魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
――――いつかは帰れるといいわねぇ。
◆ ◆ ◆ ◆
無事に合流を果たした1-Dの面々。なのだが。
「………………」「………………」
大宮と中野は、何とも言えない表情だった。
「『ミサキちゃん』、かぁ……」
名前呼びをされていない二人は、なんだか置いて行かれたような、そんな寂しい気持ちになっていた。
「良いこと……ではないでしょうか。なのはちゃんが、クラスに馴染んできている、ってことでしょうし」
「……そうね。きっと、そうなんでしょうね」
クラスに、なのはが馴染む。それはきっと、大宮たち班員の最終目標だ。それが着実に進行しているということは、間違いなく、良いことなのだ。しかし……
「……もやっとする」
そう。ぼっちでコミュ障のなのはと仲良くなるのに、自分たちはそれはもう苦労したものだ。行動原理を理解するにに何度も検討会を行ったり、エルスに鎖でドツかれたり。一定の親愛関係を構築して、ようやくここまで来たのだが……他の誰かと、ケロっと仲良くなっているなのはの姿を想像すると、なんというか……
「…………なんだか、すっごいイヤな気持ちになる。そして、そんなイヤな気持ちになる自分がイヤになる」
文系の中野が、分かりやすく言語に変換する。
「…………つまらないヤキモチよね」
「いいんじゃないでしょうか。わたしたちは聖人君子ではありませんし」
――――出発します。はぐれないように付いてきてください
……と、登山道の入り口から呼ぶ声がした。
「……あ、向こうみたい」
「……このルートで頂上まで行くんですね」
――――はぐれないように付いてきてください
「…………行きましょう」
「…………そうですね」
――――付いてきてください。
――――はぐれないように
――――ついてきてください
――――おいで。
――――おいで。
――――おいで。
「………………」「………………」
……ぼう、っと、誘われるままに。大宮と中野は、背の高い茂みの分け入りに歩いて行った。
集合場所から、めいめいに班行動で登山道へ出発していく、1-Dの面々。そんな中。
「大宮さんと中野さんがいない?」
「……うん」
小山がなのはに耳打ちをする。
ことの顛末を二人に報告しようとした小山だったが、二人が荷物ごと、集合場所から姿を消していたのだという。
斥候に遣わしたエルスが戻るが……
「第一チェックポイント……登山道に入って50mほどの二叉路にいる先生に聞きましたが、お二人は来ていないと。チェックポイントまでは脇道もない一本道で、斜面もありませんわ」
「……ハリー。二人の匂いは?」
「……」
すんすん、と鼻を鳴らす。そして、首を横に振る。
「不自然に、匂いがしねぇ。ヤマの匂いで分からなくなるほど、オレの鼻はなまっちゃいねぇ筈だぜ」
…………なのは、ハリー、エルスの三人が、目線を交し合う。
「――――さっきの奴らね」
クレープ屋台の店主。そして、その背後に居る何者か。
「…………ったく、よぉ」
ハリーが深々とため息をつく。
「ヒトならざるものを敵視して、無条件で排除を目論む連中……どこにでも居るもんだぜ。潰しても、潰してもよォ……!」
ギリッ……と、変化が一部綻び、鋭い犬歯が伸びる。
「ミサキちゃんは……」「一緒に行く!!」「先に行って……って、なんで!?」「だって!」
ぐわっ、と取り出したのは……読み込まれ、ヨレヨレになった、遠足のしおり。めくって一枚目に書き文字で大きく書かれた言葉は。
――――『班のみんなと、山頂を目指す!!』
「だ、だいたい、一人じゃ最初のチェックポイントで先生に止められちゃうよ! 下手したらひとりぼっちでバスで待機だよ!」
確かに、その方がありえる話だ。
「ミサキちゃん」
なのはが、いつになく真剣な顔をしている。
「…………」
ぎゅ、と手を握って、なのはの厳しい言葉を受ける覚悟を決める。
「私たちから離れないでね」
………………予想外だった。てっきり、ド正論で待機を命じられると思っていたのに。
「んー…………そうね、エルス。ミサキちゃんの護衛はあなたの仕事よ。できるわね」
「はい、お姉さま」
敵の主な狙いは、おそらくは自身だろうとアタリを付ける。
「うん、よろしい。そろそろ能力を実戦で試してみても良い頃合いだからね。今回の戦果次第で訓練のレベルを上げるわ」
「はいっ! もっともっと厳しくしてくださいませ……!!」
ギラギラした目のエルスが、頭三つほど高いミサキの腕をガッシと掴む。
「小山さん……! あなたはわたくしがお守りしますわ……! お姉さまのために!! わたくしのために!! ドゥフフフフフ……!」
「わぁ我欲の忠実なる下僕だぁ……」
気合いに呼応するように、エルスの周囲に鎖状のオーラが発生していた。ある意味頼もしい護衛がついたと考えてもよいだろう。
「ふーむ……しかし、どう追ったものか」
腕を組むハリー。
「この山の植生は分かる?」
「? そりゃあ分かるよ」
「なら、生クリームとチョコレート、バナナかイチゴの匂いはする?」
ハリーは鼻を鳴らす。
「………………する。しかし、どうして」
「あのクレープ屋よ。あそこが下界の情報を山に知らせて、それに応じてちょっかいを掛けてくるの」
少なからず、接触するのだろう。無論、人間には判別できないレベルの僅かなものだろうが……ハリーの鼻は、その痕跡を確かに捉えた。
「全力で行くぜ……!」
ざりっ……と、ハリーがクラウチングスタート……否、獣の四つ足が地を捉える。
リュックの二重底に隠し持っていた防刃チョッキを装着し、ナイフのホルスターを巻いたなのはも準備万全。エルスは鎖を身体各所に装着し強化を施している。
「Go!!」
――ダンッ!!
ハリーが茂みを突き破らんばかりの勢いで、獣道に突撃する。
――――ザザザザザザッ!!
