魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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vivid編 19話『 暴力は世界を救う 』

 

――暴力は最高よ。何でも解決してくれるんだから

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「はぁ、はぁ……も、もう、限界ですぅ……!!」

「甘ったれてんじゃないわよ。ほら、ぐい、ぐいっと奥の奥まで」

「あぁっ……!! 無理……! それ以上は無理ぃ……!」

「痛いのは最初だけ……慣れれば気持ちよくなるわよ。そう、彌茅だって、ね……」

「! あんな小さい子に、……外道……!!」

「くっくっく……さぁ、受け入れよ……!」

「あ、あ、アァーッ!!」

 

 …………拉致ってきたクインの身体をグイグイと乱暴にストレッチするなのはの姿があった。

師匠(せんせい)。わたし、そんなに硬くありませんでしたよ」

「そうね。で、あなたは瞬発力はあるんだけれど、持久力が無いのが欠点ね」

 

――ベキッ、ゴキッ!

 

「ひぎィー!! 痛いよぉ……!!」

「なーに言ってんのよ。私が居た頃の部隊なんて、入隊初日に靭帯損傷有りきの鬼畜股裂きだったのよ? まったく、カレンに代替わりした途端、コレだもんねぇ……最近の凶鳥部隊は甘っちょろいのよ」

 ……母校の部活に口出しする系OG、なのはであった。

 

「……アハハ、アハハ…………のしイカのポーズ……アハハ……」

「お湯に入れたら戻るのかしらね? ホラ休んでる暇なんて無いわよ」

 デレーンと弛緩したクインに、優しさのカケラもない治癒魔法をジャブジャブとぶっかけ、人為的に超回復を促す。戦闘にさしたる魔力を使用しないなのはにとって、ここぞとばかりに魔力の有効活用である。

 

 木刀を持ったクインと彌茅が向き合う。彌茅は腰に、クインは上段に剣を構える。立会い式の稽古だ。

「じゃ、はじめ」

 雑に下される指示。が、両者ともにすぐには動かない。彌茅の居合速度は、状況によってはなのはに迫る。対してクインは、速度こそ劣るが、一撃の重さでは上回っており、手数で勝負するタイプ。序盤は膠着するのが常だ。

 ジリ、ジリ、と摺り足で間合いを微妙に詰める二人。その制空権が触れた瞬間……

 

――――がぎぃんっ!!

 

 彌茅の居合が炸裂する。

「っぎ……!!」

 クインの防御、今回は間に合った。前回の立会いでは、肋骨を雑に粉砕されていたのだが。なお前々回の立会いでは、彌茅は手首を砕かれていた。

 

『――私、あなたたちを絶対に死なせ(逃がさ)ないわ。地獄の閻魔と戦ってでも、あなたたちを現世に繋ぎとめてみせる……!!』

 

 ……優しい言葉のはずなのに、なぜこうも恐ろしい意味を含めるのだろうか。弟子一号、暫定二号は、そのマッドな発言に戦々恐々としていた。サボり癖のあるクインなどは、意図的に負けることでラクをしようとしてたのだが、当然の如くバレた。

 

『あら……あらあらあら……駄目よ。駄目じゃないの。死なないための訓練で手を抜くなんて、さてはあなた、死を舐めているわね? わかったわ。死がどういうものなのか、まずはそれを魂に刻み込んであげなきゃ、ダメみたいね。死と蘇生を同時にプレゼントしてあげるわ。私もそうやってきたのよ。さぁ死ね。そして生き返れ』

 

 結果、『全身を強く打つ』という隠語を体感するかの如く、なのはにボコられるという地獄の刑罰を受けて以来、『なのはに殺されるくらいなら骨折程度で済むほうがまだマシ』という新しい気持ちで、稽古に臨むクインなのであった。

 

「――!!」

 

――ビシュッ!!

 

 脛打ち。これは立会いの体を取っているだけの稽古だ。反則など無い。暗殺者としての適性を持つ彌茅は、ときに剣を捨て、クインの首を絞め落としに掛かることもある。クインはクインで、投石や砂などのダーティファイトも辞さない。

 

――ガキンっ!

 

 脛撃ちの剣を踏みつけ、クインが彌茅の頭へ木刀を振り下ろす。

「……!」

 剣から手を放し、身体を反らせて回避。見逃さず、巻き上げの一撃を見舞う。

 

――ガツンッ!

 

 今度は彌茅が踏みつける。小柄な体が巻き上げの勢いのまま宙を飛び、クインの背後にヒラリと舞う。

「うぅっ……!!」

 首筋に走る寒気。クインは後ろ蹴りで引き離しに掛かるが、苦し紛れだ。彌茅はクインの足首を両手で掴み……

 

――――ぐギリっ……!

 

 ……完全脱臼。靭帯損傷。更に逆側へネジリ曲げる。

「ッッ!!! ぎゃぁあー!!」

 神経の集中する箇所を徹底的に破壊され、クインが悲鳴を上げる。完全に体勢の崩れたクインの首筋へ、回収した木刀で斬撃を見舞う彌茅。

 

「――勝負あり」

 

 ……その手をなのはが掴み、勝敗は決した。

「ひっく、ひっく……痛いよぉ~……!!」

「痛いだけで済むんだから有難く思いなさい。痛いと思う間もなく死ぬことだってあるのよ」

 クインの足に高度な治癒魔法をかけるなのは。繰り返し、恵まれた魔力量から鬼のような用途である。

「さて」

 その傍ら、立会いの講評に入る。

「まずクイン。脛撃ちへの反応が遅い。肩の動きで斬撃の軌道を予測しなさいと言っているでしょう。剣への踏みつけも弱い。木刀だから止まったけど、真剣だったら振り抜かれていたわ。打ち下ろしから巻き上げへの切り替えしが遅い。だから乗られるのよ。そしてこれが最大の悪手だけれど、背後への蹴り、あれがダメ。狙ったわけでもなく、闇雲に足を伸ばしただけ。恰好のカモよ。切り落とされても仕方ないわ。背後を取られた恐怖から動揺したのね。恐怖はセンサーになるんだから、動揺するんじゃなくて、走馬灯から対処法を割り出して身体に反映させなさい。

 

 次に彌茅。間合いに入ってから抜くまでの動作が遅い。制空権が触れた瞬間には抜きなさい。脛撃ちが遅い。剣を踏まれるなんて剣士として屈辱の極みと思いなさい。跳躍するタイミングが悪い。巻き上げの勢いを利用するんじゃなくて、足場に触れた瞬間に跳びなさい。絞め落としに入るまでが遅い。着地が悪かったからよ。部位破壊が甘い。下手したら不発よ。壊すと決めたならキッチリ壊しなさい」

 

 勝敗問わずケチョンケチョンに酷評する。勝った方も負けた方も、ショボーンと凹む。

 

「まぁ、でも」

 

 と、なのはがうっすらと笑みを浮かべる。

「クイン。初撃への対応、良く間に合わせたわね。肋骨砕かれた反省が活きたのね。背後への対応も、反応もできずに絞め落されていた時とは段違いに良かったわ。

 彌茅。脛打ちを攻略されてから一連の流れは良かったわ。絞め落としから部位破壊への変換も臨機応変で。トドメへの流れも良かったわ。教えた通り、ちゃんと首を狙っていたわね」

