魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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vivid編 23話『 開戦 』

そのころ、なのはは。

 

彌茅とヴィヴィオを伴い、学院までやってきていた。スバルたちへ、フーカの生活実態の聞き取りを行うためだ。事件からおよそ半年で区切りも良い。慈樹はヴィヴィオの背に乗り、スヤスヤと眠っている。

 

「お母さんなに緊張してるの?」

「いや……その……ね?」

「いや。ね? じゃないから。ぜんぜんわかんないから」

「……実は、六課時代の携帯端末を粉砕しちゃってさぁ」

「粉砕するものなの……?」

 実際は、手頃な投擲物として使用した結果である。投げてから気づいた、まさしく後の祭りである。

「バックアップなんて取ってなかったし、スバルたちの連絡先もそれでおじゃんってわけよ」

「それ、いつごろの話?」

「……三ヶ月くらいかなぁ」

「遅すぎるでしょう!?」

 つまり、このなのは。スバルたちと三ヶ月くらい連絡を取っていないのである。

「まぁいいかなーって思ってたんだけど、よくよく考えたら結構薄情かなぁって……会ったら何言われるか……」

「よくよく考えなくても酷いと思うよ、それは」

「あーあ、どやされそう。ところで、ヴィヴィオ。彌茅、気づいてる?」

「うん」

「はい師匠(せんせい)

 

 三人が校舎の廊下を歩いて、どれだけ経ったのか。あまりにも不自然な距離だった。

「無限回廊型の結界ね。これはセリカかしら」

 事件以降も、ユーノに師事していると聞いた。確かに、この術式にはユーノっぽさを感じる。

「まぁ乗ってあげましょう。二人は見ていなさい」

「はぁい」

「はい師匠(せんせい)

「慈樹パス」

 おんぶ紐で慈樹をヴィヴィオに渡す。慈樹は全く危機感を感じさせることなく、眼をぱちくりとさせていた。謎の大物感を醸し出す息子である。

 

 なのはは、腰に提げた剣を抜く。現地で調達した、そこそこの長さと重さと切れ味の、ベーシックかつオーソドックスな両刃の剣である。

「懐かしいわねぇ」

思えば、六課時代はよくこのような剣でスバルとティアナをボコったものである。

 

一閃。破壊術式が剣戟に乗り、回廊を斬り裂いた。同時、それをトリガーとしたトラップと、苛烈な射撃が降り注ぐ。

 

カキンッカキンっと射撃を弾き飛ばす。

「よっとっと、と」

 そうして、射撃の最後の一発を斬り裂くと同時……

 

――――ぼしゅうううううっ

 

 煙幕が焚かれる。ティアナの得意な攪乱だ。

 

――――ぼぉうっ!!

 

 煙幕を突き破り、見慣れたナックルが飛来する!

「……思っていたよりワンパターンね」

 少しがっかりした様子でナックルを迎撃する。剣を手元でくるりと回し、柄尻で……

 

――――がきぃんっ!!

 

「……あら? ナックルだけ?」

 妙に軽いと思ったら。それはナックルの外郭だけだったのだ。とたん、全身が警戒に総毛立つ。

「背後、」「うぉおおおおおおおおっ!!!」

 攻撃の瞬間まで、完全に気配を煙幕の中に隠していたのか。以前はイノシシのごとく見え見えだったというのに……

(成長しましたね、スバル)

 少しだけ、魔力を剣の柄に込めて強化する。こんな段階で魔力を多少なりとも使うとは。

 

――――以前の感覚は捨てよう。いま相対しているのは、未熟な新米ではない。幾多の争乱を潜り抜けてきた手練れなのだ。油断してはこちらがやられる。

 

スバルのナックルは右腕のみ。射出したとすれば、残るは素手のみ。とはいえ、それは過去の話。何らかの武装をしているか、それとも……

「おぉおりゃあああ!!」

 素手。多少、デバイスのフレームで補強されているが、ほぼ生身である。無謀にも思える攻撃。しかし……

 

――――ドゴォンっ!!

 

……生身でありながら、この一撃。

秀人や大家がそうであるように、徒手空拳を極めたる者に極めて近い一撃だった。

なのははそれに応えようと、剣へ両手を添え……渾身の一撃を繰り出す!!

「ふぅっ……!!」

 

――――ゴォキィイイインッ!!

 

 互いの気が衝突し、大気が震える!

