、気安くセリカの肩に手を置く。

 

 

「―――みーんな、僕が用意したシナリオだったのさ」

 

 

「――――――」

 すべてが、嘘だったと知り……抜け殻のようになってしまった。

「さて、そろそろ、本来の君に立ち返ってもらおうか?」

 びくりと、セリカの肩が震える。

「い、嫌……! 嫌、嫌ぁ……!!」

 蹲り、涙を流し……これから起こる事を、否定する。

 

――――ジジ、ジジジッ……!!

 

 ノイズが走る。

「ティアナさん……!」

 生意気な友達の顔が、記憶から消えた。

 

「スバルさん……!」

 無鉄砲な友達の顔が、記憶から消えた。

 

「エリオさん、キャロさん……教官……部隊長……!」

 機動六課での仲間たちの顔が、記憶から消えた。

 

「シエラさん……!」

 悪友の顔が、記憶から消えた。

 

――――消える。

 

――――己の築いてきた時間が。

 

――――己の存在が。

 

「――――」

 アイデンティティを喪失した彼女の耳に……キーアの声が、不思議とよく届いた。

「君の、ここでの役目は、もう終わったんだよ。

 

 

――――戦闘機人No.2…………ドゥーエ(・・・・)

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

――ズシンッ!!

 

「…………!!」

 隊舎に衝撃が走り……自室で待機していたヴィヴィオは、ビクッ、と身を竦ませた。

「なに……?」

 

――バンッ!

 

「ヴィヴィオ!」

 ……と、扉が開く。再度身を竦ませたヴィヴィオの目の前に転がり出てきたのは、慌てふためいたフィアットだった。

「ど、どうしたの、フィアット……?」

「敵襲です! シェルターに逃げますよ!!」

「!!」

 敵襲。ヴィヴィオは、体を強張らせた。

 フィアットは、やや強引にヴィヴィオの手を引いた。

 部屋を出て、他の非戦闘員たちと共に、非難する。

 

――どこに潜んでいたのか……

 

――大量のガジェットが……

 

――警報も、隔壁も停止させられてて……

 

 聞こえてくるのは、そんな不吉な会話ばかり。

「くそっ……地上本部でも、行政施設でもなくて……機動六課を、狙い撃ちにするなんて……!!」

 はやてですら、まさか、こう来るとは考えてはいなかった。

あれだけの戦力を投入し。これだけの念入りな手回しを行い。

 

――狙いは、機動六課『のみ』。

 

 先ほど、ミッド首都上空のガジェット部隊……その大部分が『消失』したとの報告があった。ガジェット部隊そのものも、大半が虚像に過ぎなかったのだ。

 そして……首都を襲撃するはずだったガジェットの大群は、一直線に、機動六課へと向かってきている。

「ありえないでしょう……! たかが1部隊ですよ……!?」

 緊迫した状況に、ヴィヴィオはすっかり萎縮してしまっていた。

 だが、どこか、安心感が漂っていることも、また事実。なぜなら……

 

「――――――。」

 

 機動六課の正門。敵襲撃部隊の進行方向真正面に、ヴィータがいるからだ。

 なのはより、僅かに低い身長。未だ成長の余地を多く残す体躯。

 しかし……戦装束に身を包み、鉄槌を携えるその姿は、雄々しく、頼もしく……隊員たちの行動を統制するのには、充分な威厳を備えていた。

 

「…………」

 ヴィータは内心で、計算していた。

(ガジェットの大群程度なら、アタシ一人でも、なんとかなる。問題は……)

 先ほどまで通じていた戦況によると……仮面の戦闘部隊、そのうち3名……ゼータ、ガンマ、シータの存在は確認されたが……最も謎の多い、『デルタ』という戦士だけは、姿を見せなかったという。

(……多分、こっちに来てるんだよな)

 ……刃を交えたのは、一合のみ。

 しかし……

 

――――知っている気がしたのだ。

 

 あの、ただ一撃の攻撃が、嫌でも既視感を呼び起こしたのだ。

 

――ゴォオオオオオオッ…………ガシャッ、ガシャッ

 

 しかしその思考も、遠方より迫る進軍に、中断させられる。

「はやて、なのは……ここは、任せな」

 ヴィータもまた、思考を切り替える。

 

――――ゴォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 

 飛行ガジェットの編隊が飛来し……ヴィータが鉄球を雨あられと発射するのは、同時だった。

 

 

――――ズゴガガガガガガンッ!!

