魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

158 / 174
vivid編 10話『 再会と再開のものがたり 』

 

 

 

 

――――――――――久しぶり。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ いにしえのきおく ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

――――どずぅん…………

 

『がはぁ……』

 おれ(・・)の身体が、地面に沈む。無様に。あらゆる力も通さぬ自慢の毛皮が、血に染まっていた。

 目の前には、おれよりも遥かに小さなヒトの影。否、ヒトの形をとるカミだ。おおかた、おれを倒すために送られてきたのだろう。こういうやつらは、今までもたくさんいた。かたっぱしから、喰ってやった。

 

でもこいつは、とびっきり、強かった。

『こんな、ひがしのしまぐにで……この、おれが………………あらゆるカミをくいころしてきた、この、おれが…………』

 罠でも、奇策でも無い。ただ正面から、おれを打倒してみせた。

ヒトが望むカミ。祈りと願いのカタマリだ。おれがヒトの世で暴虐とされる行いをした。そこから、おれを倒す願いが生まれた。なにせ、数が数だ。万から先は、数えるのもやめた。

 

――――だから、オレがいる。

 

 と、目の前の忌々しい存在が口を開いた。

 

『……ヒトをくって、なにがわるい! はらがへったんだ! くってわるいか!』

 

 ごう、と、おれの叫びに大気が震える。

 

――――わるくはないよ。ヒトも、けもの(・・・)さかな(・・・)をくう。

 

――――おまえのばあいは、それがヒトだっただけだ。

 

 では、なぜ……と、問うのも馬鹿馬鹿しくなり、やめた。

 

――――ただ、おまえはくいすぎた。ヒトをへらしすぎた。

 

――――おまえのはらは、くってもみたされない。

 

――――そういうふうに、できている。

 

――――だから、くいつづけた。

 

――――とめるには、これしかなかった。

 

 そうだ。生まれてこのかた、おれは満たされたことがない。

 

 だが、食うしかなかった。腹がへるのだ。喰うしかなかろう。

 

『ははははは……ははははは!!』

 笑いが溢れる。

『おれはしぬ。けど、おまえもみちづれだ。おまえのチカラ、くってやったぞ!!』

 ……目の前の影は、神気の大部分を喪失していた。戦いの中で、おれのキバは、幾度となくコイツに突き刺さった。主神さえも殺す神殺しのキバだ。強力なカミではあったが、カミである以上、おれのキバの力は防げない。

 

――――そうだな。オレはもう、カミではなくなる。消えるか、さもなくば、かぎりあるいのちのヒトになるか

 

 ……しかし、互いに存在を喪失しようとしているこの時に、おれはともかく、こいつには全く負の感情が匂わない。おれの場合は。

 

『おれは、ふめつだ。にくのからだをうしなおうとも、たましいとなり、ふたたびあらわれる』

 

次のおれ(・・・・)は、こいつの神気を手に入れた、更に強いおれだ。そして、次のおれが現れる頃には、コイツはもう居るまい。

 

――――そうだな。それじゃあオレは「ヨメでもつくって、子でもなして、ヒトの世でいきることにするよ」

 

 もう、既にヒトの姿となっていた。おれは既に、消えかかっていた。

 

「ではな。いんがのはてに、またあおう。――……――んりる……おおかみ」

 

――――冗談ではない。

 

 ……擦れる意識の中で、最後に見上げたのは、夜空に輝く…………いまいましい銀月だった。

 

 あぁ……腹が、減った………………

 

 

…………………………

 

 

 ぱちりと、目を覚ます。ということは、再び受肉を果たしたか。くくく。

「おぎゃあ、おぎゃあ!」

 …………おい。いま、おれの口からヘンな声がしたぞ。

「おぎゃあ、おぎゃあ!」

 ……なんということだ! おれは、ヒトの赤子の姿になっているではないか! というか、ここはどこだ!? おれの力は、どこへいった!?

 

「…………ごめんねぇ、ごめんねぇ…………」

 ふと、頭上から声がした。

「ごめん、ね、……………………」

 既にこと切れた女が、そこにいた。まだ、肉体同士が繋がっている。骨と皮だけの姿だ。餓えて死んだか。

 

 へその緒を喰らう。辺りには、女と同じように、餓えて、干からびる寸前の人間と、干からびた人間と、喰われた骸が転がっていた。

 

――しかし、何故だ?

 

 赤子を産む状況ではないだろうに、なぜ、自らが死んでまで、おれの、この体を産み落とした? そして、なぜ詫びた?

「おい、何故だ」

 だが、おれを産み落とした女は、何も語らなかった。

 

 

 考える間に、時間が過ぎた。

「変わらぬものだ」

 稚児の身体となる頃になっても、周囲には変わらず、乾いた死が溢れていた。

「あぁ、腹が減る」

 肉体的な餓えではない。おれの本質が、魂が、餓えていた。だが、いまのおれに魂を喰らうだけの力は無い。

 

「ごめんねぇ、ごめんねぇ…………」

 声がする方へ、歩を進める。屋根も無い小屋で、干からびる寸前の女が、腕に嬰児を抱いていた。

「おい」

 あの日、得られなかった答えがあるのかもしれない。どうせ、生きているだけヒマだ。戯れに、知るのも良いだろう。

「おい」

「あぁ、どなたか……存じませんが……」

「おい、答えろ」

「どうか、どうか、この子を…………、」

 死んだか。手持ちの品には、干からびたへその緒と、名を記した粗末な紙があるだけだ。

 

「おぎゃあ、おぎゃあ」

 嬰児が泣き出した。拾い上げる。

「なかなか美味そうじゃないか」

 霊的な素養が高い。きっと美味だ。あんぐりと、口を開け……

「おぎゃあ、おぎゃあ」

 喰うのを止める。嬰児の手が、女の骸に伸びている。嬰児が泣くのは、ただそういう生き物だからだ。だが。

「……」

おれには分からなかったことも、このガキが大きくなれば、意味が分かるのかもしれない。

「おい、うるさいぞ」

「おぎゃあ、おぎゃあ」

 そこらへんの、犬や狐といった獣の乳を飲ませると、ようやく静かになった。

 

