魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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vivid編 17話『 人罰執行 』

 

 

――――――私がそんな善人に見える?

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「オラァ飛ばせなのはぁ!! もっと飛ばせェ!」「あっはっは! お姉さまはサイッコーですわぁ! あ、そこは右ですの。R45ですわ」「いやぁあ揺れるゥー!!」「手加減してぇー!!」「なのはちゃん、もっとゆっくりー!!」

 ……マジの未舗装路をランクルが爆走する。ガッコンガッコンと上下しながらも走行するが、当然、車内はミキサーの様相を呈していた。

「なんでもいいから身体を固定しなさい! 何としても間に合わせるわよーー!!」

 ……そうだった。なのはは、一つの目標を『こう』と決めたら、その他が結構おざなりになる悪癖があった。

「うわぁああん! なのはちゃんのバカー!!」

 大宮がたまらず泣き出した。今日1日であまりにもいろいろ有りすぎた。

「なんで、なんでぇーー!!! なんで小山さんだけ『ミサキちゃん』って名前呼びで、わたしのことは『大宮さん』なのよぉー!!」

 ぜんっぜん関係無ぇ。

「年上だから!? あと半年でハタチになっちゃうからなのぉーー!? なのはちゃんは年下が好みなんだぁーうわぁーん!!」

 支離滅裂というか、若干風評被害が入っている。

「ちょっと!? 人聞きの悪いこと言わないでよ!!」

 ガコン、とギアを上げ、さらに加速する。ぎゃあ、と悲鳴も上がった。

「じゃあ呼んで! ロリコンじゃないなら! あたしと中野さんのことも、下の名前で呼んで! さぁ!」

「おぉ呼んでやろうじゃないの! えっと…………。」

 ……言葉に詰まった。まさか。まさか。

 

「ごめん、下の名前なんだっけ?」

 

――がすっ。ぼかっ。

 

「いったぁ!?」

 大宮と中野がなのはの頭を後部座席から器用にシバいた。

「こ、こ、この薄情者めがぁー!!」

「わぁ、ごめん! ごめんって! ……で、名前なんだっけ?」

 下りカーブ。ギアを2つ下げる。

「ぐわぁーー!!」

 エンブレで座席から投げ出されそうになる。

(あっ……殴られた衝撃で思い出した)

 ……テキトーな構造の頭だった。

 

「ハルカちゃんと、リリコちゃんだ!」

 ……拳を振りかぶったまま、二人が寸前で停止する。

「それじゃ、改めて……

 

――――絶対間に合わすから、飛ばすね!」

 

 

――ゴガァアアアアアアアアッ!!!

 

 エルスのナビに従い、良くて獣道、悪くて山肌をガッコンガッコン乗り越え……

「おっしゃあ! 登山道だ!!」

 目的の山の登山道に、とうとう合流した。そして。

 

「「「「「「着いたぁー!!!」」」」」」

 

 ゴガガガガガッ……と、車体を横滑りさせながら、山頂に乗り付けた。クラスメイト達の見知った顔が驚愕に染まる。。

「く、車!?」「え、誰!? ……えっ、大宮さん!?」

 ドアを開け、意気揚々と降り立つ。

 

「どう!? どう!? さっすが私! ギリ間に合ったわよ!」

「えぇ! お姉さまは最高ですわ!」

「がっはっは! 楽しいドライブだったぜ!」

「オエー」「オエー」「オエー」

 ……一般人’sはそろってゲロを吐いていた。

車内の時計は、17:59。……まぁ今更だが。

「刻限過ぎたからといって、何も起きなかったのでは?」

「「「………………もっと早く教えて」」」

 ……エルスの尤もな指摘に、一般人’sはガックリと膝をついた。

 

「吾妻さん」

「はいっ、先生!」

 間に合わせた私、めちゃ褒められるんじゃね? とか調子こいていた。

 

「――なんですか、この車は」

 

 言い訳のしようも無い。

「………………先生、」「羅生門は無しですよ」「違うんです。違うんです。これは止まれぬ事情というものがあり、緊急避難であり、決して犯罪行為ではないんですぅ……」

 ……尻すぼみになる言い訳オンパレード。

「………………ま、いいでしょう」(((((いいの!?)))))

