魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
――――――お前がパパになるんだよ!
◆ ◆ ◆ ◆
あのお馬鹿な乱痴気騒ぎから、数週間が経過していた。
「えー…………湾岸第二区画ですが、もともと埋立地だったこともあり、地盤が『やや』弱かったのでしょう!
つまり必然! 仕方なかった! うん、そういうことで、次は頑強に作っていく方向で纏めていきましょう!」
……八神はやての圧力により過重労働を強いられている本局勤め局員、グリフィス・ロウランは、顔面蒼白を通り越し、晴れ晴れとした笑顔でそう報告を締めくくった。
「ンな報告があるかぁ!!」
「誰が補修すると思ってンだ!!」
当然、環境整備課や資材課からは非難轟轟である。
「えぇとですねぇ! そもそも、あの埋立地はA~SSランク魔導師数百名がリミッター無しにバカスカドカスカと大威力砲撃やら空間殲滅攻撃やら斬艦刀やら震動破砕波動だのを振り回すことは想定していないんです!
ええ、ありえないでしょう!?」
「予算どっから出てくんだ!? 市街地のメタクソんなったインフラ復旧でいっぱいいっぱいだってのに!」
「ですから、クレーター状に陥没した爆心地の所為で海流が変わって、都市部本土の基礎が浸されているので、こちらを急務で復旧を……!!」
グリフィスは、辞典のように分厚い資料を一枚ずつ読み上げていくのだが……
――すこん。びしゃっ。
…………投げつけられた紙コップの中身(お~○お茶)が資料を水浸しにした瞬間。
――――ぶっちん。
「穴埋めンのがおどれらの仕事だろがぁああああああああ! 黙って穴埋めろやオラァアアアアア!!!」「上等だこの若造がぁあああああ!!」「人柱にしちゃるけんガキがぁあああ!!!」「やってみろやキャリア組ナメてんじゃねェぞ一兵卒てめェエエエエエエエ!」「一兵卒軽んじてんなよ頭でっかちのボンボン風情がぁああああああ!!」
――――どがーん
――――がしゃーん
――――ぱりーん
――――ぶしゃー
長机が飛び交い椅子が転がり、資料の紙吹雪と血飛沫が舞う。
「失礼しま…………って、きゃあああああ!? 何やってるんですか貴方たちーーー!?」
入室してきたグリフィスの同僚、ルキノは、その惨状に悲鳴を上げながらも果敢に、胸倉を掴み合いながら殴りあう男たちの間に割って入っていく。
「ひぃ、はぁ……ほ、報告を、しても、良いでしょうか…………」
…………直接的な被害こそ無かったものの、もみくちゃにされたルキノは疲労困憊の中、どうにか追加の報告を上げる。
「爆心地ですが、埋立地で海辺であるにも関わらず、ブナ系ではありますが未知の広葉樹林が広範囲に形成されています!
根ががっちりと頑強に周囲の地盤を固めており、また、何故かこの樹木は海水でも育つ新種ということで、機械的な補修は不要と判断されました!!」
「 「 「 「 「 「 …………は? マジで? 」 」 」 」 」 」
「…………マジです」
突如として出現した謎の広葉樹林は、それはそれでまた別の問題ともなったのだが……
――――誰も困ってないし、緑増えるてるし無害だし、別に良くね?
