魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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vivid編 6話『 審判の鎖  』

 

 

――なぜ、ヒトは『正しさ』に従わないのでしょうか。

 

 ずっとずっと、そう思って生きてきましたわ。

 

 ニュースで犯罪行為が報じられるたびに、疑問を感じますの。

だって、そうでしょう? 普通に、特に気を付けていなくとも、普通に過ごしてさえいれば、法に触れることなんてありえませんもの。

 

 わたくしは、人並みにルールを守っていますわ。ええ、それはもう。食事のときは肘をつかないといったマナーから、赤信号は必ず止まる、決められた通学路を通る、買い食いはしない……そういった初歩的な社会マナーまで。

 ごくごく真っ当な両親から教わった社会の常識ですもの。意識せずとも、普通に守れて当たり前ではありませんか。

 

 そして、そんな当たり前のルールを守っていると、両親は喜んでくれましたの。

『あぁ、良い子に育ってくれた』と。

 

 わたくしは両親が喜んでくれるのが嬉しくて、ルールは決して破りませんでしたの。

 学校の先生も、褒めてくれましたわ。

 

 でも……いつからでしょう。

 

 ルールを守ることが、まるで正しくないかのように言われ始めたのは。

 

 口にモノを入れたまま喋る子がいましたの。当然、注意をしましたわ。行儀が悪いですもの。でも……その子は泣いてしまいましたの。泣いて言いましたの。『あの子はイジワルだ』と。

 

 通学路を守らないで近道をする子がいましたの。当然、注意をしましたわ。夕方になると暗くて、人気が無くて危ないですもの。でも、その子は怒りましたの。『あの子はチクリ魔だ』と。

 

 学校帰りに買い食いをする子がいましたの。当然、注意をしましたわ。子供が一人でお金を使っていると、悪い人に目を付けられてしまいますもの。でも、その子は笑いましたの。『あの子はいい子チャンぶってる』と。

 

 学校に携帯電話を持って来ている子がいましたの。当然、注意をしましたわ。学校では必要のない遊び道具ですもの。でも、その子は無視しましたの。『あの子は嫌われ者だ』と。

 

 学校に髪を染めてくる子がいましたの。当然、ハサミで切り落としてあげましたわ。図書室で飲食をする子がいましたの。全てゴミ箱に捨ててあげましたわ。花壇の縁に座る子がいましたの。ホースで水を掛けてあげましたわ。時間外にシャワールームを使う子がいましたの。給湯器を切って施錠してあげましたわ。遅刻を繰り返す子が。授業中にお喋りをする子が。自転車で登校している子が。金品のやりとりをしている子が。下級生にたかり行為を行う子が。カンニングをしている子が。

 

――――正しく。正しく。正しく。正しく。正しく。正しく。正しく。正しく。正しく。正しく。正しく。正しく。正しく正しく正しく正しく正しく正しく正しく正しく正しく正しく正しく正しく正しく正しく正しく正しく正しく正しく正しく正しく正しく正しく正しく正しく。

 

――――…………。

 

――――気付いたら、わたくしは一人でしたわ。

 

 褒めてくれていた担任も、喜んでくれた両親も。

『どうして、そんなことをしたんだ』と。

 

……わたくしは、正しいことをしたのですわ。間違いなく、正しかったのですわ。

 

 でも……気が付いたら、わたくしは学校に居られなくなっていましたの。

 

わたくしの机が無くなっていましたの。

 

わたくしの上履きが、トイレに捨てられていましたの。

 

 わたくしのことを、担任も、クラスメイトも、委員会の子も、生徒会の子も、上級生も、下級生も…………存在しないものとして扱いはじめましたの。

 

 間違っていないのに。わたくしは、誰よりも正しくあろうとしていただけなのに。そうあるべきと定められたことを、遵守しましたのに。

 

 

 

――そして、あの異変が起こりましたの。

 

 

 

 わたくしは、頭に消しゴムのカスが飛んでくることを無視しながら、板書をしていましたわ。授業中でしたもの。空が真っ赤に染まり、クラスメイトが窓に張り付いて。

 

校庭に、廊下に、教室に…………機械仕掛けの獣たちが雪崩れ込んできましたの。わたくしを突き飛ばしたクラスメイトたちは、獣に引き倒されていましたわ。逃げようとしていた担任は廊下で血を流していましたわ。この学校で、わたくしだけが、何もされませんでしたの。そして、あの『声』は言いましたの。

 

――――『従え』と。

 

 あれはまさに、天の啓示だったのですわ。

 

――わたくしの『正しさ』は、証明されたのですわ!!

