魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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StrikerS編 第二十三話 『それぞれの明日へ。気ままに、自由に、雲のように』

 

 

 

「くそっ、あの野郎……!! 良かったじゃねえか……!!」

 強がりながらも、男泣きに泣くジェイル。

「うぇえええええん……!! フられたけど良かったぁ~……!!」

「姉さん、鼻水出てます……ぐすっ」

 こちらに合流したフェイト、そしてレヴィが、手を取り合って喜ぶ。

 

「歩けるか?」

「……久々の外出だから、ちょっと辛いわね」

「…………」

「そこは、素直に『掴まれ』と言う場面なのだ。これだからミッドの犬は」

「ベルカの犬は黙ってろ!」

「どっちも犬じゃなくて狼なんだけどね……君たち、自分で自分の事忘れてない?」

 

 …………と、着陸したアースラの方面から、見知った人影が歩いてきていた。

「あ、マリー! アルフ! ……と、え、あれっ……!?」

「ユーノさんと、あ、ザフィーラですね。って…………え!?」

 

「――――――おかーさんっ!?」

 

 ……監獄に収監中であるはずの、プレシア・テスタロッサが、普通に歩いていた。

「えっ、えっ、……どうして!?」

「――――リンディが」

 と、その言葉を付け足すのはクロノだ。

「プレシアの懲役年数は、最高評議会にとって、障害となり得る存在だったプレシアを隔離しておくのに必要だったに過ぎない。適正な年数は、それでも50年を超えるが……技術供与、司法取引……その他の功績で、十分に相殺可能だったんだ」

 

――――つまり。

 

――――――つまり。

 

――――――――と、いうことは。

 

 

「プレシア・テスタロッサ。本日現時刻を以て、貴女を釈放する」

 

 

 プレシアは、許されたのだ。

「……!!! おかーさんっ!!」

 たまらず、フェイトが一番に掛け出し……飛びついた。

「あらあら……もう、フェイトったら……こんなに大きくなって……!」

 もう、背丈で言えば自分よりも大きくなった我が子を、すっかり衰えた腕で抱きしめる。

「………………、」

 混ざりたそうにしているレヴィを、プレシアが手で呼び……

「……! 母さん、会いたかったです!」

 親子でもみくちゃになるのだった。

 

 

 そして、こちらも再会を果たした兄妹は。

「――――キミは、相変わらず無茶をするねぇ…………『兄さん』?」

 ……かつて、幼少の頃にだけ使っていた敬称で、ジェイルをからかうマリエル。

「おう、相変わらずだなドチビ。……ちゃんと、メシ食ってるか」

「それを言うのは、ワタシが相手ではないだろう? 

生きているのは、お互い知っていたわけだしな」

「………………おう」

 

 そして。

 

 向き合う、かつての夫婦。

「………………」

「………………」

 向き合って、向き合って……

「「…………………………」」

 ……このまま、十年でもそうしていそうだったが、口火を切ったのは、プレシアだった。

「…………たしか、夜中に、研究室の鏡に向かって、『変身』とか言いながら珍妙なポーズを取っているところを、たまたま見かけたのが切っ掛けだったわね」

「ぐげぁっ……!!!」

 

 …………致命傷である。

 

「…………ええっと、何だったかしら。『俺は存在しない筈の14番目のライダー』とか」

「ぎゃあああああああっ!!!」

 

 …………止めまでシッカリと。

 

「自分で作った変なカードを片手に、一日中ニタニタにやにや。……不気味だったわよ」

「やめろっ……やめてくれぇええええええっ!!」

 

――――死体蹴りはサービスだ。

 

「えっそれボクもやってるけど……」

「姉さん、静かに」

 …………嫌な親子の証明だった。

「そうして、周囲から浮きに浮きまくったあなたが哀れで、仕方なく食事を一緒に摂ってあげるようになって……変な趣味嗜好を隠すように教育して………………

 

――――下の名前で呼ぶのに1年」

 

「ぐっ」

 なんのこと? と、訝しむ一同だったが……

「…………手をつなぐのにまた1年」

「うぐっ」

 …………それが、二人の進展の記録だと分かるや否や、猛烈に食いついた。

「キスをするのに、更に1年半………」

はぁ、と、呆れのため息をつく。

 

「結局、外堀も内堀も世間体も全部埋められて、一本道になって背後から岩が転がってきて、前に進むしかなくなって、ようやくゴニョゴニョと『愛してる』と言ってくれたわねぇ……」

「あ、あれはだなぁ…………その…………女に惚れたのが、初めて、だったわけで、だな」

 

「へー、へー、へー!」

「……母さん、そこもっと詳しく、もっと詳しく」

「うんうん、そこ、わたしも気になる」

 

「そろそろ、女を待たせる悪癖は、改めるべきではなくて? ……あなた(・・・)

「わ、悪かった! 悪かったから! 

このアホ娘の前で、もうこれ以上、オレの威厳を貶めないでくれ!」

 

「だれがアホだ! このクソ親父!」

「姉さん、口が悪いですよ。人のこと言えません」

「変なところだけ、お父さんに似ちゃったんだねぇ」

 

 

――――で、なぜ娘の声が、三つ(・・)あるのか。

 

 

「……」「……」「……」「……」「……」

 さぁ、皆でくるっと背後を振り向いてみようか。

 

 はい、くるっと。

 

 

 

 

アリシアが居た。

 

 

 

 

「 「 「 「 「 オアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!? 」 」 」 」 」

そっくり同じリアクションをするテスタロッサ家。

「ど、どういうことだ……!?」

「んーーーーーっと。」

 比較的冷静に驚くクロノに、アリシア(?)が、中空を見上げるような仕草のあと、答える。

「世界を見守るには、まず『眼』が必要だから……らしいよ?」

 高次元からだけではなく、現世からも、人間を見守ると決めたらしかった。

 しかし、なぜ、アリシアなのか。

 それに、やってきたなのはが、付け加える。

「『ジェイルへの褒美』だってさ」

 ジェイルは、アインヘリアルを……ひいては、神の受肉を助ける役割を果たした。それに対する報酬のようだ。

 

「――意外と、信賞必罰のしっかりした神様だね?」

 

