魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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vivid編 24話『 勝利と敗北 』

 

――――ヴィヴィオは負けるよ。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

最も古い記憶は、暗闇だった。

 

何も見えない。何も聞こえない。自分の姿かたちさえ分からない。そんな状態だった。意思と呼べるほどの自己認識も無かったが、それでも、この暗闇の中に居続けていたならば、きっとこの曖昧な意識さえ消し去ってしまっていた。

 

そうしなかったのは、ひとえに……自分の傍らにあった、二つの存在だろう。

二つ。それは意思を持っているのか、いないのか。

その区別さえ付かない存在だったが……それでも、その気配たちが有ることで、その存在が有るうちは、この意識を保っておこうと。そう思えた。

 

次に古い記憶は、その暗闇から掬い上げられる感覚だった。

ただ、己にはこれといった感覚器官というものが無かったらしく、結局、変化は無かった。

 

『おはよう』

 

 ……曖昧な意識が、何かを捉えた。空気の振動。それは、この己に何かを働きかけようとする行いであると気付いた。

そして、己に空気の振動を捉える感覚器官……聴覚を得たことを知る。相変わらず、こちらからの意思の発露は出来ない。ただ、聴覚に身を任せる。

 

『個体NO.09。聞こえるようだな』

 

 何かを伝えようとしているようだが……それ以上に、不可解なことがあった。それまで暗闇の中、常に傍らにあった、己と同質の気配が……感じられなくなっていたのだ。

 

――……。どこだ。

 

 意思の発露。おそらくは、それが初めてだった。

 

――己の『きょうだい』たちを、どこへやった!!

 

『!? おい、やめろ落ち着け!』

『ど、ドクター、まずいですよ! この数値……!』

『げっ……! おい、『ゆりかご』が崩壊するぞ! 電源カット!』

『してます! してますって!』

『あぁもう……! あんまりやりたくはない手だが、再封印だ! 急げ!』

『はぃい!!』

 

 ……ぷつん、と呆気なく、己の意識は途絶えた。

 

「…………」

『目が覚める』とは、このような感覚なのか。

 世界を歓喜が満たす中、己……いや、『おれ』は目が覚めた。

「……おれ、は」

 周囲を見渡す。するとそこには、己と同質の存在が二つ、同じように目を覚ましていた。

 

「ぷはー! やっとしゃべれるぞ! ずっとしゃべれなかったんだ!」

「……見える」

 

 初めて『聴く』2人の意思は、一方でやかましく、もう一方は静か過ぎる。

 

 俺たちが目を覚ました部屋に、慌てた様子で2人の人間が駆け込んできて――

 

 

 

「……あっ、これ走馬灯だ」

 身体がミシミシと軋む感覚で、俺は現実に帰ってきた。

(いってぇ……!)

 顔にも声にも出さないが……めちゃくちゃ痛い。

 

「ふんっ……相変わらず、すごい耐久力だね」

 

 目の前で……可憐な少女が鼻を鳴らす。

「まぁな」(根性で耐えてるだけだっつーの!)

 ちらりと自分のコンディションを確認してみれば、手甲が割れているわプロテクターがひび割れているわ、本当になんという馬鹿力だ。

 親父殿(ジェイル)のくれた防具が無ければ、いまの一撃で決していた。やはり、地力の差が大きい。一年ほど先に覚醒し経験を積んでいたヴィヴィオと、つい最近目が覚めたばかりの俺。

 

 しかも目が覚めてすぐは、社会に出られず一般常識をこれでもかと詰め込まれていて、戦闘訓練など殆どしていない。

 

 この俺、九音と、五香、七緒のきょうだいの中で、直接的な戦闘に特化しているのは俺だが……同時に、三人の中で最も弱いのが俺だった。

 

 言葉一つで願望を実現する五香に、たとえば『眠れ』と言われれば灼熱の火炎の中だろうと極寒の吹雪の中だろうと安眠してしまう。

 

 七緒は……うん、まぁ無理。あれに勝てる存在が、果たしてこの世どころか、三千世界を見渡してどれだけ居るか。

 

 とにかく、俺は弱いのだ。幸いにもヴィヴィオは俺と同タイプ……直接戦闘特化の能力であるが故に、『殴り合い』が成立するのだが……

 

――ガゴンッ!

 

 牽制のような軽い突きを手甲で逸らす。それだけで、ずず、と足が後退する。ヴィヴィオは攻撃の一つ一つに、いちいち術式を乗せたりはしない。素の魔力を『ほんのちょっと』籠めるだけで、あらゆるものを粉砕する鉄槌と化すのだ。

(仕方無い)

 ちょっとばかり、ズルをしよう。

「ほぉら! どうするの!?」

 

――ズドォンンッ!!!

 

『魔力を纏った拳で叩いて押し出した空気の塊』が、必殺の威力を伴って迫る。

 

――ザンッ!!

 

 その攻撃を……一刀両断で、切り捨てる。

「やっと本気になった?」

「初めから、本気だ」

 俺は……手甲から出現させた直剣を構える。手甲ではあるが、その役目は鞘であり、剣の柄でもあるのだ。

 

 

――次にヴィヴィオは、こちらの本気度を試すように、『斬れる』性質の攻撃を乱発してくる。

 

――確実に。

 

「ほぉらっ!!」

 

――ドンドンドンドンッ!!!!

 

 連射される空気砲。切り払う。切り捨てる。

 

――次にヴィヴィオは、最後の一発に紛れて突進。恐ろしい事に俺の顔面を拳で割りに来る。

 

――確実に。

 

「はぁあああっ!!」

「!!」

 

――バチィイイイッ!!!

 

 手甲表面に、粒子の膜を形成し攻撃をいなし、その勢いのまま、胴体へ掌底をカウンターする。

「げふっ!」

 ……どうにか徹ったようだ。

 

時空粒子(タキオン)』。

 

俺の能力を、親父殿はそう名付けた。親父殿でさえ論理や理屈はよく分からないとのことだが……まぁ、ヴィヴィオが持つ『聖王の鎧』と同じく、俺の肉体に備わった機能だ。

 

 その効果の一つは未来予知。

 

 とは言っても、未来の全てを見通せるわけではない。集中して集中して、どうにかコンマ数秒先のことが分かるくらいだ。俺の近接戦闘に特化した性質とは相性が良く、通常攻撃が即死攻撃みたいな恐ろしいヴィヴィオを相手にも、どうにかなっている。

 

 ……しかし我ながら燃費が悪い。動力炉からのエネルギーを、身体を通して『時空粒子』に変換しているのだが、変換効率が悪すぎる。うまくやりくりをして、たまーに発動して、致死攻撃を避け続け、その合間にカウンターで削る……というのが、俺の基本戦術、「ぐぅっ……」だった……はず、なんだけどな……

 

「ふー……まったく、手間取らせてくれちゃってさぁ」

 ぷらぷら、と手を振るヴィヴィオ。

「防いだ、筈だが」

「うん、防いだよね。だから、防いだ上から、攻撃を徹したのよ」

 ……ゴリ押しにも程があるだろう。

「予知できるっていうなら……予知しても無駄な攻撃をすればいい。それだけよ」

 

――ゴシャッ!! ドスッ!! ベゴンッ!!

 

 かわす、防ぐ、退く……! 一撃でも喰らえば終わりだ……!  まったく……!

「なんつーゴリラ★パワーだ!!」

「だっ、っ、」

 あっ、やべっ、つい口に。

 

「だ・れ・が……ゴリラですってぇえええええ~~~!!!?!??」

 

 うわぁやっちまった!!

 

――ギャリギャリギャリッ!!!

 

 ヴィヴィオの黄金の鎧の前腕収納部分から、鎖……というか、船を係留するようなゴツい錨が出現した!