茂みの音に紛れ、何らかの仕掛けが動作する。
「――探知結界!!」
「おぅおぅ、思う存分、オレを見つけてもらおうじゃねーかぁ!!」
――――ピュウッ!!
「右に伏兵!! 吹き矢!!」
「どうせ毒針だ! マジメに相手すんじゃねーぞ!」
「精密性・飛距離・威力、すべて落第点! もっと上手に隠れながら正確に眉間か眼球でも狙いなさい! ……こんな風にね!!」
――――ベキッ!!
なのはの正確無比な投石攻撃が、防具の薄い顔面を直撃する。
「そして脇差ゲェット!! 下らない用事に自前の刃は損耗したくないもんね! 戦利品がてら貰ってあげるわアハハハハ!」
ハリーが駆け、なのはが道を均し、エルスは小山を半ば抱えるように悠々と山を切り進んでいく。
――――惑え。
――――迷え。
――――山に。
籠るような、怨念じみた声。
――――――ガササササッ……!!
それに呼応し、前方に三叉路が出現した。
「ハリー、音!!」
なのはが三方向に投石する。
――――バキッ!
石が砕ける音を、ハリーの聴覚が鋭敏に捉える。
「……! 三本道に見えるが、一本道が空間歪曲で三つに割れているだけだ! 三方向同時に突破すりゃ抜けられる! それが最短ルートだ!」
三人(+一般人)はスピードを落とさず、三方向へ分岐する。
「――散開!! 各個に道を突破せよ!」
「了解ですわ、お姉さま!!」
なのはの指示に、最も実戦経験が浅いはずのエルスが歓喜の声で応じる。
「ちょっ……エルスちゃん、大丈夫なの!?」
「その時はその時ですわ! きっとこの先に、悪! とびっきりの悪がおりますのよ! あぁ、早く潰して差し上げなければ!!」
事実、エルスが進んだ道の先は、やや開けた空間となっており……
「……!! っとォ!!」
急制動を掛けたエルスの顔面間近を、巨大な影が薙いで行った。
「な、なにっ!? ……ひぃっ!?」
「…………いわゆる中ボス出現ですわねぇ」
――――その相手は、ただ巨大だった。
人の形を逸脱しているわけではない。ただ、大きかった。冗談抜きに、3mもの巨躯。しかも、上だけではなく、横にも長い。そして、油でも塗っているのだろう。ツヤツヤの黒髪を、独特の形に結い上げたその姿は。
「――――リキシ、ですわね」
異様に巨大であるが……確かにそれは、力士の姿だった。
「ふしゅうううぅぅぅぅ………………!!」
ずぃい、と、巨木のような片足をゆっくり、ゆっくりと持ち上げ……
「――――隙だらけですわよ、オデブちゃん!」
――――ギャリリリリッ!!
鎖の刺突が、力士の顔面を狙い、しかし。
「――――ンンんぬぁああァァァァッ!!!」
――――ドシィイイイイイインッ!!!
「!? きゃあっ!!!?」
大地が震動し、小山はおろか、エルスさえも立位を保てなかった。
「ぬゥうううん……!!」
力士が、冗談のように足首まで大地に埋まった足を、ボゴッ……と引き抜く。続けて、両腕をいっぱいに広げ……
「――カぁああああああっ!!!」
――――ずぱぁあああああんっ!!!
平手を、打ち鳴らす!
「――――、うぎっ、!?」
頭が金属バットで殴打されたかのような衝撃が走る。鼻いっぱいに広がる、鮮血の錆臭さ。更に、エルスの世界から、音が消え去った。
「くっ、……鼓膜、イきましたわぁっ……!!」
だが、ある程度、力士の巨体のインパクトから覚めると、見えてくるものがあった。なのはから授けられた数々の知識。頭脳明晰なエルスは状況と知識を正確に照らし合わせる。
(円形の空間……そして、鎮座する社。おそらくは、あの社が空間湾曲の起点。そしてあの力士は、結界の番人、というわけですわね)
「……」
エルスは、おもむろに懐からハンカチを取り出し、鼻に当てる。そして。
――ぶびびびびぃっ。
…………恥じらいもへったくれも無く、鼻をかんだ。鼻血と鼻水の混合液が消え、呼吸が戻る。
「っあー、スッキリしましたわぁ」
プールから上がってそうするように、首を傾け軽くジャンプをする。耳に、風の音が戻る。
「なおる、はやい」
「あら、人語を解しますのね?」
「
「……へぇ、面白いジョークを言う肉ですわねぇ」
「おで、つよい。あめのてぢからをの、まつえい」
――――ズシィン。
中腰から、半ば四つん這いのような姿勢。立会いである。しかし……この巨大がその動作を行うということは、そのものが攻撃手段にも等しい。
(純粋な超パワー型。これは……!)
エルスは、そこまでパワー型というわけではない。鎖で最大強化を施したとしても、目の前の猛牛には及ばないだろう。生半可な射撃や砲撃は逆効果か無意味か。今現在、エルスの打てる手は限られている。そのうえで、不利な相手と戦わなければならない。それ……
「――燃えますわねぇ!!」
あえて、不利を承知で、全身の最大強化を施し、力士の見よう見まねで屈んでみる。
「え、エルスちゃん、ダメ! ウェイト差が……!」
ミサキの警告が、エルスに届くよりも早く。
「おまえ、ぺちゃんこォオオオオオオォオーーー!!」
「やっておみせなさい木偶の坊がぁーーーーッ!!!」
巨獣と少女が、衝突する!
◆ ◆ ◆ ◆
――――ドゴォオオンッッッ……!!!
地響きと轟音が、別の道を行くなのはの耳にも届いた。
(やっているようね。勝ちなさい、エルス)
なのはもまた、行く先から殺気を察知していた。
「んー……これはもう駄目ね」
先ほど、刺客より強奪した脇差は、遠慮なく使い倒した影響か、もはや刃ではなく、ただの鉄の延べ板と化していた。
「ほら、あげるわ」
――――ビュンッ!!!
