魔法少女リリカルなのはties 作:ハルハルharuharu
――――暴力はすべてを解決するばんのうツールだって、神様もいってたもん
フーカ・レヴェントンが、アインハルト・ストラトスの邸宅の居候になり、少しの時間が経った。
髪をポニーテールにまとめたフーカは、庭に出した物干し竿に洗いあがった衣類を手際よく掛けていく。
『なぁなぁフーカ。わらわはポテチが食べたいぞ』
ぴょこん、と、フーカの方に手のひら大の人形……ダキニの端末が起き上がる。
「ダメじゃ。今日はもう一袋食べたじゃろ……おえっぷ。息が脂っこい……」
……否、もう一人。フーカに憑依した聖王の一人格、ダキニもだ。
感覚をフーカと共有するが肉体を持たないダキニにとっては、フーカの食事がそのまま味わえるのだが。
『えー。お主だって若者だろう? もっと味の濃い物とか、ジャンクな食べ物とか食べたくないのか?』
「…………」
フーカは、洗濯物を干す手を止め、しばし考えたのちに口を開く。
「……ワシのいた施設じゃあ、メシの味がひどく薄くてのう。今考えれば、塩もケチっておったんじゃろうがの」
いつもいつも、味のほとんどしない粗食ばかりを口にしていた記憶がある。
「雑草の花の蜜を舐める子もおったし、食えもせんアンズの実を齧って倒れた子もおった。じゃからの、薄い味に慣れるしか無かったんじゃ……」
『……おぬし本当に近代の人間か?』
「じゃかぁしい。……じゃが、その弊害かのう。あんまり味の濃い食事を摂ると、調子を崩してしまうんじゃ、ワシは。」
最近は誰かさんのおかげで濃い味にも慣れてきたがの、と、フーカがカラカラ笑う。
「まぁ、そういうわけで、一袋で勘弁じゃの」
『…………いや、もっと食え!』
「なんでそうなる!?」
『フーカ。お主はもっともっと食べて、豊かな食生活を知るべきだ。わらわの頃と違って、食べようと思えば食べられる環境なのだから』
「あー……アインハルトんためのメシは、それなりに味を濃くしておるんじゃがのう」
居候という身分だが、生活能力皆無の少年に代わり、食事の用意や掃除、洗濯をするというのが、家賃替わりとしてフーカが改めて提案した条件だった。
『だからといって、朝と昼は白米と菜っ葉しか口にせんではないか、おぬし』
「銀シャリは甘いし、菜っ葉はしょっぱい。それで充分じゃなか?」
『いーやーだー! もっとフライドチキンとかトンカツとかたーべーたーいー!』
「あぁもう、わかったから頭ン中で騒ぐな。頭痛がする」
わいわいと騒がしく洗濯物を掛け終えた二人のもとに、家主であるアインハルトが気まずそうに現れた。
「あぁ、ハルさん。もう少しで終わるぞ」
ハルさん、というのは、フーカがアインハルトを呼ぶ時に使うようになった愛称だ。親しみやすい……とは言うが、実際には名前が長いのでフーカが横着しただけである。
「いつも、すまないな」
「家賃のうちじゃろ」
パタパタと風をはらんで揺れる衣類に、アインハルトが目を向ける。
「しかし、失礼かもしれないが、意外だ」
フーカの家事は、非常に丁寧だった。もう少し、粗暴な印象を受けていたのだが。
「まぁ……いろいろとな?」
というのも、遺棄児童収容施設こと逢瀬櫃においては、家事全般は年長組の仕事と位置付けられていた。年齢差があるとはいえ、子供が子供の世話をするのだ。一部ではなく、全般の。さらに言えば施設全体の掃除も仕事だった。やはり異常な施設だったとしか言いようがない。
(手ぇ抜いたらブン殴られるからの。そりゃあ、いやでも身に付くわ)
『フーカ……フーカよ……なんてかわいそうな子なのだ……』
(えぇい泣くな。もう終わったことじゃ)
と、洗濯籠に、一枚の衣類が残されている事に気が付き、取り出す。
「うぉっ……!?」
と、アインハルトが変な動作で目をそむけた。
「? どうした?」
フーカは、取り出した藍色の衣類……というか下着……というかパンツを手に、怪訝に聞く。
「少しは隠せ!!」
「あぁ? 何をじゃ?」
顔を真っ赤にして目を背けた先……洗濯バサミが連なる物干しでは、アインハルトの下着と、フーカのパンツが、交互に整然と並んでいた。大小交互に並べることにより空間が出来、空気の通り道となる事で乾燥が早まる生活の知恵だった。
「隠せよぉっ!!?」
しかしフーカは、パンツの穴に指をひっかけクルクルと回して見せる。
「なんじゃ。たかが下着じゃろ? いま履いとるモンを覗いて見られるわけでもなし。しょせん布じゃ、布。気にすんな」
「気にするよっ!!」
……ズレている。アインハルトも相当にズレているが、フーカはそれ以上にズレている。
『フーカよ。おなごが下着を軽々しく見せるでない』
ダキニが、おばあちゃんのような口調でフーカを諌める。
『おなごの下着と肌はな、資源と同じで、もったいぶるから価値が生まれるのだ。外交の基本だぞ』
……ダキニもやっぱりズレていた。
「はぁ……」
残ったパンツを干したフーカが、物憂げにため息をつく。アインハルトは逃げて行った。何かと思い出すのは、やはりかわいい妹分、リンネのことばかりだ。
あの羅刹のような
学園に戻り、外界と連絡可能な者に頼るのが一番の近道だろうが、カリキュラムがある程度まで進むまでは、それも許されないだろう。
「では、今日の鍛錬を始める。準備をしてくれ」
戻ってきたアインハルトは、動きやすそうなスポーツウェアに着替えていた。ハウスキーパーの見返り……覇王流の修行だ。
「おぉ、もうそんな時間か。準備なら出来ておるぞ」
……フーカは、一張羅の学園の制服を唐突にその場で脱ぎ始めた。
「うわぁああああああ何やってんだよぉおおおおおお!!?」
顔を覆って叫ぶアインハルト。
「あぁ? ……着ておるって言ったじゃろうが」
……そう、フーカは、制服のスカートの下にハーフパンツを履いていた。だからといって。
『これ、フーカ! はしたない!!』
もはやお婆ちゃん状態のダキニが慌てて諌める。
「気にしすぎなんじゃなか? ハダカじゃあるまいし」
そのままズボっと上着も脱ぐ。下にはやはり、トレーニングウェア。これらはアインハルトのお古だ。
