魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
――――かつ、こつ。
艦内へと突入したなのはは、大理石のような、はたまた金属のような、未知の素材の敷かれた通路を、隠れるでもなく真正面から闊歩していた。
突入した時点で、居場所は知れている。隠蔽も無意味。であれば、堂々と歩いたほうがロスは少なくて済む……という、いかにも、なのはらしい考えだった。
『ガジェットは出さないようですね』
『無駄だからね』
その行く先には、何故か、一機のガジェットも存在しない。やはり、この艦内は、『聖王』の城そのものであり、無粋な兵に居場所は無い、ということだろう。
なにより、閉所だ。なのはが愛用するプラスチック爆弾でも使えば、威力は空間内に効率よく伝播され、何ら痛痒を与えないどころか、下手をすれば艦内が損傷する。こういった、いわゆる『戦艦』の類は、外部からの衝撃には滅法強い反面、内部からの工作には、驚くほど脆い一面を持つ。
『むかし見つけた、永久凍土に埋まってた旧暦時代の飛空艇に近い構造だね』
『……』
レイジングハートが、思案するように押し黙る。その、『昔』とは……
『いいんだよ、もう』
なのはは、その気遣いを窘める。
『……もう、逃げてる場合じゃないから』
決意を込めて……目の前に現れた、荘厳な扉を見据える。
――――ゴゴゴゴゴ
扉は……やはりというか、なのはを迎え入れるため、開く。
『――ヴィヴィオ』
……その名を、呼ぶ。
吹き抜けの空間。だだっ広い空間に、ただ一つ設置された大仰な玉座。そこに、不釣り合いに小さな体が収まって……否、縛り付けられていた。
――――ゴォン…………。
背後で、扉が閉まる。なのはは、玉座へと向かって歩き出す。
『……、』
ホルスターから、スローイングナイフを抜き…………玉座へめがけて、投擲。
――――カキィンッ!!
甲高い音を立て、ナイフが砕け散り………………
――――ザ、ザザザ……
玉座と、ヴィヴィオの姿が、ノイズと共に掻き消える。
『案外、見え透いた真似をするものね。試しているつもり?』
『――ご明察。ちなみに、触れていれば高電圧で焼死していましたよ』
……なのはと同質の声が響く。
『わざわざご足労、ありがとうございますねぇ。
癇に障る喋りで、なのはを煽るクアットロ。
『御託はいい。ヴィヴィオはどこだ』
『あらぁ……? 『高町なのはさん』は、ヴィヴィオを……
――『私の娘』を、どうするおつもりですかぁ?』
ビキッ……と、刀の柄が握力に軋む。
『――――』
が、応じては思う壺。顔面を叩き割るのは後回しに、まずは、ヴィヴィオの奪還が最優先だ。
『そんなに会いたいんですかぁ?
……いいですよぉ、他ならぬ、お姉さまの頼みですからねぇ?』
――ゴゴンッ……
偽の玉座のあった床に、六角形の光が走り…………階下から、真の玉座が、せり上がってくる。
「……………………う」
果たして、ヴィヴィオはそこに居た。肉眼、義眼のセンサー、レイジングハートによる走査が、今度は本物であると判断する。
『今度は別に、罠とかはありませんので……お好きなだけ、触れ合ってくださぁい?』
いちいち癇に障るクアットロだが、無視し、ヴィヴィオへ近づく。
『ヴィヴィオ、助けに来ましたよ』
「………………」
そして、緩やかに顔を上げたヴィヴィオと、なのはの目が、合う。瞬間。
「――――――――
――――バチィイイイイインッ!!!!!
……なのはが、電撃が走ったかのように弾き飛ばされる。
『……!!?』
クアットロの仕掛けた罠か、とも考えるが……それは、無いだろう。
『そうそう……触れ合うのは勝手にどうぞ?
――――やれるものなら、ねぇ?』
「こないで…………こっちにこないで……! あっちいって!!」
ヴィヴィオは……怯えに支配された様相で、拒絶の言葉を呟いていた。
『ヴィヴィオ……?』
(洗脳か、いや……これは)
クアットロの哄笑。
『さぁ、かわいいヴィヴィオちゃあん? あなたを拒絶した、こわぁいこわぁい、なのはさんがやってきましたよぉ?』
『――!!!』
拒絶。あの日……感情を暴発させたなのはは、無我夢中だったとはいえ……ヴィヴィオの手を、払いのけてしまった。そして、和解らしい和解もせず……
『私の、せい…………』
思わず、そう口をついてしまう。クアットロは、嗜虐に満ちた声色で……
『――さぁ、ヴィヴィオちゃあん。大丈夫だからねぇ。
――――ヴゥンッ……!!
