魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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StrikerS編 第十三話

「どうして?」

 

 

――――絵本を読み終えたあの子が聞いた。

 

 

 子供が読むには、些か難解な内容の、あの絵本。

 身体が炎で出来ていた鳥が、唯一の語り合える友を探し、太陽まで行き……やがて、彼自身が太陽になってしまう……そんな内容だった。

 

 誰よりも力強く、生命力にあふれ……しかし、終には誰とも触れ合うことが出来なかった、哀れな命。

 

 彼は、何故、最後に身を焼いてしまったのか。

 

――――私は、答えることが出来なかった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 クアットロに促され……戦闘機人No.2……否、セリカ・クラウンが、前に進み出る。

『…………時空管理局に告げる』

 セリカの声だ。しかし……彼女が、こんなにも感情の伺えない声を、出せるものであろうか。良くも悪くも、意志力が強く……常に熱を帯びていたような彼女が、こんなにも、凍えた声を、自分たちに向けるのか。

 

『我々の目的は、唯一つ――――理想世界の創造、だ』

 

 理想世界の創造。

 大言壮語に、誰もが、耳を疑った。テロリスト風情が……何を大それたことを、と。

 失笑が漏れてもおかしくは無い。しかし……

 

『我らの手には既に、創造の鍵が握られている』

 

――――ゴォゥン………………

 

 画面が切り替わり……滞空する、巨大な物体が映し出される。巨大さという面では、アースラにも比肩しうる程。大部分を直線で構成された……何とも形容のしがたい物体。

 最も近い形状を挙げるとすれば…………そう、将棋の駒のような形状だ。鋭い船首から、放射状に広がるような後部へと流れるデザイン。紺碧と黄金で彩られ、豪奢でありながらも荘厳さを感じさせる。そこには、既に絶えて久しい、古代ベルカ王族の紋章が刻まれていた。

 

『これこそ、我らが大願を成就しうる……大いなる力。『聖王の揺り籠』なり』

 

「そんな……!!」

 シャッハが、声を荒げる。

 聖王の揺り籠。それは、ミッドチルダでは、きっと誰もが知っていて……その実、大多数が実在を信じていないという、おとぎ話の産物……の、筈だった。

 しかし……現実に、目の前に存在している。

 精緻な芸術品のような造形……否、それは、ある性能を突き詰めた末の、機能美であった。そう…………

 

――――大戦を力尽くで終結させた、大量破壊兵器としての機能の。

 

『――その一端を、お見せしよう』

 

――――キュオオオオオッ…………

 

 ……異変。

 ただ空に坐していただけだった揺り籠……その後方部、4機のエンジンに相当する魔導機関が唸りを上げ、魔力光を発する。

その魔力光は、先端。鏃のように鋭い穂先へ、エネルギーが収束していく。

 超巨大な魔力スフィアが形成され、その周囲を、円環術式が旋廻し……

「――!? 機関全開!! 射線外へ、退避―――!!!!!!」

「りょ……了解!!」

……既視感があった。故に、辛うじて回避が可能だった。

 

 

――――キュバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!

 

 破壊光線として、発射される!

「うッ……!」

 総舵手の回避が数秒でも遅れていたら、直撃していただろう。

 アースラの外部装甲を、掠っただけで蒸発させ……地上に、着弾!

 光が、ドーム状に形成され、一拍を置いた後……

 

 

――――ズゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!

 

 

「………………!!」

 …………皆、言葉を失っていた。

「着弾地点…………ミッド首都近郊! 廃棄都市区画!!」

「は、半径…………30km圏内、蒸発!」

 …………老朽化し、廃棄された区画。しかし、曲がりなりにもかつて首都の機能を果たしていた、取り壊しにも難儀する、頑強な建築物群。それが……基礎さえも残らず、完全に消失していた。

「まさか、これは…………アルカンシェル、なのか……!?」

 クロノが……蒼白になった顔で、愕然と呟いた。

 このアースラにも搭載されている、戦略級破壊兵器。

しかも、着弾地点にのみ効果を発揮するアルカンシェルと違い、射線上にまで効果を及ぼしている、明らかに強力な物を。

 それを、テロリストが所持しているということが、どのような意味を持つか……分からない者はいなかった。

 再び、画面が切り替わり……クアットロが、指を振った。

 

『ノンノン。アルカンシェルじゃなくって、その逆。

 

――――全ての『反応消滅砲』の原型ですよぉ?』

 

 

『管理局はねぇ、この原型を解析して、アルカンシェルを作り出したんですよぉ。パクりはそっち』

 映る画面の奥…………ジェイルらよりも後方。椅子の形をした玉座に、幼い少女が座らされていた。

「!? ヴィヴィオ!?」

 六課の面々が、恐慌する。

 ヴィヴィオは、ただ座らされているだけではなかった。

 首輪……そう、正しく首輪に、各所から延びる配線が絡みつき、まるで、玉座に縛り付けられているかのようだった。

『ねぇ? スゴイでしょお? 聖王閣下のお力は』

「どういう意味だ……?」

 あの、デタラメな威力の破壊兵器が、ヴィヴィオの力。

『この『揺り籠』のほぼ全ての設備・兵装は、聖王閣下を認証しなければ起動しないんですよぉ。さらに言えば、動力炉から生成されるエネルギーは、聖王閣下を媒介しなければ出力されない』

 ヴィヴィオは……聖王は……この揺り籠の、起動キーにして、CPUなのだ。

『まぁ……揺り籠に接続している間は、ホントーにただの置物になっちゃうのがアレですよねぇ』

 ケラケラと笑いながら……虚ろな目をしたヴィヴィオの頭を小突く。

「ヴィヴィオに、触るな……!」

 なのはが……僅かな意志を手繰り寄せ、口にした。

 だが、クアットロは、きょとんとした顔で……

 

 

『――親が子をどう扱おうと勝手でしょう?』

 

 

「――――な、」

 何を意味の分からないことを。と。しかし…………

 

『当然でしょう? ヴィヴィオは、私が出産したんですもの』

 

 ………………理解しがたい……しかし、至極当然の事実を、突きつける。

『比喩ではありませんよ? ……正真正銘、私が性交して。私が妊娠して。私が生育させて。私が分娩した。――――私の子供ですよ?』

 ヴィヴィオは、『高町なのは』と、『吾妻秀人』の子で……クアットロは、『高町なのは』のクローンなのだから。

 

 

『――この力を以て、我らは理想世界を創造する』

 言葉を失うなのは達を余所に、セリカの声明は続いていた。

 

『――――阻むものは……全て、破壊する』

 

 

 ……声明が終わり…………暗転したモニターを前に立ち尽くしていた一同。

 

――――どさっ

 

 …………不吉な音に、振り向く。

「……」

 なのはが、膝を突いていた。深く俯き、顔色は伺えないが……恐らく、蠟燭のような顔色になっているのだろう。

 だが……今は、誰もが、頭の中を整理することが出来ず、ただ沈黙するしか、出来なかった。

 

――否。

 

 ただ一人……ユーノ・スクライアだけは、別の理由で沈黙していた。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

この緊急事態に、将校たちは非常招集され、緊急会議が行われていた。

 

「――これは、由々しき事態ですぞッ!!」

 

 ドン、と机を拳で叩き、声を荒げる将校。

「まぁ、落ち着きなさい……デイリン中将」

 そのデイリンを諌めるのは、老齢の三人。

 

――ミゼット・クローベル。

 

――ラルゴ・キール。

 

――レオーネ・フィルス。

 

 時空管理局の、『表』のトップ3……元帥たちである。形式的な権限は、限られているが……その発言力・影響力は、いち将校の枠を超える。

 その三人を前に、デイリンを初めとする将校たちが並び立ち、訴えていた。

「これが、落ち着いていられましょうか!」

「敵は、S級ロストロギアにも匹敵する戦力を有しております!」

「ご覧になったでしょう! あの破壊力! あれが市民へ振るわれては、どれほどの犠牲が出るか!」

 ……当然の主張だ。

 ジェイルの一味はテロリスト。その破壊活動を阻止することに、疑問を差し挟む余地などありはしない。

 口々に徹底抗戦を訴える将校たち。そして、ミゼットらが慮るように口を閉ざしたタイミングで、デイリン以外の将校もまた、口を閉じる。

 

「――――許可を」

 

 ……デイリンが、重々しく口を開く。

「聖王の揺り籠に対抗しうる、唯一の手段……『アインヘリアル』の起動許可を!!」

 異議を唱える者など、居る筈もなかった。

 何故なら、当然なのだから。

 

7年前……S級ロストロギア『闇の書』による、一連の事件。

それまで、最終兵器とされていたアルカンシェルによる攻撃を以てしても、撃破し得なかったロストロギアの出現。それは、より強力な……アルカンシェルをも超える、対・超S級ロストロギア兵器――――あらゆる組織の枠組み、あらゆる規制法を超越し、ただ、『S級ロストロギアを破壊する』ためだけの、超兵器の開発が決定された。

 その完成品第一号が……『アインヘリアル』。

 しかし、当然のことながら、その使用許可が下されたことは、これまで一度たりともありはしない。

 無人の管理世界での実用実験。

 ほんの10%にも満たない出力での一撃は、大地を抉り、山脈を消滅させ、人為的に、天変地異さえも引き起こしたのだから。

「その判断は早急に過ぎる。独立した古代遺物ならまだしも……相手は単に、その力を振るっているに過ぎん」

「説得は難しかろうが……一味を捕縛した後、封印を施せばよかろう」

「真正面からの撃ち合い。それこそ、ミッドチルダは破滅してしまう」

 元帥達は、当然のことながら難色を示した。

「否! そうして手をこまねいている間にも、守るべき市民が危機に晒されているのですぞ! こちらが撃たずして、どうされようと仰るのですか!」

 テロリストの良いようにさせる訳にもいかず……しかし、その手段を取れば、甚大な犠牲が懸念される。

「……」

 元帥達は、しばし口を閉ざし……一人、ミゼットが発言した。

 

「――――アインヘリアル、待機状態への起動を承認します」

 

「おお……ミゼット元帥!」

 デイリンが、感激して声を漏らす。

「――――本起動は…………便宜的に『ナンバーズ』と呼称する敵一味の捕縛が、未達成に終わった際まで、保留するものとします」

 妥当な判断だった。問題は……どう捕縛するのか。

「――――レジアス中将」

「……は。」

 ミゼットが呼んだのは、会議の場にいたものの、口を閉ざしていたレジアスだった。

「ナンバーズの捕縛は、あなたに一任します」

「な……」

 目を剥くデイリン。

「……何か? デイリン中将」

「い、いえ……失礼を」

 慌てて取り繕うデイリン。どうやら、捕縛も任されるものと考えていたらしい。

 レジアスは、そんなデイリンをじろりと一瞥しただけだった。

「承知しました。即座に部隊を向かわせましょう」

 

「ま……待たれよ!!」

 そしてまた、デイリンが噛みついた。

「……何か?」

「貴公、まさか……あの部隊を動かす気ではあるまいな!?」

「あの部隊とは?」

「き、決まっておろう! あの、独立部隊をだ!」

「左様。陸士101から108部隊に加え……機動六課を投入する」

 デイリンは、茹で上がったように真っ赤な顔で、唾を飛ばして激昂した。

「気でも違えたか!? あの、声明を発表した女は……あの部隊の隊員ではないか! 敵と通じている不穏分子が存在した部隊を、動かすとは……! まだ、スパイが残っている可能性もあるのですぞ!」

 レジアスの目が、ギラリと光った。

 

「――お詳しいですな、デイリン中将」

 

「なに……?」

「……尉官ですらない、武装隊ですらない、管轄部隊ですらない、独立部隊のいち隊員の素性を、知っておられたのですな?」

「――――!!」

 声明発表から、まだ数時間も経っていない。だというのに、デイリンは、既にセリカの素性を掴んでいた。

「それは、…………」

 口ごもるデイリン。そこへ、通信が入った。

『越権かとは存じますが、よろしいでしょうか?』

 ミゼットらは、顔を見合わせ……頷いた。

 

『失礼いたします。キーア・ソナタ執務官です』

 デイリン子飼いの部下だ。

 

『あの声明を発表した女性は……わたしの、義理の妹なのです』

「なんと……!」

 ざわつく将校たち。

『優秀な女性で、生家のクラウン家からも、将来を嘱望されていたのですが……訓練校時代に犯罪行為に手を染め、家名剥奪・追放の処分を受けたのです』

 その後も、キーアの答弁は続いた。

 追放されたのち、機動六課へ配属されたこと。恐らくは、その人事に不満が募り、テロリストと通じてしまったのであろう、ということ。それでも義妹が心配で、あくまで個人的に、その周囲を探っていたこと。

