魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
――――――――みんな、仲良くしなきゃ駄目でしょう
◆ ◆ ◆ ◆
――――皆さんへ
――――以前よりご報告をしておりました、明日からの三連休、私、吾妻なのはは娘に会いに新区へ行ってまいります。
――――新区には通信制限があり、ご連絡には返信ができない可能性がありますことをご容赦ください。
――――つきましては、お土産の希望などありましたら本日中にお伝えいただくと助かります。
――――かしこ。
「――――というグループメッセージが届いたわけですが」
夜のファミレス。通例の集会において、司会者役に収まることの多い中野が、スマホを片手にそう切り出した。当然、皆にも届いている。ハリー、エルス、大宮、中野、小山といういつものメンバーに加え、なぜか望まで居る。
「業務連絡かっ!」
パーン、とハリーがテーブルを叩く。
「まったく同じ文面で、わたしにも届いたわよ……」
はぁ……と、望はテーブルに頬杖を突く。
「まぁ、ちゃんと連絡をしてくるだけ、以前よりは心開いてくれている、という解釈で良いのではないでしょうか」
「あの子、単位は足りてるの?」
「意外なことに、大丈夫なのよ~」
大宮がのほほんと言う。
「……無駄に有能で要領がいいから、単位数だけで言えば、二年次までの分を先取りで既に取得しちゃってるみたいなのよ~」
高校のような体を取っているが、実際には単位制。124単位を取れば、早ければ二年で高卒相当の学歴が得られる。
「自分のペースでパッパと課題を進めてりゃ良いってシステムと、他人と合わせることができないっつー性分がうまいことぶつからずに済んでるってことだろう」
酷い言いようではあるが、実際、なのはのような……要はアレな人物とは相性が良いのだろう。初日で停学したが、その合間もせっせと課題をこなしていたのだ。クラス制や、週四日の登校を義務化しているのは、あくまで普通校との乖離を減らすためのオプションである。
「まさか、なのはを具体的なターゲットに事業展開した……なんて言いませんよね――
――
……まさかの七人目。学園理事会メンバー、月村すずかは、yesともnoとも言ってない顔でニッコリとほほ笑んだ。
「学園の理事が、生徒の集まりに顔を出して、カドは立ちませんの? ほら、足の引っ張り合いとか、権勢争いとか」
「理事会を何だと思っているのかな……?」
エルスがフライドポテトをムシャムシャと食べながら、もっともな疑問をすずかにぶつける。望がこの集まりに参加したい、と言ってきたときは、別に反対意見は出なかった。共通の友人であるなのはを介したコミュニティ、『友達の友達は友達』の理屈である。しかし、すずかは最年少理事であり、美少女っぷりも相まって学園の有名人である。
「そこは、望ちゃんと遊んでいたら、たまたま貴方たちと出くわした……っていう設定でどうかな? 1年D組出席番号21番エルス・タスミンさん?」
設定と言い切る豪胆さである。出席番号までをサラっと出してきたすずかに、エルスの危機意識センサーがビンビンに反応していた。直接的な戦闘能力では、エルスどころか小山にも及ぶまいが……何というか、ハリーにならって野生の勘である。
「わたしが理事の座を降ろされるとしたら、それは学園の運営に失敗したその時。汚職、いじめ、犯罪……あらゆる損益が、それに含まれます」
エルスが注文したポテトを一本つまみ、口に運ぶ。
「問題の芽は、萌芽の前に掘り起こし……種ごと
「つまり、こういう集まりに顔を出しているのも、その一環だと?」
中野が、やや不愉快そうな顔をする。まるで、自分たちがその『問題の芽』であるとでも言われているかのよう。
「リスクヘッジというものですよ」