 

 

「出し惜しみは無しだッ! 一気に片付けてやるぜぇッ!!」

『Gigant form !』

 

――ガキュンッ!!

 

 鉄槌の頭が、何倍にも拡張し……地上を往くガジェット軍へ向け、一機に振り下ろされる!!

「ギガントシュラァアアアアアアアアアアアアアアアアクッ!!」

 

――――――ズゴォオオオオンッ……!!

 

 凄まじい重量が、ガジェットを群ごと叩き潰した!!

 

――――ガキンッ、ガキィンッ!!

 

 ガジェットたちが合体。巨大な人型を構築し……巨大な拳を振り上げ、襲い来る!

「おりゃあああああああああああッ!!」

 

 鉄槌を振りかぶり、遠心力を以て、合体ガジェットの重量に対抗する!!

 

――――ガコォオオオオオオオン!!

 

 各所を破損し、よろめく合体ガジェット。しかし、破損個所へ、今度は飛行ガジェットが寄り集まって行った!

 

――――ゴォオオオオオオオッ……!!

 

 なんと、合体ガジェットは、その巨重をエンジンの数にモノを言わせて、飛翔した!

「へっ……!」

 同じく、空戦へと突入するヴィータ。

 

――――ギュイイイイイインッ……!!

 

 その指先に、光弾がより集められ……!

 

――ズビィイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!

 

 極太のレーザーが、発射された!

「ンなろォおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

――ボウッ!!

 

 ヴィータは、グラーフアイゼンのブースターを点火。射線上より退避し……接近しての、一撃を加える!!

 

――――ゴォオオオオオオオオオオオオッ!!

 

 複合されたAMFにより、ヴィータの飛行魔法は消失するが……既にロードされたカートリッジの出力までは、消すことはできない!

 

「くらいやがれぇええええええええええええっ!!」

 

 

――――ドッゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!

 

 

 衝撃に加え、重力まで利用した一撃は、合体ガジェットを地上へ叩き起こした!

 

――――ズドォオオオオオオオンッ……!!

 

 爆散炎上するガジェット。

「――――どうした」

 鉄槌を担ぎ直すヴィータ。

「――――どうした、そんなモンか!!」

 

 飛行ガジェットの放った光弾が、六課の隊舎を直撃。炎上させる。

 ……が、非戦闘員たちは既に退避した直後。

 シェルターの扉は、動力が切れても、手動での開閉、内部からのロックが可能となっている。隊舎など、また作ればいいのだ。

 

「――――アタシはここだァああああああああああ!! 片っ端から、掛かってこいやァあああああああああ!!」

 

 ヴィータの砲声に応えるが如く……ガジェットの第二編隊が、接近する!!

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「言われなくても、行きますよ~……っと」

 ばさっ……と、マント型の専用武装を翻すクアットロ。

「デルタ、首尾はどう?」

『ああ。いい頃合いだろうな』

 通信の向こうで、デルタが戦闘準備を始めていた

「では、現地で合流しましょう」

『分かった』

 クアットロは……首都を覆っていた幻惑結界を解除し、発動待機させていた転移魔法で、機動六課へと飛んだ。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「――」

 

――ガコォンッ!!

 

「もう終わりかァ!?」

 第六編隊のガジェットを殲滅し、さほど消耗すらしていないヴィータだったが……

(……そろそろ、出てきてもおかしくはねぇ)

 

――――ヴォンッ!!

 

「待ってたぞオラァ!!」

 横合いに出現したデルタの回し蹴りを、鉄槌で迎撃する!

