魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
――――ヴィヴィオへ。
元気ですか?
お母さんたちは元気です。本当は電話かメールでお話がしたいのですが、四葉が「際限なくなるからダメ」って言うので、またお手紙を書いています。
いっぱい書きたいことはありますけれど、読んでいて疲れないように短くしますね。
学校は楽しいですか?
冥ちゃんとは仲良くできていますか?
最近では、お腹の中から蹴られるという貴重な経験をしています。でも、お父さんに似て腕白な子なのか、息が詰まるかと思いました。
お母さんの方は今度、オリエンテーリングっていう行事があるらしくて、数人の班で踏破訓練……じゃなくて、ハイキングのようなことをするって聞きました。お母さんは停学中なので、お父さん伝手に聞きました。
(注※お母さんは悪くありません。社会が悪いんです)
でも私、そんなの絶対行かな○○○○(修正テープで不自然に文字列潰されている)
しらないひとと班になって行動するなんてぜったいに○○○○○○(同じく)
行かないったら行かないからね!○○いや○! おうちに○○○○!(修正テープがヨレている。抵抗した形跡のようだ)
『あの人の所為で日程が延期されたんだよねー(笑)』『マジ空気読めっつうの』とかぜったい陰で言われてるもん!
――――――私、悪くないもん!!
◆ ◆ ◆ ◆
「お母さんってば……」
ヴィヴィオは、呆れの多分に入り混じったため息を吐く。
「お父さんも大変だなぁ」
母からの頼りは初めてではないが、毎度毎度、母のアレな一面を心配するばかりだった。
あの修正テープ、間違いなく父の仕業だろう。
「ヴィヴィオー、ご飯できたわよー」
と、階下から母の呼ぶ声がした。
「はぁい!」
今朝届いたばかりの手紙を大事に引き出しに仕舞い、手早く制服に着替える。姿見でチェック。
「うん……よし」
襟元にキラリと輝く、『F組』のクラス証。
「吾妻ヴィヴィオ、今日もオッケー!」
ビシッ、と鏡に敬礼し、とたとた階段を降りていく。
テーブルには、既に朝食が配膳されていた。そして。
「……おふぁおー、ふぃふぃふぉ(おはよー、ヴィヴィオ)」
……頬袋をパンパンにしてよその家のメシをかっ食らう、鬼が居た。
「……冥、少なくとも私が来るまでは待てなかったの?よその子なんだよ、あなた」
「……んぐんぐ、ぷはぁ。むり。おなかへった」
ゴックン、と、音が聞こえてくるくらい豪快にメシを飲み干すと、ようやくマトモに診れる顔となった。さらさらの黒髪をぱっつんにした、和風な印象の少女だ。すっきり整った顔立ちに、華奢な手足。そして何よりも目を引く、額の一本角。
――鬼人族。
ある種の怪異を日常に取り込み、今日もヴィヴィオの一日が始まる。
「よつばさん、おかわりちょーだい」
「ほんっと物怖じしないよね、冥ってば……」
ぼやきながらも自身の食事を始める。
「はい、冥ちゃんおまたせー。ヴィヴィオもおはよー」
台所から、湯気を立てるフライパンを片手に四葉が現れる。
若々しい……というか、実際若い。あり得ないくらい……実際、生物的にはあり得ない逆・年の差母娘だ。姉で通るどころか、それ以外なんなんだ、と言いたいレベル。やや茶色がかった頭髪と、似通った目鼻立ちが母娘の証明だった。
