魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
――――彼女の幸福は『力』を持っていたことであり、
――――彼女の不幸は『力』を持っていたことである。
◆ ◆ ◆ ◆
――――海浜レストラン・ミウラ
潮風の香るミッド湾岸部。
地元の湾で獲れる天然のシーフードグルメをご提供。
ブルーオーシャンを望む展望デッキで、家族と、友人と、大切な人との素敵なひとときをお約束します。
ランチ、ディナー、テイクアウトの軽食まで取り揃えております。
皆様のご来店を、心からお待ちしております。
◆ ◆ ◆ ◆
「………………はぁ。」
ミッド湾岸をとぼとぼと歩く少女が、物憂げなため息をつく。
宵の刻。ミッドとはいっても、全域が煌々とネオンを焚いているわけではない。郊外に出れば、閑静な住宅街が広がっている。灯りと言えば、街灯ぐらいなものだ。以前は、街頭とはいっても数は最小限で薄暗く、首都であるはずのミッドでさえ夜間は治安に問題が有ったのだが、現トップ、レジアス大将の政策により、市内全域に街頭とリアルタイム監視カメラが設置され……ある程度までなら、夜間に出歩いても安全が確保されるようになった。
さて、そうした中、歩を進める少女の足取りは、重い。
「………………はぁ~」
台車に乗せた空のガスボンベが、からころと鳴る。
(…………潮風って、そんなにいいものじゃないよ。自転車はサビるし。洗濯物も室内干しになるし。……まぁ、サビるもなにも、風で砂が舞って路面がジャリジャリで滑って危ないから乗らなくなっちゃっただけなんだけど)
実家でもあるレストランの宣伝を思い浮かべながら、そんなことを考えていた。
(でも、友達にそう言うと『自虐に見せかけた自慢かなー?』みたいに思われるんだよなぁ)
別に、不満があるわけでは無い。両親は大らかで優しく、スタッフも皆、気さくでいい人たち。お客さん達も、最盛期にはまぁ、ちょっと夏で脳が茹って開放的になっちゃった人たちがドッタンバッタン大騒ぎをするくらいで、まぁ迷惑だけど笑い話になるレベル。
こうして、急な団体客が来て、ガスが足りなくなったのを、距離にして1km程をお使いに出るのも苦ではないし、嫌でもない。事実、ミウラが歩くのがてっとり早い。
ただ、キャパいっぱいのお客の対応をして手が離せない両親からのお願いと、今日、クラスメイトのミナコちゃんのお誕生日のお誘いを天秤に掛け、前者を取ったことを、今更モヤモヤと考えているだけだ。
もやもや歩いているうちに、スタンドを小ぢんまりと経営している馴染みのところに到着した。
「あ、あのー……リナルディ、です」
「あぁ、いらっしゃいミウラちゃん」
恰幅の良い奥様が、奥からノシノシと歩いてきた。床板が軋んでいるのは、体重はもとより、その両脇にガッシと抱えたボンベの重量が大きい。
「ごめんねぇ。送って行ってあげたかったんだけど、なんか今日、どこもかしこも繁盛しているみたいで。ウチの営業車、ぜんぶ出払っちゃったのよ~」
「うちもお客さん、いっぱい来たんです。何なんでしょうね」
「さぁ……って、あらやだ、ごめんなさい、お待たせしちゃったわね」
そして、ミウラが牽いて来た台車に、ボンベがどすん、と乗る。
「それじゃあ、気を付けてね。そんなに物騒ではないけど……」
「はい、失礼します」
そして、さぁ家路に就こうと、ほんの100mほど歩いたところで、携帯端末に着信が入る。母だ。
「どうしたの、お母さん。もう新しいボンベ、貰ったところだけど」
『ミウラ、ごめんなさいねぇ。それなんだけど……お客様が急に、こんなに新鮮なら、火を通すよりマリネか何か……ええと、サシミ? で出してくれって。だから、屋外バーベキューのガスは、そこまで急がなくても良くなったの』
「そっかぁ」