…………という雰囲気により、アバウトに忘れられていった。
「リハビリとしちゃまずまずじゃないかなー? ねぇゼストすごいすごいー? 結界と召喚の合わせ技なんだよー」
「やり過ぎだ……」
◆ ◆ ◆ ◆
ある昼下がり。
――ぴんぽーん。
DVD鑑賞を満喫していたところに、覚えのないインターホンが鳴った。……コンプリートセレクションの555ドライバーはもう届いてるし、もう届くものは無いと思ったんだけど。
「はいはーい」
がちゃっ、とドアを開けたそこには、意外な来客の姿があった。
春先らしい、薄緑の清楚な印象のワンピース。
そういった、いわゆる女性らしい服装とは縁がなさそうだと思っていた奴が、意外なほどの着こなしをしていて驚いた。胸元の剣十字も、ファッションの一部のように調和している。
「……はやて?」
弱い足腰を支える杖を突きながら、それでも傲岸不遜に胸を張り、八神はやてが立っていた。
「邪魔するよ」
「おう、入れ入れ……っていうか、何だよインターホンなんか鳴らして」
いつもならずかずかと踏み入ってくるか、機嫌が悪ければ強襲してくる奴が。
「そうしたい気分だったのよ」
と言い、台所にスーパーの買い物袋を置く。部屋を見回し……
「ねぇ、なのはは?」
「桃子んとこ。なんか、相談事があるんだと」
「そう……」
俺に相談できない……というか、なのはの中の順番では、俺はその後、ということになっているらしい。まず桃子に一番に行くような用事、何かあったかな。
「ヴィヴィオは?」
「なのはが話してる間、四葉と買い物に行くって」
「そう…………で、あんたは家で一人でなにしてるの」
――ぐさっ。
『おとうさんは、家にいてください!』
『ごめんなさいね、秀人さん……でも、お姉ちゃんからも頼まれているので……』
……そう言って、仲良く手を繋いで出て行った二人の姿を思い出して自爆ダメージを受ける俺。
「俺だって一緒に行きたかったよ……」
ハブられてるみたいで超寂しい…………
こんな日に限って、アイのやつはマリエルんとこ行っちゃってるし……
「マジ凹みするんじゃないわよ……どーせメシもまだでしょう。作ってあげる」
はやては呆れ顔で、なのは愛用のエプロンを着ける。
「ちっさ……」
身長はむしろ、お前の方が低いだろうに。
「胸よ。カップは私の方が二つ上なんだから」
「…………」
見ていないぞ。年齢一桁から知ってる女子の胸なんか凝視したら、ただのロリコンじゃないか。
「年齢一桁から知ってる子を嫁にした奴が何言ってるのよ」
言葉も出ません。
「ウエストは互角……ふっ、私の勝ちね」
何を張り合ってるんだお前は……つかお前、料理できるようになったのか? いつもリーゼ任せにしてたようなイメージしか無いけど。
「……練習『は』してたわよ」
『は』って何だ、『は』って。
しかし俺の不安に反して、はやては危なげなく調理を終えた。そこまで手の込んだ料理では無かったが、煮魚はちゃんと芯まで煮えていて、ダシや調味料の配分も申し分無い。
その出来上がった煮魚を鉢に移し、ちゃぶ台へ運ぶ途中で……
「よい、しょっ、……っ!?」
「うぉ、あっぶねぇ!」
足元がぐらついて、危くスッ転ぶところだった!
しかし、片手にはやての身体、片手に煮魚の鉢を持ってると……ええい、こうなったらいっそ倒れてしまえ。
「そぉい!」
向きに逆らわず、鉢をちゃぶ台へソフトランディング! 俺が仰向けに倒れれば、自然と……
――どさ。
「…………」
……ふぅ。危なかった。
「おい、はやて……?」
俺の胸の上に倒れ込んだはやては…………ぎゅっと、俺の上着を掴んだまま、俯いている。
「…………起こしてよ」
「…………まぁいいけど」
変なところで甘えてくる奴だ。相変わらず軽いな、こいつ……
もぐもぐと、はやての作った煮魚を食べている。普通に食える……どころか、美味い。
「何だよ、作り慣れてるじゃないか」
変な謙遜しやがって。
「うっさい。でも、『練習』しかして来なかったのは本当」
そして、僅かに頬を染めながら、言った。
「誰かに食べさせるのは、これが初めて」
洗い物を終わらせ、レンタルしていたDVDを見始める……んだが。
「ちょっと、動かないでよ」
「無茶言うな」
…………俺の膝を枕に、だらしなく横になり小説を読み始めるはやて。
ま、いっか。たまには、ゴロゴロしてるのも良い。
………………
…………
……しかし、変だな。
「……?」
DVDはもう3枚目に入っているのに、時計の進みがいやに遅い。電池切れか?