 担任はこの日、非常識の前に屈した。

「……とりあえず、車は登山道の脇へ。整備車両が通る車道があります」

「はいっ!」

 

――――ガコンガコン、ぶぉおん。

 

 なのはは、クラスメイト全員が見ていることをすっかり忘れ、男らしく車を操作した。

「……カッコイイ」

 ぼそりと、クラスの誰かが呟き……また誰かが同意した。

 

「では、皆さん」

 担任の号令に、クラス全員が集合する。

「今日は……………………………………大変な1日でしたね」

( ( ( ( ( お疲れ様です ) ) ) ) )

「………………先生は、あとで報告書を書かなければなりません。主に吾妻さんとか、吾妻さんとか、吾妻さんとか……………………」

「す、スミマセン……」

 しょぼーんと小さくなるなのは。

「ですが」

 ぐっとなのはを引き寄せ、皆の方へ向かわせる。

「え、え……? これはあの日の帰りの会、別名『高町なのは弾劾裁判』の再現なのでは……?」

 トラウマを掘り起こされるなのはだったが、心配は杞憂に終わった。

「吾妻なのはさんの活躍により、いま、こうして全員で登頂を成功させることができました。手段はともかく…………………………結果は最良です」

 クラスメイトたちがなのはを見る目は、これまでの恐怖の破壊神を見るものではなくなっていた。クラスメイトのために、友達のために、わが身(と法)を顧みず、あの手この手を尽くしたのだ。それは意図せずとも、なのはの印象を反転させていた。

 

――――ぱちぱち

 

――――ぱちぱち

 

 断続的な拍手は、次第にクラスメイトに広がっていき……いつしか、全員へ。

「え、エヴァ最終回じゃあるまいし……!」

 顔を赤くして、ぷいっとそっぽを向いてしまう。

「あ、照れた」「かーわいい」

 ……遠慮も無くなってきた。

 

「では、記念撮影を行います!」

「わー! 集まろ集まろ!!」「なのはちゃん、真ん中に来てよ!」「やだやだやだ。魂抜かれる……!」

 

 ぱしゃり。

 

「写真は後日、印刷して配布します。クラス新聞にも載りますので、お楽しみに」

 そうして、祝福に満ちたムードの中、遠足は大団円を迎えたのだった。

 

 

 

――――――大団円だと思っていたのか?

 

 

 

――――ピーポーピーポー

 

 登山道に続々と到着するパトカー。

「警部! 登山客から通報のあったSUVです!」「車両乗り入れ禁止区域を爆走していたヤツですよ!」「山火事にも関係があるのでは!?」

 

「あわ、あわわわわ……! おまわりさんだ……!」

「やっべぇですわ……! あ、I can’t speak Japanese !」「Me too !」「卑怯だぞ英語ネイティブども!」

 醜く責任回避を試みる。

 

「警部! 後部座席に縛られた子供が!!」

「何ィ!?」

 ロリコン案件に警部が動き出す……!

 

「どこのどいつだ!!」

 ここのコイツですわ。山肌をダイブして直滑降で逃げ出そうとするなのは。

「駐車場まで下りてバイクに乗れば脱出成功よ!」

 計算高い。

 

 一触即発というか、あまりの事態に担任教師が昇天しかけていると。

 

「――遅くなり、申し訳ありません」

 

 最後にやってきた黒塗りのセダンから、二人の男女が降り立った。

「初めまして。わたくし、特別超常現象対策課所属の。

 

――――フェイト・テスタロッサと申します」

 

 抜群のプロポーションをパリっとした黒スーツで包んだ、輝くブロンドヘアの女性……完全お仕事モードのフェイトが、シグナムを伴って現場に到着した。

「特別超常現象対策課……? あの事変後に新設された部署の……?」

「はい。今回の一連の事件は、わたくしどもの職域と判断されました。もちろん、県警の方々にご無理のない範囲で、協力という形を取らせていただきます」

 

(…………アレ誰)

 お前の妹分じゃい。フェイトはてきぱきと、相手を無下にせず、それでいてしっかりと意思を通す交渉により、この場を取り仕切る権利を自然と得ていた。

 

 そして、楚々とした見慣れぬ所作でなのはの元へやってくる。どす、と見えない位置で軽い肘うちをして、コソコソと話す。

「……カンベンしてよ、もう! 秀人に『なのはがバイク乗ってった』って聞いて、ちょー特急でたぶん必要っぽい手続きしてきたんだからね!」

「フェイト、ありがとーーーーー!! もうすっごく褒めてあげる! いい子いい子―!」

「わぁい! ……って、いかん、バレる! ボクの完璧な擬態がバレる!」

 擬態とか言いきりおった。

 