たまには、そういうこともある。お客様の要望には、腕の限り応える……というのが、父もモットーだ。今頃、包丁を振るっているのだろうと考える。
「まぁ、とりあえず戻るよ」
『ごめんねぇ、せっかく出てもらったのに…………あ、はい…………じゃ、気を付けて帰って来てね』
「はぁい」
ぷつっ、と通話が切れると、ざざぁん、と、波の音が聞こえてきた。
「………………まぁ、結果論だよ、結果論。必要無かったかもしれないけど、これから必要になるかもしれないし」
今度は焼いて食べてみたい、とか言い出す可能性もある。だから……でも……
「……ミナコちゃんのところ、行きたかったなぁ」
――――今度、わたしのお誕生日会をするの。それで、……ええっと、ミウラさんも、来る…………? えっ、来るの? …………そう。
…………歓迎されていたかどうかは、ともかくとして。
(あー、もやもやする)
気まぐれに、砂浜に下りてみる。数歩歩いただけで、もうスニーカーの中に砂が入ってきた。無視してじゃりじゃり、と歩を進める。
「………………」
叫びでもしたら、このモヤモヤは消えるだろうか。
「………………」
いや、誰かに聞かれるかもしれない。というか通報されるかもしれない。
傍らには、いまのところ無用なガスタンク。
「……………………」
無駄な衝動が体を突き動かしていた。
(頑丈な造りだし、大丈夫だよね……? 専用の着火剤がないと燃えないから、引火してドカーンの危険も無いよね……? よぉし)
ざくり、と、全長1mほどのボンベを、砂浜に立てる。
「………………ふぅ。」
たったった……助走のために、後ろに下がり…………
「ぇいやあああああーーーーーーッ!!!」
――――ガギゴォンッッッ!!!
会心の蹴り応え! …………だったのだが。
「あ゛っ、やばっ………………!」
よほど当たり所が良かった……いや、良すぎたのだろう。ボンベは見事に宙を舞い、くるくると、回転しながら………………
――――人影。
(うそ、なんで…………なんで!?)
――――大けが。
「あ、あぶな……!! だめ、……!」
最悪の予感に、ミウラが愕然と目を見開き………………
――――ぱすんっ
…………キャッチ。受け止めた運動エネルギーを、身体の関節各所へ分散。横にくるくると回って…………どん。堤防の土手に、何事も無かったかのように着地した。
「あ、あ、…………あぁ~~…………」
安堵に、へなへなと座り込む。そして、ハッとする。
(そ、そんな場合じゃ……!)
万が一にも、怪我をしていないだろうか。心配するミウラをよそに、そのボンベをキャッチした人物は……じぃっと、こちらを見ていた。
(怒ってる……ぜったい怒ってる……)
自業自得とはいえ萎縮してしまう。その人物は、街灯から少し外れたところに立っているため、いまいち姿は見えないが…………ボンベと、ミウラを、交互に見比べる。
「…………?」
訝しがるミウラ。そして。
――――――シュババババババババッッ!!
……砂浜を、滑るような勢いでミウラの下へダッシュしてきた! 目は……バッチリとミウラを捕捉しており、口元には笑みが浮かんでいる!
(ひぃいいいいいいいッ!?!? モノノケー!!?)
今更、あわあわと逃げようとするも、恐怖で腰が抜けている。その人影は、へたり込んだままのミウラの目の前に瞬時に到着。爛々と輝く瞳に真正面から射止められる。
(もう駄目だ………おしまいだぁ…………)
圧倒的な捕食者の圧力に、ミウラは人生を諦めた。
その、人影は。
「あのっ!!」
ガシッ、と、ミウラの両手を握り。
「――――――私と、お友達になりましょうっ!!!」
…………そう、言った。
「……………………はい?」
…………思考が数秒、フリーズしていた。何を言っているのか、理解が出来なかった。そして聞き返す余裕を取り戻したところで、ミウラは改めて、目の前の人物の姿を認識することができた。
(うわ……すっごく綺麗な子…………!!)
