魔法少女リリカルなのはties   作:ハルハルharuharu

174 / 174
vivid編 26話『 第一回・(裏)社会科見学 』

 

 

――『ナメられたら潰す』。社会の基本原理を叩き込んであげましょう

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 ヴィヴィオのド派手ダイナミックな家出という形で締め括られた、新区への訪問。

 更にリンネのドサクサ出奔という余計なオマケまでついた形だ。

「くっそ、あのちびっ子バーサーカーめ……!」

 交換連絡船に飛び込もうとして、警備員と保守員とその応援に駆け付けた六課の隊員、計100人とその場のノリで大乱闘をカマした挙句(勝った)、肝心のリンネには逃げられるという大失態を晒すハメになった秀人だ。

 次のルーフェンとの連絡船が来るのは1か月後。無許可での次元間移動はアレコレと法で禁じられている上(経験済み)、地球人である秀人が次元法を犯すと、地球担当駐在員であるクロノ、もしくは臨時駐在員であるフェイトが飛んでくる(経験済み)ということなので、秀人は渋々、引き下がるしか、無かったのである。

フェイトには二度負けている上、負けはしないが何をしてくるか分からないクロノを相手にするのは正直ゴメンだった。更にユーノがバックアップするクロノともなれば、秀人は全力で逃げるしか無くなる。というか、そもそも、ユーノ自体を敵に回したくない。キレたインテリ文系がいかに恐ろしいかは先の大戦で嫌というほど見てきたのだ。作者の気持ちを考えられる分、何をされたら一番イヤなのかまで考えられるのが文系である。

「…………ルーフェンには、六課のコリンとヤオが居るから、様子だけは分かる筈だよ」

 その横、暗黒のオーラを纏ったなのはが元気なく言う。

「………………」

 なのはは……ものすごく、落ち込んでいた。自己嫌悪である。

「あ、あの、師匠(せんせい)……その……」

 彌茅もまた、何が何だか分からない状況に戸惑っていた。

 ヴィヴィオに喧嘩を吹っ掛けたり、売ったり、買ったりした結果、成長を認められ、新たなる武器……派手な装飾の日本刀をゲットしたりもした。しかし……その結果なのだろうか。

「…………やめといた方が良かったかな」

 ヴィヴィオの家出の最後の一押しをしたのは自分かもしれなかった。ぼそりと、そんな言葉がつい出てしまう。彌茅は無意識に、考えを口に出してしまう癖があった。

「……そんなこと無いわよ」

 彌茅の髪を、なのはがぐりぐりと撫でる。

「あなたは勝った。そのことは正しい結果よ。頑張ったわね」

「はい…………ですが、その……リンネさんもドサクサに紛れて家出を」

「……」

 なのはが、はぁ~……と、長いため息を吐く。

「……もともと、秀人さんの指導を受けながらも、内心では不満タラタラだったのは目に見えて分かっていたからね。遅かれ早かれ、あああったわよ」

「不満……ですか。正直、義兄上(あにうえ)とはとてもうまくやっているように見えたのですが、違ったのでしょうか」

「……まぁな」

 秀人は肩をすくめる。

「近いうちに実戦か、それに近いものを……ってことは伝えていたんだけど、待ちきれなかったみたいだ」

 

――――いつですか! いつなんですか! お兄さんも、かみさまも、おじいさんも、いつもそう! ちかいうち、ちかいうち、って! わたしは! いっぱいぶんなぐって! たくさん、たくさん! ぶんなぐられたいんです!

 

 怖い。

「まぁ、暴力の渦中に居るのが楽しくて仕方のない時期は誰にでもあるから」

 無ぇよ。

「慈樹さん、大変でしたね」

 彌茅が、おんぶ紐の向こうに語り掛ける。あのとき、明瞭に喋った驚異の0歳児は、健やかに寝息を立てていた。

「…………あれは何だったんだろう」

「…………あれ以降、喋らないのよね」

 秀人、なのはという両親にも分からなかった。

 考えられるのは、予言の一種。予言をする人面獣『くだん』、聖職者の皮膚に顕れる『聖痕』のように、神の力の一端なのだろう。自分自身に宿る神の力でセルフ予言をしているのだから、前代未聞だろうが。

「慈樹が言うなら、本当に『だいじょうぶ』なんでしょう」

 話しているうちに、なのはには少し、元気が戻ってきたようだった。

「さ、さぁ、間もなく地球ですよ師匠(せんせい)義兄上(あにうえ)、慈樹さん! クインさんを残して来てしまいましたからね。たくさんお土産を渡してあげなきゃ!」

 彌茅は、気遣いの出来る子だった。

「……そうね」

 なのはは、気持ちを切り替えた。

「あいつには家の管理と近所の掃除を任せてきたけど、お金は足りたかしら」

「そういや、クインにはいくら渡してきたんだ?」

 家を出るとき、当面の生活費と雑費として何やら手渡していたが……

「………………」

 彌茅が顔を強張らせるのを見て、秀人は嫌な予感がした。

 

「100万円。ちょっと少なかったかな……」

 

 やりすぎであった。秀人は顔を引きつらせる。秀人もまぁ、管理局の仕事をしていたり、マリエル(頭のおかしい技術者)研究協力(人体実験)で報酬を得たりはしているが、根っこのところではカントクのもとで働いていた労働者であり、金銭感覚もそれに準じたものである。なのはも、普段は質素に読書などをしているのだが……傭兵稼業のクセなのか、拳銃や銃弾、各種装備には湯水のように金を使う。クインに対するなのはの対応は、凶鳥部隊時代の部下(道具)への接し方に似ている。故に金銭感覚がガバガバなのはそういう理由なのだろう。

「銃とかタマとか結構するし」

「買わねぇから」

「えっ、素手?」

「なんでナニカと戦うことが前提なんだよ……」

 だが、しょっちゅう謎勢力に襲撃されていることもまた事実。

「加工食品は持って帰ってきていいとのことなので、露店で売っていた激辛串焼きをたっくさん買っておいたんです。クインさんと一緒に食べるんです」

 彌茅は、クインを割と大事にしているようだった。ライバルのリンネもそうだが、彌茅は、どっかの師匠(せんせい)と違い、人との関係を大事にする子だった。

 

「クインさんは、わたしの()弟子……、……? ……いもうと……?」

 

 ……何か引っかかったような様子の彌茅。

「……。彌茅、そろそろ家よ」

「! はい、師匠(せんせい)

 彌茅が足を止める。向こう、近づいてきた我が家の前で、クインが箒を手に立っているのが見えてきた。

「言いつけ通り、ご近所までちゃんと掃除をしているようね。てっきりサボっているのかと思っていたけれど」

 逆らうとなのはに9割殺しにされる、という恐怖もあるのだろうが。

「……どなたかと、話をしているようです」

 クインは、誰かと何か、あまり穏やかでない様子で言い合っているようだ。クインと同年代に見える、小柄な少年だ。髪色を派手にしているが、それ以外、目立った特徴も無い没個性。なのはは、絶望的なまでに容量の少ない他人の顔メモリーからどうにかその顔を見つけた。ミラクルである。

「クインの同僚よ。凶鳥部隊の育成枠」

 つまりは未熟なガキである。なのはは、秀人や彌茅と共に壁に身を隠した。気配察知の鈍いクインからは、これで見えなくなった。ちなみに、なのはは東京ドームくらいの広さであれば他者の所在を割と正確に割り出せる。秀人は特に察知はしないが、衝撃波で纏めてすり潰せるので気にしたことは無い。

「彌茅。目を閉じて耳に神経を集中しなさい。風の音、家鳴り、窓ガラスの音を順々に遮断して、拾うべき音だけを拾いなさい」

「……はい、師匠(せんせい)

 言って出来るような内容では無いが、彌茅は呑み込みが早い。何秒かすると、徐々に、クインと少年の会話を聴けるようになっていった。

 

――お前、いつまでこんなトコ居る気だよ!?

 

――いつまでって……一応あたし、人質だし……

 

――人質!? バカ言ってんじゃねえよ! お前、オレたちグレムリンの一員だろ!? おまえが離脱してから、マリーダは情緒不安定になってオレを射的のマトにするわ、退屈したロロに電流流されるわ……!

 

――そりゃアンタにリーダーとしての威厳が無いからだろ……

 

――ぐぬっ……! そりゃあ、むざむざ手下を取られたからだ! おまえを取り返せば、オレのリーダー株価は持ち直しのV字回復間違いなしなんだよ!

 

――なっさけな……とにかく、あたしは帰んないからね。勝手に一人で帰りな

 

――あ、お前、隠し事してるだろ。帰れない理由。

 

――。そんなもん、

 

――ははーん、お前、こっちで好きなゲブォ

 

――うるさいよ! 見透かしたようなこと言うな!

 

――わ、悪かった、悪かったから、安全靴でみぞおちはやめろ! ならせめて、帰れない理由で、ウチの女どもが納得するだけのモノを……! でなきゃステラに北極に捨てられる……!

 

――…………だって。

 

――だって?