悪びれもせず肯定する。
まぁ、あの学園に居るのは、なのはを筆頭に問題児だらけであるというのは地域社会の共通認識ではあるが。わかりやすいヤンキーも、分かりやすいギャルも居る。校内で大暴れするなら、まだ良い(あまり良くはないが)。校外で暴れる、騒ぐ、警察沙汰になる……等々、事業開始から一年経たずコレである。一応、生徒たちの素行を考えると、想定の範囲内であるため『失敗』にはあたらない……らしい。
――誰が揶揄したか『月村モンキーパーク』。あんまりである。
ちなみに発信者はウェブサイトごと行方不明である。怖い。
「わたしたち、お猿さんだもんね……」
「一歩でも檻の外に出たら害獣……アハハ」
「笑えないよ……」
落ち込む。
「犬コロにはお似合いではなくて? おほほ」
「鳥畜生に言われたかないわっ!!」
けものたちが仲良く喧嘩をする横で、やや険悪になりつつある場を望がなだめる。
「もちろん、あなたたち以外のところにも顔を出してるからね。ほら」
……と、スマホの画面を差し出す。一般的に普及しているSNSだ。そこには、ギャルっぽい生徒たちとプリクラを撮るすずか、地味目な集団とパンケーキを食べるすずか、運動部の面々とバッティングセンターでホームランを打つすずかなど、むしろいっそエンジョイしているのではないかという疑惑まで出てくる写真の数々があった。学園のプロモーションにでも使う気だろうか。
「そして、なぜかそのたびに生徒との緩衝材として呼び出されるわたし……どうしてこうなった」
理事でもなく、出資者でもなく、年が近く、なのはと親交があり、コミュニケーション能力に難が無いという超レア人材が望である。
「『学園のため、ひいてはなのはのため』なんて言われちゃ、断れないわよね…………うん……いいの……結構楽しいし……アハハ……」
「いつも感謝しているのよ、望ちゃん。高校卒業後は医大でしょう? 医大合格請負人の家庭教師も、月村資本の医大の枠も、体制万全の病院でのインターンも用意してあるからね」
「怖い怖い怖い……!! 人の進路を一本道に舗装しないでよ!?」
「何も心配いらないのよ」
「心配ないことが何より心配なのよっ!!」
「よっ、未来の医院長! ……割とマジよ」
「いやぁあああ!!」
「金融のバニングス、工業の月村、医療福祉の八代。……これは来たわね」
「来てませんっ! わたしは平穏な人生を送りたいのよー!」
「……それって一番難しいことよ、望ちゃん」
「えっ……」
『平穏な生活』の尊さを、最も理解している大宮の言葉には重みがあった。大宮は、「んんっと……」などと、顎に人差し指を置き……何でもないことのような態度で。濁った眼で。
「だって、そうでしょう? まず、国家。個の人権が認められた国家の国民であること。次に社会。警察・消防・救急などが機能していること。三に地域。組織やコミュニティに、互いを尊重しあうだけの民度があること。四に…………家庭。これが一番シンプルだけれど、何より大事なこととして…………親が、子を、……ごくごく、まっとうに、愛していること。これが無ければ、1から3までが有っても全部無駄なのよ。だって、ぜんぶ機能しないんですもの。前提が破綻しているんですもの。目の前にあるのに届かない、自分に何ももたらさない、そんなものゴミクズも同然……いや、ゴミクスそのものだわ。それら全てが満たされている幸運・幸福こそが、『平穏』っていう状態なのよ? 紛争多発地帯の餓死した子供たちを下を見て、相対的に『自分はまだ幸せ』って思うべきなの? そこまで求められなくちゃいけないの? わたしそんな欲張りなこと言ってる? …………ねぇ、それとも、わたしが知らないだけで、『平穏』って、そんなにインスタントに得られるものなの? わたし以外は? 望めば? 当たり前に? ねぇ、どうすればそんな簡単に『平穏な人生』なんて言葉が」