 ……9割ダメ出しをして、1割を褒める。熟練のDVクソ男のような、なのは式の弟子教育法により、二人の弟子はすっかり機嫌を良くしていた。

「クインさん。わたしの勝ちですね」

「ぐぬぬ……まぁ、そうだな……」

「ということで、買い出しはお任せします。今夜はわたしの好物である鮭です」

「あぁ、肉がよかったなぁ……」

『弟子部屋』と名付けた吾妻家の隣室で、二人は結構仲良くやっているようだ。

 

 そうこうしている内に、治癒魔法も完了した。

「はい終わり。調子はどう?」

「……怖いくらい元通りです」

「そう」

 相変わらず素っ気ない。

「秀人さんはカントクさんの会社にバイトに行ってるし、ヴィヴィオのトコ行く準備もだいたい終わっちゃったなぁ……慈樹もいまはお昼寝タイムだし」

 端的に言えば、暇だった。屋外のベンチに腰掛け、思案する。

「…………」

 弟子二人を、見やる。よくもまぁ、着いてくるものだと。実は、クインなど、逃げようとも追う気は無いというのに。彌茅も拒否が有れば、平凡な生活へ切り替えてやることもできるというのに。

「木刀じゃなかったら、クインさんの足首は無くなってました!」「へへーんだ! それこそミカヤだって手首なくしてたもんねー! 今んとこあたしの勝ち越しだもんねー!!」「違いますぅー!! まだ五分五分ですぅー!! わたしのほうが強いですぅー!!」「おー!? やるかー!?」「やってやりますよー!!」

 ………………。

 

――――ズバっと。

 

「――!!?」「うぎゃっ!?」

 なのはが不意打ちで飛ばした殺気の刃。どちらも頸部を削ぐ軌道で放ったそれら。クインはまたも直撃し、地に転がるが…………

「……………………あら、まぁ」

 

――――彌茅は、回避した。

 

 木刀で、刃の軌道を逸らしてみせた。まぁ、なのはであれば、木刀であろうと真剣であろうとも、諸共に両断していたであろうが……それでも、彌茅は反応してみせたのである。

「……あらあら、まぁまぁ」

 なのははベンチから立ち上がり、目をパチクリとさせたまま硬直している彌茅のもとへ歩いていく。

師匠(せんせい)、わたし今……!!」

「あらあらまぁまぁ」

 ようやく、快挙を自覚し笑う彌茅を、なのはが抱き上げた。そのままくるくると回る。

「うん……うんうんうん……よーしよしよし。よっしゃしょっしゃ。わっしょいわっしょい」

「わぁ、わぁああああ」

 喜びだか驚きだか、イマイチ判別のつかない悲鳴を上げ、されるがままになっている。

「ぐぇっ……」

 踏みつけられるクイン。ひとしきり回転すると、なのはは彌茅を降ろし、背を向ける。

「…………ふー。さて、彌茅には褒美を取らせます。何を望みますか」

「はいっ! 映画を見たいです!!」

 即答である。

「これっ! これを観たいです!!」

 そして、懐からズバッと取り出したのは、A4サイズのチラシ。

「――!! そ、それはっ……!!」

 なのはが慄く。

 

――――『魔法少女リリカルなのはTHE MOVIE 1ST』

 

(あのクソガキ(レアス)に無理やり握らされたチケットやらの一部ッ……!! 不覚ッ……! 焼き芋の焚き付けにしてやるつもりがッ……!!)

 ひどい。

「……駄目、でしょうか……師匠(せんせい)……」

「くぅっ……!!」

 が、褒美を取らせると言った手前、ダメとは言いづらい……というか、他人行儀ではあるが、我が子も同然に思い入れている弟子の願いだ。何かしらのきっかけがあれば、結局は願いを聞いてやっただろう。

「……………………………………………………良いでしょう。少し待っていなさい」

 長考の末、なのはは苦悶したように言葉を絞り出した。

 自宅へ戻り、押し入れに封印していたチケットを取り出す。

「幸いにも海鳴市の映画館で上映されています。明日は休暇とします。楽しんできなさい」

「えっと、その…………」

 と、彌茅はもじもじ、と言いづらそうにする。

「あの、師匠(せんせい)とクインさんも、一緒に、と思いまして……」

「……………………マジか」

 ……観に行けと? 自分が主人公の、タイトルにおもっくそ自分の名前が入っちゃってる系の映画に?

「まぁチケットは焼くほどありますが……」

 焼くな。

「駄目ですか……?」

「うぅっ…………純粋無垢な眼差しっ……! ……よし分かった。行きましょう」

 決断は早かった。慈樹は留守番だ。慈樹の専任シッターを自認する奈々に任せておけば、まぁ大丈夫だろう。

「わぁい。えいがっ、えいがっ」

 嬉しそうに跳ねる彌茅に、思わず破顔する。「あすの準備をしてきますっ!」と自室へ走っていった彌茅を座って見送る。

「まったく、明日だと言ったでしょうに……ねぇクイン?」

「オコシテ……オコシテ……」

 ……椅子にされたクインが呻いた。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

――やっと見つけました。

 

 わたしは、A4の大学ノートと、目の前の集合住宅の外観を見比べます。『いんたぁねっと』から印刷した外観と、目の前の建物はピタリと一致します。

 

――問題は、ここに、ちゃんと『あの人』がすんでいるかどうかです。

 

 目を瞑れば、今でもせんめいに思い出せます。あの日、学校で、おじいちゃんが危篤だと電話れんらくが入った日。わたしは、学校のイジワルなひとたちに拉致され、あわやおじいちゃんの死に目にあえないかもしれない、というぴんちでした。

 そんなときです。さっそうと現れた、軽く脱色したような髪色のお姉さんがてんくうから舞い降り、わたしたちの間にわって入ったのです!

 ここで、お姉さんがあくとうをバッタバッタとなぎたおす……という展開だと思いますか? 

ふふふ、ちがうのですよ。

 

『あなた。虐げられるだけで終わりたいの? 理不尽の前に(こうべ)を垂れて、過ぎ去ってくれるのをただ待つだけでいいの?』

 

 なんと、わたしを叱咤したのです。

 わたしは、なんてひどいことを言うひとなんだろう、と思いました。たすけてくれるとおもっていたのに。ですが、いじめっ子たちに無防備に背を晒してまで、わたしのためにことばを掛けてくれたのです。

 奮起、という言葉の意味を、わたしはあのとき、はじめてしったのです。ンダテメオラァ、といきりたついじめっ子たち。

『はい、立つ。相手の喉元を見る。こぶしを握る。あぁ違う違う。小指から親指に向かって順々に。ふふ、懐かしいわねぇ』

 あれよあれよと、わたしの手は、握ったこともないような固い『拳』へと変化しました。ですが、良い子であろうとして、ケンカひとつしたことなかったようなわたしです。さてどうしたものか……と困っていると、不思議なことがおこりました。

『奥義『水鏡漿』。そして鼻先にドーン』

 

――ばきょっ

 

 わたしの身体がかってに動き、ながれるようなフォームでいじめっ子の顔面を叩いたのです!