 神様はお前だろう……と、誰もが心の中で突っ込んだ。

「お、オレは信じないぞ!」

「……パパ」

「オカルトなんて信じねぇ! この世は科学で回ってんだ! だ、だから……」

 変な風に凝り固まってしまったジェイル。

 その背中を……他の誰でも無い、アリシアが、ぽんぽん、と、叩く。

「あ、」

 くるっと振り向いたジェイルは。

「………………ア、アリシアぁぁあああ~~~~~~…………!!」

 滝のような涙を、流していた。

 そして……

 

 

 

 

「―――――――ただいまっ!!」

 

 

 

 

 とびっきりの笑顔で、無邪気に微笑んだ。

 

 

 

 

 

――――――――――奇跡はまだまだ、終わらない。

 

 

「え、ええええっ、えええええええっ!?」

「ん、どしたのー? く、……じゃなくて、よつばー」

 再会したディエチにしがみつかれながら、四葉が驚きに声を上げる。

「ドクター! ドクター!!」

 そして、いつものクセでジェイルを呼びつける。

 

「な、何だよ、四葉……オレは今、ちょっと」

「ラボ内に保管されていた、戦闘機人の素体が、次々に目を覚ましていると!!」

「な…………なにぃっ!?」

「アインヘリアルに蒐集していた魔導師たちも!!」

「時間が経てば目が覚めるようなモンじゃねぇぞ!?」

「な…………ナンバー5、ナンバー7、ナンバー9の覚醒も確認!!」

「ありゃ封印個体だろうがぁあああああああああああああっ!! 自我が発生するわきゃねぇえええええええええええ!!」

「で、ですが実際にーーーーーー!!?」

 

「あ、それ私だ」

 

犯人は、直ぐ近くにいた。

「あの『魔法』は、潜在的な可能性を活性化させて、対象の存在のもつ意志力によってコインの裏表を判定して世界へ結果をフィードバックする確率操作魔法なんだけど、」

「ちょっと待て! いろいろ何かおかしくねぇか!?」

「その結果だから、『目が覚める』可能性と『目が覚めない』という両方の可能性がある存在が、『目が覚める』で運命を決定したんだよ」

「あーもう秀人といい、なんなんだよお前らはよぉおおおおおおおお!!?」

 ジェイルの突っ込みは無視された。

 

「 「 ――――ジェイル・スカリエッティ 」 」

 

 ……と、ジェイルの肩を……クロノと、ユーノが、ぽん……と、叩いた。

 

 

「 「 ――――――――い つ か 慣 れ る 。 」 」

 

 

「嫌じゃあああああああああああああああああっ!!」

 …………………………非常識存在被害者の会、結成の瞬間である。

 

 

「――――――よっし!」

 と、威勢よくも立ち上がったのは、騎士や、数多の臣下を従える、我らが機動六課部隊長・八神はやて准将だ。

 

「――――怪我人は救出!

 

――――不明者は身元の照合!

 

――――まだまだ休める日は来ないと思え!!

 

――――者ども! 掛かれぇ!!」

 

 

「 「 「 「 「 「  りょうかーい!!  」 」 」 」 」 」

 

 拳を振り上げるはやてに、あちこちズダボロでボロッボロの人々は、それでもどこか、嬉しそうに賛同するのだった。

 

 

 

 

なのはは、空を見上げる。

その胸中に、去来するものは………………。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

――――甘いなぁ、相変わらず。

 

――――『生きているのか』『生きていないのか』。

 

――――その確率を活性化させるってことは、

 

――――シュレーディンガーの箱を開けるに等しい行為なんだよ?

 

――――いやいや、これはやっぱり、パンドラの箱か、地獄の釜ってやつかなぁ?

 

――――わたしは……わたしたちは、コインの表を(・・・・・・)掴み取ったよ。

 

「……また会えるね、なのは」

 その背に従えるのは、生きながらに地獄へ落ち……そして、生きながら地獄を這い上ってきた、魑魅魍魎。

 

 この世を侵す病原菌の保菌者(キャリア)

 

 最悪の病魔。

 

 正の奇跡の反存在。

 

負の奇跡の体現者。

 

 

――――――その名は。

 

 

「――凶鳥部隊、再始動(リブート)

 

 

 

 暗闇が、動き出す。

 

 

 闇の翼を、翻す。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

あの、時空を揺るがす大事件の後、管理局は、その処理に忙殺されていた。一時的とはいえ、すべての世界が一つになり、魔法を目にしたのだ。もはや、記憶改竄などでカモフラージュすることすら不可能な規模だった。

 

――――じゃあ、リスクも含めて、いっそ共有しちまったらどうだ?

 

……という、時空管理局・暫定トップメンバーの一員による鶴の一声により、管理外世界と呼ばれていた世界とは、技術交流の準備が、内密に進められていた。互いの次元世界の『接点』として、新たに観測された無人世界を拠点として。

 

 そうして、世界は変革を始めていた。

 

 

「……………………」

 そんな中、はやては……着慣れない制服をだらしなく着崩しながら、書類に判を押し、目を通し……を、ひたすら繰り返していた。

 

「――部隊長、こちらもお願いします」

 

 どさっ……と、ウンザリするような量の書類が、また追加される。

「……………………」

 はやては、それでもひたすら、目を通し、判を押し…………

 

「――――」

 フィアットが、無言でナイフをその体に突き立てる。すると。

 

――――ぼよよんっ。

 

 ……………………はやての身体が、まるで風船のように弾けた。

 

――――ういーん、がしゃん。ういーん、がしゃん。

 

 …………内蔵されていた、全自動判子押しマシーンが、間抜けな駆動音を立てていた。

 ダミーである。

 

――がしゃこん。

 

 フィアットは、そのマシーンを蹴倒し、踏み躙り……憤怒の形相を浮かべた。

 

――――部隊長――――!! どこ行きやがったゴラァアアアアアアアア!!

