魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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vivid編 21話『 実録・策謀の魔女の悪しきたくらみ ~粉砕偏~ 』

 

 

――………………。お母さん、その子たち、だぁれ?

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

いよいよ当日の朝が来た。数か月ぶりに移動船のターミナルまで来て……

「…………すぅ、すぅ」

 ……彌茅は立ったまま寝ていた。無駄に器用である。

「彌茅。起きなさい、彌茅」

「はゥっ!? お、起きてます、師匠(せんせい)!!」

「嘘おっしゃい……さてはあの後、また起きていましたね」

 どうにも興奮していると思っていたが、ここまでとは。現在の時刻は05:15。早いと言えば早いが、彌茅となのはは毎朝5時には起きて鍛錬をしているのだから、早すぎるということは無いだろう。

 

「お、お待たせしました……!!」

 

 と、四角いシルエットが近付いてきていた。

「………………」

 彌茅は言葉を失っていた。

「申し訳ありません。15分前行動をしていたのですが、もうお揃いだなんて」

 その四角いシルエットの正体は、リンネだった。ふんわりとした生地のよそ行きの服に、大きな黒いリボンが白い頭髪とのコントラストを生み出し、よく似合っている。なのだが……

「なんですかリンネさん、その箱は……」

 そう、リンネは、『箱』を背負っていた。縦横キッチリ1メートルの箱、それを……三つ、縦に積んでいるのである。電光掲示板にぶつかりそうになるが、その箱を背負った状態のまま中腰になり、変形スクワットのように避けて見せる。箱が意外と軽いのか……と思いきや、足音がノシノシと鳴っているため、見かけ通りの重量があると思われる。規格外の筋力である。

「禁輸品のリストには抵触しないと思うのですが……えぇと、上から……一段目は食品です。乾燥食品メインで、そのままでも水で戻しても美味しく頂けるわが社の自慢の品です。二段目は衣類です。アパレル部門の戦略室が、新区における商品PRのため、うんと持たせてくれまして……あ、三段目はただの重りです。気にしないでください」

「重り……?」「はい、重りですが……?」

 え? え? と、互いに首をひねる。

「……あー、とりあえず、そのジュウオウジャーのロボみたいな恰好じゃ乗れないから……荷物預けに行こうな……」

「はい、お兄さん」

 リンネには秀人が付き添い、集荷へ行く。

師匠(せんせい)、リンネさんの戦闘訓練は、師兄(あにうえ)が行うのでしたね」

「そうよ。ああいったパワー偏重型の格闘なら、秀人さんか、その師の大家さんでしょう」

「…………」

 彌茅とはまた別の方向に才能のあるリンネが、その道のスペシャリストたちに指導を受ける。彌茅は脅威と緊張を感じていた。

「追い抜かれないように頑張りなさい」

「はいっ!」

 

人数分の(慈樹は乳幼児なので無料)券を買い、移動船の座席に腰を下ろす。さて、向こうでは誰が出迎えてくれるのか。まぁヴィヴィオと四葉はくるだろうが……

「レイジングハートにアイ、何か月も別々になるのなんて初めてですものね」

「そうだな……耳元が静かで良いんだが」

「もう……またそんなことを言うんだから。そういえば、彌茅には話だけはしていましたね……彌茅、彌茅?」

「すぴー……」

 座って気が抜けたのだろう。彌茅は変な寝息を立てながら寝落ちしていた。なのはが少し揺らすくらいでは起きる気配さえ無い。

「……これは駄目ね」

「おいリンネ……あー、こっちもだ」

「すぅー……」

 リンネはリンネで、お行儀よく靴を脱ぎ、シートの上で体育座りして眠っていた。

「どういう寝相よ、コレ……」

「あぁ、これはな。俺らの出身施設では、基本的に寝所で足を伸ばせるスペースが殆ど無くて、足を伸ばして寝るのはカースト上位の特権だったから、自然とこういう恰好で寝る習慣が」「あぁぁぁぁ、そういう話は聞きたくないー…………」「…………でも俺は雑魚寝さえ許されなかったんだぜ。個室に隔離されてて」「重いんだよー!!」

 良く考えてみれば、秀人はリンネの過去の内情を、実感として知っているのだ。指導者としては実に適任かもしれない。

 

「まず現地での行動予定だけど」

「二泊三日の二日目がヴィヴィオの試合参観」

「初日……つまり今日と、最終日の夕方の船に乗るまでの間がフリーだ」

「面倒ごとは初日に終わらせちゃいましょう。私は彌茅を連れてヴィヴィオと合流するけど……」「俺は顔合わせだけして、アイとリンネを連れてフーカ・レヴェントンの捜索」「ん。ことの顛末は一号生筆頭のヴィヴィオと、指導員のスバル、ティアナ、セリカの三羽烏に聞けばだいたい分かるから、情報送るね」「んで首根っこを押さえたら、学校に連れ戻すって感じで行こう」

 ここは息の合った夫婦感を見せる二人であった。

 

ハイジャックが発生する……といった、ハリウッド的展開も無い平和な移動を終えると、一同は新区のターミナルへと到着した。片道三時間に少し足りない程度。

「うぅ、寝てしまいました……」

「昨晩、寝る前にスイム10kmはやりすぎました……」

彌茅とリンネは、すっかりぐっすり眠っていたことを少し恥じらっていた。

「それじゃあまずは二人とも。二人は初上陸だから、そこの情報センターで義務講習を受けてくるように。20分の短いビデオです」

「「はい!」」

 彌茅とリンネは、競い合うように情報センターへ駈け込んでいった。

 

 

 

「………………………………」

 そして、いざ弟子たちが居なくなり、改めて緊張しているのが一人……

「…………………………」

 なのは、顔が怖い。

「何で娘と会うのに緊張する必要があるんだよ」

「…………だって、久しぶりだし」

「メッセージのやりとりはしてただろ」

「それとこれは別」

「でも、そんなに強張っていたらヴィヴィオが怯えるぞ。今もなんか顔怖いし」

「き、緊張なんてしてないし……! …………でもちょっとお腹痛いからトイレ行ってくる…………」

 ……嘘や冗談ではなくマジでちょっと痛いのだろう。なのはは腹を撫でながらターミナル東側のトイレへ向かっていった。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「到着ー。いえー」

 ヴィヴィオと四葉、そしてアイがターミナルに到着した。出迎えのためであるが、アイ同伴である。その傍らに、宝玉の状態で浮遊するレイジングハートも控えていた。人間形態でいることを好むアイがそうしているのは自然なことなのだが、レイジングハートがそうしているのは……

『ぐぬぬ……じゃんけんで負けなければ……』

「勝った方が勝ちなの。勝てば官軍なの」

 人数制限があり、人間形態となれるのはどちらか片方……となった時、そうなったのである。

「わぁー、お姉ちゃんと会うの久しぶり。楽しみだなぁ」

 浮かれてほわほわとしている四葉。そして、その手を握るヴィヴィオはというと。

「…………………………」

 

 ヴィヴィオ、顔が怖い。

「何で親と会うのに緊張する必要があるの」

「…………だって、久しぶりだし」

「メッセージのやりとりはしていたでしょう」

「それとこれは別」

「でも、そんなに強張っていたらお姉ちゃんびっくりしちゃう。今もなんか顔怖いし」

「き、緊張なんてしてないし……! …………でもちょっとお腹痛いからトイレ行ってくる…………」

 ……嘘や冗談ではなくマジでちょっと痛いのだろう。ヴィヴィオは腹を撫でながらターミナル西側のトイレへ向かっていった。

 

 

 ヴィヴィオは、トイレに入り……個室ではなく、掃除用具入れに直行した。

(見―っけ)

 そこにあったのは、簡素な段ボール箱。中身は……開けたら爆発する類の爆弾。

(こんな薬品の匂いプンプンさせておいて、バレないと思ったのかな?)