 また、時間が過ぎた。人間の時間は早い。おれがあくびをするような時間で、あっという間に大きくなる。

「ははうえ」

 と、デカくなったあの日の赤子が、いつの間にかそう言うようになった呼び名でおれを呼ぶ。

じゅつ(・・・)を修めました。見てください」

 おれの生まれた地で広く使われていた、文字の術だ。それをこの国の文字で充てたものを、このガキはよく覚えた。餓鬼どもに食われず残っていた紙と筆を道具に。

 

「母上。葛の葉の、母上さま」

 

 こいつの母親からむしり取った着物が、葛の葉の模様だったからか、そう呼ぶようになった。

 ガキは、いつのまにか、背丈でおれを追い抜いていた。術はさらに磨きがかかり、間もなく、体系と呼べるまでになるだろう。生きていけるだけの力は、身に付いただろう。

 ちっ。食い時を見失ってしまったではないか。適当に肥えさせて、答えを得たら食ってやろうと思っていたのに。

 

 周囲には……やはり飽きもせず、乾いた死が風景だった。それもそうだ。だれも、変えようとしていないのだから。ヒトは、いつの世もくだらない。

 

「わたしが変えます」

 

 おまえが? なぜ?

 

「世のために、ひとのために」

 

 こんな世のために?

 

「こんな世で、あなたが、わたしを育ててくれたように」

 

 馬鹿を言うな。お前を育てたのは、乳をやったのは、狐だ。お前の母は、狐だ。

 

「では、あなたは、だれよりも情の深い狐なのでしょう」

 

 ならば、お前は狐の子だ。狐に化かされ続けてきた、狐の子だ。

 

「はい。私は狐の子です」

 

 愚かなやつめ。

 

「葛の葉狐に育てられたのだと、誰に訊ねられても、愚かに言い続けましょう」

 

 さぁ、巣立ちのときだ。どこへなりとも行くがいい。おまえの母の遺した、おまえの真名を記した紙をくれてやろう。

 

「母上」

 

 ああ、結局、答えはわからずじまいか。

 

 

「答えは、既にあなたの中に」

 

 

 ほんの少しだけ、腹が満たされていた。

 

 

…………………………。

 

 

 目を開ける。また、ヒトか。

 ヒトは、変わらず殺し合っていた。くにをいくつにも分けて、血族同士で憎みあい、殺し合っていた。道具は進歩したが、ヒトはヒトのままだった。むしろ、ちょっと悪化していた。

 

 そんな世の小国の村で、おれは体を得ていた。

 前のおれから、ざっと数百年か。あのガキは…………? 

「……!?」

ぎょっとする。おれはなぜ、あのガキのことを気にしているんだ? 馬鹿馬鹿しい。既に死んでいる。ヒトに毒されすぎたか。

「そうか、死んだか」

 

 空腹とは違う。ただ、何か、静かに、不愉快な感情があった。

 

 

 ある日、ムラの口減らしに、おれは選ばれた。

「木の葉、くらまに行っちゃうの?」

 と、同じムラに住むガキが、そう聞いてきた。木の葉とは、オレの名らしい。そしてくらま(・・・)とは、おれが捨てられる山の名のようだ。

 

 だが、これはいい機会だ。ヒトに毒され過ぎたと思っていたところだ。今回のおれは、山で一人で過ごそう。

 

「やだよぉ、木の葉、いったらやだよぉ」

 

 出立の日、俺が入れられた神輿に、あのガキが追いすがってきた。おかしなやつ。いつも、はらを空かせていたのに。口減らしがされれば、喰えるメシの量も増えるだろうに。

 

 おかしなやつ。

 

「これ、おまもり」

 

 と、麻を編んだ、粗末な飾り紐をおれに手渡す。

 

「またね、木の葉。ぜったいに、またね」

 

 おかしなやつ。

 

 山は、思っていたよりもおれの気性に合っていた。なにせ静かだ。思う存分に駆け、木々の枝を跳び、獣や木の実を喰らう。まぁ精々、脆弱なヒトの身体を補うために、見よう見まねで小屋のようなものを作った程度だ。

 

 また時間が過ぎる。

 

 ……飽きた。

 

 と、小屋の片隅に放り出していた飾り紐が目に付く。そういえば、おれがいたムラはどうなっているのか。暇つぶしに見に行こう。

 

 酷い有様だった。戦火で焼かれたのだろう。辛うじて、井戸と畑は残ってはいるものの、人の姿がロクに見えない。

「あぁ……」

「苦しい…………苦しい……」

 家屋からは、切れ切れの苦悶が聞こえる。

どうやら、疫病に冒されているようだ。口減らしをしてまで存続させようとしていたムラだが、結局は、滅びの定めにあったのだろう。

 

 不愉快な見ものだったな。

 

 ……………………何が不愉快なのか、分からないが。

 

 と、井戸へ水を汲みに来る人影が見えた。あの、おかしなやつだった。随分と大きくなったものだ。疫病に罹ってはいないようだ。だが、このムラに居る限り、いつかは。いやいや、待て。このムラが滅びようがどうなろうが、おれの知ったことではない。

 

『ぜったいに、またね』

 

 いつかは。

 

「おい」

 

 風の術を使い、その前に降り立つ。

「うわぁっ! て、天狗っ……!!」

 てんぐ(・・・)が何かは知らんが。

 

「二度は言わぬ」

 

 ある植物の効能と、その引き出しかたを伝える。あとは、好きにすればいい。気まぐれだ。

 

 再び、風の術。くらまの山に帰ろう。

「天狗様。鞍馬山の、天狗様……! このご恩、忘れませぬ……!」

「……約定を果たしに来たに過ぎぬ」

「約定……?」

 

またね(・・・)と、言うたであろう」

 

 まったく……毒され過ぎた。さて、山に帰るとするか。

 

