魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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vivid編 15話『 ちょっとしたB級青春ドラマ 』

 

――――これも神通力のちょっとした応用よ。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 小山ミサキは不登校児である。

 

 …………いきなりな導入であるが、事実だ。

 身長190cm体重75kgという女子としては破格のフィジカル。ウェイトの大部分は骨と筋肉。両親はオリンピックメダリスト。両親としては、自由な人生を歩むことができれば、と考えていたが、結局は、親族・競技連盟・メディアの期待を一身に受けて、レスリング選手としての人生を歩まざるを得なくなってしまった。

 

 確かに、その屈強な肉体は武器となった。学生競技の、あるレベルまでは常勝無敗。しかし、……『あるレベル』を境に、小山は一切の白星を挙げられなくなっていた。ライバル……とされていたのは、自身より20cmも身長の低い、同い年の女の子。技術……特に、足元へのタックルの正確さ・威力は尋常ではなく、これまで大きな武器としてきた身長が、大きな弱点となってしまった。

 

 勝負の世界は、非情だった。

 

 一度、『対抗策』が出回ってしまえば……これまで通りの戦いは、出来なくなる。連敗から、小山の体格に頼った戦術は完全に対策され……これまでは勝てていた選手たちに、勝てなくなってしまった。

 連敗。はじめは「不調」「今が天王山」などと持て囃していた周囲も、インターハイ代表決定戦でストレート負けを喫して代表の座を逃して以来、完全に失望していた。「所詮は学生レベル」「体格で勝てていただけ。技術はアマチュアレベル」「伸びきってしまった伸びしろ」といったものを始めとした、心無い嘲笑。第三者からだけだったのなら、まだ耐えられただろう。しかし……これまで、試合のたびに横断幕などを作り応援してくれていたクラスメイトや友人たちからも、同質の視線を浴びせられ続け……。

 

――『図体ばかり木偶の坊』

 

 ある面識のない生徒からの言葉に逆上した小山は、暴力事件を引き起こした。そして、その一軒が最後のトリガーとなり。

 

――――高校二年生の夏を境に、小山ミサキの選手生命と学生生活は、幕を閉じた。

 

 それ以来、人目を避けるように、自宅内でひっそりと過ごす日々。かつてのメダルやトロフィーは、物置の奥へしまい込んでしまった。両親は、何も言わなかった。辞めてもいい、とも。もう一度頑張ろう、とも。その気遣いが、また小山を苦しめた。

 両親とて人の子だ。メダリストたる自身の子が、メダルへ挑戦することを夢見ていたに違いない。そんな両親の期待も。周囲の期待も。クラスメイトたちからの応援も。自らが不甲斐ないばかりに、裏切ってしまった……と。小山は自室のベッドで毛布に包まり、自責の涙を流すばかりだった。

 やがて。スポーツ推薦で入学した高校からは、出席日数不足からの単位不足による留年が決定した、と連絡があり。そのまま更に一年が経過し…………小山ミサキは、いよいよ『学生』ですら無くなってしまった。

 

 そんな運命を変えたのは、あの『事変』の日。両親とともに、街へ湧いて出た機械の化け物を、タックルで倒し、寝技でシメ落とし、ジャーマンで叩き潰し……それが、一時的に得た力であるとは分かっていたが、それでも、小山は戦った。

 

――――天空に咲いた、一輪の桜を見上げながら。

 

結局のところ、自分はきっと、『主人公』ではなかったのだろう。連敗のきっかけにもなったあの選手は、あの後インターハイを無失点で制覇するという偉業を成し遂げ、オリンピック候補への内定まで勝ち取った。レスリングのニュースで、彼女の顔を見ない日は無いと言って良い。自分は噛ませ犬か、と、彼女を逆恨みしたこともあった。

 だが、彼女と戦った経験で、今ならわかる。きっと彼女は、レスリングという競技が、好きで好きで堪らないのだろう。周囲からの期待とか、ある種の惰性で流されるように競技をしていた自分とは違って。

