魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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StrikerS編 第十四話

 

 

首都郊外。

『そこ』にはかつて、ある施設があった。ある時代に作られた、イベントホール、のようなもの。既に老朽化から、10年も前に取り壊され、全天候ドームを構成していた天井部分のみが取り払われたそこは、見方によっては、古代ローマの闘技場(コロッセオ)にも見えるだろう。今では、何ら価値の無い廃墟。しかし、そこを根城とした集団があった。

 集団名……特になし。構成員……その日によりけり。目的……時と場合による。

 無秩序を詰め込んだようなその集団は、ミッドチルダの路地裏や、地下水路をフルに活用し、管理局の捜査や摘発を逃れながら、規模を増大していた。

 

――その中核メンバーの一人は、エリオ・モンディアルと呼ばれていた。

 

――そして、彼を摘発した捜査官は、ゼスト・グランガイツと名乗った。

 

 

「……よう、おっさん」

 スクーターを乗り捨てたエリオとキャロの二人は、その廃墟に乗り込んだ。

「…………」

 ゼストは、仮面の向こうから、無言で。

「なんで分かったの?」

 ルーテシアは、特に驚いた様子もなく。

 

――エリオたちと、対峙した。

 

「ここには、龍脈が流れている。わたしたち召喚術師には、これ以上ない祭壇だから」

「そうだね。だから、くるとは思っていたよ」

 

ルーテシアは……これが本気の姿なのだろう。

ゴシックロリータ風の装束に、異形の杖を携え、顔料で全身に文様を描いたその姿は、まさしく、この世ならざる者と交信する異能者のソレだった。

 

ルーテシアの目的は、ミッド首都への攻撃。龍脈から力を吸い上げ、大規模な攻撃型召喚獣を大量展開し、ガジェットたちとは別方向から、街を焼き尽くす。

「一つ、聞かせろ」

 ストラーダを構え、エリオが問う。

「何で、お前はあのテロリストに協力している?」

 ここに来るまで、エリオは、理由の大部分を把握していた。これは、その最後のピースを手に入れるための問いかけだ。

「…………」

 ルーテシアは、無言。そして。

 

――ぅおおおおおおおおおおおおおおんっ…………!!

 

 全身の紋様が光を放ち、龍脈より、莫大な魔力を吸い上げる!

「エリオくん」

 キャロは、前に出ようとするエリオを制する。

「こういう時の相場は、決まってるよ」

『Start up!』

 ケリュケイオン、戦闘モードへ移行。

「わたしたちは、それを知っている。教えてもらっている」

 その手を、エリオと繋ぐ。

「……ああ。そうだな」

 エリオが、その手を握り返す。

 

「……何よ、それ」

 黒い感情を含んだ声が、ドームに反響する。

「……そんなものが、何だって言うのよ!!」

 

――ビギッ……!!

 

 ルーテシアの展開した魔法陣から、漆黒の卵のような物体が出現する。

「召喚獣……?」

 感じる魔力の波動は、あの、ガリューのものだった。そのオブジェクトに、ゼストが触れる。

 

――バグンッ!!

 

オブジェクトが、大口を開けるように展開。そして、それはそのまま、ゼストの体を覆っていき……

「まさか……」

 戦慄するキャロに、ルーテシアは告げる。

「ル・ルシエが出来て……私に、できない道理は無い」

 

――バキィンッ!!

 

 その身を包む、漆黒の鎧となった。その姿は、竜騎士エリオと対となる。

 凄まじいプレッシャー。しかし……エリオは、それにどこか、空虚さを感じていた。

 軽いのだ。どこかが。肝心要が。

 

「――――意志無き力は無力。力無き意志もまた無力」

 

 ストラーダを構え、その言葉を口にする。

「教えてくれたのは、アンタだ」

フリードの竜魂を携え……己の内に、押し込める。

 

『Silvery Dragoon Armaments !!』

 

――今再び、竜騎士が出現する。

 

 あの日。救ってくれたのは、フェイトだった。そして……道を開いてくれたのは、ゼストだった。だが、今のゼストには、恩を返すとか、助けるとか、救うとか……上っ面の言葉は、きっと届かない。

 

――ならば。示すしかない。

 

――己の意地と矜持を、槍に誓って。

 

「行くぞ、ゼストォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

――ガキィイイイイインッ!!

 

 凄まじい衝突音と共に、槍と槍が火花を散らす!

「――……!!」

 その速度、その威力に目を見張る。

 いくら、竜魂憑依の初戦データが取れなかったとはいえ……これほどの威力は、想定していなかった。

「……!」

 

――ビュインッ!!

 

 ガリューの手甲より、硬質化した体組織を刃として生成。

 まとわりつくエリオを振り払うような動作で、振るう!!

「そんなモン、今更喰らうかよっ!!」

『Solid!』

片手で拳を握り、硬質化!

「おりゃああっ!!」

 

――パキィイインッ!!

 

 へし折る。

 なのはから得た情報通りだ。あのガリューの甲皮は、魔力には強いが、物理的な強度は常識の範疇にある、と。

 ゼストは、再び槍を振りかぶる。エリオは片腕。ゼストは両腕。膂力は互角。であれば、ゼストが競り勝つが道理。

「――! 伸びろォっ!!」

 

――ビシュウウウウウウンッ!!

 

 ストラーダの魔力刃が伸長し、力が完全に乗る前のゼストの腕を切り裂いた!

 槍から片腕を放すゼスト。痛みによるものではなく、靭帯を切断されたことによる構造上の不可抗力だ。

「はァああああああっ!!」

 片やエリオは、既に両腕でストラーダを保持しており、完全に振り抜く姿勢に入っている。

「……」

 片腕で、槍を掲げる。防御の構え。だが……

 

――ボキィイインッ!!

 

 ゼストの槍は、中途より折れた。穂先と、柄の接合部。

(……通った!!)

 確かな手ごたえを感じた。

 かつては、膂力やリーチの差を鑑みても、全く競り合うことさえできなかった、あのゼストに……自身の槍が届いたと。

(行けるッ!!)