 学校で習った、揮発性と引火性が極めて高く、地域によっては航空燃料にも使用される類の薬品である。

(ここでドカンしたら、配管を伝ってターミナル全体が火の海になる感じ)

時限装置のようなものは無く、アナログな受信機のみ。

(無線起爆するやつだ。ってことは……)

 念話の応用し、近辺から音声を拾う。

 

――「西側、セット完了しました」

――「良し。東側も完了」

――「情報センターも同様にセット完了」

――「これで……良いのですね」

――「あぁ、これで良い。新区などと、過剰な文化の融和を認めるわけにはいかないのだから」

――「えぇ、まったくその通り。我らの神が喜ぶ筈も無く」

――「浄化。浄化である。我らは神の使徒として、この命を共に燃やそう」

――「決行は『バヂジ礼拝』の時刻に合わせて」

――「そうだ。我らは神のもとへ導かれるのだ」

――「我ら三位一体となり、神聖なるバヂジの時刻に」

 

 

「もしもーし」

 

 

 ゴンゴン、と。唯一ドアの閉まった個室のドアをガラ悪く爪先で蹴る。

「爆弾魔さーん。こーんにーちはー」

 

 

――――バガァンッ!!

 

 

 ドアを破壊し、一見、どこにでもいそうない地味な恰好の女が、湾曲した刃をもつ剣を手に、飛び掛かってきた。

「その剣……あぁ、あちらの過激派の方でしたか」

 指先で剣を掴み止め、ボディブロー。

「バヂジ礼拝……んー、あと五分くらいですね」

「神を称えよ……神を、称えよ!!」

「あぁ、おクスリで痛み飛ばしてるのか……礼拝の時刻は秒単位で正確だから、先んじて爆破はしないだろうけど……一応、貰っておきました」

 ボディブローのついでに、起爆装置となる携帯端末を抜き取る。

「えい」

 

――ベキボキッ

 

 握力任せに両肩を粉砕。続いて、膝蹴りをかまして大腿骨頚部を粉砕する。

「おーしまい、っと」

 

――パカァンッ!

 

 殴り飛ばし……飛ばした勢いでホールまで吹っ飛ばす。

「あ、このひと爆弾魔です。あとよろしく」

 駆けつけてきた警備員に投げてよこす。

「せ、聖王陛下!?」

「お怪我は……、あるわけないですよね……」

「これは供物として貰っておきますね。まぁナマクラだけど、趣があるし」

 

 用具入れの中、爆弾の配線を、奪った刃物で学校で習った通りに切断し無力化する。

「東側トイレ、情報センターに同様の爆発物があります」

「はい、そちらでも同様に騒ぎがあり、いま人員を向かわせています!」

「騒ぎ……あぁ、それならもう大丈夫でしょう」

「はい……?」

 

「隠れている実行犯が騒いでいる……ということは」

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「ぐへぇ…………」

 

 …………壁面の窓ガラスごと蹴り抜かれたスーツ姿の男が、砕けたガラス片の海となった床に転がっている。蹴りの威力と、窓ガラスに熱い抱擁をかました衝撃で昏倒したようだ。

 犯人の得物だった刃物をぷらぷらと手元で弄び、なのはがぺらぺらと上機嫌に喋る。

「そんな薬品の匂いプンプンさせて、どういうつもり? あなたの組織は、マトモな工作員が居ないわねー。さてはニワカ過激派ね。なってないわー」

 過激派ガチ勢からのお言葉である。

「いい? 爆発物はね、気付かれた時点で起爆しなさい。最大限の効果が得られなくとも、陽動に使えるわ。その隙に残りを起爆させて、ベストではなくベターな結果を目指しなさい」

 どっちが悪役だ、と言わんばかりの言動である。

「コレは授業料として貰っていくわ。まぁナマクラだけど、趣があるわ」

 シャムシールをひゅんひゅんとペン回しの要領で回し、ベルトに差し込む。

 爆弾の配線をテキトーにチョキチョキと切って無効化し、こちらは一件落着である。手慣れている。

「情報センターって言っていたわね、確か。……彌茅と、リンネが」

 思わず駆け出しそうになるが、ぐっと堪える。

「これも経験……経験だから、ね…………」

 一から十まで助けるのは、違うと思った。親と子ではなく、師匠と弟子なのだから。爆発物への対応術も、座学ではあるが教えている。彌茅は物覚えの良い賢い娘だ。

「……でもちょっとだけ、いざとなれば助けられる位置で待機しましょう」

 そそくさー、とその場を離れる。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

職員が声を上げる。

「第一回は、間もなく五分ほど……午前八時からです。皆さん、お手元に用紙とペンはありますかー?」

 行儀良く横並びしていた彌茅とリンネは、手元にA4サイズの紙と、ボールペンが置かれていることをしっかりと確認した。

 義務講習後に、講習を受けたことを証明するための簡単な署名だけだ。

「…………?」

 が、彌茅はどうにも、落ち着かない様子だった。眠気が残っている、という訳ではない。ただ、なんというか……胸のあたりがムカムカとするのだ。

(……? なんでしょう、この違和感)

 悪い予感というものか。通常であれば、気のせい、ですべてスルーしてしまう程度のもの。しかし、彌茅は……

 

――――『自身の抱いた違和感を信じなさい』

 

 ……師の言葉を、優先した。講習室には、彌茅とリンネ、そして、数人の男女がまばらに腰掛けている。他人同士だ。自由席であれば、バラけるのが当然。

 

――違う。

 

 職員はプロジェクターの確認を行っている。電源、ケーブルの接続、本体の状態を入念に確認している。

 

――違う。

 

 どこだ? 違和感の正体は、どこにある?

「……彌茅さん、どうしたんですか? キョロキョロして」

 リンネの声も、どこか遠くに聞こえる。

 リンネは、大荷物を除いた、シンプルな旅行鞄を足元に置いている。そう、足元に……

 

「!!」

 

 講習室の中央付近。リュックサックを膝に抱えるようにしている男性。

――――「はい、では、」

 

 彼の手は、卓上ではなく、鞄の中に不自然に差し込まれていて、

 

――――「講習ビデオのほうを、」

 

 職員が、ビデオ再生のスイッチを押そうとする。

 

 全員の視線が、スクリーンに集まる。

 

 男の右手が、手首から先が、親指が、何らかの動きを、

 

 唇の端が、にぃ、と、歪む。自らの手元には、紙とペン。

 

「――――そこぉッ!!」

 

――――ザクゥッ!!!

 

 ……彌茅の投擲したペンが、男の肩口に深々と突き刺さった。

「ぎゃあっ!!?」

 反射的に、腕を跳ね上げる。腕の先には、何も握られていない。

 呆気にとられる周囲。彌茅は走る。相手は成人男性。殴る、蹴るといった当身では、効果は薄い。

「えぇえいっ!!」

 なので、身体でぶつかっていく。

 

「な、なんだこのガキ!?」

 殴ろうと腕を振り回す。その腕を十字に固める。

 

――メキメキメキメキ……!!

 

「ぎゃあああああ……!!」

 動きを封じた。それはいい。しかし……口が開いたリュックサックの中で、粗末な液晶が刻々とカウントを刻んでいる。

 

「リンネさん! リュックサック! 爆発物!」

「はい!!」

 

 リンネもまた、見事に連携をした。旅行鞄を、リュックサックの上に叩きつけるようにして被せる。

 

――ベキベキベキッ!!!