やはりフーカは、育った環境が環境だっただけに、色々なものが欠如していた……
顔を赤くしたままのアインハルト。
「では、準備運動から」
……そして流れ出す、まさかのラジオ体操第一(ミッド語ガイド音声付)。
「何故じゃ……何故魔法世界でラジオ体操第一が認知されておるんじゃ……、」
学院でもなぜか朝一はラジオ体操第一だった。
「ある提督によって、管理外世界の極東方面からもたらされたと聞いている。はじめは抵抗があったが、音声ガイドもあり、全身をしっかりと動かせる優れた体操だということで、すっかり管理世界にも定着したぞ」
管理局でも密かに取り入れられ、運動不足の文官たちからも好評であることは秘密だ。
覇王流というやや外連味のある流派名とは真逆に、いきなりサンドバッグを殴ったりはしない。基本の型の確認から、足運びの反復、素振り……と、順序通りに行われていく。
しかし、フーカは習い始めて知った。
この、基本の型稽古というものが、意外にもキツいということを。アインハルトは、フーカの行動に慌てふためく思春期の少年らしい少年であるが、流派を修める者としては、真摯かつ実直だった。基本的に「はい」以外の返事は認めない上、求めるレベルが滅茶苦茶高い。
「半歩ズレてる。やり直し」
「はいっ!」
「軸がブレてる。やり直し」
「はいっ!」
「腑抜けている。やり直し。」
「は、はいぃっ!!」
基本の型稽古で……アインハルトが満足するまで、実に二時間は反復しただろうか。既にフーカの息は上がりつつあり、筋肉が痙攣している。
「走るぞ」
続いては走り込みである。住宅街を抜け、だだっ広い未開発地域の道路を延々と走るのだ。そして恐ろしい事に、距離設定は無い。
「…………」
邸宅にようやく帰着したフーカは、膝に手を突き呼吸をすることで精いっぱいであった。アインハルトはと言うと、汗をかいて呼吸が早くなってはいるが、まだまだ余力を感じさせる。
ヴィヴィオに半殺しにされたり、九音に半殺しにされたりした姿から勘違いしがちだが、このアインハルトという少年は、スポーツ格闘技の大会くらいなら即座に上位入りし、チャンピオンも視野に入るほどの実力者なのだ。
あくまで、『人間』の範疇では強いのだ。あれは、相手が悪すぎた。そもそもスペックが人間じゃないし……
「さぁ打ってこい」
そして、疲労した身体で今度は打ち込み稽古が始まる。アインハルトは好きに殴らせ、その都度いなしていく……という形だ。
寮母と言う名の看守に打ち克ったフーカだったが、アインハルトはそうそう容易くは無かった。
「うぐっ……固っ……!?」
まず、とにもかくにも防御が固い。覇王流は防御を基本とする流派のようで、とにかく固いのだ。耐える防御、受け流す防御、返す防御……と。暴君オリヴィエという驚異の脳筋に対抗するため、防御重視へと変わっていったのかもしれない。フーカはその体で、覇王流の多彩な技の数々を体感することとなった。
――そして。
「う、うぅ……」
「今日はここまでだ」
疲労困憊し、屍のように転がるフーカ。アインハルトはフーカを担ぎ、縁側に転がす。
フーカは無意識的に体勢を変え、膝を立てて座る。そしてそのまま、すぅすぅと寝息を立てはじめた。
「……なぜ疲れているのに横にならないんだ?」
『……さぁのう』
ダキニは知っているが、しらばっくれた。
「ダキニ殿。フーカを任せられるか」
すると、呼びかけに応え、フーカの頭上に小さな人型が現れる。ダキニだ。
『あいあい。イザとなったら、わらわが身体を動かして無理やりにでも横にするよ』
「頼む。オレは、自分の稽古に行ってくる」
そしてそのまま、駆けていった。これから、九音との特訓を行うのだろう。大した体力だ。
「すぴー……すぴー……」
変な寝息を立てて座って寝ること30分。
「はっ、夕食の支度じゃ」
スックと立ち上がり、そそくさと台所へ歩いて行った。
……あれだけの疲労を、30分程度の睡眠で、ある程度回復してみせたのである。初日は動くことすらできず、翌日まで筋肉痛が残ったと言うのに、短期間でコレである。
フーカはフーカで変な特技を身につけつつあった。
食事の準備を終えるが……いつも帰ってくる時間になっても、アインハルトが帰ってくる姿が見えない。
「どうしたんじゃろうか……」
『おおかた稽古に熱が入りすぎたか、ぶっ倒れておるのだろう』
「そうかもしれんが、心配なものは心配じゃ」
『迎えにでも行くか?』
「うーん……そうすると、学園関係者にワシの居場所がバレて連れ戻されるかもしれん」
もうとっくにバレて泳がされているだけ、ということは知らず。間を取って、玄関先で待つことにした。
「まぁ、待っていたって帰りが早くなるわけじゃなか……」
……そう。リンネのことも、だ。しかし、それも当然だ。自らアクションを起こさない限り、状況というのはそうそう動くものではないのだから。
「……あの悪魔みたいな女に引き離されて、ワケもわからず世紀末みたいな学園に放り込まれて……はぁ、どうしたもんかのう。サイズの合わない古着じゃない服が貰えたのは嬉しいんじゃが……」
なのはとしては、互いに自立できる程度の強さを得るまで引き離す……程度の感覚だったのだが、分かる訳もない。何せ、伝えることをすっかり忘れているのだ、あのぼっちは。
「たのもー」
……考え事をしていたせいか、間近で声を掛けられるまで気付かなかった。
「うぉ、ビックリしたぁ」
「あら、これは失礼しちゃったかな」
声の主はトボけた調子で言う。フーカと同年代の少女だ。ウェーブの掛かった、染めているらしいオレンジ色の頭髪。生意気そうな表情。
「お客人か。何用じゃ? あいにく、家主は留守じゃ」
「あら、そっかー。せっかく道場破りに来たのになぁ」
「……なに?」
フーカは少女と距離を取る。すると、少女の装いが瞬時に変わった。先ほどまで、デニムのショートパンツにシャツだったものが、白と黒の修道服に。
「――聖王教会所属シスター・シャンテ。聖王に仇成す覇王を征伐しに参り、」
――ビュガッ!!