『――――……』

 相変わらずの、徒手空拳。手に嵌めたグローブにも、細工などされていないに違いない。

 

――――バキィッ……!!

 

「――!」

 ……否、そのような小細工は、必要無いのだ。

 こうして……素手の一撃で、ヴィータのシールドを叩き割るほどなのだから。

(チィッ……なのはほど固く無いってのは、わかっちゃいるんだが……!)

 だが……防御の一つや二つ、割られたところで、どうということは無い。

 

 デルタは、長柄の弱点である懐に飛び込もうと何度もステップを繰り返す。

「そう簡単にゃあ、入らせねぇぞ……!」

 

――たんっ。たんっ。

 

 踏むような、軽いステップ。肩から先のみの、スナップで……

 

――シパァンッ!!

 

「――――っぐ!!」

 神速の突きが、アイゼンの柄に受け止められた!

 パワーではなく、速度に重きを置いた攻撃。

 

――――パンッ! パパパンッ!!

 

 速い。鉄槌を振りかぶっている暇が無い!

「――! 喰らえ!」

 そこでヴィータは、手元に魔力スフィアを形成し……炸裂させる!

 

――――グゴォオオオオオオオオオンッ!!

 

 爆破の魔法で、強制的に間合いを離してしまおうという算段だ。

 

――ドンッ!!

 

 しかしデルタは、爆発の威力を無視し、再度の突撃。

 デルタのスーツにも、少なからず亀裂が入り、ダメージが入っている筈なのだが……全く効果が無いかのように、鋭い攻撃を仕掛けてきた。

 

――――バシィイイイッ!!

 

「…………」

 デルタの右足が、ヴィータの発動したバインドに絡め捕られる。

 デルタは、即座にバインドの分解を試みるのだが……

「遅いッ!!」

 既に、ヴィータは鉄槌を振り回し、充分な遠心力を蓄えていた!

 

――――ドゴォオッ……!!

 

 デルタは、両腕をかざした防御態勢で、鉄槌を受ける!

「――――……。」

 メギッ……と、生木をへし折るような感触が、鉄槌を通して、ヴィータの腕に伝わった。

 右か左か……あるいは、その両方かの骨を砕いたのだ。

「――――。」

(貰った……!!)

 軌道を変え……直上からの振り下ろし!

 

 

――――ガコォオオオンッ!!

 

「――」

 デルタは……折れたはずの両腕で、躊躇うことなく、鉄槌を受け止めた!

「ば……馬鹿か、てめぇ!?」

 これには、さすがのヴィータも狼狽せざるを得なかった。

 折れた腕は、これで再起不能に………………

 

――――ズパンッ!!

 

「ごッ……!?」

 頬に、モロに打撃を受けてしまう。

(また、折れた腕で……!?)

 

――――おかしい。

 

 デルタの腕は、ヴィータの攻撃をまともに……しかも、二度も受け、粉々に砕けたはずだ。いや、骨折だけならまだしも、靭帯や神経も、断裂していてもおかしくない。やせ我慢で済む問題ではないのだ。だというのに。

 

「――――――――」

 

 打撃は鋭く、重く……的確に、打ち込まれてくる。

「ォおおおおおおっ!!」

 

――ガキュンッ!!

 

 ヴィータは、グラーフアイゼンをドリルヘッドへと変形させた。

 どういうカラクリかは不明だが……打撃が通らないのであれば。

 

「――――一点集中だァああああああああああああっ!!」

 

――――ズゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!

 

 その攻撃に、デルタは。

「――――……」

 掌を……ドリルの先端に宛がった。

 

――――ズシュウウッ……!!

 

 掌を、ドリルが貫通し……少なくない量の血が、まき散らされた。

「…………!!」

 

――――ギャリギャリギャリ……!!!

 

 しかし、生半可な攻撃では、何故かダメージが通らないことが判明している。

「おぉおおおおァあああああああああああああああ!!」

 

――――ギャリギャリギャリギャリ…………!!