 

 …………フィアットの咆哮がプレハブ隊舎に響き渡るのも、いつもの光景だった。

 

「………………良いのですか? わが主」

「あー、いーのいーの。どーせ、名目上必要な押印だけだから」

 その屋上、お気に入りのスペース、給水タンクの上に腰掛けていた。

 

「………………」

 海辺ということもあり、やや塩気のある風が吹き、はやての長い髪を揺らした。

 振り返れば、そこには、戦禍の爪痕の残るミッドチルダの街並みがあった。

「なぁ、リーゼ」

「はい、我が主」

 と、はやてが一枚の書類を取り出し、リーゼに手渡した。

「――――これは、」

 内容に目を通したリーゼが、言葉に詰まった。

 

「――――――統括理事への任命状」

 

 推薦人は……

「ミゼット・クローベル本局統幕議長、ですか…………」

ラルゴ・キール武装隊栄誉元帥、レオーネ・フィルス法務顧問相談役までが、連名と言う形で、任命状に名を連ねている。

「これに判を押して送り返せば……まぁ、時空管理局のトップになれる、ってわけだ」

 

 あの事件後。デイリンを筆頭としていたタカ派は纏まりを失い、続けざまに汚職などの容疑で検挙され、現在、管理局上層部は極度の人手不足と処理能力不足に陥っている。

 そこへ、あの騒乱時に局員を纏め上げ、事件を解決に導く一助となったはやてを迎え入れようということらしかった。階級、実力ともに十分。管理局と言う組織を纏め上げるシンボルとしての役割も期待できる。

「統括理事にもなれば、その意見に異を唱えられるのは、あの老人会だけ。つまり、ほぼ全てを、私の独断で進めてもいい、っていうご老公の印籠だな」

 そして、恐らく……あの三人にとって、自身らの引退後、後継者として据えるとも考えられる。

 まさに、破格の待遇だ。

 八神はやての名は、次元世界の歴史に刻まれ、燦然と輝き続けるだろう。

「――――」

 はやては、その栄光への切符を…………

 

――――――びりっ。

 

 真っ二つに、破り捨てた。

 びり、びりと、二度、三度と破り捨て……

 ……書類の体を成さぬ紙吹雪は、海風にさらわれていった。

「――――。」

 よいのですか、という問いは、出なかった。はやてが行動する時は、既に、心を決めた時。どんなに言葉を重ねようと、はやてが、その権利を行使することはきっと無いだろう。

 

「――――――だって、メンドいじゃん?」

 

 ……そんな、嘘だらけの言葉を口にしながら。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 湾岸・更正施設。

 

「やっほー、セリカ」

「来てやったわよ」

 スバル、ティアナは、セリカを見舞いに来ていた。簡素な服のセリカは、嬉しそうに二人を出迎える。

「! お二人とも、待っていましたわ!」

 セリカは、身に覚えのないこととはいえ、情報を漏洩させたスパイとしての容疑から、ここへ収監されていた。

 

――――と、いうのは、表向きの話。

 

 ナンバーズの一人、戦闘機人ドゥーエのIS・ライアーマスク(人格変更機能)の、完全停止のためだ。

 やはり、稼働年数の長さや、機体の根幹に関わる機能を操作変更するとなると、それなりの時間や手間が掛かる。たとえそれが、開発者のジェイル・スカリエッティだとしても。

 今現在は、そのめどが立つまで、安静にするため、この施設に収容されている。

「六課の皆さんの他にも、シエラさんも面会に来て下さったんですのよ。…………それと、」

 やや、居心地が悪そうに。

「…………クラウン家の、おと、…………、その、ご夫妻が」

「…………」

 捜査により、クラウン家は、ジェイルらナンバーズと内通していたことが発覚し、犯罪幇助の容疑で家宅捜索がされていた。当然、その当主でもあった、名目上のセリカの『両親』もまた、疑惑が付き纏うことになっていた。

 

「お二人が、その…………正式に、養子縁組をしないか、と」

 

クラウン家がナンバーズに内通していた理由は、それこそ最初は、裏社会とのコネクションを持つため……だったのだそうだ。しかし、長年、何も知らず、ただ純粋に、自分らを両親と慕うセリカと暮らすことで、知らず知らずのうちに、情が移っていたのだとも。そして、裏社会との関係を絶ち、セリカを保護しようとした時には、既に、切っても切れなくなってしまっていた。

「…………資産も利権も、何もかも売り払って、静かに親子で暮らさないか、と」

 静かに……と、いうことは。

「セリカ、……ミッドチルダから、離れるの?」

「…………彼らは、そのつもりのようですの」

「――――アンタは」

 ティアナが、たまらず聞く。

「アンタは、どうするつもりなの……?」

「…………養子縁組の話は、受けることにしました」

「……そっか」

 気丈に振る舞うも、やや消沈する二人。

 

「で・す・が!」

 

 しかし、セリカは打って変わって、からっと笑う。

「静かに暮らすのは、ずーっとずーっと、先の話ですわ!」

 へ? と、肩すかしを喰らう二人に……

「養子縁組は受けますが、まだまだ、機動六課でのお仕事は続けるつもりですの!」

「え、えええっ……!?」

 ……実際、縁組など、今更書類上での話に過ぎない。セリカは、『両親』に、いつものように我儘を言っただけなのだ。

 

「だから、待っていてくださいな。機動六課のセリカ・クラウンとして……また、皆さんとお会いできる、その日まで」

 

 今日、スバルとティアナが来たのは、そのこともあった。

 

――――セリカを治療する目途が立ったのだ。

 

 比較的安全に、現在の記憶と人格を保持したまま、特定の機能のみを取り除くという術式が。

 しかし……一気に全て、とはいかない。一部ずつ、慎重に行う。

 その最中は、記憶の破損を防ぐために、機体をスリープモードへと移行するため、セリカと言葉を交わせるのは、治療前では今日が最後。

 

「――――また、皆さんで遊びに行きましょうね!!」

 

 ……不安もあるだろう。しかし、それを表に出さず、努めて明るく振る舞うセリカに、二人は、いつも通りの態度で、送り出すことにした。

 

「――――うんっ! 待ってるよ、セリカ!」

 

「――――さっさとこんなブタ箱、出てきなさいよね」

 

 信じて待つ。

 それが、この三人の信頼関係なのだから。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 エリオ、キャロの二人は、入口でスバルと別れ、別棟に足を運んでいた。

「あ。……エリオとキャロきてくれたんだ」

 相変わらず病的に華奢なルーテシアだったが、ここでの生活で、だいぶ血色の良い肌色になってきていた。

 