 

――…………帰れるわけ、無いだろ。あんな、あんな……

 

 

「あんなダメな師匠(ヒト)を、放っておけるわけないだろーーーーー!!!!」

 

 

 ……声がデカくて、秀人にまで聞こえてしまっていた。

「なのはステイ。ステイ!」

 ……なのははブロック塀のうち一つをもぎ取り握り締めていた。

「なにもしないよ。ただちょっと、『睡眠魔法☆ブロックで頭を垂直に殴る』を伝授しようとしているだけだよ」

 永眠してしまう。

 

「あんな、コミュ障で、陰キャで、ぼっちで、そのくせ頑固で融通が利かなくてコミュニケーションにおける折衷というものを知らないダメダメ人間……! 無駄に世界最強レベルに強いせいで誰もそれを矯正することができなかった自業自得マジカルフィジカルロンリーモンスター……! 人生における天敵は顔を覚えて声を掛けてくるレジ打ちのおばちゃん……! そんな、そんな人を一人にできるわけないだろ……! あたしが……せめてあたしが、しっかりしなくちゃ……!」

 謎の使命感に燃えるクインに、少年はすっかり気圧されていた。

 

「どーせ向こうで娘さんと大喧嘩して帰ってくるに決まってるんだーーー!!」

 

「ぐはぁああああ……!!」

 なのはは過去一受けたこと無いレベルのダメージを負っていた。

 あまりの剣幕にたじろぐ少年。

「お、おう……、」

 

 ……その隙を見逃す彌茅ではなかった。

 

「……ひゅ、」

 声を発しようと呼吸をしたタイミングで。背後から音も無く組み着き、少年の頚部血流と気管を瞬間圧迫。刀の鞘と腕を使った変則締めで、少年の意識を一瞬で刈り取ったのだ。こういった分野はメキメキと成長している。

「クインさん、ただいまです」

「み、みかや……? …………なぁ一人で先に帰ってきたんだよな。そうだよな!? そうだと言ってくれ……!」

「残念だったわね……この野郎……! 誰がコミュ障か…………!」

 背後に立つ鬼の気配。秀人の手にはいつの間にか身代わりの術によってブロックが握られており、出し抜いてきたのだ。

「うびょああああああああああああああああああ!!」

「『栓抜き』」

 

――シュコンッ

 

 延髄、その節から、神経に打撃を加え一撃で失神させる絶技である。

「コケッ……」

 活〆の要領で意識を刈り取られるクイン。

「さて、どうしてくれようかしらね……

 

1.右も砂、左も砂! サハラ砂漠のど真ん中。水はナシ!? 生存チャレンジ!

2.肌で感じる食物連鎖! アマゾン川の中州。ワニorカンディル! 究極の二択!

3.ここはドコ!? 一面氷の世界! 北極南極どっちでshow!

 

アミダで決めましょう」

 そうして、地面に拾った石でガリガリと禍々しい死のアミダを描き始める邪術師なのは。その手を、彌茅の手が決死の覚悟で握り止める。

「せ、師匠(せんせい)……クインさんは、どうか……」

「……………………………………」

「お願いです……!! どうか……! ゆるしてあげて……!」

 …………1%は冗談で言っていたのだが、彌茅があまりにも必死で頼んでくるものだから。

「……ふぅ。わかったわよ」

 石を指で弾いてクインの頭部にヒットさせる。

「んがっ!? はっ、砂漠と湿地帯と氷原はドコ!?」

 人生何度目かの臨死体験から舞い戻ってきたクイン。

 

「とりあえず食事にするわよ。クイン、そこのガキも持って来なさい」

「ハイ……」

 ずりずりと引きずられる少年の半死体。なにがツボに入ったのか、慈樹は秀人の背でケラケラと笑っていた。

 

「カート・グレンデル。あんたが属する凶鳥部隊内の小グループのリーダー、ね」

「はい……一応……」

「……コイツがぁ? ホントにぃ?」

 まじまじと眺め、懐の装備品をガメて卓に並べる。

(ショボい拳銃、ショボいナイフ、そんでショボい魔力)

どう見ても実力で君臨するタイプのリーダーではない。ということは。

(他は覚えてないけど、連帯意識の強まりがちな女グループに男一人で、曲がりなりにもリーダーとして認識されている。はやてと同じ、カリスマタイプのリーダーか)

 戦闘一辺倒になりがちな凶鳥部隊においては、割と有用な人材なのかもしれない。弱すぎて話にならないが。

「起きたら騒いで五月蠅そうだし、縛っておきましょう。彌茅。教えた通りにやってみなさい」

「はい師匠(せんせい)

 彌茅に練習用トラロープを手渡す。彌茅はまず、手首を外しても抜けられないように両手の親指を背中で結束バンドで留める。カートの両手首と両足首をそれぞれ『8』を描くように縛り、さらにそれらを連結させ、海老反りに近い形に持っていく。更に猿轡とほっかむりを合体させるように縛り……

「あの、クインさん。いいですか?」「そんな見事に緊縛されてから聞かれても」

「さぁ尋問の時間よ」

 なのはは、カートの鼻の穴に水を滴らせた。手慣れすぎている。

 

「ぐ、がぼぼっ!!? ……!? ンーー!! ンんーーー!!?」

 目を覚ましたカートは、全身の身動きが取れず、口さえ自由にならないことにようやく気付いた。

「おはようカート・グレンデル。気分はどう?」

「!! んんんーーーー!!」

「お話がしやすいように、指か歯の一本からいっとく?」

「…………!!(ぶんぶんぶん)」

 ……カート少年は首を必死に横に振り、動きを止めた。

「賢明ね。それじゃあ、口を自由にしてあげるけど、私が『うるさい』と感じたら、声帯をチョン切るからね。目線が反抗的だと感じたら、瞼を切除して二度と閉じられなくするからね。いいわね?」

「……!(こくこくこく)」

 カートは屈した。圧倒的暴力の前に虚勢など張れようも無いのだった。

「はい自己紹介」

「……カート・グレンデル……年はたぶん17……生まれはたぶん管理世界のどこかデス……スラム街でグレンデル一味を結成して、怪しげな実業家からの紹介で、凶鳥部隊の世話になってるッス……ハイ……」

「あなたとクイン以外の構成員について話しなさい」

「技術屋のロロと、狙撃手のマリーダの二人デス……」

「ふぅん。嘘は言っていないようね。あの時の人数とも一致するし。もういいわ。彌茅、解いてあげなさい」

「はい師匠(せんせい)、……あれ、どっちだっけ、ええっと、」

 

――グキグキグキ

 

「んぎょあああああああ!!? 違う! そっちじゃない!」

「あ、えっと、こっち? あれ、あれぇ……?」

 

――ポキポキペキ

 

「ひぎゃあああああああ!! クイン! クイィイイイン!! 助けてくれぇ!」

「ハサミ、ハサミ……」

 クインが台所にキッチンバサミを探しに行く。が。

「駄目よ。ロープが勿体ないじゃない」

「オレの骨は一巻き数百円のロープ以下かよぉ!!?」

「1280円よ。物価高は嫌ねぇ。気軽に縛り上げることも出来ないなんて……」

「鬼! 悪魔! 凶鳥部隊の女―!!」

 

――グキッ

 

「あっ」

 あっ、じゃない。

「肩の骨が外れたわね。少しは抜けやすくなったんじゃないの」

「なのはさんはもう少し人間味を身に着けて下さいよ……」

 ジョキジョキ、とトラロープを切断する。

「ほら、カート。大丈夫?」

「だ、だいじょばない…………」

 なのはは、新区から持って帰ってきた洗濯物を洗濯機に入れ終えてから戻ってきた。

「外れたらハメ直さないとね」

 

――コキッ☆

 

「ぴぎぃ」

 ……人体をガンプラか何かだと思っていそうな雑な動作で的確に接合する。

 

「あ、もしもしカレン?」

『私、いちおー悪の組織のトップなんだけれど……』

 気軽に電話をする仲である。

「このカートっていうガキ、あんたの差し金?」

『……なぬ?』

 フカシではなく、本当に知らないようだ。

「貸してくれるなら、雑用させるついでに鍛えるけど?」

『えー、困るー』

 クインは貸してくれたが、カートについては渋るような気配だった。

「あ、姉貴……!」

 カートはキラキラした目で電話の向こうを想起した。ほらやっぱり、オレがいなくちゃグレンデル部隊は、ひいては凶鳥部隊が引き締まらないじゃないか。ヴェイロンの兄貴、トーマだってきっとオレを待っている……と。

 

『洗濯係が居なくなっちゃうじゃん』

 

「そっちかよぉおおおおおお!!」

 カートは慟哭した。裏路地の半グレ集団から始まって、名を挙げて、ようやく大組織の一員に順当に成り上がってきたと思っていたのに。

「あのクソ社長、戦闘員として推薦するとか言っておいて、実際の業務内容は斥候と日常の雑事ばかりじゃねーか! 話が違うぞチクショーーー! 耳障りのいい言葉で寄せ付けておいて実態はコレかよぉ!」