 

 深く、深く……ドリルを、突き入れる!!

「――――、」

 ブースターの推進力が、とうとうデルタに膝を突かせた。

 デルタは、構わずドリルを鷲掴みにする。

「いけぇえええええええええええええっ!!」

 

 

――――ジジジッ……ジジッ……!!

 

 デルタは懸命に堪えるが……とうとう、ドリルの先端が、仮面に届いた。

 

 

『――――遊ぶのはそこまでにしてください』

 

 

「――――!?」

 通信が割り込んできた。

 いや、それ自体は、当たり前の事。だが、ヴィータを驚かせたのは、別の事象だった。

 

「――――なのは(・・・)!?」

 

 その、割り込んできた声を……彼女と、聞き間違えたことだ。

「――――」

 この局面で、なのはが割り込んでくることはありえない。クアットロだ。だが……『クアットロである』という前提を無しに、声を耳にしたヴィータは……疑いも無く、それを『高町なのは』の声と、判断してしまったのだ。

 

『……………………誰と誰を間違えてるんですかねぇ、このクソチビは』

 

 クアットロは、気分を害したように吐き捨てた。

「――――!!」

 では……『遊び』とは、一体……?

 

――――ギャリ……ギャ、ギャ…………

 

「!?」

 ドリルの回転が……停止した。

 そして……

 

『――――――分かった。真面目にやる』

 

 機械処理のされた声で、デルタは初めて、口を開いた。

「――――!!」

 ドリルを再度、突き入れようとした瞬間…………

 

 

『――――――――インパクト(・・・・・)

 

 

――――――ドパァアアアンッ!!

 

 

 ヴィータの身体を、衝撃波が強く叩いた。

「ぐァあああっ……!!」

 たまらず吹き飛ばされてしまうヴィータだったが……即座に立て直す。

「くっ……!!」

 ハンマーヘッドの片方が破壊されていた。

『――――』

 デルタは、残骸を粉々に握り潰し…………

 懐から、あるモノを取り出した。

「そ、それは……!?」

 見覚えがあった。だが……アレは本当に、自分が知る物なのか?

白銀に輝いていたチェーンは曇りきり、一片の輝きも見られず……目も覚めるような空色が、漆黒に染まった……あの、クリスタルが。

 

 

『――――――セットアップ』

 

 

――――ゴウッ……!!

 

 黒い炎が巻き起こり……デルタを、取り巻いていく。炎の旋風は、周囲の魔力を奪い取りながら、激しさを増し……

 

――――ゴォオオオオオオオオウッ!!

 

 デルタの外装として、装着された。

 

――パキンッ……

 

 ヴィータに罅を入れられていた仮面は、炎の熱に負け……割れた。

 

「……………………やれやれ、気に入ってたんだけどなぁ」

 

――困ったとき、頬を掻く仕草。

 

――おどけた物言い。

 

――やや硬い黒髪。

 

――年齢不相応に、老成した雰囲気。

 

「あ…………あ…………」

 その姿を目にしたヴィータは、ぱくぱくと口を開け、意味のない声を漏らす。

 

それは――――――その姿は、正しく。

 

 

「んじゃ、行くぞヴィータ。死なない程度には、加減をしてやる」

 

 

 

 デルタの姿が、霞むように消え――――

 

 

 

――ヴィータの意識を、一撃のもとに刈り取った。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「…………!!」

 衝撃音が響くたび、シェルターに避難したヴィヴィオは、頭を抱え、蹲る。

「大丈夫よ……大丈夫だからね、ヴィヴィオ」

 フィアットが傍に寄り添い、励ます。

「なのはさんが、悪い奴らを皆、やっつけてくれるからね」

「……うん」

 拒絶されてもなお、ヴィヴィオの気持ちは揺らがない。

(なのはさん……)

 ……思えば、何故、自分がここまで彼女を慕うのか、よくは分かっていない。

 助けてくれた。ただそれだけで、あそこまで全幅の信頼を寄せられるものなのか。

 

 