気配の主へ投擲する。
「……」
弾くでも、避けるでもない。僅かに顔を逸らし、持ち手を掴み取る。
「……あぁ、巫女とかなんとか、言ってたっけ」
その顔を見たなのはは、一瞬、呆気にとられ……すぐに平静に戻った。
いかにも、である。いかにもな、巫女という恰好をした少女だった。白い帯状の髪留めで結った頭髪は、天使の輪ができるほどに艶があり、腰ほどまで長い。
そして、その佇まいに調和する……腰に佩いた、一振りの刀。巫女の体格に合わせて拵えているのだろう。身体の一部であるかのように、自然な立ち姿をしている。
「どんなナリでも、剣客として相対するというのなら相手になってあげるわ」
剣の腕比べとなれば、イキイキとしそうであるなのはだったが……今日は、不思議と消極的かつ受動的だった。
「カミを、天に還す」
腰だめに構え、刀を抜刀する動作に入る巫女。
(なるほど。巫女装束は、霊的な属性に加え、実用品ってことね)
袴は足運びを伺わせず、翻る袖は刀の軌道を隠匿する。
(居合がベースの抜刀術、踏み込みで一気に間合いを詰めて、)
――――キィイイイインッ!!!
「……一刀のもと、切り捨てるスタイル。王道ね」
「!? 立ったまま、わたしの剣を……!?」
否。なのはの周囲には、極細のワイヤーが張り巡らされており、手元のライター型の操作器具を手繰り、繊維で斬撃を受けたのだ。
「んー……70点。ギリ合格かな」
呑気に採点を行うなのはに、やはりいつものやる気は見られない。
鞘に収めた刀を、再び抜刀の構えを取る。
「カミを、異能を、無条件で討伐する非合法組織……ハリーも言ってたし、父さんも、そういうのに気を付けろって言ってたけど。――――ま、こんなもんね」
あの口ぶりからすると、この巫女こそが、神を討伐する最大の戦力か、それに近いものなのだろう。
「……!」
抜刀のシミュレーションをする巫女。首狙いは防がれた。であるのならば、次は「腕を断つ」「!!」「もしくは足を断つ。身体の末端から攻める。それが叶わぬなら土を舞い上げ撹乱する。一太刀カスリでもすれば、この剣に付与された退魔の力がカミを殺す
――――って、考えているのでしょう?」
「ど、読心の術……!!」
「ただの予想よ。
――他人の内心の悪意を読み解くなど、私レベルのぼっちには造作もないことよ」
そしてなのはは顔をさっと曇らせた。
「…………そう…………あの日もそうだった…………」
……なのはにとって、この程度の相手は考え事をしながらでも務まるのだ。
「おのれ!! ならば!」
なのはの眼は、鍛え抜かれた心眼を以って巫女の剣筋を予測していた。ぐるりと、なのはの全身を手数で切り刻む軌道。
「いかに視えていようと、受けられねば意味はないッ!!」
「……ま、教えがてら、遊んでやるか」
ホルスターから抜いたのは、今朝、ギリギリで用意が間に合った払い下げの軍用ナイフ。
(あー、そういえば……)
ふと思い出したのは、目覚めた父との会話。確か、そういった組織の人間と敵対することになったならば、こう名乗るよう奨められていた。そう名乗ることを、当代当主より許されていた。
「――――御神流・表裏皆伝――吾妻なのは。推して参る」
「御神流……!? アレは滅んだはずでは……!? だ、だが、構わぬっ! 我が天瞳流の剣の冴えを見よ!!」
――連続する金属音。
ナイフの腹で、巫女の斬撃をいとも簡単に凌いで見せる。
「なぜっ……!! なぜだっ……!」
困惑と怒りがごっちゃになったように、手数を繰り出す巫女。
「はい死んだ」
突如、目の前に刃が出現し、巫女は身体を強張らせる。が……来るべき死は、いつまでもやってこない。
「……え?」
なのはは、はじめの立ち位置から一歩も動いていなかった。巫女は知る由も無いが、なのはが放ったのは斬撃ではなく、殺気。幻の刃だ。
あー、傷が入っちゃった……と、ナイフの表面を眇めながら、なのはが淡々と話す。
「一太刀の斬撃はまぁまぁ合格。だけど、手数が増えると、それに比例して一発の精度が落ちて、隙が多くなる。鉄も斬れないようなナマクラを、いくら繰り出しても無駄よ。もっと一発一発に気合いを込めて斬りなさい。それができるまでは、一撃の居合切りだけに集中して鍛えると良いわ」
ごくまっとうに、六課の教官時代にそうしたように、丁寧な指導だった。
屈辱に顔をゆがめる巫女。
「剣で、斬れぬのならば……!!」
剣技……ではなく、巫女が次に取った行動は。
「魔をもって、魔を砕くのみ! はぁああああ!!」
巫女は、その剣で……
――ザシュッ!!
己が腕を、真一文字に切り裂いた。一拍を置き、滴り、溢れ出る血液。それが大地へと達したとき……
――――――オォオオオオオオオオオオォ…………!!!
ざわざわと木々が慄き、大地が震動する。山が吠える。
「山の神に、我が血を以って奉る!」
血液を介し、大地と接続された巫女の身体が、山吹色の光を帯びる。
「魔力光……?」
なのはが、怪訝そうにその様を観察する。この状況と一致する場面を、なのはは知っていた。
ルーテシアだ。
彼女は己が身と大地の龍脈を接続することで、人の身を越えた大魔法を行使したという。原理としては同じものだろう。
「我に、カミを討たせ給え!! 急急如律令!!」
一層強く、山吹色が強く輝き……!!
――――――ドゴォオオオオオオンッ!!!