 がしん、とスバルのナックルに外郭が戻る。同時、ティアナの射撃が胴体、頭部を同時に打ち抜く軌道で飛来する。身を屈め、反らし……とは言うが、亜音速で飛来する銃弾を、視認してから動くといった、人間離れしたなのはの視力だからこそ可能な対処だった。

 

その二発を囮に飛来した本命、不可視の銃弾を、大気の動きで認識し回避をすると、スバルのナックルと併せた重量級の一撃が絶え間無く降り注ぐ。

 骨格からのスムーズな動き。筋・骨・肉が一体となった、しなやかな打撃。

 

「……」

 

 なのはは、満足だった。

 

 手を離れた部下たちが、予想を上回る成長を見せたのだ。応えてやらねばなるまい。

「『二刀』を使いますよ」

 なのはは、腰に提げていたもう一刀を抜く。

「「「げっ……!?」

 スバル、ティアナ、セリカが驚愕する。

 二刀流が一刀流に勝るとは、一概には言えない。しかし、なのはの場合は、違う。そもそもが小太刀二刀流を源流に、実戦の中で身につけた戦闘術の使い手。二刀を持つことで…… なのはの戦闘力は、本来の実力により近づくのだ。手数は倍に、制空権も倍。

「「「ず、ズルいー!!」」」

「勝った方が勝ちよ」

何より、テンションが上がる。『ヨーシなのはさん奥義出しちゃおっかなー』となるくらいに。

 

――――ガキュウンッ!!

 

 より収束率を上げた射撃。安易な大出力の大技に逃げず、適切な手を選択したと言える。おかげで……

「命拾いしましたよ、三人とも」

 

 なのはは、射撃を斬って、魔力にまで分解し……それを刀に乗せ、ノータイムで斬撃として『放った』のである。

 

 カウンターの一種であるが、もしここで、ティアナが威力に頼った攻撃をしていたら、それだけダメージも増していた。

 

 自身の魔力を一切使わずに魔力攻撃を唐突に繰り出した不意打ちに、スバルは斬られ、ティアナは投げた刀の杖で額をドツかれ、セリカは結界を破壊されたバックファイヤで……

 

「「「ぎゃー!!?」」」

 

 同時に、一時戦闘不能となった。

「うん、三人とも意識あり。合格合格」

 ティアナに放った刀を結んでいたワイヤーで引き戻し、からからと笑う。

「ぐ、ぐぬぬ……!」

 負けた悔しさを滲ませるスバルたちは、ずいずいとなのはの前までやってくる。そして……

 

「「「なんでメールの返事よこさないんですか――――!!」」」

 

 ……ごもっともな怒りをぶつけるのだった。

「え、えぇ……そっち?」

 心外そうにするなのは。

「そっち、じゃないですよー! 三ヶ月! 三ヶ月ですよ!?」

「いきなり連絡付かなくなるし!」

「なんで情報部隊のわたくしの捜索にひっかかりませんの!?」

 LINE、Twitter、Facebook、Instagramといった主要SNSを使用していなければ意味を知らず、他人のソレに写り込むような人付き合いも無く、監視カメラを避けて行動する癖があるなのはは、普段通りに生活しているだけで、セルフステルスだった。忍者の血筋である。

 

「行くって連絡はしたでしょう」

 

 セリカが、げんなりした様子で抗議する。

「それってアレですの……? 三日前くらい、発信もとが街の公衆電話からの『もしもし私。三日後に行く』っていう謎メッセージですの……?」

 

 ヴィヴィオがぎょっとした様子で話に加わる。

「お母さん、『アポは取った』って、それのことだったの!?」

「? そうだけど」

「それ、イタ電!」

 ……学院はその性質上、いたずら目的の悪意あるメッセージが届きがちである。それをセルフフィルタリングするシステムがあるのだが……なのはのメッセージは、それに引っかかって届いていなかったらしい。

「本題に入りがてら、」

「連絡手段を確保しますからね!」

「ケータイを買いに行きますわ!」

 両脇を固められ、なのははスバルたちに連行されていく。

 

「ヴィヴィオ。お母さんは出かけてくるから、彌茅に学校を案内してあげなさい。あと慈樹こっちにパス」

「ヘイヘイ、パース」

「あー」

 ……端から見たらフツーに虐待であった。そして。

 

なのはの剣戟も。スバルの格闘も。ティアナの射撃も幻術も。

 

幼い眼でありながら、完璧に捉えていたことを、誰も気付いていなかった。

 

 

 

「おっ、教官! ちーっす!」

「ゼルビスは変わりませんね」

 すっかり恒例となったゼルビス運転の移動である。

「あの空飛ぶ円盤みたいなのは使わないんですか?」

 ちょっとウキウキした様子で聞くなのは。

「有事の際以外は陸路を使うように、と。まぁ、ほぼミッド準拠ですからね」

 新区の開発も未だ途上といったところだ。

「カレドヴルッフみたいな企業も入りましたし、移動手段を限定することで、監視が届きやすくなるってメリットもありますけどね」

「あそこかぁ……」

 管理局で採用されてる制式デバイス。その製造元でもある。もちろん、公正なコンペや入札を経ているのだろうが……

 