「口約束なんて証明する手段が無ければ守る必要なんて無いわよ」

「クソッ、表も裏もなんて世知辛い社会なんだ……!!」

 社会の寒風に晒されるカート少年だった。

 

「まぁ、しゃーないしゃーない。俺も最初に凶鳥部隊入った時にやった仕事は隊舎の清掃と洗濯だったぞ。あれで『女』に対する幻想の8割が吹っ飛んだ……」

 経験者は語る。というか境遇だけならはるかに劣悪だった。

「えぇ……あんた当時からクソ強かったって姉貴が言ってたのに……サイファーもフォルティスもドゥビルも居なかった頃の凶鳥部隊ってどんなだったん?」

「そいつらの名前は知らんが……当時の部隊長のオウルってのが鬼のように強い……というかマジモンの鬼でな。腕力で負けそうになったのなんて初めてだったぞ」

「はえー……今じゃ最古参は姉貴とシャマルの兄貴だしなぁ」

「まぁ、俺が居たのなんて一か月やそこらだし。その後の事なら、なのはの方が詳しいだろ」

「うーん……でもなぁ、逆にオレは新参すぎて、なのはさん、はやてさん、カレンの姉貴の三強体制時代のことはよく知らないんだよ」

「ヴェイロン、アルナージっていう二人の事なら、なのはが良く話すけど……」

「おぉ、そりゃオレたちの一個上世代だ。よく一緒に作戦行動するぞ」

「強いの?」

「……なんでそこだけ前のめりなんスか……」

 心の底のバーサーカーが顔を覗かせてしまった。

「しかも当時って、わざわざ隊舎を構えてたんだろ? 出撃とか面倒じゃね? 今なら(・・・)――」

 

カート(・・・)――』

 

 ……電話口から、恐ろしく冷たい言葉が発せられ……

「………………」

 カートは、顔を真っ青にして固まった。

『ペラペラ、ペラペラと……内情を吹聴するんじゃないよ』

「…………す、すんません……すんません……」

 カタカタと震えながら電話の向こうに頭を下げる。クインも思わず、なのはの袖を摘まんでいた。

「…………」

 彌茅は初めて、本能的な恐怖というものを知った。そう。あまりにもなのはが気軽に接しているものだから勘違いしそうになるが……凶鳥部隊というのは、圧倒的強者の集団なのだ。その長として、実力で君臨しているカレンという人物が、生半可であるはずが無い。

 緊迫した空気。なのはが仲裁に入るか、カレンの面子を立てて黙るかを慎重に推し量り、

 

――ピンポーン

 

 …………あまりにも空気の読めないインターホンが鳴り響いた。

「はい」

『お届け物でーす。『高町なのは』様の本人確認が必要になりまーす』

「はいはーい」

 なのはが、クインと彌茅を連れ出すように玄関口に向かっていく。携帯電話はスピーカーモードのまま、カートの目の前に置かれていた。沈黙。そして。

 

「………………」

 

 荷物を手にしたなのはが、戻ってくる。

「うひぃ……!!?」

 カートは、あまりの殺気に思わず声を漏らした。電話口の向こう。それと同等の殺気を、なのはが纏っていたのだ。

わざわざ『高町』の性で注文したモノは、何だったのか。

「……………………ナメたことしてくれるじゃないの」

 ごとん、と、乱暴に卓上に放りだした箱の側面は『ギフト用高級銀鱈(ギンダラ)』とある。中身は……

 

――――拳銃と実包だった。

 

「………………あのなぁ」

 秀人は額を押さえる。まーた変なものを買って。

「違うのよ……そういう問題じゃないのよ…………ほらコレ」

 と、なのはが取り上げた拳銃。

「? 普通の銃だろ? どこがおかしいんだ?」

 全部がおかしい。秀人もたいがい麻痺していた。拳銃は、学校に持っていかなければ所持して良いようなものではない。

「これ……純正トカレフだって言うから買ったのに……! メッキした黒星だ……!」

 つまりはニセモノである。

Yabazon(ヤバゾン)はこれだから……!」

「俺の知らない通販サイトを嫁が使ってる……」

 たぶんディープウェブ系のアレである。

 殺気立つなのは。そして落ち度といえば…………携帯電話を、カレンへの通話状態で置いていたことであった。

 

『え、なのはパチモン掴まされたの? ぷ、ぷぷぷーーー!!!! ぶわぁっはっはっはっは!! だっせー!! ぎゃはははははは!! やーい、バーカ! バーカ! 新人の雑用レベルの買い物ミスってやがんのーーーー!! だっせーーーー!! くそだっせーー―!! ぎゃははははは!! ばぁああああああか! 頭グレンデルかよギャハハハハハハ!!』

 

 ここぞとばかりに煽る煽る。なのはは、掴まされたパチモン銃で携帯電話を殴り壊そうとしていた。が。

 

「…………………………彌茅。クイン。カート。準備をしなさい」

「はい」「……はい」「えっオレも!?」

 返事は待たず、なのははすたすたと家を出ていった。『準備』に行ったのだ。もはやカートの処遇がどうこう、は全く頭にない様子。

「あのぅ……オレはどうすれば……」

『行ってきなよ。あぁなったなのはは話通じないし』

 よくご存じで。

 

「なぁカレン、」

『おうヤリ逃げ三又トライデントちん〇野郎』

「すまんかったー!!!!!」

 釈明のしようも無い。カレンに手を出し、なのはに手を出し、挙句にはやてを不倫の挙句孕ませ……と、言葉だけを聴けば秀人は最低のヤリ〇ン野郎だった。

『いい雰囲気で凶鳥部隊を出ていったけどさぁ。あの前々夜にわたしと』

「変な薬で記憶混濁させてきた女の言うことか!?」

『出ていく前夜オウル隊長の部屋に行ったんだよね? ……ま、まさか……』

「誓ってヤってません……!」

『はやては? あんたの9つも年下の低身長ばいんばいんどすけべ女は』

「薬ナシでヤりましたぁ……!!」

『ゴムもナシ、と』

 いろいろ最低である。

 

『そういや今夜、ルーフェンってとこ行くんだけどさ』

「……なに?」

『仕事。良かったら手伝ってよ』

 何の因果か。逃げた弟子だの娘だの元カノだの、あらゆる女難が秀人を襲う。

『カートとクイン貸し出してるレンタル料替わりにさぁ、いいでしょ?』

「……わかった」

『んじゃ、番号を交換しよう! これ、なのはのケータイだしさ』

「………………」

『逃げられると思うなよ』

「…………ハイ」

 秀人は……過去に読んだ漫画の知識から、浮気に走る男ソックリのムーヴをしていることに嫌な予感しかしなかった。ぶつん、と切れた携帯電話を置き、窓から身体を乗り出す。そして上階の住人の名を呼ぶ。

「奈々ぁ―!!」「呼んだ?」「うわぁああああああいつのまに背後に!?」

 相変わらず、何か読んでいるとしか思えない動きで背後に奈々が現れる。

「いや、なのはちゃんが部屋に来てさ、慈樹くんをよろしくって」「そうか……すまないな、なんか都合よく」

 いくら定職に就かず収入が安定せず何をしているのかさえ不明なザ・不審者とはいえ。

「いいのヨー。慈樹くんに秀人の下半身の武勇伝を吹き込……」「やめろ……マジで……女難から逃れたい……」「無理ヨー」「無理かー……」

 無理らしい。クロノとユーノと恭也に女難を分け与えて4分割くらいにすればマシになるんじゃないかと画策するが、よくよく考えたらみんな女で大なり小なり女性関係で苦労しているから今更だった。秀人には知る由も無いが、クロノなんて血縁の女に迫られてるとか修羅場がヤバい。シグナム? あいつはダメ。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

師匠(せんせい)、これは……?」

 彌茅とクインは、なのはから与えられた新たな装備に身を包んでいた。

「いわゆる鎖帷子よ。着込める系防具ね」

 袖口までをカバーするタイプであるが、非常に軽量で、動作に支障をきたす気配は無い。

「ユ〇クロでストレッチパンツとヒートテック見たときに思いついたのよ」

 ユニ〇ロでそんなこと思いつくのはこの人くらいであろう。

「単体でレベル4クラスの防弾性能があるから、標準の自動小銃くらいなら『ちょっと痛い(骨が砕けるくらいの痛み)』で済むわ」

「で、あたしはというと……」

「私の予備の刀と拳銃。実戦で木剣というわけにもいかないでしょう」

 

 男子なので個別に着替えさせたカートもまた、同様の装備だ。

「いいモンもらってんなー……」

「あんたのは特注じゃなくて私のお下がりだけどね。ヴェイロンのやつは背がニョキニョキ伸びたせいで入らなくなっちゃったし、アルナージは反抗期で。あとこれ」

 と、カートに差し出したのはホルスターと中身のパチモントカレフだった。

「本革のザ・カッチョイイ・ホルスターにシルバーのトカレフを合わせようと思って買ったのに……」

 とんだコーディネイトである。

「こっちじゃあんたの銃の規格のタマが手に入らないのよ。ホルスターは貸してあげるし、銃はあんたにあげるわ。幸いにも発射性能そのものは本物と同じ程度だったし、悪くはないわよ」