 

 あの日、奇跡の力で一時的に引き出された自分の可能性。自分には、あれだけの動きが出来たのだ。好きで居続け、努力の歩みを止めなければ、きっと、あの領域まで辿り着けた筈だったのだ。

 

 それを放棄したのは、諦めたのは、他ならぬ自分自身だ。なるほど。これではレスリングの神様は微笑むまい。主人公など、ちゃんちゃらおかしいと言うものだ。

 

 小山は、レスリングへの……否、過去への未練から、一歩を踏み出すことに決めた。

 

 それから少しして。

 ポストへ投函されていた一冊の冊子に導かれるように、月村学園の門を潜ったのだ。

 

 ほんの一月の間に、本当に……本当~~に、色々なことがあった。無難に女子グループに入り込んだと思ったら不良とヤンキー大暴れ。発端が自分たちにあるとヤンキーに拉致され病院へ連行。何やかんやあって……今日、いよいよ、友達と、遠足へ行くのだ。

「…………」

 忘れ物は無い。母は涙を流して喜び、重箱を五段重ねにしてくれた。父はポリタンクのような水筒にプロテインドリンクを用意してくれた。さぁ、あとは、玄関を出て、集合場所へ行くだけだ。

「………………っ」

 行くだけ、なのに。

 

――『木偶の坊』『期待外れだ』

 

 過去が、足を掴むのだ。何が発端となったのか。学園に入学してから今日まで、無遅刻無欠席だったというのに。

「ミサキ、……ミサキ?」

 母が、心配そうにリビングから顔を出す。

「そろそろ、出る時間だけど…………ミサキ?」

「………………、…………怖い」

 

――――家を出たら、そこにかつてのクラスメイトがいるのでは? 通りに出たら、近所の誰かが自分を見とがめるのでは? 角を曲がったらスポーツ記者がいるのでは? けがをさせてしまった生徒が。その親が。

 

 そんな、妄想と言えるような考えが浮かび続け……小山は、一歩も動けなくなってしまっていた。

「怖いんだよぉっ……!!」

「ミサキ、…………」

 母は、また何も言わなかった。ただ、小山が立ち上がるのを待ち……時間が、静かに、しかし確実に過ぎていく。

「…………うっ、うっ…………!!」

 小山は、泣いた。この期に及んで、立ち上がれない自分に。

「なん、でっ……!! なんで、わたしはぁっ…………!!」

変われたと思った。変われると思った。なのに。また、こんな、肝心な場面で。

 時計の時刻は残酷にも過ぎていき……いよいよ、集合時間の限界を過ぎてしまった。もう、間に合わないのだ。

「うわぁああああああっ…………!!」

母は、いつの間にか居なくなっていた。小山は一人、玄関に座り込み、うつむいている。

 携帯電話は、意外なほど静かだった。班長であるハリーからも、連絡は無い。いよいよ見放されたか。と、より深く沈んでいく。

「…………」

 ここで、終わるのか。あれだけ後押しされておきながら。あれだけ励まされていながら。また、周囲を裏切ってしまうのだ。この、たった一枚のドアを開けることもできずに。

 

―――― 。

 

 

――――がちゃっ。

 

 

 

「………………………………へ?」

 ドアが開いた。呆気なく。それも外から。

 

「――――――小山さん、おはよう」

 

 特徴的な栗色の髪の毛に陽光を受け、ここにいないはずの、不良の友達が笑う。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「――小山さんが来ていない?」

 

 フェイトたちに送り出されてきた私服のなのはは、集合場所で合流したハリーたち班員の中に、小山が居ないことに気が付いた。

「あぁ。寝坊や遅刻かと思ったんだが……」

 ハリーが携帯電話を振る。

「連絡は……しない方が良いやつね」

「うん。お願い」

 ある程度の事情を知る大宮が、真剣な表情で言う。詮索はするまい。

「…………まだ、時間はあります。ただの遅刻だというのであれば、待っていれば……」

 中野が、腕時計を確認する。

「確か、我々の班員の中で唯一、保護者と共に暮らしているのでしたわね。仮に遅刻というのであれば、保護者から何らかの連絡があるのでは? 最悪、集合場所までは自動車で送り届けるでも良いのですし」

