魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

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vivid編 25話『 家出 』

 

 

 

――――日に二度も負ける奴があるか

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「ハルさん、大丈夫かのう。手が枯れ木のようにポキポキ変な曲がり方をしちょったが」

「イマドキ外科手術かぁ。まぁ、確実っちゃ確実だけど」

 フーカとシャンテが、処置室の前のベンチに座って待っていた。映像で見てはいたが、フーカには訳が分からない次元の戦いだった。

「当面、腕全部をガッチリと補装具で固められる生活だろうねぇ。そういう人、教会の附属病院で見たことあるけど不便だぞー」

「まぁ、その辺はワシが支えるから問題なかろ。……おい、ダキニ。……ダキニ? さっきっからどーしたお前。黙りこくりおって」

『…………ん。何でもないぞ。ちょっとな』

 ダキニは先ほどから……『断空拳・遠当て』の映像を見てから、様子が変だった。アホの子とはいえ、策謀で戦国の世を生き抜いた知略の聖王である。あの映像から、フーカとは比べ物にならないほどの何らかの情報を得た可能性がある。

『…………ベクトルを操る。あの小型太陽のエネルギーをも、いっときとはいえ操って見せたということは、無形の力にも干渉が可能。偏在するエネルギー、風や温度……時間、空間………………』

「あー、駄目じゃ。完全に『入って』しまっておる」

「ふーん。…………。ねぇ、突然なんだけどさぁ」

 シャンテが、ダメージジーンズから伸びる華奢な足を揺らしながら、言う。

「あー?」

 フーカは気だるげに……しかし、わずかに張ったような空気を感じていた。

「あのさー……この状況で言うことじゃないし、何を言い出してるんだ、って思うかもしれないんだけど…………

 

――――ちょっと手合わせしない?」

 

 ……何を言っているのか。しかし。

「――ええぞ。ワシもちょいと、……なんつーか、動きたい気分じゃ」

 ばさっ……と、フーカがスカジャンを脱ぎ捨てる。

 

 ……一体、何が起きているのか。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

「うー!! うーーーーッ…………!!!」

 秀人が羽交い絞めにする中で、リンネが暴れる。試合映像を食い入るように見つめていると思ったら、これだ。

「覚えがありすぎる……」

 怪力のリンネを更なる怪力で抑え込む秀人は、苦虫を噛み潰したような顔になっていた。

「当事者同士の喧嘩でしかなかったはずなのに、外野が触発されて血が上って、乱闘になるアレだ…………俺もカントクにはずいぶんと迷惑をかけた……」

「あー、わかるー。なんかスイッチの切り方が分からなくなるヤツ」

 なのはにも、秀人にも、覚えがあった。特に、闇の書事件の折りに、気を抜いた所為で死にかけた――と本人は思っている――なのはは、なかば脅迫観念のように、気を張り続ける日々を送った。

 慣れれば良いのだが……まず考えてみれば、そのような暴力漬けの日々を送る人間などごくごく少数だ。イタリアのマフィア以上に暴力慣れしているなのはがちょっとオカシイのである。

「――あなた、平気なのね」

 のだが……彌茅は驚くほど、平静だった。膝の上に行儀よく手を揃えて置き、背筋を伸ばして座っている。教団に暗殺者として養成された経験から来るものとも考えられたが、なのはは驚いていた。

「……いいえ。正直、抑えておくのでせいいっぱいです」

「十分よ。……まったく、F組の連中を鎮圧して戻って来てみれば」

 リンネが彌茅に飛び掛かろうとしている寸前だったのだ。

師匠(せんせい)。あちこちから」

 

――ガシャンッ

 

「なんかすごい音が」

「……気にしなくて良いわ。あなたは優秀よ」

 今頃は、スバルたちが各所で生徒たちの対応に追われているだろう。衝動をある程度制御できている彌茅は、言った通り優秀な部類なのだ。

「はい師匠(せんせい)。でも……たぶん、このあと戦うことになります」

 ……妙なことを言い出す彌茅だが、なのはは肯定も否定もしなかった。

 

◆ ◆ ◆ ◆「

 

――べこんっ。

 

 フーカは、他人を殴ることに躊躇は無いタイプだが、同時に、嫌悪感も消えないタイプだった。あくまで自衛。あくまで手段。の、つもりだったのだが……

「うらぁあああーーーーッ!!」

「ブふっ……、!!」

 頬にイイ感じの一発を貰い、フーカの意識が一瞬ぶれる。アインハルトの手ほどきを受けてはいるが、才能の開花はまだまだ先の事だろう。

 ここ数日の付き合いで分かったことだが、このシャンテもまた程度の差こそあれ、暴力に晒されて育ってきたタイプだ。暴力に全く躊躇が無い。そして、先ほどまで座っていたベンチを持ち上げ……

 

――バゴンッ!!

