魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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vivid編 3話『 嗚呼、太陽神はヒキコモリ 』

――――生徒個人傾向記録。

 

――――『吾妻秀人』1-A所属。

 

――――学習意欲高く、社会生活の経験から、コミュニケーション能力に長ける。

 

――――クラス内では最年長として、年少者の世話役、指導役といった役割を自発的に行い、信望も厚い。

 

――――既婚者。

 

 

 

――――生徒個人傾向記録。

 

――――『吾妻(旧姓・高町)なのは』1-D所属。

 

 

――――『         』

 

 

――――始業日に乱闘騒ぎ・施設損壊を行ったことにより停学処分を受け、現在に至るまで停学期間中であるため評価不能。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 ヴィヴィオの入学式から、しばらく経った。秀人、なのはが入学する予定の学校は、入学式の時期が普通科高校とは数か月単位でズレこんでおり、理事であるすずかより、『ほんと行政ってウスノロですよね、ええ。本社よそに移して納税をやめてやろうかと。ええ』と、うすら恐ろしい独り言と共に理由が知らされた。かなり突貫工事で進めていた事業らしく、まだまだ見切り発車的な側面もあるものの、一次募集での応募数はほぼ満員。入試を受験に来た実数も、それほど大差ないもので、期待されていることも分かっていた。

「いやぁ……しっかし、マジで数式って使わないと忘れるんだなぁ……」

「……ゼロから勉強した私よりはいいじゃない」

 ……その入試突破のため、参考書片手に猛勉強の毎日。発作的にバイクで走りだそうとする秀人をなのはが引きずり戻し、全く別分野への努力を余儀なくされ、癇癪を起こすなのはを秀人がなだめすかし、どうにかこうにか。合否判定を表示するPCサイトを前に、手と手を握り合ってびくびくと結果判定を待ち。

 

「 「 受かったぁあああああああ~~~~………… 」 」

 

 喜びよりも先に、どっと脱力感に襲われたのだった。入試会場では、魔力の気配は完全に遮断していたとはいえ、あの事変の記憶から、ほんのわずかにデジャヴュを感じる者も居た。またそれ以上に、非常に整った顔立ち、左眼を縦断する白斑という特異な相貌、そして妊婦。

誰がどう見てもキャラが濃すぎるなのはは注目の的であり、気配を隠す得意の忍術も、着席しなければならない試験の場では使えず、そのストレスのあまり「落ちたかも……」と、割と本気で落ち込んでいたのだ。

「とりあえず、メール一斉送信で…………よし。って、うわ、もう返信きた」

 友人知人家族一同から、あっという間に大量の返信が送られて来た。

 

――――ピンポーン

 

「本体が来たか」

 どやどやと、お前ら実は扉の外で待機してただろ、と言いたくなるペースで来客が。

「ひゃっほー合格祝いだヨー!!」

 ……果たして、度数40を超える焼酎をゴロンゴロンと何本も持ち寄ったのは誰だったのか。アルコールその他もろもろに一切の影響を受けない恒常性を持つ秀人となのは以外、だいたいの連中が一部屋の中で酔い潰れ、祝われる側であったはずの二人が看病するというバカ騒ぎを経て。

 

 

「……………………よし」

 

 戦場へ赴く兵士の顔つきで、制服のネクタイをピシッと締めるなのは。

 これから、念願の入学式に。

「……………………今日は休もう」

「おい」

 びしっ、と頭頂部を軽くチョップされる。

「いや、なんか……受かったし、もう目標の8割は達成しちゃったかなー、って」

「卒業しなきゃ大学まで行けないぞ」

 燃え尽き症候群にも程がある。

 

「秀人さん……保健室登校って、知ってる?」

 

 と、ドヤ顔でどうしようもない知識を披露する。

「何で最初からドロップアウトする気満々なんだよ……似合ってるじゃん」

「……夫の欲目でしょう」

「いや、ホントだって」

 ふぅん、そっかぁ……と気の無い返事をしながらも、頬が薄らと赤くなっている。

「………………これは知り合いの話なんだけど」

 すとん、と壁に向かい、座る。

「小学校に入って、少しした頃にね。同級生の子たちが、露骨に話を無視するようになったの。わた……知り合いの子といちばん多く会話をしていた子も、一緒に」

「………………」深くは訊くまい。

「放課後の掃除の時間にね、『どうして?』ってその子に聞いたらね、何て答えたと思う?」

「………………」

「『あなたが調子に乗ってるから』……って。うん。全く身に覚えが無かったの。でね、自分なりに調べたんだ。そうしたらね、クラスのナントカっていう男の子が、その子に、『高町さんと仲良くなりたいから協力して』……って。で、その子は、その男の子が気になってたんだって……」