「まぁ、カレド製をほとんど使っていない六課の方が珍しいんだと思いますよ」

 車両は日本車(横流し)、デバイスや電子機器はマリエル印……例外中の例外なのだ。

「個人のケータイくらいはカレド製ですけど」

「カレド製って日本でも使えるのかしら」

「使えると思いますよ。結局、大本のOSがマリエル印ですから」

「……今更だけど、マリエルって天才なのよね」

 

 今頃、マリエル、プレシア、ジェイルの三人で仲良くしていることだろう。

 

「ところで、学院の方はどうなっていますか?」

 ……六課の面々は、微妙な顔をした。

 

「フーカ・レヴェントン脱走の件は把握しています。現在の所在も同様に」

「そう。ならいいわ」

 自主性を重んじる校風だ。把握しているのなら、多くは言うまい。

「なのはさん、ヴィヴィオなんですけど……」

 ティアナが言いよどむ。

「あぁ、だいたいわかるわ」

 が、なのははしっかりと把握しているようだ。

 

「明日の試合は、私も見学します」

 

 その言葉は、どこか、結果を予知しているようだった。

 

 

 彌茅とヴィヴィオはと言うと。ざっと校内を案内すると、食堂へ移動をしていた。

「基本は無料ですので、好きなものを頼んでください」

「はい。ではポップコーンとチュロスとコーラを」

「……? なぜに?」

「好きなので」

 とはいえ、さすがは頼めば何でも出てくる謎食堂。バケツのような容器いっぱいのポップコーンに、紙で包まれたチュロス、紙コップにストローが刺さったコーラが出てくる。雰囲気が出ている。

 ざくざくと食べ進める彌茅。

「一人で食べるのもいいですが、やっぱり、クインさんと一緒に映画を見ながら食べるのが一番好きです。あ、クインさんというのは、私の姉妹弟子の人です」

 ヴィヴィオから、とくに返答はなかった。そっけないなぁ、と、彌茅は特に気にしていない様子だが。

 ごっごっごっ……とコーラを一気に飲み干すと、紙コップをかつん、とテーブルに置く。そして。

 

「ヴィヴィオさん、手合わせを願えますか」

 

「良いですよ」

 

 ……あまりにも飛躍したコミュニケーションだったが、成立しているようだ。

 腰に提げた木刀に手を添え、居合い抜きの構えを取る彌茅。

「ヴィヴィオさんは、刀は使わないのですか? 師匠(せんせい)から授けられた、と聞き及んでいますが」

「素手の方が性に合うので。使いたくなったら……まぁ、母に教わります」

「それは失礼しました」

「いえいえ」

 

 ……互いに構えたまま、軽口をたたき合う。

 

 見合って、見合って……

「……ふぅ、ありがとうございました」

 彌茅が、先に気を抜いた。

「どうにも、届きそうにありません」

 実力差を計った結果、その結論に至ったらしい。

「妥当な判断でしょう」

ヴィヴィオもまた、構えを解く。食べ終えた食器を下げに行くヴィヴィオを眼で追い……

 

「今は、まだ」

 

 彌茅は、ぼそりと呟いた。

 

 

 

 なのはは六課の面子と久々に会う一種の同窓会だ。慈樹は人気者で、男女問わず抱き上げられている。

 秀人にとっては……

「よう、セイン。ウェンディ」

 ナンバーズ時代の同僚……と言ってよいのか悪いのか、微妙な間柄の顔見知りとの再会である。

もともと、あの頃の秀人はいろいろギリギリであり、まともなコミュニケーションなど取ってはいなかった。

一応、二人は秀人の遺伝子から培養した肉体を持つ、血縁のような間柄なのだが……

 

「「ち、ちーっす……」」

 

……どうにも怖がられている。いろいろ縮んで少女が幼女になった二人に怖がられるというのは、少し傷つく。

「……そう怖がるなよ。取って食いやしないって」

 秀人は、プレゼントという飛び道具を用いることにした。

「おーい、アイ! ちょっと! こっち!」

「呼び方が雑すぎるの……そういうのが積み重なって熟年離婚に繋がるの」

「アレ出してアレ」

「はいはい……」

 アレ、だけで通じる間柄で、離婚などどの口が言えるのだろうか。

「はいアレ」

 ぽい、と投げ渡したのは、シルバーのアタッシュケースだった。

「なんスかこれ」

 ぱかっと開けると、そこには、少女の手には余りそうな大きさの機材が納められていた。

 