 

 …………ですが、それも終わってしまいましたの。わたくしは、喜んだのに。正しさが正しく認められる世界が訪れると思っていましたのに。誰かに連れられて、避難させられて……気が付いたら、何もかも終わってしまいましたの。

 

 学校もボロボロになってしまいましたの。あの『声』が曰く、『この地を浄化する』と。きっと、あの学校は『正しくなかった』のですわ。であれば、わたくしが認められないのも、仕方のないことだったのですわ。未練は消えました。

 

 わたくし、『正しくない』その学校を辞めましたの。

 

そして、親の薦めるままに…………この学校に来ましたの。

ほんの少しの期待とともに。でも。

「みんな避難して! 教室に近づいちゃ駄目よ!」「先生、さすまた部隊到着です! 鎮圧を開始します!」「窓を破って逃げたぞ! 一階に連絡!!」

……クラスで茶髪の不良と赤毛のヤンキーの、よく分からない言い争いが起きて、乱闘が起こって入学式の日が早々に終わって……わたくしは、諦めましたの。正しさが認められる、わたくしが求める世界なんて、どこにも無いのだと。

 

…………。

 

 

 

――――世界は、あの時に滅ぶべきだったのですわ。

 

 

 

「――ふぅん、あなたもそう思っているんだね」

 目の前に立った誰かが言っていましたの。白い肌に、黒い髪の毛。黒い瞳に、黒い衣服。白と黒でだけ構成された、モノクロの人影。唯一真っ赤な唇だけが、にぃ、と、怪しく歪む。

「――なら、滅ぼしてみる?」

 

 

 その手には、一枚の、黒瑪瑙のような、黒光りする羽根が。

 

 

「――あなたの望みを叶えなさい」

 

 羽根が。

 

 

 はね……が………………。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

――とある薄暗い一室に、三人の人影がおぼろに浮かび上がっていた。

 

「――――では、はじめに。なのはちゃん、およびその第一子の無事な退院、おめでとうございます」

 

「 「 「 おめでとうございます 」 」 」

 

 三人が深々と首を垂れる。

「停学明けには、なのはちゃんの学校生活、再スタートとなります。……小山さん」

「はい、大宮さん」

 促された一人……小山何某が、手元のプリントを提示する。

「――担任の方針により、クラスメイト全員参加を優先した結果、オリエンテーリングが延期となり、なのはちゃんの復学とほぼ同時期に開催となりました」

 つくづく、いい学校である。

「このプリント、なのはちゃんには?」

「夫である吾妻氏をワンクッションに、手元へ届くよう計らいました」

「良い配慮です。直接では、警戒して受け取り即シュレッダーが有り得ます」

「あり得ますね」「有り得ます」

「では……本日の本題です。

 

『なのはちゃん、はじめての集団行動 ~班員と一緒に遠足~ 』

 

 本計画を提案・主導する中野さんより、発表をお願いします」

「承りました」

 残る1人……中野が、眼鏡のブリッジをクイッと上げる。

「クラスメイトとの遠足。これには、最悪の思い出しかないことは把握済みですね?」

 頷く二人。

「では、なのはちゃんの話をベースに、黒歴史回避策を考案します。まず第一に、『スナック菓子の女子受けが最悪でハブられた』、これについてです」

 …………沈痛な面持ちで話を続ける。

「…………まず、なのはちゃんの思い違いであろうことは、『女子は、そこまでスナック菓子に抵抗は無い』ということが挙げられます」

 す、っと、中野が鞄から『キャ○ツ太郎』を取り出す。

「わたしは、これを常食しています。友人とシェアすることも少なくありません」

 クラスを見渡せば、女子はむしろ、バリエーション豊かな菓子を持ち込むことに拘りを見せている。

「手元の資料、二枚目をご覧ください」

 そこには……なんというか……刑事ドラマの証拠品のように、白いシーツの上に整然と並べられた菓子の空き袋が写っていた。

「数回のゴミ捨て当番の際、クラスのゴミを検分しました」

 おぉ……と感嘆の声を上げる二人を目に、発表を続ける。

「チョコレート菓子が3、ポテトチップス2、ポッキー系が4、ガム・飴が少量となっています。ガムは恐らく男子のものでしょう」

「……確かに、バラけていますね」

「決して、スナック菓子が原因ではない、と?」

 意を得たように、頷く。

 

「ハブられた原因はズバリ……『スナック菓子が嫌い』だったのではなく、『なのはちゃんが嫌い』だったと思われます」

 

「そんな……」「ひどい……」

 身も蓋も無い。

「ではなぜ、『なのはちゃんが嫌い』となったのか。これを検証していきたいと思います」

 三人の中で最も論理思考に長けた中野の話に、残る二人は真剣に耳を傾ける。

「前提として、『女は横に繋がる』ということがあります。会話、食事、移動、消費、行楽……ここに、目に見えない『グループ』という枠が、しかし確実に存在し、よほどのことが無ければ、まず変動はしません」