 ずむずむと暗黒のオーラを醸し出す。

「あのね、逆だったの。クラスの連中が、私を無視し始めて、その子も巻き込まれるのが怖くてそれに参加したんじゃなくて。その子が、クラスメイトを扇動して、私を無視するように仕向けていたの………………あはは、笑っちゃう…………ぐすっ」

(よりにもよって入学初日になんつーフラッシュバックを起こしているんだ……)

 しかも、『知り合いの話』という前提が既に消えている。

 スイッチの入ったなのはは、既に登校する意欲を失っていた。

「学校怖い……知らない人がいっぱい居る……いじめられる……」

「……ま、まぁ、でも、もしかしたらいい人だって居るかもしれないだろ?」

「悪い人の方がいっぱい居るに決まってる。やっぱり休む。家にいる」

「友達だって出来るかも」

「いらない。今の人たちだけでいい」

 もう引っ張ってでも連れて行くかな、と秀人がなのはの手を握ったとき。

 

――ごとん。

 

「………………」

「………………」

 ………………L字型をした漆黒の金属塊が、畳に落ちた。

「しまっちゃおうねぇ」

「おい待てコラ」

 当たり前のように拳銃を懐に戻す……のを、我に返った秀人がひったくった。

「なのは、バンザイ」「………………………………ばんざーい」

 ……肘を不自然に閉めた姿勢。秀人は問答無用で上着を引っぺがしに掛かる。

「きゃー! きゃー! 秀人さんのえっち! もう二人目だなんて!」「阿呆かー!!」

 出て来る出て来る、物騒な凶器の山。匕首、大小ナイフ、仕込みボールペン、特殊ワイヤー、小型バーナー。

「学校に戦争しに行く気かー!!」「あぁー返してー!! 私の武器―!!」

 当然、没収である。秀人が高く掲げたそれらを、ぴょんぴょん跳ねて取り戻そうとするなのは。

「私の七つ道具、……あっ」

 ぽろりと口を滑らせる。

「七つ……? …………あと一個どこだ」

 身体検査を続行。

「な、無いヨー? それで全部だヨー?」

「…………………………」

 秀人の目は、玄関へ。ぎくっとするなのは。

「…………ここかぁー!!」

 なのはが今日から履く革靴……その踵に、引き出し式収納が設置されており……その中から白っぽい粘土のようなものと、ヒューズのようなものが見つかった。

「……………………これ、ナニ」

「……………………プラスチック爆弾」

 ガチで戦争に行く装備だった。

「焼却!!」

 しゅぼっ、とその極めつけに物騒なブツがこの世から消えた。

「あぁーグラム単価30万円が!」

「高ッ!?」

「武器弾薬武装が無くて、どうやって身を守ればいいの!? ……はっ、体術ね!? 分かったよ秀人さん!!」

 しゅっしゅっ、とシャドーの眼球に向かい異様に鋭いジャブを放つなのは。

「…………………………さ、行くぞ」

 登校前からどっと疲れる秀人だった。

 

 

 さて、新学期といえば。

 

「………………………………………………………………」

 

 クラス表を見上げ………………見上げたまま、茫然と放心するなのはの姿があった。

「なんで」

 ぼそりと、半ば無意識的に言葉が出る。

「なんで、クラスが、違うの」

 今にも膝から崩れ落ちそうである。張り出されたクラス表。そこに記された二人の名前は、みごとに引き離されていた。

「おかしい。まちがっているにちがいない」

 近親者・縁者はクラスを別にする。常識ではあるが、なのははその辺の常識には疎かった。

「………………………………終わった」

 ……校門潜って10分で、なのはは学校生活を諦めた。

「ま、まぁ、行き帰りと休み時間は一緒だし……」

 気を持ち直して、今にも折れそうな心を支える。

 

