魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
――――
◆ ◆ ◆ ◆
――町の古美術商、田中正巳はこう語る。
「いえいえ、近頃は珍しく、刀剣目当ての若い女性のお客さんが多くてね。
えぇっと、なんて言いましたっけ、あのピコピコする携帯電話のゲームの……まぁ、その影響らしいですわ。
『備前長船は無いか』とか、『虎鉄は無いか』とか、トンチンカンなことを仰る方もいらっしゃいますが」
――――そんなもの、あれば仕入れたいのはこちらだと。
「えぇ、まぁ。虎鉄なんて、100本あれば100本がニセモノ、なんて話もありますが。
ウチはもとより薄利多売でね。刀工の弟子が練習で打った……まぁ言い方は悪いですが、無銘のクズ刀なんかを仕入れて売ると、まぁよく売れること。鉄の延べ棒みたいなモンに、よくもまぁ大枚はたくモンだわと、ありがた半分、あきれ半分で思うんですわ」
――――鉄の延べ棒、とは
「ホント、そのまんまの意味ですわ。ただのデカい包丁みたいなモンです。鍛造はしてあるけど、してあるだけ。銀座で売っているマグロ包丁の方が、よっぽど業物ですな」
――――それこそ、古刀まで遡らなくては、本物は無いと。
「でも、まぁ……刀工の弟子作や、蔵出しのボロ、来歴不明の白鞘、アレコレ仕入れているとですねぇ…………たまぁに、『有る』んですわ」
――――有る、とは。
「真に迫る贋作なら、まだカワイイもんですが『その場のアイデアを実行したら、それがたまたま、失われた技術そのものだった』という偶然が積み重なり、現出してしまったモノ。
――――――『
――――ぜひ、一見してみたいものです。
「あー……それがですねぇ、どっかにやってしまったんですわ。売った記憶は無いし、かといって、盗むならもっと金目の良い品もありますし……」
――――それは、口惜しいですね
「いえ……不思議とね、惜しくは無いんです。こういう商売ですから、理屈では説明できないこともありますし。画のお岩さんがニタリと笑った時には、これは死んだな、と思いましたよ。はっはっは。」
――――それで、惜しくは無い、とは。
「んー…………まぁ、納得するための文言なら、こうなるでしょうな。『持ち主のもとへ行ったのだ』、と」
――――持ち主、ですか。
「そ。持ち主。たまぁに、時代に一人か二人くらい、居るらしいんですわ。
――
――――なるほど。では、その真に迫りし真剣も、かの人の下へ行ったと。
「えぇ、どうせ、タダみたいな値で仕入れたうちの一振りですからね。この平和な時代、それほどまでに剣と引き合うお人がいるのなら……それは、剣にとっても、床の間に飾られるより、幸せなことでしょう。あぁ、ところで…………
――――――さっきから、あなた、誰ですか……?」
――――……。
――――わたしの『名』は、人間の認識の許容を越えてしまいますので、記憶からも消えるでしょう。ですが、久々に俗世へ降り立ち、会話を楽しめました。その礼として、一度きり、我が名を名乗りましょう。
――――。
――――――我が名は
◆ ◆ ◆ ◆
――――なのはは剣の天才だ。
……身も蓋も無い表現だが、これ以外に表現のしようが無い。あれこれ残念すぎる一面もあるが、剣の才能に限って言えば、世が世なら、確実に歴史に名を残す英雄となれたであろう。
なにせ、鋼の鎖を断ち切れるのだ。斬れるはずの無いモノを、技量のみで斬ることができる。そして、それを『なんとなく』で、成し遂げてしまう。それを、天才と言わず何と言おうか。父系の遺伝もあろうが、なのはは間違いなく、剣の天才なのだ。
『ぎ、るァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
――――ギャラララララッ!!!
再生した身体より射出される鎖の弾丸。
――――斬る。
金属質に鋭角となった爪。
――――斬る。
筋繊維が寄り集まった大木のような脚部。
――――斬る。
苦し紛れに投げつけられる街角のオブジェ。
――――斬る。
――――斬る。
――――斬る。
――――斬る。
不断の鍛錬。膨大な戦闘経験値。それらは、一朝一夕でインスタントに手に入れた『力』など、寄せ付けはしない。魔力を使用せず、技量のみで、硬質な金属や柔軟な筋繊維を断ち切っている。
「うむ……これは良い刀だ」
駆けつける中で、通りに一軒だけあった古美術商にて、結界内の無人をいいことに拝借した一振り。太刀に分類されるに充分な刃渡りを持ちながら平造り、反りは少なく、切っ先鋭く、切断にも、刺突にも両得。美術品としては失格だが……実用武器としては一級品の出来栄え。
「実に、手に馴染むっ!!」
趣味に合う得物を手にしたなのはは、まさに水を得た魚。実戦ブランクを埋める勢いで、エルスを攻める。
「…………」
だが、一方でなのはは、分の悪さを察してもいた。斬っても、切っても……再生力が落ちる気配が見えない。今は、敵が未熟で滅法撃ちをしているだけでいくらでも対処できるのだが、変に『学習』されてしまうと、恐らくは。
なのはの見立てでは、ああいった唐突に力を得たような輩は、何らかのアイテムを用いている場合が大多数であり、エルスの体内のいずこかには、力の源が、核があると睨んでいた。
早いところそれを破壊か摘出をしてケリを付けてしまいたいところなのだが、エルスには無駄にセンスがあり、地味にトドメを阻まれる。
「でも、だいたい分かった」
……分は悪いが、負けるとは言っていない。
「これだけ斬っても死なないことは分かったし……
――――バラバラに寸断して小分けにしてから、ゆっくりと核を探すことにするよ」
悪魔の発想である。
「合体ロボみたいにバラして、終わったらくっつけてあげるわ」
『ギッ……!?』
後方に守る小宮ら三人に聞こえなかったことが幸いか。
――――ギャララララッ!!