 しかし、カートは訝しんだ。管理世界では逆に、地球のトカレフの規格での弾は手に入らないのだが、貰ってどうしろというのか、と。

「決まってるじゃない」

 なのはは……朗らかに、花が咲くような笑顔で言う。

 

「これから奪えばいいのよ」

 

 ………………

 

 ルーフェン行きの準備をする秀人とは別行動で、なのはとその連れ3人は港まで来ていた。ぱっと見は旅行鞄を持った仲良しグループであるのだが……観光のような華やかさは無かった。

「……人気あんま無いですね」

「この港は釣り船もやってなけりゃ、漁船もそんなに多くないし、廃船置き場も兼ねてるからね」

 どことなく寂しい雰囲気の港だった。その一角、かつては何らかの作業小屋だったであろうボロ小屋の扉を、特定のリズムで叩く。と、気配の欠片も無かった小屋の扉が、ギシギシと音を立てて開く。

「……あい」

 顔を見せたのは、不自然に歯が無い老人。招かれて入ると、やはりボロ小屋。

「……ご用件は」

「……」

 ごつん、とカートの懐から抜いたパチモントカレフを老人の前に置く。

「…………おんや、まぁ」

「そういうことよ」

 ……首をかしげる三人。要約すると、Yabazon(ヤバゾン)で買った品物は海運され、この港の沖合で引き渡される。それを配送業者を装った工作員が個別に届ける……というシステムだった。つまりこの老人が、この港における裏取引を取り仕切る者なのだ。

「あんたの『店』は、パチモンを客に売りつけるわけ?」

「…………へ、へへへ」

 と、老人は、歯の隙間から空気を漏らすように笑い、手元のメモ用紙に何かを書く。日時と、座標。

「……砂糖の輸入に見せかけて、東側国のフネが来やす。……ソレですわ」

「客に始末を任せるっての?」

「えぇっへっへっへ……今日は、店じまいでさぁ……」

 取り付く島もない。といった様子で小屋を出る。すると……

 

 

『動くな! 貴様たちは完全に包囲されている!!』

 

 

 …………小屋の周囲に、大量のパトカーがいつの間にか大集合していた。

「店じまいって、こういうこと……」

 銃刀法でしょっぴかれる前に、警官隊をシバキ倒して逃げる算段を立てていると……見覚えのある黒いクラウンが現れる。

「おっ、ツイてるわね」

 運転席と助手席から現れたのは……

 

「な、何をやっているのキミは、もぉおおおおおおおおおおおお!!!」

 フェイトと、シグナムだった。

「わーい、渡りに船ね」

「わーい、じゃないっ!! せつめい! せつめいしろーーーー!!」

「ひそひそこそこそ」

「ふんふん、アングラの闇サイトで拳銃買ったらパチモンだったから取引相手をダイレクトに物理クレームを付けに来たんだ。親権がデリケートな彌茅と、ボクが黙認しているだけで反社の密入国者のクインと、その仲間の男の子を連れて。へぇー、ふぅーん…………

 

 

――――アウトだよぉ!!」

 

 

 フェイトは頭を抱えた。どうしてこの姉は、次から次へと国際的な違法行為に手を染めるのか。倫理観が終わっている。

「警視正! 小屋の中はもぬけの殻です!」

 小屋の地下にはかつての水道を利用した脱出道があったらしい。抜け目のない老人だ。

「はいこれ」

 と、なのははフェイトに先ほどのメモ書きをそっと握らせる。

「……なにこれ」

「取引現場」

「……………………」

 フェイトは……その優秀な頭脳をフル稼働させ、どうにかこうにか、苦しいながらも、通らなくもない理屈をひねり出す。

「警視正。そちらの方は……」

 警察官の視線は、怪しさ満点の旅行鞄に注がれている。

「はい」

 と、なのはは鞄を警察官に手渡した。訝しみながらも開封する。中身は……

「酔い止め薬、ハンカチ、ティッシュ、ボールペン、メモ用紙、モバイルバッテリー…………怪しいものは何もありませんね」

 なのはがそんな分かりやすく違法物品を持ち歩くものか。

 

「……彼女……たちは、捜査協力者、デス……わたしの、知己で…………警察協力の経験も……あり……今回も……偶然、通じてしまった闇サイトの情報で……『クルーズツアー』という隠語に騙されて……たまたま、ここに…………」

 あまりにも苦しすぎる言い訳だが、フェイトとシグナムは、幸いにも警察内部の信用が厚いらしく、警察官は疑う素振りも無く引き下がっていった。

「………………」

 心臓がバクバクしているフェイト。過去一番で緊張した。

「ナイスよ」

 見られない位置で、フェイトの背中をぽんぽん、と叩く。ちなみに渡した鞄は二重底で、普通に凶器が入っていた。堂々としていればバレないものである。

「………………もぉおおおおお~~!!」

 バシバシ、となのはを叩くフェイト。このくらいは許されるだろう。

 

 なのはが取り出したケータイの画面には、Yabazonのページが開かれている。それをフェイト含む警官隊に渡すと、事態は一変した。

「…………これ、隠語で隠されていますけど違法薬物ですね」

「従来のどの構造式にも該当しません。いわゆる危険ドラッグですが……」

「新法の適用条件には合致します。検挙可能です」

「あと、従来の拳銃に加えて……『魔法武具』のラインナップも確認しました」

 事態が動いていく。

「この案件は、特別超常現象対策課の所轄となります」

 こうして、このニセトカレフ事件は、晴れてフェイトたちにお鉢が回ってきたのだった。

 

「思わぬ相乗りになったけど、良かったわ」

なのはは、ドサクサに紛れて、検挙作戦に参加することが決定していた。天眼宗の壊滅時に立役者となり、慰霊の場にも出たなのはは、警察、公安からは(ちょっとヤバめの)協力者として認知されているのもあり、作戦行動への同行が認められた。

「社会は信用で成り立っているのよ。三人とも覚えておきなさい」

海上保安庁の船舶に一室を貰い、彌茅、クイン、カート、フェイト、シグナムとミーティングを行う。

「お巡りさんとしてのメンツもあるだろうから、私たち四人は別行動で行くわ。船の内外から挟み撃ちにしましょう」

「……何で連れてきちゃったの…………」

「(裏)社会科見学よ。力がある者は闇からは逃れられないのよ……」

「不可抗力みたいに言ってるけどさ、嬉々として闇ピクニックしに行くのやめてくんない!? ボクの始末書報告書における文章力にだって限界があるんだよ!?」

「大丈夫だフェイト。オレが手伝おう……フフフ……いつまでもな……」

 シグナムがヌルリとフェイトの肩に手を回そうとして、顎をバルディッシュの柄で殴られていた。懲りない奴である。

 

「ところで魔法武具って何? ずっとその話題避けてるわね」

 

「うぅうっ……キレ芸でもごまかせない……!!」

 そしてついに、バレてはいけない話がバレてしまった。なのはの目がキラキラと輝いている。これはヤバい。

「……簡単に言うと、六課でも使ってたカートリッジ式簡易デバイスのことだよ」

 戦闘員ではない事務員レベルの職員を、イザというときに肉壁もとい戦力化するためにはやてがマリエルに作らせていたものである。

「バッテリーの電気をカートリッジ内蔵のコンデンサーで魔力に変換して、デバイス内蔵のいくつかの単純な術式をドライブさせる機器。いま、管理外世界に無作為にバラ撒かれて、土着の技術と融合した未知の凶器を使った事件が頻発しているんだ」

「………………(欲しい)」

「ダメだからね。全部押収するからね」

 世界のパワーバランスを崩しかねない危険な存在だ。先の大戦を経た後の、世界間の技術共有は、複数の協議を通した平和利用に限られている。

「どーせどっかの軍需産業が後々のシェアを取るために技術と現物を横流ししているんでしょう。管理外世界はブルーオーシャンだもの。たぶん平和利用協議会の中にも潜んでるわよ」

「捜査中だから! 決めつけないの!」

「……捜査中ってことは怪しいヤツは既に居るってことね」

「あああああー! 聞こえないもんー!!」

 世界が良くなる兆しはいまだ見えない。

 

――prrrrrrr

 

不意に、カートの懐から鳴動音。取り出すと、クレジットカードほどの大きさの機器。

「? なんだ……? こんなモン、持ってきたっけか?」

 室内に緊張が走る。当たり前だ。隠密作戦に際して、個人の通信機器など持ち込ませるはずがない。

「出なさい」

 なのはの指示で、カートがその謎の電子機器を当てずっぽうに操作する。

 