 それゆえ、声明の直後、デイリンに素性を打ち明けたことなど。

 疑念を払拭するには、充分な説得力を持っていた。

「そ、その通りである!」

 取り繕うデイリン。そして……鬼の首を取ったかのように、捲し立てた。

「そもそも、あのようなグレーゾーンに位置するような、独立部隊の設立には初めから反対だったのだ! 人材はみな、素性も、能力も、適性もFランク……! 落ちこぼれの寄せ集めに、前科者の集団など、誇りある管理局の部隊には、相応しくは無いのだ!」

 ……これが平時であれば、レジアスがピクリと反応したことに、気付けたことだろう。

「前科者……とは、誰の事ですかな……?」

 デイリンは、鼻をフン、と鳴らして吐き捨てるように言った。

「決まっていよう! クロノ・ハラオウンと……八神はやてだ!!」

 クロノに関しては、公衆の面前で、赤っ恥をかかされた恨みだろう。だが……はやては。

「先の事件の当事者! 闇の書の所有者! あのような、犯罪者上がりの小娘に、部隊を統括する能力など、初めから有りはしなかった……いやいや、もしや、知っていて見過ごしていたのではないのか!?」

 

 べきり。

 

 ……レジアスの手元で、デスクの一部が握り潰される。

 だが、尚もデイリンの暴言は止まらない。

「そう……そうだとも! それならば、全ての都合につじつまが合うではないか! 元は犯罪者……!」

 ……他の将校も、そのデイリンの演説に吞まれ、機動六課への……はやてへの疑念を、感じ始めていた。

「……そうですね。一理あります」

 ミゼットが口を開いたのは、その空気がそれ以上、伝播しないようにするためなのだろう。

「ですが、この場でそれを断定することは早計です。…………では、双方の意見を検討し、運用部隊を協議しましょう」

 

 そして、協議の結果……突入部隊は、レジアス擁する陸士105部隊、107部隊、デイリン擁する第1、第2航空大隊の混成によるものと決定された。

 

 

 

「むゥう……!!」

 ノシノシと不機嫌も露わに闊歩するデイリン。傍らには、キーアが付き従っていた。

「で、結局どうなったんです?」

「どうもこうも無いわッ!!」

 軽く尋ねるキーアに、デイリンが唾を飛ばしながら怒鳴る。

「こちらの部隊だけの筈が、あの忌々しいレジアスの部隊までも……!!」

「……っていうか中将。僕のフォロー無かったらどうするつもりだったんです?」

「あァ!? 何か言ったかキーア!?」

「いえいえ、何でもないですよ親父殿」

 へらへらと気安く受け応えるキーア。

 が、デイリンの不満は、それだけではないらしく……

 

「ジェイルの奴は、何を考えているのだ……!!」

 

 ……明確にジェイルとの繋がりを口にした。

「あー。僕もアレは想定外でしたねぇ。まさか、ティーダを出すなんて。世間的には、死んだことになってるんですよ? アレ」

 ……ケラケラと、笑いながら。

 

「せっかく、僕が提供してあげたのに、あんな使い方をするなんて」

 

 ティーダの所在を、初めから知っていたかのように言う。

「外部観測不可能の『揺り籠』の中に突入した精鋭の航空部隊。しかし、未知の戦力の稀に力及ばず、大多数が行方不明! ……ってシナリオは、ポシャっちゃったんですねぇ」

「むゥう…………! 最高評議会への献上が、よもや叶わぬとは……!!」

 口ぶりが……まるで、行方不明になることが好ましいとでも、言っているかのようだった。

「やっぱ、アレじゃないです? クライスラー事件みたいに、そうそう上手くは行かないってことじゃあないですかねぇ」

「…………いや、いやいやいや…………そうだ、まだだ。まだ巻き返せる……!!」

 本局の、機密ブロックへ認証を通して入る。

 

――――――ゴォン…………!!

 

 巨大なシャッターが、重々しく開く。

「あの忌まわしい老いぼれどもから、起動の許可は取り付けた……!」

 

――――超兵器アインヘリアル。

 

 それはさながら、移動要塞。

 

 1000mmを超える複合魔導合金の装甲板に、エネルギー中和フィールド発生装置が搭載され、物理・魔法のいずれも、突破は困難……というよりも、不可能。

 内部には、陸空の計2個師団が搭乗可能であり、その装備、兵站までをも、数か月に渡って運用することが可能である。

更に、これだけの巨体を持ちながら、イオノクラフト・ホバーによる推進で、地上は地形を無視し、時速90kmでの移動が可能である。

 

 そして……自身の名を冠する、最大の兵装。

 

――――重力崩壊砲『アインヘリアル』。

 

 既存の反応消滅砲の理論を、更に推し進めた技術で設計されており……反応消滅させた『空間そのもの』を、更に圧縮。『重力の坩堝』を、対象に撃ちこむことが可能となっている。

「クックック……!!」

 愉悦にほくそ笑むデイリン。

 

 その足のまま、さらに奥へ……本来であれば、デッドスペースとなっている区画へ進む。

「……………………」

 壁一面に配置された、半透明の容器。その内部は、液体に満たされ…………老若男女を問わず、数多の人間が、静かに眠るように、安置されていた。

 年号、氏名まで刻まれたそれらの容器は、まさに棺桶。

 

――ここは、霊廟なのだ。

 

アインヘリアル……それは、来たるべき戦へと備え、戦士の魂を安置する館。

「来たるべき、聖戦のために――!!」

 歪んだ使命感に目をギラつかせるデイリンを……

「………………」

 キーアはどこか、蔑むような目で見ていた。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「…………………………」

 人知れず、アースラへ戻ったはやて。人気はあるが……あの映像を見た後だ。活気など、在るはずが無い。

 かつ、こつ、と杖を鳴らして、歩き……どうにか、自室へと戻る。

 椅子に腰かけ、死んだような目で、虚空を眺めた後……ゆるゆると、緩慢な動作で、報告書を手元に表示する。

「物的被害、隊舎全壊…………人的被害……負傷者、26……不明者、2………………ッ!!」

 

――ガンッ!!

 

 デスクを、強く叩く。

「私の……私のミスだッ……!! 読み違えたッ……!!」

 頭を抱え、苦悩する。

「何で……何で、気付かなかった……!! あいつらは、スバルやティアナを、何度も、何度も狙い撃ちにしてきてて……あれだけ、あからさまに攻撃を繰り返していたっていうのに……!!」

 そのすべてが、本局狙いのブラフなのだと……自分たちは、隠れ蓑に利用されているだけだと、タカを括った挙句……今度の、はやてにとっては、初めてと言えるほどの、大敗北を喫してしまった。

「クソッ!! 大馬鹿めが!! 死んでしまえ!!」

 デスクを八つ当たりのように殴り……頭をガシャガシャと乱暴に掻き毟る。

「スバルたちに、何て言えばいいんだよ……!! どう考えたって、おかしい言動だってあっただろうが……!!」

 そして、紛れ込んでいた……否、最初から仕組まれていた、スパイの存在。

 敵の裏を読んでいたつもりで……その実、掌の上で踊らされていたのは、自分の方だったのだ。クアットロを小物と侮り、ロクな対策もせず……その結果である。

 機動六課は……『揺り籠』の突入部隊からは除外されてしまった。

 

「――――――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 どうしようもない感情を、ただ叫ぶことで、発散する。

「、――――!!」

 一体、いつから居たのか。

 

――――――。

 

 フィアットが、部屋の暗がりから姿を現した。

「……………………」

 痛々しく負傷している。聞けば、秀人に毒刃を突き立てた挙句……手酷く、返り討ちに遭ってしまったそうだ。

 そして……その話の内容から、あの男は、やはり、秀人本人だという確証が得られていたのだが……今は、そんなことを考えている場合ではない。

「よぉ…………フィアット」

 はやては、自虐的な、卑屈な笑みで、フィアットに向かった。

「どうだ……いい気味だろ? お望み通り、無様に、惨めに……ボロクソにされた仇の姿だぞ?」

「――――――」

「……どうした、笑えよ」

 フィアットは、無言だ。

 

――――シュキンッ……

 

 ……無言で、ナイフを抜く。

「……ハッ」 

 はやては、鼻で笑い……ソファの上に、身を投げ出した。

「…………ああ、もう、どうでもいいや…………やれよ」

 張りつめていたものが断ち切られ……完全な自暴自棄へと陥ったはやては、目を瞑り、身を任せた。

 フィアットは、迷いのない歩調で、ソファへするすると近づく。

「――――――――」

 はやては、完全に無抵抗だ。殺すには、絶好の好機。フィアットが、幾星霜、待ち侘びたその瞬間。

 

 

 

「――――――ねぇ(・・)あなたは誰なんですか(・・・・・・・・・・)?」

 

 

 

――――ブヅンッ!!

 

 

「ォ…………ぐうッ!!?」

 はやては、予想通りの激痛を発した……予想外の箇所に、目を剥いた。

 フィアットの振り下ろしたナイフは……はやての右腕、その骨の隙間を、重大な血管や神経を潜り抜け、肉と皮膚のみを、正確に割り裂いていた。

「フィアット……?」

 きょとん、とフィアットを見上げる。

 その顔に……

「――――誰ですか?」

 

――――バキィッ!!

 

 痛烈な痛みを伴って、拳を振るう。

「――あなたは、誰ですか? ――誰なんですか!?」

 

――――バキッ!! ガスッ!!

 

 幾度も、幾度も……拳を、振り下ろす。

「私の……! 私の部隊長は! そんな卑屈な顔はしないんですッ! そんな……たった一度間違えた程度で、全てを投げ出すような真似はしないんですよッ!!」

 

――――ガンッ!!

 

「私の部隊長は! 傲岸不遜で、唯我独尊で!! いっつも何喰わない顔で平然として! ミスらしいミスもしないで! 人に無茶ばっかり言ってくる!! そんな、子憎たらしくて、苛立たしくて……!! 私が殺したいのは、そんな部隊長なんですッ!! お前は誰だッ!? ……違う!! お前じゃない! お前じゃない!! 私が殺したいのは、お前なんかじゃないッ!! 秀人さんが敵!? セリカがスパイ!? ……だったら何だ!? お前のやることは、投げ出すことなんかじゃないでしょうッ!!」

 フィアットの拳に、血が滲む。しかし、フィアットは殴ることを止めない。

「こんなことで、しおらしくなるなッ!! こんな時こそ、傲岸不遜で、唯我独尊でいろッ!! お前の立場を忘れたのか八神はやて准将ッ!! 八神はやて部隊長ッ!! お前は機動六課総勢346人を背負ってるんだ! こんなことで折れるような……戦うことを放棄するような貧弱な奴を殺すために、私は今日まで生きてきたわけじゃないんだッ!!」

「……………………」

「お前が……お前が! お前がぁ!!」

 狂態を晒すフィアットの顔が……まるで。

 

――――ズリュッ……!!

 

「……ッ!!」

 右腕に、再度の激痛。フィアットがナイフを引っこ抜き……再び、振りかぶる。

 

「私の部隊長を馬鹿にするなぁっ!!」

 

 

――――ザシュッ!!!

 

 

 …………はやての顔、数センチの位置に……フィアットの振り下ろしたナイフが、突き刺さる。

「………………フィアッ、ト…………?」

「…………………………だから、……だから、部隊長」

 フィアットは、ナイフから手を離し…………はやてを、優しく抱擁した。

「……今のあなたに、殺す価値はありません」

「………………」

「殺す価値が無いんじゃ……一緒にいる意味が、無いじゃないですか」

 貫いたはやての右手を取る。

「…………早く、私に殺されるべき貴女になってください」

 ……何という、破綻した論理だろう。

「…………フィアット」

 さすがに、こうやられっ放しというのは、癪に障る。だから、ほんの少々、仕返しをすることにした。

「――――お前、私のこと、かなり好きだろ?」

 

ええ(・・)

 

――――。

 慌てふためくか、真っ赤になって反論するか、逆上して怒鳴るか……しかし。

 フィアットの反応は、そのどれとも違っていて。

 

 

貴女を愛しています部隊長(・・・・・・・・・・・・)この手で殺してやりたい程に(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 ………………絶句するはやてを置き、フィアットは、何食わぬ顔で退室していった。

「……………………」

 はやては、絶句したまま放心していた。

「…………っく、」

 ……我に返ったはやての、胸の内に去来したのは……

「ッ……っ……くく、くっくっく……!! あっはっはっはっは……!!」

 ……紛れもない、喜悦の感情だった。

「はははっ!! あーっはっはっはっはっはっはっは!!」

 腕の刺し傷にも構わず、腹を抱えて笑い転げる。

「あーーーー…………………………」

 ひとしきり笑い転げた後、はやては、のそのそと身体を起こした。

「…………」

 腕の刺し傷を、しげしげと眺める。

「うンッ…………!」

 止血し、傷口を治癒させ、応急処置。

「………………私の負けだな」

 フィアットの遊びのような襲撃を、全て勝ち越してきていた訳だが……今回は、完膚なきまでに、敗北だった。

「一日に、二度も負けて…………もう、こうなったら何度負けても同じかもな」

 そう考えると、気持ちが軽くなる気がした。

「うん……うん。そうだ」

 どうせ負けるのなら……不戦敗などでは気が収まらないではないか。やるだけもやらずに……負けた気分になるのは、性に合わない。そうだ。どうせ、どうせ負けるのなら……いや、既に負けているのなら――!