お人形のような……という表現がある。なるほど、確かに、栗色のロングヘアに、宝石のような両の瞳は、最高級のビスクドールでもまずお目に掛かれないクオリティだ。目の前の人物は、そこへ更に、輝く生命の炎を結晶化したような、そんな一種の神々しさまで感じさせた。
「それじゃあ、さっそく転校の手続きをしましょうか!」
「あの、お友達ってどういう、けがは……て、転校!?」
「まさかこんな逸材が居るなんて! 世界は広いですね! あ、クラス間の戦力バランスのため、直接私のクラスに編入はできませんけど、望むところですね!」
「待ってください、待ってください、待って「さっそく、先生と校長に話をしましょう! あ、その前にご両親ですね! 足跡を辿るに、あそこのレストラン! いざ!」あの「あ、私の名前は、吾妻ヴィヴィオです! 聖王やってます!」待って下さい、あなたは誰ですか……って聖王!? それはどういう、引っ張らないで、立てます、歩けますー!!」
妖怪より百億倍くらい厄介な存在に、見事キック一発で気に入られてしまった哀れなミウラは、そのまま唯我独尊が服を着て歩いているような少女に連れられ、レストランまでの道のりを引き返すこととなった。
「た、たぁすけてぇええええええ~~~!!」
あら、可愛らしいお嬢さんね? まぁ、うちのミウラがとんだご迷惑を。ぜひ食べていってくださいな。お代はお詫びと言うことで結構ですわ。
「というわけで、ごちそうになります」
「………………」
活力を使い果たし、テーブルに突っ伏すミウラを横目に、振る舞われた料理をもりもりと平らげるヴィヴィオ。
「あの…………アガツマ、さん?」
「ヴィヴィオでいいですよ、ミウラ・リナルディさん?」
顔と名前は覚えた……と言外に宣言され、ぶるりと身を震わせる。
「お友達って……」
あんな一方的に、あんな唐突に。
「もうね、こう……ビビっ、と来たんですよ! 実際、素晴らしい力です!」
力。そう言われても、ミウラは困惑するばかりだ。
「ボク……勉強、クラスで真ん中ちょい下くらいで……運動、徒競走はそれなりに速いけど、クラスで一番じゃないし、手先もぶきっちょだし……」
こうして言葉にするだけで、本当に自分は凡人だなぁ、と自覚する。
「あなたが持つ力は、そのままズバリ、物理的な破壊力です!」
「ぶ、ぶつり…………?」
あの、ボンベを蹴り飛ばした会心のキックのことだろうか。
「徒競走とは、そもそも体の使い方が違うのでしょう。普通に生きていれば、使う機会が一度も無い。そういった系統の力です」
「ボク、魔力は10人並みで、普通学級ですけど」
「些細な問題です」
そして、ヴィヴィオは……言葉を失うミウラを真っ直ぐに見つめる。
「――あなたには、力が有ります。」
(……そんなこと、初めて言われた)
「活かしてみませんか。その力。我が――創王覇道学園で」
「そ、っ…………」
噂に聞く、噂にしか聞かない、実態不明の人外魔境。あらゆる情報の伏せられた、世界最高レベルの人材の宝庫。
「無理、です…………」
どれだけ、買い被ってくれているのか。自分は非才な凡人だ。多少、マグレ当たりをしたキックの一発ごときで、何を判ったつもりでいるのか。
「ボクは……そんな大それた人間じゃ、ありません。お断り……します」
ヴィヴィオは、その後無言で待ち……ミウラが、それ以上の言葉を持たないことを察して、席を立った。
「ミウラさん。お会いした縁です。これは、うちの予知能力者の予言なのですが」
帰り際、ミウラに忠告を残す。
「明日の夕暮れは、外を出歩かないように」
◆ ◆ ◆ ◆
どういう意味だろう。学校へ向かうバスの中、ミウラは考えていた。
(予知能力者って、本当に……? 聖王教会のトップがそれだっていう与太話は、たまに噂になってるけど……いやいや、でも、)