巨大な閃光が、なのはを呑み込んだ。
山吹色の光は、その場に滞留し……余さず蒸発させんと輝き続けている。
「うッッ…………!!」
がくり、と、巫女が膝をつく。身に余る力の行使に、活力を大きく削られたのだろう。
「我が一族の秘奥……! その身に受け、天へ還るがいい……!」
爆熱の余波が収まり……逆ドーム状に抉り取られた大地が露わとなる。
――そして、ほぼ無傷のなのはが立っていた。
「――この私が、対消滅魔法くらいで死ぬと思っているの?」
なのはの足元の大地だけが、抉られず、扇状に残っていた。
「なっ……! ば、馬鹿なっ!!」
「単純な威力だけでもSランク相当か、それ以上ね。悪くなかったわ」
パキン……と、ナイフが中途から破断する。
「あーあ。消耗品とはいえ、勿体ないなぁ」
「どういうからくりだっ!!」
「簡単よ。ナイフを媒介に魔力刃を展開して、あんたの攻撃魔法を
ホルスターから抜いたもう一本、山刀で実演をして見せる。なのはの前に、桜色の魔力刃が展開する。
「実戦で魔力を使ったのはずいぶん久しぶりだったから、うっかりナイフ折っちゃったわ。…………で。あんたはどうするの? もうカンが戻ったから、刃を折らずに何度でも同じことができるわよ、私」
「知れたことッ! 山の神よ! 今一度、我に力を……!!」
「死ぬわよ」
端的だが、的確な指摘。だが巫女は、力の行使を止める気配はなかった。
「先代も、そのまた先代も……! こうして魔を断ち、散って逝った! カミを還すことこそ、我ら一族の使命!」
「……そう」
なのはは……一層、冷徹な表情へと変わった。
――アレは言っても聞く耳を持たない類の人間だ。
――変な宗教に完全に頭が毒されている。
――でも目の前で死なれると目覚めが悪い。
――という訳で
……似たようなシチュエーションは多々あったが、素直に降伏を選ぶだけで、どれほど血が流されずに済んだことやら。なのはは、やると言ったらやる女だ。相手の意思・事情・感情は完全無視で、目的達成まで一直線に突き進むだろう。
――っていうか私、言ったわよね。『剣客として相対するというのなら相手になってあげる』って。
――剣の勝負を放り出すってことは、そういうことよね。
……なのはは若干、苛立っていた。
せっかく、久しぶりに剣の腕比べができると思っていたのに。足らないところを実戦で教えてやって、いつかリベンジでもしてくれたらとっても楽しそうだな、と思っていたのに。むかつく。しばく。
……まことに身勝手である。
その理不尽な怒りに触れた、巫女の運命は。
「――――茶番は終わりよ」
……どうか、命だけは拾えますように。
◆ ◆ ◆ ◆
――――ずずぅんっ……!!
「がっはァ……!!」
エルスが、漫画のように地面に大の字でめりこむ。
「が、ぐっ……!!」
地面からはいずり出る。でなければ……
「エルスちゃん、危ないっ!!」
――――どずぅんっ!!
……エルスが脱出した直後、超重量の四股踏みが大地を抉る。
「なおる、おそくなった」
力士が言ったように、何度か叩きつけられ、折れた部分は、『羽根』の後遺症である治癒力を使ったり、鎖で継いだり、どうにか騙し騙し戦線に復帰してきたが……残機は残り僅か。そして、未だに目の前の猛牛の攻略法は見えない。
「エルスちゃん!」
……こうして、ミサキがたびたび声を掛けてくれなければ、とっくに潰されていたかもしれない。
「ぐ、ぐ、ぐ」
力士が、うめくような音を出す。エルスは、それが笑い声なのだと遅まきながら気が付いた。
「ぐ、ぐ、ぐ……! おで、つよい……! かみを、ひぃ、ふぅ、みぃ……たくさん、ぺちゃんこにしてきた……!」
「たくさん……?」
エルスはかつて、日本の宗教観についての本を何冊か読んだ知識があった。それらを照らし合わせるに、『カミ』というのは、唯一神のことではなく、普遍的に存在する霊魂、もしくは……
「……異能の人間を、何人も、何人も、殺してきたのですわね」
……強い霊能力を持った人間を。
「ぐ、ぐ、ぐ……! おまえも、そのひとつ……! おで、またつよくなる。かみをつぶして、つよくなる!」
この巨体は、無辜の人々の命を喰らい、肥え太ってきたのだ。
「……幕下も幕下。三流ですわね」
「なぁにぃ……?」
力士は、聞き間違えを確認するように、聞き返す。
「――殺した弱者の数を誇るなど……悪として、下の下ですわ、と申し上げましたのよ!!」
――――ギャリリリリッ!!
鋭利に尖らせた鎖を、回転させながら力士に叩きつける!
「オオオオォオオオオッ!」
なんと力士は、鎖を素手で掴んだ。当然、鎖は肉に深く食い込み……しかし、埒外の密度を誇る筋肉を、そぎ取るまでは出来なかった。
「エルスちゃん、右ィっ!!」
とっさに背後に距離を取る。抉り取るような張り手が、暴風を巻き起こした。
エルスは、己が無力を呪った。ここに至って、未だ攻略の糸口は見えない。斬撃も、打突も、何一つ有効打になってはいない。
「スモウレスラーとの戦い方なんて…………。……
エルスが、はっと気づいたようにミサキの方を向く。
「小山さん! 指示を下さいませ!!」
「え、えぇえっ!?」
ミサキは狼狽する。この怪獣大決戦みたいな現場で、なぜ自分が、と思った。
「先ほどからの指示……!
