魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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無限の未来へ

――ごぅん、ごぅん、ごぅん……

 

 ……大仰な駆動音と共に、その装置はあからさまに駆動していた。別に光に敏感な薬剤や機材を置いているわけでも無いというのに、何故か無意味に暗くされた室内で、何故か無意味にブラウン管のモニターを複数個装着した、その無意味のカタマリのような装置を前に。

 

「く……クックックックック…………!! 来る……! 来るぞぉ……!!」

 元・狂気の科学者こと現・無害な科学者……ジェイル・スカリエッティと。

「フフ……フフフフフ…………いよいよ……いよいよだ……!!」

 元・闇の騎士にして現・肉食系騎士……シグナムが。悪童っぽいというか、妙に芝居がかった言葉や動作で、その無意味装置の解放を待ち詫びていた。

 

「――――そこのバカ二人。いい加減になさい」

 

 呆れたため息と共に、そんな言葉が外野から掛けられる。

「……なんだよ、ノリ悪いなー……プレシア」

 外野ことジェイルの妻、プレシアは、返事も返さずに作業へと戻る。反応が鈍いと見るや、ジェイルは渋々と言った様子で、大人しく自分の作業台に戻った。シグナムは素知らぬ顔で、壁際へ楚々と移動する。

「……で、機材そのものはマリエルとあなたに任せたのだけれど…………もうちょっとどうにかならなかったのかしら、コレ。少し目が痛いわ。しかも、モニターが複数だというのに、表示されてる画面が全て同じなのだけれど」

「様式美ってヤツだよ。天丼も繰り返せば伝統だ」

 マリエルは、あれで結構付き合いとノリのいい奴なのだ。兄の意見要望にバッチリ応えた外装を拵えてくれていた。

「いや……だって、ロマンだろ? 巨大な装置に、旧式っぽいコンソール……たくさんのモニターが、薄暗い部屋を照らしてさぁ。…………」

 と言いながらも、プレシアが目をしぱしぱさせているのを見るやあっさりと趣旨替えして通常の照明のスイッチを入れる。

「ホラ、お前が悪の女幹部みたいなエロい衣装着てたようなモンで、って、いででででで!」

 ……めりめりと耳朶を引きちぎらんばかりに引っ張られ、たまらず悲鳴を上げるジェイルに、プレシアは真っ赤な顔で言い訳のようなものを言い募った。

「あ、あの時はどうにかしてたのよ……!! いまさら人の過去を、それもよりにもよって暗黒期のことを……!! この、……このデリカシーゼロ夫は……!! あなただって、一時期はカード型デバイスに凝りに凝って研究室の予算を使い込んで、そのくせ出来上がったのが失敗作で……誰が室長に頭を下げたのかと……!!」

「そ、その件はスマンかった! だから、もう耳が、耳がぁあ……!!」

「あなたのアイデアノート、局への司法取引ついでに引き渡したらどうかしら!?」

 ギクゥッ、と、恐怖と驚愕に顔を引きつらせるジェイル。

「なっ……なぜ、……っふ。残念だったな。アレは既に焼却処分して」

「アレはダミーよ。本物はわたしの手の中にあるわ。…………ええっと、『世界に普遍的に存在する自然エネルギーは、いわゆる神格を持つ一個の存在に凝固し、それは神話の『幻獣』として』」

「アィエエエエエエエエエエエエ黒歴史ノート朗読会ぃいいいいいいいいいいいいい!!」

 頭を抱え床を白衣のままバッタンバッタンと転げまわるジェイルを、零下の視線で見下すプレシア。

「よく書けているじゃないの。小説の体に書き起こして同人出版して管理局に提出してやろうかしら」

「ンアアアアアアアアアアアアアアアアアアやめてぇええええええ!! そんな形で情報開示するのはやめてぇええええええええええええ!」

 

 …………狂気の科学者も形無しである。犬も食わんとばかりに欠伸を噛み殺すシグナムが、ちょいちょい、と表示される画面を指さしている。

「おい、ご両人。終わったぞ」

「あら、そう。……終わったわよ、あなた」

 プレシアは、ひとしきりジェイルを虐げた後に作業を完了させていた。

「…………おう、恐ろしき我が妻よ」

 ……精神に瀕死のダメージを負ったジェイルが、一時的に大人しくなりよろよろと装置を開封する。これでいて、一分もすれば都合の悪い記憶を忘却の彼方にブン投げて立ち直るのだから厄介である。一生大人しくしていれば良いのに。

 

――――バシュウッ……!!

 

 ……無意味にモクモクと焚かれるスチームが溢れだす。果たして、このクソ大仰な無意味装置の真の目的とは。

 

「お、終わった……のか……?」

「うぅ~……気持ち悪いッス……頭ぐわんぐわんするッス……」

 

 貫頭衣…………いや、普通のTシャツのサイズが余りすぎてダボダボになっている状態の、少女というか、童女というか、むしろ幼女が、実にダルそうに歩み出てきた。

「うむ……」

 シグナムが顎に手をやり、しげしげと二人の幼女を眺める。

 

「んー……? あれ、シグナム……?」

「なんか、でっかく……ダークエボルバーでも使ったッスか?」

「微妙に古いなそれ」

 

 シグナムは無言で、壁際……丁度、夜間で鏡のように反射する窓ガラスの方へ、若干屈まなければ届かないほどに低い二人の肩に手を置き、くるっと向ける。

 

「おお、ガキんちょがいるな」

「そうッスね。でも、どっか見覚えがあるような」

「そう、この、どことなく抜けていそうな……」

「そう、あの、どこか詰めの甘そうな顔の……」

 ……そして、完全に動きが同期していることを認識して、あまりにも的確な自己評価まで出せたことで。

 

「 「 ――――――――えぇえええええええええええええええええーーーーーーーっっっっ!!? 」 」

 

 

 …………幼女こと、セインとウェンディが、子供特有の高い声で驚愕の叫びを上げた。

 

 

――――。

 

 

「つまり、お前たちの肉体は、戦闘用に急速に成長させられたもので、自然なものではなかった。もちろん、制式機のボディにこれといった不都合は無いが……」

 とんとん、と、二人のIDカード、その年齢の数値を指し示す。

 

――8。

 

――7。

 

「あんなうすらデカい女児がいるか」

 年齢として、自然に生育した肉体に『戻した』ということらしかった。

「どういう技術だよ」「若返りって、人類の夢じゃないッスか」

 当然の疑問を抱く二人に、ジェイルはそっぽを向いてはぐらかした。

「あー……おまえらは知らんでもいい」

「…………」

 だが、この技術は……セイン、ウェンディ……その他の戦闘機人たちのオリジナル。ジェイルの妹たちのために開発し、結局は間に合わなかったものだということを、プレシアは知っていた。