 

――――鞍馬の山に善なる天狗あり。

 

 

 ……そう、まことしやかに囁かれていると知ったのは、おれの山に『客』がひっきりなしにやってくるようになってからだった。助けを乞う輩だったり、天狗という人外の討伐に来る輩だったり、物見遊山の輩だったり。

 

 あしらったり、戯れに姿を見せてやったりして。

 

 気付けば、静かだった山は、すっかり立派な社が建ち、人間が毎日のようにやってくるようになり、落ち着けるような環境ではなくなってしまった。

 

 どうしてこうなった……

 

 結界を張って、静かに過ごしてはいても、来られる輩は来てしまう。

 

「やぁやぁ、我こそは源が一子、名を遮那王なり!!」

 ……こんな(わっぱ)まで。風で吹き飛ばして脅しても、まやかしで脅しても、飽きもせず、よくもまぁ。

 

――――かきんっ。

 

 奉納されていたモノはおれのもの。社にあった、人間の武器……刀を振るってみる。

「うわぁっ……!?」

 べちゃ、と、童が尻餅をつく。

「おれの勝ちだ。酒と団子はもらうぞ」

「くぅ……!」

 タダで姿を現さなくなったおれを呼び出すために、童は酒と団子を毎度のように持参するようになり……気づけば、遊び賃がわりに俺に差し出すという習慣がついていた。

 

「師匠! 勝負です!」

 

 飽きもせず、毎日、毎日…………はぁ。言ってしまうと、この童は弱かった。負けん気の強さは見上げたものだが、体つきも、身軽ではあるが、戦うには華奢がすぎる。やや霊的素養はあるものの、術を行使できるほどではない。今の世では、初陣でコロリと首を転がすことになるだろう。

 

「……師匠。遮那王は、戦へ参ります。兄上のもとへ参ります」

 

 ふむ。気付けばそんなに経っていたか。

「お前は弱い」

 童は、目を伏せる。

「修められたのも、風の術の初歩の初歩……人より高く跳ぶ程度。獣肉を食わせても、身体は育たなんだ」

「…………」

 袴の裾を、ぎゅうと握る。

 

「だが、お前は人を寄せる」

 

 木陰から、一人のおなごが童を案じてか、顔を覗かせていた。寺の尼僧の使い走りをしている、髪の綺麗なおなごだ。まぁ、そういうことだろう。

 こいつは弱いが、不思議と、人を惹きつける何かを持っていた。

 

「弱いのなら、群れろ。それがお前の(つよ)き腕となり、(はや)き脚となるだろう。」

 

 もう、この剣で遊ぶことも無いだろう。良い遊び相手でもあった童に、ポンと投げてやる。

 

「師匠。この御恩、決して忘れませぬ。たとえ、半ばで果てることになろうとも」

 

 深く頭を下げた童子は、おなごと連れ立って、山を下りて行った。

「まずは里へ。そこから、藤原さまのもとへ……」「あぁ、途中に、木の葉の村へ立ち寄って…………」

 

 伝え聞いたところによると、あやつはあれから15年ほどは生きたそうだ。

 

 

 ……山が、静かになった。

 

 あれだけ欲していた静寂だ。だというのに。おれの中には、また、あの漠然とした不愉快な感情が生まれていた。

 

 …………次は。

 

 騒がしい人の世で、生きてみるのも、悪くはないか。

 

 腹は……もう、あまり減らなくなっていた。

 

 

…………………………。

 

 人の世を見る。

 

……………………。

 

 

 人の世を見る。

 

 

…………………………。

 

 

 ヒトは、弱く、愚かで、どうしようもなく。

 

 ヒトは、温かく、愚かで、どうしようもなく。

 

 決して変わらぬカミと違い、いかようにも姿を替え、形を変え、その本質さえも変わってゆく。

 

 変われぬおれ(・・)とは、あまりにも違う。こんなにも、違う。

 

 その移ろいゆくさまは、ほんの瞬くような時間であっても眩く……美しく。

 

 おれのなかに、さまざまな感情を残して、そして逝った。

 

 不愉快な感情だ。おれを産み落とした女。おれのもとから巣立って行ったガキ。おれの知己だった男。おれの遊び相手だった童。みな、時間の流れの向こうに、逝ってしまった。明確に何かを残すでもない。物質的なものは、輪廻の向こうには持ってはいけない。

 

 だから、ただ、その感情だけを『次』へ持って行った。

 

 おれの、持ちこせなかった神気は、どこへ行ったのか。だが、そんなことより…………そう、『そんなこと』と思える程、ヒトは俺に、多くの感情を残して逝った。

 

 やつらが最後に、何を想ったのか、おれは知らない。分からない。ヒトの気持ちは、カミにはわからない。だから、この感情を理解できたなら、きっとおれは、カミではない何かになるのだろう。

 

 それでも……あまりにも短い命の中で、何かを残せるヒトというもが。こんなにも、おれの心を揺さぶるヒトというものが。おれは。

 

――――――おれは。

 

 

 

「……………………。あぁ。 人間って、いいなぁ」

 

 

 

――――――羨ましいと、思った。

 

 

 

――――――カミではなくなっても、構わない。

 

 

 

――――――ヒトを知りたいと。

 

 

 

――――――ヒトのように成りたいと。

 

 

 

――――――そう、思った。

 

 

 

 幾度目かの命。

 

「よう。」

 

 幾度いのちを繰り返しても、決して忘れることのできない顔が、おれを見ていた。

 

「久しぶりだな。」

 

 おれは、おまえの子か?