「テスタロッサ警視正。お話の方は……」

「えぇ、いま済みました」

 シュバッ、と擬態をかぶりなおす。

 

「彼女たちは、山火事の現場から、犯罪組織からその女児を救出するため、あのような行動を取ったようです」

 あながち嘘は言っていないあたりプロである。

「そう……なのでしょうか?」

「当然、無免許運転、危険走行……その他もろもろ有るでしょう。その件につきましては、我々の方で処理をさせていただきます」

「ですが……」

 よそ者にでかい顔をされたくない。そう考えるのは当然のこと。なので。

「犯罪組織の犯人集団の確保につきましては、県警の方の協力が無ければあそこまでスムーズに行うことはできませんでした。わたくしどもは、あくまで情報提供をしたのみでしたので……」

 犯人確保の手柄を譲渡する、という意味合いを、決して明言せず暗に伝える。

「……そういうことでしたら」

 海千山千と思しき警部は、ニヤリと笑った。世の中はギブアンドテイクである。

 

「被害児童につきましては、間もなく到着する救急車で病院へ搬送。治療ののち、事情聴取を行いたいと思います。ですが、なにぶん事件が事件ですので……」

「えぇ、えぇ。被害児童の救済こそ、事件最大の課題ですから。協力してコトにあたっていきましょう。なぁに、子供相手にいかつい男が尋問、などということは起きますまい」

「まぁ、では女性捜査官が事情聴取を行わないといけませんね」

「えぇ。しかしなにぶん、当方は山育ちの荒くれ男所帯でして……」

 ちらりと、フェイト(女性捜査官)に視線を向ける。

「……では、そういうことで」

「……えぇ、よろしくお願いしますよ。総監によろしくお伝えください」

「……えぇ、そのように」

 ここまで、どちらも、YesともNoとも、何も明言していないところがミソである。暗黙の了解と忖度により、何事もなかったかのように事態が終息へ向かっていく。

 

「シグナム警視。証拠物品……こちらの車両についてですが」

「持ち帰っていただいて結構。犯人の指紋、被害者のDNA、走行履歴……これらは県警の所轄ですので」

 面倒ごとが、あれよあれよと片付いていく。そう。暴力だけが、事態を治める手段ではないのだ。

 

(――――これが、権力……!!)

 

 カルチャーショックを受けるなのはだった。

 

 どういうカラクリがあるのか、なのはたちは、普通に帰りのバスに乗っていた。

「私のバイク……ブラックバードが……」

 しょぼん、としている。さすがにバイクで颯爽と帰るわけにはいかなかったので、売店で預かる形で、後日、回収へ向かうことになった。

「なのはちゃん!」

「うわぁ!」

 と、いきなり、見知らぬ誰か……クラスメイトの一人に声を掛けられ、なのはが気付く。

「あの人!」「さっきのカッコイイひと!」「あのイケメン!」

 シグナムのことか。

 

「 「 「 「 「 知り合いなら、紹介して!! 」 」 」 」 」 」

 

 ……恐るべき恋愛脳である。まぁ、ぱっと見の要素だけを抜き出してみると……警察エリート相当の社会的地位と収入がある高身長イケメン。モテる要素しか無い。だが、紹介しようにも、中身はアレである。それに機密情報が服を着て歩いているような身の上。どうしようもない。だから、なのはは……一発で場を鎮める言葉を放った。

 

「あいつゲイだよ」

 

 ………………夫を一時的にとはいえ酷い目に遭わせ、愛する妹分に恥をかかせた制裁だ。

「しかもウチの夫に首ったけで、この間なんか不意にいきり立って襲い掛かったんだから」

 

――嘘は言ってない。

 

――真実も言っていない。

 

 さっそく、さきほどのフェイトの対応から学んだことを実践するのだった。

「そんな……!」「神は、いないのか…………」

 破壊神なら居る。

 

 やや落ち着き……疲れからか、起きている者が少ない車内で。

「なぁ、なのは」

 ハリーが、なのはの臨席までやってきた。

「……どうして、あの程度で済ませてやったんだ?」

 あいつら、とは、あの組織の構成員たちのことである。特に四肢が無くなるでも、命を落とすでも無い。それどころか、構成員の一人であろう、駐車場から消えていたクレープ屋の主人を追うでもなく、ただ、司法の手に委ねただけのような結果に、ハリーは不思議そうにしていた。なのはの行動の傾向から、モザイク必須レベルのジェノサイドが発生することを予想していたハリーは、肩透かしを食らった気分だった。