「ヴィヴィオのもたっぷりあるからね。これ、永夜さんからの差し入れなのよ」
永夜とは、冥の『母親』。こちらは二本角の鬼人であった。
冥のめし代ついでに、こうして食料を差し入れてくれる関係だった。ママ友である。
「ママ、お母さんがまた……」
手紙の内容を仄めかすと、四葉も表情を曇らせる。
「また、なのね。お姉ちゃんってば相変わらず、ぼっち気質なんだから……」
サキ先生に言いつけてやるんだから、と一人ごちり、フライパンの中身をヴィヴィオ、冥の皿に移した。
「わぁい、粕漬けだー」
冥の好物だった。もちろんヴィヴィオの好物でもある。
はぐはぐ、と満面の笑みで粕漬けを食べる姿は無邪気で、とても鬼とは思えない。
「 「 行ってきまーす 」 」
ふたり、通学路を歩く。まだまだ開発途上の土地だ。街路樹なのか、はたまた単に伐採していないだけの自然木なのか微妙な連なりのある道がいつものルート。
「ねぇヴィヴィオ。……さいきん、どう?」
「また唐突だね……」
最近も何も、だいたいつるんで行動しているというのに。
「まぁ、変わりないと思うよ?」
新生活が始まり数ヶ月。
父母と離れた暮らしも、初めての学園生活も、苦労することはあっても何だかんだで楽しく過ごせている。
「冥がいるからね」
冥は、ぼんやりとした顔に笑みを浮かべる。
「ヴィヴィオは、目を離すとスゴイことをするから退屈しない」
「お互い様だよ……」
ヴィヴィオはポケットをまさぐり、ポーチのようなものを取り出す。開くと中には、金銀銅の、指先ほどのバッジが詰め込まれていた。
「いくつ?」
「うぅん……金が2、銀が17、銅が32だね」
そのバッジと同じ形状のものが、ヴィヴィオ、冥の襟元にも輝いている。
ヴィヴィオが金、冥が銀。
はて、これが意味することとは。
この世界で唯一の教育機関、その名も『創王覇道学院』という、ネーミングセンスが小学生男子の学校こそが、ヴィヴィオたちの母校だった。
初年度から多種多様な層が居たため、上級生、下級生の括りは弛く、同クラスに年長から年少までがごっちゃになっているのが特徴だ。
ヴィヴィオたちは、そのF組に所属している。
「おはよう!」「はよー」
楽しく連れ立って教室のドアをくぐる。
クラスメイトたちは、そんな仲の良い二人をにこやかに出迎えてくれる。
「陛下、今日の体育、わたしと組んでよー」「あ、ズルいわたしも!」「じゃあじゃあ、冥ちゃんはわたしとね!」
どやどやと、とたんに人の輪が形成される。
親に似ず、ヴィヴィオは人付き合いは上手のようだった。
「……?」
ちりっ、と、背中に奇妙な視線を感じ振り向く。
が、そこには誰の姿もない。無人の廊下が広がっているだけだ。しかし気のせいにしては、いやにハッキリしていた。
「陛下?」
「あ、ううん、何でも無いよ。あと、私と組むにはラキアはちょっとまだパワーが足りてない。ルルはスピードが今一歩。佐奈は冥と組んだら普通に死んじゃうから止めておきなさい」
はぁい、とやや残念そうに引き下がるクラスメイト達。
視線のことは、まぁいいや、と忘却の彼方へ消えていった。
――バスーン!
快晴の空に、爽快な音が響き渡る。
『ヴィヴィオ、なげるよー』
『いいよー』
――ドバーン!