 

「いや。ワシの、孫の子じゃ。えげれす(・・・・)の血が入った」

 

あやうく、入れ違いにポックリ逝かれるところだった。

「酒天討伐のおり、晴明さまから聞き、もしやと思ったが……

 

――――変わった(・・・・)のう、お主も」

 

 ……………………そうか。

 

 おれは、変わったのか。

 

 カミではない何かに。

 

「それはそうだ。ヒトは、変わるものだろう」

「……。は、は。そうだのう」

 

 じんわりと、染み入るような感覚だ。

 

 はじめて、はらが満たされた。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ そして、今へ至る ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

ぱちりと目を覚ます。

「…………。」

 ぽりぽりと腹を掻く。見上げる天井は、住処としている、稲荷神社の社務所だ。寝間着の襦袢はだらしなく着崩れ、素肌がベロンと見えてしまっている。

「あー、そっか……神化したから」

 ほんの少しだけ、記憶が呼び醒まされたのだ。だが、夢の範疇だ。朝飯でも食えば、すっかり忘れてしまうだろう。

 

 社務所の前には、毎朝、お供えと言う名の朝食が用意されている。ちょっとしたルームサービス気分だ。気楽でいいのだが。

 

「……量が少ねぇんだよな」

 

 もっとこう、ガーッと食いたいときもある。だが、今日は記念すべき一日だ。

「ふっふっふ……待たせたな」

 すっぽんぽんの全裸になり、掛けられている制服と対峙する。

「今日から、オレのJKライフの第二幕が始まるのだ……!!」

 いいから、服を着ろ。

 

 シャコシャコと歯を磨きつつ……心配しかないヤツ(・・)の行動を予測する。

「こういう時はあいつだな」

 携帯電話の電話帳から、大宮女史を選択する。

『迎えに行くべきか、教室で待つべきか』

 その相談の前に、大宮女史からメールが届く。

 

『おはようございます、班長。さて本日は、班長、そして、なのはちゃんの停学が明ける日となっております。予測されることは、なのはちゃんが登校前に愚図り、遅刻寸前ギリギリに来るであろう、ということです。迎えに行くのがベターと思いますが、吾妻氏もいらっしゃる以上は、登校は任せておいて問題は無いと判断します。吾妻氏の手の回らぬ、我々1-D教室内で、なのはちゃんを自然な態度で出迎えることがモアベターと思われます。よって、班長は通常通りに登校して頂きたく存じます』

 

「長いわっ!」

 一人で突っ込む。まぁ、大宮の判断通りでいいだろう。

 

「行ってくるぜ!!」

『おう。いって来い、ご主人』

 

 神棚の奥からの、使い魔の見送りを受け、ハリーは颯爽と登校していった。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 あのトンデモ宗教の誕生から数日が経っていた。

 

「それじゃ、秀人さん、お姉ちゃん、わたしたち帰るからね」

 四葉が、スーツケースを立ち上げる。滞在可能期間の最終日だ。

「……もう少し、こっち居てもいいのよ?」

 すっかり名残惜しくなってしまったなのはは、同じく帰り支度の済んだヴィヴィオを膝の上に載せながら言う。

「ママ、立てない~」

 ……ヴィヴィオはまたしても、身体の自由を奪われていた。

「こぉら駄目でしょ、お姉ちゃん」

 よいせ、とヴィヴィオの両脇を持って抱き上げる。

「だいたい、」

 ぴしっ、と指さす。

 

「お姉ちゃん、今日から復学でしょう」

 

 そう。今日はあの入学式乱闘事件からひと月。なのはの停学が明ける日だった。

「学校行きたくない」

「まーたこの姉は……」

 と、口で言う割には、しっかりと制服を着用し、学習鞄の用意も出来ている。基本的には、なのはは律儀で几帳面なのだ。とりあえずは問題なく登校するだろう。

 

「それじゃあ、慈樹、またねー!」

 ヴィヴィオが慈樹に声を掛けると、慈樹はニコニコと手を振りかえしてくれた。

 ヴィヴィオの手には、あの、例の刀袋が握られていた。聞いた話によると、あの久遠との決戦が待っているのだそうな。簡単なレクチャーも済ませてある。

「鬼に金棒だよっ!!」

 使えるものは何でも使う。両親の教育が活きていた。

 と、うきうき顔で米俵のような荷物を担ぐヴィヴィオを横目に、四葉が秀人、なのはに問うた。

 

「……ヴィヴィオは、勝てるかしら?」

 もちろん、勝って欲しい。それは、みな共通の願いだ。

「あぁ。それなら――」

 秀人が、何のことは無い、とでも言うような態度で。

 

「――――――。」

 

 …………と、四葉が予想していた通りの答えを、返す。

 

「ママー、行くよー!」

「はぁい」

 そうして、別れを惜しみながら、二人は帰って行った。

 

「……行くか」

 二人を見送ったあと、なのはは慈樹を、おんぶ紐で背負う。

 

 どれだけのんびり歩いても、結局、学校へは着いてしまう。秀人は自分の教室へ。なのはは託児室へ。

「いつきー……学校着いたよー……」

「あぃー!」

 託児室の職員へ、慈樹を手渡す。

「よーしよし、お母さんも、今日は託児室で一緒に過ごすからねぇ」

「吾妻さん……いけませんよ」

「いけませんか」「いけません」

 粘っても聞き入れられず、慈樹に見送られる。

 

 さて。教室だ。予鈴ギリまで粘ったからか、廊下に人通りは無い。その人通りの無い廊下に、ひとり佇む。ドアの向こうの教室からは、楽しげな話し声が聞こえてくる。

「……落ち着け。シミュレーションだ……」

 

――――ねぇあんた、高町と一緒にいなかった?

 

――――え? ……んなわけ無いじゃん(笑)

 

――――えー、でも、一緒に下校してるの見たよー

 

――――あいつが勝手について来ただけだよ~(笑)

 

――――だよねー。あいつと一緒とか、無いよねー

 

――――そうそう(笑)友達ヅラされて迷惑だったんだー

 

「あば、あばばばばばば…………!!」

 ガクガクと白目をむいてトラウマに打ち震える。だが、もう授業開始まで時間が無い。教室に入らねば……

 引き戸に、そっと手を触れる。そして、そっと開けようと、(あ、鼻がかゆい)

「へ、へっくしょん!」

 

――すぱーん!