「おー、クラス違うなぁ」

 秀人は、割とあっけらかんとしていた。

「今から校長室を襲、……直談判すれば、どうにか」「ダメ」「うぅ……」

 

――とんとん

 

 ……と、身体の内側から、『ドンマイ』とでも言うような感触が伝わってきた。

「私、今日、無事に帰宅出来たら……紀伊国屋で牛肉を買うんだ」

「死亡フラグ建てるのやめい」

 

 幸いにも、入学式での席は隣同士だった。

 

 

 

 『Ⅰ-C』の教室へ足を踏み入れる。同時に入室してきた他の生徒の陰に隠れ、注目を浴びずに着席することができた。が。

 

「――――ねぇねぇ」

 

「――――ッッ!?」

 突然話しかけられ、跳び上がりかけ……ギリギリで平静を保って振り返る。

「な、に……か、ご用……です、か」

油切れを起こした玩具のようだった。

 話しかけてきた女子は、既にクラス内グループを構築し始めており、その代表として話しかけてきたようだった。

「いまライン交換してるんだけど」

「……………………………………」

「あの、してるんだけど…………」

「………………?」

 してるんだけど。

(……してるから、どうしたの?)

「………………???」

 その後の言葉が、全く来ないどころか、むしろ向こうが訝しがっている。

「あ……ごめんね」

 そして、バツが悪そうに向こうが引っ込んでしまった。そしてちらちらとこちらを見ながら、ひそひそと何らかの会話が交わされている。

 

「……………………(いま、何が起きたの)」

 

 なのはには、意味が分からなかった。

 

ぼうっと座っているのも暇なので、ポケットから文庫本を取り出し、ページを捲る。

「ねぇ、」

 と、また別の女子だ。

「何の本読んでるの? わたしも小説好きなんだ」

「……………………」

 なのはは、本好きの同級生ということで若干嬉しかった。嬉しかったので、決して失敗しないよう、脳内でシミュレーションを行うことにした。

 

~パターン1~

『小説じゃなくて、エッセイ本なんだ』

『あ、そうなんだ。わたし、そういうのは読まないから……(苦笑)』

 

(これは駄目ね)

 

~パターン2~

『どんな作家さんが好きなの?』

『えっ……作家はあまり気にしたこと無いかな(苦笑)』

 

(あり得るわ)

 

~パターン3~

『どんな小説が好きなの?』

『えっと、いま読んでるのが、 』

 

(――――『3』ね。これなら会話が続くわ。これで行こう。よし、じゃあ『3』路線で行くとして、細部を詰めよう)

 なのはの、アポロ11号に匹敵する対人関係演算装置がきゅるきゅると稼働する。

「…………………………………………」

「…………………………………………」

 そして、気が付いていなかった。返事をしていないまま、そろそろ数分が経過しようとしていたことに。

 

「あっ……その、ごめんね……?」

 

 そして、女子はすごすごと退散を。

「!」

(あっ、ちょっと待って。今、どうにか会話を継続させる目途が立ったから。今返事するから、もうちょっとだけ待って、)

 

 思わず身をのり出し、

 

――――ガコンッ!!

 

 膝で机を蹴飛ばしてしまい。

 

――――ガシャッ!

 

 無駄に強い脚力のあまり机が転がった。

 

 

――――――――――。

 

 

 しん、と静まり返る教室。

「………………(おっといけない。それじゃあ気を取り直して)。教えてあげようか?」

 よーし、会話頑張るぞーと、努めて穏やかな口調と笑顔を作り、話しかける。

しかし。

 

「ひっ……! ご、ごめんなさい、ごめんなさい……!!」

 

(えっ?)

 さささささ、と、潮が引くように人波が離れていく。

(えっ……えっ……? どうして? 何が起こっているの?)