「ミーウーラーさん」
ぽん、と肩を叩かれ、はっと我に返る。
「あ、ミナコちゃん」
「昨日、来られなくて残念だったね。はいこれ」
ぽん、と手渡されたのは、梱包されたクッキーだった。
「ありがとう……」「ん。じゃね」
それだけのやりとりをすると、再び大勢の友達の輪の中に戻っていく。
「やだもー、ミナコ優しぃー」「さっすがミナコー」
大勢の友達から行いを称賛され、彼女は謙遜しながらも得意げだった。
「はは……」
誰にでもなく、笑う。いつもこうだ。自分は囲まれる側でも、囲む側でもなく、ただ、遠巻きに眺めているだけの、脇役以下の背景。でも、それも仕方がないと思う。自分には、彼女や、彼女たちのように、多大な社交性や会話術も無く、殊更誇れるような取組みがあるわけでもなく、
――――あなたには、力が有ります
(いやいやいやいや……)
ぶんぶん、と心の中で否定する。悪魔の誘惑に乗ってはいけない。
しかし、結局は日中ずっと、そのことが頭から離れず……授業中に二回も注意を受け、クラスメイト達からクスクスと笑われるという目に遭った。
(それもこれも、あの変な子のせいだ…………)
帰りのバスの中、やや愚痴っぽいことを考えていた。
がくん、と。バスが停車する。停留所まで、まだ随分とあるというのに。
『えー、緊急車両通過のため、一時停車いたします。お客様にはご迷惑をおかけしますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします』
何かあったらしい。バスの横を、赤いパトランプを回した管理局の車が通過していく。もう少し待てば、いずれバスも動くだろう。
(…………変だなぁ)
だが、10分、20分と車内で経過するにつれて、次第に苛立ちの気配が感じられる。
夕焼けは、夕暮れへと変わりつつある。
「ん、もうっ!!」
とん、と最後部席……上位カーストの居場所から、どうやらまたしても同乗していたらしいミナコが降り立つ。そのまま、つかつかと運転席まで進む。
「あのっ、ドアを開けてください。歩いて帰ります」
「いや……そう申されましても……」
運転手は、停留所以外での乗客の乗降には消極的だ。マニュアルもあるのだろう。しかし、乗客から同様の訴えが続くと、さすがに折れた。
「ミナコ、すごーい!」「そうそう、歩いたほうが早いもんねー!」
開いたドアから、希望した乗客が続々と下りていく。取り巻きに囲まれながら下りていく彼女を見送り……
――――明日の夕暮れは、外を出歩かないように
「――!! ま、…………」
引き留めようとして出た声を、慌てて引っ込める。
「…………」
言ってどうなる。何と説明する。予知能力者の予言の、又聞きだとでも説明するのか。少し考えただけでどうなるかなんて、すぐ分かる。訝しがられ、説明して、小馬鹿にされて……結局、彼女は降りる。その事実は変わらない。
(……でも)
彼女が、嘘をついているようには思えなかった。つく必要も無い嘘だ。そして……それを、自分は知っているのだ。であれば。
「あの……ボクも、降り、ます」
……今更ながら、自分は何をやっているのだろうと思う。バスを降り、親にメールまでして、自分の家とは逆方向に向かう同級生たちをコソコソと尾行している。
「ミナコ、じゃあねー」「また明日ねー」
取り巻きたちと別れ、単独行動となるが……彼女に不安は無いように見える。それもそうだろう。ここは既に新興の住宅街で、監視カメラや保安員の巡回もあって、安全は確保されているのだから。あとは、家路に就くだけ。他に居るのも、せいぜいトンビやウミネコくらいなものだ。
「 「 ………………はぁ 」 」
(……ん?)