……いや、昼時から始めたから、もう夕方近く。日が暮れ始めていても、おかしくないんだが……
「おいはやて。ちょっとどけ、……おい」
はやては、俺の膝の上に寝そべるように……寝ているわけではなさそうだが、起きない。
「…………」
す、っと、思ったよりは粘らずに、俺の膝の上からどいた。
あんまりにも長時間そうしていたからか、少し膝がしびれている。
「よい、しょっと」
? ……なんだか、妙に体が重い。
「時計は……あれ、なんだこれ」
デジタル表記が、変に文字化けしたように滅茶苦茶に点滅している。壊れたか……
「秀人」
…………背中に、はやてがくっついてきた。
「私ね、もうちゃんと……杖はいるけど、自分で歩けるんだよ」
……………………心音が伝わってくる。どくどく、どくどく、と。平常ではない早鐘を打っていることが、分かる。
「リハビリね、痛かったんだ。ただの1メートル歩くだけで、泣きそうになるくらい。手すりを掴む手が、擦り切れて……足が、痛みながら痙攣して……でも、頑張ったんだ」
……………………背中に、両手が触れる。
「ずっとずっと、私のこと、心配してくれて……思いやってくれて……助けてくれた、秀人に……見てもらいたかったから、頑張ったんだ、私」
……………………その手が、俺の身体の前に、回されて……組まれる。
「――――――秀人が、好きだから」
答えなければならない。真摯な言葉を伝えてくれたはやてに。
それが、たとえ……はやての望みとは違っても。誠実に、真摯に…………
「ごめん」
――――彼女を傷つける言葉でも。
はやては……俺を好いている。
庇護されたことからの幼い憧れでも、勘違いの恋愛感情でもなく。
「……………………こんなに好きなのに、応えてくれないの? ずっとずっと、秀人だけを見てたのに」
「…………ああ、それでも、ごめん」
フェイトにキスされた時も、揺らがなかったわけじゃ無い。ここまで一途に真剣に想われて、嬉しくない男が居るものか。
――――それでも俺は、なのはを選んだ。
だから……どれだけ大事でも、大切でも、俺はフェイトを、はやてを、選ぶことは出来ない。
「――――そう」
すっ、と、温もりが離れていく。
「…………ごめん」
「――――――いいわ。……この気持ちは、忘れてあげる」
「………………」
「……気にしないでいいのよ」
「はやて、……」
振り返り、少しでも言葉を尽くそうと、
「だって、」
――――?
振り向いたはやては………………どこまでも昏い、満面の笑みを、浮かべていた。
「――――――――ここまで全部、計算通りなんだから」
へ?
と、思う間もなく。
――――どさっ。
「あ、れ…………?」
……まるで、意識が肉体と乖離したような、奇妙な感覚。自分が倒れ込んだということも分かるのに、立ち上がろうにも、手足が言うことを全く聞かない。
「おい……どういう、つもりだ……?」
いったい、どういう理屈だ。俺の身体に、毒や薬物は、ましてや外部からの操作魔法なんて、効いたとしてもこんなに長引く筈が無い。
――のしっ……と、ほんのわずかな重みが、俺の上に乗った。
「はやて……?」
はやては……長い髪の向こうで、ぼそぼそと話し始めた。
「……秀人。お前、夜は『寝る』よな」
「お前……何を言って、」
「疲れたら『休む』よな」
「………………まさか」
「お前の肉体は、外部からの干渉には強くとも……人体ゆえの恒常性は避けられない」
はやてが手にしていた文庫本サイズの本……あれは、
読み進めるフリをして……俺に何重もの魔法を…………今日一日という長時間にわたって重ね掛けしていたんだ……!