「アンカークロー!!」

 

――バシュウウウッ!!

 

 猛烈な勢いで射出されたチェーンは、不規則に乱れた軌道で俺の身体を狙っている!

 

『ほら九音! これが戦隊の歴史に名を残すガオレンジャーの名作玩具で、』

 あぁ……フェイト姉さんのきもちわるい早口語りが走馬灯だなんて……! いくらアンカ―チェーンが武器のロボットだからって、

「こんな時にガオゴリラなんて思い出してる場合じゃ、」「まぁた言ったなぁああああああああ!!?!?」「しまったぁまた口に!」

 くそっ、こうなったらチェーンごと斬ってやる!

 

――ジャリィッ!

 

 よし、斬れる硬度、

 

――バリバリバリバリィッ!!

 

「ぎゃあー! でも電気通ってるんかーい!!」

「捕まえたぞバカ九音!!」

 これで腕と腕が鎖で繋がっている状況だ。

「デリカシーって言葉の意味を、吾妻家伝統の、この拳で教育してやる――!!」

 これはカウンターを合わせるしかない。

 えぇい、出来れば顔は殴りたくは無かったが、これは試合! 不可抗力だ!

 

――ズドォンッ!!!

 

 事前に覚悟していたとはいえ……「お、重いぃっ!」「何ですってぇ!?」「違うそうじゃない! 体重の乗った攻撃という意味で、」「た、た、た……体重ぅ~~!!!??」

 

 ……俺の口は俺を苦境に陥れたい誰かによって操作されているのだろうか?

 

 ぶぉんっ!! と、俺の視界が揺れた。ヴィヴィオは、ハンマー投げのように俺を空中で振り回し始めたのだ! 素直に投げてくれるような優しさは、期待できない。

「潰れろぉっ!!」

 空中でベクトル変更、横回転から、急激な落下運動へ……!

 

――ドッゴォオオオオオンッ!!!

 

「ぐわぁあああああ……!!!」

「あーっはっはっは!! おかわりだぁ! 潰れろぉ!!!」

 

――ドッゴォオオオオオンッ!!!

 

「ぐぇえええええっ!!」

 

――ドッゴォオオオオオンッ!!!

 

「ぎゃああああああああ!!」

 くっそぉ! 濡れタオル振るみたいな感覚で人体を振り回しやがって……!

 ただの物理攻撃ではない。破壊力を増幅して叩きつけられている。ただ、これでも……

 

――冥府の鬼よりはマシだというのだから、笑えない。

 

「ぜぇ、はぁ……!」

 死ぬ……! マジで死ぬ……! こいつ、こんなに強かったか!?

「今日に備えて、めちゃくちゃ鍛え込んだに決まってるでしょうが!!」

「えっ俺の為に?」

「ち」

 ヴィヴィオの顔が、かぁっと赤くなる。

「違うに決まってるでしょう!!」

 

――ボグゥッ!!

 

「ぐはぁ……」

 お返しとばかりに一撃を入れたが、どう考えても割に合っていない。攻撃力も、防御力も、耐久力も……恐らく、ヴィヴィオの方が、やや優る。

「これが年の功……!」

 

「つぶす」

 

 何でだ!? 意味は合っている筈だぞ!?

「はぁあああああ……!!」

 ヴィヴィオは、両手の甲を展開させた。内部より……右手にはエメラルド色、左手にはルビー色のエネルギー結晶が露出する!

 

――ごぅん、ごぅん、ごぅん……!!

 

「おい何だよそれ!?」

「女の子に、ゴリラだの、重いだの、トシだの……!!」

 うわ聞いちゃいねぇ。

「女の子に暴言を吐いた罰として、死なない程度に、空間ごと捻り潰してやる……!」

「女の子は空間を捻り潰したりはしないっ!!」

「私が女の子じゃないって言いたいの!? もうアッタマきた!!」

 ヤバいヤバいヤバい!全く話が通じていないしマジで殺る気だ!

 

――ガチィイイイインッ!!!

 

 両手の宝玉を、打ち合わせた!

 

――グゴォオオオオオオオオオオオオッ!!!

 

 放出された空間湾曲攻撃の波動が、迫る……! なんて攻撃だよ……!

「こうなったら……こっちも奥の手だ!!」

攻撃を受けながら蓄積していた『時空粒子』を、最大開放!

 

「赤駆残影!!」

 

 迫りくる金色の波動を、やりすごす!

「えっ!?」

 向こうで、ヴィヴィオが驚いている気配が伝わってくる。そうだろう。何せ、見せるのは初めてだからな。俺にだって、奥の手くらいある。

 

――バシュウウウッ……!!

 

 俺の全身は、赤いオーラに覆われていた。

 

――赤駆残影。

 

高濃度の『時空粒子』を開放することで、自らの存在を、亜空間へ瞬間的に跳躍させる技だ。亜空間に跳ぶことで、空間攻撃を素通りし……

「はぁあっ!!」

 

――ガキィンッ!!

 

 攻撃の瞬間、もとの空間へ跳び戻る!!

「ぐっ!!」

 ヴィヴィオのヨロイ……『レガリア』の肩アーマーの一部を削り取る。

「硬度、速度じゃない! これは……『イレイザー』!」

「時空間攻撃は、お前だけの専売特許ではない!」

この『赤駆残影』の状態において、俺の身体は空間を跳躍する能力を得ている。触れた瞬間、触れた箇所が亜空間へ追放される。つまり、

「俺の刃は、神をも両断する!」

 

――バチンッ!! バチンッ!!

 

 ヴィヴィオが指を鳴らし、小規模な時空間攻撃を連射する。ビー玉サイズの空間湾曲だ。触れた箇所を、スイカをスプーンで抉るように消滅させる……いや、ほんっと悪役じみた能力だな!

「『赤駆残影』!!」

 

――ヴィイイイインッ……!!

 

 だが、すべて無効だ! 俺を巻きつけていた腕のチェーンも既に無い。好機だ!

「おぉおおおお!!」

 

――ジャリィイイイッ!!

 

 肩腕の宝玉を抉り取る。これで、両腕の宝珠を使った大規模攻撃はできまい。

(バレる前に、決着させてもらうぞ!)

 そう……『赤駆残影』は我ながら反則的な性能だが、それに比例する高いリスクを孕んでいる。

 

粒子の残量がゼロになると、戦闘不能になるという特大のリスクだ。

 

(そうなる前に、ヴィヴィオの戦闘力を削ぎ取る!)

 先ほどからヴィヴィオは、小規模な牽制を繰り返すのみ。

「そんなに消極的では、俺には勝てんぞ!」

 手甲から発射される光弾を切り捨てる……これ一発一発が必殺級だというのだから、強がるにも限度があるというものだがな! フツーに死ぬわ!

 

「いや、もうわかったから」

 

 ……なに?

「えい」

 赤駆残影で跳躍し、帰還した直後。

 

――ガシュッ

 

「ぐわぁっ!!?」

 ヴィヴィオの足刀が、俺の首を掠めた!

「な、なぜ……!?」

 

「転移先座標の法則と跳躍のタイミングは、だいたいわかった」

「わかるものなのか!?」

「というか慣れたわ」

「強がりをっ!!」

 ブレードを振るう。が。

 

――がしんっ。

 

「だから、慣れたんだってば」

 ……ヴィヴィオの手甲が、易々と俺のブレードを受け止めた。先ほどまで、削り取れていたのに。というか、どうやってイレイザーを受け止めている!?