「ストーーップ!! ハルカちゃんストーーーップ!!」
青ざめた無表情で望に詰め寄る大宮を、小山が持ち上げるような形で引き離す。
「だって! だって!!」
「分かってる……とまでは言わないけど、大丈夫、大丈夫だよー」
何が心の琴線に触れたのかは分からないが……大宮ハルカは、普段の年長者としての佇まいをかなぐり捨てるように恐慌していた。
――数分後。
「ご、ごめんなさい……なんか……その……」
罪悪感を感じて萎縮する望。大宮は、小山の膝に顔を埋めるようにして規則的な寝息を立てている。大宮は、他人に前では努めて年長者ぶるが……たまに、こうなる。張りつめていた糸が切れるように、突然、眠るのだ。とはいえ、ここまで感情を乱したのは初めてであるが。
「八代さんは悪くありませんよ。そして……大宮さんも、悪くありません」
中野は、寝息を立てる大宮の髪を手櫛で梳きながら言う。
「これは…………これらは、わたしたち個人の中でケリを付けなければならない問題であって、他人の口出しで解決するようなものではありませんので」
他人、という部分を強調するような話し方をする。そのまま、じろりと、敵対的な視線をすずかに向ける。
「――なので、放っておいてくれませんか。わたしたちは、自分のことで精いっぱいなんです。周囲からどう見られているか、気にしている余裕なんて、本当は無いんです。……えぇそうですよモンキーパークですよ。本当は人並みにもなれないくせに人並みを気取って、それっぽく芸をしているだけの人間以下のお猿さんですよ。医大ですって? あぁ妬ましい……妬ましい妬ましい…………! 平然と幸福になる未来を、楽しそうに思い描いているあなたたちが妬ましい……! わたしはっ、見せかけだけの『人並み』にしがみついていくしかできないのにっ!! あなたたちみたいな天上人からすれば、どうせわたしたちなんて、ビジネスに使えれば良い程度の、社会の落伍者でしょうっ!?」
内に秘めた激しい嫉妬心を剥き出しにする中野に反し、すずかは、無言だ。無言のまま、ただ、中野リリコの顔をじぃっと見つめ…………
「――――
――――笑みを、消した。
「黙って聞いていれば、身勝手な劣等感を、べらべら、べらべらと。
モンキーパーク? お猿さん? 落伍者? …………誰がそんなことを言ったの? 誰から聞いたの? あのサイトはもう無いはずよ?」
「……! それ、は……」
うわさに聞いた。ネットで叩かれていた。等々が有ろうとも。結局は。
「他ならぬ、あなた自身から出た言葉でしょう? 他ならぬあなたが、学園を、生徒を、同級生を貶めているのでしょう? 劣等感の道連れに」
「違う、違うッ!!」
「違わないわ」
立ち上がった中野の額を軽く指先で突き、押し戻す。抵抗したはずが、全く無意味に、押しとどめられる。
「――あの学園はわたしの所有物。
――校舎も、設備も、教員も、生徒も、風紀も、個性も……それらが抱える問題も、全部ひっくるめて、わたしの所有物」
暴言とも取れる発言。しかし、そこには絶対的な自負があり……中野は、自らの矮小さをまざまざと見せつけられる形となった。
「――わたしに無断で勝手に
ぐ、と。中野の額をさらに強く押し込み、中野の身体は座席に着座させられた。
見下ろすような形で、すずかはにっこりと、完璧な笑顔を作る。
「――――私の所有物に、落伍者なんて一人もいないのよ? 1年D組出席番号28番、中野リリコさん」
完全に言い負かされた中野は……激情に顔を紅潮させていた。殊勝に引き下がるものかと。口で勝てないなら腕力で勝てばよいのだと。勝った方が勝利者で正義なのだと。まずはこの互いを隔てるテーブルをちゃぶ台返しにして、掴みやすそうな長い髪の毛を引っ掴んで、顔面に膝を一発。いつもの喧嘩だ。お世話になった刑事さんは悲しむだろうか。結局、暴力だ。他にないのだから仕方が無い。やるしかない。