いま、ため息が重なった。誰と? 今、この場には自分と、ミナコだけ。
見れば、いつも自信満々なように見えるミナコが、肩を落としている。…………いや違う。あれは、そう……肩の力が、ようやく抜けた。そんな様子だ。
(いろいろと、気苦労があるんだろうなぁ)
遠巻きに見ているだけの自分だが……だからといって、自分も『ああ』なりたいと思うかどうかと聞かれたら……正直、返答に困ってしまう。流行に敏感であり、言葉の裏を察する洞察力があり、グループ内パワーバランスを微調整する政治力があり、ルーチンのような会話を楽しそうに展開する演技力を持ち…………
(……無理。無理無理……胃に穴が開く……)
そして、住宅街を半分ほど進んだ。拍子抜けだ。このまま何事も無く帰宅していくのだろう。
――――――――…………
…………違和感が、身体を通り過ぎる。
(……、鳥の声が、しない)
夕暮れだからといって……唐突に、一斉に居なくなることなどあり得ない。景色は何も変わらない。しかし……
(……圏外。)
「……あれ?」
先を歩くミナコも、違和感に気付いたようだ。端末を操作したり、振ったり……しかし、反応が無い。眉をひそめる。そして。
――――バサバサバサッ……!
『ガァ、……カァ……カァ……!』
――――カラス。
声と……羽毛の色から、そうと連想する。しかし……それは、決して鴉ではなかった。
通常とは逆関節に曲がった膝。伸長した足指。折れ曲がったような腕。前歯の生えたくちばし。ヒトの骨格を、歪に折り曲げ……無理やり、鳥類に近づけたようなその異形に……地肌を覆い隠せない程度に、漆黒の羽毛がまだらに生えている。
「…………ひ、ぃ…………!!」
目の前に現れた怪異に、ミナコは当然ながら、恐怖のままに腰を抜かした。……失神してしまえたら、どれだけ気が楽だっただろうか。
『カァ……カァ……』
ロクな揚力も無いであろう翼は、当然のことながら役目を果たさず……ミナコの目の前に、グチャッ……と、着地……否、墜落、した。
じわりと、血が滲む。しかし。
『カァー……!!』
出血になど頓着せず……その、ギョロリと眼下を飛び出した眼で、ミナコを睨む。
「いやぁああああああああああーーーっ!!!」
生命の危機に、ようやくミナコの足が地面を掴む。だが、子供の足だ。カラスの異形は、ほんの数歩で、ミナコを捕獲してしまうだろう。
「あぅ……う、…………」
膝が……震える。今にも、腰が抜けそうだ。
――――逃げればいい。
――――標的はミナコだ。
――――今なら逃げられる。
――――逃げても誰も責めない。
――――助けを呼べばいい。
――――そうだ。助けを呼ぶために逃げればいい。
――――間違いじゃない。
――――正しい判断だ。
ミナコを見捨てて逃げるための論理が、次々と浮かぶ。
「に、げ……」
あんな怪物、どうにかなるわけない。管理局を呼べばいい。そうだ。逃げろ。逃げろ。逃げろ…………!
――――あなたには、力が有ります。
「ッ………!!」
……立ち止まる。脇役以下の背景。見ているだけの自分。……反転する。引っ込み思案で、ことさら誇るようなモノも持っていない自分。……震える足を、拳で叩く。臆病で、小心者で。見ず知らずの人にでも。褒めて貰えたことが。認めて貰えたことが。嬉しくて。誇らしくて。
――――曲げたくないと、初めて、思った。
駆け出す。
――――あんなの出鱈目だ。
「う」狙いを定める。
――――自分に力なんて無い
「る」身体をたわめる。
――――非才の凡人だ
「さ」助走をつけて。
――――無駄な行いだ。犠牲者が増えるだけだ。馬鹿な行動だ。偽善だ。友情ゴッコだ。ヒーローごっこだ。無駄だ。無駄だ。逃げろ。逃げろ。逃げ「いぃいいいいいいいーーーーーーーーッッ!!」
ミウラの力。それは。
――――『物理的な、「破壊力ぅうううううううううーーーーーーーーッ!!」
――――――やけっぱちに全力で、蹴り飛ばす!!