玉座へ伝う無数のケーブルから、ヴィヴィオの小さな肉体へ……膨大なエネルギーが流入する。
『触れられない、脅かされない……絶対たる力が、あなたにはあるのだから!』
「……あ、ああ、!!!」
『あなたを拒む世界なんて……みんなみんな、ブッ壊してしまいなさい!!』
「うわぁあああああああああああああああーーーーーーーーーーーーー!!」
――――ズァアアアアアアアッ!!!!
なのはと同色の、栗色の頭髪が…………
『!! ヴィヴィオ!!』
凄まじい光と衝撃に、弾き飛ばされるなのは。そして……光が、収まる。
「…………。」
ヴィヴィオは、なのはと対峙する。
――かつん。
装甲を兼ねたブーツが、踏み出す。
『、その、姿は、』
――なのはよりも高い身長。
――伸長した頭髪。
――敵意に満ちた異色の瞳。
――七色に変遷する魔力光。
『――聖王』
……数多の物語に綴られる、『ゆりかごの聖王』、その顕現だった。
『……。仕方がない、か』
なのはは、両の刀を抜刀する。保護のためには……無力化は、やむを得ない。できるだけ……そう、出来るだけ、意識のみを刈り取る。
――と。
――――ゴギャッ!!
『がぁッ……!?』
突如として発生した、胸部への衝撃。視界には、右足を振り抜いた姿勢の、ヴィヴィオの姿。
『ぐっ……!!』
プロテクターが、蜘蛛の巣状に破壊されている。もし、これが無ければ、胸骨を粉砕され、戦闘不能になっていたに違いない。
『高速、移動魔法……?』
『いえ、マスター。これは……!!』
――ヒュ、ガッ!!
視覚ではなく、経験からの感覚で、側頭部をガード。
『くっ……!』
重い。そして、これは速いのではなく…………なのはの、意識の外からの、不意打ち。
『私の、無拍子打ち……!?』
ようやく、思い至った。なぜ、ヴィヴィオがそれを使えるのか。教えた記憶など無い。では……と、その結論へ、至る。
『訓練で……私を見ながら、学んだ……ッ!?』
――ビシュッ!!
接近からの高速肘打ちが、ジャケットの肩口を切り裂いた。
『驚いた、けど……!』
なのはは、刀を収め……平手の、前羽の構えを取る。
(私の技は、私自身が知っている……!!)
「……っ!」
ヴィヴィオの続く一撃を、いなすことに成功する。たたらを踏むヴィヴィオ。
やはり、と、なのはは得心する。
(まだ、慣れていないんだ)
急激に成長させられた肉体に、感覚がマッチしていない。
ならば、今しかない。ヴィヴィオが、身体に、慣れるよりも先に……!
――――ギィイイイイイイインッ!!
アンカーワイヤーが、ヴィヴィオの身体に巻きついたのと同時、弾け飛んだ。
『!!』
体表を、薄く、しかし強力な防護膜が覆っている。恐らく、最初になのはを弾き飛ばしたのも、この防護膜だ。守りには当然のことながら、攻撃の際には、全身が凶器となる。
『伝承の……《聖王の鎧》!!』
おそらく……生半可な力では、ダメージどころか、破ることさえ不可能。先ほどのワイヤーと同じように、バインド系も消し飛ぶだろう。もちろん、組みつくなど自殺行為。
『……なんとか、なる!』
ヴィヴィオは、無拍子が露見するや否や、スバルのマッハキャリバーの加速にも匹敵する蹴り出しを以て加速し、なのはへ肉薄!
『――はぁあっ!!』
――――ズダァンッ!!
「!?」
ヴィヴィオは、背中から床面へ倒れ込んだ。聖王の鎧により、外傷こそ無いが……
「うぐっ……!」
……衝撃は、内部へ浸透する。
『組みつかずに投げる』という技能を、なのはは持っている。ファールボールが迫る観客が、フェンスがあっても思わず回避してしまうような……人間という『動物』の、『本能的防衛行動』を逆手に取った……なのは曰く、『真・空気投げ』である。
『ああぁーーーー! ひっどぉおおおい!!』
『うるさいッ!!』
クアットロを怒鳴りつけながらも、油断なくヴィヴィオを視界に捉える。
「う」
ヴィヴィオが、呻く。そして、……
「うぁああああああ!!」
そして……なのはは、信じられない現象を、目の当たりにした。
――――ズォオオオオオオッ!!!