 覚えがありすぎる二人は、思わず俯く。自らが無意識に築いた壁が、なのはちゃんを蚊帳の外に追いやっているのではないか……と。

「いえ、生物的に当然のことです。恥じ入ることではありません」

 フォローを忘れないマメな少女だった。

 

「それを支える物の正体……それは、『みんな』という、『連帯感』なのです」

 

 女子の本質に切り込んでいく。

「『みんな』。……これは、魔法の言葉です。根拠のないはずの、実体のないはずのソレは、女子のときに不合理かつ理不尽な行動に謎の大義名分を与え、そこへ迎合しない者を排斥することへの罪悪感の軽減作用をもたらします」

 では、なのはの行動にあった敗着とは。

「なのはちゃんは言っていました。『前日に、一人で買いに行った』、と」

 はっ、と、二人が気づいた。

「どこかのクラスグループと『一緒に』買い物へ出ていれば、少なくとも、」「連帯感の外に弾かれるリスクは軽減されていた……!?」

 中野が、神妙に頷く。

「ゼロ、とまではいかなくとも、買い物へ行ったメンバーへ、暫定的に加わることが出来た可能性は高いと思われます。また、『悪夢のペットボトル茶事件』も、グループメンバーの意見を取り入れることで回避できた可能性が高いかと」

 つまり、中野の言わんとすることとは。

 

「我々四人(・・)が、なのはちゃんとお買い物へ行き、周囲から浮かないアイテムを取り揃える。これが、なのはちゃんの黒歴史回避に有効だと、「――――待ってください」

 

 ……と、聞きに徹していたはずの小山が、中野の話を遮った。

「なんでしょう、小山さん。」

「挙手なしでの発言、まずは謝罪します」

 ぺこりと中野へ謝罪をし……

「中野さんの案は、確かに有効です。決して、失敗しない方策だと同意します」

ですが、問題の検証の、更に前。『なのはちゃんは、ぼっちである』という確認を行いたく。大宮さん、よろしいですか?」

「お願いします」

「ではまず、『ぼっち』について。ステレオタイプを語るというのは、褒められた行為ではありませんが……『自身の価値観を優先する』という点に終始するのではないでしょうか」

 自身の価値観があり、それを優先し、否と感じた事象へは、決して迎合をしない。頑固とも、潔癖とも違う……まさに『ぼっちの価値観』があるのだ。

一度でも曲げれば、貫いてきた『自分』を捨てることになる、その期間が長ければ長い程、捨てることが出来なくなる。そして迎合しない。迎合を求められることも諦観と共に無くなる。

 

――――故に孤立する…………

 

「なのはちゃん自身の、」「価値観……」

 しかし。まぁなんというか。

 

「 「 「 なんて面倒くさい子なのかしら………… 」 」 」

 

 す、っと、小山が一枚の紙片……レシートを提出する。

「夫である吾妻氏から譲り受けました。吾妻家、最新のお買いもの事情です」

「こ、個人情報を…………いくらなんでも……」

「なのはちゃんのためです……!!」

 ……小山は、心を鬼にしていた。

「……生鮮食品、生活用品といった物品を除くと、こうなります」

 す、す、とマジックで横線を引いていくと……

 

「…………『煎り大豆300g』『いかり豆300g』、処分品価格の『カンパン(氷砂糖入り)』…………こ、これは……?」

 はっ、と、大宮が事実に気付く。

「三品を合計で、288円……まさか……」

「これを、遠足のおやつに……!?」

 三人は、戦慄した。全く学習していない、と。

 

「――――ぼっちは実利主義です。

 

 恐らく、『保存が効き、分量計算が容易で、イザというときの非常食に適している』という理由でしょう」

「完全に、開き直っているのね。『どうせハブられるなら、思いっきりドン引きされてやる』、と言わんばかりに」

 そして、中野の意見に異を申した理由は。

「中野さんの案を実行に移すと……きっと、こう捉えられてしまいます。

 

『あなたは女子グループの暗黙の了解とか作法とか、分からないのね。わたしたちがイチから教えてあげるわ』…………と」

 

「――ッ!! わたしは、そんなつもりで考えたんじゃ……!!」

「分かっています!!」

 びしりと、掌を向けて断言する。

「分かっています。……中野さんの意見の意味も、分かっているんです」

「…………はい」

 重い沈黙が流れる。

 

――ぱん。

 

 大宮が手を打つ。

「もちろん、対案があるのでしょう?」

「当然です」

 小山が起立する。

 