「使ったのは…………睡眠欲求を極限にまで高める魔法。そして、不眠の呪いよ。あんたは今、二週間以上も眠っていないのと同じ状態。すると、どうなるか分かる……? 体は無理やりにでも休息を取ろうとする。意識が保てていても、肉体が勝手に休眠するのよ」
う、動けん……!! ピクリとも……!!
「秀人が私を選ばないことは、あの日……テンタトレスと私を、助けてくれた時から分かっていた。あんたの傍らには、いつだってなのはが居た。あんたの隣は、いつだってなのはの特等席だった。妬ましかった。羨ましかった。譲ってほしかった。奪い取ってやりたかった。
でも……出来なかった。
だって、私は……なのはのことも、大事になっちゃっていたから。あの子を泣かせていいのは私だけ。あの子を虐めていいのは私だけ。あの子の一番の親友は、フェイトでも、望でも、アリサでも、すずかでも、カレンでもない。この私……八神はやてなのだから。
だから…………私の親友の『一番』を奪ったアンタを、許せないとも思っているわ」
「俺をどうするつもりなんだ……?」
まさか、殺そうとするなんてことは無いだろうし、有っても無駄だ。
「セックスするのよ」
――――――――。
「お、」
絶句する俺に……はやては、にたぁぁ……と情念にまみれた笑みを浮かべた。
「秀人が手に入らないのなら……
――――バキッ!
「復讐よ! 私の親友を奪った男と、私の男を奪った親友への! お前の心に、消えない
――バキッ! ドカッ!!
「許さない……!! 秀人も、なのはも、一生許さない!! 二人とも大ッ嫌いよ!」
――――……!
「――嫌い、嫌い……大嫌い、大嫌い!! 大好き、大嫌い!! 大好き、大好き、大嫌い、大好き、大嫌い!!!!」
「い、ってぇ……!!」
一瞬の失神から、戻ると……なんか全身がスースーしていた。
「は!?」
傍らには、無意味な布きれと化した俺の衣類が!!
「はぁー……! はぁー……!! もう、もう我慢できない…………!!」
はやては……似合っているとさえ思ったワンピースの裾の下に手を入れ…………同色のちっさい布きれというかどう見てもパで始まりツで終わる系で下着なアレを、放った。ぱさっ……という微かな衣擦れと共に、ワンピースもブラも放られる。「なのはよりも2カップ上」というのは見栄ではないらしい裸体が、露わになる。
「なんだ、秀人も乗り気で犯る気まんまんじゃない。嬉しいわ」
くすっ……と可愛らしく笑うが……!
「違う! これは、その…………いろいろと、違うんだ!!」
俗にいう『疲れマ○』……そして、一方的に暴行(バイオレンスのほう)を受けるという現状からの生存本能か、俺の俺自身がたいへん正直なことになっていた! 女体の神秘とは言うが、男体の神秘だってあるんだぞ!!
ひんやりとした手が、それに触れ……
「…………良い身体してるわね、秀人」
全身を、ぺたぺたとまさぐり始めた。
「や、やめろ、……やめるんだ! まだ……まだ間に合う!! 思い直せ!! こんなこと、誰も幸せにならんぞ!」
はやては、俺の身体をまさぐる手をピタリと止め…………よ、よし、聞いてくれたか。
「わたし今日、危険日なの。この日に備えて排卵誘発剤もキメてるから、絶対デキるわ」
いやぁあああああ地雷女ってレベルじゃねえええええええええええええ!!
「チッ……!
台詞が男女逆だーーー!!
「きゃあー! いやぁー! 助けてパパぁー!!」
パニックに陥った俺の脳裏に浮かぶ父親は……
――――ぐっ。
唯一動く右腕で下品なサムズアップしてんじゃねぇええええ!!
神様に返品してやろうかこのダメオヤジぃいいいいいいい!!
「――――お前がパパになるんだよ!!」
ぐり、と、先端から徐々に、ひんやりした外気とは違う温もりに包まれていく。
――――終わった。
………………諦観と後悔と罪悪感と本能がごちゃまぜになった感情が、全身を支配した。
「う、ううぅ…………なのは……ごめん…………」
「く、くくくくく……!! くははははははははは!! あーっはっはっはっは!!」
俺の上に跨ったはやてが、凄惨な笑みを浮かべる。
「やった……やってやったぞ!!