摂理に反する技術だ。だが、ジェイルはそれを二人に施した。

「ガキはガキらしく黙ってガキガキしてりゃ良いんだよ。変な勘繰りすんな」

「むー……」

「なんか微妙な気分ッス……」

 もともと、さほど倫理面での教育を施されていなかった二人。あくまで活動用の道具としてしか肉体を考えていなかった二人だ。頓着が無いのだろうか、それが逆にすんなりとこの現象を受け入れる素地となっていた。

 

「あとな、これ新しいIDカード」

 ぽん、とそっけなく手渡されたそれには、現在の年齢相応の姿を映した写真と、見慣れぬ文字列があった。

「? ……何て読むんだ、これ」

「管理外世界で似たような文字あったッスね」

「名前だ」

「「名前?」」

 そろって首を傾げる仲の良い二人に、シグナムが説明をしてやる。

「セイン、ウェンディ……これは、製造番号を現すコードネームのようなものだ。呼称として不便は無いのだろうが、娑婆で生きるには面倒が多いからな。オレが付けてやった。読みは…………」

 

 

「――――葉月(はづき)

 

 

「――――雪月(ゆづき)

 

 

 しげしげと眺める二人に、シグナムが、いつになく優しげな顔を向けていたが……身長差が開きすぎて、良く見えてはいないようだった。

 

( ( でも、何で管理外世界の文字で……? ) )

 また首を傾げる二人。

 

「そろそろか」

 時計を見て呟く、その少しあと。

 

――がちゃっ

 

 ドアが開き、長い一房の髪の毛を背中に流した少女が入ってくる。

「ふたりとも、ひさしぶりー」

 その、あけすけな笑顔。

「あー……」「分かる、分かるッス」

 ……状況から察した。

 

「――――ディエチあらため、小春(こはる)だよっ!」

 

 がばっ、と抱き着いてくる小春を、二人が歓迎するように抱き留める。

「ねぇねぇ、どう!? 新しいからだ! ……あうっ」

 ……その首根っこを、ネコでも持つように摘み上げる手。

「慌て過ぎだ。いきなり走り出してビックリするだろうが」

「う~……いいじゃん、過保護だなぁ」

 身元引受人兼・保護者兼・師匠のヴァイスは、すっかり身内を扱う動作で下してやった。

「ねぇねぇねぇ、これ見てこれ! ヴァイスがくれたんだ! わたしの新しいぶき!! いいでしょ!!」

「うわ、あっぶねー!」「一連の流れ的に暴発する未来がありありと見えるッス!!」

 ……途端、注意をすっかり忘れたようにマスケット銃のようなものを両手に姉へと向かってダッシュする小春に、ヴァイスはため息をつくしかなかった。まるでというか、まんま落ち着きのない女児である、

 

 ひとしきり(主に小春による)騒ぎが収まると、場を代表して、最も良識のある大人としてプレシアが三姉妹に向かって説明を始めた。

「あなたたちの肉体をそうしたのは、ただ戻したかったから、だけじゃないのよ」

 そして、今となっては珍しい紙の資料を取り出す。日本語だが、しっかり隣にミッド公用語でルビが手書きで振ってある。

「新区・インターナショナルスクール開校のお知らせ」

「初等部から、高等部相当の児童の受け入れ開始」

「学食、児童は無料……」そこは別にいい。

 

「つまり、あたしらココに通うの?」

 頷くプレシアに、当然、疑問の視線が集まる。

 

「――――お前たちには、オレの仕事の一部を任せる。そう言ったのは、憶えているな?」

 シグナムの問いかけに、こくん、と頷く二人。小春も、ヴァイスの視線に頷きを返している。

 

「新たに観測された世界、そこが、管理外世界との交流の出島になるという話は聞いたことがあるだろう? だが、大人だけでは結局、政治やビジネスになってしまい、真の意味での交流は難しい。下手をすれば、争いの火種となってしまう。

 

……そこで、『学校』だ。

 

子供たちがそこで過ごし、そこで育ち、やがて大人になり……彼らが、真に『交流』を始めるための学校を造る。未来は、未来を生きる子供たちが作っていく。そういう試みだ」

 

「通う……だけッスか?」

「いや」

 次の頁には、こちらはシグナムが事前に纏めたであろうピックアップリストが添えられていた。

「…………どっかで、聞いたことある名前ばっかりだ」

「それはそうだろう。古代ベルカの王族、その直系だ」

 その子息息女たちも、一堂に会するのだという。王族直系。当然、その中には。

 

「 「 「 吾妻・ヴィヴィオ 」 」 」

 

 後ろめたさが勝る名前が、そこに在った。

「葉月、雪月。お前たちに与える最初の任務だ」

 ちゃりっ……と、銀製のネックレスを二人の首に掛ける。

 

 

「――――『ヴィヴィオの助けになってやれ』」

 

 

 漠然とした任務内容。だが……

「――――任務」

「――――了解ッス!!」

 二人は、それを受諾した。

 

「わ、わたしも……!!」

 仲間外れにされたと思ったのか、少しふくれっ面で小春が名乗りを上げようとして、ヴァイスに止められる。恨めしそうに見上げる小春に、ヴァイスが言う。

 

――五香(いつか)

 

――七緒(ななお)

 

――九音(くおん)

 

こいつらのことは、覚えているだろう?」

「あ、うん。わたしのいもうとと、弟だよね」

 あの事変の際、目覚めた封印個体たち。彼らもまた、一人の人間として歩み始めているのだ。

「こいつらもその学校に通う。だが、まだ目覚めたばかりで足りないところもあるだろう。だから小春。お前の役目は……」

 先ほどのものとは別デザインのネックレスを、小春の首に掛けてやる。

 

「――――『姉として、下の子を守ってやれ』」

 

「………………うんっ、任せてよ!!」

 ネックレスを、嬉しそうに弄る。

 

 

「わたしは、四葉(・・)が開く小()なんだからね!」

 

 

 ……と、ヴァイスはシケた顔になり、ぼそっと呟いた。

 

「…………『小春日和』は秋の気候なんだがなぁ」

「オチをつけるなぁっ!!」

 げしっ、と、威力の無い蹴りがヴァイスの脛にヒットした。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

ところ変わって、吾妻家。

「…………」

 ……どことなく居心地の悪そうな秀人が、なのはと四葉に挟まれながら、そわそわした様子だった。不倫の代償として異次元送りにされ、ついでとばかりにいくつか世界を救ってきて、異次元の珍品を土産とばかりに持ってきて、ようやく許された感のある大黒柱である。

その珍品が、よりにもよってマリエル・プレシア・ジェイルという神域の科学者の手に渡ってしまっただけでも大事だというのに。

 

『むぁーっはっはっは! 奈々ちゃんにお任せだヨっ!!』

 

 ……どこからともなく現れた奈々によって謎の『調整』が施され。

 

――――ヴィヴィオ専用のナニカに変貌を遂げつつあるという脅威はさておき。

 

「で、できたよー」

 

 そろそろと襖を開けて、ヴィヴィオが姿を見せる。

「「「、……お、」」」

 チェック柄のスカート。襟に刺繍の入ったシャツ。指定のブラウス。

 