「中野さんの案そのもの……『連帯感の共有』には、間違いはありませんでした。そこへ、『なのはちゃんの価値観』を盛り込んでいきたいと思います」

 対案とは。

 

「――わたしたちが、なのはちゃんに寄せていくのです」

 

 おぉっ……と、再び感嘆の声が上がる。

「つまり、なのはちゃんの揃えたラインナップに近似したおやつを持参する、と」

「その通りです。班員が、自身が選んだものと似たものを持っているだけで、なのはちゃんは安心感を得られる筈です」

 更に、密な打ち合わせが重ねられていく。

「丸被りは、事前のリークが発覚する恐れがあります。あくまで近似。類似です」

「ふむ……豆菓子というのであれば、甘納豆、バターピーナツ、ミックスナッツが思いつきます」「変わり種ですが、麦チョコもよろしいのではないでしょうか?」「採用です」

 

 そして。

 

「…………決まりですね。」

 ふぅ、と、達成感さえ感じさせる表情で、大宮、中野、小山は……四人目(・・・)に振り返る。

 

「――――遠足当日班長・ハリー・トライベッカさん、よろしいでしょうか?」

 

「カラオケボックスに来た花の女子高生がする話じゃねぇだろコレ…………」

 

 呼び出され、何事かと思いきや。ハリー不在でしっかり会議が進行していた。

「では、これにて、『なのはちゃんを温かく見守る会』第7回会議を終了します。お疲れ様でした」「お疲れ様でした」「お疲れ様でした」

 時計を見れば、終了30分前。

 

「ふぅ…………そんじゃ、せっかくだし歌うかー!!」「おー!!」「いえー!!!」

 

 会議からの解放感をぶつけるように、怒涛の歌唱ラッシュが始まった。

 

「いつか、なのはちゃんと一緒にカラオケに行くぞー!!」

「絶対行くぞー!!」

「一緒にプリクラ撮るぞー!」

「絶対撮るぞー!!」

「復学したらゲーセン行くぞー!!」

「絶対誘うぞー!!」

 

「あ、オレ、なのはのメアド知ってるけど誘うか?」

 

 

「 「 「 先に言ってよ班長ーーーーーーー!! 」 」 」

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

一方その頃。

「ママ、着いたよ海鳴市!!」「…………ソウネ、ツイタワネ」

 本当は、出産騒ぎの翌日にでも馳せ参じる予定が、ズレにズレてしまい、今日になってしまった。まぁ、保護観察中の身であるのだから、本来そういった自由は無いのが普通なのだが。

 許可が下り、ヴィヴィオに急かされ、急かされ……痺れを切らしたヴィヴィオの小脇に荷物のように抱えられ……二人は、市の駅へ到着していた。元気溌剌なヴィヴィオの隣で、ぐったりと座り込む四葉。

「あぅう…………ちょっと休憩」

 

『しかし、ひ弱な……これでマスターの肉体と同質とは思えませんね』

 運搬用に四葉の首に提げられたレイジングハートと。

『アレは環境が産んだ突然変異なの。同じにしたら酷なの』

 交通費節約のため、嫌々、クリスタルの本体へと姿を変えたアイが、他人事のように語っていた。

 

「バスは……うぅん遅いなぁ。……よし走るか」

 ぼそりとした呟きに、四葉の身体がビクリと跳ねる。

「待って! ヴィヴィオ待って! もうママの身体がGに悲鳴を上げてるの!!」

「えぇ~? またまたぁ。ママは機人でしょ?」

「確かにママは機人だけど、電子戦特化型で、フレームは汎用品なのよぉ~!」

「ハカセ言ってたよ! 汎用フレームなら予備が有るって! だから、少しくらい壊れてもいいでしょ! ほら、ほらぁ!」

「いやぁ! いやぁぁ!! 助けてお姉ちゃぁん!」

 がっしと腕を掴まれ、イヤイヤと抵抗する。

『ふぅむ……遺伝形質だけで、こうも似るとは』

『あのぼけなすの因子、強すぎるの……』

 

 他人事なデバイス陣が傍観する中、ぐいぐいとパワフルなヴィヴィオに引き回され、四葉の身体がピンチだった。

 

――すっ。

 