「犯人の更生にでも期待しちゃったか?」

 冗談めかして聞く。

 

「――――私がそんな善人に見える?」

 

 なのはは、酷薄に笑った。

「まぁ、優しいといえば、優しいのかな? わたし、どんな犯罪者でも、敵対者でも、殺したことは一度も無いんだから。凶鳥部隊の中でも、殺害数ゼロで最後まで通したのなんて、私くらいなものだったし。新入りだったアルナージ、サイファー、ドゥビルも、早々にコロシをやったのに、ね。

でも、別に殺せなかったわけでも、殺したくなかったわけでもないよ? そういう機会は何度もあった。部下がやる分には止めなかったこともある。……弟分が感情に駆られて殺そうとしたときは、止めたけどね」

 相手が、永い時を生きるハリーだからこそ、ぶっちゃける話だ。

 

 

「――殺すっていうのはね。――――――。――――、――。――っていうことだから」

 

 

 ハリーは、なのはの秘された思想に、ただ頷いた。

「それに…………」

 窓の外を見る。

「私が手を下すまでも無いわよ」

 あの集落の向かいの丘に、懐かしい気配を感じたのだ。向こうは鉢合わせを恐れたのか、すぐに引っ込んでしまったが……来ているのだろう。この場に。おそらく、あの集落が標的で。

 

「――――カレンって、信仰ってやつが大嫌いなのよね」

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「――おい、なぜ応答しない! おいっ!」

 バンダナを巻いたクレープ屋の店主は、閉じた車内で、焦った様子で携帯電話に向かって叫んでいた。

「くそっ……!!」

 屋台トラックを発進させる。

 

「――まぁいい。このわたしが生きてさえいれば、組織はまた作れる……!」

 

 ……暗殺組織・天瞳宗の総帥は、この男。

 奇しくも、なのはが言ったことは的中していた。

「全く……! 再編にどれだけのカネが要るのかと……!」

 屋台道具の下には、隠し財産の紙幣が複数のトランクいっぱいに詰め込まれている。逃走をするどころか、組織の再編すらやってのけるだろう。ちょうど、県を2つ跨いだ山に、いざというときのための隠れ家を用意してある。構成員の一部も移転済み。また、同様の手段で、組織を作り上げる未来を描いていた。

 

――――しかし『逃げられない』という未来は予想できていなかった。

 

「……へ?」

 進行方向。車道のど真ん中に、女が立っていた。

「はぁい、タクシー」

 黒い髪に黒い装束。色の抜け落ちたような白い肌。真紅の唇だけが、下弦の月を浮かべている。

 

「な、なんだっ! どけっ!」

 クラクションを鳴らすも、退く気配さえ無い。

「……!」

 構うものか。轢いてしまえ。県警の内部にも協力者はいる。賄賂をタップリと渡し、飼い慣らしてある。証拠など、いくらでも捏造できる。

スピードを上げるトラック。女は、黒塗りの大型拳銃を構え……

 

――――ドンッ!!

 

 1発で右フロントタイヤがバーストした。

「ぐぉおおおおおおーーー!!!!」

 車体は横転、火花を散らしながら横滑りし……女のスレスレで、止まった。ほうほうの体で車から脱出した男の前に、凶鳥のボスが悠然と立つ。

「どこへ行こうっていうのかな?」

 子供に言い聞かせるような、他人をナメ腐った口調。

 

――カレン・フッケバイン。

 

「どこの者だ!? このわたしを、天瞳宗総帥と知ってのぶ え ぁ ?」

 

――横一閃。

 

 男の口は頬を切り裂かれ、ダランと垂れ下がっていた。

「知らないなぁ。知っているのは、あなたが子供を誘拐して、自爆テロまがいの行いを強要していた組織のトップってことだけ」

 蹲った男の右手に、呪符が握られている。しかし。

 

――ドンッ!!