 

「――最後の悪あがき、見せてやろうじゃねーか!」

 

――全力で、足掻くのみ。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「――――」

 てくてくと歩きながら、抜身のままのナイフをしげしげと眺めるフィアット。

 ドロッとした血液が、未だ滴ったままのその刀身。

「…………久しぶりでしたねぇ」

 はやての身体を貫いたのは、5年前のあの日…………はやてが、フィアットを傍に置くと決めた、あの日以来だった。

「…………」

 空しい気分で、血液をペロペロと舐め取る。

 待ち焦がれた甘露……の味などするはずもなく、ただ鉄臭い匂いが鼻を突くだけだ。

「はぁ……らしくない。本当、らしくないんですから…………」

少し歩くと……目の前に、クロノと、リーゼが立っていた。

「……」「……」

 無言で見つめ合う。

「――お前が、」

 リーゼも、実に久しぶりに、フィアットに話しかけた。珍しいことなので、フィアットもとりあえずリーゼの方を見た。

「――あれ以上、主に危害を加えるようだったなら、」

「『殺してでも止めるつもりだった』――ですか?」

「………………」

 図星を突かれるリーゼ。

「……よく解っているのだな。主のことを」

「ええ。憎い仇ですから。……妬ましいですか? 自分ではなくて」

「――――……」

 図星らしい。

「……まぁ、ここまでですがね」

「……?」

 リーゼが疑問に思ったのと同時…………

 

『――――リーゼ! 作戦立てんぞ!! どこで油売ってやがるさっさと来い!!』

 

 ……はやての怒号が鳴り渡った。

「は、はい、我が主! ただいま参ります!!」

 慌てたあまり、耳と尻尾が飛び出してしまいながらも、すっ飛んで行く。

 後は、あの二人がいいようにするだろう。

 

 そして、残されたのはクロノと、フィアットの二人だ。

「………………」

 周囲に、二人以外の目がないことを確認して…………

「――クロノ。久しぶりだね」

 その言葉に、いかなる意味が篭められているのかは……二人にしか、分からないことだろう。

「――姉さん」

 フィアット……ではなく、ふたりの時だけの呼び名で、クロノも応える。

 何の気なしに見たフィアットの横顔は、やはり、クロノと似通っていた。

「……もう、やめたらどうだ」

 はやてとの関係のことを仄めかす。だがフィアットは、首を横に振った。

「――――やめないよ」

 フィアットとの血縁が発覚して、7年。繰り返されてきた問答だ。

「……ごめんね」

 そして、困った顔で謝ってくることも。

「…………ねぇ、クロノ。……終わったことにしがみつくのって、悪いことかな?」

「…………」

 

――終わったこと。解決済み。そんなことをしても戻っては来ない。

 

 ……当事者たちが、その事実を受け入れるための言葉だ。

 だが……それでも、納得しきれない事柄というものは、確実に個人の胸の内にある。

「……」

 クロノが思い返すのは……他でもない、母のリンディだ。

 彼女もまた……愛する者を奪われた当事者なのだから。

「姉さん、俺は――――」

 

「――――それ。」

 

「え……?」

 きょとん、とするクロノに、フィアットは笑う。

「あの日からだよね。クロノが、『俺』って言い始めたのは」

「…………」

 ……あの日。執務官の立場を捨て、親友の名誉を選んだ、あの日。

 

「……悩んでいるんでしょう? 秀人さんのこと」

 

 表面上は平静を保ってはみたものの、お見通しだったらしい。

「姉さん、俺は…………」

 言葉にならない煩悶があるのだろう。

クロノにとって、秀人は親友で、恩人だ。

 その秀人が、明確に敵に加担している。

 それでも、何かしらの目的があるのならまだしも……秀人は、進んで他者を傷つけるような真似だけは、しない筈だ。家族同然に過ごしていたヴィータを、躊躇なく戦闘で撃破することなど。精神操作をされている可能性が、真っ先に浮かんだ。だが……それだけでは、説明できないことが、多すぎる。

 問い正す。だが、問い正した結果が……最悪なものだった場合は。

 

 彼が、彼自身の強固な意志で、それを望んでいるとしたら。

 

「なんだ、簡単じゃない」

「え……?」

 顔を上げたクロノに、フィアットが平然とした顔で言う。

「石頭の頑固者をどうすればいいか、なんて……あなたが一番、わかっているんじゃない?」

「…………ああ」

「今度は、クロノの番なんだよ」

 彼が、クロノの価値観を変えたように。

 

 今度は、クロノが……秀人の石頭を、カチ割ってやる番だ。

 

「頑張るんだよ、クロノ。ふぁいとっ」

 ぐっ、と両拳を握るポーズで、激励される。

「……ありがとう、姉さん」

 子供っぽい面の残る姉に、苦笑いを返し……

「…………この事件が終わったら……母さんたちに、会いに行かないか?」

 フィアットの出自は、本人と、クロノだけが知っている。それを、リンディや、エイミィに打ち明けないか。そう言いたいらしい。

 フィアットは……

 

 

「――――――――絶対に、嫌」

 

 

 ……優しい『姉』としての笑みを浮かべ、拒絶した。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「……………………」

 ぼやけた視界の中……ギンガは、見知った顔が三つほど、自分を覗きこんでいることに気が付いた。

「ギン姉ッ! 気が付いた!?」

「こらスバル。ちょっと静かに……!」

 スバルと、シャッハ。そして……

 

「…………勘弁してくれ。肝が冷えたぞ」

 

 総髪の男性……陸士108部隊の部隊長にして、スバル、ギンガの父……ゲンヤ・ナカジマだった。

(おとうさん……スバル…………)

 ギンガが、目線だけを向ける。

 身体を起こすどころか……声を出すこともできなかった。

「……切断面が綺麗だったから、どうにか縫合できたんだって、オペルさんと、マリエルさんが……」

「そうか……後で、礼を言わないとイカンな」

 

ゲンヤが、苦々しく説明する。

「クイントは、敵の一味として……確保が命令された」

「でも……母さんは、どうして…………」

 クライスラー事件の際……他の不明者とは違い、遺体が残ったクイント。その遺体を収容したゲンヤも、その肉体が偽装だとは、どうしても思えていなかった。

「――埋葬されていた遺体を、技術部に回収させ解析させた」

 故にゲンヤは……墓所を掘り起こすという、苦渋の選択をしたのだ。

「DNA検査の結果だが……あの遺体は、間違いなく、クイントの肉体だった。だが、……テロメアの長さが、どうしても、クイントの実年齢と一致しなかったそうだ。

 

つまり――あの遺体は、クローニング複製されたものだった」

 

 敵が、戦闘機人などというものを製造できる技術があるのなら……意識を必要としない、ただの肉体だけを製造するなど、造作もないことだったに違いない。

「で、でも…………何で母さんは、敵に……」

 ゲンヤが、資料をめくる。そこには、ギンガたちが交戦した際、僅かながら得られたクイントの画像があった。

「この、額の紋様を見てみろ」

 仮面の奥にあった、クイントの素顔。その額に、幾何学的な紋様が刻まれている。だが、スバルたちはおろか……古代ベルカの知識を持つシャッハにも、見覚えのない字体だった。

「こっちは、お前んとこの槍使いの坊主が持ってきたデータだ」

 エリオが交戦した、ゼータ。彼の額にもまた、同系統の……しかし、微妙に異なった紋様が刻まれている。

「その意味はまだ解明できてはいないが……恐らくは、呪術に類するものだ」

「呪術って……禁呪の、暗黒魔法の?」

「ああ」

 ミッドチルダが、いかに魔法体型の進歩した世界だとはいえ、魔法に関する禁忌は、当然のことながら存在する。ヒトを原材料とした魔法生命体の製造や、偽造貨幣の製造……そして、暗黒魔法だ。これらは、管理局や教会に厳重に管理され、習得は禁じられ、禁書扱いの文献でのみ、継承を許されている。その継承ですら、本来は、暗黒魔法に類するものが使用されたと思しき場合における、対処のためなのだ。

「俺はこの件に関して……管理局上層部が関与していると見ている」

「……!!」

 正義を標榜する組織が、このような犯罪に携わっている可能性を考え……スバルは、不信感と、不快感を覚えた。

「…………管理局は、母さんをどうするつもりなの?」

「逮捕、拘留……『ナンバーズ』達への関与に関する調査だ」

「それは、どの部隊が行うつもりなの?」

「セオリー通りに行くのなら、まぁ、被疑者を確保した部隊だろうな」

「そう…………」

 

 ……と、横たわっていたギンガの身体が、僅かに身じろぎをした。

「ギン姉……?」

 ギンガの口元に耳を寄せる。掠れるようなギンガの声を、必死に聞き取る。

 

「…………、スバル、…………あなたが、……母さんを、確保しなさい」

 

「――!? え、」

 驚くスバルに、ギンガが続ける。

「…………できない、と思ってる?」

「う……うん……」

 項垂れるスバル。

「……大丈夫、出来るわ」

「で……でもっ! 姉さんと、シャッハさんが二人掛かりでも、敵わなかったのに……! それを、姉さんから一本も取れないような私に……!」

「…………大丈夫……スバルなら、……必ず勝てる(・・・・・)

 妙な確信を伴った言葉だった。

 ギンガが、手の中に握っていたものを、スバルに譲り渡す。

「…………ギン姉、これ……!」

 それは、ギンガの魔力光と同色のクリスタル。左のリボルバーナックルだ。

「……スバルを、お願いね」

『任されよ』

 マッハキャリバーの内部に、格納される。

「スバル……お願い…………母さんを、…………助けて、あげて」

そして、体力を使い果たしたのだろう。ギンガは、深い眠りへと落ちて行った。

 

「…………どうしろって、言うの」

 108部隊の隊舎近くに停泊する、アースラの艦内。

マッハキャリバーを握りしめ、スバルは俯いていた。

「……だって、今回の作戦……機動六課は、突入部隊に選ばれてすらいないんだよ」

 チカッ、と、マッハキャリバーが瞬く。

『貴様はどうしたいのだ』

「どうしたい、って…………でも、どうにも出来ないし……」

『可能か、不可能かの話ではない。貴様は、どうしたいのだ』

「――だって!」

 ガタン、と立ち上がり……激昂する。

 

「どうしようも無いんだよ! 機動六課は出撃できない! 上層部にアースラのキーは握られてる! ……せ、セリカが…………、」

 

 じわり、と視界が滲むのにも構わず、続ける。

「セリカが、敵にいるんだよ……! もう、どうすればいいのか、全然、わかんないんだよっ……!!」

『……………………』

 マッハキャリバーは、取り乱すスバルに何も言わず……

『――――ふんっ!!』

 

――スコーンッ!!

 

 自立飛行した後、スバルの額へ衝突した。

「……いったぁ!? ……って、え!?」

 目の前を浮遊するマッハキャリバーの姿に目を見開く。マッハキャリバーは、スバルの目の高さで静止した。

『貴様はどうしたいのだ。……ここでいつまでも膝を抱えていたいのか? 他人が都合よく解決してくれるのを待ちたいのか?』

「違う、私は……!! 私は!!」

 

『――――助けたいのだろう? 母も、友も。――――他の誰でもない、自らの手で』

 

 ……その答えは、マッハキャリバーが口にした。

「…………うん」

 胸を張って言えないのは、恐らく……二人の真意が掴めないからだろう。

 額に呪術の刻印が入れられていたとはいえ、それが洗脳のためのものなのか……最悪、本心から『ナンバーズ』に加担しているということも、可能性としてはある。

 だが……それでも。

 

「――助けたい。母さんも…………セリカも!! 二人が何考えてるのかなんて、全然わかんない! 何か目的があるのかもしれないけど! それでも、何も言わないでどこかへ行っちゃうなんて、私は絶ッッ対に許さない!