「それはもう見飽きたよ」
馬鹿正直に直射される一撃を、刀の
「目」
――――横一文字。
目といわず、頭蓋にまで到達しかねる斬り込み。
『ギァアアアアアアアアアッ!!』
「ほら、そこで固まるからこうなる。人外の身体に、人間の意識がついていけて無いんだよ。どうせ治るなら、構わず攻めればいいんだ」
縦一文字からの逆縦一文字。両腕が落ちる。
「残すと、くっつくからね」
バリアとシールドの応用。切断された両腕を『梱包』し
「燃え尽きろ」
内部へ、魔力弾を撃ち込む。
『ギッ……ギィイイイイイイイッ!!?』
「再生している間は、隙だらけ」
片翼、退き損ねた右足を、同様に切断、焼却。
『バラバラに寸断する』という予告を、違わずに執行していく。
――――――。
分の悪さとは何だったのか。
というのも、なのはは、凶鳥部隊の頃、遡ればジュエルシード事件の折から、こういった図体のデカい手合いは散々に相手をしてきている。再生能力持ち、飛翔能力持ち、そんなものは束で相手にしてきた。一度……慣れが油断になり、とんでもなく痛い目を見た経験もあってか、今は一切の油断も無い。
つまるところ、理性無き怪物なぞ、なのはにとっては動くサンドバッグに等しい。
『タ、……タダ、シク……アレバ…………』
うわごとのように繰り返すエルス。その身体は、胴体に頭がくっつき、片腕が肘まで、片足が膝まで残っているだけの状態だった。
「…………」
血払いをし、いざ核を摘出せんとするなのはが、それを無視して歩を進める。変な情けは、それだけ苦痛を長引かせる。
「…………」
白刃が閃き、――――
◆ ◆ ◆ ◆
……おかしい。
痛みより先に、頭に浮かんだのは疑問だった。
この力は、この姿は、正しき力ではなかったのか。正しさを遂行するために作られた姿ではなかったのか。事実、罪人どもの封じ込めと処罰は、順調に行えていた。邪魔さえ入らなければ……いや。邪魔が入ろうとも、この力を振るえば、邪魔ごとねじ伏せられた筈だ。
だというのに。なぜ、こうも上手くいかない。躱され、防がれ……返礼とばかりに、全身を切り刻まれているではないか。正しさが、通っていないではないか。なぜだ。何故だ。何故だ。それは。
『――――ああ、そうでしたのね』
この『姿』は、この『力』は。
――――『正しくない』のだ。
「…………」
白刃煌めく。だが、思考する。
『正しさの具現』とは。ただ大きな力を得るために、肉体を獣に変異させることが? 鎖をただ振り回すことが? 理性を放棄することが?
――否。
そう。否、である。正しさとは、正義とは、己が理性の上にあらねばならない。理性とは、思考とは、肉体に付随するもの。健全なる精神は、健全なる肉体に宿る。であれば、正義が宿るは、獣の姿に有らず。それは…………
――――ギャリィイッ……!!
…………防ぐ。ヒトらしい姿へ再び変異した肉体の、腕で。腕に巻きつけた、
『a、 アぁ……あ。ふふ、聞き取りやすく、なったかしら?」
「……。変わった」
「えぇ。――――生まれ変わりましたわ」
巨大な肉体を、ただ捨てたのではない。生来のサイズへ、その質量をそのままに『圧縮』したのだ。筋繊維の中に鎖を……己が象徴を織り込むことで、瞬発力も格段に飛躍した。肉体の頑健さも言うに及ばず。被弾面積も減り、人体構造へ近づいたことで視野も広がった。外装として、可動域へ干渉しない部位へ、鎖を編んだ鎧を纏うことで、防刃性能も獲得。
「おっと、これを忘れていましたわ」
再生した衣服の懐より、予備の眼鏡を取り出す。視力矯正の意味は無いが、コレがなくては始まらない。
「……。」
腕の一部に、羽毛の名残を発見する。
「……ちっ。羽毛が生えた人体なぞ、
消失。『外』へ向かっていた力を、『内』へ。己が肉体の深奥、力の根源へ、外部より取り込んだ力を、合一させる。
「さぁ……あらためて」
武術は知らず。しかし、正しい身体の動かし方は、自然と理解できた。武器は握らぬ。正義の拳で、悪を砕く。
「――――正義を執行しますわ」
目の前の執行対象へ、歩を詰める。
「――、!」
警戒しても、遅い。鎖の収縮を利用した、人体では実現し得ない瞬発を以て、懐へ。武器の間合い。刃こそ届かないまでも、柄尻での打突が有る。がん、と、衝撃が額を走る。だが……。
「それが、どうかしましたの?」
それだけだ。それっぽっちの衝撃が、この身を纏う正義を、貫けるものか。
じゃりぃっ! と、拳がその身を掠める。身に纏っていた見えない薄皮のようなものが、削ぎ落とされる。
「あは。あはははは。これが、正義。正義の力……!!」
見ろ。あれだけ恐ろしかった刀が、ただの棒切れのようだ。やはり、正しいのは自分なのだ。
「銃刀法違反で、死刑ですわっ……!!」
この力を、正義を、その身で受けよ。
「――――だぁらっしゃあああああああああああああああああああああ!!!」
――――ゴギィイイイイイッ……!!