 

――――――ではここで、一連の出来事を俯瞰してみよう。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

栗毛の生徒が無言で席に着く。

「――――ねぇねぇ」

ノートとシャープペンシルを用意しているそこへ、派手目の女子生徒が話しかける。

 

「………………何か、御用ですか?」

 

 冷たい口調で、事務的に返答する栗毛の少女。一瞬、その独特の容貌に気圧されるものの、気丈にコミュニケーションを図る。

「いまライン交換してるんだけど」

「……………………………………」(無言で見つめる)

「あの、してるんだけど……」

「……………………………………」(無言で見つめる)

「あ……ごめんね……?」

 笑みを強張らせ、退散していった。

 

 

 一人で読書をする栗毛の生徒に、お下げの生徒が話しかける。

「ねぇ、なんの本読んでるの? 私も小説好きなんだ」

「…………………………」

 栗毛の少女は、僅かに視線を上げる。

「…………………………」

 沈黙したまま、じっと、お下げの少女の顔を見つめる。

 

「あっ……その、ごめんね……?」

 居た堪れなくなったお下げの少女は、バツが悪そうに引き下がる。次の瞬間。

 

――――ガコンッ!!(机を蹴飛ばす音)

 

――――ガシャッ!!(机がころがる音)

 

「………………………………教えてあげようか?」

 栗毛の少女が、威圧的な笑みを浮かべ、お下げの少女へ言う。

 

「ひっ……! ご、ごめんなさい、ごめんなさい……!!」

 

 怯える少女を、傲然と無表情で見送った。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

――――――これはひどい。

 

 

 真意がどうであれ、あまりにもひどい。

 

 なのはは、黙っていれば冷たい印象の美人だ。それは疑いようが無い。そして、そんな美人が無表情に淡々と喋ると、ただそれだけで無駄に怖いのである。しかも、明らかにカタギではないスカーフェイス。絶対に怖い。そして、なのはは自身の容姿にはそれほど頓着していなかった。つまり無自覚。

 

 そんななのはに、果敢にも話しかけた二人の勇者は悉く返り討ちに遭ってしまった。

 

まさに魔王。

 

 

「…………………………………………(あれ?)」

 …………気づけば、ドーナツ状に散った人々の中心で、ぽつんと佇んでいた。

 

 

――――なのはは、入学30分で孤立した。

 

 

 職人芸のようなぼっちだった。

 

(どうしてこうなるの…………私、なにもやってないのに……)

 教師の説明を右から左に聞き流しながら、悶々と苦悩する。

(なにもやってないのに…………)

「えぇと……吾妻さん、吾妻さーん?」

 ふと、誰かが呼んでいた。そして気付く。自分の姓が変わっていたことに。

「あ、ぁ。」

 はい! と慌てて返事をしようとして。

 

――――ガンッ!

 

 …………膝から上げた手が、机に強くぶつかった。

「……あの人、また」「『あァ!?』ですって……怖い」「不良……」

 ひそひそと話される誤解のオンパレードに、なのはは更に表情を硬くする。

 

「吾妻さん。この後、職員室に来てください」

「(えっ、別にそんなつもりじゃ)……………………。」

「待っていますので、お願いしますね」

 この学校に招かれた教師陣は、そんじょそこらの公務員崩れではない。選り抜かれた、問題児更生のエキスパートである。不良生徒への対応などお手の物だ。人前で強く叱りつければ、プライドを守るため、より強く反抗する。であれば、一対一で話す場を作り、じっくりと言い含めるのが最善だ。問題生徒のことをも想っての行動なのだ。

 

「………………(はい)」

 胸が詰まりすぎて、返事の声は出ないまま。

「また無言……」「大丈夫なのかな……」

 ひそひそ話される自分への評価。胃がキリキリと痛む中、教師は何事も無かったようにホームルームを続ける。

「皆さんが学校生活に慣れたころを見て、オリエンテーリングを行う予定もあります。もちろん、それぞれに事情がお有りでしょうから、可能な限り調整を重ねての実施となります」

 なのはは、既にほとんど聞いていなかった。耳に入るのは、周囲の噂話。なぜこうも、噂話と言うものは耳に入るのか。

 

「あの傷、ぜったい何かあったんだよ」

 

――――――!!!

 

 傷跡。消すことも出来たものを、敢えて残した意味。親友。カレン。秀人が居ない間、はやてと共に自身を支え、守ってくれた者。親友。悲しかった。生きていてくれた。まだ会えていない。会えたら。その時のために残した誓い。土足で、踏み入って、

 

 

――――殺す。

 

 

「――――――やめねぇか!!」

 

 ぴん、と。気だるげな雰囲気を、その一声が引き締めた。視線が集まったそこに、一人の少女が立っていた。

「コソコソと、ヒソヒソと! 