 

――――ぶん殴ってでも、連れ戻してやる!!」

 

 マッハキャリバーは、呆れたように……しかし、納得がいったように、少し笑った。

『――――とうに決まっているではないか』

「…………でもでも、どうやって行こう……?」

『何、案ずることは無い。世界の流れは、ヒトの意思が決めるのだ。……そう決めたのならば、そう動くようになっている』

「……? マッハキャリバー?」

『貴様が意志を固めたのなら、きっと…………』

 

――――ヴーーーーーーーーーーーーー!!

 

 ……ブザーが鳴る。

「! 部隊長の緊急招集!」

『――な?』

「うんっ!! ティアだって、きっと……!!」

 

 そして……スバルは、ブリーフィングルームへと向かった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

――パンッ!!

 

 僅かな反響音のみを残し、ターゲットの人型、その右肩部分が吹き飛ぶ。

「…………」

 

――――パンッ! パンッ!!

 

 続けた二射は、ターゲットに掠ることも無く、虚空へ消えていった。

「…………」

 かちゃかちゃと、機械的に弾倉へ装填する。

『――おい、もう休め』

 クロスミラージュがそう言うものの、ティアナは、頑なに訓練とも言えない行動を繰り返していた。

「……」

 ……酷いスコアだ。静止物であれば、ほぼ100%の命中率を誇るというのに、今は40%以下。

 

――――ぶつんっ。

 

 唐突に、訓練設備の電源が落とされた。

「――!! 誰よっ!!」

「…………銃口を向けるな」

 ヌッと現れたのは、ヴァイスだった。

「またアンタ……?」

 なのはを相手に無茶をする前も、こうして訓練に横やりを入れられていた。

「人の訓練の邪魔ばっかりする……!!」

「そりゃ訓練じゃなくて、八つ当たりだ」

「――!!」

 鼻っ面に突き出されたパンチを、手首を掴んで止める。

「感情の赴くままに……か? そんなんだから、ティーダに勝てねぇんだよ、お前は」

「――!!」

 かぁっ……と、頭に血が上る。が、ヴァイスに小手返しを喰らった挙句、銃まで奪われてしまった。

「くっ……!?」

 

――じゃきっ

 

 …………立ち上がりかけたティアナの鼻先に、銃口が突きつけられる。

「……!?」

「――――これだけ言って……まだ分かんねぇのか、お前」

 普段は飄々として、掴み所のないヴァイスが…………怒りを浮かべ、ティアナを真正面から睨みつけていた。

「お前、あの作戦で2回死んでるぞ」

 ティーダにヘッドショットを決められた際。そして、ティーダへ最後の一撃を加えた際の、カウンター。

 

「――――あいつは、オレとクロノさんで確保する。お前の出撃は許さん」

 

「な、何の権利があって……!!」

「……そんなに死にに行きたいって言うなら、今、ここで死なない程度に痛めつけてやろうか?」

 反抗するティアナだったが……グリリッ、と銃口がより強く押し付けられ、黙り込んだ。

「どうして、ティーダの奴は執務官になれたんだと思う?」

「……? それは、………………」

 だが、ティアナはそれを知らない。ただ、『執務官である』という前提があり……『なぜ執務官足り得たのか』までを、考えたことが無かった。

「言っておくが、ティーダの魔力量は、オレやお前と同程度……単純な量だけで言うなら、Bランク程度だ。先天資質も、特殊技能も持ってはいない」

「…………魔力運用が、上手かった、とか…………」

「それじゃ、20点だ」

 コンッ、と銃身で額を小突かれる。

「あいつは、決して強力な魔導師ではなかった。部隊長のようなバケモンじみた魔力も、クロノさんほどの多彩な術式も、シグナム教官のような剣術も、フェイト執務官のような速度も、持ってはいなかった」

「…………」

「決して、万能無敵のエースでは無かった」

 では……何故だ、というティアナの無言の問い。

 

「――あいつが、『強い』男だったからだ」

 

「……? 何、馬鹿にしてるの……?」

 ティアナが、怪訝な顔をする。先ほど、言っていたではないか。『決して、万能無敵ではなかった』と。だというのに、この言葉。ティアナが混乱するのも無理は無い。

「……ま、言うよりコッチの方が早いか」

 と、ヴァイスは再び、訓練設備の電源を入れる。そして……カード状のデバイスを展開。オリジナルの一品ものではなく、官製のライフル型だ。

「見てな」

 スタンディングのままライフルを構え、表示される的に向かい……

 

――――パシュパシュパシュッ!!

 

 消音効果を施されているらしき射撃を、三連射する。

 ターゲットの人型の、頭部ど真ん中に、一つきりの穴が開く。発砲音は3つ。ということは……全て違わず、全く同じ個所へ射撃を通したのだ。しかも、ロクに体を固定もしていない姿勢で。

「…………」

 ティアナも、これには息を吞んだ。

「次は、こうだ」

 的の人型が、前後左右に、激しく移動する。混戦を想定したシミュレーションだ。

 

――――パシュッ、……パシュシュッ!!

 

 やや不規則な発砲音。人型の動作が停まり……スコアを表示する。命中率は、8割。その内訳は、脇腹や、肩など……即座には、戦闘不能にはならない位置への着弾が多く見られた。これなら、ティアナの方が上のスコアを出せる。

「言っておくが、手は抜いちゃいねぇぞ。ここから、どう読む?」

 思考停止をすることはせず、考察した。

「…………アンタは、狙撃手だ。近~中距離の戦闘には、向いていない」

「正解」

 ライフルを、カード状に戻す。

「そんじゃ、問題だ。もしオレが、あのナンバーズどもを相手取って戦うなら……どう動くべきだ?」

 考えるまでもない。

「……相手を射程に捉えつつ、身を潜め、機会を伺って撃つ」

 狙撃の基本中の基本。子供にも分かる。

「じゃあ、もし…………突発の事態が起こり、敵陣ど真ん中に放り出されちまったら?」

「……戦略的撤退。いかなる手段を用いても、敵の攻撃範囲から脱出し……再度、狙撃の機会を伺う」

 

「――――では、それらを踏まえた上で、聞こう。オレたち凡人が、バケモン相手に戦うために必要な『強さ』とは、何だ?」

 

 ティアナは、ようやくヴァイスの言わんとしていた事柄を理解した。

 

「――――相手を、自分のフィールドに引き込む力」

 

 ――正解。と、ヴァイスは頷いた。

「『自分に向いた戦況を作る』ってことだ。ティーダの奴は、まぁこれが上手かった」

 昔を懐かしむ口調で、ふと視線を外した。

「自分だけじゃない。自分の所属していた部隊の全体にまで、その効果を発揮していた。味方からすれば、『不思議と有利な戦況に変化して』いるんだ。……敵からすれば、『何故かどんどん戦況が不利になっていく』、っていう、笑えない事態だった筈だ。……そうだろ?」

 思い返せば……確かに、あの地下道での撤退戦においては、個の力では勝っていたはずのティアナたちが、いいように攪乱され、退路を断たれそうになり……あと一歩で全滅というところにまで追い込まれていた。

「――やろうと思って出来ることじゃねぇ。戦況を俯瞰する視点。知恵を巡らす頭脳。意表を突く発想力。そのどれかが欠けてしまっていても、実現はできない。

 

――――スペックシートだけでは決して分からない、……ある意味、これぞ真の『能力(スキル)』ってヤツだな」

 

 それが、ティーダ・ランスターの武器――――『ランスターの弾丸』なのだ。

 

「自分は、皆を先導できるような『エース』じゃない、みんなと一緒で、初めて一人前なんだ……って、アイツはよく言ってたよ」

 そんな、謙虚が過ぎた、お人よしが服を着て歩いているような、親友のために。

「だから……同期のオレ達全員で、考えたのさ。『エース』に並ぶ、最高にクールな肩書ってやつを」

 

――どんな逆境も、打開してみせる。

 

――どんな不利でも、覆してみせる。

 

――『エース』という『個人』ではない。

 

――肩を並べ、同じ戦場を駆ける……最高の戦友。

 

 

「――――『ストライカー(・・・・・・)』」

 

 

 それが……ティーダの『強さ』の正体。

「ストライカー…………」

 かつての、兄の一端に触れ……荒れていた心が、和らぐのを感じた。

 そしてヴァイスは、驚くべきことを口にした。

 

「――素質、あると思うぜ」

 

「――!!」

 ティアナにも、『ストライカー』足り得る素質が、あると言う。

「まだまだ力不足だが……うん。オレが保証してやるよ。ティアナ・ランスターは……いつか、ティーダ・ランスターを超える『ストライカー』になる、ってな」

「な、何よ、急に……今まで、褒めたことなんて無かった癖に……」

 ティアナは、頬を染めて慌てた。

「まぁ、つっても……一人で考え込みすぎる悪癖が治れば、だけどな」

 ……上げて落とすのは基本である。

「お前はお利口すぎるんだよ。もっとバカになれ、バカに」

 ぽん、とティアナの頭を気安く叩くヴァイス。

「……う、うるさい!」

 ぶんぶんと拳を振り回し、ヴァイスを退散させた。

 

『はっはっは! おい、バカになれってよ!?』

 手元のクロスミラージュが馬鹿笑いをする。

「うるさいなぁ、もう!」

 カートリッジを、乱暴に弾倉に突っこむ。

「……チャージング・カートリッジ。ちゃんと満杯にしておくからね!」

『わぁったよ。……んじゃ、行脚といくか』

 

 この時点で……『機動六課は突入部隊に含まれていない』ことと、『自分は出撃しない』ことは、イコールでは無くなっていた。

 

「待ってなさいよぉ……あのバカ兄貴! それと、バカセリカ!!」

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 エリオは、マリエルのラボへとやって来ていた。

「……話って、何?」

 コンソールを叩きながら、半分、分かっているように聞く。

 エリオも、隠し立てはせず……ストレートに要求した。

 

「ストラーダのリミッターを全解除してくれ」

 

 この先の激戦を想定しての、当然の要求だった。

 

「……何、死にたいってこと?」

 

 確かに、ストラーダの出力上限は上がるだろう。だがそれは……エリオの肉体にかかる負担も、跳ね上がるということであり……

「……そうしなきゃ、あいつらには勝てねぇんだ」

 マリエルは、忙しなく動かしていた手を止め、椅子を回転させ、エリオの方を向いた。

「アンタ、フェイトさんと仲良いなら聞いてるだろ」

「……うん」

 

――ゼスト・グランガイツ。

 

 元108部隊、最強の近代ベルカ式術者。シグナムの剣友で……保護されたばかりのエリオの、指導教官だったこともある。変換資質と高い魔力に頼りきりだったエリオに、体術と、槍術を教え込んだ師だ。

「……何故、キミが体を張る。シグナムあたりが適任だろう」

 最もなことを指摘するマリエル。

 そうだ。何も、明らかな実力差のあるエリオでなくとも、同格のシグナムか、それにフェイトが加勢すれば、ある程度は安全に確保することが可能なはず。

 マリエルは、また後ろを向いてしまい……もうこれ以上話すことは無い、とでも言うように、意識の外にエリオを追いやってしまう。

 

「――――あいつらは、……昔のオレに、似てるんだ」

 

「………………」

 あいつら、というのは……ナンバーズのことであり、ルーテシアのことだろうか。

「自分が誰なのか、一個人なのか、誰かの複製なのか…………周りに言われている『自分』が、全然納得できてなくて……自分が何者なのかわからなくて、どうしようもなくなってる」

 自分も、そうだった。『エリオ・モンディアル』という人物のクローン……完全な代替として、冷たいガラス瓶の中で生を受け……だが、エリオは、『エリオ・モンディアル』ではなく……かといって、『エリオ・モンディアル』ではないエリオが、それを求めた者たちに受け入れられる筈も無かった。

 フェイトが、シグナムが……ゼストが、エリオを助けることが無かったのなら。

 今、あのモニターの向こうにいたのは、自分だったのかもしれない。

「――頼む。あいつらを、止めてやりたいんだ」

「――――」

 気付けば、マリエルは再び、エリオの方を向いていた。

 

「――――キミは無力だ」

 

 そう、辛辣に切り出すマリエル。

「エースと言える隊長たちには、遠く及ばない」

「…………ああ」

「キミ単体が、命を賭しても……きっと、戦況は変わらない」

「……ああ、わかってるよ」

「ジェイルはきっと、過去の戦闘データを使って、戦闘機人たちをアップデートしている。そうなったら、キミは、戦闘機人たちにさえ敵わない」

「…………」

 これは、厳然たる事実だ。

「……リミッターの解除は、いつでも出来る。でも、それで、どうするって言うの?」

「…………必要なんだ。どうしても」

「何のために?」

 

「――――竜魂憑依を、制御するためだ」

 