「…………で、でも!」
「
必死な様子のエルスの問いかけに、ミサキは小さく頷いた。
「巨体の相手との戦い方! 指南してくださいませ!」
ミサキは、数瞬……あれやこれやの言い訳を考えて、結論を先延ばしにしようとした。
――――小山さんはかっこいいなぁ。
そしてその半分以下の時間で、言い訳をすべて捨てた。自分を卑下することは、自分をほめてくれた大事な友人を侮辱することだ。そして大事な友人のひとりが今、自分のことを頼ってくれている。こんな状況で怖気づくようなヤツは……
「エルスちゃん! 姿勢を低く!!」
「はいっ!!」
屈んだ直後、頭上を攻撃が通り過ぎる。
「そのまま背後を取って!」
「うしろ、とらせない……!」
やはり巨体の優位か。ほんのわずかな旋回で、この狭い円形の空間全てをカバーできてしまう。だが……
「切り返し!!」
エルスは機動力を活かし、逆方向へ駆け出す。
「どこ、いった。はんたい、いた」
右に、左に……時に唐突に間合いに現れては、攻撃を空振りさせて、また視界から消える。
「ぬぅうううう……! にげる、な……!」
やがて焦れたのか……力士は両手を広げた。あの鼓膜破壊の技を使う気だ。
「そっちのこうるさいおんなも、つぶす!!」
「させませんわぁッ!」
掌が打ち合わされる寸前、鎖を丸めた鉄塊を放り込む。
――――がじゃぁああああんっ!!!
異物が入り込んだことで、想定されていたほどの衝撃は発生していない。
「んんンがぁああああああああ!!!」
――――ドシン! ドシン! ドシンッ!!
いよいよ癇癪を起こした力士が、地団駄を踏む。地団駄とはいっても、可愛いものではない。重量に地面が波打ち、エルスの足元を崩しに来た。
「ちょくせつ、ひねりつぶす!!」
力士は、体重の乗った右手で、身体の左側に位置するエルスへ、無理やり手を伸ばす。
「エルスちゃん!」「ええ!」
「むだぁあああああああああああっ!!」
力士の手が伸びる。なにやら、先ほどから動くたびに膝に何かが絡みつく違和感が有ったが、関係なかった。また、力づくで引きちぎって。
――――――みしっ。
…………破滅の音は、耳に届いていたか。
――――――みしっ、……びきっ…………べぎいいぃっ!!!!!
……力士の右膝が、血を吹き出し、あり得ない位置でグニャリと曲がった。
「ッゴぉおおおおおおおあああああああああああーーッ!?!!!?」
ずずぅん、と、力士の巨体が大きく沈む。
「あぁ、あぁあ……? おでの、あし……? うごかな、い、いでぇええええええ!!! いでえええええええぇええええええ!!!」
ごうごうと吠える力士。
「……人間の膝関節は、どんなに骨格が丈夫でも……横方向に『ねじる』動きに弱い。そうして、何人もの選手が挫折してきた」
突然の痛みに呻くしかできない力士に、ミサキとエルスが語る。
「そして、敵の膝を
「……ホントはやっちゃダメな技なんだけどね」
エルスが先ほどから、力士の膝に巻き付けていた鎖は……敢えて、横方向の動きで破断し易いように寄り合わせていた。
「アナタの力・技・体は……この円形の空間で最大の効果を発揮し……こういった戦いは、想定されていなかったのでしょうね」
まさに、力士か。
「グンヌぅううううう……! お、おで、おでのあしが……!! よくも、よくもォ…………!」
そしてそれは、力士の意地か。砕けた膝を抱えながらも、未だ二本の足で立っている。
「よぉくもぉおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオーーーーっ!!!」
最後の攻撃。砕けた膝をあえて踏み込む、驚異の胆力により繰り出される張り手。
――――ギャリッ、ギャリギャリギャリッ……!!
周囲の樹木。そして、結界の起点である社へ鎖が幾重にも絡みつく。力士の巨重。技の勢い。それらを鎖で接続し、ベクトルを操作し……!
「ブン投げろぉおおおおおおおおおおっ!!!」
「おぉおおおおおおおおおォオオォォォォーーーっ!!」
ミサキとエルスの呼吸が一つに合わさり……エルスが、力士の腕を掴み、ブン投げた!
――――ズズゥウウンッ……!!!
……社は根元から引き抜かれ倒壊し……力士は、大地に膝をついていた。
「あ、あぁぁあああ……おで、ひざ、ついて…………まけぇ……?」
目をぱちくりとさせる力士。その体の表面が、淡く発光する。
「あ、ぁああああ! おでの、おでのちから! おでのカミがぁ!!」
……その光は、球状となり、次々に力士の身体から抜けていく。悪鬼に囚われた魂が、解放されていく。それに比例するように、あれだけの巨体を誇った力士の身体が、空気の抜けた風船のように萎んでいく。
「いやだ、いやだいやだいやだぁあああああ! おでは、おではつよいままでいたいぃいいい!!」
「引退式ですわよ、横綱」
ミサキに肩を支えられながら、エルスが刃を投擲し……
――ザンッ。
……力士の髷を切断し、それがトドメとなった。
「お、ぉ、おおお………………」
萎み切った力士の正体とは。
――――枯れ木のような体。落ち窪んだ眼。色が抜けきった頭髪。湾曲した背骨。
……ただの、痩せ枯れた老人だったのだ。
「お、……お」
ぱたん、と、白目をむいて倒れ込む。
「し、死んじゃったの……?」
「いえ。まぁ、遠くないうちに死ぬでしょうけれどね。老衰で」
……どう見積もっても、寿命だろう。
死を恐れ、老いを恐れ、我欲と虚勢で膨れ上がっていただけの老人に、年貢の納め時がやってきた、というだけだ。
なにはともあれ。
じわじわと、感慨が湧いてくる。エルスが華奢な腕で、ミサキに抱き着く。
「二人の勝利ですわーーー!!」
「え、えぇえ? わたしも?」
「モチのロンですわ! 小山さんの指示が無ければ、もっと危険な賭けに出ていたかもしれませんもの」
「具体的には」
「能力開放して理性の無い魔獣と化して無差別破壊とか?」
「『とか?』じゃ、なぁいっ!!」
「さ、なにはともあれ中ボス撃破ですわ! お姉さまと合流しますわよー!」
あれだけの死線を潜り抜けたというのに、元気な娘だと思う小山だった。そして、ああいう怪異みたいな存在に、特に驚きもしなくなった自分がもっと怖かった。
――――いつか慣れる。
◆ ◆ ◆ ◆
「茶番は終わりよ」
巫女は……相対するなのはのことなど、初めから見てはいなかった。
与えられた使命を……カミを天に還すという目的を全うする。ただそれだけで、目の前に居るのは、その目標に過ぎなかった。
(先代様……! お歴々の巫女さま……! お師匠さま……! どうか、このわたくしめに力を!)