微笑ましいキャッチボールである。
……念話でなければ声が届かないような距離かつ、投げあっているものが砲丸でさえなければ。
『今日の放課後、委員会あるの覚えてる?』
『うん、ちゃんと覚えてるよ』
平然とした面持ちで砲丸を軽く投擲しつつ、そんな会話が交わされる。
クラスメイトたちも、それには一歩及ばないものの、それなりにトチ狂ったキャッチボールを行っていた。ある者は魔力弾を投げ、ある者はアルマジロのような使い魔を投げ、ある者は殺意満点のウニのような物体を投げている。
――――………………一般的な体育の授業である。
『ヴィクトーリアさんが、今度のクラス対抗戦について事前協議するって』
『よっぽど負けたのがくやしかったのかな』
『かもねー。でも、前回から一月ぽっちで、私に勝てる見込みが出来る?』
『むり。雷帝は多芸だけど、一つ一つがみじゅく。』
『だよねー。A組さん、みんな優等生だけど、優等生すぎて伸びしろが少ないんだよね』
『だからといって、入学早々に討ち入りしてバッジ狩りするのは……』
『いや?』
『ううん、だいすき』
この学園のクラス分けは、基本的には能力だ。
とはいえ、単に優劣ではなく特異性や方向性で、大雑把に括られている。
しかし、皆が皆、謙虚に弁えた者ばかりではない。なにせ子供だ。
単なる文字の順番に過ぎないA〜Fを序列と勘違いし、居丈高になる児童も少なくはなかった。歴王の系譜に連なる、いわゆる名家の出の世間知らずの御曹司や令嬢。それらが徒党を組み、派閥のようなものを形成し始め、
――ヴィヴィオはそれを、完膚無きまでに圧倒的な力量差で叩き潰した。
彼らで言うところの、最底辺のF組のヴィヴィオに、それはもう衆目の下に、圧倒的に、小細工抜きに、言い逃れも負け惜しみも不可能なレベルで。
追い打ちとばかりに、クラス証であるバッジを公衆の面前で毟り取られた彼らは、特に根拠のないプライドを粉微塵とされ……
恥も醜聞も無く、クラス最高実力者を担ぎ出してきた。それが『雷帝』ヴィクトーリア・ダールグリュン嬢である。
『お母さんが言ってたの。『喧嘩に勝ったなら、何でもいいから戦利品を取りなさい。それが敵にとって屈辱になり、上下関係がはっきりするから』って。』
『かみさまはファンタジーな存在なのに、たまに超リアリストだよね』
……雷帝は、それはそれは健闘した。善戦だったと、誰もが言うだろう。責められる者など、いようはずもない。先祖より継承した魔力資質、武技、奥義を巧みに操り、時に魔法、時に物理。もしくはその複合と、『雷帝』の二つ名は伊達ではない、と示した。
――――ヴィヴィオには、悉く通じなかったが。
しかも、聖王形態にさえなっていない、『聖王の鎧』をも展開していない状態のヴィヴィオに。
単純に、力量が隔絶し過ぎていてダメージにならないのだ。
『残念だけど、ヴィクトーリアさんは、私のトモダチにはなれないみたいですね。他のA組の皆さんも。……残念です』
……魔力体力を使い果たした『雷帝』を、まるで赤子にそうするように両手で抱え、A組の生徒に優しく手渡したのだ。
『雷帝』その身には、擦過傷一つない無傷で。
――違いすぎる。
何が、ではない。ただ、『違う』のだと。A組の面々は震え上がり、以降、ごく謙虚に振る舞っている。
『警戒すべきは、力押しに持ち込めない、持ち込ませない相手。これはお父さんが言ってた』
『……めいはまだ、そういうのに会ったことない』
『クロノさん達がその類らしいよ。ママの見立てだと、私達でようやく五分と五分。それ以外は相手にならないって』
『あのシスコン'sが?』
『なにそのユニット名』
『さいきん、ヴァイスが新メンバーに加入した』
『……まぁ、小春は可愛いからね。仕方ないか』
――――ドガンッッ!
『あーもう、どこ投げてるの冥ってば』
『ごめーん』
砲丸は、散々に握り潰され歪み、真っ直ぐ飛ばなくなってしまっていた。
『今日はここまでかな。冥、お昼行こう』
と、見上げた山の向こうから、黒点が打ち上がる。それは、見る見る拡大され……
――――ドゴォオオンッ!!
……校庭に落下し、クレーターを残した。
「わかった」
冥が、そこからピョコっと立ち上がる。この二人、山越しにキャッチボールをしていたらしい。
「……」
しゅうしゅう、と煙を上げる砲丸を手に取り見下ろす、一人の少年がいた。
その目は、去ってゆくヴィヴィオに向けられており……決して友好的ではない質をしていた。
「『聖王』、オリヴィエ・ゼーゲブレヒト……」
――メキメキッ……!