 

 ……右手がトマトのように砕け散る。硝煙を上げる銃口。

「別に、私は正義の味方じゃあ、ない」

 左手も。

「単に、仕事だから。おまえたちが秘匿していたご神体が、スポンサーの興味を引いてね。ついでにおまえたちを潰してくれ、って頼まれたから。でも……あーあ。ご神体、燃えちゃったねぇ。仕方ないから、もう一つのお仕事……お前たちを潰すっていう仕事だけでも執行しなきゃなー、っていうだけだよ」

 いかなる呪法か。切り裂かれた口が、縫い合わされる。言葉を、吐く。

「わたしを殺すのか……!? カネ! カネなら出す! 依頼主の倍額を出そう! いや、それならお前たちを買い取ろう! 新たな組織で幹部待遇を約束するから! な、なぁ!」

 カレンは白けた顔で、無様な男を見下していた。

「殺さないよ。潰せ、とは言われたけどね」

「そ、そうか! では!」

 ひゅかん、と軽い音。男の腕が、中途から消え去る。

「おぉ、オォオオオオオオ………………!!」

 刀を血払いしたカレンが、誰にでもなく言う。

 

 

「――殺すっていうのは、殺した相手の人生を背負って生きていくってこと。背負う価値も無いやつなんて、殺す必要がない。

 

 

…………って、なのはが言ってたっけ。まぁ私はよく殺すけど」

 へらへら笑いながら、拳銃と刀をホルスターに収める。

「だから、あんたは殺さない。殺してあげない。でも、潰せっていう仕事はキッチリと達成するわ。……もっとも辛い残りの人生をプレゼントしてあげる。なのはが、そうしていたようにね」

 

 カレンが、両手を平手に。両腕を大きく横に広げる。そして。

「仮面の妖怪ジジィ直伝。

 

――――――ボーシンハショーゲキ」

 

――――ずぱぁああああああんっ!!!

 

 

――――――。

 

 

――――。

 

 

――。

 

 

 

 

「はっ!?」

 男は、コンビニの駐車場で目を覚ました。

「しまった、休憩しすぎたみたいだ……」

 車内の時計を見れば、既に深夜を回っていた。

「いかん、いかん……明日から週末だ。早く帰って、仕込みをしておかなければ」

 そう……自分は、屋台でのクレープ販売を生業とする人間なのだから。

「ん……? なんだ、いやに騒がしいな」

 見れば、駐車場は自身のトラック以外の車両は無く……目の前の道路一杯に、パトカーが並んでいた。

「何か事件か? 参ったなぁ、早く帰らなきゃいけないのに………………あれ? ……どこに帰るんだっけ? ………………あれ? わたしは…………なんで、こんなところに?」

 考え事をしていると。

 

――――バンッ!!

 

 トラックのドアが唐突に開け放たれた。

「うわぁッ! な、なんだ、君たちは!?」

 物々しい装備に身を固めた屈強な男たちが、自身の腕を掴み、車外に引きずり出し……地面に組み伏せる。

「なんだというんだ! このような仕打ち、受ける筋合いはないぞ!」

「どの口が言う!!」「このテロリストがッ!」

 

――がつん。

 

 何かで頭を痛打され、意識を失った。

 

 

 煙臭い取調室。

 

――――――ほう、それじゃアンタ、身に覚えがないっていうんだな?

 

「あぁ、そうだ! 何かの間違いだ! わたしが……そんな、児童誘拐など!!」

 

――――ほうほう。それじゃあ、アイツの証言が間違いだって言うんだな? ヨソのガイジン警視に現場で取り押さえられた鑑識。アイツ、他ならぬあんたからカネを貰ったって言ってるぜ?

 

「だから! それが間違いだと……!」

 

 頬に衝撃。目が白黒する。

 

――――ナメ腐ってんじゃねぇぞ!! いいか、もう証拠も何もかもがアガッてんだ! テメェがやったこと、全部だ! 言っておくが、オレはてめぇを許さねぇぞ!! 子供を利用した犯罪が、オレは大っ嫌いなんだ! テメェはその極めつけだよ!! クサレ外道が!!

 

「そんな……違う……! わたしじゃない……わたしじゃないんだ……!!」

 

 

 かび臭い拘置所。映るテレビニュース。

 

――――今回逮捕された男は、児童誘拐のほか、麻薬の密造・密売にも関与しているとか。

 

――――大規模犯罪組織のトップと目されていますね。

 

――――しかし、取り調べでは一貫して否認をしていると。

 

――――えぇ。そして、『なぜ自分がここに居るのか分からない』と記憶喪失を装っています。まぁ、精神鑑定もそこまで抜けてはいません。責任能力は認められるでしょう。

 

――――誘拐された子供たちの遺品が発見されており、遺体からは、被告のDNAが検出されたということです。

 

――――卑劣極まりない、残虐この上ない犯行です。

 

「違うんだ……! 本当に、何も覚えていないんだ……!!」

 

 

 

 輸送車の中。人垣に囲われる。

 

――――人殺し!! 