 現時点では、竜魂憑依を武装化することで、限定的に制御できているが……やはり、それでは不十分なのだ。あくまで、竜魂憑依の武装化は、通過点でしかない。

「頼む……!! オレに、力を貸してくれ!!」

 ばっ、と深く頭を下げる。

 一秒、二秒……と、重苦しい沈黙の後、かちゃかちゃと、マリエルがキーを叩く。

「…………」

 聞き入れてもらえなかったのか……と、落胆するエリオの目の前に。

 

「はいこれ」

 

 と、掌に載せた何かを差し出してくる。ほんの数センチほどの、何かのメモリ媒体のようだ。

「――竜魂憑依のサポートプログラム。あげる」

「え……!?」

 どうやら、先ほどからがちゃがちゃとキーを叩いていたのは、これを作っていたからのようだ。

「一人じゃ、勝てない。でも、そんなことは当たり前なんだ。だから……キミは、『誰かを頼る』ことを、もっと頑張った方がいい。……今みたいにね」

 ぐい、とエリオにそれを押し付ける。

「あと……」

そして、やや意地の悪い笑みを浮かべたと思うと……がしょんっ、と扉が開いた。

 

「頼る相手が、違うんじゃない?」

 

 ……キャロが、見計らったように、そこにいた。

「ぅおっ……!?」

「あ、エリオくんもきてたんだ」

 タイミングを見計らっていた訳では無いようだ。

「マリエル、おねがいがあってきた」

「……リミッターカットか?」

「うん。それと……」

「……竜魂憑依のサポートプログラムか?」

「うん。すごいねマリエル」

 …………考えることは全く同じだったらしい。マリエルは、呆れ半分にキャロからケリュケイオンを受け取った。

 

「あ、そうだ……エリオ、キャロ。キミたちには教えておこう」

 ふと思い出したように言う。エリオたちを呼び寄せると、今しがた操作していた画面に、映像や資料が表示された。

「これは…………」

 一人の女性局員のデータのようだ。20代程に見える。当然、面識はないが……見覚えがあった。

「……ルーテシア?」

 あの敵に属する少女と、共通する面立ちをしていた。

「――メガーヌ・アルピーノ。クライスラー事件における不明者の一人。そして……ゼスト隊の一員だ」

「ゼストの……? いやいや、ちょっと待てよ。それより、こいつ……ルーテシアの母親なのか?」

「いや、彼女は未婚で、子供もいなかった」

 だが、これだけルーテシアと似ているということは……

「……!! まさか……!!」

「恐らくルーテシアもまた、Fの被検体なんだろう」

「…………いや、何か、変だ」

 そこで、エリオは違和感を覚えた。

「あいつ、記憶を持っていそうな気配、無かったぞ」

 プロジェクトFは、記憶転写クローンの製造技術だ。フェイトしかり、エリオしかり……しかし、ルーテシアからは、まだ未発達な自我しか、感じることが出来なかった。

「記憶は転写せず、肉体に自然発生した自我をそのまま発達させた……戦闘機人たちの、テストヘッドだったのだろう」

 ディエチなどがいい例だ。彼女のオリジナル…………ラグナという少女は、もっと落ち着きのある性格だった。だが、生後10年にも満たないとすれば、当然だ。

「なぁ、もう一ついいか?」

 と、黙り込んでいたエリオが質問をした。

 

「この、メガーヌって人は……召喚術師だったか?」

 

 マリエルは、首を横に振った。

「いや……彼女は元々、結界魔導師だったらしい。召喚術は、習得していなかった」

「……そうか」

 エリオは、何らかの納得を得たようだった。

 

 

 

わかった(・・・・)

 

 

 

 キャロは、何かを決意したように、頷いた。マリエルが……エリオとキャロにのみ、この話をした意味を悟ったらしい。

 

「…………………………」

 二人が退室した後。マリエルは、モニター越しに、誰かと対面していた。

 

「――――安心しろって。『F』の行く末は……ワタシが、ちゃんと見届けてやるから」

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

なのはは、自室のベッドに倒れ込んだまま……かれこれ二日。

『……………………』

 考えれば、考えるほど……思考が煩雑になり、ずぶずぶと、底なし沼へと沈んで行ってしまう。

 ヴィヴィオが攫われたことも。

 クアットロと名乗る女が、自分と同じ顔をしていたということも。

 彼女が、ヴィヴィオの母親であるということも。

 そして、何よりも。

 

 

『――――秀人さん』

 

 

 ……彼が、敵側に居たということ。

 生きていてくれた。無事でいてくれた。ただそれだけであれば、どれだけよかった事か。

 しかし、彼は、敵として現れた。

 

 機動六課を襲撃し、ヴィヴィオを攫い……ヴィータを、倒した。

 

 何故。どうして。

 

 答えの出ない自問自答に……また、思考が停止する。

『……………………』

 今は、レイジングハートも沈黙を守っている。彼女もまた、事態を吞み込めず、戸惑っているのだろう。

 

 考えては、行き詰り。考えては、行き詰り。……無為な時間であることを理解して尚、なのはは、それ以上の行動を起こすことが出来なかった。

 しかし、考えても、考えても…………秀人の行動の意味に、別の解釈を見出すことは出来ない。

 

――――秀人は、なのはに敵対した。

 

 ただそれだけが、絶対の真実だった。

『う…………』

 唯一の肉眼……右目が、涙で濁る。

『う、う……うぅううううう…………!!』

 枕に顔を埋め……ただ、嗚咽する。

 

――コンコン

 

 ……戸がノックされた音が聞こえたが……端から、開ける気が無かったので、無視した。

『……………………』

 

――コンコンコン……ゴンゴンゴン!

 

 ……だいたい、誰がノックしているのかは見当がつく。

『…………』

 

――――ガコンッ!!

 

 予想した通り、ドアが破られた。

「なーのは。二日ぶりだね」

 やはり、フェイトだった。強引に入ってきたとは思えない、いつもの態度。

『…………出てって』

 なのはは、枕に顔を埋めたままそう言った。

『今は、誰とも会いたくない……話したくない……』

「もー……すぐひきこもるんだか……らっ!」

 ベリッ、と、不意打ちで枕を取り上げる。義手を外し、片腕だったなのはには、抗う術は無かった。

「そいやっ!」

 しかも、その残った唯一の右腕も捕獲されてしまう。

「うわ……ちょーブサイクな顔になってる」

 ……言うに事欠いて、コレである。

『……!! うるさい! 放っておいて!!』

 とうとう声を荒げるなのはだったが……フェイトは、割と真面目な顔で、なのはの顔をじっと見つめていた。

 フェイトを振り行解こうと暴れるが、フェイトはのらりくらりと力を逃がしてしまい、振りほどけない。やがて……なのはは抵抗を止めた。

『…………………………』

 そのまま、フェイトの胸に、頭を預ける。

『…………秀人、さんが、……。秀人さんが、…………』

「うん」

『私、ずっと、探して…………ずっと……!』

「うん……うん」

 

 

『――――生きていてくれた……!!』

 

 

そう。何よりも、他の何を差し置いても。なのはにとっては、それが答えなのだ。

「…………うん」

 フェイトはただ、なのはの言葉に、耳を傾ける。

『……でも、何で? どうして? 何でいま、あんなことになってるの!? クアットロって誰よ!! どうしてヴィヴィオを攫うのよ!! あの子は、そんな目的のために産まれてきたわけじゃない!! あんなこと、秀人さんだったら絶対に認めないのに! 絶対に、絶対に…………!! なのに、なのに………………どうして……!!』

「……つらかったね。よく、みんなの前では我慢できたね。エラいよ」

 かつて……彼がそうしてくれたように。なのはの頭を、ゆっくりと撫でる。

『……、…………!!』

 最後は……言葉にもならず、フェイトに縋りついて、泣きじゃくるばかりだった。

 

「…………おちついた?」

『…………うん。ありがと』

 胸の中のなのはが、幾分落ち着いた頃を見計らい……フェイトが、声をかける。

「…………なのはは、どうしたいの?」

『………………』

 もう、何もしたくない……と言い出すことは無かった。

「いまは、ボクしか聞いてないから……すきなこと、すきなだけ、言っちゃってもいいよ」

 そう、諭され…………

 

『…………秀人さんと、話がしたい』

 

 ……ようやく、素直に胸の内を伝えた。

『いなくなってから……どこで、何してたのか……ちゃんと、聞きたい』

「うん――――それから?」

『……私の話を、聞いてほしい。私のこと…………カレンたち、凶鳥部隊の最後の事も。機動六課でのことも、ちゃんと、全部、伝えたい……! それと、それと…………!

 

――――ヴィヴィオを、助け出したい……!!』

 

 ……もしくは、フェイトが待っていたのは、この一言だったのかもしれない。

「うん、ボクもそうだよ」

 なのはの手を包み込むように握り、決意を見せる。

「なのはは、短くても、ヴィヴィオとちゃんと触れ合って、会話をして、同じ時間を過ごしてきたんだ。それを、ただ産んだだけの女に、偉そうに母親面で横から掻っ攫われる筋合いなんて無い。ひでとを好きにする権利も無い。そんなの無いに決まってる。誰のクローンだろうと知るもんか。あんなの、遺伝子が同じだけの他人だ」

 フェイトにしては長く、辛辣な言葉だった。

 よほど、なのはと同じ顔で行った所業が許せないのか、珍しく、くっきりと怒りの感情が浮かんでいた。

 

 

「――取り返そう、なのは。他の誰でもない、ボクたちの手で」

 

 

 何を……とは、敢えて明言はしない。が、伝わった。

 なのはは、こくん、と頷いた。

 

――――ヴーーーーーーーーーーーーー!!

 

 

『!』「!」

 二人同時に、顔を上げる。

『はやて……!!』

 なのはは、嬉しそうにその名を呼んだ。

 そうだ。あのはやてが……やられっ放しで済むような女でないことは、自分が誰よりも知っているではないか。

 

――まだ、始まってすらいないのだ。

 

『――レイジングハート! 武装、全部用意するよ!』

『OK.』

『秀人さんの分からず屋め!! ぜぇーーー……ったいに! ぶっとばしてやる!!』

『ええ、お供いたします。マスター』

 

 

「…………」

 奮起したなのはを見ながら、フェイトは……

 

「………………。」

 

 ……人知れず、何かを決意した。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

機能を停止させられたアースラ艦橋に、機動六課が集う。

 あの襲撃で、負傷者も多数出た。しかし、それでも、逃げる者は皆無。

「………………」

 

――カツンッ!!

 

 杖で床を叩く音に、注目が集まる。

 

「まず、詫びておこう。――――――済まなかった。全責任は、私にある」

 

 深々と、隊員たちへ頭を下げ、謝罪する。

 ざわざわと、どよめく一同。はやてが顔を上げると同時に、また静まる。

 

「――――私は、悔しい」

 

 率直な感想だった。

「悔しくない訳がないだろう。これだけ好き放題にコテンパンに踏み付けられ、どこからどう見ても、完全無欠にいいようにハメられて……隊員まで攫われて、しかもオマケに今回の事態に関して、出撃許可が下りない! まんまと、雁字搦めだ!」

 

――悔しい。

 

 ……それは、機動六課にいる全員の心情だった。

「――悔しくは無いか、貴様ら!! どうなんだ!? えぇ!?」

 静かに……隊員たちの心に、怒りの炎が再燃していく。

「ゴミだ、クズだ、落ちこぼれだ…………余所のイイトコのお坊ちゃん部隊からは言われっ放し……だが!!

 

――クズには、クズの矜持がある! 違うか!? 答えろクズども!!」

 

 

――――違いません!!

 

 隊員たちは、声を一つにする。

 

「――これより、機動六課は作戦行動へ移る!!」

 

 出撃しないのに、何故、と問うものはいない。既に、この部隊長の意をほぼ完璧に汲めるまでに、機動六課は纏まっていた。

「だが、この作戦は正規の作戦ではない! 功績はそのまま罪状へと変わり、賞賛は罵声に、勲章は汚名へと変わるだろう!」

 

――――問題ありません!!

 

「――宜しい。」

 はやては、その部下たちに対し、鷹揚に頷いた。

『その言葉』を待ち侘びる隊員たちへ、檄を飛ばす。

 

「――――名誉など要らん! 賞賛も要らん! 欲しがる乞食にくれてやれ!!

 

ただ我々は、意地と矜持を守るため、叛逆の牙を剥く! 

 

クズ上等! これ以上、堕ちる場所など在りはしない!

 

 貴様らは何も恐れる必要はない!! 

 

全責任を、纏めて私に放り投げろ!! 場外まで蹴り出してやる!!

 

失うものを持たぬ者が、どれほど恐ろしいのか……落ちこぼれの本気を、思い知らせてやれ!!」

 

――カンッ!!