 

 フーカの頭上から、ベンチが振り下ろされる。腕を交差し受けたが、思いっきりカドの部分で殴りに掛かって来ていた。

(『道具』を使い慣れとるのう……!)

 その辺に転がっている物を使った、徒手空拳以外に選択肢の有る喧嘩が染みついている。だが、フーカもやられてばかりはいない。砕けたベンチの座面だった板切れを、シャンテの踏み込む足下に投げ入れる。滑ってたたらを踏むシャンテ。

「せぇええいっ!!」

 無防備に前に突き出た顎へ容赦のない前蹴りを放つ。

 

――ガチィンッ!!

 

「て、鉄片仕込んだ靴で顎蹴るとか、あんた、あたしを殺す気っ!?」

「ちゃっかりと尖った鉄パイプ手にしとるヤツの言うことかっ!」

 ……どっちもどっちである。

「おうおう、得意の幻術が無きゃ道具使わんと怖くて戦えんのか!?」

「うるっせぇガキだなぁ! あたしはこのやり方が性に合ってんだよぉ!!」

 棒術……と言うには稚拙が過ぎる喧嘩殺法。多少、何らかの鍛錬を受けた形跡はあるのだが……

「通じるか、ンなもん!」

 脱ぎ捨てたスカジャンを腕に巻き付け、鉄パイプを受け止める。

 

――バサッ!

 

 そして、スカジャンを広げた状態で投げつける。投網のように広がった衣類がシャンテの視界を塞ぐ。

 蹴りか。殴りか。

 

「でぇええええっ!」

「ぐぇっ!?」

 まさかのタックルである。とはいえ、タックルもまた立派な戦闘技能の一つと言える。そして、タックルにも二種類。吹き飛ばす、もう一つは。

 

――ダァアアアアンッ!!

 

 ……勢いのまま、全体重と共に壁に圧し潰すタックルである。

「げぶっ……!!」

 肺の中がカラになり、意識が飛びかける。その一瞬が……勝敗を分けることになった。

 

――がちぃんっ!!

 

 ……口の中から衝撃。強烈なアッパーを喰らい、歯と歯が強引に打ち鳴らされた。

「…………」

 ばたんっ、と、倒れるシャンテ。

「うっし……今回は勝ったぞ! おいダキニ、そろそろ戻って来んかい!」

『あぁ、うむ…………おぬしの喧嘩殺法は抜けんなぁ。覇王流を使うときは覇王流しか使えない、喧嘩の時は喧嘩の技しか使えない。うまく織り込んでいくべきだ。

 

――というかなんで喧嘩しとんの、おぬしら』

 

「え? …………あっ、言われてみれば」

 だだだだだ、という廊下を駆ける音と、嫌というほど聞き覚えのある、ジャアアアアアッ!と、車輪が走る音。

「こぉらぁあああああああ!!」「フーカァアアアアアア!!!」

「げぇっ、スバルにシャッハじゃ!」

 問題児たちの獄卒もとい指導員たちである。当然、抵抗むなしく捕縛される。

 

 ここに、フーカの逃避行は正式に終わりを迎えのである。シャンテの歯二本を犠牲に。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 ヴィヴィオは、重苦しい雰囲気の漂うF組に帰還していた。誰一人、ろくに消耗もしていない。むしろ、秀人となのはに無力化された際のダメージが一番大きいまである。電撃を喰らったカミラもとっくに回復しピンピンしている。

 

「――腹を切ります」

 

 と、クラスメイトの一人が本当に刃物を取り出し腹に宛がった。

「わたしも……」「わたくしも」「ぼくも」

 触発され連座となり、今まさに集団自決が図られようとしていた。が、ヴィヴィオはその刃物を無言で一本取り上げる。そして……

 

――ざくっ

 

 ……掌に、思い切り突き刺した。

「聖王閣下……!」

 ざわつく臣下たち。治癒と同時に奔った蒼炎が刃物を蒸発させる。傷口で燃える蒼炎をかざすヴィヴィオ。

 

「――――クラス代表の座を降ります」

 