『――――当たり前じゃない。そういう風に『教育』したんですもの』

 

 

「――!?」

 シェルター内……電源が落ちているはずのスピーカーから、聞き慣れた声が響いてきた。

 

 フィアットは、シェルターの構造を、改めて確認する。

 二重構造のシェルターはシステムに組み込まれているが……ロックは内部から、手動でしか掛けられず……ロックを掛けてしまえば、システムからは切り離される仕組みになっている。

 しかも、外扉はロックが掛けられた瞬間、断面を自動で溶接し、完全に一枚の構造へ変化してしまう。パズルのように分子構造が変異するため、ある特定のポイントを破壊することでしか、扉を開けることは出来なくなる。よって、ロックを掛けた時点で、敵の得意のハッキングでの開錠は不可能。

 

 仮に、力づくで開けようにも、扉には敵の十八番、AMFが発動しており、生半可な魔法では傷一つ付けられない上に、戦略兵器級の衝撃にも耐えうる設計になっているため、物理的な破壊も困難となっている。

 

 開錠不可能、破壊困難な扉。

 その、扉が…………

 

 

――――メギッ……ゴギギギギィ…………!!

 

 

 誰もが、予想だにしていなかった手段で、脅かされていた。

魔法でもない。重機でもない。ハッキングでもない。

 

 

『溶接面を、力尽くで、抉じ開ける』という方法で。

 

 

――――ゴギギギギギ……ギギギィイイ……………………ベギンッ!!

 

 

 外扉が、破られた。残るのは、同様の構造を持った内扉のみ。

 

 ……破られるのも、時間の問題だろう。

「――! 全員、固まりなさい!」

 フィアットの指示に、非戦闘員たちは一か所に集まり……扉との距離を取った。

 扉の横に、愛用のナイフを携え、侵入者を待ち構える。

 

――――ドゴンッッッ!

 

 ……合金の、厚さ500mmの扉が、歪む。

 

――ドゴンッッッ! ドゴンッッッ!!

 

 おそらく、打撃を加えているのだろう。しかも、ただ、叩いているだけではない。

 打撃のインパクトが……まるで、余震のように、長く、扉を震わせる。

 

――――浸透勁。

 

 地球発祥の……武術の叡智である。

 打撃のインパクトが扉を震わている、その『最中』に、更に打撃、更に打撃――と、インパクトに、インパクトを重ね合わせることで…………

 

――――ドガゴンッ!!

 

 …………比類なき破壊力を、生み出す。

「!!!」

 扉に穿たれた穴に、手甲が突き入れられる。その手は、扉の両端を掴み……

 

――――ゴギギギギギギギギギィイイイイイイッ……!!

 

 溶接面を無理やり引き剥がし、ロックを引き千切り…………まるで、『ちょっと重い扉』を、気楽に開けるような動作で。

「――――!!」

 ヒュンッ、とフィアットがナイフを振り上げ、侵入者の頸動脈を狙う。

 

――――ザシュッ!!

 

(殺った……!)

 神経毒をこれでもかと塗りたくった刃を、侵入者の首筋に正確に突き立てた。

 命を奪うことに、葛藤が無いわけではないが…………躊躇する理由もない。

 

「――――痛いじゃないか、フィアット」

 

 ……侵入者は、ケロリとした顔で、ナイフを引っこ抜いた。

 フィアットは。

 

 

「――――――――――――」

 

 

 侵入者の顔を確認した瞬間……ぺたんと、知らぬ間に尻餅をついていた。

 想定外すぎる事態に、体が硬直してしまったのだろう。

 

『お待たせしましたー』

 続いて、またしても奇抜な人物が侵入してきた。

 例の部隊とは、また違う…………近未来的なバイザーで顔を隠した、10代の少女。

 処理された声から……この人物こそが、『クアットロ』なのだと確信する。

 