 

「イレイザーで消し飛ばされる瞬間、跳ばされるであろう先の座標の情報で攻撃を『裏打ち』しているの」

 

 まるで意味が分からない。

「レガリアの計算能力の助けあってこそのやり方だけどね。それに、イレイザー使いの『友達』がいるから、初見じゃないっていうのも良かったわ」

 持つべきは友達ね。と、明らかに友達の意味を間違えていることを言っている。というかさっきから口調が母親にソックリになってきているぞ。これはマズい。あの母にしてこの娘だ。カッとなりやすいが、一度冷静に戻ると驚くほど適格に敵を破壊しに来る。

 

 くそっ……ならば!

(『赤駆残影』、出力増強モード!!)

「え、」

 

――ドゴォッ!!!

 

「が、ぅっ……!!」

 ……ヨロイを貫通する衝撃に、ヴィヴィオが呻く。

「悪く思うなよ」

 残存する粒子も、底が見えてきた。決着は急がなくてはならない。俺は俺の仕事を全うするだけだ。

「本当は、優しく倒してやるつもりだった」

 

 空間跳躍のため体表に纏わせていた粒子を、武装に集中させている。単純な強化ではない。

 

 攻撃座標を『重複』させ、破壊力を倍増させているのだ。俺が把握できる亜空間の数だけ倍増できる。が、先ほどまでの戦いで粒子を使い過ぎたせいで、いま重複させられる座標はせいぜい三つ。だが……

 

 俺が僅かに劣るとはいえ、ほぼ互角だった攻撃力は、単純に三倍になる! ……時間制限付きだがな!

 

 ヴィヴィオから感じる魔力量が、増加に転じる。ヴィヴィオもまた、レガリアの枷を外したのかもしれない。だが、その増加は緩やかだ。

「さぁ、続けるわよ!!」

「さぁ、続けるぞ!」

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「皆さーん! 盛り上がってますかー!!?」

 

 

――ウォオオオオオオオオオオオオオオ――――ー!!!

 

 

『実行委員会』という腕章を付けたアリシアの呼びかけに、六課のノリの良い連中が野太い声で返す。

「さぁさぁ、どうなってしまうのかクラス交流戦! ヴィヴィオ代表率いるF組の電光石火の面制圧! 避ける逃げるは雷帝率いるA組! そして始まる頂上決戦! これはもう目が離せない!!」

 

 アリシアは、現世をエンジョイしていた。

 

「本日は特別ゲストをお呼びしています!」

 元ナンバーズ08あらため葉月、元ナンバーズ12あらため結月の抱えるカメラがぐるっと回り、長テーブル前に腰掛ける人物たちにピントが合う。

 

「なんと! 我らが機動六課、永遠の戦闘隊長にして地獄の鬼教官! 高町あらため吾妻なのはさんがやって来てくれましたー!」

 

――うわぁあああああああああああああ――――――!!?

 

「み、水責めは、コンクリシューズだけはー!!!」「ここから出して……! 暗いよー……狭いよー……!」「せめて麻酔をしてくださぁああああい!!?」

 

 ……若干名、トラウマを掘り起こされて悲鳴を上げていたが、盛り上がりは上々のようだった。というかどういう訓練だ。

「気を付け」

 なのはの呼びかけに、六課の面々はビシィッ!と直立不動の姿勢を取る。

「休んでよし」

 肩幅に足を開き、手を後ろに回す。下手な軍隊よりも統制の取れた動き。なのはの恐怖は健在のようだ。

「今日は、ヴィヴィオの出来栄えの確認に来ました。お前たちが、我が娘にどういう指導を施しているのか、とくと確認させてもらいます」

 ……六課の面々は、震えあがった。もし、不出来なら……と。

「そしてこちらは地球出身のニューフェイス! 昨日の晩の壮行会に居た人は知ってるよね!? なのは教官の内弟子! 小さなサムライ、高町彌茅さん! 弟子候補、アルビノ美人のリンネ・ベルリネッタさん!」

 ぐるぐるとカメラが回る。そして……

 

「さぁ、いま話題の脱走者が一カ月ぶりに帰って来たぞ! 看守……じゃなくって寮母さんを撃破した新進気鋭の反逆者! フーカ・レヴェントンだー!」

 

「こぉらぁあああああ!! フーカぁあああああああ!!」

「スバルはうっさいんじゃ!」

 ……フーカは気まずそうに髪を弄っている。

 スバルはどうやら、指導担当だったようだ。

「聖王教会からはこの人! 元ヤンシスター、シャンテ・アピニオン! フーカと一戦交えてきたところだー! ちなみに負けたぞ!」

 

――わはははは!

 

「笑うなー! 負けてないし! 引き分けだし!」

「……へぇ、まだそんなことを言えるなんて、よゆうがあるんですね」

 リンネの真っ赤な瞳が、シャンテを捉えている。

「やっぱり……もっと……ちゃんと……こう……ぐにゃっ、と」

 ジットリとシャンテを見据えながら、脳内で恐ろしいシミュレーションが為されているようだ。

「……ヒィ」

 慄くシャンテ。悲しいまでに腰が引けている。

 

 

「そしてトリを飾るのはこの人! ……機動六課を苦しめに苦しめた最強最悪のナンバーズにして救世主! まさかあのなのは教官を娶る漢の中の漢……

 

――吾妻秀人ォ――――――ー!!」

 

――――ありがとぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 

……何に対してのありがとうなのか。なのはを六課から遠ざけたことか。

「再教育が必要かしら……?」

 ちなみに、四葉は機動六課との接触に制限が掛かっているため、自宅にて慈樹、レイジングハート、アイとともにリモート観戦をしている。

 

「では、なのは教官から見て、試合の展開はどうでしょう?」

「好調な滑り出し。初手で面制圧を仕掛け、戦力を削ぎ、士気をくじく。攻撃側の居場所がバレるけど、冥ちゃんだったらそのデメリットも無いに等しい。効率的な攻撃ね」

 なかなかの高評価。して、A組の対応は。

「悪くは無い……というか、それしか選択肢は無いなりに、よく持ちこたえている。九音の助言もあるでしょうが、あのクラスの士気の根幹を支えているのは、あの雷帝ね。外部戦力の九音と……えぇっと、あの弱っちいガキ」「アインハルトさんです!」「そうそう、あのガキ。打撃力はまずまず。九音の手習いが身に付いているようね」

 妙にアインハルトへの当たりが厳しい。

「霧の魔法。あれは結構、対処が難しいのよ。てっきり九音がどうにかするのかと思っていたから、雷帝が対処できちゃったのは正直、意外だったわ。分家とはいえ伊達じゃないわね」

 意外な高評価……!

「フェイトをパワー寄りにしたらあんな感じになるんじゃないかしら? ……レヴィあたりを呼んで稽古つけさせたら、化けるかもしれないわね……そうね……はやての身体がひと段落したら、三人娘を学院に呼んで全体的な底上げを……」

 

「はーい神様が自分の世界に入っちゃったので、秀人さんにパース!」

 

「あぁ、それじゃあ、ヴィヴィオと九音の戦いに関して……で、いいか?」

「お願いします!」

「まぁ、見て分かる通りだ。ヴィヴィオはデバイスを活用して、わざと九音と拮抗できる程度の出力に抑えている。九音は九音で、ヴィヴィオを可能な限り怪我させずに倒そうとしている。互いに手加減をしている形だな」

 

――……手加減してアレかぁ。

 

 呆れるやら感心するやら。やはり単一個体として見た場合、あの二人は突出しているのだ。

「ただ、手抜きはしていない。互いの出せるものを出し合って、真正面からぶつかっている。……いい『試合』だ」

 褒めている。褒めてはいるのだが……どこか、含みがある言い方だった。

「言えることは……これは、喧嘩でも決闘でもない、ってことくらいかな」

 六課の面々も、どこか気づいているような雰囲気を出しつつスクリーンに目を戻す。

 

「おぉっと、本隊の方では動きがあったようですよー!?」

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「えーい」

 

――ズガゴッシャン!!