 ぶべっ、と鼻血を吹き出しながら、自称・格闘技をやっているといういじめっ子は、あっさりとたおれました。拳に伝わる未知のかんかく。他人にぼうりょくをふるったという事実が、わたしの身体をいしゅくさせました。ですが、それいじょうに。

 

『要点はこれだけよ。さぁ、残り二人を始末しなさい』

 

 とん、と軽くおしだされたわたしは、おひざが震えていましたが、それは、こわさによるものではありませんでした。

 拳にのこる、じん、とした痺れ。めのまえにぶざまに転がる、わたしにいつもイジワルをしてきた、おおきないじめっ子。

 

それらが頭の中でむすびついた瞬間……なんていうか……その……お下品なんですが……フフ…… 興 奮 しちゃいましてね。

 

 ナニスンダコノチビ、とわめく腰ぎんちゃくさん達の顔面に、おもしろいように拳がつきささります。顔面をガードするひともいましたが、よく見たらおなかがガラ空きでしたので、おなかをなぐってみました。ぼむ、と、空気のはいったボールを叩くような感触でした。かおをなぐると、人はごろごろとじぶんで転がりはじめるのですが、おなかを叩かれた人は、おなかをかかえて丸くなるのです。しりませんでした。

 

 もっといろいろためしてみたかったのですが、たったの数人でしたし、なにより、とても急いでいましたので、きりあげました。

 

いま思い返してみても、なんでこんなによわっちいひと達におびえていたのか、よくわかりませんね。

 

 いそいでおじいちゃんおもとへ向かうわたしを、あのひとはカッコよくだきあげ、そらをとびました。世界的な事件のあとでしたので、そういったことができるひとがいる、という話は聞いていましたが、びっくりです。ビルを飛び石みたいに飛び越えて、あっというまに病院がみえてきました。

『いいことを教えてあげるわ』

 さっそうと風を受けて飛ぶあのひとは、わたしにだいじなことを教えてくれました。

 

『――暴力は最高よ。何でも解決してくれるんだから』

 

 しょうげきでした。わたしはそれまで、むだにつよい自分の腕力を、すこしはずかしく思っていました。ですが、ちがうのだと。

 そもそも、いじわるをされ始めたきっかけも、クラスで腕相撲をしよう、という話になって、わたしが24タテで勝ってしまったからなのです。逆恨み、というやつなのです。はじめが肝心なのでした。さいしょにイジワルをされたときに、ぼこぼこっとしちゃえば良かったのです。

 

 そんなこんなで、病院に到着しました。末期には間に合いましたが、結果的に、おじいちゃんは天に召されました。

 

――死因は餓死です。

 

 体脂肪率1.8%という、およそ人体には不可能とおもわれる数値を突破した結果、基礎代謝に体中のエネルギーはおろか、生命までも食いつぶされるかたちで、おじいちゃんは生涯を終えました。

 片時も鍛錬を欠かさなかったおじいちゃん。大会が近くなると、鳥のささみをミキサーで潰した変な液体とかをごくごくと飲んでいたおじいちゃん。生物的には最悪の飢餓状態ではありましたが、ビルダーとしては究極の肉体で生涯を終えたことに、きっと本人は悔いが無いのでしょう。

 

 ですが、わたしはおもうのです。

 

 きっとおじいちゃんは、身体を鍛えるということが手段ではなく、目的だったのだろう、と。鍛えた力の持っていく先が、どこにもなかったのだろう、と。肉体づくりに正解はありません。おじいちゃんは、長年の試行錯誤の末に、筋肉の袋小路に迷い込んでしまい、そして……。腕力には、てきどな、そして直接的な発散がひつようなのです。

 

――暴力はすべてを解決する。

 

 そんな大事なことに気付かせてくれたあのひとに、もう一度会いたい。そして……。そのいっしんで、くっぷくさせてれいぞくさせた元いじめっ子たちにも手伝わせて、情報をあつめました。

 そしてようやく、ようやく……! 

 がちゃり、とドアを開けて出てきたひと。薄い髪色に、白く濁った片目。間違いありません……!!

 

「みつけました……! わたしのかみさま……!!」

 

 なにやら、だれかとともにお出かけのようです。うぅ、話しかけづらい……。あ、行っちゃった……追いかけなきゃ。まってー。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

――やっと見つけましたよ……!!

 

 わたしは、生まれて初めて管理外世界に足を踏み入れました。大大大冒険です!

 

 お忍び旅行? いえいえ、そんな軽い動機ではありません。なのはさんに一言、物申すためにオフを取り、遠路はるばるやってきたのです!

 

 このわたし――レアス・ステラ初主演作品『魔法少女リリカルなのはTHE MOVIE 1ST』は、この地球という世界においても封切されました。事務所のマネージャーから聞くに、初日から大入りの大大大盛況! 間違いなくヒット作と言える初動を記録した、とのことでした。鼻高々です! さすがわたし! だと、いうのに……。

「な~んで、まだ感想を送っても来ませんかねぇ、あの陰キャは……!!」

 実は貴重な前売り券を、大盤振る舞いしたというのに! もう一族郎党、映画館へ足を運び、圧倒的クオリティ(主にわたしの演技)に涙し、わたしをぞんざいに扱ったことを五体投地で詫びるべき! だというのにです!

 現地のフォーマットに自動的に合わされる、マリエル印の謎技術によって、間違いなく連絡は届いている筈なのです。

 神様のことだから、凄まじいオリエンタルな大宮殿にでも住んでいるのかと思いましたが、調べ尽くした結果、意外にも質素な住宅に住んでいるようでした。わたしの新人時代の寮のほうが、まだ広いのではないでしょうか?

 反対側の門扉の陰には、雪のように白い髪の毛の女の子がいました。こちらのことは全く目に入っていないようですが、すごく目立ちます。あれは脱色ではなく、天然の髪色でしょう。個性的でうらやましいです。なにが目的かは知りませんが、とりあえず放っておきましょう。

 あ、なのはさんが出てきました。……って、あれクインさんですね。あの時以来です。仲良しさんなのでしょうか。あと一人は……こちらの地域では9割以上を占める、黒髪の女の子です。黒いとはいっても、日の光を浴びて天使の輪っかがキラキラとしています。ツヤッツヤです。オリエンタルです。

 三人は連れ立って、出かけるようです。会話を盗み聞くと、『映画』という単語が聞こえました。さては、封切の日には行かなかったのですね!? なんたる不義理……! この可愛いわたしの主演作だというのに……!

 

――どうして映画観に行ってないんですか!?

 

 端末からメッセージを送信しますが、神様のポケットに入っているであろう端末は、鳴動すらしません。さては通知を切っていますね、あんちくしょう。さすがコミュ障陰キャです。

 とにかく、タイミングを見てバっと現れて物申すのです!

 

 ……って、考え事してたら行っちゃいました! さっきの白い子もいません!

 

 まてー!!

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

(……なにあの子。別方向からついてくる。こわい)

師匠(せんせい)。あの子は誰ですか? 外に作った弟子ですか? 斬っていいですか?」

「落ち着けよ彌茅……」

 弟子二人がやいのやいの騒いでいる。

「いや、マジで誰だっけ……。うーん……あの白ウサギみたいな子……変装してる方はたぶんレアスっぽいんだけど……」

 ……割とマジで忘れかけていた。

師匠(せんせい)! 映画館ですよ!!」

 ぐいぐい、と彌茅が遠慮なくなのはの手を引く。

「はいはい、わかっていますよ……さて彌茅、クイン。ポップコーンを買いましょう」

「「ポップコーン……?」」

 文化圏が違う二人には、未知の単語だったようだ。もちろん、弟子部屋には二人がお遣いのお釣りで買うことを許した菓子類が置いてある。だが、ポップコーンはスーパーにはあまり売っていない類のものだ。食べる機会が無かったのだ。

「なんというか……うん、食べればわかる。三種類、スーパーLサイズで買いましょう。あとコーラ。黄金コンビね」

 テキトー極まりない師だった。

 