もう言い逃れも誤魔化しも出来ない!
もう後戻りできない! 姦通してやったぁ! あーっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
喜悦を隠そうともしないはやて。そして……笑みを浮かべているというのに、その頬には。
(――――ほんっと、)
「自分の欲望に正直で、」
「え」
ぐい、と。その華奢な腕を掴み、重心を移動させる。膝を立て、腰を捻り……
――――どさ。
立ち位置を、俺が、はやてを組み敷いているように逆転させる。
「…………嘘が下手なやつだな、お前は」
「な……え……うそ…………?」
掴まれた手首を振り払おうとする微かな抵抗を、抑え込む。
「どうして……!」
「確かに、お前の見立ては正しい。俺は疲れるし、眠りもする。疲労を増進させるっつーアイデアは、悪くは無かった」
「じゃ、じゃあ、どこに綻びが……!」
「不眠の
あ、と、はやてが合点がいったように声を上げる。
「……呪いは瞬間的な魔法と比べて、長時間持続する。併用するには、いい手段だ」
けれど……呪いは、いつか消えるんだ。永遠に持続する呪いは、ありはしない。
「俺の蒼炎の治癒力は、お前の知っている俺よりも、いくらか強化されている。その差を見誤ったお前のミスだ」
…………まぁ、不眠でなくなったぶん、死ぬほど眠いが。
「……とにかく、もう終わりにするぞ」
異界化の結界魔法を解呪して、クロノにでも念話のワン切りをすれば、すっ飛んでくるだろう。
「泣きながら笑うなよ。この嘘つきめ」
「……! な、」
大願を成就したと喜んでいる奴が……どうして、そんなに悲しそうな顔で、ぼろぼろと泣くんだよ。なのはへの裏切りを、心のどこかで嫌がっていたんだろうに。
「……間違いだった、っつーことで、この一件は終わりだ」
まだ浸っていたいと吠える本能をギリギリなんとか理性で抑え込み、……
「いや、だ……!」
腕を制圧されているはやてが…………あの、気の強く、傲岸不遜で、神に喧嘩を売るような無鉄砲が。縋るような目で、俺を見上げていた。
「いやだ……いやだよ、秀人……! いかないで……私から、離れていかないで……!」
「………………、」
…………………………
……………………
………………
…………
……
――――。
「…………、はぁ~~~………………」
……参った。……どうやら俺、そこまで嫌じゃないみたいだ。
曲がりなりにも、ずっと……とはいかないまでも、長い間一緒に居た子だ。好きか嫌いかで言えば、もちろん好きだ。どこまでも自分に正直な潔さも、こうと決めたら突き進む行動力も、人の話を聞いても聞き入れようとはしない頑固さも、目的のためなら手段を選ばない苛烈さも、手段のためなら目的を選ばないぶっ飛び具合も。……その全てが、臆病な本音を覆い隠すための鎧であるところも。
そのはやてが。
臆病な本音を、弱音を、プライドをかなぐり捨ててまで晒け出して、俺ひとりを得ようと必死になっている。
……………………。うん、よし。覚悟完了。許せワイフ。
「はやて」
呼びかけると、はやては、真っ赤になった眼で見上げてきた。
「お前、俺となのはのこと、大嫌いって言ったよな」
こくん、と殊勝に頷く。言い逃れをしないところも、こいつのいいところだ。
だからあれは、偽りの無い本音なのだろう。惚れた男と絆を結んだ親友と、その両方に置いて行かれた気分になってしまったのも。
――
そりゃあもう、いくら見つけてやっても、盛大に拗ねているに決まっている。
なら、どうする? ……決まっている。
「俺も、なのはも、……はやてのことが大好きだぞ」
力いっぱい、抱きしめてやればいい。
「…………!!」
かぁっ、と、はやての頬が赤らんだ。
「う、うるさい、うるさい、うるさいっ!! お前たちなんか、大きら、…………んー!?」