咄嗟に屈んだフーカの頭上を、何かが凪いでいった。
「あっぶな!?」
「……ましたー」
挨拶途中の不意打ち。しかし……
(なんじゃなんじゃ、今のは!? 動く素振りなんぞ無かったぞ!?)
シャンテと名乗った少女は、その場をまったく動いていないように見えた。
『相手の足元をよく見てみよ』
ダキニのアドバイスから観察すると……シャンテの足元に、強く踏み込んだと思しき凹みがあった。
『幻術だ。目で見ているものを誤認させている』
意味はよくわからなかったが……攻撃されたということは、理解できた。
「これはほんのご挨拶だよー。じゃ、覇王サマが戻ってくるまで、そのへんで暇つぶしでもー、」「待てや」
フーカは、シャンテを呼び止める。
「……なにかなー? 家主にしか用事は無いんだけどなー」
「――踏み込んだじゃろう?」
シャンテの足跡は、屋敷の敷地に踏み入っていた。
「これは襲撃じゃ。侵害じゃ。侵略じゃ。ならば、素通りはさせん。キッチリとケジメつけてもらおうか」
やられたら、やり返す。シンプルかつ明快な、フーカの信条だ。
「ケジメぇ? ……っていうか、アンタだれ?」
「フーカ・レヴェントン。この家の…………えぇっと、」『食客な』「食客じゃ」
「んで、その食客サンがアタシにどうするって?」
「ケジメ着けさせる言うとるんじゃ。そこに直れ」
「あははっ。
――いっちょ揉んでやるか」
シャンテの気配が、好戦的なものに変わったことを察した。
『仕掛けてくるぞ。幻術使い相手に、目だけに頼るな』
(わかった……と言いたいところなんじゃが、よーわからん)
『実力はほぼ互角。攻撃の気配を察して対応せよ』
ダキニは戦闘はからっきしだが、分析能力に長けていた。そしてフーカは、環境ゆえ喧嘩慣れしていた。
(何か道具を持っておるな。そこまでリーチは無いが、素手よりは広い)
はじめの一撃で、シャンテが何らかの得物を用いていることを察していた。
踏込の気配。足跡からなんとなくの間合いを読み、体を逸らす。
「や……やりづらいのう……!」
何せ、目の前の相手は動いていないようにしか見えないのだ。そのくせ相手は打ち放題。これは不平等だ。
「あらら、まーた避けられちゃった」
シャンテは涼しい調子だ。その手元で、何かが空を切る音がする。
『音の感じ、刀剣の類ではない』
「なら踏み込んでいくか」
いかにリーチに差があろうとも、腕の延長線上なら対処できる。
「さぁ、おいでおいでー」
しかし、シャンテは余裕の態度だ。何か策があるのか。
(関係無い)
結局、フーカは前に進んで打ち込むことにした。一歩、二歩……
――ガツンッ!!
「うぁっ……!」
側頭部に激しい痛み。
「ちょっと迂闊……いや、考えてないのかな?」
シャンテの声も今は届かない。
(拳の痛みじゃない。これは……えぇっと……)
過去の記憶……さまざまな折檻や虐待、喧嘩の経験から痛みの種類を割り出す。
(わかったぞ、ダキニ。『定規』じゃ)
『じょ、じょうぎ……?』
ダキニがたじろぐ気配がするが、フーカは気付かない。
(あぁ。定規のカドで叩かれた時の痛みに似とる)
『何で分かるのだ……?』
であれば……
「……行ける」
フーカは、思い切って突貫することにした。
「おや? ……これは貰ったかな」
間合いに入ると同時、風を切る音。
――ゴキッ……!!