『やぁカート少年! わたしだよハーディス・ヴァンデインだよ! 久しぶりだねぇ! その後カレンくんの基での生活はどうだい!? いやいや、言わずとも分かるさ! 雑用!雑用!下働き! 不満があるだろう!? だが仕方が無い事なんだ! 確かに『凶鳥部隊入り』をキミたちグレンデルに持ちかけたのはこのわたしだ! だが期待と違ったかい!? いきなりエース部隊に登用されると思ったのかい!? それは無理だよ! どうあがいても無理だよ! それは凶鳥部隊を甘く見すぎているよ! 君に必要なものは経験! レベルアップのための経験だよ! そのためには、今君が向かっている密輸船くらい単独制圧できなきゃあならない! でも出来ないだろう? だが凶鳥部隊の戦闘員ならば、下位戦闘員であろうともそのくらいの任務は朝飯前に達成するさ! だが君は出来ない! 未熟!経験不足! であればどうする? そう、レベリングさ! わたしは『ドラゴンクエストモンスターズ』の大ファンでね! キミみたいな弱いユニットでもレベルを上げればボスにも通用する! 素晴らしいゲームだ! そのために今君は輸送船に向かっているんだよ! 頑張りたまえカート少年! クイン女史! 見知らぬサムライガール! ハッハッハ!!』

 

「おい切るな。ハーディス・ヴァンテイン」

 

 シグナムが、カートから端末を奪い取る。

「声紋照合による本人照会と自供を確認した。貴様を逮捕する」

 だが、電話口のハーディスは揺るがない。

『おや、闇の書から独立した騎士どのではないか。現代には適合できているのかい? 神代の戦争が恋しくはならないのかい?』

「たわごとは要らん」

『逮捕、逮捕ねぇ。構わないよ一向に』

 余裕綽綽である。何だったら顔も投影してやろうと言わんばかりだ。だが、この男がここまで強気に出られるのには理由がある。

 

『軌道上の衛星刑務所レベルⅨ独房に囚われているわたしは、逃げも隠れもしない!』

 

 シグナムは内心で歯噛みした。そう、ハーディス・ヴァンデインは既に……20年近く前、戸籍上の年齢で成人したその年に、とっくに逮捕され、裁判も終結し、刑務所に収監されているのだ。少年期に犯したあらゆる犯罪行為は少年法により追及されておらず、成人し一か月の間でのみ犯した罪状でのみ、最高クラスの刑務所に収監されているのだ。

 

『わたしの懲役は約1万2000年。司法取引に応じようが応じまいが、意味の無い数値だよ。確か最新の逮捕歴は一か月前、反社会勢力に知識と武器と犯罪ノウハウを伝授したことだったかな? それはたしか懲役10年? 15年だったか? その前は、この刑務所からの無許可の外出が咎められたことによる懲役20年の加算だったかな? 仲の良かった看守(友人)を失うのは悲しいことだねぇ。人生は出会いと別れさ』

 逮捕され、司法における最大刑をはるかに超越する刑期を課せられた犯罪者を、これ以上、罰することなど出来ない。

 あらゆる情報から遮断されている筈のレベルⅨ刑務所において、何故か世情に精通しており、何故か通信機器や電子機器を所持しており、何故か資産が増加し続けており、何故か軍需産業に顧問として正式に登録されている、世紀の大犯罪者、ハーディス・ヴァンデインを罰することなど、この世の誰にも出来ないのだ。

 

『そうそう、こんどわたしの7回目の死刑(・・・・・・)が執行されるのだよ! 薬殺・絞殺・電気殺・銃殺・落殺・焼殺と来て、次は宇宙空間に放り出すとのことだ! 面白いショーが見られるから、ぜひ』

 

――ゴキャベキメキッ

 

 ……シグナムが通信機器を捻り潰したことで、その言葉は中断させられた。

「おいガキ。この一件が終わり次第、お前を逮捕してやるからな。覚えておけ」

「ウゲッ……拘留中って給料どうなるんだ……?」

「出るわよ。拘留手当って制度で。わたしもカレンも貰ったこと無いけどね。あと顧問弁護士制度もあるわ」

「無駄に凝った福利厚生……!」

もとは管理局の暗部組織。そういったアフターケアは無駄に充実していた。

 

「オラッ、脱げクソガキ! まだケツの中に発信器なり盗聴器があるかもしれんだろうが!」

「イヤァ! お婿さんに行けなくなっちゃう!」

 カートはシグナムと警官に別室に連行され、色々あって乱れた衣服で戻ってきた。

「ウッウッ……汚されちゃった……!」

「いやもとからキレイじゃねーだろ」

「確かに……」

 カート、納得。

 

「間もなく現場です」

伝令に海保職員がやってくる。乱れた衣服のカートとシグナムを見て、『あっ(察し)』という表情をする。着々とアレな噂が流れる下準備が整いつつあった。

 

「さて皆、準備は良い?」

 各々、準備は万全である。

「向こうに認知されているのは、取引相手である私たち……えーと便宜上、チームNが、モーターボートで近づいて向こうに乗船。何やかんやして合図をしたら、海保さんとフェイトとシグナム……チームFが一気に拿捕する、ということでいいわね?」

 確認は取れた。

 

「『ナメられたら潰す』。社会の基本原理を叩き込んであげましょう」

 大多数の人が知らない社会がそこにはあった。

 

 モーターボートで近づくと、そこには中型と大型の境目あたりに位置する輸送船が波に揺られていた。船名も船籍も実在するのだろう。堂々とした航行であった。懐中電灯でモールスを送る。リフトが降下し、モーターボートごと乗船させられた。

「イラッシャイマセ」

「微妙に間違っている気がするわね……」

 応対をしてきた有色人種の下っぱに案内され、船内に。特に豪華でも質素でもない、普通の船だ。食堂を兼ねているらしき広間に通されると、護衛に守られた中背のアジア人の男の船長が笑顔で出迎えた。

「この度はご足労頂き、感謝を申し上げます」

 流暢な日本語を話すが、国籍は不明だ。なのはは早速、本題に入る。

「この落とし前を付けてもらいに来たわ」

 カートのホルスターのニセトカレフを指す。

 

「……」

 ちゃきっ、と、下っ端の懐の銃がなのはの頭部に向けられ……無かった。中途から切断された銃身がゴトリと落ちる。

「…………これはこれは、失礼を致しました。おい」

 自分でけしかけておきながら、その部下を諫めるような態度で下がらせる。銃を失った下っ端は慌てて走り去る。少しすると、大仰なスーツケースを持ってやってくる。

「お詫びと言っては何ですが、こちらをお納め下さい」

 スーツケースを開けると、中には丁寧に梱包された拳銃一式がずらりと並んでいた。

「製造年数今年度・未発火・本国軍需工場製の純正トカレフ10丁、並びに実包25×40箱の1000発。こちらで如何でしょう」

 このままでは組織が潰されると察したのだろう。ニセトカレフ2丁の詫びの品としては破格の条件が提示された。

 

「そうね。あと、この船を丸ごと頂こうかしら?」

 

――そもそも、潰しに来たのだ。

 

 

――――ズダダダダダダダダダダダダダダダッ!!!!!

 

 丸窓から自動小銃の銃身が差し入れられ、なのはたち目掛けて一斉に乱射された。

 なのははテーブルを蹴り上げ、射線から逃れる。丸窓へ手裏剣を放つと、一時的に掃射が止まる。

「ふん、追いかけっこと行きましょうか」

 一瞬の隙に、船長は姿を消していた。良い判断だ。

 

「さぁ戦闘だ! 準備は良いか!」

「「イエス、マム!」」「はい師匠(せんせい)

 続いて、室内にドカドカと駆け込んでくる敵の戦闘員。

「膝!」

 

――ダンダンダンダンッ!!

 

 なのはの指示に、カートが戦闘員たちの足を狙って拳銃を発砲する。若干の撃ち漏らしはなのはがフォローする。そうして、先陣がつんのめって倒れ込み、突入の足が止まる。

「クイン! 彌茅! 指を狙え!」

「はい!」「はい師匠(せんせい)

 銃を握る指を、二振りの刀が切り落としていく。情けだとかではなく、単に腕より指の方が切り落としやすいだろう、という判断だった。

 

そうこうしている間に、第一陣は無力化された。

「合格ね」

 なのはは、切り落とされ指を旅行用エチケット袋に入れ、持ち主に渡してやっていた。まさかのエチケット袋の知られざる活用方法であった。

「ま、貧困だのなんだの、いろいろあるんでしょ。あなたたちも。あとでくっつけてあげるから大事に持っていなさい」

 そして、船底に向かって歩いていく。

「カート。あんたカッコつけてないで両手で構えなさい。筋力が足りてないんだから」

「うス……」

 

――ガスッ

 

 会話のさなかに放った手裏剣が、ダクト口、その奥に潜んでいた狙撃手を無力化する。

「彌茅もクインも、注意力がやや散漫。空間全体に気を配りなさい」

「はい師匠(せんせい)

「次の角を曲がったら待ち伏せがあるわ。自由に対処しなさい」

 

――ドガガガガガガガガガッ!!

 

 言った通り、バリケードが張ってあった。その隙間から、銃口が覗いている。

「えいっ!!」

 彌茅が、懐から取り出した何かを、腕に巻いたゴムバンドを用いて射出した。

 

――バンッ!!

 

 何かが破裂音。銃声が一つ止む。

「ふたつ、みっつ!」

 

――バンッ、バキンッ!!