 

「――――機動六課、行動開始!!」

 

 

――――――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

 

 

 怒号のような鬨の声が、艦橋全体を揺さぶった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 第2航空大隊長ベローチェ・セレスピード一佐は、かつて無いほど大規模となるであろう作戦を前に、部隊内を奔走していた。

 彼は、いち軍人として……与えられた任務を、愚直にこなすことで、この地位へと就いていた。上司であるデイリンは、個人的にはあまり好ましい人間ではないが……それでも、上官である。

「…………」

 おかしいことは、何もない。

 今回の作戦において指示されたことも、何も間違ったことは無かった。

『他の部隊よりも先んじて、かの『揺り籠』最深部へと突入せよ』……と。

 飛行要塞が敵となれば、それこそ、航空隊の出番である。

だが……

「………………」

 積み重ねてきた経験が、何故か、警鐘を鳴らすのだ。何かがある。何かがおかしい、と。

「………………」

 だが、命令を拒否するという選択肢は、彼の中には無かった。愚直な軍人であるが故に。

 

「…………む!?」

 

 ……そういえば、何故彼は、こんな『人気のない暗がり』を、一人うろついていたのだろうか。

(な、何だ!? どこだ、ここは!?)

 自分は先ほどまで、作戦に際しての装備の確認や、人員の配置を検討していたのではなかったのか。

 

「――――掛かれぇっ!!」

 

 ズバッ!! と、薄暗がりの中から、人影が飛び出してきた!

「うォおおおおおッ!?」

 だが、彼とて歴戦の魔導師。即座に魔法での迎撃を試みた。

 

――ドウッ!!

 

「ごはァっ!?」

 ……いやに呆気ない手ごたえで、敵兵の身体を打ち据えた。

「はぁ、はぁ……! な、何者だ!? ナンバーズの手の者か!?」

 狼狽えながらも、警戒を強める。

「やっべー……」

「おい、どーする……?」

「……まぁ、一人くらい欠けても……」

 ……緊張感のない連中だった。そのくせ、目的意識だけはハッキリとしているようで、ちぐはぐな印象を受ける。

 ぞろぞろと……姿を現す族たち。

「か、管理局員………………なの、か?」

 …………疑問を感じた理由は、その族たちが、陸士部隊の制服を着ていて……それを、ありえないほどに着崩していたからだった。

「――!? つ、通信が……!?」

 密かに部隊へ連絡しようとしていたベローチェだったが、いつの間にか阻害されていることに気が付いた。

 救援は呼べず……撃退は容易いだろうが、操られた管理局員であるという可能性もある。攻撃魔法の威力は……? 拘束するにも数が多すぎる。救援を呼ぼうにも通信が阻害されている。

「………………」

 あっという間に焦りを露呈してしまう。

 

「通信が使えないくらいで、何ビビッてんだコイツ……?」

「さぁ……?」

「指揮官って、前線で戦わないのかな……?」

 ……が、敵兵こと機動六課の面々は、心底不思議そうに首を傾げていた。

 

通信が阻害されているのは『いつものこと』。

 

指揮官不在の状況下、各々の判断で動くのも『いつものこと』。

 

 上官に危害を加えるのも、『いつものこと』。

 

「く、来るな……来るんじゃない!」

じりっ、と後ずさるベローチェ。

…………各々、手に虎ロープやアナログな手錠を構える。

『お前を捕獲する』と言わんばかりの装備だ。

そちらを注視している、背後……一人が、スリングショットにゴム玉を装填し……

 

――――スコンッ!!

 

 後頭部へ、命中。

「ぬォあああああああっ!?」

 錯乱し、やたら滅多に魔法を乱射するベローチェ。

 ……その隙を見逃すほど、機動六課は甘くは無かった。

 

――――うおおおおおおおおおっ!!

 

「う、うぎゃああああああああああああああああああああっ!!!!」

 ……多勢に無勢という言葉が、ここまで的確な状況もそうは無いだろう。

 魔法が直撃したというのに、無駄にタフな機動六課の面々は意にも介さず、人海戦術で押し迫る。

 襟首を掴まれ引き摺り倒され、首筋に何かが押し当てられる感触と共に……

 

――――バチぃッ!!

 

「おゥっ……」

 …………歴戦の軍人・ベローチェは、意識を失った。

 

 

「…………弱ぇー……」

「何だよアレ。教官の魔法より、全然ヌルいじゃん」

「周囲全部が敵なんて状況、普通、訓練でやるだろ……」

 トラロープでぐるぐる巻きにして、口にはガムテープを張り、えっさほいさと誘拐されていく。

「よし、一匹ゲット!!」「向こうはどうかね?」「んー……ま、同じでしょ」「んじゃ、部隊長んトコに持っていきますか」

 

 

 

――――ドサッ。ドサッ。

 

「部隊長、捕まえてきたッスよ」

 殊更、誇るようなことでもない……とでも言うような口調で報告する。

「うむ、ご苦労」

 

「ムー……!!」「ムググ……!!」

 ……はやての前に転がされた、二つの簀巻き…………デイリン配下の航空隊隊長二人は、ガムテープで塞がれた口で、抗議の声を上げていた。

「……縄抜けも知らんのか」

 呆れたように呟く。

 ……ちなみに、機動六課の訓練の必修項目には『縄抜け』が明記されている。

 全身をあらゆる手法で拘束し、池にボチャンと落とす。あとは、勝手に縄を抜けて上がってくるのを待つ。溺れそうになったら引き上げて、また落とす。それを繰り返す…………という、実に拷問じみた内容だが、おかげで、抜け出しにくい縛り方も含めて、全員が取得できていた。

 

 ベリッ、ベリッ……と、口に貼ったガムテープを引っぺがす。

「お、お前は、八神はやて……!?」

「これは、貴様の差し金か!?」

 ……仮にも准将のはやてを相手に、この口ぶり。上層部でのはやての評判は、すこぶる悪いようだった。

「……口の訊き方も知らんようだな、この塵芥どもは」

 カツンッ……と、杖で床を一突きする。

 

――ズゾゾゾゾ…………

 

 はやての影が、蠢く。

「うっ……! な、何とおぞましい魔法……!!」

「ンだとコラ」

 平面でありながら、確かな殺傷力を秘めた影の刃が、首元に突きつけられる。

 死の気配を突きつけられた二人は、ようやく口を噤んだ。

 

「――――私からの要求は、一つだ」

 

 

――――。

 

 そして。翌日。作戦決行の朝。

 デイリンは、意気揚々と、準備を進めていた。

「くくく……あのガキめ。指を咥えて見ているがいいわ」

 機動六課は後方待機。先陣を切るのは、配下の部隊。

 あの忌まわしいレジアスも、機動六課と共に引っ込んでいるに違いない。

 

 デイリンの筋書きとしては、この作戦で、やむを得ず(・・・・・)、幾何かの犠牲を出すものの、ナンバーズは鎮圧。主犯のジェイル・スカリエッティは逮捕の後、最高評議会の元へ送還するのみ。そして、陣頭指揮を執ったデイリンは、当然のように最高評議会の褒章を得、この時空管理局という組織の実権を握る……というシナリオが、完璧に描かれていた。

 そして、姿見に映った己の胸元に、未だ見ぬ勲章が輝いている姿を想像すると、つい頬も緩むというものだ。

 

――タンッ。

 

 しかし、そこへ無粋にもノックもせずに邪魔が入った。

「中将、失礼します。早急に、お耳に入れねばと」

 腹心の執務官、キーアだった。彼の手には、部隊の配置表が在った。

 己の時間を中断させられた不機嫌からか、その手からひったくるように配置表を取り、目を通す。そして……

「どういうことだっ!? 何だこの配置は!?」

 顔を真っ赤にして、ぐしゃっと資料を握り潰すデイリン。

「なぜ、セレスピードの部隊と、機動六課の配置が逆転しているのだ!? ……ええい、奴を呼べ!! 今すぐにだッ!!」

 唾を飛ばしながら喚きたてるデイリンに、キーアは心の奥で軽蔑を露わにし……それを欺瞞と薄笑いで覆い隠す。

「いやぁ、それが連絡つかなくって。それで先ほど、機動六課から報告書が」

 ぺぺっ、と資料のページを進めると……

「……なんだ、これはッ!?」

 

――――わざとらしくナンバーズのものと酷似したスーツを着た女が、わざとらしく二人を担いで、わざとらしく声明文のようなものを掲げていた。『二人の身柄は預かった』……と。その犯人と思しき女の顔は、首部分に不自然な継ぎ目が見て取れて……

 

「どこからどう見ても合成ではないかッ!?」

 そう。もう、挑発としてしか見れないほど、あからさまに合成だった。

「……!! 機動六課だな!?」

 そう。その添付資料には、他にも、『機動六課は、人道的見地から、両名の救出のため、ゆりかごへ突入する』との文面も。

「ふざけるな、こんなもの……!! 強制捜査だ!!」

「んー……それが、無理なんですよ中将」

「何故だッ!?」

「いやぁ……これ、もう昨日のうちに提出されてて、議長からハンコ貰っちゃったみたいで……ホラ」

 しっかりと、ミゼット、ラルゴ、レオーネ……おまけとばかりに、レジアスの連名まで取り付けてある。これでもう、いち将校であるデイリンに、これを覆すことは不可能になった。

「…………ぬがァああああああああああああああああああああ!!!」

 デイリンは癇癪も露わに、デスクの上を薙ぎ払った。

 

 キーアはそれを……どこまでも醒めた目で、傍観していた。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

――

 

「………………」

 デルタこと、吾妻秀人は、半ば朽ち果てたスツールに腰掛け、手元で金属の破片を弄んでいた。

 どうやら、何らかの保存容器の残骸らしい。いかに残骸といえど、その強度は推して知るべしであり……

 

――ペキペキペキッ……

 

 ……それを、指先のみで破断させる膂力も、また然り。

 そうして、無駄に量産した金属片を、手のひらの中に集め、握りこむと……そこには、小さく小さく圧縮された、ボールのようなものが存在していた。

 秀人の遺伝子情報は、少女であるナンバーズたちの身体能力の底上げのほか、機械部品との生体融合や、動力部にも使用されている。

 ある意味、ナンバーズたちは秀人の血を分けた存在であるのだが……双方に、その意識は無かった。

 

 お付きのウェンディが、ボソっと呟く。

「……相変わらず、バケモンじみた怪力ッスね」

 いつもなら、会話は一方通行。デルタは、黙っているだけなのだが……

 

――――ヒュボッ!!

 

 ………………ウェンディの頬に、一筋の線が刻まれる。その背後……金属の隔壁に、潰れた金属塊がめり込んでいた。秀人が、手首のスナップで投擲したのだ。

「え……あ…………!?」

「この、馬鹿……!! 刺激するなって、ドクターに言われてるだろ!?」

 へたり込むウェンディを、セインが庇う。

 

「――――」

デルタが……秀人が、冷徹な眼差しで、見下していた。どこまでも深く、深く……漆黒に染まった眼で。格下の、下等生物を見る目で、告げる。

「――――次は無い」

 無言で、こくこくと頷くウェンディだった。

 

「……おい、秀人」

 と、その背後から、何時の間にいたのか、ジェイルが咎めるような口調で言った。

「いらんトラブルを起こすな」

「…………そうだな。こんなのでも、大事な計画の駒だった」

 挑発とも取れる言葉。だが、ウェンディもセインも、反抗はしない。

 

知っているのだ。

その気になれば、デルタは、全ナンバーズを瞬殺できるということを。

「もう少しだ」

「…………ああ」

 ジェイルの言葉に、秀人は頷く。

「あと少しの辛抱だ。だから……今は、耐えろ」

 諭すような響きの言葉に、二人は、首を傾げるのだった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 暗闇の中……無言でデータを整理するナンバーズの姿があった。

 セリカこと、戦闘機人No.2……最初期ロットのひとり、ドゥーエだ。

 傍らには、ティーダ・ランスター、クイント・ナカジマが、武装の最終調整をしつつ、任務へと備えている。

 ふと、整理中のデータの中に、数枚の画像データが紛れていることに気が付いた。

「…………」

 とある休日の風景だ。少女たちが、楽しげに戯れているだけの、ただの日常の一コマ。

 雑多なデータと共に、削除する以外の選択肢は無い。

「…………、」

 しばしの、躊躇とも取れる沈黙があった。Y/Nの表示のまま、操作を待つデータを前に、ドゥーエはのろのろと、Yをタップしようとした。

「準備完了だ」

 ……背後からティーダが声を掛けた。

「、あ」

 不意に驚いたのか、ドゥーエの指先は、データを保存するよう、逆のキーをタップしてしまっていた。

「? ……何か?」

 怪訝そうに、クイントが聞いてくる。ドゥーエはポーカーフェイスを崩さず、指示を出す。

 