……横合いから乱入は、想定していなかった。
「お、ゴ、が…………」
頚骨にダメージ。飛び膝蹴りが、鎧の無い頸部を直撃したのだろう。視界が回る。その勢いのままに蹴り飛ばされた。いかにこの肉体といえど、重量を上回る衝撃を受ければこうなる。地面を掴む。回転を停止。立位。
「二人、いましたわね。不良と、ヤンキーが」
見れば、いかにもな下品なジャケットを羽織っているではないか。特攻服といったか。あぁ、よろしくない。アレは、居るだけで公序良俗を侵すものだ。排除しなくては。
――――全ては、正義のために。
◆ ◆ ◆ ◆
「あ、ハリーだ」
「ハリーだ、じゃねぇ!!」
横合いから乱入してきたハリーは、下品な特攻服の裾を翻す。
「オイ、ありゃあ何だ。ヒトガタだがヒトじゃねぇぞ」
「いじめっこよ」「ずいぶんアバンギャルドないじめがあったもんだな」
冗談はさておき。
「たぶん、神化を疑似的に行っているんだと思う。力の質が、私たちにどこか近い」
「お手軽になっちまったもんだなぁ、神様ってやつも」
だが。力の正体が擬似神化だと判れば、対処もできる。
「なのは。お前、
一気に説明する。清める、とは、恐らく
「いや……それは……」
が、なのはは妙に口ごもる。実に言いづらい真実が有るように見えるが、聞き返すヒマは無さそうだ。
「大宮たちは……うっし、隠れたみたいだな」
そして何より、ハリーは聞いていない。
「ハリー、あのね…………その、」
致命的な祖語が発生しかけているのだが……時間はそれを埋めることを、許してはくれないようだった。
「二人、いましたわね。不良と、ヤンキーが」
何かを言うより先に、エルスも復旧していて……とても言い出せる雰囲気ではなかった。
「この
ぐりんぐりんと肩を回す。
「……下品ねぇ、それ。はやてが好きそう」
いかにもチバラギな刺繍を見、なのはが漏らす。
「じゃかあしいわ。……一応、聞いておく。力を鎮めてはくれねぇか? そうすりゃあ、穏便に日常に帰してやれるぞ」
エルスは、きょとんと……一拍を置き、けらけらと笑う。
「あなた……『矜持を捨てれば命だけは助けてやる』、なんて言われて、はいそうですかと従いますの?」
「……だよなぁ!!」
吶喊。
「さぁ来なさい、悪漢。正義のなんたるかを、その身に刻んで差し上げますわ」
「小物が強キャラみてぇな物言いしてんじゃねぇーーーーーッッ!!」
ハリーの突き出した熊手とエルスの手甲が衝突し、金属音を鳴らす。身体能力で圧倒的に勝るハリーに、エルスは武装で対抗する形だ。手甲という装備は、単純ではあるが、単純であるからこそ、特別な鍛錬をせずとも、身を守る防具として十分に機能する。そして、圧し固めてあるが、それは鎖の集合体。ハリーが手を引き戻す瞬間、その手を幾重にも拘束し、動きのタイミングを崩してしまう。
「くっそ、やりづれぇなぁ!!」
衝撃も分散されるため、正面からの破砕は困難。幾本かの鎖が断裂したとしても、最小の負担で修復されてしまう。
そして……エルス自身の技量も、実は絡んでいる。読書の一環として、また、過酷な環境を生き抜くため、母国の軍隊式格闘術に関する書籍を読み込んだ経験が、ここにきて活きていた。
「うぉ……!」
目潰し。当たらずとも効果的な攻撃に、ハリーは思わず隙を作ってしまう。だが、そこへ大振りの攻撃を仕掛けるのは悪手。エルスは、最小限の動作で、浮き上がった顎を拳で抉りにかかる。
――パァンッ!!
掌で受ける。追撃は行わず、守りの構えに戻る。だが、攻めて来ないのかと思いきや、ハリーの間合いの外から鎖が飛ぶ。
「せせこましいんだよォおおおおおおおおおおっ!!!」
だが、隙だらけというのも、ある意味ハリーの戦闘スタイルだ。隙無く洗練されているのではなく、野生の勘にモノを言わせ、力尽くでゴリ押す。
――バキィッ!!
と、額に直撃弾。よろけるハリーに、エルス、ニヤリと笑む。
(殺った!!)
「と、油断させておいてぇえええええ…………!!!!」
がばりと、一気に身体を起こし、瞬時に間合いを詰められる!
「!!」
見れば……額に巻いた鉢巻、そこの小型の鉢金が凹んでいる。その僅かな面積で、受け止めたのだ。
「くっ……! だまし討ちとは!」
「騙される方が悪いんだよぉ! オマケに喰らえオラァ!!」
――――ブシュゥウウッ!!
「ぁぎゃーーーーーっ!!?」
口に含んだ清酒を、エルスの顔面目がけて噴射した。眼鏡の防御で眼球こそ無事であるが……その唐突な行いに、エルスは慄いた。
「ふ、不潔ですわっ! 汚いですわっ! 全体的に卑怯ですわっ!!」
「卑怯もラッキョウも大好物だぜ!! 勝てば官軍ってなぁ!!」
もはや、どちらが悪なのか分からない。
そしてエルスは、ハリーが懐から取り出した長方形の紙片が、背中に張り付けられていることにも気付いていなかった。複雑な書体で、文字列が綴られているそれは……俗に言う、お札であった。
「急急如律令!!」
――――――ばちぃいいいいいっ!!!