 

「行きますよクインさん!」

「おう!」

 そしてバリケードを飛び越え、射手を捕縛する。その足元には、銃口が花のように開いて裂けた小銃が転がっていた。なのはが蹴り転がすと、銃口からは割れたパチンコ玉の破片が転がり落ちる。あの状況で、銃口をピンポイントで塞いだのだ。

「見事」

 彌茅に教えていた射出投擲の技術が、着実に身についていることになのはは満足した。

 

「案外小規模な組織だったようね」

「…………くっ」

 そして……船長をデッキの末端まで追い詰めた。護衛達は全て無力化され、袋の鼠だ。しかしどこか、余裕のようなものが見て取れた。懐から取り出すのは、小ぶりな刃物。

「「あっ」」

 と、クイン、カートが声を上げる。

「クイン。あなたが何かしらの隠し事をしているのは良く分かったわ」

「うげっ」

 魔法武具、と言っていたが、それとは別種のブツだ。船長はそれを、掌の中に突き入れる。

 

「ウゥウウウ『オオオオオオオオオオオオオーーーーーー!!!』

 

 バツンッ!! と、膨張した肉体に衣服がはじけ飛ぶ。漆黒の肌。銀色に輝く頭髪。

「……。なんだか前に見たのより精度が上がっている気がするわね」

 前回、レアスの舞台を破壊した暴走体は刃物ではなくランタンのようなものを持っており、肉体は膨張はしたが密度は低かった。

「流通数が揃えば、何らかのブレイクスルーで飛躍的に進歩するわけよね」

 変異を終えた船長は、デッキに腕を突き刺し、巨大なハンマーを取り出した。

「アレが魔法武具かぁ……何か好みじゃないわ」

 

――ザザ、ざ、『あー、聞こえるか、なのは』

 

 支給されたインカムが、懐かしい声で喋る。

「マリエル? 久しぶりじゃない」

 驚いた。マリエルは相当に多忙である、とだけは聞いていたのだ。わざわざ辺境の小事件に顔を出してくるとは思わなかった。

『……昔は『マリエルさん』って言ってくれてたのに……まぁそれはそれとして』

 ボディカメラが接続される。

『あれは失敗作だ』

「ハンマー? 刃物?」

『どっちも。ハンマーは現地の技術では強度に耐えるための軽量合金が作れず、デカく重く人間が扱えないモノになってしまった。リアクター……刃物の方は格段に精度が上がった。だが、変異が可逆性になったのは良いが、充填したエネルギーを使い果たすまで止まらない。だが、人間が扱えないだけで、威力と強度は十分な武器と、それを扱える肉体スペックが合わさった結果、』

 

『ゥオオオオオオオオオオーーーーーッ!!!』

 

――ズガァアアアンッ!!!

 

『たいへんなことになった』

「ざっくりしすぎでしょう」

 まぁ倒せなくはない。しかし今回の目的は、弟子たちの社会科見学(闇)である。そして、このままだと船は木っ端みじんとなる。縛ったり切ったりした戦闘員たちや、知らずのうちに乗り合わせていた操船スタッフたちが海の藻屑と消えるリスクがある。

「つまりデータと現物が欲しいのね」

『そういうことだ』

「見返りは?」

『押収品コレクションからこっそりプレゼント』

「乗ったわ」

 悪童たちにガバナンスもクソも無かった。

 

「さぁ二人とも。デカいやつとの戦い方は教えているわ。ヤってみなさい」

 

「「はいっ!!」」

 声が震える二人。まだまだ場数経験が足りていないが、これから嫌でも積んでいくことになる。今日はその一歩だ。

 

――ゾンッ!!

 

 彌茅、クインが、見事な太刀筋で巨体のアキレス腱を切る。

『グ、ガァアアアアッ!!!!!』

 だが、船長は断ち切られたアキレス腱で……そのまま踏ん張った。

『ゥオオオオオオオオオオオオ!!!』

 凪払い!

「うひぃっ!?」

 カートとクインは間合いの外へ。彌茅は……間合いの内側へ!

「せぇいっ!!」

 

――ぞぶっ……!!

 

 圧倒的な筋肉密度により、腕の中途で刃が止まる。

「彌茅!」

 クインが焦ったように叫ぶ。

「おぉおおおおおりゃあっ!!」

 彌茅は、不安定な状況から身体を旋回させ……!

 

――がすんっ!!

 

 食い込んだ刀の柄を、加速で体重を補って、蹴りつけた!

『ウォオオオオオオオッ!!?』

 両腕で振り回すつもりが、片腕の力が消失したことで暴発。

 

――ズゴゴゴゴンッ!!

 

 船舶を大きく削り取ってしまう。

「おっしゃ、もらったぁ!!」

「カート、バカ!!」

 隙と見たカートが、拳銃を構え、不用心に巨体の前に立つ。クインの警告も遅く、

 

――ズドォッ……!

 

 手首から先を再生しつつある大木のような腕が、カートの腹を打ち据えた。

「ぐ、ぶッ……」

 吹っ飛ぶ。

(死んだわね)

 なのはの見立て通り、甲板に落下したカートは意識を失い、ショックで心臓が止まりかけていた。

「なに勝手に死にかけてんのよ! 命は大事に使え! 殺すぞガキ!」

 なのはは、カートの鳩尾に足を置き……

 

――どすどすどす!!

 

 超絶乱暴に心臓を拍動させた!

「ぐぇえええっ! げほげほげほぉっ!!??」

「おら死んでるヒマなんて無いわよ! 命は有効に使え! 死んで来い!」

「ぎゃああああああ!!」

 再び戦場にブン投げて復帰させた。

 

――がしっ!

 

 しかし、なのはの人体投擲は正確であった。

「うわぁあああああ! よりにもよってここかよぉ!!?」

『グォオオオオ!!?』

 カートが投げられた先は、まさかの船長の頭の上!

「クソォ! 敵も味方も雇用主も非常識すぎんだろぉ!」

 カートが意地を見せた。船長の眼球に拳銃を至近距離で合わせ……

 

――ダンダンダンダンッ!!

 

 視界を奪う!

「いいわね。男の子だわ」

 品評をしつつ戦況を伺う。リアクター有効時間内は再生力のおかげで死なないし、殺しの忌避感を抱かずにボカスカ殴れる。いい練習相手だ。だが、再生力の続く限り地道に続けるのは骨が折れる作業だ。

「彌茅。今日はあなたが決めなさい」

 

「はい師匠(せんせい)!!」

 彌茅の刀に、持ち前の魔力光が瞬時に宿り、輝く。日ごろから鍛錬を重ねていた魔力の瞬間発動が、実践においても問題なく実行できるとは、やはり彌茅は肝が据わっている。

「! カート!」

「! オッケー!」

 そこはチームメイトの阿吽の呼吸か。クインとカートは、船長を彌茅の方面へ同時に蹴り出す。

 

「――参る」

 

 刀を正眼に構えた彌茅が、いっそ緩やかに見えるほどの動作で上段へと以降し……!

 

「『天月・下弦』――!!」

 

 強烈な斬り下ろしを放つ!

『………………?』

 その斬撃が、明らかに身体を通過したにも関わらず……船長は、平然としていた。そしてニヤリと笑う。不発か。そうして、改めてハンマーを振り上げ……

 

――――すとん

 

『…………ア?』

 振り上がらない。下に目を落とせば、腕が。

 

――ハンマーを握ろうと力んだ拍子に、中途から『落ちた』。

 

『ア、 アアアアアアアアア!!!!!?』

足に力を籠めれば膝から下が、二の腕だけで立とうとすれば肩が、ぼろぼろと『落ちて』ゆく。斬撃の通過した、右腕と、右足が。

「……」

 そして、船長は見た。残り左半身へと、同様の斬り下ろしを放とうとする、小柄な『鬼』の姿を。

『ヒィイイイイイイイイイーーーーーーーーーーーー……!!!』

 巨躯に見合わぬ、か弱い悲鳴を上げると同時。

 

――パキンッ

 

 …………何かが砕けた。

『アアァアアアアアアアアアア、「ああああああああ…………」

 膨れ上がっていた巨躯は崩れ去り、その土くれのような残骸の中から、生身の五体が現れる。どうやら四肢は無事のようだが……結局、己の四肢が寸断される痛みと恐怖を味わったその心は、完全に機能を停止していた。

「見事」

 なのはが端的に表現し、クイン、カートはどっと疲れが出たように、その場にへたり込んだ……のだが。

「なに休んでんのよ! さっさと回収して来い!」

「え、回収って……」

「何を……?」

 きょとん、とする二人に、なのはが大きくため息をつく。

「彌茅、ちょっと待ってなさい」

「……はい師匠(せんせい)

なのはが、カートとクインを蹴りながら船内へ戻っていった。数分で戻ってきたなのはの手には、例のトカレフ入りスーツケース、船員たちの拳銃や小銃、ナイフなどの凶器類が山のように抱えられている。

「押収される前に戦利品を取っておかなくちゃ駄目でしょう。常識よ」

 誰もが知らない常識。

「彌茅」

「はい師匠(せんせい)