――私、悪くないもん。
――社会が悪いんだもん。
今更ながら、なのはの言葉が理解できた。そうだ。社会が悪い。では、目の前の社会の権化のような輩に鉄拳を叩き込むことは正義ではないか。
「……みんな何やってんの?」
………………緊迫した空気の中、場違いに呆れたような声が場の緊迫を打ち消した。
簡素な装いにライダージャケットを羽織っただけの、なのはが。店の入り口で呆然と立ち尽くしていた。
(……。え。なぜここに。)
「……っあー…………間に合いましたわぁ……」
エルスは、視界の外で操作していたスマホをポイっと卓上に放りだした。どうやら、簡単な事情と所在地を伝えていたらしい。ファインプレーだ。
「弟子が遠足前みたいに興奮してなかなか寝なくて、ようやく寝たと思ったらこの連絡だもの。びっくりしたわよ」
ぼす、とヘルメットを座席に置く。
「まったく、なかなかお土産の返信が来ないから……また何か間違えたのかなーって……うふふ…………。でも、違ったみたいで安心したわ」
シャキっと立ち直って、つかつかと修羅場に足を踏み入れる。
「――――みんな、仲良くしなきゃ駄目でしょう」
……………………。
「、お」
……………………ハリーはポテトを取り落とし。エルスは硬直し。
「……お、おま」
………………小山は諦観の笑みを浮かべつつも青筋を浮かべ。
「お前、が……」
……望とすずかと中野の三人の諍いは終結し、心は一つとなった。
「「「「「「 お 前 が 言 う なーーーーーーー ! ! ! ! 」」」」」」
………………。
全く意図しない形で、場は治まった。計算づくという訳でもないだろう。
「…………何よ、みんなして」
ずぞぞー……とコーラをストローで飲みながら、なのはがいじけていた。
「お姉さま、見事なお裁きでしたわ。さ、ポテトをどうぞ」
「ふんっ」
エルスの差し出したポテトをもしゃもしゃと口に運ぶ。
「誰かにモノを言うときはね、自分のことは棚に上げて、高く高く上げて、上げたことさえも忘れておく程度が丁度いいのよ」
「はいっ、お姉さま! 心の片隅に留めておきますわ……!」
「『参考にします』の三歩くらい先を行く回答だなオイ……」
「ハリーうっさい。んで、リリコちゃんはもういいの?」
顎をしゃくり、唐突に中野に話を振る。
「も、もういいの、って何ですか……」
「喧嘩。テーブルちゃぶ台返しにしてすずかの髪掴んで顔面に膝入れようとでも思っていたんでしょう?」
なぜそこまで詳細に分析できるのか。
「見れば分かるわよ。んで、……すずかは特に抵抗せず顔面で受けようとしていたわね?」
「えっ」
中野は、すずかの顔を見てしまう。
「……ぜーんぶお見通しかぁ」
てへ、と可愛らしく舌を出す。
「すずかなら、打点だけずらしてノーダメージで受けられるでしょう。んで、派手に吹っ飛ぶフリでもして、リリコちゃん相手に、客観的に『被害者』として有利な状況を作って、改めて対話に持ち込もうとした」
「な……な……」
中野は、わなわなと屈辱に震える。
「ナメてるんですか、あなたっ……!!」
「んー……まぁ、結果的に、わたしが煽っちゃった形だしね。一発くらい、殴られても良いかなーって思ってたよ?」
殴られることも織り込み済みという。
「なんで」
と、すっかり蚊帳の外に追いやられていた望が、声を上げる。
「なんでアンタらはいちいちバイオレンスを挟まないと会話ができないの……?」
……ごもっともである。が、だんだんとなのはに毒されつつある面々の中で、一応はカタギに分類される望が話を進めることに、だれも異論は無かった。
「ほら、すずか座る! えぇと、中野さんの前に!!」
「あらー」
腕を組むような形で、すずかを着席させる。