里の大人たちが言うには、ある巫女は使命を果たし身命を燃やし尽くし、立派に散っていったのだと言う。ある巫女は、大地と接続し、そのまま大地へ還ったのだと言う。
だから、当代の巫女である自身も、命を懸けて、使命を果たさなければならないのだと言う。
親も無く身寄りもなかった赤子の自分を育ててくれた里のため。
使命のため。
里の大人たちのため。
「うぅううううーーーーっ……!!」
腕を力ませ、傷口を開く巫女。血液が新たにあふれ出し、大地に。
「――――チャージなんてさせないわよ」
――ドスゥッ!!
強烈な掌底が、鳩尾にめり込む。
「っか、ぁ……!!」
あまりの衝撃に、身体が浮く。呼吸も一瞬止まり、集中が途切れる。
――シュルルルルッ……!!
金属繊維が巫女の腕を圧迫止血し、流血を止める。これで、また新たに傷口を開かなければ奥義を使えなくなる。よって、次に巫女が取る行動は、なのはには予想ができた。
「探し物はこれかしら?」
巫女が腰に手を伸ばした時には、そこには何も無かった。武器であり、祭具である刀は、なのはの手にあった。
「鋭いけれど……鋭いだけ。駄目ね、これは。観賞用の美術刀よ」
「か、かえせ……!!」
「えぇ、返してあげるわ」
――――ミキッ……ビギッ……!!
「あはは、弱い弱い」
……プラスチックの定規でも曲げるように、なのはの手の中で鋼が軋む。巫女の誇り。歴代の想いの籠った守り刀。
――――『これを持ったお前は巫女だ。山の巫女となるのだ』
あの日を、覚えている。一番古い記憶だ。族長から、守り刀を受け取ったあの日だ。
「粘りはあるわねぇ。でも、あと少し……」
「あぁぁ……やめろ、やめろ……!!」
辛かった修練の日々。術を修めたあの日。皆が喜んでくれた。
――ビシッ……!!
思い出が、砕かれる……!
「返してあげるわよ。…………真っ二つに割ってからね!!」
悪魔が、笑う。
「や、やめろぉおおおおおーーーーーーー!!!!」
――――バキィイイイイイッ!!!!
「あ、」
ぐるりと、視界が暗転した。
『オォオオオオオオ!! よくも、カミめ! よくもォオオオ!!』
巫女は、違和感を感じた。自分の口が、自分の声で、自分でない言葉を発しているのだ。
「あーあ、やっぱりか。剣が本体なんて、いまどき使い古された展開よね」
『カミを討つ! カミを討つ! そのためならば! わが身をカミと化し鋼に封じ! 巫女の身体を乗り換えてでも! 永遠にカミを討ち続けるのだぁああああ!』
巫女の右手に、折れた刀が収まる。右手に柄側の断片。左手に直接、むき出しの刃を握る。
「…………そのために、何人の子供を使い潰してきた」
なのはの内に、義憤の感情が沸き起こった。
「巫女の名目で、何人を……」
『知らぬッ! カミを討つためならば! 我が里を守るためならば! 我に続く巫女など童など、何人でも火にくべてやるまでだぁッ!』
「……そう。あんたが、最初の巫女なのね。元凶は他に居る」
義憤。そして……憐憫の情だ。山刀を握る手に、力を籠める。
相手は刀が本体。それが折れた今、消えゆくまでの最後の炎でしかない。巫女の血液が、再び大地と接続される。
『聞けェ、カミよ! 我が山の響きをぉおおおおおお!!』
――――不発。
『なにっ!?』
……なのはが手にした山刀から展開した魔力刃が、大地を突き刺していた。知る由も無いが、なのはは、己が神通力を用いて、山の霊脈を一部停止させたのだ。
「――――山の響きも、天までは聞こえないわ」
――ボッ。
なのはの炎が、大地を介して刀へ燃え移る。
『お、おのれ……おのれぇえええ……!! カミめぇええええ……!!』
「もう眠りなさい。悪い夢は、これで終わりよ」
『我は……わたしは……やっと……おうちに、かえれるのね…………』
「えぇ。……天は静かで、良いところよ」
『……とうさま……かあさま……』
「おやすみなさい」
刀に宿っていた哀れな亡霊は、蝋燭が消えるように、天へと還っていった。
なのはは、衰弱した巫女の身体を担ぎ、エルス達やハリーとの合流を目指した。
◆ ◆ ◆ ◆
「おっせぇ!! どんだけ道草食ってやがったんだテメーら!」
一番乗りはハリーのようだ。その足元には、ボロ雑巾のようになった鎧武者の残骸のようなものが転がっている。鎧武者の傀儡人形が、ハリーの相手だったようだ。まぁ負ける。
エルスとミサキのペア、なのはが合流する。
「ん……? おいなのは、そりゃあ誰だ?」
と、ハリーが、なのはが担ぐ見知らぬ人物に言及する。
「あぁ、この子…………わけあって保護したのよ」
そう。先ほど、なのはに戦いを挑んだ無謀な巫女だ。今は、両手両足を縛られてはいるが、なのはの背で、すぅすぅと、寝息を立てている。
――