「……あっ、これ!」

 

 セインは思い出した。この男が、『デルタ』なるコードネームを名乗って、クイントやティーダらと共に仮面の戦士をやっていた頃の装備品だ。

「これやるよ。もう使わんし」

「……」「……」

 ……二人は困っていた。

 

「プレゼントのセンスが無さ過ぎなの」

 アイはため息をついていた。

「まぁ、それをそのまま使えとは言わないって。三博士のところに持っていけば、二人の専用装備に仕上げてくれる」

 末っ子の小春は、すでにヴァイスから装備を受け取っているが、この二人はまだ自分の装備を持っていない、と聞いている。

「……」

 恐る恐る、デバイスに触れる。しかし、使い方がイマイチ分かっていないようだ。

「おっ、なにこれカッケェー!!」

 ゼルビスがひょいっとデバイスを持ち上げる。

「おっ、コレとコレが繋がって……こうか!」

 銃型に変形したデバイスを構え、

「バーン、なんつってな!」

 引き金を引き……「あっ、おいそれ」

 

 

――――バキュゥウウンッ!!

 

 ……発射された弾丸は、ウェンディとセインの中央をギリギリ通過し、壁に穴を開けた。

「……ホンモノだから」

 忠告が遅かった。

「ひ」

 ウェンディが、しゃっくりでもするような声を出し……

 

「ひぃいいいい――ー!! やっぱコイツ怖いッス――ー!!」

 

 セインの手を取り、ワタワタと逃げ出した。

「あっ、待て! いや誤解だって! おいぃ!!? ……待てやオラァ! お話しようぜぇ……!」

「「ぴゃぁああああああ――――!!」」

 ……信頼を得られる日は、まだまだ先になりそうだった。

 

 

――――ピピィー!!

 

 喧噪を切る、ホイッスルの音。見れば、食堂の中央に『実行委員長』の腕章を巻いたアリシアが立っていた。

「はい、みなさーん! 明日のクラス対抗戦についての、最終確認でーっす!」

 

――――オォー!!

 

と、ノリの良い面々が拳を挙げる。

「明日は、リベンジに燃えるA組バーサス! 受けて立つF組! A組はオブザーバーとして、B組代表、翠九音さんと、秘蔵っ子『覇王』の末裔、アインハルト・ストラトスさんの二名を迎え入れての挑戦となります! 恥も外聞も無く外部戦力を迎え入れてまで挑む気概や如何に!」

 

――――「いいぞー!」「下克上だー!」「戦争だー!!」

 

 ……六課の面々は、立場的には教官なのだが、どうにも血の気が多かった。

 

 リンネはアインハルトの屋敷に残してきたが、正解だろう。手遅れかもしれないが、悪影響が大きそうだ。

師匠(せんせい)、スバルさんたちに挨拶をしてきて良いですか?」

「無理しなくて良いんですよ」

「無理、とは?」

 不可解そうな顔をする彌茅。

「だって……知らない人に話しかけて、ましてや挨拶をするなんて……そんな苦行……」

 苦行と申すか。

「大丈夫です。行ってきます」

 ぺこりとお辞儀し、すたすたと行ってしまった。

「うぅっ……弟子の成長が眩しい……!」

 師匠は成長しなさ過ぎである。

 

「お母さん」

「あらヴィヴィオ。冥ちゃんも」

「こんばんはー神様」

「はい今晩は。明日の準備は万端?」

「どーだっけ、ヴィヴィオ?」

「万端って言ってたでしょう。対九音シミュレーションもばっっちりだって」

「ふぅん、そっか。大丈夫なのね」

「まぁ、それでもちょっと不安が残るところだけどね……九音、強いから」

なのはは、無言でヴィヴィオの頭を撫でてやる。

「恥ずかしいなぁ、もう……」

 そうは言いながらも、大人しく撫でられていた。

 

 ……なのはが、至極冷徹な顔を見せているとも知らずに。

 

 

 

 

 

「……めちゃくちゃおなかが痛いわ」

 A組委員長、『雷帝(分家)』ヴィクトーリア・ダールグリュンは、洗面台の鏡に映る真っ青な己の顔を見つめた。

「うぅっ……ゲロ吐きそう……昨日から何も食べてないのに……」

重責からのプレッシャーは、哀れなる委員長の胃を蝕んでいた。

 

認めよう。確かに己は思い上がっていた。歴王の中で、数少なく現存する純血統。本家筋を軽く凌駕する魔力と戦闘センス。同年代に敵は無し。それが……あのような屈辱の敗北を。