 …………臣下たちは、ある程度、予測できたかのように静かであった。引責辞任。

「暫定代表には副将・冥を。近日、改めて何らかの代表選抜を行います。そして私は修行に出ます」

 流れるような指示の後、全寮制とは何だったのかと疑いたくなるような決断を下す。

「ん。纏めておくけど……戻ってきたとき、ヴィヴィオの席は無いかもよ」

 冥は受諾したが……冷淡な対応をする。

「その時は、また力で得るまでです」

 そうしてヴィヴィオは、呼び止める臣下たちを背に、学院の門を出て……

「………………」

 歩み脚は、早足となり……

「…………っ」

 小走りになり駆け足になり……学院が地平線に消えたあたりで。

 

「――――うわぁあああああああーーーー!!!! あぁああああああああああああーーーーーー!!!!」

 

 ため込んでいた感情を、爆発させた。

 

「くっそぉおおおおおおーーーーーーー!!!!!」

 

 自宅にそのまま帰り着いたヴィヴィオは、ある程度予測し待っていた四葉の膝に顔を埋め、シクシクと泣いていた。

「そう……負けてしまったのね」

「うぇえ……」

 また泣き始めるヴィヴィオに、四葉は困った笑いと共に頭を撫でてやる。

 ……実は姉夫婦ともども敗北を確信していた、とは言えまい。訓戒を伝えたりもしない。基本的に、四葉はヴィヴィオにダダ甘いのだ。そうして、ひとしきり泣いた頃……

 

「帰ったわよ」

 

 なのは一行が帰宅した。暴れ狂っていたリンネも、今は後ろ手に縛られ猿轡を噛まされることで落ち着いて……いる……?

「……お母さん…………」

「目ぇ真っ赤よ、あなた」

 四葉の隣に座ると、同じ顔の二人が並んだ。

 

「お母さん……私、悔しいよ……!」

 ヴィヴィオは、なのはに心の内を吐き出す。

「勝てるって思ってたの。勝負は水物っていうけど、私と、冥がいて、クラスのみんなが居てさ……勝てるじゃん、普通、勝てるって思うじゃん! なのに、……ああそうだ、それもこれも、九音のバカが横槍入れたから……!」

 子供っぽい恨み言。

「…………」

 四葉は青ざめている。

「………………。」

 隣に座る姉から、恐ろしく冷たいオーラが発せられていることに気付いてしまったからだ。四葉は……(なのは)の恐ろしさを、身を以て知っていた。行動が読めない人間ほど、恐ろしい存在は無いのだ。

 レイジングハートとアイは、ちゃっかりデバイス形態に戻り、秀人の首元に退避していた。

 

「だ、だから…………! 私は、悪くないんだもん……!!」

 

――――パンッ。

 

 

――――――――乾いた音が、リビングに響く。

「………………え?」

 ヴィヴィオは、信じられない、と言うように、頬を押さえて絶句した。

 そう。

 

――なのはに、平手で引っ叩かれた頬を押さえて絶句した。

 

「――――負けたのはあなたの所為よ(・・・・・・・・・・・・)

 そうして……いま最も聞きたくない言葉を、最も聞きたくない相手から叩きつけられた。

 

「――油断。慢心。あなたの驕りが、自軍を敗北させたの。分かっているのでしょう? 本当は。でも、認めたくないのよね。分かるわよ。けれどね」

 

――――パンッ。

 

 更に一度、頬を張る。

「これが実戦だったなら、あなたたちは死んでいたのよ」

 学院。学び舎。対抗戦。だがそれは、本番などではありはしない。ドライでシビアな、本物の戦場では……慢心は死を招き…………死を伝播させる。

 

「お姉ちゃ、」「あなたは黙っていなさい」

 言い募る四葉を、なのはが威圧し沈黙させる。これは、親子の情でどうこう言える問題ではない。

「あの学園に良血・雑草を問わずに人材が集められているのは、実践即応戦力の候補としているからよ。学内のクラス対抗戦は、いわばその予行演習。クラス代表に与えられた使命は、組織集団の統率と、俯瞰的な、戦略的な勝利」

 四葉にしがみついていたヴィヴィオを引っぺがし、突き飛ばすように立たせる。

「好きだの嫌いだの、個人的理由でそれらを放り出し……大局から目をそらしたあなたは、リーダー失格よ」

「………………!!」

 立たされたヴィヴィオは俯き、スカートの裾をくしゃくしゃになるまで握り締めている。

 

 

 敗北したヴィヴィオに対し、あまりにも辛辣な宣告だ。しかし……今後、学院の生徒たちにも選別の時が来る。適正無し、と見なされれば、容赦なく一般校へ転籍させられていくことになるのだろう。