黙るが良い。
「………………」
唇を意識し、ぽーっと、夢見心地に、恍惚とした表情する。
「はやて」
「……!」
何かを予感してか、ビクっと震える。けど、もう遅い。というか一から十までお前が悪い自業自得だ思い知らせちゃる。
「――――覚悟しろ。」
「は…………、」
はやては、ぎゅっと目を瞑り……
「はい……!!」
今度こそ、心からの笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◆ ◆
……いったい、どれほどの時間が経ったのか。
異界化とはいえ、そこまで時間感覚を延長できるわけでは無いだろう。
(………………うむ。)
「……すぅ、すぅ…………」
……全裸にシーツというあられもない格好で、幸せそうに寝息を立てるはやてを見下ろしながら、俺は…………
「ヤバいヤバいヤバい……絶対怒るというか殺される……マジに三回くらい殺される……! 死なないのをいいことに殺され続ける……!!」
来るであろう未来予想図にガタガタと本気で震えていた。
「…………ふにゃ」
…………この野郎、幸せそうに寝コケやがって。
えぇと……我が家の面々は除外だ。絶対バレる。クロノ……駄目だあいつ超朴念仁のド天然だ。
「むにゃ…………お前が言うな…………」
そこ、うるさい。
言い訳をするのは不誠実だ…………だが凌遅刑は嫌だ……
「ん……ふぁああああ……!!」
起きてきたか共犯者よ。
「……ふへ、へへへへへ……」
だらしねぇ顔……まぁ、幸せそうだし…………って、良くないわ。
「…………」
「…………」
ふっ、と、どちらかともなく笑い出す。
妙に照れくさいやら、こそばゆいやら……笑ってしまう。
和やかな空気が流れ、
――――――――ギコンッ!!
「 「 !? 」 」
一瞬にして消えた。
――――ヴゥウウウウウン…………!!
………………どこぞのスター○ォーズのライトセー○―の如く光り輝く魔力を纏った、見覚えのありすぎる日本刀が、異界の結界を突き破り、ドアを深々と貫いていた。
「………………」「………………」
……いや、突然の事態になると人間って動作を停止するよね。
――――ギコギコギコギコギコ!!
…………異界の扉を、缶切りか何かのようにこじ開ける。そして、円形に切れ込みが入れられた扉に、
――――ずどがめきゃごしゃ!
凄まじくバイオレンスな破壊音と共に、プレス機かと見紛うばかりにくっきりと拳型の出っ張りが出来ていく。そして。
――――ドガゴォンッ!! どんがらがっしゃん。
どがごぉん、は、くり抜かれた扉が吹っ飛んだ音。どんがらがしゃん、は、それが俺とはやての間をギロチンのようにすっ飛んで背後の壁に突き刺さった音だ。
――――ヴオオオオオン……!!
「…………………………………………………………………………
桜色の羅刹が現臨していらっしゃる。
リボル○インを構えたRXさんと対峙したクライ○ス怪人ってこんな気分なんだろうか。うん、そう。このハッキリわかる絶望感。一欠。
『マスター。こいつ去勢しましょう』
「それもありだね」
やべぇ本気だ。
「…………四葉には、少し帰りを遅くするように言っておいたから…………」
ぶぉおおん、ぶぉおおん、と、リボルケ○ンを揺らしながら、ひたひたと歩を進める。
――――キィイインッ!!
「……!」
すわ輪切りの刑か、と身構えたが……そのどれとも違った。
「ちょっとそこで反省していなさい」
――ばこん。
と、俺を囲む空間が、綺麗に切り取られて。
「…………………………あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
即席で造り出された異次元空間に、お、落ちるぅうううううううううううううう!!?