――――ちきききっ。

 

 ……と、機械で出来た蝶のような……召喚獣たちの意識の端末が、ルーテシアの肩に留まった。

「それ、いいの?」

「うん。リミッターがガシガシ機能してるから。ピッキングすれば出られるけど」

「おい、冗談でもやめろって!」

 …………ギリギリアウトな発言をするルーテシアに、エリオは戦々恐々としていた。

「やるならまずは監視員をノックアウトしなきゃだめだよ。

 カメラにもダミーの映像を映さなきゃ」

「お前も悪ノリすんな!」

 ……案外、気質は似ていたのかもしれない。

「……からだ、どう?」

「んー……今日はだいぶましなほう」

 龍脈とのダイレクト接続、そして、限界を超えての魔法の行使。

 命は拾ったとはいえ、全身の魔力回路は機能を停止し、リンカーコアは不整脈を続けている。

 掛けられたリミッターというのも、脱獄防止というよりは、魔力の暴発から身を守るためのものだった。

「わたしのオリジナルがきのう目を覚ましたんだって」

「……!」「……」

 その、何の気なしに発せられた言葉に、一瞬、身を強張らせる。

 ルーテシアのオリジナル。メガーヌ・アルピーノ。ナンバーズ時代のルーテシアの行動原理は、メガーヌを甦らせ、母となってもらうこと。己の存在を肯定してもらうこと。だったのだが……

「目が覚めてよかったよね」

 ……他人事のように、そう片付ける。

 ルーテシアにとって、メガーヌは、自身のオリジナルであるが…………それだけでしかないのも、現状だった。

「……ルーテシアは、これから、どうするの?」

「どうしようかな」

 治療が終わって。改めて裁判を受けて。そして……身寄りのないルーテシアは。

「教会かどこかの養育施設に入って早めに就労して頑張って生きていくよ」

「……、ルーテシア」

 既に、そこまで決めてしまっているのだ。

であれば、安易に、一緒に行こうなどと誘えるはずもない。

「一人じゃないから大丈夫」

 肩の蝶が、ちち、と、同意するように駆動音を発する。

 二人が、何か言葉を掛けようとしたその時。

 

「そうそう一人じゃないわよルーテシア」

 

 …………何者かが、そんなことを言った。

 へ? と、三人が振り返った先には……

「ぜ、ゼストぉ!?」

 車椅子を押すゼストと。

「と、そっちは」

 ……車椅子に乗せられた、ルーテシアと似通った容貌の女性。

 

「はじめましてルーテシア。わたしはメガーヌ・アルピーノって言いますよろしくね?」

 

「……………………はじめまして」

 緊張した面持ちで、挨拶を返す。

「ちょっと寝起きで歩けないからこんな格好で失礼するよ」

 そして、どうにか動くらしい腕で、車椅子の車輪を回し、ルーテシアの目の前までやってくる。

「………………」

 ルーテシアは、じっと見つめてくる視線から逃げるように、顔を背ける。その手は、何かに耐えるように、ぎゅっと強く握られている。

 そして、複雑な関係の二人の間に、沈黙が下り…………

 

「――――――やーん可愛いぃー!! さすがわたし!」

 

 …………不意打ちで、メガーヌがルーテシアを抱き寄せた。

「!! ……!? …………!!?!?」

 突然の事態に固まるルーテシアを、メガーヌは思う存分に撫で繰り回していた。

「あのあのやめてくれると助かります本当にお願い」

「えぇー? ……ねえゼストこの子このまま連れて帰っていいでしょう?」

 嫌と言われたので仕方なく……と、ルーテシアを撫でることだけは止め(抱きしめは継続し)、ゼストに話を振る。

「………………駄目だ」

「ちゃんと面倒見るから」

(犬かよ……)

 その漫才を眺めるエリオは、内心で突っ込んだ。

「そうではなく、ルーテシアは治療中の身だ。裁判を待つ身でもある。いま、我々の一存で引き取るわけにもいかないだろう」

「えぇー。じゃあ治療と裁判が終わってわたしたちが籍を入れたら引き取ってもいい?」

「それは構わんが……」

 

「いやいやいやいや、ちょっと待て師匠」

 と、そこへ置いてけぼりを喰らっていたエリオが割って入る。

「さっきから話を聞いてたけどよ、……ええと、何だ。あんた、ルーテシアを引き取るって言ってるのか?」

「メガーヌさんでいいよエリオ君」

「あぁ、はいメガーヌさん。……って、そうじゃなくて」

「年齢はちょっとばかし食っちゃったけど肉体年齢はノーカンね」

「、あぁ、はいそれは……ああもうめんどくせぇ。んで、」

「もちろんわたしたちの子供として引き取って育てるって言ってるんだよ」

「ぁああああもう、何なんだこの女!!?」

 ……その彼女の独特というか、奇妙な会話のテンポに付いて行けず困惑するエリオに変わって、キャロが話を引き継ぐ。

「そこの筋肉とけっこんして、ふうふになって、ルーテシアを養子に取るってこと?」

「そうそうそういうことイイ肉体してるでしょうこの人」

 

「わた……わたしっ、なんにも聞いてないんだけどなっ」

 ……メガーヌの胸元で、ルーテシアがもがく。

 

「……コレと話し合ってな」

 と、比較的常識人のゼストが、実際のところを話はじめた。

「もともと、オレたちは婚約中の身でな。クライスラー事件が終わったら籍を入れよう、という話をしていた」

「めっちゃ死亡フラグじゃねーか……」

 慄くエリオ。

「そして、あの事件だ。それが解決に向かっている現在、オレたちの婚約をどうするか、という話になって……」

 …………昨日。

 ようやく目を覚ましたと連絡を受け取ったゼストは、シグナム執務官補に伴われ、メガーヌの病室の扉を開けた。

 そこには、仮死状態であったとは思えないほどピンピンした、それこそ、いつもの寝起きのような顔でメガーヌがベッドから体を起こしていて…………

 

『あ、ゼストお早うじゃあ早速結婚しよ?』

 

 …………………………

 