 と、戯れる二人の前に、一台のワンボックスカーが停車する。運転席には。

「あ、おばあちゃ、ムググ……」「桃子さん! た、助かりました二重の意味で!!」

 言ってはならぬことを口にしようとしたヴィヴィオの口を塞ぐ。

「今日は、士郎さんがお店に立てるから行っておいで、って」

「おばあ……「『桃子さん』でしょう!」桃子さん、おじいちゃんは元気ですか?」

 えいや、と四葉とその荷物を抱えながら乗車する。

「そうねぇ……まだ本調子じゃないけれど、うちの子二人を相手に毎朝体を動かしているくらいには元気よ」

「ほほぅ……そのくらいには元気なんですね」

 ……怪しげな笑みを浮かべる。

「人間離れしてるけどしっかり人間なおじいちゃんは、いろいろとレアなんです。はやく戦いたいなぁ……」

「うふふ。こんなに好かれて、士郎さんも喜ぶわぁ」

 微妙にかみ合っていない会話をしつつ、一路、吾妻家へ。

 

 桃子は士郎が心配になったと帰り、四葉とヴィヴィオだけが残された。

 

――ぴんぽーん

 

 四葉がチャイムを鳴らし「あ、ママちょっと下がってて」「え?」

 

――――ドバァンッ!!

 

 弾け飛んだドアから、栗色の残影が奔る!

「えっ、なに、なに!?」

 四葉の目では追えない速度。しかしヴィヴィオはそれを確かに捉える。

 

――ガシィッ!!

 

 突き出された掌を掴む! もう片方!

 

――グワキィッ……!!

 

 掴んだ手を、そのまま内側へ圧搾していく!

 

「ヴィヴィオお帰りぃいいいいいいいっ!!」

「お母さんただいまぁあああああああっ!!」

 

 母娘、感動の対面であった。抱き合ったままピョンピョンと跳ね飛ぶ二人。

「ビックリさせないでよ、もぉ……!」

「あ、四葉もお帰りちょっと来てはやく」

「このパターンも慣れてきたよ……」

『そりゃあ慣れますよ。嫌でもね……』

 拉致されていく四葉。

 

「おー。二人ともお帰り……あれ、出遅れたか」

「お父さん、ただいまー!」

「はっはっは。とりあえず滾らせた魔力を鎮めるんだ、わが娘。それで突進されたら多分死ぬから俺」

『アイが死なない程度に防壁の強度を調整してやるの。安心してぶっ飛ばされるがいいの』

「お前も久々だけど相変わらずだな……」

 秀人がノコノコ顔を出した頃には、なのはは四葉を別室に連れ込んでいた。恐るべきフットワークである。

 

 数分後。

「………………」「………………」

 なのはが二人いた。

 同じ髪形、同じ服装(制服)、同じ無表情。ヴィヴィオはおろか、秀人ですらパッと見では区別が難しい。傍らには、人型へ変じたレイジングハートが、一仕事をやり遂げた表情で額の汗をぬぐう動作を見せていた。着付けやメイクなどを行ったのだろう。

 

 メーキャップアーティスト・レイジングハートの無駄に高い技術により瓜二つに拍車のかかった二人。

「 「 魔力探査は禁止だよ 」 」

がしっと二人で肩を組み。

「ぐるぐるぐるぐる」

「ぐるぐるぐるぐる」

その場でぐるぐると回転し出す。ぱっと離れた二人は、完璧にシンクロした動きで自らを指さし。

 

「 「 どーっちだ? 」 」

 

 ……双子姉妹定番のネタを披露し始めた。

 

「当たったらほっぺにチューをしてあげるけど」

「外れたらデコピンだよ」

 

「クッ……こいつぁ難問だぜ、ヴィヴィオ……」

「難問だぜ、お父さん……」

 思わず口調が移る。

「 「 3、2、1…… 」 」

 無慈悲なカウント!

 

「 「 ……! こっちだぁああああああーーっ!! 」 」

 

 がばっ、と、ヴィヴィオと秀人、それぞれ違うなのはを抱き寄せた。

「 「 ……………… 」 」

「 「 ……………… 」 」

 果たして軍配は。

 

「…………」

 秀人が抱き寄せた方のなのは(仮)が満面の笑みで両手を『まる』の形に…………

 

「――――ぶっぶー!! 四葉でしたぁー!!」

 ……×だった。

「クッソォオオオオオオオーー!!」

 膝を突く秀人に、四葉が覆いかぶさる。

「わぁい、秀人さんに抱きしめて貰っちゃったぁ」

 

「ひぇっ……!?」

 ……正解を引き当てた筈のヴィヴィオが、短く悲鳴を上げる。ヴィヴィオが抱き着いたなのは(真)が、凍て付くオーラを発していた。

「どうして間違えるのよー!!! 秀人さんの薄情者ぉー!!」

「いや理不尽だろそれ!?」

 そういう遊戯だった筈なのだが。

「デコピンだよ秀人さん。さぁデコを出せ。首を出せ」

「待てよ待てよ何で指先に魔力集まってんの!? それ首ごと吹っ飛ばす気満々だろ絶対!」「刎ねる」「ぎゃあああああ!!」

 メリメリメリ……と、なのはの魔手を必死で遠ざける秀人。

 

――――おぁぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!