――――グッシャァアアアッッ!!!
『グガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーー!?!?』
悲鳴をたなびかせながら吹き飛んだカラスは。
――バガァンッ!『ォアアアアーーッ!!』
レンガ塀をブチ抜き。
――ボゴォンッ!『ゲァアアアーーッ!!』
その向こうの塀も突き破り。
――バキィンッ!『ギェエエエーーッ!!』
ガラス戸を突き破り。
――メギョォッ!!『グゲェッ………………。…………。……。』
石材の柱に激突し背骨から『く』の字に変形し…………動きを止めた。
(だ、出せた……! 会心の、蹴り応え……!!)
『………………。カァ、』
(まだ!!)
すでにミウラの頭は、あの怪物を蹴り砕くことで一杯だった。新兵が無暗に弾をバラ撒き続けるような、一種のパニックだ。
「もう大丈夫ですよ」
と。ミウラが、ミナコが、声の出所を探るより早く。
――――怪物が、火柱に包まれた。
『ぎッ………………!!!』
鮮やかな蒼い炎は、悲鳴さえも飲み込んで……あっという間に、収束していく。
「そ、そんな…………!」
……先ほどまで、死ぬまで蹴り転がす気で一杯だったミウラですら、その容赦の無さに戦慄を感じる。そして、あの声を、ミウラは鮮明に記憶していた。
「――――ヴィヴィオさんっ! 何で……、何でっ!!」
滞空していた人影……ヴィヴィオが、ミウラの前にふわりと降り立った。
「無事でよかった」
「無事って……! いま、そういう話をしているんじゃ……!」
言い募り、ヴィヴィオ発する
宵闇の中にあって尚、煌めく異色の双眸。照り返す炎を反射し輝く、
――――聖王。
「……何か勘違いをされているようですね、ミウラさんは」
「勘違い……?」
ん、と指さされた先。火柱が消えたそこには、無惨な焼き鳥が……ということは無く、それどころか、焦げ跡ひとつとして無い。
「ひ、と……?」
そこに居たのは、異形の怪物では無く、一人の少年だった。
「う…………」
ヴィヴィオは、その少年を助け起こす。
「答えられますか」
「ここは……どこ……? なんで、こんなところに…………」
「……。じきに救助が来ます。今は休みなさい」
「………………」
少年は、安心したかのように目を閉じる。
どういうことなのか。改めて聞こうとした時。
「……疲れた」
と、ヴィヴィオが呟き……
――――しゅうううっ……
黄金に輝いていた頭髪が、地毛であろう栗色に変化する。
「
ミウラさん、と呼ばれる。
「お腹がすきました。何か食べさせてください」
あはは、と軽く笑って見せるヴィヴィオ。
そうして……後になって到着した管理局と、見たことの無い制服を着た少数の一団に処理を任せ、ミウラと、その家族への説明に、再びレストランへ向かうのだった。
「まぁ、簡単に言うと、アレは被害者なんです」
素揚げにした大型魚を頬張りながら、ヴィヴィオはミウラへ説明する。両親へは、あの謎制服の一団の代表と思われる人物が、別室で説明を行っている。
「これです」
と、樹脂で固めたサンプルのようなものを、ミウラの前に提示する。
「……羽根?」
どうみても、黒い羽。芯の部分が、鋭利な刃物のようになってはいるが……どう見ても、鳥類の羽根を模している。
「それが感染源です。刺さると『ああ』なります」
ひっ、と手を引っ込める。
「人の形を保っていれば、この羽根……『リアクター』と言いますが、これを除去すれば治療が可能です」
人の形。だが、先ほどの怪物は……そう、怪物だったのだ。人型ではなく。
「……そう。あれがフェイズ2。どこから、という具体的なラインはありませんが、肉体から羽毛が生成され始めたら」「……たら?」「アウトです。もう元には戻せません」