 

――――罪を認めろ!!

 

「違う……! 信じてくれ……! わたしはやっていない……!!」

 

 

 裁判所。一審。二審。

 

――――えー、今回、アナタを担当する国選弁護人です。……まぁ、頑張りましょう。

 

――――被告には明確な責任能力が存在します。

 

――――記憶喪失に関しては、法務医より詐病の疑いが高い、とのことです。

 

――――弁護人。

 

――――……ありません。

 

――――被告人。

 

「わたしはやっていないっ!! 本当なんだっ!!」

 

――――ねぇ、もう全部白状しちゃいましょうよ。ぼくだって、こんな負け戦みたいな裁判、本当は関わりたくないんですよ。

 

――――弁護人。

 

――――ありません。

 

――――被告〇〇。あなたは私利私欲のため、幼い命を犠牲に財を成した。それは社会では決して許されない行いであり、残虐非道の極みにあり、同情も情状を酌量する余地も無い。また心神喪失状態には無く、責任能力を有するという原告の主張を全面に認め……

 

「うそだ……!! そんな、うそだ! 〇〇って誰だ! わたしは……わたしの名前なのか!? 違うだろう!! そんなのわたしの名前ではない!!」

 

 

――――被告人を死刑に処する。

 

 

「うそだぁああああああああーーーーーーー!! なぁ嘘だろ!! 嘘って言えよ! 嘘って言ってくれよぉおおおおおおおおお!!!」

 

――お昼のニュースです。今から1年前、児童誘拐殺人の罪で死刑が宣告された〇〇死刑囚に対し、死刑を執行したと法務大臣から発表がありました。

 

――――続いては、若者に人気のB級グルメ特集! いざ行かん若者の街へ!

 

 

 

 

 

「ま、こんなもんね。ロカ、ごくろうさま」

「あいさー、姉御!」

 トラックごと部下に運搬させ、あとは野となれ山となれ、だ。

「サイファーはもう、別アジトの構成員たちをサクっと殺った頃だし……じゃ、ヴェイロンたちを回収して帰ろっかね」

 通信端末を操作する。

 

「あーあー。ヴェイロン? 聞こえる?」

『カレン。俺だ』

「ありゃ、トーマか。ヴェイロンはどしたの?」

『んー…………ちょっと前に調査対象の集落に到着したんだけど、ヴェイロンが向かいの丘を見るや否や『悪魔だ! 悪魔がいる! 逃げろ! 全員殺されるぞ!』って大騒ぎし始めて……すこし退いて待ってたら、集落が壊滅してたんだ』

「カート坊とグレンデルたちは?」

『悪魔……とやらの気に中てられて、全員ブっ倒れた』

「…………あちゃー」

 ……顔を手で覆い、天を仰ぐ。ご神体が燃えたとは聞いていたが、集落ごと燃えたとは聞いていなかった。

 グレンデル一味も、まさかこんな山奥で、また遭遇するとは夢にも思わなかっただろう。ここにいるロカは予見していて別行動を取ったのではないかと邪推してみるが、どうせはぐらかすことだろう。

「はいはい、そんじゃあサイファー向かわせるから。担いで帰っておいで」

『わかったよ、カレン。あ、そうそう。村人たち、縛られて放置されてるけど、どうする?』

 

 

 

「あぁ、殺しておいて」

 

 

 

 通信を切り、帰還を目指す。ふと立ち寄った場所で……見知ったどころではないモノを、見つけた。

「あは」

 漆黒の車体。無くしたと思っていたモノ。ブラックバード。事務所をロカに開けさせ、鍵を入手する。

 

「なのは。やっぱり私たちは、運命の赤い糸で繋がってるみたいだね」

 

 ノーヘルで風を切りながら、カレンは愉快そうに笑った。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

――――山火事の焼け跡。

 

 その実は、犯罪教団・天瞳宗の総本山……だった場所だ。

「ご無理を通していただいて、ありがとうございます」

「いえ……事情が事情ですから」

 フェイトと現場の警察官の責任者が話す。

 なのはは、フェイトに無理を言って、家宅捜索が始まる前に、少しだけ時間を作ってもらっていた。

 