鈍い音。頭を狙った一撃……だったが。
「捕まえたぞ」
白刃取り……というには、あまりにも乱暴なやり方。フーカは、肘関節でシャンテの攻撃を敢えて受け、そのまま挟み込んでいた。
「うぇっ!? おいおいおい、マジかよ!? ……なーんつって!」
もう一撃……左の攻撃が再度迫る。不可視の一撃だ。本体は虚像の陰に隠している。
「――素直に殴られぇや!!」
どうせ虚像。そう判断したフーカは、シャンテの得物を肘で捉えたまま、柔軟に回し蹴りを見舞った。
――ガシィッ!!
虚空に手応え。どうやら捉えたようだが、防がれた。
「防がれたのう」
「や、やるじゃん……?」
だんだんと、シャンテの余裕も無くなってきた。
今まで見えていたシャンテの姿が霞と消え……実体が見える。
「なんて武器じゃったかのう、アレは」
『トンファーだ』
トンファー。拳に握り込むグリップと、腕をガードするエッジで構成されるシンプルな武器だ。
「あながち、定規もハズレではなかったのう?」
『むしろ、なぜに定規がスッと出てくるんだお主は……』
実体を見破れはしたが、代償も大きい。攻撃をモロに受けた左は、麻痺して拳を握る事が出来なくなっている。
「まぁええわ」
半端に使えるより、割り切れる。
「タネの一つを見破ったところで、どうしようもないと思うんだけど?」
対するシャンテは、ほぼ無傷。圧倒的不利。
「だから何じゃ」
不利な喧嘩など、いつものことだ。
「……ぶん殴ったる」
――あぁ、この感覚だ。
フーカは……頭の芯の方が、チリチリと痺れるような感覚を感じていた。喧嘩をしていると、たまに起きる。身体が熱くなるのに、頭は妙に冷静で……視界が開けるような、そんな感覚。
シャンテの肩が、僅かに動く。動作の起こりだろう。そう踏んだフーカは、そのタイミングで仕掛けた。
――ガァンッ!!
フーカの拳を、シャンテはトンファーの面で受ける。フーカは鉄板をモロに殴った形だ。にやりと笑むシャンテ。これで拳は使えまい、と。しかし……
――ググググッ……!!
受けたはずの攻撃が、トンファーを……力任せに押し込んでくる!
「こ、この……!!」
なんという膂力か。地面を踏みしめる足が、ズリズリと後退していく。これは振り払うしかない。
(拳が密着していちゃあ、、押す以外のことは出来ないでしょう!?)
が、その判断は数瞬遅く。
「…………、ォォォおぉおおおおりゃあぁあああああああああああああ!!!」
――ダァンッ!!
震脚。フーカは拳を面に接触させたまま、大地を強く踏みしめる!
――バギィッ!!!
「うっそォ!?」
トンファーが砕ける。そして、勢いのままフーカは、体勢を崩したシャンテにボディブローをかます! 姿が霞む。幻術。しかし……!
「知ったことかぁああああ!!」
――バゴォンッ!!
「ぅぐぇっ……!!」
僅かに逸れた。しかし、シャンテは脇腹を痛打され、呻いた。
「やるねぇ……、!」
片方のみとなったトンファーを構え直し、気丈に笑む。
「これで片っぽ同士じゃのう」
フーカは左腕が麻痺し、シャンテは片方の得物を失った。
(ダキニ。あんまダラダラ戦うのは性に合わん。次で決めるぞ)
『そうするが良い。あの小娘、まだ手を隠しているぞ。出される前に倒すのだ』
それに……と、フーカが思う。
(強く踏み込んでの打撃。アレはなんというか……なかなか、良い感じじゃ)
今までは、ただ漫然と身体を動かしていたようにも思えてしまう。
(踏み込む。踏みしめる。地面を強く踏んで……)
ぎゅ、ぎゅ、と何かを確かめるように足踏みをする。
『フーカよ。何かを掴んだようだな。存分に試すが良い』
「何をぶつぶつ言っているのかなぁ」
シャンテは、残った片方のトンファーを利き腕に持ち替える。魔力光が宿り、威力の底上げが行われているのだろう。
「なら、こちらもじゃ」
フーカの拳にも魔力光が宿る。幻術使いが真正直に正面から仕掛けてくるとは考えづらいが、フーカにはまだ、正面から当たることしか出来ないのだ。
右拳。シャンテがトンファーを合わせる。
――ブゥウウウン!!
やはり幻術。インパクトの感触が軽すぎる。ひゅうん、と、風を切る音が迫る。
(思い出せ、思い出せ……! ワシは、受けた痛みは忘れんタチじゃ!)
フーカは、受けた攻撃は身体で記憶できる。
「せぇええいっ!!」
右手を手刀の形に変え、目測を付けた空間を払う回し受け。
――バシィッ!!
「! そこかぁっ!」
体を回転させ、左の拳を振るう!
――ガコォンッ!!
この手ごたえはトンファーだ。防御された。逸らされた。フーカの身体は、右回転が掛かり体勢が崩れかけている。
シャンテの姿は見えないが、勝機にニヤリと笑んでいるに違いない。
「ふんっ、ぐ……!!」
――ズンッ……、!!
フーカは、右に流れた体を支えるため、右足で大地を強く強く踏みしめた。右に掛かったベクトルを、さらに強い力で左に捻じ曲げる。身体を捻り、その勢いのままに……!!
「うぉりゃああああああああーーーーッ!!」
―――――――!!
……シャンテは果たして、どこまで認識出来ていたのか。咄嗟に防いだトンファーは粉砕され、ほぼ威力は減衰されること無く……
「――、かっ、」
横っ面を、殴り抜いた――……!!