気に入らねェことが有るなら、正面から言ってみやがれってんだ! 陰気くせぇったらありゃしねぇぜ!!」

 朱色の長い髪を、ポニーテールに纏めた、勝気な印象の少女だった。

 

 黙り込む空気を割るように、ずかずかと、なのはの真正面までやってくる。バンッ、と、なのはの机を両手で叩く。

「でもなぁ、アンタだって悪いぜ! さっきっから、あの態度は何だ!!」

(あの態度って………………別に、私は、普通に…………)

 

「――――何か、問題でも?」

 

 …………だから、何故、言葉がそうなってしまうのだ。

「!! 大ありだ!」

 熱くなるタイプの少女に、頑なになるタイプのなのは。相性は最悪だ。

「せっかく、ここで気ぃ引き締めて頑張ろうって来てんだろ! そんなんじゃ、」

「そんなんじゃ……なんだって言うんです?」

「人の話を遮るんじゃねぇッ!!」

「そうですか、それは失礼しました」

「喧嘩売ってんのかコラてめぇ!!」

 なのはの対人関係演算装置が、きゅるきゅる、きゅるきゅる…………ちゅどん。

 

( い じ め っ 子 だ ! ! )

 

 熱暴走の挙句、大爆発した。戦闘モードON!

 

――――ドガッ!!

 

 机を蹴り上げる。

「……っせェエいッ!!」

 

――――がしゃぁんっ!!

 

 出来る手合いのようだ。蹴り上げた机を、そのまま遠くへ合気で投げ放った。そして窓ガラスが割れた。

「フッ……!!」

 折れよとばかりの鋭いローキック!

「させるかぁっ!!」

 

――ガシィッ!!

 

 足の裏で受け止め、膝をショックアブゾーバーに跳躍! 壁を蹴り、三角飛びでなのはの死角を襲う!

(なんて身軽な! でも、見えている!)

「…………しッ!!」

 頭頂部を狙う肘を、舞うような回転運動で回避。続けざまのアッパーが顎を砕きに翻る!!

 

――――ジャッ!!

 

「く!」

「う!」

 掠った制服の端切れと、数本の頭髪が宙を舞う!

 

 間合いを保ったまま、じりじりと機を伺う。

 

(こいつ……!!)

(出来る……!!)

 制圧のため更なる力を解放せんとするなのはに対し、朱色の少女もまた、その気配を強める。

(徒手に限れば、スバルにも迫る……!!)

(冬眠明けのヒグマより強ぇえ……!!)

 

遊びの余地を捨て、気を高める!

 

(我が子よ、母の戦いを見ているのですよ……!!)

(ジッちゃん。オレはいま、最強の敵に会いまみえたぜ……!!)

 

 教師は他の生徒たちを迅速に避難させ、応援を要請。教室には、今や二人のみ。

「リングには丁度いいじゃねぇか、オイ」

「ククク……ジャッジもレギュレーションもありませんよ……?」

 完全に悪役である。

 

「はぁっ!!」

「ぜぁっ!!」

 貫手と熊手が、互いを弾く……否、熊手が握撃へ転化。制服の袖を絡め取り、投げる!

(甘いわっ!!)

 投げから脱出するのではなく……投げの勢いを、そのまま腕へ返す関節破壊!!

「ちィッ!!」

 掴み手を開放、投げっぱなしの速度を、黒板を蹴り砕き吸収!

 

――ビュンッ!!

 

 出席簿を投擲! 完全に真横を向き、視界に捕捉できるのは厚みの数ミリ! 狙うは目!!

「怯むかよぉッ!」

「!?」

 

――――ガツンッ!!

 

 額で受ける!!

「本身の刀でも持って来いやぁっ!!」

 両手熊手、双掌打!!

「生憎、品切れですよッ!!」

 迎撃の正拳!!

「らァッ!!」

 激突の寸前、唐突に身を翻す!

「!?」

 ばさりと、なのはの視界が朱色に遮られる!

(……髪!?)

 ポニーテールを、それこそ尾のように振るい視界を塞いだ! 視界いっぱいに広がる肘の一撃!

「…………っぐぅ!!」

 回避を損ない、僅かにカスる! だが、やられてばかりではない!

 

――――ビシィッ!!

 

「がぁッ……!!」

 鼓膜破壊の張り手が、不完全ながらヒットする!!