「くっ……!」

 毟りとられた金バッジ。クラス代表者の証。

 

「取り返してみせる……! 今日こそ……今日こそ……!」

 

 ……暗示のように呟いても……鏡の中に映るのは、偉大なる雷帝の子孫とはほど遠い、惨めな負け犬の顔だった。

 

 クラスに到着する。皆、それぞれに今日という日を迎えたのだろう。今まさに死地へ赴くような顔をしていた。

 ヴィクトーリアは、気丈な顔を取り繕いながら、教壇に上がる。

 

「……みなさん。いよいよ今日という日がやってきました」

 

 クラスの一部から、すすり泣く声まで聞こえる始末だ。身に纏った先祖伝来の戦装束が、どうにかヴィクトーリアの心を支えていた。

「……クラス対抗戦。相手は……F組です」

 とうに周知されていた事実だ。というかそもそも、クラス対抗戦を持ちかけたのはA組だ。

 F組はヴィヴィオ・冥という二大巨頭がおかしいだけで、ほかは拮抗している筈なのだ、と。甘い見立てがクラスに蔓延し、多数決で開戦が決定した結果……このザマである。

 なぜ安易に開戦をしたのだ。慎重になるべきだった。最初にF組にちょっかいを掛けたのは誰だ。自分は開戦には反対していた。何を平和ボケの鳩めが。黙れ右巻きの鷹が。などなど。

 

「開戦という事実は、変わりません」

 

 ヴィクトーリアは、教卓に手を置き、静かに言った。とたん、喧噪が静まる。

「我々はクラスを編成された時点で、議会制・多数決制を取る、という決定を下しました。もちろん、反対意見もあったでしょう。ですが……このクラスの一員である以上、一蓮托生なのです」

「うっお腹が痛い……」「頭が痛い……」「腰痛が」「持病の虫歯が」

 仮病で脱走を図る。しかし……

「学院が誇る最高の医療スタッフによって、我々の肉体は超健康体ですわ……諦めなさい」

 もはや逃げ道は無い。

 

「ですが……勝利への希望は、ゼロではありません」

 ヴィクトーリアの隣に、二人の少年が並び立つ。アインハルト・ストラトス。翠九音。

「お二人の助力を得、ゼロの勝機を……万分の一、千分の一に上げていくのです」

 その千分の一の勝機を掴むのは、彼ら次第だが……

「このまま、負けたまま卒業してしまっては……我々は、ただの恥さらしの負け犬です」

 曲がりなりにも、A組の生徒は名家の子息子女で構成されている。一族の期待を背負って、この学院に送り出されてきたのだ。

 

「戦いましょう……! 勝てずとも……せめて、最後は華々しく……!」

 

「委員長!」「学級委員長!」「雷帝!」「分家!」

 クラスメイトは口々に、ヴィクトーリアへの支持を表明する。

 ……同期の桜でも歌い出しそうな雰囲気だが、一時的にでもクラスは纏まったようだ。ヴィクトーリアにはやはり、人の上に立つ天分がある。

 

 

一方そのころ。

 

 F組の面々も、浮き足立っていた。実力があろうとも、やはり子供なのだ。

「うぅうー……!」「ちょっと、落ち着きなよ……」「貧乏揺すりしながら言うのもどうかと思う」「だってぇ」

 遠足を控え手いるかの様相だが、実際は軽い戦争である。ウキウキとしているあたり、どこか頭のネジが外れている。

「モイラちゃん、結果は!?」

 クラスメイトの注目を集めたのは、割れてしまった水晶球をガムテープで固めたものをのぞき込む少女。予知能力を持った少女、モイラである。

「にゃむにゃむ……はっ、見えました」

「「「「「どう!?」」」」」

 ごくり……と唾を飲むクラスメイトたち。

「……金の証が、動きます」

 金の証。これは、クラス代表者へ与えられる金バッジのことだろう。ヴィクトーリアのものは、ヴィヴィオが所有している。九音のバッジか? と、首を傾げていたところに……

 

ガラッ……

 

 クラスの後方ドアが開いた。ヴィヴィオと、冥だ。いつもは教壇側のドアから入って来るが、今日は反対側。静まり返り、固唾をのむクラスメイトたち。

 ヴィヴィオと冥が歩を進めるごとに、クラスメイトたちは自然と教室の両脇に整列するような形となる。

 そして……教壇に立ったヴィヴィオが、勿体ぶって振り返る。

 

「――――開戦です」

 

 ざぁっ……と、伝播する。

 それは、クラスメイト、否、兵たちの心に触れ……劇的に、熱狂させた。

 

「万歳……!」

 