 半端者を戦場に送り出せばどうなるか。それを、他ならぬなのはは、この場に居る誰よりも熟知していた。凶鳥部隊で、当時最弱ブービーの戦闘員であったヴェイロンやアルナージですら、作戦行動に際してはプロフェッショナルに徹していた。だからこそ、なのはは二人を鍛えもしたし、作戦に参加させてもいたのだ。

 

 

「一般校に転籍なさい。自分の都合がそんなに可愛いなら、個人競技のスポーツ格闘技でも趣味で続ければいいわ」

 

 

 なのはは……ヴィヴィオのことを想っている。それは間違いはない。赤の他人であれば、そもそも関与しない。そのことを秀人は誰よりも知っているし、本質的には、ほぼ同一人物とも言える四葉であればなおさらだ。

 なのはが頑として譲らない部分は、正直、言っても無駄だ。言い過ぎたことに後悔して後で嘔吐する未来が見えるのだとしても、なのはは言うのだろう。なのはは、とにかく頑固なのである。

 そしてヴィヴィオは、両親どちらかと言えば、気質はなのはとよく似ている。

 

「………………」

 ヴィヴィオは、すぅっと醒めた顔を作る。そう……なのはと似ているということは……

 

――凄まじく頑固で意地っ張りで負けず嫌いなのである。

 

「……なに? なにか言いたいことでもあるの? 言ってごらんなさい」

 威圧的な空気を崩さないなのは。

「お母さんは、…………」

「何よ」

「お母さんは……!」

 そして……キッ、となのはを真っ直ぐに見据えて。

 

 

「――――そんなんだから友達が出来ないんだーーーーーーーッッ!!!!!」

 

 

((ええ……))

 よりにもよって言うことがそれかよ、と、秀人と四葉はちょっと脱力した。まさに子供の反抗。なのはからの叱責に、全く向き合っていない。

「言っていいことと悪いことがあるでしょー!! さっきから何よ! ひどい! ここは慰める場面でしょ! そうやって場の空気も読まないで言いたいことだけ言ってスッキリしちゃうから、お母さんはコミュ障で友達ができないんだー!!」

なのはは、ため息をつく。心構えの話をしているのだ、と。失敗を心に刻み、以後の教訓にするのだ、と。それを伝えなければならない。そうして、なのはは口を開く。

「い、」

 い?

 

 

「いまその話はしていないでしょうっ…………!!!?」

 

 

 効いちゃったよ。

「と、と、と、友達、とか、できない、わけ、じゃ、ないし! い、いなくったって、困らないし! 作るタイミングが、無かった、だけだし! 作ろうと思えば……いつでも、作れるしっ!!」

 冷徹の仮面は剥がれ、ヤカンのように顔を真っ赤にして怒鳴る。

「わたし入学初日にはクラスの子の顔と名前ぜんぶ覚えたもんね! お母さん、どうせ5人くらいしか話す人いないでしょうっ!?」

「あ、う、ぐ、」

 ハリー、エルス、大宮、中野、小山………………実にピッタリ5人しか話す相手がいない。図星中の図星である。

「こ、の…………」

 ぐいっ、と、なのははヴィヴィオの襟首二か所をふん掴み……

「小娘がぁーーーー!!!!!」

 窓に向かってブン投げた!!

 

――ガッシャァーーーン!

 

 小柄な体躯がガラスを突き破る!

「ぎにゃああああああああ!!」

 悲鳴を上げながらも、背中で安全に衝突しノーダメージに抑えるヴィヴィオ。流石であった。そのまま庭に着地する。

「……やってやる……」

 クラウチングスタートの姿勢を取るヴィヴィオが、呟く。

()ってやる……()ってやる…………!!」

 ぶわぁ、と、頭髪が金色に輝く!!

 

「――下剋上だぁーーーーーーーーーー!!!!」

 

 目の前真っ直ぐ。なのはだけ(・・)を見据えて………………

「――だからあなたは未熟なのよ」

 なのはが、先ほどの痴態はどこへやら。呆れるような視線を寄越す。ヴィヴィオが、そのことに疑念を抱くよりも、先に。

 

「わたしと()りましょう」

 

――がしっ……

 

 木の葉のように、大した感触も無く……彌茅が、ヴィヴィオの首筋に背後からチョークホールドの要領で組み着いた。

「!?」

「手合わせの申し出への受諾は頂いています」

 ……確かに、彌茅からの申し入れはあった。それに対し、ヴィヴィオは受けた。お預けとなっていたが。

 ヴィヴィオの膂力で振れば、軽い彌茅など木の葉の如く散るだろう。しかし……振るよりも早く。

 

「――頂戴します」

 

――バツンッ……!!