 エルスの意見も尤もだ。ほかの班の者たちも、小山の不在に気付いたのか、はたまたなのはたちの深刻な様子に気が付いたのか、ちらちらと見てくる。

 そして、出発予定時刻になるのだが、小山が一向に現れないとなり……

「……出発を十分間、延期します。皆さん、よろしいですね」

 担任教師が、表情を硬くしてその場を離れる。

「………………小山さん」

 長い長い十分間。だが、予定は待ってはくれない。

 

「――――出発します」

「先生!!」

 戻ってきた担任のもとへ集まる生徒たち。

「――――保護者の方との連絡はつきました。小山さんは……可能であれば途中から参加をする、ということです」

「可能って!? ねぇ、可能ってどういう意味!? 小山さんがどうかしたの!?」

 小山の友人であるらしい女子生徒が、切羽詰まった様子で言い寄る。

 担任は言い聞かせるように笑顔で、全体に説明をする。

「……小山さんの、個人的な事情によるものです。参加を強制しては、それこそ、小山さんにとっては不幸なこととなってしまいます。行きのバスを一緒に過ごせないのは、残念極まります。皆さんが、さまざまなレクリエーションを発案して下さっていたことも、承知しています」

 まして、小山を待つために予定を詰めるということは……結果的にではあるが、小山が原因で、遠足に水を差すということになりかねない。誰も責めはしないだろうが……彼女が、彼女自身を責めてしまう。

「保護者の方も、行き先は把握しています。自家用車での途中参加を希望されていますので、我々はバスで出発をしますよ。さ、乗ってください」

 やや納得がいかないながらも、バスへ乗り込む一同。だが、小山を心配する雰囲気が場を満たし、まるでお通夜――――

 

 

「――――――オルルァアアアアアア!! 一曲目行くぞォオオオオオオ!!!」

 

 

 ――――キィイイイイイイイーーーーーン!!

 

 

「うわぁっ!?」「なに、なに!?」

 強烈なハウリングを起こさせながら、車内のスピーカーから大音声が反響する。

「う、うるっさいですわねぇ、犬ッコロ!!」

 当然、それに抗議するエルス。だが大音声のヌシことハリーは、ニッと白い牙を剥くように笑う。

『「シケたツラぁしてんじゃねーぞ、てめぇらァッ!!」』

 がちゃがちゃ、とオーディオパネルを乱暴にいじり倒し……音楽のイントロが流れ始める。レクリエーションとして用意されていたカラオケ用の音源だ。

「『うっし……おうデコメガネ! オレとカラオケでバトる準備はいいか!?』」

 

――パシィッ!!

 

 挑戦状のように投げつけられたマイクを苦も無くキャッチしたエルスが応じる。

「『あァ!? 誰にモノ言ってやがりますの!?』」

 ……なのはの(悪)影響を受け非常に好戦的になっているエルスは、その挑発に乗る気満々のようだ。

 

「『逃げるってンなら逃げてもいいぜぇ!!』」

「『我が母国はロックバンドの本場ですのよ!! 受けて立ちますわ!!』」

 

 ……ある種の予定調和というか、プロレスというか。ハリーとエルスの掛け合いは、周囲の空気や雰囲気を、嫌が応にも盛り上げていった。

 

 そしてハリー、意外や意外、歌が上手い。……まぁ若干、演歌っぽい歌い方というかコブシが入るが、それがまた独特の歌唱力を発揮していた。

 対するエルス。普段の仮面優等生っぷりを脱ぎ捨てる勢いで、日本語歌詞を即興で英訳し、腕を振るわ足を踏み鳴らすわ、激しく激しく歌い上げる。……ロックというかメタルっぽいが。

