魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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vivid編 18話『 魔法少女リリカルなのはTHE MOVIE 1ST 』

 

――魔法少女、はじめました

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

……なのはが凹んでいる。

 

 あの遠足から帰ってきて以来だ。

 ことの顛末は、なのは本人、そしてフェイトから伝え聞いては、いた。そのあまりにもあまりな事件の概要、生存者の有無など、聞けば聞くほど滅入るばかり。慰霊の儀式に、俺も同行しようと思っていたのだが……なのはは、関わった人間だけで参加することを強く望んでいて、俺はその選択を尊重した。

 そして、慰霊から帰ってきたと思ったら……

 

師匠(せんせい)、じゅんびの方、ととのいました」

 

 …………なんか一人増えた。

 いま、なのはのお古のエプロンを身に着け、足置き台の上に姿勢よく直立する黒髪の綺麗な少女。

 

――名は高町彌茅(みかや)という。

 

『秀人さん。この子ウチで育てる』

『ちゃんと面倒見られるか?』

『がんばる』

『そうか、ならいい』

 

 ……という熱い交渉の末、少女……彌茅は、我が吾妻家へ身を寄せることとなっていた。とはいっても、同じ部屋に住んでいるわけではない。隣の部屋……かつて、はやてが根城にしていた部屋に、爺さんに無理を言って寝泊りをしている。

 

 隣とはいえ寝室は別、苗字も俺たちの『吾妻』ではなく、旧姓の『高町』。養子縁組ではなく、相続権の無い里子。

 

 他人行儀にも見えるが、これは冷遇しているのではなく、おそらく、なのはにしか理解できない論理と理屈でそうしているのだろう。

 

「包丁。持ち方は教えましたね?」

「はい師匠(せんせい)

 

 まぁいろいろあったのだろう。彌茅がなのはを見る目は澄んでいて、全幅の信頼を寄せていることが分かる。しかし、その反面なのははというと、どこか悔恨を浮かべているのだ。

「……しょーがないよ」

 ごろり、と、フェイトが俺の膝の上に転がってくる。結局フェイトとシグナムは、彌茅が救出された事件の事後処理のため、この家に留まっていた。近々、すべての処理を終えて、また新区へ戻るのだそうだ。

「なのは、あの子のことを助ける、人生を背負うって、決めちゃったみたいだからねー。……だからって、あの子の過去まで背負わなくても良いのにさ」

 ……なのはの人間関係の形成は、非常に独特だ。付き合いの長さは全く考慮されず、ある種の直感で構築されている。その中でも、あの彌茅は特別な部類だと思う。

 なのはが、他人行儀なまま、他人行儀を貫くままに、誰かを近くに置いておくことなど、今までは無かったことなのだから。

 

「では順番に切りなさい」

「はい師匠(せんせい)

 

なのはは、彌茅へ家事を教えているようだった。親子というよりは……そう呼ばせているように、師匠と弟子、といった関係に落ち着いているようだ。

 

 彌茅は純粋になのはを慕っている。

 

 なのはは努めて他人行儀に徹しようとしている。

 

「なのはが苦手なもの選手権―。どんどんぱふぱふー」

 フェイトが何やら言い出したが、乗ってやるか。

「他人」「子供」「人間関係」「コミュニケーション」「純粋な好意」

 つまり役満じゃねーか。

「でもさー、その苦手尽くしのミカヤを、頑張って育てようとしてるんだよねー」

「……あぁ」

 

師匠(せんせい)、切れました」

「よろしい。では全部鍋に。ガッと一気に」

「はい師匠(せんせい)

 

 煮立つ寸前の鍋に、切りそろえた具をガッと指示通りに投入する。あとは、適当に味噌を溶き入れてみそ汁の完成だ。

 

「はいテーブル片付ける。フェイトもゴロゴロしてないでシャキっとなさい」

「はぁい。シグナムが居ないから広く感じるなぁ」

 シグナムは、用事があるものの、彌茅が気になって離れられないなのはに代わりパシリをしていた。

「そう、ゴオマさんの如くパシリに飛び回るシグナムが居ないせいで……」

「それ結果的に死ぬやつだろ……」

 しょーもない話をしながらも、テーブルは片付いた。なのはが作った料理が並び、あとは彌茅が、人数分のお椀にお玉でみそ汁を分けるだけである。

「……」

 なのはは、じっと彌茅を見ている。見守っている。

師匠(せんせい)、皆さん、お待たせしました」

 危なげなく、みそ汁が配膳される。そのままちょこん、と炊飯ジャーの横に正座をする彌茅。まるで仲居だ。あまり考えたくはないが……こういった礼儀作法の類は、例の組織で巫女として育てられる傍ら、仕込まれたのだろう。礼節が必要、と考えられたわけではなく、ただ、敵地に潜入するための擬態として。

 

「彌茅。食席について、あなたも食べなさい。同じ食卓で、食べていない人が居るのは、私は嫌いよ」

「はい師匠(せんせい)。失礼します」

 すとん、と、当然のように、なのはの隣に座り直す。

「…………」

 あ、なのは、少し逃げた。

 

 ……いや、それにしても、ホントに素直な子だな。フェイトなんか手伝いを言い渡されると『えぇ~』とか言うのに。

 

 

 土曜日の朝は、こうしてまったりと過ぎていく。

「……そういや、コレどうしようかな」

 なのはが取り出したのは、リーゼから受け取った映画試写会のチケットだった。気づけば、日にちが迫っていた。

「一枚につき一名の招待になるから、私と秀人さんが行くことになるんだろうけど……」

 まず会場だ。ミッドではない、第二管理世界の首都。ほぼミッドの文化・風俗を持つ世界であるため、渡航はそこまで難しくはない。次元航行艦で移動する時間はそこそこ。フェイトやシグナムが滞留している間、危機の心配はほぼ無いと言ってもいい。

「……慈樹がねぇ」

 連れていくとなると、秀人が居残り組になってしまう。それは可哀そうだ。

 

 では慈樹を置いていく。これは心配だ。

 

 秀人と慈樹で行く。これもなのはが寂しい。

 

 ではチケットを誰かに譲る。……チケットをくれたリーゼへの不義理になる気がする。

 

「うむむ……」

 難題に悩むなのはだったが……

師匠(せんせい)。」

 彌茅が洗い物を済ませ、なのはの前に正座する。

「旦那様とお二人で、行ってきてください」

「……彌茅」

師匠(せんせい)は、ここしばらく、何かに悩んでいますね」

「……」

 意外とズバっと言い当てた。

「おそらく、わたしに関することでしょう」

「彌茅。憶測でものを言うものは……」

「では、何に、悩んでいるのですか、師匠(せんせい)?」

「…………」

「わたしに言えないということは、わたしに関することでしょう」

 彌茅は、けっこう遠慮がない。ある意味、なのはを信頼しているからこそ、ここまでグイグイ行けるのだろう。

「わたしは……わたしのことで、師匠(せんせい)に悩んでほしくありません。気晴らしの機会があるのなら、気晴らしをしてほしいです」

「……でも、慈樹が……」

「慈樹さんのことは、わたしにお任せを」

 彌茅の膝に、またしてもベビーベッドを脱走した慈樹がよじ登っている。けっこう懐いているようだ。

「…………」

 じっと彌茅となのはが目で会話をする。

 そして……

「宜しい。あなたに任せます」

「はい師匠(せんせい)

 かくして、彌茅は慈樹の面倒を見るという大任を与えられ、なのはと秀人は試写会へ参加することが決まった。

 

「慈樹さん。お母様はお出かけになられます。その間は、この彌茅がお世話をさせていただきますね」

 ぺこり、と0歳児に頭を下げる

「あぃー」

 慈樹は、警戒心ゼロの表情で、分かっているような、分かっていないような、そんな返事をしていた。

 

「ところでこのチケット、『試写会』としか情報が無いんだけど」

 普通、タイトルくらいは記載されているものではないだろうか。

「あぁ、それは…………」

 疑問に答えようとしたフェイトだったが……口をつぐむ。

「行けば分かるんじゃない? その監督、プロジェクト進行中に唐突に別作品を作り始めることで有名だし、突貫作業でタイトルが定まってないんだよ、きっと」

 なかなかの問題児がいたものだ。

 

「日付は…………あっ、その日の午前は」

 と、秀人が思い出したかのように声を上げる。

「…………若い衆の都合がどうしても合わなくて、半日だけでも、どうしても、どうしても人手が必要ってカントクが……」

「それなら、私は先に現地入りしておいた方が良いわね」

 たったの半日ずれだ。

「………………」

 秀人は、渋―い顔をする。

「一人で大丈夫か……? いや、ホントに……大丈夫かな…………? やっぱりカントクに詫びて俺も一緒に行こうかな……」

 思っていたよりも信用が無かった。

「むぅう……!! 大丈夫! 大丈夫ったら、大丈夫なの!」

 ぜんぜん安心できない。

 

 だが、無情にも時間は過ぎていく。幸いにも必修科目の無い自由登校日だった。

 秀人は会社へ。フェイトは仕事へ。

「では行ってきます」

「はい師匠(せんせい)。行ってらっしゃいませ」

 慈樹を抱っこした彌茅が見送りに出る。

「稽古は大家さん、もしくは朧さんがつけてくれる予定です。失礼の無いように」

「はい師匠(せんせい)

「慈樹に好き嫌いはありませんが、食事量には注意しておくように」

「はい師匠(せんせい)

「それから」

師匠(せんせい)、間もなくフネに乗るお時間ですよ」

「……」

師匠(せんせい)?」

 まっすぐに見上げてくる無垢な瞳。

 

「……もしかして、あなたも行きたかったのですか?」

 

 その奥にあった僅かな感情を、なのはが読み取った。

「………………ハイ、少しだけ。映画、には、興味があります」

 図星を言い当てられたからだろうか。彌茅はわずかに頬を赤くし、俯いた。

(どうしてもっと早く気づけなかったのかしら……)

 なのはは、己の愚を恥じた。彌茅は文明と隔絶した暮らしを強制されていた子だ。街中へ出ると、瞳が好奇心に輝く瞬間があることを知っていたはずなのに。

「……」

 ぽん、と彌茅の頭へ軽く手を置く。

「帰ってきたら、映画を観に行きましょう。約束です」

「……! はい、師匠(せんせい)!!」

 若干、浮かれた様子の彌茅に見送られ、なのはは家を出るのだった。

 

 登校日ではないが、夏用制服のセーラー服に身を包む。学生の正装としては、この服装が相応しいだろう。試写会がどういうイベントかは知らないが、関係者のみ参加できる一種の式典であると予想できる。

 フォーマルな衣類を所持してないなのはにとって、このセーラー服と腰に佩いた日本刀(・・・)こそが、最も厳かな装いであると考えていた。

 

 荷物検査でめちゃくちゃ怒られた。

 

 堂々と銃刀法にケンカを売りまくった結果、別室へ案内され、女性の検査官からは散々に怒られ、日本刀は没収の上で自宅へ返送されることとなった。背に隠し持っていた匕首も奪われ、ペンに偽装した棒手裏剣も没収された。

「くっ……! なぜ樹脂製が引っ掛かった……!」

「最近のは形状から判定できるんですよ。はい没収」

「拳銃や爆薬は持ってないのに」

「逮捕されたいですか?」

「冗談です」

テロリストかな?