 

 ズドガゴォン!! ……と、爆音のような鳴き声が、秀人たちを物理的に纏めて吹き飛ばした。

「……ぐぉお、しまった………………構ってやるの忘れてた……」

 ……本来の目的。

「ぁうう……」「す、すごい破壊力……」

 四葉は暴徒鎮圧用音響弾でも喰らったように目を回していて、ヴィヴィオもふらついていた。

 

『こんなこともあろうかと』

『何事も仕込みが全てなの』

 ……デバイス二機は、遮音していた。

 

――――がらら。

 

 …………紅葉のような小さい手が、引き戸を開ける。

「へっ!?」

 驚愕に固まる四葉を尻目に、引き戸は完全に開いた。

 

「ぁあー……。あぁー!」

 

 頬に涙の痕を貼り付けた赤ん坊が。秀人となのはを目にし、明らかに笑った(・・・)

「え? え!? 笑、……え!?」

 そのまま、ハイハイ(・・・・)をしながら秀人の足元まで寄って来て……

「あぁあー。」

 秀人のズボンの裾を掴んで(・・・・・・・・・・・・)……立ち上がった(・・・・・・)

 

「おーし、こっちゃ来い息子よ」

 秀人は気にした様子も無く、ひょい、と抱き抱える。

「おぉおおお、お姉ちゃん、生後まだひと月未満…………ひと月未満……」

「え? うん、そうだよ」

「え?」「え?」

「だ、だって、笑って、動いて、立って…………!?」

「そりゃそうでしょ。赤ん坊だよ?」

「赤ん坊の成長は早いねお姉ちゃん。うふふ」

 何が正しく何が間違っているのか。四葉は考えるのをやめた。なぜなら、この夫婦に関する理不尽は、考えるだけ時間の無駄だからだ。

『やっとその境地に至りましたか……』

『考えるのはやめて、楽になるといいの……』

 

「ヴィヴィオ。抱っこしてみろ、抱っこ」

「わぁい!! ……わぁ重い。」

「だろ? ほら、四葉も」

 思考停止のまま赤子を受け取った四葉は……

「ぐぇっ……お、おっも…………!?」

 危うくギックリ腰になるところだった。

 

「まぁ、いろいろ普通と違う子っていうのは判ってるけどねー」

「そ、そうだよね」

「重いし」

「そこじゃなくてね?」

 息子が四葉の腕の中に居るので、今はヴィヴィオを膝の上に載せて遊んでいるなのは。

「ふぇへへへ……」

 久しぶりに会えた母の膝の上、ヴィヴィオは年相応の少女の表情で、安心して身を任せていた。

「髪の毛は秀人さんっぽいけど、輪郭はヴィヴィオに……というか、お姉ちゃんに良く似てる。わぁ、本当に二人の子供なんだぁ」

 自らも出産を経験している四葉だったが、姉の子となるとまた違った感慨があるらしい。

 

「――でね、そのミウラさんがね、すっごく伸びしろがあるの! たぶん、おじさんとおばさんくらいは、あと一年くらいで抜いちゃうね! 血統補整ナシの、マジモンの天才だよ! あとね、古城跡地で捕獲……じゃなくて保護したジークリンデさんは逆に、なんと古代人の技能継承者っていう超レアで、本気になると『ガォン』っていって、空間ごと抉り獲っちゃうんだよ! 捕まえるの楽しかったなぁ! また逃がしてみようかな!」

 マシンガンのようにのべつく間もなく喋り倒すヴィヴィオの言葉を、じっくりと聞き続ける。

 学校のこと。友達のこと。勉強のこと。……話のタネは尽きない。

 

 

「――――それで、ヴィヴィオは何を隠しているのかな?」

 

 

「――――。」

 ヴィヴィオは、口をパクパクと開閉し、笑顔のまま……固まった。

「――――ナニガ? ヴィヴィオ、ナニモ、カクシテナイヨ?」

 ……バレバレである。

「お父さんがウソつくときと同じだねー? わっかりやすーい」

「カクシテナイヨ。カクシテナイヨ。」

「はいはい、ゲロゲローって吐いちゃおうねぇ。ラクになるよー」

 咄嗟に逃げようとするヴィヴィオだったが……おかしい。立ち上がろうにも、立てない。

「あははー。まだまだ甘いねぇ」

 なのはが、ヴィヴィオの膂力を見事に分散し、膝の上に拘束していた。恐るべき体術である。

「あ、う、う…………」

 ……愛する母の膝の上。そこに身を委ねていた筈が、気付けば猛獣の(あぎと)に捉われた子ネズミになっていた気分だ。

「お、おかあさんは、その、えっと……」

「えー? お母さん、今はヴィヴィオの話を聞きたいんだけどなぁ。んーっと、私に隠すってことは、私と、秀人さんに関わりが有ることは確定。理由は『心配をかけたくない』『秘密裏に処理して平穏を乱さない』の二つが大きいよね。ヴィヴィオは優しいなぁ」