ヴィヴィオの魔力光が……幾人かの人型を形成し、なのはへ殺到する!!
『こ、これはっ……!?』
なのはは、構えを捨て、全力の回避行動!!
――――掬い上げの拳。
――――大地を割らんばかりの踵落とし。
――――突撃槍による刺突。
その三つの、強大無比なる三撃が、なのはの身体を木の葉のように吹き飛ばした!!
『……ごふっ……!』
肺の酸素と共に、真っ赤な喀血。
『な……なにが、いま……!』
拳は、掠っただけで防具を消し飛ばし。
蹴りは、鎖骨を粉砕し。
刺突は、臓腑を強く叩いた。
これが、直撃ですらない……『不発』による、損害である。意識が残っていることが、僥倖と言えよう。
『あは』
と、なのはが、謎の現象へ考えを巡らせていると……クアットロが、喜悦の笑みを零した。
『あははははははは!! 凄い! 凄いわ、ヴィヴィオ!!』
そしてそれは、哄笑へと変わる。
『《聖王の鎧》さえ再現できれば御の字と思っていたら…………まさか、《英霊使役》まで可能にするなんて!! やっぱりあなたは、私の最高傑作だわ!!』
――――英霊使役。
その単語の意味するところは。クアットロは……開示しようと、しなかろうと、勝利を確信しているのか、べらべらと説明した。
『ヴィヴィオのオリジナルは、《最後の聖王》・オリヴィエ・ゼーゲブレヒト! 彼女が保有していたとされる希少技能、それこそが――
――――《英霊使役》!!
彼女の血族にある、全《ゆりかご》のデータベースに記録・蓄積された、歴代聖王の至高の一撃を、現実へエミュレートするという、まさに王の力!!』
『英雄の、一撃を…………』
では、あの三体の魔力の人型は。歴代の、聖王たちの再現体だとでもいうのか。
『馬鹿げている……!』
だが、このダメージは、全て現実。発動に、僅かなタイムラグがあることだけが、まだ救いのようなものだ。
そして、なのはが持てる、有効な攻撃手段は限られている。
『……あの、最初のエネルギーの伝送……あの中には、データベースからの、聖王の記憶も含まれていた、って、ことか……げほっ、』
既に、ダウンロード済みということは……『元を絶つ』という手段は無意味。
『発動までの、タイムラグは……どのくらい?』
『魔力発露から、人型形成・一撃行使まで――およそ2.8秒』
『……やるしかないね』
あまりにも、短い猶予だが……ヴィヴィオを救うには、やらなければならない。
『……ふー』
呼吸を整え、両の刀を床に置く。銃器や爆薬、暗器の類は、先ほどの一撃で消し飛んでしまっている。だが……なのはの目的は、はじめから決まっているのだ。
――――ヴィヴィオを、無傷で保護すること。
武器も……拳も、ヴィヴィオには向けない。
(……レイジングハート、お願い)
(All right.)
――シャキィンッ。
なのはの戦法に合わせ、普段は発動補助のみに留めているレイジングハートを、浮遊砲として展開する。そして、これは……
『――ああ、あの構えですかぁ?』
……当然、開発者の秀人が敵の軍門に下っている以上、筒抜けで当然。しかし……この構えの対処法は、極めて限られている。足場を崩すか……さもなくば、こちらから攻撃をしないか。
だが……恐らく、慣れていないのだろう。ヴィヴィオは射撃や砲撃は使わず、専ら格闘での戦闘を行っている。だとすれば、『攻撃をしない』という選択は、しない筈だ。特に、敵意に支配された、子供の考えだ。そういった計算も、度外視して……こちらを、叩き潰しに来るだろう。
『ヴィヴィオ、やりなさい』
クアットロの声と、同時に…………
「うわぁあああああーーーーーー!!!!」
ヴィヴィオが、再び魔力を滾らせる!