 なのははポップコーンを買うついでに、チラシ置き場から、『魔法少女リリカルなのはTHE MOVIE 1ST』のものを一枚抜く。それを、ぴらぴらと仰ぐ。

「 「 !! 」 」

 これで、後ろに居る二人には伝わっただろう。多分。何の用かは知らないが、今日は、彌茅が人生で初めての映画を観る日なのである。

師匠(せんせい)! ふわふわして、さくさくして、あまじょっぱくて、おいしいです!」

「そう」

 素っ気ないなのは。だが、あの行儀の良い彌茅が、カスを落としながらポップコーンをほおばっている姿は、実に良い。

 前売り券をモギリに渡し、半券と入場特典を引き換え。いざ映画の世界へ……

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「!!」

 

 神様は、あの映画を観るのでしょうか。わたしとしては、こちらの『燃えよブートキャンプ』のほうかと思いますが……ですが、今日はガマンです。あのファンシーな映画を観るのです。

ポップコーン、チュロス、コーラ……おじいちゃんは、ジャンクフードをあまり食べない人でした。わたしがテストで満点を取ると、意外にも買ってきてくれましたが、口にしている姿はあまり記憶に有りません。塩分・カロリーがじつにやばそうです。でも買います。身体に悪いものはおいしい。これは常識です。悪いことをするのは楽しい。これもまた常識です。

だいじょうぶです。摂取した以上のカロリーをしょうひすればよいのです。今夜は水泳10kmからはじめましょう。ポーチには、おとめの必需品……握力グリップ(100kg)とプロテイン(イチゴ味)が、ちゃんと入っています。映画を観ながら軽いトレーニングを行いましょう。

 

 ところで、先ほどから近くをうろついている、変なサングラスをかけた子は何なのでしょう? ……変な人にはあまり関わらないようにします。害があるなら、ぼこぼこっとしちゃえばよいのです。それはそれで、とても楽しみです。最近は、あまり人をなぐっていませんし。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 結果から言うと、めちゃくちゃ面白い映画だった。

「うぅっ……感動です……!」

 彌茅はラストからの畳みかけにすっかり涙腺をやられて、エンドロール中にも涙を流していた。

「……うんうん、わかる」

 クインも泣きはしないものの、物語の余韻を噛みしめる様に頷いている。

 で、なのははというと。

 

「………………めっちゃ恥ずかしい。しばらく出歩けない……」

 

 ……主人公・じぶん(はぁと)という近年稀に見る晒し上げを目撃し、顔を羞恥に赤くしたり、戦慄に青くしたりしていた。

「……え、なにあれ。マジでなにあれ。あれはダレ? なんで優しいクラスメイトに囲まれて笑ってるの? あんな経験ないわよ。記憶にあるのは悪意の嘲笑かシカトばかりよ……。並行世界の私はあんな幸福な人生を送っているっていうの? なによそれ不公平だわ。こちとらドーンと撃墜されて腕の一本だって無くしたっていうのに。アリサに怒ったのは別に義憤じゃなくて、家庭にイライラしてた腹いせだし……というか、フェイトも誰よアレ。あんな儚げな美少女じゃなかったわよ。虫歯だらけで行儀も礼儀もなってない聞かん坊だったし。さてはレヴィ(雷刃)をイメージソースに使ったわね? あれじゃ、まるで私が正義のスーパーヒロインじゃないの。私は単に、降りかかる理不尽をなぎ倒してきただけよ。詐欺よ。観客みんな騙されているのよ」

 ……とは、彌茅の前では口が裂けても言うまい。

「二人とも。言った通りに」

「「……」」

 ぴたり、と、シアター入り口で立ち止まる。門の死角で待機。

 観客が、一人、二人と通り過ぎ……最後の最後。小さな少女二人を、彌茅とクインが事前の指示通り、捕獲する。

「うわぁっ、クインさん!?」

「あー、やっぱりレアスか」

 変なサングラスを取り払うと、そこにあったのは、意図的になのはに似せた顔。

 

 一方。

「…………これはわたしへのちょうせんと受け取っても?」

「…………ご自由に」

 捕獲に伸ばした手と、捕獲対象の少女の拳が衝突していた。間合いで物騒に対峙する、彌茅と白い少女。

「はい、やめ。迷惑でしょう」

 パン、と手を叩き、こんがらがった空気を断つ。

「とりあえず、翠屋に行くわよ」

 まずはサ店に行くZE☆と歩き出すなのはの後を、一団がゾロゾロと追う。奇妙な集団が出来上がっていた。

 

「クインさん、なのはさんってば既読無視するんですよ!!?」

「きどく……? なんかすごい数の未読メッセージがあるから、ザーっと上から下まで既読にして未読マークは消すようにしているわよ」

「通知も切ってるでしょう!」

「だって、うるさいんだもの」

「ほーら、そういうトコ! そういうトコですよ!」

「諦めろ。こういうお人だ……」

「返事って義務なの……? だって、私こどもの頃、クラスメイトに話しかけても無視されてたから、てっきり無視するのは普通なのかと……」

「わかります。わたしも『ユーレイ』って言われて、居ないものとして扱われていました。でも、おかしいですよね。なんでみんな、『ユーレイ』に消しゴムのカスを的確に投げつけるんでしょうか」

「あら、わかる? そうそう、そういう矛盾ってあるわよねぇ不思議よねぇアハハハハ」

「ありますあります。もう、居るのか居ないのか、見えているのかいないのか、はっきり決めてくれ、って思いますものウフフフフ」

師匠(せんせい)、言っている意味がわかりません……クラスメイトに囲まれて笑っていた、あの映画はウソだったのでしょうか……?」

「ウソジャナイワ。ホントウヨ。アナタガソウオモウナラ。」

「そうそう、映画ですよ映画。どうでした? 『ひゃースゴい! 感動の嵐! なんて神映画なんでしょ!』って言ってもいいんですよ!?」

「言わないわよ。でもまぁ、良いエンタメ作品だったんじゃない? 魔法の威力は脚色しすぎだと思うけど」

「いや、カレン姉が言うには『殺意が足りない』と」

「あいつ、あの映画観たの!?」

「封切日に観た、と。笑いすぎてリアルに腹筋が破断したからしばらく凶鳥部隊の活動は休むって」

「知らぬ間に世界に平和をもたらしていた……!?」

「さすが師匠(せんせい)です!」

「やはり肉体言語は統一言語。殴り合えば分かり合える。そんなメッセージを感じ取りました……!」

「そのメッセージ、文字化けしてるんじゃないのか……? っていうかなのはさん、魔法戦も強いってマジだったんですか」

「別に強くないわよ。私の周りには、私より魔法戦が上手い人なんてたくさん居たし。私はパワー特化型で、強さが目に見えて分かりやすかったっていうだけ。何度も負けてるわよ、私は。魔法で戦えって言われても、ユーノくんやクロノには勝てないだろうしなぁ」

「比較対象に生ける伝説みたいな人を出されましても……」

師匠(せんせい)、ためしにビーム撃ってください、ビーム!」

「わかったわ。じゃ、標的に兄さんか姉さんを呼ぶから」

「やめろ店と命が消える!」

 

――このグループ超うるせぇ。

 

 中高生二人、小学生三人という変な構成。そして、普通学級ゼロ人という奇跡。

 

「で、あんた誰?」

 

 そして、グループの注目は、白髪の少女に。

 レアスはなのはに縁がある。弟子二人は言わずもがな。

「本当に、忘れちゃったんですか……? 二度も(・・・)、わたしをたすけてくれたのに」

「……二度?」

 なのはは、おぼろげな記憶を手繰り寄せる。なんか、いじめの現場を発見して、なんか、解決したような記憶だけはあるのだが。

 

「――わたしは、逢瀬櫃(・・・)の出身です」

 

――!!