――――ヴィヴィオたちが通う新区の学校。その制服だ。

 

「「「おおおおおー!!」」」

 

 がたんっ、と、同じようなリアクションを見せる三人。似た者夫婦+その妹。

「へ、へへ……似合うかな?」

 はにかみながらスカートの裾を摘まむ姿に、三人の親はすっかり骨抜きだった。服装は自由とはいえ、制服だって捨てたものではない。

 

「あ、そうだ。ヴィヴィオに、お母さんから入学祝があります」

 秀人、四葉は顔を見合わせ、首を横に振る。どうやら、完全になのはからのサプライズらしい。ごそごそと、押し入れの中から厳重に取り出したのは、全長にして40センチ程度の絹袋。ヴィヴィオは、ワクワクした様子でそれを受け取り、ちらちらとなのはの顔を見上げる。なのはも、そんなヴィヴィオの反応が嬉しいのだろう。慈愛に満ちた笑みで、頷きを返した。

「開けていいよ」

「うんっ!!」

 

 そしてしゅるしゅると袋を開ける。しかし中身は何だというのだろうか。文具にしては大きい。鞄に入れるには長すぎる。

 

 

刀だった。

 

 

「 「 ―――― な ん で や ね ん  。 」 」

 

ずっこける秀人と四葉。

「お母さんは、刃紋の無い直刃が好きなんだけど、ヴィヴィオは女の子だからね! 反りが綺麗で、乱れ刃紋が出るように打ってもらったんだよ!」

 ドン引きするヴィヴィオを余所に、なのははウッキウキで解説をする。

「砕けた桜花の破片を鋳潰して打ち直したから。ほら、切れ味だって抜群だよ!」

 バイク雑誌を束ねた資源ごみを、トマトのようにシュパっと切って見せたりと大変満足そうな様子だ。

「鞘も綺麗にできたでしょー? 漆塗りに金箔でね、鳳凰を描いてもらって、」

「え、あの、でも……」

 …………なのはが、突飛な行動をとるのは今に始まったことではないが……

「なのは」

「お姉ちゃん」

 二人は、ヴィヴィオの手から刀をそっと受け取った。

 

「 「 没 収 」 」

 

 ……まぁ当然である。

 

「え、えええええーーーーーーー!? 何で!?」

「何で、じゃないでしょ! お姉ちゃん何考えてんの!」

「だって『学校に武器を持って来てはいけません』って校則は無かったよ!」

「無いよ! 普通はそんな校則無いよ! 常識だから書いてないだけだよ!!」

「か、カッターナイフは良いって……」

「そんな可愛いカテゴリ超越しちゃってるよ! 何よこれ完全に本造りの脇差じゃない!」

「ちゃんとヴィヴィオの体格と今後の成長に合わせたサイズだよ! 小6まで使えるよ!」

 

「 使 わ ね え っつってんだろ!」

 

 あんぎゃー、と同じ顔で言い合う姉妹に、秀人はどことなく察した様子だ。

 

「だ、だって…………学校で、虐められないようにしなきゃ……!」

 

 母の愛は、難解であった。

「良い子ほどターゲットにされるっていうし……

 この前なんて、同級生三人に寄ってたかってリンチされてる女の子もいたし……。

 まぁ、ちょっと喧嘩のやり方だけ教えてあげたら解決して良かったけど……

……才能あるね、あの白い子」

 

 やっていることが、まんま昔の秀人の再現だった。……いや、武装させようと考える時点でやや悪化している。

 

「お母さん……これ、ありがとう。大事にするね。……家で」

 押入れにそっと刀をしまうヴィヴィオ。

「お母さん、ヴィ……じゃなくて私、大丈夫だからね。ちゃんと友達も作るし、がんばるから。それでも、もし、上手くいかなかったら。

 

――その時は、助けてね」

 

「うぅー…………ヴィヴィオは良い子だねぇ……」

 膝の上にヴィヴィオをもしゃもしゃと抱き寄せる。

「おじいちゃんに頼んで、御神流も教えてあげるからね」

「! いいの!?」

「うん、いいよー。ヴィヴィオには、お母さんたちの知ってることを全部教えてあげるからねー。技の実験には兄さんとか姉さんを適当に使うといいよ。手ごろだし」

「わぁい! やったぁ! おじさんとおばさん、そこそこ強いからすき!」

 

「ドクター……小春ちゃん……腹を痛めて産んだ娘が、覇道を歩み始めているわ、うふふ。子供の成長は早いわねぇ……」

 現実逃避する産みの母。

「それじゃあ早速、今の身体に合った体捌きをね、」

 ハッ、と正気に戻り慌てふためく。

「! ちょっと、お姉ちゃん。今は激しい運動しちゃダメだって、桃子母さんが」

「えー……? ちょっとくらいなら胎教だよ、胎教」

「ダ・メ!」

「…………大丈夫なのに」

 ぶーぶー言いながらも、四葉の言葉を素直に聞く。

 

「そうそう、ここは俺の出番だろう!」

 

 ………そういえば、もう一人居た。

 

 行儀悪くも窓から外に出、向かい合って構える二人。

「さぁヴィヴィオ、思いっきり打ち込んできて良いぞ」

 両手を広げ、完全に受けるつもりでいる秀人。

「うんっ! 行くね、お父さん!」

 

――だんっ!!

 

 以前教えたとおりの踏込みで、間合いを詰めてくる。

(教えられる相手がいるって、嬉しいものだなぁ)

 ヴィヴィオの拳の威力を、おおまかに予測し、身体に防護フィールドを展開する。体で受け止めてやるシミュレーションを脳内で行い、よしオッケー、と、

 

「はぁああああああああっ!!」

 

――――キュイイイイイイイイイイイイイインッ!!!

 

「え゛」

 その小さな拳に、瞬間的に収束された高密度の魔力が螺旋状に宿っていることに気づき。それに対応するだけの防護を展開しておらず。それを補正してくれるアイがいないうっかりに今更気付いた時には…………

 

――――ズドォンッ!!!