 とことこ歩いてきた彌茅の手に、ずっしりとした何かを握らせる。

「あなたの報酬と取り分よ」

 

――黄金のインゴットだった。

 

「………………」

「換金方法は後で教えてあげるから……って、あら、彌茅、彌茅?」

「………………」

 

――彌茅は気絶していた。

 

「疲れたのね……頑張ったものね」

((ぜってぇ別の理由だろ……))

 戦闘よりも、意味の分からない大金を握らされたことによる精神的ショックが大きいことは明白だった。

「あなたたちの分もあるから安心しなさい」

 

 そうして、はじめに渡されていたトカレフ入りスーツケース、船員たちの所持していた拳銃や小銃と、弾薬を不自然にならない程度に回収し、それを救命ボートに載せると、エンジン始動。無人のまま陸地へ向けて発進。

「無事に浜に流れ着くのよー。あとで迎えに行くからねぇ」

 ………………大量の武器と弾薬をガメたのち、信号弾を上空に打ち上げた。

 

――

 

「うわ、なんだこの甲板……」

「ヤケクソになって自爆でもしたのか……?」

 乗り込んできた海保の皆さんの手により、違法物品が押収されていく。手錠を掛けられ、連行されていく船員たち。歩けない船長は二人掛かりで引きずられていった。

 

 

『何かヤバいものをなのはがガメていないか』と、真っ青な顔で、押収品を目視確認していくフェイトとシグナム。

「警視正。警視。ご確認をお願いします」

「ハイ」

「自動小銃、拳銃、それらの実包……それに、薬物と、顧客リスト……それにこちらは……密輸されてきた黄金です」

「魔法武具の類は?」

「…………アレですかねぇ」

 アレ、と指示した先。甲板にズシーンと鎮座する、超巨大なハンマーである。

「…………とりあえず船ごと運びますかね」

「そうですね……クレーンでも無いと持ち上げられないでしょうし」

 

 そうして、現場責任者と思しき壮年の男性職員が、なのはたちの前にやってくる。

「……捜査へのご協力、感謝致します。こちらの船舶には、これより立ち入り調査が入りますので……」

 やんわりと、海保の巡視船への移動を促される。

 

 …………後ろのクインと彌茅はどうみても真剣を携えているし、カートなどホルスターもトカレフ(銀ダラ)も丸見えで、武装強盗団そのものの装いである、なのはたちチームNだったが、見逃してくれる様子だった。融通が利くものである。

 

 帰りは気ままなクルーズツアーである。

「フェイトもシグナムも、これから実況見分に取り調べに関係者捜査に、残業続きなんでしょうねぇ……大変だわ……」

 その仕事をムダに煩雑にしている張本人は、提供された簡素な食事をパクパクしながら他人事のように言うのだった。もちろんなのはは、フェイトを信用しているが、言わぬが花というかのように、武装勢力も真っ青な武器弾薬、100%違法な密輸黄金をガメたことなどはバレないようにしてある。

「帰ったら『お土産』を開けてのんびりしましょう」

 …………日本国の司法に真正面から中指を立てて唾を吐く行為であった。これが教師志望の10代女性の姿である。

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

がらごろと、家の外から聞きなれない音がするので見てみると、新品のリヤカーを繋いだ、見慣れぬカブがアパートの敷地に入ってくるところだった。荷台に力なく項垂れる三人の姿を見て、俺は察した。

 

「ただいまー!」

 なのはが、ウッキウキで帰宅してきた。

「おかえりー」

 …………なのはがウキウキしているとき、だいたい周囲は迷惑を被って疲労困憊しているという経験則から、フェイトの苦労を察してしまう。大丈夫かなあいつ……

 

「ただいま……」「戻りました……」「です……」

 ……同行した後ろの三人の様子から見るに、そのようだった。というかなんだその大荷物。

「いやーもう大漁大漁! 海はいいわねー!」

「ぜったい魚と関係ないヤツだ……」

 スーツケースを開けると、出てくる出てくる……いやもう何も言わないけどさ。こういう嫁だし。

「さて、ひとっ風呂浴びる前に、分け前の話を始めましょう」

 円座を組み、何となく俺も慈樹を膝に載せつつその中に加わる。

 

「カート。そのホルスターはあげるわ。大事に使いなさい」

「えっ、マジですか!? おっしゃー!!」

 先ほどまでの疲労はどこへやら。気に入ったらしいホルスターを貰えて、おおはしゃぎしている。分かる。

「ってことはこのトカレフも!?」

「えぇ。最初の銀ダラと、新品のトカレフ5丁、タマは全部持っていきなさい」

「え、タマもいいんすか?」

「私はいつでも手に入るし、そもそもストックがあるもの」

 完全にアウトなことしか言っていない。

 

「クイン。あなたにもトカレフよ。明日からちょっと重点的に教えてあげるわ」

「この銃、手首と肘と肩が痛くなるのにー……」

「だーかーら、教えてあげるって言ってるでしょう。コツよ、コツ」

 ……まぁ、生半可よりは、なのはに徹底的に鍛えられた方が、結果的に良い方向に進むだろう。死ぬよりはいい。

 

「――彌茅」「はい師匠(せんせい)

 

「今日のMVPは貴方よ。よく頑張ったわね」

「はいっ!」

 褒められた彌茅は、微笑ましくなるくらいに喜んでいた。

「これは追加のご褒美よ」

 そして、それを取り出した瞬間……

 

――ズモモモモモッ……!!

 

「うげっ……!」

 思わず声が出てしまう。

 

 何の動物の物なのか考えてはイケナイであろう革と、黒ずんだ注連縄(しめなわ)、ボロボロなのに何故か剥がれていない禍々しい字体のお札で、明らかに厳重に封印されているであろう物品。

「ちょっ…………と、待て。それ、彌茅に渡すのか……?」

 なのはの教育方針に、珍しくも口を鋏んでしまう。

 

「――必要だから」

 

 と、なのはが、その封印を剥がす。剥がしていくごとに、禍々しい気配が強まっていく。

 

――刀。それも、相当に古い。

 

 部分的に錆ているような形跡があるものの、異常なまでに輝いている。無機物であるのに、まるでそこに、ナニカが『居る』ような気配だ。

 

――オォオオォオオオオオオオオン…………オオオオオオオォォォン……!!

 

 絶対ヤバいやつじゃんこれ!

「…………かなりの年代物ですね」

 が、彌茅は意外と平然としていた。鈍いわけではない。

「1000年以上前の刀よ。売ればン十億だけど、これじゃあ誰も買わないでしょうね」

 

――カタカタ、カタカタカタ……!!

 

 動いてるし! うわ、刃先がこっち向いた!

「ぁぃ!!」

 

――ガンッ!

 

 …………い、慈樹ぃー!?

「あぃ! あぃー!」

 

――ガンッ! ゴンッ!!

 

 黄金のインゴットで呪いの刀をバッコンバッコン叩くんじゃありません!

「慈樹、やめ……やめーい!」

「あぅー!」

 不満そうに暴れる慈樹。

 

――ぷしゅう…………

 

 ……あ、静まった。すげぇ。

「彌茅。この程度の呪い、御して使いこなして見せなさい」

「はい師匠(せんせい)

 ぜんぜん気にしてない二人は、何の躊躇も無く刀の目釘を抜く。

 

「? ……あら残念。削り落とされちゃてるわね」

義兄上(あにうえ)、戻せませんか?」

 そうは言っても……やってみるけどさ。

 

――ボゥッ……!

 

 蒼炎で、削り取られた銘の復元を試みる。が。

 

――――ウギャアアアアアアアアアアーーーーーー!!!

 

「ぎゃああああああ悲鳴ーーーーー!!!」

 こえーよ!!

 

――ドタバタドタバタ。

 

 隣室から爺さん、上階から複数人が駆け下りてくる足音がする。これはオカルティックなものではない。

 

「ちょっと秀人!? なに持ってきてんの!?」

「なんちゅうもんを持ち込んどるんじゃお前!?」

(あら懐かしい)

 爺さん、奈々、朧さん! 頼もしいメンバーが来てくれた!

 

――バキバキバキィッ!!

 

「えっ、えっ、嘘!? ヤバッ!!」

 奈々の全身の護符代わりの銀細工が全部砕け散って呪術的メイクが全部溶け落ちてすっぴんで美人な素顔が露になった! 相変わらず美人だなコイツ!

「うぅ……! ゲロ吐きそう……!! おトイレ……!」

 そしてそれを全部台無しにするダメっぷりもな!