「んぎっ……!!!?」
全身が痺れ、一瞬でも硬直する。
摩訶不思議な術を行使するハリーに、エルスは対応するだけで手一杯だ。
「人型になってくれて、ありがとうよっ!!」
「ぐ、あぁっ!!」
硬直の隙に、身体の関節部を絡め取られる。人外へ変異すれば、抜け出せるのだろうが……エルス的には、それは正しくないことだ。正しくないことは行えない。己に誓約を課すことで、これだけの力を引き出しているのだ。単純な膂力で脱出を図る。手甲や鎧は、組技に対しての防御力は見込めない。で、あるのなら。
――――ギャリギャリギャリッ……!!
縛鎖を編み、巨大なハンマーのように形成していく。
「これでっ!!」
…………そして、素人のエルスはすっかりと忘れていた。敵は、ハリーだけではない、ということを。
「なのは、今だ!! やれぇええええええっ!!!」
はっと気付くが、後の祭り。意識の外で、気付かぬ間に距離を充分に詰めていたなのはが、現れる。
「は、離せ、離せぇえええええええええええええええっ!!!」
「だーっはっはっは!! 勝負あったなぁ!!」
あの蒼炎は、異形の力を焼き尽くす。ある程度大雑把に……ハリーを巻き込むように放ったところで、ハリーへの影響など、精々が軽い火傷程度のものだ。
「来るなぁああああああああっ!!!」
形成したハンマーを、なのはに向けて無茶苦茶に振るう。
――――キィイイインッ!!!
高音とともに、本体との接続部が切断される。コントロールを失ったハンマーは、宙で解けていった。エルスは、己が最後を悟り、目を見開く。最後の悪あがきにと、どうにか自由になる程度の力で、盾を形成する。だが、無駄な足掻きだ。むしろ、鎖を伝う、蒼炎の導火線を作ってしまった形になる。
「………………!!!」
終わった。エルスが、諦めかける。
終わった。ハリーが、一安心する。
終わった。なのはが、
……………………こんなタイミングまで『あること』を言い出せなかったことを悔いていた。
――――かきーん。
「……………………………………。」
「……………………………………。」
「……………………………………。」
――地獄のような沈黙が下りる。
盾は一直線に切断されていた。そこまではいい。しかし、肝心要の決め手である蒼炎は、刀の先端に、マッチ棒が如きチンケな大きさで揺れているのみで…………やがてそれも消えた。
「………………はっ。」
そこへ究極に運の悪いことに、真っ先に我に返ったのは、エルスだった。
「うらぁああああああああっ!!」
「あばぁああああああああっ!!」
関節技を脱したエルスは、ハリーを背負い投げた!
「っとっとっと……!!」
なのはが、投げ捨てられたハリーを回収する。
「…………おう、ぼっち。説明してもらおうか」
「ぼ、ぼっちの何が悪い、あぅっ」
ぐい、と顔を引き寄せられる。
「神通力どこいった」
触れてみて、察する。なのはに、神通力…………蒼炎を発する源となるエネルギーが、ほとんど感じられないことに。
「――――――息子にあげちゃった♪」
…………その量、じつに総量の九割超え。あの不可解な赤子の能力は、遺伝もそうだが、その神通力の譲渡によるものも大きかったのだろう。
「過保護かよ!」
「何が悪いのよ!」
「状況が悪いんだよ!」
「私は悪くない!」
果てしなく頭の悪い応酬を繰り広げる二人だった。その二人の間を割るように、鎖を編んだ棍棒が振り下ろされる。
「っと!」
跳躍し避ける。
「ぶっちゃけ、どうよアレは」
「…………核とリンカーコア、それぞれが因果付けられちゃってるから、単純に抉り出すだけじゃ効果は無いと思う」
秀人の右手に、かつて一体化していた魔力結晶と同じ原理だ。当初の目論見が崩れてしまった。
「説得は。かなり理性を取り戻しているが」
「そんなコミュ力があるように見える?」
「知ってるよ言ってみただけだよ!」
「……まぁ、もうちょいすればどうにかなると思うけど」
◆ ◆ ◆ ◆
――――。
「よーし到着っと」
バイクから秀人ら一行が降り立つ。目の前には、一般人の目にも見えて明らかに異常である、半透明の壁のようなもの。それが、繁華街の通り一角をすっぽりと覆っている。先の大乱もあり、群衆もある程度はこういった異常には耐性が付いているものの……だからといって、見過ごせるほどの些事でもない。
「うっわ、雑な造り…………」
四葉が、あまりに大雑把な結界に顔をしかめる。
「でも、隠蔽に全く気を使っていない分、かなり強固だよ」
ゴンッ、と、その半透明の壁を拳で叩くヴィヴィオが言う。
「んー…………ん、あぁー、」
……末っ子は、紅葉のような手で、結界の向こうを指さしていた。
「あー、あの辺になのはが居るのか」
「あと、生体反応とエネルギー反応を照らし合わせると…………一般人が三人、取り残されちゃってる。命に別状はないみたいだけど」
分析といった能力は、実はユーノ並みに頼りになる四葉の言うことだ。信用できる。
「えい、やっ!!」
――――ドガゴンッ!!!