「――――――あっ!?」

 その単語をきっかけに、記憶が蘇る。そうだ、あの日……秀人を、あまたの子供たちを食い物にしてきた極悪非道な伏魔殿を、月村重工とともに文字通り粉砕した日のことだ。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「たっ……助けてくれ!! 命だけは……!!」

 命乞いをする組織のトップの相手は、すずかに任せていた。

「安心してください。わたしは、決してあなたを殺したりはしません」

「ほっ……本当か……?」

「えぇ。だって、あなたには、まだ生命(いのち)があるではありませんか。命は、だれにだって一つしかない貴重なものなんです。あなたの生命は、きっと、誰かの生命を助けることができるんです。生命はそうやって、互いを助け合う尊いものなんです」

「はは、は、そうだろう……?」

「えぇ。どんな生命も、貴重な貴重な、資源(・・)ですから」

「…………へ?」

 とん、と、すずかの白魚のような指が、施設長の胸を突く。とんとん。とんとん。

「あなたには、まだ、心臓が、肺が、肝臓が、腎臓が、脾臓が、胃が、十二指腸が大腸が眼球が血液が骨髄が腕が足が毛髪が皮膚が脳髄が。

 

――――まだまだ使える部位が、たくさんあるでしょう?

 

――――奪ってきた以上の生命を、助けることができるでしょう?

 

――――だから。わたしは。

 

――――決して、あなたを殺したりはしません」

 

 ………………黒服たちに、全身すっぽりと長袋に梱包された施設長は、いずこかへ。今も、どこかで生きて(・・・)いるのだろう。血液製造工場として。肝臓牧場として。生体部品庫として。

 

 粗末な貫頭衣を被せられた子供たちを、どうにか救出することに成功した。皆一様に、感情を失い、人形のように、ただ、そこに佇んでいた。絶望か、諦観か、薬物か……それは、これからの検査によって、わかることだ。

 

 その中で、唯一、意思を発露した子供がいた。

「さわるなっ!! ワシのリンネにさわるなァっ! 殺す! 殺しちゃるぞっ!!」

 出身地の方言で叫び散らしながら、医療スタッフの手に文字通り噛みつく、ざんばら髪の少女だった。

「この子が一番、重症のはずなのですがっ……!! あいたたたっ!!」「落ち着いて! 大丈夫! 大丈だからっ!!」

 その腕の中に、真っ白い頭髪の少女を搔き抱いたまま、大人たちに手を触れさせようともしない。裾から見え隠れする肌には、青あざや、黄疸、真新しい打撲痕や、煙草の火を押し付けられたような跡まであった。

「あら、活きが良いのが居るじゃない」

 医療スタッフを下がらせ、なのはが進み出る。

「誰か、おどりゃあっ!!」

「あなたたちを引き離すわ」

 残酷に宣言をする。

 

――――ばちぃいんっ!!!

 

 ……なのはが顔面の前にかざした掌に、方言少女の拳が受け止められる。回避は容易かっただろうが、なのはは、敢えてそれをしなかった。なぜならば……

 

「――――気に入った(・・・・・)

 

 ニタリと笑う。

「そう、そう。理不尽には抗う。その心意気があれば、どこでだって生きていけるわ。たとえ異世界でもね」

受け止めた掌を軸に、やせっぽちの身体を回転させ、大地の支えを刈り取る。

 

――だんっ!!

 

 柔らかな地面に押し倒す。反抗を訴える目を、真正面から見下す。

「――お前は新区に放り込む。あの白いのはこっちの里親に渡す」

 くっついていても、良い影響は互いに無い。そう判断してのことだ。

「うー……! ムー……!!」

 なのはの握力で、口をメリメリと圧迫される中であっても、なのはの手に爪を立て反撃を試みている。ますます、なのはは機嫌がよくなった。

 

「それじゃあ、良い旅を」

 

――ブン……ッ!!

 

 頭部を高速振動させ、脳を揺さぶり意識を刈り取った。

 その後……医療スタッフに引き渡した後、もろもろの手続きを踏み、一件落着。

 

 そして、その出来事をすっかり忘却していた。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「あー……あったあった。そうか、リンネ。あの時の子だ」

 感覚が麻痺しているなのはにとっては、かつての思い出話である。

「あのあと、わたしは優しいおじいちゃんに引き取られて……でも、……その、いろいろ大変で。フーちゃん……フーカ・レヴェントンとの連絡が、まったく取れていなかったんです」

「あぁ、あのガキ、そういう名前だったわね。新区の学生寮に突っ込んどいたわ」

 人外魔境・創王覇道学院の学生寮である。ミウラやジークリンデなど、訳あったり無かったりする児童たちが暮らしている。

「わたし……もう大丈夫って、もう、ちゃんと一人で立ってるって、フーちゃんに伝えたいんです」

「ん。わかったわ。もう引き合わせても大丈夫そうだし」

 ほとんど登録者の無い宛先帳を開く。

「うわ、スッカスカ……人生、寂しくないんですか?」「彌茅、殴れ」「はい師匠(せんせい)」「やめろよ!?」「そうですよ。ここは『子供同士のケンカ』で済む程度のダメージで抑えて、後ほど人目のないところで改めてぼこるべきです」「なんなのこいつ」「わたしもまぜてください」「ほんと何なのこいつ!?」

 ……グループいちの常識人(殺人集団所属)、クインが奮闘していた。そんなクインの苦労を知ってか知らずか、なのはが通話を終了する。

「ふぅー」

 長い溜息。嫌な予感しかしない。

「あの、フーちゃんは……」

 

「逃げた」

 

「……はい?」

「逃げた」

「……あの」

「?」

 なのはが、首をかしげる。え、説明は終わったでしょう? とでも言いたげだ。

「報告の基本は5W1Hですよ、なのはさん……!」

 実は一番まっとうな人間的価値観を有しているクインのフォローは続く。

「一週間ほど前、修練の門ランクZ『ケサン・ピクニック』を終えたあたりで、獄卒……じゃなくて、寮母さんを撃破して繁華街へ消えていったそうよ」

「……」

「……」

 思わず、見つめあってしまう。

「強くなったのね…………」

「なに良い話風にサラっと終わらせてるんですか! おおごとじゃないですか!!」

「繁華街っていったって、性風俗産業は規制や検査が厳しくて、未成年はまず働けない仕組みになってる。そもそも、未成年者の就労は自治体の理不尽に厳しい監査を通さないと許可されないし、かといって待遇は成人と同等のものを用意する義務があるし、能力の未熟な子供を企業側が雇用するメリットがほぼ無いのよ。助成金の類も出ないから、ピンハネもできないしね。結局、身寄りのない子供は、児童福祉の畑で面倒を見るのが一番合理的で、理に適ってるの」

「? ……え、あぁ、はい……」

 普段はむっつりとして喋らないことの方が多いというのに、話し出すとベラベラと、必要な情報を一気に羅列する。なのはの悪い癖だ。

「えーと、つまり?」

 クインに促され、簡潔にまとめる。

 

「いずれ路銀が尽きて行き倒れるから、それを拾えばいい」

 

 血も涙もないとは、まさにこのこと。

「こ、この効率厨っ……!!」

「フーちゃんが! フーちゃんがほーむれすに!!」

 レアスは的確になのはをディスり、リンネはパニックだった。

「え、一番合理的だと思うけど……だって、逃げる気力があるやつを追うのって大変だし。勝手に倒れてくれるのが一番いいでしょう?」

「なのはさんには人の心がありませんね!?」

「彌茅、やっぱりコイツ殴れ」「はい師匠(せんせい)」「だーかーら!!」

 非道な命令を下すなのは。躊躇なく実行する彌茅。止めに入るクイン。逃げるレアス。パニクるリンネ。さてはこいつら、ここが飲食店であることを忘れているな?