 そうとも。技術だけではない。目の前にいるのは、所詮は操り人形。そんなものに、後れを取る自分ではないと。しかし…………

 

――――……。

 

 無音の浸食は、始まっていた。

『ぬ……!?』

 初めに気付いたのは、他ならぬストラーダだった。

「おらああああああああっ!!」

 待て、と止めるには、遅かった。

 折れた得物をだらんと下げたゼストに、ストラーダが振り下ろされる。

「……」

 ゼストは、唯一動く片腕を、躊躇いも無く盾にした。

「……! 馬鹿かッ!!」

 これには、エリオも戸惑ったものの……今ここで、手を緩めるわけにはいかないと、刃を止めることなく、振り下ろした。切断し、無力化し……速やかに断面を保護すれば、ギンガのときのように接合できる筈だと。今は、躊躇っている時ではないと。

 

 

――――ぱりんっ。

 

 

「………………え?」

 エリオは、その予想外の光景に、一瞬、思考を停止させてしまった。

 完全に、『入った』はずだった。避けようの無い一撃だった。振り下ろした刃は、ゼストを完全に撃破する筈だった。だが……

 

――――ストラーダの刃は、硝子細工のように、砕け散っていた。

 

「……!! な、にィッ!?」

 呆けた一瞬が、命取りになる。

 

――ドガッ!!

 

 巨躯より繰り出される直蹴りが、エリオの胴体を打ち据えた。

「ぐぉっ……!!」

 鎧越しだというのに、この威力。直接喰らっていれば、内臓破裂は必至だろう。

 だが、そのダメージを処理するよりも、優先すべきことがあった。

「……!? おい、ストラーダ!? なんだよ、ソレは!?」

『お、おのれ……!!』

 ストラーダのボディ。銀を基調としたその姿は、まるでスモークフィルターを掛けたかのように煤け、くすんでいた。

「……!! まさか!」

 ゼストの、折れた槍を凝視する。穂先と、柄の接合部。その、断面から覗ける柄の内部は……中空。

『腐食毒か……!』

 ……武装を破壊しに来ると見越した上で、事前に仕込んでいたのか。もしくは……槍が折れたこと自体、策だった可能性すらある。

「なに……してんだよ……」

 エリオは、茫然と、折れたストラーダをだらんと下げてしまう。

「なぁ……おい、ゼスト……アンタ、いったい、何をしているんだよ…………!!」

 相手が、物言わぬ操り人形だとしても。

『ゼスト・グランガイツ』という人物が、毒を仕込むなど…………エリオには到底、受け入れられるものではなかった。

 

 ……更に、異変。

 

『ぐ、ぉ……!! こ、こんな……!! 浸食が、速すぎるっ……!!』

 ストラーダの一部を侵しているに過ぎなかった毒は、虫が這い上がるが如き速度で、鎧を侵食していく!!

『クァアアアアアアアッ……!!!』

「フリード!?」

 鎧そのものへと変化しているフリードは、それこそ、存在そのものが蝕まれているに等しい。

 

――ボゥッ…………

 

 そして……ゼストは、懐より取り出した、ランタンのような道具を握り潰す。

 内部に封じ込められていた黒炎が溢れ……ゼストの身体に蓄積していたダメージを、根こそぎ修復してしまった。

「…………、」

 

――。

 

 エリオは……無意識的に……一歩、下がっていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 ルーテシアとキャロもまた、衝突を開始していた。

「えい!」

 

――ドガガガガガッ!!

 

 気の抜けた声と裏腹に、機銃掃射のような威力の魔力弾を打ち出す。

「……ふん」

 しかし、ルーテシアは杖をくるっと回転させるのみ。キャロが疑問に感じた瞬間、キャロが発射したはずの魔力弾が、そのまま180°、くるりと反転し、キャロに襲い掛かった。

(ベクトル操作……いや、術式介入の亜種みたいなものかな)

 魔力弾の、目標追尾の術式、その値を変更したのだろう。キャロ自身には、既にインターセプトが効かないと踏んでの新技。

「それじゃ……えい!」

 

――バシュウウゥッ!!

 

 射撃が通じぬなら、と、砲撃を発射する。

「……」

 また、杖を一振り。すると、軌道こそ変わらぬものの、砲撃は霧散してしまう。

「…………」

「むだだよ。その程度の攻撃じゃ、」

 

――――バスンッ!!

 

「……!? 霧!?」

 突如として、視界がゼロになる。砲撃に使用していた魔力を、そのまま別の術式のトリガーとした目くらまし。

「……」

 ルーテシアは、中和フィールドを展開する。魔法に対する防御は、これで問題無い。多重殻弾を撃ち込まれても、完全に遮断できる。

 

――ボッ!!

 

 ……だが、キャロの行動は、その予想の上を行っていた。

 

――だッ!!

 

 両の拳を握りしめ……間合いを詰めてきた!

「!? うそっ!?」

 キャロは、やや変則気味とはいえ、ミッド式の術者。そう決めつけていたルーテシアの、完全に虚をつく形となった。

キャロの魔力を研究し尽くし、キャロの魔力であれば、ほぼ完全に無効化する中和フィールドも、物理的障壁を伴っている訳ではない。

 左右のケリュケイオンは、それぞれ別の術式を走らせている。

 一つは、ソニックムーブをより簡略化した高速移動魔法。

 そして、もう一つは……!

「てぃやああああああああああああっ!!!」

『 Impact !!』

 

――――ドパァンッ!!!

 

 ごく単純な物理攻撃魔法が、キャロの拳ごと、ルーテシアのどてっ腹に直撃する!!

「かハぁっ……!?」

 少ない体重を加速魔法による遠心力で補い、全体重と腰の入った一撃!

 いかに優れた中和フィールドといえど、既に発生している物理効果までは消せない!

「このっ……!!」

 よろめきながらも、反撃を試みるルーテシア。杖を、攻撃用の術式が走る。しかし、この距離なら……

 

「殴った方が早いッ!!」

 

――パキンッッ!!

 

 返しの左フックが、ルーテシアの顎を打ち抜く!!

「か、……!!」

 ふらついたのを好機と見るや、キャロは更に追撃!!

『acceleration!!』

身体強化! そして打撃!! 人中、水月、丹田!!

「が、あァ……!!」

 死に体のルーテシアが、苦し紛れに、懐に手を伸ばす。バキッ……という破砕音。

 

――ボォオオオッ!!

 

 黒炎が、ルーテシアの魔力を増幅させる!

「……離れろォおおおッ!!」

 

――ドパァアンッ!!

 

 ゼロ距離からの、衝撃波が炸裂する!

「くぅっ……!」

 バリアジャケットで受けつつ、飛び退くことでダメージを最小限に抑える。間合いはまた開いてしまった。もう、同じ手で近づくことは難しいだろう。

 しかし、好機に変わりは無い。ルーテシアには、確実にダメージを与えた。

 

「おねがい、ヴォルテール!」

 

――ゴォウンッ!!

 

 真龍の剛腕が、空間ごとルーテシアを抉らんと迫る。

 膂力・質量・速度……まともに喰らえば、エース級の魔導師であろうと撃墜必至の一撃を、しかし……

 

――――――ドシィンンッ!!!!