「作戦開始」

 

 ドゥーエは……かつての親友たちを、討ちに出る。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

決戦の朝。

 

 高空に座する『ゆりかご』を見上げつつ、機動六課は、出撃命令を待っていた。

 持てる限りの装備。考えられる最善の装備。部隊資金をこれでもかと放出し、ありったけの資材をかき集めた。慌ただしく駆け回る隊員たちの中を、なのはが歩いていく。

 その異様な出で立ちに、隊員たちも一時、手を止める。

 戦闘服に、戦闘用マニピュレーター。腰には日本刀を大小計4本。ベストには、実弾のホルスターや手榴弾。そして……眼帯は無く、左目を袈裟掛けにする古傷や、白濁した瞳が、白日の下に晒されていた。

『今日は』

 全員に宣言するように、静かに告げる。

 

『久々に――――全力全開で行きます』

 

 わっ、と、隊員たちが沸いた。

「教官かっけーッ!!」「オレらも頑張ります!!」「巻き込まないでくださいよ!?」

『善処します』

 なのはは、その反応に苦笑しながら頷いた。機動六課に来て、なのはは、確かに自分の変化を感じていた。いや、変化と言うよりは……生来のものを、取り戻しつつあるのかもしれない。当初はあれだけ、頑なに他者を拒んでいたというのに。

 だから、きっと……ここ(機動六課)は、なのはの居場所で……帰る場所なのだ。

「……もう、大丈夫みたいだな」

『ヴィータ。』

 そこへ、同じく武装を整えたヴィータが現れた。秀人に敗北した傷は、癒えたようだ。グラーフアイゼンを肩に担ぎ、真紅のバリアジャケットを展開している。

『うん。……私、決めたよ』

「おう、任せた」

 言葉は、短く。だが、二人にはそれで十分だった。

 

――守る。

 

 今度こそ……本当に、今度こそ。

(……カレン。オウルさん。みんな。……私に、力を)

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「――今回の作戦だが、私も前線に出る」

 

 

 ざわっ、と隊員たちがどよめいた。だが、リーゼも何も言わない所を見ると……どうやら、本気のようだ。

「し、質問、よろしいでしょうか!」

 隊員から、そのような声が上がるのも、当然と言えよう。

「司令部を離れられるということですが、では、今回の指揮官は……」

 はやては、リーゼに目配せをする。そして、フィアットが扉を開け……ある人物を伴って、やってきた。

 

「り……リンディ提督!?」

 旧アースラクルーが、驚愕する。

「久しぶりね、みんな」

 ざわつく彼らを尻目に、他の隊員たちは、ぽかん、としていた。

 

「レジアス中将の推薦を受け、リンディ・ハラオウン。本日付で、機動六課へ着任いたしました」

 

「……ハラオウン?」

 彼女のことは知らなくとも……その名の意味は、十分に伝わっただろう。

「クロノ・ハラオウン。前へ」

「…………聞いてないぞ」

「言ってないからな」

「…………」

 クロノは、観念した様子で、リンディの前までやってきた。

 

「――クロノ・ハラオウン。将官権限により、現時刻を以て、貴官を現職へ復帰。機動六課所属執務官へ任命するものとします」

 

「ふ、復帰……? いやいや、母さん。俺は……」

「除隊している……って?」

 頷くクロノに、リンディは、見透かしたように笑った。

「書き換えておいたのよ」

 ……辞任表を、『一時』除隊願いへ。

「エイミィが」

「……………………ウチの女どもは…………」

 クロノは、頭を抱えたくなった。というか、実際に抱えた。ハラオウン家の女は、肝が座っていなければ勤まらないようだ。

「あなたは、あなたに出来ることを、精一杯しなさい」

「…………」

 そのための……『執務官』という力。あの日……捨てた筈のもの。

 

――執務官であり続けるために、力を振るうのか。

 

――力を振るうため、執務官であるのか。

 

 ……クロノが選んだのは、後者だった。

「クロノ・ハラオウン。拝命いたしました」

 続いて……小柄な女性が、クロノの前に来た。

「エイミィ……」

「はい。コレがなくちゃ、締まらないでしょ?」

 その手には……真新しいジャケット。そして……返上していた、真デュランダル。

 クロノが羽織るのを確認して……びしっと、敬礼をする。

「――エイミィ・リミエッタ准尉。執務官補佐として、着任します!」

「ああ。頼りにしてるぞ」

 

 

 その全てを見届けたはやてが……高らかに宣言する。

 

「――――『ナンバーズ捕獲作戦』を開始する!!」

 

 

 

――――了解!!

 

 

 

『……! スバル、ティアナ!』

 二人を、なのはが呼び止めた。

『………………、…………』

 訓練では、簡単に出せた言葉が……今は、出てこない。

『……ここからは、別行動です。私は『ゆりかご』へ。あなたたちは、地上へ』

 配置の通りだ。

『…………』

 その先……どう言葉を選べばいいのか、四苦八苦している。その顔が、仏頂面のように見えることも、それが原因で、意図せず威圧感を発してしまうことも、スバルとティアナは、分かっていた。

(この人は、いつもそうだ)

(こういう顔をしているときは、いっつも、誰かを心配してるとき)

(でも、言葉が出てこないから、黙り込んじゃうんだ)

(わかってます。伝わってます)

(だから、任せてください。ちゃんと、きっちりとケジメをつけて……)

(みんな一緒に、帰ってきます!!)

 二人は、笑顔を浮かべる。そして……

 

「「行ってきます!!」」

 

 

 

 作戦の第一段階は……まず、何は無くとも、『ゆりかご』に接近しなければ始まらない。

 そして、敵の地上拠点を攻略する部隊から、注意を逸らさねばならない。

 敵はテロリスト。法規も規定も端から知らぬ無法者。質量兵器や、禁忌に触れる装備を満載していることだろう。

 アースラのエンジンが、唸りを上げる。

「ゼルビス!! しくじるなよ!!」

「オォッス!!」

 その、操舵席に着座するのは……まさかのゼルビス。

いや……もともと、はやては、ゼルビスの操舵手としての適性を見抜き、この日のために育てていたのだ。

「ふんヌゥ!!」

 ゴグンッ……と、レバーを引き絞ると、アースラが上昇する。

操作こそ荒っぽく見えるが……上昇の際に生じるGを、絶妙に軽減させ、機体への負担を最小限に、上昇する。

「『ゆりかご』下部より、高熱源反応! 空対地砲撃、来ます!!」

 

――カッ!!

 

 礫のように飛来する、敵砲撃。

「なんのォッ!!」

 

――ゴォウンッ!!

 

 アースラの巨体が、軽々とロールする。ただ、無暗に振り回したわけではない。ブレーキングをせず、速度を維持したまま回避するためだ。旋回したアースラの船体を、敵の艦砲が掠める。

 マニュアルには決して記載されていない機動だ。操舵手としては落第点どころか、そのまま懲戒を喰らってもおかしくは無い。

だが……このゼルビスは、『機動六課』。そのような些事など、頭にかすりもしない。

 

「ハハハハハ! ンな豆鉄砲が当たる…………って、エエエエエエエエエエエ!?」

 

――ゴグンッ、バクンッ……!!

 

 『ゆりかご』に格納されていた、更に多数の砲門が開く。

 

――ガゴンッ!!

 

 その背面より、円錐状の…………そう、『ミサイル』に酷似した質量兵器が、顔を覗かせる。

「お、おおおおおおおお!!」

 だが、速度は緩めない。ゼルビスは、操舵手だ。艦船を操ることに集中すればよいと、気にせずとも良いと……

 

「想定内だ。愚か者が」

 

 我らが部隊長が、仰ったのだから。

「リンク開始」

 ……オペレーターの一人が装着した、アイウェア型デバイスと、アースラのコンソールが直結する。

 

――ゴヒュッ……

 

 アースラの装甲の一部が、円柱状に迫り出した。

 その頂上のレーダー・ドームを介し、オペレーターは、アースラへ照準されたミサイルを複数同時に捕捉。

「ファイア」

 

――ヴァラアアアアアアアアアアアアアアッ……………………!!!!!!!

 

 そのスリットの奥へと秘匿されていた、50mm8連ガトリング砲が猛火を吹き、ミサイル群を弾幕で殲滅していく。

 

――――ズガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!

 

 ならばと、敵もまた機銃を掃射する。口径、弾速共に、アースラのそれに引けを取らぬレベルだ。マトモに直撃すれば、装甲板へのダメージは必至。

「オラぁまだまだ行くぞォ!!」

 荒々しい声と共に、ダムッ!! と、コンソールを拳でブっ叩く。

 

――――ブシュウウウウウウウウウウウウウッ……!!

 

 傍目には、アースラの装甲表面から、蒸気のようなものが上がったように見えたことだろう。

 

――――ヒュウウウッ!!

 

 敵の掃射した弾丸は、アースラの装甲を貫くどころか、触れることさえ許されず、明後日の方角へ飛んでいく。

「このアースラの装甲を、ただの魔導合金だと思うなよ! 内臓電源式・超伝導装甲に、 ……う、おえっぷ……!!」

 マリエルが、ハイになった様子で得意げに語る。

「じょ、常時、液体窒素での冷却を必要とするが……、AMF化でも、問題なく稼働できるのだ……!! じゅ、純粋科学バンザーイ!!」

 ……ミキサーの如く撹拌される船内で、マリエルの小さな体はピンボールのように跳ね回っていた。

「うォげええええええええええええええええええええ」

「ギャー!! ゲロ吐きやがったぞこのチビーー!!」「き、きったねー!! こっち転がってくんじゃねー!!」「おう、おぅえええええええ…………!」

 隊員たちにゲシゲシと蹴飛ばされ、格納庫の端っこまで追いやられるのだった。

 

 高度は、ジリジリと上昇してはいるものの……『ゆりかご』の優位は揺るがない。

「チ……!! 上を取られてたんじゃ……!!」

 悔しげに唇を噛むゼルビス。

 

「――ポイントZ-8へ向かえ」

 

 そこへ、短い伝令が入った。

「!! ……了解ッス!!」

 ゼルビスは、躊躇なくその命令に従った。

 

――ゴゴンッ……!!

 

アースラは、高度200mの超低空飛行を敢行した。そのまま、巡航速度どころか、戦闘速度を維持する。

 いくら、下が廃棄都市区画とはいえ、発生する烈風や衝撃波は生半可なものではない。

 劣化した建造物が、衝撃波に煽られ、片っ端から沈下あるいは倒壊していく。

 

「ひゃははははは! 公共事業だぜ!! キレーな更地にしてやらぁ!!」

 

 が、ゼルビスはこのシチュエーションに酔ったのか、変なテンションでゲラゲラ笑っていた。もはや、どちらがテロリストかも分からない。

「オラオラぁ!!」

 かつてのストリートを、舐めるような低空で……滑り抜けていく。『ゆりかご』の艦砲射撃は、建造物に阻まれアースラには届かない。しかし、アースラもまた、『ゆりかご』に接近する術を持たぬのではないか?

 

――バゴッ! ズズズズズズズッ!!

 

 しかし、策も無くこのポイントへ向かったわけではない。

「!? お、おおお。すげぇ!!」

 遥か前方。高い柵で覆われたコンビナートが、『展開』していく。斜めに迫り出したのは、武骨な2本のレール。

「カネってのはな、こうやって使うんだよ!!」

 はやてが、ポケットマネーで企業へ資金協力し建造させた、とっておきの『私物』。

 

――――マスドライバー。

 

 未だ試作品の域を出ず、精々、一般の航空機を高度1万メートルにまで打ち上げる程度。初速に優れる以外、効率は悪く、リスクが高いだけという、無駄の極みとも思える設備。

 だが……この局面においては………………

 

「――『こんなこともあろうかと』、ってな!!」

 

――ガギイイイイイッ……!!!!

 

 アースラの超伝導装甲と、マスドライバーの2本のレールと接触。

 慣性もそのままに……

 

――――キュドォオオオオオオオオオオオンッ!!

 

――射出!!

 

 緩和フィールドを展開して尚、押し潰されるような加速の中……隊員たちは、歓声を上げた。

「部隊長!! 一生付いて行きまーーーーーーーーーーーーーす!!!!!」

 

 

『っ……!?』

 突如として、目の前にまで接近したアースラに、クアットロは目を剥いて驚愕した。

「おっ。通信できる距離にまで来たか」

 いくらバリアがあったとしても、この距離では、自機の兵器のダメージを負ってしまう。

『……、予想外ね。でも……』

 ゆりかごより、バラバラと、雲霞のように、超大量の飛行ガジェットが発進する。敵も、総力戦なのだ。ならば……こちらも全力を以て、抗戦せねばならない。

 

「――リーゼ。行くぞ」

「御意に。我が主」

 

――ユニゾン・イン。

 

 機動六課・最大最強戦力――八神はやてを以て。

 

 

――――バチィイイイイイイイイイイイインッ!!!