 

「……分かったわよ。あそこにガキ……えっと、フーカ? を、放り込んだのは私の判断だし、そこに連なる問題は、私にも責任の一端があることは理解したわ」

一端というか原因というか元凶というか……

「あそこは自由で自己責任な風潮だし、社会への不信感や不満を大いに発散して、適度なガス抜きになると思っていたんだけど……判断が甘かったわ」

 珍しく非を認める。

「そして何より、ヴィヴィオの同級生」

 そこが一番の理由のようだ。ぴしゃ、と膝を打つ。

 

「新区に行くわ」

 

 うん、と一人で頷く。

「今度、新区の学校でクラス対抗戦()があって、もとから参観に行くつもりだったの。その用事ついでに、パパっと捕獲してくるわ」

 なんか一人で勝手に結論を付けて納得していた。

「ヴィヴィオさんって、」「彌茅、」

「まだ何も言ってませんよね!? 弟子をけしかけないでください!」

 レアスの扱いが雑である。

「その方ですよね? 『レアスより一億倍かわいい』っていうのは」

「そうよ? 私や秀人さんの真似っこをしたがる年ごろで、ほんっとに可愛いんだから」

 にこにこ、と珍しく純粋に笑っている。ヴィヴィオへの想いのほどが分かるというもの。

「ふぅん……? そうなんですかぁ。このわたしより、可愛いんですかぁ……」

 レアスが、何やら策謀を巡らせている。

 

「……………………………………………………わたしも行きたいな」

 

 ミルクレープを一枚ずつ剥がしながら食べていた彌茅が、喧騒に消え入るような声で言った。丁寧語でないあたり、本音なのだろう。

「彌茅?」

 と、なのはが聞き留めていた。彌茅はハッとなり、慌てて取り繕う。

「いえっ……失礼しました」

「ちょっと無理があるわ」

「そう……ですよね……わたし、何を言っているんでしょうか……」

「だって、まだ準備していないんでしょう? 滞在は三日を予定しているから、着替えだけでも結構な量になるわよ。新区からの物品持ち出しには制限があるから、現地調達しても着て帰っては来られないし。明日出発の予定だから、この後の予定はそのための買い物に充てましょう」

「もうしわけありませ…………あれ?」

「まずは衣類ね。あなたはよそ行きの服が少ないから、これを機に買い揃えちゃいましょう。リンネ。あなたの方は今日中に用意できるの? 足りないものは今から買いに行くわよ」

「………………えっ、えっ?」

 ……なのはの独特過ぎる思考の飛躍に、誰も着いていけていない。

「一緒に行こう、ってさ」

 ぽん、と彌茅の頭に手を置き、クインが要約する。このパーティにおいて、クインなしにはコミュニケーションが成り立たないと言ってもいい。

「!! はいっ、師匠(せんせい)!!」

「良かったな」「はい!」

 弟子二人が、いえーいとハイタッチをしている。すっかり仲良しである。

 

「わたしも、行って良いんですか……!?」

「何よ。全部私にやらせるつもりだったの?」

「いえっ! ありがとうございます! あの、せめてものお礼に……!」

 リンネがポーチから、ジップロックに入った白っぽい粉をなのはに渡す。

「……………………一応聞いておくけど、これは何かしら?」

 小分けにされた白い粉という、疲労がポンと取れそうな外観をしていた。

「プロテインです。新製品のイチゴ味ですよ!」

「……あっ、プロテインなのね。そうよね。ありがとう」

 受け取り、手提げに入れる。

 

「あ、それと。あたしは一応、お尋ね者なので行けません」

 ……すっかり忘れていたが、クインは反社会勢力の立派な一員なのである。育成枠だが。

「えぇ……そうなんですか……残念です……」

「それに、なのはさんの娘なんて会ったら絶対ロクな目に遭わないし……なのはさんが二人になるようなモンだぞ。1+1は2じゃないぞ。吾妻家因子は1+1で200だ。10倍だぞ10倍……」

師匠(せんせい)が二人……!?」

「ナニちょっと喜んじゃってるんだよ……」

 

「ハッ、これはきっとわたしも誘われる流れ……!! わたしの時代来てる……!」

 グフフ、と下心だらけの笑い。

「レアス」

「はぁい!」

「というわけだから、この先の買い物にあなたの出番は無いわ。もう帰って良いわよ」

「なんでそんなこと言うんですかっ! 信じらんないっ!」

「だって……あとは外泊に向けた準備の時間でしょう? 準備が必要なのは、リンネと彌茅で、彌茅は今日はクインと一緒に過ごしたいっていう希望があったからクインも必要だけど……あんたは外泊慣れしてそうだし、別についてくる必要無いでしょう?」

「そういうとこだっ! そういうとこだぞっ!!」

 なのはの理詰めに、レアスが顔を真っ赤にして吠える。

「うるさいわねぇ……はぁ。いいわよ、買い物に着いてくる程度なら。新区には連れていけないけどね」

「ちぇーっ。未来のスーパーエリートとのコネ欲しかったなー」

「どこまでも我欲で動けるその胆力だけは見習うべきよね……」

 

 幸いにも、映画館もあるような活気ある地域だ。旅行支度くらい、この町だけで整うだろう。

 気づけば、五人の大所帯。血縁ゼロ、年齢バラバラの五人である。いったい何の集団かと思われていることだろう。

 

 そう、例えばお巡りさんあたりにも。

 

「こんにちはー。ちょっとお話よろしいでしょうかー?」

 スーツ姿の女性が、にこやかに話しかけてきた。

「無視していいわよ」

 キャッチか何かと思ったのだろう。なのはは、歩く速度を上げた。

「あぁっ、違う、違うのよー」

 さささ、となのはの前に回り込み、懐から手帳を取り出す。

 

――――海鳴署 生活安全部 少年課 補導係

 

 それはまぁ、平日の真昼間に、未成年がゾロゾロと歩いていれば、そうもなろう。

「…………………………何の御用でしょう」

 なのはが硬直する。

「いえいえ、楽しそうで何よりなのだけれど…………ほら、今日って平日じゃない? 皆さんは、どんなグループなのかなーって、おばさん気になっちゃって、ウフフ」

「どんなグループ……」

 ……そういえばどんなグループなのだろう。なのはは答えに窮していた。

「皆さん、今日、学校は? お休みなのかしら?」

「単位制なので」

 これは答えられる。しかし、問題は残りメンバーだ。

 

「わたしは芸能科で、都合がつくんです」

 レアスは無難に切り抜ける。

 

「? 行っていませんが」

 彌茅、アウト。

 

「戸籍が無いもので……」

 クイン、重い。

 

「もちろん、サボってきたんです!」

 リンネ、完全アウト。

 

「…………………………代表者はあなたかしら?」

 嗚呼、補導員さんの目が険しくなっていく。あわあわと狼狽えるなのは。しかし、なのはには必殺技があった。こすっからい逃げの一手……!!