 へたりこんだフィアットの隣を、悠々と通り過ぎ……

『はぁーい、ヴィヴィオちゃん。お迎えにきたわよぉ』

 怯えるヴィヴィオに対して、猫なで声を出した。

「ひぃっ……!!」

『怯えなくていいのよぉ? お迎えに来ただけだからねぇ』

「あ、あなたなんて……しらない……!!」

 ヴィヴィオは……気丈に、自分を見下ろすクアットロと目を合わせた。

「あなたなんて、なのはさんが、やっつけてくれるもん!!」

『ん~~と……』

 クアットロは、幼い敵意を向けてくるヴィヴィオに対し、特に怒るわけでもなく……

 

 

――――バイザーを外し、素顔を露わにした。

 

 

「え……」「うそ……」「そんな……」

 非戦闘員たちから、口々に、そんな呟きが漏れる。

「――――――――」

 ヴィヴィオも、敵意をすっかり無くし……その顔を、呆然と見つめていた。

「さぁ、ヴィヴィオ――――」

 クアットロが……素顔と肉声で、呼びかける。

 両腕を広げ、ヴィヴィオを受け入れるような動作をしてみせる。

「…………」

「ヴィヴィオ、駄目……!」

 フィアットが止める間もなく、ヴィヴィオは、ふらふらと、クアットロと、デルタの方へ、歩きだしてしまう。

 

 

 

「――――――パパとママが、お迎えに来たわよぉ?」

 

 

 

 

 

 

――――そして。

 

 

――――ヴィヴィオはこの日、機動六課から姿を消した。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 セインは……迫りくる変態達に、可能な限り遭遇しないよう、ディープダイバーを駆使し……ようやく、マリエルのラボまで到達した。

 拍子抜けするほど、あっけなく扉は開き……チェアに腰かけたままのマリエルと対峙することが出来た。

 

「――マリエル・アテンザ。来てもらおうか」

 

 マリエルは、最初、きょとんとした顔で二人を見つめ…………くすくすと、楽しそうに笑い出した。

「なっ……何がおかしい!?」

 顔を赤くして激昂するセイン。

「い、いや、すまないな……エスパス(・・・・)。あまりに懐かしいものだから、つい」

「? ……何だよ、エスパスって……」

「…………ああ、すまない。今は、名が違うんだったな。……名は、なんというんだ?」

「…………」

 相手は、非力な科学者。問答は無視して、拉致することが出来る。だが……

「……セイン、だ」

 ……何故か、名乗ってしまった。

 マリエルは、今度はディエチの方を向いた。

「……ラグナ。今は、何という名なんだい?」

「? わたしは、ディエチだよ!」

「そうか……そうか………………」

 マリエルは……今まさに、拉致されようとしているにもかかわらず、嬉しそうに……笑みを浮かべていた。

「ふふふ……それじゃあ、エドの料理にかぶりついてるあいつは……大方、カングーの奴だろう? 昔っから、誘惑に弱いやつだった」

 小さな身体。それこそ、自分の胸までも無いような、成長が止まった……小さな、小さな身体……

 

ちくり、と、正体不明の感情が、胸を刺した。

 

「他の皆は? サフランは……トリノは、フエゴはいるのかい? モデュス……ウインドは元気? パルスとクリオは?」

「………………」

 知らない名だ。知らない名、そのはずなのに。

 

――セインは、郷愁の感情を憶えていた。

 

「んーっと、あと稼働してるのは、クアットロだけだよ? あとはまだ、ポッドで寝てるんだー」

 さらっとバラすディエチ。だが……セインも、不思議と……

(何だ……? 何だ、これ……?)