 

 二人の不協和音寸前のデュエットは、車内を熱狂と爆笑の渦に巻き込んでいった。

 

 

 その陰で。なのはの座席が空席になっていたことを覆い隠すように。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「なのはちゃん……!? どうして……!!」

「お邪魔! しまーす!」

 なのはは、ずんずんと玄関を闊歩し……どかっ、と、小山の隣に腰を下ろした。

「小山さん、おはよう」

 まるで、いつも教室でしているように挨拶をする。

「おはよう…………、じゃ、なくって!! どどどどうしたの!? 遠足は!?」

「小山さんに言われたくないし」

「そっ。……そ、そうだけどっ!」

「うん、私、行かないよ」

「いか、いかなっ……うぇぇえええええええええーーーーっ!?」

 なぜ、と問う前に、真っ先に浮かぶ考えがあった。

「……同情してるっていうの!?」

 頭が、かぁっと熱くなる。

「わたしっ……確かに、不登校でっ……、今日、こんな肝心の日にぶり返しちゃってっ……! でも、だからって!!」

「違うよ。さっきも言ったじゃん。『小山さんが行かないから、私も行かない』って」

「行かないなら、って」

「『行かないから(・・)』、だよ」

「えぇ……? なのはちゃん、ぼっちが極まってて普段人と話さなくて脳内思考だけ高度になりすぎてるから、ごくまれに人間相手に発する会話についていけないよ……」

「ちょっと酷いんじゃないの!?」

 

――なんでや! ぼっち関係ないやろ!

 

「むぅー……なんか最近、私の扱いが雑な気がする……」

 少しだけ機嫌を悪くしながらも、なのはがどでかい背嚢へ手を突っ込む。……結局、かわいらしいリュックサックなどという女々しいブツの役目は無いようだった。

「はいこれ」「ナニコレ」「レーション」「ナニコレ」「レーション」

 この子、実は結構バカなんじゃないだろうか。遠足用のお菓子はどこへ行った。

「珍しいでしょう。色も味もスゴいのよ。一緒に食べてマズさに悶絶しましょう」

 パーティーグッズのつもりのようだ。

「あとこれ。昨日買ってきた山刀と(ゴトンッ)、早朝になってギリギリ間に合った軍用ナイフ(ゴツンッ)。これは湿気ってても激しく火が点くマッチに、死ぬほど痛いけど確実に効く消毒剤、それに併せて使うこと推奨だけど、分量に気を付けて使わないと人生に取り返しがつかなくなる系の痛み止め、チタン焼結強化アラミド繊維……」

 四次元ポケットか!

「待って待って待って! ウチの玄関がブラックマーケットになっちゃう! 何しに行く装備なの!?」

「何って、そりゃあ……オリエンテーリング(山岳踏破訓練)でしょう?」

「私の知っている言葉に知らないルビが振られている件について」

 しかし……なぜこれを、この場で広げるのか。

「はい、食べて」「oh……」

 不意打ちで備え付けスプーンで口に謎のペーストを突っ込まれる小山。

「……!! ん、ぐっ……!?」

 ……マズい。強いて言うなら、海苔の佃煮に大量の酢をブっかけた上にコショウを振ったような……名状しがたいナニカの味がする。

「んぎゃあーー!!?!?!?!?!」

「あっはっはマッズいなぁ、相変わらず」

 笑顔でそれをパクパクと食べるなのはも大概だ。

「精神が摩耗しているような状態からでも味覚を刺激できるように、わざとこういう味にしてるんだって。毒は無いよ」

 ひぃひぃと喘ぐ小山を尻目に、今度はマトモそうな豆菓子を取り出す。

「はいこれ」「騙されないもん!」「ちっ」

 豆菓子という名の漢方薬ボールをぽりぽりと齧る。

 