 身動きを封じられたヴィヴィオは、ズバズバと切り込んでくるなのはに、引きつった顔で……実に年相応に幼稚な誤魔化しを実施しようとしていた。『話を逸らす』というヤツである。しかし、聞き出したい情報を確固たるものとしている場合、全く意味の無い時間稼ぎである。

 

 

「お母さん、友達はできた?」

 

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ごふっ」

 …………必殺のカウンターが心臓を直撃した。

 なのはは、石像のように笑顔のまま硬直していた。

「こ、こらヴィヴィオ……!」

 四葉が慌てて窘めるが、もう遅い……

「え? ……あっやべ」

 ……このダメな神が、入学初日に停学フルコンボをハットトリックでキメたということを、今更ながら思い出すヴィヴィオ。

 

「まず、『友達』という言葉の定義から、ね……?」

「ゴメンお母さんなんでもない」

「どこからどこまでが友達なのか、そこから、ね……?」

「いいから。お母さん、もういいから。私が悪かったから」

「………………班決めって、席で自動的に決定するのと、任意で組ませるのは、どちらが良心的なんだろう。『うわ……こいつ班員かよ』『やりづらいよねー』『えっと……高町さんは、いいの?(苦笑)』。任意だとそういうことは無いけど『だれかー高町さんを仲間に入れてくrrrrrrrがぴーがががprogram has been detected…」

 

 バグった……。

「お母さん、お母さん、ごめーん!!」

 ゆさゆさとなのはの肩を揺さぶる。

『……ねぇ姉貴、やっぱりコレに着いててあげたほうが良かったんじゃないの?』

 アイのもっともすぎる指摘に、レイジングハートは彼方を向いた。

『…………六課の頃。私もマスターのためを思い、あらゆるコミュニティへの参加を促しました。食事、レクリエーション、入浴…………』

 …………色々とダメだったのだろう。フィアット、はやて、リーゼ、クロノ、フェイト、シグナム……彼ら彼女らが居る環境においても。

『スキマ時間を見つける技術に長けたマスターは、食堂・浴場・休憩場をなぜか超高確率で貸切状態。混雑時は自室へ引きこもり読書。訓練を終えると新人へメニューを伝えるだけ伝え自室で事務作業。入浴は主に自室のシャワー。マスターの自室は、誰が言ったか『天岩戸』と……』

 フェイトなどと、二人で食事を摂ることこそ、それなりに在ったが……フェイトは、なのは的には『妹』『家族枠』である。ノーカンだ。

『屋上の貯水タンクの上で、安堵の表情でひとりおにぎりを食べるマスターを見て、諦めたのです……』

…………一度だけ、大浴場へ連れ出すことには成功したが……あれは奇跡だったのだろう。当時の、身体的な負い目を抜きにしても。

 

 すっかりいじけた様子で、秀人の膝に顔を埋めブツブツと言う。

「……スバルたちに連絡しようとしたことも有るけど、今は新組織の運営で忙しいだろうし……それで無視されたら悲しいし……」

 後半が本音である。なのはの負の思考能力はスーパーコンピュータ並みの先読みを可能とし、たとえ無視はせずとも、『あ、なのはさんからメールだ』『忙しいけど、なのはさんだし、返事をしなきゃ……』『忙しいけど……』と、恐縮されながらも迷惑がられる様子を克明に思い描くことを可能としていた。事務的な返答が来たら、無視よりも悲しい。泣く。

 

――――you got mail… you got mail…

 

「あ、ほらお姉ちゃん、メールだよメール!」「広告だよ」

 見てから言え。

「違うって、ほら!」

 表示されたのは……未登録のメールアドレスだった。

「最近の広告は手が込んでいるのね……」

 文面を流し読みする。

「ほーら、『あした町で買い物するぞ』なーんて、組んだ覚えも無い予定を……あっハリーだこれ」

 思い出した。『同盟』結成がてら、メールアドレスを交換したのだった。登録することをすっかり忘れていた。

「……」

 慣れた手つきで返信を打つ。

 

『行けそうなら行くので、適当に連絡ください』

 

「断り文句の定型句じゃないのー! お姉ちゃんってばー!」

「…………そういう仲じゃないし」

 

――――you got mail…

 