 

 持ち込めた暗器は、ワイヤーわずかに一点のみであった。それでも持ち込めたあたりプロである。

伊達メガネを掛け、髪を三つ編みにした程度の、申し訳程度の変装。だが、ほんの少し印象が変わるだけで、個人の特定は困難になることを、なのはは知っていた。こういう技能は無駄に長けていた。

(まさか映画を観に行く程度でトラブルなんて起こらないでしょう)

 隣席は奇しくも同年代のセーラー服の少女だった。帽子を目深に被り、市販の情報端末の液晶画面を見ている、今風の若者といった装い。なのはは、手元で文庫本を広げた。

 

 

(まさか聖遺物を回収しに行く程度でトラブルなんて起こらないだろう)

 凶鳥部隊所属(育成枠)、クイン・ガーランドは、変装用セーラー服に身を包み、キャスケット帽で特徴的な銀髪を偽装していた。

 カレンよりの命令。第二管理世界の映画試写会、そこで主演女優にサプライズでプレゼントされる冠……正確には、それに用いられている宝石が、実は聖遺物なのだという。

 回収とはいっても、スタッフを皆殺しに、とかいう物騒ごとではない。技術部より渡されたイミテーションとスリ変えてくるだけだ。

(まるで子供のお使いじゃないか……)

 内心でブツブツと文句を言う。手元の情報端末は、命令の暗号を潜ませたwebページを表示している。

(……そんなにわたしは戦力にならないって言うのか!)

 だが、苦い記憶がある。市街地で、あれだけ襲撃に有利な条件をそろえていながら、何一つ成し遂げられずに制圧されてしまったこと。そして二度目は、あの山奥で、殺気に充てられてコロリと気絶してしまったことだ。これだけ失敗が続けば、カレンとて自身らの育成計画の見直しを図るのも仕方のないことのように思えた。

 

『んー……あなたに真剣はまだ早かったみたいね。しばらくは無手よ』

 

(没収されてしまった……)

 なんと心細いことか。

 赤の他人と距離を詰めることが苦手なクインに対し、偽装もかねて民間の船で移動しろとは、カレンも酷なことを言う。

 幸いにも、隣席に座ったのは同年代の少女だ。タイプは違うが、セーラー服を着た学生。やや薄い髪色以外は、三つ編みに眼鏡と、地味な印象を受ける。いまどき紙媒体の文庫本に目を落とし、没入している。

 

( ( 大人しそうな人で良かった…… ) )

 

 クインはなのはの変装術にすっかり騙され、正体に気付いていない。

 

 なのははクインという矮小な存在を完全に忘却していたため、正体に気付いていない。

 

 こうして、奇跡的な要素が組み合わさり、クインは無傷での生還という偉業を(無自覚に)成し遂げたのだった。

 

 

 文庫本を一冊読み終える程度の時間で、航行船は港に到着した。がやがやと動き出す乗客たち。港には最新の映画の広告があり、降り立った乗客たちの話題は、本日開催される映画試写会と、ある意味、それがメインともいえる出演者たちによる舞台挨拶だ。

「あー、いいなぁ、試写会チケあたったヤツ!」

「有料の抽選、応募したのに当たらなかったー! ……パンフは貰えたけど」

「倍率300倍だっけ?」

「いや。それは予想で、実際はそれ以上だってさ」

(映画と舞台挨拶だけで、そんなに!?)

 なのはは、自分の持つチケットの価値を今更ながら知った。やや気後れしながらも、会場へ向かう。イベント会場の入り口は、抽選に当たらなかったものの、少しでもイベントの空気を味わおうと集まった群衆で歩きづらささえ覚えるほどだった。

 

(……この期に及んで、まだタイトルは未発表なのね)

 

 垂れ幕には、タイトルを伏せるように目隠しがされており、主演の少女の顔程度しか見えていない。

(……? この子、どっかで見たような顔ね……?)

 そのチラ見している主演女優……というか、子役の顔は、何故か見覚えがあった。芸能タレントにさほど興味が無い筈なのだが……

(きっと有名な子なんでしょう)

 そう結論付けた。無意識のうちに目に入った広告や何かで、記憶に残っていたのだろう。

 

 幸運にもチケットを入手した試写会の参加者たちは、入り口の左右二手に分かれて会場へ入るようだ。標準的な学生服を着たなのはは、幸いにも目立つこと無く、その群衆に紛れこむことができていた。

 

「あっ……来たぞ!!」

 

 と、群衆から声が上がる。

 正面入り口に、これまたワザとらしいリムジンが停まり……

 

――――シュゥウウウウッ……

 

 レッドカーペットが渡される。チケット組も、群衆も、皆がそのリムジンのドアを注視していた。そして、さんざん勿体を付けて開放された扉から一番に降り立ったのは……

 

「レアスちゃん!!」「レアスちゃんだ!!」

 

 垂れ幕にもデカデカと描かれていた主演の少女だった。やはり、真っ先に姿を現すのは、主演女優ということか。

「レアスちゃーん!」「こっち向いてー!」「かわいいー!!」

 男性ファンだけではなく、女性ファンの黄色い声も上がる。その声に、少しはにかんだような笑みとともに手を振り応える栗色の頭髪の少女……レアス。

「あっ、ピュリスちゃんも出てきた!」「こっちもかわいいーー!!」

 続いて出てきたのは、腰まで伸ばした見事な金髪の少女。こちらの少女は準主役級といったところか。少しぎこちなく手を振っているところが、また愛らしさを増している。

 

 次々に現れる、綺羅星のような女優・俳優たち。絢爛な行進は、入場待ちをするチケット組の前をわざわざ通るというサービスも加わり……

 

(まだ入場できないのかなぁ)

 

 全く意に介せず、ボケーっと真正面を向いたまま突っ立っていたなのはの前までやってきた。そのまま、通り過ぎると思いきや。

「? ……あれ、レアスちゃん、止まっちゃったぞ……?」

「何かあるのかな?」「いや、後ろのピュリスちゃんも少し困ってる感じだけど」「レアスちゃん? レアスちゃーん?」

 

(しかし人が多くて暑いなぁ)

 

 ……少しは周囲に目を向けよう?

(試写会が始まるころには秀人さんも合流できるかなぁ)

 完全に自分の世界に入り込んでいた。が。

 

あの(・・)っ」

 

 ぱし、と、なのはの手を、あろうことか、主演の少女……レアスがつかみ取った。

「えっ……!?」

 どよっ……と、群衆がどよめく。ほかの出演者たちも、スタッフたちも、完全な予想外だったのか、目を剥いている。

(……? こういうサービスかしら?)

 なのはは、特に意に介することも返事をすることも無く、握らせるに任せる。

 

 

「――――神様ですよね(・・・・・・)っ!!?」

 

 

 ……よりにもよって、その単語。

「えっ……!?」「神様って……えっ、あの人!?」「ウッソ……でも、言われてみれば似てる……っていうか、そのものじゃない!!」

 

 変装術とは、他者に認識された時点で解けてしまうまやかしだ。周囲が、綺羅星たちから、なのは一人へと視線を注ぎ始める。

「…………」

 なのはは、笑うでもなく、ただ泰然と、レアスに手を握らせていた。そう、たかが変装を見抜かれた程度……群衆が自分の存在を認知した程度……数百の視線が自分一人に注がれている程度…………

 

(バレたぁあああーーーー!!? 何で!? 何でバレたの!? 私の変装は完璧だった筈よ!! いやぁあああ知らない人たちが私のことジロジロ見てる見てる見てるよぉおおおお!! どうしよう! 手を振り払ったらぜったいヤバいわよ!? どうしよう! どうしようどうしようどうしよう! うわぁあああん来なきゃ良かった来なきゃ良かった!! 全部はやてのせいよ! あのデカチチ女!! かえる!! おうちかえる!!)

 

 ………………完全にフリーズしていた。

「まさか、神様ご本人に来ていただけるなんて、大・大・大光栄ですっ!!」

「ひとちがいです。ひとちがいです。はなしてください。はなしてください」

 言動が機械化されていた。

「さぁ、こちら(レッドカーペット)へどうぞ!!」

「やめてくださいしんでしまいます」

「ご冗談、をっ……!?」

「むりです。むり、です……!」

 

 ぐいぃ、と、割と本気で抵抗するなのはを引っ張るレアス。膠着する状況。

「まぁ、見て……! レアスちゃんが、神様と手を繋いでいるわ……!」「なんて神々しい光景だ……!」「約束された神映画だったんだな……神だけに……」「歴史に残るワンシーンだぞ、これは……!!」

 勝手に脳内で補完して幸せになっている群衆を尻目に、レアスとなのはの綱引きは続く。

 

「……神様。」

 ぼそり、と、レアスの口調が変わる。はにかんだような、万人に愛される笑顔を完璧にキープしたまま。

 

「……このまま弾かれたように尻もちをついて(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)さめざめと泣いてあげましょうか(・・・・・・・・・・・・・・・)……?」

 

 主演女優に選ばれるほどの演技力を駆使して、そのような状況を作られればどうなるのか…………炎上必至。三千世界に神の悪名は広がり、75日間どころかその倍以上の時間、噂話を立てられ、氏名住所家族構成学校職場すべてがネットワークを介して全世界に拡散し、人生が終わってしまうのだ。

(こっ……こっ……! こンの、クソガキィいいいィ~~~………………!!)