 

 ……ヴィヴィオの首を囲い込んだ腕の円周。その内部を、魔力の刃が満たす。それにより、ヴィヴィオの延髄を、一時的に断線させる(・・・・・)。結果。

「か……、」

 ヴィヴィオは、意識を失った。

 

 

 ………………。

 ノビたヴィヴィオを確認し、呼吸を確認し……なのはの元へ、ぽてぽてと歩いて来る。達成感を滲ませる足取りだ。

師匠(せんせい)、勝ちました」

「見事」

 なのはが短く応じる。

「戦利品を取りなさい」

「はい師匠(せんせい)。すでに決めています」

 彌茅は、呆気にとられる四葉、秀人の横を通り過ぎ、押し入れ収納の中から一振りの日本刀を取り出した。なのはが入学祝にヴィヴィオに与えた一振りだ。

「これにします」

「良いでしょう。真剣を持つことを許可します」

 なのはが、彌茅を一定以上に認めた証拠だ。空を……そこに浮かぶ、月のような衛星を見て。

「先ほどの技の名を『残月』とします。磨きなさい」

 腕の円周を満たす魔力光を、月に見立てた命名だ。

「! ……はい、師匠(せんせい)!!」

 

「う、ん…………。……はっ!?」

 ヴィヴィオは、目を覚ます。そして……周囲の状況と、認識を同期させ……

「………………そんな……」

 力量で互角の九音に相打った時よりも。知略でヴィクトーリアに敗北した時よりも。

 

「――日に二度も負ける奴があるか」

 

 なのはの言葉に、敗北を、強く意識した。

「………………」

 もはや、いかなる言葉も出てはこなかった。実力では圧倒的に格下である彌茅に、負けたのだ。四葉が駆け寄るが……掛ける言葉もまた、見つからなかった。

「ママ」

 いやに明瞭に、ヴィヴィオが呟く。

「……な、何かしら」

「修行してくる」

「えっどこに」

「ルーフェン。気が済んだら帰ってくる。週イチで報告する」

 ぶつ切りの情報の羅列。すっくと立ち上がったと思ったら……

「お母さんなんて」

 暗い感情そのものを声にしたらこうなる、とばかりの声。

 

――チュィイイイイイン…………

 

 腕輪デバイス……王権(レガリア)が起動する。

「お母さんなんて……!」

 もう、涙をぬぐうこともしない。ただ、幼子の感情のまま、なのはを睨む。

『impact #2 『Large』』

 デバイスが機械音声で読み上げる。

 

「――大っっっ嫌い!!!!」

『release』

 

――――ドッパァアアアアアアアアアアンッ!!

 

 弾ける衝撃波。舞い上がる粉塵と砂塵。家屋のガラスは砕け散り、庭木はその命を終えた。

「ぎにゃああああああああ!!」

 ……娘そっくりの悲鳴を上げる四葉。が、最低限の理性でシールドしたのか、四葉の周囲だけ衝撃波の影響が遮断されていた。

「えい」

 

――ボフンッ

 

 ……粉塵を消し去るが、そこにはもうヴィヴィオの姿は無い。すたすたと四葉のもとまで歩いて来るなのは。

「……怪我は無い?」

「……」

 四葉は呆然としていた。何故だ。どうしてこうなった。愛する娘は出奔し、大事な我が家は物理的に半壊し…………

「お、お、お、……」

「…………」

 なのはは、四葉が何を言いたいのか、言われずとも分かっていた。気まずそうに腕を組み、そっぽを向く。

「お姉ちゃんの、バカーーーーーーーーーー!!!」

 

――――パカァンッ!!

 

 ずっと手にしていた木製のお盆で、なのはの頭をぶっ叩いた。

「ぐえっ」

 なのはに攻撃をクリーンヒットさせるという、思わぬ大金星を挙げた四葉。

 

――――カン、コン、カン!