 

 その超筋力で、床に固定された机を引きちぎり、更に被せる。

 

「机いっこ、こっちに!」「はい!」

 机を横倒しに、遮蔽物を作る。防げるかどうかは五分五分。そして……

 

 

――――…!!

 

 

 ぎゅっと瞑っていた目を、恐る恐る開く。爆発音は、しなかった。

「ふ、不発……?」

 否。

 

――――ジュゥウウウウウッ…………

 

 蒼炎の猛禽が、爆弾を蒸発させていた。理屈不明の問答無用……神の炎である。

「――――そういう賭けはしない方が良い」

 秀人が差し出した手に猛禽が戻り、吸収されると……後には何も残らなかった。

「バクチに掛けるのは、八方手を尽くしてからでいい。きっと、なのはもそう言うぞ」

「は、はい……」

 

「は、放せぇえええ……! 礼拝の、礼拝の時刻が過ぎてしまうぅうう……!!」

 彌茅とリンネ、二人に関節を折れる寸前で固定されている犯人が呻く。

 

「あと、躊躇せず折れ」

 

 ぐ……と、二人の関節技に軽く力を掛ける。

 

――――ビキィッ……!!

 

 それが最後の一押しとなり……肉体が、破断する。

「!!! っぎゃぁあ「うるさいな」

 

――バコンッ!!

 

 踏みつけ。顔面が床に埋まった犯人が、ようやく静まった。

「おっし、解決だ」

 ぼふぼふ、と彌茅とリンネの頭を乱暴に撫でる。

「彌茅の講評はなのはに任せるとして……あー、リンネ。平気か?」

「はい、お兄さん」

 リンネは、意外とケロっとしていた。まぁ、物心つく前から筋金入りの悪意の坩堝で過ごしていたのだ。耐性も付こうというもの。

 

「彌茅、リンネ」

 そこへ、タイミングを計っていたようになのはが現れる。

師匠(せんせい)!」

 彌茅がピシっと姿勢を正す。なのはは、彌茅をじっと見降ろす。現場の状況を一目で理解し、彌茅とリンネの対応を評価する。

「二人合わせて……80点、といったところですね。ギリ合格です」

「はちじゅう……」

 彌茅は、少ししょぼんとしていた。満点を目指していたのだろう。ギリ合格、それも、二人合わせて。

「精進します」

「よろしい」

 なのはは努めて厳しめの表情をしながら、彌茅の艶のある髪の毛を撫でる。

 

「お父さん! お母さん!!」

 

 情報センター入口ドア……が、かつて存在していた位置から、ヴィヴィオが顔を覗かせた。

「! ヴィヴィオ!」

 なのはもヴィヴィオも、軽めの運動をしたおかげで緊張がほぐれたのだろう。

「久しぶりー!!」「久し、…………」

 ぎゅう、とハグをする…………寸前だった。

 

「――………………。お母さん、その子たち、だぁれ?」

 

 ヴィヴィオの目は、背後の彌茅とリンネを捉えていた。

「っとっとっと……」

「ねぇお母さん、その子たち、だれ? ねぇ?」

 ハグをスカり、たたらを踏むなのはの背をヴィヴィオが掴んで引き戻す。

「あぁ、黒いのが彌茅で、白いのがリンネ」

「みかや、りんね……? あぁ、名前はわかったんだけど、そうじゃなくて……」

 どこかもどかしそうな様子。なのはは、そういえば手紙を送る前のタイミングでウチに来たんだった……と、今更思い出したのだった。

 

「彌茅は私の弟子。リンネは秀人さんの弟子よ」

「弟子ぃ……? ……ふぅーん、へぇー……」

 じろじろと、遠慮なく二人を眺めて回す。

 

「――お初にお目にかかります」

 まず先行したのは、躾の行き届いた彌茅だった。

「高町彌茅と申します。なのは師匠(せんせい)の弟子として、入門いたしました。よろしくお願いいたします」

「高町ぃ? ……なんでお祖母ちゃんの苗字?」

「こら」

 質問を重ねようとするヴィヴィオの頭を、なのはの手が撫でる。

「ヴィヴィオも挨拶」

「…………はぁい」

 ヴィヴィオは、いったんアレコレの感情を飲み込む。

 

「――聖王・吾妻ヴィヴィオです。彌茅さん、リンネさん、どうぞよろしく」

 

 笑顔には笑顔なのだが……両親や身内に向けるものではなく、どこかよそ行きの笑顔だった。

 

「お姉ちゃ~ん、秀人さ~ん!!」

 遅れに遅れ、四葉たちが現れる。

「四葉~!」

「お姉ちゃ~ん!」

 姉妹の抱擁……と思いきや、実は四葉はドサクサに紛れて秀人に抱き着こうとしており、なのははそれを阻止したのだ。

「四葉、元気そうで良かったわ……!!」

「お、お姉ちゃんこそ……!!」

 膂力で勝るなのはが、抱擁というにはいささか物騒なチョークホールドを極めようとしており、日々、ヴィヴィオの腕力に振り回されることで場慣れをした四葉はそれを蛇のような動きで回避している。無駄に高度な組手となっていた。

 

「まーすたー。会いたかったー」

 ……ちゃっかりとアイが抜け駆け、秀人の首に手をまわして抱き着いていた。

「「『あーーーーーーー!!!』」」

 なのは、四葉、そしてレイジングハートが、同時に声を上げる。

 

「ねぇねぇ、師匠(せんせい)ってどういう意味―? お母さんに鍛えられてるってことは、強いんだよねー?」

「はい。師匠(せんせい)は、師匠(せんせい)です。わたしの尊敬する師であり、目標とする人物、という意味でそう呼ばせていただいております。強さに関しては、問題に対しての解決能力の値であるため、コレといった定義はしないよう、指導を受けておりますので、ご返答できかねます。申し訳ありません」

「へぇー。それじゃーさぁ、私と戦ってみる?」

「申し訳ありません。今は(・・)、私闘を行うことは目的ではありません」

「そっかぁ……それじゃあ、いつ()る? 明日、私の学校行事があるんだけど、ウォーミングアップにはなるかなぁ?」

「申し訳ありません。まず、目下の目的があり、そちらが達成されるまでは、」

「ヴィヴィオさん!」

ずぅっと黙っていたリンネが、ぐわっ、と、会話に加わる。

 黙っていた……とはいっても、引っ込んでいたわけではない。異常に爛々とした、ネコ科の肉食獣のような目をして、ヴィヴィオをロックオンしていたのである。

 

「――わたしと()りましょう!! いま! ここでもいいです!!」

 

 上気した顔。本気だ、と、彌茅は悟った。考えられる理由は二つ。一つは、先ほどの不審者との戦闘で、気分が高揚しているということ。もう一つは…………

 

――――全力で遊んでも壊れないオモチャを、見つけたから。

 

「構いませんよ。来なさい」

「はい……! 行きます……!」

 のし、のし、とヴィヴィオに向かって歩を進めるリンネ。

(止めねば)

 デンジャラス&バイオレンスなライバルの行動を、どうにか止める手段を頭の中で模索する。

 

「お前らは暴力以外のコミュニケーションを知らんのか……」

「秀人さんに言われたくないよ」「秀人さんには言われたくないわねぇ」「ますたーには言われたくないの」『秀人には言われたくありませんね』

「フルボッコだな!?」

 全方位ツッコミを喰らい、秀人は少し涙目だった。しかし、大体の相手とは肉体言語で絆を育んできた実績から、説得力は無かった。

「フーカ・レヴェントンを探すんじゃなかったのか?」

「はっ、そ、そうでした!」

 目の前のお楽しみよりも、本来の目的だ。

「あなた、戦うの結構好きですね」

「はいっ!」

 なのはの何の気なしの指摘に、リンネは、イキイキとした表情で答えた。

 