 誰にとも無く、声に出す。

「万歳!」「万歳!」「聖王閣下万歳!」「聖王閣下万歳!」「聖王閣下万歳!!」「勝利を!」「聖王閣下に勝利を!」「我が軍に勝利を!」

 

 恐ろしいカリスマでクラスを沸かせたヴィヴィオは、満足げに『それ』を掲げる。つい先日完成したばかりの、ヴィヴィオ専用デバイス。

 その名は。

 

「――レガリア(王権)、セットアップ」

 

 光輝く七色の魔力光。武装が開始されると同時……A組、F組は戦場へと転送された。

 

 

 

 針葉樹林と荒野のフィールド。

 ここが、決戦の地だ。

 

 軽装のままの九音、アインハルトが降り立つ。デバイスらしいデバイスは保有していないようだ。

 

「ま、参りましょう、みなさん……!!」

 ぷるぷる震えながら、先頭に立つヴィクトーリア。

「この戦いはフラッグ戦。そして、フラッグは大将首だ」

「く、くび……!」

 ヴィクトーリアがおののく。まぁ実際に首をはねられる訳ではないだろうが……

 

 とにかく、大将を防衛しつつ、敵の大将を倒せばよいというシンプルな戦いだ。

「ヴィヴィオのことだ。まず……」

 

――――と。兵の一人が、空に影を見た。大きな、黒い……巨大な岩塊を。

 

「――面制圧で所見殺しを仕掛けてくる」

「げ、迎撃――――ー!!」

 

 魔力砲が岩塊を撃つ。しかし、そもそもの質量が巨大なためそう易々戸は削れない。

「ひ、ひぃいい――! とにかく迎撃ですわー!」

「やるぞ」「応!」

 

 ヴィクトーリアの指示を受けた九音・アインハルトが、落着寸前の岩塊に向け、拳を繰り出す!

 

――――ドガゴォンッ!!

 

 岩塊は、粉砕とまでは行かずとも割れ砕け、兵たちで十分に砕ける質量となった。

「……進言だ雷帝。この場を動け。二発目が来る」

「!」

 はい、と言い掛け、ぐっと口をつぐむ。そう、このクラスのリーダーは、九音ではなく、ヴィクトーリアなのだ。

「全軍、前進! 針葉樹林へ入り、陣を敷くのです!」

「了解!」

「……」

 九音とアインハルトも続く。

 

――――ずずずずずんっ……!

 

 その背後で、岩塊が雨となり降り注いでいた。少しでも遅れていたら、と考え、ぞっとする。

 針葉樹林の中には岩窟などもあり、陣を敷くには適していると言えた。

「防御を固めつつ、尖候を送るのです! 敵軍の配置を、」

 

――――霧。

 

 気候条件的に発生するのが不自然な、霧が出ていた。

「吸い込むな!」

 とっさに口を守れた者も多かったが……

「うっ……」「ね、眠……い……」

 ばたん、と力無く倒れていく。

 

 魔力で簡易的なフィールドを張れば防げる。しかし、有効範囲が段違いだ。この森のほぼ全域を霧が覆っている。

「防御用の魔力をサーチされれば、そこへ打ち込まれて終わりですわね……」

 身を隠すことさえおぼつかない。

「どうする、雷帝」

「……! ここは、最大防御ですわ! 攻撃に耐えうるだけの防御を築くのです!」

 逃げる隠れる、ではなく、耐える構え。結界魔法に長けた兵たち。しかし……

 

――――ぐるルルルルァァ――――ー!!

 

「ぎゃあっ!!?」

 霧の中から飛び出した謎の影に、引き倒された。

「がっ……かっ……! ……」

 謎の影は、兵の首を噛み、窒息失神させている。

「お、狼……!?」「離れろぉっ!!」

 しかし……

 

――――オォオオオオーン!!

 

 二つ、三つ……影の獣が、増殖していく。気がつけば、陣は影の獣たちに包囲されていた。

「……」

 絶体絶命。九音に頼るという手を使うか……

 

――――否。

 

「……」

 ヴィクトーリアは、自ら結界から歩み出ていった。

 

――――がぁっ!!

 

 ヴィクトーリアの甲冑に噛みつく獣たち。しかしヴィクトーリアは退くことなく……

「身の程を、――」

 

――――バヂッ……バヂヂヂヂッ……!!

 

「――――弁えろぉおおおおおおおおおおお――――ーッッ!!」

 

 

――――ズガシャァアアアアアアアアアアンンッ……!!!