……ヴィヴィオが割と本気で殴った。結界そのものには激震が走ったものの、亀裂の一つも確認が出来ない。
「…………ちょっとショックだよ、お父さん」
「あぁ、破壊力を
「うん。その上限値を計測するから……秀人さん、ヴィヴィオ」
す、っと、結界を指さし。
「とりあえず、思いっきりブン殴ってみて」
…………吾妻家にすっかり染まった指示を出した。
◆ ◆ ◆ ◆
――――ズシン! ズシン! ズシン! ズシンッッ!!!
「うわぁ、何だ、何だッ!?」
ハリーが、突如として発生した激震に慄く。
「さすが我が一家。行動が早い」
ウンウンと満足げに頷くなのは。だが、目の前では切迫した事態が始まりつつあった。
「――――? う、……げっ」
エルスが、ごぽりと……拳ほどの、どす黒い泥のような血を吐き出したのだ。
「げぇえっ…………!! うぇ、っげぇ、…………げぇえええええっ……!」
それを皮切りに、口、鼻、目、耳、……とめどなく、墨汁のような穢れを垂れ流す。
「え、え、ちょっ、なによ、アレ」
「血と……穢れ、だ」
即席の神通力。それを、負の想念を以て行使し続けたことの弊害。濁った力の老廃物が、エルス自身を蝕みつつあった。
「人を呪わば、穴二つ……ってな」
くい、と、なのはがハリーの特攻服の袖を引く。
「助かるの」
「………………助けるだろ、あんなの」
「どうすればいいの」
「フツーのやり方じゃあ、無理だ。もうああなったら、呪いと力を、ヨリシロの生命尽きるまで撒き散らす、荒れ狂うだけの災厄だ」
悠長に無力化をしているヒマはない。
「でも、まぁ……」
何かアイデアがあるのか、そういう期待をもつなのは。しかし。
「放っておくのも手だ」
あまりに酷薄な物言いに、なのはがキッとハリーを睨む。
「荒れ狂うとは言っても、ここは無駄に強固な結界の中。
「お、おまえっ……!!」
胸倉を掴みに掛かる。
「他ならぬアイツ自身が言っていただろう?『悪人は死んでもいい』って。これだけの所業、実行したのは外部から得た力かもしれんが、それを行使したのは、他ならぬアイツ自身の歪んだ性根だ。アイツが悪い。自業自得さ。己の業に呑まれちまうのも、お望みどおりの上等な最期だろう」
平坦な表情に浮かぶその目は。
常の、人情味のある熱血漢のソレではなく。冷酷で、機械的で、合理的で……ある種、カミに相応しいものだった。
「でも、そうはさせねぇ」
ハリーが、ふと表情を緩め。安心させるように、なのはの頭をポンポン叩く。
「死んで償う。死んで許される、死んであの世に逃げる。……そんなの、甘ッタレにも程があるわな」
襟を整える。
「――――アイツには生きてもらう。生きて償ってもらう。死んでも死なせねぇ。ハッ倒してでも現世に居残らせてやる」
懐から取り出したるは……黒に近い赤い呪符。見る者が見れば、それが血液で染められたものであると判るだろう。
――――ピッ。
なのはの刀の刃へ指を沿わせる。血が溢れる。
「なにを」
その血で、赤い呪符へ呪文を刻んでいく。朱に朱を交える。
ハリーの神気が、励起する。
「――急急如律令。来い、
――――ボウッ…………
呪符が、朱よりも紅く燃え上がる。その炎の内、幽世より、出ずる者あり。
それは、巫女服に身を包んだ、人形のような大きさの人型。しかし、そこには生命力が感じられ、ハリーと同色の紅い頭髪が煌めいている。
「おう、咢。出番だぜ」
『あいよ、ご主人。……しっかし、もっと早くに呼んじゃくれねぇかな』
コミカルな動作で、ハリーの肩に着地する。
『手遅れ寸前じゃねーか。滅するのか?』
「いんや、引っ張り戻す」
『そういうことなら、さっさとヤっちまおうぜ。おう、そこのカミも手伝えよな』
「わかった。まかせて」
刀の刃へ、一直線に蒼炎を纏わせる。因果を切断するだけであれば、十分だろう。
『器用なヤツだなぁ。フツノカミみてぇなことができるのか』
「でも、まずはあの体中の瘴気を取り払わないと。できる?」
ハリーは、牙を剥き出し、ニヤリと不敵に笑う。
「括目しろ後輩。センパイ神サマの、マジのマジってやつを見せてやる」
咢が再び炎へ変じ、ハリーの発する神気の炎と一体化。
『 「 神憑り 」 !! 』
神気を衣として、鎧として纏う。そして、高密度の神気はやがて―――水晶状に、物質化する!
「 『 ――――
神気の爪牙を携えし、現人神が現れる!
「『るォオオオオオオオオオッ!!!!』」
咆哮。原始の獣の雄叫びが、エルスの身体をその場に縛り付けた。汚泥と化した力が、ハリーに振るわれる。捉われたが最後、内側へ圧搾され、無惨な肉塊へと変えられる。変幻自在の鎖の特性のみを残した汚泥が迫る。触れる……!
――――ぞぶり。
…………しかし、触れ得ぬ。食い千切られたのは、汚泥の方だ。
「 『ぐぁウウウウウッッ!!!』 」
噛む。砕く。潰す。裂く……! 水晶状の大顎が、蛮刀のような爪が、汚泥を、穢れを、強引に祓っていく! 否……
――――喰っていく!!