「こういうの、いっぱい用意してきたんだよ。まだまだいっぱいあるの」

「………………遠足で、みんなと、使うためにでしょう」

 長い足を折りたたむように、膝を抱える。

「まぁね。でも良いんだ。今日は二人で遊ぼう。外に出られないなら玄関先でも良いし、お部屋にお邪魔するでも良いし」

「………………いいよわたしは。なのはちゃんのことだから、非常識な方法で今からでも間に合うでしょう、みんなと、」

 

()

 

 遮られた上に一文字で否定され、小山が今度こそ激高する。

「……!! 何で!!」

 

「自分のため」

 

 言葉を失う小山に、なのはが滔々と続ける。

 

「小山さんが行かなかったら、今日の思い出が悲しいものになっちゃうの。みんなと今日の思い出を話すことができなくなっちゃうの。私は、今日の出来事を、いつか『楽しかったね』って笑って話すことができるように行動しているの。だから、過程はどうでもいいの。班のみんなで遠足に行く『楽しかったね』でも、逆にみんなでサボって『楽しかったね』でも、…………正直、どれでもいいの。でも、『楽しかったね』に混ざれない人が居ると、それが成り立たないの。楽しんだということが罪悪感になってしまうの。だから、私はここにいるの。いつかハリーがする『遠足めっっっちゃ楽しかったぜ!』っていう自慢に、『こっちだってすっっっごく楽しかったよね!』って、小山さんと二人で腕を組んで自慢し返すために、ここに居るの。私は他人のためになんか動かない。自分のためにしか動かない。動くものですか。今までもこれからも、ずっとそう。だからこれは私のためで、自分のためで、小山さんは何も気にすることじゃないの」

 

「気にするよぉ……!! あと話がめっちゃ長くて重い……これまでの人生分くらい喋ったんじゃないの?」

「何とでも言いなさい。少し泣くけど」

「泣きたいのはこっちだよ……!」

 

――嗚呼、情けない。

 

 このぼっちにとっては、生涯において初めてであろう『楽しい遠足』を棒に振らせるような真似をさせて。気を使って『やっている』つもりだった相手に、逆に気を使われて。それどころか、器の大きさをまざまざと見せつけられて。タックルを食らって押し倒されてマウントを取られてしまったような気分だ。今ので何ポイント失った。

 

――こんなんで、いいのか。

 

 あの日、立ち上がると決めたのではなかったのか。諦観のまま『主人公』に敗北し、逃げ出した、噛ませ犬のままか。これではまさに負け犬かませ犬、木偶の坊ではないか。

 

――こんなんで、いいのか。

 

「なのはちゃん……」

 小山は、なのはの手を一度握り、離し…………

 

――――いいわけ、ねーだろ!!

 

 立ち上がる。190cmが屹立する。

「わたしも、自分のために…………自分の敵に、勝ってみせるよ」

 果てしなく遠い玄関扉へ。ドアノブに手を置く。

「男の仕事の八割は決断。それ以外はオマケみたいなもん……! わたし女だけど!」

 大きく大きく、息を吸う。思い出せ。勝負の気持ちを。引きこもり時代にアニメ漫画特撮から学んだことを。勇気をもって、一歩を踏み出すことを。決断しろ。胸を張って歩き出せ。

「お父さん! お母さん!」

 リビングからハラハラと見守っていた両親へ。

「わたし! これから!! 遠足に!!!」

 幾度も幾度も、自らを阻み続けてきた難敵、玄関扉。その難敵に。

 

 

「――――行ってきます!!」

 

 

――――――――がちゃんっ!!