「交渉のテーブルに着かせる(物理)ってやつね」
「ぼっちシャラップ!」
「ぼ……」
我ながら上手いことを言ったわ、とほくそ笑んでいたなのはを撃墜がてら、ようやく対面する面々だった。
「あなたが、中野リリコさん?」
「そうですが、何か……」
今更名前の確認か、と拍子抜けをする。なんだかもう、喧嘩をする気力も無い。ハルカのようにそっと眠りにつきたい。ふて寝したい。
「――――いつも、ありがとうございます」
唐突だった。望が、テーブルに着かんばかりに深々と、頭を下げたのだ。
「え、え!? なんですか!?」
意味不明で軽くパニクる中野。
「あぁすみません……その……今回の参加は、すずかの用事じゃなくて、本当は、わたしが、中野リリコさんに会いたいって頼んだからなんです」
驚愕の事実。では、あのリスクヘッジだとかも……
「それもあるよー」
「……そうですか」
一挙両得を狙ってのことだったらしい。
「……で、何です? わたし、あなたのことなんて知りませんが」
「先週の、院内学級での読み聞かせボランティアのことです」
「…………」
確かに、そういったことをした覚えはある。あるが……子供たちだれかの親族か何かだろうか。まぁ、さておき。
「イエ、ナンノコトヤラ……」
「なんで否定しちゃうかな……」
リリコなりに思うところがあり、知らぬ存ぜぬで通そうと思ったが、無理だった。
「わたし、父が医師で、」
「ペッ、選ばれし民が……!」
嫉妬心が暴発していた。かくいうリリコも大学教授夫妻の娘なのだが……あんな親は存在しないのと同義だ。
「いきなり毒づかないでよ! ……うちの父、人手不足の病院に、たまにヘルプで入ることがあって、お弁当を届けに行ったとき、たまたま見たの」
「…………」
照れ半分に、聞き流す。
中野リリコは、院内学級での読み聞かせボランティアを自発的に行っている。本人は隠しているつもりだが……クラス内では公然の秘密というやつである。
アルバイトでも無かろうに、無報酬で、である。
「ボランティアさんって、皆がみんな、そういう訳じゃないけど……やっぱり、ルーチンワークというか、まぁ、無報酬だからかな? どこか義務的にやっている人が多くて……」
難しいところだ。病院側としては、何らかのレクリエーションを行いたい。しかし、人でも時間も余裕が無い。ではボランティアとなると、望が述べた通りの現象が起きる。自己PRのための、社会奉仕活動の実績が欲しいだけの集団もいた。とはいえ、結果としてレクリエーションが提供できているのだから。実費のみのほぼ無報酬で行ってくれているだけで、ありがたい。そうなりがちだ。
「子供たちも、どこか余所余所しくなっちゃってて……でも、中野さんは違ったの。それに、一回こっきりじゃなくて、何回も」
「………………そうでしょうか?」
リリコは……内心、あることがバレていないかどうか、非常にハラハラしているのだが、望に知る由も無い。
「うん、とっても素敵だったよ! あの『かがみのおひめさま』って絵本!」
「ぐわぁーーー!!」
リリコが、テーブルに突っ伏した。
「……? 聞いたこと無いわね、それ」
なのはは、首をかしげる。そう、リリコが読み聞かせをクラスメイトにさえ秘密にしていたこと。望の感謝をはぐらかしてすっとぼけたこと。その理由とは……
「し、知ったな……! わたしの黒歴史を……!!」
……そう。リリコ自作の絵本であった。ストーリーは、どこにでもいる少女(本当はかがみ王国の正当なる王位継承者だが訳あって庶民に里子に出されたという設定アリ)が、魔法の鏡で変身し、困っている人を助ける、といった、王道の魔法少女ものである。
まぁ、これといって恥ずかしがる要素は少ないと思うのだが……リリコにとって、それは知られることが非常に恥ずかしいものなのだ。