「 『たりねぇ。たりねぇ。くいたりねぇぞォオオオオオオオオオオオオ!! くわせろ!! きさまのにくと、きさまのはらわたを……おれにくわせろぉおおおおおおおおお!!』 」
抵抗。波打つように暴れる。爪牙の一振りで、喰われる。腹をカッ捌くように、爪牙が汚泥を食い散らしていく。
「 『ははははは! あばれるなよ! たのしくなるだろう! たのしくて、とまれなくなるだろう! もとに、もどれなくなるだろう! ああ、でも、はらがへった!! はらが、へったぞぉおおおおおお!!』 」
一方的だ。まさに、獣の狩りに等しい。
「 『 るぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!! 』 」
ひときわ大きな咆哮が轟く。
「 『 みつけた! とどいた! にくのからだ!! 』 」
地面を掘り返すような動作で、ハリーの爪牙の向こう、汚泥の切れ目に、エルスの身体が見え隠れし始める。安堵すべきだろうか。生身の肉体を救出できれば、浄化はより容易となる。だが……。
「 『 にげるな! よけるな! くわせろぉおおおっ!! 』 」
目の前で繰り広げられる蹂躙劇を目の当たりにした、なのはは。
「………………これ、まずいんじゃないの」
ハリーは、明らかに正気を失っていた。フリで、ああした狂態を晒している雰囲気ではない。本気で我を忘れて、目の前のエサ……瘴気へがっついている印象を受ける。
「止めなきゃ!!」
このままでは、あの言葉通り……エルスの肉体ごと、喰ってしまいかねない。しかし……なのはの神気では、不十分だ。ここで手を緩めれば、今度はエルスが力を取り戻し、全てが水泡に帰してしまう。
「……。来た!!」
そして……解決の糸口、来たる!!
◆ ◆ ◆ ◆
「よーっし、どうにかこんだけ開いたぞ!!」
秀人、ヴィヴィオによる連続打撃により、結界のダメージ吸収の許容限界を、ほんの僅かに超え、直系50cmほどの穴をあけることに成功していた。
「しっかし、これ以上となると……」
それこそ、神化が必要になる。そうすると、結界は破れるだろうが、同時にこの次元そのものへも影響が出てしまう。ユーノのような最高位魔導師がいれば、どうにかしてくれたのだろうが、今ここに居ない者を頼っても仕方が「ぁいー!! うぁー!!」「あいででででで!!」
…………息子が、考えを廻らす秀人の頬を思いっきり引っ張っていた。
「あのな? 今はパパの頬の伸縮性を検証している場合じゃなくてな?」
が、諭す中で気付く。この子は、なのはの神通力の大部分を受け継いだ子だ。高密度の神気を持つ、小さな体の…………………(閃いた!!)
「レイジングハート! アレだ!」
『秀人。……!!』
と、四葉の隣でアイと共に計算を補助していたレイジングハートを呼ぶ。その言葉のニュアンスのみで、レイジングハートは秀人の言わんとしていることの全てを察した。そこは一日の長。アイにも負けぬ以心伝心である。レイジングハートは、ぱぁああ、と、顔を満面に輝かせる。
『アレですね! ひさびさに、アレをやるんですね!?』
「そうだ、アレだ!!」
『ぃよっしゃぁあああああ!!』
……なぜ、嬉しそうなのか。
――ポン。
と、人型の躯体から、宝玉の姿へ戻る。そしてそのまま、赤子の首元へ。
「コーホー……」
……謎の呼吸とともに、秀人が、我が子を片手で持ち上げる。
「ぬぅうううん…………!」
「えっ、あの全然理解が追いつかないんだけど。ねぇねぇ、誰か私に説明をして?」
『あー……まぁ、気にすることじゃないの。ウチではよくあることなの』
「無理よぉ―! だってアレ、どう見ても……!!」
狂乱の四葉に対して、ヴィヴィオは。
「お父さん超カッコいい…………!」
目をキラキラさせて、父と弟の雄姿を目に焼き付けていた。弟の行く末に関しては、全く心配していないようだ。豪胆な王の器である。
『さぁさぁ、ひさびさのアレです! 思いっきり激しく遠慮なくお願いしますよ秀人ぉー!!』
レイジングハートのキャラは壊れていた。そして。
「爺さん直伝奥義『人間★手裏剣』、ver.吾妻家スペシャル……!!」
腕を、振りかぶり………………
「飛べっ……息子★ミサァアアアアアアアアアアアアイルッッッ!!!!」
我が子を穴に向かってブン投げたぁああああああああああああッッッ!!!!?
◆ ◆ ◆ ◆
「………………………………ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
――――ちゅどぉおおおおおおおんっ…………!!