 

 

……、、雷光が迸り、霧も、獣も、等しく消し去った。

 

「……ふぅー」

 バリバリと魔力の余韻で帯電する空気を身に纏う。その姿、まさに……

 

「――――雷帝」

 

 

 一度ぶっ放してスッキリしたのだろう。ヴィクトーリアは、静かな口調で兵へ指示を飛ばす。

「敵軍の総力は未知数。対処に徹するだけは愚作。

 

……前へ出ます。少しでも腕に覚えのある者は共に来なさい」

 

 

――――負け犬が、牙を剥く。

 

 

 

「――――えいっ。えいっ」

 ……可愛らしいかけ声と共に、岩塊が飛んでいく。

「着弾。次も着弾」

 観測手の少女が淡々と告げる。

 

 F組は訳あってヴィヴィオ不在の中、副将である冥の指示で動いていた。

「つぎは森に逃げ込むよ。……カミラ」

「ふふ、わかりましたわ」

 黒いドレスを着たスタイルの良い美女……カミラが、冥の指示を受け、宙に溶けるように消えていく。カミラが溶けた霧は、霧散することなく、森へ染み込んだ。

「カミラの霧魔法。眠りと牙で、どれだけ潰せるか」

 

 しかし……

 

――――バリバリバリバリッッッ、ズドォオオオオンッ!!!

 

 地上で雷が発生したかのような閃光と轟音。

「おや」

 体を霧へと変えることで、あらゆる物理ダメージを無効化するカミラだが……霧全体を雷で灼かれては、ひとたまりもあるまい。

 霧が晴れる。今頃、森のどこかでノビていることだろう。

 

「……なめすぎたかな」

 冥は、大きな気配が森からこちらへ一直線に進んでくるのを感じた。

「モルル、真管セット」

「あいさー!」

 ずぼんっ、と地面から、オーバーオール姿の少女が現れる。巨大な手袋で地面を掘り進んできたのだろう。

「あの一帯を地雷源に変えてきたね! 踏んだらドッカンドッカンよ!」

 冥は、手頃な身の丈ほどの岩に手を添える。飛んできたのなら、的当ての的にしてやるだけだ。

 

しかし、ヴィクトーリアはくさび型の陣形の先頭に立ち、身を隠すでもなく堂々と進んできた。岩を放り投げる……のは芸がない。地雷を踏んだなら、その際に起きるであろうパニックに乗じて攻め入るのが得策だろう。

「爆ぜるぞ、爆ぜるぞ……! 美しきクジャクの羽よ!」

 モルルは瞳を期待に爛々と輝かせる。クジャクの羽根、とは、爆炎のことを言っているようだ。

 

 くさび型陣刑の先端、ヴィクトーリアが、地雷源に足を踏み入れる。

 

――――グゴォンッッ……!!

 

 きゃあ、やったぁ、と歓声を上げる聖王軍。

「引っかかった引っかかった!」「何人くらい減った!?」「掃討に出よう!」

 しかし……

 

「いや、やってない」

 

 煙が晴れる。そこには、ほぼ健在の雷帝軍。ヴィクトーリアは、槍の穂先を大地に突き刺している。

「電気を流して強制的に全部起爆させたんだ。電気真管がアダになったね」

「あぁあ……! クジャクの羽根が……」

「あとは乱戦だねぇ」

 地雷源を突破した雷帝軍は、バラけること無く進軍してくる。これだけ力の差があるのなら、纏まっていた方が良いのだろう。

 

「ぜんぶ蹴散らす」

 

 冥もまた、先陣を切って歩を進める。

「冥だ……!」「数で当たれ!!」

 雷帝軍の兵が総がかりで仕掛ける。怪力を警戒しての、射撃や砲撃をメインとした良い弾幕だ。これだけの槍襖を構築されれば、ひとたまりも無い。下がるか、耐えるか……しかし。

 

――しかし、冥である。

 

「ぬるいなぁ。殺す気で来なきゃ」

 

 命中した筈だ。直撃した筈だ。しかし……衣類にさえ、傷どころか乱れひとつ無い。

「――――えい」

 拳で、大地を叩く。ただそれだけの単純な攻撃は……雷帝軍の第一陣をへ、壊滅的な被害をもたらした。

 

――――ごぐぅんっ……!!

 

 大地が、割れた。底さえ見えぬ奈落は、無慈悲に敵兵を飲み込み……無慈悲に、閉じていく。

「――ー断」

兵たちは、死を悟った。このまま、大地の顎に噛み砕かれてしまうのだろうと。

「――ー空」

 しかし、それは幻想に終わる。

 

「――ー拳ッ!!!」

 

 

――――バガァアアアンンッ!!