 

「ごっふぁあああああああああああああああああああああああああ!!!?」

 

 ぶっ飛ばされ、吹っ飛ばされ、勢いのままにすっ飛ばされ…………頭から塀に突っ込んで、ようやく止まった。白目をむいてぴくぴくと痙攣している。実に素晴らしい一撃であった。世界を獲れるレベルである。

 

「――――――。……きゃー! 秀人さーん!?」

 四葉が慌てて崩れたブロック塀の残骸に埋もれる秀人に駆け寄り。

「あーあー……油断するからだよ、もう」

 なのはは、割とさっぱりした様子だった。

 

「や、やりすぎちゃったかな……ぶたいちょーが教えてくれたやつとスバルさんが教えてくれたやつ、併せてみるのはまだ早かったかな……」

 思ったよりも大事になってしまったと、おろおろするヴィヴィオを、なのはが慰める。

「いいのいいの。お父さんは頑丈なのが取り柄だからね」

 ケラケラと笑うが、一般人なら割と重症なレベルである。

「…………ていうかあれ、はやてとスバルの技だ。ほんと何時の間に教えたんだろう」

まぁ、上手く使えてるし別にいいかと結論。

「もし何かあっても、間違えたら間違えた時に、ちゃんと教えてあげればいいんだし、ね」

 

――ぴぴぴぴぴっ

 

 キッチンタイマーが鳴る。

「みんなー、ご飯だよー」

 

 修羅場慣れした女は、多少の事では動じないのだ。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ 

 

そして、また少しの時間が流れる。

 

 紅葉は散り、雪は解け……肌寒いながらも、暦の上での春が来た。

「これでいいかな……いや、もう少し、いや……」

 秀人は、一張羅のスーツの袖へ腕を通し、慣れないネクタイの位置を念入りに確かめる。

「秀人さん、準備できた?」

 と、襖の向こうからなのはの呼び声。

「あー、もうちょっと……いつまでも慣れないなぁ」

 スーツを着る機会なんて、年に数回あるかどうか、といったところだ。

「んー、どれどれ?」

 やってきたなのはが、秀人のネクタイをちょいちょい、と整える。のだが。

「……なんかひどくなってないか」

 結び目がだるんだるんになっている。

「…………な、なーんちゃって。冗談冗談」

 そして、今度は緩まぬように、ぎゅうううううううう、っと。

「締まってる! 締まりすぎてるって ぐぇえええええええええええええええ」

「大丈夫! 大丈夫だから! ほら、こうすればぎゅーって!」

「ぎゅううううううう…………!!」

 もはや失敗を取り戻そうと躍起になるあまり、秀人の意識が遠のいている事に気づいていない。

「何をやっているんだい君たちは……」

 遅いので迎えに来てみれば、と、ユーノが呆れた顔で立っていた。

 

「すまんユーノ。二重の意味で助かった」

「まったくもう……とにかく急ぐよ! 時間ギリっぽい!」

 

「ヒデさん、遅いッスよー」

 最近では、すっかり運転手と化したヨシオが、多少急ぎ目で走らせる車の中、期待にも近い緊張感を紛らわせるように会話が弾む。

「しっかし、時間が経つのは早いッスよねー。シュテルたちがウチに初めて来たのが、ついこの間みたいに思うッスよ」

「美香ちゃんは? 最近どんな調子だ?」

「あー……なんか、進路に悩んでるっぽいんスよね。金のことは心配いらんから、好きにすればいいとは思ってますけど」

「進路かぁ……進学すんのか、やっぱ」

 ヨシオは、うーんと首を傾げる。

「なんか、はやての作る組織で働きたいとか言ってたッスけど。道を決めるには、まだ早い気がするんスよねぇ。まだ15になるかどうかですし。もうちょっと時間置いて考えてからでも良いと思うんスよ。姉貴やオレん時と違って、そんな切羽詰ってるわけじゃないッスから」

 

 そうそう、と、何の気なしの会話の中。

「今日、はやても来てるって言ってたッスよ」

 

「――――――。」「――――――。」

 

 ぴたりと、二人の動きがそれぞれ別の理由で固まる。

「…………あの日以来ね」

 ぼそりと、なのはが低い声で呟く。そう、あの日は強がって見せたなのはだったが、その心中は全くこれっぽっちも穏やかでは無く、正直ぶっ殺すことまでを考えていた。

 それを察したのか、はやてもあれ以来、なのはと顔を合わせることを避け、かれこれ数か月。事実上の絶交である。だが、それも事件の当事者たち以外には詳しくは伝わらなかったため、こうして全く知らない者もいる。

 

 嫌とは思っても、車は便宜上『空港』と呼ばれている『新区』へ向かうための施設へ入庫する。あとは、それこそ国際空港のようにパスの提示、身体検査、荷物検査を受け、移動を開始するだけだ。

乗り物が飛行機か、次元航行船かの違い程度である。

「うわぁ……結構、いっぱいいるッスねー」

 ヨシオが驚いたように、ターミナルには国籍というか人種というか、そもそも種族が違いそうな者たちが続々と移動船へと乗り込んでいく。

「うっし、俺たちも行くぞ」

 パスを提示した際というか、その前から視線を集めまくっている居心地の悪さもあり、そそくさとシャトルへ移動する。

「んじゃ、ヒデさん。また今度ッス!!」

 ヨシオはここまでだ。というのも、ヨシオはヨシオで結構忙しい中、こうして時間を造って会いに来てくれているのだ。

「おう、またなヨシオ。カントクと奥さんによろしく。」

「今度はヒデさんのときに会いに行くッスよ!」

 そうして、ぶんぶんと手を振りながら、ターミナルから秀人たちを見送った。

 

「まさか神様がエコノミークラスで移動するとは誰も思うまい」

「うんうん。盲点ってやつだよね。そのぶん特急便だし」

 そんな二人に、ユーノは胡乱な顔で言う。

「いや、ものすごく目立ってるけどね。気付いてないの? 気付いてない設定でゴリ押しするの? なんか人集まって来てるんだけど!?」

 

「かみさまー、かみさまー」

 と、額から一本角を生やした少女が、なのはにぱたぱたと駆け寄っていく。

「申し訳ありません、神様。よろしいでしょうか?」

 芯の通った印象のある母親らしき女性が訪ね、なのはは、苦笑しながらも受けた。

「かみさまー。わたし、いちぞくで、いちばん強くなりたい。だから『しんく』のがっこにはいるー」

「どのくらい強くなりたいの?」

「んーっと……

 

――かみさまをブッたおせるくらい」

 

 子供とは無邪気なものである。

「そういうことですので。(めい)が、神討つ鬼、鬼神となるべく、お覚悟を願います」

 物腰柔らかく見せかけておきながら、鬼気を瞳に滲ませる鬼人族。

「いいよー。でも、まずは先に倒さなきゃならない相手がいるよ」

「だぁれ?」

 と、無邪気に尋ねる冥に、なのはが答える。

「私の子供」

「なまえはー?」

 じっっっ……と、いやに真剣身を帯びた目でなのはを見る。

「ヴィヴィオっていうの。たぶん、同じ学校に入ると思うから、頑張ってね」

「はぁい。めい(・・)、がんばりまぁす」

 

「ちょちょちょちょちょ、なのは!?」

 慌てたユーノが、ストップをかける。

「駄目だって! どうして、そんなけしかけるようなことを!」

「大丈夫、あの子は良い子だよ。――目を見ればわかる」

「ろくに人の目を見れないコミュ障が何言っとるんじゃぁああああああああ!!」

 うむ、と勝手に納得するなのはに、ユーノは頭を抱えた。

「入学前からお友達を囲い込んでおけば、いじめられることも無いし、ライバルともなれば張り合いも出るでしょう」

「嫁の我が子への愛情が難解すぎる件について…………」

 呆れつつも、特に咎めることの無い秀人。結局、有名税を納めながらの道程だった。

 