 

……声と威力が釣り合っていない。

 小柄な和装の少女から繰り出されるのは、単純な打撃だ。その手に握られた……しかし、グリップできているとも思えないほどの大ぶりな金棒が、大地を砕いていく。

 

――メキメキグッシャン!!

 

 魔法もへったくれもない。ただ重く固いだけの、金属バットを全長2メートル、最大直系30センチにまで単純に巨大化させたような、シンプルなシルエットの鈍器である。

 その重量、実に1トン。それだけの重量を、金棒サイズに凝縮された金棒。

 

「はぁっ、はぁっ……! 何だよ……何なんだよ、こいつ……!!」

 アインハルト少年は、なんだかんだで、自分は非常識な存在には慣れきっていると思っていた。聖王ヴィヴィオに殺されかけ、九音に叩き上げられ、そのきょうだい達とも知己となり……

 

 しかし、目の前の少女の姿をしたモノは、一体何なのだ?

 

 違う。常識とか、非常識というモノではない。ただ単純に、『違う』のだ。そこにいるだけで、その空間が異様な法則に書き換えられているような、そんな強烈な違和感。

 

「覇王もどき」

 

 鈴を転がすような、綺麗な声色でアインハルトを呼ぶ。

「おまえからは、冥が大嫌いな匂いがする」

「う、」

 いつの間に懐に入られた。胸部に当てられたひんやりとした手が……

 

――ドズゥッ!!

 

 猛烈な掌打となり、アインハルトの肺を圧迫する。

「アインハルトさん!!」

 横合いから、ヴィクトーリアが槍で突く。しかし……

 

――ずんっ

 

 ……冥は、避けない。ただ、皮膚で受ける。

「……!」

 一瞬……ヴィクトーリアの優れた目が見たものは、槍の穂先が接触した箇所、その僅か数ミリの範囲に黒い黒子のようなものが浮かび、ありえない硬度となったものだった。

「ならばっ!!」

 

――バリバリバリッ!!

 

 雷撃を放つ。一流魔導師にも匹敵する魔力量から放たれる雷撃。

「……」

 冥は一瞬、動きを止めた。その隙に、アインハルトの後ろ襟を掴んで間合いを取る。

 

――ドンッ。

 

 ヴィクトーリアはアインハルトの背を拳で叩き、無理やり肺を再稼働させる。

「ぶはぁっ。……他の状況は……!?」

「……九音さん、健在。ですが……」

 

 周囲。A組の面々は、F組の怪物たちを相手に、既に潰走の気配を見せていた。

 張り巡らせた結界はドリルのような腕に変化した少女に粉砕され、攻撃の槍衾は虚空へと呑み込まれる。ならばと遠距離を試みれば、巨大な鉄球が投擲されてくる。白兵など……挑めようものだろうか。

 

「嫌ぁあああああ……! もうやだぁああ……!」

「あっ……待って! 待ってよ! 怖くしないから! 優しくするから! 今度こそ優しくしてあげるから!」

 食虫植物のような腕で逃げる足を絡め捕る。

「くそぉ! 当たれ! 通れよ!」

「当たってるよぉ、通ってるよぉ。効かないだけだよぉ」

 攻撃魔法を素通りし、身体をスライム状に変異させ丸呑みされる。

「やめて! 殺さないで! その子を殺さないで!!」

「??? だって、これはエサでしょう? お腹を空かせた可哀そうなあたしにエサをくれたんでしょう? いただきまーす」

 召喚魔法で行使した牡鹿の使い魔を、口から下半身まで開いた異形の口で丸かじりする。

 

 F組の戦力は、始めにヴィクトーリアが倒した霧の魔女以外、ロクに減ってさえいない。

 

「冥はおまえが嫌いだ」

 

 冥は、先ほどと同じことを言う。嫌い、というだけでアインハルトを認識してはいるが、その隣のヴィクトーリアのことは視界に入ってすらいないのだろう。

 

「おまえからは、『異形狩り』と同じ匂いがする」

「異形……? 何のことだ……!?」

「だから潰す」

 これは、会話ではないのだ。

 

 冥は、他の面々のような異形の力を見せてはいない。単純な膂力だけだ。しかし……それだけで、ほかすべてを凌駕している。

「あああああっ!!」

 ヴィクトーリアの槍。先端に魔力が集中し、突破力が底上げされている。

 

――ぱきんっ

 

 ……穂先が欠けた。冥の皮膚には届いてすらいない。例の黒い鉱物が、攻撃を阻んでいる。

 やはり、無理なのか。そもそものスペック差は、工夫では覆せないのか。

(オレは……ぼく(・・)は……ヴィヴィオ級には、どう足掻いても……)

 アインハルトの心は、目の前の絶望に折れる寸前だった。

 

「まだ……! まだ、終わっていませんわ……!!」

 

 しかし……自分以上にボロボロの姿で、尚も立つ雷帝。

「みぐるしいぞ、負け犬」

 冥は、何の感情も籠っていない口ぶりで、雷帝を酷評する。

「じゃまだ。ひっこんでいればみのがしてやる」

 冥の照準はアインハルト。言った通りにしていれば、助かるのだろう。だが……

「見苦しくて、結構ですわよ!!」

 

――ドゴンッ!!

 

 戦斧の打ち下し。冥の頭部へ直撃……は、しない。

「どーせ、負け犬ですわよ! えぇ、入学早々にヴィヴィオさんにボッコボコにされてバッジ取られて醜態晒して、実家からは勘当寸前ですわよ! このまま行ったらわたくしは、変な口調の元お嬢様ですわよー!!」

 ……あまりにも運命が狂いすぎていた。

「順風満帆な人生なんて、もう望めないんですわよー!!」

「しるか」

 

――ばぎっ

 

 蚊でも払うような動作で、ヴィクトーリアの甲冑にヒビを入れる。ヴィクトーリアはカウンターに刺突を入れるが、それも防がれる。

 そう、あの黒い鉱物のようなものが、攻撃をオートで遮断してしまうのだ。

 

(…………おかしくはないか?)

 

 アインハルトの停止しかけた思考に、亀裂が入る。

(なぜ防ぐ? スペック差でノーダメージなら、防ぐ必要も無いだろう。だとすれば……当たったら不味い(・・・・・・・・)理由が、)

 

「つぶしちゃうよ」

 

 冥が……手に、魔力のようなエネルギーを溜める。放出は一瞬。避けるか……否。

「雷帝!」

 アインハルトの一括に、ヴィクトーリアがはっと気付く。

 

「――受けろ!!」

 

 なんという無茶振りか。しかし……

「えぇ、分かりましたわ!!」

 

 戦斧を両手に持ち、耐える構え。そこへ、アインハルトが加勢する。

 

――ドシィンッ!!!

 

 恐らくは、かなり手加減をした一撃。殺さない程度に……しかし、戦闘不能にはなるように、と。

「ぐぬぬぬぬ……!」

「うぉおおお……!」

 それに、二人がかりで死ぬ気で踏ん張って、どうにか拮抗する。

 

――バゴンッ!