 とんだ食わせ者である。

 

――――陽キャ。リア充。

 

 呼び名は多々あれど……共通するのは、図抜けた『場の空気を操る力』。彼らが白と言えば白。黒と言えば黒。右倣えと言わば右へ、鼻でパスタを食えと言われれば食うしかないと思わせてしまう……天性の力の持ち主にして、なのはの怨敵である。

 

「――――わかりますね(・・・・・・)?」

 

 ………………なのはは、小学生くらいの子に完全敗北を喫した。

「何よぉ……何よぉ…………年下のくせにぃ…………!」

「いいから、わたしの主演映画に、ひと花添えてください、よっ……!」

ずる、ずる……と、レッドカーペット(処刑場)へ引っ立てられていく。

 

「マジで神様だったんだ!!」「神様―! こっち向いてー!!」

「あぅ、あぅ、あぅ…………」

 気づけば、他の誰よりも、なのはへ向けてフラッシュが焚かれていた。着飾った主演女優ではなく。ただ、学生服という普段着を着ただけのなのはへ。

「あ、嫌がってる。みんな、撮るのヤメ」「おっけ。目に焼き付けるわ」「フラッシュ……じゃなくて、撮影自粛って、後ろにも伝えてー」「はーい、後ろの人たちも聞こえたー?」「ま、撮られるのが仕事のタレントじゃねーしなぁ」「間近で会えただけでも最高のサプライズっしょ」

 民度、高かった。

「………………」

 ……なのはを引っ立ててきた張本人であるレアスは、無言でその光景を見ていた。

 

 

「『お集りの皆様!』」

 マイクを手にしたレアスが、スピーカーを通した声を上げる。

「『ここでサプライズ! シークレット情報の解禁です!!』」

「えっ、なに、なに!?」「サプライズだって!」

 スタッフたちに目で合図を送る。予定に無いこと尽くしの中、スタッフは完璧な仕事をしてくれる。

 

「『神様がいらして下さったこの場にて、映画タイトルと、180秒のロングPVを、フライング大・大・大・公開! しちゃいまーす!』」

 

――――うぉおおおおおおおおおおおおーーーー!!!!!

 

 凄まじい熱狂が巻き起こる。

 垂れ幕の目隠しの両端を、スタッフが持つ。熱狂が、シン、と、静まり返る。そのタイミングで……バッ、と、タイトルが白日の下に晒される。

 

 

 

 

――――――――魔法少女リリカルなのはTHE MOVIE 1ST

 

 

 

 

「…………………………まほう」「…………………………しょうじょ」

 …………沈黙が。

 

「魔法少女……!」「リリカルなのは……!!」

 …………さざ波へ。

 

「魔法少女、リリカルなのは……!!」「魔法少女リリカルなのは!!」「魔法少女リリカルなのは!!!!」

 

――――うぉおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!!

 

 再度の、大熱狂へと変わる!!

 

 

「な ん じ ゃ こ り ゃ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あああーーーーーーーーーーあぁあぁぁああ!!!!!!??!?!?!?!?!?!」

 

 

 なのは、壊れる。

「えっ、何!? 私は何を見ているの!? ねぇ、魔法少女ってナニ!? リリカルってどういう意味!? なんで私の名前が使われてるの!? ねぇ、ねぇってば!! ……あぁチクショウ誰も聞いちゃいねぇ!! なんかいい感じのテーマソングまで流れ始めてる!!」

「そ・れ・は・ですねぇ……」

 すたたた、と、群衆が画面に…………芸術的に演出されたPVに夢中になっていることを確認したレアスが、なのはに耳打ちする。

「この映画は、さきの事件にあたって多大なインスピレーションを受けたニュー・バンチ監督が、脚本キャピタル・コンストラクション氏を迎えて制作した、神様の大・大・大叙事詩だからですよっ!」

「つ、つまり、あんたは…………!」

「はいっ! 神様の幼少期をイメージモデルに、主演を務めさせていただきました! レアス・ステラ、年は9歳ですっ!!」

「見覚えが有るわけだよ畜生……!!」

 身近過ぎて盲点だった、他ならぬ自分の似姿だったのだ。

「私の幼少期のデータなんて、誰が……!」「管理局です」「物理的に潰してやるッ!!」

 情報管理能力の低さにより、次元世界の治安が脅かされようとしていた。

「ほらほら、もうPVも終わる頃ですよ」

 

 

『――――魔法少女、はじめました』

 

 

「始めてないわよッ!!!」

 画面に向かってツッコミを入れる。

「こ、こんな映画、ブっ潰して……!」

 

「良いなぁチケ組。本公開まで二週間、長いなぁ」「あー、仕事なんて手につかなさそう!」「明日も仕事だけど……うんっ、頑張ろう!!」

 

「ぶっ潰して…………」

 

「事件が原因で入院した子供たちにも、特別優先チケットが配布されるんだよな」「そうそう。すごく喜んでくれてるって」

 

「ぶっ、潰、さなくても、まぁ、いいケド…………」

 

 しょぼしょぼと語気を弱める。

「あ。ご家族の分のチケット要ります?」

「あんた私を殺す気!?」

 慌てふためくなのはを一通り満足そうに眺めてから、レアスが踵を返す。

「それじゃあ神様、ばいば~い、です。イベント、最後まで楽しんでいってくださいねぇ?」

「帰るぅ……!! 帰るんだもん……!!」

「舞台挨拶のとき、観覧席に神様の姿が無かったらわたし、寂しくて寂しくて、泣いちゃうかもしれないなぁ?」

「ぐぬぬぬ…………!! あんたなんて、嫌い! 嫌いよっ!!」

「アハハハハ」

 

 ……小学生に弄ばれる神。

 

 ……なのはを気遣ったチケ組による人の輪に囲まれ、なのはは、逃げることも許されず、会場へと向かうのだった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

『ぶわぁーっはっはっはギャハハハハハハだーはっはっはっはっはヒュひぃヒヒヒヒでゅふふふふふぶひゃはははははははヴぇふっ、げふっ、だぁーっはっはっはウェヒヒヒヒヒヒげぇっふ、げぇっふ、ヴふっ、ひ、イーッヒッヒッヒビュヒヒヒヒ……!!』

「……カレン姉。ウチの話、ちゃんと聞いてる……?」

 通信機の向こうで、下品極まりない様子で笑い転げている姿が目に浮かぶ。

『まほう! しょうじょ!! なのはが! 魔法少女!! リリカルなのは! ヒュヒヒヒヒ、ビュヒッ……ヒィーッヒッヒッヒ……! 『禍ツ風』『ペイルライダー』と恐れられた、あの、なのはが! お、おなか痛いぃ……! 笑い死ぬぅ……!!  ぶわぁははははは……!!』

「……これは駄目だな」

 クインは通信を切った。先ほど、全世界に向けて公開された映画の情報を確認した途端、アレである。指示は仰げないだろう。

 

 

「レアスちゃん……。レアスちゃんレアスちゃんレアスちゃん……。分かってる、ちゃあんと分かっているよ……。ぼくに抽選券が当たらなかったのも、きみからぼくへの試練なんだろう? きみの一番のファンであるぼくが、抽選なんていう不確かな運に頼らず会場入りできるかどうかを試しているんだろう……? わかってる、わかってるとも。こうしてちゃんと、チケットも親切な人から譲ってもらえたんだ。ちょっと話したら、説得をしたら、快く譲ってくれたよ。ま、当然だよね。きみの一番のファンはぼくなんだから。ぼくが手にするべきものが、他人の手に渡っていたというだけの話だよ。さっきぼくの目の前で、足を止めてくれただろう? ほかのクソ俳優どもに肌が触れるほどの距離で苦しい気持ちの中、ぼくがちゃんと居ることを確認して、安堵してくれたんだろう? あの笑みがぼくにだけ、ぼくのためにだけ向けられたものだって、ぼくはちゃんとわかっているよ。神様とかいう、なんかよくわかんないヤツと話しながら、きみが歌う以外の歌なんていうゴミみたいな雑音が流れるPVなんかに気を取られず、ちゃんときみを見ていたんだ。あぁホントにもう、なんてセンスの無い製作スタッフたちだろうね。きみだけを映した映像に、きみの歌が流れていれば、それこそが作品の最大のPRになるのに。ほかの有象無象を使わなきゃ画が作れないなんて、とんだ無能スタッフたちだよ。でも、ぼくはわかってるよ。きみの一番のファンだからね。作品も、きみの活躍を、きみの活躍だけをちゃあんと見ているよ」

 

……舞台裏を徘徊する、明らかにスタッフではない男の存在についての。

 

 クインがここに居る理由は決まり切っている。いずこかに保管されている冠を見つけ出し、聖遺物をすり替えるためだ。あの男の醜悪な独白を聞くに、目的は聖遺物ではなく、レアスとかいう主演の少女。

幸いにも目的は競合しない。

 どこかの誰かがどうなろうと、クインにとっては知ったことではなかった。一刻も早く任務を達成し、カレンの信用を取り戻したい一心だった。

 

「……!? ……だ、誰だッ!?」

 

 速やかにコトを済ませる。その目論見は早くも崩れた。こちらはスタッフと思しき装いの男性が、こちらを見て声を上げたのだ。

「あれぇ……? おかしいなぁ。レアスちゃんの舞台挨拶のために、スタッフはこの時間は裏手までは手が回らないと思ったんだけど…………あぁ、そっかぁ。レアスちゃんの采配で、予定が変わったからかぁ。もう、レアスちゃんはぼくに無茶ぶりをしてくれるなぁ」

「ここは関係者以外立ち入り禁止だ、……ですっ! 退出を願います!」

 男性スタッフは、口調を修正する。誤って迷い込んでしまっただけの客である可能性を考慮したのだろう。良い対応力だ。

 

「はァ~!!? 部外者だァ~~!!?」

 

 ……しかし、常識的な対応が通じる相手ではなかった。

「誰が部外者だよぉっ! ぼくはレアスちゃんの一番のファンだぞぉッ!! ぼくが関係者じゃなかったら、オマエは何なんだよォっ! 偉そうにィ!」

 ……男は、たじろぐどころか憤激し、脂肪に弛んだ顔を真っ赤にしてスタッフに掴みかかった。

「や、やめなさいっ!」

「ふざけるんじゃ、ないぃっ!! オマエが! オマエみたいなのが居るせいで、ぼくはレアスちゃんのサイン会を追い出されたんだぞォっ!!」

「どうかしているぞっ!! 誰か、警備員をっ……!」

「!!! またっ!! ぼくを追い出す気だな!! またぼくをっ! ぼくとレアスちゃんの邪魔をするつもりだなぁああああ~~っ!!」

 

(……出るに出られないじゃないか)

 クインは物品の捜索もできず、物陰に隠れ潜んでいる。このまま騒ぎが続けば、更に人が増え、任務達成は困難になってしまうだろう。さてどうしたものか……

 

「うわぁあああああっ!! ぼくとレアスちゃんの時間を、邪魔するなァああああああっ!!」

 癇癪を起した男が、スタッフの男性をもみ合う勢いのまま突き飛ばした。

 

――――がらぁんっ!!