「おっそいの!!」

 到着した一同を出迎えたのは、今まで何をしていたんだと言いたくなる顔だった。

「よう、アイ。久しぶりだな」

 ぐい、と袖を引く手の方を向けば、人型に変化したレイジングハートが物言いたげな顔で立っていた。

『わたしも居るんですが。居るんですが。わたしには何か無いんですか秀人』

「あはは。気付いてるよー大丈夫だよー。っていうか、私よりも秀人さんが先なんだねレイジングハート」

 もうすっかり昔通りのやり取りである。

 

 空港を出、新区の土を踏む。

 

――――。

 

秀人となのはにとっては、初めて降り立った新区。だというのに。

「……なぁ、なのは」

「……うん」

 顔を見合わせ、同じような感覚を持っていることを確認する。

 

「 「 ――――ただいま(・・・・) 」 」

 

 強い郷愁という、まったく場違いな感覚だ。

 

――――ピッピー!!

 

 と、ホイッスルの音が鳴り、そちらを向く。

「はいはーい! 吾妻家ご一行の皆様、こちらでございまーす!」

 典型的なバスガイドのような恰好をした、金髪の少女。

「おう、アリシア」

「いえーっす、神様!」

 ぴょん、とジャンプし、秀人とハイタッチをするアリシア。すっかり現世をエンジョイしているようで何よりだ。

 

 車を用意していると言うので行ってみると、黄色いアトラスバンが野太い排気音でアイドリングしながら待機していた。

「ん? アトラス……?」

 なのはが考えたとおりの人物が、運転席から顔を覗かせた。

「ちーっす、教官!! お迎えに上がりやしたぁっ!!」

「ふむ……やはりゼルビスですか」

 と、なのはの口調が『教官モード』にカチリとスイッチする。

「いいでしょう。道中は任せますよ」

「お任せ下さい! 部隊長からも頼まれてますんで!!」

 ぴくり、と、なのはの肩がかすかに揺れた。

 

 出発から10分と少し。

「うーん……参ったな」

威勢よく出発したには良いが、地平線まで続いていそうな大渋滞。新区の交通網は発展途上とは聞いていたものの、これほどとは思わなかった。

「お? 無線……はい、こちらゼルビス。……え、いいんですか、それ。あー……はぁ、ま、そうっすね。んじゃそういうことで」

 無線という何故か超アナログな通信を終えたゼルビスが、何らかの準備を始める。

「何をするつもりですか、ゼルビス」

「ま、ちーっと見てて下さいよ教官」

 

――――ヴォオンッ!

 

 聞き覚えのある排気音と共に、オレンジ色のCBRが渋滞をすり抜け、横へ来た。タンデムのCBR。搭乗者は、既にわかりきっており……

 

「なのはさん!」「久しぶりです!」

 ヘルメットのシールドを上げ、ティアナとスバルが嬉しそうに呼んだ。

「二人とも……!」

 なのはも、二人に対しては若干素直になれるようだ。

「今から先導しますね!」

 先導とは言っても、目の前には大渋滞。さてどうするのかと見守る。

 展開する水色の魔法陣。スバルの魔法。と、いうことは。

「ウイング……ロード!!」

 

――――バシュウウウウウウウウウウウッ!!

 

 天空へ駆け上がる翼の道が、開かれる!

「おっしゃ、いっくぜー!!」

「でも、あの渋滞は……」

 あの渋滞の中には、自分たちと同じ目的の者も少なからず含まれている。それを尻目に行くのは、少々だが気が引ける。

 

――――ばらららららららららっ

 

 プロペラの旋回音。

 

「ちーッス教官!!」「こんにちは、教官!!」

 コリン、ヤオ、リン、カトル、ジン……機動六課の面々が、ヴァイスのヘリコプターから、飛行ガジェットの改良品と思われる飛行物体に搭乗し、散開。いちいち指示や号令が無くとも、抜群の連携で渋滞を解体していった。

「ま、もう大丈夫だろうな……あ、そうだ教官聞いてます? コリンのやつ、この間ヤオの実家に挨拶に行ったんですって! ルーフェンの武術寺で、素手の爺さんにボッコボコにされたらしいですよガハハハハ!!」

「…………鍛え直してやろうかな」

 ぼそりと、本人が聞いたなら慄くような呟きを漏らす。

 

 虹のように架けられていたウイングロードも、そろそろ終点。あとは目の前の通りをひた走るだけだ。

「ティアナ、スバル。二人も良かったら、一緒に」

 一緒に行けたら、きっと楽しい。そう思っての提案なのだが……

「ご一緒したいのは山々なんですが……」

 断られ、なのはがあからさまに落ち込んだ。

 

「そう…………そうですよね、さすがに、そういう距離感じゃないですものね、私たち……勘違いしてごめんなさい……もう誘わないようにしますから……」

 

 ずむずむと地の底まで消沈していくなのは。

「だーーーー!! 違う! 違いますって!!」

「わたしたちも、さっきの渋滞のバラシに駆り出されてるんです!」

「ほ、ホントですか……? 『ごめーん、ケータイの電源切れてたー』系の釈明じゃなくて、ホントですか?」

「ああもう、面倒くさい人だなー!! 今度遊びに行きますから! 絶対です!」

「こ、これは……『声かけるの忘れちゃったーまた今度誘うねー』系のアレでは!? …知ってた! 知ってたから悲しくない! 私は悲しくない! 大丈夫!」

「 「 違うっつってんでしょうが!! 」 」

 

 この神、拗らせすぎである。

 

「開始時刻まであと12分! 飛ばすよ飛ばすよー!!」

「安全運転で飛ばしまーっす!!」

 アリシアの発破に、ゼルビスがアクセルを強く踏み込む。目的地は、もう目の前。

 

 

『新区 -----------学園

 

→『改め、創王覇道学園!

 

入学式』

 

 

 ……なぜ看板本来の文字が一部塗り潰されているのか。その横に、ペンキでデカデカと書かれている文字列こそが真であるとでも言いたげで、また、その字体も、無駄にエクスクラメーションマークを付けたり、こういうことをするのがどういう奴かということも、嫌と言うほどに分かってしまった。

「……あいつのセンス、基本的に小学生男児なんだよなぁ」

 秀人は乾いた笑いを浮かべながら、そうごちた。

 

「おーい、秀人、なのは! こっちだ、こっち!!」

ヴィータが、『経路案内』と書いた看板を、よりにもよってグラーフアイゼンに括り付けたものをぶんぶんと振り回しながら呼んでいた。

「あ、うん。いま、」

 

――そっち行く。

 

 と言いかけたなのはの視界が、歪む。

「…………」

 結界魔法だ。位相にズレが発生し、秀人たちの姿が霞むように消える。腕時計を見るが、秒針が動きを止めている。時間の流れにも異常が発生している。

 瞬時に、しかも悟られず、これだけの結界を展開できる者は限られている。そして、その中で、実行する理由のある者は……

「じゃ、行くか」

 

――――……ダンッ!!