 

「ヴィヴィオが可哀そうじゃないのーーー!! 何でもうちょっと優しくしてあげられないの!」「でも」「でもじゃない! だってじゃないー!」

「…………う、うう……ごめんて……ほんとごめんてば……」

「ヴィヴィオに言いなさいよー!! 親に攻撃魔法ぶっ放すなんて誰に似ちゃったのよ一体―!」

 誰に、と言われれば。そりゃあ。

「……なのはだな」

『間違いないの』

『すげぇデジャビュを感じましたよマスター』

「そうなんてすか、師匠(せんせい)

 彌茅まで。

 

 ……まぁ確かに状況こそ違えど。なぜ選択した魔法も、即興の拡張子も、捨て台詞まで一緒なのかと、巡る因果を感じざるを得ない結果は、確かになのはとの確かな血縁の証明だった。

「……だってぇ…………」

「あァ!? この期に及んで何を言うつもり!? 引っ叩くわよ!?」

 正座したなのはを、仁王立ちして睨み下ろす四葉。普段の力関係が完全に真逆になっている。

「…………どうしよう」

 ……なのはが、珍しく弱音を吐く。

「どうしよう、どうしよう、どうしよう…………!」

「え、えぇ……?」

 これには、怒っていた四葉も困惑する。思えば、いつも超然としていた姉が、ここまで取り乱す姿を見るのは初めてだった。

「じ、時間……時間、巻き戻す……あぁ駄目だ。『力』は慈樹に渡しちゃった……ルーフェンで待ち伏せて捕獲……あぁこれも駄目。たぶんまた逃げられる……記憶を飛ばすのは論外だし……でもでも、あぁ~……うぅ~……どうしよう……!! どうしようどうしようどうしよう……!!」

 頭を抱えてぶんぶんと振り乱し始める奇行に、四葉が逆に冷静になってしまった。

「お、お姉ちゃん、いったん、落ち着こ……? ね……?」

「どうすればいいの、ねぇ、どうすればいいの!? 謝るのって、どうすればいいの!?」

「そりゃあ、普通に……」

「普通ってなに!? わかんないよ、私、わかんないよー! 四葉、顔同じなんだし私の代わりに謝ってよーー!」

「駄目だこりゃ……コミュ障拗らせるとこんなんになるのか~……」

「どうしよう~……!! ヴィヴィオに……嫌われちゃったよぉ~……!!」

 とうとう、四葉のエプロンに顔を埋めて泣き始めてしまった。

 

「誰かこの事態を収拾してェーーーーーー!!!?」

 

 無理でーす。

 

義兄上(あにうえ)義兄上(あにうえ)

 唯一冷静な彌茅が、師匠(せんせい)の痴態からそっと目を逸らしながら、秀人の裾を引く。

「お、おうどうした……俺はちょっと今から嫁をなだめすかしてチューして落ち着かせるというミッションが」

「リンネさんがいません」

「あいつならリビングの隅っこに転がしておいたぞ」

「ヴィヴィオさんが突き破ったガラスの破片で手枷と猿轡を切って逃げたようです」

「無駄に知恵が回る奴だな! で、どこ行った!?」

「おそらく興奮した勢いのまま、ヴィヴィオさんを襲撃しに」

「アイツのナチュラルボーン通り魔思考はどうにかならんのかー!!」

「……わたしが追ったらヴィヴィオさんと鉢合わせてしまいますね」

 

「――だいじょうぶだよ」

 

 ………………誰の声? 全員、ぴたりと動きを止める。そして、騒動の渦中においても、半壊した縁側から、平然と事態を眺めていた、ただ一人。

 

「――だいじょうぶだよ」

 

 吾妻慈樹(・・・・)が、そう告げた。

「……………………」「……………………」「……………………」「……………………」

『……………………』『……………………』

 

 

「「「「『『 うわぁああああああああ喋ったぁああああああああああああああ!!!! 』』」」」」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 ヴィヴィオは、とぼとぼと……新区の港の中、歩を進める。

「ねえレガリア……『王』たち、何か言ってる……?」

『否定。『座』より反応はありません』

 まだまだ自我が未発達な相棒は、気晴らしのお喋りの相手にはならないようだった。顔パスでルーフェン方面への連絡船に乗り込もうとしていた矢先だった。

 

「ぜァっ!!」

 

――ガォンッ!!

 

 背後より一撃。頭部を横凪ぎにする魔手を、半歩進んで回避する。

「……?」

 が、半歩進んだ感触が無い。まるで、進んだ分の空間を削り取られた(・・・・・・)ような……

「うぉりゃアッッ!!」

 そうして狂った間合いに、超威力の蹴り技が飛ぶ。

 

――ドシィンッッ……!!!