さらりと恐ろしいことを告げられる。しかし、疑問に行き着く。
「あれ、でも、昨日の人は……」
「だから、私の出番だったんです」
二本目の揚げ魚を手に取り、頬張る。
「私の……まぁ、正確には違いますが。あの炎を浴びせれば、フェイズ2まで進んでしまった被害者を、救うことが出来るんです」
では、ヴィヴィオがこの地区へ現れたのは。
「うちの予言能力者にはそれを予知し、この力を持つ、私を含む血族へ伝えるように命じてあります」
「だから、この地域に……」
理由があったのだ。
「そしてあの感染者たちの行動には、一定の法則があることが確認されています」
「法則……?」
「光の矢」
あの日。世界が変わったとされる日。天空より降り注いだもの。
「あの『矢』を受け……とくに強く、その力を発現させ、今も残すものたちを、感染者は察知し、襲撃しているということが分かっています」
力の発現。力。ヴィヴィオに言われたこと。………………はっと気づく。
「じゃあ、あの怪物は、ボクを狙って」さらに、聡いミウラは気付いてしまった。
怪物はミウラを狙っていた。ミウラは要らぬ心配でミナコを追った。追った先に怪物が現れた。
「……!! ミナコちゃんは、ボクのせいで「ストップ!!」
掌を見せ、それ以上の連想を停止させる。
「私のミスです。余計なことを言わなければ、ミウラさんは普通に自宅に帰り、そこを狙ってきた感染者を、待ち伏せていた戦力で鎮圧し、浄化できた筈でしたので」
気遣いからの忠告が、気遣いからの行動が、どちらも裏目に出てしまった結果だ。
「どちらにせよ、今後も感染者は元を断たない限り、現れ続けます」
「今後も……。……あ。」
……本当に、聡い少女だ。
『それじゃあ、さっそく転校の手続きをしましょうか!』
あの突拍子もない話の展開は、ミウラを感染者の襲撃から保護するための……と、ヴィヴィオが慌てた様子で手をぶんぶんと振る。
「いえ、いえいえ! 別に保護のため、というだけじゃないですよ!? 持って帰りたいと思ったのは本気ですし!!」
「本気だったんですね……」
がくん、と力が抜ける。ミウラに事情を察知させないための演技だと思っていたが、どうやらミウラに惚れこんでお持ち帰りをしようとしたこと自体は……唯我独尊なところは、ヴィヴィオの素のようだった。
「ご両親の同意は既に頂きました。あとはあなた次第ですよ? さぁ選ぶのです。私と来るか……ここに残るか」
「それ選択の自由あるように見えて拒否権無いじゃないですかぁ!?」
「クックック……」
「それ悪役の笑い方!!」
あぁ……なんということだ。ミウラの進路は、知らぬ間に外堀を埋められ一本道にされてしまっている。
しかし、これまで通りの生活といかないのも事実だろう。この地に残ると言っても、ヴィヴィオは冗談めかしてああ言ってはいるが、止めない。ただ、管理局がつきっきりで警護にあたることにはなる。どちらにせよ、だ。
「いやぁ……それにしても、ビックリです。まさか感染者を蹴り一発でノシちゃうなんて」
えっ、と顔を上げる。
「もう、神化はほんっっっとに燃費が悪くて……」
むしゃむしゃ、と揚げ魚を骨ごと平らげながら、言う。
「とにかく、自己再生でしぶとい感染者が相手ですからね。鎮圧に使うエネルギーと、神化するためのエネルギー、その折り合いが難しくて……とっても助かりました」
「あの……予言で、そこまで読めていたんじゃあ」
「え?」「え?」
「 「 え? 」 」
ヴィヴィオは、きょとん、とした顔になり、ミウラと見つめ合ってしまう。
「あっ、やっば忘れてた……」
……非常に聞き捨てならない呟きを漏らすヴィヴィオ。
「我が学園は、力を尊びます」
今更ながら、なんという校風だ。
「まぁもちろん、学園内の闘争もありますが」
「あるの!?」