「私は入籍していますので、法的には成人です! 職業は主婦です!」

「あら、そうなの」

 フハハ、勝ったな! サンキュー夫! と、心の中で勝利を確信した。

「あなたたち、ちゃんと学校へ行くようにね。それと、一応、カバンの中を見せてくれるかしら?」

 補導員さんは引き際を探し始めた。あとはなのはが、後ろ暗いところなど何もないカバンを開帳すればいい。補導員さんは一定の仕事をしたという事実を得られる、なのはたちは買い物を続行できる。まさにWin-Winではないか。

「どうぞ」

 ふふーん、と手提げを広げて見せる。

 

「――――この白い粉はナニ?」

 

「……………………………………………………プロテインです」

 リンネからの贈り物!

「ちょっと動かないで!」

 プロテインを常備する女子がどこにいる! とばかりに、なのはの腕をガッチリとホールドする。

 補導員さんは、明らかに業務用の無味乾燥なPHSを取り出し、ワンコールする。

「はい、こちら補導係のカナメです。女性警察官と、検査キットを手配してください。場所は」

「なんですか! 悪いものを扱うみたいに!!」

 リンネが突如として激高した。尊敬する亡祖父の会社の製品である、高品質プロテインである。それをまるで、危険物であるかのように扱われもすれば、まぁ怒る。

 

「我が家の家業として、長年の信頼と実績と、先人たちが築き上げてきたノウハウを活かした一品を! 厳選した素材を高度な技術で精製し、いまや業界シェアトップ! 世界中に愛用者がいるんですよ! 決して体に悪いものではないんです! 人を幸福にすることができるんです! 確かに検査(特定保健用食品(トクホ))はまだ通していませんが、効き目は折り紙付きです!」

 

 ……なにも間違ったことは言っていない。言っていないのだ! ただ、『これはプロテインです』の一言が足りていないだけで……

 

「公安にも連絡を!!」

「逃げろお前たち!!」

 説得を試みてはならない。なぜなら、むこうは逮捕ありきで来るからだ。囲まれる前に、戦略的に撤退するのだ。

 戦闘力皆無のレアスは嫌々ながら、なのはが抱える。

「現行犯逮捕されたら終わりよ! 陽性反応なんていくらでも捏造できるんだから! とにかく、逃げるのよーっ! 嫌なことからは逃げればいい! あとでウチで合流よ!!」

「はいっ!」「わかりましたっ!」

 逃亡は慣れっこのクイン、意外な健脚を見せるリンネと分かれる。足は速いが裏路地を知らない彌茅は、なのはとともに行く。

 

師匠(せんせい)!」

「あぁもう、御免なさいね。今日は楽しいお買い物のつもりだったのに……!」

「――楽しいですっ! すっごく楽しいです!」

「――……。そう、それは良かった!」

「良くないー! 捕まったら、芸歴にキズが! スキャンダルが!」

「うるさいわね放り投げるわよ!?」

 なのはの腕の中で、レアスが抗議の声を上げる。

 

 

「おう、お帰りー………………って、何か増えてないか?」

 秀人が慈樹を背負いながら出迎える。玄関先には、息を切らす五人の少女たち。

「ただいま…………うん、二人増えた」

 心なしか、ゲッソリしている。

「行く先々で少女を拾ってくるよな、なのはは……」

「秀人さんにだけは言われたくないもん」

「ナンノコトヤラ……」

「ふあー、今日は早く終わったよー! って、なんだこのちっさいの!? うわっ、なのはみたいなチビがいる!?」

 フェイト、帰宅。

「丁度いいところに!」

 きゅぴーん、と目を光らせたなのはが、フェイトを捕獲。

 

――警察には顔が利くでしょう? まず、今日の騒動を無かったことにしてね。

 

――それから新区への渡航許可証、彌茅とリンネの分を追加でよろしくね。

 

「気軽に言ってくれるけどさぁ!!」

「何よ嫌なの?」

「…………やるよぉ! やってやるよぉ! うわーん!」

 頑張れフェイト。

 

「皆さん、お茶が入りましたよ」

 躾の行き届いた彌茅が茶を淹れる。もともと大所帯だ。湯呑は足りた。問題は床面積。

「うぅー、外観に違わぬコンパクト住宅……!」

「まぁ、そう言うな。もとは俺一人の家だったはずなんだがなぁ……」

「そうね。文句を言うレアスには帰ってもらいましょう」

「ほんっと塩対応ですねぇ!?」

 レアスにとことん連れないなのはだった。

 

「あなたもどうぞ」

「これはどうも」

 第一印象がお互い最悪だったリンネへも湯呑を渡す。

 リンネは、騒動の発端となった白い粉(プロテイン)をさらさらと。

「何をやっているんですか!?」

「何もしていないでしょう!?」

 リンネは運動後のプロテインを摂取しようとしているだけである。彌茅には理解不能の行動だった。

「あー……リンディさんも砂糖入れるよね……」

 良く知るフェイトは何とも言えない顔をしていた。趣味嗜好は人それぞれ。とはいえ、流石に緑茶にプロテインは二重の意味でマズい。

「プロテインの何が悪いんですか!」「作法の問題です!」「押しつけがましい!」「なんですって!」「なんですか!」

 

「 「 えぇい、もう埒が開かない!! 」 」

 

「ここは暴力で決着を付けましょう!」「えぇ、いいでしょう! 表に出なさい白いの!」「リンネです! あなたの名前は!?」「彌茅です! さぁ勝負ですリンネさん!」

 

 ……話は纏まった(?)ようだ。

「リンネ。あなた戦闘訓練は?」

 成り行きを見ていたなのはが、ようやく口をはさむ。

「いえ、対人訓練は、特に。がっこうのオトモダチは、みんなみんな、脆すぎて……何も試せないんです」

それ(握力クリップ)、本気で握ってみなさい」

「はい」

 

――くしゃっ

 

 …………強靭なスプリングを、紙のように圧し潰す。

「えぇ…………」「うっわ……」

 いつの間にか常識人なクインと、パンピーのレアスは恐れおののく。

「やるじゃん」

 秀人は、圧し曲げられたスプリングを腕力で伸ばしながら言う。

「――――。」

 彌茅は、己の未熟を痛感していた。相手はただの少女だと、軽く捻れると考えていた。むしろ、手を抜いてやらねば殺してしまう、とまで。師がそれを試さなければ、捻られていたのは……

 

「彌茅。相手は素人です。得物は使わず、素手で制圧しなさい」

「……はい師匠(せんせい)

 

 恒例の稽古場と化した共用の裏庭である。

 リンネはスポーツウェアに着替えており、彌茅はいつもの袴姿だ。向かい合う二人。

「それじゃ、構え」

 彌茅は正眼に、リンネは……開いた両手を軽く差し出すような、腰を低く落とした前傾姿勢である。

「はじめ」

 

――ダンッ!!

 

 様子見という言葉を知らないのか、リンネは一直線に仕掛けた。

「……」

 虚を突かれる形……ではない。彌茅は冷静に、リンネの顔面の進行方向に膝を突きだした。

 

――ゴズッ……!

 

 直撃である。リンネの流麗な鼻筋に、膝が沈み込む。

「ぐ、ぅうううぁあああああああああああ!!」

「――!?」

 しかし、止まらず。鼻血を吹き出しながらも、咆哮し、彌茅の身体を捕らえに突き進む!

 彌茅の身体は、膝蹴りのため前方へのベクトルが掛かっており……後方への退避では捕まると踏み、右……とフェイントを掛けつつ、左へ跳ぶ!

「がぁっ!!」

 リンネ、追いつく!