 

「――――!?」

 剛腕と同期したルーテシアの腕が、同等の膂力の前に阻止される感触を伝えた。

朦朦とした土煙が晴れ、キャロが目を凝らした先。

「……よ、くも…………!!」

 

――純白の巨大な腕が、ヴォルテールの剛腕を受け止めていた。

 

「やったな……よくも……よくも、やってくれたなぁああああああああああああああああああああああ!!!」

 ルーテシアの皮膚に顔料で描かれた文様が、魔力に反応し発光している。

 

「……! やっぱり、『蟲の王』……!!」

 

 ルーテシアの召喚術は、多彩なように見えるが、その実、一種類(・・・)に過ぎないということを、キャロは把握していた。

 その召喚獣全てに共通するのは、六本足の昆虫に酷似した姿である、ということ。では、ルーテシアは、昆虫型召喚獣の使役に特化した魔導師なのか? ……否。

 召喚術とは、原則として、『使役する者』と、『使役される対象』の契約により成されるものだ。

 そして、召喚術師一人が、『インゼクトツーク』『地雷王』『ガリュー』、そして、今目の前に存在する腕の主……と、複数の対象と契約を結ぶことは、いかにルーテシアが優れた魔導師であったとしても、人ひとりの耐えうるキャパシティを超える行為だ。

 だが……ルーテシアが契約を結んだ対象が、『一つ』であるとするならば、話は別だ。

 

そう、例えば……『(アリ)』や、『(ハチ)』のような、『真社会性を持つ昆虫の王』という、一つの対象との契約ならば。

 

そのコロニーに属する全ての個体を、『王』より又借り(・・・)するという形で、多彩な兵隊たちを、使役できるのではないか? と。

 

――予想は、当たっていた。

 

 そして、キャロは更に考えた。

『ルーテシアの使役する召喚獣』の規模から、『ルーテシアが契約を結んだ存在』の規模までを、逆算で予測できるのではないか? と。

 

 ここまでは、キャロの予想通りだった。

「う……ぐ……! お、重……!!?」

 しかし、唯一の誤算があったとすれば…………

 

――グシャアアアアアアアアアッ!!

 

 剛腕が、あっさりと、いとも容易くネジ切られる。

「――!! ぅあああああああっ……!!」

 同期していたキャロの腕もまた、激しく傷つき、血を噴き出した。

「……ふ、は、はははは、あはははは………………!!」

 激しく明滅する文様。ルーテシアの目は既に正気を失い、ただ一つの術式を、体へのバックファイヤを無視して行使する。

 

 

「――来たれ、『白天王』――――――!!」

 

 

――ビキッ……バキッ、バキバキバキッ………………!!

 

 

『腕』が、それを現世へ繋ぎ止める役割の魔法陣が、空間を侵食し、無理やりに押し広げていく。

 

――――ドズゥウウウウウウウウンッ……!!

 

 重厚な破砕音と共に、純白の甲殻に包まれた、巨岩のような脚が、現世へ降り立つ。

 

――――バギギギギ…………!! バキイイイイイイイイイイインッ………………!!!

 

 腕、脚……まるで、絡み付く蜘蛛の巣を払うように、鬱陶しげに、境界を破壊し……

 

『『『『ぐるギュあああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーッッ』』』』 

 

――絶望が、降り立った。

 

「………………、」

 腕の痛み。それが彼方へと消え去るほどの、果てしなく巨大な重圧を前に、キャロは悟った。

 

そう。唯一、キャロに誤算があったとすれば…………

 

 

 

――――『蟲の王』が、『真龍』の剛腕を凌駕する存在であった、という、ただ一点だった。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

『『『『ぐるギュあああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーッッ』』』』 

 

 

 

「――――!!?」

 衝撃波までも伴った凄まじい雄叫びに、エリオは一瞬、本能的に体を竦ませた。そして、それを見逃すほど、ゼストは甘い相手でもなかった。

「!! しまっ、」

 

――ザシュッ

 

 ……浸食され、強度が著しく落ちた部位である左上腕を、ゼストの槍が刺し貫いていた。

「…………!!」

 初めに感じたのは、熱湯を注がれたかのような、熱。続いて、悪寒が走り…………痛覚が、爆発した。

「ぐぁああああああああああああああああああああああああっ……!!!」

『担い手よ、心を鎮めよ!! 腱と骨は無事だ!』

「……!!」

 のた打ち回りたい反応を抑え込み……ゼストの身体を蹴ることで、槍を侵入角度のまま、まっすぐに引っこ抜く。

「く……、ぉ……!! ……!! フリード!!」

 この鎧は、フリードの竜魂が、そのまま形になったもの。つまり、それを損じられたということは……フリードの魂が、直接、傷を負ったことと同じだ。

『グ、ルル…………!!』

 未だ戦意を見せてはいるが、ダメージを負っていることは明白だ。

 

――ギイィンンッ!!!

 

 だが、ゼストの攻撃の手は緩まない。

「ぐぉっ……!!」

 エリオは……あろうことか、鎧の無いバリアジャケットで槍を受け流した。元より、浸食を受けていない部位とはいえ……強度で鎧に劣るバリアジャケットで、刃を受ければどうなるか……考えるまでも無い。

『担い手よ!』

 咎めるような、ストラーダの声。しかしエリオは、それに返答する余裕は無かった。

「う、お、おおおおおおおおおおっ!!」

 振り払うような攻撃。しかし、それは『攻め』のための攻撃ではなく……ただ、ゼストの攻撃を遠ざけんとする、逃げの動作だった。

「く、っそぉおおおおお!!」

 ぶんっ、と、大振りの攻撃。これは当然の如く弾かれ、返しに突きが飛んでくる。

 エリオは、籠手で刃を逸らし、更に返そうとして……

 

――籠手が無残に打ち砕かれるビジョンが見えた。

 

「――!!!」

 反射的に、体捌きでの回避に軌道を修正した。だが、そんな無理な動きが続く訳もない。

 ストラーダの柄で受け……

 

――ストラーダがへし折られるビジョンが見えた。

 

「うおっ……!!」

 その方向へ跳び、威力を殺す。

「…………、なんだよ、コレ……!?」

 次々に頭に浮かぶビジョンに、エリオは恐怖した。

 

――鎧が砕かれ、フリードが無残に散る様。

 

――ストラーダが粉砕され、そのまま貫かれる様。

 

――ストラーダを奪われ、その刃に身を貫かれる様。

 

――フリードの竜魂が引きずり出され、握りつぶされる様。

 

「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 ……破綻は、直ぐに訪れた。

 

――ドクンッ。

 

「うぐっ……!?」

 エリオの胸が、大きく不自然に跳ねる。心臓……いや、リンカーコア。

「ぐ……!!」

 プログラムと精神力で制御していた竜魂憑依が、その綱渡りにも等しいバランスが、瓦解しかかっているのだ。原因は……考えるまでも無い。

 

――エリオの精神力が、途切れたからだ。

 

 竜魂憑依が、フリードの魂の上に成り立っている……その、至極当然かつ、当たり前の事実の前に、容易に決壊した。

 

「がぁああああああああああああああああ…………っ!!」

 

――バシュンッ…………!!