 

 

いま、小山ミサキは、打ち勝った。

 

 なんという強敵だったことだろう。動悸は治まらず、脂汗がじわじわと染み出てくる。膝は生まれたてのキリンのように震え、乙女のような内股になっている。

 

――――かっこわるいなぁ、わたしは。

 

「格好いいなぁ、小山さんは」

 その横をひょいと歩み出てきたなのはが……玄関先に鎮座していた見慣れぬ大型バイクに手を触れる。

「私は神様だからね。頑張った人にはありがた迷惑なご褒美をあげちゃおう」

 

――――どうんっ。

 

 エンジンに火が入る。

「――今から、小山さんをB級青春ドラマの主人公にしてあげるわ」

 

 

 

――――――。

 

 

 

――――――ウォオオオオオオオオオンっ……!!

 

 高速道路を、漆黒の巨体が疾走する。

「うひゃーーーーーー!!」

 悲鳴だか喜声だか奇声だかを上げる小山。

「なのはちゃーん!」

「えー、なにー!?」

 インカムの音さえ風を切る音に消されてしまいそうだ。

「いま何キロォ!?」

「220キロー!」

 距離か速度か両方か。

「小山さーん!!」

「えー、きこえなーい! 『小山さん』じゃなくて、『ミサキ』って呼んでくれたら、きこえるー!」

「ミサキちゃーん!!」

「なにー!?」

「ケツ重いー! ミサキちゃんが重いー!」

「なにおー!?」

「ミサキちゃーん!」

「なにー!?」

 

「楽しいねー!!」

「……うん!! 楽しいーーー!!」

 

 目の前には、朝に見たっきりの観光バスが――――

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 バス車内。

 カラオケバトルは大盛り上がりの末にお開きとなり、今は各席で各々が和気あいあいとお喋りに花を咲かせている。

「……ふぃー、歌った歌ったぁ」

「……あ゛―……もう喉がガラッガラですわぁー……」

 疲労困憊し、互いを支えにドカっと席に座るハリーとエルス。

「おうデコメガネ。オレの血も半分はえげれす(・・・・)なんだぜ。思い知ったか」

「ハん……赤毛なんて、こっちじゃ普通に居ますわよ。気づいていましたわ」

 戦いを通じて友情が……

 

「オレの熱いシャウトがクラスの心をガッチリと」

「わたくしのモッシュダイブが一体感を」

「………………」

「………………」

「オレのほうがすごかったし!!」

「わたくしですわ!!」

 

 …………芽生えないよねー。

 

「オレが居なかったらお通夜だったし! オレの功績だし!」

「慈悲深きマイGODお姉さまのため、盛り上げに協力してやったのはわたくしの功績ですわ!」

「やるかぁ、オォン!?」

「やってやりますわよアァン!?」

 大張正己のロボアニメのように額をガツーンとぶつけて至近距離でにらみ合う。

 

「仲いいね、ふたり……」

「 「 良くねぇ(ですわよ)!!! 」 」

 大宮の指摘に、ハモって返す。

「…………なのはちゃんなら、きっとどうにかしてくれるよ。きっと……」

 大宮は、なのはを信頼している。成果を持って帰ってくるとか、来ないとかではなく……ただ、信頼しているのだ。信じて、頼っているのだ。

「えぇと……出発地から、速さ×(かける)時間×距離…………あれ? 時間×時間×時間だっけ……? 時間÷(わる)速さ……? ……??? ぶんすう……できない……」

 時空間が歪んでいそうな中野だったが、何を計算しているかは明白だ。

「わかんないから……とりあえず、クイズ大会でもしよう……」

 この日クラスのために用意してきたクイズ帳をぱらぱらと捲る。マイクを握り……

「ハイ皆さん、突然ですがクイズです。このクラスで先生以外の最年長女子はダレぁああああああああああああああああああああああ!!」

 何事!? と全員が振り向く中、中野リリコが指さす。

「あぁ! 窓に! 窓に!」

 窓? 全員がそちらを見る。

 

「まだギリ十代だし……! あと半年は十代だし…………!」

 ……最年長女子高生・大宮ハルカ(19)は、クイズ帳のページを無言で切り取った。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「 「 見えたー!! 」 」

 