「なんかこう……スイッチが入ると言うか、興奮すると、頭の芯の方がシュワーってなって、心がドキドキワクワクしませんか?」

 

 ……完全なバトルジャンキー脳である。が、秀人にもなのはにも、そういう憶えがあるため、深く追及は出来なかった。

 

「……はぁ。フーカ・レヴェントンの大体の居場所はもう掴んでるよ。はいこれ」

 ポケットから折り畳んだ紙を取り出し、秀人に渡す。

「おう、用意が良いな。……しかし、なんで回収しないんだ? 寮を脱走して外泊なんて、大事だろう」

「E組の人たちって、そういう人多いから……」

 大変なんだよー、とヴィヴィオが苦笑するが、その実B組とは、ヴィヴィオやその他のヤバい面々が各々で目星をつけ、『おともだち』と称して合法的に拉致ってきた被害者の集まりのようなクラスである。主にミウラとか、ジークリンデとか。そりゃあ逃げる。

「ま、たまにはガス抜きは必要でしょう? 看守……じゃなくて、寮母さんを倒せるライン超えてるなら、外でも問題なく生きていけるだろうし。行き倒れるか、単位がヤバそうになってきたら回収すればオッケーだよ」

「なんだろうな……昔カントクと一緒に捕まってたタコ部屋を思い出すんだよなぁ……」

 秀人が遠い目をする。顔も知らないB組の面々に、同情しか湧かなかった。

 

「まぁ、探す手間が減ったのはありがたい。んじゃ、俺とリンネで、」「アイもいっしょ!!」「はいはい……」

 背中に乗ってくるアイを適当に運びながら、紙に目を落とす。番地が書かれているほか、潜伏先と思われる人物の名前があった。

 

「――『アインハルト・ストラトス』」

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ 時は、少々遡る。

 

「だらぁああああーーーッ!!」

 ポニーテールを翻し、全身を回転させた渾身のボディブローが目の前の巨体に突き刺さる。

「ごふぅっ……!! み、見事なりぃ……!!」

 ズシン、と地響きを立て、身長と体重がイコールみたいな巨体が沈む。

「こ、これで、ワシは自由じゃ……!!」

 這う這うの体で、監獄と同義の学生寮を脱走する少女……フーカ・レヴェントン。

(冗談じゃなか! あの悪魔みたいな女……! リンネとお別れじゃと!? ワシがついててやらにゃ、リンネがまたイジメられてまう! こんだらブタ箱、とっととオサラバじゃ! ……まぁメシは美味かったがの!)

 

 この学園に運び込まれて数か月。当初は右も左も分からなかったフーカだったが、傷が癒え、貧相でガリガリだった身体に相応の肉が付いた頃、最初の脱走を企てたが、失敗。単純に戦闘力が足りていなかったのだ。

 さらに数か月。『ケサン・ピクニック』なる、遅れて入学したフーカにとっては初の、他の目が死んだクラスメイトたちにとっては二度目の強化合宿が行われることになり、更に脱出計画が遅れてしまった。

 

 脱走を企てては寮母にボコられ、授業中に校舎から脱走すれば教師に捕縛され……ついに、いま。

 

(――――ワシは、自由じゃ!!)

 

 外の大地を、踏みしめる。

「くぅっ……感無量じゃ……!!」

 感涙。しかし、追手が来る可能性がある以上、長居は無用だ。

「じゃあの、クソッタレな我が学び舎!!」

 自由を満喫するフーカ。

 

「ねぇヴィヴィオ―、あれ、冥がつかまえよっかー?」

「んー? ……あぁ、良いんじゃない? 路銀が尽きたら行き倒れるから、その時に捕まえた方が効率良いよ」

 

 ……掌の中で転がされているとも知らずに。

 

 実際、二日で行き詰った。

「か、金が無い……!!」

 持ち出せた金など、たかが知れている。宿は野宿で良いとしても、食料を調達するたびに目減りし、あっというまに尽きた。

「金が無いのは死んでいるのと一緒とは、よく言ったものじゃ……」

 ぐぅ、と、腹の虫が鳴る。

「! そうじゃ、働けばカネになる!!」

 当たり前の発想に今更気付く。しかし。

 

――え、仕事かい? ……そうだなぁ、学校でちゃんと勉強をすることが、君の仕事だと思うよ。

 

――きみ、いくつ? そっかぁ、学校が一番楽しい年ごろだね。働くことはいつでも出来るから、今は学校を楽しんだ方が良いよ。通報とかはしないからね。

 

――ぐへへ、お嬢ちゃん、仕事が欲しいのかい? ぐへへ、そういうことは、学校の先生に相談するんだよぉ……ぐへへ、大人になったらまたおいでぇ……

 

「ぐぬぬ……世の中は世知辛いのう……!!」

 とてもいい人ばかりだったような気もするが。

 うんうんと頭を悩ませていると、また腹の虫が鳴った。

「あーあ、生きていくのは大変じゃ……」

 ……そして、はたと気付く。

 

「って、違ぁあああああう!! リンネ! ワシはリンネを探しに行くんじゃった!!」

 喰い詰めたあまり、すっかり忘れてしまっていた。頭の容量はそこまで大きくはないようだ。

「……っていうか、ここはどこじゃ!!?」

 右往左往するフーカ。いかに腕っぷしが強かろうと、まだまだ子供である。

「あー、もー、わけわからん……」

 途方に暮れ、天を仰ぐ。

 

『ふふーん、ふふーん、妾は自由なのだー♪ フリーダーム♪』

 

 ……見上げた先に、半透明の少女がふよふよ浮いていた。

『翼は無いけどー、空だって飛べちゃうのだー♪』

(…………今更驚かんぞ、ワシは。ヒトダマが空飛ぶくらい何じゃ)

 非常識には慣らされていた。まぁ、放っておけばどこかへ行くだろう、と、ぼうっと眺める。

 

『妾は自由な―、聖王ダキニさまー、なのだー♪』

(聖王ぅ……? あぁ、あのC組の大首領の親戚か……)

 しかしまぁ、ふよふよと実に呑気そうだ。いい気なものだ。

 

『自由になったは良いもののー……依り代が無ければ塵と消える定めー……なのだー…………あはは……楽しい余生であったのう……』

 

(大事じゃろうがっ!!?)

 がばっと跳ね起きる。

『しくしく……イキり散らかして飛び出した結果がこのザマなのだ……妾、生前からずっと、こんなんばっかりだ……』

(……………………わかる)

 とてもヒトゴトとは思えない。ヒトダマだけど。

 

『なんか策謀の魔女とか言われなき悪名貰ってるし……領地と領民を守るために頑張っただけなのに……しくしく、もうやだ死のう……あ、とっくに死んどった。アハハ』

 

「お、おぉい…………そこなヒトダマよう……」

 ……とっても声を掛けづらい。しかし、目の前で消えられては目覚めが悪すぎる。

『あぁん? なんだ、ヒトが末期を噛みしめとるときに無粋な……』

 振り向いたヒトダマは、半透明ながら、少女の輪郭をしていた。

『……っていうかお主、妾が見えるのか?』

「そりゃあ、まぁ……目立つじゃろ」

 しかし。

 

――おい、あの子……ずっと独り言をブツブツと……

 

――まだ子供じゃないか。可哀そうに……

 

――あの制服……あぁ、学園の子だ。とりあえず通報して保護しなきゃ

 

 ……どうやら、目の前のヒトダマ少女の姿は、フーカにしか見えていないようだった。それどころか、すっかり不審者というか、頭が可哀そうな子扱いだった。しかも通報寸前。

「に、逃げるぞ!」

『あいあい』

 スタコラサッサと、その場を後にする。

 