 

 アインハルトの足元が爆ぜる。冥の攻撃ではなく、アインハルト自身が、断空拳の応用で力を逃がしているのだ。咄嗟の応用であったが、苦し紛れにはなった。

「後ろに跳べぇっ……!!」

「はぃいっ……!」

 どうにかこうにか……冥の範囲攻撃から逃れた。

 

「埒が開きませんわ……というかそろそろ死にそうですわ……」

「安心しろ……オレもだ……」

 ……二人は、すでに泥だらけでボロボロだった。負ける前から敗残兵の気分である。

 

「……一矢、だ」

「はい……?」

 アインハルトが、ぼそりと言う。

「まずは、一矢を報いる。状況の変わる変わらないは別として、やられっ放し遊ばれっ放しは癪に障る!」

「……えぇ、その通りですわ!」

 このまま、戦いにもならない戦いを続けて敗北するよりは、せめてダメージを与えてから敗北の方がまだ良い。

 アインハルトの脳裏に、ある仮説が浮かんでいた。

 

――冥は、雷に弱いのではないか?

 

 と。存在を意にも介していない、という扱いのヴィクトーリアだが、冥は……アインハルトには素手で接触しているというのに、ヴィクトーリアの攻撃には、必ずと言って良いほど、あの黒い鉱石……おそらくは、絶縁体を間に挟んで受けている。

 だからといって、雷イコール撃破には繋がらないだろうが……

 

「もういいよね」

 

 アインハルトが何らかの説明をしようとした際、冥の独り言が割り込む。

 そう、独り言だ。冥はアインハルトのことを認識してはいるが、見てはいないし、聞いてもいないのだから。

 

「おにび」

 

 ぞわ……と、周囲の空気が変わる。感覚的なもの……ではない。実際に、周囲の気温が明らかに下がり始めているのだ。

 冥が掲げる小さな掌。そこに、蛍のような火が灯る。

 周囲の気温が下がるのと反比例し、蛍火は加速度的に、爆発的にエネルギーを増していく。

「ま、魔力攻撃ですの……!? でもでも、魔法陣も出ていませんし、そもそも魔力の気配が無い……!?」

「……深く考えない方がいい。ああいうのは、そういうものだと思うしかないんだ……」

「いきなり諦めムード!?」

 アインハルトは……九音を通じて、超常の存在について深く考えることが無駄であると悟り始めていた。

「だが、好機だ。見ろ」

 今にも補食されようとしていたA組だったが、冥の攻撃の予兆は、F組の妖怪変化たちをも遠ざけていた。その威力が伺えようというものだ。

「で、アレは結局なんなんですの……? アハハ……」

「……突拍子もなく考えるとすれば、極小の人工太陽だと想定するのが一番近いのではないだろうか」

 ンなアホな……と思うところだが、それっぽい技能は存在する。秀人の『結合』だ。存在するのであれば、似たようなことを行える者が居ても、おかしくは無い。存在することそのものがおかしいのだが。

「……どう防ぎますの?」

「…………」

「……アインハルトさん?」

「……小細工が無理なら、正面突破しか無いだろう」

「嘘でしょう」

「ふふ……短いが、実りある人生だったなぁ……最後に、生き別れた姉さんに会えなかったのが心残りだけど……ふふ、いい人生だった…………」

「ちょっとぉおおおおお!!!?」

「えぇい、お前も覚悟を決めろ! どうせ負けるんだ! 最後くらい華々しく散れ!」

「嘘でしょぉおおおおおおお!?」

「まずお前が雷を纏った突破力のある槍の技で突っ込む! オレが続く! ハイ以上!」

「嫌ですわぁああああ!!」

「やかましいシャキっとしろ! 槍技が成立しなかったらお前を盾にしてオレは逃げるからな! やっぱりこんなトコで死ねるか!」

「いやぁあああ!! 見捨てないで下さいませぇえええ!!」

 ヴィクトーリアは半泣きで槍を構える。この状況においても、崩れることなく構えを保てていることは幸いだった。

「オレが後ろから槍を押す。そうすれば突破力は12倍だ!」

「12倍!?」

「体重が乗って2倍、速度が出て2倍、槍に回転を加えて2倍、ついでに断空拳で押し出せば更に2倍、断空拳の威力を槍のリーチで出せば更に更に2倍! そして雷帝と覇王が協力して更に更に更に2倍! 合計12倍のパワーだ!」

「な……なんだかイケる気がしてきましたわ!」

 往年の少年ジャンプっぽい加算も乗算もよく分かっていなさそうな頭の悪い説得に、どうにかヴィクトーリアがやる気を取り戻す!

 冥が鬼火と称した謎の火球は、まだ精製の途中だ。

「もはや一刻の猶予も無い! いいか、1、2の、3! で押し出すからな!」

「はい! 1、2の、3! ですわね!」

「あぁ!」

冥にも聞こえていそうだが……

「行くぞ雷帝! 覚悟はいいか!」

「い、いつでもどうぞ……!!」

 

「1!」

 

 バリバリと帯電するヴィクトーリアの槍の石突に、アインハルトの拳が接触する。2でタメを作り、3で射出され……

 

 

「2ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

「打ち合わせと違うじゃないですかァあああああ~~~!!?!?」

 

 

 別の少年誌のような断末魔だった。

「…………!?」

「あああああああああ!!?!??」

 これに意外にも驚きを見せていたのは、冥だった。想定外の速度とタイミングで突っ込んでくる槍を、精製に使用していなかった片腕で受ける。

「なめたまねを」

 対した脅威ではないにしても……わざわざガードを固めてくるあたり、無策で受けるような阿呆では無いのだ。

 

 冥は、自由奔放のようでいて、相当に用心深く警戒心が強い。『防げる』という確証がある攻撃は確実に防ぐ。己の身体能力を絶対の信頼として、未知の攻撃も防ぐ。巨大な鈍器で注意を引き、戦術を悟らせない。

大局が俯瞰できる冷静な思考を持ち、行動には幾重にも保険を掛けておく……典型的な組織のNo.2。考えているようで割とノリとライブ感で行動しているフシのあるヴィヴィオの対極。アインハルトはそう見抜いていた。故に。

 

「受けてくれると、信じていたぞ!!」

 アインハルトは、賭けに勝った気分だった。避けられる、もしくは即座に迎撃されていれば、通じなかったに違いない。

 今……アインハルト、雷帝、冥は、槍を介して一直線に接触している。

 

――『断空』は、打撃に在らず。

 

 アインハルトは、九音との修練を通じ、その本質を掴みつつあった。一見、大地と自身を接続し、強固となった肉体で繰り出す打撃こそが、断空の本質なのだと考える伝承者も多かった。アインハルトと、その姉に断空を伝承した叔父筋の師範もそうだった。海を割り、山を崩し、空をも断つ、と。

 

 だが……断空の修練は、大地と己との接続。つまり、『力の流れ』を意識することに終始していた。つまり、打撃の威力は、本質の副産物。先ほど、冥の攻撃の威力を大地へ逃がしたことで、確信が持てた。

 

――断空とは。あらゆる力の流れ(ベクトル)を、自在に操作する技である。

 

 海の流れを換えれば海を割り、山の脈動を換えれば山を崩す。強大極まる敵の力を、そのまま……否、他の力を併せ、逆流させることもできるのだろう。

 

極めれば、それこそ、『空を断つ』ことも可能になる……無限の可能性を秘めた技。

 

(正直、的外れかもしれない。姉さんは……アインハルト(・・・・・・)姉さんは、別の技を掴んだのかもしれない。オレの考えは、間違っているのかもしれない。でも)

 

――瞬間。アインハルトの視界に入る景色から、色彩が消える。時間の流れが、緩やかに感じる。空気が、水のように重く感じる。

 

(これが……今のオレに……ぼく(・・)に出せる……!!)

 

――水のように重い空気の流れ。踏みしめる大地から伝わる惑星の鼓動。そう。世界は常に、流れ動いているのだ。

 

――だから、簡単だ。簡単な筈だ。その流れを……否。流れ(ベクトル)と同化する。そうすれば……!!