 

『キュウッ……!?』

 エリオの身体から弾き出されたフリードが、投げ出される。

 同時に、エリオの身を防護していた鎧も霧散する。

「しまっ、!?」

 が、焦ったところで状況は変わらず……エリオの目の前に、攻撃が迫っていた。

 

――ドゴォッ……!!

 

 ……突きや、斬撃ではなく、柄による薙ぎ払いだったことは、果たして幸運か否か。脇腹を抉られ、呼吸器が一瞬動作を止め、体中の酸素が一気に失われる。

「ご、ふ……!!」

 視界が何度か回転し、背中に、鈍い感触が生じるとともに、停止する。

「…………」

 身に沁みついた習慣から、立ち上がろうとして……両腕に握っていたはずのストラーダの手応えが無いことに、ふと気が付いた。

「…………、…………」

 ストラーダは……中途から、真っ二つに折れていた。

「く、そ…………」

 エリオの意識は、遠ざかって行った。

(すま、ねえ…………フリード……ストラーダ……)

徐々に、徐々に…………

 

「キャ、ロ…………」

 

――――異変が、起きた。

 

「…………、グ、」

 ゼストが、呻くように声を上げたのだ。

「グ、ごぁアアアアアアアアアアアア…………!!」

 ガランッ……と、槍を取り落とし、頭を両腕で掻き抱く。

 ゼストだけではない。装甲としてその身を包んでいたガリューまでもが、喘ぐように、中途半端な挙動を繰り返していた。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「あぅ……ぐ…………」

 

――勝敗は、既に決していた。

 

「あは、あはははは……!! そうだ、これでいいんだ!! これが正しいんだ!!」

 白天王の肩に乗り、血涙を流しながら哄笑するルーテシア。

 その、眼下。

 

――――バチ、バチッ…………

 

 悪あがきのように展開した防御フィールドが、辛うじて、白天王の攻撃から、キャロの身を護っていた。

だが、これはルーテシアの遊びだ。キャロが辛うじて防げるレベルの攻撃……いや、最早、白天王の踏みつけを、どこまで耐えられるかどうかという『お遊び』に過ぎない。

 

 ズシン、ズシン……と、踏みつけられるたび、キャロの身体が跳ね、防御が軋む。

「うぐっ…………」

 防御を解いては、押し潰されて即死する。だが、ルーテシアの『お遊び』が終われば、この防御ごと打ち砕かれる。下手をすれば、この『お遊び』にさえ耐えられなくなる可能性まである。

 

「はは、あはははは!! どうだ、どうだ!! 見たか!! わたしが、いちばん強いんだ!! わたしは、最強の召喚術師なんだ!!」

 

――ズガァアアアアアンッ!!

 

「ぅうううううっ……!!」

 防御ごと蹴り飛ばされ、とうとう、それさえも掻き消されてしまった。

「……いたい、な」

『………………』

 ケリュケイオンも、沈黙している。

「ヴォルテールも、痛かっただろうな……ゴメンね…………」

 そして、白天王が、止めとばかりに振りかぶり…………

 

 

 

「うっ……!?」

 がくんっ、と、ルーテシアが膝を突く。

「ごぼっ……」

 ビシャッ……と、白天王の純白の甲殻に、紅い斑紋が散る。

「え……なに……これ…………」

 ルーテシアは、口元を伝う鮮血を、不思議そうに眺めていた。

「ご、んな…………わた、しは……ぢゃんと……せいぎょ、じ、て……」

 禍々しく輝いていた全身の紋様は、今では逆に、ドス黒く変色し、ルーテシアの身体を蝕んでいた。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアあああああああああ!!!!!」

 

――土台、無理があったのだ。

 

 白天王ほどの存在の完全召喚。星の龍脈を流れるエネルギーを、全身に呪術的紋様を施すことで身に降ろしての魔力増強。到底、人の身に耐えうる負荷ではない。

「……!! ルー、テシア……!! いますぐ、召喚獣を送還……しなさい……!」

 状況も忘れ、ルーテシアへ言葉を投げかける。しかし……

「いや、だ…………!! わたしは、ちゃんとできる……!! ちゃんと、せいぎょできる……!!」

「そのままじゃ、死、」

 

「いやだぁあああああああああああああああああああああ!!」

 

 血を吐くような、絶叫。そして、堰を切ったように、感情の乏しく見えたルーテシアの、本音が発露する。

「わたしは、ちゃんとやれるっ!! ちゃんとできるっ!! 召喚術も、他の魔法も、たくさん、たくさん……!! がんばって覚えたんだっ!! お母さんとは違う魔法を、ちゃんと、ちゃんと……!! ちゃんと覚えたのを、お母さんに、見て、もらっ、て……!!

お母さん……メガーヌに、みとめてもらって…………!! メガーヌに、お母さんになってもらって……わ、わたしは…………、『メガーヌのコピー』じゃない、『ルーテシア』に、なるんだ…………!!」

 

――るォおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ

 

 共鳴するように、白天王が鳴く。

「………………」

 キャロは……ルーテシアの血の叫びを受け止め…………

 

 

 

「やっと、言ってくれたね」

 

 

 

――――『ル・ルシエ』。これより、真龍の巫女である貴女様が名乗られる御名に御座います。

 

――――『ル・ルシエ』さま。卑賤なるこの身より、現世へ戻られましたこと、光栄に存じます。

 

――――『ル・ルシエ』さま。

 

――――『ル・ルシエ』さま。

 

――――『ル・ルシエ』さま。

 

――――『ル・ルシエ』さま。

 

 皆がそう、『キャロ』のことを呼んだ。父も、母も、一族の皆が。

『キャロ』のことを、『ル・ルシエ』と呼んだ。崇敬と畏怖を以て、そう呼んだ。

 現人神ですらなく、過去に存在した人物の憑代として。

 誰もが、『ル・ルシエ』を見ていた。

 誰も、『キャロ』を見ていなかった。

 