「はぁ……走って余計に腹が減った……」

 どうにか腰を落ち着ける。

『しっかし、妾が見えるとはビックリだ。血縁でもない限り、よっぽど共鳴せんと、認識されん筈だが……おぬし、もしかして聖王の血族だったりする?』

「ンなわけなかろうが。ちょっと名前が変わってるだけの日本人じゃ。少なくとも国籍の上ではな。血縁は知らん。縁者もおらん。みなしごってヤツじゃ」

『……ぐすっ。可哀そうにのう……親が恋しかろうに……』

 隣にやってきて、フーカの肩を抱くようなしぐさを見せるヒトダマ。

「憐れむな!!」

 振り払おうにも、実体が無いのだから叶わない。

『ほーん……お主も家出してきたのか』

 接触により読まれたらしい。

「!! 何で分かった!? ……っつーか家出じゃなか!!」

『なるほどなるほど……イキって出奔したものの、食うに困って行き詰る…………お主は妾か? こりゃ共鳴するわ。他人事とは思えんのう……』

「知るか!」

『食うに困らん環境があるのだったら、帰れば良かろうに。その友も、良いように処されているのであろう? 急いで見つけんでも……』

「そういうっ……!!」

 そういう問題じゃない。と言いかけ、やめた。

「……」

『お主はほんっと妾に似ておるのー』

 ぶすくれるフーカに、少女にしか見えないヒトダマが語る。

『素直になれい』

 はいそうですかと素直になってたまるか。余計に頑なになるフーカ。

『年長者からの警告は素直に聞け。それができずに、妾は寂しい思いをしたぞ』

「寂しい……か。」

 自身の感情の正体が、ようやく分かった。

自分は、親友と離れ離れになって、寂しいのだ。

「…………」

『まぁ、聞いて行け。年寄の昔話だ』

 消滅間近というヒトダマが、遺言のように語り始める。

 

――むかーしむかし、その昔。

 

――古代の王朝に、ひとりの女の子がいたそうな。

 

――武芸はクソザコナメクジ、知略はスカポンタン。

 

――まぁ、どうあっても戦乱の世に王位を継ぐ器では無かった。王族でなければ、即、口減らしに選ばれておっただろうな。国は兄の一人が継ぐと決まっておった。

 

――長所と言えば、たった一つ。

 

――他人の『求めるもの』を、的確に見抜く力だった。

 

――その能力に気が付いたのは、敵国に攻め入られ、城が攻め落とされる間際。

 

――なんと敵国の大将は、わが母を見初めておったのだ。

 

――あぁ、こっからちと不愉快になるぞ。

 

――うっかり口を滑らせた結果……

 

――母は、敵国に渡された。父の助命、領民の命、領地の割譲を三割にまで減免される代わりに。

 

――父は心を病んだ。その戦いで、兄を含む武芸に秀でた勇猛な血族は絶えてしまってのう……仕方が無く、その少女が、なし崩しに、消去法で、誰からも歓迎されず、王位を継ぐことになってしまったのだ。

 

――日がな一日、城の蔵書を読んでいるだけの穀潰しが、のう……

 

――別に、歓迎されないことも、将軍が実質的に国を治めることも、生きたお人形として王座に据えられているだけというのも、別に構わんかったよ。

 

――ただ、『母を売った鬼子』と、城の兵士や領民にまで広まっておるのだけは、辛かった。

 

――少女はポンコツダメ王族じゃったが、人並みに両親や領民のことは愛しておったし、また愛されたいとも思っておったからのう。

 

――だから、母を取り戻そうと頑張った。

 

――まずは将軍を篭絡した。

 

「そっからおかしいじゃろ!」

『黙って聞けい! まだ折り返し地点じゃ!』

 

――鉄面皮の奥底に隠した、人間だれしもが持っている卑しい欲望を、バラしてやろうかとチラつかせてのう

 

――次に、重臣たち。一度、要領を掴んでしまえば、あとはただの作業だ。

 

――気が付けば、少女は名実ともに女王に成っておったよ。

 

――希代の毒婦、策謀の魔女としてな。

 

――けれど、少女は信じておった。

 

――頑張って頑張って、敵国と渡り合えば……母を取り戻せる。父の心も晴れる。親子に戻れる、とな。

 

――敵国と対等となるため、隣国を併呑し、その隣、その隣まで……

 

――ここまでで、10年程度であったな。我ながら快進撃だったと思うぞ。

 

――英雄譚の一つも作られるかと思ったが、伝わったのは『策謀の魔女』の悪名のみ。

 

――ま、どうでも良い話だ。

 

――そうして、……ついに、敵国との戦が始まった。

 

――将軍も、兵たちも、領地も領民も、何もかもを限界まで使い潰し……ついに、和平交渉にこぎつけた。

 

――何やら、敵国にもお家騒動があり、情勢がガタガタの良いタイミングだったのも幸いした。

 

――でな、この話のオチなんじゃが……

 

――母は、敵国の王と、仲睦まじく愛を育んでおったよ。

 

――強き王、優しき王妃。その愛の伝記を目にしたとき、どうせプロパガンダと信じないでおった。

 

――だからまぁ……その……こたえたよ、流石にな。

 

――だって、母は少女を……妾を、憎しみの目で睨んでおるんだもの。

 

――『鬼子め』、と。併呑してきた諸国から受けたのと同じ誹りを、母から受けるとはな……

 

――だから最後に、母が『求めているもの』を、渡したよ。

 

――『貧乏な小国に戻るくらいなら、大国の王妃として華々しく散りたい』。

 

――……もう、どーでも良かった。

 

――だって、父上は幽閉の牢で、とっくに自害しておったし。

 

――母を殺したのが、七つ目の国。そこでお終い。

 

――倒したと思った敵国の人質がクーデターを起こし、最強の聖王を名乗るオリヴィエなる新興勢力が生まれたそうだが……もう、国を治める気力は、無くなっておった。

 

――妾は、犠牲を出しすぎたという名目で、自身を裁判に掛け、全ての罪業を負い、毒を含んで果てた。

 

――少女の人生は、それで終わり。

 

『……まぁ、お主までそうなるとは言ってはおらん。だがな、こうして二度目の生(仮)を受け、『座』にて他の王と言葉を交わすようになってもな、思うのだ。

あのとき、『父上と母上を殺さないで』と、子供らしく素直に泣いて縋りつけば、王位も国も自由も無かったかもしれんが、それでも、大事な人と一緒に過ごせたのではないか、とな』

「…………」

『だからのう、死に際の年寄から最後の助言だ。素直になれい』

「お前、」

『ダキニ。聖王ダキニだ。何やらご利益と意味のある名らしいぞ』

「ケッタイな名前じゃのう」

『お主には言われたくないわ』

「で、ダキニ。どうするんじゃ、これから。お前こそ、帰る場所があるような口ぶりじゃったろう」

 

『……………………………………………………気まずい』

 

「……は?」

『今更、どんなツラをして座に帰ればいいのか、分からん』

「はぁああああああああ!!? ワシにさんっざん年上風吹かせておいてなんじゃそりゃあ!?」

『うっさいわー! とくに、年の近いオリヴィエに、ちくちくとイヤミ言われるのが想像できるのだー! やぁっと口うるさい妹分から逃げられたのだ! この自由を手放してたまるかー!』

「でも消えるんじゃろ」

『うぐぅ……!! 今更になって命が惜しくなってきた……!! 死んでるけどな!』

「死生観ガバガバジョークやめんか!」

『うぅう、消えたくないのだー……でも帰りたくないのだー……』

「…………」

 なんて仕方のないやつ。フーカは何だかんだで、他者への優しさが強い少女だった。そうでなければ、縁もゆかりもないリンネを、身体を張って守るようなことなどしない。するメリットが無い。