 

「――全力、全開!!」

「……!!!」

 冥は、掌の小型太陽を起爆させる。至近弾。自爆覚悟か? ……いや、己の頑健さを担保にした、この場における最適解だ。

 

――しかし、アインハルトは、その最適解をも取り込んだ。

 

 小型太陽のエネルギーが、起爆し、炸裂する直前。おかしな方向、ありえない角度に、ねじ曲がっていく!

「これは、……!」

 冥は、気付く。己に接触した雷を帯びた槍の穂先。その先のアインハルトから……何らかの術理が作用していると。しかし、既に遅かった。

 

「――断空拳……『遠当て』!」

 

 

――――ズドォオオオンッ!!!

 

 

 小型太陽の炸裂。雷撃。断空拳の余波が、その場にいた全てに、爆風としてもたらされた。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

――ずしゃっ。

 

(……っぐぅ、もう、打ち止めだ……!!)

 九音が膝を突く。あれから何合、撃ち合ったことだろう。とにかく、ヴィヴィオの魔力と体力を削って削って、泥仕合寸前の持久戦に持ち込み、ボッコボッコと殴られ蹴られ……しかし、その八割くらいはやり返し……

 

「……その『レガリア』、リミッターの解除はお前個人の判断では行えないんだな?」

「……そうだよ。だって、リミッターってそういうものでしょう。レガリアが判断するところの、私への脅威度判定で、解除段階が……って、時間稼ぎだよね、それ」

 ヴィヴィオもまた、満身創痍。可憐に結い上げられていた黄金の髪は解けて乱れ、豪奢な鎧は罅割れ、欠け、凹み、見る影も無い。

 

――しゅうううううっ……

 

「あっ、やべっ!」

 ヴィヴィオの髪が、黄金から、栗色の地毛へ……

「!!! ――――今!!」

 とうとう、聖王モードの維持も怪しくなってきたようだ。

「なんてね!!」

 が、それはヴィヴィオのフェイント。片腕で、デバイスの助けを借りずに生身での魔法行使。

 

――ドパァンッ!!!

 

 インパクト。イレイザーとの区別もつかない程の破壊力を持った攻撃が、九音に迫る。

「知っているさ!」

九音は、最後の最後……本当に最後の隠し玉……『赤駆残影』一回分……どころも無い。

 

――1秒間の加速を行った。

 

「おおおっ!!」

「……」

 狙うは延髄。いかにヴィヴィオと言えど、首は弱点の筈。魔法攻撃の間隙を縫うように、……

「そう来ると、思ってたよ……!!」

 九音は、己の失敗を悟った。ヴィヴィオの狙いは、魔法攻撃によるカウンターではなく……!!

 

――バガァンッ!!

 

 ヴィヴィオと九音の足元が、爆ぜる。先ほどのインパクトさえも、足元を爆破するための囮。ヴィヴィオと九音の身体が、宙に飛ぶ。いや、ヴィヴィオは跳躍を予期していたが、九音は体勢を僅かに崩した。

(こんな不安定な空中で何を……! 互いに、飛行魔法なんて行使する余裕は無いだろう……!)

「……『無力な王』。聞いたことあるよね?」

 九音は、ぼんやりとした記憶を想起し……顔を強張らせた。

 

かつての歴王神話に語られる、一人の聖王。正当なる血脈の長子として生を受けるも、魔力わずかに95万。『領地』という名目の荒野へ、元服と同時に数多の棄民とともに棄てられた悲劇の王。

『領地』は敵国との緩衝地帯。死の宣告にも等しい処遇に、民たちの嘆きは、王へと向けられた。

『なぜ、我らの王はこんなにも無力なのか』と。

 敵国の蹂躙か。飢餓か。疫病か。誰もが緩慢なる死を受け入れる中、『王』は……

 

――鍛えた。

 

 文明の極致、破壊兵器が跋扈し、生体改造された魔導兵、獣人、機械化人が跋扈する中、ただ、唯一の武器である、己が五体を鍛えた。

『徹底的に追い詰められた時にのみ(・・)魔力が瞬間的かつ爆発的に増大する』という、全くもってハズレとしか言いようのない資質を切り札に、乱世を戦った。

『無力な王』だったはずの者はやがて、『(すぐ)る王』と呼ばれるようになり……結果として、その『領地』……第29管理世界はいま現代においても、独立国家として健在であるということが全てだ。

「だが……! 格闘術の多くは、完全な形での伝承が不可だったはずだぞ!」

 乱世に生まれ、乱世と共に廃れていった技術系統も多く……王宮の壁画にのみ記された伝承もあるという。

 

「――私を誰だと思っている。歴代王の血と肉と魂を継ぐ、今代聖王・吾妻ヴィヴィオだ!」

 

 ヴィヴィオは……『魂の座』という意識領域において、オリヴィエを始めとする数多の聖王との対話が可能になっている。そこから技を得たということか。

 

――ガキィッ!!

 

 ヴィヴィオの四肢が、とても空中で行うとは思えない動作で、九音の首と両腕を極める!

「ぐがぁっ……! う、動けん……!」

 筋力で抜け出すとかいう次元ではない。力技という逃げ道を許さない、これは、そういう『技術』なのだ。

「ぐ、ぬぬっ……! 暴れるなよぉ……!」

 が、ヴィヴィオもまた必死の形相だ。歴代最強のスペックを持ってはいるが、圧倒的な経験不足。技そのものは習得してはいても、習熟はしていないのだ。自爆と隣り合わせのリスクを負いながらも、果敢に技を掛けていく。

「うおりゃぁあああー!!」

 気合い一閃。ヴィヴィオの技が、空中で完成を見せた……!

「ぐわぁあああーー!!?!」

 

――グキボキベキャアッッ……!!!!

 

 九音の五体が……明らかにヤバくてマズい方向へ折れ曲がる。神経を圧迫し、靭帯を封じ……対象を、『雷に打たれた』ように硬直させる! 技の名は……!!

 

「『聖王・雷光撃』――――!!」

 

 そして……重力と共に加速し、大地に叩きつける!!

 

 

――――ドゴォオオオオオオオオンッ!!

 

 

 ………………。

「ぐはぁ………………、……。……」

 非人道的な技の直撃を受けた九音、ここに脱落す。

「ふぎゃあっ……!!」

 が、ヴィヴィオもまた、技の反動をモロに受け、大地に突っ伏す。

「い、いだい……いだいぃ……!!」

 四肢が断裂したかのような痛みに、己の限界を悟る。だが……

「は、ははは……やった……A組代表の九音(・・・・・・・)を倒したぞ……!」

 これで、心置きなく戦闘を終えられる。戦場に張り巡らされた機器類により、九音が先に戦闘不能と判断され、次に……ヴィヴィオに、『戦闘不能』の判断が、下された。

 

――そう、下されたのだ。

 

 

 

――――ビビィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!

 

 

 

 突如、戦場に鳴る大音量。ブザーのような、アラームのような。これは、『戦闘終了』の合図だ。全参加者が個別のシールドに隔離され、『修練の門』を改造した戦場から回収されようとしている。転送の前に、勝者が告げられるのだ。

 そう、高らかに告げられるのだ。『勝者F組・吾妻ヴィヴィオ』と…………

 

 

――――勝者はA組(・・・・・)! 代表ヴィクトーリア・ダールグリュン!!

 

 

――――――――は?

――――――――は?

――――――――は?

――――――――は?

――――――――は?

――――――――は?

――――――――は?