その手の中、砲丸が握り潰され、ぱらぱらと破片を零した。
「ようやく、見つけた……!」
◆ ◆ ◆ ◆
「はぁ……」
ヴィヴィオが、珍しく憂鬱そうなため息をついた。
「どしたの?」
心配する冥にヴィヴィオは、低い声で愚痴を零した。
「よく考えたら、委員会ってことは『あいつ』もいるんだった……」
ヴィヴィオが他者を『あいつ』呼ばわりするとは、珍しいが、特定の相手においてはいつものことだった。
「かわりに出てあげようか?二割くらいしか覚えてられないけど」
「ダメじゃない……ふぅ。まぁ、でも行くよ。責務は果たさなきゃ」
「私は『王』だからね。」
委員会の行われる会議室の扉を、軽くノックして入室する。
「こんにちは」
ヴィヴィオが最後のようだった。
「ヴィヴィオ。確かにまだ開始時刻までは多少あるとはいえ、君が最後なんだ。少しの謝意くらいは、見せるべきじゃないのか」
……一人の少年が、開口一番にそう咎めた。
「勝手に早く来ておいて、その言い草もどうなの――――九音。」
自然と、ヴィヴィオの声にも棘が出る。
「言い草の問題ではない。なぜ俺に声をかけなかった。終業後に待ち合わせて同行すれば良かっただろう」
「あなたと、一緒に行くのが、嫌だから、声を掛けなかったの」
一言一言、言い含めるように声にした。そして、それに対して九音が何かを言おうとした矢先。
「こら、九音!」
ぽこん、と、軽く九音の頭を、背後から何者かが叩いた。
灰色の髪を、背中まで伸ばした少女だ。背丈もヴィヴィオや冥と同程度。何故か右目に眼帯をしているが、傷めているとか、光に弱いとかではなく、単純に「カッコイイから!」とのこと。
「痛いじゃないか、五香」
少女……五香は、むふー、と多分怒っているであろう鼻息をし、腕を組んで九音を見上げた。
「九音、確かにキミの言葉は正しい!でも、正しい言葉を、ただ相手に伝えるだけ……これは、正しくない!もっと優しく!
おぶ……えっと、ほら、あの甘くて薄いアレで包んでやるんだ!いがいがの薬も、アレで包めば大丈夫!」
「俺は苦党だ。そのまま噛んで飲むぞ」
「うぇえっ……」
想像で顔をしかめ、気を取り直し、ヴィヴィオに向き直る。
「そしてヴィヴィオ! キミも、そう九音を邪険に扱うものじゃない!きょうだいなんだぞ!」
「きょうだいじゃなくて、イトコくらいの関係でしょう……」
この熱血少女を前にすると、怒っているのが馬鹿らしくなる。
――くい。
と、ヴィヴィオの服の裾が摘まれた。
「……ヴィヴィと七緒、きょうだいじゃない……?」
「うっ……七緒もいたの」
七緒と呼ばれた少女は、くいくい、と裾を引っ張る。
「ねぇ、なんできょうだいじゃないの?ヴィヴィ、なんで、なんで?」
「えーと、それはね……」
何か上手い言い方は無いものか、と思案しているのを、無言の肯定と誤解した七緒は。
「なんでぇ……? なんでそんな意地悪いうのぉ……?」
じわぁ、と瞳いっぱいに涙を溜め、今にもぽろぽろと泣き出してしまいそうだった。
「ああぁ……別に意地悪とかそういうのじゃないって」
「じゃあ、きょうだい?」
「……姉妹かな?」妥協した。
「九音は男の子だから違うけど」
「おいちょっと待て。なぜ俺が除外されているんだ」
「べーーーっだ」
ヴィヴィオと九音がまたしても不毛な口論を始めようとし、それを五香が止めようとし、七緒は泣き出し、
「いい加減になさい!」
バシーン、と、机を平手で叩く音と共に、中断された。
「とっくに会議の開始時刻ですわよ!」
豪奢な金髪の少女だった。顔立ちや、今は怒気を示すその振る舞いからも、気品が感じられる。
「失礼しました。ヴィクトーリア・ダールグリュンさん」
ヴィヴィオが、にこやかに素直に詫びる。しかし、詫びられたというのに、ヴィクトーリアは形の良い眉をきりりと吊り上げる。
「……」
とにかく、不満そうだ。
「会議のために集まったんですものね。私語が過ぎました。お詫びします」
「…………構いませんわ」
「ほら五香。残りもさっさと席につく。ダールグリュンさんに迷惑掛かるでしょう」