『明日・10:00・海鳴駅前モニュメントで待つ』

『行ける努力はしますが、約束の時間に私が居なければ、気を使わず行ってきてください』

 

――――you got mail…

 

『とにかく来い。待ってるからな』

『MAILER- DAEMON . This is an unknown address… 』

 

――――you got mail …

 

『ウダウダ言ってねぇで来いっつってんだろ!』

『本日はお忙しい中、ご連絡を頂き誠にありがとうございました。厳正に予定を折衝しましたところ、残念ながら、今回はご期待に添えない結果となりました。連絡を頂けたことに感謝するとともに、貴殿の今後一層のご活躍をお祈り致します』

 

――――プルルルルルル

 

 電凸である。ノータイム即決で切断を試みたなのはだったが、謎の力(ハリーの遠隔神通力)により無理やり通話が開通する。

『このごくごく丁寧に書かれているにも関わらずクソほどムカつく文章は何だオラァアアアアアアアアアアアアッッ! テメー今からそっち行くから首洗って待ってろよ!?』

 

――ぷしゅううううううううううう

 

「お姉ちゃん、携帯電話を放り出したと思ったら、急に何をしているの……?」

「いや、とある野犬対策に購入した玉ねぎ臭スプレーの効果検証をね……」

 数分後。

 

 

――――――どすどすどすどす

 

 

 足音からして怒りが感じられる。バンッ、と扉が開き。

「おいコラァ!! ふざけたメール返しやがっグァアアアアアアアアアアアアアくっせェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」

 

 バターン! となのはの仕掛けたトラップに引っかかり悶絶するのだった。

 

「ひー、ひー……は、鼻がモゲるかと思ったじゃねぇか……!」

「ふんだ。駅前繁華街になんて行くもんですか」

「繁華街て」

「ウェイウェイしてる連中が街角でブレイクダンス踊りながらスケートボードで走って壁にスプレーで落書きしているんでしょう」

「アクロバティックな偏見ひでぇな!? ちげぇよ、オリエンテーリングの準備をしにイロイロと買い出しに行かねぇか、って」

「準備万端だもん」

 傍らのリュックサック……というか、『背嚢』を自慢げにデデンと取り出す。

「これで熱帯雨林を踏破して、口が四つに裂ける異星の狩人とだって戦い抜いたんだから」

「そういうんじゃねーから」

「じゃあ何が足りないって言うのよ」

「常識だよ」

「私の常識は私が決める」

「……一応聞いておくが、当日は制服じゃなくて、私服だぞ。『動きやすい私服』って書いてあるだろ」

「あるもん」

 ズバッと取り出したるは。

 

 

 ――――……カーキ色のガチ迷彩服~(大山の○代)

 

 

「……………………旦那ぁ、オレはどうすればいいんだ……?」

 たまりかねて、ハリーが秀人に助けを求める。

「…………笑えばいいと思うよ」

「1ミリも笑えねぇよ……」

 

「お母さん」

 と、困り果てる大人二人を尻目に、ヴィヴィオがなのはを見つめる。

「あのね、私に服、買ってくれたことがあるでしょう?」

「あぁ……あれは楽しかったわねぇ。フェイトも一緒に、ヴィヴィオに似合う服を探してあげて……」

「それを、もう一度すればいいんだよ」

「もう一度…………………………………………………………あっ」

 ……ようやく、話が脳内で噛みあったようだ。

 

「――――つまり、年相応にファショナブルな衣服を、遠足の名目で物欲のままに買い揃えましょう、ってことね!?」

 

 理解おっせぇええええええええええええ!!! しかも偏見くせぇ!!

「何でお前はそこまで自分に無頓着でいられるんだよぉおおおおお!!」

 ぜーはー、と、ようやく理解させることに成功したハリーは、疲労困憊だった。

「で、行くよな!!?」

「ねぇ四葉、一緒に」「わたし、ヴィヴィオと翠屋に行くから」

 フラれその1。

「秀人さん、一緒に」「息子は任せろ妻よ。存分にリフレッシュしてくるといい」

 フラれその2。

「服を買いに行く服が無いの」

「私の着替え貸してあげる」

「スカートはイヤ」

「はいジーパン。お姉ちゃん、こういうやつの方が好きでしょ?」

「…………」

 ナイス妹。

 

「あー、なのは来るってよ。おう。楽しみにしておけ、お前ら」

 既に電話口で既成事実が完成していた。

 

「うぅー……うぅー……知らない人も来るー……行きたくないよー……おうちでゴロゴロして夫とイチャイチャしてたいよー…………」

 

 ……部屋の隅で蹲り、人付き合いのプレッシャーに耐え忍ぶのだった。

 

 

 

 

 

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