…………それは、馬鹿馬鹿しいまでの破壊力だった。膨大な神気を纏った息子ミサイルにより、地は砕け、大気は爆ぜ、汚泥は消し飛び…………「あばぁあああああッ!?」ついでのように、ハリーの神気外装も解除し、「ぎぇえええええっ!!」エルスの生身も現世にドロップアウトする。
「これで解決!!」
隙を逃さず、エルスの身体を、神気を纏った刃で一文字に切り裂く。神気の刃は、肉体を傷つけず、体内に留まるのみであった核……漆黒の羽根のみを、切り裂いた。
「手ごわい敵だった」
勝手に話をまとめに入るなのはだった。そして、空中に浮遊する我が子をキャッチする。
「えらいぞ、
――――
秀人となのはの息子……吾妻慈樹は、なのはの腕の中で、達成感を感じさせる笑みを浮かべていた。
「ごふぅ………………!! お、お前なぁ……!!」
ハリーが復帰し、なのはに文句をつける。
「なによ、暴走してるあんたを止めてあげたんじゃない」
ふふーん、と得意満面のなのはだったが……
「ア レ は フ リ だ ! ! 」
……一言ずつ、言い含めるように、衝撃の真実を告げる。
「――――え。だって、喰ってやるって」
「テンション上がってああいう物言いになっちまうんだよ、オレの神化は!! 傷一つつけてねぇだろ! むしろ、お前んちのヤベー一撃でデコメガネが消し飛ぶところだったわ! オレが防いだけどな! 咢は気ぃ失って幽世に戻っちまったわ!」
「え、えぇ……!?」
実は、余計なことをしただけだったという現実を突き付けられたなのはは。
「――私、悪くないもん。紛らわしいことをゆったハリーが悪いんだもん」
…………心のシャッターをピシャリと閉めるのだった。
やがて、結界は消え、『特別超常災害対策課』と書かれた消防車や救急車、警察車両が路肩を埋め尽くした。
「またあなたですか、神。あなたなのですね、カミ」
巫女服の女性は、ハリーに、呆れた視線を向ける。
「……わ、悪いかよ…………?」
「いえ死者は出ませんでしたので大丈夫です。大丈夫です、死者は出ませんでしたので」
巫女服の襟元には、警視正を示す階級章が輝いている。
「ですがもう少し弁えて下さい。弁えてください、もう少し。あなたは神なのですから。肉の身で現世に在るのだとしても、強大な力を秘めた
「わかってるっつーの」
この淡々とした喋り、ハリーは苦手だった。
「ヴィヴィオはコレのことを隠していたんだねぇ」
コレ、と、羽根の残骸を手元で遊ぶ。
「う゛っ……」
…………今回は、この海鳴市で、『完全発症者』が発生する、という予知があった。できれば、なのはには平穏な日々を過ごして貰いたいがため、秘密裏に処理する予定だったのだが……こうなってしまえば、全てを吐くしかない。
「あぁ……でも、いいよ。
手元に遊ばせていた羽根の残骸が、燃え落ちる。
その場にしゃがみ、ヴィヴィオと目線を合わせる。
「危なくなったら、ちゃんと逃げることも考えること。一人で無理だったら、冥ちゃんとか久遠とか、あの辺の力を借りること。一人で頑張りすぎないこと。約束できる?」
「……はい、お母さん」
「いい子、いい子。」
ヴィヴィオはやはり、なのは自慢の娘だ。
「なのはちゃぁん!!」
がばっ、と、何らかの術で回復してきたと思われる大宮に、抱き着かれる。
「………………無理はしない方が良い。痛みは消えても、治癒したわけじゃない」
若干の硬直の後、たどたどしく気遣う。
「なのはちゃん!」「なのはちゃん!!」
中野、小山も、次々に抱き着く。
「私たちのこと!」「『お友達』って!!」
救援のさ中、自然と口にした言葉は、皆を大いに感動させたようだった。手負いの野生動物の餌付けに成功した気分である。
「――――――。すみません調子に乗りましたごめんなさい許してください他人です」
どうしてそうなる……。
どうしてかと言うと、過去のトラウマに起因するのだが……今、その話はいいだろう。
「…………まぁ、見ての通り、私は
「うん、みんなだけの、秘密にしよう」
「クラスのみんなには」「それ以上いけない」
そして……エルスがストレッチャーに載せられている姿が見えた。救急隊だけではない。巫女服の一団も、何らかの話をしている。恐らく、穢れの残留の有無や、その後遺症の検査を受けることになるのだろう。場合によっては……日常へ戻ることも、困難となる可能性もある。あくまで、エルスも被害者ではあるのだが……行いの内容の度が過ぎていることは明白。何らかの報いは、受けることになるのだろう。
「――――いい、ですわね…………あなたは、ひとに、囲まれていて…………」
と、エルスが、なのはを濁った眼で見やりながら、そのようなことを口にする。
「わたくしは、いつも、ひとりですわ……間違ったことは、していない……つもり、でしたのに……何も……」
なのはは、歩を進める。
「でも……皆、わたくしから、離れていきますの…………何かと、何かと、捨て台詞を言われましたが……ちっとも、理解、できなくて…………」
エルスという少女の、悲しいサガだ。彼女は、正しかったのだろう。ただ、他者を受容するという概念を、持っていなかったというだけで。
「間違ったことをしている、連中は……同じようなのと、いつも、一緒にいて……楽しそうで……妬ましくて…………」
それでも、人並みに、他者を求める本音は間違いなくあった。
「いつも、いつも……認められるのは、『みんな』の方で……わたくしは、なにをしても、誰にも、認めてもらえなくて……」
独白を続けるエルス。その思考の果てに……エルスは、ある当たり前の真相に、突きあたる。
「集団でいることが、正しくて……一人が悪なのだとしたら………………本当に、間違っていたのは……わたくし自身、なのでしょうか…………? まわりに合わせられないわたくしは……わたくしこそが、集団の中の、悪だったのでしょうか…………? わたくしは……誰か……おしえて…………」
気付けば、ストレッチャーのすぐ傍まで来ていたなのは。周囲はそれを、固唾を呑んで見守っていた。きっと、エルスの導きとなる言葉があるのだろうと――――
「……それはね。
――――――――――――――――――社会が悪いのよ 」
……をい。
……をい。
……何を。
……何を、言っているのだ……この、神は…………
「だって、数の力で個の意見が押し潰されるとか、それホントあるし!! どんなに間違ってても、先生は集団の方ばっかり、というか、集団を率いているようなズル賢い子ばっかり贔屓するの!その方が自分の仕事がラクになるからなんだろうなーっていうのとか、めッッッちゃわかる! そ、そうよ……だって、集団登校のとき!!」
――――――先生……? 集団登校……?