 

「………………ふぅううううっ、」

 少女が大きく呼吸。奥義を放つのだろう。

「はぁあっ………………!!」

なのはも、人の身にて辿り着く体術の頂の一つを解禁、

 

 

(――――――何しとんじゃお前はぁああああああああッ!?)

 

 

 キィイイーーン!! と、頭痛がするほどの念話が降り注いだ!

「んぎっ……!! な、何だぁッ!?」

 朱色の少女も、それに気づいたようだった。

 

「……………………あっ!?」

 なのはから、殺気が雲散霧消する。

「あっ、えっと……これは……そのっ。……違くて!」

 あたふたと声の主に対して申し開きをする姿は、まるで年頃の少女そのものだった。

 

「そこまでだっ!!」

 そこへ、サスマタを構えた教師陣が槍衾を構築して攻め入ってきた。

「くっ……勝負は預けるぜっ!!」

 

――――がしゃああんっ!!

 

 自分で割った窓を更に割り広げ、4階の高さから身を躍らせる。

「チッ……! 首を洗って待っていなさい!!」

 

――――がしゃああんっ!

 

 反対方向を突破し、なのはもまた退散した。

 

 

――――新築校舎の一室が、悲劇的ビフォーアフター。

 

 窓ガラスは大胆に取り払われ、日差しと風が激しく吹き込む通気口に。

 

 破壊された机、抉られた壁が平和な風景に致命的な退廃感を醸し出す。

 

 砕かれた黒板が、学習という枷から人々を開放するという心憎い演出。

 

 これが、当代随一の破壊の匠たちの技である。

 

 

――――なんということでしょう。

 

 

――――なんということをしてくれたのでしょう。

 

 

 ……………………緊急職員会議の結果。吾妻なのは、ハリー・トライベッカの両名に、1か月の停学が言い渡されることになった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「おーい、なのは」

 …………その日の夕方。自宅の前で、制服姿のまま途方に暮れる秀人の姿があった。

「怒らないから、開けてくれよ」

 ……一足先に自主早退を果たしたなのはが、自宅に籠城しているのだ。

『嫌っ!! ぜったい怒るもん!!』

 扉の向こうから、癇癪の声がする。

「だからって、遮断結界で異界化までさせなくたっていいだろう」

 強く結びついた二人だからこそ、こうして半分を念話にして話すことが出来ているのだが……高ランク魔導師が束になっても開けない、下手な封印遺跡よりも突破が困難な壁に遮られていた。神通力の無駄遣いである。

『……私悪くないもん! 何もしてないもん!』

「……うん、うん、たぶん、本当に悪意なんて無かったんだよな…………」

 …………秀人は、なのはがいわゆる『誤解を受けやすい子』であるということを十二分に理解していた。なのは的には、実際、本当に普通に応対しているつもりだったのだ。それが急に怒り出したり、遠巻きにされたりして混乱し、意味も分からないまま咎められ、パニックを起こしてしまった。それが、既に噂として出回っている『教室破壊事件』の真相に違いない。

(しかしなぁ…………なんだって初日に)

 ……不器用にも程がある。

「こら、いい加減ワガママ言ってないで開けなさい。本当に怒ってないから」

『……………………』

「怒らないけど、あまり聞き分けが無いようなら、四葉に言うからな」

『!! な、何でそこで四葉が出て来るのよ!!』

「ほら、どうするんだ。ついでに、はやてにもフェイトにもユーノにも言っちゃうぞ」

『……!! 意地悪!! 秀人さんは意地悪だー!!』

 よーしこれで観念するだろう、と思っていたら。

 

――――想像の斜め上の行動をとり始めるのだった。

 

『押入れ二段目、漫画全集の上……』

「ッ!? な、何をするつもりだ!!?」

『……プレミアムバンダイ限定、ペイルライダー陸戦重装備仕様……これ作るね』

「!? お、おい。待て、早まるな! それはキットが一般販売されてからじっくり作る予定の!!!」

『そんな日は来ない!!』

 

――べりべりべりっ!