 全てを滅ぼして、逃げ出して…………『キャロ・ル・ルシエ』を名乗ったのは、審判のためだった。

 

『ル・ルシエ』と呼び、それを求めた者には、等しく滅びを与えた。

『ル・ルシエ』と呼ぶ者が居なくなれば、自分は、ただの『キャロ』に戻れると信じて。

 だが……誰もいなかった。結局、必要とされていたのは『ル・ルシエ』の名と、その力。

 

「辛かったね…………苦しかったね…………」

 己の存在を認められない……認識されないということは、生まれてさえいないということと同義だ。

 ……彼女は、『ここにいる』と、誰にも聞こえない産声を叫んでいたのに。

 

『さ、行こう。『キャロ』。これからは、ボクがお姉ちゃんだ!』

 手を引いてくれた人がいた。力を無視して、『キャロ』を見てくれた人がいた。

 

『あ? ンだよ呼びづらいファミリーネームだな。『キャロ』でいいよな?』

 ぶつかってくれる人がいた。似た境遇なのに、全く違う人がいた。

 

 いっぱい、たくさんの人が、『キャロ』と呼んでくれた。手を伸ばしてくれた。

 嬉しかった。幸せだった。

 

――誰かに貰った幸せは、また誰かに渡されるべきだ。

 

 だから、今度は……自分が、彼女を救う番だ。彼女を、見つけてあげる番だ。手を伸ばす番だ。手を取る番だ。

 

――なのに。

 

「……悔しいなぁ」

 

届かない。どんなに声を張り上げても、泣き叫ぶ彼女には、聞こえない。

 

「悔しいなぁ…………」

 

 握りしめる手は、あまりにも小さく非力で……一人では、とても。

 

「悔しいなぁ……!!」

 

 届かない。

 

――『ルーテシア』

 

 ふと、誰かの声が聞こえた。

 

――『ルーテシア』

 

――『ルーテシア』

 

――『ルーテシア』

 

――『ルーテシア』

 

「だれ……?」

 誰かが、ルーテシアのことを呼んでいる。

「だれなの……?」

 ふ、と、目の前に、ぼんやりした光が現れた。一つ、二つ、三つ…………そして、無数に。

「霊核……?」

 それは、召喚獣の触媒にして、心臓部となるもの。

「……ルーテシアの、召喚獣たち……?」

 だが、ここに現れる意味は。

 

――――ルーテシア。

 

はっと見上げた先。白天王が、泣いていた。主と同じ、血涙を流して。

「白天王……?」

 ルーテシアの契約対象は、白天王。この霊核たちは、その臣下であり、ルーテシアと直接の契約関係にあるわけではない。だが……

 

――ルーテシア。

 

――泣かないで。

 

――笑っていて。

 

 この想いは、嘘偽りのない、『ルーテシア』へ向けられたものだ。

 他の誰でもない、『ルーテシア』を想う声だ。

「ねぇ……ルーテシア。あなたにも、いるじゃない」

『…………』

 ケリュケイオンが、淡く輝く。

「ほんの少し、目を開ければ……耳を澄ませれば……こんなに想われているって、判るじゃない」

 ぐっと、小さな拳が、握られる。

 

「……助ける」

 

 エリオは、言葉にせず。キャロは、言葉にする。

「何が何でも! 本気で嫌がっても! 逃げ出しても!! どこまででも追いかけて、ふん捕まえて、あの大馬鹿を、助ける……!!」

 

――助けるよ

 

――助けよう

 

――助けたい

 

――助けなきゃ

 

――手伝うよ

 

――力を合わせよう

 

――ルーテシアのために

 

 霊核たちが、一つの意志のもとに、集う。

「ケリュケイオン……もう少しだけ……無茶に、付き合って……!!」

『Standby ready』

 相棒は、応える。

 

『synchronization』

 

――パキンッ

 

 ……ケリュケイオンが、変じる。

 両の手甲より、水晶を削り出したかのような、透き通る一振りの剣へ。

 しゃん……と、振るう度、清廉な鈴の音が鳴る。

 

「――――我、束ねるは唯一の願いなり」

 

 

 舞う。ただ一つの願いを純化させ、届かせるために。

 

 

「――――無音の闇に福音を

 

 

――――無明の闇に光明を」

 

 

 唄う。声なき想いを乗せ、届かせるために。

 

 

「――――祈りと想いを一つに束ね

 

――――無窮の力を、ここに顕さん」

 

 

 穏やかで、優しく……何よりも力強い、聖なる輝き。

 

「――祈りを一つに

 

――想いと一つに」

 

黒き真龍と契約することで、一千年前の『ル・ルシエ』と並んだ。

彼女が成せなかった竜魂憑依を成すことで、五百年前の『ル・ルシエ』に追いついた。

 そしてこれは……今を生きる『キャロ』が、『ル・ルシエ』を超えた証。

 

『Confirmation……――“Clear Mind”』

 

『キャロ・ル・ルシエ』が辿り着いた……揺るぎなき、精神の境地。

 

「――――――光指す、道となれ!!」

 

『 Synchronic Summon !!』

 

「――……招来せよ!

 

 

――――――超神龍ヴォルテール!!」

 

 

 凄まじい閃光が、一面を眩く照らし出し…………

「…………っ!? 消え、た……!?」

 ルーテシアの眼下より、消える。

「!! ……上!?」

 

――――ズバァアアアアアアアアアアアアアッ!!!

 

 暗雲を切り裂き、真龍をも超える、超神龍が降臨する!!

 

 

「………………うそ」

 降臨したヴォルテールは、腕のみに限定して現界していた時とは、桁が違った。

格が違った。

位階さえ違った。

 目の前に存在するのは、遥かな太古より存在し、世界を識る、原初の神が一柱。

 

――――『龍』。

 

 その龍に寄り添う、龍の巫女。そして……神龍と巫女を守護するように周回する、幾多の霊核たち。

 

「――ルーテシア」

 

 巫女たる『キャロ・ル・ルシエ』が神託を下す。

 

「――少し、頭冷やそうか」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

――暴走。

 

 その二文字が、脳裏をよぎった。

 両の目より血涙を流し、装甲が無茶苦茶に展開し、また装着されることを繰り返す。

(ゼスト……じゃない。ガリューが、暴走して……ゼストから、身体の主導権を、奪っているんだ)

『グゥウウウウウウッ……!!』

 ぎろりと、その目がエリオを捕捉する。

『ゴガァアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

「ぐ……!!」

 

――バリィンッ!!