『!! ヴィヴィオを、道具扱いして!!』
非難するなのはに、しかし、クアットロは平然と…………
『――――親が子をどう扱おうと、勝手でしょう?』
身勝手な論理で、返す。
『ヴィヴィオ! 話を聞いてください!!』
必死に呼びかけるなのは。しかし、ヴィヴィオは十分な魔力を精製し終えており……また、それを振るうことへの躊躇が見られない。
『ああ、声を掛けても無駄ですよぉ。専用のチャンネルからのアプローチ以外では、聖王の鎧に、すべて遮断されてしまいますからねぇ。音声はもちろん、視覚にも、特殊レイヤーが貼られますので……きっと、いま、誰と戦っているのかも分かっていませんよ! あはははは!!』
そして、その嘲笑へ言葉を返す余裕も無く……
「――ぁああああああああ!!」
吶喊!!
『……!!!』
しくじるわけにはいかない。
聖王の鎧といえど、その源は魔力。その大小で強度に違いは出るが、理論上、魔力には、魔力で対抗できるのだ。
『全盛期よりは、少ないのですが……!!』
――バチィッ……!!
なのはは……生身の肉体よりも頑健な、鋼の義手に、出力できる魔力を全て収束させる。
『…………!!!』
更に、神速。リンカーコア、思考、肉体。その全てを、極限まで研ぎ澄ます。
ヴィヴィオの、渾身の拳が、真っ直ぐに突き出される。
――――……、
なのはの左腕が、辛うじて、そのベクトルをヴィヴィオの、聖王の鎧へと跳ね返す。続いて、左腕の魔力を、一気に右腕に移動!
――ズ、ズズッ……!!
『……』
……悪寒戦慄。毛細血管に、動脈の血液流を流し込むが如き所業に、肉体が悲鳴を上げ始める。
肉体へのダメージは不可。であれば、物理的な副次効果を生む魔法が望ましい。
――――インパクト。
……魔力の衝撃波が、空気を弾き飛ばす。ヴィヴィオの姿勢が、僅かに揺らぎ……、
(レイジングハート!!)
(All right !!)
クロック数を限界まで加速させたレイジングハートもまた、衝撃波を射出する!!
二重に増幅された衝撃波による、昏倒ダメージ狙い。
(通れぇええっ!!)
最善の一手だっただろう。
発動に不備は無く。
会心の手応え。
――――
――――――……………………バチィイイイイイインッ!!
(な、)
驚愕する。ヴィヴィオは。
――――神速を行使するなのはと、同等の領域で。
――――
――――先ほどの倍。
――――モーションを終え、無防備となったなのはに殺到した。
ようやく取り戻した感覚に、まず感じたのは、冷感。己の頬が、床材へ触れている感触。
次に感じたのは、温感。
『………………、』
左腕…………鋼の義手が粉々に砕け散り、アタッチメントごと生身全身が切り刻まれ、血液が川のように流れ出す感触だった。
『あはは……あーっはっはっはっは!! 馬鹿! 本物の、馬鹿ですねぇ!』
クアットロの、本懐を遂げたような狂喜の声が、鼓膜に届いた。
『――――吾妻秀人の遺伝子を持つヴィヴィオが、あの構えを、万全に使えないワケが無いでしょう! あーっはっはっは!』
……そう。ヴィヴィオの行った行動は、至ってシンプルなものだった。
――構えには、構えを。
なのはが最初に行ったカウンター。それに跳ね返された、己の拳の威力と、二重の衝撃波を…………再び、なのはへとカウンターしたのだ。
『自己修復能力により、肉体面へのリスクはゼロ! リンカーコアにはレリックを埋め込み、負担はゼロ! さらにぃ……励起させた魔力を、そのまま英霊使役へと転用可能! あなたが唯一縋った発動までのタイムラグも……ゼロぉっ!!』
秀人が、苦心に苦心を重ねた課題は、クリアされていた。旧式の、リスクと負担がそのまま残り、また、肉体強度的に不完全にしか扱えないなのはでは、太刀打ちなど出来よう筈も無い。
『既存の魔法で、瞬間発動される英霊使役を破ることは不可能!