 

『あぁ、消える……時間切れだ……』

 ヒトダマが、すぅっ……と、薄くなっていく。

「お、おい……!!」

『最後に、楽しかったぞ……フーカよ。生まれて初めて、友が出来たような気分であった。……死んでるけど……妾の可愛いヴィヴィオに……あとついでのついでに、オリヴィエにも、よろしく伝えてくれい……』

「あーもー、あーもー……!!」

 見る見るうちに、薄くなっていく。

 また、失うのか。夕方からの長い付き合いがある相手なのに。リンネが連れ去られた、あの日のように。

 考えろ、考えろ。無い頭を絞り出せ。

 

――依り代が無ければ。

 

――よほど共鳴しなければ

 

――妾に似ておるのー

 

――死んどるけど……

 

 ジョークの印象が強すぎる。

「!! そうじゃ!」

『うぅぅ……もっとシャバを満喫したかった……ポテチとかダブルチーズバーガーとかマシマシラーメンとか食べてみたかった……蒸したイモとかしなびた葉っぱとかじゃなくて、豊かな食生活を送りたかった……』

 俗っぽすぎる未練を見せながら、空気に溶けていくダキニを、フーカが抱き留める。

 

「ダキニ! ワシが、お前の依り代……? っていうのに成ってやる!! だから、消えるな! 消えるなー!!」

 

 フーカが、強く念じる。しかし、無情にもダキニの姿は既に、視認が困難なほどに薄くなっていた。

 

思えば、奪われるだけの人生だった。尊厳を、自由を、親友を。また奪うのか。また、奪われるのか。また。また――!!

 

――――胸の奥が、かぁっと熱くなる。

 

――――リンカーコア……否。

 

――――魂が、胎動する。

 

 

「――ワシの友達を、連れていくなぁあああああああああああああーーーーーーー!!!!!」

 

 

 宙を搔き抱く手に、強く、強く力を籠める。

「――――――!!!!!」

 そもそも無かった手ごたえが、今度こそ、消える。

「――――うっ、うっ…………駄目じゃったのか……」

 無力感に打ちひしがれ、地に膝を突く。

「ダキニ……お前のことは、忘れんぞ……!」

 

――――おぉい。

 

「たった半日の付き合い……! 変だが、いい奴じゃった……どこが良かったかはぶっちゃけ分からんし、何となく変な奴じゃった……! つまり変な奴じゃった……!」

 

――――フーカ、フーカやーい。

 

「ワシは、お前の死を乗り越えて、先に進むぞ……! もう死んどるけど……!!」

 

――――それ妾の持ち芸……っていうか、『そろそろ手を放してくれい! 息苦しい!』

 

「あぁ、手がどうしたってぇ? うるさいのう、ダキニ。ちょっとワシは今、感傷に浸っておるシリアスな場面なんじゃあぁあああああああああああああああああああーーーーー!!?!?!?!?」

 

 フーカの手の中に……『fi〇ma』のような大きさの少女が、ぽてっと握られていた。

「だ、ダキニ!?」

 慌てて手をほどき、掌を上に向けると、ダキニがその上に乗る。

『おう、妾だぞ。フーカよ、礼を言うぞ。妾とフーカの間に、縁が結ばれた!』

「縁って……、依り代のか!?」

『そうだ。単に共鳴だけでは、五分と五分であったが……ふふ、照れるのう。『友達』とはのう……』

 両頬に手を当て、ふるふると照れている。

「ぐっ……そ、そんなこと言うたか……? 覚えとらんなぁ……」

『照れるな、照れるな』

 うんうん、と腹立つしぐさで頷くダキニ。

『んで、お主の『求めるもの』は…………あぁん? ……おいフーカ。『寝床とメシ』って何だこれ。もっとでっかくて叶え甲斐のあるものは無いのか』

「足を伸ばして寝られる寝床があって、腹がいっぱいなら十分に幸せじゃろう?」

『………………お主さぁ』

「でもガッコに戻るのは嫌じゃ! ワシは、リンネを探しに行くんじゃ!」

『あー……んじゃ、向こうに歩いてみよ』

「テキトーな指示じゃのう……」

 そして、すたすたと歩くこと数分。未開発の、ただ開けているだけの土地に出る。

 

――ズシィンッ!!!

 

 大地が、揺れる。

「うおぉっ、なんじゃ地震か!?」

『これ、顔を出すな』

 だが、気になるものは仕方が無い。茂みの向こうに顔を出してみると、そこに居たのは二人の少年だった。年のころは、自身とそう変わらない。

「喧嘩か!?」

『ずいぶん危機感のある顔をしておるのう』

「……喧嘩は嫌いじゃ。なんら、頭の芯がシュワーっとして、胸がドキドキするんじゃ」

『…………(こりゃ気づかせたらヤバいな。黙っとこう)』

「だから、止められる喧嘩は止めんと。うぅう、リンネのこと思い出して余計に心配になってきた。喧嘩ひとつしたことが無い優しい子じゃった。いじめられてないじゃろうか……」

『腕っぷしはそこそこありそうだものなぁ、お主』

「……喧嘩をするのが嫌いじゃのに、なんでかワシ、いろんな人に喧嘩を売られる人生じゃったから、殴り合いは慣れとる」

『お主、本当に近代人か? 中世からタイムスリップしてきた系キャラじゃなくて?』

 ダキニの戯言を無視し、二人の少年の動向を見守る。

 

 声までは拾えないが、赤髪の少年と、銀髪の少年が向かい合っている。喧嘩……というには、いささか怒気が足りていない。

 銀髪の少年が、構えを取る。赤髪の少年も構え……

 

――バババッ、バシィンッ!!

 

『お、おおぉ!? 速いな!』

「あぁ? 左ジャブ三発に右ストレート一発じゃろ」

 喧嘩ではないと確信し、フーカは見物の気分になった。

「……で、あれを見て、ワシになんの得があるって?」

『まぁ見ておれ。今に分かる』

 

――ガガガッ!!

 

「あー……赤い方が勝つな」

『白い方じゃなくてか?』

「なんの話じゃ? ……まぁ、顔を見ればなぁ」

 立会いの上では、互角にも見える。手数では、銀髪の少年の方が多い。しかし、銀髪の少年が、どこか必死に攻撃をしているのに対し、赤髪の少年は涼しげな表情を崩さない。

「……ん? あの赤い方、知っとるぞ。B組の頭目、翠九音(くおん)じゃ」

『なんだ、有名人か?』

「知っておるも何も、聖王ヴィヴィオのイトコじゃろうが。お前こそ知らんのか」

『えぇー? ……でもアイツ、聖王の因子いっこも持ってないぞ』

「腹違いか種違いじゃろ」

『もう片方なら、よーく分かるんだがなー』

「ワシはもう片方は知らん」

『覇王の血族……しかも、かなり濃いのう………………滅ぼしたと思いきや、よもや血を繋いでいたとはのう……恨めしいのう…………』

 ぞわり、と。一瞬、ダキニが不穏な気配を見せた気がして振り向くが……肩の上のダキニは、いつものとぼけた顔をしているだけだった。

 

 身を離した隙に。

 

「――断空拳ッ!!」

 

――――ズシィンッ!!!