べしゃあ、と、受け身も取れず、シャンテが地を滑る。フーカは、自ら土壇場で繰り出した一撃の威力に驚愕した。そして……
「ま、まずいっ……!!」
シャンテの倒れ方。かなりマズいように見えた。
「ありゃあ36℃の炎天下に直射日光の下で帽子ナシの素手で草むしりをしていてぶっ倒れたヤツと同じ倒れ方じゃ!」
『ねぇお主、ひょっとして中世の暗黒時代から来たのではないのか……?』
「そしてアイツは帰ってこんかった……」
『やめよ、やめよ! なんか悲しくなってくる!』
わたわたと駆け寄る……筈だったのだが。
「あ……こりゃイカンわ……」
――眠気。
いつも、そうだった。いざ戦いになると、頭の奥がカーッとなる。戦っている最中は良い。変に冷静になれるし、敵の攻撃も良く見える。しかし、その反動なのか……
「ねむ……い……」
『フーカ! おい、フーカ!』
かくん。フーカは、糸の切れた人形のように、その場に座り込むように気を失った。
「すぅ……すぅ……」
まさか逝ったか、というダキニの心配は杞憂に終わった。フーカは規則的な寝息を立てている。
『……よしよし、よく頑張ったなフーカ。どれ、身体はわらわが寝床まで、』
と、フーカの身体を操作しようと主導権を取るダキニ。しかし……
『あ、あだっ、あだだだだだーー!!? な、なんなのだ、この痛みはー!?』
全身が痛かった。骨から痛むような、心底辛い痛みだ。
『筋肉痛どころの話ではないぞっ!!? あだ、あだだだだ……!!』
……まるっきり年寄りのように、ヨボヨボと腰を下ろす。
戦いのダメージではあるが、シャンテの攻撃によって受けたダメージなど、せいぜい片腕の麻痺と打撲くらいなもの。この、全身の関節がぜんぶ炎症を起こしたような痛みの原因は……
『あの、最後の一撃か……』
とても、フーカのいまの力量で出せる威力ではなかった。偶然と、思いつきと、タイミング……それらが奇跡のように積み重なり、繰り出せたラッキーパンチだったのだ。だとしても。
『あの拳……まるで、』
断空拳。……の、出し損ない。
フーカは、土壇場の土壇場で、奥義の一端に触れたのだ。なんという資質か。ダキニは、己の計画がスイスイと進んでいることに不安さえ感じた。
『……こんな偶然はあり得ない』
たまたま放浪中に、相性の良い憑代と巡り合う。覇王流の使い手と出会う。憑代に覇王流の高い適正がある。
……何らかの恣意を感じざるを得ない。
『運命、因果、必然……いうなれば、時代の強制力』
この時代に二柱の神が生まれた波紋が、ダキニの周囲にも影響を及ぼしているのだろうか。
……まぁそれはともかく、体中が痛い。
『ひぃー、こりゃたまらん。すまんフーカよ。離れるぞ』
ダキニはフーカの肉体への憑依を中断した。幸いにもというか、フーカは睡眠中だ。
「……やって、くれたねぇ」
……殺気。
『うげっ……何と間の悪い……!』
口腔と鼻からボトボトと血を流した凄惨な顔で、シャンテが起き上がった。足元はおぼつかず、目は虚ろ。しかし、その手には砕けたトンファーが握られており……
『ヤバいヤバいヤバいのだー!! フーカヤバい! 起きよ! 起きよ! 起きるのだー! 起きてー!』
焦りのあまり語彙力が消えたダキニが、どうにかフーカを起こそうと試みるが、フーカは深く眠ったまま目覚める気配がない。
シャンテは、酩酊したような気分の中、勝利を確信する。どのような形であれ、勝てばよいのだと。常に誰かに殴られているような最低な人生だったが、打たれ強さだけは身に付いた。それがこの勝利に貢献するのだったら、無駄ではなかったのだ。
シャンテは、トンファーを振り上げ……
「フーちゃんを、」
――――ぞわり。
……シャンテは悪寒に背筋を凍らせた。背後。しかし、振り返ることが出来ない。振り上げた腕が、万力のように掴み止められている。
――幻視したのは……純白の、大蛇。
「わたしの、フーちゃんを、」
――――がしり。
それこそ大蛇のように、自身の胴体を挟み込む感覚。ふわりと、身体が浮かぶ。一瞬の後。風景が、ひっくり返る!
「フーちゃんを、いじめるなぁああああああああああああああああああ!!!」
いわゆる、バックドロップというものだった。地面に無防備な頭が激突し、中身を弾けさせるまで一秒も無いだろう。対処法、対処法……
(――あ。これは死んだな)
死を覚悟した瞬間、シャンテは己の半生を走馬灯として回想した。ロクな思い出が無かった。
――『さて、お仕置きはこのくらいで充分でしょう!』
……ギャングに身をやつした自分を、さんざんにボコってくれた相手。唯一、恩人と呼べる人の顔が、今わの際に思い浮かぶ。
(シャッハ……ごめん……!)