 

 コンテナへ突っ込む。

(うわ頭から行ったぞ。死んだかな)

「グっ……」

 どうやら命に別状はないようだが、昏倒している。

(チャンスだ。今のうちに……)

 カサカサ……と、壁を這うアレのような滑らかな動きで物陰から這い出る。

「んン……? なんだ、これぇ」

 男は、自分が蹴散らした物品の中から、何かを拾い上げた。

 

――――白金に輝く、三原色の宝石を配したティアラ。

 

「……あーーーーーー!!!」

 見紛うものではない。あれこそクインの目的の物品。中央に輝く特大の宝石こそが、奪取を命じられた聖遺物である。

 …………しかし、迂闊にも声を出してしまうあたりが、クインの未熟たる所以であった。

「なんだぁ……? まだ居たのかぁ?」

 もうこの際、手段は選んではいられない。じきに騒動になってしまう前に、あのティアラそのものを強奪してしまえば良いのだ。結果オーライの精神である。

 たかが一般人。腹に一発、それで終わりだ。クインは疾走し、男の腹部に水平蹴りをかます。先手必勝は喧嘩の常であると、長い路地裏生活で学んでいた。

「うらァっ!!」

 

――――ドボぉっ!!!

 

 ……決まった。分厚い脂肪に若干阻まれたものの、クインの脚力には関係の無い話だ。

「グ、ぶぅ、ぐぐぐぐう…………!!」

 腹を抱え込む姿勢で倒れこむ男。あとは意識を失うだけだろう。そう思っていたクインだったが……

「!? お前、それはっ!!」

 男の胸ポケットから。転げ出る。円筒状の密閉容器。明らかに容器が破損している。解き放たれる。

 

――――刃の羽根が。

 

 

「ぶ、ぐ、お、ぉおおおおおー!! れ、レアスちゃんンンンンンンンンーー!!!!!」

 

 

 暗黒の魔力が、膨張する。目的のティアラも、その暗黒の中に……

「し、しまったーーー!!!!」

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

『ではレアスさん! この映画の見どころとは!?』

『はいっ! やはり、少女二人の出会いと、そこから繋がる友情のストーリーですね! あまりお話しできないのが残念ですが、観てくださる方に感じてもらえればいいと思っています!』

『ピュリスさん。異例の大抜擢となり、主演級という大任にプレッシャーは感じませんでしたか?』

『は、はい……! なんというか、もう、お話を頂いたときから、夢のようで……! レアスさんをはじめ、素晴らしいスタッフの方々とお仕事をさせていただいて、本当に光栄ですっ……!』

 

 舞台上でスポットライトを浴びるキャストたち。

(ふーん、なるほど。場慣れしたレアスには抽象的に、そうでないピュリスにはYES/NOで答えられるように質問をしているのね)

 なのはは聴衆の中に身を隠すように、舞台挨拶を聞いていた。はよ終われ、と思っていたが、なかなか聞き応えのあるトークだ。この数刻後に予定されている試写にも期待が高まる。

 完全に他人事として捉えていたなのはだったが…………

 

『――ここは是非、神様にもお話を聞いてみたいですっ!!』

 

「ぶはぁ」

 レアスからのキラーパスがなのはを捉える……!

『神様、こちらへどうぞ!!』

(どうぞ、じゃないわよぉ~~~!!)

 あたふたあたふたと立ち上がる。そのまま回れ右をして出口を突破しようとする。のだが。

 

「さぁさぁ、ご遠慮なさらず」

「さぁさぁ、舞台の上へ」

 …………門番としてガッチリとガードを固めるスタッフに行く手を阻まれ。

「さぁさぁ、恥ずかしがらずに」

「さぁさぁ、参りましょう神様」

 ……女性スタッフにガッチリと手を握られ、舞台上へ連行されていく。

 

 ……なのはは油断していた。自分を宣伝材料に利用としている者など、せいぜいレアス程度であるのだと。レアスが特殊なのだと。興行に、エンタメに生命を賭している者たちの貪欲なる習性を、完全に見くびっていた。

 

――――使えるものなら神でも使う。

 

 それが、不文律であった。

『はい、今回は事実を基にしたセミ・ノンフクションということですが、ご感想は!?』

(YES/NOで答えられる質問にしなさいよ~っ! 感想ってナニ!? 昔の私!? えぇっと……えぇっと…………)

 

 ジュエルシードおっかけて魔法ブっぱなして、会ったばかりの頃のフェイトに魔法をブっぱなして、家族に向けて癇癪まぎれに魔法をブっぱなして、暴走ジュエルシードに魔法をブっぱなして、戦闘に乱入してきたクロノに魔法をブっぱなして、訓練でミスって自分に魔法をブっぱなして………………

(PG-12指定は間違いないわね……)

 そして、時系列で追うと、はやての事件になるわけだが。

(…………完っ全にR-18指定だわ……血が流れなかった日が無かったもの……)

 ……何をどう言ってもヤバい。

 

『神様……?』

 なのはは、はっと自分の世界から帰還した。無言はまずい。沈黙はまずいのだ。

 

――何で黙ってるの? 何か不満があるなら言いなさい! 何その目は! なんて反抗的な!

 

(ぐわぁああああっ! 静まれ我が記憶!!)

 そう、沈黙はまずいのだ。何か言わなければ。何か、何か…………

 

 

 

 

『――――――――別に』

 

 

 

 

 ………………ワザとか? いっそワザとやっているのか?

 困惑する司会者。頬をヒクつかせるレアス。きょどきょどと周囲に目をやる演者たち。もう終わったか……と、誰もが察した。

 

 だが……なのはには、本人でさえも気づいてない隠された特徴があった。それは……

 

 

――――――ドゴォンッ!!!

 

 

 …………悪運の強さだ。

『へ、へへへへへぇ…………! レアスちゃぁああああーーん……!! みぃつけたぁ……!!』

 壁を突き破り現れたのは、肌色と褐色の中間のような色合いの、肉の塊のような獣だった。

 

「きゃああああああああーー!!!!」

 居合わせた者たちがパニックを起こす。明らかに演出ではない。その度合いを越えている。

「え……?」

 レアスは……マセているとはいえ、まだまだ幼い子供だ。危機への反応が遅れ……怪物の目の前に取り残されている。

『レアス、ちゃぁあああああーーー「――えいっ」

 

――――めごっしゃ

 

 …………吹き飛んだ。ヒグマほどのサイズはあろうかという怪物が。

「あっやだ、今日はスカートだったわ…………!」

 振りぬいた足を下ろし、翻るスカートを手で抑える。

(この気配、ヴィヴィオが隠そうとしていたアレ(・・)と同じね)

 ということは、目の前の怪物もまた、囚われの被害者ということかもしれない。

 

「か、神様ぁ……!!」

 我に返ったレアスがなのはに視線を向ける。

「ねぇ、あいつ『レアスちゃん』とか言ってたけど、アンタの知り合い?」

「……さすがに面識が有りません」

「そうよね……」

 あっても困る。

「そ、そうだ、神様!」

 ばっ、と、レアスがなのはの手を取る。

「アレ、やっつけちゃって下さいよ!」

「やっつける、って……」

「とにかく、この場から、叩き出してください! リカバリーは早ければ早いほど良いんです!」

「………………」

 なのはは、発言の意味を考える。

「リカバリーって、つまり、この式典を再開しようってこと? こんな状況になってるのに? まずは全員の避難を終わらせて、正式に中止して、後日改めて客を招待するべきなんじゃないの?」

 ド正論である。なのはは、曲がりなりにも管理局員の端くれだった時期がある。こういった状況の対応についてはプロの意見と言ってもいい。

「それじゃあダメなんです!!」

 まさかのダメ出しである。

「だって……だって……」

 余裕をなくしうろたえるレアスは…………

 

「神様がわたしのイベント(・・・・・・・・)に現れるなんて、二度とないチャンスなんですっ! このチャンスを、逃したくないんですっ!!」

 

 ………………なのはを、静かに怒らせた。

「そう……チャンスなのね」

「はいっ!! また招待したところで、神様、次は来てくれないでしょう!? 陰キャのコミュ障っぽいし!」

「えぇ……次は世界が滅びても来ないでしょうね」

「だけど、管理局が到着するまで待っていたら、会場も、場の空気も、もう取り返しがきかなくなっちゃうんです!! ピンチがチャンスに変わらないで、ミスとして終わっちゃうんです! だから、だから神様……!!」

「えぇ……何かしら、クソガキ?」

 

 

「手っ取り早く、神様の力で解決してください!!」

 

 

 ……いっそ清々しいまでの他力本願っぷり。

「………………」

 なのはは、無言だった。レアスを見下ろし、ただ、物体を眺めるような、醒めた目をしていた。

 

――なのはは怒ると怖い。

 

 それは共通認識ではあるが……実は50点だ。

 

――――なのはは、『静かに怒っているとき』が一番怖いのだ。

 

 ……今回は、ソレだ。あの天瞳宗の里の連中だとか、そういった類の悪党へ向ける怒りとはまた別の。

 

「いいわよ」

 

 にっこりと。聖人のような朗らかな笑みで、そう言った。

「解決してあげるわ」

 ……これめっちゃヤバいやつ。神が人間を弄ぶ感じの、皮肉たっぷりな寓話的なアレだ。

 

あなたはそれを望むのね(・・・・・・・・・・・)?」

「はいっ、お願いします(・・・・・・)!!」

 

 …………ここに、神と人の契約が交わされた。

 

『レアス、ちゃんんん…………!!』

 さすがは怪物。もう回復した。ずるずると足を引きずるように、レアスを目掛けて這い寄る。

『ぼくと、いっしょにぃいいいいい……チェキしようよぉおおおおお……!!』

 うわぁキモい。

「ひィっ……! わたしは、アイドルではなく女優ですお断りしますっ!! 神様、ホラ早く!」

「そうね」

 が、なのはは、レアスを庇う素振りさえ見せなかった。

 

――どんっ。

 

「へ……?」

 それどころか、レアスを怪物の前に押し出したではないか。

『レアスちゃんンンンンンーー!!!』

「(いやぁああああああ!!)えぇえいっ!!」

 レアスの左手が、掌を差し出す形を取る。その先端に、

 

――――バチィイイイインッ!!!