「………………そういうことになった」

「でも断ったんだよ酷くないかな?」

 ………………心神喪失状態が認められたとはいえ、ゼストもまだ、拘留中の身。メガーヌには、まだまだ精密検査やら事情聴取やらが残っている。その状況で真っ先に婚姻の話をし始めるメガーヌのバイタリティには恐れ入る。

「で、……結婚から飛躍して子供の話になったメガーヌさんに、ルーテシアの話をしたら……?」

 

「まってまってお願い待って二人が見てるの恥ずかしい」

「やなこったやめるもんか可愛いやつめ」

 

「………………こうなった、と」

「………………うむ」

 

――――で。

 

「ルーテシアは、どうしたいの?」

 可能か不可能か、はともかくとして。その関係に収まることに、不満はないのか。結局、本人の気持ちが第一なのだ。

 

「………………」

 

 ルーテシアは、メガーヌの腕からするっと脱出し……

「わたしは真っ当な生まれも育ちもしていないから親子とかそういうのは良く分からない」

「…………」

 曲がりなりにも、実感は無いながらも親子の記憶のあるエリオとは違った。

「でも、……………………嫌じゃ、なかった」

 メガーヌに撫でまわされている時も。恐怖も嫌悪も無く、ただ、安らぎを感じていたのも、また事実だった。

「……………………嬉しかった。キャロが、手を握ってくれた時みたいで」

 ルーテシアは、メガーヌと、ゼストの前に、進み出て…………

 

「わたしは、…………ルーテシア・アルピーノでも、いいですか」

 

 精一杯の勇気で、その言葉を絞り出すように、口にした。

 

 対する、二人の答えは。

「今年中にはルーテシア・グランガイツになるかもしれないが、な」

「いっそ両方取ってルーテシア・A(アルピーノ)・グランガイツでもいいんじゃないかな?」

「どちらにせよ、オレはルーテシアを受け入れる」

「むしろ聞いた時からそう決めていたよ」

 朗らかにそう答えた二人に…………ルーテシアは。

 

「――――――、お、かあ、さん…………」

 

 伺うように、そう呼んだ。

「わたしがお母さんだよルーテシア」

「…………! お母さんっ!!」

 今度は、自分からその腕の中に飛び込んでいくのだった。

「来年にはルーテシアはお姉ちゃんになるからね」

「エリオみたいな弟がいいっ!」

「お母さんに任せなさい」

「……どういう……ことだ…………」

 ……謎の家族計画に茫然となるゼスト。

 

「じゃあじゃあ前祝でエリオを、」「だめ」「頂戴…………って、なんで」

 喰い気味に否定され、ルーテシアの頬がモチのように膨れる。

「ルーテシアは大事な友達だけど、エリオくんだけは、だめ」

「いいじゃないちょっとくらい」

「だめ。あげない。」

「けちんぼ」

「けちんぼでも、しゅせんどでも、エリオくんだけは、だめ」

 むーーーーーーーっと、お互い、表情に乏しい同士でにらみ合う二人。

 

 

「――――――エリオくんと結婚するのは、わたしだから」

「――――――いいやわたしだね」

 

 

 …………この二人が、いわゆる子供同士の意地の張り合いでも何でもなく、ガチでエリオとの結婚を目的にしていることは確実だった。

「…………じゃあ、月一にかしだしでどうかな」

「…………すくないよ週4くらいで」

「……それだとおおいから、週1」

「……週3で時間制にするのはどうかな」

「ぐたいてきには」

「デート券を8時間とか」

「6時間」

「それなら週4だよ」

 ………………エリオは、あまりの事態に硬直していた。

「おい、師匠…………オレの知らないところで、オレの領土戦が勃発して、オレの分割統治が決定しつつあるんだが…………こういうとき、オレはどうすればいいんだ……?」

 ルーテシアの話をしただけで、未婚の身でありながら、いつの間にか家族計画まで決定されているゼストは、力無く首を振る。

 

「――――――――――諦めて、受け入れろ」

 

 ……………………男に拒否権は無いのだ。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 事件から、少し経過して。

 

「おいキーア」

「なんだい、クロノ執務官どの」

 

 重要参考人、キーア・ソナタは、クロノの小間使いと化していた。正確には、司法取引と、社会奉仕活動の一環として、そして監視のため、だが。

 

「ティーダの奴はどこへ行った」

 そして、生存が確認されたティーダは、少し複雑だった。何せ、MIA、更には書類上では死亡扱いとなっているのだ。しかし、生還していたとなると……殉職で特進した階級はどうなる、といった問題や、不可抗力的に更新されていなかった執務官資格はどうなる、などの問題があり、やや宙ぶらりんなのだ。

「また妹のところだってさ」

「そうか。シスコンは死んでも治らなかったか」

 そして、結局……キーアのついでのように、クロノが復帰までのサポートをし、対価としてクロノの仕事を補佐するという形に収まっていた。

 

「シスコンはひどいんじゃないか……」

 ……と、扉を開け、ティーダが顔を出した。

「ちょっと出発前のティアナとランチをしていただけなのに」

「よう、シスコン」

「やぁ、シスコン」

 ……まるで、旧友のような三人だが。キーアはティーダを謀殺し、更にはクロノをも同様の目に遭わせようと企んだ悪党だ。その三人が、こうもつるんでいていいのか、とは、よく突っ込まれるのだが……

 

『――――ぼくが悪かったよ。どうにでもしてくれ』

 

 全てを懺悔し、刑を受け入れる態度を示したキーアを、私刑で処断することはしなかった。あくまで、司法の手に委ねるために、『逮捕』したのだから。甘い、とは言われるが。

「シスコンとは言うけどな、キーア。お前だって『妹』のためにと言って、あちこち駆け回っているじゃないか。今日、スバルちゃんと一緒にセリカを見舞いに行くと言っていたよ」

「……アレは、ぼくの行動のツケを払っているだけだ。他意は無い」

 ここでいう妹とは、セリカのことだ。今代、戦闘機人ドゥーエのIS・ライアーマスクの発動権限を与えられていたキーアは、それを行使した。

「…………まぁ、あの子はあの子で、曲がりなりにも、ぼくの『妹』だからね。子供のころは、よく遊んでやったものだし。……利用したことは、少なからず後悔しているよ」

 偽りのきょうだい関係であっても、情は少なからず在ったということを、事件後、キーアは初めて自覚したのだそうだ。

 