地面が、視界いっぱいに広がり……
――止まった。
「あっぶねぇ……!」
誰かの手が、シャンテの足首をギリギリで掴み止め、地面への衝突を防いでいた。逆さまになった視界の中で、シャンテはその救い主の顔を視認する。
「……吾妻、秀人」
いまのところ、世界一の有名
◆ ◆ ◆ ◆
――少しだけ、時間を遡る。
秀人はアイ、リンネと共に、アインハルト邸へ向かっていた。
アイとリンネは初対面であるため、やや距離がある。とはいえアイは基本的には物怖じしない人格をしているので、アイのほうがズイズイと距離を詰めていくのだが……
「ねぇねぇ、おまえもマスターと同じパワー型なの?」
「え、えぇ……そのようで、指導はお兄さんにお願いすることになりました」
「マスター、あんまり変な戦法、教えちゃ駄目なの」
「まだ何も言ってないだろ!?」
「ゼロ距離で砲撃とか、チェーンデスマッチとか、とりあえず殴ってから考えるスタイルとか……」
「そんなこと俺が、」
……はたと気づく。全部身に覚えがありすぎる。
「するわけないじゃん……?」
「なんて白々しい。ヴィヴィオに聞いたの。そっちに現れた感染者、市街地でドッカンバトルで……何なの、息子★ミサイルって」
「娘よ、少しはオブラードに包んでくれ……」
リンネはドン引き……と思いきや。
「でも、結果的にかいけつしたんですよね? なら、いいんじゃないでしょうか?」
「えっ……」
「だいじなのは問題が『どうにかなる』ことで、結果的に『どうにかなった』のなら、過程は別にどうでもいいのではないでしょうか?」
若干狂ったことを平然と口にするリンネに、アイが引いていた。
「……マスター、この子に何か変なこと教えた?」
「……いや、俺は別に……なのはも、今のところは思想教育はしていないっぽいし……」
「思想教育を選択肢に入れるな」「俺に言うなよ……」
なのはは……本当に何も教えていない。強いて言うなら、『暴力はすべてを解決する』くらいのもので……残りは、リンネ自身のパーソナリティによるところが大きいのだろう。
「? どうかしましたか?」
ピンク色の液体……恐らくプロテインをごくごくと飲みながら、リンネはきょとんとしている。
「こいつは逸材なの……しかも、やべー方の逸材なの……うまく操縦しないとあっという間に悪の道を最短距離で走破してしまうの」
「うーん……そうなんだけどなぁ……」
が、秀人はそこまで、リンネのメンタル矯正に積極的ではないようだ。というのも……
「悪性を外から無理やり矯正しても、どっか歪になるし……下手をしたら外面だけ善人っていう、タチの悪い悪党になる可能性だってある。だったら、悪性を悪性と認めて、その上手な扱い方を教えてやるほうが本人のためになるだろう」
「それで、扱い方はどう覚えさせるっていうの?」
「それはまぁ……チャリと同じで、転んで覚えるしか無いだろう。俺たちがするべきは、絶対に転ばない補助輪を付けてやることじゃなくて、上手な転び方を覚えさせることだ」
起き上がる助けはしてやるつもりだし……と、秀人が見る先、巨大なブロックみたいな荷物を背負ってヒョイヒョイ歩くリンネが、道端の屋台の前で立ち止まった。
『超激辛! 地獄級チキン!!』
「……」「……」
秀人とアイも立ち止まった。炭焼きの鶏肉に、真っ赤を通り越して警戒色に近くなった真っ赤な粉末がふんだんに盛られている。
「……こっち、こんなもん道端で売ってるのか」
「若い世代が多いから、どうしてもジャンクフードが多いの」
新区、深刻な食育事情であった。
「お兄さん!」
と、リンネが強い意志を感じさせる口調で秀人を呼ぶ。
「とりにくは低脂肪・高タンパクの栄養食です! 辛み成分カプサイシンは代謝をうながします! つまり、これは栄養食です!」
「……本音は?」
リンネは、もじもじしながら、少し顔を赤らめ……
「おぎょうぎ悪く、ジャンクフードのたべあるきがしたいです……」
実に小さな悪行だった。
三人でアホみたいに辛いジャンクフードを食べながら歩くこと半時間。
「ここなの」
アイのナビにより、立派な門構えの邸宅の前にたどり着く。
「何だよこれ和風じゃん……」
秀人は、異国で唐突に和のテイストと遭遇し困惑していた。
「文明が進みすぎると、こういったレトロなものに惹かれる人は一定数いるの」
「日本でもいまどき無いぞ、こんなコッテコテの……でも、設備はミッド準拠なんだろ。呼び鈴鳴らして入ればいいのか?」
――……!
何やら、裏手の方で物音がする。
「まずは回り込んで様子を見てみるか」
裏手の塀から覗き込む秀人。
「せまい」「我慢するの」「そっちにも穴あるだろ」「……我慢するの」「お兄さん、みえないです」「はいはい」
わざわざ同じ穴から内部を覗こうと、秀人に頬を寄せるアイ。リンネを持ち上げ、結局三人で狭い切り抜き窓から内側を覗きこむ。
内側では、目的の人物であるフーカ・レヴェントンと、何者かが争っていた。
「フーちゃん!」
「待て」
飛び出していこうとするリンネを、秀人が止める。
「これは、あの子の喧嘩だ」
見たところ、相手は得物を使っているとはいえ、ほぼ素手のようなもの。素手で応対しているフーカとは五分といったところ。
「決着がつくまで、見守れ。俺たちは家主のアインハルトとかいうやつを呼んで来る」
「…………」
今すぐ飛び出していきたい。下手人をボコボコにしたい。そんな欲求がありありと見て取れた。
「出来るな? リンネ」
「……………………はい」
苦渋の表情で、リンネは従った。見たところ、実力は拮抗している。呼びに行くくらいの時間はあるだろう。
そうして、少し離れた未開発地域で、秀人たちはアインハルトと、なじみの顔を一つ見つけた。
「今日は、ここまでで、良いだろう」