「清酒! 清酒どこじゃ!?」

(料理酒も清酒と似たようなものですよ)

「なのはー! 料理酒―!」

「はいはい、どうぞー」

「オロロロロロロロ……」

「ここで吐くなーーー!」

 風呂場に誘導した奈々の口に無理やり紙パック料理酒の注ぎ口を突っ込みブチ込む。

 

「オロロロロロヴぉえっ……ヴぉえっ……!」

 うわぁ料理酒が一瞬で重油みたいな色に……

「奈々……お前のことは忘れないぜ……ここ置いとくから……じゃな」

 ゲロまみれ奈々の近くに料理酒を置く。

 

 …………見たことも無いような険しい顔をして腕組みをする爺さんの前に、なのはと彌茅は、気まずそうに正座していた。

 

「…………たまに居るがの。そういう蒐集家の末路というのは、自己責任の範疇を越えて、周囲にまで被害と悲劇を広げてしまうものなのじゃ。分かるの、なのはちゃん?」

「……はい…………軽率でした……」

「……おぬしと秀人、慈樹くんは、神気で護られているが故に、呪詛の影響はある程度までなら受けん。だがの、もし少しでも違えば……」

 うわぁ……長いお説教コースだ…………

 

「? 私はなぜ無事なのでしょう?」

 

 ………………。確かに。クインとカートは、なのはが咄嗟にシールドを張ったから気絶程度で済んでいるが、モロに呪い開封の儀の爆心地にしたはずの彌茅は、そもそもケロッとしている。

「「そりゃあ、だって…………」」

 と、なのはと爺さんが、同じ言葉で何かを言いかけ、口ごもる。

「?」

 と、不思議そうにしながらも、慈樹とともに、呪いの刀を指先でちょいちょい、と突っついている。やめなさい。

 

「『持ち主の首を刎ねた刀よ』」

 と、風呂場に放置してきたはずの奈々が、俺の上着を羽織って現れた。だが、奈々だけど、奈々じゃない。

「朧さん?」

「『えぇ。身体を借りているの。この子ったら、いつも護符でガチガチにガードしてるから奪……じゃなくて、借りられないのだけれど』」

 あー……呪いに負けて全部砕けたもんなぁ……いや、奪うな。どういう理屈だ。

 

「『話を戻すけれど、その刀は、持ち主の首を刎ねるのに使われたせいで、呪いを受けてしまったの。もちろん、そんな刀はゴマンとあるのだけれど……』」

 ……まぁ、時代が時代なら、そういうこともあったのかもしれない。

「『もともとが、神より下賜された来歴を持つような霊験灼然(れいげんあらたか)な御神刀だったことが災いして、持ち主の無念と怨念で、属性が変化してしまったのね。しかも、持ち主の王権を否定して貶めるためだけに、神聖な銘まで奪われて……それがトドメ。単に削り取られたんじゃなくて、『喪われた』という概念を受けてしまったのだから、秀人くんの蒼炎でも元には戻せないわ。神霊とて、ここまでされれば『名も無き悪霊』となってしまうもの』」

 で、と。朧さんは不可解そうな様子で、なのはに聞く。

「『そんなもの、渡来人の小悪党が持っているようなシロモノではないのだけれど。どこから持ってきたの?』」

 ……そうだ。なのははこれを、『今回の戦利品』とは一度も言っていない。

 

「………………今は言えない。まだ」

 

 …………答えにもなっていない答えに、沈黙が下りる。

「『少し待っていなさい』」

 そう言って、奈々の身体でどこかへ行って、3分ほどで戻ってきた。手にしているのは、古ぼけた、やや大ぶりな木の枝。

「『オノミコト……じゃなくて大家さん。この娘の身体を少しの間借りるけど、よろしいかしら?』」

「………………許す」

 と、奈々の身体で、懐から取り出した白鞘の脇差を抜く。どう考えても、そうはならんやろ、と言いたくなる切れ味で、枝をショリショリと削っていく。ほんの数分で、古ぼけた枝が、刀の拵えへと変化した。いや、そうはならんやろ……

 最初にこの呪物を封じていた革袋から素材を取り出し、柄巻を作る。そして、呪いを受けて砕け散った奈々の銀細工の破片。

「『ごめんね坊や。ちょっと分けてね?』」

「あぃ!」

 慈樹が刀をぶっ叩くのに使った黄金の一部を削り取り、赤土の地面を脇差で、模様を描くように型を作る。

「『秀人くん、ちょっと溶かして』」

「火種扱いかよ……」

 そうして溶かした合金が、地面に描いた型の中で固まると、鍔が出来た。いやほんと、これ奈々の技術だけじゃなくて、正体不詳の朧さんの謎技術も入ってるだろ……

 抜き身の刀を柄に挿し、目釘を打ち、鞘に納める。すると、先ほどまで周囲一帯を覆っていたおぞましい気配は嘘のように消え去った。

「……あの革袋、どうする? 焼く?」

 どう見ても人間の残骸で作っているであろう革袋に注連縄。ちゃちゃっと蒼炎で火葬してやるべきではないだろうか。

「『持っていた方が良いわ。この神霊級の呪詛を、気配さえ悟らせずに数百年以上封印し続ける力を持った同等の呪物だもの』」

 

これでひと段落……

 

「『やはり奈々は、良き巫女ね……受肉に等しきこの肉体…………むざむざ返すのは、実に惜しいことよのぅ……』」

 

 ぞわっ。と。先ほどと大差無い気配が漂う。

「――――『()』」

「『……………………冗談よ。怖い顔をしないで頂戴、大家さん』」

 そして……意味の分からない現象が起きた。奈々の身体から、湯気のようなものが立ち上り、その湯気が徐々に……どう見ても、普段の朧さんの姿になったのだ。

(さぁ、奈々もじきに目を覚ますわ)

「んにゃんにゃ……ハッ、全身がゲロ臭……!?」

「着替えてこい」

 その上着はやるから。返さなくていい……というか返すな。

 

「彌茅。あなたの二振り目の刀よ」

「はい師匠(せんせい)。…………銘は、」

「好きに付ければよいわ。無理にいま付けなくとも良し」

「では、今は『無銘』で」

 カートとクインが心配、ということで部屋に戻っていった。

 

「しかし爺さんよ、『首を斬った刀』が、あんだけの怨念を持ってるってことは、『斬られた首』の方も相当ヤバい呪物になってるんじゃねーの?」

「おう、そりゃヤバかった(・・・)ぞ。怨念のあまり首だけで日本中を飛び回りおった」

「……?」

 何で過去形?

「今は首都ど真ん中・駅前3分・地価推定40億円オーバーの、スーパーゴージャススペシャル神社(マイホーム)を貰っておるからの。とうに鎮まっておるよ」

 まさか刀の方が今更出てくるとはのー、と、ひょこひょこと部屋に戻っていく。

「あの木、なに?」

「あの刀と同い年の木の枝」

 へぇ、長生きな木もあったもんだな。何年前の刀かよく聞いてなかったけど。

 

「みんなー、ロピアで寿司買ってきたから食べよー!」

 

 あの袋のデカさは……! 50貫パック×2! それが両手に、ということは、200貫!

「起きろカート! クイン! 寿司食うぞ!」

「やれやれ、お前は呪いよか食欲だのう……」

 

「朧さんも食べていけばいいのにな」

「水臭いわよねぇ。遠慮なんてしなくていいのに」

 200貫もあれば、と思うが、大家に奈々が加われば、何やかんやで足りなくなるものである。もしもを想定し買っていたフライドチキンや生春巻き、弁当類まで残らず食べ尽くしてしまうと、カートは即座に寝落ちし、クインも彌茅も互いにもたれかかるように眠ってしまった。奈々は清酒をがぶ飲みしすぎてぶっ倒れたのを爺さんに担がれて退場である。少しは懲りろ。

 多少残った握りをなのはと食べながら雑談する。

「仕事前に寿司食うのもなんだけど、うまいもんはうまいな、うん」

「仕事って? カントクさんの?」

「いや、フッケバイン一家の手伝いでルーフェン行く。今夜」

「は!?」

「いやいやいや! 違うって! カレンが、『カートとクイン貸し出してるんだからそのぶん手伝って』って言うから……」

「洗濯係が抜けた程度の穴に秀人さんの助力なんてそもそも必要無いでしょ!? 何で真に受けちゃうの!?」

「いやでも緊急だからって言うから……」

「だからって今夜!? どー考えたって疑う余地を与えないための電撃戦じゃないの!」

「でも今回もカートを駆り出すことになったんだし、いちおー手伝い程度は……」

「じゃあ私が!」

 

――ピコン

 

 と、なのはと秀人のケータイに、同時にメッセージが入った。全く同じ文章である。

 

『――ヒデくんだけで来ること。なのはが来たら、クインを強制回収♪』

 

「あの女ぁ~……!!!」

 ……なのはの弱点を実に知り尽くしている。正直、クインが帰るなら、それはそれで良いとは思っている。しかし、彌茅が絶対に悲しむ。問題児リンネが家出し、クインまで居なくなれば、彌茅は一人になってしまう。それだけは避けたがるだろう、というカレンの見込みは大正解であった。

「いや、ほら、ちょうどルーフェンだしさ、ヴィヴィオの様子見がてら、バーサク白兎(リンネ)を回収もしくは安定化させて来られるし……」

「ぐぬぬ……カレンめぇ……!」

 なのはは、どうにかこうにか、不満を飲み込もうとしている。よし、どうにか納得してもらえそう……

 

「――子供作って来たらダメだからね!?」

 

やらねーよ!

 

 

…………………………………………たぶん!!

 

 

いってきまーす!!

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:5文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。