「……どうせ、あとは本拠地まで一直線だ。詳しく経緯を聞かせろ」
そしてなのはは、これまでに集めた情報と、エルスやハリーが得てきた情報を組み合わせ、結論を出した。
「まず、人里から異能の資質を持った子供を拉致・洗脳する。『自分は里に育てられた巫女である』……っていう風に。そうして育てた『巫女』を、暗殺の尖兵に仕立て上げる。『アレは討つべき魔物だ』とでも言ってね。生じる罪悪感や違和感は、『身寄りのない自分を育ててくれた組織への恩返し』っていうような思考で封じる。本当に異能の存在を狩ったことがある巫女なんて居ないんでしょう。異能の子供が、人里では忌み子として忌避されていた時代から始まった組織ね」
エルスが戦ったのは、組織の下級戦闘員。ハリーが戦ったのは呪術アーティファクトだろう。つまり、巫女とは……
「ヒトの身に余る魔法を使って、対象を確実に暗殺した後は、呪詛返しで死体ごと消滅する……自爆テロ要員よ」
淡々と話すなのはだが……その内心に、怒りの炎が燃え上がっていることに皆が気付いていた。
「だがよ……保護して、どうする? 物心つく前から刷り込まれた価値観は、ちょっとやそっとじゃあ……」
「えぇ。『ちょっとやそっと』じゃ、ね」
気づけば、視界が開け……山間に隠れるように存在する集落を、見下ろせる丘に出ていた。かやぶき屋根の建物が数棟、そして、崖を背後に、巨大な木造の神殿のような建物が存在している。かがり火が焚かれ、中心の広場では何らかの祈祷が行われている。
「万魔調伏の護摩だ」
専門家のハリーが言い当てる。
唯一の一般人、ミサキは、その異様な光景に気圧されていた。
「……あれ、なにか意味あるの?」
「意味はあるけど、効果はない」
端的にハリーが言う。
「もともと信仰や宗教ってのは、民草の不安や不満を和らげるために有るものだ。豊作祈願・雨乞い・地鎮……盆に正月、結納や葬式だってそうさ。神に仏に祖霊に、祈り、願い……不安を軽減する。まさに神頼みってやつだ。事態が好転すれば、『効果があった』『祈りが通じた』『神様が助けてくれた』『きっと次も神様が助けてくれる』と喜ぶ。それだけの意味さ」
「祈る相手が仏像かご神体か十字架か程度の違いですわね」
「そう。だが、不安から逃げられる。そういった意味じゃあ、信仰ってのは意味がある」
「――けれど、信仰は時に暴走する」
巫女を背から降ろしながら、なのはが続ける。
「人々の心の安寧を守るための信仰が、いつしか、信仰を守るための犠牲を人々に強いるようになってしまう。人々の生活を良くするための橋を架けるために、人柱を捧げるようにね。でも、よくあることよ」
とん、とん、と規則的に巫女の背中を叩く。
「ここも、きっとそう。最初は集落を災害や病気、飢饉から守るためのささやかな祈りだった。けれど、時代と共に、自然災害よりも、戦乱から集落を守る必要に駆られて、信仰と武力が融合してしまった。いつしか祈りは、『組織を守るための信仰』へと変わり、『信仰を守るための組織』へと裏返ってしまった。
『組織を存続させるためなら、信仰に基づいて何をしてもいい』ってね」
「う、うぅん……?」
巫女が、目を覚ます。
「ここは……里の丘……」
半覚醒状態で意識を起こす、なのはの持つ尋問技術だ。
「そうよ。あなたの育った隠れ里。……さぁ、思い出して」
巫女は、記憶を辿っていった。
守り刀を受け継いだ記憶。辛く苦しかった修行の日々。でも、出来ると大人は喜んでくれた。褒めてくれた。里の子供たちと話すことは許されなかったけれど、自分は巫女だから。いつか、先代たちがそうだったように。
「里を……守る……」
ぶつぶつと、口から思考を垂れ流す。
「里に……帰らなきゃ……」
「二人の外様はどこに連れていかれたの?」
「社の中で……清めてから……天に還す…………カミに触れたものたちもまた……天に還す……」
大宮と中野は、あの巨大な神殿の中に囚われているらしい。
「そう……」
――――ボゥッ……!!
なのはの左手に、バレーボール大の炎が灯る。全盛期の1割程度の神気を、持ち前の魔力で補った炎だ。
――――ギュウウウウッ……!!
なのはは、その炎を掌で圧縮していく。バレーボールがテニスボールへ。テニスボールがゴルフボールへ。ゴルフボールがビー玉へ。
「……」
その結晶を、指鉄砲の指先にセットした。
「…………里に、帰らなきゃ…………」
巫女の手が、集落のほうへ延ばされる。
「――――いつかは帰れるといいわねぇ」
――――――ポンッ。
……軽い音と共に発射された炎は、護摩焚きの炎に、人知れず直撃した。そして。
――――ズッゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!!!!