 というのも、縛って放置していた構成員の、幹部級と目される者たちが、血痕と肉片だけを残し、行方不明になってしまったのだ。

 はじめは手の肉を削ぎ落して逃げたのかと思われたが、血痕が移動した痕跡がなく、また、村人たちの証言……にもならないような言動が、それを否定していた。

 

――『肉に! みんな、肉に変わっちまったんだぁ! 鶏を潰すみたいに! 自分から!! ぶちゅんって、折りたたまれちまったんだぁ!!』

 

 ……参考にもならず、また、一部から薬物反応が検出されたため、集団ヒステリーの一種として処理されていた。

 

 不明者捜索の仕事まで発生してしまい、家宅捜索と現場検証に、わずかな隙間時間が発生したことで、来ることができた。

神妙な面持ちで、なのはは、エルスと、ハリーと、その援助者である国家公安に属する陰陽師集団だけを連れて現場に足を運んでいた。

 なのはの手には、いっぱいになったトランクケースが2つ。ハリーとエルスは、両手に持ちきれないほどの花束。

 

 集落の外れ、やや開けている空間。

 そこは、ある程度は除草されている、10メートル四方ほどの場所だ。

「…………」

 なのはは荷物を下ろし、わずかに盛り上がった土の山を、素手で丁寧に除いていく。シャベルなりスコップなり、道具はあるが……なのはは、素手で行っていた。湿った土に手や衣服は汚れ、小石に当たり傷を作る。しかし、誰も止めなかった。みな、神妙な面持ちで見守る。

 やがて……土や石ではない感触に、指先が振れる。

「――。」

 指先で、その表面を撫でる。見えたのは……陶器にも似た質感の、白い曲面。

 ……小さな、頭蓋骨。そして、微生物に分解され土に還りかけた、水色の端切れ。

 

「――遅くなって、ごめんね。助けに来たよ」

 

 その隣で、ハリーが、エルスが、同様に、小さな亡骸を『救出』した。

 歴代の、『巫女』の失敗作とされてきた者たち。その数、6体。

 

 風呂敷の上に、一人分ずつ、丁寧に全身ぶんの骨が並べられていく。とはいえ、子供の骨だ。中には、頭蓋以外はほとんど分解され、土になってしまった部位もある。

「…………ごめんね。もっと早く、来ていれば良かった。そうしたら……そうしたら、あなた達の誰か一人でも、助けられたかもしれないのにね。ごめんね。ごめんね」

 なのはは、涙をぽろぽろと流しながら、被害者の残滓を集める。

 

「………………」

 現場指揮官の警部は、やりきれないという表情で、煙草を口にくわえた。誰かとでも話したい気分なのだろう。隣に居たフェイトに、独り言のように言う。

「……いや、ね。たしかにオレぁ警察官で、公務員ですわ。遺体は遺体として、証拠として、回収して鑑識に回して、身元を確かめなきゃあならねぇんですよ。見つかったのなら、あの民間人を現場から退去させて、オレらでそうするべきなんですよ。仕事ですから。それで市民みなみな様の税金から、ありがたくも給料を貰っているわけで。けどね…………あぁ、言っていませんでしたね。オレには別れた女房との間に、娘が一人、いるんですわ。月イチくらいでしか会っていませんがね……それでも、可愛いモンなんですわ。もし……もし、ですよ。あそこに、オレの娘が居たとしたら……オレは、とても…………」

 警部は、目元に浮いた涙を指で拭く。

「……でも、……もし、ああして、優しい誰かに、心から弔ってさえもらえたら…………

 

――――魂だけでも、救ってあげられるんじゃねぇかと、思うんですわ」

 

 ま、手前勝手な話ですがね……と、煙を吐く。

「……いえ。その通りだと思います」

 こういった現場は、初めてのことではない。むしろ、遺体が見つかるだけ、曲がりなりにも埋葬されているだけ、まだまだ人間味のある末路だとさえ思える。しかし、それでも……

「祈りましょう。被害者たちの冥福を」

「……えぇ」

 やがて、すべての犠牲者の救出が終わり……裏で作業をしていた公安職員たちは、白木の祭壇を組み上げていた。その上に、約束通り、沢山の菓子と、花束が供えられる。

 当然、死者は菓子を味わいはしない。花の美しさも分からない。けれど、祈らずにはいられない。憐れまずにはいられない。それが、人間というものだ。

 