まさにこれぞ、完全無欠の力ぁ!!』
勝ち誇るクアットロ。なのはは止血をして、どうにか立ち上がる。既に、死に体だ。先ほどの倍の威力の英霊使役を受けて、生きていることが奇跡のようなもの。クアットロは、なのはが立ち上がり……敗北感と死の恐怖で歪んだ顔を、心待ちにしていたのだ。
しかし。
『――――
なのはが呟いたのは、そんな、確信めいた言葉だった。
『…………え?』
『艦船クラスのデータベースのダウンロードとインストール。その再現のための魔力。
……いかに聖王の資質、不死身の遺伝子を持っていようと………………キャパシティには、限界がある』
いくら、『絶対に壊れない車』があったとしても、その『絶対に壊れない車』のスペックでは、『タンカーを牽引』することは、できないのだ。
『だから、レリックを埋め込んだ。
――いや、
『……!』
『……でも、限界はある。魔力結晶は、肉体にとっては、あくまで異物。……不死身の肉体は、それを排除し始める』
……彼の右手には、かつて、魔力結晶が埋め込まれている時期があった。しかしそれは、一代変異である、10割が『吾妻秀人』である彼だからこそ、完全に癒着していたのであって……何割かが聖王であり、何割かが高町なのはでもあるヴィヴィオでは、そこまでの効果は望めない。
『…………英霊一体の使役につき、レリックはいくつ必要? そして、それだけの異物を、肉体が排除し終えるまで、あとどれくらい?』
『あなた……まさか!!』
クアットロが……その事実に、手遅れに、気付いた。
『その情報を引き出すために、わざと……!?』
『…………口の軽い奴で、よかったよ。聖王オリヴィエ……そのクローンである、ヴィヴィオを利用する計画。その伝承を、調べていない訳が無いだろう』
……あの過酷な戦闘も。決死のカウンターも。
英霊使役を使わせたのも……いや、何もかも、全て……
『
全ては、ヴィヴィオの救出のためだったのだ。
クアットロは……完全に騙しきられ、情報を引き抜かれた屈辱に、怨嗟を漏らす。
『この……くたばり損ないがっ……! ふ、ふん。そんなボロボロの身体で、何が出来るっていうのよ!! ……ヴィヴィオ!!』
「…………!!」
――ガコォンッ!!
なのはの顔面を掴み、地面へ頭部を叩きつける。
『…………』
後頭部へバリアを展開し、衝撃を緩和する。
その中で……なのはは、手をヴィヴィオへと伸ばし……
「! ……うぁああっ!!」
払いのけられ、癇癪を起したように、顔面へ拳を振り下ろした。
『…………』
……唯一残された素手で、その拳を受け止める。聖王の鎧が、その手を弾く。
――ガスッ!!
蹴り飛ばされる。
『ははは……ざまぁ無い、』
『…………』
「……!」
血反吐を吐きながらも……なのはが、立ち上がる。
クアットロの放つ雑音など、とうに届かない。
「あ、ああああ…………!!」
ヴィヴィオは、頭を抱え……何かしらに、苦しみ始めた。
『こうなったら…………出力を、もっと……!!』
――――ズバァアアアアアアアアアアッ!!
「あああああああああああ!!!」
自身の制御を離れ、魔力が増大する。
『――――ヴィヴィオ! やりなさい!!』
――――ヴィヴィオは、転がされたままのなのはを、マウントポジションに取り……今度こそ、顔面へ凶器と化した拳を、振り下ろした!!
――――ズガァアアアアンンッ!!!!
『あっはっはっはっはっはっは!! 最後は、あっけないモノですねぇ、……………………………………え、え?』
……クアットロは、目を疑う。なのはの顔面を、頭部を、弾けさせたと思った一撃は。
――――なのはの顔、その僅か数センチ横に……外れていた。
「……………………」
『……、ヴィヴィオ。聞こえていますか?』
は、とせせら笑うクアットロ。専用のチャンネルを握っているのは、自身のみ。それ以外は、全て、聖王の鎧が遮断する。そう、思っていた。しかし。
「……………………なのは、さん……?」
ヴィヴィオが、ぽつりと……確かに、反応を返した。
『なっ……!?』
チャンネルをハックでもされたのか。しかし、モニターは全て正常値。では……と、映像をズームする。
――――糸。
恐らく、ほんの数ミクロンの、極細の繊維が、光を反射していた。桜色に輝いている、ということは……
『ぼ……防御に使う魔力を、全部……その糸に……!?』