 

 思い切り、開放してしまった。

「……………………」

 やっちまったと、表情硬く佇む。クラスメイトの視線は、『扉を乱暴に開け、怖い表情で佇む、一か月ぶりに登校してきた不良』であるなのはに注がれており……何食わぬ顔で、見なかったことにしようと、談笑に戻る。戻るのだが。

 

(いま、私の悪口を言っていたでしょう…………知ってるんだからね…………)

 

 これまたヒドい被害妄想だった。見て見ぬふりをしてくれたクラスメイトの生暖かい善意と、なのはの意固地がぶつかる。

(あ、携帯電話の電源、切り忘れていた)

 胸の内ポケットに手を入れる。ざわりと、教室がざわめき立つ。

「ナイフ……!」「カミソリの刃……!」「メリケンサック……!」

 ひどい誤解のされようだった。

(今日は持って来てないわよ!)

 そう、声を大にして言いたい。今日は、持って来ていないのだ。秀人と四葉に徹底的に没収されてしまったのだから……

 

「なのはちゃん、おはよう!」

 

 そんな雰囲気のなか、小山が大きな体で大きな声を出す。

「……。小山さん」

 呼び寄せられるように、その席へ。

「先生に頼んで、席替えをしてもらったの。なのはちゃんの席はここよ」

 大宮、中野、小山、ハリー……彼女らに囲まれるような形で、なのはの席があった。

「うん」

 大人しく席に着く。

「一時間目は、今度のオリエンテーリングの内容説明だって。わたしたち、一緒の班だからね」

「うん」

 コクコクと素直に頷く。無表情だが、緊張しているだけである。

 

「皆さん。おはようございます」

 ホームルームが始まる。停学明けの二人に関しては、特に言及されることはなく。かといって、不自然に避けられることも無い。自然と溶け込める雰囲気が、そこにはあった。

 

 一時間目が始まる前。

「タスミンさん。昨日はあんなことがありましたので、無理はしないように。体調が悪かったら、遠慮せず教師まで」

「はい、先生。気遣い、痛み入りますわ」

 そして、エルスは。すっかり元気な姿を教室に見せた。

「むぐっ……」

 ハリーが、変な声を出す。散々苦戦させられ、奥の手まで使わされたことがよほど屈辱だったのだろう。

 

なのはさん(・・・・・)

 

 さすがに人前では常識的な呼び名で、なのはの下へトコトコと歩いてくる。

「体はもういいの?」

 一度はガチでやりあった相手だ。なのはは気が楽だった。

「えぇ。おかげさまで。すっかり良くなりましたわ」

 エルスの席は、なのはの斜め後ろ。

「皆様方へも、大変なご迷惑をお掛けしましたわ」

 大宮ら三人に、深々と頭を下げる。が、事情が事情だ。ある程度は、本人に責があるとはいえ……責めることはしなかった。

「わたくし、風紀委員に志願しましたの」

 大丈夫かなぁ、と、班員らが聞いたら総出で突っ込まれそうな感想を抱く。

 

「えぇ、この学園の風紀を、わたくし好みに力尽くで正してやりますわ」

 

 全く成長していない……と、ハリーらは頭を抱えた。

 

――――そして事実、成長していなかった。

 

 

――――なぜ今日、エルスが教師に付き添われながら登校したのかというと。

 

 

――――一日ほど、遡る。

 

 

 校舎の裏。ちょうど、渡り廊下などからは死角となる位置に、これまたイカニモな風体の生徒たちが数名、たむろしていた。

 手には、火のついた煙草。美化委員が丁寧に整備した花壇に座るわ、吸い殻は捨てるわ……かといって、正面切って抗議できるような風体でもなく、困り果てていた。

 成人している者もいるのだろう。だが、学校内では原則禁煙である。なにより、悪影響がある。生徒の自主性に任せる指導をすべきか、ここは厳しく対応するか、職員会議では毎度、意見が割れていた。

 

「ここですわね、悪の温床」

 

 それらをサラッと無視し、たった一人の風紀委員がやってきた。小柄な体に、真新しい腕章を付けた腕を組み、仁王立ちである。

「あぁ? ンだオメー」

 やぶ睨みで、エルスをねめつける。気の弱い生徒は、ただそれだけで逃げてしまうだろう。だが……

「…………っふ」

 エルスは、つい、笑ってしまった。なんと幼稚な敵意か、と。

「あ? ……おい、ナニ笑ってんだよ……!!」

 数名が、連れ立ってエルスを囲む。

「く。く。く。」

 エルスは、引きつる笑いを堪えられなかった。

「……ヤんのか、テメー」

「ヤる? ヤるとは? 戦うという意味のスラングですの?」

 首を傾げ、きょとん、とわざとらしく聞き返す。

 

「弄ばれることを、戦うと言いますの? この国では」

 

――パカァンッ!!

 

 飛んだ。下から掬い上げるようなアッパーが、耳ピアスの青年をキレイに吹っ飛ばした。

 どさりと、落ちる。完全にノビている。

「あ、アツシ!? おい!」

 仲間が一人、助けに入る。

「何をしていますの?」

 と、エルスの声。怒りと共に振り返ると……エルスは、実に楽しげに腕を広げていた。

 

「ヨーイドンですわ」

 

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ……。

 

「うーん……! 大義名分のもとに他人を殴るのは、いい気分ですわぁ!」

 死屍累々の校舎裏。最低な台詞を吐きながら、いい汗をかいた、と伸びをするエルスの前で、地面で伸びをする一団が転がっていた。

「む……?」

 と、ノビた中の一人のポケットから、四角いパッケージが覗いている。

「これは煙草ですわね」

 しげしげと検分する。

 

「さてと。」

 

 自然な動作で、一本を口に咥える。

「ん、く、思ったより、固いですわね……」

 ライターの点火に手間取っている間に、最初の一人……アツシが目を覚ました。

「お、おい……何やってんだよ……?」

「あ、点きましたわ」

 そして、咥えた煙草に、火を。

 

「おい、やめろ!」

 

 ぴっ、と、エルスの口から煙草をひったくる。

「はァ!? 何しやがりますの!?」

 どずぅっ、と、膝蹴りが腹に入る。

「おうッフ……!」

 だがタダでは倒れていない。手には、奪い返した煙草のパッケージ。

「な、ナニしようとしてんの、お前……!?」

「吸うんですわよ」

 

 ………………

 

「吸うんですわよ」

「いや二度言わなくてもわかる」

 

――――この小柄で華奢な少女が?