「今日の仕事は?」

「神を騙る新興宗教の強制捜査、不死化を餌にした詐欺グループの摘発、混乱に乗じて活発化する組織の鎮圧……どれも大変そうだなぁ」

「それは困る」

 ……クロノが、珍しくそんなことを言った。なぜ、と聞く二人に。

 

「フェイトが落ち込んでいるんだ」

 

 ………………

「まぁ、あの馬鹿の所為なんだが……それでも、もと後見人の俺が、何らかのフォローをしてやらないと」

「………………」

「………………」

 二人は、無言で顔を見合わせ……

 

「 「 シスコン 」 」

 

 …………と、綺麗にハモって突っ込んだ。

「誰がシスコンだ、誰が! 人のこと言えた義理か!?」「いやぼくは違うっしょ!? あくまで個人的な感情のケリの付け方の問題だよ!」「僕はシスコンじゃないよ! ただ、ティアナを兄として愛しているだけだよ!」「開き直りやがったなこのシスコン!!」「お前がシスコンだ!」「いいやおまえがシスコンだ!」「キミらがシスコンだ!」

 

 喧々諤々と言い争いながら、瞬く間に事件を解決していく三人。

 

 

――――――――すべては、アフター6(妹との時間)のために……

 

 

 ………………真実を知らぬ市民たちからは、のちに名物トリオとして注目される、ただのシスコン三人組の日常だった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、同時刻。

 

 現在、整備中のアースラ艦内を、フィアットがてくてくと歩いていた。

「…………部隊長が居ないのは、久しぶりですねぇ」

 どことなく、いつも車椅子を押している両手が手持無沙汰だった。

 

「お待たせしました。リンディ提督」

 

 いつもの外面を貼り付けながら、フィアットがリンディを視界に捉える。リンディは、やや緊張した面持ちで、向き合った。

「フィアット……久しぶりね」

「ええ。先の事件以来ですから……ああ、もう、そんなに経つんですね」

 闇の書事件後……はやてに付いて行ったフィアットと、閑職に左遷されたリンディでは、顔を合わせる機会が無かった。

「あの文書は、本当なの?」

 ………………フィアットは、紙媒体の文書を手にしていた。

 

『――――依頼者・フィアット・コルデーロ殿。

 

――――故クライド・ハラオウン氏、故ルカ・コルデーロ氏との血縁、DNA鑑定の結果が出ましたことを通知いたします。

 

――――両者の親子関係の検査結果――

 

――――血縁を認めるものである』

 

 …………ただ、そうとだけ短く記された文書。付随する資料には、事細かな検査の結果、血液型、DNA型や遺伝形質などの比較グラフが添付されていた。

 

「ええ。わたしは、クライド・ハラオウンと、ルカ・コルデーロの娘です。外見は母に似ましたので、よくよく見なければ分からないことだったでしょう。一部は、血縁上の父親であるところのクライド氏にも似ているそうです。母は一時、クライド氏と恋仲でしたが、クライド氏がリンディさん、あなたへ惹かれていることを察したために、自ら身を引いたそうです。ただ、その身にわたしという子供がいることは、出産した後も隠し通しました。その後、クライド氏の抹殺を企むギル・グレアムの企みにより、母は闇の書を植え付けられ、企み通りに次元航行艦エスティア搭乗中、逃げ場の無い航路上において暴走。…………あとは、ご存知ですね?」

 

 そこまでを一息で話し終えた。

「え、ええ…………でも、クロノは、」

「クロノはとっくに知っていましたよ。自分でこの答えに辿り着いたんです」

「……!」

 その事実を、クロノが自分へ知らせていなかったことの意味を知り……愕然とする。

 

「……わたしに、何をしてほしいの?」

 リンディは、フィアットがこの事実を打ち明けた理由を、どうにか推察していた。遺産の留置分を欲しがるような人物ではない。だとすると、恐らく、戸籍だけでも、クライドの元へ入りたい……といったことだと。しかし。

 

「――いいえ、何も」

 

――――ビリィイッ。

 

 そして……その鑑定結果を、リンディの目の前で破り捨ててしまった。

「何も望みません。

 わたしには、おかぁさんとの思い出があります。だから、なにも要らないんです」

「……あなたさえ、望むなら……わたしたちの家に、」

「嫌です。絶対に」

 そして、フィアットは……ただ素直な胸の内を、吐露する。

 

 

「――――――貴女なんか、大っ嫌いです」

 

 

 …………そして、何かを言おうとして……結局、黙り込むリンディを放置して、フィアットはすたすたとその場を後にしてしまう。

 

 

「――――良かったのかい? フィアットちゃんよ」

 

 

 ……足を、止める。

「……何故ここに、とは聞きませんよぉ?」

 通路脇に、彼女が壁を背に立っていた。民族衣装風の装いに、照明を反射する全身の銀色。しかし、通りがかる誰も、その姿を認識できていない。魔力に頼らない認識阻害結界。そして、セキュリティをスルーしての、アースラへの空間転移を成し遂げる。

 

「そうそう、奈々ちゃんに『なぜ』は、聞くだけ無駄だぜ。だって、わたしが一番分からないんだからネ」

 

 真性・本物の『魔法使い』、田上奈々は、いつものように嘘っぽく笑った。

「で、もう一度聞くぜ。……アレで良かったのかい? その気があるのなら、」

 ぴっ、と、懐から、銀メッキを施した呪符を取り出して見せる。例の、秀人の母、桐子の記憶を圧縮した、あの呪符の類型だ。

 

「――――限定的に時間を巻き戻して、和解の選択を『やり直す』ことも出来るヨ?」

 

 魔法の原則を無視した御業に、さすがに腰が引ける。

「………………さらっと恐ろしいこと言わないで下さいよぉ」

 茶化すフィアット。だが、奈々の目は、これっぽっちも笑っていない。

 嘘も誤魔化しも通用しない。

 