 

『うぎゃあああっ!!!?』

「(えぇっ、いま、何が!?)それ以上の乱暴は、許さないんだからっ!!」

 レアスの口が、レアスの意思に反して、なんか凛々しい言葉を吐いている。表情もなんか凛としていて、まるで、誰かに操られている(・・・・・・・・・)ような……

 

――――キリキリキリ…………

 

 …………なのはの五指から伸ばされた糸が、目視困難な極細の繊維が、レアスの身体の各所へ接続されているではないか。

 

「――――奥義『水鏡漿』」

 

 それは、かつてなのはが潜入した暗殺稼業の武術一門の秘奥義である。理屈はさておき、他人の身体を意のままに操るという、なかなかにファンタジーな技であったが、なのはは潜入から一週間ほどで奥義を取得し、奥義の使い手であった最強の拳士をボッコボコにした。

 それから独自に研鑽を積み、表情や発話までも操作できるように改良した、なのはの隠し芸のひとつ。

 くい、くい、と手を操るごとに、レアスが、ビシっとかっこいいポーズを取るのだ。

「余興では泣いて嫌がるヴェイロンとアルナージにソーラン節を躍らせて、みんなの笑いを取ったものだけど、まだまだ鈍ってないわね」

 さすがのナチュラル暴君っぷりである。

「(こんなの聞いてないー!)させないっ!!」

「聞かれなかったもの」

「(悪徳業者かっ!!)そこをどいてくださいっ!!」

 

――――バコォンッ!!

 

 無駄にかっこいいレアスのかざす手の先に、なのはの魔力によりサークルプロテクションが展開され、化け物を舞台から弾き飛ばした。弾き飛ばされた先は、おあつらえ向きに開けたステージ。ここでも何らかのイベントが開催されるのだろう。音響機器が、いつでも使える状態で点在している。

 

「う、うぅぅ……ひどい目にあった……」

 と、崩れた壁の向こうから、セーラー服をボロボロにしたクインがヨロヨロと出てきた。なのはには気づいていない。

「えぇっと、落ち着け、落ち着け……目的を忘れるな。ティアラの赤い宝石を、このイミテーションとすり替えれば……」

 懐にあるイミテーションの宝石は、どうにか破損も紛失もしていないようだ。ほっと一息。

 

「! あなた良いものを持っているわね」

 

 …………ごく自然に、なのはが赤い宝石をすり取った。

「あぁっ! 何をするっ! って、ぁああああああ!!」

 変装を解除したなのはと間近にエンカウントし、クインが腰を抜かした。

「? ……あ。思い出した。あなた、カレンのトコの育成枠のガキ」

「ガキ言うなっ! あ、いえ、言わないでください…………あのう、その宝石はですね、イミテーションで、まったく金銭的な価値は無く……その……返していただけると助かるのですが……」

 へこへこと平身低頭でへつらう。

「? 借りるって言ったでしょう? 用事が終わるまでは返さないわよ。あなたは何を言っているの?」

 お前は何を言っているんだ。

「さ、レアス。これ持って。あなたの願いを叶えてくれる、魔法のステッキよ」

「(嫌ですよっ!!)はいっ!」

 抵抗は無意味だ。愕然とするクインを尻目に、赤い宝石をレアスの手に乗せ、握る。

「……概念付与。機能限定付与。記憶転写開始……完了。よし」

 ぶつぶつと何かを呟いた。

「アイツもそろそろ回復するわね」

 見下ろした先、ステージの中央では、怪物が肉体再生を終えようとしていた。

「さぁレアス。あなたの願いを叶えてあげるわ」

「(頼んでない! こんなの頼んでないー!)はいっ、頑張ります!」

 レアスの身体が、舞台のヘリにまで歩いていく。眼下に広がるは地面。

「(嘘でしょ!? 嘘でしょぉおおおおおお!!?!???!?)」

 

――――バッ、バッ、バッ!!

 

 いかなる作用か。ステージライトが、暗闇にレアスの姿を照らし出す!!

「あれは……レアスちゃんじゃないか!」「えぇっ、逃げ遅れちゃったの!?」

 それに、避難中のファンたちが気付く。

 

――――ビュゥウウン……!

 

 先ほどPVを上映したスクリーンに、今度はレアスの姿がライブ上映される。音響機器も同調。

 キリっとした表情で、手に赤い宝石(・・・・)を持ち……!

「まさか!」「まさか!」

 ファンたちが騒然とする。

 

「さぁ……ショータイムよ!」

 なのはが、ニタリと邪悪に笑い……糸を操る手を振るう!!

 

 とんっ……と、レアスの身体が宙に舞う!

「(いやぁあああああああーーー!!)

 

――お願い(・・・)レイジングハート(・・・・・・・・)!」

 

『Standby ready, Set up !!』

 

 なんかそれっぽいBGM!

「これは……!」「先行抽選販売オリジナルサウンドトラックDisc1収録6番!」「曲名『Raising Heart Set Up』だ!」

 大スクリーンの中……レアスの身体が謎の光に包まれる!

「変身シーンだ!」「リアル変身シーンだ!」「(ナマ)変身シーンだ!」

 オタク大興奮である。

 さて、公衆の面前で(ほぼ)素っ裸に剥かれたレアスはというと。

「(いやぁああああああこういうのはCGでそれっぽくやってよぉーーー! わたしのハダカは安くないんだからぁあああああーーー!)」

 凛々しくも可愛らしい変身シーンをじっくり長回しで展開しながら、心の悲鳴を上げていた。

「ほらほら、私の幼少期を演じさせてあげてるんだからもっとシャンとしなさい! ほーらもう一回転! わーっはっはっは!! 神の偉大さを思い知ったかガキめ! ざまぁみろ!」

 ノリノリである。そしてみみっちい。

 しゅたっ……と、降り注ぐ光エフェクトとともに降り立ったレアスは、赤い宝石が変じたレイジングハートモドキを手に、怪物に対峙する。

「3D格ゲーやってる気分ね」

 椅子に腰を下ろし、高見の見物をしながら糸を手繰る。完全に悪役ムーヴ。

 

『うぅうううー……レアスちゃんん…………!!』

「アクセルシューター!」

 レイジングハートの周囲に、魔力スフィアが展開される。もちろん、これはなのはの魔力なのだが、周囲には気付く余地も無かろう。

 

『ぼく以外のオトコに裸を見せるなんてぇえええええーーーー!!!!』

 気持ち悪い叫びとともに突進してくる、もはや完全に豚と化した怪物。

「(こっちに来るなぁー!!)シューーート!!!」

 

――ズドドドドドドドンッ!!!

 

 遠隔とはいえ、なのはの攻撃魔法だ。豚は顔面にモロに喰らう。

『げ、ぶ、ぶぁあああああっ!!!』

 ひょい、と闘牛士のように回避したレアスのすぐ横を、豚が転がる。

 

「やっぱりたまには魔力も使わないと駄目ね。命中率が下がっているわ」

 大体の問題は腕力か剣技だけで解決してしまう、なのは故の弊害だった。

「ん……? あらら、ちょっとまずいかしら」

 

『ぶぅうううううっ……!! ぶ、ふ、ふふふふふ……!! わかるよぉ……これは、レアスちゃんの照れ隠しなんだろぉおお……? ぼくを試しているんだよねぇええええ……!?』

 

――ビキッ……バキバキバキッ……!!

 

 豚の表皮が、黒く変色する。色が変わっただけではない。察するに、相当な硬度を得ている筈だ。

「(これホントになんとかなるんですか神様―!?)くっ……! どうすれば……!」

 

 なのはとクインは、黒く変色した豚の怪物を見下ろし…………

 

「 「 黒豚 」 」

 

 ………………なに上手いこと言ったみたいな顔してんだ。

「…………」「…………」

 ハモった二人は、照れるように顔を見合わせる。

「ふっ、」「くくっ、」

 何かがツボに入ってしまったらしい。

「ふ、ふふふふふふっ……! だって、豚が黒かったら黒豚よね……! ふ、ふふふふ」

「くくくっ……ピンクの豚が、黒豚に……! 結局、ブタじゃないか……くくく」

「し、しかも、表面がツヤツヤして、脂ぎった煮豚みたいで……ひゅふ、ふふふぅ……!!」

「ひぃーっひっひっひっひ……!! や、やめてくださいよ……! もう煮豚にしか見えないじゃないですか……! うひゅひひひひっ……!!」

 下らないギャグを共有し、お互いの肩をバシバシと叩きながら呼吸が乱れるほど笑っている。

 

 そう、レアスを操っている手で、クインと。

 

「いやぁああ……! って、あ、喋れるヤッター! 自由バンザイ!」

『レアスちゃあぁああああん!!』

「か、神様―! やっぱり何とかしてよー!!」

 凛々しい戦闘シーンから一転、踵を返して逃げ回る。

 

「あ、やっべ」「軽いっすね……」

 遠距離から糸を投擲するが、レアスに到達するまでに気流に流されてしまう。

「せめて針があればなぁ……」

 没収されてしまったのが痛かった。

「ま、イザとなれば私が全部切り伏せて解決してあげるわよ。そういう約束だしね」

 思う存分レアスへの報復を果たし、気が済んだのだろう。

「それに、レアスに持たせたのはただの喋るビー玉じゃないわ」

 渡す際、何かしらの加工を施したようだった。

 

「私の経験と、私の魔力と、私の技能を限定的に再現した、言わばインスタントデバイスなんだから」

 

 サラっととんでもないことをしでかしていた。

「使いこなせるかどうかは、レアス次第よ。そこまでは知らないわ」

 なのはは、レアスが曲がりなりにも自分の裁量で事態を収拾することに拘っているようにも見えた。であれば、神は手助けをするだけだ。

 

「ひ、ひぃいいい…………!!」

『ぶひゅ、ひゅひゅひゅ……! もう効かないよぉ……!』

 レアスが苦し紛れに撃った射撃は、硬い皮膚に阻まれダメージとならない。硬化していない部分……例えば眼球や鼻腔・口腔を狙うという手もあるのだが、初戦闘のレアスにそのようなことにまで頭が回るはずもない。

 

『いいんだよぉ、レアスちゃん。もう、こんなくだらない映画(・・・・・・・)なんて放っておこうよぉ』

 その一言に、レアスの震えがピタリと止まった。

「くだらない、って、なんですか……」

『ぶひゅひひひ!!』

 豚は、鼻の穴を大きくしながら醜く笑う。

『この映画は、レアスちゃん単独じゃあなくて、あのピュリスとかいうポッと出のペーペーのガキとのダブル主演じゃあないか!! ダメなんだよぉ、それじゃあ、レアスちゃんの出番が減ってしまうじゃないかぁ! レアスちゃんの映画なんだ! レアスちゃん単独で主人公をして、レアスちゃんだけですべての問題を鮮やかに解決して、レアスちゃんだけが輝くように作らなきゃダメなんじゃないかぁああああああ!!』