 二人で歓喜する。

「追いついたよ!!」

「やったー……って速すぎて追い抜いちゃってるよ、なのはちゃーん!!」

「おっといけねぇ」ブレーキ。

「ごっふぅ……!!」

 減速Gでなのはの背に押し付けられる。

「みんなも気づいたわね」

 バスと並走する二人に、窓から覗くクラスメイトたちが目を丸くしている。

「な、なんか恥ずかしいね!!」

「手でも振ってあげなさいよ」

「えぇ~……? ……いっちゃう? やっちゃう?」

「いっちゃえやっちゃえ。人生なんて楽しんだモン勝ちよ」

 おっかなびっくり、左手をなのはの腹から離し。

 

「――みんなー!! やっほー!!!」

 

 どうせ聞こえていないのだから、と、思いっきりはっちゃけた声を出してみる。そう、どうせ聞こえていないのだから。

 

 …………その陰で、なのはが邪悪にニタリと笑っていることに、小山は気づいていなかった。

 

 

 

――――……なー、やっほー!!』

 

「ん? この声は……」

 ハリーが、唐突に音を出したスピーカーの方を訝しむように見る。

 

――――『みんなー!! やっほー!! 追いついたよーー!!』

 

「 「 「 「 小山さんだコレぇえええええええええ!!? 」 」 」 」

 驚愕するクラスメイトたち。ハリーがオーディオパネルを見やると、先ほどまでAVモードだったはずの表示が、ラジオに代わり……「66.666」という何だか呪われそうな数字の周波数を表示していた。

『おいなのは。何をやった』

 念話を繋ぐと、なのはの自慢気な声が返ってきた。

『念動力でナビのコントトール切り替えて、周波数をこっちの機器と合わせただけ。

 

――――これも神通力のちょっとした応用よ』

 

『なんつー神の力の無駄遣いだ……』

『天でふんぞり返ってるよりはよっぽどマシでしょう』

 

『みんなぁー! ぐすっ……みんなぁー!!』

「小山さーん! よかったよぉーー!!!」

 確かに、みな幸せそうだった。

『さて、他人に足並み合わせて並走し続けるのもかったるいし、また現地でねー』

『ほんっとブレないよなお前は……』

 

 

 

 法を景気よくブチ破る速度で、再びクルージングが始まる。

「ねぇ、なのはちゃん」

「なぁにー?」

「わたしたちさぁ……!」

 そして、堪えきれなくなったように笑いながら言う。

 

「――めっちゃ主人公してるよね!!」

「――うんっ!! すっごい主人公してる!!」

 

 確かにこれは。なのはの言った通りだ。

 不登校児と問題児が、バイクに二人乗りで、遠足地を目指すのだ。なんというB級青春ドラマだろう。

 

だが、それでも。

 

小山ミサキは、今この瞬間、間違いなく、自分の人生の『主人公』だった。

 

 

 二人が当初の集合場所に到着し、二人でクレープやソフトクリームを楽しんでいると……遅れること30分。クラスメイトたちが乗るバスが、専用パーキングに到着。そして。

 

「小山さーん! なのはちゃーん!!」

 大宮を先頭にした一団が、どっと押し寄せ……二人を取り囲んだ。

「良かったね! 良かったね小山さん!」

「うん……うん……! なのはちゃんが、助けてくれたから……!」

「「「「…………」」」」」

「な、なによ」

 珍しく、恐怖心以外の興味を向けられ、なのはがたじろぐ。

 

「……吾妻さん、結構いい人?」

「なっ」

 ぼそっとした呟きに、なのはの顔がかぁっと熱くなる。

「そんなわけ、ないでしょう!!」

 ……そこは素直に礼でも言えば良いのに。

「照れてる」「照れてるわね」「不良が照れてる」

「て、照れてないしっ! 不良じゃないしっ!」

 じり、と後ずさる。どふ、と誰かにぶつかる。

 

「吾妻さん。小山さん」

 