 

 残った魔力で展開したバリアも、ただの一撃で打ち砕かれる。

『キュルルルルル……!!』

 ガリューが、その刃をエリオに振り下ろさんと迫る。

「…………」

 しかし……既に、退くための力も、残ってはいない。

「……オレ、は」

 なぜ、躊躇ったのだ? 竜魂憑依が破られたからか?

(そうか、オレは…………)

 あの時……明確に、ストラーダや、フリードの死を意識してしまった。

居て当たり前だと、そう思えるまでの関係を築いた者が、居なくなる恐怖に中てられてしまった。

 

――勝てるはずがない。

 

 既に死んでいる存在である敵は、失うものなど有りはしないのだから。

『キシャアアアアアアアアアアアアッッ!!!』

 ガリューが、刃を振りかぶり……、

 

――ボンッ!!

 

『クァアアアアアアッッ!!』

 ガリューの顔面に、小規模な爆発が起きた。

『キィッ……!?』

 ダメージこそ微小ながらも、たたらを踏むガリュー。

「フリー、ド……?」

 エリオとガリューの間に立ち塞がったフリードは、口腔に火炎を生成し、ガリューへとそれを放っていた。

『クァアアアアッ!!』

 

――ボンッ!

 

『キィイッ……!!』

 二発目、三発目は、来るとわかっていれば、大した脅威にはならないのだろう。ガリューは鬱陶しげにそれを払い、悠然と歩を進める。

『クァアアッ!!』

「やめろ……フリード……!!」

 それでも尚、退かないフリード。

 

――バキッ!!

 

 槍に打ち据えられ、進路上から退かされる。

「フリードッ!!」

『……、!!』

 

――ボンッ!!

 

『……』

 ガリューの背に、着弾。何のダメージにさえならない、ただの無駄弾。しかし、興奮状態にあるガリューには、それをぶつけてくるフリードは、外敵として認識されていた。

 くるっとエリオに背を向け……フリードの元へ歩を進める。エリオは既に、背を向けても問題の無いモノとして認識されていた。

「何で…………何で、そんなにして…………」

『……担い手よ』

 手元の相棒が、諭すように、エリオに語りかける。

『――我は、一振りの槍である』

 今更なにを……と。しかし、聞き流せない言葉を続ける。

『我は、汝や、あの竜と共に死線を乗り越える同胞である。汝の槍の師でもあるつもりだ』

 しかし、と前置きする。

 

『――――我は、まず一振りの槍なのだ』

 

 突き放すような言葉だが……その実、エリオへの想いが籠められた言葉だ。

『汝の意思を表出させ、汝の意志を貫く、一振りの槍。それが我だ』

「…………」

『汝の意思、途切れること無くば、我も途切れず。汝の意志、折れること無くば、我もまた折れぬ』

 だから。

 

――折れるまで、使い倒してやる。

 

 あの誓約を、果たすまで。

 

 

『――――我を使い倒せ。我が騎士、エリオ・モンディアルよ!』

 

 

――ガキィイイイイイインッ!!

 

 ……今まさに、フリードへと振り下ろされた凶刃が阻まれる。

『……!』

 エリオは折れた槍を交差させ、その一撃を受け止めていた。

 

「――退け」

 

――――バチィイイイイイイインッ!!

 

 痛烈な電撃が、ガリューの刃を通じて、ゼストの肉体を吹き飛ばした。

「……フリード」

 傷ついたフリードを抱き上げる。

 

――すまない。

 

――ありがとう。

 

 必要なのは、そんな言葉ではない。

 

「――まだ、いけるな?」

 

 守るのではない。守られるのでもない。

 互いを信じる。そう……

 

――背中を預ける、戦友として。

 

『クァアアアアアッ!!!』

『これからだ、……らしいぞ?』

「ヘッ……そいつは、頼もしいな!!」

 

 再び、オーブへと変わるフリード。

「…………」

 ふと遠方で、神々しいまでの偉容が現れるのを感じ取った。

「……キャロは、強いな」

 離れていても、感じられる。その意思。その心。

「……へっ。自分の小ささが、嫌になっちまうよ」

『……』『……』

 二つの意思が、苦笑する気配を発した。

「――だから、気張らないとな」

 

――バチッ、バチッ……!!

 

「――胸張って、アイツの傍にいるために!!」

 

――バチィイイイイイイッ!!

 

「――オレの、魂を賭して!」

 

 竜魂憑依。竜魂武装。この二つに足りなかったものは、何だ?

 竜魂憑依は、フリードの魂。

 竜魂武装は、ストラーダの魂。

 エリオはいわば、その二つに、己の肉体と言う器を差し出しているに過ぎなかったのだ。

 

 

だが、己の信念に魂を捧げ、殉じる覚悟を定めたエリオは、既に一人前の騎士だった。

 

 

 ふと、ある街角で出会った、珍妙な女性の声が、思い起こされた。

『キミにもいつか、その時が来るさ』

 まるで、未来を知っている(・・・・・・・・)ような口ぶりの彼女。

 彼女は、ストラーダとケリュケイオンに、何らかの加工を施していたが……それは、竜魂武装のためだけのものだったのだろうか?

 ……きっと、違う。

 

「……部隊長、今こそ、お借りします!!」

 エリオは、己の胸に手を置き……『その術式』を、発動させた。

 エリオの手は、水面に沈むように、体内へ沈んでいく。

「う……ォおおおおおおおおおっ!!」

 そして、体内より掴み出したのは…………黄金色に輝く、光の結晶。

 術式は……『蒐集行使』の、簡略版。

リンカーコアの摘出術式(・・・・・・・・・・・)

 

――キィイイイイイイイイイイイイイイイインッ……!!

 

ベルカ式魔法陣……その三頂点に、三つの魂が据えられる。

 フリードの竜魂と、ストラーダの核……そして、エリオのリンカーコアが共鳴し……魔法陣の中心に立つエリオに、力が集約されていく!!

 

「――――白銀の飛龍よ、我が生命の燈火よ!!

 

――――無毀の槍に宿り、交わりて、紅蓮の炎と変われ!!

 

――――唸りを上げ、燃え盛り……荒ぶる魂の叫びを上げよ!!」

 

『Confirmation…“BURNING SOUL ”!!』

 

ストラーダの放熱スリットが弾け飛び、熱が、魔力が、剛炎の姿となり……エリオを包み込む!!

三つの心、三つの魂が重なり合い、燃え盛り――――無双の力を現出する!!

 

「――――今ここに烈を成し、天地鳴動の姿を顕せ!!」

 

 その名は。

 

「竜魂……鎧装ォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

SILVERY DRAGOON SCALE ARMOR The END(極 地 の 銀 竜 鎧 装)!!』

 

 

エリオが辿り着いた、燃え盛る魂の極地!