 

「……」

 ヘッドショットを狙った収束砲撃を、左手の盾で弾き飛ばす。

『八神准将』

 アースラより、リンディの通信。

『発射位置は、ちょうどゆりかごの反対側。跳弾砲撃です。そして恐らく、内部への突入口は、そこのみです』

 跳弾砲撃。あの大威力で、そのような芸当ができる者は……

 

「あっはっは!! クアットロの邪魔はさせないよーー!! わたしが相手だーー!!」

 

 戦闘機人NO.10・ディエチ。

「……」

 はやて一人であれば、問題のない相手。しかし……現在、大量のガジェットが、市街地へ進軍を続けている。最終防衛線は、地上の部隊が敷いているだろうが、数が数だ。

 多対一に最も適任なはやてが、ここを離れるわけにはいかない。

 

「カトラス。ファルシ!」

「了解!!」「了解です!!」

 機動六課の航空戦力を引き連れ、はやては、躊躇うこと無くガジェット掃討のため、上昇を続けるアースラを見送った。

『あはっ……!! 馬鹿!? ディエチの砲撃を、マトモに受けられる奴なんて、他にいないでしょうに!!』

 クアットロが嘲ると同時……ディエチの砲門に、再びエネルギーが収束する。

「いくら実弾に強くたって、わたしのびーむを当てれば……!!」

 がら空きのアースラを、狙い撃ちにせんと……

 

――――……バキィンッ!!

 

 ……砲撃を跳弾させるためのオプションが、真芯を打ち抜かれ、破壊される。

「え……えっ!?」

 ゆりかごの巨体を影にして、射線には入っていなかった筈だと、ディエチが狼狽える。

『次です』

「――――ヴァイス・グランセニック……了解」

 

 ヴァイスは、硝煙を上げる狙撃銃を構える。

 

――キンッ。

 

コッキングと共に、空薬莢が排出される。あまりにも原始的な機構だ。電子装備など、精々がスコープのみ。単純。部品点数は数える程。極めてシンプル。取り回しは最悪。汎用性など端から視野に入ってすらいない。

 

――だが、それが『良し』とされる武器がある。

 

『弾丸を一直線に発射する』という、ただそれだけの目的のため、神経質な、病的なまでの精度を求めたソレは……とある異世界の、ある伝説の狙撃手の異名を頂く、全長2メートルに達する異形の狙撃銃。

 

――――白い死神、と。

 

「たった一回……そんなの、まぐれに決まってるし!!」

 バラバラバラッ……と、同型のオプションを散布する。

「どうだっ! これなら、一個や二個なくなっても……!!」

 既に、チャージは完了している。照準をつけ発射すれば良い、それだけだ。

 

――チュイイイイイン……!!

 

 ディエチは、オプションの位置から反射角を計算。2回の反射で、ほぼ威力の減衰も無く、敵艦へ直撃できる弾道を算出する。

「くらえぇええええ!!」

 

――――キュドォオオオオオオンッ!!

 

――――バシュンッ!!

 

 ……ディエチの砲と、ヴァイスの銃が火を噴くのは、ほぼ同時だった。

 

――パキィンッ!!

 

 数多のオプションの内、一つを打ち抜くに終わる。だが……

 

――ギュオオオオオオオンッ…………!!

 

 ディエチの砲撃は、反射角の一つを失い、見当違いの方角へ飛んでいった。

「あ゛―――――!!」

 愕然と叫ぶディエチ。

 

「……あいつ、本物のバカだな」

 呟きながら、ヴァイスは再びリロード。

 スコープの視界の中、浮遊するオプションたちが映る。如何なる加工か知る由もないがただ、事実として。

オプションの表面に(・・・・・・・・・)ディエチの姿が反射して(・・・・・・・・・・・)くっきりと映り込んでいる(・・・・・・・・・・・・)ということだけであった。砲口まで見えるものだから、ヴァイスは簡単に、弾道の予測がつけられた。

 

「なんでだよ~、なんで当たらないんだよ~!? この、このーーー!!」

 己の砲撃に絶対の自信を持っていたが故に、突き崩されれば、脆いものだった。

 ろくすっぽ狙いもしない、めくら滅法撃ち。

「……そろそろか」

 ヴァイスは、弾倉を排出。たった一発の実包を取り出し、装填する。

 

 それは、この狙撃銃とセットでの運用を前提とした、れっきとした『武装』だった。

 この決戦の前まで、ようやく試作品の一発が完成したのみ。テストも何もない、ぶっつけ本番での運用。

「やってやるさ」

「やってやるぞ、くそーー!!」

オプションたちが、フォーメーションを組んだ。互いを連結し、空間上に、巨大な『砲身』を形成したのだ。仰角に屹立する砲は、恐らく、砲撃を上空で弾けさせ、降り注がせる役割を果たすのだろう。

「とっておきも使っちゃうからねー!!」

 そして、懐からランタンのようなものを取り出し、足元に叩きつける。

 

――ぶぁあっ……!!

 

 黒炎が巻き起こり、ディエチと、砲を包んでいく。

「…………」

 息を殺し、心拍を鎮め……五体と意識を、銃と同化させる。積み上げた修練のみが可能とする、一つの到達点へと、己を導く。

「…………」

世界から、色彩が消える。全ての雑音が消える。速度すらも緩慢になる。

己が、遥か高次より、世界を睥睨するかの如き…………

 

――――……。

 

 神速(・・)の、世界へ。

 

「――……、……!!!」

 ディエチが、何らかの叫びと共に砲を発射する姿も、迸ったエネルギーの奔流も、それが砲身を伝達する光景も、全てが『視え』ていた。

 ヴァイスが行うのは……『引き金を引く』という、たった一つの仕事だけだ。

 

――――きんっ…………

 

 引き延ばされた時間の中……ヴァイスの放った弾丸が、アタッチメントとの僅かな隙間を通過し、

 

――きんっ、きんっ、きんっ…………

 

 その砲身の内部を、次々と跳弾していく硬質な音を届け、

 

――――ぱすっ。

 

 …………ディエチの砲の、砲口へ滑り込む光景を、確認した。

 

 

――――――……、ズガゴォオオオオオオオオンッッッッ!!!!!

 

 

 時間間隔が等倍に戻ると同時……ディエチの砲は、完全に崩壊していた。そして、その余波を至近距離から浴びたディエチもまた、戦闘続行は不可能となっていた。

 

「任務完了」

 

 狙撃手として、最大限の戦果だった。

 

『チッ……使えない子ねっ…………!!』

「逃がさねぇぞ、オラァッ!! アグスタの借りを返してやらァっ!!」

 ゴウゥンッ!! と、アースラが再びロールする。その圧倒的巨体を、深海を潜航する巨鯨のようにうねらせ……俗に言う、『バレルロール』の軌道を描く。

 二隻の左右が入れ替わり……

 

――ガキィンンッ!!

 

 巨大なアンカーを射出し、ゆりかごへの突入口へと固定した。

 ギギギギギッ……と、アンカーが悲鳴を上げる。固定できて、数十秒が限度だろう。彼我の距離は、80メートル。アンカーで渡してあるとはいえ、曲がりくねった歪な橋。

 艦内での魔力の使用は、大幅に制限されるだろう。

 

――――ギャオオオオオオオオオオオンッ!!

 

 凄まじいエクゾーストが、唸りを上げる。

『ヴァイス、ゼルビス! 礼を言います!』

 なのはが、一台のオートバイで飛び出した。

 

――ヴァオオオオオオオオオオオンッ!!!

 

『瞬発力』に全てを振った、イタリアの暴れ馬……SXVは、歪なアーチを蹴散らすように走破する。

『は、はァああああああ!?』

 クアットロの、素っ頓狂な悲鳴。しかし、即座に対処する。

『!?』

 ぐんっ……と、ゆりかごの船体が、大きく傾いたのだ。アースラと接触したまま、不自然な軌道を描き、なのはを振り落さんと身をよじる。

『……!!』

 なのははバイクを捨て、突破口にマニピュレーターを突き刺し、落下を防いでいたのだが……

 

「うわーーーー!? おーーーーちーーーーるーーーー!!」

 

 激しく損耗した状態で打ち捨てられていたディエチは、落下を防ぐ術を持たなかった。

『くっ……!』

 なのはは、マニピュレータの方を固定用にしてしまったことを強く悔いた。せめて、マニピュレータが使えさえすれば、ロケットアンカーで救出できたというのに。

「ひゃあああああああああああああああああああああああああ!!!?」

 とうとう、ディエチが空中に放り出されてしまった。

 

『――今ですッ! リンディさん!!』

 体を、ゆりかごの船内に滑り込ませると同時に、固定用アンカーを解除。

 自由になったアースラは、ゆりかご下方に……今度は、全体を縛り付けるような形で、取りついた!!

「出力、最大!!」

「おっしゃァあああ!!」

 

――――ゴッファアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!

 

 猛烈な推進力が、絡み合った二隻を、地上へと向けて降下せんと出力される。その推進力は、ゆりかごの上昇するパワーと、ついにはつり合い…………

 

「――高度安定化、成功!!」

 

 ただ、水平な飛行へと持ち込むことに成功した。

「はっはははは!! ザマー見さらせ!!」

 中指を立てて挑発するゼルビスの頭を、ヤオが手慣れた手つきで小突いた。

 

 

 

 

「う、ううう…………! あ、あれ……?」

「…………」

 一方、格納庫。

 落下したディエチだったが……自分が、ゆりかごとは別の艦にいる状況に、目をぱちくりさせた。

「――冷や冷やさせるな。危うく地上に真っ逆さまだぞ」

 目の前には、辛気臭い男の顔。

 

――抗戦していたはずのヴァイスが、ディエチの体を抱き留めていた。

 

手錠を嵌め、無力化したディエチを、捕虜として連行していく中で……

「……うわーん! 認めない、認めないぞーー!!」

「大人しくしろ!!」

「ぐみゃっ……!!」

 ディエチは、バッタバタと癇癪を起し、隊員たちに食って掛かっていた。だが当然、組み敷かれ制圧される。

 それでも尚、涙交じりに喚いていた。

「わたしのびーむは、クアットロが褒めてくれたんだー!! クアットロが褒めてくれたびーむが、通じないなんてことあるもんかー!!」

 連れて行くにも、らちが明かない。

「…………ちょっと下がれ、お前ら」

 ヴァイスは、隊員たちを下がらせ、ベシャッと座り込んだままのディエチと、目線の高さを合わせる。

「なんて言って、褒めてくれたんだ?」

「え……?」

「そのクアットロとやらは、何を、褒めてくれたんだ?」

 きょとん、としたまま、ぽつぽつと話す。

「パワーと、射程と、コントロール…………」

 砲撃戦特化型のディエチは、そういった適性を持たされている。なので当然、訓練でも優秀な成果を残していた。

「そりゃあ、確かに凄かったさ。直撃すれば、下手をすればアースラだって大損害だ」

「じゃ、じゃあ、どうして…………」

「実戦では、相手にするのは物言わぬ機械の標的じゃない。意志を持った人だ。それを相手に、ああも殺気を丸出しにしていたら、どんな優れた能力も宝の持ち腐れなんだよ。そんなに俺にビームを当てたいんだったらな、もちっと上手に隠れながら撃て」

「む、むぅうううううう~~~!! それができれば、苦労なんてしないよぉ!!」

 もっともである。

「俺にはできる。だから勝った」

 ディエチは、ふくれっ面をして…………

 

「なら、あんたが教えてよ! そんでもって、今度は絶対にわたしが勝つんだから!」

 

 …………まさかの正々堂々としたリベンジ(再 犯)宣言だった。

「……………………はは」

 これにはヴァイスも苦笑いをして……その癖のある頭髪を、ぐしゃぐしゃとかき回した。

「にょわーーー!? やめろーーーーーー!!」

 ボサボサ頭のディエチに、ヴァイスは言う。

「――いいぜ。教えてやる。……けど、手加減はしねぇぞ?」

「えっホント!? やったー!! 

……じゃなくて!! 次は絶対負けないんだからなぁ!!」

 ディエチは、すっくと立ち上がり、ずんずんと一人で歩いて行ってしまった。慌てて、隊員たちがその後を追っていく。

「…………」

 一人になったヴァイスは、その後ろ姿を見送り………………

 

「…………ラグナ(・・・)、か」

 

 ディエチのオリジナルとなる人物の名。そして…………奇しくも同名の、彼が亡くした、たった一人の妹の名を、呟くのだった。

 

 

 

 

 

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