圧縮されていた威力の全てを、一瞬のうちに放出し尽くした。炎と爆風が巻き起こり、木造の家屋も、神殿も、何らかの魔術的意味があったであろう物体も、何もかもを巻き込んで破壊を拡大していく。
「お、おい、なのはッ!!?」
これは死ぬ。さすがに死ぬ。
「大丈夫よ」
が、なのはが言ったように……炎も爆風も、延焼させ、破壊しているのは物体のみ。間近で炎を浴びたはずの司祭や村民は、逃げ惑いこそするものの、火傷一つ負ってはいなかった。
「これも神通力のちょっとした応用ver.2よ」
魔力や神通力の宿った物体『のみ』を焼き尽くす、実に都合のいい炎だった。
「クックック……蜘蛛の子を散らすとはこのことね……! 実に爽快だわ!」
――この神、悪役ムーヴが似合いすぎている。
「うわぁあああああああ!!! 里が! 里がぁああああああ!!」
半覚醒状態だった巫女が、完全に目を覚ました。
「わたしの里が! 天瞳の里がぁああああああ! あ、!」
そして突然、頭を押さえて蹲る。
「さ、さとを、守る……!! わたしが……みこが……ぁあああああ!! うわぁあああああ!! さとが! まもらなきゃ! もえている!! さとがもえている!! あははははは!! あははははは! もえている! もえているよぉ!! うわぁああああああああ! あーっはっはっは!!」
洗脳を、強烈な精神的ショックで上書き抹消する。なのは曰く、『逆洗脳』という技だ。凶鳥部隊で身に着けた、まず日常生活では役に立たないスキルだった。
「げぼっ……ぐぇっ……! アハ、アハハハハ!」
大泣きし、大笑いし、感情制御と精神の均衡を失った巫女に対し。
「これで終いよ。――――大家さん直伝」
両手を平手に、両腕を大きく横に開く。
「――――忘心波衝撃!!」
――――ずぱぁああああああんっ!!!
両耳から脳へ。記憶を司る海馬へ。調整された衝撃が突き抜ける。
「かはっ…………」
………………巫女は、白目をむいて失神した。
――え、ナニ今の。
ドン引きするハリーを意にも介さず。
「ミサキちゃん。この子をお願いね」
「え、え……? うん……?」
「私たちは――最後の仕上げに取り掛かるから」
なのは、エルス、ハリーは……眼下で燃え盛る里から逃げまどう人々を、一人残らずロックオンする。
「――――『理不尽』という言葉の意味を、魂に刻み込んであげるわ」
――――――。
――――。
――。
「大宮さん! 中野さん!!」
べぎぐしゃ、と燃えカスと化した扉を蹴り破ると。
「「なのはちゃーん!!」」
半べそをかいた二人が、後ろ手に縛られた状態で無事でいた。
「無事でよかった……!!」
紐を切ってやると、二人は危機から脱した安心からなのはに抱き着いた。
「ごめんね! ごめんねぇ!!」
「もう……どうして二人が謝るのよ」
「……なんかわかんないけど、ごめんねぇ!」
嫉妬心に付けこまれたことを言っているのかもしれないが、どう考えたって敵が悪い。
怪我の有無を確認し、無事であることを確認したなのはは……焦土と化した広間へ出る。
「た、たすけて……」
「お慈悲を、お慈悲を……」
そこでは、老若男女を問わず、大宮と中野がされていたように、後ろ手にエルスの鎖でギチギチに縛り上げられていた。特に、組織中枢に近そう……と独断と偏見で判断された者は、腕や足をへし折られた上で縛られているのだ。さぞかし痛かろう。
「お姉さま……どうやら首魁は、この中には居ないようで……」
人に言えない方法で集めた情報から発覚した。
「親玉が本拠地に居るっていうのは先入観よ」
「はい、お姉さま。この者たちの処遇は如何にしましょう? みんな仲良く、お手手を繋いであそこの崖からあの世にぴょんぴょんさせますの? うふふ」
ウキウキと楽しそうに笑うエルスに、村人たちが、ひぃいいいっ! と悲鳴を上げた。
「やめなさい。……あぁ、やっと電波通じた」
なのはの行動は、思っていたよりも普通だった。
「もしもし。山登り中に山火事に遭遇しました。交通手段がなく、逃げ遅れている人たちが大勢います。場所は……」
携帯電話の位置情報から、緯度経度標高を伝える。これで、一昼夜もすれば煙を目印に消防と警察が来るだろう。
「さて」
ぐるりと班のメンバーを見渡す。
「寄り道はしちゃったけど、遠足の続きよ!」
晴れ晴れとした笑顔で言う。きょとん、としていた班員たちも、やがて釣られて、笑顔になった。
「あ、先生! 大宮です! 班員全員で一緒に居ます! クラスのみんなは……あ、もうわたしたち以外は全員到着。……え、わたしたちを、待ってる……?」
まずは、大宮が担任教師に連絡を入れる。その後、携帯電話やアナログ地図などを照らし合わせ、現在の位置と、本来の目的地である山頂の位置情報を算出する。
「確か、山頂までの目標到達時刻は18:00。今が17:20だから……クルマでもあれば間に合うんだけど……」
「この集落に、車……? うぅーん……ちょっと」
無茶なことを言っている自覚があった。
――――こっち。
……と、儚い少女の声が届く。
「……?」
振り返ると、集落の外れ……隔離されたような空間に、何人かの少女たちが立っていた。年恰好はバラバラで、血縁を感じるような面立ちでもない。
そして何より……丘の上から集落を俯瞰していたが、このような少女たちの姿は無かったはずだ。
――――こっちだよ。
水色の和服を着た少女が発するのは、敵意を感じる声ではない。
「……行くぞ」
何かを察したハリーが、少女が指し示した方向へ歩く。
「え、班長。あの子たちは……」
「いいんだ。行くぞ」
――――いそいでね。
向かった先は……焼け落ちた建屋。残骸をどかしていくと。
「……まぁ、今時、下界に馬で下りるわけには行かねぇよな」
――トヨタ・ランドクルーザー70。
文明の利器は、神の炎による焼却を免れていた。外見に反して意外と手狭な車内に乗り込む一同。
「鍵は……挿しっぱなしって、農家の軽トラじゃあるまいし……まぁ助かるけど」
セル一発で始動する。
――――ありがとう
――――その子をおねがいね
――――
「ミカヤ……この子の名前ね。わかったわ。任せなさい。何も心配はいらないわ」
少女たちは……どこか寂しそうに、笑った。
――――げんきでね
――――……ばいばい。
「……えぇ。でも、ばいばいじゃないわ。必ず、また来るからね。お菓子をたくさん持って来るからね」
なのはは神妙な面持ちで、ギアを入れて車を発進させた。