 

 踏み込んだ地面が陥没する程の跳躍で、屋上までジャンプする。

「いや、階段で来いよマジで……」

 呆れ顔で居たのは、やはりというか、はやてだった。杖を突き、屋上に仁王立ちしている。

「久しぶり。ごはんくらい、食べに来ればよかったのに」

「………………行ったら行ったで絶対怒るだろ」

「うん」

 そして、探り合いのような会話が終わり。

 

「なのは。私は今日、お前のために色々とした」

「うん。正直、助かったよ」

「そして私が、何も見返りを求めずに他人に尽くすほど馬鹿ではないことも、知っているな?」

「まぁね。で、その見返りって?」

「それは、…………それは、……その…………その、だなぁ」

 途端、威厳が消え去り、もじもじとし始める。

 

「……………………仲直りが、したいなぁ、って……そんな感じ……」

 

 杖を持っていない方の手が、落ち着きなく頭を掻いたり、服の裾を弄る。

「………………ふむ」

 なのはは、じっと瞑目し……体感的に、ひたすら長い時間を過ごし続けるハメになる。

 そんな地味につらい待ち時間を終えた末の、なのはの回答は。

「――――いいよ」

 ぱぁあ、と、はやての顔が喜色に輝く。しかし……

 

 

全部無かったことにしてあげる(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

――――ばさぁああああああああっ!!

 

 

 膨れ上がる圧迫感。魔力……否、神気とも言うべき絶大な力が、炎の片翼となって顕現する。

「――――ッ!!!!?」

 気圧され、後ずさるはやての前で……翼を開いたなのはが、神の権能を知らしめる。

 

あなたの身体を(・・・・・・・)あの日の前の状態にまで還元してあげる(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 全てを無かったことに。それが、神への贖罪だと言う。……悪い条件ではない。はやても、あの日のことは悔いている。それが、当人たち同士の間で済むのなら、という気持ちもある。

 

――しかし。

 

「…………嫌だ…………!!」

 

 はやては……腹を庇うような動作で、目に涙を浮かべた。

「……どうして? 仲直りがしたいのでしょう? 迷うことは無いでしょう?」

 

――ジリッ……

 

 翼が揺らめき、熱波がはやての前髪を舐める。

「ひっ……!!」

 後ずさる足がもつれ、尻から落ちる。

「嫌だ……嫌だ、嫌だ……!! それだけは、嫌だ……!!」

「――。……ああ、そうなんだ(・・・・・)

 尚も腹を……その中の存在を庇い続けるはやてに、なのはは悟った。悟った上で。

 

「――――尚更(・・)消さないといけなくなった(・・・・・・・・・・・・)

 

 バレーボール大の炎弾が精製される。そして、一切の躊躇も無く、発射された。

 

「……!! 嫌だぁあああああああああああああッッ!!!」

 

――――ばらららららららららっ!!!

 

 至天の書が一気に記述される。防御。遮断。加護。拒絶。隔離。ありとあらゆる、『防御』という概念そのものを魔法化させた防壁が展開される。

 

――――ジュウウウッ……!!

 

「あ、あああああああ……!!」

 しかし……その防壁ですら、焼き焦がされ、何重もの積層魔法が破壊されていく。いくら力を注ごうと、片っ端から。焼かれ、溶かされ……

「おしまい」

 

――……。

 

 最後は、線香花火のように呆気なく。

「……!!!」

 はやては、最後の抵抗とばかりに体を丸めていた。防げないと分かっていても、そうしてしまった。だが……

「……?」

 不思議と、何も起こらない。目を恐る恐る開けるが、炎弾は、その残滓さえ残さず消え去っていた。

 

「――――いいよ。許す」

 

 ……と、なのはの口から、信じがたい言葉が発せられた。

「もしここで、黙って受け入れたり、途中で諦めて放り出したりしていたら。

 

――――魂まで焼き尽くしてやろうと思っていたの。

 

諦めないで良かったね」

 

「……!!」

 はやては、その神の試練に平服する………………ようなタマではなく。

「ふ、ふ、ふ……!!」

 恐怖に震える口をどうにか動かし。

 

「――――――ふざけんなちくしょーーーーーーーー!!」

 

 神を前に、大いに吠えるのだった。杖を放り出し、よたよたと頼りない足取りで、なのはに殴りかかる。しかし当然、いなされ、羽交い絞めのように捉われた。

「ぶ、ぶんなぐってやる!! この、この……この、ばかーーー! あほーーー!」

 怒りで語彙が貧困になっていた。

「あーあー……身体補助用の魔力までスッカラカンにして、何やってんのよ……」

 気付けば、翼も圧迫感も消え去っていた。

「悪趣味にもほどがあるわ!! ホントにもうおしまいかと思ったじゃないの!!」

「まぁ、ぶっちゃけ七割くらいは本気だったけど……」

「嘘こけ!!」「うん、ゴメン嘘。本当は九割九分九厘」

 ……はやては、0.1%の確率で生き残ったらしい。強運というか、悪運というか。

「まぁ、曲がりなりにもあの人の子供だし(・・・・・・・・)。そう悪くするつもりは無かったよ」

「…………」

「生まれてもいない子供に罪は無い……って言える程度には、私は常識人のつもりだし」

 はやてを背中から抱きしめながら、なのはが殊更に茶化すような口調で言う。

「すごいね、ゴッドハーフだよゴッドハーフ。なんか純血種より強くなりそうじゃない? サイヤ人みたいに」

「その、つもりだ……」

 はやては、ふらふらと立ち上がり……なのはに、宣言した。

 

「――――この子を、秀人よりも強い男にする。私は、自分の人生をそう決めた」

 

 その挑戦には、なのはは茶化して返事をすることはしなかった。

「ふぅん…………っていうか、秀人さんどころか、ヴィヴィオに勝てる子って時点ですら相当ハードル高いけど大丈夫? 次元世界探しても、歴王時代にまで遡っても、そうそう……というか、まず居ないよ? あの子、反則的に強いし。神化してなかったら、私でも危ないレベル」

「むぐ……そこは、まぁ、その……親子鷹でどうにかするさ。どうするかはまだ分からんが……不可能ではない筈だ。前例もある」

「前例……?」

 と、なのはが首を傾げた瞬間。

 

――――ずがしゃあああああんっ!!!