若干、呼吸を整える九音。多少は疲労しているようだ。その眼前に、生まれたての小鹿のように震えながらも立つアインハルトがいた。陸に打ち上げられたアザラシのようだった頃と比べれば、格段の進歩だろう。
「あ、ありがとう、ございました……!」
稽古の礼をするアインハルト。
「いよいよ明日からだな。不調は無いか?」
「あぁ……大丈夫。疲れただけだよ」
いよいよ明日から、クラス対抗戦だ。アインハルト所属のA組と、ヴィヴィオが治めるF組の勝負だ。九音はB組だが、戦力差を埋め拮抗状態とするため、A組の戦力として参加する予定だった。
公園とは名ばかりの空き地に、少年二人で並んで座る。
「あー……勝てるかなぁ」
「勝ちに行くんだろ」
「そうなんだけど……皆目、見当がつかない」
戦力差は圧倒的。九音が加わったとしても、F組の面々は、一人一人が怪物級なのだ。特に、ヴィヴィオと冥というツートップ。
「あぁー、もう! 勝てるとか謎の確信に満ちていた自分が恥ずかしい……!!」
「いや、500年前のオリヴィエになら、いい勝負が出来ていたらしいぞ」
ヴィヴィオの内なるオリヴィエから直接聞いたのだ。間違いない。それに……と、何かを言いかけて、九音はやめた。
「なんだ、ヴィヴィオに『勝ちたい』って話か?」
と、第三者の声。話に夢中になるあまり、接近に気が付かなかったらしい。アインハルトには聞き覚えの無い声だったが、九音は喜色を見せる。
「――父上!」
「よっ、九音。……しかし慣れないなぁ、その呼ばれ方」
父上こと、吾妻秀人がそこにいた。なぜ父上かと言えば、九音、七緒、五香……ついでに言えば、葉月(元セイン)雪月(元ウェンディ)、小春(元ディエチ)たち一部の戦闘機人の肉体は、秀人の細胞をクローニングしたもので構成されているからである。
世界一の有名神を前に……というか、ヴィヴィオの父親を前に、アインハルトは萎縮していた。それに構わず、秀人が二人の間にドカっと腰掛ける。
「んで、『勝ちたい』のか?『負かしたい』のか?『負けたくない』のか?」
すべて同じに聞こえてしまう。が、秀人なりに違うのだろう。
頭を悩ませるアインハルト。根が真面目なので、意味をしっかり吟味してから答えなければ失礼だ、とでも考えているのだろう。
「ますたー。ちょっとイジワルなの」
背後から、秀人と少し似た容姿の少女が、肩車をさせるような姿勢で被さってきた。言わずもがな、秀人のデバイスであるアイだった。
「こんなところで問答をしている暇があるのなら、早く戻るの」
秀人の頭を前後に揺さぶる。
「わかってるけどさぁ」
……はた目にはイチャついているようにしか見えないため、ウブな少年二人は顔を赤らめていた。
「そこの小僧」
「はいっ!!」
……綺麗なお姉さん(アイの外見年齢は16ほど)に話しかけられ、声を裏返して答える
「おまえの屋敷が襲われて、おまえの弟子のフーカが応戦しているの」
「…………」
アインハルトは、その言葉の意味を理解するのに少しばかり時間を要した。
「リンネはまだ加減を知らないし、大ごとにならなきゃいいけど……」
のほほん、と話す二人をよそに、アインハルトの思考がようやく言葉の意味を理解した。
「そういうことは先に言ってくださいよぉおおおお!!」
ダッシュで屋敷へ戻るのだった。
そして、屋敷へ戻った面々が見たものは、座り込むフーカ、満身創痍になりながらもトドメを刺そうとする謎の少女、そして、謎の少女へ一瞬で組み付き、大地へ叩きつける寸前のリンネであった。
「「「やべぇえええええええーーー!!!」」」
◆ ◆ ◆ ◆
――時は戻り、殺人バックドロップをかろうじて回避したところまで。
――がきんっ。
……バックドロップに失敗したと見るや、今度は両足がシャンテの首へ絡み付いてきた。両膝関節が気管を見事に捕えている。
「ぐぇええーッ……!」
絞めるというか、〆るというか……折り砕く殺意に満ちていた。
「リンネ、やめろ。殺す気か」
「殺しますッ!!」
赤い瞳は狂気を宿し、本気の殺意を浮かべていた。
秀人がシャンテの喉との間に空間を作り、殺害を防いでいるが、リンネは本気のようだった。
「フーちゃんが勝ったんだ! それなのに、気を失ったフーちゃんをいじめようとしたんだ! ひきょうものめ! おってやる! くだいてやる!」
秀人は、無言で顎に、軽く打撃を加えた……まぁ所詮は子供だ。隙だらけである。
「あふっ……」
大蛇の拘束が緩み、シャンテは今度こそ解放された。されたが……もはや立ち上がる気力さえ沸かないようだ。
「えぇっと……誰だ、これ?」
「…………あれ、生きてる。生きてる、あたし。生きてる……」
ぶつぶつとうわごとを繰り返すばかりで、まだ正気に戻れてはいないようだった。なにせ、殺されかけたのだ。
シャンテは意識を失ったリンネとともに秀人の肩に担がれ、屋敷の中に通されるのだった。
「すぅ……すぅ…………はっ」
睡眠により一定の回復を果たし、フーカが覚醒する。記憶を辿ると……どうやら自分は、喧嘩には勝ったらしい、ということだった。
『フーカ。起きたか』
「おぉ、ダキニ。その後、どうなった」
『その前によだれを拭けい』
「おっといかん」
見回すと、ここは自身に与えられた私室のようだった。アインハルトと、誰かの話し声がする。寝起きでふわふわする足取りで、そちらへ向かう。
応接間には、アインハルトを含む見知らぬ人たちと、先ほどまで殴り合っていたシャンテ。そして、
――リンネがいた。
「……フーちゃん!」
あぁ、いよいよ幻聴か。こんな場所に、居るわけがないのに。
「……リンネ?」
否……幻覚ではない。幻覚では、無いのだ。
「フーちゃぁああああん!!」
「リンネッ!! リンネーーー!!!」
あぁ、これは奇跡か。またこうして、リンネを抱きしめることが出来る日が、
――ドッゴォオオオオオオオ……、!!