糸の触れる、僅かな……面積とさえ呼べないような面積。聖王の鎧を中和し、ヴィヴィオの身に触れるため。そして、触れることさえできれば…………
『震動による骨伝導で、会話を……!?』
……どうかしている、と、クアットロは驚愕した。
手段そのものではない。
計算では、可能だ。だが…………戦闘力の要である片腕を奪われ、身体を切り刻まれ、臓腑を傷つけられ、その状態で、無防備を晒す? ありえない。と。
「ああああああ……!!」
なのはを手に掛けようとしていた事実に、ヴィヴィオは戦慄と共に恐怖した。視界レイヤーは、なのはを認識した時点で解除されている。だからこそ、見えてしまう。今の、なのはの惨状が。己の所業が。
『………………ヴィヴィオ』
なのはの言葉に、びくっ……と、ヴィヴィオが固まる。責められる。恨まれる。嫌われる。その恐怖が、ヴィヴィオを責める。
『――――
しかし……出てきたのは、謝罪の言葉だった。
「…………え?」
全く予想していなかった言葉に、きょとん、と呆ける。
『ごめんなさい、ヴィヴィオ。
――――ひどいことをして、ごめんなさい。
――――冷たく当たって、ごめんなさい。』
それは……あの日まで、ついに言うことのできなかった言葉だ。間違ったまま、すれ違ったまま……だから、必ず伝えると、決めていた。
「なのは、さん……」
ヴィヴィオは、茫然と……頬に触れる手に、自身の手を重ね……
『――――ヴィヴィオ!!』
「あっ……!!」
……クアットロの命令に、弾かれるように、飛び退いてしまった。
『どうして外したの!? まさか……ママの言うことが聞けないっていうの!?』
「……ごめんなさい。………………、」
でも……と、言おうとして、それを引っ込めた。しかし。
『――――――
……なのはは、その意味を理解していた。
『そうよ! あなたは、私の言うとおりにすればいいのよ!! さぁ……今度こそ、その死に損ないに、トドメを刺しなさい!!
――――最大数……12体の英霊使役で! 粉微塵にしてしまいなさい!』
「……!!」
ヴィヴィオは……泣いていた。その命令に従うことで……なのはが、傷つくことが分かっていたから。
――
「…………わかっ、た……!!」
涙を流したまま、それに従った。
――――ヴァアアアアアアアアアアッ……!!
魔力の人型が、現れる。
屈強な体躯の男性。細身で腰の曲がった老人。年若い少年。肥満の男性。椅子に座った男性。ポニーテイルの少女。三つ編みの女性。結合双生児の少女。武者鎧を着こんだ女性。修道服を来た老女。本を携えた少女。……両腕の無い少女。
荘厳で、神々しき……破壊の使者たち。
「……………………」
しかし……突撃させず、未だ、躊躇するような様子を見せるヴィヴィオ。
「…………、」
クアットロの命令に、抗っているのだ。
なのはは…………外していたため無事だった刀……その一刀、『桜花』を握る。
『ヴィヴィオ。…………全力で、おいで』
「なのはさん……」
そう。なのはは、決めたのだ。
もう逃げない。目を逸らさない。痛みも、嘆きも、後悔も、弱さも…………
『――――全部、受け止めてあげるから!!』
――すべてを、受け入れると!
「うわぁああああああああああああ!!!」
殺到する、12の英霊。比類なき歴代聖王たちの、至高の一撃!
蹴りが、膝が、棍棒が、斬撃が、刺突が、ショルダータックルが、火炎が、砲撃が、鞭が、粉塵が、水圧が、……無双の拳が、なのは目がけて殺到する!!
『――オウルさん……カレン……! 行くよ!』
――友に託されし、最後の切り札!!
『――開け、桜花!!』
桜花の刀身が、砕け散る!!
――――カシャァアアアアアン……!!
砕けた無数の刀身が……なのはの魔力光を帯びて、英霊たちを包み込む。そして、それに触れた英霊たちの攻撃が、分解…………否。
――――
残された桜色の魔力刃が……英霊たちの終撃、無双の拳を迎え撃つ!!
「ぁあああああああああああっ!!」
そして……ヴィヴィオが、拳を振り上げ、なのはへと振るう!!
『――ディバイドぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』
――――ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ……!!!!
魔力光が、空間を埋め尽くした――――!!!