望の用事は、いちファンとして、感想を伝えたかったということだろうか? 否。
「つい先日、絵本を置き忘れていたから、届けに」
と、望がバッグからホチキスで止めたA3サイズの紙束を取り出し……
「見―せて」
……横合いから、すずかが掠め取る。
「ひぃいいいいいいいーーーーっ!!!!? 見ないでぇーー!!」
一番見られたくない相手の手に。リリコはこれまでの人生で最も早く動き……しかし、日々の事務処理で培われた速読により、数秒で絵本の内容が詳らかにされた上、宙を舞う落ち葉のような謎の体術により、リリコの手は絵本を掴めない。
「ば、ばかにする気でしょうっ!? こ、こんな、子供っぽい内容……!!」
自作の絵本をネタにされ、周囲を威嚇するリリコ。しかし、すずかは、顎に手をやり、無言で何かを考え込んでいた。そして。
「これ出版しましょう」
…………………………言葉の意味をリリコが理解するまで、数秒を要した。
「…………はァ!?」
出版、と言ったのか。この、その辺で買った画用紙に、学校支給の画材で仕上げただけの、わずか15ページほどの稚拙な絵本を。
「ナニをするって!?」
「出版です」
「こんな使い古された設定の絵本を!? 新手のいやがらせ!?」
「確かに、王道のストーリーです。これといって奇抜な設定や、精緻な技巧に彩られた作品ではありません」
「ぐっ……! どうせ図書室で読んだ本での独学ですよ! 悪うござんしたね!」
「ですが……胸を打つ。特にこの、主人公の変身口上。『なりたい自分に、いま変わろう!』というところ。とっても良いフレーズだと思いました」
「音読しないでよォーー!!! やだぁー!!!!」
羞恥に悶えるリリコ。
「あ、すずかもそう思った!? そうなのよ、わたしもそこがすっごい好きなの!!」
「どれどれ」「ほうほう」
なのは、ハリー、エルスは、すずかの広げた絵本に揃って視線を落とす。
「見ないでぇ……! お願いだからぁ……!」
リリコは両手で顔を覆い、耳まで真っ赤になっている。
「院内学級の子たちの間で、『おひめさまごっこ』なんていう遊びが流行っているくらいなのよ」
望が、フォローにもなっていないフォローをする。
「わ、笑えばいいでしょう……! 高校生にもなって、魔法少女ものなんて……!」
「…………」
つい先日、スクリーンにおいて魔法少女に仕立て上げられたばかりのなのはは何も言えなかった。
「返して……返してお願い……なんでも……なんでもしますからっ……!
「そう……何でもするのね?」
「し、しますぅ……!!」
力関係が明確に決まっていた。
「では、してもらいましょう。
――――入稿を」
「それだけは嫌だぁー!!」
「なんでもするって言ったわよね?」
「言ったけど! 確かに言ったけど!」
もはや、リリコを弄って遊んでいるのではないかという有様だが……すずかは、割と本気だった。『売れる』という直感に従っているのだ。
「…………わたし、好きだよ。リリコちゃんの絵本」
むくり、と、小山の膝枕から大宮ハルカが覚醒した。
「ハルカちゃん……」
目元をごしごしと擦り、寝ぼけた眼で、尚も続ける。
「……すっごく、好き。もっともっと、たくさんの人に、知ってもらえるなら……それは、とても素敵なことだと、思うわ」
「……でも、……それはぁ…………」
「リリコちゃんは、どうしたいの? 趣味の描き物で、そこまでで終わって、本当にいいの?」
先ほどの狂乱が嘘のように、慈愛に満ちた表情でリリコを諭す。
( ( ( これが年の功ね/だな/ですわね ) ) )
……無礼な三人だった。
「…………ホントは、すごく嬉しいし、お願いしたいって気持ちも、あるには、あるよ。いつか賞に応募しようって思ってた気持ちも、ある。だから、これは、渡りに船なんだと、思う……」