 

 閃光の如き炎が収束し、エリオの姿が現される!

 

――紅い。

 

 間隙より溢れ出る魔力の炎が、白銀の装甲を、紅蓮に染めていた。

『ギィイイイイイイイイイイイイイイッ!!』

 再び、腐食毒を槍に乗せて打ち出す。しかしそれは、決して届くことは無く、紅蓮の炎に焼かれ、消滅する。

『……!』

 エリオの視線が、ガリューと交錯する。

 激しい炎と対象に、どこまでも澄み、先を見据える瞳。

 そして……構える。

 

――一の構え。

 

 槍術を修めんとすれば、まず第一に習うであろう、基礎の基礎の基礎。全ての根幹。全ての基点。全ての始まり。

「…………」

 ゼストが一瞬、思考支配を抜け出す。思考を支配されて尚、見届けねばならぬと、しているかのように。

『キィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』

 

――ジャコオオオオオオオオオンッ!!!

 

 全身の装甲を展開・変形させ……顎を、角を、牙を、爪を、棘を、毒を、熱を……ありとあらゆる生体武装を、エリオへ殺到させる!

「…………」

 対してエリオは、半歩身を引き……ふおんっ、と、流れるような動作で槍で薙ぐのみ。

 それだけで……

 

――――ガゴッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!

 

 生体武装が、粉砕される!!

『アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!?』

 全てを力尽くで破壊したのではない。ほんの少し、ほんの数点へ、槍を軽く当て、軌道を逸らしたのみ。それだけで、生体武装は、共食いをするように互いを食い潰し合い、全滅した。なのはとの修練の末に会得した、『理合い』の技だ。

『カ……、……!!』

 そして、エリオは再び、一の構えへと戻る。

刺突が、来る。

 それが、明らかだというのに…………全く、対処できるビジョンが、浮かばない。

 

――ゴバアアアアアアアアンッ!!

 

 一撃が、ガリューを捉える!!

『ガアアアアアアッ!!!!』

 黒炎で強化した甲殻が、瞬時に粉砕される!!

『ッシャアアアアアアアアアアアア!!』

 刃を生やした脚での、蹴り!

 

「はぁああああああああああああっ!!!」

 エリオは、鎧装脚部に炎を瞬時に充填……そして、一気に解放!!

 

――バギィイイイイイイインッッ!!

 

 真正面から、激突!! 拮抗は僅か、そして……

 

――バキャアアアアッ……!!

 

 一撃、粉砕!!

「オオオオオオオオオオオオオっ!!」

 

――――ドンッ! ドンッ!! ドンッ!!!

 

 足底より爆裂させたエネルギーを、右腕に集中させ……

「うォりゃあああああああああああああああああああああっ!!」

 

――バコオオオオオオオオオンッ!!

 

 

『グカぁアアアアアアアッ……!!!』

 

 ガリューの顔面を、ブン殴る!!

 露わになる、ゼスト本体!!

「行くぞォおおおおおおおおお!!」

 

――バガぁアアアアアンッ!!

 

 ストラーダの外部骨格が、弾け飛ぶ!! 現れたるは、轟雷の刃!!

 

 

『――――Zanber form!!』

 

 

 顕れたザンバーを、大上段に、振りかぶる!!

「…………!?」

 

――ガキィインッ!!

 

 脱出を図るゼスト、ガリューを、バインドで拘束!

 その身を守るための槍は、策がために折れている! 避ける術も、受ける余地も残されていない!!

『Dis enchant !!』

 解呪の力を刃に込め……

 

 

「ディバイドォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

――――一刀、両断!!

 

 解呪の刃は、ゼストと、ガリューを、完全に分断せしめた!!

 

 

「………………………………………………一本(・・)、だ」

 

 

 巨大な光に飲まれる寸前……ゼストが、何かを呟いた声が……エリオの耳に、届いた。

 

 

 

 

 

 

『ぬぅ………………』

『キュゥウ…………』

 力を出し切ったストラーダとフリード。

「…………、おい、オッサン。ガリュー。生きてっか」

 エリオは、同じく横たわるガリューとゼストへ、自身も寝ころびながら問いかける。

 

「……………………ああ。」

 低く、重い声。

 数年ぶりに聞く声は、聞きなれたものだった。

 

「……見事だった。オレを超えたな」

 

 憑き物が落ちた、さっぱりした態度だった。

「へっ…………どんなもんだ……」

 だがエリオは理解していた。

 本来の実力は、未だ大きく差をつけられていると。

 ゼストが傀儡で本来の技量を十全には発揮できておらず、エリオはフリード、ストラーダと協力し、3対1でどうにかこうにか勝てたのだと。

「……ガリューは?」

「……卵に還元されている。魔力と時間があれば、また起き出すだろう」

「そっか。良かった」

 ガリューは、ルーテシアの一番の味方なのだから。

 

 そして、キャロとルーテシアの戦闘区域もまた、決着が着く寸前の様子だった。

「おう、オッサン。肩貸せ」

 疲弊した体を、何とか起こす。

 

「――見届けるぞ」

 

 あの二人の決着を。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「うそだぁああああああああああああっ!!!」

 

――――ドゴォオオオオオオオオオオオッ!!!

 

 白天王の放つ魔力砲。砲撃魔導師数百人分にも匹敵するその破壊力。しかし……

 

――――バチィイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!

 

 ヴォルテールは、両腕でのみ、防ぎきる。

「…………!!」

 

――無傷。

 

――全くの、無傷!

 

「いっけええええええええええええ!!」

『ルォオオオオオオオオオオオオッ!!』

 剛撃、そして、無双の一撃!!

 

――――バガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!

 

 堅牢な白天王の装甲を、ただの一撃で粉砕せしめる!!

「あああああっ……!」

 ルーテシアは、苦悶に顔を歪ませる。

「裏切ったな……!! お前たち、よくも、裏切ったなぁあああああああああ!!」

 ヴォルテールを取り巻く霊核たちへ、怨嗟を叫ぶ。

「お前たちも、あいつらと同じだ! わたしより、他の誰かが良かったんだっ!! より優れているやつに従うんだ!!」

『……』

 白天王は、無茶を承知で、ヴォルテールに殴りかかる。

 

――ズシィイイインッ!!

 

 ヴォルテールの足元は、地盤ごと陥没はしたものの、全くダメージは通っていない。

「……うわぁああああああああああああああ!!」

 ルーテシアは、ただ捨て鉢に、魔力を開放する。

「もう、いい……!! もう、いらない!! 魔法も、魔力も、召喚術も……召喚獣たちも!!」

 

――バグンッ!!