そうだな!と、五香が弟妹たちの手を引き、着席させる。
「……ヴィヴィオさん、その、私にもそんなに、気を遣って頂かなくても良いのですよ」
「? 何故です?」
ヴィヴィオが、完璧に『よそ行き』の態度と表情で問い返す。
「その……そう、同級生なのですから!」
「そうですね、お気遣いありがとうございます!」
……しかし、崩れない。
「…………」
友情、気の置けない関係。それらは、互いに対等でなければ成立しない。
ヴィヴィオにとって、その立ち位置の基準は『強さ』だ。
『友達』『ライバル』『臣下』『その他』……ヴィクトーリアは、『その他』だった。
蔑ろにするわけではない。無下にすることもない。しかし、明確に隔たりがある。
「本日の招集は、次回のクラス対抗戦の内容協議について、でしょうか」
「、はい、そうですわ。前回は、半ばなし崩し的に……その、わたくしも事情をよく知らず、戦闘に及んでしまいましたが、」
(『戦闘』なんてあったっけ……?)
ヴィヴィオは、そんな程度の認識だった。
まぁ、手元に各クラス頭目の証、金バッジがあるということは、一応、戦闘にカウントしても良いだろう。
「ですが、早すぎませんか?仮に『修練の門』、その最難関に挑んで突破していたとしても、私には届きませんよ?」
それに、現在、最難易度の『修練の門』は、E組が使用している。
「……わ、わかっていますわ!」
バンッ、と、恐らく感情が高ぶった際の癖のようなものなのだろう。机を両の平手で叩き、立ち上がる。
「当Aクラスへ、姉妹校であるst.ヒルデ魔法学院より、交換留学生が来ます! 彼をAクラスの戦力に加えた上での、Fクラスへのリベンジマッチを申し入れますわ!」
「 「 「 「 ……、(うわぁ) 」 」 」 」
……こんな時だけは、息ぴったりの神の子たち。
現状では勝てないから、外部から招き入れた戦力を宛にしてリベンジする。
「あの……ダールグリュンさん、あのですね、」
ヴィヴィオが、流石に窘めようとしたところ。
「――――家名が泣くぞ、『雷帝』ダールグリュン。」
……空気読めない系男子、九音がバッサリと言葉の刃で切り捨てた。
「がふぅっ……!」
不可視の刃にダメージを受けたようによろめく『雷帝』。
「うむ、ちょこーっとだけ、カッコ悪いと思うぞ!あ、ちょこーっとだけ、だから安心していいぞ!うむ、せいぜい我が家の親父殿の変人具合程度だ!」
五香がフォローにもなっていないフォローをし。
「…………はずかしくないの?」
七緒は手酷く言い捨てた。
ヴィクトーリアは、ぐぬぬぬぬ、と恥辱に塗れた表情で……
「も、もう後がないのですわー! 期限以内にバッジを取り戻さないと、家の者に向ける顔がありませんのよー!」
……母直伝、ヴィヴィオの『戦利品大作戦』は、なかなか効果があったようだ。
「これですか?」
ヴィヴィオは、ポーチより2つある金バッジのうちの一つ、『A』の刻印がある方を取り出し、かざす。
「そんなにお困りなら、今この場で返して差し上げましょうか?」
元より、そこまで執着がある訳でもない。苦労の結果、勝ち取ったものでも無い。A組からの、臣下たちへの逆恨みちょっかいを遮断する印籠代わりに使えるなら使う、程度の認識だ。
「それじゃあ意味がありませんのよー!」
ジタバタと手足を振り回す。
あーあ、とヴィヴィオが事態の収拾を図った際、九音があっけらかんと決定事項のように言い出した。
「ふむ、ではこうしよう。B組頭目である俺、
「……はい?」
「前提として、A組の総戦力はヴィヴィオ個人に劣る。これでは、決闘としてはアンフェアだ。ならば、ヴィヴィオ・冥を抑えられる者がいれば、多少は戦力の均衡が取れるだろう。」
「……」
突然の提案に、ヴィクトーリアが目を白黒させていた。
「なっ……なんで、九音が出て来るの!?関係ないじゃない!」
これには、ヴィヴィオも抗議した。
「むざむざ弱者が蹂躙される様を傍観できるほど、俺は乾いていないつもりだ」
さり気なく弱者呼ばわりされたヴィクトーリアは、魂が抜けたようだった。
そして、当事者抜きに話は進む。