 

――――煙草からヤニを摂取すると?

 

「わたくし、一度、タバコというものを吸ってみたかったんですの! でも、お店で買おうとしたら『お嬢ちゃん、親御さんのお使いかな? でもね、子供は買っちゃいけないんだよ』と頑なに売ってもらえず…………でも、僥倖ですわ!」

 

 ガシッ、とアツシの手を掴み上げる。

「いで、でででで!!」

「買えないのなら、奪い取ればいいのですわ!」

 なんという力か。なんという暴挙か。圧迫された手が、自然と開き、煙草を落としてしまう。

「さぁ、デビューのときですわ!」

 

――――こんな可憐な少女に、煙草の毒を摂取させていいのか?

 

「社会が定めたルールなぞクソくらえですわ! いざ!」

 

――――悪の道へ進ませて良いのか?

 

「駄目だーー!!」

 

――――否!

 

「く、おぉおおっ!!」

 仲間の一人が、決死のダイブ!

「あーーー!!」

 エルス、またしても空振り。

「ツヨシ!!」

「お、女の子は、煙草を吸ったらアカンのや! 産めんくなってまう! 産めんくなってまうんや!」

「ノンフィルター煙草を吸って曾孫まで居てピンシャンしてる老人なんぞ、その辺に転がってますわよ! 返せ! わたくしの戦利品!」

 

 めきめきめき、と、腕を捻りあげていく。

「ぐわぁああああ!! キヨシっ、パスぅ……!」

 

 アツシ、ツヨシの煙草を託されたキヨシは。

「待ちやがれですわよオラァ!!」

 

――どすっ。

 

「くっ」

 ……後ずさりしている間に、校舎に背が付いてしまった。

「さぁ…………観念してもらいますわよ」

 

――ドン。

 

「――――寄越せ、ですわ」

次元世界いち嬉しくない壁ドンである。

「ひぃいッ……! た、煙草は……!」

「あぁん!?」

 凄むエルスに、足腰を生まれたての小鹿のようにプルプルさせながら……

 

「――――煙草は、身体に悪いんだーーーーーッ!」

 

アツシ、ツヨシ、キヨシの三馬鹿が、口々に言う。

 

「心肺機能の低下! 依存による意欲の低下!」

 

「経済的負担も大きく、中毒症状のあまり、煙草欲しさに犯罪行為に手を染める輩も!」

 

「そして、『煙草くらいは』という意識から、本物の麻薬へと進んでしまうリスクが!!」

 

 ひくひくと、エルスの頬が引きつる。

「お前らが! 言うな! ですわーーーーーーーーーー!!!」

 

 

「 「 「 ですよねーーーーーーー!!!! 」 」 」 

 

 

 三馬鹿は、地面に五体投地する。煙草を、最後の最後まで渡さぬという、消極的ながらも徹底抗戦の構えだ!

 

「ふ、ふざっけんな、ですわぁ!!」

 ゲッシゲッシと足蹴にしても、三馬鹿は意地でも煙草を手放さない。

「なんで、どうして、そんなイジワルをしますのー! うわぁあああ!!」

 エルスの癇癪が爆発していた。

「うぉおおお!! 気張れよお前らぁ!」

「ぐわぁ!! 的確に急所を!!」

「サンチンだ! サンチンの構えだ! 潰されるぞ!」

 

 少女の健康は、オレたちが守る!!

 

「先生、こっち、こっちです! 風紀委員の子が! 不良たちに!」

 美化委員の生徒が、教師を呼んできた。

(頼む……どうか、何も起こっていないでくれ……!!)

 教師たちは、危険に晒されているであろう生徒、そして、不良と呼ばれた生徒たちのためにも、全力で駆けつけた。そして、教師たちが見たものは。

 

 

「ふざっけんなこのビチ(ピー)ソどもがぁあああああ!!」

「アーーーーッ! 潰れるゥーーーーーーーー!」「イェアァアア! 流れるゥーーーーーーーー!」「アィエエエッ! 溢れ出るゥーーーーーー!!」「ニコチンチャージさせろですわぁあああああ!!」

 

 ……不良生徒の内臓をスクラッシュせんと、キャメルクラッチのような軍隊式殺人サブミッションを掛けるエルスの姿を見た。というか、美少女が言ってはいけない系の罵声が聞こえた。

 

不良生徒たちと目が合った。

 

「 「 「 せ、先生ぇーーーーー! 助けてぇーーーーーー!」 」 」

 

 不良とされた生徒たちは、救い主を見るような、素直な目をしていた。

「あっはい」

 なんか違う…………。思っていたのと違う…………。

「煙草を!」

 見れば、不良たちはボロボロだった。

「はい、煙草を。」

 おうむ返しする教師に、心からの嘆願をする。

 

 

「 「 「 ボクたちの煙草を、没収してくださいぃーー!! 」 」 」

 

 

 

 

 

「っていうことがありましたのよ」

 

 ちなみに、絶好の好機を逃したことにより泣きじゃくっていたエルスは、恐怖と緊張の糸が切れて泣き出したのだと誤解されたことで、お咎めなし。

「客観的事実として、わたくしは悪くありませんわ。」

 ……哀れな三馬鹿は、その後、保健室で事情聴取を受けたそうだ。素行って大事。

 

「うんうん、それでいいんだよ。よく頑張ったね」

「お姉さまぁ……」

 なのはは、よしよし、とエルスの頭を撫でる。咎めるという意識さえ無かった。それは、教義を順守した信奉者への全肯定だった。

 