 

 

 冥が大地に打ち込んだ魔力を、同等の魔力で粉砕する。

「オレが相手

「になるなんて、本気で思っているの?」

 ……いつの間に間合いを詰められたのか。襟首を掴んだまま、モノでも放るようにアインハルトを投げ飛ばす。背後には、岩。

「くっ!」

 体を回転させ、岩に着地……はせず、岩を蹴り、跳ぶ。その判断は、アインハルトの命を救った。

 

――――バガァンッッ!!

 

 冥の追撃の一撃が、大岩を砕いたのだ。

「おまえはヴィヴィオをいじめた奴だ。楽に死ねると思うなよ」

 ずぼっ……と、岩の破片から足を引き抜いた冥が、アインハルトへ死刑宣告をする。その魔手を延ばし……

 

――――バヂバヂバヂッ! バチィイイイインッ!!

 

その横合いから、稲妻が襲いかかった。

「……雷帝か」

 冥が……初めて、攻撃を防いだ。

 

「アインハルトさん、よろしくて?」

「あぁ、ヴィクトーリア」

 

 覇王と雷帝が……冥府の鬼に挑む。

 

 

 

さて……これだけ戦闘が本格的になってきているというのに、F組筆頭たるヴィヴィオは、そして、A組の助っ人たる九音は、どこにいるというのか。

 

「――――。この辺りで良いだろう。余波は最小限に収められる」

 

 九音が虚空に語りかける。すると……

 

「――そうだね。このへんにしようか」

 

 空から、声が降ってくる。日は直上を指している。太陽をバックに……両足を揃えての、急降下キックを放つ!

 

――――ガシィンッ!!!

 

九音の右手甲が、恐るべき威力の蹴りを受け止める。

「ぐっ……いつもより、重いな……!」

「重いとは失礼しちゃうわね」

 だが、それは当然のこと。ヴィヴィオはその身に、超重量を纏っているのだから。

 

――黄金。

 

 それは、陽光を眩しいまでに反射する、黄金の鎧だった。アンダースーツが黒色、瞳と同色のルビーとエメラルドが各所に幾何学的に配置されている以外、ほぼ全て黄金色で構成された鎧だった。

「……悪趣味じゃないのか」

「そこは嘘でも褒めておかないと、女の子にモテないわよ」

 戦闘中に軽口を叩くという、両親ともに共通した妙な悪癖を見せるヴィヴィオだったが……その身なりは伊達や酔狂ではない。ただ単純に、重いのだ。比重で言えば、それこそ黄金並か、それ以上。わざわざ重りを抱えて戦場に出る異常性。だが……

丁度いい(・・・・)重さね」

 ぶるんぶるんと腕を振るう。

 

 ヴィヴィオに外的な脅威はほぼ存在しない。

 

 しかし、ヴィヴィオは己の弱点を自覚していた。

 

 それは、他ならぬ自身の膂力と魔力だ。実戦経験の乏しいヴィヴィオには、父のようにスタミナを温存するノウハウが乏しい。母と比較すると明らかに魔力コントロールが甘く、不意の動作に魔力が伴ってしまう。二重の魔力リミッター、簡易デバイス時代からの身体機能制限。それらを以てしても、アインハルトを殴殺しかねないほどのスペックこそが、他ならぬヴィヴィオの弱点なのだ。

 

――レガリア。

 

 このデバイスには、一般的な戦闘用デバイスの必須項目である出力増強や術式補助は搭載されていない。あるのはただ一点。

 

――吾妻ヴィヴィオのスペックを任意の段階で固定すること。

 

 一般的な魔導師にはほぼ無意味とも思える、しかし、ヴィヴィオが求める唯一の機能を搭載したデバイスこそが、このレガリアなのである。目的もまた、ただ一つ。

 

「これで――心置き無く、殴り合いが出来る」

 

「……冗談ではない」

 九音が手甲をさする。待機状態とはいえ、あの三博士が制作した武装の表面装甲を明らかに凹ませるなど、とても人間業ではない。

「あんたも出しなよ」

「そうさせて貰おう」

 ヴィヴィオの言葉に、解禁を決める。

 

「――時空粒子(タキオン)

 

 瞬間……九音の両眼が、青と緑に変化する。そして、魔力光もまた。

 

――ヴワァアアアアッ……!!

 

 光の粒子。瞳と同色の青と緑がグラデーションした粒子が、魔力光に代わって放出される。

「――翠九音。目標を撃破する」

 

――ギュイィイイイッ……!!

 

 鎧の両手甲に埋め込まれた宝玉が、溢れんとする魔力を抑え、負荷に激しく輝く。

「――吾妻ヴィヴィオ。迎え撃つ」

 

 学院最高峰。世界最高峰。その最大戦力が、真正面から激突する。

 

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