「…………本当は、ずっとずっと、死ぬまで隠しておくつもりでした。そうすれば、この事実は、わたしたちきょうだい(・・・・・)だけの秘密でしたから。クロノがエイミィさんと結婚しても、子供が出来ても、孫が出来ても…………わたしとクロノは、この秘密で、ずっとずっと、繋がっていられる。そう、思っていたんです。クロノはいい子ですから、お墓まで持って行ってくれるでしょうし。あの子、自分の所為でもないのに、ずっとずっと、わたしのことを想って、死ぬまで心を痛め続けるんですよ。それって、とっても素敵なことじゃないですか」

 

 でも、と、話しを区切る。

 

「それじゃあ、自分の気持ちに嘘をついて、クライド氏から逃げたおかぁさんと、何も変わらないなぁ、って。そう思ったら……おかぁさんが、ずっと思っていたであろう気持ちを、ぶつけちゃいました」

 

 フィアットは、……晴れ晴れとした笑顔を、奈々へ向ける。

 

「――――これで、やっと…………前に進めます」

 

 そして、トレードマークとなっていた、母の遺品のジャケットを脱ぎ、奈々に手渡した。

「仕立て直してくれますか?」

「奈々ちゃんにお任せだヨ」

 踏ん切りと、再出発のために。

 

――――腹違いの弟以外を、家族と認めず。

 

――――憎しみと愛を、同一の人物へ注ぐ。

 

 ねじくれて、歪みきって…………しかし、きっと彼女にとっては、『変わらない』ということだけが、本質で在り続けるのだろう。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「うぅ~ん…………」

 行儀悪く胡坐をかいたウェンディが、両手に掲げ持った一枚のカードを、悩ましげに見つめる。

「……まだやってんのか、ウェンディ」

「…………なんなんスかねぇ、これは」

「何ってそりゃあ……IDカードだろう」

「それは知ってるッスよぉ~~~…………」

 ごろん、と、そのまま横になる。

「……んで、ウチらってどうなるんスかぁ?」

「……さぁ。ジンケンとやらを、あたしらに適用するための最終協議中ってのは聞いたけど。

……っつか、任務のほか、何も知らないで稼働してきたあたしらに、いまさら『自分の生き方』なんて聞かれても知るかー、ってなモンだけどな」

「ロボットだから、マシーンだから~~、ってヤツっすね」

「なんだそれ」

「ク、……じゃなくて、……ああもう紛らわしいッスね。四葉のヤロウがウチらに暇つぶし用に差し入れてくれた娯楽映像作品ッスよ」

「なんか最近、『姉』の影響で趣味がヘンになってきてるよなー、あいつ」

「つか、悪巧み以外の趣味なんてあったんスね」

「なーんか、しおらしくなっちゃってさー……調子狂うっての」

「ディエチ、…………おいディエチ、聞いてるッスか」

 ……と、先ほどから会話に混ざらない妹を呼ぶ。

「あ、……ごめん、なんだっけー」

 ぼーっとしていたらしいディエチが、とぼけた顔で振り返る。

「なんだっけじゃないッスよ。おまえ、これからどーするッスか?」

「これから、って、なぁにー?」

「だーかーら、あれこれ機能制限くらって、ニンゲンみたいに生きろって言われて、おまえはどーするんスか?」

「ヴァイスのところに行くよー」

 意外なほどすんなりと、予期しない答えが出てきた。

「来てもいいって言われたしー」

「……四葉には、ついて行かなくて良いのか?」

 あれだけ無邪気に慕っていたというのに。

 

「うん。四葉が元気で幸せでいてくれるのなら、わたしは一緒じゃなくてもいいよー」

 

 考えていないようで、その実、しっかりと物事を考えていたらしい。

「それにね、わたしの力が、壊すだけじゃなくて、いろいろな使い道があるってことを教えてくれるんだってー」

 少し嬉しそうに……狂的なものではなく、年頃の少女のように笑う。

 

「四葉が幸せに生きられる世界を、わたしが守ってあげるんだー」

 

――――。

 

 ……ナンバーズの中で最も幼かった彼女が、既に己の道を定めていた。

「…………はは。参るッスね」

「…………先を越されちゃったな」

 

 彼女たちも、いずれ、己の道を定めるだろう。戦闘機人でも、ナンバーズの一員でもなく……ひとりの、個人として。

 

「安心していいぞ、貴様ら」

 

――――びくぅっ!!

 

 ……条件反射的に、背筋を正すセイン、ウェンディの両名。

「 「 し、シグナムっ……!! 」 」

「あァん……?」

「 「 執務官補どのっ!! 」 」

 呼び捨てを慌てて正す。

 

 というか、なぜこのタイミングで現れたのか。

「セイン、ウェンディ両名」

「 「――――はい(ッス)!! 」 」

 シグナムは、『休め』の姿勢で直立する二人に、悪夢の判決を言い渡した。

 

「貴様らは、保釈と同時に、俺の直接監督下に入ることが決まった。期限は無期限。俺が判断を下すまで、永遠に……だ」

 

「 「 ………………………… 」 」

 ぱちくりと、目を瞬かせる。

 

(チョクセツ、)

(カントクカ……?)

 

 この……悪魔のような鬼剣士に?

 

(キゲンハムキゲン……)

(エイエンニ……?)

 

 戦場で遭いまみえるだけで、盛大な死亡フラグが立つような、この悪鬼羅刹のもとで……この獄卒の鬼の許しが出るまで、延々と?

 

「 「 嫌じゃあああああああああああああああああああ!!! 」 」

 

 がしゃーん、と、鉄格子に縋り付く二人。

「堪忍して!堪忍してつかぁさい!」

「お願いします何でもしますから!」

「もう悪いことしませんから!」

「良い子になりますから!!」

 …………そのザマを、思う存分に鑑賞したシグナムは…………組んでいた腕を解き、仏のような笑みを浮かべる。

「「……!!」」

 許された……! …………と、期待した二人を。

 

「――――却下!」

 

 …………再び、奈落の底へ蹴り落とすのだった。

 

「 「 いやぁあああああああああああああああああ!!!! 」 」

 

 ………………セイン、ウェンディの両名。

 

――――シグナムの小姓となる。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

フェイトはあの事件以来、不気味なほど仕事に真面目だった。

これにはシグナムも驚いていた。

「……おい、どうしたんだ一体。拾い食いはするなと、あれほど言っただろう」

「ほっといて……」

「……まさかと思うが、秀人に振られたショックがまだ、

 