「阿呆かっ!」

 ハリーはエルスに拳骨を落とす。が。

 

――――ぎちっ

 

 …………半透明の鎖が、手加減していたとはいえ、ハリーの拳を止めていた。

「あれ」

 なのはが、きょとんとする。

「消えなかったの?」

「えぇ。どうやらこれは、わたくし自身の能力だったようですわ」

 あの黒い羽は、『福音の矢』と同じく、可能性を引き出す効果を持っていたようだ。やや邪悪な方面に発露しやすいのだろうが……引き出された力は、無にはならない。

 確かに、ド素人とはいえ、喧嘩慣れをした不良三人に、この小柄な少女が無双するには、何らかの原因が必要だ。

「くっくっく……どいつもこいつも、雁字搦めの苦しみを味わえばいいのですわ」

「クソッ、手加減せず噛み砕くんだった……!!」

 ワイワイと、超常の力で低レベルな喧嘩をするハリーとエルス。

「…………ふふっ」

 自然な笑いが出る。

 

「あのひと、他人の喧嘩を見て嗤ってる……!!」「『潰し合え……』って思ってるんだ、きっと」「やっぱり怖い……!」

 

「ち、ちがうっ!」

 サッと顔を伏せるクラスメイトたち。

「大丈夫、私たちは、わかってるからね……」

大宮は、どうどう、となのはの袖を引き、着席させるのだった。まだまだ、誤解が解けるまで時間が掛かりそうだ。

 

 

 その後……奇跡的に平穏な時間が過ぎていった。

 昼休みには、エルスの被害者である三馬鹿が教室までやってきて、自主的にエルスの補佐(と言う名の暴走抑制)に着くことにしたと伝え、エルスが何を余計なことを、と激昂したりする一幕もあったりはしたが。

 本当に何事も無く、帰りのホームルームになった。

 

「わたくし、これから校内の巡回ですの! 夜学の部が始まりますから……ぐへへ、きっと怪しげなワルい品々が、わたくしの手元に……」

「いーんちょー、迎え来ましたー」

 金髪を綺麗に剃り落したアツシが。

「来なくて良いって言っているでしょう!! わたくしの戦利品の取り分が減るじゃありませんの!!」

「あー、やっぱ着いてなきゃダメだわこりゃ……」

「危なっかしくて放っておけねぇわマジで」

 同じくパーマとロングを剃り落したキヨシ、ツヨシが両脇からエルスをガードする。

 

 連行しているのかされているのか、不明なエルスを見送り、帰り支度を整える中で。

(あれ?)

 なのはの尋常ならざる視力が、校門付近に佇む他校の女子生徒の姿を捉えた。

(望だ。どうしたんだろう)

 なのはの、数少ない……本当に数少ない、一般人の友達である。

 

(あ、そうか。

 

 この学校は、月村の……すずかの家の事業だ。望はすずかとプライベートで親しい。たぶん、この学校に興味があるとか、そういう話があったんだ。望は医療だけじゃなくて、福祉にも興味があるって言っていたし。でも、望も学校があるから、授業風景は見られなくて、放課後の部活風景なんかを見学するんだ、きっと。ってことは、誰か案内人と待ち合わせをしている筈ね。変に声を掛けたら時間を取らせて迷惑になっちゃう。正門から出ると、顔を合わせることになるから、今日は裏門から帰りましょう)

 

 ぽちぽち、と秀人に伝言する。と、秀人はきょう、クラスメイトとラーメンを食べることになった、との返事。であれば、速やかに慈樹を回収し、裏門から撤収するべし。

「なのはちゃん」

 と、大宮が声を掛けてくる。目が合う。

「……。また明日ね!」

 目の会話により、なのはは今日、一人で帰りたい気分なのだと察した大宮は、それ以上は踏み込まなかった。

「うん、またあした」

 

 託児室より慈樹を回収。

「あの……吾妻さん。この子、いくつでしたっけ? え、二週間とちょっと? 六か月くらいの間違いじゃなくて? え? えぇ……?」

 気にしたら負けだ。

 

 これで憂いは無い。

「ふっふっふ」

 不気味な笑いを見せる。

 

(望の負担を無くし、クラスメイトとも円滑に分かれ、秀人さんへの連絡を怠らず、慈樹と一緒にトラブルなく帰宅。パーフェクトよ。パーフェクトだわ、私。出来た嫁のおかげで、夫の評価が上がっちゃうわ。もう、困っちゃう。いちばんの気遣い屋といえば、なのはちゃんなんだから。やればできるんだから!)

 

 ………………………………心の中で凄まじく饒舌に自画自賛していた。

「んー、んー」

 ウッキウキで歩を進めるなのはの後ろ髪を、慈樹が軽く引く。

「これがホントの『後ろ髪を引かれる』、なーんちゃって。でも、いまの私に後顧の憂いなんて無いのよー、っと」

 くるっと振り向いた。ぜーはーと息を切らした望がいた。

「あ、望だ。ひさしぶりー」

 

 

 

――――――このあと滅茶苦茶怒られた。

 

 

 

 翠屋のテラス席で。

「信っじらんない! ほんっと、もう、信っじらんない!!」

「ごめん~……ごめんってば~……!」

 ぷりぷりと怒る望に、なのはは平謝りするのだった。

 

 そう、望は、他の誰でも無い、なのはに会いに来たのだ。

 

 すずかもまた、停学明けのなのはを心配していた。出来れば、直接会ってあげたかった。だが、すずかは学園の理事のひとり。そんな公人が、特定生徒と親しい付き合いをしているとなると、途端に問題になってしまう。バニングス家もまた、学園の出資者の一人だ。となると……現在、地球在住者の中で頼れるのは、望だけ。託すような気持ちで、なのはの様子を見てきてほしい、と頼まれた望は、よし任せなさいという責任感、そして、望自身、なのはのことを、この気難しくて誤解されやすくてぼっちでコミュ障で人見知りでねちっこく根に持つタイプの……羅列すると尚更ヒドさが加速する友人のことを、心配してやってきたのだ。なのに。