「ぶふぉおおォォォ…………!!」
……リンネの全力タックルが、フーカに直撃をした。フーカはすっかり忘れていた。リンネは、可憐な見かけとは裏腹に、かなりの力持ちであるということを。
やや遅いが跳び、衝撃を空中に逃す。するとどうなるか。
――ずべっしゃぁあああ
「ぐわぁああああ」
リンネ諸共に、部屋を飛び越える勢いで、アインハルト邸の廊下に転がる。
「フーちゃん!? ご、ごめんなさい……!」
「よ、良か、良か……」
よろよろと立ちあがると、ようやく姿を確認することが出来た。少し背が伸びたか。身なりはかなり綺麗にしており、良い環境にあることが分かり、安心した。
「フーちゃん」
「リンネ」
そして、顔を見合わせて笑う二人。久しぶりすぎて、何から話せばいいやら。単純に気恥ずかしいのだ。とくにリンネは、こんなフリフリの少女趣味の洋服など、着る機会は無かったのだ。
「フーちゃん」
フーカの手に、そっと己の手を添えるリンネ。骨ばっていたころとは違う、年頃の少女らしい柔らかな手だ、と、フーカは安堵した。
「いますぐ、あいつをボコボコにしてあげるから安心してね」
…………やはり幻覚だ、と、フーカは現実から逃避した。
リンネの視線が……シャンテを完全にロックオンしている。
「や、やるかぁっ……!?」
シャンテは怯えながらも、辛うじてファイティングポーズを取る。
「――全員、」
……と。重圧を伴う声が、場を一瞬にして支配した。
「――そこに、
……ぺしゃん、と、あれほど殺意をむき出しにしていたリンネを筆頭に、皆がへたりこむ形で座る。九音は自発的に腰を下したようだ。
神の威圧を以て場を鎮めた秀人は、コロっと雰囲気を軽いものに変え、言った
「よし。それじゃ、自己紹介から始めるか!」
当たり前すぎる提案だった。
「ワシはフーカ。フーカ・レヴェントンじゃ。一応、地球出身じゃ。ワケあってアインハルトさん家のお世話になっている」
「紹介に預かったアインハルト・ストラトスだ。新区へはミッドからの留学として来ている」
『そしてわらわは聖王ダキニちゃんだ! 敬うがいいぞ!』
なんかサラっと変なのが混じってる……
「九音。戦闘機人No.09。父は吾妻秀人もしくはジェイル・スカリエッティだ」
「リンネ・ベルリネッタ。地球出身、フーちゃんのおさななじみです!」
「AI-0XX-01AT ……気軽に『アイ』って呼んでくれて良いの。そこにいる吾妻秀人のデバイスなの」
「吾妻秀人。地球出身」
「シャンテ・アピニオンだ……です。聖王教会所属のシスターで、新区に赴任してきたうちの、一人です……」
「聖王教会の人間か。いまどき珍しい過激派だな」
先に自己紹介を済ませていたアインハルトは、あっけらかんとした様子だった。
「っていうかさー、顛末が全くわからないんだけど」
「確かに……説明を頼む」
「……別に、聖王教会の一員だから、聖王に仇なした覇王の血族でも倒せば、教会にハクでもつくかなーって」
「なんて迷惑な話だ……」
まったくである。
「だが、まぁ……フーカも基礎訓練ばかりでは、成長が実感できずにモチベーションが下がってしまっていただろう。結果的に、良い経験だったはずだ。感謝する」
「へっ……結局、負けたんだけどさー……」
シャンテは、ソファの上で膝を抱えてふて腐れている。じぃっと自身を見つめるリンネの視線には、密かに怯えているようだった。結構マジに殺されかけたのだ。
「リンネ。そんなことをしてはダメじゃ」
静かにリンネを諭すフーカ。元々いじめられっ子のリンネの激変ぶりに面食らったものの、それでも大事な妹分である。
「…………でも、わるいやつは暴力でくっぷくさせてもいいんだよ。暴力はすべてを解決するばんのうツールだって、神様もいってたもん」
フーカは、ふかぁくため息をつき……
「いや俺じゃない。俺じゃないって」
冤罪を掛けられた秀人が必死に否定する。
「……んで、本来は何をしにここまで来たんじゃ?」
秀人たち本来の目的。それは……
「学院を脱走した生徒の安否確認、そして捕縛だ」
「やっぱりのう……」
諦めもついたのか、特に抵抗も無かった。しかし、秀人は……何かを考えている様子だった。
「……九音、アインハルト」
「「はい」」
「明日のクラス対抗戦が終わるまで、フーカ・レヴェントンの捕縛は見送る」
更に。
「フーカ、リンネ、シャンテ。お前たちは、明日のクラス対抗戦を見学しろ。話はそれからだ」
「「「えっ」」」
「フーカ。少なくとも、明日の対抗戦が終わるまでは、お前を無理に連れ戻しはしない」
それに何の意味があるのか。異口同音に疑問を呈する年少者たちに、秀人はそれ以上のことは言わなかった。ただ、アイだけは全てを察したように頷いていた。
「ただしダキニ。テメーはダメだ」
『ひょ!? 何でわらわだけ!?』
……悪霊は野放しにはできない。
――いよいよ。
――