 

「Ahaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 そして、壁の向こうからぱちん、ぱちんという音が。

「ひぃいやめろぉー!! やめてくれぇー! せめて俺に作らせてくれぇ!」

『意地悪な秀人さんが悪いんだから……!! ゲートだって処理しないでニッパー一発切りで素組してやるんだから……!!』

「やめるんだ! それは洒落にならんだろぉおおおお!!」

 

 …………と、喧嘩しているような、いないような。そんな雰囲気を割るように、一台のスクーターが敷地に停まった。

「ん? ベスパ……?」

 ジェット型ヘルメットを颯爽と脱いだのは、かつてのなのはの担任、咲だった。

「秀人くん、待たせたわね」

「いや呼んでないですが」

「月村さんから連絡を受けてね」

「あぁ……」

 あの騒動、とっくに理事会の耳に入っていたらしい。たぶん、なのはが意固地になるところまでを見越して、咲を呼んだのだろう。

「それじゃ、お願いね」

「うス」

 念話のチャンネルを、咲に合わせる。

 

「なのはさん」

 ビクゥッ、と、身を強張らせる気配があった。

『ッ……!? せ、せんせいっ!?』

「来ちゃった☆」

『可愛く言っても駄目! ……な、何の用?』

「……開けなさい?」

 マジギレオーラが出ていた。それもそうだ。

信じて背中を押したはずの教え子が、まさかの一歩目からドロップアウト。入学初日に停学というアクロバット。呆れればいいやら、怒ればいいやら。

 

――――慰めるのは秀人がやるだろうと踏んだので、咲は叱ることにした。

 

『………………』

 対するなのはは、この知らんぷりである。自分の城に居る限り、気持ち的には無敵になれる。悲しき引きこもりの性だった。

「…………そう。そういうつもりなら、こちらにも考えがあるわ」

『………………?』

 疑問に思うなのはだったが、気持ち的には無敵である。何を恐れることがあるのか。

「秀人くん。初めに謝っておくわね。わたし、今からなのはさんに酷いことを言います」

「あの……気の済むまで、このまま過ごさせてやっても俺は別に……」

「甘やかしすぎです」

 ぴしゃりと言い切られてしまった。

(ふーんだ。先生が何を言ったって、私はちょっとやそっとじゃ

 

 

「 は い 、 二 人 組 つ く っ て ー 」

 

 

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』

 

――――鬼だ。

 

 なのはの弱点、トラウマをダイレクトに抉りに掛かっている……!

『はぁーーーー……!! はぁーーーー……!! やめろ……やめろォ!! 偶数を2で割るのに余りが出る矛盾はやめろォ! そ、そんなので、私が、折れるわけがぁ……!! クク、ククク……しかし、初撃がすべての一撃、何度繰り返そうと

 

「 あ ら 、 な の は さ ん 誰 と も 組 め な か っ た の ? 

 

誰 か ー ! な の は さ ん を 仲 間 に 入 れ て く れ る 人 ― ! !」

 

『ぎぇえ゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜え゜』

 

 息もつかせぬ波状攻撃!! なのはが、文章表記の限界に挑むような悲鳴を上げる!

 

「 誰 も い な い で す ね 。

 

そ れ じ ゃ あ 先 生 と 組 み ま し ょ う か 」

 

『……………………………………………………ごふっ』

 …………逝った。

 

 

「? ?? えっ、今のどういう意味だ……?」

 ……秀人には、意味が通じていなかった。育ってきた環境が違いすぎて、当たり前と言えば当たり前か。

 

『はい、二人組つくってー』(日常のコミュニケーション能力を問われ、)

『誰か、仲間に入れてあげてー』(孤立していることを周知され、)

『じゃあ、先生と組みましょうか』(クラス全員の前で晒し者にされる)

 

 ……恐怖の三連撃である。

 

 咲は、ドアノブを捻る。すると、呆気なく扉が開いた。

「うむ。力尽きましたね」「ひっでぇ……」

 ……魔法の持続を困難にしてしまうほどのダメージを与えたらしい。

 