 

 銀髪の少年の踏み込みに、大地が激震する。

「この音じゃったのか」

『技の名を高々と叫ぶ悪癖も変わらんのぉ』

「意味あるんか、アレ」

『気合いが入るのだろう、たぶん』

 大地を激震させるほどの踏み込みからの一撃。しかし、赤髪の少年は打ち下ろしの側拳で軽く対処してしまった。更に、浮いた腕を引き寄せ、合気の要領で銀髪の少年を、背から大地に強烈に打ち据えてしまった。

 二、三、赤髪の少年が言葉を掛け……そのまま、踵を返し、いずこかへ去っていってしまった。

「つまりこれは……稽古、トレーニング、スパーリングってヤツのようじゃのう」

『フーカよ。あの少年、どうやら動けぬようだ。助けてやれい』

「何ら意図を感じるのう……」

 とはいえ、吹きっさらしの大地に、身動きの取れないまま放置は出来ない。風邪をひくかもしれない、とフーカは思い、ダキニの言うとおりにした。

 

『フーカよ、口を借りるぞ』

(あぁ? どういう意味……って、アレ!? 喋れん!! 喋れんぞ!?)

 ダキニが、依り代であるフーカの身体の一部を操作しているようだ。

「おい、大丈夫か」

「……誰、だ、きみは……?」

「通りすがりの女学生だ。覚えておけい」

 口が勝手に喋るという未知の経験をよそに、フーカは少年を背負い上げた。

「さて、そなたの家に送ってしんぜよう。住所はいずこだ?」

「……すまない、助かる。正直言って、一歩も動けないんだ……」

 なんと、少年の住居は、ここから数キロ先だという。

(身なりは学園の男子生徒と同じ制服じゃが、学生寮住まいでは無いのか)

 その点は助かった。ダキニがそこまで考えてのこと、とは思えないが。

 

 数キロ歩くのかー、と、少しげんなりしていたフーカだったが、少年は、10分ほどで歩く程度の体力は戻ったようだ。とはいえ、足元はおぼつかないし、ヨタヨタしているのだが。

「して、なぜあのような場所で鍛錬を?」

「都市部で本気の断空拳を使うと、地下電線に悪影響がある」

「揺れておったのう。そなたほどの力量であれば、そこまで鍛錬をしなくとも、この平和な時代、問題無いのでは?」

「ぼく……じゃなくて、俺は、あなたの言う通りに思って……、いや、思い上がっていた」

「思い上がり、とな?」

「覇王の因子を色濃く継いでいる。魔力が頭抜けて高い。格闘技で負け無し。……まぁ、そういったところだ」

「ほう、それは思い上がりもしよう。それで?」

 ダキニの話術には……つい、本音を漏らしてしまう、否、そうなるように仕向ける細工があった。しかし、普通に話している分には、まず気付かない。

「覇王として為すべきこととして、ベルカ時代の屈辱……聖王オリヴィエに敗北した過去を、濯ごうとした。幸いにも、交換留学先には、聖王を継ぐ者がいるという情報もあった。だから、母校の交換留学の話に乗った。そして、あっさり見つかったよ。肖像画に残された、聖王オリヴィエと瓜二つの少女が」

「ほほーう……して、覇王の末裔たるそなたは、聖王と思しき少女にどうした?」

「『聖王オリヴィエ』として戦いを挑み、」

「ぶち殺すぞおどれ」

「えっ」

「いや何でもない。して、どうした?」

「……負けた。負ける以前の問題だった。相手は、戦いの奈何(いかん)より、『オリヴィエ』として扱われたことに腹を立てていた」

「……ったりめぇだボケカス」

「? ……そうして、先ほどの九音に寸でのところで助命されて……されたついでに延々とボコられて、俺は心を入れ替えたんだ…………」

(ヒャッハッハァ! ヴィヴィオをいじめる悪いやつめ! いい気味だのう!!)

「……むぐむぐ、ダキニ、ちょっと黙れ……あ、喋れる」

「そうして、チャンスを貰った。今度、俺が所属するA組と、聖王ヴィヴィオの治めるF組との間で、交流戦が行われる。そこには、戦力バランスを調整するため、九音もA組に加勢してくれるそうだ。明日、そのクラス対抗戦が行われるまで……俺は、九音に乞い、徹底的に己を鍛え直すと決めたのだ……!」

 

 少年と歩きながら話しているうちに、住宅街の一角、広大な敷地、そしてそこに建つ屋敷に到着した。

「で、でっかいのー……武家屋敷、というやつか?」

「分かるのか? ここは、俺の先祖が影響を受けた『地球』という世界の建築様式を取り入れているそうだ」

「だってワシ、地球の出身じゃけん」

「そうか……これも何かの縁だな。送ってくれた礼をしたい。上がっていってくれ」

 遠慮なく……というかまさか、ダキニの狙いはコレか?

 

『妾たちの時代のブームだったのだ。当時、異世界からの来訪者が持ち込んでの、王族の間に広まった。妾のドレスも『わふく』がモチーフなのだ』

(合点がいった。ちょいと脚を見せすぎだと思うがな)

『エロカワだろう!!』

 頭の中でうるさいダキニをあしらいつつ、応接室に通される。

「飲み物でもどうだ」

 どう見てもコーラな液体。

 

「豪奢なお屋敷だが、使用人の類は置かんのか?」

「我が家の方針でな。自身の生活は自身で」

『フーカ。ちょっと身体を貸せい』

(あ、こら、また勝手に!)

 

「……」

 すっくと立ちあがったダキニinフーカは、すたすたと歩き……

「! あ、おい、そっちはダメだ! 待ってくれ!」

 ダキニは、意を決したように、隣室へ続く襖を、スパーンと開け放った。

 

――――堆く積み上げられた洗濯物の山。

 

――――水浸しのままの食器&空のパック。

 

――――ゴミ袋からはみ出したレトルト食品の袋。

 

 

「生活能力無さすぎじゃろ……」

 

 

――端的に言って、汚部屋だった。

 

「くっ……!! た、鍛錬に重点を置いた結果、生活が疎かになってしまったんだ……!!」

「いやそーいうレベルじゃねぇンだわ」

 フーカとダキニは、同時に、はぁ、とため息をついた。

 

「……ゴミ袋はどこじゃ?」

「そこだ」

 そこ……と、食卓の上に、50lのゴミ袋の束が適当に投げてある。未使用のままのゴム手袋も、梱包された状態で放置されている。

 

「いよし。片付け開始じゃ」

 大量のゴミの前に、二の足を踏みそうになるが……実際のところ、結局は、片っ端から片付けていくしかないのだ。

「燃える、燃えない、燃える、燃えない、カビてる、沸いてる……うへぇ、ひっさびさじゃのう……」

『フーカよ。手慣れておるな』

(あぁ、出身の孤児院では、職員室からトイレ・下水道・排水溝まで、掃除はガキどもの仕事じゃったからのう)

 ……いくら手袋をしているとはいっても、害虫の死骸やらフレッシュな害虫やら、カビた食物残差やらを手づかみでポイポイ片付けていくフーカは、実に頼もしい。

『フーカよ。疲れたらいつでも代わるぞ。遠慮なく言うが良い』

(王族じゃろ。片付けなぞ出来るんか?)