 

 防御の上からヴィヴィオに衝撃を与えてくる。魔力やその他異能が宿った気配は無い。つまりこれは、純粋な身体能力によるもの。これほどの蹴り技。ヴィヴィオが知る限りでは……

 

「ミウラさん。お久しぶりですね」

「……えぇ、お久しぶり……!!」

 友人との再会……と言うには、いささか物騒が過ぎる。蹴り技がミウラなのであれば、先ほどの不可解な攻撃は。

「うちも……お久しぶり、やっ!!」

 

――ガォンッ!!

 

「空間切削……ジークリンデさんもお久しぶり」

「そうや……あんたに拉致られて、ケッタイな学校にブチ込まれて……!」

 そういえばそうだった。通報を受けて駆け付けたら、『羽根』の能力者ではなくなんか変なのがいたから、ゲットして連れて戻ったジークリンデ・エレミア。

「つい先日まで、わけわかんない戦場に幽閉されて……!」

 単なるレストランの一人娘のボクっ娘だったのに、うっかり聖王の目に留まってしまったばかりに暖かく優しいカタギの世界にサヨナラバイバイ(強制)するはめになったミウラ・リナルディ。

 

「「お前に報復することだけを考えて帰ってきたんだよコンチクショーめぇ!!!」」

 

 まったくもって正当な理由であった。

 

――ドガガガッ!!

 

 連撃とは思えない威力と速度で、ヴィヴィオへ蹴りの嵐を見舞うミウラ。

 

――ガォンッ!!

 

 当たれば防御力無視。当たらずとも削られた空間によって間合いを狂わされる空間切削を連打するジークリンデ。

 

 それぞれ単体でも厄介だと言うのに……必殺の威力と、搦め手が同時に多方向から飛んでくる。気が付けば、壁際にまで追い込まれていた。いくら不調とはいえ……恨みのパワーは恐ろしいものである。

 ただ、不調とは言っても……ヴィヴィオのスペックそのものが劣化したわけではないということは、忘れてはならない。

「レガリア」

『了解』

 グローブ部分のみ形成し、戦闘を開始する。

「ふゥッ!!」

 右からはミウラの蹴撃。初対面時は素人丸出しの大振りだったが、威力は下がらず、コンパクトに収まっている。

 

――ガォンッ!!

 

 そして左からは、ジークリンデの空間攻撃。ヴィヴィオは……上に跳んだ。単に無防備に宙に身を躍らせたのではない。目的は……

 

――ダンッ!!

 

 天井!

「「!?」」

 閉所戦闘では、壁や天井ですら、足場になりえる。

 

――バゴンッ!!

 

 ミウラの蹴りは空振り、壁に突き刺さったことで、一瞬、無防備を晒した。ヴィヴィオは既にミウラの背後に着地しており……

 

――バシッ!

 

 片足状態のミウラへ足払いとタックルを同時に掛け、ジークリンデに向かって飛ばす。

 だが、ジークリンデもさるもの。狼狽することなくミウラを回避し、右腕に必殺の一撃を籠める。

「はぁあっ!!」

 凪払いの一撃が多かったジークリンデが、掌打の形で空間切削を放つ。前進方向へのベクトルはタイミング的に変えられない。跳躍をしても空間切削の攻撃範囲からは逃れられないだろう。であれば……

「レガリア、左腕!」

『了解』

 ヴィヴィオは、左腕に魔力を集中させる。そして。

 

――バリバリバリバリッ!!!

 

「!?」

 ジークリンデが驚愕に目を見開く。空間切削は、基本的には防御不能業だ。しかし……攻撃が魔力によるものである以上、魔力で干渉は可能である。無論、通常の防御魔法ではガードごと抹消されて終わるが……ヴィヴィオは、消される魔力を上回る出力を一時的に左腕に集中させ、『左腕で空間切削を受けた』のである。

「嘘やろ!?」

「真実です」

 無敵の存在などありはしない。ヴィヴィオが、本日のみで嫌というほど学んだことである。そうして、ミウラ、ジークの首を挟み込み……

 

「もーらった!」

「!?!?」

 ……ヴィヴィオの背後から、気配も無く組み着いて来る、まさかの三人目。ジークとミウラを解放し、組み着いてきた白いのを投げ飛ばす。冷静に対処しつつも、流石に二度も首への急襲を警戒できないほど愚鈍ではない。というか。

 

「「どちらさま!?」」「リンネ・ベルリネッタです!」「「だから誰!?」」

 

 ジークとミウラは驚愕していた。何だこの白いの。だが、ミウラは反撃の機会を逃しはしない。

 腹部を狙った蹴り。しかしヴィヴィオは……

「そこにいたお前が悪い」

 リンネを引き摺り寄せ、ミウラの蹴りへの盾とした。

 

――ドッボォ!!