 やがて、祝詞が唱えられる。装束に着替えた巫女が神楽を舞いはじめる。いま、犠牲者を鎮魂する儀式が始まった。

「……なのは」

 フェイトは、なのはに告げる。

「あの子の身元照会が完了したよ。名前が判明していたのが幸いだった。近県の新興住宅街に住んでいた、若い夫婦の間に居た『ミカヤ』って名前の一人娘が、ある夜、突然姿を消した……って、地元警察に通報と、捜索願が出されていた」

「いま、その夫婦は?」

「………………捜索願を出した一か月後に、交通事故で揃って亡くなっている。これは仕組まれたものではなく、本当に不幸な事故だったらしい」

「親族は」

「ミカヤの祖父母にあたる人物は、ミカヤが生まれたときには既に死別している。ほかに、当たれそうな血縁は無かった」

 本当に、やりきれない事件だ。誰も救われていない。

 

「私が育てる」

 

 否。一人、生きている。ただ一人、助けることのできた命がある。

「彼女には力が必要だ。そして、彼女には剣の才がある。二度と理不尽に負けないように、私が彼女を一人前に育て上げる」

 フェイトは何も言わず、じっとなのはの真意を伺う。一時の感情での物言いでは無いのか。哀れみから犬猫でも拾うような軽い感覚ではないのか。客観的に見極めようとしている。フェイトがそれを認めなければ、ミカヤは順当に、児童養護施設へ入所し、信頼のある里親のもとへ送られることになるだろう。

「名前さえ奪われたあの子に、『ミカヤをお願いね』って、私が言われたの。ハリーでもエルスでもハルカちゃんでもリリコちゃんでもミサキちゃんでもない。ほかでもない、私が言われたの。私はそれに『わかった』って答えたの。約束したのよ。あのとき、あの子たちの死を背負うって、そう決めたのよ」

 決意は固いようだ。

「ん」

 そうしてフェイトは、一枚の紙を差し出す。文面から察するに、里子の引き取り申請に必要な用紙のようだ。ところどころに、フェイトの記名と捺印がされている。

「ボクの権限で、進められるところまでは進めた。あとは、なのはの頑張り次第だよ」

 はじめから、フェイトがなのはを疑うことなど無いのだ。

「ミカヤの退院に合わせて、正式に手続きを進める」

「……ありがとう、フェイト。大好きだよ」

「ボクもさ」

 

――鎮魂の儀は、しめやかに執り行われた。

 

――哀れな魂たちが、せめて、天での安寧を得られますように。

 

――輪廻をするのならば、次は、穏やかな生を享受することができますように。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

――ぱちり、と、スイッチを押したように、意識が覚醒した。

 

「……」

 

 見上げるのは、清潔そうな白い天井。視線を下ろすと、自身が見慣れぬ衣類を身に着けていることと、見慣れぬ寝台に寝かされていること。感覚で七日ほどは経過したのだろうが、慣れることは無かった。

ただ、今回の覚醒で唯一違ったのは、見慣れぬ誰かがこちらを見ていることだった。

「あの……わたしが誰なのか、知りませんか?」

 何も、思い出すことができなかった。ただ、空っぽだった。空っぽが不安で、目の前の誰かに尋ねずにはいられなかった。

「あなたの名前は、彌茅(みかや)。あなたの両親がつけてくれた、大事な名前よ」

「みかや」

 かみしめる様に、言葉にする。それは、自身の空白の、あるべきところにしっくりと収まった。

「あなたは、わたしのお母さんですか?」

「…………………………違うわ」

 栗色の毛の、優しそうな女性は首を横に振る。

 

「私は、あなたの師匠(せんせい)よ」

 

 聞きなれない言葉だった。けれど、それは、嫌な言葉ではなかった。

「これからあなたは、私が育てます。あなたに、生きていくために必要なことを教えます。いいですね?」

 確認ではなく、決定する言葉だ。だが、それも……決して、冷たいものではなく。自分の空白を、じんわりと癒してくれるような……ともし火のような温かさだった。

 

 自分は……彌茅という人間は、きっといま、この世に生まれたのだ。

 

 この空白を埋めていくために。

 

 抜け落ちてしまった何かを、もう一度得るために。

 

「――はい、師匠(せんせい)

 

 彌茅は、産声のように泣くのではなく。

 

 目の前の優しい人と同じように……暖かく、笑った。

 

 

 

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