 ………………担任教師だった。

「………………」

 さぁっ、と血の気が引くなのは。赤くなった青くなったり忙しい。よくよく考えなくとも、というか、実行する前に気付け、と言いたくなる。どう考えてもヤバい行為だった。

「先生」

 なのはは、先手を切ることにした。

「ハイなんでしょう」

「羅生門って知ってますか」

「目的のためなら外道も許される、とか言うわけじゃないですよね。生命の危機ならともかく」

「くっ……! 咲先生のようにいかない……!!」

 どんだけチョロいんだ、咲先生。

「いえ、別に合流できたこと、そのこと自体は悪いことではないんです。えぇ」

「これ知ってる! 一度安心させてから落とすやつだ! 私、知ってる!!」

「まず何より……吾妻さん、いまご年齢はお幾つでしたか?」

「…………………………じゅ、じゅうなな、デスが」

「なるほど。では、あの自動二輪車の排気量は何㏄でしょう?」

「担任にナンシーさんされるとは考えたこともなかった」

「で、何㏄ですか?」

 この担任、強い……! 追い詰められたなのはが絞り出した答えは。

 

「…………………………ヨンヒャクです」

 

 ……苦しい! これは苦しい!

「ほう。では、車体に大きく描かれている『1100』とは、どういう意味なのでしょうか?」「ソウイウ飾リデス」

「ほうほう。ではエンジンの刻印を検めさせて頂きますね。あぁ、それと車検証も」

「うぁー……うぁー…………」

 なのは、思考停止す。

 

「せ、先生ー! 待ってくださいー!!」

 

 小山、動く。担任教師の両脇を掴み……ぐわぁーっと一気にリフトアップ!

「ぬわぁあああーーーーーー!?!?」

 いきなり天高く飛翔した担任教師が悲鳴を上げる。

「わたしが!(ぶぉん) わたしが悪いんです!!(ぶぉん) わたしがヘタレたから!!(ぶぉんぶぉん) だから、なのはちゃんは悪くないんです!!(ぶぉんぶぉんぶぉん)」

「あ、あば、あばばばば……!」

「ミサキちゃん、先生が死んじゃう。死んじゃうから」

 タケコプターと化した担任教師。一瞬のスキを突き、なのはが担任を着陸させる。

「………………ま、まぁ、事情は最大限、考慮しましょう……」

 地面にへたりこんだまま、担任教師がそんなことを言う。

「さ、さぁ皆さん、目的地はここではなく、この先のキャンプ場です。行動を開始しましょう…………あと誰か立たせてお願い」

 虚脱した担任を、なのはが支える形で立たせてやる。

(……問題児には問題児なりの苦労があるけれど、その問題児の担任にも当然、苦労があるのね)

 なのはは少し大人になった。

 

「ねぇ、あの不良……吾妻さん」「うん……吾妻さんって」「うん……」

 クラスメイトたちが、ごにょごにょと話し合う。

 

――――実はいい人なんじゃない?

 

 不良! 猫ミルク! ベストマッチ!!

 

 説明しよう! 不良が猫にミルクをあげている構図。出典や原典が明らかになっていないにも関わらず、広く認知されているこの構図は、極悪人がごくごく当たり前の善行を行うと、なんだかとても好感度が上がってしまうということを意味している! 世の中は不公平だな!

 

 

「――――」

 屋台の主人は、なのはの後姿をじぃっと見ていた。先ほど、屋台にまで来て至近から確認した。間違いない。携帯電話に耳を当てる。

「――――一柱。ヤマに向かった。栗毛。『巫女』を出し、必ず仕留めろ」

 ぼそり、と言う。

 

「――カミは『(かえ)す』もの。我ら一族の使命を果たすのだ」

 

 通信を終えたそこには、ただ屋台の主人がいるだけだった。

 

 

 

 

「――ま、気づいてるんだけどねー。サクっと潰そうっと」

 

 

 

 

組織の壊滅が、極めて軽いノリで決定した。

 

 

 

 

 

 

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