『………………ヴィヴィオ』
なのはは、腕の中に納まる、小さなヴィヴィオの身体をしっかりと抱きしめていた。
分断され、遺棄されたレリックの残骸が、僅かな光を放ちながら、さらさらと風化していく。
「なのはさん……」
安心してしがみついてくるヴィヴィオに、なのはは、視線を合わせる。
『――何か、食べたい料理は、ある?』
…………柔らかで、温かな……素の、なのはの声だった。
『こう見えて、私、料理は得意なんだ。何でも作ってあげるよ』
ヴィヴィオは……むずがゆそうに、やや俯きながら、答えた。
「………………ハンバーグ、が、いいな」
『うん……得意だよ。美味しいの、作ってあげるね。
――他には?』
「……なのはさんと、いっしょに、食べたい」
……その一言を、皮切りに。
「なのはさんとブランコで遊びたい。なのはさんに絵本を読んでほしい。なのはさんとお昼寝したい。なのはさんとお風呂に入りたい。なのはさんとお出かけしたい。なのはさんとお買いものにいきたい。なのはさん、なのはさん…………なのはさんの、こと……、」
……なのはの胸元に、顔を埋めてしまう。だが……もうなのはは、それを聞き流すことも、誤魔化すことも、しない。その言葉を、一つ一つ、胸に留めて…………
『――うん、大丈夫だよ。全部……ちゃんと全部、叶えてあげる。新しいことも、いっぱい、一緒に始めよう。だって、……だって、私は……』
――――ずっと自分に嘘をついていた。
――ズルい自分は、誰よりもそれを望んでいたくせに。
――大事な気持ちを、心に鍵を掛けて閉じ込めていた。
――温もりを手にすることに、慣れていなかったから。
――いつか来る、『もしも』に恐れ、動けずいたから。
――でも。自分の『弱さ』を受け入れて、初めて思う。
――自分が、『守りたい』と感じた気持ちは――――
『 ――――――私は、あなたのお母さんだから 』
――――今、ここに共にいること。それが、真実なのだから。
「…………お母、さん」
『なぁに、ヴィヴィオ』
「お母さん……お母さん、お母さん、お母さん……!!!」
『うん……うん……』
抱き合う二人。そこへ。
――じ、じじッ!!
『な、何が……!? どうして!? どうしてなのよっ!? どうして、私の言うことを聞かないのよぉっ!!』
ばんばん、と、機能を失ったコントロール盤を狂ったように叩く音が聞こえてくる。
『子供は、親の言うことを聞くんでしょうっ!? そういう風に決まっているんでしょう!? じゃあ、何で……何でぇッ!!』
癇癪を起こすクアットロ。なのはは、恐らくスピーカーがあるであろう方向へ、思いっきり息を吸って。
『――――――――いい加減になさいッ!!』
ビクッ、と、クアットロが身を竦ませる気配が伝わった。
『ヴィヴィオは、……あなたのコントロールなんていつでも抜け出せた! 気づいていなかったの!?』
『そ、そんなわけ……、!?』
信じられない風のクアットロ。しかし、実際ヴィヴィオは、自らの意志で視界レイヤーを解除し、絶対の命令であるはずの攻撃を押し留めた。
なのはが幾度も英霊使役から生還できたのもきっと……ヴィヴィオが、手加減をしたからだ。
そして今、最終的に、クアットロのコントロールを抜け出していたことから、事実と分かる。
『何で、あなたの言葉に従っていたんだと思う!? 何で、最後に私に攻撃をすると決めたんだと思う!?』
『そ、それは……!! それは、…………』
尻すぼみになる、クアットロの声。しかしそれは、既に正解に気付いている証拠でもあった。
それは……、
『ヴィヴィオは、『ママ』である、あなたのことだって大切にしたかったから!!』
…………操られているのであれば。従う気が無いのであれば。『ママ』などという呼称は、きっと使わない。
「嘘よ……そんなの、嘘っぱちよ!!」
しかし……クアットロは……誰も信じることのできない、かつてのなのはの生き写しのような少女は、認めることが出来なかった。
「私は、あなたを倒して、『高町なのは』になるのよっ!! あなたよりも優れていることを示して、証明して……そうすれば……そうすれば、私は、『私』になれるの!! あの人に、愛してもらえるの! だって、だって……それが、私にできる、唯一で…………そうじゃなきゃ……」
とうとう、仮面で覆っていた、弱気な本性を覗かせた。
「……あなたの
ヴィヴィオを、他人を機械で縛るのは……裏切られることへの、恐怖だったのだ。
「どうして、どうして……私には、何もないの……? あなたと、何が違うっていうの? 同じ遺伝子なのに! ……ズルい!! こんなの、ズルいよ!!」
稚拙で幼稚な主張。しかし…………実年齢で、10にも満たない、クアットロという少女の、偽らざる本音なのだ。
「私、頑張ったわ……いっぱいいっぱい、頑張ったわ……なのに……なのに……どうして私は、『高町なのは』であることしか、許されないの……?
ねぇ、どうして!? どうしてなのよっ!?
――――『私』は、『私』なのに!!
――――誰か『私』を見てよ!!