 

 …………時間の停滞した結界を、巨大な稲妻が打ち砕く。

「ほら来たぞ。神に勝った女」

「あぁ……あの子か」

 バリバリと雷鳴と稲妻をバックに、のっしのっしと大股で近づいてくる。

その強大な力と反比例し、威厳の欠片も無い本人が。

 

「なぁにやってるんだ、キミたちはぁああああああああああああッッ!!!」

 

 『神に勝った女(ゴッドキラー)』と一部界隈で称される、フェイト・テスタロッサが。

「あのね! 二人がとーってもなかよしのトモダチってことは、しってるけど! けんかするほどなかがいいっていうのもわかるけど! さっきっから、計測器がめっちゃくちゃな反応して、あんぜんのために入学式がすっごくおくれてるの!! おかげで遅刻者も居なくて全員そろったけど!」

「ならいいじゃない。結果オーライよ」

「さすが私。狙い通りだな」

 しれっと自己正当化する二人に……というか、はやてをぎろっと睨みつけて。

「しょっぱなからそんなんでどーすんだよ、校長先生(・・・・)!! キミは生徒たちの規範なんだぞ!!」

 ……学園長。そう。この創王覇道学園の運営母体は『機動六課』であり、未来の人材発掘と言う名の青田刈りであり、それを主導するのは機動六課部隊長であるところの八神はやてなのだ。まぁ、才能を腐らすことも無ければ、嫌が応にも努力をしなければマジで死ぬ環境なので、『将来有望な若者』にとっては(当人たちの人権を無視すれば)ベストな環境であるかもしれない。

「学校のルールは校長が決める。校長は私。つまり学校において、私の決定が全てだ。わかったかね、フェイト・テスタロッサ先生(・・)?」

 その教師陣というのも、AAA+からS+まで、もしくはそれ相当のトチ狂った異能者。

 というか、主に機動六課の人外’sである。

「ぐぬぬ…………!! けんりょくをかさにきやがって……!!」

 その人外’s筆頭候補、『神に勝った女(ゴッドキラー)』は、権力に屈しようとしていた。

「ひゃひゃひゃひゃ!! 権力を笠に着て威張り散らすのは至上の娯楽よなぁ!!」

 

 …………本当にこんなのがトップで大丈夫だろうか。

 

 まぁ、一癖二癖、生徒たちも合わせれば1000癖くらいはありそうな面子を纏めるには、このくらいの人間の方が合っているのかもしれない。

(二人は、私より先に『先生』なんだ……いいなぁ……)

 教師志望のなのはは、内心で二人を少しばかり羨んでいたが。

「……っていうか、学校名勝手に変えちゃダメだよ格好いいけどさ!」

「滅茶苦茶かっけぇだろ!」

「うん、チョーかっこいい! ……って、誤魔化されるもんかー!!」

「チッ……賢くなりやがって」

「ああもう、ボクの言いたいことはいっこだけ! いいかい、ふたりとも!」

 ずびし、と指さす。

 

「けんかするなら、ときと、ばしょを、えらべーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

 だんだん、と地団駄を踏みながら可愛らしく憤慨する姿に、なのは、はやては、ほぼ同時に噴き出すのだった。

 

 

「あ、お母さん来た!! もー、遅いよ!」

「ごめんごめん、ちょっと野暮用…………ヴィヴィオかわいい。服というか全部かわいい。すっごいかわいい」

 いきなりぶっ飛んだ発言が飛び出てきた。

「そうでしょう、そうでしょう! もー、わたしの見立ては間違ってなかったわ、お姉ちゃん!!」

 入学式のため、四葉がデザインから縫製までを手掛けた礼服は、それはもうひたすらに似合っており、自画自賛も許されよう。この後にお色直しが待っているのだが、他の家々も、この短い時間の中、子供を精一杯輝かせようとしていた。

「うん、ママありがとう!」

 名家の子息子女が多い中であっても、抜群の存在感を示すヴィヴィオは注目の的だ。

 

「――おい、あの子が」

「ああ、そうだ。あの子がきっと」

「神の子だ……」

 

 ……不穏な注目も含まれていたが。なのはが対処しようとするのを、ヴィヴィオが裾を引いて制する。

「……いいの?」

「いいの。わたし、お父さんとお母さんを、引け目に感じたくないから」

 ……そして。

 

「ん? ……おいどうしたヴィヴィオ」

 ヴィータが案内のために設置した朝礼台の上に登る。

「ヴィータ先生、貸してください」

 そして、ヴィータが握っていたメガホンを受け取り、息を、すぅううううっ……と吸い込み。

 

「 『 ――――初めまして!! 私の名前は、吾妻ヴィヴィオです!! 』 」

 

 大々的に、自己紹介を始めてしまった。

「 『 ゼーゲブレヒトの末裔、系譜の継承者……今代聖王を名乗っています!! 』 」

 聞きようによっては……いや、もはや、そう聞かせているとしか思えない。

「 『 聖王・吾妻ヴィヴィオが、いつでも相手になります! みなさん、オトモダチになってください! 』 」

 ざわつく群衆。そういう狙いもあったとはいえ、こうも堂々と友達募集などと言われては、はいそうですか、と言い出せる者などそうは居ない。

 牽制にせよ、本気にせよ……もしくはそのどちらにせよ、ヴィヴィオの行いは、正しい。

 

「物怖じしない子に育ちそうで、お母さんは安心だわ……」

「お姉ちゃんは、もうちょっと人付き合い頑張った方が良いと思うよ……」

 ……先ほどから、隠密術まで使って打算やら好奇心やら純粋な好意から、あらゆる挨拶を回避しまくっているなのはに、四葉が苦言を呈する。

「嫌よ。知らない人と話すなんて」

「おいコラ教師志望」

 あまりにも清々しいディスコミュニケーションっぷりに、思わず真顔になる。

 

「おっ。おい、みてみろよ」「あ。あの子だ」

 と、秀人が指さした先。和装の少女が、朝礼台の上にすたすたと登り、ヴィヴィオの真正面に立った。

 

「んー、ヴィヴィオ、ともだちがほしいなら、めい(・・)がなってあげる」

 鬼人族の麒麟児、冥が、台の上に乗り、ヴィヴィオに手を差し出した。

 

――ぎゅ。

 

 と、ヴィヴィオと冥が、互いの手を握り合う。

 

めい(・・)、ちょーつよいよ」

 

――――――――メキメキメキメキ……!!!