 ……胸の奥が、温かい。

「そうか…………そうだったのか……ジェイル。きみは…………」

 何かを理解した様子のマリエル。

 と、そこに……

 

『セイン。おしゃべりはそこまでよ。回収して』

 

 クアットロが、通信で入り込んできた。セインはてっきり、クアットロに関しても、マリエルから同じような反応が返ってくるのではないか……と考えていたのだが。

 

「――――誰だ(・・)君は(・・)?」

 

 全く知らない人物に対する……心底、不思議そうな態度だった。

『ええ、……初めまして』

 クアットロも、皮肉気にそう返した。

「ワタシたち15人の一人ではない…………と、すると」

 ぽん、と手を打つ。

 

「君は、Dの16番か」

 

 マリエルが、その結論を口にした途端……

 

『私を、その名で呼ぶなッ!!』

 

 聞いたことが無いほど、感情をむき出しにした。

『私は……ドクターたち3人に次ぐ、クアットロ(四番目)だ!!』

「………………」

 マリエルは……どこか、憐れんだ表情を作った。

 

「……そういうことだからさ、大人しくしてくれると助かるかな」

 セインが、頭を切り替え、任務をこなそうとする。

「…………済まないな。もう少し、語らいたかったのだけど」

 マリエルは、ポケットに突っこんだままになっていた手で、何かを操作していて……!!

 

「時間切れのようだ」

 

――――ズズズンッ……!!

 

 特別棟が、揺らいだ。

「逃げたまえ。大変なことになるぞ」

 しなくてもいい助言。しかし、真実味があり……

「……! くそォッ!!」

「マリエル、またねー」

 セインは、ディープダイバーを発動。ディエチを抱え、階下へ潜り……ウェンディも回収。

 

――スポンッ。

 

「は!?」

 …………階下へ降りたった筈なのに、そこは、何故か空中だった。

「うわ、うわ、うわーーー!! おいウェンディ! トルネイダー呼べ!!」

「わ、わがっだ、ッス…………」

 呼吸が困難なほどに腹を膨らませたウェンディが、飛行モードへ変形したトルネイダーを召喚し、その上に着地する。

「コ、コイツは……!!」

 見下ろす先は、地面。

 

 機動六課の隊舎は、炎に包まれているが……もぬけの殻だ。その中心部……シェルターや特別棟があった部分には、巨大な大穴があいており……

「!!」

 

 改めて空を見上げると、そこには……巨大な、途方もなく巨大な構造体が、悠々と飛翔していた。

「こ、コイツは……!?」

 

 

 

 

 

 

――――艦橋に集った、ロングアーチの面々。

 

 

「リーゼ副司令。シェルターの収容、完了しました」

「――よろしい」

 指令席の隣に立つリーゼ。この光景を見渡すのは、実に懐かしい。

「機関出力85%で安定――」

「エンジン圧力正常――」

「航行システム・オールグリーン」

 そして、リーゼは、本来この場にいるべき司令官に替わり、告げる。

 

 

「――――――機動六課旗艦・アースラ発進」

 

 

 純白の機体が、5年の眠りから目覚め、飛翔した。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「――――――あら、時間切れのようね」

 

 ……スバルたちと対峙していたシータが、呟いた。

「じゃあ、戻ろうか?」

 その横に……空間から滲み出るようにして、ガンマが現れる。

「………………うむ」

 エリオとの戦闘を中断したのだろう。ゼータもやって来た。

 

 フォワードチームは……重傷を負ったギンガを背後に庇い、彼らと対峙するが……戦意は既に、折れ掛かっていた。

「――どうして」

 スバルは……彼らに、問うた。

 

「――――――どうしてッ!?」

 

 彼らは…………額に、一様に紋様を刻んでいるが、紛れもなく……

「母さん!!」

 

――クイント・ナカジマ。

 

「兄さん……」

 

――ティーダ・ランスター

 

「ゼスト……」

 

――ゼスト・グランガイツ

 

 

 この三人に、共通することは…………

「ねぇ、何があったの!? ……クライスラー事件って、一体、何だったって言うの!?」

 3年前の大規模事件の際、行方不明……あるいは、殉職した者たちだ。

 三人は、スバルたちの方を一瞥し…………

 

「――――真実は、自分で探し当てるものよ」

 

 

 それだけ言い残し……転移魔法で、姿を消した。

 

 

 

 

 

――――――ビーーーーーーーーーーーー!!