「どちらにせよ、その留学生に俺やヴィヴィオ、もしくは冥に並ぶ力が有るとは思えん。」
「それは……そうだけど」
「だからこそ、俺が入ると言っている。俺がヴィヴィオを抑えている間に、雷帝と未知数戦力が、冥を抑えられればA組にも勝ちが有るだろう」
「……まぁ、それもそっか。いいよ、じゃあ」
ぷいっと、年相応の少女のようにふくれっ面でそっぽを向くヴィヴィオ。
「力比べは、久しぶりだな」
九音が、素直に楽しそうにヴィヴィオに語りかける。
「私に勝ったこと無いくせに」
「引き分けだからだろう。負けは無い」
傍観していた五香が、メンタルをやられていたヴィクトーリアに問う。
「うむ! して雷帝よ。その留学生とやらの名は、何と言う?」
「じゃくしゃ、弱者……はっ。そうですわ。わたくしとしたことが」
えほん、と勿体ぶるような咳払いと共に。
「ハイディ・アインハルト・ストラトス・『イングヴァルト』」
その家名は……
「ほう……『覇王』か」
九音が、好戦的な笑みを浮かべる。
「ふぅん……」
ヴィヴィオは、どこか思うところがあるようで、生返事だった。
細かなルール詰めは特に無かった。『校庭』をフィールドに、互いの『王』を倒し合うという単純な試合だ。ノックアウトするもよし、拘束し行動不能にするのも良し。審判はヴィータに依頼することが決まり、会議は解散となった。
「たっだいまぁ〜……」
家に帰り着いたヴィヴィオは、リビングのソファにぼふっと身を沈める。
「おかえりなさい。随分と疲れてるみたいね?」
エプロン姿の四葉が、ぱたぱたとキッチンからやって来て、ヴィヴィオの隣に座った。
「ん〜……」
四葉の膝を枕に、ヴィヴィオが今日一日の報告をする。
「あのね、今度、『覇王』の血脈と戦うことになったよ」
花壇にアサガオが咲いたよ、みたいなノリだった。
「へぇ……濃さはどのくらい?」
「イングヴァルドを冠してるから、たぶん直系」
「あらまぁ……珍しいわね」
この時代、『王』の血筋をそのまま家名に据え置くことには、相応のリスクがある。名乗るからにはの責務や、その血筋に相応しい立ち振る舞いが必要となってくる。
そして何よりリスキーなのは、いわゆる「道場破り」の存在だ。
「かの『王家』を討った」とされてしまえば、その戴く『王』の栄光は地に落ち、歴王の面汚しとして終生罵られることとなる。
ヴィクトーリアが、あそこまでバッジに固執するのは、本家筋が散逸しているため、暫定で分家筋の彼女が『ダールグリュン』を名乗るからに他ならない。
「まぁ、それはいいんだけど……問題は九音だよ! もう、しゃしゃり出てきて、あの出しゃばり!」
四葉にひっつきながら、ぶーぶーと文句を言うヴィヴィオ。
しかし、ヴィヴィオが本気では怒っていないことも、あの二人はあれで良い距離感を持っていることも、何だかんだで互いを信頼し合っていることもお見通しである。
四葉は相槌を打つのみに留め、にこにこと笑いながら、今晩の献立を組み立てていた。
「――――ふぅ」
ヴィヴィオは、辟易した様子でため息をついた。
気のせい、でスルーしていた視線with敵意は日増しに強くなり、無視するにも面倒くさくなっていた。
授業が始まれば、その敵意も無くなる……ということは、生徒の中の誰かだろう。恨みくらいは買っているだろうが、遺恨を残してしまったのは手落ちだ、とヴィヴィオは思った。
「(E組の皆さんは、『修練の門』で全員遠足中だから不在。A組は恨むよりも私に屈服してるから除外……九音、五香、七緒のクラスは、そもそも無干渉。外部……いや、もしかしたら、逆恨みの類かな)」
思考を巡らすヴィヴィオに、教壇に立つ教師か、指名があった。
「はい、では吾妻ヴィヴィオ。ここまでを踏まえて、回答なさって」
細身のスーツ姿の女教師の指名に、ヴィヴィオはさらさらと答えた。
「――無力化を優先するなら頭を潰すべきですが、有利な条約を求めるのであれば、手足をもぎ取ることを優先することが効率的です」
「――Marvelous(素晴らしい)」
女教師は、感動に打ち震えるように我が身を掻き抱いた。
「良いですか、皆さん!