「わたしが来てたことに気付いてたのに! 気付いておきながら! 何も言わずに! 裏門から逃げるようにサッサと帰るってどーいうことよ!」

 まぁ当然の怒りである。なんて友達甲斐のない。

「だってぇ…………」

 アイスコーヒーのストローを、ずぞぞーと吸う。

「だって……学外の人間が会いに来たら、学校への用事で、個人への用事とは考えられないじゃない……」

 ……中学まで一緒で、高校で別れたことによる学外の友達がフツーにいて、フツーに会いに行く望とは、なのははランクが(低い意味で)違っていた。

「ほんっと、性根までぼっちなんだから……!」

 ぴくりと、なのはの耳が動く。

「望」

 ……大真面目な顔で、名を呼ばれる。

 重ねて言うが、なのはが真顔で喋ると、結構それだけで迫力が出てしまうのだ。

「な、なによ……」

 たじろぐ望。

「ええ、私はぼっちよ。それは違いないわ。むしろ、好きでぼっちをやっている側面も否定はしない。一人って、ラクでいいもの。みな気付いていないだけで、ぼっちには多くのメリットがあるの」

 けどね、と、カップをテーブルに置く。

「好きでぼっちを『やって』いる私だけどね。

 

――――好きでぼっちに『なった』のは、私の所為じゃないわ!」

 

 ………………シン、と、静まり返る。足を止め、何事かと聞き入る民衆もいて……その中には、ヤバい何かに引き込まれそうになっている目をした者もいた。

 

「私がぼっちになったのは、社会が悪いからよ。そのツケは社会が払うべきだわ」

 

「………………」

 絶句する。この友人、どんどん拗らせていっていないか……?

 と、民衆の何人かが、膝を突き、両手を合わせる。拝むような動作だった。まさに天啓を得た、と言わんばかりに。

「おぉ、おぉお……!!」

「神様……神様……!!」

「一人でも良いのですね……! 無理に群れなくとも良いのですね……!!」

「やはり社会はクソ。それで良いのですね……!」

 ……信者が増えた。

 

「……っふ。まーた導いてしまったか」

 着実にダメ教の信徒が増えつつあった。鷹揚に手を振り、一団を解散させる。

「…………………………」

「な、なによ……自分が集団生活に向いてないことを、私は幼稚園で悟ったんだから……今更、変われるものですか」

「はぁ~~~………………」

 ながぁい溜息。小学生のころを知る身だが、言ったように、人間そうそう変われるものでは無いようだ。だが、そういった頑固で一貫した姿勢が、良くも悪くもなのはの魅力であるのだが。

「これで男子には人気が有ったんだから、そりゃあ妬まれるわ……」

「へ? 人気? 誰が?」

「あんたよ。健太たちのサッカーチームのメインメンバーから、他のクラスの男子まで」

「えぇ……嘘だぁ」

「……これだから。まぁ、小学生なんてそんなもんでしょ。ほら、遠足のとき、」「うわぁあああああ」「えぇいトラウマスイッチはOFFにしておきなさい。……あんたの写真、大上段に掲載されてたでしょ? アレ、みんな欲しがってたんだから」

「……でも、購入数『1』だったよ。ちなみに私」

「泣けてくる情報はいらん! 最終日、見本が撤去されるまでの間に注文が殺到してたわよ。班の子なんか、隣のクラスの意中の男子に呼び出されてドキドキして行ったら、『あの写真を代理注文してくれ』なーんて頼まれて……あーカワイソ」

「私、悪くないじゃない! 悪くないじゃない!」

 もっともな抗議をするなのはだった。

 

「あ、ちなみにあの写真、写真家にとっても大傑作だったらしくて、『ほとりの孤独』っていうタイトルでコンクールで大賞取って一躍売れっ子写真家になったわよ」

「いやぁああああああああああ!!!」

 恥が全世界に。

「ま、まぁ、自然に目線が入るように加工されていたから、そこは安心して」

「イヤらしいホームページの広告じゃないのー!!」

 なぜ知っている。

 

「でもまぁ……相変わらずで、ある意味安心したわ」

 

 相変わらず、ダメな方で安定しているが。

 

 望とは、今度いっしょに買い物に行く約束をした。手を振りながら帰っていく望を見送りながら、残りのコーヒーを飲む。

 

「――――相変わらず、か」

「う」

 と、慈樹がなのはの髪を引く。

「ん、わかってるよ」

 ……ずっと。なのはへ警告を発していたのだから。一人で帰ろうと思ったのも。望を帰らせたのも。翠屋へ寄ったのも。

 

 

 

あはは(・・・)気付いてたんだ(・・・・・・・)

 

 

 

 ………………………………

 

「子供、かわいいね」

「そう、ありがとう」

 

 後ろの席から、声がする。

 

「ヒデくんとの子?」

「そうだよ」

 

聞き慣れた声がする。

 

「いいなぁ。私は、シたけどデキなかったんだよね」

「デキてたら、おおごとだったわよ」

 

 ずっと聞きたかった声がする。

 

「厨房の方から、こわぁい気配がしていて、仕掛けられなかったの」

「あぁ、あれうちの父さん。病み上がりなりに、まぁまぁ強いよ」

 

 聞こえてはいけなかった声がする。

 

 

「そっかぁ。」

 

 

 振り向く。

 

 人影。否。人の姿をした闇。闇の具現。唇に引いた真っ赤な紅だけが、色彩を放つ。そして、その色彩が、尚更に闇を際立たせる。

 

 

 

「久しぶり。会いたかったわ。――――なのは。」

 

 

「久しぶり。会いたかったよ。――――カレン。」

 

 

 

 

 カレン・フッケバイン。そして。影から、滲み出るように……見知った顔と、見知らぬ顔が、現れる。

 

 

「凶鳥部隊、参上……ってね」

 

 

 

 赤い唇が、にぃ、と、半月を作った。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。