「私、ちゃんと集合場所に遅刻しないように行ったのに……グループの子たち、顔見知りが集まったからって、点呼も取らないで行っちゃってて……私、がんばって走って追いかけたのに、何でか一人先に教室に到着して…………あとで分かったんだけど、グループの子たち、通学路破りして、他の班の仲いい子と勝手に合流してて『せんせー、高町さんがひとりで先に行ってましたー、いけないとおもいまーす』『そうね、悪いのは高町さんね。高町さん、みんなに謝り、、ああぁああああああああああーーーーー!!!!」
…………このレベルでも黒歴史には届かないとは、一体どれほど薄幸な少女であったのか。
「クソッ、クソッ! あいつらぁあああああ…………!! 自転車で急ぎの時に限ってパンクし、黄色信号右折信号は直前で赤になり、走っている車線に限って進まず、トロい車に進行方向を塞がれ続け、渋滞回避に迂回した先で渋滞に捕まり、迂回前の道はガラガラだということを渋滞にハマッた時に知り、止まろうとした駐車スペースは目の前で取られ、出先では必ず白バイに遭遇する呪いを掛けてやる! 苦しめ! 嫌な思いをしろ! 私の数百分の一でも不愉快な思いをすればいいんだ!」
――――――この神様、みみっちい!
あまりにアレな理由で地味に悪質な呪いを行うダメな神に、皆が言葉を失っていた。
「『ルールをただ守ればいいってものじゃない』ですって!? だったら
はぁ、はぁ、と、荒い息をつくなのは。
「――――だからね。『ルールを守る』なんていう、当たり前の
――――ほら、悪いのはやっぱり社会じゃない」
……驚異の論法で社会を全否定する。
「わたくしは…………悪くない…………?」
濁った眼が、濁ったまま、やべぇ輝きを宿していく。
「社会があなたを認めなくても……私は、あなたを認めるわ。あなたは悪くない。悪くないのよ」
エルスは、なのはに後光を見た。神々しい、輝かしい……新たな光だ。
「わたくしは悪くない…………悪いのは、社会…………社会が悪い…………」
「そう、社会が悪い」
「しゃかいがわるい」
「社会が悪い!」
「社会が悪い!」
…………やべー宗教、誕生の瞬間だった。
「あぁ……わたくしの……お姉さま……! すぐに、あなたのもとへ、戻ってまいりますわ……!!」
…………完全に染まった眼で、救急車の扉が閉まる最後の瞬間まで、なのはをガン見し続けたエルスを見送る。
完全な沈黙が支配する空気の中…………空気を読めないなのはは。
「――っべーわ。迷える衆生、導いちゃったわ、私。っべーわ……なのはちゃんマジゴッドだわ……もう世界救えるまであるわ、私」
果てしなく、調子に乗っていた。
「つれーわ。救済力ありすぎてマジつれーわ……」
…………そんななのはの肩に、手が乗る。
「あら……ハリーじゃないの。……ふふ、いいのよお礼なんて。これで、エルスはもう大丈夫ね。でも、当然のことをしたまでよ。だって私、神様だし。民を導くのも大事なお仕事だものね。わかってる」
「……………………」
「ん?」
沈黙するハリー。なのはが、ようやく不自然を感じ取った。
…………怒りのあまり、蒼白になった顔色で、ハリーが告げる。
「――――
「えっ……えっ……? なんで……?」
まさかと、周囲を見渡すが……皆、何とも言えない表情をしていた。怒ればいいやら、諭せばいいやら。
「なのはちゃん……さすがに、擁護できないよ…………」
新たなるお友達、大宮もまた、首を横に振る。
主張に、微妙に筋が通っており、一部、共感できなくもない部分があり、聞き手によっては、真理のように聞こえてしまう。
――ヒト、それをカルトというのだが。
「あぅ、あぅ…………」
じりじりと、ハリーを筆頭にした包囲網が狭まっていく。
「ひでとさん、たすけてぇ…………!」
へろへろと、秀人のもとへ寄っていく。すっかり涙目である。
「ま、まぁまぁ、みんな…………ここは、大目に見てやろうじゃないか。な?」
過保護な秀人は、なのはを背に庇いつつ、周囲をなだめる。ヴィヴィオ、四葉、慈樹も、何となくそちらへ回る。もちろん、言いたいことは山を通り越して宇宙規模であるのだが。
「ほら、なのはにだって、悪気が…………たぶん、無いから。結果だけ……だけを、見れば。一人の人間の心を、…………どんな形、そう。どんな形であれ、救ったという事実に免じて。ここは、大目に」
「「「「「――――――見れるか、ボケェ!!!!!」」」」」
「ぎゃあああああああ」
秀人は、なのはを抱え空中に飛んで逃げた。
「逃げだぞ! 追え!」「飛べる奴は飛んで追え! 許可する!」「クルマ回せ!
皆、なのはを想っての怒りなのだが……さすがに、今回はなのはが「私、悪くないもん!!」
…………。
「私、悪くないもん~~~!!!!!!」
晴れ渡る空に、なのはの悲鳴が、民衆の怒号が、どこまでも響き渡るのだった。