 

 

「………………………………は?」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

俺は……動かぬ体の首だけをどうにか回し、ヴィヴィオの方を見る。

「……………………は?」

 ぽかん、としている。ふむ、転送まで五分程度は掛かるようだな。今のうちに種明かしをしてやるか。死にそうだけど。めっちゃ死にそうだけど。なんだよあの技。

「『俺』は負けた。だが……『俺たち』は勝った」

「…………何でよ。おかしいじゃない。だって……先に戦闘不能になったのは、九音で…………」

「あぁ、それは間違いないぞ。何せ首から下がほとんど動かん。もう無理だ死にそうだ。あー負けた負けた。転げまわって泣いて喚いて悔しがりたいよホントに」

「なんで」

「……いつ俺が、『A組代表』などと名乗った?」

 この戦闘は……どちらかの大将を倒せば勝ちのルールだ。F組の大将は当然ヴィヴィオで……

 

「A組の大将は、俺やアインハルトの加入に関わらず、ヴィクトーリア・ダールグリュンのままだ」

 

「どうしてっ!! だってあんたは、雷帝よりも強いでしょう!? あの覇王はともかく、あんたが一番強いんだから、あんたが大将であるはずでしょう!?」

「そんなルールは無い。一番強ければ大将だなんてものは、お前の先入観だ」

 戦闘力だけで、戦争の勝敗は決まらない。

「お前の間違いは三つある」

 俺は……わざとヴィヴィオを煽るように、順序立てて説明をする。

 

「一つ。お前が下調べもせず、俺が大将だと勘違いをしてくれたこと」

 

「二つ。お前が単独で行動し、俺のところまでノコノコとやってきてくれたこと」

 

「三つ。お前が手加減をせず、俺を全力でボコってくれたこと」

 

 本当に幸運だった。このどれか一つでも無ければ、おそらくヴィヴィオはフツーに勝っていた。常に陣地内に留まり、手下の圧倒的戦力ですり潰しに掛かっていたり、俺を無視して一網打尽を狙っていたり、俺との戦いを中断して冥と合流していたり……さまざまなifがあるだろうが……策を弄して、どうにかこうにか、その確率を手繰り寄せた。

「……あんたに勝ったなんて、嘘だよ。だってこうして、あんたの策にハマって…………」

「いや、それも違う」

 お。いよいよ転送が開始されるようだ。悔し紛れに、最後に言うだけ言ってやる。

 

「――これらは全てヴィクトーリアの発案で(・・・・・・・・・・・・・・・・・)俺は命じられたとおりに(・・・・・・・・・・・)時間稼ぎをしていただけだ(・・・・・・・・・・・・)

 

 ヴィヴィオの、愕然も呆然も通り過ぎた能面のような表情を見届けて……俺は休眠に入った。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「……ヴィヴィオ。負けたか」

 冥は……

 

――己の胴体に突き刺さったままの折れた槍を引っこ抜く。

 

突き刺さったとはいっても、なにもグロく貫通している訳ではない。受け止めたはずの槍が押し込まれ、衣類の脇腹を貫通して、ちょっと擦りむいただけだ。だが、それでも……

 

「おい」

 

 目の前の二人に声を掛ける。技の反動を殺しきれず両肩と両肘と手首と全指を脱臼骨折したアインハルトと、折れた槍の半分をこちらに向ける雷帝。

 

「お前たちの勝ちだ」

 

 冥は……敗北を受け入れた。ルールではない。己の領域である腕力。その腕で抑え込んだ槍を押し込まれ、身体にかすり傷を付けられた。敗北だった。

「槍技・拳技、ともに見事なり。たゆまず励め」

 冥から出てきた思わぬ素直な賞賛に、二人はきょとん、と顔を見合わせる。

「勝っ……た……?」

 そして、A組の生き残りの面々にも、その事実が伝播していく。

 

 歓喜が爆発……など、するわけも無く。

「終わったんだ……やっと…………」「うあぁ……うわぁあああ……!!」「帰れる……帰れるんだ……!!」「…………」

 戦の終結に、ただただ、安堵の涙を流すだけ…………

 

 

 

「――――殺しちゃわない?」

 

 

 

 ……………………。

「勝った方が消えれば、負けたことはノーカンになるよ。チャラになるよ」

「うん、いい考えだね。そうすれば、閣下の経歴に泥を塗らなくて済むし」

「ナイスアイディア! だって、このシールド、」

 

――ぱりんっ。

 

「こんなに脆いしさ。で、あっちの人たちは出られないんでしょ?」

「あぁ……! それじゃ、もう逃げ回らないってことだ! やったね!」

「ごはんのじかんだ」

「おなかすいたよぉ……」

「負けたことは無かったことになる」

「閣下の白星を汚さなくて済む」

「今後の敵が一つ消える」

「おなかいっぱいになる」

「メリットしか無いね」

「殺しちゃおう」

「食べちゃおう」

「無かったことにしちゃおう」

「そうだね」

「それがいいよ」

「そうしたほうがいいよ」

「そうするのが一番だよ」

「やらない理由が無いよ」

 

「それじゃあ」

 

「決まりだね」

 

 

 

――――「 「 「 「 「 「 「 「 「 「 消しちゃおう 」 」 」 」 」 」 」 」 」 」

 

 

 

人外の理屈で一つの意思に纏まった百鬼夜行たちは、もう止まらない。冥がため息を吐き、鎮圧に出る。審判を務めていたヴィータが、出番かと進み出て……

 

 

「なら、俺も混ぜてもらおうかな」

「そうね。たまには運動をしなくちゃね」

 

 ……。

「かみさま」

「吾妻秀人」

「吾妻なのは」

「あたらしいカミ」

「邪魔する気だ」

「カミは大嫌い」

「どうして邪魔をするの?」

「閣下のためなんだよ」

「父親でしょう?」

「お母さんなのに」

「全部いいようにしてあげるから」

「引っ込んでてよ」

「引っ込めてやる」

「引っこ抜いてやる」

「カミの座から引きずり降ろしてやる」

 

「おーおー、イキが良いこった。ガキんちょは元気が一番ってな」

「本当に……。それじゃあ。」

 

――――。

 

「 「 ――――遊んでやるか 」 」

 

 

 そして五分後。A組、F組は双方ともに大禍なく、学院へ転送されたのだった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

――ヴィヴィオは負けるよ。

 

 勝敗の予想を聞かれた際、秀人となのはは、全く同じ答えを出していた。それはもはや、予想ではなく、確信であった。

「何でもできる。誰にも負けない。全力全開…………ってね」

「そういう時期ほど、しょーもない理由であっさりコロっと負けちまうもんだ」

 そう。この戦いは大番狂わせどころか…………両親はおろか、ヴィヴィオの人となりを良く知る関係者は、大なり小なり、ヴィヴィオ敗北の可能性を示唆していたのだった。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ヴィヴィオ・魂の座 ◆ ◆ ◆ ◆

 

――あちゃー、やっぱり負けてしまったか。

 

 圧倒的な筋骨隆々に、なぜかブリーフにブーツ姿の巨漢が、コミカルに額に手を当て天を仰いだ。

 

――大王。やっぱり、というのは

 

 他の聖王の一柱が、そう呼んだ。彼こそ、『無力な王』にして『優る王』……ヴィヴィオの内なる聖王の中でも突出した力を持った、王の中の王……すなわち、『大王』である。

 

――皆も気づいていただろう。アレは自信ではなく慢心(・・)だ、とな。

 

 慢心、という言葉に、オリヴィエ王の肩がびくっと震える。何を隠そう。『座』にやってきたオリヴィエをコテンパンにしたのは他の誰でもない、この大王なのだ。

「で、でもぉ、大王さま。ヴィヴィオは間違いなく強いんですしぃ…………そうそう負けるってことも無いんじゃあないかと……」

 

――あぁ、強い。わたしですら苦戦は必至。……まぁ苦戦はいつものことだがな。たまにはキレーに鮮やかにサクっと勝ってみたかったわい。

 

 はぁ~、と、悩ましげにため息をつき、わっしわっしとオリヴィエのお団子頭を乱暴に撫で繰り回す。

 

――だが、ネズミが獅子に劣るというのは、獅子の理屈に過ぎん。ネズミにはネズミの牙があるのだ。

 

 最低値に近い魔力量しか持たないながらも、長き聖王の歴史において、片手の指が余る程度にしか存在しない『大王』に列せられた偉大な戦士の言葉だ。

 

――ですが大王。ではなぜ、負けると確信しながらも、『天』の技を伝授されたのですか?