 

「げぅ……っ!」

「あぁっ……!」

 一般人にクリーンヒットさせてしまった。

「あぁあ……や、()っちまいました……!」

「ミウさん……ムショでも達者でな……」

「共犯ですよぉ!」

 一瞬で他人面をするジークにミウラが食って掛かる。

「うぅ……」

リンネは呻くが……直撃の瞬間、腹筋を固めていたことをヴィヴィオは察していた。

「はい、演技しない」

「「えっ……」」

 するとリンネは、ケロっと顔を上げた。

「でも、こういうときはおおげさに被害者づらをした方が、とれるお金が大きくなるって……」

「そういう浅知恵は身を滅ぼしますよ。で、何の用です? 私は今から家出なので、家には帰りませんが」

「? はい、わたしもかえるつもりはありませんが」

「………………?」

「………………?」

「……私を連れ戻しに来たのでは?」

「……? つれもどしてほしかったんですか?」

 

――ガンッ!!

 

 図星を突かれたヴィヴィオは、リンネの頭に拳骨を落とした。

「いたいです」「嘘こけ! なんて厚い骨……!」

 不用意に殴った手が痛い。

「え、えぇ……? 家出、って……」

「……ただ事じゃなさそうやな」

 すっかり気勢を削がれた二人が心配そうに事情を伺ってくる。

 

「家出というか……修行です」

「既に人外じゃないですか」「とっくにバケモンやないか」

 遠慮が無い二人だった。ヴィヴィオはムっとしながらも……言い出すのが恥ずかしそうだった。

 

「負けたんですよ、今日。二度も」

 

 リンネがぶっちゃける。言うだけ言って、売店で買ってきたと思しき串焼きを食べ始める。

「「…………えぇえええええっ!!?!!?!?」」

 二人にまじまじと見られ、ヴィヴィオは顔を赤くして俯く。

「神話級ゴリラでも出現したんですか!?」

「頭が八つあるサメにでも噛まれたん!?」

 怪獣と同列に扱われることに、今更ツッコミはしまい。

 

「でも、家出なんて……親が心配しますよ」

「……!」

 ヴィヴィオが、びくっと肩を震わせる。

「あっ……」

 ミウラが、地雷を踏んだことを察した。ちょくちょく口が滑る子である。

「でも……お母さん、私、負けて傷ついてるのに……優しくしてくれないし……叩くし……」

「……仲直りしぃや。今なら遅くないよ」

「でも…………!」

 スカートの裾を、ぎゅうっと握る。

「お、お母さんに、酷いこと言っちゃった……本当のことだけど……酷いこと言っちゃった……! ど、どうしよう…………! どうしよう、どうしよう、どうしよう……!」

 ぶんぶんと頭を振る奇行に走る。

 

「どうしよう~……!! お母さんに……嫌われちゃったよぉ~……!!」

 

 対応しきれないミウラ、ジーク。

「な、泣かないでくださいよ~……」

「大丈夫や、親子の情はそんなに脆くないよ……たぶん……ウチは壊れたけど……」

 ヴィヴィオをあたふたと慰める。そんな中。

「はなしの続きは、フネにのってからにしましょう」

 リンネが、食べ終わった串焼きの串で指し示す先に、ルーフェン方面行きの連絡船が到着したところだった。

「それに……このままじゃおちつくことも出来ません」

 ちらっと見た先では、先ほどの戦闘の影響で、警備員が大挙してやってきていた。

「うん……」

 ヴィヴィオが、両手にミウラとジークの手を握って、船に歩いていく。振り解くこともせず、ミウラ、ジークは、同情的な姿勢でヴィヴィオについていく。

 そして。

 

――バシュンッ。

 

 連絡船のドアがロックされて。

 

「「…………ん?」」

 

――――よくよく考えれば、二人は乗る必要が全くなかったことに気が付いた。

 

「「…………あぁあああああああああああああああああっ!!!?!?」」

 

 愕然とへたり込む二人をよそに、リンネはウッキウキだった。

「うふふふふふ。やった、やった。家出だいせいこう。……あ、お兄さんだ」

 ……離岸を始めた船の窓から見れば、警備員を両手両足に引きずりながら、鬼の形相をした秀人がこちらに向かって何かを言っている。バッチリ目が合っている。なので。

 

「あっかんべー」

 

 窓越しに、舌を出してやったと同時……連絡船はルーフェンへ向かって旅立ったのだった。

 

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