「あーもう、シグナムはうっさいなぁ!!」

 

図星だったらしい。

ぎゃーすかと騒ぎ出すフェイトだったが、職場ではいつものことなので、誰も気にしない。

「ちくしょー! 秀人に貰ってもらう予定だったのにー!!」

「なんという予定だ……」

「うわーん! どうせこのまま行き遅れて、しわしわのおばーちゃんになっちゃうんだー!!」

「ふむ……そうか」

そして。

 

「――では、お前はオレが貰おう」

 

…………は? と、全員が振り向いた。

「へ……? え……?」

「もう、恩人である秀人にこちらの義理立てをする必要は無くなったわけだな。うむ」

目を白黒させるフェイト。

 

「そういうわけだ。これからはガンガン攻めていくので覚悟するように」

 

……そう言うだけ言ってしまった。

同僚たちも、無言でぽちぽちとキーを……

「やめて! じじつむこんを書き込まないで! つぶやかないでー!!」

どう見てもSNSに炎上不可避な書き込みがされている。

「ふむ……フェイトよ」

「な……なんだよぅ…………訂正するならいまのうちだぞ。というか、おまえもさっさとみんなをとめ、」

 

 

 

「――――オレはお前を愛している」

 

 

 

 …………冷やかしもあった書き込み音が、ぱたりと止まった。

 その声色に、いつものフェイトをからかうような剽軽さは無く、ただ真剣に、想いを伝えたのだと、分かってしまったから。

「え…………えぇ………………?」

 いつもの冗談、いつものフェイト下げ芸……では無いとわかり、ただ困惑する。自分からは、誰かに気持ちを伝えることが得意な癖に、他人からの好意にはからっきし鈍いという、フェイトの悪い癖だった。

「いっつも、ボクに意地悪するくせに」

「照れ隠しだ」

「ボク、ひでとひとすじのつもりなんだけど」

「オレだって、闇の書事件でお前に出会ってから、お前一筋だ」

「ボクのなにがいいって言うんだよ」

 全部……などと、軽い言葉で片付けるような男ではない。

「太刀筋が綺麗なところ。軽いように見えて慎重なところ。気にしていないように見せておいて、影で一人で泣いているところ。子供と同じ視点で物事を考えられるところ。どんな相手の目でも真っ直ぐに見られるところ。救いようの無いような輩にも、自分のキャリアに傷をつけてでも再起のチャンスを与えるところ。それを裏切られても、決して恨み言を吐かないところ。気持ちが通じたことには、全身で喜ぶところ。理論と感情を切り離して思考しているようで、世の理不尽や不条理には憤りを感じているところ。食事の前に、手を合わせるところ。遊びにも全力投球なところ。笑いたいときには笑い、泣きたいときには泣き、他者の感情に寄り添えるところ。

 

――――これで一割未満は言ったが、まだ必要か?」

 

「……………………もういい、デス………………」

 フェイトは、沸騰したヤカンのように頭から湯気が出そうになっていた。

「…………えぇと、シグナム」

 フェイトは、居住まいを正し、シグナムの目を見る。

「ありがとう。すごく、うれしい」

 でも、ゴメン……とは、続かない。

「いまは、まだ……ボクはひでとが好きだ。これは、嘘偽りの無い気持ち。おかーさんとのこれからのくらしも、かえってきてくれたアリシアのことも、管理局でもこれからのことも……まだまだ、やることがたくさんある」

 シグナムは、それを頷きながら聞く。

「そのためにも、キミのような、優秀な副官が、ボクには必要だ。だから、キミの気持ちを知ったうえで、敢えて、言わせてもらう。

 

――――ボクのしごとを、手伝ってほしい。

 

何年がかりになるのか、いつまで続くのか、この立場がどう変わるのか……それも分からない。でも、ずっと、ボクのしごとを、ボクの隣で、手伝ってほしい」

 聞きようによっては、最低の言葉。しかし……それだけの言葉で終わらせることは、決してしない。それこそが、シグナムの惚れた女……フェイト・テスタロッサなのだ。

 

「――――それが全部終わって。ボクが、自分の気持ちに整理を付けて。身の振り方を考えられる余裕が出来て。それでもまだ、キミの気持ちが変わらず、ボクの隣に居てくれるのなら。

 

 

――――――ボクは、キミの気持ちに、応えるよ」

 

 

 …………冷やかしも、歓声も上がらない。

「………………そうか」

 シグナムは、その言葉を、じっくりと噛みしめるように瞑目し…………少し寂しげに、笑った。

「…………では、オレも精々、励ませてもらおう。言っておくが、オレは我が王の要素を下敷きに自我を形成した存在だ。蛇のように執念深いぞ」

「知ってるよ。ながい付き合いじゃないか」

「ああ、そうだったな。…………では、今後とも、よろしく頼むぞ。フェイト・テスタロッサ執務官どの」

 そして、シグナムが、すっと手を差し出して……

「頼りにしてるよ。シグナム執務官補」

 フェイトが、それを握り返す。

 そして、これからの事に思いを馳せる二人………………

 

――――――に見せかけた策士シグナムは不意打ちでフェイトを引き寄せ『えっ』とも思う暇も無く決して与えず完全なる奇襲で、

 

 

――――――フェイトの唇を奪った。

 

 

「ふ…………甘いわ。このオレが、ただ待つだけの男だとでも思ったか」

 勝ち誇るシグナム。

「『これからは』ガンガン攻める……そう言ったな? アレは嘘だ。『今から』攻める。それがこのオレ、シグナムという男だっ!」

 ドォン! と、擬音まで聞こえてきそうな宣言だった。

「や、やったッ!」

「さすがシグナムっ!」

やいのやいのと、今度こそ盛り上がる一同。

「あ、あ、あああ……! や、やられた…………!」

 フェイトは、ぺたんと座り込み……わなわなと、震え…………

 

 

「――――しぐなむぅううううううううううううううううう!!!!!」

 

 

 …………照れ隠しと若干本気の怒りを稲妻に変え、辺り一面を野次馬ごと薙ぎ払うのだった。

 

 そして、その結果は…………まぁ、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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