「………………あなた、わたしの何なんですか」

 ……レアスの声が低く、目が据わっていっていることに、高らかに演説する豚は気づいていない。

『レアス・ステラちゃんファンクラブ! 会員番号1番! ポルク・ポルクスだよぉおおおお!!』

「……わたしにオフィシャルファンクラブは存在しません。ファンとタレントの距離を一定に保つという事務所のスタンスのもと、」

『ボクが作ったんだよぉおおおおお!! 公式のグズのノロマどもは、そういった啓蒙活動がぜんぜんできていないからさぁあああああ!!』

 話を遮られるが、レアスは淡々とした口調を崩さない。

「……何の媒体からわたしを知ったのですか?」

「アニメだよぉ! きみがCVをした、ナントカっていう名前のキャラクター! よく覚えてないけど(・・・・・・・・・)、アイドル声優まとめサイトでリアルなキミを見て以来、ぼくはキミに夢中なんだよぉ! キミが出てるって聞いて、『宇宙の』、えぇと、ナントカっていう映画までわざわざ観に行ったんだぁああ!!」

 レアスはその作品を、嫌な意味で良く覚えていた。

 

――――主演女優と俳優をプッシュしたいがために作られた、予算だけが潤沢で、その予算を有名俳優・女優の出演料につぎ込み……ただ、集客だけを目的に作られたような、30秒のコマーシャルを120分に延長しただけのような、低品質な映画だった。

 

 レアスはその作品に、それこそ、この豚がピュリスを評したように『ポっと出のペーペー』として出演していたのだ。

 

「……映画の出来は、どうでしたか?」

よく覚えてないけど(・・・・・・・・・)そんなの最高に決まっているじゃないか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)!! だって(・・・)レアスちゃんが出演しているんだもの(・・・・・・・・・・・・・・・・・)!! それ以降の作品は観ていないけど(・・・・・・・・・・・・・・・)レアスちゃんが出ているのなら(・・・・・・・・・・・・・・)素晴らしい作品だったに決まっている(・・・・・・・・・・・・・・・・・)!」

 ……返答にもなっていない。どうだったか、の答えにもなっていない。ただ、お気に入りの演者が出演していた、というだけで、あの映画を、それ以降の作品も、タイトルさえうろ覚えの作品を、『最高』と評したのだ。

『ぼくは! レアスちゃんの! 一番のファンなんだからぁあああああ!! レアスちゃんの全てを肯定して、レアスちゃんの全てを受け入れて、レアスちゃんの全てを最高に感じるんだよぉおおおお!! だからぁ!!』

 ぐい、と、レアスの細い体を、豚の巨腕が掴み上げる。

 

『レアスちゃんは、一番のファンであるぼくが! 望むように! 気持ちがいいように!

望むままに! 演じなきゃいけないんだよぉおおおおおおおおおお!!

 

――レアスちゃんは、ぼくの! ぼくだけの! お人形さんなんだぁああああああ!!』

 

「ふ、」

 ぐり、と、レイジングハートの先端が、豚の頭部に接触する。

「ざ、」

 レアスの意思が、アーカイブから術式を選択する。

「け、」

 不足分の魔力はレイジングハートに宿された神の魔力を借用。

「る、」

 ばちばち……と魔力がドライブし。そして。

 

「――――なぁアアアアアアアアアアーーーーーーーーっ!!!!!!」

『Penetrate impact !!』

 

――――ズバァアアアアアアアンッ!!!

 

『ブごぉおおおおおおおおおおおーーーーっ!!!!?!!!?!??』

 頭部に叩き込まれた浸透衝撃波に、不意を突かれて手を放す。

「なにが……何が、一番のファン、だぁあああああああーーーーーーーーっ!!!」

 ガシャコン、とレイジングハートが変形する。

『Divine Buster !!』

 

――――キュドォオオオオンッ!!!

 

『ブぁあああああああああーーーーーっ!!!』

 面制圧である砲撃は、いかに皮膚が硬かろうともダメージを押し徹す。

「ファンっていうのはねぇ!!」

 ガシッ、と、豚の口をレイジングハートをバールのように使用しこじ開け、口腔を露出させる。それ以上の駄弁をまき散らさないように。 

「わたしのことを、それとなく頭に留めていてくれて!」

 

――ドスッ!!

 

「出演作をたまーにでも見てくれて!」

 口腔内への攻撃。二度、三度、四度……!

『ぷぎぃいいいいいいいーー!!』

「良いところは良いと、悪いところは悪いと、観たまま素直に批評してくれる人たち全般を指す言葉だッ!!」

 這う這うの体で逃げ出す豚に、もはや反抗する気力は残されていないようにも見える。

 

「観てもいない作品を! そこに情熱を傾けるクリエイターたちの! キャストの! 何も理解せず! ただお気に入りのアイドルが出るからという特定情報だけで全肯定するようなヤツを、わたしはファンだとは思わないわっ!!!」

 

「そうだ!!」

 レアスの魂の叫びに、ファンたちが呼応する。

「さっきから何だお前は!!」「レアスちゃんにひどいことをして!」「みんなが楽しみにしていたイベントをぶち壊して!!」「ほかの演者をバカにして!!」

 

「 「 「 「 お前は何様のつもりだ!! 」 」 」 」

 

 豚男は、怖気づき、負け惜しみのような悪態をつく。

『なんだよぉ!! お前ら、ぼくをバカにするなよぉ!! ボクは、一般人どもが理解できないレベルで、レアスちゃんを理解しているんだ!! レアスちゃんのことを高いレベルで捉えているから、だから、ぼくは、ぼくは、おまえたちよりよっぽど優れているんだ! ぼくは優れた人間なんだぁああああああ!!!』

 語るに落ちるとは正にこのことか。

 結局、この豚は、レアスのことなど見てはいなかったのだ。『レアスのファンである自分』という身勝手なアイデンティティに縋りつくだけの、どうしようもない愚か者だったのだ。

 

『おまえたちなんかぁ、消えちゃえよぉおおおおおーーー!!!!』

 

 幼稚な駄々っ子そのままに、豚の口腔に、暗黒の魔力がチャージされていく。標的は、集ったファンたち。

「――させるかぁああああああっ!」『Impact!!』

 

――ドパァアアアンッ!!

 

衝撃波が、豚の顔面をカチ上げる!

『ぶごぉおおおおおおおおーーーーーっ!!!』

 見当はずれの方角へ飛んでいく魔力砲。

『ア、ア、アァァ……………………』

 ぷすぷすと口から黒煙を上げ、膝を突く。

 

「ねぇほら、煮豚が焼き豚になったわ」「ぶフぉっ……!」

 ………………いまけっこう真面目な場面だからね?

 

 完全に戦意を喪失した豚男。だが……

「わたしは、おまえのお人形になんか、ならないっ!!」

 

――――ガキィンッ! ガキィイインッ!!

 

 ……その四肢に、拘束魔法が掛けられる。レアスは……飛行魔法を行使し、上空へと飛翔していた。レイジングハートを腰溜めに構え、術式をロードしていく。嫌な予感しかしない。

 

「わたしは、大女優になるっ!!」

 

 そして変化するBGM。出だしからして荘厳な、威圧感と迫力を絶妙にミックスした、その楽曲は。

「これはっ!!」「知っているのかライデン!?」「うむ! まさしくこれは先行(ry Disc2収録9番!『星の輝き』に他ならぬっ!」

 

――――ギュイィイイイイイイイインッ………………!!!

 

 レイジングハートの先端に、アホみたいに巨大な魔力スフィアが形成される。周辺魔力ではなく、レイジングハートもどきに宿された魔力を使用した簡易版ではあるが、それは正しく、砲撃魔導師時代の、なのはの最終兵器。

「次元世界を股にかける大女優にッ! 歴史に名を刻む大・大・大女優に!」

『Starlight Braker !!』

 ぎゅおんぎゅおんぎゅおん、と制御リングが大回転を始める!

 

「大・大・大・大・大女優に、なるんだからぁあああああああーーーーー!!!」

 

――――ゴバァアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーッッッッ!

 

『………………――――――!!!!』

 桜色の大瀑布が、豚男を、影も形も残さず消滅させた。

 

「ふんっ!」

「げふっ……」

 否。爆心地から、レイジングハートの穂先に釣られるように、人間の男が掘り出され、放り出される。

「うぅうう……レアスちゃんが、こんな、悪魔みたいな子だったなんて……!! 言いふらしてやる、拡散してやる、炎上させてやるぅ……!」

「あなた馬鹿ねぇ。

 

――あなたみたいな醜いデブと、わたしみたいな万人に愛される美少女。世間はどちらを信じると思っているの?」

 

 じゃきっ、と穂先を突き付ける。

「ヒ、ヒィイイイイ……!!」

「言いふらしなさいな。ほら、言いふらしてご覧なさいな!! 悪魔とでも何とでも!」

 鼻の穴をゴォリゴォリと抉られ、悶絶する。

「ぷぎぃいいいいいいいい!!??!?!」

「わたしは大女優として歴史に名を刻んだ後、大国に妃として迎え入れられ、超絶イケメンの王子様と結婚して、あんたみたいなゴミには見上げることしかできないような幸福を手に入れて見せるんだから!!」

「け、結婚願望……? うそだ……レアスちゃんが、見た目なんかで男をえらぶなんて、そんな………………あふぅ」

 豚、失神する。同時、肉に埋没していたティアラが、カラン、と転げ出る。

 

――ぽむっ。

 

 ……魔力切れだ。レアスに施されていた魔法が解ける。

「…………」

 仁王立ちを崩さないレアスのもとに、なのは、クインがやってくる。ぱちぱち、となのはは拍手をしていた。

「いい啖呵だったわよ。感動的だったわ」

 くひひひひ、と歯を見せて笑いながら、レアスの頭をぽんぽん、と叩く。

「もうスクリーンとの同期も切ったわ」

「あ」

 かたかた、と、レアスの膝が今更ながら震えだす。怒りと興奮が醒めたのだ。残るのは、恐怖と不安の残滓。

「あ、あ、あ、あ、あ……あぁああああー! うわぁあああああーーーん!! うわぁあああああーーーん!!」

 不安と恐怖から解放され、年相応の子供のように泣きじゃくるレアス。その手が、何か縋るものを探すように、なのはの方へ伸びる。

 まぁ、なのはも何だかんだでお人よし。不安がるレアスをギュっと抱きしめて一件落着、

 

――どんっ。

 

 ………………

「………………え」

 信じられない、といった顔で、なのはの顔を見上げる。

「えぇ…………」

 クインも似たような顔をしていた。

 

 なのはが、縋りつくレアスを…………突き飛ばしたのだ。

 

「――――――ふっ。」

 

 ……なのはちゃん、小学生を相手に、本気で勝ち誇った顔をしている……

 

「泣いた方が負けなのよ。だからアンタの負け、私の勝ちだっ! わはははは!」

 ……小学生を相手に、本気で張り合っている……

「ひ、ひどいぃいい……! ひどいよぉおお……!!」

「き、気にすんなよ。なっ」

 今度ばかりは演技抜きで泣くレアス、思わずフォローに入ってしまうクインを尻目に、なのはが勝利の美酒に酔いしれる。

「ふふふふふ……! ふはははは! はぁーっはっはっは! 勝った! リア充に勝ったわ! ずっと、ずーっと負けてきた私が、初めて勝った!」

 ……リア充へのひん曲がった感情が、大爆発していた。

「そうよ……! 私はやればできる! 私たち(日陰者)だって、やればできるのよっ!!