「さぁ、もう逃げられませんよ!」

 部屋の中央、最後の砦とばかりに、布団をかぶってダンゴになるなのはの姿があった。

「………………!!」

 がばっと布団を剥ぎ取られ、しょぼくれたなのはの姿が露わになる。

「先生の、先生のバカぁーーーーー! 人でなしーーーー!!!」

涙目を隠そうともせず、へっぴり腰で咲をぽかぽかと両手で叩く。

「うぅーーー……!!」「ぐぇっ」

 気が済んだところで、秀人にタックルをするように縋り付き、表情を隠してしまう。

「…………はぁ。で、何があったの?」

 咲に頭を撫でられ、ようやくボソボソと話し始める。

「…………………………あのね、学校でね、……何もしてないのに、みんなが意地悪するんだ…………」

 ぐずぐずと鼻をすすり、咲へ思いの丈をぶつける。

「そう……本当に何もしていないのね?」

「絶対なにもしてない……私は悪くない……社会が悪いんだ……」

「それはそれでどうなのかしらね…………」

 しばらく話していると、気も晴れてきたようだ。

 ヴィヴィオに例の手紙を書いたり、秀人に修正されたり、ぼうっとしたりと、好きなように過ごし…………

 

「停学中の課題、必要なら教えに来るからね」

「……うん、ありがと先生」

「飯でも食いに行くか」

「……あ、もう七時だね。……もう、昼からずっとお腹痛くて……」

「? お腹が痛いって…………えっ、なのはさん!?」

 そして、すっくと立ち上がる。

 

――――足元を伝う、見慣れぬ液体。

 

「……………………。」

「……………………。」

「……………………。」

 

 三者三様に、動きを止める。

 

「……………………痛かったのは、いつから?」

「……………………昼の戦闘の後、あたりから」

「……………………十月十日は、目安だったな」

 

 ふむ……と、正常化バイアスが掛り、淡々と事実確認がされていく。

 

「…………………………破水しているわね」

「…………………………なるほど、これが」

「…………………………結構な量が出るな」

 

 うむ……ふむ……などと、一歩も先へ進まない確認が一通り済んだ頃。

 

 

 

「――――――やっべ産まれるわコレ」

 

 

 

 事態は急速に動き出す!

「「救急車―――――――――!!!!」」

 大家に、ニートをしていた奈々に、桃子に、とにかく片っ端から連絡が入っていく!

 

 

「救急車なんぞ待ってられるかー!!」

 秀人はパニクって神化しかけ、駆け付けた最年長の大家にブン殴られ気絶し、桃子と士郎がハイエースをドリフト駐車させながら駆けつけ、旧友の望の実家である医院に運び込まれることになり、……とにかく、あの事変以来の大事件にまで発展した。

 

 

 

 …………縁者一同が集まれば、いくら人見知りのなのはとはいえ大所帯となる。

「予定日より早いです先生!」「まぁ、そういうことも有りますよ。かくいう私も早産でした」「いえ、学校で乱闘騒ぎを起こしたと……」「アンタ馬ッ鹿じゃないの!?」「うわぁ先生落ち着いて! 妊婦ですよ相手!」「あああもう、これだから若い母親はー!!」

 分娩室へ即座に運び込まれ、中から怒号が聞こえてくる。

「………………」

 当事者である秀人は、腕組みしてどっしりと構えており……

 

「よーしパパ因果律に干渉しちゃうぞー!」

 

「「「「「「「「「「やめんかーーー!!」」」」」」」」」」

 ……一番マトモではなかった。総がかりで取り押さえられ、着席。

「……秀人、落ち着きなさい」

「でも、母さん……」

 秀人の実母、桐子が、レイジングハート(人間形態)に連れられ、やってきた。実父の秀雄も、車椅子上から目で『落ち着け』と促している。

 

『だだだだ大丈夫ですよ秀人…………マスターのしししし身体状況はモニターしていますので大丈夫大丈夫大丈夫……無駄に頑丈になる秀人成分も含有されてるから大丈夫大丈夫大丈夫…………あぁあああマスター大丈夫でしょうか……秀人、ここは一丁、因果律を操作しましょう』

「いや、落ち着けよ…………」

 ……一番冷静じゃなさそうなやつがいた。相変わらず人間臭いデバイスだ。

 そんなレイジングハートのポンコツっぷりを見て、少しだけ冷静になれた。

「………………」

 

 

――――――――――。

 

 

 分娩室から、大きな大きな産声が響き……――――

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「おーいジッっちゃーん!」

 ごんごん、とノックされるも、大家は留守だ。

「はるばる曾孫が遊びに来てやったぞー! ガッコ停学くらっちまってヒマなんだよ鍛えてくれよー!」

 

 

 朱色の髪をした少女……ハリー・トライベッカは、待ちぼうけを喰らっていた。

 

 

 

 

 

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