『…………妾、城では臣下やメイドたちから怖がられて孤立してたから……プレッシャー与えたら可哀そうだと思って、自分の身の回りのことは、極力自分でやるクセがついているのだ……』

(切なくなるからやめーや。でも偉いぞ)

『フーカよ。それは容器ごと捨てた方が良さそうだ。内部からハエっぽい生き物の気配を感じる』

(うへぇ……)

 

 肩に載せたダキニと協力しながら、ゴミと格闘すること数時間。

「お、おおお……床が見える」

「……なぁ、一応聞いておくけど、ここ以外の部屋はどうなんじゃ?」

「(ギクッ)」

「………………もうええ、分かった」

 そして、口だけダキニにチェンジする。

 

「さて、どうしたものかのう……一部屋を片付けても、まだほかの部屋が……というか、お主が片付けを頑張らんと、三日で汚部屋に逆戻りだぞ」

「う、ううう…………面目ない…………!」

 ……年ごろの男子らしく、片付けが苦手なアインハルトが顔を真っ赤にしている。礼をするつもりが、まさかの借りを作ってしまった。

「――放っておけんのう」

 ふぅ……と、実に仕方が無さそうに息を吐く。

 

「学生寮に戻るつもりだったが、これも何かの縁。部屋を一つ貸すが良い。そなたが鍛錬に専念できるよう、A組との戦争が終わるまでの間、住み込みで屋敷の片づけをしてやろうではないか」

「そ、それは、流石に……」

「なに、心配するでない。賃金など要求せんよ。妾が好きで行うことじゃ」

「いや……その…………………………」

 ダキニには、その葛藤が手に取るように理解できた。

 

――会ったばかりの相手に

 

――同年代の女子と同居なんて

 

――広いばかりの屋敷を持て余していたのも事実

 

――鍛錬に集中できれば……

 

『あと一押しといったところかのう』

 覇王と言えど、所詮は平和ボケをした子供。ダキニにとっては、文字通り、赤子の手をひねるが如き。

 

「世の中、持ちつ持たれつと言うであろう。遠慮などするな」

 

 ……アインハルトは、数舜の葛藤の末に…………

「頼めるなら、ありがたい…………」

 行儀よく、頭を下げ、『ダキニに頼んだ』のだった。

「あいわかった。そうそう、賃金は要求せんがの、一つ、頼みを聞いてはくれぬか」

「まぁ、俺にできることなら」

「いやいや、そなたにしか頼めないことだ」

 ダキニが、畏まった表情で言う。

 

「――妾に、そなたの流派を伝授しては貰えぬだろうか」

 

フーカの願いは、衣食住の確保。それは間違いないのだが……その願いは、実は、その奥にあった。

 

『――――強くなりたい

 

――――誰よりも、誰よりも、強くなりたい

 

――――もう、何も失いたくない』

 

 ……と。

 ダキニには、他者を瞬時にパワーアップさせるような技能は無い。それに、フーカという人物の人となりから推察するに、そういったお手軽パワーアップは望んでいないだろう。

 で、あるのなら……最善の道に、誘導する。

「妾は、喧嘩しか知らん。暴力しか知らん。そんなワシだが、そなたの先ほどの一撃……『断空拳』には、心底、惚れ惚れしてしまったのだ。アレが打てるようになりたい。…………やはり、ダメかのう?」

 上目遣いで伺うダキニinフーカに、アインハルトは顔を赤くしながら、困惑したように確認する。

「いや、構わないのだが…………むしろ、良いのか? そんなこと(・・・・・)で……」

 

――――掛かりおったのう、ドマヌケめが。

 

 ダキニの睨んだ通りだ。この少年……世間知らずの平和ボケしたボンボンは、何も知らないのだ。己の流派のことも、その重要性も、何も。

 

 

――――覇王流の到達点は、断空拳ではない(・・・・・・・)

 

 

 その秘奥……断空拳の先にあるものこそ、『武技において戦国最強』の名を欲しいままにした、強国シュトゥラの王、初代・覇王イングヴァルトの奥義であった。

 

――一撃必倒。

 

――確殺の拳。

 

――神が振るうが如き一撃。

 

――――神撃。

 

 観察眼に長けたダキニを警戒し、秘された決闘場においてのみ振るったとされる奥義は、覇王流の中に隠されていると、ダキニは踏んでいた。

 オリヴィエが小手先であしらって見せた『覇王・イングヴァルト・ストラトス』などという、イングヴァルト王の名を模しただけの二流の覇王では、再現は叶わなかったようだが……それでも、覇王流の使い手だった。

 かつて、捕虜としたシュトゥラの王族ですら、決して口を割らなかった覇王流。流派が他国に知れるということの危険性を理解していたのだろう。

 しかし……五百年の時を経た現代。

 覇王流を『使えるだけ』の愚かで無知な餓鬼が、まんまと手の中に舞い込んできた。

『甘き果実を食すが如く……皮一枚ずつ、じっくりと剥いで、剥いで、剥いで、剥いで、剥いで、剥いで、………………覇王の血脈を、父母を奪いし憎きイングヴァルトの系譜を、凌辱し尽くしてくれようぞ……!!』

 

――――……。

 

――――ガツンッ!!

 

 

「にぎゃぁっ!?」

 ……ダキニの邪悪な思考は、唐突に中断された。と、いうのも……

『こン……大馬鹿タレがッ!!!』

 体の主導権を取り戻したフーカが、ダキニを……というか、自身の頭を、ボコ殴り始めたからであった。

「ふ、フーカ!? やめよ! やめるのだ!」

『止めんッ! きさん(貴様)が反省するまで、止めんッ!!』

 

――バコッ! ボコッ!!

 

「痛いのだ! 痛いのだー!! ふぇえええええーーん!!」

 ……とうとう泣き出してしまった。

『反省したかッ!!』

「した! しました! 反省しましたー!!」

『何が悪かったのか言うてみぃ!!』

「何も知らない無知な少年を悪意を持って弄ぼうとしていましたー!! ふぇえええええーん!」

 ……意志力でダキニを捻じ伏せたフーカが、仁王の表情を作る。

「――そこに正座せぇ!!」

『はいぃ……』

 ……フーカの中に溶けていたダキニのfi〇gmaボディが、フーカの眼前にシュババッ、と這い出てくる。

 

「ダキニ! ワシのキライなもん、教えたるけん! 

 

――一つ、人の悪口!

 

――二つ、いじめ意地悪!

 

――三つ、悪意の嘘!

 

 おどれはそん全てがアウトじゃ!」

『しょ、しょんなぁ…………だって妾、そんなの知らなんだもの…………』

 相手の欲するものは分かっても、怒りのツボまでは察せないという、ダキニ最大の弱点が500年の時を経て露呈した瞬間だった。

「あァン!!?」

『ヒィイッ!! 怒らんでおくれ、友よ……!!』

「誰が友じゃ!! きさんのような卑怯者は、もう、」

『う、うぅうううう~……!!』

 フーカから決定的な一言が放たれようとしたとき……ダキニは、まんま子供のようにポロポロと泣き始めた。

「もう、…………」

『うぅぅうううう~……! うぅうううう~…………!』

「……………………」

 たじろぐフーカ。演技ではなさそうだ。

「…………二度とするなよ」

『あぃい……!! ごめんなしゃいぃ……!!』

 足元に寄ってきたダキニを拾い上げ、肩に載せる。

 くるりと振り向き、ぽかんとした顔のアインハルトに、ぺこりと頭を下げる。

「すまん、色々と、面倒を掛けるが、今日からよろしく頼む」

 

「……………………全く話についていけないんだが」

 

 ……ごもっともである。

 

 さて、どこかポンコツな面を見せているダキニだが……

 

 

 

――――自分だけの依り代(ともだち)

 

――――活動拠点

 

――――怨敵の情報

 

 

 ダキニはこの三つを、わずか半日で入手している。

 運も絡んでいるだろうが、それでも、…………ベルカ戦国の世を震撼させた『策謀の魔女』の約如であった。

 

 

 

『フーカよ。仲直りのしるしに、ポテチを買うておくれ。おぬしが食えば、妾も味が分かるのだ!』

「泣いたり笑ったり忙しいヤツじゃのう…………はぁ……いつになったらリンネに会えるんかのう…………」

 

 

 

……再会は、すぐそこにあるとは知らずに。

 

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