 

――――いぇーい信徒見てるぅー!!?」

 

 そんなの見ている筈が……

 

――かみー!!

 

――神様―!

 

――救世主(メシア)さまー!

 

――お姉さま、輝いてますわぁー!!

 

――エルスちゃん、いきなりどうしたの図書室の窓から身を乗り出して!

 

――さてはなのはちゃんがまた何かやりましたね

 

――なのはちゃーん、帰ってきたら事情聴取(おはなし)だからねー

 

 ……割と届いていた。

「ハルカちゃんのおはなしなんて、こ、怖くないわよ……ふんだ」

 ……若干声を震わせながら、落ちていたティアラを指先でつまみ上げる。

「ほら、これが目当てだったんでしょ」

 クインに放る。クインは何も疑わず、それを両手で受け止め……

 

――べちょっ

 

「うげっ……なんだコレ……」

「豚の油」

 そりゃあ、あの怪物の体内に取り込まれていたのだから当然と言えば当然だ。

「ぎゃあ!!!」

 思い切り素手で掴んでしまった。

 

「レアス。そのビー玉返しなさい」

 あとは、イミテーションとすり替えて終わり。イミテーションである赤いビー玉は、既にインスタントデバイスとしての機能を失い、レアスの手の中にある。

「………………やだ」

「あ゛?」

 やめい。

「返さない! 意地悪な神様には、返してあげないんだからっ!」

 子供っぽい意地の張り方をしている。

「ふぅ~………………わかった。もう返せとは言わないわ」

 なのはは、大きく息を吐き…………

 

「――腕ごと置いていきなさい」

 

 ……なぜこうも悪役ムーヴが似合ってしまうのだろう。

「所有者のあたし差し置いてナニやってんですか」

 と、クインがベチョベチョのティアラを手にし、混ざってきた。

「よい、しょっと」

 べきゃ、と、中央のルビーが台座ごとネジ切られる。

「こんな騒ぎになっちゃあ、もう宝石の一個や二個無くなったくらいでは騒ぎにはなりませんから。これで任務完了です」

 隠蔽の意味がなくなってしまったのだ。破損していても、騒ぎのドサクサでうやむやになると期待できる。

 しかし……台座がモゲるわ油で汚れるわ、レアスに授与されるには汚れすぎてしまった。

 

「直せばいいじゃん」

 

 と、誰かの腕が、ティアラを横から引き上げる。

「あ、秀人さんっ!」

 遅ればせながら、旦那の登場だ。

 なのはが、剣呑な空気をパッと引っ込めて童女のように無邪気に笑う。

「無機物の修復ならお手の物だ。任せろ」

 

――ぼぅ……

 

 ティアラに蒼炎が灯り、歪んだ形状や汚染がたちまち消えてゆく。もげた台座の部分も丁寧に治金され、まるで初めからその形状であったかの様子。

 

「それにしても……」

 

 秀人が、会場や、ステージなどの破壊痕をぐるりと見まわし……その場にウ〇コ座りする。

「………………やーっぱりこうなったか」

 だから、無理にでも一緒に行動しようとしていたのに。

「……イベント、もうリカバリーは無理だなぁ…………」

 ぽそっ……と、レアスが小さく呟く。

 秀人は、そんなレアスの前に屈み、目線を合わせる。

「んなことねーって。ほら」

 ほら、と指さされた先を見る。すると、そこには……

 

「おーい、これどっち運ぶー?」「とりあえず、中央の通りだけ優先的に片づけて、動線を確保しましょう。大き目のガレキは脇の道に」「んで、除けられたガレキは種類ごとに更に分ける、と」「あとはバケツリレーの要領で、横へ横へ運んでいこう」

 

 イベントがぶち壊しになったにもかかわらず、参加者たちがめいめいに動いている姿だった。

「なんで」

 もう会場も滅茶苦茶で、再開の可能性は絶望的だというのに。

「ファンだからだろ」

 レアスの。ピュリスの。ほかキャスト陣の。監督の。脚本家の。

「『好き』は、理屈じゃないんだよ」

 んじゃ俺も手伝って来るわ。そう言い残し、秀人は何食わぬ顔で片付けへ向かう。

 

「レアス」

 と、なのはに呼ばれる。

「この状況で、あなたに出来ることは、なに?」

「わたしに、できること…………」

 悲嘆に暮れていた頭が、少しずつ動き始める。イベントは確かに、予定から外れてしまったのかもしれない。設備の即時復旧は難しいだろう。イベント取材に来たはずのメディアも、いまは騒動を記事にすることで忙しい。式典用に用意した豪奢な衣装は土埃で汚れてしまっている。

 

 だけど。

 

「おっも……誰かそっち持ってー」「いいぞー」「さんきゅー……って、神じゃん!?」「え!? うわマジだ!」「はいはい、今は片付け優先!」「は、はい」「超特急で片付けるぞー!」「「「「「「オォー!」」」」」」

 

 これだけ多くの人が、まだ、居てくれているのだ。

 

「レアスさん! 大丈夫でしたか!?」

 避難していたピュリスが、戻ってくる。

「ピュリスちゃん。ほかのみんなは?」「えっと、まだ会場のあちこちに、それぞれ避難しています。レアスさんだけ見当たらなかったので、あの、わたし、勝手に抜け出してきて」

 言葉を中断させるように、がしっ、と、ピュリスの両肩を掴む。

 

 

「やるわよ、フェイトちゃん(・・・・・・・)

「………………え?」

 

 

――――数十分後。

 

「っだぁー!! とりあえず片付いたぁー!」「おつかれー!」「かんぱーい!」

 障害物の撤去がひと段落ついたころ。横倒しになった自販機から購入したジュースで乾杯する一同。さて、残るか、解散するか……という考えの浮かぶタイミングで。

 

――――♪。

 

「ん?」「音楽?」

 生きている音響機器から、澄んだ音色が流れ始める。

「行ってみようぜ」

 誰ともなく言い出し、片付けたばかりの通路を歩いていく。この先にあるのは、先ほどの騒動の現場となった野外ステージだ。

 ステージ上の明かりは、半分以上が破損しており、日も暮れているということで薄ぼんやりとした光が灯るのみ。それも、均一にステージを照らすのではなく、半分だけがライトに照らされていて、もう半分は暗闇。

 その、心もとない光の下に……

「あれ、レアスちゃん……」

 口にしたファンはしかし、口を噤んだ。レアスが、ステージの上に居るのだ。

 

『――――伝えたいことが、あるんだ』

 

 マイクを通して……レアスのものであって、レアスのものではない声が会場に響く。

 レアスの装いは、豪奢なドレスではなく、スカートにシャツというラフなもの。しかし、その衣装の意味は伝わった。

「あれ、PVにあった劇中の普段着だ」「……ってことは、これは」

 

 ステージの上で、暗闇の中から現れたのは……

 

『――――母さんを、助けてあげなきゃ』

 

 同じく、劇中衣装に身を包み、フェイトへ扮したピュリスだ。入れ替わるように、レアスは暗闇の中へ。

 

 二人は、ぼんやりとしたスポットライトと、暗闇という、たった二つの舞台装置を用いて……芝居を行っているのだ。

「すげぇ……」

 感嘆の息を上げる。

これが、リハーサル無しのぶっつけ本番、即興劇だと誰が気付こうか。

 

 暗闇と日溜まりを、レアスとピュリス……否、『なのはとフェイト』が、入れ代わり立ち代わり、それぞれの胸の内に秘める言葉を吐露していく。

 観客は、たった十分ほどの、二人の女優の演技に引き込まれていく。

(秀人さん)(……何だ?)

 なのはは、秀人の手を取り、接触回線で念話を行う。

(レアスに言ったこと、ウソがあるんだ)

(どんな?)

(あのビー玉、私の技能と魔力を一時的に付与した、っていうの。ぜーんぶ(・・・・)ウソ(・・)。それっぽく念じるフリをして、ビー玉を渡しただけ)

 はじめの数回の魔法の行使は、なのはが行っていたこと。チュートリアルのようなつもりだった。

 ……では、アレは何だったのだろうか。公式プロフィールによれば、今回の映画のために集められたキャスト陣の中で、魔法戦闘に耐えうるだけの魔力量を持った人物は、いないのだという。主役を張るレアスも、それは例外ではない。魔法素養ほぼ無しの女優が、才能あふれる魔導師の少女を演じる……という話題性もあった。

しかし、レアスはまごうこと無き魔法を行使した。それも、なのはの魔力光を発する。

(あの子が使った魔法の殆どは、『劇中で使われていた魔法』。衝撃波は、秀人さんの代名詞だからメジャーに知られている。最小限の護身は私が操ったものだけれど……それ以外は、ぜんぶあの子が自分でやったこと)

 つまり。

 

(――あの子の演技力は、世界を騙した(・・・・・・)のよ)

 

 なのはは、見込み有る若者を語るとき、とてもうれしそうに笑う。

(本当に、成っちゃうかもね。『大大大大大女優』ってやつに)

今、その笑顔で、ステージを観ていた。

 

『私は、あなたと――――』

 

『それでも、私は――――』

 

 二人の即興劇は、終盤に差し掛かる。物語の核心に触れる言葉は使わず、思わせるような言葉で、最大限の表現を行う。そして、

 

――――暗転。

 

 ステージの照明は完全に消え、二人の姿は見えなくなる。

 観客たちの余韻が消える、その完璧なタイミングで……

 

――――パパパッ

 

 照明が灯る。

これは奇跡ではない。演技中、ふたりが時間を持たせていたわずかな時間で、プロの機材スタッフたちは照明機器を復活させたのだ。

 黒子のように煤だらけになった顔たちが、互いにガッツポーズをしていることに、観客は気付かない。

 

 照明に照らされたステージ上で、手を繋いだ二人が、深々と観客へお辞儀をする。

 

――ぱち……

 

――ぱちぱち……!!