――――誰か『私』を愛してよ!!
――――
タイプ高町なのは・プロジェクトF被験体第4号。それが……クアットロと自称した少女の、正式名称だった。
「
なのはの腕の中で、ヴィヴィオが、きゅっと服を握る。
『………………』
さんざんの悪行を働いてきたクアットロの、あまりにも痛切な叫びに……なのはは、憐み以上に、感じる物があった。
どうしようもなく弱い心。彼女は、秀人と出会わなかった……誰にも助けてもらえなかった、自分の姿だったのかもしれないから。
「誰か……誰か…………『私』を、助けて……」
荒い息をつきながら、嗚咽しながら。クアットロは……、ようやく、心の奥底にあった『本音』を、他の誰でも無い、『高町なのは』へ、吐露することが出来た。
「――――――助けてよ…………
彼女は……ただそれだけの、救いが欲しかったのだ。
それに対する、なのはの返答は…………
『――任せなさい』
……実に、頼りになるものだった。
『――レイジングハート。もうひと踏ん張り、行けるね?』
『――All right .《 Starlight Breaker 》』
魔力は既に尽きかけ。カートリッジ残弾ゼロで補助動力も無し。満身創痍のなのはには、ややバックファイアがキツい魔法だ。しかし……
――――キュイイイイイイイイイイイイイイインッ…………!!
空間内の魔力。レリックの残骸に残された魔力。その全てを、収束していく。
『ちょっと痛くするわよ』
『…………がまんする』
これは、姉としての折檻も含めているのだ。これで……こうして罰を与えることによって、少なくとも自分に関することは、チャラにしてやろうという意味もある。もちろん、周囲の追及からも守ってやるつもりだ。なんだったら、一緒に謝罪行脚に付き合ってやってもいい。更生プログラムだって立ててやる。何故か。そんなこと、決まっている。
『スターライト…………!!』
――――――血を分けた、妹なのだから。
『ブレイカァアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
――――――ズゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
『…………!!』
砲撃は、艦内をぶち抜き、玉座の間と管制室を一直線に繋げた。バックファイアに蝕まれる体を引きずりながら、ヴィヴィオを連れ、クアットロのもとへ行く。
「…………」
衝撃でズリ落ちたバイザーから、毒気の抜けた…………なのはにそっくりの顔が覗いている、
『……』
蹲ったままのクアットロを引き起こす。そして、パンッ、と頬を張る。
『この馬鹿。ほんっと、馬鹿。どうしようもない馬鹿。頭良いくせに何でこんな簡単なことが分からないの』
「ひどいぃ……ひどいよぉ……」
怒涛の馬鹿呼ばわりをされているというのに、彼女は、どこか幸せそうだった。
『……ま、そんな私も、結構なお馬鹿かもね…………』
なのはは、ポケットからリボンを取り出した。幼少のころ、美由希から貰い……何となく、今でも持ち続けているもの。
『あげる。大事にしなさい』
それで、彼女の髪を結んでやった。そして……
『ここは、はやてに倣うところね』
「え……?」
彼女の望みが、まだ一つ、残っている。
『――――名前を、あげる』
驚いた顔の彼女に、なのはは、厳しくも優しく、語りかける。
『
劣化コピーではない。誰かではない。彼女は、他の誰でもない……彼女なのだから。
『愛と、希望と、幸運と……幸福のしるし。
――――
「ヨツバ……四葉……」
何度も、確かめるように口にする。
『ちなみに、高町家
「嬉しい……嬉しいよ……お姉ちゃん……」
それが、彼女の名前だ。
「でも、ごめん……」
謝る理由が分からないなのはだったが……理由が、判明する。
――――聖王閣下、ロスト。聖王閣下、ロスト。緊急事態発生。緊急事態発生。
「……聖王とのリンクが切れた『ゆりかご』は……それを緊急事態だと判断して……動力炉以外の区画を、圧搾消滅させてしまうの」
聖王を打倒し得た存在を、抹消するための罠。
「ごめんね……ごめんね……せっかく助けてくれたのに…………」
泣いて謝る四葉。
『えいや』
その頭頂部に、なのはのチョップが落ちる。
「え……?」
きょとん、とする四葉に、なのはが……ヴィヴィオと、四葉の手を握る。
『――――大丈夫。秀人さんが来てくれる』
えっ、と驚く四葉とヴィヴィオに、絶対の信頼と共に、断言する。
『――――秀人さんが、来てくれる』