 

 

 …………長い時間、放心していたスバルたちの耳に、通信が久方ぶりに戻ってきた。

「…………はい」

『――現状は、把握しました』

 セリカではなく、フィアットが通信してきたことに、違和感を感じる。

『回収します。指定のポイントまで、移動してください…………』

 

 スバルたちは、思考を放棄し……言われるがままに、帰投した。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

――――映し出されたモニター。

 

――――どうやら、管理世界全土に、同じような映像が流されているらしい。

 

 

 

 

 

 

「――――全次元世界に告げる」

 

 モニターの中心に……白衣を纏った壮年の男性がいた。

 野心に満ちた、ぎらぎらと輝く瞳をした男だった。

 

――――俺の名はジェイル。

 

――――ジェイル・スカリエッティだ。

 

――――知らないか? ……ああ、そうだろうな。

 

――――この放送を、安寧に茶でも飲みながら見ているようなクソども……その全てに告げるぜ」

 

 

ジェイルの他、映っている人物がいた。

「ティーダ……!!?」

 クロノと、ヴァイスは、驚愕し。

「ゼスト……!!」

 レジアスと、ゲンヤが目を剥き……

 

「せ、セリカ……!?」

「そんな…………!!」

 ……意志を感じられない目で、ただそこに佇む親友の姿を見たスバルたちが、驚愕に目を見開いた。

 

 

「―――貴様らクソどものクソみてぇな安寧のため……どれだけの犠牲が払われた?

 

 

――――戦争ことを言ってんじゃねえぜ? 

 

 

――――貴様らが暮らしている、『この世界』のために、払わされた代償。

 

 

――――そして、それを払ったのが誰なのか……

 

 

――――手前ぇらは、知りもしねぇし、知る気も無ぇんだろうな。

 

 

――――新薬の治験に使われた実験動物のことなんて、気にも留めねぇのが、手前ぇらクソどもの、クソたる由縁だ。

 

 

――――俺たちは、手前ぇらクソどものため生贄にされた、名も無き『通し番号(ナンバーズ)』たちの、代弁者だ」

 

 

 

 …………『デルタ』の隣に、寄り添う者がいた。

 仮面を着けた……十代ほどの少女。彼女が、口を開く。

 どうやら……アースラに対してのみ、双方向通信となっているようだ。

『――――直接お顔を合わせるのは、初めてかしら? 私は、クアットロ。

 

自己紹介より……――――こうすれば、わかりやすいかしら?』

 

 クアットロは……己の顔を覆い隠していたバイザーを、取り払う。

「――――――――!!!」

 なのはは、一つきりの瞳で、信じられないものを、見てしまった。

栗色の頭髪に、青み掛かった瞳。その顔は…………

 

「―――――――――な……なのは……!?」

 

 

 

――――クアットロの素顔は…………高町なのはと、同一のものだった。

 

 

 

『………………初めまして。お姉さま』

 

 言葉を失う機動六課の面々に向かい…………ジェイルが、演説を締めくくった。

 

 

「――――だからこれは、攻撃でも復讐でも……宣戦布告でもねぇ。

 

 

――――俺たちを踏み潰していった…………貴様らへの、逆襲だ」

 

 

 更に………………デルタの仮面が、クアットロによって、外される。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「……何、やってんだよ、お前………………」

 

 

 

 

 はやては、……倒れそうになる自分を叱咤した。

「何、してんだよ…………なぁ。何、してんだよ!!」

 画面の向こう…………ジェイル、クアットロの隣に……まるで、彼の同志であるかのように佇む、『彼』の姿。

 

「………………」

 ユーノ、アルフ、ザフィーラは、無限書庫からそれを見て。

 

「………………」

 フェイトは、これまでになく厳しい表情で、画面を睨み。

 

 

――――高町なのはは、レイジングハートを強く、強く握りしめ……画面を食い入るように、見つめていた。

 

 

 

「――――――――秀人さん(・・・・)

 

 

 

――――戦闘機人・タイプΔは――――

 

 

――――7年前、次元の闇に消えた――

 

 

――――吾妻秀人、その人だった。

 

 

 

 

 

 

 

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