 

――わぁあああああああああっ!!!

 

 大歓声が、上がった。

『――以上! レアス・ステラ初主演作『魔法少女リリカルなのはTHE MOVIE 1ST』プロモーション、試写会限定バージョンをお届けしました!』

『つたない演技をご覧いただき、あ、ありがとうございましたっ!』

『えー、ぜんぜん拙くなかったよフェイトちゃん(・・・・・・・)

『も、もう、なのは(・・・)ったら……!!』

『それじゃあみんなに聞いてみよう。……拙くなかったよねー!?』

 

――――ぜんぜーん!!

 

『ほら、全然って言ってるよ?』

『あ、ありがとうございますっ! うれしいですっ!』

 演技なのか、演技でないのか……あいまいな状態で観客を翻弄しつつ、会場は和やかな雰囲気に包まれていた。

 

「それにしても、アレが私をモデルにしているとは到底思えない……」

「再現したら発禁になっちゃうだろ」

 ……否定できる材料が無かった。

 

「うむ、『俺』がどうなっているか、不安でもあるが滅茶苦茶楽しみだな!」

 

 あの演技力。ほかスタッフも有能ぞろいのようだ。我らが主人公・我妻秀人がいかに八面六臂の大活躍をしたか、とくと再現してもらおうではないか。

 

「――――最初に言っておく。出番はない」

 

 突然、秀人の背後へ位置取っていた地味な男性が、そう断言する。

「うわビックリした!? 誰だオッサン!?」

「脚本担当です」

「いやそうじゃなくて」

 男性は、秀人を真っ直ぐに見つめ、断言する。

「重ねて言おう、神よ。…………この映画に……

 

――――吾妻秀人なる人物は登場しない(・・・・・・・・・・・・・・)!!」

 

「な」

 秀人が、一歩後ずさる。

「なん、だと……!?」

 戦慄の主人公。

「俺となのはの出会いは!?」

「無い」

「ユーノとの出会いは!?」

「高町なのは単独の出番」

「フェイトとは!?」

「二人だけの対峙」

「ジュエルシード暴走体を鎮圧するシーンは!?」

「少女の圧倒的な砲撃で爽快ワンパン」

「庭園突入のバイクシーンは!?」

「アースラからの転送に変更」

「プレシアは!?」

「死ぬ」

「プレシアぁああああああああーーー!!!! ……って脚本家直々にさらっと重大なネタバレしてんじゃねぇー!!」

 まぁ、公的には死んだことになっているのだプレシアは。事情が複雑すぎる。

「なぁにが叙事詩だ捏造上等のフィクションじゃねーか!!」

 納得できない秀人が脚本家に詰め寄る。

「それがどうした。要らんと判断した要素を排し、物語の純度を上げただけのこと」

「純度ぉ……?」

脚本家は、しかし、逆に秀人に向かい、叫ぶ。

「少女たちの尊い友情ストォリィになぁ…………

 

――――(オトコ)なんて要らねぇんだよォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーッッ!!」

 

「ぐわぁあああ過去に何があったか知らんが何て圧だ!?」

 魂の叫びが、圧倒的オーラが、秀人を弾き飛ばした。

「――――物語と歴史の整合性さえ超越する…………わたしこそ(脚本家)だぁーーーーー!!!」

「これが、ヒトの持つ業だというのか……!!」

 

 

 騒動が解決しつつある中で。

(よし……今のうちに帰ろう…………アレと関わるとロクなことが無いことが、今回の一件でよくわかった)

 抜き足差し足忍び足で、クインが宝石片手にスタコラサッサと会場を離れようとしていた。賢明な判断である。

 

「? あなたどこへ行く気?」

 

 ………………達成できたなら、であるが。

「ひィっ! いつの間に!?」

「背中にも目を生やせって教わらなかったの? ……あいつ、さては指導の手ぇ抜いてるわね」

 まったくいい加減な……と、ブツクサ言うなのは。

「は、放してください! あたしには、コレをカレン姉に届けるというミッションが……!」

「宅急便で送ればいいのよ、そんなもん。あて先はいつものダミー住所に符丁を追記しておけば、工作員が勝手に届けてくれるわ」

「大事なもんを宅急便で送る任務があるかぁー!!」

「フツーよフツー。手渡ししろとは言われてないでしょ。結果として届けばいいのよ」

「屁理屈だ!」

「でもカレンなら?」

「言うと思う!」

 では、なのはがクインを捕獲した理由とは。

 

「おまえは弟子への土産にするわ」

 

「み、みやげ……?」

「腕前の近いやつと戦うことが、上達への近道だからねぇ」

 

――――一部の野生動物は、死なない程度に弱らせた獲物を持ち帰り、我が子に与えるのだ。食事と、狩りの練習という目的がある……と言われている。

 

 ぶちり、と、クインの胸元に装着されていた、ブローチ型通信機を引きちぎる。ぽちぽちと仮想キーを慣れた手つきでタッチする。

「あ、カレン? もしもーし」

『んー? あれ、なのはじゃん。どしたのー?』

「コレ貸して」

『あぁ、クイン? いいけど、四体……いや、三体満足くらいで返してよ?』

「義手義足で生活できる程度には収めておくわ」

 …………敵のボスと気軽に世間話をする女、なのは。

「帰らせて……おうちに帰らせてください……ぐすっ、ぐすっ……カートぉ……あたし先に逝くよぉ……」

 死を覚悟したクインは、されるがままだ。

 

「さて、それじゃあ帰りましょう秀人さん、クイン」

「俺、何しに来たんだ……? っていうかこの子ダレ……?」「しくしく……」

「仕方ないわよ」

 さきほど、公式から正式に試写会中止の連絡が届いた。さすがに、半壊した建屋で、大人数を収容するのはリスクが高すぎる。チケットの払い戻しと同時、前売り券の配布が行われている。

 

「あ、居た!!」

 

 前売り券を受け取らずにさっさと帰ろうとしているなのはを、先ほどまで前売り券の手渡し配布をしていたレアスが呼び止める。

「なに帰ろうとしているんですか!」

「配布が終わったら、帰宅者でターミナルがごった返すでしょう? だから先んじて行動しているのよ」

「だからって、一言くらい掛けてから帰るものでしょう!」

「嫌よ。私、あんたのこと嫌いだもの」

 なんて大人げの無い……

「未来の大女優とコネ作っておこうとか、思わないんですか!?」

「お・も・い・ま・せ・ん。あんたよりウチの娘の方が一億倍可愛いわよ」

「むぅううう……!」

 レアスは、ポケットから紙束を取り出す。そして、それをなのはの身体にグイ、と押し付ける。

「はい、これ!」

「何よこれ」

 ……なのは、押し付けられるだけで受け取ろうともしない。

「何って、映画のチケットですよ! 神様…………なのはさん(・・・・・)はお友達がとーっても少なそうですから、これで十分足りるでしょう!」

 押し付けられたチケットは、10枚はありそうだ。

「ふぅん……末端価格いくらかしら」「売るなぁ!」

 そう言いつつも、レアスは、チケットをなのはのポケットへグイグイとねじ込んだ。

「ぜったい、ぜーったい、観てくださいね! 感想聞きますから、メアドください!」

「めあど」

 なのはは、異世界の言語を耳にするような口調でオウム返しにした。

 事変の後、マリエルが全世界に無料で公開したOSを搭載した情報端末は、言語は違えどデータの交換が可能である。これにより、民間レベルでの交流を目指したものではあるのだが……

 

「……連絡先交換ってどうやるんだっけ」

 

 ……そもそも連絡先交換をする習慣が無いマイノリティ(日陰者)には、何の違いも無いのである。

「はい」

 と、なのははおもむろに端末をレアスに差し出す。

「やって」

「……よく躊躇なくできますね、そういうコト」

 レアスはドン引きしながらも、なのはの端末と、自身の端末を接触させ、連絡先を交換することに成功した。利用されるリスクを考えなかったのか、というと、それは違う。

「私の連絡先が漏洩したら、あんたの連絡先と泣きべそ顔を三千世界のネットワークにバラ撒くわよ」

「この(ヒト)ならマジでやりかねない……!! って、しませんよ、そんなこと! はい、出来ました!」

 突き返された端末を、ぽちぽちと。

「じゃ、ブラックリストに」「入れるなぁ!! それと!! ……それと。

 

――――――助けてくれてありがとう、なのはさん!!」

 

顔を真っ赤にしてそう言い、ぴゅうっ、と配布会場へダッシュで戻っていった。

「あんたが勝手に助かっただけ……って、もう聞こえないか」

 

「あたしのことも助けてくれませんか…………?」「それはダメ」

 さめざめと泣くクイン、どこか上機嫌ななのは、納得できていなさそうな秀人の三人は、何点かの土産を手に、海鳴市への帰路に着くのだった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「……よし」

 吾妻ヴィヴィオは、自宅リビングにて、何らかの用紙に手書きで記入をしていた。

 

――――クラス交流戦協定。

 

 ルールに則った戦争を行うための、事前の取り決めだ。ざっくりと、殺害行為、殺害につながる行為を禁止する、といった簡単な内容だ。

 まぁ裏を返せば暗黒魔法も戦略魔法も賄賂もスパイも何でもあり、ということなのだが。

 そのクラス代表者欄に、ヴィヴィオは日本語でガッチリと署名をし、円筒状ケースに入れ、厳重に封をした。

 

「ママー、書けたー!」

「はぁい」

 書斎から出てきた四葉は、二通の手紙をテーブルに広げた。電子データの交換に制限がある四葉にとって、ほぼ唯一、安定した情報源である手紙である。

「一通は、お姉ちゃんからです。はい、読んでみて」

 日本語とミッド語、そしてベルカ語を並列で学ぶヴィヴィオにとっては、軽いお勉強の時間だ。

「えっと……『交流戦、お父さんと一緒に、必ず観に行きます。楽しみにしています』、だって!」

「お姉ちゃんは手紙でも口下手ねぇ……はい、もう一通」

 出し方から察するに、おそらく、こちらの手紙が本命だろう。

「未来創生機関・先進技術開発局…………!!」

 ……大仰な組織名だが、連なっている名前を見ればお察しのことだろう。

――局長・ジェイル・スカリエッティ

 

「ママ、これって!」

「えぇ」

 目を輝かせるヴィヴィオに、四葉が愛おしそうに頷く。

 

「――――ヴィヴィオの専用デバイスが、完成したわ」

 

 

 新世代を担う若者たちの間で、波乱が巻き起ころうとしていた。

 


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