◆ ◆ ◆ ◆
対峙する、なのはとはやて。
「………………」
はやては、僅かに目を逸らす。こればかりは、申し開きも、開き直りも出来ない。
「…………だいたいわかるよ。はやてが秀人さんのことをこれっぽっちも諦めていないことも、知ってたし。今日は、私たちが全員出払うことも分かってた」
……。
「……だから、このタイミングで実行に移してくることも、知ってた」
「……!!」
知っていても見逃されていたと知ったはやてが、怒りを滲ませる。
「――――――気は済んだ?」
…………それ以上の怒りのオーラに、気圧されるように口を噤んだ。
「……まぁ、少しだけ腹は立つけど、はやてのことも大事だし」
「…………なら、秀人を頂戴。私には、あいつが必要なんだ…………」
なのはは、んー……と、顎に指をやり、ほんのわずかに思考した。そして。
「――――
は、と。はやてにとって、全く予想もできない答えが返ってきて、言葉を失った。
「別に、うちの人が本気でそれを望んでいるなら、それでも良いと思ってるよ。たまには他の子に目移りしちゃう時だって有るだろうし。永遠に一人しか見ていないなんて、それこそ変だし」
でも私はその変の部類に入るのよねー……と、一人で勝手に納得している。
そして……決定的に定まってしまった格の違いに茫然とするはやてに、なのはは。
「秀人さんが誰を抱こうが、誰と寝ようが…………
――――最後に私の隣に居れば、それでいいのよ」
……はやては、己の敗北を悟った。
誰を選ぶとか、選ばない、ではない。そういった次元をとうに飛び越えて、二人は共に在るのだ。一心同体とも、比翼の翼とも違う。そんな表面上の言葉など届かない、遥か深淵なる領域で、二人は結ばれているのだ。
「……まぁ、怒りもすれば折檻もするけど」
今まさに、異次元へボッシュートされていった己が伴侶に思いを巡らせる。まぁいいや頑丈だし、と結論付けて終わった。
そして。
「ヴィヴィオに見せるには毒だから、さっさと片付けなさい」
「…………うん」
二重の意味で足腰の立たないはやてに、服を着せていくのだった。
「お母さん、ただいまー!」「ただいま、お姉ちゃん」
「……おう、お前らか。おかえり」
少しして。帰宅した四葉とヴィヴィオを、珍しくはやてが出迎えた。
「? ……ぶたいちょー? どうしたの?」
「……いや、ちょっとな。…………いま、お前のかーちゃんが飯作ってくれてるぞ」
「やった! ごはんは家で食べようって、ママとはなしてたんだ!」
四葉は。なのはの後ろ姿と。はやての変な態度と。外に干されている寝具の、状況証拠のカタマリを見やり。
「……………………ふっ」
……勝ち誇ったちょっとムカつく顔をしていた。
『どうだ、お姉ちゃんの勝ちだ!』と言わんばかりである。
「………………」
ぶすぅー、と何も言えないはやてだった。
「はいみんな、ごはんよー」
並べられていく食器に、ヴィヴィオが首を傾げる。
「ねぇお母さん、お父さんの分は?」
「ああ、お父さんはいいの。ちょっと帰りが遅くなるって言ってたから」
異次元に容赦なく放り出しておいて『ちょっと遅くなる』で済ませてしまうあたり、なのはも大概である。
「……つか、桃子に用事って何だったんだよ」
肉肉野菜肉肉肉、とヴィヴィオも呆れ顔の食べ方をするはやてを前に、なのはは(表面上は)穏やかに答える。
「……うーん……それが…………」
煮え切らない態度だ。四葉を見て、ヴィヴィオを見て。
「………………………………………………
ぱりん、と。
秀人の茶碗が割れた。
◆ ◆ ◆ ◆
とある異次元。
「あぎゃあーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
――――ギャオース!!!
「なのはー!! 許してくれーーーーー!! 俺が悪かったーーーーーー!!」
――――アンギャーーーーー!!
天の光は全て敵、と言わんばかりの異次元怪獣の大軍に追い立てられながら、光年の距離を逃げ惑う秀人だった。