 

 

 ……互いの手を、圧搾しに掛かっているとしか思えない軋みの音が鳴り渡る。

 

「――――よろしくね、冥」

「――――うん、ヴィヴィオ」

 

 対等なる友情成立である。

 

「やれやれ、退屈している暇は無さそうだねぇ」

「はは……ウチら、アレのサポートをするんスか……」

 葉月、雪月が顔を見合わせ、今後の苦労に思いを馳せつつも、期待に胸を高まらせていた。

 

 広大な講堂。壇上に立ったはやてが、マイクの前に立つ。神ほどではないが、あの戦乱の旗頭となった英雄だ。さぞかし、威風に満ちた挨拶が有るのだろうと……

 

「――――諸君、入学おめでとう。

 

私は明日から産休に入るから、学校内の細かな雑事はこのフィアット校長代理に相談するように」

 

「 「 「 「 「  「 「 「 「 「 えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーッッ!!? 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」

 

「ふぁッ!?」

 がびーん、と愕然とするフィアットに面倒事を丸投げにする宣言をし、新入生たちへのメッセージを送る。

 

「――――今の諸君は、きっと誰でも無い『誰か』でしかない」

 

 否定的とも取れる言葉から始まったメッセージは、新入生たちの心に深く浸透した。

 

「生まれ、血筋、家柄……それらはあくまで、諸君に付随するものであり、『君たち』ではない。

 

 誇るのは良い。アイデンティティをそれに置くのも良い。だが、それはスタートラインに立つ前の段階だ。

 

 下を見給え、諸君」

 

 言われて、下を向く一同。

 

「いま、立っているその場所が、諸君のスタートラインとなるだろう。誰も踏み出したことの無い地が、諸君の前に無限に広がっている。踏み出した一歩が、刻んだ歩数が、目指す頂が、諸君を『自分』たらしめるだろう」

 

 一拍を置き。

 

「――……創王覇道学園・三箇条!!」

 

 張りのある宣言に、ハッと、聴衆の背筋が伸びる。

 

 

 

第一条! 力と共に、一歩を踏み出せ!

 

 

第二条! 力の意味を、己が内に問い続けろ!

 

 

第三条! 力を求め、歩み続けろ!

 

 

――――以上を以て、入学式並びに開校式挨拶とする!」

 

 しん、と静まり返る大講堂。ざわめきが起こり。拍手がまばらに起こり……

 

 

――――……わぁああああああああああああああああああっっ!!

 

 

 大歓声が、竜巻のように巻き起こった。

 

「さぁ、直近の『学校行事』は、五月の生徒役員選抜戦(・・・・・・・)だー! 張り切っていくよー!!」

『行事委員会』という腕章を装着したスーツ姿のアリシアが、嬉々とした口調で言い放った。

 

 

――――――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!

 

 

「……いいなぁ、楽しそう」

 なのはが、ぽつりと漏らした。

「お姉ちゃんだって、先生を目指して頑張るんでしょう?」

 

「………………でも、四葉とヴィヴィオだけで、こっちの世界で暮らすなんて……」

 

 そう。ヴィヴィオはこの学校に通う都合上、この世界に定住することになる。保護者は必要だ。そして、それに手を挙げたのは、四葉だった。

「だーいじょうぶだって。私、結構デキる女なんだよ?」

「それは、知ってるけど。………………ねぇ、四葉は寂しくないの? お姉ちゃんと一緒じゃなくて、本当に平気?」

 ……本当に寂しいのは自分だと、そう本音が漏れているようだ。そんな、可愛い姉を、四葉が抱きしめる。

 

「――お姉ちゃん。私、頑張るから。

 

ヴィヴィオのママも、お姉ちゃんの妹も。だから……お姉ちゃんと秀人さんは、ちゃんと、自分(・・)を頑張って」

なのはは、名残惜しそうに四葉を離す。

「………………お休みの日には、こっちまで会いに来るからね。四葉が泣いちゃってないかどうか、見に来るからね」

 同じ顔の二人の少女は、離れた別の道を歩み始める。

 

 しかし、それは別離ではなく。

 

「 「 またね 」 」

 

 互いを信じて歩み出す、『信頼』だ。

 

「行こう、なのは」

 

「うん。秀人さん」

 

 秀人が差し出した手を、なのはが取る。

 あの日、連れ出してくれた手を。引っ張ってくれた手を取り。

 

 今は、並んで歩くのだ。

 

 それは、神であっても、人であっても、

 

――――繋ぐ手のぬくもりは、永遠だ。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆  

 

 

「カリム。もうそろそろ、お時間ですよ」

「あら……そうだったかしら」

 騎士カリムは、デスクから顔を上げ、呼び主であるシャッハを見上げた。

 

「――ええ。創王覇道学園と、我がSt.ヒルデ魔法学院。二校は姉妹校となりますからね。出遅れるわけにはいきません!」

 ぐいっ、と袖をめくるような動作をするシャッハに、同意の笑みを返す。

「ええ。子供たちの未来に、祝福あらんことを」

 

 未来に希望を見出し、子供たちに未来を託し、先駆者たちもまた、己が道を歩んでいく。

 無人となった部屋。

 

――――さぁああああっ。

 

 風が吹き、古ぼけた紙片が宙を舞う。『神の予言』を告げる、カリムの先天技能の媒体が、人知れず、淡く輝き、記されていく。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ 光の文字列

 

 

――――こうして、人は生きていく。

 

 

――――時間の中を、生きていく。

 

 

――――時に迷い。

 

 

――――時に悩み。

 

 

――――時に過ちを犯し。

 

 

――――赦しを与え合い。

 

 

――――それでも人は、生きていく。

 

 

――――間違えるのが、人だから。

 

 

――――それを正すのも、人だから。

 

 

――――そうして人は、生きていく。

 

 

――――……………………。

 

 

――――人に、未来を託そう。

 

 

――――人の未来を、信じよう。

 

 

――――『眼』はある。

 

 

――――いつまでもいつまでも、人の時間を、見守ろう。

 

 

 

――――その未来に、希望があると信じて。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆  空色と桜色の記述。

 

 

 

――――――ねぇ、見て秀人さん。『私』、あんなに幸せそうに笑ってる

 

 

――――――ああ。『俺』も、歩き始めたみたいだ。まったく、我ながら出足の遅い奴だ

 

 

――――――私たちの『分身(エイリアス)』、ちゃんと生きてるね

 

 

――――――ああ。紛れも無い『俺』が、生きている。

 

 

――――――もう、大丈夫かな

 

 

――――――大丈夫さ。あの世界は、あの世界の人間が守っていく。

 

 

――――――あの世界、私たちが創ったものだなんて、誰も気づかないだろうね

 

 

――――――カンのいい奴なら、もう気付いているんじゃないかな

 

 

――――――でも、いいよね。あの『私』は、間違いなく『私』で

 

 

――――――あの『俺』も、間違いなく『俺』なんだから

 

 

――――――『私』たちは、幸せになってくれるよね

 

 

――――――きっと、運命を殴り壊してでも、幸せな未来へ進むさ

 

 

――――――私は、そう信じてる

 

 

――――――俺は、そう信じてる

 

 

――――――たまには、様子を見に来ても良いよね。『私』、心配で心配で

 

 

――――――何せ『俺』だからなぁ……どこで躓くか、ハラハラしちまう

 

 

――――――――――……………………。

 

 

――――よし、行こう。

 

――――うん、行こう。

 

 

――――――――――次の世界へ

――――――――――別の世界へ

 

 

――――――――――永遠を求めた死人『大道克己』か

――――――――――光を求めた闇の巨人『-------』か

――――――――――力を求めた弱き覇王『アインハルト・ストラトス』か

 

 

 

――――――――――彼らの運命を、見届けに

――――――――――彼らの運命を、見届けに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――終わることの無い、無限のあした(未来)へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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