 

 白天王の腹部の装甲が、展開する。紫紺の宝玉が、ルーテシアを通じて大地の魔力を吸い上げ、破滅的な攻撃を企てる。

「いらない……いらない……もう、なにもいらない……!!」

 ……ルーテシアの身体も、もう限界だ。呪術紋様は擦り切れ、魔力回路はとうにショートし、リンカーコアは、肥大化し破裂寸前だ。

 

 

「もう、わたしなんていらない(・・・・・・・・・・)!!」

 

 

――しゃんっ!!

 

 

 キャロは、水晶剣を振る。

『ルオォオオオオオオオオ……!!』

 ヴォルテールの口内が、更に展開。

 

――行こう

 

――やろう。

 

――絶対に。

 

――――ルーテシアを、助けるんだ!!

 

 

 霊核たちが、一つの意思のもとに……収束(・・)していく!!

「全力、全開!!」

 なのはより受け継いだ、キャロの切り札!!

 

 

 

『 Starlight Breaker ――――!!』

 

 

 

「スターライトぉ――――――!!」

 

『――――OVER BOOST !!!!』

 

 霊核たちが、ヴォルテールが、キャロが……詠唱を重ねる!! 幾重にも、幾重にも……想いの数だけ、力を重ねる!!

 

 

――――ルーテシアを縛り付ける、忌まわしき呪縛を……!

 

 

「 『『『『『『『『『ブレイカぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーー!!!!!!!!』』』』』』』』』 」

 

 

――――『破壊せよ』と!!

 

 

「うわぁああああああああああああああああああああああ!!!」

 白天王の迎撃。第一射を上回る破壊光線が、収束砲を打ち破らんと発射される!!

 

――ズガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!

 

 真正面より、激突!!

「ぐ……ゥううううう……あぁあああああああああああーーーーー!!!」

 龍脈の力を用いて、究極召喚獣を使役しているとはいえ、ただ身一つで、超神龍の一撃に拮抗するその気迫は凄まじく…………どこか、悲哀を感じさせた。

 

どれほどの孤独の中で、どのような想いを抱きながら、この力を鍛え抜いたのだろうか。

 

 誰にも認められず。誰にも理解されず。ただ一人で。たった一人で。ただ孤独に、愚直に、気の遠くなるほどの修練を潜り抜け…………

 

――それでも尚、認められなかった絶望は、どれほど深かったか。

 

 負けられない。負けてはいけない。自分だけでも、自分の力を信じてやらなければならない。信じて、信じて……貫き通さなければならない。

 

 だが……

 

――――『私なんて、もういらない』

 

 それでも尚、認められることは無いと悟ってしまった。嘆きを通り越した、絶望。そこから繰り出されているこの一撃は、彼女の悲鳴そのものだ。

 

――――ならば。

 

――――涙も、嘆きも、悲しみも、絶望も……

 

「――ブレイク、」

 

――――真正面から、打ち砕く!!

 

 

「シューーーーーーーーーーーーーーーーーーート!!!」

 

 

――――――、、、、、、、、!!!

 

 

 極大化した収束砲の中に、白天王が溶けていく。

「――……」

 ルーテシアも、ぷっつりと糸が切れたように、倒れる。……体力も、精神力も……生命力さえも、限界まで使い果たしたのだろう。

「……」

 ルーテシアは、この感覚に覚えがあった。身の丈に合わぬ大魔法を行使し、失敗し、瀕死に陥っている状態だ。何度も何度も、同じ目に遭ってきた。

だが、今回のコレは、そのどれよりも冷たく、深く………………

(ああ……わたし、死ぬんだ)

 その意味するところが、理解できてしまった。

(……)

 雪の中に寝ているかのように、徐々に、体温が失われていく。

 苦痛は無い。不思議なほど、穏やかに…………

 

 

――――……!! ……ル……シ……!!

 

 

「……?」

 そして……記憶には無い温かさが、あった。

 

――――……テシア! ルーテシア!!

 

 そして……自分を呼ぶ声がした。符号ではない。番号でもない。『ルーテシア』と。

(……駄目)

 期待してはならない。信じてはならない。この声はきっと、他の誰かを呼ぶ声で。この温もりはきっと、死に際の幻想だ。

(でも…………)

 何度も、呼んでくれている。

『ルーテシア』と。他の誰でもない、自分の名前を。

 それが、活力の枯れ果てた体に。意志の尽きた心に。じんわりと、温かく、染み入る。

 

――信じてみよう。あと一回、これが最後。

 

 なけなしの活力を振り絞り、瞼を開く。

「! ……ルーテシア!」

 眼球さえも力を失っているのか、焦点がロクに合わない。だが……ぼんやりとした視界の中、温もりの正体が、己の手を握りしめる、小さな手であると、判った。

 

 ……誰かに触れられている。誰かに触れている。

 

 ただそれだけのことが、たまらなく幸福に感じた。

(……あったかい)

 ……きっと、もっと、ずっと、単純なことだったのだ。

 自分が欲しかったのは、力でも、立場でも、己が証明でもなく……この、ちっぽけな温もりだったのだ。

 

 ……こうすれば、手に入ったのだ。

 

「…………キャロ」

 

 ……その名前を、憶えている。

「……!! うん!」

 なんて、馬鹿だったのだろう。彼女の周りに、召喚獣たちの存在を感じる。暖かな、穏やかな魂を感じる。己の身体に、生命力を分け与えてくれている。こんなにも、想われている。

 積み上げてきたものは、打ち砕かれてしまったけれど。

 

(――最初から、始められる?)

 

――大丈夫

 

(――誰かと、一緒に居られる?)

 

――勇気を出して

 

(――誰かを、好きになれる?)

 

――できるさ

 

 

 

 一歩を、踏み出そう。

 

 歩かなければ、届かない。

 

 差し伸べられた手を、取るために。

 

 

「……わたしは、ルーテシア。ルーテシア・アルピーノだよ」

 

 

初めまして(・・・・・)、ルーテシア。わたしは、キャロ。キャロ・ル・ルシエ」

 心が、温かく満たされる。

「…………」

 ああ、自分は今、笑っているのだと気付く。

花が咲くような、朗らかで、温かい…………仮面の奥に隠していた、『ルーテシア』という少女の、心からの笑顔。

 嬉しくて、幸せで…………何故か、涙が溢れてしまう。

「ねぇ、キャロ」

「なに、ルーテシア」

 顔を見合わせる。

「……お願いが、あるんだ」

「うん、わたしも」

 

 

――せーの。

 

 

 

 

――――友達に、なってください。

 

 

 

 

 

 

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