 

 聖王雷光撃。壁画に曖昧なヒントを隠すのみで、決して技そのものを後世には伝えなかった秘奥義を、なぜ。

 

――それは。

 

 ごくり、と、聖王たちが唾をのむ。きっと、大王としての深淵なる考えがあり、含蓄のある言葉として出てくるのだろうと。

 

 

 

――――――かわいい孫(・・・・・)におねだりされたから、つい…………

 

 

 

 ズデーン、と、聖王たちがずっこけた。

 

――大王さま~!!

――あんたって人は~!!

――今日の牛丼は肉抜きですよー!

 ボカスカボカスカ。相手が偉大な戦士であることをすっかり忘れ、聖王たちは大王をシバいた。

 

――だ、だって、あんなキラキラしたつぶらな瞳で『大王さま、おねがい……!』って言われたら誰だってそーするわい! あと肉抜きだけはカンベンしとくれ~この通りじゃ~!

 

 ……威厳はどこへやら。ヘコヘコと『座』の厨房担当に平身低頭する『大王』の姿がそこにはあった。

 

――あいててて。しかし、『天』の技はのう……それだけでは、不完全な技なのだ。

 

 不完全。あの、脱出がほぼ不可能と思える絶技が。

 

――『天』だけで世界は成り立たん。世界を成り立たせるのは…………おっと、これ以上はヒミツじゃ

 

 あーあ、とガッカリする一同。今日こそ、大王の強さの秘密に迫れると思っていたのに。

「やっぱり、壁画見なきゃダメかなぁ……」

 とはいえ今は、自由に行動できない身である。ヴィヴィオが壁画を見てくれたら、その情報が『座』にまで伝わるのだが……

 

「ヴィヴィオ、落ち込みすぎなければいいんだけれど……」

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

――――負けた。

 

 ヴィヴィオはまだ、その事実と向き合えていない様子だった。

「ぱんぱかぱーん! 勝者、A組~!!」

『実行委員長』の腕章を付けたアリシアが、マイクを片手に宣言した。

 転送された空間には、アリシアと、ヴィヴィオと、ヴィクトーリアしか居なかった。

 

 ヴィヴィオもヴィクトーリアも、武装が解除され、制服姿となっていた。ヴィヴィオの襟には、『A』と『F』、二つの金バッジが輝いている。

「………………」

 ヴィクトーリアが、意を決したように、ヴィヴィオの眼前に歩み出る。ぷるぷると小鹿のように怯え、虎の尾をくすぐるように小刻みに震える手で……しかし、涙目とはいえ、毅然とした表情で、ヴィヴィオに手を伸ばす。

 

「――――では、頂きますわ」

 

 そして、ヴィヴィオの襟から……『F』の金バッジを、むしり取る。そしてそれを、己の襟に留めた。

 かつて。ヴィヴィオに完膚なきまでに敗北し奪われた金バッジ。物質としてではなく、意味あるシンボルとしてのソレを……ヴィクトーリアはこの時、取り返す……否、『奪う』ことに、成功した。最強の暴獣に、矮小なる小動物が、勝利したのだ。これにて、一勝・一敗…………つまり。

 

 

「――――これで、わたくしとあなたは、対等でしてよ……聖王ヴィヴィオ」

 

 うつむいたヴィヴィオの表情は、伺えない。別空間で待機する各クラスの面々も、この風景は見えている筈だ。

「――。」

 ぼそり、と、ヴィヴィオが何かを呟いた。ぼそぼそ、ぼそぼそ。左手で顔面を抑えるように覆いながら。その指に、ぎゅうう……と、力が加わっていくのを感じる。

 

「……ダールグリュン。ヴィクトーリア・ダールグリュン」

 

 ヴィクトーリアは……この時初めて、ヴィヴィオにフルネームを呼ばれた。それまでは、『ダールグリュンさん』と、他人行儀に呼ばれていたというのに。不覚ながら、少し嬉しいとも感じていた。路傍の石から、対等な存在になれたのではないか……と。が。

 

 

「………………ヴィクトーリア……ダールグリュン……ッ!!!!」

 

 

――ガリガリガリッ……!!!

 

 …………ヴィヴィオの手指が……己の顔を、力任せに引き裂いた。流れ出る鮮血。そして……指の間から覗く……血に染まった二色の瞳……!!

 

 己が魂に刻み込むが如く。この日の敗北を。路傍の石に蹴躓いた屈辱を。王たる己に牙を突き立てた、生涯の怨敵(・・・・・)の姿を、焼き付けるが如く!!!

 

(ヒィいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーー!!!! 怖いぃいいいいいいいいーーーーーーー!!!???!??!?!?)

 

――――ショワワワワ…………

 

 …………何かが漏れてしまっていた。まぁ、恥ずべきことではない。

 

「で、ではー……各クラスに転送―……。ちなみに知ってると思うけど、休戦期間は一か月。その間の襲撃・闇討ち・暗殺・謀殺は禁止だからねー……。それとそれと、互いの同意が無ければ、連戦もできないからねー。……特にF組のみんな! ぜーーーーーーったいに守ってね!」

 …………。実に不満そうな雰囲気が漂ってくる。ただ……あの二人に念を押されているため、闇夜に一人ずつ消えていく……というような無法は起きないだろう。たぶん。

 

 

「……皆さん、ご無事ですわね」

 ヴィクトーリアがクラスメイトと合流する。当然ながら、歓喜など起きようはずも無い雰囲気だった。ただ安堵。ただただ、安堵であった。あの二人が割って入らなくとも、審判のヴィータや、スバルたち講師陣が黙ってはいなかっただろうが……それでも、である。

「委員長……!」「ぼくたち勝ったんですね……!!」「終わった……やっと……」

 その胸元に光る『F』の金バッジを見て、ようやく勝利が実感できたようだ。

「我々の、勝利ですわ……!!」

 高々と拳を突き上げる。

「お前の作戦を聞いたときは、流石に驚いたがな」

 その中から……どうにか歩ける程度には回復したらしい九音が歩み出てくる。

「己の弱さを活用する、見事な作戦だ」

「九音さん……。それでも一番の功労者は、あなたですわ。あの聖王を足止めして下さらなければ、土台、成立しない作戦でしたもの。アインハルトさんも、よくぞ…………ってアラ? アインハルトさんはいずこに?」

「……いやアイツ一番の重傷で、医務室に救急搬送されていま外科手術中なンだわ」

「先に言ってほしかったですわよっ!? ちょっと行ってきますわ!」

「あー、やめとけやめとけ。身内が付いてるから、その後にしとけ」

「身内……? あの方、お友達いましたの?」

「お前、けっこう無自覚に失礼だよな……っていうか…………」

 九音が、鼻をスン、と鳴らし…………

「あぁ、漏らしたのか。着替えてこい。ちょっと匂うぞ」

 …………。

 まぁ、クラスの皆も若干気が付いてはいた。いたが、乙女心を考慮し、あえて黙っていたというのに。

 

「デリカシー注入ゥーーーーー!!!!」

 

――ゴンッ!

 

「ぎゃー!」

 手にした槍の残骸の棒ッキレで、九音の頭をドツいた。

 

 

 

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