勝てば官軍、負ければ賊軍!
勝利者こそが正義なのです!
正義の行いに間違いは無い!
勝利=正義!
大勝利=大正義!
輝けjustice! 掴めvictoryィイイイイイイイ!!」
――キーンコーンカーンコーン……
「あっ今日はここまでにしますね。皆さんお疲れ様でした」
会話が成立するので、学園教師陣の中では一番の常識人と言われる彼女だった。
その日の帰り道。ヴィヴィオは、あえて一人で、普段は利用しないルートで、未開発地域へと足を運んでいた。
「さて、と」
うーん、と伸びを一つ。砂地と土が適度に交雑した、膝下までの雑草がまばらに生えているだけの、殺風景な土地だった。
――――身を隠せるような樹木も、高低差も無い。
背後を振り向くと、もはや隠れる気は無い、とばかりに、一人の人物が佇んでいた。ヴィヴィオより、やや年上にも見える少年だった。九音と同程度の体格だろうか。
「初めまして。」
挨拶は自分から、という、父の教えだ。
「私は、」「『聖王』オリヴィエ・ゼーゲブレヒト」
……違う。
確かに、ヴィヴィオの遺伝子には、少なからずオリヴィエのソレが含まれている。
だが、ヴィヴィオはヴィヴィオだ。『聖王』の系譜にあろうとも、自分は、あの誇らしい両親の娘なのだと。
「私は、吾妻ヴィヴィオです。」
「違う。『聖王』オリヴィエ……クローン体となって現世に蘇った、かの暴君だ」
「……違います。血筋にあるだけで……私は」
「あの日の恨み、忘れるものか……!」
「私は、今代聖王・吾妻ヴィヴィオで、」
「さぁ、構えろオリヴィエ! あの日より500余年、転生体たちの力の結晶!今こそ貴様の牙城を崩してくれる!」
「……。違います。私は、!」
「この期に及んで言い逃れか、オリヴィエ!」
「…………」
ヴィヴィオは、『王』としての己の責務を自認している。『聖王』の系譜として。『神』の子として。
しかし……それでも素は、ただの少女なのだ。
両親に愛され、真っ直ぐな気持ちを持つ、たまには級友とふざけ合ったり、喧嘩をしたり、そんな少女。
だが……そこには、微かな負い目も存在した。
人為的に操作された遺伝子。あの事変が無ければ、とっくに使い果たしていた命。歪な存在。
冥は、無神経なようでいて、常にヴィヴィオを大事に思っている。ヴィヴィオが心の底で感じている負い目に、触れないでいてくれている。
その『負い目』を……目の前のダレカは、
無神経に、
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ただ、
―――――無遠慮―――――に、
「さぁ、構えろ、」
――――無神経に、「聖王オリヴィエ、」――――なんで、気にしていることを「今こそ」――悲しい――「決着のとき」つらい、――――もう聞きたくない―「今度こそ」―クラスの皆も―――――――――「来ないのなら」――もしかしたら、そんなふうに―――「こちらから」
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