「うん」
「でも…………これは、違うと思う。ズルだと思う。他の人たちは、まじめに賞を、そこからの出版を目指してるのに……」
「じゃあ、嫌なの?」
「………………………………とりあえず満足いくまでクオリティを上げてから、」
「あー、それじゃあいつまで経っても完成しないねぇ」
すずかが、珍しく話に割って入った。
「満足のいくまで。それって、誰が判断するの? 自分? 自分の満足? 自分の不安が払拭されるまで? それ、モノづくりで陥りやすい心理だけど、その『満足』が訪れることは永遠に無いんだよー」
「……!! だから、これは趣味でいいんです! どうせ、こんな子供だまし……! わたしはもっと堅実な仕事に……!」
「――駄目だよ。許さない」
断言である。絶句するリリコに、すずかが続ける。
「だって……読みたくなっちゃったんだもの。この絵本を最初から、シリーズを通して。この段階でこの出来栄え。より良い画力が身に着いたら? プロの作家の下で技術を学ばせたら? ……それが、『堅実』なんて、小さく纏まる方向へ進むために切り捨てられてしまったら? …………わたしは嫌だなぁ
あなたには、ぜひ、先行きの保障も無く、業界の将来性も不透明で、仕事の有無も不安定で、年収だって安定しない、ネットに心無い誹謗中傷が溢れかえって、見ず知らずの誰かに人格否定までされる修羅の道…………出版業界に来てもらいます」
この原石を、小さく砕いてなるものかと。磨いて磨いて磨きぬいてみせる、と、身勝手な決意に満ちていた。それに、と。絵本をリリコに差し出す。
「
絵本を受け取ったリリコは……押し黙ってしまった。
「リリコちゃん」
ハルカが、リリコの肩を抱く。
「頑張ってみよう? ね?」
いっそ無責任な励ましである。だが……ハルカの言葉には、なぜか『そうしてみようかな』と思わせてしまう力があった。
「くっ……! ハルカちゃんがそう言うなら……!」
「やるのね?」
同意と取るや、すずかの瞳がキラリと輝いた。
「ではまず、出版ではなく学園の広報に載せましょう。早速今週からスタートで。原稿には♯24とありましたから、最低でも24話は連載できますね。週イチでも半年間の猶予……ヨシ!」
「ヨシじゃないが」
「来週からウチの出版社で抱えてるプロの下でアシスタント業務に就いて頂きます。これは学園公認のアルバイトとしますので、安心してください」
「ちっとも安心できない」
「ちなみにその作家さんのスケジュールは逼迫していまして、通常のアシスタント業務の三倍の仕事量が求められます。技術取得のため、半年間×三倍の仕事量で計18か月分の詰め込み修行、みっちりとおしごとに励みましょう!」
「嫌だぁ」
「学園公認のアルバイトだからねぇ……? ――逃がさないよ」
「嫌だぁ! やっぱやめるぅ!!」
すっかり怯えてハルカの小さな背に隠れるリリコ。
「あの……大宮、さん……」
目を覚ましたハルカに、望が恐る恐る話しかける。
「? なにかな?」
が、ハルカは不自然なほどにケロっとした様子だった。
「先ほどは、」
「何が?」
「えっ……?」
「
……冗談を言っている顔ではなかった。本当の本気で、大宮ハルカは、先ほどの狂乱を忘却していた。
かみ合わない二人をよそに、なのはとハリーが、肩を寄せてひそひそと話す。
「『棚に上げる』ってレベルじゃねーぞ、アレ」
「ハルカちゃん、アレができるのかー。すっごいなー」
「アレ、とは?」
エルスも寄ってきた。
「まぁ、主に対拷問の訓練を受けていると起きやすい現象なんだけど」
「どんな訓練だよ」
「話の腰を折るな。――頭の中で、特定の事柄に対する記憶や情報を、自分に最も都合が良いように改変してしまうのよ」
大宮ハルカは
「やりきれねぇなぁ……」
「あら、いいじゃない」
頭をボリボリと掻くハリー。だが、なのはは笑う。