「あります」
真顔で返されてしまった。
「ごほん。……感染者を捕縛し、治療が出来るように無力化するのは、あなたのような力を持った我が校の生徒たちに、いずれ任せる予定です。はじめはもちろん、鍛錬から入っていただくことになりますが……そうですね、ミウラさんなら、精神鍛錬だけで、すぐに投入できますね!」
投入。怪物との戦いに。思いっきり戦力としてアテにされて。
「嫌だ! 嫌だー!!!」
ばたん、と別室のドアが開き、両親が相手に伴われ出て来る。
「お父さん、お母さん、ボクの進路が大変なことに!」
「ミウラ……」「ミウラちゃん……」
両親は、慌てるミウラを、両脇からがっしりと抱きしめる。
「お父さんビックリしたぞ! まさか、ミウラにそんなすごい格闘技の才能があったなんて!」
悪漢に襲われる同級生を、その身一つで守り抜いた……というようなエピソードへ変換されているに違いない。嘘は言っていないのだろう。
「えぇ、えぇ。専属でコーチをしてくれるっていう話まであるって言うじゃないの。お母さん安心したわ。没個性すぎるから、せめてキャラ付けにと、ボクっ娘になるよう小さいころから上手いこと誘導してきたけど、それももういいのね!」
今明かされる母の企み。
「お、お父さん……お母さん……?」
そして。
「 「 わが娘、ファイト!! 」 」
「あ、ああ、あああああ…………!!」
外堀が、全て埋まってしまった。
そして翌日。
「それでは、ミウラさんのことは私にお任せください! 立派な戦s……競技者に育て上げて見せます!」
上機嫌でミウラの手をガッチリと握り、鼻歌まで歌っているヴィヴィオ。
目にハンカチを当て涙する両親に見送られながら……
(世紀末だ……!! ボクは世紀末へ連れて行かれるんだ……!!)
……やがて訪れる動乱の日々に、ただ茫然としていた。
「ようこそ貴様ら! ワタシが訓練教官を務めるチャールズ・ケリーである! 貴様らを一人前のソルジャーに仕立てる任を与えられている!! だが安心しろ!! ワタシの訓練は優しい! 生き残らない者はさっさと死ぬ! クリスチャンは居るか! あの世でキリストとマリアを
そして現着である。同意を翻す隙など、与えられよう筈が無かった。
望まぬ編入。ミウラの他にも、結構な数の児童が集められており……訓練教官のあまりのヤバさに、失禁間近である。
「えぐっ、えぐっ…………おうちに、おうちに帰りたいんよー…………」
さめざめと涙を流す黒髪の少女に、ミウラは同情を禁じ得なかった。他人事と考えることで、実戦投入より先に死ぬかもしれない可能性から逃避していた。
「貴様らへのクリスマスプレゼントをくれてやろう!!」
ケリー教官が、何やら祭具のようなものを物々しく用意し始める。
「キミも、あの子に……?」
「そやー……暴れとったウチも悪いねんけど……こんなんおかしいやろ……何が聖王や……あんなん魔王や……」
何か、誰かと話していなければおかしくなってしまいそうだった。
「……ボクはミウラ・リナルディ。ボクの身体が一部でも残っていたら、両親の下へ届けてください…………」
「うちは、エレミア……ジークリンデ・エレミア…………おとんとおかんは、いまどこにおるのか分からへんのやー……おうちもぶっ壊してもうた……もうだめやー……おしまいやー…………」
そして、ついに処刑準備が整ったようだ。
「貴様らの顔、名前、経歴、すべて平等に…………興味は無い! 生き残った真のソルジャーのみに価値が生まれるのだ!!
――――修練の門ランクZ! 『ケサン・ピクニック』……オープン!!」
そして……E組の面々は、地獄のオリエンテーリングを味わうことになった。
◆ ◆ ◆ ◆
――――これが、創王覇道学院1年E組の成り立ちである。
――――被害者の会だった。