「くっ……!!」

 あの極端な前屈姿勢は、急激な制動や転回のためだ。

 衣服の裾をつかみ取り、引き寄せる!

「ォおおっ!!」

 彌茅は、敢えてその引き寄せには逆らわず……額をリンネの下あごに衝突させる!

 

――ガシュッ……!!

 

「ぐぅうっ……!!」

 ぐらり、とリンネの身体が傾ぐ。脳震盪を起こしたのだ。だが……その手は、彌茅の袖を、胸倉を掴んだまま。フラついていようと、離れなければ良いのだ。

「――。」

 しかし彌茅は……トドメのモーションに入る。無防備に空いたリンネの喉元を、握る。

 

――――ぎゅううううううっ…………!!

 

 気管と頸動脈を締め上げる!

「かっ、……く、かっ……!!」

 リンネは、急激に遠のいていく意識に抗いながらも、この先の一手が思い浮かばない。殴るか、投げるか。しかし投げても、平衡感覚が狂ったままでは再び組み付くことは不可能。一度でも組付けたこのチャンスを、逃すわけには行かない。彌茅の片腕を封じられたのは、天運が味方したとしか思えない絶好の勝機。両手は離せない。では。

「あ。」

 暗転する直前のリンネの脳裏に、閃きが走る。

 

――――がぱぁっ……

 

 リンネは、大きく大きく、口を開けた。まるで、酸欠寸前に、酸素を求めるかのように。彌茅が、そう誤認するように。

「……」

 締めを続行する彌茅。その、首筋に。頸動脈に。

 

「――――がぁああああああああッ!!!」

 

 大口を開けて、文字通り喰らいつく!!

「ひっ……!!?」

 その殺気は、紛れもなく本物だった。追い込んだはずの弱い兎が、肉食獣をも凌駕する牙を剥いたのだ。

 彌茅は絞める手を瞬時に解放。手ごろな石をがっちりと握りこみ、首筋と、リンネの口腔との間に放り込む!!

 

――――ガキィンッッ!!

 

 ……砕いた。恐るべき、リンネの咬合力。そして、そこが限界だった。

「…………が、…………」

 ばたん、と呆気なく、リンネは意識を失った。

 

「勝負あり!」

 

「……!!! ……!!」

 なのはの宣言も耳に届いていないのか、彌茅は倒れたリンネにトドメを刺さんと飛び掛かる!

「勝負ありだって言ってるだろ! おい、彌茅! おいってば!」

 クインが羽交い絞めにして止めなければ、本当にトドメを刺していたところだ。

 フェイトが倒れたリンネを仰向けにし、気道を確保する。

「はいはーい、ちょっと見せてねー。……鼻折れてるね。あと歯が一本折れてて、顎にヒビ」

「メチャクチャ重症じゃないですかーーー! な、なんなんですかこれは!」

「ただの組手だよ。ほら、どいたどいた」

 秀人のかざした手に、炎と魔力光が灯る。リンネの砕けた鼻や折れた顎が、復元していく。

 さて、怪我人の手当は秀人に任せ、なのはがするべきことは。

 

「――――彌茅」

 

 弟子への、指導だ。

「――! は、はい、師匠(せんせい)…………!」

「勝ちか、負けか。答えなさい」

 

 それは、残酷な問いだった。

 

 形だけを見れば、彌茅の勝ちだ。リンネは意識を失い、無防備に倒れている。彌茅は大した負傷を負わず、ピンピンしている。しかし。

「この、試合は……わたしの………………」

 しかし。リンネの土壇場の一手。噛み付き(バイティング)という手に虚を突かれ、彌茅は怯んだ。もっと言えば、彌茅はリンネに恐怖したのだ。

「わたし、の…………」

 じわり、と、彌茅の目に涙が浮かぶ。下唇を強く噛みしめ、その先の言葉を、出せずにいる。

 それは、戦闘訓練を受けている身でありながら、素人に恐怖したという羞恥か。『高町』の姓を授けてくれた恩師への罪悪感か。それとも。

 

「わたしの、まけですっ……!」

 

 芽生えていた、武人としての矜持か。一度、認めてしまえば……溢れてくるのは、激しい悔恨の念だ。

「まけ、ました……! わたしは、リンネさんに、まけましたぁああああああ……!! うわぁあああああああん……!!」

 クインに組手で負けた時ですら、ここまでの感情は浮かばなかった。

 

――なのはが彌茅に求めていたのは、この感情だ。

 

 冷徹な言い方となるが、なのはは、彌茅が負けることを見越して、リンネと対戦させたのだ。同じ訓練を受けた者同士の組手だけでは、負けた悔しさというものは発生しづらい。その忘れかけた悔恨の念を強く刻み込むことが、なのはの目的だったのだ。

「悔しいですっ……!! 負けたことが、怯んだことが、悔しいですっ……!! 師匠(せんせい)が、あんなに教えてくれたのに!!」

 へたり込んだ地面に爪を立て、流れる涙を隠しもせず、ただ、悔しい、と訴える。

 

「――立ちなさい、彌茅」

「…………」

 のそりと、しかし、指示通りに立ち上がる。

 叱責か、失望か。そのどれをも覚悟して受け入れるつもりの彌茅。だが。

「それでいい」

 なのはは少し強めに、彌茅を抱きしめた。

「あっ、あっ……師匠(せんせい)……?」

「――その悔恨も、後悔も、屈辱も、怒りも、羞恥も、……その全てを喰らい、糧としなさい。そうすれば、あなたはもっと強くなれるわ」

「………………はい、師匠(せんせい)

「よろしい。」

 そうして、師弟はまた一つ、絆を深めた。

 

「う、うぅ~ん……なんかアゴがすごい痛かったような気が」

 回復したリンネが意識を取り戻した。目を開けたそこにあったのは、泣き腫らした目をした彌茅である。正座をしてリンネの顔を覗き込んでいたようだ。

「え、うわっ」

 慌てて身体を起こす。

「くっ……負けてしまいましたか……」

 リンネは、悔しそうに顔を歪める。

「……リンネさん」

「なんでしょう」

「…………今日は引き分けにしておいてあげます」

 ……やっぱりまだまだ子供だった。

「ぐぬぬ……しゃくぜんとしません……」

「でも、次はちゃんと勝ちます。師匠(せんせい)に鍛えてもらって、クインさんとも技を磨いて。だから……その……なので…………うん!」

 ぴしゃん、と膝を叩く。

 

「――――わたしたちは、今日から『らいばる』となるのです!」

 

 リンネは、初めはぽかんとした様子で……次第に、好戦的な笑みを浮かべた。

「すてきなお誘いです! えぇ、良いでしょう。そのお話、お受けします。今日から、わたしたちは『らいばる』なのです!」

 どちらからともなく差し出した手を、またどちらからともなく握りあう。

「負けませんよ、リンネさん!」

「負けませんよ、みかやさん!」

 秀人、なのは、フェイトの大人勢は、うんうん、と頷いていた。

 

 

「――先ほどからわたしは一体なにを見せられているのでしょう」

 ポケーっと、成り行きを見ていることしかできなかったレアスが、呆けた声を出す。

 

――ぽん。

 

 そんなレアス(一般人)の肩を、疲れ切った顔のクイン(常識人)が叩く。

 

「――――――いつか慣れるよ。頑張ろう?」

「嫌ですよっ!!?」

 …………クインはこの日を以って、超常存在被害者の会へ、期待の新メンバーとして迎え入れられたのだった。

 

 

 

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