「――前を向くための能力、って感じがして」
辛い出来事を忘却し、前へ前へと進む。そう考えると、とても幸先がよいように思えるのだ。
「他人事では前向きになれるんだよな、お前……」
「あ゛? 喧嘩売ってるの? いいわよ別に。出発前の景気づけに一発ヤっとく?」
「あ゛? 上等だコラ。なんならそこのデコメガネと2対1でも構わねぇぞオレはよぉ」
「あ゛? 持ち越しにしていた決着付けますの? 良いですわよ。お姉さま抜きでタイマンでも構わなくてよ?」
「オラァ!」「ンだてめぇ!!」「この野郎!」
……仲が良いのか悪いのか、ギャーギャーと互いの襟首やら袖やら髪の毛をぐいぐいと引っ張り合う三人。
「――みんな」
……そして、ハルカの一声に、ついピタリと動きを止めてしまう。
「――――仲良くしなきゃ、ダメよ?」
なのはが言ったことと、ほぼ同一の内容。無視して大乱闘スマッシュシスターズを開幕するのかと思いきや……
「命拾いしたわね……」「タイミングが悪かっただけだぜ……」「わたくしは何もしておりませんわ……」
捨て台詞を吐きながらも、静々と仲良く横並びに座る。
そう、ハルカの言葉には、謎の『そうしてみようかな』と思わせる力があった。
――――自分の記憶を改竄できる(無自覚の)能力。
――――『そうしてみようかな』と思わせる謎の説得力。
(……政治家に向いているのかしら?)
すずかは、またも巨大な原石を掘り出してしまった気分だった。
――政治の大宮。
彼女が望めば……そういった未来もあるのかもしれない。
「………………あの、お客様方っ……!!!」
全員すっかり忘れているが……ここはファミレス。公共の場である。深夜とはいえ、客もそこそこ居る……いや、居たのだが、この一団の大騒ぎに慄き、店内は貸し切り状態となっていた。
「し、失礼を承知で、申し上げるのですが……その……もう少し、お静かに、お願いできませんでしょうか……っ! どうか、平に、平に……!!」
『店長』というプレートを胸に着けた男性が、土下座せんばかりに平身低頭する。毅然とした対応など、この武力集団に通じるわけもなく……といったところか。哀れ。
「――ご迷惑をおかけしました。」
学生たちの責任者として、すずかが頭を下げる。そして、懐から見たことも無い色合いのクレジットカードを……
「はい、撤収! 撤収するわよ!」
なのはの号令に従い、ぞろぞろとファミレスを後にする。うん、教育に悪いからね。
夜風はすっかり初夏のもの。寒いほどではない。
「で、お土産なにが良い?」
ようやく、なのはにとっての本題である。
「食べ物!」「酒!」「アクセ!」「本!」「写真!」
統一感まるで無い。
「わかったわ。何か饅頭か煎餅てきなアレね」
諦めも早い。
「ごめーん、遅くなっちゃった」
問題を解決し終えたすずかも、店を出てくる。少し気になって店内を覗き込むと、床にへたりこんで彫像のように固まる店長の姿が。哀れ。
「ねぇ大宮さん」
「はい? 何でしょう」
少し困惑した様子のハルカの手を、すずかが取る。
「今度は、初めから呼んでくれたら嬉しいです」
この定例会に。
言外に連絡先の交換を迫るすずかに対し、ハルカは、にっこりと笑い……
「――リリコちゃんに謝ってくれたら、いいですよ」
「…………そう来るかー」
早速、すずか相手に取引を持ち掛けるのだった。記憶を改竄しているくせに、ことの起こりは正確に記憶し、取引に用いているあたり、実に将来有望である。
「そんじゃ、おやすみー」
新たな関係の始まりを見届けたなのはは、深夜の住宅街をバイクで走り去る。
(ところで)
ふと、疑問を覚える。
(――あんな夜中に、みんな揃って何をしていたのかしら?)
……ごくナチュラルに誘われていなかったことに気付かなかったことは、幸いである。